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第21章 南大陸へ

 
「さすがに疲れたな。一休みさせてもらうよ。」
 
 私はそう言って一度言葉を切った。話し続けてカラカラに乾いた口の中を、テーブルに置かれたお茶で潤し、ほっと一息ついた。お茶はほどよく温かい。話の途中で、妻が何度か入れ替えておいてくれたらしい。額を冷たいものが流れていく。いつのまにか汗をかいていたことに気づいた。袖で額を拭いながら、ソファに寄りかかると、自然と小さなため息が漏れた。手に持ったカップから立ち上る湯気の向こうにカインが座っている。黙ったままそわそわと落ち着かない様子だ。多分聞きたいことが山ほどあるに違いない。でも何から聞いたらいいのか、決めかねているらしい。この先の話は今までよりももっと長い。時間はまだありそうだったので、私は少しの間黙っていた。カインは首を傾げたり、口の中で何ごとかつぶやいていたが、やがて決心したように話し始めた。
 
「・・・父さん・・・本当に聖戦竜と戦ったの?」
 
 カインの顔はこわばっている。声も少し震えているように聞こえた。
 
「・・・嘘は言わないと言ったはずだけどな・・・。」
 
「あの・・・それはそうなんだけど・・・。あんまり突飛な話で・・・。聖戦竜って・・・本当にいたなんてあんまり信じていなかったんだ・・・。僕にとってはおとぎ話の世界だからさ・・・。」
 
「確かにね・・・。父さんだって、実際に出会うまではそう思っていたよ。今の時代ならなおさらだろうな・・・。」
 
「怖くなかったの?」
 
「怖かったよ。あの状況で怖くない人なんていないと思うよ。」
 
「でも向かっていったんだね。」
 
「そうしなければクロンファンラが壊滅してしまうかも知れないと思ったからね。足の震えを止めるのが大変だったよ。」
 
「自分の腕まで切って・・・?」
 
「あの時はそれしか思いつかなかったんだ。」
 
 私を見つめるカインの眼から、涙がこぼれた。カインは慌てて袖で擦ったが、涙はどんどん流れ出てくる。
 
「僕がもしも父さんの立場だったら・・・どうしてたんだろう・・・。もしかしたら怖くなって逃げ出したかも知れない・・・。僕は・・・小さな頃からずっと王国剣士になりたかったけど・・・王国剣士になってこの国を守るんだって思ってたけど、もしも自分が死ぬかも知れないって思ったら・・・そんなふうに向かっていくなんて出来ないかも知れない。僕にはそれほどの覚悟なんて出来ないよきっと・・・。」
 
 擦り傷が出来そうなくらい強く顔をこすり続けるカインの肩に、フローラが心配そうに手をかけた。カインはフローラに視線を移し、しばらくその瞳を見つめていた。
 
「情けないとこ見せちゃったな・・・。」
 
 こすりすぎて赤くなった顔と眼で、カインがフローラに向かってつぶやく。フローラは微笑んでカインの肩をぎゅっと握った。
 
「そんなことないわよ。今のお話を聞いたら、きっと誰だってそう思うわ。」
 
「そうなのかな・・・。でもきっと、剣士団長ならそんなこと思わないと思うよ。」
 
「オシニスさんだってきっと怖いさ・・・。実際クロンファンラに飛び込んできた時は、ライザーさんもオシニスさんも逃げていくセントハースの姿を見て真っ青だったんだからね。最も立ち直りも早かったけど。」
 
 あの時、本当はセントハースは『逃げていった』わけではなかった。だが、そのことを私達が知ったのはもうずっと後のことだった。
 
「そうかぁ・・・。僕の目から見る限りでは、剣士団長ほど何ごとにも動じない人はいないけどな・・・。」
 
「父さんもそう思ってたよ。でもオシニスさんだって普通の人間なんだから、ほんとはそんなことないんだよ。まわりがそう思い込んでいるだけでね。ただ昔なら、自分達だって取り乱したりすることはいくらでもあるって笑って言えたかも知れないけど、今は団長としての立場を考えれば、怖いことがあっても口には出せないだろうな。」
 
「取り繕っているってこと?」
 
「その言い方には語弊があるけど、まあ似たようなものだと思うよ。恐怖を感じて、それを口に出せないことほどつらいことはないよ。怖い怖いって騒いでいられるほうがよほど楽なのさ。」
 
「そうか・・・。王国剣士がそんな風に騒いでいたら他の人達はもっと怖いものね。」
 
「そういうことだね。」
 
 カインは小さくため息をつくと、ばつの悪そうな表情を私に向けた。
 
「・・・僕もそうならなくちゃならないんだよね・・・。聖戦竜の話を聞いただけでべそかいていたりしたら、情けないよな・・・。」
 
「焦らなくてもそのうちなれるよ。」
 
「だといいけどな・・・。」
 
 カインの口から小さなため息が漏れた。
 
「それに・・・南大陸ってさ、今だってすごく危険だって言われているんだ。だから、どんなに腕がたっても、3年は実戦を積まないと、向こうの巡回は行けないんだよ。でも・・・昔はもっともっとすごかったんだよね・・・。僕になんて、まだまだ行けるはずない場所なんだな・・・。南地方にだって行けないんだから当たり前か・・・。」
 
