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「今・・・あなたの心の中で変革が起こりました。あなたは力を完全に目覚めさせた、すなわち『思念感知』の能力です。次にその夢を見る時は、はっきりとその情景を見ることが出来るでしょう。そしてもちろん、言葉もはっきりと聞き取れるはずです。」
 
「・・・何か・・・妙な違和感を感じるんですが・・・これは何なのでしょう・・・。」
 
「私があなたの力を少し抑えているからです。今あなたの力は目覚めたばかりで、とても無防備な状態です。そのまま解放したら、それこそ私の心の奥底まで、あなたにどっと流れ込んでしまいます。でも私が抑えていられるのは、あなたがここにいる間だけです。あなたがこの塔を出ればその力は届きませんから、あなたが自分でコントロールできるようにならなければなりません。」
 
「どうすればいいんですか?」
 
「難しいことは何もありません。でも憶えたからと言って、すぐに自在に操れるわけではありませんが・・・。」
 
「いけませんわ、そんな言い方をなさったら。この方が不安がってるじゃありませんか。」
 
 ふいに聞こえた声に振り向くと、下の階にいた女性がお茶を持って立っていた。この人は確か・・・さっきシェルノさんが言っていたリータという人だ。
 
「ああ・・・そうね、ごめんなさいクロービス、あなたを不安がらせるつもりはなかったのですが・・・。」
 
「お茶をお持ちしましたわ。冷めてしまったでしょう?」
 
 リータさんはお茶を入れ替えると、私に向かって微笑んだ。
 
「つまり精神を統一してまわりからの影響を受けにくくするのです。難しくはないでしょう?」
 
「はい、そう言うことなら・・・判ります。私にも出来ると思います。」
 
「出来るかどうかではなく、あなたはやらなければならないのです。」
 
 リータさんの思いがけない強い口調に、私は少し驚いて顔をあげた。
 
「きつい言い方してごめんなさいね。でももう、あなたは力を目覚めさせてしまったの。その力をコントロールするか、それとも自分が狂うか、選択肢は二つにひとつなのよ。」
 
 悪寒が背中を駆け抜けた。シェルノさんは柔らかい言い方をしてくれたが、確かにその通りなのだ。出来るかどうか、などと不安がっている場合ではない。
 
「クロービス、リータの言うとおりです。何がなんでもあなたにはこの力のコントロールの仕方を憶えてもらわなくてはなりません。」
 
「判りました。教えてください。」
 
「では始めましょうか。クロービス、ひとつお聞きしますが、あなたは呪文を使われるとさっきおっしゃいましたね?」
 
「はい。」
 
「それでは呪文を唱える時にいつもしているように、精神統一をしてみてください。」
 
 これは簡単だった。人によってやり方は様々だが、私の場合、精神統一には何かひとつ視点を定められるものがあればよかった。ほとんどの場合それは呪文をかけようとする相手だ。攻撃の風水術なら相手のモンスターに視点を合わせる。回復の呪文なら回復しようとしている相手に合わせる。ほんの一瞬で意識をひとつの場所に集中させることが出来た。
 
「さすが呪文の使い手ですね。お見事です。ではリータ、あなたは彼の心の中に入ってみてください。」
 
 そのシェルノさんの言葉にぎょっとして、一瞬私の集中が途切れた。
 
「あら・・・先生、そんな言い方なさるから、この方の意識が乱れてしまったじゃありませんか。今入ったら、この方の心の中が丸見えになってしまいますわ。」
 
「あの・・・あなたは人の心の中になんて入れるんですか・・・?」
 
 リータさんは意外そうに私を見た。
 
「だってあなたにだって同じ力があるじゃありませんか。」
 
「え!?」
 
 ますますわけが判らない。
 
「クロービス、人の心を感じ取ることが出来ると言うことは、人の心の中を歩き回ることもできるということなのですよ。リータはあなたと同じ、思念感知の能力を持っているのです。」
 
