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「南大陸・・・?あんたら・・・本当に南大陸へ行くのか?南地方じゃないのか?」
 
「違うよ。南大陸だよ。ロコの橋の向こう側。」
 
「向こうは・・・モンスターが狂暴になったから剣士団の派遣をやめたんだろ?何でまたいきなり・・・。しかもあんたらはまだ入って一年足らずだろうが!?」
 
「でも仕事だから。大丈夫。ちゃんと仕事をしてまた戻ってくるよ。そしたらまた顔だすからね。」
 
「・・・よし、ちょっと待ってくれ。」
 
 セディンさんはそう言うと、担いでいた荷物を降ろした。そして中をごそごそやっていたが、やがて小さな箱をいくつか取り出し、その中の一つを私に差し出した。
 
「これ持っていってくれ。」
 
「これ何?」
 
 中を開けると、ペンダントが入っている。
 
「さっき仕入れたばかりの奴さ。この中にハーブみたいなのが入っていてね。この香りを嗅ぐと精神が安定して、疲労が取れるって言われてるんだよ。試しに嗅いでみてくれ。」
 
 私はペンダントを顔に近づけてみた。細い金の鎖の先に、オレンジ色の飾りがある。普通のペンダントならそこには宝石などがはめ込まれているのだろうが、これにはふたがついていて、そこを開けて香りをかぐようになっているらしい。私は試しにふたを開けた。ぱちんと音がして柔らかい香りが鼻をつく。その瞬間すぅっと頭の中の霧が晴れるような感じがした。今は特別疲れてはいなかったが、なるほど呪文を唱えて疲れている時など、これは役に立ってくれそうだった。私は慎重にふたを閉め、ペンダントをセディンさんの前に掲げてみせた。
 
「これは・・・?いくらするの?」
 
「やるよ。持っていってくれ。効果は半永久的だそうだ。あんたの役には立つと思うよ。」
 
「でも・・・これ高そうだよ。ただってわけには・・・。」
 
「いいんだよ。俺はただあんたに、王国剣士募集のことを教えただけだ。なのにあんたは俺のことをずっと憶えていてくれて、いつも店のことを気にかけてくれているじゃないか。こんな時くらいあんたの役に立たなくちゃな。それからカイン、あんたにはこれだ。」
 
 セディンさんは持っていた他の箱の中から一つ取りだし、カインの手に握らせた。
 
「これは・・・?」
 
「これは腕輪さ。あんた呪文の適性がないって言ってたよな?そう言う人は相手に呪文をかけられたりすると簡単にかかっちまったりすることもあるそうだ。俺もハースのほうから船でやってくる商人に聞いただけだが、あっちのほうには怪しげな呪文を操るダークエルフもいるって話だ。この腕輪は、つけた人間の精神統一の助けをしてくれる。呪文で惑わされたりしないのさ。あんたの精神が弱いってんじゃないんだぜ?クロービスみたいに自分が呪文を使うタイプってのは、そうそう相手の呪文にやられたりしないもんだけど、いくら修行しても適性ってのはどうしようもないからな。念のためつけて行ってくれ。」
 
「でも俺までこんな高そうなのただでもらうわけにはいかないよ・・・。俺はいつもクロービスにくっついてセディンさんのところに行ってるだけだし・・・。」
 
「そんなこと気にしないでくれよ。二人とも俺にとっては大事なお得意さまだし、友達みたいなものさ。」
 
「ありがとう・・・。必ず戻ってくるよ。」
 
「いいってことさ。また帰ってきたら顔出してくれよ。必ずな。」
 
「セディンさん、ありがとう。帰ってきたら顔を出します。必ず・・・。」
 
「待ってるからな。頑張れよ!」
 
 セディンさんはそう言うと、また大きな荷物を担ぎあげ商業地区に入っていった。その後ろ姿を見送りながらカインがつぶやく。
 
「いい人だな。」
 
「うん・・・。必ず戻ってこよう。」
 
「そうだな・・・。」
 
 私達は南門から城壁の外に出た。セスタンさんがあたりを見渡しながらつぶやく。
 
「風が違うな・・・。」
 
「風・・・?」
 
「ああ・・・。お前らはまだ風の違いはわからないか・・・。」
 
「風って・・・強いか弱いかくらいの区別はつくけど・・・。そんな違いなんてあるんですか?」
 
 カインが不思議そうに尋ねた。
 
「ああ、違うぞ。外を旅していて、妙に胸騒ぎがする時がある。木々のざわめきまでもが、何かを訴えているような気がするんだ。今日の風は・・・何となく妙だな・・・。」
 
「そうね・・・。風が違う。いつも吹いている風よりも、何となく敵意を感じるわ・・・。これから何か起こるのかも知れない・・・。」
 
 ポーラさんも遠い目をしながらちいさな声で相づちを打つ。敵意を持つ風・・・。私達にはいつもの風にしか感じられないが、長く修練を積んでいる二人には、何か私達にはわからないことがわかるのかも知れない。耳を澄ましてみた。さわさわと風に揺れる木々の音だけが私達の耳に聞こえてくる・・・・・はずだったが、
 
