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 カインが青ざめて叫ぶ。
 
「俺だってそう思いたい。いや、この話を聞いた誰もが耳を疑ったのだ。」
 
 剣士団長は、暗い表情のまま言葉を続ける。
 
「フロリア様は、『近年モンスターが活性化している。これから北大陸でも南のように危険にならないとは限らない。だからそれに備えて剣士団を北大陸の守りに専念させる。南大陸やハース鉱山には、自分の手の者を送り込むことになっているから』とこう言われた。」
 
「手の者?剣士団ではなくフロリア様の手の者って言うのは一体何なんですか?」
 
 カインはますます信じられないと言った表情だ。
 
「それがわかれば苦労はしない。だが実際、ハース鉱山からは今までどおりに鉄鉱石もナイト輝石も北大陸に送られてきていた。それについては何の問題もなかった。そのおかげで、その『フロリア様の手の者』の正体を問いつめることが出来なくなってしまった。それに、フロリア様を始めとする御前会議のメンバーは、必ず自分専用の密偵などを抱えている。そういった者にハース鉱山の運営を任せると言うことなのだろうと、当時の我々はそう思ったのだ。」
 
 剣士団長の話を聞きながら、私はちらりとキリーさんを見た。青い顔は変わらない。もう泣いてはいなかったが、その瞳は焦点が定まらず、虚ろに見えた。そしてポーラさんはと言えば、やはり真っ青になって唇を噛みしめたまま・・・悲しいというより悔しそうな表情でずっと話を聞き続けている。
 
「そして・・・撤収命令が出た時にカナの村に赴任していたのは、これが初赴任の、キリーと今はもう剣士団にはいないディレンというコンビだった。」
 
 剣士団長はそこで言葉を切り、キリーさんを振り返った。キリーさんはゆっくりと顔をあげ、その瞳を私達のほうに向けると、団長の後を受けて話し出した。
 
「僕達は・・・突然の撤収命令にどうしていいかわからなかった。カナの村は、なぜか村の中までモンスターは入ってこない。だが・・・入口を一歩出れば獰猛なモンスターが手ぐすね引いて待っていたんだ。あのあたりのモンスターは知能が高い。村の中に入れないなら出てくるまで待っていればいいと言うわけさ・・・。僕達は入口のまわりを常に巡回し、出掛ける村人がいれば護衛をし、頑張って初任務をこなそうとしていたんだ・・・。なのに・・・。」
 
 キリーさんはそこまで話すと、一息ついた。また涙が流れていた。
 
「一ヶ月の猶予をやるから、その間に引き上げてこいと言われた・・・。だから僕達は王宮に手紙を出した。今カナの村から僕達が撤収してしまったら、この村は孤立してしまう。そんなことは出来ないと・・・。だが王宮から届いた返事は無情なものだった・・・。撤収を早めるから、2週間で戻れと。それでなければ剣士団から除名処分にすると。」
 
「ま、まさか・・・誰がそんな命令を・・・!!?」
 
 カインが大声で叫ぶ。あまりにも無慈悲な、冷たすぎる決定・・・。一体なぜ、誰が・・・。
 
「フロリア様に決まってるだろう!この国でフロリア様以外の人間がそんな命令は出せないんだ・・・。あまりにもひどい手紙の文面に、僕達は目を疑った。だがこうなったら、とにかく一度王宮に戻り、何とか団長に頼んでフロリア様を説得してもらって、もう一度カナに戻ろうと・・・。ディレンと二人、必ず戻ってくるからそれまで持ちこたえてほしいと、行かないでくれと必死で頼む村人達を説得して戻ってきたんだ。だが・・・それっきり僕達は南どころか、執政館や乙夜の塔の警備のローテーションに組み込まれ、外にすら出ることが出来なくなった。カナの村の人達は、きっと僕のことをうそつきの王国剣士だと思っているだろう。僕が何を言われたってそれは構わないさ。でも・・・カナの人達の思いを踏みにじった形になってしまった・・・。とてもよくしてくれていたんだ・・・。みんな・・・優しい人達ばかりだったんだ・・・。なのにあのあと・・・僕達がいないあの村がどうなったかと思うと・・・。」
 