 先ほどの彼女の口調の強さの意味を、私は理解した。彼女もまた、この力をコントロールできなければ狂ってしまうかも知れなかったのだ。
 
「わかっていただけたみたいね。つまりそう言うことなの。同じ力を持つ者として、あなたにはどうしてもこの力をコントロールする方法を憶えてほしいのよ。」
 
 今私が考えたことを、彼女はすべて感じ取っていた。いや、読んでいたのかも知れない。あ・・・今考えていることも彼女にわかってしまうだろうか。リータさんの顔をちらりと見たが、なんの反応もない。
 
「あの・・・いつでも人の心を読めるわけではないんですか?」
 
「力を封じていれば聞こえないわ。よほど強い思念が飛んできたりしない限りはね。」
 
「封じる・・・。そう言うこともできるんですね?」
 
「慣れればね。でも慣れるまでが大変なのよ。正直なところ、あなたがこの力のコントロール方法を完全に憶えるまで、この塔から出さないほうがいいと思っているのよ、私はね。」
 
「でもそう言うわけにはいかないんです。西の森で友人が待っているし・・・しなければならないこともあるし・・・。」
 
「そのようね。でもこれだけは忘れないで。あなたの力は、私など比べものにならないくらい強いのよ。私の力が及ぶ範囲はせいぜいこの塔の中だけ。でもあなたは違うわ。その気になれば、ここにいながら北大陸のどこかにいる人の心まで感じ取れるくらいなのよ。焦りは禁物だけど、のんびりしていられるような状態じゃないわ。」
 
 そのあと、シェルノさんとリータさんが、二人がかりで私に力のコントロール方法を教えてくれた。まず精神を統一することから始めて、最初にしなければならないのは心のまわりに防壁を作ることだと言われた。それからいくつか力の操り方を教えてもらったが、それは訓練することで何とかなるだろうと言うことだった。最初にしなければならない「防壁の作り方」は、シェルノさんかリータさんが手伝ってくれれば100%成功させることが出来る。が、自分でやると確率は半分より少し落ちるのだった。
 
「慣れるまでは誰かに手伝ってもらうといいでしょう。ただ、お互いの心の中までわかってしまう時がありますから、あなたと心から信頼し合える相手で・・・できれば呪文を使える方のほうが・・・。」
 
「でも相手に同じ力がなければ、わからないんじゃないんですか?」
 
「普通ならそうです。でもこの方法は言うなれば、あなたと相手の心が直接触れあうようなものですから・・・あなたに相手の心がわかってしまうのはもちろん、あなたの心を相手が何となく感じ取ってしまうこともたまにあるのです。」
 
「そうですか・・・。どうしても呪文が使える人じゃないとだめなんでしょうか。」
 
「そんなことはありません。実際私は呪文は使えませんから。」
 
 シェルノさんが答えた。
 
「大事なのは、あなたがきちんとやり方を憶えることよ。」
 
 またリータさんの厳しい声が飛ぶ。でもそれが、私を心から心配してくれているゆえの言葉だと、私にはすぐにわかった。
 
「そうですね。絶対に憶えます。」
 
「その意気よ。そして一番大事なことは、どんな時でもそれが出来なくちゃならないってことなの。どんなことがあってもどんな状況の下でもよ。あなたが呪文を使う時、どんな時でも使えるように練習したでしょう?それと同じ事よ。」
 
 それは父の口癖だった。
 
『どんな時でも呪文を唱えられなくちゃならない。たとえ喉元に刃を突きつけられていても、崖から落ちる途中でもだ。』
 
 あの時はずいぶん極端なたとえだなと思ったものだ。故郷の島の中で、崖から落ちることはもしかしたらあるかも知れなかったが、喉元に刃を突きつけられるような状況になることなど考えられなかった。が、王国剣士という仕事に就いた今の私は、いつそういう状況に陥るかわからないような緊張の中にいつもいる。崖から落ちたことはまだなかったが、それでもその可能性はゼロではない。父の教えに感謝しながら、いつもそれを忠実に守って、今まで呪文を使ってきた。それと同じことをもう一度最初からするだけなのだと、私は自分に言い聞かせた。
 