「おい、カーナ、お前ら何でこっち方面に来るんだよ。」
 
「あーら、オシニスさんならわかるでしょ?私はライザーさんのいるところならどこへでも行くわよぉぉ。」
 
「みんなして同じ方向に歩いている自由警備など聞いたことがないぞ。」
 
「それならセルーネさんが別な方向に行けばいいじゃないですか。」
 
「うるさい!ハリー、お前に言われる筋合いはない!」
 
「セルーネさん、こんなところで喧嘩をしないで下さいよ。」
 
「そう言うお前は何でここにいる?採用担当官が外をうろついていていいのか?」
 
「副団長、いいじゃないですか。今日だけなんだし。」
 
「だがな、ハディ。みんなしてぞろぞろと、まるで何かの行列じゃないか。」
 
「では副団長、西側の道へでもどうぞ。」
 
「やっぱり剣士団長の話はほんとだな、ティール。セルーネが暴走したらお前も荷担しかねない。」
 
「おいライザー、俺が暴走したらお前も加勢してくれるんだろうな。」
 
「君は暴走したくなるようなところまでついていくつもりなのか?」
 
 私達はそんな会話を後ろに聞きながら、やがてこらえきれずに4人とも笑い出してしまった。
 
「・・・まったく、おちおち歩いていられやしない。何なんだよ!この辺りの警備にこんなに腕の立つ王国剣士が勢揃いしたなんて聞いたこともないぞ!?今ここにセントハースが襲ってきたって一発撃退出来そうなメンバーばかりじゃないか!!」
 
 セスタンさんは振り向いて怒鳴って見せたが、また笑い出してしまった。
 
「あーら、セスタンさん、偶然よ、偶然。」
 
 リーザがセスタンさんにむかってウィンクしてみせる。
 
「何が偶然だよ・・・。それに副団長まで・・・。これじゃ王宮は空っぽだ。」
 
「他の剣士達がいるさ。」
 
 副団長は涼しい顔をしている。
 
「やれやれ・・・。ほっとこう。さっさと行くぞ。今日のうちに南地方の境界は越えたいからな。」
 
 私達は足を速めた。後ろから来る『自由警備』の先輩達も足を速める。やがて陽が西に傾き始め、私達は南地方との境界に着いた。先輩達ともここでお別れだ。彼らはもう戻らなければ、今日中に王宮にまで帰れない。
 
「・・・ここまでか・・・。もっと先まで行きたかったが・・・。」
 
 セルーネさんがため息をつき、みんながゆっくりと私達に近づいてきた。
 
「カイン、クロービス。」
 
 ランドさんが私の前に立ち、カインと私の肩に手を置いた。
 
「辛くなったり・・挫けそうになった時には、王宮で初めて俺と戦った時のことを思い出すんだ・・。まったく・・あっという間に強くなっちまいやがって・・。必ず帰ってこいよ!」
 
 ランドさんは流れる涙を袖で拭いながら、私達を抱きしめた。その腕が震えていた。
 
「この3日間で憶えたこと、忘れるな。それさえ忘れなければ絶対に大丈夫だ!」
 
 セルーネさんがランドさんの後ろから叫んだ。
 
「君達が戻ってきたら、また食堂のおばさんにご馳走作ってもらうよ!!待ってるからね!!」
 
 ハリーさん達が叫びながら手を振ってくれた。
 
「何がご馳走だ!!まったくこんな時に脳天気な奴らめ!!」
 
 ハリーさん達の頭にセルーネさんのゲンコツが炸裂する。
 
「カイン、クロービス、帰ってきたらまた立合いしようぜ。」
 
「勝ち逃げなんてさせないからね!」
 
 ハディとリーザが涙顔で手を差し出し、私達は二人としっかりと握手を交わした。それぞれが別れの言葉を言い終えて私達から離れていった時、正面からオシニスさんとライザーさんが進み出てきた。
 
「カイン、クロービス、忘れるな。お前達の帰る場所はこのエルバール北大陸だぞ!何があっても必ず帰ってこい。」
 
「君達を信じてるよ。必ず・・・生きて戻ってきてくれ!」
 
「あ・・・あの・・・ライザーさん・・・。」
 
 すみませんでしたと言いたかったのに、なかなか口からその言葉が出てきてくれない。もどかしさに涙が滲んだ。ライザーさんはそんな私の肩に手をかけると、あの穏やかな微笑みをみせて頷いた。
 
「帰ってきたら、また話そう。」
 
 私は一生懸命頷いた。必死で頷けば自分の気持ちが伝わるような気がしていた。そして二人が私達の前から離れたあと、カーナとステラが走り寄ってきた。
 
「・・・カイン・・・。」
 
 涙を一杯にためた瞳でステラはカインを見つめると、いきなりカインに抱きついた。
 
「お、おい・・・ステラ・・・。」
 
 カインは困惑した瞳を私に向ける。
 
「しばらく会えないんだから・・・少しだけこうしていてあげたら?」
 
 私はそう言って目を逸らした。ステラの突然の行動には私も驚いていたが、だからといってじろじろ見ているのもステラに悪いような気がした。でもやっぱり気になって、時々視線を戻して二人を見ていた。
 
「お、おい・・・。」
 
 カインは何か言いたげだったが、カインの胸で肩を震わせるステラを見下ろし、その肩に手をかけた。
 
「帰ってくるから。俺達は仕事で行くんだ。必ずここに戻って、成果を報告するんだから、そんなに泣くな。笑って見送ってくれよ。『今生の別れ』ってわけじゃないんだぜ。」
 
 カインの言葉にステラは顔をゴシゴシと擦ると、カインを見上げた。そしていきなりカインの首に腕を回し、体重をかけた。不意をつかれてカインが前屈みになる。その瞬間、ステラの顔がカインに近づき、唇と唇が重なったように見えた。私は驚いたが、カインはもっと驚いている。何が起こったのか今ひとつ把握出来ずにいるらしく、きょとんとしている。ステラはそのままくるりと背を向けると、来た道に向かって走った。そして私達から少し離れたところまで行って、こちらに背中を向けたまま肩で息をしている。気がつくと、まわりにいた先輩達も皆思い思いに目を逸らしていた。ことの成り行きを黙って見ていたカーナがカインの肩に手をかける。
 