 キリーさんはそこまで一気に話すと、もう耐えきれないとでも言うかのように、またテーブルに突っ伏して泣き出してしまった。
 
「そんな・・・そんな無慈悲なことを・・・フロリア様が・・・。」
 
 カインはもう呆然として、ただ青ざめて震えている。フロリア様に一体何が起こったのだろう。あの優しい瞳、慈愛に満ちた笑顔からはとても想像出来ないようなひどい仕打ち・・・。
 
「・・・そしてディレンは、フロリア様に対して不信感を抱くようになり、とうとう剣士団をやめてしまった。今はもうどこでどうしているのかさえよくわからん。そして相方を失ったキリーはしばらくは一人で中にいたんだが、ちょうど私も相方を亡くしたところだったのでな、コンビを組んで今に至ると言うわけだ。」
 
 ドーソンさんが話を続ける。
 
「ドーソンさんの相方の人は何で・・・?」
 
「ある日の朝、顔を洗うための洗面器に、どす黒い血を一杯に吐いてそれっきりだ。病気をずっと隠していたらしい。どうして打ち明けてくれなかったのかと、私もあの頃はずいぶんと荒れたものだが・・・キリーと組んでこいつを励ましたりしているうちに、何とか元気を取り戻せたんだ・・・。」
 
「あ、す、すみません・・・。不躾なこと聞いてしまって・・・。」
 
 私は赤面してしまった。今は南大陸の話の最中だというのに。どうもよけいなことにまで好奇心を持つらしい自分の性分が恨めしかった。
 
「・・・キリー達が戻ってきた時、カナの現状を聞いて、俺はもう一度フロリア様に考えを変えてくれるように頼んだ。だが返事は変わらなかった。そして・・・キリー達が戻ってきて一週間後、一人の王国剣士が姿を消した。『カナの村へ行く』という手紙を残して・・・。それが、さっきドーソンの話に出たガウディだ。」
 
 そこまで話して、剣士団長はため息をついた。
 
「ガウディは俺の相方だったんだ。」
 
 突然副団長が話し出した。
 
「俺達は、キリー達と交替でカナに赴任する予定だった。だが突然の撤収命令で俺達も混乱した。そしてこの決定がもう絶対に覆せないものであると言われた時、俺達は黙ってカナへ行こうと話し合ってたんだ・・・。だが・・・ガウディは一人で姿を消した。残された手紙には、『除名処分になるなら一人でいい』と書かれていた。それから俺はずっと一人だ。たまにライザーからオシニスを借りて、いっしょに南地方に警備に出掛けたりしてな。」
 
 副団長はそこまで話すと、私達を見て寂しそうに微笑んだ。
 
「そうか・・・。だから俺が入ってからこっち、ライザーさんには何度も会ったのにオシニスさんには会わなかったのか・・・。」
 
 カインがつぶやいた。
 
「そう言うことだ。最も結果的には都合よかったけどな。お前がクロービスの研修に同行することになったからな。」
 
「そうですね・・・。」
 
 オシニスさんの言葉にカインが頷く。
 
「それからカイン、ここまで話が出たから教えてやるよ。クロンファンラでお前が俺達に聞いた質問の答だ。俺とライザーがモルダナさんの指輪を取り返しに行った時に、盗賊役をやっていたのがガウディさんだ。そのあとも俺達二人は、副団長とガウディさんのコンビにずいぶんと世話になったんだ。だからガウディさんが、一人で姿を消したと知った時は悲しかったよ・・・。俺達は何も出来なかったからな・・・。」
 
 そう言ってオシニスさんはつらそうに言葉を切った。
 
「そして・・・この件について、それを知っている者すべてに箝口令が敷かれた。フロリア様がそんな決定を下されたことがエルバールの治世にいい影響を及ぼすとは思えなかったからだ。だがフロリア様はその後、そんなことなど忘れたようにいつもの笑顔で政務に取り組んでおられる。何度か問いただそうとしたこともあったが、曇り一つないあの笑顔を向けられると、フロリア様があんな無慈悲としか言いようのない決定を下されたとは、とても思えなかった。我々にも今ひとつよくわからないことが多すぎるのだ・・・。」
 