「わかりました。ありがとうございました。」
 
「クロービス、私達があなたに教えられることはここまでです。あなたは『思念感知』という、普通の人は眠らせている力を覚醒させました。それが・・あなたの人生にどう結びついていくか・・それはあなたにしか決められないものなのです。」
 
「最後に・・・ひとつだけ教えていただけませんか?」
 
「何なりと。」
 
 シェルノさんが微笑む。
 
「なぜ私なんでしょう・・・。」
 
「なぜ・・・とは・・・?」
 
「私は普通の人間です。どこにでもいる、ごく普通の・・・。なのになぜ・・・私にはそんな力があって・・・彼らは私になぜメッセージを送ってきたりするのでしょうか・・・。」
 
 シェルノさんは困ったような表情をした。
 
「それは・・・残念ながら私にはわかりません・・・。彼らがなぜその思念を送り出しているのか、なぜあなたでなければならないのか、それを解明することが出来るのは・・・他ならぬあなた自身なのです。私に出来るのは、あなたがその謎を解明するためのお手伝いをすることだけです。」
 
「そう・・・ですか・・・。」
 
 下を向いて黙り込んだ私に、シェルノさんはいたわるように優しく話してくれた。
 
「ただ・・・あなたが以前からよく見ていた夢・・・。フロリア様らしい方の夢ですが・・・それについては一つだけ思い当たることがあります。」
 
「それは・・・?」
 
「そうですね・・・。強いて言うなら・・・波長が合う・・・と言うことになるでしょうか・・・。先ほども言いましたように、人と、人でないものの思念は波長がまったく違いますが・・・人間同士の場合はとりあえず波長は合います。ただ・・・その中でも、よりぴったりと波長の合う人間同士というものが存在するのです。もちろん・・・波長が合ったとしても、思念を受け取ることが出来なければ意味がありません。ですが・・・おそらくあなたの波長と、相手の方の波長がぴたりと合っている・・・。そしてあなたには思念波を受け取ることが出来る力がある・・・。これらの要素が重なって、あなたがその方の思念波を受け取ることになった・・・。私にはそう思えます。もちろん・・・推測の域を出ませんが・・・。」
 
 波長が合う・・・。王国に出てくるまで全くの見知らぬ人であったフロリア様と、私が・・・。
 
「でも私は・・・王国に出てくるまでフロリア様にはお会いしたこともなかったんです。」
 
「波長が合う人間同士というものは、別に以前からの知り合いであるとは限りません。全くの偶然によって選ばれるのです。そしてあなたのお話を聞く限り、その夢は相手の方が意志を持って送り出している夢とは言えないようです。」
 
「つまり・・・無意識に送っている思念と言うことですか・・・?」
 
「そう言うことになるでしょうね。それが何を意味するのか・・・そこまでは私には判りませんが・・・。」
 
「そうですか・・・。それじゃ・・・相手の心が感じ取れるのに、全然恐ろしいと思わないなんてことも・・・あるんでしょうか・・・。」
 
「恐ろしいと思わない・・・そういう方もいたのですか?」
 
「ええ・・・一人だけ・・・。」
 
 ウィローと初めて出会った時、彼女の必死の思いが痛いほどに伝わってきていたのに、不思議なほどに恐怖を感じなかった。
 
「それもまた、波長が合うと言うことなのかも知れませんね。本当にあなたは興味深い方だわ。人の心のメカニズムとは・・・この世界の何よりも深く不思議なものなのです。私はこれからも研究を続けていきます。あなたのその夢についても、もっとよく調べてみましょう。また何かありましたら、遠慮なくおいでください。」
 
