次の日、出来るだけ先に進もうと、カインもウィローも早くから起き出してきた。食事を済ませて多めに水を汲み、地図を広げて入念にハース渓谷へのルートを確かめる。私はこの時ふと、カナの村で聞いた温泉の湧くオアシスのことを思い出した。
「この地図だと・・・あの温泉て言うのはどこにあるのかな。」
「あれはねぇ・・・ハース渓谷に向かう道の途中で別れるのよ。」
ウィローは地図上の一点を指さし、
「・・・ここで道が別れてて、北に向かうとハース渓谷、南にそれると温泉のオアシスよ。そこに寄るの?」
「とりあえず今はそんな余裕はないぞ。次のオアシスまでどのくらいかかるかよくわからないし、スムーズにハース渓谷まで辿り着けたとして、そこでまたひと仕事あるんだからな。」
「そうだね。ただ、どのあたりにあるのかなあと思ってさ。」
「そうか。それじゃ出掛けるか。あんまり消耗しないようにして、出来れば最短ルートでハース渓谷まで行きたいからな。」
この日、私達は一日歩き続けた。歩いても歩いても砂漠。どこまでもベージュ色の砂の海が広がっている。そしてその海の中からモンスターが顔を出す。時には空から飛来するものもいるし、のそのそと動きつつ狡猾に獲物を狙うものもいる。砂の上を歩いているものは、弓を射かけてやれば大抵は逃げていく。ウィローの弓の腕は確かで、私よりも狙いが正確なくらいだった。昨日不意をつかれて気を失ったことを余程気にかけていたのか、今日のウィローは常に辺りに気を配り、武器を構えたまま移動していた。突然近づかれた敵には、軽やかに舞いながらあの鉄扇の一撃を浴びせる。薄い金属の板で出来ているとは思えないほど、鉄扇の攻撃効果は大きく、これでモンスターを追い払ったこともあるというウィローの言葉は、どうやら方便ではなかったらしい。だが・・・いくら慣れた砂漠の道とは言え、あれほど緊張しながら歩いていては疲労が激しいだろう。そんなことを考えていると、不意にウィローが座り込んでしまった。
「どうした?疲れたのか?」
カインが心配そうにウィローの隣にしゃがみ込む。見るとウィローの顔は真っ青で、脂汗を流していた。
「ごめん・・・大丈夫。まだ陽が高いわ。夜になるまでにもっと歩かないとね。」
そう言って立ち上がろうとするが、またふらふらと座り込んでしまった。私はウィローの背中に手を当てて治療術の呪文を唱えてみた。ウィローの息が静かになり、顔色に少しだけ赤みが戻る。
「ありがとう・・・。ごめんなさい。張り切り過ぎちゃったかな・・・。」
「少し休もう。出来るだけ早く行きたいのは山々だが、辿り着いた途端みんなでばったりではどうしようもないからな。」
カインの声で私達は少し道を外れ、大きな砂の山の後ろにまわった。少しだけ日陰がある。
「ウィロー、ここに横になるといいよ。昨日言ったよね?無理しないことって。あれは呪文に限ったことじゃないよ。きつい時はきついって言ってもらわないと、私達にはわからないんだから。いきなり倒れられたら心配するじゃないか。元気な顔で父さんに会うんだろ?それが君の目的なんだから、それを一番に考えなくちゃだめだよ。」
「うん・・・。ごめんなさい、ありがとうクロービス。」
ウィローは日陰に横になり眼を閉じた。こんな灼熱の砂漠でも、日陰に入ればそれなりに涼しい。しばらく私達はそのまま無言でそこに腰を下ろしていた。やがてウィローが眼を開けて起きあがる。
「・・・もう大丈夫よ。さあ行きましょう。」
「ほんとに大丈夫?無理してない?」
私は念を押した。
「本当に大丈夫。だから行きましょう。」
「よし、それじゃ行くか。とにかく行けるところまででいいんだから、気楽に行こうぜ。」
そしてまた私達は歩き出した。やがて陽が西に傾き、それが背後の地平線に姿を消す頃、私達はキャンプ場所を決めた。ここは砂漠のど真ん中だ。テントと焚き火を中心に、四方に向かって結界の呪文を唱える。地面には『地』そして空には『風』のそれぞれの属性のモンスターを遠ざける呪文だ。相反する二つの呪文だが、不思議とぶつかり合うことはない。
「・・・それ何の呪文?」
呪文を唱えている私にウィローが不思議そうに尋ねる。
「結界の呪文だよ。カナやオアシスの結界には遠く及ばないけどね、これでも何とかこの辺りのモンスターを遠ざけるだけの効果はあるみたいだから。もっとも・・・盗賊までは防げないから、それは用心しないとね。」
「すごいのね・・・。私もそんな呪文唱えられるようになるのかな・・・。」
「君ならできると思うよ。でもまずは昨日言った呪文のほうをきちんと憶えて、少しずつレベルアップしていってからね。」
「そうか・・・。わかったわ。さ、食事の支度しましょ。」
食事を終えて後かたづけまで終わった頃、ウィローは焚き火のところでウトウトし始めた。
「ウィロー、もう寝たほうがいいよ。かなり疲れてるみたいだから。」
「あ・・・ごめん・・・。わかった、もう寝るね・・・。」
ウィローは目を擦りながらテントの中に入っていった。
「かなりへばってるなぁ・・・。」