 剣士団長が唇を噛む。
 
「・・・僕は行かなければならないんだ。あの時僕達さえあの村を動かなければ、ガウディさんだってあんな行動を取らなくて済んだ・・・。それにカナの村の人達にせめて一言謝りたい。今さら許してもらえるとは思ってないけど・・・でも、もう一度・・・。だから・・・だから僕を行かせてください・・・。」
 
「それが出来るのなら・・・苦労はしない・・・。この話はここまでだ。今日はもう解散だ。」
 
「剣士団長!!」
 
「さあ、キリー、戻ろう。私達の今の持ち場はローランだ。あの町の人達だって私達を待っていてくれるんだぞ。」
 
 ドーソンさんの言葉にキリーさんはしばらくの間黙っていたが、やがて力無く頷くと、やっと立ち上がった。
 
「待ってください。もう一つ教えてください。」
 
「何だ?」
 
 剣士団長が怪訝そうに私を見る。
 
「まだ聞いてないことがあります。そのガウディさんという方は・・・今はどこにいらっしゃるのですか?」
 
 私の問いに剣士団長は青ざめた。
 
「わからん・・・。カナに向かったのは確かなのだろうが・・・。現在南大陸と北大陸の連絡はハース鉱山からの船だけだ。だが、そのハース鉱山も今は連絡が取れなくなってしまった。レイナック殿や他の大臣達が、独自に密偵を派遣してみたりもしたようだが・・・その者達も誰一人として戻ってこないそうだ。当然カナの村ともまったく連絡が取れていない・・・。」
 
「でも・・・ガウディさんほどの腕の持主が、いくら一人だってカナに着く前にモンスターにやられてしまうというのは考えにくい・・・。」
 
 セスタンさんがつぶやく。
 
「だとすれば、カナの村で会える可能性もあると言うことですね。」
 
「そう言うことだ。だがお前達がカナに着く前にやられる可能性がないわけではないぞ。今のままではな。」
 
 セルーネさんが私の肩を叩く。
 
「この話はもう終わりにしよう。今日はもう休んで、明日から本格始動だ。私達もカナに行っていた頃に使っていたものを少し探してみるよ。役に立つものがあるかも知れないからな。」
 
 セルーネさんの言葉に、みんな剣士団長の部屋を出た。ポーラさんは青ざめたまま、とうとう一言も喋らなかった。どうしたのだろう。カインも青ざめたままだ。あまりにも無慈悲なフロリア様の決定。一体なぜなのか。どんな理由があったのか。そして『手の者』とは・・・。この国ではフロリア様は絶対だ。御前会議があるとは言っても、その決定にフロリア様が異を唱えればそれまでだ。だからこそ、フロリア様の責任は重大であり、道を誤らないように慎重に歩を進めなければならないはずなのに・・・。漁り火の岬から戻ったあと、王としての日々をまたがんばれると言ってくれた、あの笑顔は・・・。偽りだったのか・・・。それともあの笑顔のまま、そんな無慈悲な決定を下されたのか・・・。
 部屋に戻ってからもそのあと風呂に行ってからも、カインは口を聞かず、そのまま私達は寝床に潜り込んだ。
 
 次の日の朝、
 
「おはよう!!これからオシニスさん達のしごきが待ってるぞ!まず腹ごしらえだ!!」
 
カインはもうすっかりいつものカインに戻っている。少し安心して私達は部屋を出た。と、廊下にティールさんが立っていた。
 
「あ、おはようございます。」
 
 まさか寝坊したかと、私は焦って挨拶をした。
 
「おはよう。朝のうちに、タルシスさんのところに寄れとの団長のお言葉だ。それから今日の午前中は、南大陸についての講義だ。昨日のメンバー全員、副団長の部屋に集まるように。」
 
「わかりました。」
 
 返事をしてみたものの、なぜタルシスさんのところに行かなければならないのかよく判らないまま、カインと私はとりあえず食事のために食堂に向かった。カウンターで声をかけるが、いつものおばさんの陽気な返事が返ってこない。
 