「わかりました。いろいろありがとうございました・・・。」
 
「では・・・帰り道お気をつけて・・・。」
 
 シェルノさんとリータさんはにこやかに微笑んで私を見送ってくれた。下に降りる途中、先ほどの青年が声をかけてくれた。
 
「悩み事はなくなりましたか?」
 
「・・・ええ・・・多分・・・。」
 
 曖昧な返事ではあったが、今の時点ではそうとしか答えられない。夢を見てみなければ・・・何が変わっているのかさえよく解らない・・・。
 
「それは何よりです。不安そうですが、きっと大丈夫ですよ。さっきよりも顔色がよくなっています。では道中お気をつけて・・。」
 
 一階に下りると、先ほど私を出迎えてくれた娘がまだ立っていた。
 
「悩み事は解決されたのですか?」
 
「そう・・・ですね・・・。」
 
 ここでも曖昧な返事しかできない。本当にあの夢の正体がわかるのだろうか。
 
「そうですか。それじゃもう『彷徨の迷い路』で幻聴や幻視は起こりません。帰りはびっくりするくらい簡単に帰れると思うわ。」
 
 娘はそう言ってにこにこしている。私は来た道の階段を降りた。さっきは何度も階段を登り、その度に分岐点に来て不気味な声を聞いていたが、それがまるで夢でもあったかのようにすいすいと道を歩き、やがてあの森の中の出入り口に来ていた。ここはこんなに短い通路だったのだろうか・・・。あの階段は、あの壁は、本当に幻だったのだろうか・・・。
 
 外に出ると、辺りはもう夕暮れだった。
 
「クロービス!」
 
 カインとウィローが駆け寄ってくる。
 
「遅かったな・・・心配したぞ。でも行く前より何か顔色がよくなっているな。」
 
「ほんと。すごく顔色が悪かったのに、今は何だか穏やかだわ。よかった。カインと二人でずっと心配していたのよ。」
 
「二人ともありがとう。でも・・・きっと大丈夫だよ。」
 
「よし、それじゃ行こう。今度こそ俺達の使命を果たさないとな。とにかくあの怪物を倒す方法を見つけないと。」
 
 私は塔の入口に立っている若者に声をかけた。
 
「ありがとうございました。」
 
「ここにおいでになった時より、ずっと顔色がよくなられてますね。」
 
「ええ・・・さっきよりは気分がよくなったような気がします。」
 
「そうですか。それはなによりです。では道中お気をつけて・・・。」
 
「それじゃアッシュ、元気でな。」
 
 カインが笑顔で手をあげた。
 
「配膳係さんによろしくね。」
 
 ウィローも笑顔で手を振っている。
 
「ええ、あなた方もお元気で。」
 
 彼らの会話の意味が私には判らなかった。私のいない間に、どうやらカイン達とあの若者は親しくなったらしい。彼はアッシュというのか・・・『灰』だなんて変わった名前だな・・・。
 
 私達は『彷徨の迷い路』を離れ、西の森の中に戻った。その頃にはもう太陽は西の彼方に沈むところだった。
 
「今夜はここでキャンプだな。」
 
「そうだね。」
 
 食事を終えて3人で焚き火を囲んだ時、カインが待ちかねたように口を開いた。
 
「クロービス、それでその・・・どうなったんだ・・・?」
 
「夢のこと?」
 
「いや、夢のこともそうだけど、俺が知りたいのはお前のことだよ。あの洞窟に入ってから出てくるまで、けっこう時間がかかったからさ。何か大変だったのかなと思って・・・。」
 
