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「やれやれ、やっと着いたな。ここがカナの村か。」
 
 ずっと砂漠の中を歩いてきた私達は、涼やかな風が吹き抜ける村の入口に立って大きく深呼吸した。キリーさんがここにモンスターが入ってこないと言っていたが、なるほどかなり強力な結界が張られている。これならモンスターは入って来たくても来れないだろう。
 
「今日はここで一晩過ごして、明日の朝早くハース鉱山に出かけよう。」
 
 カインの提案に私も頷いた。もうすぐ夕方になる。これからハース城まで歩いていくなどとても出来そうにない。今日移動した距離はそれほど長くはなかったかも知れないが、もう一週間も砂の中を歩き続けて、私達の疲労は限界にきていた。
 
「でも小さな村だね。泊まれるところがあるかな。」
 
 私は少し不安だった。王国剣士が派遣されている村なら、宿屋がなかったとしても詰所に寝泊まりすることが出来る。しかし、この村にはそんなものはとっくにない。果たして宿屋もあるのかどうかわからない。それでも王国剣士に好意的な村であれば、ローランのモルダナさんのように、自宅に泊めてくれそうな親切な人もいるが、この村から王国剣士が撤収した時の経緯を聞くかぎり、それはあてに出来そうにないような気がした。
 
「とにかく情報収集をしたほうが良さそうだな。村の人達にいろいろと訊いてみよう。」
 
 カインが先に立って歩き出した。村の入口から少し奥に歩いていくと、大きな広場に出た。さわやかな風が吹き抜け、子供達の遊ぶ声がにぎやかに響いている。どうやらここは村人達の憩いの場所らしい。
 
「砂漠の真ん中とは思えないな。」
 
「そうだね。この村のまわりの結界は、今までのオアシスとは比べものにならないくらい強力だよ。だからこんなにのんびり過ごせるんじゃないかな。」
 
「なるほどな。しかし・・・その結界を張ったのは誰なんだろうな。それほどの使い手なら、北大陸でも噂にのぼったっていいくらいのはずだよな。」
 
「そうか・・。そう言われればそうだよね。」
 
 その時、村人の一人が私達に声をかけてきた。
 
「あんたらは、どちらの方々かな?」
 
 見たところ、長老と言った趣がある。
 
「私達は、王国剣士です。ハース鉱山に向かう途中なのですが、今夜はこの村で宿をとろうと思いまして、一晩泊めてもらえるところを捜しているのですが、この村には宿屋はありませんか?」
 
 カインが丁寧に頭を下げて尋ねた。
 
「王国剣士?王国剣士が今さらこの村に何の用だ?またこの村を守るために来てくれたとでも言うのならありがたいとは思うが、まさかフロリア様とてそんなことはおっしゃらんだろうからな。しかも・・・ハース鉱山へ行くだと!?」
 
 老人は驚いて声を上げた。予想していたこととは言え、やはりこの村で王国剣士は歓迎されない。フロリア様に対する不信感もあるらしい。
 
「以前、この村から王国剣士が撤収した経緯については・・・聞いています。私達はそのこととは別に、ハース鉱山へ調査に向かわなければならないのです。」
 
「あんたら二人だけで行くのか!?」
 
「そうです。私達二人です。」
 
 カインが答える。老人はしばらく目を大きく見開いて私達二人の顔を交互に見ていたが、やがて大きくため息をつくと
 
「悪いことは言わん。このまま引き返した方がいい。死にに行くというのなら話は別だがな。」
 
 私達は顔を見合わせた。ハース鉱山はそれほど危険だと言うことなのか。
 
「鉱山で何が起こっているのか、ご存じなのですか?」
 
 カインが老人に詰め寄った。
 
「ハース鉱山の中での出来事など知らんよ。それよりも、あんたら二人だけじゃ鉱山まで生きて辿り着けやしないだろうと言うことだ。」
 
「それは・・・どういうことです?」
 
 老人はしばらく考え込んでいたが、
 
「・・・あんたらは王国剣士だ。この村にも以前はいたよ。我々を守ってくれていた王国剣士達が。そしてその剣士達が去ったあとに、一人の王国剣士がこの村に来てくれた。砂漠の中で我々を孤立させるわけにはいかないと。そして剣士団の撤収も命令のためにやむを得ないことだったから、任期半ばで出ていった剣士達を恨まないでやってくれとな。そしてその剣士は自分が剣士団から除名処分になってもなお、この村のために尽力してくれた。あんたらは・・・その人を捕まえに来たわけではないのだな?」
 
「いらっしゃるんですか!?」
 
 老人は黙っている。
 
「いらっしゃるなら会わせてください。捕まえたりするなんてことは絶対にありません。私はその人に・・・ガウディさんに伝えなければならないことがあるんです!」
 
 老人はなおも私達の顔を交互に見ていたが、やがて小さく頷いた。
 
「なるほど。あんたらの瞳の輝きに嘘はない。信じよう。確かにこの村にガウディはおる。とりあえず・・・生きてはいるが・・・。」
 
「とりあえずって・・・どういうことですか?」
 
 カインが詰め寄る。
 
「・・・とにかく会わせてやろう。わしがなぜハース鉱山に二人だけで行くなと言ったのか、それはガウディのほうがよく知っておろう。」
 
 老人はそう言うと先に立って歩き出した。やがて広場から東側の道に入り、まっすぐ歩いていくと武器屋の看板が見えた。『グレートフォージ テロス』と書いてある。老人はその前で立ち止まった。
 