 カインの言葉は、自分に言い聞かせているような口調だった。
 
『自由警備があったらすぐにでも南地方に行っちゃうだろうな・・・』
 
 そんなことを言っていた自分の認識がいかに甘かったか、思い知らされているらしい。
 
「そう言うことだね。難しい仕事をこなすようになりたければ、自分で頑張るしかないってことさ。」
 
「ねぇ、父さん達が南大陸に行くために受けた訓練てさ、すごく厳しかったんだよね?」
 
「厳しかったよ。でも実際に南に行けば、もう誰も助けてはくれないんだから、あの厳しさもありがたいくらいだったよ。」
 
「さっきしばらく黙ってたのは、その時のこと思い出してたの?」
 
「黙ってた・・・?」
 
「うん。最終日の話をしてくれる少し前のあたりで。」
 
(ライザーさんとオシニスさんの話を聞いていたところか・・・。)
 
 記憶というものは、思い出したいことだけ選んで思い出すというわけにはいかないらしい。あの二人の話を立ち聞きしたことや、エミーとの苦い別れまでも思い出して、またやりきれなさが募ってきた。たとえこの先何十年が過ぎようとも、あの時の記憶は私の中でずっと苦いまま、変わることはないのだろう。そしてその話はカインには絶対話せない。
 
「そうだね・・・。頭の中に浮かんだことをそのまま口に出したら、多分話の筋が見えなくなってしまうし、記憶違いもあるからね。話す前に少し整理していたんだ。あの頃の話は、母さんも知らないから、父さんが間違えても誰もわからないんだけどね。」
 
「そっか、なるほどね。」
 
 たいしてうまい言い訳とも思えなかったが、カインは不審がる様子も見せず頷いた。
 
「でも前に一度話してくれたことがあったわよね。」
 
 妻が口を挟んだ。
 
「そうだっけ?」
 
「そうよ。けっこういろいろと話してくれたじゃない。もっとも、話をしてくれたのはほとんどカインのほうで、あなたはただ黙って頷くだけとか、間違っている話を訂正したりとか、そのくらいしか喋らなかったけどね。」
 
 妻は懐かしそうに目を細めた。
 
「話はあんまり得意じゃなかったからね。もっとも、今だって対して変わらないんだけど、歳をとった分くらいは、ちゃんと話せるようになってるかな。」
 
「でも私、あなたの話好きだったわよ。」
 
「・・・そう・・・?」
 
「カインはけっこう身振り手振りも交えて楽しく話してくれたから、カインの話も好きだったけど、あなたはいつも低い声でぼそぼそ喋るだけで、でもその分一生懸命伝えようとしてくれているのがわかったもの。あなた達と一緒に旅している間、退屈だけはしなかったわ。」
 
「退屈するほど平和な旅だったらよかったのにと思ったことは数え切れないけどね。」
 
「それもそうね。」
 
 妻がくすりと笑った。その笑顔を見ながら、歓楽街の女性達が長生きしないと言う話を最初に聞いたのが、あの時のライザーさんとオシニスさん達の会話を立ち聞きした時だったのだと、思いだした。そしてふと、昼間カインに聞いたアスランという若者の母親のことを考えた。彼女はどんな女性なのだろう。願わくば、私が昔出会った女性達のうちの一人であってほしい。せめてあの中の誰か一人でも、幸せをつかんでいてほしい。突然そんなことを強く思った。
 