「大変と言えば大変だったけど・・・あ、それよりさ、あの門番の人と仲良くなったみたいだね。」
 
「ああ、アッシュのことか。」
 
「変わった名前だね『灰』だなんて。」
 
 何気なく言ったつもりだったのに、カインは少し顔をこわばらせた。
 
「何か・・・悪いこと言ったのかな・・・?あ、そりゃ変わった名前だなとは思ったけど、人の名前なんていろいろだから・・・。」
 
「いや・・・あいつの名前にはいろいろと事情があるみたいなんだよな・・・。」
 
 カインは少しの間考えていたが、
 
「お前になら話してもいいか・・・。別に黙っててくれって言われたわけじゃないし・・・。」
 
「クロービスになら大丈夫よ。」
 
 そう言ったウィローが慌てて口を押さえた。カインはウィローの顔を上目遣いにちらりと見て、
 
「やっぱり聞いていたんだな・・・。」
 
小さくため息をついた。
 
「ご・・・ごめんなさい・・・。聞くつもりじゃなかったんだけど・・・。」
 
「いいよ、気にしなくて。アッシュだってもしかしたら君が聞いていたことに気づいていたかも知れないしな。」
 
 私はさっぱり話が見えずに、きょとんとしていた。カインは私の顔を見てくすりと笑うと、もう一度大きなため息をついた。
 
「お前があの洞窟の中に入ったあと、あの偉そうなドランて奴がアッシュのことを脅し始めたんだよ。『あんたを殴り倒して中に入ることも出来る』ってな。それで俺が間に入ってドランを追っ払ったんだ。それから何となく話をするようになって、昼飯の時にはアッシュが持ってきた弁当までご馳走になったんだよ。なんでも塔の配膳係が大量に詰めてくれるから食べきれないって言うんだ。それで俺達も干し肉とパンを出して、ウィローがスープをつくって、3人で一緒に食べたのさ。」
 
「そのあと私はナベや食器を洗おうと思って近くの泉に行ったんだけど、3人分の洗い物なんてそんなにかからないから、すぐにカイン達のところに戻ったの。そしたら・・・ちょうどアッシュが自分の名前の由来を話し始めたところで・・・。すぐに声をかければよかったのに、そのまま動けなくなってしまったのよ・・・。」
 
 ウィローがすまなそうに言葉を続けた。オシニスさん達の話を聞いて動けなくなってしまった私と同じだ・・・。ウィローはもちろんその話は知らないが、カインは多分そのことに気づいている。
 
「あいつの名前には『長生きしないように』っていう親の願いが込められているんだとさ。」
 
「長生きしないように・・・?な・・・なんでそんなこと・・・自分の子供にそんな名前をつけるなんて・・・。」
 
「理由はわからないけど、あいつは両親にとって『望まれない子供』だったって言ってたよ・・・。」
 
 カインは少し複雑な表情で、アッシュとの会話を話してくれた。彼がまだほんの子供だった頃、自分の親に殺されそうになって、親元を逃げ出したこと。でも生きる気力もなく、どうせ死ぬなら噂に聞いた『彷徨の迷い路』の中で死ねば、誰にも見つけられず死体が親元に戻される心配がないと、一人であの洞窟の中に入っていったこと・・・。私は入る前と出てきた時に二言三言言葉を交わしただけだが、それでもとても素直そうな若者だと思っていた。そんな悲しい生い立ちを背負っているなどとはとても思えなかった。
 
「それじゃ、迷って死ぬつもりが生きて塔に辿り着いてしまったって言うことか・・・。」
 
「らしいな。好奇心が強い奴だよ。お前みたいだったな。それでどんどん中を進んでいって気がついたら塔に入っていたんだってさ。それで塔の人達に助けられて、今はあそこで門番をしているらしいよ。」
 
 あの洞窟の中の心臓を締めつけられるような恐怖も、死を覚悟した人間にとっては気にもならないことなのかも知れない。
 
「あの塔に集まる人ってのは、みんな何かしら抱え込んでいるのかもな。」
 
「そうだね・・・。そうかも知れない・・・。」
 
「そのあと、あの塔についていろいろ話を聞いたけど、さすがに肝心なところは教えてくれなかったな。なあクロービス、アッシュはあの洞窟に人が入ったかどうか、その人がちゃんと塔についたかどうかは判るようになってるって言ったんだよ。でも何でわかるのかはお前に聞けって言われたんだ。そんなのどうやってわかるんだ?」
 
「ああ・・・そのことか・・・。鳩だよ。」
 
「鳩・・・?」
 
「そう。伝書鳩だよ。私があの洞窟に入ったあと、そのアッシュが多分塔に向かって鳩を飛ばしたんだ。そして私が塔に着いた時、今度は塔から鳩を飛ばす。アッシュが自分の鳩を飛ばしてから一定の時間が過ぎても塔からの返事が来なければ、入った人が中で迷っているってことだから、彼が助けに行くそうだよ。」
 