「イアン、おるか?」
 
「いらっしゃい。おや村長、どうしたんです?うちの店に来るなんて。砂漠にでも出掛けるなんて言うんじゃないでしょうね。」
 
「バカを言うな。わしはこの村から動く気などないわい。」
 
 どうやらこの老人は村長らしい。
 
「今日はお客さんを連れてきた。この二人の若者は王国剣士だそうだ。」
 
「初めまして。イアンさんですね。私は王国剣士カイン、こちらは相方のクロービスです。」
 
 カインの挨拶にイアンと呼ばれた武器屋の若者は顔色を変えた。
 
「ちょ、ちょっと村長。王国剣士なんてどうしてここに連れてくるんです?」
 
「案ずるな。別にガウディを捕まえに来たわけではないそうだ。ハース鉱山へ調査に行きたいというのだが、この二人だけで向かうと言うのでな。少しガウディの話を聞かせてもらえたらと思ったのだが。」
 
「ハース鉱山へ!?この二人で!?おい、あんたらどう見ても若そうなんだが一体いくつだ!?入団してどのくらいなんだ!?」
 
 いかにもバカにしたようなイアンの問いに、カインはむっとして答えた。
 
「歳なんて関係ないだろう!?俺は入団して9ヶ月、こいつはそれより一ヶ月あとだ。」
 
 すっかり『素』に戻っている。
 
「入団9ヶ月!?王宮はそんなペーペーの下っ端をハース鉱山に派遣するってのか!?」
 
「ペーペーの下っ端だとぉ!?ばかにするな!俺達がここに来るために、剣士団の中でも精鋭中の精鋭達が訓練してくれたんだ!なんなら今ここで、あんたに俺達の腕を見せてやろうか!!」
 
 カインは怒りに震えて真っ赤になっている。
 
「カインてば!落ち着きなよ。こんなところで喧嘩をしている場合じゃないよ。」
 
「クロービス、よく落ち着いていられるな!?今バカにされているのは俺達じゃない。フロリア様なんだぞ!俺はこいつを絶対に許せん!」
 
 フロリア様のこととなるとカインは絶対に譲れないらしい。
 
「とにかくガウディさんに会わせてもらおうよ。これから私達はハース鉱山に行くんだから、これから向かう場所について出来るだけ予備知識があった方がいいじゃないか。」
 
「ほぉ、黒髪のあんたのほうは冷静だな。あんたクロービスと言ったか。この南大陸で生き延びたかったら、そのくらいの冷静さが必要だ。そっちの赤っ毛のあんた、カインだよな、あんたもこのクロービスのことを見習った方がいいぜ。」
 
「なんと・・・あんたらはまだ王国剣士となって1年にもならぬのか・・・。それではいくらなんでもハース鉱山までなど・・・。」
 
 村長も顔を曇らせる。
 
「でも、私達がここに来るために剣士団の精鋭達が訓練をしてくれたんです。南大陸のモンスターになんて負けないようにって。砂漠の旅の注意事項なども、以前この村に赴任していたセルーネさんやティールさんから教わりました。だから大丈夫です。みんな心配しているんです。この村が無事かどうか、みんなよくしてくれたのに裏切るような形になってしまって村の人達が怒っているんじゃないか、みんな・・・すごく気にかけているんです。」
 
「そうか・・・。懐かしい名前じゃな・・・ティールにセルーネか・・・。セルーネは相変わらずファイアフラッシュなどと呼ばれておるのか?」
 
「ファイアフラッシュ!?」
 
 カインと私は同時に聞き返した。
 
「なんだ知らんのか?セルーネは怒ると火のようになってな、そんな時の奴の剣技は鋭さのあまり閃光が閃くほどだった。このあたりの盗賊どもの間では、ファイアフラッシュ・セルーネと呼ばれておったのさ。まったくのぉ・・・女にしておくのが実に惜しい奴だった・・・。」
 
「聞いたことはなかったですけど・・・なんかすごく納得できるネーミングですね。」
 
 先ほどまでの怒りはどこへやら、カインが笑いをこらえながら頷いた。
 
「そうだな・・・。我々だって今さら王国剣士を恨んでなどおらんよ。みんないい奴ばかりだった。セルーネ達の他に、グラディスやセスタン、ポーラ、それからあの・・・女好きの二人組は何と言ったかの、えーと・・・。」
 
「もしかして・・・エリオンさんとガレスさんですか・・・?」
 
「おお、そうじゃそうじゃ。あの二人のおかげで、この村の男連中は城下町の歓楽街についてやたらと詳しくなってしまったほどだ。」
 
 村長はくすりと笑った。
 
「それに・・・撤収直前にこの村にいたのは・・・ディレンとキリーだ。あの二人は初赴任だったが・・・その他にもたくさんの剣士達がこの村を守るために来てくれた・・・。皆元気でいるのか?」
 