「父さん・・・?」
 
 声に気づき顔をあげると、カインが心配そうに私の顔を覗き込んでいる。
 
「大丈夫なの・・・?つらくないの・・・?それなら無理しなくていいよ。何だか顔色がよくないよ。」
 
「大丈夫だよ。ちゃんと話すって決めたんだから、決心がぐらつくようなことを言わないでほしいな。」
 
 私はカインに向かって笑ってみせた。
 
「そうよ。それに父さんはそんなヤワじゃないわよ。あなたよりもはるかに強いんですからね。」
 
 妻もカインに笑顔を向けた。
 
「それはそうだけど・・・。」
 
「心配しなくていいよ。正直言って口にするのもつらいようなこともないわけじゃないよ。でも父さんの話がお前にとって役に立つのなら、そのくらいのことは我慢出来るさ。」
 
「もうすごく役に立ってるよ。」
 
「そうか。それなら何よりだね。」
 
「・・・父さん・・・ありがとう・・・。」
 
 ふいにカインが頭を下げた。声が少しだけ涙声になっている。それを聞いて、私まで涙が滲みそうになった。
 
「・・・礼を言われるようなことは何もないよ。そろそろ続きを話そうか。」
 
「南大陸に渡ってからの話だね。」
 
「そうだよ。」
 
「それじゃ、いよいよ母さんとの出会いの真相がわかるわけか・・・。」
 
「おおげさねぇ。真相も何も、別にあなたに嘘なんてついてないっていってるじゃないの。」
 
 妻が呆れたようにため息をつきながら口を挟んだ。
 
「わかってるよ。ただあちこち省いてただけだってね。でも今日は全部話してもらえるんだよね?」
 
「そうだね・・・。でも大丈夫かな。この先の話はかなり長いよ。夜中になるかも知れないな・・・。」
 
「僕達は若いんだから、少しくらい寝不足したって大丈夫だよ。ローランまでは予定どおりに着けるだろうから、あの村で一泊出来ると思うし。」
 
「そうか・・・。フローラ、君は大丈夫かい?もしも眠くなったら遠慮しなくていいから先に休んでくれていいよ。明日になれば私達はカインから解放されるけど、君はそのあともずっとこいつに振り回されるんだろうからね。」
 
「あ!父さん、その言い方はないじゃないか!」
 
 私達のやりとりを聞いていたフローラはくすりと笑って頷いた。
 
「大丈夫です。私も最後までお聞きしたいですし。それに・・・ハース鉱山でのことも話してくださるんですよね・・・?」
 
「わかる限りのことはね。」
 
「私・・・どうしてもその時のことをお聞きしたいんです。だから最後までここにいます。」
 
 私は黙って頷いた。
 
「ねぇ、父さん・・・。」
 
 カインの声が何となく遠慮がちに聞こえた。
 
「なんだい?」
 
「フロリア様がどうして父さん達を南大陸に行かせたがったのか、今は理由を知っているの?」
 
 いきなり核心をつかれドキリとした。
 
「今はわかるよ。」
 
「・・・何でだったの?」
 
「・・・その話はもっと後の話だよ。まずは順を追って話させてくれないか。」
 
「あ、そうか。それじゃ、続きを聞かせてよ。」
 
 今の話題にカインがこだわらないでくれてホッとした。そのことを私が知ったのはもうずっと後のことだ。それも奇妙な形で・・・。今の私に、そこまでカインに話すだけの勇気は多分ない。ではどのあたりまで話そうか・・・。南大陸に渡って、ハース鉱山に行って、やっとの事で北大陸に戻ってみると、何もかもが変わってしまっていた・・・。そのあたりまでなら何とか話せるかもしれない。そこまで冷静さを保てればの話だが・・・。
 正直なところ、私はかなり苦しくなってきていた。私の心の奥底では、もうこれ以上思い出したくないと叫ぶ声が聞こえている。それでも、あの頃は楽しいこともたくさんあった。あのあと起きた出来事を考えれば、楽しいことを思い出せる分まだましなほうなのだろうと思う。明日カインが帰れば、私も王国に向かわなければならない。そしてオシニスさんにすべてを話さなければならないかも知れない。妻と二人でなければとても耐えられなかったであろう数々の出来事を・・・。
 
 最後までちゃんと話せますようにと願いながら、私は小さく深呼吸をした。
 
「ロコの橋を渡ってね、まずは言われたとおりに休憩所に向かったんだよ・・・。」









 橋を渡る間、二人とも振り返らなかった。渡りきったところには北大陸側の灯台と同じような建物があったが、当然中には誰もいない。ただ掃除だけはされているようだった。
 
「昔はここにも灯台守の人達がいたんだろうな。」
 
「だろうね。今も掃除はされているみたいだから、北大陸の人達がここまで来ているのかな。」
 
「多分な。建物って言うのは、人がいないと痛むのも早いからな。こっち側の塔が崩れたりしたら、ロコの橋自体が崩壊する危険性もあるし、人はおかなくても手入れだけはするようになっているんだろう。」
 
 階段を降りる前に、塔の窓から外を見てみた。この辺りはまだまだ北大陸の延長みたいなものだとティールさんが言っていたとおり、青々とした草原が広がり、さわやかな風が吹いていた。そしてその草原の真ん中にキラキラと光る小さな湖が見えた。そこのすぐとなりに建物がぽつりと建っている。
 
「あそこが休憩所だね。」
 
「らしいな。よし、降りようか。」
 
 私達は階段を降り、休憩所を目指して歩き出した。辿り着いたそこは、ティールさんや灯台守が説明してくれたとおりの場所だった。
 
「ここで一休みして行けって言ってたっけ。休んでいこう。もう夕方だしね。」
 
「そうだな。先は長いしな。」
 
 私達は休憩所に足を踏み入れた。中には人がいる。てっきり無人だと思って入ったので、私達はすっかり驚いてしまった。武装している戦士らしき人と、狩り装束の人だ。
 
「こんにちは。」
 
「やあ、こんにちは。君達は旅の人かい?」
 
 戦士は愛想よく挨拶を返してくれたが、私達を見て一瞬顔をこわばらせた。
 
「君達は・・・もしや、王国剣士か?」
 
「はい・・・。どうしてそれを?」
 
 マントに隠れて制服は見えない。と言うことは、このマントを見て私達が王国剣士だとわかったのか。だが、このマントが支給されていたのはもう3年も前だ。
 
「・・・そうか。剣士団がまた南大陸へ来ることになったのか?」
 
「いえ・・・。私達は用事があってカナの村まで行く途中なんです。」
 
 とっさに私は嘘をついた。ハース鉱山調査など、一般人の耳に入れるべきことではない。だがこの人は、剣士団が今南大陸へ派遣されていないことを知っている。王国剣士が何の用事もなく、南大陸に散歩に来ましたというわけにもいかない。
 
