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第22章 旅の仲間

 
 まさかこんなところにこんな時間に人がいるとは思わなかった私達は、ぎょっとして振り向いた。若い女の子がこちらに向かって歩いて来る。歳は私と同じくらいだろうか。西日に照らされているせいなのか、それとも元々なのか、肌はきれいな小麦色で、すらりとした背の高い女の子だった。長い栗色の髪は、頭の後ろの上のほうでひとつに束ねてある。確かポニーテイルという髪型だと、昔イノージェンが教えてくれたことがあった。ポニーと言われても、その頃私は馬など見たこともなく、イノージェンが絵本の中に描かれている子馬を指さしながら一生懸命教えてくれたっけ・・・。女の子は私達の前まで来て立ち止まった。近くで見ると、そんなに背が高いわけではなく、私の肩より少しだけ高いくらいだとわかった。でもきっと女の子としては高いほうなんじゃないだろうか。
 
「こんにちは。」
 
「こんにちは。」
 
 女の子の屈託ない笑顔に、私達も笑顔で挨拶を返した。
 
「旅の人みたいだけど、こんなところに来るなんてめずらしいわね。」
 
「俺達は王国剣士なんだ。今日はこの村で、宿屋を捜そうと思ってね。」
 
「王国剣士さん!?あら、そう言えばその制服は王国剣士さんのものよね・・・。」
 
 女の子は驚いたようだが、その瞳の輝きが他の村人達とは少し違う気がした。
 
「それじゃ王国剣士さんがまた南に来ることになったの?」
 
「いや・・・そうじゃないんだけど、ハース城にちょっと用事があってね。」
 
「ハース城に?・・・そう・・・それでここまで登ってきたの?」
 
「村の中を歩いていたら坂になっていた道があったからね。もしかしたらこの辺りを見渡せるかも知れないと思ったんだ。まさか墓地になっているとは思わなかったけど・・・。」
 
 女の子はくすっと笑った。
 
「そうね・・・。こんな時間にいたい場所じゃないわよね・・・。でもね、昼間はとっても素敵な場所なのよ。この辺りが一望に見渡せるの。ほら、すぐそこに見える山の向こう側に、ひときわ高い山がいくつか連なっているでしょう?あの山全体がハース鉱山なのよ。」
 
 言いながら、女の子はハース鉱山があるという山のほうを指さした。カインと私も女の子の指の先に目をやった。剣のように鋭く切り立った山肌に西陽があたり、オレンジ色に染まっている。それが一層山の険しさを際だたせていた。あれは多分南大陸で一番険しいと言われている北部山脈だ。あの山のさらに向こう側には、狂暴なモンスターが数多くいると、ティールさんが言っていた・・・。
 
「随分・・・険しい山なんだね・・・。」
 
 私は思わずつぶやき、女の子を見た。女の子は私の顔をちらりと見たが、すぐにハース鉱山に視線を戻した。
 
「そうね・・・とても険しい山よ・・・。でも、みんな一生懸命あそこで働いているの・・・。私の父もよ。もうずっと・・・あそこで働いているわ・・・。」
 
「君の父さんもハース鉱山の鉱夫なの?」
 
 私の問いに女の子は、ハース鉱山を見つめたまま返事をした。
 
「私の父はハース鉱山の統括者よ。だから・・・とても忙しくて、村に帰ってくる時間もないのよ・・・。家族に会う時間も・・・。」
 
 女の子の声は次第に小さくなり、ハース鉱山を見つめる瞳に切なさがよぎった。
 
「それじゃ君が、デールさんの娘さんなのか・・・。確か・・・ウィローだね?」
 
「そうよ。村の中で何か聞いてきたのね?」
 
「村長さんと武器屋のイアンから少しだけ聞かせてもらったよ。」
 
「そう・・・。」
 
 ウィローは視線を動かさずにいたが、その横顔がほんの少し翳ったような気がした。
 
「すこし・・・立ち入ったこと聞いていいかな・・・?」
 
 遠慮がちなカインの問いにウィローは、
 
「・・・いいわよ。どうぞ聞いて。」
 
やはりハース鉱山を見つめたまま返事をする。
 
「君の親父さんが19年間戻ってこないと言うのは本当なのか?」
 
「本当よ。もうずっと・・・帰ってこない・・・。でもさっきも言ったけど、それは忙しいからなのよ。ハース鉱山の全ての仕事を束ねているんですもの。何日もかけてこことハースを往復している時間なんてとれないんだわ、きっと。」
 
 その言葉は、私達に説明すると言うより自分に言い聞かせているように聞こえた。
 
「そうか・・・。それじゃ、君が親父さんのことで知っていることなんて・・・何もないよな・・・。」
 
 カインの声に落胆の色が滲む。
 
「知っていることならあるわよ。とっても優しいの。」
 
 言いながらウィローは、笑顔でカインに振り向いた。
 
「優しいって・・・19年間会ってないのに、どうしてそんなことがわかるんだ?」
 
「わかるわよ、親子なんだから。私の名前はウィロー・・・。父がつけてくれたの。男の子みたいな名前でしょ?ふふ・・・。男の子みたいに丈夫に育つようにってつけてくれたんですって・・・。」
 
 そこまで言うと、ウィローは展望台の手すりから離れ、私達と向かい合った。
 
「ほんとうはね・・・。この村に王国剣士さん達がくるのを、ずっと待ってたの・・・。私にはわかっていたわ・・。剣士さん達が、いずれは重要な使命を帯びてハースに向かうこと。」
 
「・・・どういう意味だ・・・?」
 
 カインが顔色を変える。ウィローは何か知っているのだろうか・・・!?
 
