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「わかってるよ・・・。別にお前に負い目を感じているってわけじゃないんだ。でもこっちに来てから、お前にばかり負担がかかっているじゃないか・・・。それなのに俺だけのほほんとしているみたいで・・・悔しいんだ・・・。だから、お前のためなら何でもするよ。俺はどうすればいいんだ?どうすればその・・・『防壁』を作る役に立てるんだよ?」
 
「君が気功を使う時にいつもやっているやり方で、精神統一してみてよ。こう・・・手のひらを合わせて・・・。」
 
 シェルノさんが教えてくれたように、カインの手を取り私の手のひらに重ね合わせた。
 
「男と手を握り合うとは思わなかったな。」
 
 カインがにやりと笑う。
 
「ははは・・・。知らない人が見たら変に思うかもね。」
 
「ま、いいさ。別に怪しい関係じゃないしな。」
 
「当たり前だよ、そっちの趣味はないからね。」
 
「お互い様だ。」
 
 そんな話をしながら、カインの意識がすっとひとつに集まったのがわかった。これがカインのやり方だ。剣を振るいながら、話をしながら、そのほうが意識を集中しやすいのだと以前言っていたことがある。
 
「次は?」
 
「そのままでいてよ。あとは私が自分でやらなくちゃならないんだ。」
 
「わかった。」
 
 カインの意識はまっすぐに、彼の心の一番奥にある一点に向かってのびている。その心の流れを掴み、自分の内側に引き込む。お互いの心が見えてしまうことがあるというのは、多分この時なのだろう。カインの意識の中にぼんやりとした不安を感じた。私の心の内側は、カインに見えているのだろうか・・・。
 
 雑念を振り払い、私はカインの内側から引き出した流れに自分の意識を重ね合わせてひとつの大きな気の流れをつくった。そしてその流れを使って自分の内側の中心を囲むように、しっかりと『防壁』を織り上げていった・・・。
 
 自分一人でやっていた時は、なかなかうまく気の流れを作ることが出来なかったのだが、今度こそうまくいった。この方法を確実に成功させることが出来るようになるころには、自分の力を自在に抑えたり解放したり出来るようになるだろうと、シェルノさんは言っていた。
 
「どうだ・・・?」
 
 カインは不安げに私を見つめている。
 
「うまくいったよ。ありがとう。」
 
「そうか・・・よかったな・・・。」
 
 カインが心の底からホッとしたような声をあげた。
 
「どうやったのかはわからないけど、これが一人で出来るようにならなくちゃならないんだな?」
 
「そうだよ。説明出来ないことはないけど、言っても多分ピンとこないんじゃないかな。私自身もイメージとして頭の中で捉えているだけで、具体的に何がどう動くのかってことになると、よくわからないんだよ。」
 
「なるほどな。それでもこれが出来なければ気が変になる・・・か・・・。」
 
 カインがぶるっと身を震わせた。
 
「出来れば出来たでまた別な問題が起きるけどね。」
 
「どんな問題だ?」
 
 カインの顔にまた不安がよぎる。
 
「人の心を・・・覗きたくなるんだ・・・。」
 
 思わず本音を言ってしまった。
 
「・・・知りたい相手の心を、知りたい時だけわかるようにも出来るってことか・・・。」
 
「その気になればね・・・。」
 
 そんな都合のいいことがあるはずがないと、言っていたのはいつだっただろう・・・。本当にこんなことになるなんて、あの時の私は思いもしなかった。カインは私が誰の心を知りたいのかわかるだろうか・・・。そしてわかったとしたら・・・どうするだろうか・・・。
 