ウィローの後ろ姿を見ながらカインが心配そうにつぶやく。
「そうだよね・・・。かなり緊張してるみたいだ・・・。ねえカイン、ハースに出来るだけ早く辿り着きたいのは確かだけど・・・少しペースダウンしない?」
「うーん・・・。そうだなぁ・・・。でも・・・あんまり時間はかけられないぞ。それでなくとも俺達は、カナに辿り着くまで4日のところを一週間近くかけちまっているんだからな。」
「そうだけど・・・。明日から少しウィローにも戦闘指南したほうがいいような気がするんだ。明日もあの調子で緊張しまくっていたら、多分午前中持てばいいほうだよ。へたすると一日足止めもくいかねないよ。弓はともかく、接近戦になった時に慌てないですむ程度のことは教えてあげたいんだけど・・・。それに・・・私達もこっちに来てからほとんど立合いも何にもしてないじゃないか。実戦一方でさ。たまにはやろうよ。朝とか夕方とか、少し涼しい時間帯にでもさ。私達も南大陸に来てからずっと緊張しっぱなしだったと思うし。」
私の提案にカインは少し考えていたが、
「そうだな。確かに今のままではウィローの体力が持たないかも知れないな・・・。それに俺達も、実戦は実戦でいいとして、訓練はしないとな。」
「それじゃ決まりだね。」
カインは私の顔をじっと見つめていたが、ニッと笑った。
「・・・なに?」
「なあお前・・・この間ウィローの心の中が判ったって言ってたよな?」
「初めて会った時のこと?」
「うん。でも今までみたいに青くなっていなかったのは何でかなと思ってさ。」
「何でなのかな・・・。わからないけど、怖いって言う気はしなかったんだ。ただ・・・。」
「ただ?」
カインがオウム返しに聞き返す。
「ただどうしても、ウィローの願いを叶えてあげたくなって・・・。」
「それでいきなり連れて行くなんて言っちまったというわけか。」
「うん・・・。ごめん、迷惑かけて・・・。」
「別に迷惑じゃないよ。ウィローはいい子だと思うし、きっと俺達の助けになってくれるよ。それにお前も、昨日はぐっすり眠れたようだしな。」
「ははは・・・ぐっすり眠れたのは、きっとオアシスの中だったからだよ。」
「でも彼女の心を感じても怖くなかったんじゃないか。」
「そうだね・・・。それだけは不思議なんだけど・・・でももしかしたら、私が人の心を感じることが出来るって言うことに慣れてきただけかも知れないし・・・。」
「なるほど、その可能性もないことはないが・・・まいいか。それじゃそろそろ寝よう。俺が先に立つよ。お前はあとで交替な。」
「わかった。お休み。」
カインに不寝番を任せて、私はテントの中にはいると寝袋に潜り込んだ。はたして今日はどんな夢を見るのだろう。多分、何も見ないでは済まないだろう・・・。
そんなことを考えたからなのか、それとも見るべくしてなのか、やはり眠りと共に夢は訪れた。
ここは・・・どこだろう・・・。
さわやかな風が吹き抜ける・・・この場所は・・・
カナの村・・・?そしてあれは・・・
小高い丘の上に立つウィローの家・・・。
これは・・・一体何の夢なのだろう・・・・。
ウィローの家の隣の家に、誰かが歩いてくる。
あれは・・・カナの村の広場で吟遊詩人の歌を聴いていた親子連れの男性・・・。
でも広場で会った時の顔よりも若い・・・。
「今帰ったぞ・・。」
家の中から娘が飛び出してくる。これは多分あの時一緒にいた娘・・・。
でも小さい・・・。
「おとうさん・・、また一緒に暮らせるのね・・。」
「当たり前じゃないか・・家族なんだから。ほら・・これ、お土産だ・・。」
男性はにっこりと笑い、娘の手に何か小さな箱を握らせる。
受け取った娘は満面の笑みで父親を見上げている。
「まあ、きれいな指輪・・。お父さん・・どうもありがとう・・。」
「うん・・。」
父親は照れくさそうに小さく頷くと、
娘の頭をなでながら一緒に家の中に入っていった。
それと入れ違いに、隣の家から女の子が出てくる。
小さいけど・・・これはきっとウィローだ・・・。
今しがた親子が姿を消した家のドアを眺めて、その視線を道の先に移す。
ウィローはそのまましばらく立ちつくしていたが、
「私のお父さんは責任者だから・・仕方ないよね・・。」
ちいさな声でそうつぶやくと、涙をこらえるかのように唇を噛みしめた・・・。
泣いている・・・。心の中でウィローは泣いている・・・。
こんな小さな頃から・・・あんなに悲しい思いをずっと・・・
心の中に封じ込めているのか・・・。
やがてぼんやりと目覚めた私は、自分の顔が涙で濡れていることに気づいた。仕切布の向こうを窺ってみたが、ウィローが起き出した気配はない。3歳の時別れたまま一度も会えない父親・・・。ウィローがどれほど父親に焦がれているか、その思いで私は胸が焼けつきそうなほどだった。そっと起き出し外に出る。カインを見ると、ぼんやりと焚き火を見ながら考え込んでいる。多分・・・フロリア様のこと・・・。
「カイン、交替するよ。」
「あ、ああ。どうだ?変な夢見たか?」