「用事・・・?何の・・・」
 
 言いかけて戦士は口をつぐんだ。
 
「いや、失礼した。王国剣士が自分の任務を一般人にべらべらと喋るはずはないな。」
 
「あなたは・・・?」
 
「私は・・・南大陸を旅している戦士だ。ここは狂暴なモンスターが多い。それでも旅人はいるからな。そう言う人達がモンスターや盗賊に襲われているのを見るのは忍びないのでね。そんな時に手助けしたりしているわけだ。いや、勘違いしないでくれ。別にそれで金を取ったりはしない。モンスターを追い払えばゴールドなどを落としていくからな。食べていくのには困らないのさ。」
 
「そうですか。それじゃ、この辺りの地理については詳しいですよね?」
 
「そうだな。北部地方以外は大抵歩いたからな。」
 
「それじゃ、少しカナ近辺の地理について教えてください。」
 
 本当は別にそんなことを聞きたかったわけじゃない。南大陸の地理はあの訓練期間に充分すぎるほど教えてもらった。ティールさん達やセスタンさん達だけでなく、南大陸への赴任経験がある剣士達が入れ替わり立ち替わり訓練場に来て、訓練の合間に色々なことを教えてくれた。おかげで今の私達は、知識だけなら入団して6年以上の人達と変わらないくらいになっていた。ただ、私達が王国剣士だと気づいた時のこの戦士の表情がどうにも引っかかって、このまますれ違ってしまえないような何かを感じた私は、とにかく彼と話をしてみたくなったのだった。
 
「剣士団では誰も教えてくれなかったのか?3年ぶりに王国剣士を派遣するというのに?」
 
 戦士は怪訝そうに私達の顔を交互に見た。
 
「・・・いやに詳しいですね。」
 
 カインがあからさまに不審気な視線を戦士に向ける。
 
「・・・いや、詳しいわけではない。そんな話を聞いたことがあるだけだ・・・。わかった、カナ近辺の地理だな・・・。」
 
 戦士は不自然に取り繕うと、地図を取り出した。
 
「・・・この辺りがカナの村。そこから東への道を辿り、途中北に向かって折れると、ハース城とハース鉱山のある方向になる。余程、腕に自信がないかぎり辿り着くのは難しい。もっともカナの村に立ち寄るだけなら、そっちのほうは気にしなくてもいいだろうがな。カナへ向かうまでの間に小さなオアシスが点在している。不思議なことにだいたい一日で辿り着けるくらいの間隔の場所にあるんだ。ただし、進む方向を間違えてしまえば、そううまくはいかない。太陽の位置を絶えず確認して、確実にオアシスにたどり着くようにしないと、砂漠の真ん中でキャンプをはる羽目になるぞ。」
 
「砂漠ではキャンプしない方がいいんですか?」
 
「まあやめておいたほうが無難と言うことさ。砂の中に陣取っているモンスターもいるからな。いきなり足許を絡め取られて巣の中に引きずり込まれでもすれば、それで一巻の終わりだ。」
 
「まったく変なモンスターが増えて困ってるんですよ。」
 
 隣で聞いていた狩り装束の青年が不意に口を開いた。
 
「南大陸には野生の大きな馬がいるんですけど、最近は数も減ったみたいでねぇ・・。モンスターの影響かなぁと思うんですよねぇ。悔しいなぁ・・・。絶滅してしまったりしたらどうしよう・・・。」
 