「でもお前はそんなことしないじゃないか。」
 
「したくなるかも知れないよ。」
 
「しないよ。お前はそんな誘惑に負けるような奴じゃないよ。」
 
「そう・・・かな・・・。ありがとう・・・信じてくれて・・・。」
 
「とにかく、これでとりあえずお前がおかしくなるのは防げるわけだな?」
 
「そうだね。いつまでも君の手を煩わせなくてもいいように、早く操り方を覚えるよ。」
 
「でも俺でも役に立つんだな。正直言って不安だったんだ。俺は呪文が使えるわけじゃないからな。」
 
「別に呪文が使えなくちゃだめだってことじゃないって言ってたよ。シェルノさんも使えないみたいだし。」
 
「へぇ・・・。催眠術とか言うのは呪文とはまた別なのか?」
 
「多分違うと思う。」
 
「そうか・・・。でも嬉しいよ。気功を教わっている時に流した脂汗は、無駄じゃなかったってことだな。」
 
「ははは。あの時は大変だったものね。」
 
 オシニスさんから初めて気功の精神統一の仕方を教わっていた時、カインはなかなかうまく集中することが出来なかった。精神統一のための訓練には、ゲンコツも怒鳴り声も効果がないどころかかえってマイナスになる。口より先に手がでるあのオシニスさんが、辛抱強く気が遠くなるくらい繰り返しカインに教え込んでいた。二人とも脂汗を流しながら、一日の訓練を終えるとくたくたになっていたっけ・・・。
 
「その『防壁』って言うのは・・・そんなにしょっちゅう作り直さなくちゃならないもんなのか?」
 
「そう言うわけでもないんだ。でも、眠ったりしたあとは弱まることがあるらしいし、それに・・・さっきみたいに強い思念を受け取ってしまったりしたあとは、うまく精神統一出来なくなったりするから、その都度作り直さなくちゃならないって言ってたな・・・。」
 
「そうか・・・。自在に操れるようになれば、そんなの朝飯前になれるんだろうけどな。」
 
「そうなんだと思うよ。」
 
「早くそうなれるといいな・・・ところで・・・不寝番は・・・出来そうか?無理そうなら、俺がこのままずっとここにいるよ。この森にはモンスターは来ないし、鹿なんかは火があれば寄ってこないだろうしな。」
 
「大丈夫、出来るよ。それに、一人でいて眠っちゃったら火が消えちゃうかも知れないしね。そうしたらやっぱり心配だよ。」
 
「そうか・・・。それじゃ、俺がこのままここにいるから、目が覚めたら交替してくれよ。」
 
「そうだね。お休み。」
 
「お休み。」
 
 多分またあの怪物の夢を見るのだろうが、それでも以前ほどの恐怖は感じないですむようになった。シェルノさんのところに行く前とあとで、事態が好転したのかどうかはわからない。行く前は不気味な夢に悩まされて体力の消耗がひどかったし、今はその夢で吐いたりすることはなくなったが、油断すると気が変になりそうになる。
 
(どっちもどっちだな・・・。)
 
 あきらめの境地で、私は寝袋に潜り込んだ。
 
 
 翌日の朝から、私達はあらためてカナを目指して歩き始めた。南大陸の西部には、オアシスはない。小さな集落はあちこちに点在しているが、以前出会った大道芸人達から、西部の集落はみんな貧しいと聞いていたので、立ち寄る気にはなれなかった。かえって迷惑をかけることになりかねない。
 
「この辺りにアラム達はいるのかな。」
 
「あいつらが本物ならいるんだろうな。」
 
「何の話?」
 
 ウィローが私達の顔を覗き込んだ。私は以前オアシスで出会った『自称』大道芸人達の話をウィローに聞かせた。
 
「アラム・・・、そんな名前なら聞いたことがあるわよ。一年くらい前になるのかな・・・。カナにも来たことがあるわ。広場でしばらく興行してたから、本物なんじゃないの?」
 
「へぇ・・・。確かにあいつらの芸はたいしたもんだったけどな。やっぱり本物か。」
 
「それなら一安心だね。」
 
 私はキャンプのたびにカインに手伝ってもらって、力をコントロールする練習をした。カナに着く頃にはすっかり慣れて、3回に2回まではカインの手を借りずに力を抑えることが出来るようになっていた。
 
「ずいぶん上達したよな。」
 
「そうだね、もう一息だよ。」
 
「まあ、焦るなよ。お前が眠ってても自由に操れるようになるまで俺は手伝うよ。」
 
 そんな会話を交わした日の翌日、私達はやっとカナに辿り着いた。村の中に足を踏み入れた時、何だか懐かしいような気さえした。ウィローの家に行くと、ウィローの母さんが不安と期待の入り交じった複雑な表情で出迎えてくれた。
 