「・・・カイン、びっくりした・・・?」
 
「あ、あたりまえじゃないか・・・。な、何でいきなり・・・ステラが・・・あの・・・。」
 
 声からもカインの動揺ぶりが窺えた。
 
「いまのは・・・ステラの正直な気持ちよ。だから・・・必ず帰ってきてよ。絶対よ。約束してよ。」
 
 その言葉にカインは真顔になり、ずっと離れたところでまだ息を弾ませているステラの背中に視線を移した。
 
「・・・ステラの気持ちは・・・受け取れない。ごめん、それははっきり言っておくよ。でも必ず帰ってくるよ。それは約束する。」
 
「・・・それは、帰ってきてからステラに直接言ってあげて。」
 
「わかったよ・・・。」
 
 カーナが私達から離れてステラの元に歩み去った。みんな私達から少し離れたところで半円状に並び、私達を見つめていた。
 
「それじゃ、行ってきます。必ず、必ず帰ってきますから・・・。」
 
「無理は絶対にするな!!暑さと渇きは大敵だぞ!!」
 
 ティールさんが叫んだ。
 
「セスタン、ポーラ、二人を頼んだぞ!!」
 
 副団長の声にセスタンさん達が頷いた。
 
「任せて下さい!!」
 
 私達は歩き出した。もう後ろから話し声は聞こえてこない。少しずつみんなの顔が遠ざかるのを背中に感じながら、私達4人はロコの橋目指して南地方への境界を越えた。
 
 歩きながら、ふいに頭の中でバチッと何かが繋がったような気がした。そして今まで意識の外で何となく感じていた疑問の答が、頭の中に現れた。
 
「・・・だからか・・・。」
 
 霧が晴れたようなその感覚に、私は思わずつぶやいていた。カインが怪訝そうにこちらを見たのがわかった。
 
「何がだよ?」
 
「前にエミーとユノのことでカーナに言われたことを思い出したんだ。」
 
「・・・ああ・・・訓練場でか?お前が侍女達にもてるって言う・・・。」
 
「そうだよ。あの時カーナは、私のことを聞いてきた侍女達が一人や二人じゃないって言ったよね?」
 
「そうだな。まあお前がもてるのはわかるような気がしたから、なるほどなと思ったっけな。」
 
「でも、侍女達がカーナに聞いていたのは、私のことだけじゃないと思うよ。」
 
「つまり他の人のことも聞いてたかも知れないってことか?まあそれはあるだろうな。俺もたまにライザーさんやオシニスさんのことでいろいろ聞かれたりしたしな。」
 
「あの二人のことじゃないよ。君のことだよ。」
 
 カインは驚いたような顔をしたが、やがて笑い出した。
 
「ばか言うな!俺がもてるわけないじゃないか。俺はそんな話聞いたことがないぞ?」
 
「私は聞いたことがあるんだ。図書室で乙夜の塔付きの侍女達に会った時にね、彼女たちが君の噂をしているのを小耳に挟んだことは、一度や二度じゃないよ。通りすがりにちらっと聞いただけだから、詳しい内容は知らないけど、大抵『彼女いるのかしら』とか、『どんな女の子が好みなのかな』とか、そう言うことばかりだったよ。」
 
 カインはまだ納得しかねるように首を傾げている。
 
「しかしなぁ・・・。そんな話は聞いたことがないよ。カーナが黙っているとは思えないけどな。」
 
「私もおかしいなと思っていたんだ。でもさっきのことでわかったよ。君に関してだけはカーナは黙っていたんだよ。ステラのためにね。」
 
 カインはアッというように口を開けると、頷いた。
 
「・・・そういうことか・・・。ステラが俺のことをどう思っているのか知っていたから・・・。」
 
「そう。そして君に他の女の子を近づけないように、多分君のことで何か聞かれても、適当にごまかして君の耳に入らないようにしていたんだよ。」
 
「・・・そうか・・・。全然気づかなかったよ。ステラに悪いことしちゃったな・・・。」
 
「・・・仕方ないよ。知らなかったんだし。それに・・・知っていたところで、結果は変わらなかったんじゃないか。」
 
「それもそうだな・・・。」
 
 私達の会話が聞こえているのかいないのか、前を行くセスタンさん達は黙って歩を進めていた。やがて陽は西の彼方に沈み始め、夕闇が辺りを覆い尽くそうとしていた。クロンファンラまではまだかなりある。私達は小さな川の流れる場所でキャンプの準備を始めた。
 
「さてと、食事の用意をしましょうか?カイン、クロービス、あなた達はどっちが作るの?」
 
「私です。手伝います。」
 
「なるほど。聞くまでもなかったわね。カインが料理出来そうには見えないものね。」
 
 ポーラさんはにやりとしてカインを見ると、私の手にナイフを持たせた。
 
「はい、これよろしく。」
 
 ポーラさんは慣れた手つきで食事の支度を進めていく。
 
「・・・女の人が食事作るの初めて見ました。」
 
「どういうことよ?」
 
 ポーラさんはきょとんとしている。
 
「あの・・・リーザとハディだとハディが作るし、セルーネさんやカーナ達はどうだかわからないし・・・。だから初めてかなあと・・・。」
 
「あははは。なるほどねぇ。まあ女だ男だって枠を作るような考え方は剣士団にはないものね。制服だってみんな同じだし、武器も防具も、あくまでそれぞれの適性や得手不得手によって決まるものだしね。」
 