「ハース鉱山と北大陸との連絡が取れていないんでしょう?だからあなた達が調査に行くんじゃないの?」
 
「どうしてそう思うの・・・?」
 
 喉元まで『その通りだよ』と言う言葉が出てきたが、なんとか呑み込み、私は慎重に言葉を選んで尋ねた。
 
「この村から王国剣士の人達がいなくなってロコの橋が封鎖されてから、北大陸へ行くためにはハースの湖から北大陸の港へと向かう船に乗る以外の方法はないわ。でもここしばらくその船が出ていない・・・。いつも船を使って移動していた隊商の人達がそんなことを言っていたわ。村の人達は、船が出ないんだからロコの橋まで陸路を向かったほうがいいって、旅の人達に言っているみたいだけど・・・でもそれは危険な賭けよね。砂漠のモンスターは最近ますます狂暴になりつつあるんだもの・・・。この辺りには冒険家もいるし、中には旅人を親切に助けてくれる人だっているけど・・・。うまくそう言う人に出会えなければ、砂漠の真ん中でモンスターの餌食だわ・・・。」
 
 ウィローの言うとおりだ。休憩所の近くで出会ったバンドスさん達は、その村人の言葉を信じて陸路を西に向かっていき、あやうく命を落とすところだった。あの大道芸人達はどうしただろう。無事に西部に行き着けただろうか・・・。
 
「なるほどな・・・。そこまで知っているなら、今さら隠しても仕方ないな。君の言うとおりだよ。俺達はハース城からの連絡が途絶えた原因を突き止めるために、王宮から派遣されてきたんだ。こんなことを言うと多分君は怒るだろうし、できれば言いたくはないけど・・・王宮では、ハース城の責任者である君の父さんが、何かを企んでいるかも知れないという可能性も考えているよ。」
 
 カインの言葉にウィローの肩がぴくりと震えた。
 
「何かって・・・父が何を企んでいるって言うの?」
 
 平静を装ってはいるが、声に動揺が滲み出ている。
 
「・・・王宮への反逆だ・・・。」
 
「反逆・・・!?」
 
 ウィローは目を見開き、カインを睨んだ。
 
「そんな・・・そんなことがあるわけないじゃないの!父は・・・19年間ハースの統括者としてしっかりと責任を果たしてきたわ!!それなのに・・・それなのに王宮では・・・反逆者扱いなの!?」
 
「ちょ、ちょっと待ってよ!!そんなことが決まったわけじゃないじゃないか!!カインらしくもない。連絡が取れていないってだけで、まだなにも解らないんだよ!!」
 
 私は慌てて二人の会話に割って入った。もしかしたら、疲れの限界でカインは少し頭に血がのぼっているのかもしれない。
 
「だがな、ハース鉱山と北大陸の連絡が取れていないのは事実なんだぞ!鉱山を束ねている人間が何か企んでいるとしか思えないじゃないか!!」
 
 私の止めるのも聞かず、カインはさらに言い募る。
 
「父さんは・・・父さんはそんな人じゃないわよ・・・!!」
 
 叫ぶようにそう言うと、ウィローは私達に背を向けて泣き出してしまった。
 
「あ、あの、すまん。言い過ぎた。えーと・・・。」
 
 思いがけずウィローが泣き出したのを見て、カインは我に返ったらしく焦りまくっている。ポケットからハンカチを取り出して渡そうとしたが、カインのポケットから出てきたハンカチは、いつ洗ったかわからないようなクシャクシャに丸められたものだった。私は思わず吹き出しそうになったが、こんなところで笑ったりしたらますます話がこじれかねない。
 
「おい、クロービス、お前ハンカチ持ってないか。」
 
 奥歯をぐっと噛んで笑いをこらえている私をカインが突っつく。その時、ウィローが涙を拭きながら振り向いた。
 
「ハンカチくらい持ってるわよ。」
 
「あ、そ、そうか・・・。えーと、言い過ぎた。申し訳ない。クロービスの言うとおりだ・・・。まだなにも解らないんだ。そのために俺達が確かめに行くんだから・・・。本当にすまん。この通りだ。」
 
 一生懸命頭を下げるカインにウィローは微笑んで、
 
「いいのよ・・・。冷静に考えれば仕方ないことなのかも知れないわ・・・。」
 
そう言ってまたハースの山々に視線を戻した。
 
「あなた達・・・確か宿屋を捜しているって言ってたわよね・・・?」
 
「あ、ああ、とにかく今日はこの村に泊めてもらって、明日の朝早くハース鉱山に向かって出発するつもりなんだけど・・・この村って宿屋はないのか?町の中にそれらしい看板がなかったんだよな。さっき武器屋で聞き忘れちまったから、また戻って聞かなくちゃと思ってたんだけど、君なら知っているよな。宿屋はどの辺なんだ?」
 