「ただいま。」
 
「お帰りなさい。・・・ハース城には・・・行けたの・・・?」
 
「行ったんだけど・・・渓谷の入口にガウディさんを傷つけた怪物がいて・・・ハース城まで行けなかったの。それでちょっと情報を集めようってことになって、今になっちゃったのよ。明日また出発するから、カインとクロービスをまたうちに泊めてあげたいんだけど、いいかな?」
 
 ウィローの言葉に、ウィローの母さんはホッと一息ついた。デールさんのことを、知りたいような、このままにしておきたいような、複雑な気持ちらしい。こんなことを考えるたび、知らないうちに他人の心を覗いていたのだろうかなどという考えが浮かび、不安になる。私は本当に自分の力をコントロール出来ているのだろうか。
 
「もちろんよ。疲れたでしょう。どうぞゆっくりしていらしてね。」
 
「ありがとうございます。」
 
 ウィローの家に荷物を降ろすと、私達は武器屋を訪ねた。ガウディさんの傷は相変わらずで、顔色も以前より少し悪くなっているようだった。ウィローが武器屋に村長を呼んできてくれて、私達は今までの出来事をそこにいるみんなに話して聞かせた。
 
「不思議なこともあるものだ・・・。ではその泉の底の要素とやらが手に入れば、ハース渓谷の入口に陣取る怪物を倒すことが出来るというわけか・・・。」
 
 村長が腕を組みながら厳しい表情を私に向ける。
 
「はい。多分・・・。」
 
「だが・・・。殺してしまっては・・・。くそ!!私の体さえ言うことを聞けば・・・代わってやれるんだが・・・。」
 
 ガウディさんが悔しそうに唇を噛む。王国剣士は不殺が信条・・・。私を思いやってくれるその気持ちが痛いほどに伝わってくる。それでも『防壁』のおかげで、以前よりも少し、人の心に敏感になった程度にしか感じられない。もしも自分一人で作ったあの隙間だらけの防壁だったなら、また心の中がかき回されておかしくなっていたかも知れない。私はあらためてカインに感謝した。
 
「確かに・・・あの温泉の地下に行く道があると聞いたことがある。だがそれがどこにあるのかまでは・・・残念ながら解らないのだ・・・。すまん・・・。役には立てそうにない・・・。」
 
 村長は悔しそうに言葉を詰まらせた。。
 
「親父が・・・確か一度そのオアシスの底に行ったことがあると言っていたなぁ・・・。ここに親父さえいればなぁ・・・。」
 
 イアンがため息をついた。
 
「行ったことがある!?何でまた・・・。」
 
 村長が驚いてイアンを見た。
 
「あの温泉があんなに熱いのは地下に熱い炎があるからに違いないって。それで武器を作れば、かなり強靱なものが出来上がるからって言い出して、道具一式抱えて飛び出していったんですよ。親父は・・・仕事のこととなると見境がないんだ。どこにでも行こうとするし、何でもやっちまおうとする。だから行方不明になったりするのさ。」
 
 イアンはあきれたように肩をすくめてみせた。
 
「テロスらしいと言えば言えるが・・・何という無謀な奴だ・・・。イアン、その入口については何か聞いていないのか?」
 
「うーん・・・確か・・・温泉の中にある脱衣場の裏手に何かあったようなことを言ってたけど・・・。それがその入口かどうかまでは・・・。」
 
「脱衣場の裏手か・・・。ありがとう。そこに行ってみるよ。」
 
「テロスのことだ。もしも一度でも泉の底へと降りていたのなら、必ずすぐにわかる目印を付けておくはずだ。あいつは自分の仕事となると絶対に信念を曲げないほどの頑固者で、とにかくこだわる奴だ。だがな、それ以外のことにはかなりのめんどくさがりなのだ。せっかく見つけた入口をカモフラージュしたりしたら、自分も辿り着けなくなってしまうからな。」
 