 そんな話をしながら、ポーラさんの手は休むことなく食事の支度を続ける。にこにことしながら手際よく料理をしている彼女を見ていると、鎧を着て槍など携えていなければ、ごく普通の女性なのだろうと、ふと思った。やがて食事を終えて不寝番を決め、私達が先にやることにしてセスタンさん達はテントに行った。二人だけになると、カインがぽつりとつぶやいた。
 
「ステラの奴・・・どうしたかな・・・。」
 
「気になる?」
 
「まあな・・・。気持ちは受け取れないけど・・・でも大事な友達だよ。そりゃ一応先輩だけどさ。いつも剣の相手してくれて、思ったことなんでもズバズバ言ってくれたから、俺は彼女のことは、大事な友達だとは思ってるんだ・・・。気まずくなりたくないさ・・・。」
 
「そうだね・・・。それに・・・みんなして心配してあそこまで来てくれたんだものね。」
 
「そうだよなあ。この北大陸の城下町近辺に、あれだけ熟練の王国剣士が勢揃いしたなんて、後にも先にもこれっきりだろうな。」
 
 カインは昼間のことを思いだしたのか、くすくすと笑った。
 
「昼間の会話はおもしろかったな。思わず笑いそうだったよ。みんな心配してついてきてくれたから笑うのも悪いような気がしてさ。結局吹き出しちゃったけどね。」
 
 昼間背後から聞こえてきた会話を思い出し、笑いがこみあげてきた。
 
「あの人達ともしばしの別れか・・・。」
 
「一日も早く任務をこなして戻ってこなくちゃね。」
 
「そうだな・・・。お前は・・・言えなかったみたいだな、ライザーさんに。」
 
「うん・・・。さっき境界の前で別れる時言いたかったのに、うまく言葉が出てきてくれなくて・・・。でも、帰ってきたらまた話そうって言ってくれたんだ・・・。帰ったら、今度こそちゃんと謝らなくちゃ・・・。」
 
「そうだな。帰ってくれば言えるんだから、それまではあんまり考えるなよ。」
 
「そうだね・・・。」
 
 やがて月は空の中ほどにかかり、起き出してきたセスタンさん達と交替した。
 そしてまた夢を見た・・・。
 
 美しい満月・・・
 乙夜の塔のバルコニー・・・
 月を見つめるフロリア様と・・・
 長い階段・・・
 そして悲鳴・・・
 
 −−クロービス・・・!!−−
 
 これは・・・カインの声・・・。
 
「クロービス!朝だぞ!!起きろ!!」
 
「あ、ああ・・・おはよう・・・。」
 
「・・・夢・・・見たのか・・・。」
 
「うん・・・。」
 
「・・・もうポーラさんが飯の支度始めてるぞ。」
 
「わかった・・・。」
 
 久しぶりにあの夢を見た。もうずっと見ていなかったのに・・・。なぜだろう。北大陸を離れていくからだろうか・・・。
 
 この日、私達は一日歩き続け、その次の日の昼頃クロンファンラについた。宿屋に入り声をかけると、エリーゼが奥から飛び出してきた。
 
「わぁ、カイン、クロービス、いらっしゃい。あら、今日はセスタンさん達もご一緒なのね。皆さんお泊まりですか?」
 
「そうだな。今夜は全員で世話になるよ。」
 
 セスタンさんが答え、宿帳に名前を書いた。
 
「めずらしいわね。二組一緒に泊まるなんて。まあうちとしてはありがたいけどね。」
 
 エリーゼはにこにこしながら、帳簿を取りだしてめくり始めた。
 
「えーと・・・カインとクロービスは二人一緒でいい?セスタンさんとポーラさんがそれぞれ一つずつってことで。」
 
「ああ、それで頼むよ。」
 
 セスタンさん達は荷物を抱えて、案内された部屋へと歩いていった。その後ろ姿を見送り、エリーゼが私達を部屋へと案内してくれた。歩きながらエリーゼが話しかけてくる。
 
「今回は二組で巡回するの?」
 
「いや、今回は東部巡回のために来たんじゃないんだ。」
 
「あら、それじゃどうして?」
 
「俺達はこれから南大陸に向かうんだ。」
 
「・・・え?」
 
 カインの言葉にエリーゼは立ち止まり、大きく見開いた瞳でカインに振り返った。
 
「・・・南大陸・・・って・・・。ロコの橋の向こう側の・・・?」
 
 声が震えている。
 
「そうだよ。カインと私の二人で行くんだ。だからしばらく会えなくなるね。」
 
「だって・・・向こうはとても恐ろしいモンスターがいると聞くわ。だからロコの橋が封鎖されたと。それでも南大陸から泳いで渡ってくるモンスターがたくさんいるから、ロコの橋近辺はすごく危ないって・・・。」
 
「そうだな・・・。でも仕事なんだ。モンスターが怖いから行きませんなんて言えないからな。」
 
「そんな・・・。」
 
 エリーゼの顔が涙で濡れる。
 
「泣かないでくれよ。俺達は仕事で行くんだ。また帰りにここに寄るよ。」
 
 笑顔のカインを見上げ、エリーゼは頷いた。
 
「そうね。あなた達は・・・聖戦竜を追い払ったくらい強い人達なのよね。わかった・・・。必ず帰りに寄ってね。待ってるから。」
 
 部屋に着いて、エリーゼは涙を拭いながら帳場へと戻っていった。私達はこれからの長旅に備えて町の中をまわり、必要なものをそろえた。
 次の日の朝早く、青い顔のエリーゼと、事情を聞いて不安げな宿屋の主人に見送られ、私達はクロンファンラを出発した。そして数日後、明日はいよいよロコの橋の灯台に着くと言うところまで辿り着いた。明日はここまで一緒に来てくれたセスタンさん達とも別れなければならない。
 