「この村に宿屋はないの。この村を通る商人さん達は、みんな知り合いの村人達の家に泊まっていくわ。何度も来ているうちにお友達になったりした人の家とかね。でもあなた達は今日初めてこの村に来たし、今はもう剣士団の詰所もなくなってしまったから、多分他の人で泊めてくれる人はないでしょうね。頼めば泊めてくれそうなのは、村長と武器屋のイアンだけど、村長の家は家族が多いし、イアンのところにはガウディさんがいるし。」
 
「そうか・・・。村の入口の広場でキャンプでも張るしかないのかな・・・。」
 
 カインが頭をかきながらつぶやく。
 
「何言ってるの。あんなところにキャンプ張ったりしたら村を追い出されるわよ。」
 
 ウィローが笑い出した。その笑顔がとても子供っぽくてかわいく見えて、思わず私は微笑んでしまった。
 
「や、やっぱりそうか・・・。おい・・・?クロービス、お前何ニヤついてんだよ?」
 
 カインが不思議そうに私の顔を覗き込む。
 
「え?い、いやその・・・ウィローの笑顔がかわいいなぁと・・・。」
 
 不意に聞かれて、つい思ったことをそのまま口に出してしまった。そして自分の口から出た言葉に驚いて顔が熱くなった。
 
「あら、ありがとう。ふふふ、お世辞でも嬉しいわ。」
 
「え、あの・・・別にお世辞じゃなくて・・・ほんとにそう思ったんだ・・・。」
 
 女の子をこんな風に褒めたことなんて一度もない。なのにどうして今こんなに素直に言葉が出るのか、自分でも不思議なくらいだった。
 
「へえ・・・あなたって、見かけに寄らず口がうまいのね。」
 
 ウィローがクスリと笑う。
 
「こいつは全然口がうまくなんてないよ。どっちかって言うと口べたな奴なんだ。結構間抜けだし、のんきだしな。だからこいつがこんなこと言うのなんて俺も初めて聞いたけど、きっと今の言葉はこいつの本心だよ。だからそんな風に言わないでやってくれよ。」
 
「あのさ・・・カイン、弁護してくれるのは嬉しいんだけど・・・その、間抜けとのんきってのは・・・あんまり褒め言葉に聞こえないんだけど・・・。」
 
 頭をかいてみせる私とカインの顔を交互に見て、ウィローがまた大きな声で笑い出した。
 
「あなた達おもしろいコンビねぇ。昔この村に来ていた王国剣士さん達も楽しい人が多かったけど、きっと変わらないのね。」
 
「変わらないよ。みんないい人達ばかりだよ。私達が南大陸に来てちゃんと任務を果たせるようにって、みんな必死で訓練したり、砂漠での注意事項を教えてくれたりしたんだ。だから何としてもハース鉱山にたどり着いて、ことの真相を見極めなくちゃならないんだ。君の父さんのことだって・・・ちゃんと調べないとね。」
 
 ウィローは、私の話を黙って聞いていたが、やがてにっこりと微笑んだ。
 
「そうね・・・。ちゃんと調べればきっと解ってもらえるわよね・・・。ねぇ、二人とも私の家に来る?二人くらいなら泊めてあげられると思うわよ。母もきっと歓迎してくれるわ。」
 
「いいのか!?それなら・・・ぜひお願いしたいよ。泊まれる場所が見つからなかったら、また村の外に行くしかないもんな。」
 
「この村を一歩外に出ればモンスターがうようよしているわ。追い出すわけにはいかないじゃないの。」
 
「ありがとう。嬉しいよ、そう言ってもらえて。」
 
 カインがウィローに向かって微笑みかけた。が、
 
「ただし、こちらも条件があるわ。」
 
ウィローの思いがけない言葉に、私達はどきりとした。宿代でも請求されるのだろうか。カインも同じことを考えたらしい。
 
「あ、宿代ならちゃんと払うよ。持ち合わせはあんまりないけど、世話になった分に見合うくらいの額は・・・」
 
「そんなことじゃないわ。」
 
 ウィローがカインの言葉を遮る。そして私達のほうにきちんと向き直り、
 
「お願い。私もハース鉱山へ連れて行って!」
 
 深々と頭をさげた。
 
「な、な、なんだって!?」
 
 思いがけない『条件』にカインが大声を上げた。
 
「馬鹿なことを言うなよ!どれほど危険なところへ行くのかわかってるのか!」
 
「そんなことは承知してるわ!でも私はどうしても父に会いたいのよ!」
 
「俺達は王国剣士だ!仕事で調査に行くんだ!もし君の父さんに会ったら、必ず家に帰るように伝えておく。それでいいだろう!連れて行くわけにはいかない!」
 
「じゃ、あなた達ハース鉱山までの道を知っているの?」
 
「それは・・・王宮で地図をもらったから、その通りに行けば辿り着けるはずだ。そんなことは君が心配することじゃない!」
 
 確かに私達は二人とも南大陸は初めてだ。ハース鉱山への道も地図の上で教えられただけの知識しかない。だがみんなあんなに一生懸命教えてくれたのだから、それで辿り着けずに終わってしまうなんて言うことはないはずだ。カインも同じ気持ちだっただろう。ウィローの瞳を見つめてきっぱりと言い切った。だがウィローは引き下がらない。必死の思いが痛いほどに伝わってくる。
 