「わかりました。さがしてみます。」
 
 私達は武器屋をあとにして、この日はウィローの家に泊めてもらった。やはりこの日も夢は訪れて私は夜中に飛び起きた。もう今では寒気も恐怖も薄らいでいた。ただあの怪物の必死の思いが切なくて、涙が流れるほどだった・・・。
 
 翌日、私達はカナで食料などをそろえると、今度は温泉に向かって歩き出した。何日か過ぎてハース渓谷との分岐点から南に折れ、もう少しで温泉に辿り着くというところまで来た時、『防壁』をすり抜け、何か・・・強烈な思念が流れ込んでくるのが感じられた。何か言っている・・・。そして、不意に辺りが暗くなった。
 
「な、なに!?」
 
 ウィローが不思議そうに空を見上げたが、そのまま凍りついている。
 
「な・・・バ、バカな、あれは!!」
 
 カインも空を見上げて驚愕している。私の心の中には・・・今度ははっきりと『言葉』が聞こえてきた・・・。
 
≪テレパシーを受け取る力を身につけたようだな・・・!≫
 
(どうして知っているんだ・・・。)
 
≪だが・・・まだ充分ではない・・・。お前の為すべきことは・・・途轍もなく大きい!!≫
 
 叫ぶような言葉と共に舞い降りてきたのは、クロンファンラで見たのと同じセントハースだった。どうしてセントハースは何もかも知っているのだろう。聖戦竜にとっては、人間の行動を知ることなんてたやすいことなのだろうか。
 
「何でここにセントハースがいるんだよ!!」
 
 カインは驚きながらも素早く剣を構える。今度は明るい場所で、しかも砂漠だ。遠慮なく風水術を使うことが出来る。
 
「わからないけど・・・!!セントハースは私のテレパシーのこと知ってるみたいだ!!」
 
「何だとぉ!?」
 
 叫びながらカインはセントハースに向かって斬り込んでいく。クロンファンラの時よりも格段に進歩した鋭い剣技が炸裂するたび、セントハースは苦しそうに叫ぶ。その咆哮は砂漠中に聞こえるのではないかとさえ思われた。ウィローは弓でセントハースの顔に狙いを定めるが、なかなか矢を放てない。怯えているのがはっきりとわかる。私はカインの援護にまわろうと剣を抜いていたが、ウィローを一人にすることは出来ず、その場で剣を構えたまま、覚えたての風水術『天地共鳴』を、あらん限りの力を注ぎ込んでセントハースの頭上にたたき落とした。その時セントハースの顔がゆっくりとこちらを向いた。あれはブレス攻撃の準備だ。セントハースの開いた口の奥から真っ赤な炎が飛び出る瞬間、私は後ろにいたウィローの上に覆い被さるようにして抱きかかえると、思いきりセントハースと反対方向に飛んだ。その私の背中をブレスの炎が通り過ぎる。あまりの熱さと痛みで声すら出なかった。モルダナさんの指輪のおかげか、やけどひとつ負わずにすんだものの、そのまま動くことが出来ず、ウィローの上に覆い被さったままになっていた。ウィローがちいさな声で素早く呪文を唱えた。その途端すっと痛みが引き、私は慌てて起きあがった。
 
「ウィロー・・・!?やけどしなかった!?」
 
「大丈夫よ!あなたのほうこそ・・・。」
 
「よかった・・・私は大丈夫だよ。君の呪文のおかげで痛みは引いたよ。」
 
 ほっとしたのもつかの間、背中にざわっと鳥肌が立つような感覚で振り向いた。セントハースは再びこちらに向かってブレス攻撃の準備に入っている。
 
「ウィロー、早く立って!走るよ!」
 
 私はウィローの手を引き、まっすぐにセントハースの懐深く入り込んだ。ここならかえってブレスは当たらない。
 
「クロービス!ウィロー!大丈夫か!?こんちくしょう!俺達を丸焼きにして食うつもりか!」
 
 カインは最近操れるようになったばかりの剣技をセントハースに向かって放った。かまいたちのように空気が刃となり、竜の鱗を鋭く切り裂いていく。セントハースはのたうち回り、吐き出しかけたブレスも途中で消えてしまった。やがてひときわ高い雄叫びをあげると、セントハースは空高く舞い上がった。
 