「変なのじゃないけど・・・ウィローの夢見た。」
「ウィローの?」
私は今しがた見た夢の内容をカインに話して聞かせた。
「なるほどな・・・。何とか会わせてやりたいな・・・。」
「そうだね・・・。」
カインがテントに戻ってから、私はぼんやりと焚き火を眺めていた。どのくらい経っただろう・・・ほんの少し空気の流れが変わったような気がした。前方の暗闇に何かがいる。結界が効かなかったのか・・・。私は剣に手をかけながら、風水の呪文をいつでも唱えられるように準備をすると、素早く焚き火の中から火のついた薪を一本抜き取り、気配のしたほうに向かって投げつけた。
「ひぃっ!!」
悲鳴と共に黒装束の男が闇の中から転がり出てくる。薪が服に当たったらしく、男は必死で火を消そうともがいていた。
「バカ野郎!!見つかっちまったじゃねぇか!!」
怒鳴り声と共に闇の中から何人かの盗賊が躍り出てきた。
「盗賊か・・・。それじゃ仕方ないな・・・。」
結界が効かなくても仕方ないと言ったつもりだったが、盗賊達は別な意味に取ったらしい。
「ほお、あきらめがいい坊やだな。まあお兄さん達も手荒なまねはしたくないんだ。さっさと金目のものを出しな!」
私は盗賊達から目を離さず、ゆっくりと立ち上がった。
「金目のものなんてないよ。もう少し人を見る眼を養うことだね。私のどこにそんなものがありそうに見えるのかな?」
思いがけず落ち着いて答を返されたことで、盗賊達は面食らっている。
「へっ!妙に腹の据わったガキだな。なるほど金目のものはないか・・・。だがお兄さん達は短気でなぁ。金目のものがなければおめぇの命でもいいんだがなぁ・・・。それは持ってねぇとは言わせねぇぞ!!」
先頭にいた頭目らしい男が、ギロリと私を睨みながら凄んでみせる。確かにそれなりに凄みがあることはあるのだが・・・。これなら怒った時のセルーネさんのほうがよっぽど怖い。もしかしたらオシニスさんが怒った時だって、この盗賊の顔よりは怖いかも知れない。
明るい場所にいるのは4人。私一人で相手出来ないことはない。でも後ろの闇の中にもう少しいるかも知れない。だとすると少しきついかな・・・。せっかく眠っているカインとウィローを起こすのは気の毒だが、この場合仕方ないか・・・。あとで謝ろう。私は、盗賊達の真ん中の足許に向かって風水術『百雷』を唱えた。大音響と共に稲妻が炸裂し、盗賊達は慌てて逃げ出す。それでも二人くらいはこちらに向かってきた。このくらいしぶとくないと、南大陸での盗賊家業などやっていけないんだろうな・・・。そんなことを考えながら、向かってきた盗賊の一人に斬りつけた時、テントの中からカインが飛び出してきた。盗賊達は思わぬ伏兵に一瞬ひるんだが、やはり闇の中にもまだいたらしく、バラバラと3人ほどが焚き火の近くに躍り出てきた。カインは迷わず剣技を仕掛ける。その勢いで盗賊の一人がテント側に倒れ込んだ。そこに、さっきの稲妻で目を覚ましたらしいウィローが顔を出す。盗賊はとっさにウィローの首に手を回し、その喉元にダガーを突きつけた。
「きゃあ!!」
ウィローの悲鳴が上がる。盗賊達はしてやったりとばかりに、私達に向かって高笑いをしながら近づいてきた。
「形勢逆転だな。さあ、おとなしくその剣を捨てるこった。見れば結構な値打ち物じゃねぇか。それを渡してくれれば、このお姉ちゃんは返してやってもいいぜ。」
ウィローを押さえつけている盗賊がにやりと下品な笑いを浮かべながら、
「頭ぁ、もったいねぇよ。俺達にもいい思いさしてくれよぉ。こんないい女、久しぶりなんだぜぇ。」
なめ回すようにウィローを見つめている。そのウィローを見ると、腰からあの鉄扇を取り出していた。
「くそっ!!どうすりゃいいんだ!!」
カインは悔しそうにつぶやきながら、剣を構えている。そこに鉄扇の鳴る音が聞こえてきた。
シャラ・・・ン・・・・シャラン・・・
少しずつ音の間隔が短くなり、ウィローを押さえつけていた盗賊の力がゆるみ、ダガーを取り落した。その瞬間、ウィローは盗賊の腕からするりと抜けると、ひらりと舞いながら鉄扇の一撃を浴びせ、後ろに下がった。
「この野郎!」
盗賊は、はっと我に帰り、拳を振り上げウィローに飛びかかろうとした。私は迷わずウィローと盗賊の間に割って入り、振り下ろされようとした拳を剣で弾き返した。
「ぎゃあっ!」
盗賊は悲鳴をあげて転がり回っている。小手が切り裂かれ、血が吹き出していた。その様子を見ていた頭目らしき男が、忌々しそうに舌打ちをした。
「バカ野郎!こんなガキどもに手玉に取られやがって!おいおめぇら!さっさと金目のものをいただいてずらかるぞ!」
「そうはいくか!王国剣士の名において、お前達ごときに遅れはとらん!どこからでもかかってこい!」
カインの啖呵に盗賊達が一瞬怯んだ。
「王国剣士だと!?」
「王国剣士がいまさら南大陸に何の用だ!」
「答える必要はない!」