 4人での最後のキャンプの日・・・。いつものように食事を終え、焚き火を囲んで他愛のない話をしていた時、不意にセスタンさんが、ポーラさんを真剣な瞳で見つめて話し出した。
 
「ポーラ、お前はこいつらに話してやることがあるんじゃないのか?」
 
「・・・何を?」
 
「しらばっくれるな。お前のことだ。」
 
「私の・・・?セスタン、あなた何を言いたいの?私が彼らに話してやれることなんて何もないわ。明日ロコの橋を渡れば、もう私達も助けてあげられないから、何としても二人で頑張ってねって事なら言ってあげられるけど。」
 
 平静を装ってみせるが、少しだけ声が震えている。
 
「・・・話をはぐらかすな。俺が言っているのはガウディさんのことだ。」
 
「あの人が・・・どうだって言うのよ。」
 
 『あの人』・・・。単なる先輩をそんな風にはきっと言わない。ガウディさんとポーラさんの間に何かあったのだろうか・・・。
 
「カナにはガウディさんがいるかも知れないじゃないか。あれほどの腕の人なら、いくら一人だって辿り着く前にモンスターにやられたりはしないだろう。何か伝えてもらうことはないのかと言っているんだ。」
 
「よけいなこと言わないで!それはもう・・・昔の事よ・・・。」
 
「ならいいがな・・・。後悔ってのは先には出来ないもんだ。こいつらが旅立つ前に、言いたいことは言っておいたほうがいい。」
 
「・・・まったく何言うのかと思えば・・・。そんなこと今は関係ないじゃないの!」
 
「あの・・・もしかしたら会えるかも知れないから、何か伝言があれば伝えますけど・・・。」
 
 ポーラさんの動揺ぶりを見れば、ガウディさんと彼女がどういう関係だったのかくらいは推察出来た。つまり、ポーラさんという女性がいたにもかかわらず、ガウディさんはカナの村のために一人ひっそりと姿を消したと言うことか・・・。
 
「・・・気を使わなくていいのよ、クロービス。」
 
「でも・・・明日には私達もロコの橋を越えてしまいますから、あとで気が変わられても遅いし・・・。」
 
「ほら、クロービスもああ言ってくれてるんだし、もう少し素直になれよ、お前も。」
 
 セスタンさんが横目でポーラさんを見ている。
 
「・・・そうねぇ。それじゃキスでも届けてもらおうかしら。」
 
 ポーラさんはそう言うなり、私に顔を近づけてきた。
 
「あ、あの、そういうの以外で何かないですか!?」
 
 私は慌てて座ったまま後ずさった。自分が赤くなっているのがわかった。焚き火に照らされているせいでみんなには気づかれないかも知れないのが救いだった。ポーラさんはくすくすと笑いだし、
 
「いやぁねぇ。本気にしないでよ。私があなたにキスするのはともかく、初対面の王国剣士のしかも男性に、いきなりキスされたりしたらガウディが焦るじゃないの。でもそれもおもしろいかな・・・。あの人が青くなったところでも教えてもらおうかしら。」
 
そう言いながら、それでもその瞳からは涙が一筋落ちていた。
 
「・・・ありがとう。あなた達が心配してくれてるのわかるけど・・・。でもガウディは私じゃなくて、王国剣士としての仕事を選んだのよ。たとえ命令に背くことになっても、カナの村の人達を守りたいって言う・・・。なのに今さら、私の言葉なんてあの人は聞いてはくれないわ、きっと・・・。」
 
「・・・あの時は・・・結婚式のひと月くらい前だったか・・・。」
 
 セスタンさんは気遣わしげにポーラさんを見ている。
 
「そうね・・・。」
 
「・・・俺としては複雑だったな。お前が結婚すれば、いずれはコンビ解消になる。子供でも出来れば今までどおりに仕事は出来ないからな。ガウディさんがいなくなったことで、俺は気の合う相方を失わずに済んだわけなんだが・・・。」
 
「・・・セスタンさんとポーラさんて、すごく仲良さそうだったから、俺はてっきり二人は恋人同士だと思ってましたよ。」
 
 ずっと私の隣で黙って話を聞いていたカインが不意に口を開いた。その言葉を聞いて、セスタンさんもポーラさんも吹き出してしまった。
 
「バカを言うな。こんなじゃじゃ馬、俺はごめんだ。」
 
「私だってあなたみたいなデリカシーのない男はごめんよ。」
 
 そう言って二人はまた笑い出した。
 
「デリカシーがないか・・・。それについては反論出来ないな。そのおかげで・・・いや、その話はいいか。」
 
 セスタンさんが笑顔のままつぶやく。
 
「あ、すみません。よけいなこと言っちゃって。」
 
 カインが慌てて頭を下げる。
 
「セスタン、あなたまだ、彼女のこと・・・。」
 
 今度はポーラさんがセスタンさんに気遣わしげな視線を向けた。
 
「バカ言うな。俺は人の女房に手を出す趣味はないぞ。それこそ昔のことだ。」
 
 カインと私は、会話の内容についていけず、黙ったままセスタンさんとポーラさんの顔を交互に見ていた。セスタンさんはくすっと笑って、
 
「ほら見ろ、カインとクロービスがきょとんとしてるぞ。変な話を持ち出すな。」
 
「あなたが言いかけたのよ。」
 
「そうだっけ・・・?まあいいか。」
 
「いや、俺がお二人のこと恋人同士かなんて言ったから・・・。すみませんでした。とんちんかんなこと言っちゃって。」
 
 カインがまた頭を下げる。
 
「いや・・・いいよ。それに・・・今さら隠すほどのこともないよな・・・。デリカシーがなかったおかげで恋人に逃げられたのさ。その彼女は今はティールさんの奥さんだ。ユノの前にフロリア様の護衛剣士をしていた、キャスリーンという女だ。」
 