≪ブレスの気配まで感じるとは・・・どうやら、私の眼に狂いはなかったようだな・・・。お前達のさがしているものは泉の地下だ・・・。その力を借りることが出来るのは人間だけ・・・。頼んだぞ!≫
 
 またはっきりとした言葉が聞こえる。これは・・・間違いなくセントハースが私の心に語りかけている言葉・・・。カインはセントハースが飛び去った空を見つめていたが、やがて大きくため息をついた。
 
「行ったか・・・。しかしわけがわからないな・・・。俺達を狙っているようでもあるし、その割には本気を出して戦っているわけでもない。いったい、どういう事なんだ?本当に邪悪な聖戦竜なのか!?」
 
「悪意は感じなかったよね。」
 
「そうなんだよ。ハース渓谷の怪物と同じで・・・クロンファンラの時も・・・もしかしたら敵意なんてなかったのかもな。俺達が未熟だったから気づかなかっただけで。」
 
「そうだね。そうかも知れない。それに・・・セントハースは私に頼むって言ってた。」
 
「頼むって・・・何を・・・?」
 
 私はセントハースが現れた時と飛び去る時の言葉を、カインに話して聞かせた。
 
「つまり・・・あの怪物のことをよろしく頼むってことか・・・。殺してくれと。と言うことはあの怪物はセントハースの敵なのかな・・・。それも何となくぴんと来ないよな・・・。」
 
「うん・・・。とにかく温泉に行こう。そのオアシスの底に入る入口を見つけなくちゃ。」
 
「そうだな・・・しかし、その借りるって言うのは・・・どういう意味なんだろう・・・。」
 
「わからないけど・・・泉の地下に何かいるのかもしれないよ。・・・ウィロー、大丈夫?どこも怪我してない?」
 
 私はウィローのほうを振り向いた。ウィローは青ざめたまま地面に座り込んで、がたがたと震えている。
 
「セントハース・・・だったのね・・・。」
 
 ウィローは呆然としたままつぶやいた。私はウィローの隣にしゃがみ込み、肩に手をかけた。
 
「そうだよ。ブレス攻撃の時、やけどしたりしなかった?」
 
 ウィローは怯えた瞳で私を見つめ、次の瞬間抱きついてきた。
 
「どうして!?どうして私達がセントハースに襲われなくちゃならないの!?私達何も悪いことしてないじゃないの!聖戦竜の怒りを買うようなこと・・・何もないじゃないの・・・!」
 
 叫びながらウィローは泣きだした。おとぎ話の中で語り継がれてきた聖戦竜が、子供の頃は信じていたけれど、大人になってあの話は子供に言うことを聞かせるために、大人が作り上げたものなのだと思い始めたその聖戦竜がいきなり目の前に現れたら・・・誰だってきっとパニックを起こす。『彷徨の迷い路』で聞いたように、セントハースが私を狙っているとしたら・・・それがなぜなのかは解らなくとも・・・このあともまた出会うことがあるかも知れない。しがみついたまま泣き続けるウィローの背中をなでてやりながら、私はカインに振り向いた。
 
「一度カナに戻ろう・・・。ここの地下に入るのは私達二人だけのほうがいいよ。これ以上何か出てきたら、ウィローの方が参っちゃいそうだ。」
 
「そうだな・・・。セントハースが狙っているのが俺達なら、ウィローはカナにいたほうがいいかも知れないな・・・。」
 
 そう言うカインの顔に、寂しげな表情が一瞬だけよぎったような気がした。カインもウィローと離れたくないのかも知れない。でも・・・これ以上ウィローを巻き込めない。
 
「ウィロー、送っていくからカナに戻ろう。君は家にいたほうがいいよ。ここの地下でエレメントの力っていうのを見つけたら必ずカナに寄るから、そうしたら一緒にハース城に向かおう。」
 