叫ぶと同時にカインは頭目に斬りかかった。さっき私の放った「百雷」で逃げ腰になっていた手下達も飛び出してくる。だが、盗賊というものは常に集団で行動する。一人ずつ相手をすればそれほど腕の立つ者はいない。頭目の回りにいた手下達はあっという間にカインに薙ぎ倒された。ウィローをかばって動かずにいた私にも何人かが襲いかかってきたが、落ち着いて相手をすれば私一人でも薙ぎ払うことが出来た。盗賊達はすっかり戦意を喪失している。その中で頭目だけが、なおも鋭い目で私達を睨みつけながらダガーを構えて立っている。勝敗は明らかだ。これ以上戦う必要はない。私は頭目に向かって怒鳴りつけた。
「勝負はあったようだね!私達は王国剣士団だ!これ以上非道なことをするつもりなら、今度は容赦しないぞ!!」
「く、くそ!!引け!!ちっくしょう!!これでも食らえ!!」
私の啖呵に盗賊の首領らしい男は逃げようとしたが、振り向きざま何かを投げつけた。素早く剣ではじき返し足許に落とす。やはりダガーだった。拾い上げて刃を見ると何か塗ってある。これが多分デスニードルの毒・・・。となると、やはりこの間北大陸で出会った盗賊達は、南大陸から北へと渡っていった連中なのだろう。南大陸の盗賊達は、おそらくは逃げる時の時間稼ぎのために、常にこんなものを用意しているのかも知れない。
「ふう・・・。危なかったな。ウィロー、大丈夫か?」
ウィローはいつの間にか私の背中にしがみついて震えていた。
「怖かった・・・。」
カインも私も顔を見合わせてきょとんとしてしまった。あれほど冷静に相手を眠りに誘い込んで、痛烈な一撃を浴びせたというのに、今はすっかり怯えて涙をこぼしている。
「もう大丈夫だよ。すごいよね。あんなに冷静に対処できるんだから。」
私は後ろを向いて、肩越しにウィローに声をかけた。
「そうだな。それに、お前の啖呵も立派だったよな。あいつらもお前があんな大声で怒鳴りつけるとは思ってなかったんじゃないか。」
カインが私の顔を覗き込んでにやりと笑った。
「ははは・・。実をいうと、自分でもびっくりだよ。ウィローが無事にこっちに来てくれたの見たらほっとしちゃってさ。」
「ごめんね・・・。また迷惑かけるの絶対やだって思ったのに・・・結局役に立てなかったわ・・・。」
「そんなことないよ。君は自力で盗賊の手から抜け出したじゃないか。」
「そうだよ。あれで充分だよ。君に怪我させたりしたら、カナの人達に顔向けできないからな。」
カインもほっとしている。そして私のほうを振り向くと、
「でも・・・お前、あいつらの相手を一人でするつもりだったのか?」
「そのつもりだったんだけど、思ったより数が多かったから、君達を起こすの悪いと思ったけど風水使わせてもらったよ。ごめんね二人とも。起こしちゃって。」
「いや、そんなことはいいけど。お前、えらく落ち着き払っていたからさ。やっぱりお前は度胸あるよな。」
「あの頭目みたいな奴が凄んでみせたんだけどね、あれよりも怒ったセルーネさんやオシニスさんのほうがよっぽど怖いなぁなんて思ったら、すごく落ち着いちゃったよ。」
私の言葉にカインは大声で笑い出した。
「たしかになぁ・・・。怒った時のセルーネさんに匹敵するほどの凄みを出せるのは、剣士団長くらいしかいないかもな。」
「でもセルーネさんてすごく優しいわよね。」
やっと落ち着きを取り戻したらしいウィローが、私の肩越しに話に加わった。
「そうだね。あの人は優しい人だよ。男言葉だけどね。」
「俺も最初びっくりしたもんなぁ。カナの村長が女にしておくの惜しいって言ってたけど、ほんとそうだよなぁ・・・。」
そして3人とも笑い出してしまった。今頃セルーネさんは、剣士団の宿舎でくしゃみをしているかも知れない。
「それじゃ二人とも寝てよ。夜明けまでには少しあるから、あとは私一人で大丈夫だよ。」
「そうだな・・・。ウィロー、君は疲れてるんだからもう少し寝ておいたほうがいい。俺ももう少し寝るよ。」
カインに促され、ウィローはハッとして私から体を離した。
「ご・・・ごめんなさい、クロービス・・・。私ったら・・・。」
「いいよ、気にしないで。それより・・・落ち着いた?」
「うん・・・。もう大丈夫・・・。」
ウィローは赤くなりながら、少し後ずさった。カインはそんなウィローをちらりと見て、くすっと笑うと、
「クロービス、あとはよろしくな。」
私の肩をポンと叩いてテントへと歩いていった。ウィローがそのあとを追ってテントへと向かう。
「任せといて。」
二人の背中を見送って、私はまた一人で焚き火のそばに腰を下ろした。あの盗賊達は無事に自分達の隠れ家まで辿り着けただろうか。別に私が心配することではないのだが、それでも彼らに恨みがあるわけではない。これに懲りてまっとうな暮らしに戻ってくれればいいのに・・・。
やがて東の空が白み始めるまで、あとはもう何事も起こらなかった。