 その時、いきなり私の頭の奥に何かが聞こえた。
 
−−助けて!誰か!−−
 
 ぎょっとして顔をあげた瞬間、悲鳴が聞こえた。今度はちゃんと耳から。休憩所のすぐ外から聞こえてくる。
 
「何だ!?誰かが襲われてる!?クロービス、行くぞ!」
 
 私達は迷わず外に飛び出した。戦士も一緒に出てきた。襲われている旅人は全部で3人。それぞれが大きな荷物を背負っていたが、二人はぐったりと倒れたまま動かなかった。もうひとりが胸ぐらを掴まれ、今まさにのどをかき切られそうになっているところだった。まわりにいるのは盗賊達だ。カインが戦士と共に斬りかかり、その間に私は倒れている旅人のところに駆け寄った。二人とも胸にダガーが刺さっていたが、幸い毒は塗られていなかったらしく、息はまだあった。一人ずつ、血が噴き出さないように慎重にダガーを抜くと、治療術の呪文を唱えた。『気付』を唱えようかとも思ったが、気を失っていたほうが怖い思いをしなくてすむかと思い、そのままそこに寝かせると私もカイン達の援護にまわった。たった3人の旅人が相手だというのに、盗賊達は10人近くはいたかも知れない。それでも私が戦闘に加わった時、その半分は既にそのあたりに転がされていた。私は戦士の動きを目で追った。彼はかなり強い。流れるような剣さばきであっという間に盗賊達をなぎ倒していく。しかも一人も殺さない。やがて全て追い払ってから、私は気を失っていた二人に気付の呪文を唱えた。二人とも一瞬何が起きたのか把握出来ず、きょとんとしている。その間にカインと戦士が震えていた3人目の旅人を助け起こして、私達は休憩所に戻った。
 
「あ、あ、ありがとうございました。よかった・・・。」
 
 旅人は涙を流しながら手を合わせている。
 
「私達は・・・もう少しでロコの橋につくから、この休憩所で一休みしようとした時・・・いきなり胸に痛みを感じて、それから何がどうなったのか・・・。」
 
 気を失っていた二人は、キツネにつままれたような面持ちで首を傾げている。
 
「盗賊達に不意打ちを食らわされたのさ。」
 
 まだパニック状態の3人目の旅人の代わりに、戦士が事の次第を二人に説明して聞かせた。
 
「どうしてこんなところを歩いていたんですか?」
 
 カインが怪訝そうに尋ねた。南大陸が危険なことくらい、誰だって知っていそうなものだ。
 
「わ・・・私は商人です。この二人は私のところの使用人で、その・・・今回は荷物を運ぶために同行させたようなわけで・・・。カナの村から出て、いつもならハース鉱山から出る船に乗って北に戻るのですが、どういうわけかハースから船が出ないと聞いて、陸路を来たのですが・・・。」
 
 やっと落ち着きを取り戻した3人目の旅人が、どもりながらやっとの事で答えた。
 
「よくここまで無事に辿り着けたものだな。」
 
 戦士が呆れたようにため息をついた。
 
「あ、あの・・・途中までは冒険家の方と一緒だったのですが、休憩所はすぐそこだし、その方は別な場所に行く予定がおありだったようなので、ここに来る少し前に別れたところだったのです。」
 
「なるほどな。もしかしたらつけられていたのか・・・それともその冒険家もグルだったのか・・・。」
 
「まさか・・・。とても感じのいい方でした。盗賊とグルだったなんてそんな・・・。」
 
「名前は聞かなかったのか?」
 
「はい・・・。」
 
「ま、ハース城から船が出なくなったのなら、盗賊どもだってその噂は聞いているだろうからな。もしかしたらこの辺りで網を張っていたのかもしれんしな・・・。」
 
 難しい顔で戦士が考え込んだ。その間にカインが口を挟んだ。
 
「船が出ない理由は聞いていないのですか?」
 
「はい。ただ、当分ハース城から船が出る見込みはないとカナの村の方に聞いて、それならいつまでもカナにいるわけにはいかないからと思いきって陸路を来たのですが、この有様というわけでして・・・。」
 
「とにかく、ロコの橋まで送ろう。橋を渡ってしまえば何とかなる。北大陸にはあんなタチの悪い盗賊はいないからな。」
 
 戦士が立ち上がる。
 
「ありがとうございます・・・。おや・・・あなたはディレンさんではありませんか・・・?」
 
「・・・そうだが、どうして私の名前を?」
 
 戦士は名前を呼ばれ、一瞬戸惑いを見せたが、すぐに元の表情に戻って答えた。
 
「やはりそうでしたか。私は以前カナの村付近でモンスターに襲われている時に、あなたに助けていただいたことがあるのですよ。また助けていただけるとは。本当にありがとうございました。」
 
「私の力だけではない。そこにいる王国剣士が協力してくれたからだ。特に気を失っていた二人は、こっちの黒髪の剣士によく礼を言っておいたほうがいいぞ。この若者がお前さん達二人に治療術の呪文を唱えてくれなかったら、お前さん達は二人ともあの世行きだったかも知れんのだからな。」
 
「ち・・・治療術!?」
 
 二人は治療術と聞いていきなり私の足許に土下座した。これには私のほうが驚いてしまった。
 
「あ、あの・・・お二人ともそんなにひどい怪我じゃなかったですから、あの、どうか立ってください。」
 
 二人は焦る私に構わず、ひたすら額を地面にこすりつけるようにして礼の言葉を言い続けている。二人の主人にあたる商人が私に近づき、頭を下げた。
 
「治療術の呪文を我々一般人がかけてもらおうと思ったら、とんでもないお金がかかります。この二人はそれであなたにはいくら感謝してもしたりないくらいだと思うのです。」
 
 この言葉に土下座していた一人が顔をあげた。涙で顔がぐしゃぐしゃになっている。
 
「あなた様に呪文をかけていただかなかったら、今頃私は死んでいたかも知れません。」
 
 二人はそう言いながら懐から財布を取りだし、金貨を差しだした。
 
「どうかこれを受け取ってください。せめてもの感謝の印です。」
 
「とんでもない!私達はこれが仕事なんですから、お金なんて受け取るわけにはいかないんです。それに、これはあなた方が商売で稼いだ大事なお金なんでしょう?それを持って、早くご家族の元に帰ってあげてください。」
 