「おかしいなあ・・・。おーい、おはようございまぁす!」
 
 カインの大声にやっと奥からおばさんが出てきた。私達の顔を見るとはっとしたように駆け寄ってきた。顔が真っ青だ。
 
「あんた達・・・南大陸へ行くっていうのは本当なのかい?」
 
「本当だよ。」
 
「そうかい・・・。あんた達が行くのかい・・・。」
 
 おばさんはがっかりしたようにうつむくと、涙を拭った。
 
「カイン、クロービス、こんなことを言うとあんた達はうるさく思うかも知れないけど・・世界のいろいろなことは、若い人が思っているよりずっと厳しいんだよ。とにかく・・命を大事にするんだよ・・。必ず帰ってきておくれ。」
 
「わかったよ・・。よく・・・肝に銘じておくよ。必ず戻ってくるから・・・。」
 
 カインは申し訳なさそうに頷いた。
 
「さ、それじゃたくさん食べておくれよ。」
 
 私達は食事を済ませ、その足で鍜治場に向かった。
 
「お、来たな。」
 
 タルシスさんは私達を見ると、奥に引っ込み、大きな箱をいくつか抱えて戻ってきた。
 
「剣士団長から頼まれていたんだ。お前達の鎧だ。それから剣もな。」
 
「いや、俺達は持ってますけど・・・。」
 
 カインが不思議そうにタルシスさんを見る。
 
「カイン、お前のチェインメイルでは南大陸には行けんぞ。クロービス、お前のレザーアーマーなど論外だ。団長が、お前達のためにナイトメイルを用意してくれたのさ。それから、ナイトブレードもな。」
 
「ええ!?」
 
 私達は思わず大声を上げた。
 
「あ、あの・・・目ん玉が飛び出るほど高いナイトメイルですか・・・?」
 
 カインは信じられないと言った顔で、タルシスさんの顔を食い入るように見つめている。
 
「ははは。その『目ん玉が飛び出る』やつだ。ほら、とにかく着て見ろ。ぼやぼやしている暇なんてないはずだぞ。」
 
 カインと私は、それぞれナイトメイルを身につけた。サイズはもうちゃんと調整されている。鎧は青みがかった光を放っている。オシニスさんやライザーさんが着ているのと同じ色・・・。
 
「これはコーティングしてある奴だ。普通の青でいいよな?赤や黄色がいいってんなら明日までに用意しておくが・・・?」
 
 タルシスさんはからかうように、にやりと笑った。
 
「い、いえ・・・。この色がいいです。」
 
 私達は慌てて否定した。赤や黄色の鎧を着て歩く気にはならない。
 
「そうか。それじゃ二人とも、今まで着ていた鎧はここで預かっておいてやるよ。無駄な荷物は持たない方がいいからな。」
 
「これってどっちもクロービスのものなんですよね。だからこいつがここに置いてもらうなら俺は構わないです。」
 
「あ、そうだっけ。すっかり忘れてた。それじゃタルシスさん、このレザーアーマーは父の形見なので、チェインメイルと一緒にここに置いててください。お願いします。」
 
「わかった。安心しろ。ちゃんと保管して置いてやるよ。さてと、次は剣のほうだな。」
 
 タルシスさんはそう言うと、鎧の隣に置いてあった箱の中から剣を取りだした。
 
「カイン、お前のアイアンソードでは心許ない。ナイトブレードを持っていけ。ほら、ちょっと持ってみろ。」
 
 カインはナイトブレードを持つと、何度か振ったりしてみた。
 
「どうだ?重いようなら少しは調整出来るが・・・。」
 
「いえ、このくらいならちょうどいいです。」
 
 カインはそう言いながらナイトブレードを片手で振り回している。
 
「カイン・・・君も片手で振り回せるようになったんだね・・・。」
 
「そうだな。オシニスさん達のおかげだよ。まだまだあの二人には及ばないけどな。」
 
「よし、カインの剣はこれで決まりだな。クロービス、お前の剣をちょっと見せてくれ。」
 
 私は剣を鞘から抜くと、タルシスさんに手渡した。
 
「すごい光だな・・・。書いてあるのは・・・ルーン文字か・・・。なるほど、これならかえってナイト輝石製の武器よりも役に立つかもしれん。お前はこの剣をそのまま持っていけ。少し修理はしてやろう。」
 