次の日の朝早く、カインと私はウィローに、少しペースダウンをすることと、涼しい時間帯に訓練の時間を設けることを話した。ウィローは多分一日も早く父親に会いたいだろうと解ってはいたが、今のままではハース渓谷に辿り着けるかどうか、辿り着いても例のモンスターを倒せるかどうかわからない。ウィローは素直に承諾してくれた。そしてこの日から、朝、太陽が顔を出すまでの時間と、日が沈んでから暗くなるまでの時間帯に私達は訓練を始めた。カインと私の立合いの時には、ウィローが審判をしてくれた。そしてウィローには、私が呪文を教え、カインが戦用舞踏の受け手となって効果的な攻撃の仕方や、逃げる時のポイントなどを教えた。ウィローはとても素直に私達の言うことを聞いてくれて、治療術のほうはもう『大地の恩恵』まですらすらと唱えられるようになっていた。もう少しすれば『光の癒し手』も唱えられるようになるだろう。戦用舞踏にも磨きがかかり、ナイト輝石製の鎧の上からでもかなりのダメージを与えられるほどになっていた。
そして・・・私達3人の間にも、それぞれに微妙な心の変化が起きていた。自分よりも二つも若い私の言うことを、いつも素直に聞いて頑張るウィローの健気な姿に、私は少しずつ惹かれていった。ウィローはウィローで、カナを出てすぐの時にモンスターの目の前から救ってくれたカインに対し、何となく惹かれているように見えた。そしてカインも・・・私の眼から見る限りウィローに惹かれているようにも見えた。カインのフロリア様への想いは、解りすぎるほどに解ってはいたが・・・。それでもこの二人がもしもうまくいくのなら・・・そのほうがいいのかも知れない・・・。少し胸が痛んだが、きっと時が解決してくれる・・・。
やがて何日か過ぎて、私達はハース渓谷の入口近くに来ていた。
「この先に例のモンスターがいるわけか・・・。」
カインが厳しい顔で腕を組みながら、渓谷の入口のほうを眺めている。
「とりあえず行ってみるしかなさそうだね・・・。」
「そうだな・・・。とにかく自分達で一度戦ってみないことには、対策の立てようもないからな。」
「それじゃ行きましょう。そのモンスターを退かせなければ父さんに会えないわ。」
3人の中ではウィローが一番積極的だ。私達は慎重に歩を進めながら渓谷に入っていった。しばらく歩くと、『そいつ』が現れた。いや、現れたのではなく・・そこにいた・・・。
「こいつか・・・。確かに奇妙な姿だな・・・。とにかく俺は剣技を全部試してみるか。クロービス、お前は風水を試してみろよ。」
「わかった。」
返事をしたものの何となく気が乗らなかった。確かに異様な姿の怪物だが、ほとんど敵意が感じられない。とは言え、ガウディさんにあれほどの怪我を負わせたのは、間違いなくこの怪物なのだから、油断してはかかれない。カインは覚えている限りの剣技を試し始めた。ダメージも与えられるし、かなり苦しんでのたうち回るのだが、ガウディさんの言ったとおり、傷口はやがて塞がっていく。私は私で自分の剣を試してみたが、結果は同じだった。風水術のほうは『百雷』と『飛花落葉』はほとんど効果がなかった。『日輪照覧』だと少しは効くようだが、それでも怪物はけろりとしている。ウィローも何度か矢を放っていたが、かすり傷程度しかおわせることが出来なかった。剣も矢もだめなら鉄扇だって同じことだ。やがて傷は消えてしまう。撤収するしかないかと思ったその時、突然強烈な思念が私の心の中に流れ込んできた。あの真っ暗な夢の時と同じ、不気味な思念・・・。同時にものすごい吐き気に襲われ、私は口を押さえて怪物の前から後ずさった。
「クロービス!!どうした!?」
カインが飛んでくる。
「ごめん・・・。また・・・。」
言葉にならないまま私はその場に嘔吐した。カインが気功で回復してくれて、胃が空っぽになる前に、何とか吐き気はおさまった。
「だめだ!!逃げるぞ!!」
私達は怪物に背を向けて渓谷を走り出た。
「参ったな・・・。これではハース城に行くことが出来ない・・・。クロービス、お前の風水でもだめだったのか!?」
「そうだね・・・。火炎系の呪文なら少しはダメージを与えられるみたいなんだけど、それでもかすり傷程度だよ。」
「くそ!!どうすりゃいいんだ!!」
カインは悔しそうに唇を噛んでいる。
「それに・・・さっき感じたあの思念・・・。夢と同じだったんだ・・・。」
「夢って、こっちに来てからよく見る、その『殺せ』ってやつか?」
「そう、同じものを感じた・・・。」
「自分を殺せったって、傷つけられないんじゃどうしようもないじゃないか・・・。」
「うん・・・。とりあえずここを出よう。それと・・・この間カナで聞いた、温泉の湧くオアシスに行ってみたいんだけど。ハース鉱山から遊びに来てる人が今もいるとは思えないけど・・・。とにかく行けるところは行ってみよう。遠回りになっても仕方ないよ。食料は保存がきくものを多めに持ってきたから、それほど心配することはないし。」
「・・・そうだな・・・。どっちにしても、今のままではどうしようもないか・・・。とりあえず情報収集と行こう。ウィロー、君が父さんに会いたい気持ちはわかるが、今は俺達と一緒に一度ここを離れてくれ。」
「うん、わかった・・・。仕方ないものね。でも・・・何だかあの怪物・・・悲しい瞳をしていたように見えたんだけど・・・気のせいかしら。攻撃するのが何となくいやだったわ・・・。」