「はい・・。私達が南大陸に来ることが決まった時、そのみんなから様々なことを教えてもらいました。でも・・・ディレンさんは・・・。」
 
 私は思わず言葉を濁した。そんな私を見ながら村長は頷くと、
 
「ディレンのことは・・・聞いておる。いや、剣士団の者からではないが・・・この辺りで旅人を助けたりしていると、村に寄る商人達が噂しているのを聞いて・・・ディレンが剣士団を去ったと言うことは解った・・・。いい若者だったが・・・気の毒にのぉ。きっといろいろと悩んだのであろう・・・。」
 
 村長はため息をつくと、イアンに向き直った。
 
「イアン、ガウディの具合はどうだ?起きられそうならこの二人に話をしてほしいのだが・・・。無理にとは・・・言わんがな・・・。」
 
「話しますよ。私の知っていることなら。」
 
 突然の声に辺りを見回すと、私達がいた部屋の奥の扉が開いて、一人の男性が顔を出していた。
 
「ガウディさん、寝てなくていいのか?まだ傷が治りきっていないのに・・・。」
 
 イアンが男性に駆け寄り、肩を支えた。
 
「あなたが・・・ガウディさんですか・・・?」
 
「そうだ。3年前までは王国剣士だった。・・・グラディスの相方だった・・・。」
 
 ガウディさんはそこまで言うと苦しそうに椅子に座り込んだ。腹の辺りを押さえていたが、よく見るとそこには血が滲んでいた。私は思わず駆け寄り、その傷に手を当て治療術の呪文を唱えた。
 
「おぉ、君は治療術が使えるのか。」
 
「えぇ、少しですけど・・・どうですか、まだ痛みますか?」
 
「いや、君のおかげで痛みは取れた。だがこの傷はずっと治らないんだ。もう私もだめかもしれんな。」
 
「そんなこと言わないでくれ。ガウディさんがいなくなったらこの村は・・・。」
 
 イアンが悲しそうに唇を噛む。
 
「私も死を望んでいるわけではないのだが・・・。それより、君達は王国剣士なんだな?入団してどのくらいなのだ?」
 
 ガウディさんは私達のほうに向き直った。
 
「は、はい。俺はカイン、こいつはクロービスです。俺は入団して9ヶ月で、こいつはその一ヶ月あとです。」
 
 カインは先ほどイアンにしたのと同じ説明をした。
 
「なんだと!?ではまだ一年にもならぬのか!?それほど経験の浅い若い剣士を南大陸に送り込むとは・・・!フロリア様は何をお考えなのだ・・・!?死にに行けと言うようなものではないか!!」
 
 ガウディさんは顔色を変え、唇を震わせた。
 
「それは・・・違います!俺達が志願したんです!!フロリア様だって喜んで承諾したわけじゃないんです・・・。」
 
 カインは必死でフロリア様をかばう。
 
「・・・志願だと?志願などしても却下すればすむことではないか!?剣士団長がついていながら、グラディスがついていながら・・・。何という無謀な・・・。」
 
 ガウディさんは大きくため息をつくと、頭を抱えた。
 
「ガウディさんは・・・ハース城と王宮との連絡が途絶えていることは知らないんですか?」
 
 私は思いきって尋ねてみた。
 
「お、おい、クロービス、そんなことを部外者にべらべらと・・・。」
 
 カインが慌てて私の言葉を遮ろうとする。
 
「部外者じゃないよ。ガウディさんは王国剣士で、副団長の相方だ。休憩所で会ったディレンさんにも感じたけど、まだみんな王国剣士としての心を持ち続けている。せっかく大先輩が目の前にいるんだからさ、色々教えてもらおうよ。私達に必要なのはこの場所に詳しい人達の助言だよ。手助けしてもらうわけにはいかないんだから、聞ける話は全部聞いて、とにかく任務を遂行することだけ考えよう。それに・・・ここに今いる村長さんもイアンさんも、とてもいい人だって・・・私には何となくわかるよ。だから・・・協力してもらおう。」
 
 カインは私の話を黙って聞いていたが、
 
「わかったよ・・・。お前がそう言うなら間違いはないな。」
 
そう言ってガウディさん達を見渡した。
 
「ガウディさん、部外者なんて言ってすみませんでした。俺達は、ハース鉱山からの連絡が途絶えたことの原因を調査するために、ハース鉱山に向かう途中なんです。どうしても任務を遂行しなくちゃならないんです。そのためにみんな俺達に必死で訓練してくれた・・・。オシニスさんもライザーさんも、ハリーさんやキャラハンさんも・・・。みんなで・・・俺達が南大陸でちゃんとやっていけるようにって・・・。だからどうしても任務を遂行しなくちゃならないんです。知っていることがあるなら教えてください。お願いします!!」
 
 私達は必死に頼み込んだ。
 
「オシニスとライザーか・・・。あの二人も元気なんだな・・・。」
 
「はい。北大陸の南地方の盗賊達に『疾風迅雷』ってあだ名つけられて恐れられていますよ。すごく強いんです。私達は何度あの二人に助けられたことか・・・。今ではランドさんも含めて、将来の剣士団を背負って立つってまで言われています。」
 