 タルシスさんはそう言うと、少しの傷などをきれいに治してくれた。そして二人とも小手も新しいものをもらった。私は鎧を替える時に外した盾を拾い上げた。腕につけようとしたが、タルシスさんがそれを制し、盾を手に取った。
 
「この盾も見せろ。念のため修理しておいてやるよ。もっとも・・・あんまり傷もないし、痛んでもいないな。余程腕のいい職人が作ったんだな・・・。」
 
「私の故郷の人が作ってくれたんです。」
 
「ほぉ、お前の故郷というと、極北の地の向こう側だと聞いたが・・・?」
 
「・・・そうです。」
 
「そんなところにこれほどの腕の武器職人がいたとは・・・。」
 
「職人として仕事をしているわけではないんです。普段は・・・墓守をしています。」
 
「墓守だと!?これほどの腕を持っているのにどうして墓守など・・・。」
 
「それはわかりませんが・・・。」
 
 ドリスさんがどうしてあの島にいるのか、私は聞いたことがない。
 
「そうか・・・。実を言うとな、この盾の作りに、少し覚えがあってな・・・。もしかしたら俺の知り合いかも知れないと思ったのだが・・・。クロービス、お前の故郷がどういう場所なのか、俺も知らないわけではないから、無理に答えろとは言わん。この盾を作ったのは・・・ドリスという人物ではないのか?」
 
 私は言葉に詰まった。タルシスさんはくすっと笑うと、
 
「やはりそうか・・・。言ったろう?無理に答えなくていい。お前の顔に書いてあるよ。うそのつけない奴だな・・・。」
 
 タルシスさんは盾をしげしげと見つめ、懐かしそうに微笑んだ。
 
「なるほどな・・・やはりあの人か・・・。」
 
「お知り合いなんですか?」
 
「ちょっとな・・・。まあ昔のことだ。そんなことより、この盾は大事にしろよ。」
 
 ドリスさんがあの島に来ることになった経緯を、もしかしたらタルシスさんは知っているのかも知れない。でも話そうとしないと言うことは、きっと聞かないほうがいいことなのだと、私は自分を納得させた。昨日無神経にドーソンさんの相方の人のことを聞いてしまったときのように、聞いたばかりに後悔することになるのが怖かった。
 
「わかりました。大事にします。」
 
 私は頷き、盾を受け取って腕につけた。タルシスさんは私達を交互に眺めると、
 
「さてと、これでかっこだけは一人前になったな。腕のほうは剣士団の連中に何とかしてもらえ。ほら、これから訓練か?講義か?さっさと行けよ。」
 
追い立てるような仕草で扉へと促した。
 
「はい・・。お世話になりました。」
 
「なんだよ湿っぽい顔して。お前達は仕事で南大陸に行くんだ。そんな『今生の別れ』みたいな顔しないでくれよ。」
 
 タルシスさんは笑ってそう言ってくれたが、それでも少しだけ不安そうだった。私達は新しい鎧を着て、カインは新しい剣を腰に下げ、副団長の部屋へと向かった。途中、中庭を通る時にちらりと見たが、やはりユノの姿は見えなかった。
 副団長の部屋につくと、もうみんな集まっている。私達の姿を見て副団長は驚いたような顔をした。
 
「ほぉ、かっこは一人前になったな。」
 
「あらカイン、あんた結構その鎧似合うじゃないの。」
 
 ステラがからかうような口調でカインに歩み寄り、肩を叩いた。
 
「そ、そうかな・・・。でもナイト輝石製の鎧って思ったより軽いんだな。俺はもう少し重いのを想像してたんだ。」
 
「そりゃそうよ。鉄よりも固くて、しかも鉄よりも軽い。その特性があればこそナイト輝石は武器防具の素材として珍重されてきたんだから。剣はどう?アイアンソードよりも軽い?」
 
「そうだな。でもアイアンソードと比べてもそんなに変わらないよ。鎧がこれだけ軽いなら剣のほうももっと軽いかと思ってたけど。これなら片手で持つのにもちょうどいいよ。」
 