「君もそう思ったのか・・・。私もだよ。でもガウディさんのことがあるから手を抜くわけにはいかなかったけど・・・。」
「確かにな・・・。敵意が感じられないってのは奇妙だったな・・・。」
みんな同じように思ったらしい。それでもあの怪物があそこから退いてくれない限り、私達は自分の任務を遂行できないし、ウィローは父親に会えない。私達はハース渓谷を出た。そして今度は南に向かって歩き始めた。
温泉の湧くオアシスはすぐにわかった。かなり大きなオアシスで、以前は湯治場として賑わったのだろうと思わせる建物があちこちにある。人も何人かはいて、声をかけて話を聞くと、皆快くこの辺りのことを教えてくれた。
「何でこのオアシスの水はこんなに熱いんだろうって・・?さてねえ、それはわからないが、気持ちいいからいいのさ。ほら、あっちに脱衣場なんかもあるから、あそこならちゃんと囲いがあってゆっくり温泉に浸かれるぜ。昔はこの地も温泉で賑わったんだけど・・今はモンスターのせいですっかり寂れちまったみたいだな。もったいないよなぁ。」
旅の戦士らしき人が親切に指さして教えてくれる。
「この世界のどこかに、偉大なる魔法使いの住む塔があるといわれるが・・・。しかし「魔法」などというものがあるのかいのぉ・・一度見てみたいもんじゃて・・。」
偉大なる魔法使い・・・。そもそも魔法などと言うものは存在しないと私は信じている。そんな場所があるのなら本当に見てみたいものだが・・・。老人はこの辺りに住んでいるのだろうか。南大陸にはカナの村の他に大きな村はないようだが、いくつかの家が集まっている小さな集落はあちこちにあるらしい。南大陸の中でもさらに南方にはそういった集落が多いらしかったが、さすがにそこまで足を伸ばす気にはなれなかった。
「ここから北のハース渓谷に、凄まじいバケモノがいたんだ。あれは、まさしく魔界の生物・・・。」
若者が青ざめた顔のままで話してくれた。あの怪物が魔界の生物なら、私達人間ごときに倒せる相手ではない。だが、カナの村の語り部が言っていたように、そんなことを信じてしまったら、私達は永遠にハース城まで辿り着けなくなってしまう。
気分転換に温泉にでも入るかと言うことになり、私達は久しぶりに風呂に入って砂を落とすことが出来た。最もどうせここを出れば同じ事なのだが・・・。それでもウィローは嬉しそうだ。お肌がつるつるになっちゃったわ、と、にこにこしながら自分の頬をなでている。
オアシスを出て見ると、東の彼方に建物のようなものが見えた。
「あれ・・・蜃気楼かな?」
「うーん・・・。それにしちゃ妙にはっきり見えるなぁ・・・。ウィロー、あんなところにもオアシスはあるのか?」
「えーとねぇ・・・この辺りから先は私もよくわからないんだけど・・・でもそう言えば誰かが言っていたわ。きれいな泉のあるオアシスが温泉の近くにあるって。そこかしらねぇ。」
「とりあえず行ってみるか。」
カインの言葉で私達は歩き始めた。やがて水の香りが辺りに漂ってくる。
「蜃気楼は匂いはないから・・・やっぱりここもオアシスなのかな。」
「そうかもな。ここで泊まれそうなら泊まるか。」
私達はそのオアシスに入った。中は涼しい風が吹いている。やはりここにも結界が張られている。水の香りのする方向に歩いていくと、キラキラと光る泉があり、若い女の子がその泉を覗き込んでいた。女の子は私達を警戒する様子も見せず、笑顔で立ち上がり会釈した。
「まあ、こんなところまで、よくいらっしゃいました。ここは小さなオアシスですが、泉の水が豊富で涸れると言うことがありません。私は祖父と共にここに住んでいます。少し前に語り部の方がいらっしゃって、それから祖父はいつも家の中でその方と話をしています。あちらの建物ですわ。ここはキャンプを張れるほどの広さはありませんから、どうぞ家に泊まってらしてください。」
「ありがとう。」
娘の案内で私達は家の中に入った。中では老人と語り部が話をしているところだった。
「世の中のすべての出来事は、見えない因果関係で結ばれているといいます。まったく関係ないように思えることでも、必ずどこかで繋がっているものなのです。」
「そうじゃのぉ。まったくその通りじゃ。だが、なかなかそのことに気づく者は少ない。そして気づいた時には手後れだったりするものじゃ・・・。ん?おお、帰ったのか。その方達は?」
老人は孫娘と、その後ろにいる私達に気づき立ち上がった。
「旅の方達よ。ここに泊めてあげたいの。構わないでしょう?」
「おお、そうか。休みたいなら構わんよ。たいしたもてなしも出来ぬが、休んでいきなされ。」
「ありがとうございます。」
娘が作ってくれた食事をご馳走になり、私達は寝床に潜り込んだ。ウィローは私達と一緒というわけにはいかないので、孫娘の部屋に泊まることになった。ここには間違いなく結界が張ってあるのに、眠りと同時にやはりあの夢が訪れたのだった。
−−暗い・・・闇の中・・・