「それだけじゃないわ。あなた達、ロコの橋を渡って南に来たんでしょう?」
 
「そうだよ。」
 
「ロコの橋からこの村まで一体何日かけてきたの?」
 
「1週間くらいかな・・・。」
 
「ほらご覧なさい。あの橋からは道を知っている者なら3〜4日もあればたどり着けるのよ。」
 
「・・・確かにそう言われてきたよ。スムーズに行けば4日くらいだって。でもその4日目の朝に砂嵐に巻き込まれたんだ。防御の仕方は教えられていたから、荷物をなくしたり怪我したりはしなくてすんだけど、道を見失っちまったんだよ。」
 
「砂嵐か・・・。そうね。慣れない人は防御だけで精一杯よね。でも砂漠の旅に慣れている人間がいれば、また違うでしょ?道案内ならまかせておいて。治療術も使えるし、弓は得意よ。母から戦用舞踏も教わったことがあるから、自分の身ぐらいは守れるわ。」
 
「それはそうだが・・・。でも・・・だめだ!危険すぎるよ・・・。」
 
「お願い!!絶対役に立つわ。だから連れていって!!」
 
 ウィローは必死で頭を下げている。カインはなおも決めかねていた。だがウィローがいてくれたらかなり助かることは確かだし、父親に会いたいという切実な願いをむげに断る気には、私はどうしてもなれなかった・・・。
 
「わかったよ。一緒に行こう。」
 
「お、おい!クロービス。ちょっと・・・こっちへ来いよ!」
 
 カインは慌てて私の腕を引っ張り、ウィローから少し離れた場所に連れてきた。
 
「どういうつもりだ!?俺達はハイキングに行く訳じゃないんだぞ!?ハース城の中は今どうなっているのか全然わからないんだ!そんなところにウィローを連れて行ったりして、何かあったりしたらこの村の人達になんと言い訳するつもりなんだ!?さっき村の人達にいろいろ話を聞いただろ?デールさんについてはぼろくそだったけど、ウィロー親子のことを悪く言う人なんて一人もいなかったじゃないか。あんなにみんなから好かれていて、彼女はここにいれば安全で幸せなんだよ。俺達が連れ出してわざわざ危険な目に遭わせるわけにはいかないじゃないか。それに・・・万一ウィローの親父さんが本当に反逆者だったらどうするつもりなんだ?世の中には知らない方がいいことだってたくさんあるんじゃないのか!?」
 
「でも彼女の言ったことは確かだよ。私達は道をよく知らないし、デールさんの娘さんなら鉱山に行ってからも何かと役に立ってくれるかもしれないよ。それに・・・。」
 
「それに?」
 
「ずっと会えなかったお父さんに、きっとすごく会いたいんだよ。」
 
「・・・何か聞こえたのか・・・?」
 
「聞こえたわけじゃないけど・・・必死の思いがすごく伝わってくるんだ・・・。痛いくらいにね・・・。」
 
「そうか・・・。」
 
 カインは少しの間黙って考え込んでいたが、やがて『仕方ないか』というような顔で大きなため息をつくと、私の肩をぽんと叩いた。
 
「わかった。なんとかするしかなさそうだな。」
 
「ありがとう。カイン。」
 
 私達はウィローのところへ戻った。
 
「相談はまとまったの?」
 
 ウィローは不安そうに私達を見ている。
 
「まとまったよ。一緒に行こう。道案内を頼むよ。」
 
 私の言葉にウィローの顔がぱぁっと明るくなった。それと同時に私の心に流れ込んできていた必死の思いが薄らぎ、かわって涙が出そうなくらいの喜びが入り込んできた。今まで何度か人の心の声らしきものが聞こえたが、その度にぞっとしていた。『人の心がわかってしまう』ことが恐ろしくて仕方なかった。なのに今、ウィローの心がこれほど流れ込んでくるのに、不思議と恐怖を感じなかった。それどころか、彼女に必死な思いで頼まれればどうしてもそのことをかなえてやりたくなったし、彼女が喜んでいるのを感じて私までうれしくなった。不思議なこともあるものだ。
 
「ほんと!?ほんとに!?父さんに会えるのね!!ありがとう、カイン、クロービス!」
 
「あれ?自己紹介したっけ?」
 
 カインがきょとんとする。
 
「だってあなた達さっきからそう呼び合ってたじゃない。」
 
「あ、そうか・・・。それじゃあらためてよろしくな、ウィロー。」
 
「こちらこそ、あなた達の足手まといにならないようにがんばるわ。さあ早く帰りましょう。もう暗くなってきたわよ。」
 
 気がつくとあたりはすでに薄闇に包まれていた。今いる場所の背後が墓地であったことを思い出して、私達は急いで村の中に戻っていった。村への道を歩きながら、私達の前を歩くウィローが不意に私に振り向いた。
 