「いや!」
 
 私の言葉を聞いた途端、ウィローははじかれたように私から体を離し、ゴシゴシと涙を拭った。顔中が涙で腫れて真っ赤になっている。
 
「ごめんなさい!もう泣いたりしないから、だから連れて行って!あなた達が帰ってくるのを一人で待っているなんて絶対にいや!」
 
 ウィローは必死で頭を下げる。
 
「でも・・・もしかしたらセントハースの狙いは私かも知れないんだ。だからまた現れるかも知れないよ・・・。」
 
「狙いって・・・どういうことなの・・・?」
 
 不安げに眉根を寄せて私を見つめるウィローに、私はセントハースの『言葉』を話して聞かせた。聞いているうちにウィローはますます不安そうな顔になった。私を見る眼の中に怯えがよぎる。人の心を感じる力を持ち、聖戦竜につけ狙われる存在・・・。こんな人間と一緒に旅をしたいなんて、ウィローだって思わなくなるに違いない。
 
「・・・だから・・・やっぱり君はカナに帰ったほうがいいよ。君の目的はハース城に行って父さんに会うことなんだから、私達につきあってわざわざ危険に首を突っ込むことはないよ。大丈夫、ここでその力を手に入れたら、必ずカナに寄るよ。約束するから・・・だからカナに戻ろう。・・・ね・・・?」
 
 ウィローは黙ったまま首を振った。
 
「俺達にこれからもついて来るってことは、こんなことがまたあるかも知れないってことなんだ。これから行こうとしているこの温泉の地下だって、何がいるかわかったもんじゃない。それでもついてくるって言うなら、連れて行くよ。ただし、泣き言はごめんだぞ。この先こんなことがあったら、引きずってでもカナにつれて帰るからな。」
 
「カイン・・・。」
 
 たった今聖戦竜に出くわして怯えているウィローに、その言葉はあまりにも厳しいように聞こえた。でもカインの言うとおりなのだ。ついてくる以上は、いつまでもべそをかいていられては足手まといになるばかりだ。
 
「わかった・・・。ごめんなさい、泣いたりして。もうこんなことで取り乱したりしないから、だから連れて行って。お願い・・・。」
 
 ウィローは座ったまま、額を地面にこすりつけるようにして頭を下げている。見ていられなくて、思わずウィローの肩をつかんで体を起こした時、ふいに私は『声』を聞いた。
 
−−離れたくないの・・・!−−
 
 それがウィローの心の叫びだと、私にはすぐにわかった。どっちと離れたくないのだろう・・・。カインとだろうな・・・。それが自分だったらよかったのに・・・でもそんなことを考えている場合じゃない。カインに手伝ってもらって作り上げた『防壁』は、完璧と言ってもいいほどしっかりと私の力を押さえ込んでいるはずだ。にもかかわらず声が聞こえると言うことは、ウィローがそれほどまでに強く私達との旅を望んでいるということに他ならない。
 
「連れて行くよ。カナに戻れなんてもう言わないから・・・さ、立って、そろそろ行こう。いつまでもここにいられないよ。」
 
 私の言葉にホッとした笑顔をみせて立ち上がろうとしたウィローが、ふいに顔をゆがめて手の甲を押さえた。見ると赤くなって水ぶくれが出来ている。
 
「ウィロー・・・これ、まさかさっきのブレスで・・・。」
 
「そうみたい・・・。今まで気づかなかったわ・・・。やけどしてたのね・・・。」
 
 ウィローは答えながら、ぼんやりとその傷を眺めている。私は慌てて治療術の呪文を唱えた。
 
「さっきもう少し遠くに飛べばよかったね・・・。それなら手も大丈夫だったのにね・・・。」
 
「そんなことないわよ。あなたがかばってくれたからこの程度ですんだのよ。あなたは?私と違ってあなたはまともにあの炎を浴びたんじゃないの?私の呪文だけで・・・本当に大丈夫だったの・・・?」
 