−−夢の中で誰かが囁いている・・・。
−−お・・・・・ね・・・・・・・・い・・・・
−−わ・・・た・・し・・・・を・・・・・・・
−−殺・・・し・・・・て・・・・
−−わ・・・た・・し・・・・を・・・・・・・
−−殺・・・し・・・・て・・・・
見るかも知れないと思っていても、やはり見たあとはものすごい吐き気に襲われ、私はベッドから転がり落ちた。カインが飛び起き気功で回復してくれたものの、今までよりもはるかに強い思念が頭の中に流れ込んできて、私はしばらく動くことが出来なかった。そこに何事かと老人と語り部が顔を出した。そして二階の階段から、老人の孫娘とウィローも駆け下りてきた。ベッドから落ちた場所で起きあがったまま、肩で息をして喋ることもできない私をみんなが心配そうに見ている。
「クロービス!!真っ青じゃないの!?一体・・・どんな夢見たのよ!?」
ウィローは青ざめている。
「クロービス・・大丈夫なのか・・?」
カインも、今までよりも立ち直りが遅い私を心配顔で覗き込む。その時老人が私に歩み寄り、私の隣にしゃがみ込んだ。
「悪夢を見なさったようじゃな・・・。それも一回だけではなく・・何度も同じ夢を見るのではないかな・・?」
「どうしてそれを!?」
「わかるんだよ、わしにも過去に同じ事があったからな・・・。夢を見る原因は様々じゃ・・・。だが、自分一人でそれを理解するのは難しい・・・。」
「私は・・・南大陸に来てから・・・いつも同じ夢を見ます。それがなんなのか、どうしてそんな夢を見るのか・・・何も解らなくて・・・。」
会ったばかりの相手に、普通ならこんな話絶対にしない。だがこの時私は、あまりにも強い思念に打ちのめされ、警戒心も何も吹き飛んでいた。老人はいたわるように私の肩に手をかけ、小さく何度か頷いた。
「そうじゃろう・・・。わしにアドバイスできることが一つだけある。『夢見る人の塔』に行きなされ。そこにいるシェルノという女性に、すべてを打ち明けるがよろしかろう・・・。」
「夢見る人の塔?」
「そう。ここの遙か西、南大陸の西端に、『西の森』と呼ばれる広大な森がある。そこをよく調べてみなされ・・・。かつて、わしがそうやったようにな・・・。夢の持つ様々な意味を、一人で理解しようとしても無理なことなんじゃ・・・。そこに行けば、辿り着くことさえ出来れば、きっと全てがわかるだろう。」
老人はそう言うと、にっこりと私に微笑みかけ、語り部と共に部屋を出ていった。
「『夢見る人の塔』のことは、わたしも噂で聞いたことがあります。なんでも、そこに住むシェルノという女性は、人の心を見透かす『魔法』を使うそうなのです・・。おじいさまがそんなところに行ったことがあるなんて・・・知らなかったわ・・・。」
娘は不安そうに、自分の祖父が消えた先の扉を見つめている。
「夢見る人の塔か・・・。よし、次の目的地が決まったな。ウィロー、君はどうする?一度カナに戻るか?俺達がその塔から帰ったら、また一緒に行くと言うことにして。それなら送っていくよ。」
「いえ、私も行くわ。クロービスのことは心配だし・・・。」
言いながらウィローはちらりとカインを見た。私のことが心配だというウィローの言葉に嘘はないと思えたが、それよりも、カインと一緒にいたいという気持ちのほうが強いように感じられた。それでも、ウィローが一緒に来てくれることが私には嬉しかった。
次の日の朝早く、老人と娘に礼を言い、私達は西に向かって歩き始めた。カナの村を過ぎた辺りから、陽射しは少しだけ穏やかになり、歩くのも楽になってきた。以前、オアシスに泊まった時には見なかったあの夢は、今はもうほとんど毎晩のように現れていた。その度に私は飛び起き、カインが気功で回復してくれた。何度夢を見ても慣れると言うことはなく、相変わらず吐き気に苦しめられ、治療術など使える状態ではなかったからだ。そして、あの泉のオアシスを出てもう2週間近くは過ぎたと思われる頃・・・。
「はぁ・・・。この辺りが西の森か。さてと、その塔への入口ってのはどこにあるんだろうな。」
カインは辺りをきょろきょろと見回している。
「そう言えば、どんな入口なのか聞いてこなかったね。」
「もしかしたらわざと言わなかったのかもな。自力で見つけろって言うことなのかもしれない。」
「そうだね・・・。私が自分で見つけなくちゃならないんだ。」
「あんまり根つめるなよ。とにかくもう夕方だ。暗くなれば捜すのも大変だから、とりあえず今夜はキャンプしようぜ。」
カインの提案で私達は森の中の少し広めの場所にでて、キャンプの準備を始めた。また同じ夢を見るのだろうと、半ばうんざりして寝袋に潜り込んだが、この日の夢はいつもと少し変わっていた。
闇の中から声がするのは同じだ・・・。
−−わ・・・た・・し・・・・を・・・・・・・
−−殺・・・し・・・・て・・・・
だがその思念は、突如吹いてきた強い風に吹き飛ばされるように途切れた。
この風は・・・この森の風・・・?
そしてその風が吹いてくるのは・・・!?