「そうか・・・。あいつらもそんなに立派になったのか・・・。そしてあの時入ってまだ間もなかったハリーやキャラハンも・・・。せめて一目、会いたいものだな・・・。」
 
 ガウディさんの瞳に涙が滲んだ。
 
「会えます!きっと会えます!私達がこの任務に成功すれば、もしかしたら剣士団が南に遠征してくるかも知れない・・・。だからきっと会えます・・・。」
 
「そうか・・・。つまり君達のハース鉱山での調査の内容によっては、剣士団が遠征するほどの事態になるかも知れないと言うことなのだな。」
 
「そうです。」
 
「なるほど・・・。だが・・・今のままではおそらくハース鉱山まで辿り着けはすまい。いや、君達の腕が未熟だなどと言うつもりはない。君達の話を聞くかぎり、剣士団の精鋭達が君達を鍛え上げてくれたことに間違いはないようだからな・・・。私がこんなことを言うのには別な理由があるんだ・・・。」
 
「別な理由?」
 
「そうだ。私がこの村に来た経緯は聞いているようだから、そのあとの話から順を追って話してやろう。私はこの村の守りを一手に引き受けたが、一人の力では限界がある。そこでこの村の若者達の中から有志を集めて自警団を作り、訓練を施した。やがて自警団の若者達は力をつけてきて、この辺りのモンスターを追い払うくらいのことはできるようになった。これなら剣士団がこの村にいなくても何とかなる、そんな希望を持ち始めた。実際それでうまく行っていたんだ。ところが・・・半年ほど前、いつもなら休暇を取って戻ってくるはずの鉱夫達が戻ってこなくなった。そしてその頃この武器屋の主人も、ハース鉱山に出掛けていったきり戻ってこない。」
 
「この武器屋の主人て・・・イアンさんじゃないんですか?」
 
 私の問いにイアンは
 
「イアンでいいよ。俺だってあんたよりそれほど歳くってるわけじゃないからな。この店は俺の親父の店だ。外の看板のテロスってのが親父の名前さ。俺はまだ修行中の身でね。修理くらいならできるが、作った武器や防具を販売することは禁じられている。親父に言わせれば、半人前の作ったもんなんて売れないってさ。」
 
「しかし何だって武器職人がハース鉱山に働きに出たりするんだよ?」
 
 カインが怪訝そうにイアンを見る。
 
「働きに行ったわけじゃない。俺の親父は鉄鉱石を買い付けに行ったんだ。」
 
「買い付け?鉱山に直接行ったんですか!?」
 
 私は驚いて聞き返した。通常鉄鉱石は鉱山からまずは北大陸に集められる。そこから仲買人の手に渡って、武器防具を作る人達はその仲買人から仕入れるのが普通だと聞いたことがある。
 
「親父の鍜治師としての腕は一流だぜ。おまけにこだわり派でね。仲買人の持ってくる鉄鉱石やナイト輝石は今ひとつ質がよくないっていつも嘆いていたんだ。それに最近は仲買人達にもなかなか鉄鉱石がまわってこないという話だ。それで、この村は鉱山が近いんだからって直接行って自分の納得出来るものを手に入れようとしたわけさ。」
 
「それが半年も前なんですか・・・。」
 
「そうだ。あそこまでなら帰りに重い鉄鉱石を持ってくることを考えても、往復で2週間もあれば帰ってこれるはずだ。なのにそれっきり音沙汰がない。」
 
「戻ってこない人達ってのは、あんたの親父さんの他にもいるのか?」
 
「隣の家のロイもそうだ。あいつは怠け者でね。ロイのお袋さんが性根をたたき直してやろうってんで半年前に鉱山に行かせたんだが、それっきり消息はぷっつりだ。他にもいるぜ。今すぐに思い出せないくらいたくさんな。」
 
「私はその時、すぐにでもハースに調査に出掛けたかった。だが、この村を放り出していくわけにはいかない。だから私は必死で自警団に訓練を施し、彼らだけでも村の守りが何とかなるという目処がついた時点で出かけていったのだ。もっとも結果はこのざまだがな。」
 
 ガウディさんは自嘲気味に語った。
 
「それはいつですか?」
 
 カインがガウディさんに尋ねた。
 
「ひと月ほど前だ。ハース鉱山にたどり着くにはその手前にあるハース渓谷を抜けていく以外の道はない。私がハース渓谷の入口にさしかかった時、そいつが現れたんだ。」
 
「そいつ?」
 
「ああ、そいつとしか言いようがない。何と形容すべきなのか・・・。」
 
「それがガウディさんにその傷をつけたモンスターなんですね?」
 
 私は不安になりながら尋ねた。ガウディさんの傷にはまた少し血が滲み出ている。
 
「そうだ。渓谷の入口にデンと構えて動こうとしない。敵意が感じられなかったのでしばらく待ってみたが、いつまでもそこにいるわけにもいかないからな。脅かせば動くかと思い、剣で何度か斬りつけてみた。ところが斬っても斬っても傷がすぐに塞がってしまうんだ。私は一瞬ひるんだ。するとそのモンスターはいきなりしっぽらしきものをブンと振り回した。その一撃で私の鎧は歪み、胸当てがはずれてしまったんだ。体勢を立てなおす間もなく、そいつが前足を振り上げた瞬間、私の腹はえぐられ血が噴き出していた。」
 