「私は大丈夫だよ。ほら、この指輪。これが多分守ってくれたんだ。」
 
 私は指にはめたモルダナさんの指輪を、ウィローに見えるように差しだした。
 
「これは・・・。この文字は見たことあるわ。ルーン文字よね。読めないけど・・・持っている人を守ってくれるのなら、これはきっと祝福の言葉ね・・・。」
 
「しかし・・・つくづく不思議な指輪だな。」
 
 カインも私の手を覗き込んだ。
 
「そうだね。とにかく行こう。今度こそ、そのエレメントの力というのを手に入れないと。」
 
「よし、行くか。」
 
 まだしばらくはウィローと一緒にいられる・・・。こんな時だというのに、私の頭の中に真っ先に浮かんだのはそのことだった。ウィローと出会ってから、私はどうかしてしまったようだ。いつもウィローのことが頭から離れない。何かしようとするたびに、いつも彼女のことを一番に考えてしまう。本当なら、一番に考えなければならないのは任務のことなのに。剣士団のみんなのために、フロリア様のために、この任務を成功させることを一番に考えなくてはならないのに・・・。
 
 私達はオアシスに入った。相変わらず旅人達があちこちでくつろいでいる。脱衣場の中を覗いてみると、脱いだ服が何着か置いてあった。ウィローは女性用の脱衣場を覗いていたが、すぐに戻ってきた。
 
「女性用のほうには誰もいないみたいね。」
 
「これだけモンスターが狂暴化していては、なかなか女の人は来れないだろうな。ま、セルーネさんやポーラさんみたいな人達ならどこにでも行っちまうんだろうけどな。」
 
「カーナやステラだってきっとそうだよ。あの二人なら真っ先にここに来て、2時間くらい入りっぱなしになるんじゃないかな。『汗かいてダイエットよ〜』なんて言いながらさ。」
 
 カインは大声で笑い出した。
 
「言いそうだよなぁ、あの二人なら。帰ったら温泉のこと教えてやろうか。うらやましがるぞ、あいつら。」
 
「きっとここに来るって言い出すよ。」
 
「ははは、言うだろうな、あいつらなら。」
 
 カインの『帰ったら』という言葉がちょっとだけ胸を刺した。いずれは帰らなくてはならない・・・。ここに来たばかりの時はあんなに帰りたかったのに、今はその言葉にためらいを覚えている。本当に私は・・・どうかしてしまったんじゃないだろうか・・・。
 
「さてと、他の客に見つからないようにしないとな。脱衣場の裏へは・・・こっちからか。」
 
 私達は目立たないように、そっと脱衣場の裏手にまわってみた。妙なところに大きな岩がデンとおいてある。
 
「・・・ものすごく怪しくないか・・・?これ・・・。」
 
「いかにもここに何かありますって感じだね・・・。」
 
「これが、イアンの親父さんが置いた目印かもな。行きたい時にいつでも地下に行けるようにって。村長が言ってたとおりの人みたいだな。」
 
「そうね、テロスおじさんならやりかねないわ。でもこんな大きな岩、よくここまで運んだものよね。」
 
 ウィローもあきれたようにため息をついている。その岩を試しに押してみると、すぐにぐらついた。見た目の割には重くないらしい。
 
「カイン、これ、押せそうだよ。これなら多分、時間さえかければ一人でも運べるんじゃないかな。」
 
「なるほどな。よし、思いきり押してみるか。」
 
 二人がかりで岩を押すと、その下から洞窟への入口が現れた。
 
「・・・やっぱりな・・・。」
 
「イアンのお父さんに感謝だね。」
 
「ははは。それじゃ会ったら礼を言わなくちゃな。」
 
 私はそっと入口を覗き込んだ。けっこう急な下り坂になっていて、中は真っ暗だ。しかも熱い湿った空気が吹き上げてくる。
 
「何だかすごく熱い空気が出てきてるけど・・・もし大変そうなら私が一人で行くよ。二人ともここにいたほうがいいかもね。」
 
「俺は行くよ。夢見る人の塔ではお前が一人で行かなくちゃならなかったじゃないか。あの時みたいに一人で心配しているくらいなら、一緒に行ったほうがいい。ウィロー、君はどうする?無理しなくていいぞ。ここはオアシスの中だし人もけっこういるから、ここで待っていたほうがいいかもな。」
 
「わたしも行くわよ。さっきクロービスに助けてもらったもの。今度は私が助ける番だわ。一人で心配しているのがいやなのは私も同じよ。」
 
「よし、決まりだな。そう言うことだ、クロービス。さあ、さっさと入ろう。」

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