「彼の言うとおりだ。この危険な南大陸に来て、やっと稼いだ金ではないのか?お前さん達が本当にこの若者に感謝しているなら、せめてこれからの人生を大事に生きていくことにして、早いところ北大陸に戻ったほうがいい。」
 
 戦士の言葉でやっと二人は立ち上がり、金貨を財布に戻した。そういえば、以前私が親子連れを助けた時も、母親が涙を流して私に礼を言っていた。あの時はそれが子供の命が助かったことに対する感謝の気持ちなのだと思っていたが、もしかしたらあの時唱えた呪文に対して礼を言っていたのかも知れない。島にいた時から、呪文は常に私の身近にあった。だからそれほどすごいものだとは思わずにずっと生きてきた。剣士団に入った時、ランドさんに呪文の使い手はそんなにいないのだと聞かされて、初めて呪文が貴重なものだと認識したが、実際には私が考えるよりもっとずっと貴重なものなのだろうか。でもそれでは、一般の人達は呪文で治る怪我でも死んでしまうことがあるかも知れない。一般の人達がもっと気軽に呪文をかけてもらえるような、そんな方法はないものなのだろうか・・・。
 
 そんなことを考えている間に、商人達はそれぞれの荷物を背負い、出かける準備が整った。
 
「お二人とも本当にありがとうございました。王国剣士の方がまた南に来てくださることになってうれしい限りです。ディレンさんも、これで少しは肩の荷が軽くなるのではありませんか?」
 
 3人ともすっかり落ち着きを取り戻し、如才ない笑顔を私達に向けている。
 
「あ、あの・・・私達は用事があってきただけですから、剣士団がまた南に来ることになるかどうかは・・・。」
 
 その言葉に商人達は残念そうな顔をした。
 
「そうですか。これは失礼いたしました。ところで、お二人のうち、薬草についての心得がある方はいらっしゃいますか?」
 
「あ、はい。私が・・・。」
 
 商人の質問の意図がわからなかったが、とりあえず返事をした。
 
「おお、それではこれを差し上げましょう。このあたりでは別にめずらしくもない薬草なのですが、砂漠を渡る時にはあると重宝しますよ。」
 
 商人はそう言うと、荷物の中から鮮やかな緑色の薬草の束を取りだした。
 
「あ、いえ・・・。私達は当然のことをしたまでですから、いただくわけには・・・。」
 
「いいえ、受け取っていただきますよ。あなた方は北大陸から来られた。砂漠の厳しさをご存じではないでしょう。もしもこの薬草を受け取ったことであなた方にお咎めがあるようなら、私が王宮に出向きフロリア様の御前で申し開きをして差し上げましょう。私は城下町にありますガリーレ商会に務めます、バンドスと申します。剣士団長のパーシバル様とも懇意にしていただいております。私の申し上げることでしたら、フロリア様もパーシバル様も信じてくださるはずです。」
 
 先ほどまでの怯えた姿はどこへやら、バンドスさんはどんと胸を叩いてみせた。ガリーレ商会と言えば、確かセディンさんが以前いた店だ。でも本当だろうか。信用してもいいものかどうか・・・。
 考え込んでいる私をちらりと見て、戦士が、いや、ディレンさんが口を開いた。
 
「受け取っておきたまえ。その薬草を受け取ったことくらいで咎めだてなど誰もせんよ。バンドス殿の言われるとおりだ。砂漠ではどんな助けでもありがたい。差し伸べられた手をみすみす振り払っていたら、この地では長生き出来ないからな。」
 
「はい・・・。ではありがたくいただいておきます。道中気をつけてください。」
 
「そうこなくては。使い方は薬草の束に挟んである紙に書いてありますからね。」
 
 バンドスさんはにっこりと満足そうに頷くと、他の二人を伴ってディレンさんのあとから休憩所を出ていった。カインを見ると、渋い顔で腕を組んでいる。戦士の名前を聞いた時から、ずっとこの姿勢のまま、一言も口を聞かなかった。
 