「なるほどな・・・。そしてその鳩小屋があの森の奥にあるってことなのか・・・。」
 
「私があの洞窟に入ったあと、彼が森の奥に行ったのなら多分そうなんだろうね。」
 
「鳩とはなぁ・・・うまいやり方だな・・・。」
 
「あの森に鳩なんて他にも飛んでいるものね。伝書鳩が来たって誰も気づかないはずだわ。」
 
 ウィローも感心したように頷いている。
 
「クロービス、あの洞窟の・・・『彷徨の迷い路』の中って言うのは、いったいどうなっているんだ?そんなに迷うような複雑な道なのか・・・?」
 
「複雑って言えば複雑だけどね・・・。」
 
 私はカインとウィローに、彷徨の迷い路のことや、夢見る人の塔での出来事を話して聞かせた。
 
「へぇ・・・。暗示にかかって心の声を聞くか・・・。もしも・・・俺がそこに入ったらどんな声を聞くのかな・・・。」
 
 カインは首を傾げている。ちょっとだけ不安そうだ。
 
「きっと・・・自分では考えてもいないと思えるようなことが聞こえてくるよ・・・。正直ちょっとショックだったんだ。自分が何にも考えずに平凡に生きたいと思ってたのかなとか、私をかわいがってくれたおじさんが、もう死んでしまったと思い込んでいたのかなとか・・・。」
 
「でもあなたは、その声が聞こえた方向には行かなかったのよね?」
 
「うん・・・。違うって、信じたかったんだ。ここまで来ておいて、今さら平凡な人生なんてあり得ないってわかっていたし、おじさんが生きてるってことは・・・絶対に信じたかった。だから反対の道をとったんだ。」
 
「あなたって・・・強いのね・・・。」
 
「私は強くなんかないよ。どこにでもいる普通の人間だよ。それなのに奇妙な夢を見たり・・・。人の心の中が・・・何となく・・・わかったり・・・。」
 
 塔を出る前に教わったやり方で、私は自分の力をコントロールしていた。まだ完全と言うには程遠かったが、それでもなんとか防壁を作り、人の心がむやみに入ってくるのを防ぐことは出来ていた。とっさに『何となく』と付け加えてしまったのは、私がその気になれば人の心に土足で入り込むことすら可能だなどと言うことを、ウィローに知られたくなかったからだった。『人の心がわかる』それだけでも充分に、ウィローは私を気味悪がっているだろう。でもカインには・・・いつまで隠しておけるだろうか・・・。意志を持って抑えておかなければ、誰の心の中でも覗けてしまうほど、私の力が強くなってしまったなんて・・・。
 
「それって・・・今私が考えていることなんかもわかっちゃうの?」
 
 ほらやっぱり、ウィローは不安そうに私を見ている。
 
「まさか。余程強い思念だけだと思う。全部わかったりしたら怖いじゃないか。」
 
(うそだ・・・。)
 
「そうね・・・。わからないほうがいいことだってあるのよね・・・。」
 
「そういうこと。わからないから一生懸命わかろうとするんだし。」
 
(わかろうとしなくたってわかるんだ・・・。)
 
 自分のついた嘘が、しゃべればしゃべるほどに自分の首を絞めていく・・・。大声で叫びたかった。
 
『私はその気になれば誰の心だってわかるんだ!』
 
 いくら自ら選んだ道とは言え、自分が突然、得体の知れない怪物になったような気がして、私の心はやりきれなさでいっぱいになった。
 
「そうよね・・・。でもその・・・あなたの夢って・・・もしかしたら今日の夜眠ると、その夢の正体がわかるのかしらね。」
 
「その催眠術とか言うので、お前はその・・・モンスターとかの声も聞こえるようになったんだろうから・・・わかるんだよな・・・?」
 
「まだ一度も眠ってないからなんとも言えないけど・・・でもそうあってほしいよ。あれが誰なのか、どうして私に向かって自分を殺せなんて言っているのか・・・。わからなければ先に進みようがない・・・。それに、もし・・・あの思念がハース渓谷の入口にいる怪物からのものであるなら・・・なおさらね。」
 