「そ、そんな、ほとんど一撃でそれほどの傷を・・・。」
 
 カインはそのまま言葉を失い、ただガウディさんの傷口を見つめている。
 
「私はここで死ぬわけには行かないと思い、必死でその場を逃れた。不思議なことにそいつは追っては来なかった。その後この村に戻る途中、私を心配して探しに来てくれた自警団の若者達に助けられたというわけだ。」
 
「俺達は、ガウディさんに言われた通り村を警備していたが、いくらなんでも一人でハース鉱山へ行くのは危険だと思ったんだ。だから自警団の半分を村に残し、残りの半分でガウディさんのあとを追った。」
 
 イアンが後を引き継いで話し出す。
 
「あんたも自警団の一人だったのか。」
 
 カインが意外そうにイアンを見た。
 
「ああ、そうだ。意外か?ガウディさんの訓練のおかげで、このあたりのモンスターなら造作もなく追っ払えるぜ。」
 
 イアンの言葉には何となく皮肉がこもっている。カインの言葉が、自分をバカにしたようにでも聞こえたのかも知れない。
 
「じゃあ、そのときからずっと、その傷は治ってないということなんですか?」
 
「そうだ。」
 
 私の問いにガウディさんは険しい顔で答えた。
 
「そんな!でもどうして・・・。治療術でも治らないなんて・・・。」
 
「まったくもってその傷は不可解なのだ。」
 
 村長が口を開いた。
 
「自慢するようなことではないが、わしは治療術師としてはそれなりの力を持っていると自負しておる。だが・・・わしの唱える『虹の癒し手』をもってしても・・・ガウディのこの傷には効かないのだ・・・。」
 
「そんな・・・そんなとんでもない傷をつける奴がいるなんて・・・。」
 
 虹の癒し手と言えば、光の癒し手の上位呪文に当たる。私はまだその呪文を憶えることすら出来ずにいる。それほど強力な呪文をもってしても、治らない傷・・・。私は不安に駆られてカインを見た。カインも青ざめている。
 
「・・・とにかく、そいつを何とかすることが出来ないうちは、ハース城へも鉱山にもたどり着けない。つまり君達の任務は遂行できないと言うわけだ。」
 
「ハースまでここから何日かかりますか?」
 
「・・・そうだな・・・。スムーズに行けば4日ほどで渓谷につく。渓谷に何もなかったとしても抜けるまでには1日かかるから、ハース城に行くとすれば5日から6日は見ないといかんだろうな。」
 
「・・・そうですか・・・。ここに来るまでにもう一週間近くかかっている。あんまりのんびりしてもいられないんだけど・・・。しかし・・・そのモンスターは、まったくどんな生き物なのか解らないんですか?」
 
「わからん・・・。実際に出会ってみてもわからん。この村で最近話題になっている『魔界生物』説を信じたくなるくらいにな。」
 
「魔界生物!?」
 
 私は思わず声をあげた。魔界とはまた・・・何とも突飛な発想だ。もしもこの世に魔法が存在するのならば、当然あって然るべきかも知れない。だが・・・実際そんなものはない。私達は今までそう信じて生きてきた。
 
「村のみんなが魔界の生物を見たといっているのも、必ずしも根拠のないことではないんだ。道具屋の息子もそんな妙なものを見たそうだからな。」
 
 多分驚いたというより、信じられないと言った顔をしていたであろう私達を横目で見ながら、イアンが言葉を続ける。
 
「道具屋の息子?」
 
「ああ、ここの先にある道具屋の息子が・・・エルドって言うんだが、そいつは狩り好きでね。三度の飯より狩りが好きって言うくらいらしい。もう少し家業にも身を入れたらいいのにと思うが、こればっかりはなぁ。本人がその気にならなけりゃどうしようもないからなぁ。」
 
「その人はどこにいるんですか?」
 
「うーん・・・。どうもエルドの奴、魔界生物を見て以来狩りに出掛けるのが怖くなっちまったらしいから、展望台にでもいるのかな・・・。あとで道具屋にでも寄って聞いてみたほうがいいかも知れないな。」
 
「私がこんな体でなければ・・・君達の手助けをしてハース城まで一緒に行くことも出来るんだが・・・くそっ!どうしてこの傷はこんなに治らないんだ!!」
 
 ガウディさんが悔しそうに唇を噛んだ。
 
「普通の傷ではないんですか?」
 
「ちがう・・・。いや、傷自体はそう深いわけではない。だが・・・傷のまわりに何か、得体の知れないものがくっついていて、それが傷の治りを妨げている・・・。」
 
「得体の知れないもの?」
 
 顔を見合わせるカインと私に、ガウディさんは包帯を少しずらして見せてくれた。確かに傷自体はそれほど深くはない。多分治療術を唱えればすぐに塞がる。だが傷というものは、中に異物があればいくら呪文を唱えても塞がらない。よく見ると、傷のまわりに無数に黒いものが付着している。それが邪魔をするために、いくら治療術を唱えても傷は途中まで塞がるだけで、やがてまた広がっていく。その繰り返しらしかった。これではガウディさんの体力のほうが消耗してしまう。
 