「あの人がディレンさんだったんだね・・・。」
 
「らしいな・・・。フロリア様に不信感を抱くようになって剣士団を去ったという・・・。どうりで剣士団のことに詳しいわけだ・・・。」
 
 フロリア様をよく思ってない人物が、私達に好意的であるとは考えにくい。やがて戻ってきたディレンさんは私達の表情を見てため息をついた。
 
「やはり私の名前に聞き覚えがあったようだな・・・。」
 
「ええ、王宮を発つ前に・・・。」
 
「そうか・・・。ここには結構旅人が来るんだ。この上に休憩室がある。少しそこで話をしよう。」
 
 私達は二階に上がり、簡易ベッドのある休憩室に入った。ディレンさんは扉をぴたりと閉めると、
 
「一般人に聞かせたい話ではないからな。」
 
ちいさな声でつぶやいた。フロリア様に不信感を持ってはいても、この人の心はやはり王国剣士なのだ。
 
「剣士団長は、私のことを・・・何と言っていたんだ?」
 
「3年前のことは聞きました。あなたが・・・フロリア様に不信感を持つようになって剣士団をやめたって。そのことでキリーさんはずっと落ち込んでいたみたいです・・・。私達が南に来ることが決まった時、自分を行かせてくれと、泣きながら剣士団長に詰め寄っていました。」
 
「そうか・・・。私はあの時、フロリア様の元で働くことが無意味に思えて・・・自分をごまかしながら仕事を続けていくことは出来なかった。だが・・・結局この辺りで以前と似たようなことをしている。キリーには悪いことをしたと思っているが・・・あいつは今元気なのか?」
 
「今はドーソンさんとコンビを組んでいます。ローランの常駐剣士です。」
 
「そうか・・・。なら一安心だ・・・。」
 
「剣士団には戻らないんですか?」
 
「私はもうフロリア様の元で働く気はない。気まぐれで南大陸を切り捨て、自分のまわりばかり防御を固めて、何を考えているのかさっぱりわからん。」
 
「そんな言い方はないじゃないですか!!」
 
 カインが突然大声を出した。
 
「大きな声を出さないでくれ。外に聞こえるじゃないか。見れば君達は若いし、フロリア様の信奉者なのだろうな。だが考えてもみたまえ。カナを切り捨て、ロコの橋を封鎖し、ハース鉱山の運営も自分の手の者に任せて剣士団から切り離した。それはつまり、自分の権力を誇示し、ハースからの利益を独占しようとしているということに他ならないではないか。しかも・・・しかもだ。その後そんなことなどすっかり忘れたような顔をして、にこにこと政務に取り組んでいる。一国の女王陛下のなさることとは到底思えん。」
 
 カインは怒りで真っ赤になっているが、ディレンさんの言うことにも一理あると思ったのか、何も言わなかった。私はカインの怒りが爆発しないうちにと、ディレンさんに向かって礼を言った。
 
「わかりました。いろいろお世話になりました。」
 
「心配するな。いくらフロリア様に不信感を持ってはいても、王国に弓引こうなどと言うことは考えてはいない。ただ、私は私のやり方でやらせてもらう。・・・それと、君達はガウディさんのことは聞いているのか?」
 
「はい。その方がどこにいるのかご存じですか?」
 
「ガウディさんはカナの村にいる。・・・今も生きていればの話だが・・・。」
 
「生きていればって、どういうことですか?」
 
「・・・怪我をしているらしいんだ。」
 
「でも怪我なら治療術で・・・。それともカナの村には治療術師がいないんですか?」
 
「さて・・・。あの村の村長はかなりの使い手のはずなんだが、よくわからん。カナの村付近で旅人に話を聞いただけだからな。」
 
「そんな・・・。どうしてカナの村でちゃんと確かめないんですか?ガウディさんはディレンさんにとっても先輩でしょう!?」
 
 思わず批判がましい口調になった私に、ディレンさんは鋭い視線を向けた。
 
「私だってあの村にいたのはせいぜい半年足らずだ。それも初赴任だったんだ。村長が治療術師としてかなりの腕前だと言うことはその時聞いたさ。あの村長は誠実な人だ。ガウディさんが怪我をしているのなら、当然治してくれるはずだ。だが、実際にはガウディさんの怪我は未だに治っていないらしい。それがどういうことなのかまでは判らんと言っているんだ!だいたい私がなぜ剣士団をやめたのか聞いているなら、私がカナの村に今さら顔を出したり出来るはずがないことくらいわかっているのだろう!?」
 
「す・・・すみません・・・。そうですよね・・・。」
 
 思いがけない強い口調に私は口をつぐんだ。そんな私を見てディレンさんはハッとしてうつむいた。
 
「いや・・・。いいよ。私も言いすぎた。とにかくそう言うことだ。君達が無事にカナの村にたどり着けるよう祈っているよ。もう夕方だ。今日はここに泊まった方がいい。では私はこれで失礼する。」
 
「ありがとうございました。」
 
「礼を言われるようなことはしてないよ。ではまたな。お互い命あらば、またあいまみえることもあるだろう。」
 
 ディレンさんはそう言って部屋を出ていった。足音が遠ざかり、この部屋で彼と話し始めてからずっと感じていた胸の痛みが遠のいた。声は聞こえなかったが、やはりこの痛みはディレンさんの心の中の痛みだったのだろうか・・・。
 