「そうよね・・。それがわからなければ・・・多分父さんにも会えないんだわ・・・。」
 
「そうだな。ではクロービスにはしっかりと夢を見てもらうことにして、俺が不寝番に立つよ。まずは二人とも睡眠をとってくれ。」
 
 カインの声でウィローと私はテントの中に入った。
 
「クロービス・・・?」
 
 仕切布をまくり上げてウィローが顔を出す。
 
「・・・お休みなさい。夢のこと・・・わかるといいわね・・・。」
 
「そうだね・・・お休み。」
 
 ウィローは微笑んで仕切布を下げた。いつもならテントの前で「お休み」と言って中に入るのに、どうして今日に限ってわざわざ中で言ったんだろう。ウィローの本当の気持ちが知りたかった。彼女がカインのことを好きなんじゃないかというのも、私の推測だ。本当はどうなんだろう・・・。こんな時、きっと自分の力を解放すればすぐにわかるんだろうけれど・・・。
 
 この力を持つということがどういうことなのか、改めてわかったような気がした。力をコントロール出来なければ、私自身が狂ってしまう。コントロール出来るようになれば、人の心をのぞきたいという欲求に駆られる・・・。
 
 私は思いきり頭を振った。自分の心に芽生えた愚かな考えを、はやく追い出してしまいたかった。とにかく今はあの夢だ。私の力はこのためのものだったのだ。そう自分に言い聞かせ、寝袋に潜り込んだ。
 
 ・・・夢の中から声が聞こえてくる・・・。はっきりと・・・。
 
 −−お・・・ね・・がい・・・
 
 −−わ・・・た・・し・・・・を・・・・・・・
 −−殺・・・し・・・・て・・・・く・・・ださ・・・い・・・・
 
 −−クロ・・ビ・・ス・・・
 −−あなた・・・なら・・・わたしの思念を・・・・受け取って・・・くれる・・。
 −−わ・・た・・し・・を・・ころ・・し・・て・・・・
 −−ころ・・・・し・・・て・・・・く・・だ・・さい・・
 −−おぞ・・ましい・・死ねない・・からだ・・
 −−火の・・エレメントの・・力ならば・・溶か・・せ・・る・・
 −−泉・・の・・底の・・要素・・の力を・・
 −−はや・・く・・
 
 私は飛び起きた。もう吐き気は襲ってこなかったが、体中から吹き出している冷や汗も、夢から覚めたあとのぞっとするような感覚も以前と変わらなかった。そして・・・今度の夢は真っ暗な闇の中ではなかった。あれは・・・ハース渓谷だ・・・。では、やはりこの思念を送ってきているのは・・・あの場所にいるあの・・・怪物なのか・・・。
 
 私は外に出ると、カインにその話をした。
 
「やっぱり・・・あの怪物からだったのか・・・。」
 
「うん・・・。あれは確かにハース渓谷だった・・・。でも泉の底の要素の力ってのは・・・何のことなんだろう。火のエレメントの力って・・・。」
 
「泉か・・・。つまりオアシスのことだろうな。この間泊めてもらったオアシスみたいに泉がある場所か・・・。」
 
「でもどこのオアシスにだって湧き水はあるよ。それが全部泉だって言えば言えるじゃないか。」
 
「それもそうだな・・・。」
 
「それに・・・火のエレメントって・・・。」
 
「エレメントか・・・つまり火の元になる力・・・。お前の使う風水術とはまた違うのかな・・・。」
 
「うーん・・・どうなのかな・・・。」
 
 そのまま二人ともしばらく考え込んでいた。
 
「だめだ・・・。わからないや・・・。明日ウィローにも話して一緒に考えてもらおう。南大陸のどこかにある場所を探すなら、ウィローのほうがよく知っているかも知れないよ。遅くなっちゃうからカインは寝てよ。明日はまた砂漠越えになるんだから。」
 