「え・・・。」
 
 言うべき言葉が見つからず、カインと私は黙り込んでしまった。
 
「ははは。そんな顔するな。昔のことだよ。それに・・・俺とポーラはどこまで行っても気の合うコンビさ。男と女じゃない。友人としては大事に思ってるし、仕事上のパートナーとして俺はこいつを信頼している、それは間違いないがな。今の剣士団の中で、男と女の組み合わせのコンビも何組かあるが・・・。それで恋人同士と言うことになると結構大変だぞ。こんな風に遠出をすれば常に二人っきりだが、これは別に二人で遊びに出掛けてきているわけじゃない。仕事なんだからな。二人の世界に浸っている暇など・・・ないわけさ!」
 
 言うなりセスタンさんは立ち上がり、後ろの闇に向かって剣を振り下ろした。
 
「ギャッ!!」
 
 叫び声があがり、黒い影が闇の中に飛びすさった。
 
「デスニードルだ!・・・このあたりの奴らは、南大陸から来たモンスターの影響で火のすぐ近くまで来るんだ。まだいそうだぞ!」
 
 セスタンさんはそう叫ぶと、焚き火の中から火のついた薪を一本取りだし、前方にかざした。炎に照らされ、何匹かのデスニードルの瞳が闇の中から光り出す。
 私はとっさに、その光を頼りにモンスター達の頭上を狙って風水術『百雷』を唱えた。稲妻がひらめき、大音響と共に地面に炸裂する。その光に打たれたモンスター達は、慌てて闇の中に逃げ去っていった。あとには、セスタンさんが切り落としたデスニードルのしっぽが、まだひくひくとうごめきながら、草むらに落ちていた。セスタンさんは私達に背を向けたまま、しばらくの間自分の足許に落ちているそのしっぽを見つめていたが、やがて忌々しそうに舌打ちすると、思いきり地面を蹴った。
 
「・・・何が不殺だ・・・。」
 
 ちいさな声ではあったが、はっきりとしたその言葉に、カインと私は息を呑んだ。ポーラさんが慌ててセスタンさんに歩み寄り、肩に手をかけた。
 
「セスタン、何を言い出すの!?カイン達もいるのよ!」
 
「構うもんか!俺は今猛烈に怒ってるんだ!何が不殺だ、何がモンスターとの共存の道だ!俺達はな、デスニードルという一つの種を絶滅に追いやろうとしているんだぞ!?それのどこが不殺の誓いに叶っているっていうんだ!?」
 
 セスタンさんの怒りに、私達はすっかり驚いていた。彼がこれほどまでに怒っているところなど、これまで見たことがなかった。だがいったいどういうことなのだろう。私達はわけがわからず、ただセスタンさんの背中を見つめていた。すると彼が突然足許のしっぽを拾い上げ、くるりと向きを変えて私達にそのしっぽが見えるように差しだした。
 
「これを見ろ。これが何だかわかるか?」
 
「・・・デスニードルのしっぽですね・・・。」
 
 セスタンさんのあまりの怒りに怖じ気づきそうになりながら、それでも私は出来るだけ大きな声で答えた。
 
「そうだ。デスニードルというモンスターには、雄にも雌にもこのしっぽがある。どちらにも毒があって、このしっぽを攻撃の手段として使う。だから奴らの戦意を喪失させるには、このしっぽを斬り落とせばいい。そうすれば殺さずに仕留めることになる。」
 
「・・・は、はい・・・。」
 
 私達も以前同じ話をオシニスさん達に教えてもらった。そして何度かこのモンスターを仕留めたこともある。セスタンさんが、なぜ今になってこんな話を私達にするのか、今ひとつよく判らなかった。だが、セスタンさんは怒りに震える瞳でそのしっぽをぎゅっと握りしめると、暗闇の中に放り投げた。そして投げた方向を見つめながら、言葉を続けた。
 
「そうすれば、不殺の誓いを守ったことになると言うわけだ。だがな、デスニードルの生殖機能は、あのしっぽに集中しているんだ。それを斬り落とされてしまっては、もう子孫を残すことは出来ない。子孫を残せなくなったオスなんぞ、長生きするはずがないし、当然メスだけでは子供は作れない。それは人間も同じだ。それなのに俺達は、命を取らなかったから、奴らを助けたと思っている。不殺の誓いを守ったと思っている。俺達がしていることは、ただ殺すよりもはるかに残酷なことなんだ。単純に殺してやったほうがずっと親切ってもんだ。」
 
「ちょっとセスタン!そんなことをこの子達に言ったって、どうしようもないじゃないの!どうしてここまで来て迷わせるようなことを言うのよ!?」
 
「ああ、わかってるさ!こいつらに言ったってどうにもならないし、混乱させるだけだってな!だがな、デスニードルのことだけじゃなく、ただ単に命を取らないと言うだけで、不殺の誓いを守っていると言えるのか!」
 