「さっきはごめんなさいね、クロービス。」
 
「何が?」
 
「・・・口がうまいなんて言っちゃって・・・。」
 
「何だ、そんなことか。気にしてないよ。」
 
 私のほうがすっかり忘れていたことだった。さっきからずっと気にしていたのだろうか。
 
「・・ほんと言うとね、なんか照れくさくて・・・あんな嫌みな言い方しちゃった・・・。でもかわいいって言われてほんとは嬉しかったの、ありがとうクロービス。」
 
 そう言うと、ウィローはまた前を向いた。きっとこんなに素直だから、村の人達にも好かれているんだろうな。そんなことを思いながら、私はウィローのあとをついていった。何気なくカインのほうを見ると、妙ににやにやしながら私を横目で見ている。
 
「カイン・・・どうしたの?にやにやしてさ。何か気持ち悪いんだけど・・・。」
 
「ん?いやぁ、別に何でもないさ。」
 
 ますますにやつきながら、カインはあらぬほうを向いて口笛を吹いてみせる。その横顔にオシニスさんの面影が重なった。エリオンさんが以前言っていたっけ・・・。
 
『カインはオシニスみたいなタイプの剣士になると思うんだよな。あいつが入ってきた時から俺はそう思っていたんだ。』
 
 二人とも剣技の冴えは素晴らしいし、気功の適性もある。確かに同じようなタイプの剣士なのだろうが、私にはなぜかとても対照的に思えた。
 そう言えばみんなはどうしているのだろう・・・。懐かしい剣士団の仲間達の顔が次々と思い浮かび、思わず涙が滲みそうになるのをやっとの事でこらえた。まだ南大陸に来て一週間程度だというのに、あの厳しい訓練の日々が何だか遠い昔のことのように思えて、寂しさが募っていた。
 
 
「ただいま。」
 
「おかえりなさい。あらお客様?」
 
 出迎えてくれたウィローの母さんは美しい女性だった。親子と言うより、年の離れた姉妹のような感じだ。
 
「うん、王国剣士さん達よ。泊まる場所を探しているって言うからうちに来てもらったの。」
 
「王国剣士さん?・・・そう・・・。じゃあ、北大陸からいらしたのね。ここまで来るのは大変だったでしょう?」
 
 王国剣士と聞いて、ウィローの母さんが少しだけ懐かしそうな表情をした。
 
「ロコの橋からここまで一週間近くかかったんですって。」
 
「ええ!?あそこから!?それじゃ疲れたでしょう。ゆっくりしてらしてくださいね。」
 
「ありがとうございます。お世話になります。」
 
 私達は頭を下げた。
 
「あ、あのね・・・母さん、私・・・。」
 
「なに?」
 
「明日・・・」
 
「明日・・・どうしたの?」
 
「明日・・・剣士さん達にこのあたりを案内してあげたいんだけど・・・。」
 
「・・・ええ、いいわよ。剣士さん達のおじゃまでなければ。」
 
「とんでもない。助かります。」
 
 カインが答えた。ウィローは多分『明日ハース鉱山に行く』と言うことを言えなかったのだろう。でもまさか、母親に黙って出ていくつもりなのだろうか・・・。気にはなっていたが、そのあと出てきた久しぶりに暖かくおいしい食事を食べて、もういつ入ったのが最後だったのか忘れてしまったくらいに久しぶりの熱い風呂に入っているうちに、すっかり忘れてしまった。歩きづめで疲労の限界に達していた私達は、用意されたふかふかのベッドで泥のように眠り込んだ。だが・・・それほど疲れていたにもかかわらず、私はまたあの夢を見た・・・。
 
闇の中で誰かが囁いている夢・・・
 
−−殺・・・し・・・て・・・!
−−わ・・・た・・し・・・を・・・
−−殺・・・し・・・て・・・!
 