「この黒いものを取り除くことが出来れば・・・傷は治りますよね。」
 
「確かにな・・・。だがこれは取れないんだ。剣ででも切り裂けば取れるのだろうが、へたをすれば傷が深くなるだけだ・・・。」
 
 ガウディさんはそう言うと包帯を元に戻し、ため息をついた。
 
「ガウディさん、寝た方がいいよ。とにかく体を休ませるしかないんだから。」
 
「うむ・・・。まったく情けないな・・・。悪いが少しだけ休ませてもらおう。疲れが取れたらまたいろいろと話してやろう。」
 
「あ、待ってください!」
 
「ん?何か今聞きたいことがあるのか?」
 
「・・・いえ、そうじゃなくて・・・ガウディさんに・・・ポーラさんからの伝言を持ってきたんです・・・。それだけは今伝えたくて・・・。」
 
「・・・ポーラからの・・・?ふふ・・なるほどな。君達がここに来ることになって、やっと恨み言を伝えられることになったというわけか・・・。では聞かなくてはならんだろうな・・・。」
 
 ガウディさんはそう言うと、傷を押さえながら私のほうに向き直った。
 
「恨み言なんかじゃないです。待ってるって・・・それだけ伝えてくれって・・・。」
 
 ガウディさんの顔に驚きが走る。
 
「待ってるだと・・・?黙って自分の前から姿を消したこんな男を・・・あいつは待ってるというのか・・・。」
 
「はい・・・。私達をロコの橋まで送ってきてくれたのはセスタンさんとポーラさんなんです。力ずくでロコの橋を越える度胸はないなんて言ってたけど・・・きっとついて来たいくらいだったんだと思います。」
 
「そうか・・・。待っていてくれるのか・・・。だがもう・・・あれから3年以上過ぎた。そしてこの後何年過ぎるか・・・。」
 
 ガウディさんは片手で顔を覆ったが、その瞳から涙が流れて落ち、頬をぬらしていた。
 
「きっと・・・また会えます。・・・すみませんでした。傷のほうがつらいのに・・・。」
 
「いや・・・ありがとう・・・。だが・・・待っていてくれるのは嬉しいが・・・たとえ剣士団の遠征が決まってあいつがここに来ても、それまで私の体が持つかどうか解らない・・・。それならば・・・誰か別な男でも見つけて幸せになってくれた方が・・・いいのかも知れない・・・。」
 
 ガウディさんはそのまま立ち上がり、ゆっくりとした足取りで元いた部屋に戻っていった。私達はガウディさんの姿が扉の向こうに消えるのを待って、村長のほうに向き直った。
 
「もう一つ教えていただきたいんですけど、ハース鉱山の統括者は今もデールさんという方なんですよね?」
 
 私の言葉に村長とイアンが顔を見合わせる。
 
「それも剣士団で聞いてきたのか?」
 
「はい。」
 
「デールか・・・。確かに今もハースの統括者はデールだ。仮にハース渓谷のモンスターをうまく撃退できたとしても、ハース城のデールのほうが厄介かもしれんな・・・。」
 
 村長はため息をついた。
 
「どういうことですか?デールさんに何か問題があるのですか?」
 
 カインが意気込んで尋ねた。南大陸についての講義の日の、レイナック殿と副団長の会話を思い出す。デールさんという人が裏切っているかも知れない・・・。それは本当なのだろうか・・・。
 
「デールの家はこの村にある。そこにはデールの妻と娘が暮らしているのだが・・・はっきり言ってデールの評判は実によくない。ウィローも・・・デールの娘のことだが・・・可哀相な子だ・・・。鉱山で働いた者は、皆一様にデールの悪口を言う。デールはひどい男だ、狂っているのじゃないかなど、そんな話ばかりだ。ウィローの前では、みんな気を使って悪口を言わないようにしてるんだがな・・・。最もあの娘のことだ、気づいてはいるだろうが・・・。リアナもいい加減諦めて、誰かと再婚することでも考えた方がいいのじゃないかと思うが・・・。」
 