 ポーラさんに怒鳴りつけると、セスタンさんは私達に視線を移した。その瞳からは怒りは消えていたが、代わりに深い悲しみが漂っていた。
 
「すまなかったな、いきなりこんなこと言いだして。だが、これだけは憶えておけ。殺さなければ何をしてもいいわけじゃない。モンスターとの共存の道なんてのはな、こんな方法じゃいつまでたっても見つからない。俺達のしていることは・・・欺瞞だ。」
 
「でも・・・殺す以外の方法なら何でも試してみなければ、こっちが殺されてしまうかも知れないじゃないですか。」
 
 カインがちいさな声で尋ねた。
 
「ああ、そうだ。自分を殺そうとしている相手を守ろうとして命を落とすなんて割にあわんからな。」
 
「それじゃどうすれば・・・。」
 
 セスタンさんはため息をつきながら、焚き火の前に腰を下ろした。
 
「俺にもわからないんだ。悪かったな。いきなりこんなこと言いだして。ただ・・・なぜか今言わなければならないような気がしたんだ・・・。」
 
 頭を抱えるセスタンさんを見つめながら、ポーラさんも腰を下ろし、私達もそれに習った。
 
「クロービス、助かったよ。お前のおかげで、少なくともさっき現れた奴らを死ぬよりひどい目に遭わせなくて済んだ。お前の風水はすごいな。」
 
「ほんとねぇ。あなた達の剣の腕にこの風水が加われば、きっと南大陸でも充分にやっていけるわ。」
 
 ポーラさんもすっかり感心している。
 
「カインは気功は大丈夫だな?」
 
「はい。オシニスさんに教えてもらいましたから。」
 
 セスタンさんの問いにカインが答える。
 
「そうだな。あいつの直伝なら心配いらないか。クロービスの風水は・・・誰に教わったんだ?ライザーの奴は風水は使えないはずだし・・・。」
 
「基本は父から教わりました。あとは・・・呪文書を見たりして・・・。」
 
「それだけであそこまで使えるようになるとはね・・・。つまりそれだけ才能があるってことか。」
 
「明日はもうあなた達ともお別れだから心配だったけど、これなら王宮に戻ってみんなをちゃんと安心させてあげることが出来そうね。」
 
 ポーラさんもにっこりしている。
 
「しかし・・・今夜は妙な話しちまったな。」
 
 一息ついてセスタンさんがぽつりとつぶやいた。
 
「・・・このへんな風のせいかもね・・・。」
 
「・・・そうだな・・・。この風は・・・何となく落ち着かない・・・。昔聖戦の前にも妙な風が吹いたって聞くが・・・。」
 
「聖戦か・・・。たとえ何が来ようと、私達が守りきればいいのよ。」
 
「そうだな・・・。」
 
 妙な風・・・。王宮を出たばかりの時もこの二人はそんなことを言っていた。あの時は何も感じなかったが今はわかる。確かに胸騒ぎのする風だ。
 
 人の心をざわめかせ、不安に陥れる・・・聖戦の風・・・。
 
 その後不寝番を引き受けたカインと私のところに、ポーラさんがやってきた。セスタンさんはもう眠ったらしい。
 
「さっきはごめんなさい。セスタンがいきなりあんなことを言い出すなんて思わなくて・・・。」
 
「いえ・・・驚いたけど・・・でも確かにセスタンさんの言うとおりですよね・・・。」
 
「セスタンはね、ずっとジレンマに陥っていたの。」
 
「・・・ジレンマ・・・?」
 
「そうよ。彼はフロリア様の考えに共感して王国剣士になったの。モンスターとの共存の道を捜したくてね。だから最初は、不殺の誓いに疑問なんて持っていなかったのよ。」
 
「それじゃさっき、何であんなことを・・・。」
 
 カインは首を傾げた。
 
「共存するためには相手を知らなくちゃならないって、生物学の学者さん達を訪ねたりして、モンスターに関する情報を集めているうちにね、私達がしていることが、必ずしも彼らを救うことにはなっていないと気づいたって言ってたわ。」
 
「ポーラさんもそう思っているんですか?」
 
 私は思わず尋ねた。ポーラさんは少し微笑んで私を見ると、小さくため息をついた。
 
「そうね・・・。セスタンに共感している部分もあり、そうでない部分もあり・・と言うところね。共存の道を見つけるために、モンスターを殺さないようにするというのは、確かに高潔な考えよ。でも、フロリア様は現場をご存じないわ。剣や槍を振り回しただけで追い払えるモンスターばかりじゃないのよ。デスニードルはその一番いい見本のようなものね。あのしっぽを切り落とさずに追い払うためには、さっきクロービスが使った程度の風水術が必要だわ。でもあんなに強力な呪文を操れる風水術師はそうそういないのよ。」
 
「でもそれじゃ、俺達には身を守る手段がなくなってしまうじゃないですか。」
 
「その通りよ。さっき私がセスタンに怒ったのはそのことよ。こんな話を今あなた達に聞かせて、南大陸に渡ってからあなた達がモンスターに斬り込んでいけなくなったりしたらどうするつもりなのかってね。あなた達を死なせるわけにはいかないわ。だから聞いてちょうだい。あなた達はね、今までどおりにすればいいのよ。とにかく相手を死なせないように注意を払う。それしか方法はないの。ただね、これだけは憶えておいて。たとえどんな理屈を並べてみたところで、私達がしていることはモンスターを救うことにはなっていないとね。」
 