「・・・!!」
 
 またしても声にならない悲鳴を上げて私は飛び起きた。そしてまた吐き気が襲う。だが私のとなりでカインも飛び起きている。
 
「・・・また夢見たのか・・・!?」
 
 私は無言で頷いた。口を開けば嘔吐してしまいそうだったからだ。
 
「吐きそうなんだな?待ってろ!」
 
 そう言うと、カインは気功を使って私を回復してくれた。吐き気はすっかりおさまり、ほっと一息つくことが出来た。カインの気功は確実に進歩している。
 
「ごめん・・・。また起こしちゃったね。」
 
「いいよ。部屋の外に出れば、ウィロー達も起こしてしまうからな。どうだ?眠れそうか?」
 
「うん・・・。なんとかね。明日は早いから、眠っておかないと・・・。ありがとうカイン。お休み。」
 
「気にするなよ。また何かあったら必ず起こせよ。それじゃお休み。」
 
 あの夢・・・今までにもまして強烈な印象で迫り来るあの思念・・・。あれは一体何者なのだろう・・・。
 
 次の日の朝、私はカインに起こされた。
 
「おい、もう日が昇ってるぞ。起きろよ。」
 
「あ、ごめん!」
 
 寝坊してしまったかと私は飛び起きた。
 
「あ、いや、俺も今起きたところなんだけど・・・。」
 
「そうか、あぁよかった。」
 
「・・・別によくはないけどな・・・。」
 
「・・・そうだね・・・。」
 
 その時、ドアをトントンとノックする音が聞こえた。
 
「おはよう。入ってもいいかな?」
 
 ウィローの声だ。
 
「うわ!ちょ、ちょっと待ってくれ。」
 
 カインが慌てて返事をする。二人ともまだ下着姿だった。いくらなんでもこの状態で女の子に入ってこられるわけにはいかない。
 
「食事の用意が出来たの。待ってるから来てね。」
 
 中の様子を察したのか、ウィローは入ってこようとはせず、そのままドアの前から離れていったようだった。
 
「ああ驚いた。おいクロービス、早く着替えよう。・・・気分はどうだ?大丈夫か?」
 
「大丈夫。おかげであのあとはぐっすり眠れたよ。君の気功はすごいよね。こっちに来た頃よりも効果が確実に大きくなってるよ。きっとカインは気功の適性があるんだね。」
 
「そうかな・・・。ただ単に、オシニスさんの教え方がうまかったからって気がするけどな。」
 
「でも気功だってある程度は適性に寄るからね。もっと自信を持ってよ。」
 
「そうか?へへ・・・。お前がそう言ってくれるとそんな気がしてくるから不思議だよな。ありがとう。もっともっと頑張るよ。」
 
 そんな話をしながら、急いで着替えをして荷物をまとめると、私達は部屋を出た。家の中にはおいしそうな匂いが漂っている。
 
「おはよう。よく眠れたかしら?」
 
 ウィローの母さんが私達に気づき微笑んだ。
 
「おはようございます。ゆっくり眠ることが出来ました。」
 
 実際によく眠れたのは夜中から朝までだったが、あの時私達が起きたことは誰も気づいていないらしい。
 
「おはよう、カイン、クロービス。よく眠れてよかったわね。さあ召し上がれ。これ全部私が作ったのよ。」
 
 ウィローが台所から温かなスープを運んできながら言った。
 
「へえ、君が全部?」
 
 カインが意外そうにテーブルの上に並べられた料理を見渡す。
 
「じゃ、いただきます。」
 
 食事はおいしかった。昨日の夜といい今朝といい、砂の混じっていない暖かくおいしい食事を食べるのは久しぶりだった。
 
「うまい!!」
 
 カインが叫ぶ。
 
「おいしいよ。ウィローって料理上手なんだね。」
 
「・・・なんだかお前、南大陸に来てから口が妙になめらかだな・・・。」
 
 食事をほおばりながら、カインがまたにやついて私を見る。
 
「え?だっておいしいじゃないか。何かおかしなこと言ったかな?」
 
「ふふ、クロービス、ありがとう、ほめてくれて。」
 
 ウィローが私に笑顔を向けた。朝の光の中で私はあらためてウィローの顔を見た。母親似の美しい顔立ちだが、優しげなイメージの母親とは違い、その深い海のような藍色の瞳には、秘められた強い意志が感じられた。そのあたりは父親似なのだろうか。無駄のないしなやかな体つきで身のこなしも軽やかだ。確かにこれなら、私達の足手まといになど、なることはなさそうに見えた。
 
「ごちそうさま!」
 
 私達はほとんど同時に食べ終えた。いつもならカインのほうが私よりも食べるのが早い。久しぶりのおいしい食事で食べるスピードが上がったのかもしれない。
 
「さてと、今日はこれからどうする?」
 
 私はカインに尋ねた。
 
「そうだなあ。武器屋に寄って、もう一度ガウディさんの話を聞いて・・・あとは薬草なんかも手に入れたいんだけど・・・。昨日道具屋は閉まっていたし、おかげで魔界生物を見たとか言う狩り好きの放蕩息子にも会えずじまいだったし・・・。ウィロー、道具屋ってのは毎日開いているわけじゃないのか?」
 
「いいえ。そんなことはないわよ。あ、もしかしたら、道具屋のおばさんがその辺で井戸端会議でもしてたのかも知れないわ。」
 
「なるほどな・・。そういうことか・・・。少し案内してくれないか?俺達、昨日村長と一緒に武器屋には行ったけど、その他のところはまだなんだよな。君がいてくれた方が何かと都合がいいような気がするんだけど。」
 
「そうね。村の人達の中には、王国剣士さんをよく思ってない人も未だにいるわ。私が一緒ならみんな嫌な顔したりはしないだろうし。」
 
「よし、じゃウィローの先導で出かけるか。」
 
 私達は腰を上げた。
 
「母さん、ちょっと行ってくるね。」
 
「行ってらっしゃい。」
 
「よし、行こうか。まずは武器屋だな。ガウディさんの調子がいいといいんだけどな。」
 
 ウィローの母さんに丁寧に礼を言って、私達はウィローの家を出た。やがてウィローの家が見えなくなる頃、私達は昨日の広場に出た。相変わらず村人達があちこちに輪を作り話し込んでいる。昨日デールさんのことで私達にいろいろと話してくれた人達もいる。そんな人達は、私達がウィローと一緒にいるのを見て、皆一様に顔色を変えている。私達がウィローに昨日の話を喋ってしまったのではないかと、びくついているらしい。ウィローはそんなことには気づかないのだろう、構わず歩き続け、やがて武器屋の前に着いた。
 