「リアナさんというのは・・・?」
 
「デールの妻だ。気の毒に・・・デールがハースに出掛けてからもう19年・・・。その間ただの一度も家に戻ってこないのに、ひたすらに待ち続けているのだ・・・。」
 
「19年も・・・。元々そんなひどい方だったんですか?デールさんというのは。」
 
「いや・・・。この村に来た時には、それは礼儀正しい男じゃった。あの時は・・・心から家族を愛する優しい男だと思えたのだが・・・。」
 
「村のみなさんにデールさんのことを聞いてみても構わないでしょうか?出来ればもう少しいろいろと情報を集めてみたいのですが。」
 
「かまわんよ。村の中は自由に歩きなされ。最もデールについては、誰に聞いても答は同じだろうがな・・・。どれ、わしも長居しすぎた。そろそろ引き上げようかの。」
 
「ありがとうございました。」
 
「いや、礼にはおよばんよ。久しぶりに懐かしい名前が聞けて、わしのほうこそ嬉しかったぞ。」
 
 村長は武器屋を出ていった。私達はイアンに武器と防具の修理を頼んだ。
 
「へぇ、ナイト輝石製の装備か。なるほどこれならこの辺りのモンスターの攻撃は難なくかわせるな。」
 
 イアンは最初に会った時よりもすっかり打ち解けて、快く私達の武器と防具を修理してくれた。
 
「しかしすごい剣だな・・・。クロービス、あんたのこの剣・・・こんな剣のこと、俺はどこかで聞いたことがあるぞ。」
 
「ほんとに?どこで!?」
 
「うーん・・・。こんな風にルーン文字が入っていて・・・。」
 
 イアンは必死で考え込んでいたが、いきなり頭をかきむしって叫んだ。
 
「あぁっ!!ちくしょう!!こんな調子だからいつまでも半人前だなんて言われるんだよなあ。ごめん。思い出せないや。」
 
「いいよ。とにかくちゃんと使えるんだから。それじゃ、村の中を一巡りしてきます。もしかしたらまたくるかも知れない。」
 
「ああ、そうだな。ガウディさんが落ち着いた頃にでも来いよ。」
 
 カインと私は武器屋をあとにした。
 
「しかし・・・ハース渓谷のバケモノか・・・。どんな奴なんだろうな・・・。」
 
「みんな、ガウディさんの腕ならこの辺りのモンスターには引けを取らないって言ってたよね。そのガウディさんがほとんど一撃でやられたってことは・・・。」
 
「この辺りのモンスターよりもはるかに強い奴だってことか・・・。そして仮にそいつを倒せたとしても、今度はハース城のデールさんを何とかしなくてはならない・・・。まったく厄介だな。ま、こんなところで愚痴っていても仕方ない。とにかく道具屋に行ってみよう。」
 
 だが道具屋の扉は閉まっていた。どこかへ出掛けたのだろうか。
 
「留守か・・・。仕方ないな。さっきの広場に戻って、少し村の人達の話を聞いてみるか。」
 
 カインと私はもう一度、村の入口の広場に戻った。そこで何人かの人にいろいろと聞いてみたが、さっき武器屋で聞いた話と同じような話ばかりで、新しい情報はほとんどなかった。それでも『魔界生物』のこととなると、結構眼を輝かせて話に乗ってくる人達はいるのだった。
 
「『カドプレパス』なんて絵本の中でしか見たことなかったけど・・・最近見たって人が増えてるんだよねぇ。本当に『魔界』なんてところがあるなんて、ちょっと信じられないけどねぇ・・。」
 
 井戸端会議のおばさんが眉をひそめながら、でも何となく楽しそうな言い方をする。実際に見た人でもなければ、現実の恐怖として捉えることができないほど、突飛な話だと言うことなのだろう。そう言えば、ただ一つだけ耳寄りな情報が聞けた。
 
「ここのずっと東に温泉の湧くオアシスがあるの。一度行ってみるといいわ。昔はハースで働く人とかが休みに来てたりして賑わってたけど、今はどうかなぁ。」
 
 広場の中央あたりにいた、若いおかみさんと言った風情の女性がそう教えてくれた。そこに辿り着ければ、ハース鉱山のことを何か知っている人がいるかも知れない。その時、その広場の中央から少しはずれた場所に、まわりの村人達とは少し違った格好の二人連れを見つけた。吟遊詩人と語り部らしい。声をかけて話を聞くと、二人は快くいろいろと聞かせてくれた。
 
「あなた方は『ハース聖石』と呼ばれる宝石をご存じですか?」
 
 吟遊詩人がにこやかに私達に微笑みかける。
 
「ハース聖石?いや、聞いたことはないけど・・・。おい、クロービス、お前知っているか?」
 
 カインが首を傾げる。
 
「いや・・・ないよ。それって、ハース鉱山で取れる石なんですか?ナイト輝石とかじゃなくて?」
 
「『ハース聖石』とは、ハース鉱山でわずかだけ取れる美しい石です。この国では、最も愛する人に贈る宝石とされているのですよ。もしもその石を見つけることがあったら、指輪やネックレスに加工してもらって、愛する人に贈るといいですよ。この石を贈り贈られた二人は、必ず心が通じ合うそうですからね。」
 
 吟遊詩人はそう言うと、手に持った楽器を奏でながら、不思議な歌を歌い始めた。この国の言葉ではない。何と歌っているのかはまったく解らなかったが、なぜか優しい気持ちになれる歌だった。そんな吟遊詩人の横で語り部が口を開く。
 
「あなた方は魔界生物の噂を聞かれたようですね。」
 
「はい。これからその生物を見たという人を探しに行くところなんです。」
 
「なるほど・・・。ですが考えてもごらんなさい。人々は恐怖のあまり、魔界の動物を見たなどと言っているようですが、カドプレパスなど実在しないし、魔界なんて元からあるわけないのです。この世界に生きるすべての生き物、そう、聖戦竜達でさえ、大地が産み落とした生物なのですからね。そのことを忘れてはいけません。あなた方は王国剣士の方々ですね。魔界などというものの存在を信じてしまったら、あなた方はその時から、その辺の小さなモンスター一匹にも勝つことが出来なくなってしまうでしょう。」
 