「カイン、今日はここで休んで、それからカナに行こう。」
 
 ディレンさんの言うとおり、今夜はここに泊まるしかなさそうだ。カインはまだ肩を震わせている。泣いてはいなかったが、その顔には悔しさが滲んでいた。
 
「カイン・・・落ち着いてよ。あの人は・・・あんな風に思ったから剣士団をやめたんだ。それでも色々と教えてくれたじゃないか。ガウディさんの消息も。それに・・・あの人の心はまだ王国剣士だよ。人々を守りたいって言う気持ちが伝わってきてたよ。」
 
「わかってるよ・・・。でも悔しいんだ。俺は・・・反論出来なかった。何としても・・・何としてもフロリア様の名誉を回復してやる・・・。」
 
 カインは悔しそうに壁を叩いた。ドンと大きな音がして、建物全体が揺れたような気がした。壁に穴が開かなかったのが不思議なくらいだった。
 
「せっかくの休憩所を壊さないでよ。とにかく眠ろう。明日から砂漠の横断だよ。」
 
 私達はベッドに潜り込んだ。そして・・・夢が訪れた・・・。
 
 暗い・・・なぜ・・・こんなに・・・暗いんだろう・・・。
 闇の中で、誰かが囁いている・・・。
 
 −−・・・・・・を・・・・・・・
 −−・・・・・・し・・・・て・・・・
 
 聞き取れない。強い思念を感じるのに、言葉として伝わってこない。
 
「誰だ!?」
 
 大声で叫んでみたが答はない。私はもう一度夢の中で耳を澄ませた。
 
 −−お・・・・・ね・・・・・・・・い・・・・
 −−わ・・・た・・し・・・・を・・・・・・・
 
 おね・・・がい・・・?・・・私を・・・?
 少しずつ聞き取れるようになってきたが、とても遠くから聞こえてくるような声だった。
 
 −−殺・・・し・・・・て・・・・
 −−わ・・・た・・し・・・・を・・・・・・・
 −−殺・・・し・・・・て・・・・
 
「・・・・!!」
 
 声にならない悲鳴と共に私は飛び起きた。冷や汗をびっしょりとかいている。頭の奥がガンガンと痛んで吐き気がする。やっとの思いでトイレまで辿り着き、しばらくそこから動けなかった。
 
 何だ・・・。今の夢は・・・。真っ暗な闇・・・。そしてあの思念・・・。やっと聞き取れた言葉が『私を殺して』・・・。
 
 胃の中の物がすっかりなくなるまで吐いた私は、ふらつく足取りでベッドに戻った。そっと潜り込もうとしたのに、足がもつれベッドの上にどさりと音をたてて倒れ込んだ。その音にカインが飛び起きる。
 
「おい!!クロービスどうした!?」
 
「・・・夢・・・。」
 
 言葉にならない。
 
「夢?何の夢を見たんだ!?」
 
「わからない・・・。殺せって・・・自分を殺せって・・・。暗くて・・・見えなくて・・・。」
 
 視界がぐるぐると回り、カインの顔も霞んでいる。カインは私に手をかざし、気功で回復してくれた。吐き気とめまいは少しおさまり、頭痛は消えた。
 
「ごめん・・・。起こしちゃったね・・・。」
 
「そんなことより、どうしたんだよ。お前顔色が、青いって言うより・・・土気色だぞ!?いつも見ている夢とは違うのか・・・?」
 
「ちがう・・。ものすごい思念が流れてくるのに・・・聞き取れたのは・・・『私を殺せ』ってだけ・・・。」
 
「殺せって・・・物騒だな・・・。誰なんだ一体・・・。」
 
 カインも青ざめている。話しているうちに少しずつ、めまいと吐き気もおさまり、私はベッドに起きあがった。
 
「・・ごめん。大丈夫、もう寝よう。明日からまた歩かなくちゃならないから。」
 
「・・・そうだな。大丈夫なんだな?」
 
「うん。」
 
「そうか。何かあったらすぐに起こせよ。それじゃお休み。」
 
「ありがとう。お休み。」
 
 私はあらためてベッドに潜り込んだ。南大陸に来た早々、どうしてあんな不気味な夢を見てしまったのか・・・。
 
『私を殺して・・・』
 
 まだ耳に残る夢の中の声・・・。人の心の声らしきものが聞こえることに気づいたのが、あの訓練の2日目の夜・・・。ライザーさんのものらしい声を2度聞き、翌日の朝にはエミーの声を聞いた。そして昼間、あの悲鳴が聞こえる直前、確かに『助けて、誰か』と聞こえた・・・。でもどの場合も、声の主はすぐ近くにいた。この部屋の中にはカインと私しかいない。カインが自分を殺してほしいなんて思うはずがない。それにカインだって驚いていた。では誰が・・・何のために・・・なぜ私に・・・。
 
 私はきつく目を閉じた。今眠れなければその分先へ進むのが遅くなる。明日考えよう。その思考を最後に、私の意識は眠りの中に吸い込まれていった。

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