「おはよう。イアン。」
 
 ウィローが先に立って武器屋の扉を開ける。私達も後に続いた。
 
「お、ウィローおはよう。おお、あんたらも一緒か。」
 
 イアンは元気よく挨拶をする。
 
「おはようございます。ガウディさんの調子はどうかな・・・?」
 
「ちょっと具合が悪そうなんだよ。昨日けっこう長話しちまったからな。」
 
「そうか・・・。申し訳ないことしちゃったな・・・。」
 
「大丈夫だよ。もう少し休めばきっとよくなるよ。・・・最も本当によくなる見込みはないけど・・・。」
 
 イアンは悔しそうに唇を噛む。
 
「ガウディさんは・・・相変わらずなのね・・・。」
 
 ウィローも心配そうに奥の方を覗き込む。
 
「私、これからハース鉱山まで行くから、出来れば私もガウディさんの話を聞きたかったんだけど・・・。」
 
「な、何だと?お前正気か!?」
 
 イアンが顔色を変えた。
 
「あら、当たり前よ。やっと父さんに会えるのよ。私もう嬉しくて。」
 
「本当にそう思うのか?お前の親父がどのくらいの間家を空けたままなのかくらい、わかってるんだろう!?」
 
「わかってるわ。でもきっと仕事熱心なだけよ。」
 
 一歩も引こうとしないウィローの言葉に説得をあきらめたのか、イアンは今度は私達のほうに向き直った。
 
「おい、あんたら、どういうことだ!?俺はあんたらがハース鉱山に行くのに協力はしてやるよ。だがウィローを連れていくなんて話は聞いてないぞ。どれほど危険な場所に行くのか、解ってて言っているんだろうな!?」
 
「待ってよ!!別にこの二人に無理やり連れていかれるわけじゃないのよ。私が頼んだの。ハースまでの道案内をしてあげるって言うことで。」
 
「道案内ったって・・・。この二人はちゃんと剣士団で道は聞いてきてるはずだぞ。今さら案内なんていらないはずじゃないのか!!」
 
 カインがイアンに何か言いかけたその時、武器屋のドアが勢いよく開いて、年輩の女性が飛び込んできた。
 
「お、おい、オルガさんどうしたんだよ、いきなり。」
 
 驚いたイアンにオルガと呼ばれたその女性は、周りのことなど何も目に入らないかのように、まっすぐにウィローの前まで歩み寄った。
 
「ウィロー、あんたハース鉱山に行くんだって?」
 
 オルガさんの瞳は何となく狂気じみている。
 
「え、ええ。でも誰に聞いたの?オルガおばさん。」
 
「さっき広場に行ったら、あんたが王国剣士の人達を案内してたっていうじゃないか。この人達は昨日ハース鉱山やあんたの父さんのことを聞いていた。あんた達ハース鉱山に行くんだろ。」
 
「ええ。でもそれが何か?」
 
 するとオルガさんは、いきなりウィローの服の襟元をぐいとつかんだ。
 
「ねえ、それならロイを連れてきておくれよ。鉱山に行ったままもう半年も帰ってこないんだよ。」
 
「大丈夫よ。こちらの剣士さん達がハースに行ったら、必ず行方不明の人達の捜索をしてくれるわ。」
 
 ウィローが私達の方を向きながらそう説明したが、オルガさんには聞こえていないようだった。
 
「あたしはね、あの子の性根をたたき直してやろうと思った。いつまでもぶらぶらしてて、嫁の来手もいないんじゃ仕方ないから、まじめに仕事をしてほしかったんだ。でもあたしが間違っていたよ。あんなところにやるんじゃなかった。あたしのロイを返しておくれよ。あんたの父さんに頼んでおくれよ。ロイはあたしのかけがえのない息子なんだよ。返しておくれよ。ねえ、返しておくれよぉ。」 
 
 言いながらウィローの胸元をがくがくと揺さぶる。どうも正気ではないらしい。
 
「やめろよ、オルガさん。ウィローにそんなこと言ったってしょうがないじゃないか!」
 
 イアンが止めに入るが、オルガさんはウィローの襟元をしっかりとつかんだまま離そうとしない。
 
「ウィロー、あんたの父さんさえうんと言ってくれりゃいいんだよ。他の人なんてどうでもいいんだよ。ロイさえ・・・ロイさえ返してくれりゃいいんだよ。あたしの息子を返しておくれよぉ。」
 
 ウィローは服の襟をぎゅうぎゅうと締めつけられ苦しそうだ。カインと私も慌てて止めに入ったが、相手が年配の女性では本気で力を入れる訳にもいかない。何とか襟元にかけられた手をほどこうとするが、年配の女性とは思えないほどのものすごい力で握ったまま、離そうとしなかった。
 
「なんで黙ってるんだよ・・・?そうか・・・あんたも父親とグルなんだね!?あんたの父さんは鬼だよ。悪魔だよ。あたしの・・・あたしの大事な息子をさらっていっちまったんだ!ロイを、ロイを返せぇぇぇ!」
 
 オルガさんはそう叫ぶなり、両手をウィローの首にかけて絞めはじめた。その時また入口のドアが開いて、村長と何人かの若者達が飛び込んできた。武装をしているところを見ると、自警団の若者達なのだろうか。村長はオルガさんの前に駆け寄り、彼女の額に手を当てると
 