「・・・そうだな・・・。とにかく明日だ。・・・もう吐き気をもよおしたりしないんだな。前よりも顔色はよくなってきているみたいだし・・・。でも無理はするなよ。」
 
 カインはうれしそうに微笑んだ。
 
「うん・・・大丈夫だよ。」
 
「そうか・・・。それじゃお休み。」
 
「うん、ありがとう。お休み。」
 
 カインがテントに戻ってからも、私は必死に考え続けた。でもどうにもわけがわからない。夢見る人の塔を出る時は、もうこれで夢のことは何とかなるだろうと思っていた。はっきりと言葉を聞き取ることが出来さえすればと・・・。でもまさかこんなナゾナゾのような話だったとは・・・。
 
 翌朝、起き出してきたウィローに夢の話をした。
 
「うーん・・・。クロービスの言うとおり、泉なんてオアシスのどこにでもあるし・・・。」
 
 ウィローもしばらく考え込んでいたが、
 
「つまり・・・『泉の底の要素の力』っていうのが『火のエレメント』の力なわけよね?」
 
「そう言うことになるんだろうな・・・。」
 
「ということは、『火のエレメント』が『泉の底』にあるのなら、その泉はもしかしたら・・・熱い泉・・・ていうことかな・・・。」
 
 ウィローのつぶやきにカインが大声を上げた。
 
「そうか!温泉だ!あれだって泉と言えば泉じゃないか!まさしく『熱い泉』だよ!」」
 
「そうか・・・!あの温泉のオアシスのことか・・・!」
 
「そうだよ!泉の底だから・・・温泉の底に潜ればいいのかも知れないぞ!?」
 
「あの温泉てそんなに深くないわよ?もしも底に何かあったりしたら、とっくに誰かが見つけていると思うわ。」
 
「あ・・・そうか・・・。」
 
「それに、そんなにすぐに見つかるようなものなら、人の夢に入り込んでまで必死に頼む必要ないじゃない。」
 
「それもそうだな・・・。うーん・・・なあ、クロービス、お前は何かいい考えないか?」
 
「そうだなぁ・・・。温泉の底でないとしたら・・・あ、もしかしたらそのもっと下とか?」
 
「もっと下ってどこだよ?」
 
「あの泉の地下だよ。地下に何か埋まっているとか・・・そういうことなのかも知れないよ。」
 
「なるほど地下か・・・。それは考えなかったな。でも・・・もしもあの温泉の地下だとしたら底を掘るしかないのかな。そこまで行ける通路でもあるならありがたいんだけどな・・・。ウィロー、知ってるか?」
 
「私は知らないわ・・・。あの温泉に行っていたのは小さな頃だもの。ここ何年かはモンスターが強くなってきて、温泉につかるためだけに危険を冒すわけにはいかないから、カナの人達はほとんど行ってないと思うわよ。でも村長なら、もしかしたら何か知っているかも知れないわ。」
 
「そうか・・・それじゃカナの村長に聞いてみるか。」
 
「そうだね・・・。」
 
 話がまとまったところで、カインはほっと一息ついたが、難しい顔を私に向けた。
 
「しかし・・・殺せと言われても・・・どうするんだ・・・!?」
 
「よくわからないけど・・・何だかすごい必死の思いが伝わってくるんだ・・・。この間ハース渓谷で戦った時にも・・・敵意は全然感じられなかったし、黙ってどいてくれるのなら・・・あのまま渓谷を通り抜けていきたいくらいだけど・・・。」
 
「そうだよな・・・。敵意が感じられないのに攻撃するってのが一番つらい。俺だって出来れば素通りしたいくらいだよ。何とかうまくすり抜けていくってことが出来るのならいいんだが・・・。それほど必死で殺せって頼んでいるなら・・・きっとそう言うわけにはいかないんだろうな・・・。」
 
「とにかく、一度カナに戻ろう。そのほうがいいよ。食料もちょっと心許ないし、村長に聞けばいろいろわかることもあるかも知れない。」
 
「そうだな・・・。無理は禁物だ。一度カナに戻るか。ウィロー、君もそのほうがいいだろう?」
 
「もちろんよ。うれしいわ、カナに帰れるのね。」
 
 ウィローも笑顔で頷いた。

第24章へ続く

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