 私達は黙って頷くことしか出来なかった。ポーラさんは私達に微笑みかけ、テントに戻っていった。不寝番をしている間、何度かモンスターと戦う羽目になった。火のそばにいれば飛びかかってこそ来ないものの、じっと動かずにこちらが攻撃を仕掛けるのを待っている。こんな狡猾さは、北大陸に多く生息するモンスター達には見られない傾向だ。先ほどのポーラさんの言葉を胸に、カインと私はいつものようにモンスター達に立ち向かった。それしか方法はなかった。だが、モンスターに斬りつけるたびに、以前故郷から王国に向かうまでの海底洞窟でモンスターを殺した時のような後味の悪さが残っていった。
 その後交替したセスタンさん達もかなり忙しかったらしい。カインと私は、南大陸が近づいてきたことをあらためて実感した。そして翌日の午後、私達はとうとうロコの橋の灯台に着いた。
 
「とうとう着いちまったか・・・。俺達もここでお別れだな・・・。」
 
 灯台を見上げながら、セスタンさんが名残惜しそうにつぶやく。私達は中に入った。灯台守が私達に気づき立ち上がった。
 
「王国剣士団より、ハース鉱山調査のため南大陸へ向かいます、カイン・クロービス組です。これがロコの橋の通行許可証です。」
 
 カインは灯台守に許可証を提示した。
 
「フロリア様よりの伝令から話は聞いている。後ろのお二人は、ここまでの随行の方達だな?」
 
「はい。出来るなら一緒に行きたいくらいですが、そうも行かないでしょうからね。」
 
「そうだな。この橋は許可証に記された名前の者以外は、何人たりとも通すことは出来ん。たまに我々を殴り倒して橋を越えようなどと企む輩もいるが、こちらもおとなしく殴り倒されるわけにはいかないのでね。あなた方がそのようなことを考えておられると思っているわけではないが、老婆心ながらご忠告申し上げておこう。」
 
「ご心配なく。私達は剣士団の中でも一番そんなバカなことを考えないと言うことで、ここまでこの二人に随行して参ったわけですから。」
 
 私達は振り向いてセスタンさん達と向かい合った。
 
「お世話になりました。必ず任務を遂行して帰りますから、みなさんにもよろしく言っておいてください。」
 
 私達は頭を下げた。下を向いた途端涙が滲みそうになったが、やっとの事でこらえた。
 
「・・・一つだけ・・・頼んでいいかしら・・・。」
 
 ポーラさんが遠慮がちに切り出す。
 
「はい。なんでも言ってください。」
 
「・・・もしも・・・ガウディに会えたら・・・『待ってる』ってだけ・・・それだけでいいわ。伝えて・・・。」
 
「・・・わかりました。必ず伝えます。」
 
「待っているぞ!!必ず帰ってこい!!」
 
「あなた達が元気で旅立ったってみんなに伝えておくわ!!必ず戻ってくるのよ!」
 
 セスタンさんとポーラさんの声に送られて、私達はロコの橋の灯台の階段を上がった。2階にあがると、そこにも人影がある。
 
「君達は・・・?ああ、剣士団から南大陸へ派遣されたという剣士達か。ずいぶん若いのだな。」
 
「カイン・クロービス組です。よろしくお願いします。」
 
「よろしく。私はここの灯台守の一人だ。君達、この橋の由来は知っているか?」
 
「いえ・・・。ロコというのが聖戦竜の一匹であるということは聞いてますけど。」
 
「その通りだ。この橋の名前にもなっている『ロコ』というのは聖戦のドラゴンの一匹だ。最も美しい竜といわれる海竜ロコは、どこかの海底で深い眠りについていると言われるが、数年ほど前に、ハース近くの湖で、ロコらしき姿を見かけたという情報があるのだ。」
 
「ハース近くの湖・・・?」
 
「そうだ。まあ噂ではあるがな。クロンファンラにセントハースが現れたり、聖戦竜の目撃談など、これ以上増えてほしくないものだが・・・。」
 
「そうですね・・・。」
 
「君達はハース城まで行くのだろう?」
 
「はい。」
 
「あそこは南大陸の中でもかなり東寄りだ。一日や二日では辿り着くことは出来ない。橋を渡ってすぐのところに、休憩所がある。休んでいくがよろしかろう。南大陸は、北大陸の人間の想像をはるかに越えた危険な場所だ。自分の力を過大に評価しすぎて、若い命を落とすことのないようにな。」
 
「はい、ご助言ありがとうございます。」
 
 次の階へとあがると扉がある。そこからロコの橋に出た。私達二人の前に、巨大な橋梁がまっすぐ伸びていた。とても・・・人間の技術で作り上げたとは思えないほど巨大で・・・そして美しい橋・・・。
 
「とうとう二人になっちまったな・・・。」
 
「そうだね・・・。」
 
「なあ・・・クロービス。」
 
「何?」
 
「お前・・・本当に後悔してないのか?俺につきあってこんなところまで来たこと。」
 
「してるわけないじゃないか。後悔するくらいなら、最初から志願したりしないよ。それに、君一人では行動出来ないんだから、私達は一緒に来なくちゃならなかったんだよ。もう一回そんなこと言ったら怒るからね。」
 
「お前が怒っても怖くなさそうだよな・・・。」
 
「・・・頭から『百雷』落としてあげようか・・・?」
 
「お、おい・・・。わかったよ。悪かったよ。変なこと言って。」
 
「わかればいいよ。」
 
「ここから先は、もう誰の助けもあてに出来ないんだ。一緒に・・・頑張ろうぜ。」
 
「うん。そして一日も早く任務をこなして、北大陸に戻ろう。みんなのいるところに。」
 
「よし、渡ろう。」
 
 私達はゆっくりと、ロコの橋を渡り始めた。

第21章へ続く

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