「はぁっ!」
 
この小さな体の一体どこにそんな力があったのかと驚くほどの大声で叫んだ。その瞬間オルガさんはびくっと体を震わせると、ウィローの首から手を離しそのまま床に倒れ込んだ。がたがたと体を震わせ、涙を流しながら、うわごとのように言い続ける。
 
「あたしのロイ・・・あたしのロイを返して・・・返しておくれ・・・デールは鬼だ、悪魔だ。あたしの息子を、大事な息子をさらって・・・。」
 
 ウィローは胸元を押さえたまま、恐怖に顔をひきつらせて座り込んでいる。若者達がオルガさんを外に運んでいったあと、一人残った村長が大きなため息をついた。
 
「ウィロー、大丈夫か。」
 
 ウィローは首を必死で縦に振るが、恐怖のあまり声も出ないらしい。
 
「オルガはロイの帰りをずっと待っているうちに少しおかしくなってしまったんじゃよ。許してやってくれんか。」
 
 そう言うと今度はウィローの額に手を当て、小さな声で呪文を唱えた。するとウィローの震えが止まり、やっと小さな声が出るようになった。
 
「大丈夫よ。仕方ないことなんだもの・・・。」
 
「仕方がないか・・・確かにそうかもしれんが・・・。こんなことになるとはのぉ・・・。広場にいた連中が、オルガがお前達の後をすごい形相で追いかけていったとわしに教えてくれなかったら、とんでもないことになっていたかもしれん。間に合ってよかったよ・・・。」
 
 村長はそう言うと、ほぉっと安堵のため息を漏らした。
 
「すみません。ご迷惑かけて・・・。」
 
 頭を下げる私に村長は優しく微笑むと、
 
「いいんじゃよ・・・。ロイのことは・・・まったく巡り合わせが悪かったとしか言いようがないことなのじゃ・・・。半年前、鉱夫達の休暇の時期の少し前に、オルガはロイを鉱山に行かせた。そしてテロスもそうだ。あの時までは、まさかそのあと鉱山からの連絡が途絶えるなどとは・・・誰も思ってみたことなどなかったはずだ・・・。」
 
「俺達は王国剣士です。必ずハース鉱山の行方不明者は見つけて見せます。ウィローが案内してくれることになったから、必ず辿り着いて見せます。」
 
 カインの言葉に村長は驚愕した。
 
「な、なんと!ウィローを鉱山まで連れて行くというのか!何とバカなことを考えつくのだ。そんなことは許さんぞ!」
 
「でも、もう決めたんです。私は父に会いに行きます。村長、許してもらえなくとも私は行くわ。」
 
 落ち着きを取り戻したウィローがきっぱりと言う。
 
「ウィロー・・・お前の父親のことはあきらめろ。もう19年だぞ。お前の父親はお前達親子を捨てたんだ。それに鉱山から戻ってきた者達の話を聞いても、お前の父親についていい話はひとつもないんだぞ。ひどいことを言うと思うだろう。わしのことならいくら恨んでもかまわん。だが、父親のことはもう忘れてしまえ。そして誰かいい人でも見つけて、早くお母さんを安心させてやりなさい。この村にも良い若者はたくさんいるぞ。たとえばここにいるこのイアンとか。」
 
 突然話の矛先が自分を向いたことで、イアンは大慌てで口を挟んだ。
 
「お、おい、村長。いきなり何の話だよ。今はそんな話をしている場合じゃないだろう。」
 
「している場合じゃわい。お前も早く身を固めることを考えたらどうなんだ。」
 
「村長、もう行くわ。今日中に出来るだけ進んでおかないと、父さんに会えるのがまた先になっちゃう。」
 
「こら、話をはぐらかすな。」
 
「あ、あの・・・俺達ももう行きます。こんな話を聞いてしまったら、なおさら早く鉱山に辿り着かないと。」
 
 カインも場の雰囲気が妙な方向に流れそうになったことで、いささか及び腰になっている。その時奥の扉が開いてガウディさんが顔を出した。
 
「カイン、クロービス、行くのか・・・。」
 
「行きます。これから少し道具屋によって、息子さんに話を聞いたりしなくちゃならないけど・・・。あまり遅くならないうちに村を出るつもりです。」
 
「そうか・・・。ウィロー、お前も行くのだな?」
 
「行くわ・・・。もちろん、ついていくからにはこの二人の役に立つよう頑張るつもりよ。」
 
「・・・村長、とめるだけ無駄だな。ウィローの意志は固いぞ。3人ともよく聞けよ。ハース渓谷の入口だ。そこにいるモンスターを退かせられない限り、ハース鉱山には辿り着けん。だがあいつには剣が効かない。なんとかして傷をつける方法を見つけだすんだ。このままではハース鉱山はモンスターの手に陥ちてしまう。いや、もう陥ちているかもしれん。君達だけが頼りなんだ。頼む!」
 
 そこまで言うと、ガウディさんは苦しそうに体をかがめた。また傷が痛み出しているらしい。
 
「ガウディ、おぬしは寝ておれ。こら、ウィロー、まだ話はおわっとらんぞ!!」
 
「ありがとうございました。では行ってきます!」
 
 村長が呼び止めたが、これ以上話の雲行きが怪しくならないうちに、私達は武器屋をあとにした。
 

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