そこまでで目を覚ました。吐き気は襲ってこない。途中であの思念がとぎれたせいか・・・。あの風は何だったのだろう。そしてあの風が吹いてきたのは・・・。
ちょうど交替の時間くらいにはなっていた。私は寝床から起き出すと、テントを出た。私達のいる場所から考えると、夢の中のあの風は、この森の北側から吹いてきていた。もしかしたら、そこに夢見る人の塔への入口があるのかも知れない・・・。突飛な発想ではあったが、何となくこれは間違っていないと思えた。焚き火のところに行きカインにその話をして、明日の朝起きたらそこに行ってみようと言う話がまとまった。
次の日の朝、食事を済ませて昨夜の話をウィローにも話した。
「へぇ・・・。それじゃきっとそこに行けば塔への入口があるのよ。早く行きましょう。」
ウィローはにこにこして私の案に賛成してくれた。荷物をまとめ、私は自分の見た夢を頼りに歩き出した。やがて森の北側に辿り着き、3人で塔への入口を捜し始めた。しばらく過ぎた時、ウィローが声をあげた。
「あれ・・・?ねえ!二人ともちょっと来てよ!」
「なに?」
「どうした!?」
振り向いて駆けつけると、ウィローの指さした場所の木立が少しだけ割れている。
「見て!奥に何かあるわ!!」
木立を覗き込みながらウィローが叫んだ。木立の間には細い道があり、奥まで続いている。
「ここか・・・。ウィロー、よく見つけたな。」
カインはウィローに笑顔を向けながらも、注意深くあたりを見渡した。
「おかしな罠もなさそうだし、とにかく行ってみよう。」
しばらく歩くと人のいる気配がする。道の奥に着いてみると、大きな洞穴があり、そこに若者が一人立っている。その隣に、若者に向かってなにやら文句をつけているらしい青年がいた。
「どうしたんですか?」
カインが青年に声をかけた。
「あんたら誰だ!?」
青年は振り向くなり、うるさそうに尋ね返した。その言い方にカチンと来たらしく、カインの顔色が変わった。
「俺達は王国剣士だ。ここに用事があってきたんだ。あんたこそ何者だ!?」
「お、王国剣士だと!?何でまた王国剣士が南大陸になんているんだよ!?」
「用事があるから来たんだ。あんたに説明する義務はない!それよりも、あんたは誰で、ここでいったい何をしているんだ!?」
「それは尋問か!?」
「あんたがこの若者に危害を加えようとしていたように見えたんだよ!その通りならこれは尋問だ!そうでないなら尋問などされなくても説明出来るはずだろう!?」
青年はいかにもおもしろくなさそうにため息をついたが、それ以上文句を言おうとはしなかった。
「わかったよ。俺はドランだ。ここからずっと南に行ったところにある小さな集落に住んでいる。最近変な夢を時々見るから、人々を悪夢から解き放つ力を持つといわれる魔法使いシェルノに会いに来たんだ。だが、シェルノの住む『夢見る人の塔』に行くには、この『彷徨の迷い路』を通らないと行けないんだ。風の噂だと、この世界のどんなダンジョンよりも恐ろしいものだと言われている。だから何とかここを通らずに、シェルノに会わせろって言ったんだけど・・・すげなく断られたのさ。」
入口に立っている若者はそんな青年を平然と見つめていたが、私達のほうに向き直ると、
「よく・・ここが見つけられましたね・・。」
そう言って意外そうな眼で私達を見た。
「あなたは・・・?」
「私は、ここの番人を務める者です。」
私は、自分がいつも同じ夢に悩まされていることを、簡単に若者に話した。そして昨夜見た夢の中に吹いてきた、不思議な風の話をして聞かせた。若者は真剣な表情で私の話を聞いていたが、聞き終わると何度か小さく頷いた。
「人は・・・何か精神的な悩み事があると、神経が鋭敏になるといいます・・。ここを見つけられたことが、あなたが本当に悪夢で悩んでいることの証明となるのです・・。昨夜あなたの夢の中で吹いた風は、あなたの心が呼び寄せた風でしょう。あなたが本当にこの場所を必要としていたから、あなたはご自分でも知らないうちにこの場所を探り当てたのです。・・・シェルノ様にお会いする必要がありそうですね。それには、あなたが一人で、ここから続く『彷徨の迷い路』を通らねばなりません。」
「ここが彷徨の迷い路なんですか・・・?」
「そうです。あちらの方はそこを通るのが嫌で、楽な道を教えろとおっしゃる。ですが、悩み事を解決しようとするのに、楽な道を選ぼうなどと考えること自体、おかしいとは思いませんか?楽な道などないのです。」
「そうだよな・・・。それは虫がよすぎるよ。クロービス・・・行くのか?」
カインが心配そうに私を見た。その途端ざわっと悪寒が走りそうな不安が私の心に広がった。これはきっとカインの心だ。得体の知れない場所に、本当に私を送り出していいものかどうか、判断をしかねているらしい。そしてもう一つ、胸を締めつけられそうなほどの怯えを感じた。これは多分・・・ウィローだ・・・。
「行くよ。とにかくあの夢を何とかしなくちゃ。それに・・・もしかしたら、今までに見た夢の謎を解く手掛かりも見つかるかも知れない。」
私は二人の不安を少しでも和らげようと、出来るだけきっぱりと言い切った。
「そうか・・・。よし、俺達はこの辺りにいることにする。気をつけてな。」
「クロービス・・気をつけてね・・。私達ここで待ってるからね。」
「ありがとう。行ってくるよ。」
心配そうに私を見つめる二人に笑顔を作ってみせると、私は一人、若者の隣に口を開いている洞穴の闇へと足を踏み入れた。
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