「そうですね・・・。もう少し落ち着いて話を聞いてみます。ご助言ありがとうございました。」
 
 語り部は満足そうに微笑んだ。魔界生物の話については、とにかく見た当人が見つからなければ、これ以上ここで話を聞いていても時間の無駄だ。私達は話の内容をデールさんのことに切り替えて、聞き込みを続けた。この話になると、村人達は一様に饒舌になった。一応声を潜めて耳元で囁くように話してくれるその内容は、どれもこれもデールさんの悪口ばかりだった。
 
「娘のウィローの前では言えないが、ハースの責任者のデールは、ひどい奴なんじゃよ。」
 
「ウィローの父親のデールってのはひどい男なんだよ。鉱員に暴力をふるうし、気にくわないヤツがいたらすぐクビにする。しかも家族のことなんか捨てたも同然なんだよ。」
 
 こんな話ばかりだった。吟遊詩人の歌を聴いていた親子連れに話を聞くと、この父親もやはり鉱山で以前働いていた一人だと言うことだった。
 
「俺はずっとハース鉱山で働いていたが、数年前、デールのせいでクビにされちまったんだ。あの男は偏執的なまでに厳しすぎるよ。一体何が奴をあそこまでやらせるのかね?」
 
 父親はあきれたように肩をすくめてみせる。その話を横で聞いていた娘が微笑んで口を開いた。
 
「父には悪いけど、私は父が鉱山をクビになって良かったと思っているんです。鉱山で働くのって大変そうだし・・。何よりも家族はいつも一緒に暮らした方がいいですもの。」
 
 家族が一緒に・・・。確かにそうだろう。家族のために一生懸命働く父親、それを支える母親、そしてかわいい子供達・・・。家族は一緒に暮らした方がいいに決まっている。私は母の顔を知らずに育ち、父ももうこの世にはいない。でも・・・これから自分で家族を作ることもできるんだよな、などと、ふとそんなことを考えた。まったく相手もいないのに・・・。思わずクスリと笑ってしまった私の顔をカインが覗き込む。
 
「どうした?」
 
 私は慌てて笑みを消した。
 
「何でもないよ。デールさんの話は・・・村長から聞いたのと大差ないね。それほどひどい人なのかな。村長は初対面の印象はすごくよかったって言ってるのにね。」
 
「そうだな・・・。ねこかぶってたのか、何か事情があるのか・・・。なあ、クロービス、そのデールさんの家に行ってみないか?」
 
「え!?直接乗り込むの?」
 
「乗り込むなんて人聞きの悪いこと言うなよ。だってここでいろんな人達の話いくら聞いても、埒があかないぞ?それなら、直接デールさんの家族に話を聞いた方がいいじゃないか。」
 
 私達はデールさんの家の場所を聞いて、行ってみることにした。村の少しはずれた場所にある、小高い丘の上にその家はあった。だが鍵が閉まっている。
 
「ここも留守か・・・。どこに出掛けているんだろうな・・・。」
 
「仕方ないね。もう少しそのあたりを歩いてみようよ。」
 
 私達は村の奥へと入っていった。そろそろ夕方だ。さっきの武器屋での話に気を取られ、私達は今日の宿の確保もしていないことに今さらながら気がついた。
 
「どうする?もう夕方だし、この時間からこの村を出るわけにもいかないし・・・。」
 
「うーん・・・参ったなあ。さっきの広場に戻ろうか?」
 
「そうだね・・・。でも、この道はまだ先まで続いているみたいだから、もう少し歩いて行ってみようよ。」
 
 昼間の灼熱地獄をやっと抜けては来たものの、ゆっくり休める場所も見つからず、ずっと二人で村の中を歩き回ってきた。正直なところいい加減疲れてきていたが、何となく私は休む気になれず、歩き続けた。歩きながらカインはきょろきょろしていたが、
 
「おい、クロービス。ちょっと来て見ろよ。」
 
 道から少し外れたところで私を差し招く。行ってみると、そこには細い坂道がすっと伸びている。
 
「ちょっと行ってみよう。坂になっているからこのあたりが見渡せる場所に出られるかもしれない。」
 
「そうだね。とりあえず行けそうなところには行ってみよう。」
 
 道は緩やかで、明らかに踏み固められたあとがあることから、日常使われている道だと思われた。やがて前方が明るくなってきた。
 
「お、もう少しでたどり着けそうだな。」
 
 カインが息を切らせながら走り出した。さすがに私は走るだけの元気はなく、そのまま歩いて道の出口に辿り着いた。カインが立ちつくしている。
 
「どうしたの?ここは・・・うわっ!」
 
 なんとそこは墓地だった。日が沈むころの夕刻は逢魔が刻とも言う。いつもは見晴らしのいい開けた場所なのだろうが、こんな時間だとやはり気分のいいものではない。
 
「確かに見晴らしはいいようだけど、変なところに来ちゃったなあ。」
 
 カインも何となく気味悪そうだ。
 
「とにかく、向こう側は開けているようだから行ってみよう。」
 
 私達は墓地を突っ切り、今登ってきた道とは反対側に出た。そこは崖だった。柵はめぐらせてあるものの、足下には切り立った断崖が遙か下まで続いている。
 
「ここからハース鉱山は見えるのかな。」
 
 二人で目を細めて遠くを見ようとした時、
 
「すぐ前に見える山の向こうにあるのがハース鉱山よ。」
 
 不意に声が聞こえた。

第22章へ続く

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