「柄におもりが入ってるのよ。軽すぎるとかえってバランス崩すから。でも片手で操れるなんてすごいじゃないの。いくら軽くたって両手持ちの大剣よ?そんな人なかなかいないわ。もっとも、オシニスさん達には遠く及ばないだろうけどね。」
 
 ステラはなかなか手厳しい。
 
「おいステラ、そんな簡単に追いつかれちまったら、俺達の立場がないじゃないか。」
 
 オシニスさんが笑いながらステラを見た。
 
「あはははは。そうですよねぇ。」
 
 ステラは大きな声で笑ってみせるが、何となく元気がない。
 
「自覚してるよ、そのくらい。」
 
 カインが頭をかいてみせる。
 
「クロービスは?あなたの剣はそのままなの?あなたが使うような細身の剣もあるのよ。ナイトソードって言うんだけど。」
 
 カインとステラの会話を聞いていたカーナが私の腰の剣に目をとめ、不思議そうに尋ねた。
 
「私の剣は、ほら・・これならナイト輝石製の剣よりいいってタルシスさんに言われたんだ。」
 
 私は自分の剣を鞘から抜いて見せた。
 
「うわ!何これ・・・?すごい光だわぁ・・・。この剣はなんで出来てるの?」
 
 カーナ達だけでなく、部屋の中にいた人達の視線が一斉に私の剣に集まった。
 
「わからない・・・。鉄だけではないみたいだってタルシスさんが言ってたけど・・・。セントハースの瞳から抜けた時には、こうなってたみたいなんだ。」
 
「不思議ねぇ・・・。でも何よ、その『みたいだ』ってのは。自分の剣がどうなってるのかわからなかったの?」
 
「・・・うん・・・。セントハースに振り落とされて落ちた時に背中と腰打っちゃって、呪文も唱えられなくて・・・ライザーさんが来て回復してくれるまで息するのがやっとだったから・・・。それでも剣は手放さなかったんだけど、さすがに見る余裕はなかったよ・・・。」
 
「そう・・・。でもすごいのねぇ、あなたって。初めて会った時は腰が引けてて何かすごく弱そうに見えたんだけど・・・。意外と根性あるのね。見直しちゃったわ。」
 
「だって初めて君と会った時は・・・君はいきなりライザーさんに抱きつくし、すっとんきょうな声で挨拶してまわるし、初対面の私にスリーサイズまで喋ろうとするし・・・誰だって腰が引けるよ・・・。」
 
「あ、あらやだ。そうだっけ?へへ。そう言えば南から戻った時だものね。あの時はもうライザーさんに会えたのが嬉しくて、思わず抱きついちゃったのよねぇ。ね?ライザーさん。」
 
 カーナは満面の笑みでライザーさんに近づき、肩に手をかけてしなだれかかると、ひょいと顔を覗き込んだ。ライザーさんは一応笑顔を作って見せたがどこかぎこちない。
 
「・・・カーナ、そろそろ講義を始める時間だよ。そうですよね?副団長。」
 
 ライザーさんはさりげなさそうに副団長を見たが、その瞳は助けを求めているように見えた。副団長はそんなライザーさんを見てにやりと笑うと、
 
「そうだな。ほらカーナ、ライザーが困っているぞ。離れてやれ。」
 
言いながら立ち上がり、部屋の中央のテーブルに歩み寄った。カーナはライザーさんを上目遣いに見ていたが、
 
「はぁい。」
 
残念そうに体を離すと、既に座っていたステラの隣に腰を下ろした。ライザーさんはカーナに気づかれないようにほっとした表情を見せ、小さくため息をついた。
 
「さてと、それじゃ南大陸について講義を始めるぞ。ティール、地図は持ってきているな?」
 
「はい。持っては来ましたが・・・。」
 
「どうした?」
 
 戸惑ったようなティールさんの表情を見て、副団長が怪訝そうに尋ねた。
 
「副団長、私は団長から、カイン達がロコの橋の通行許可証を渡されたと聞いたのですが。」
 
「そうだ。昨日の御前会議であの二人が南大陸に向かうと決まった時点で、フロリア様が手渡された。」
 
「では陸路を行くのですか?」
 
「そういうことになる。」
 
「ですが目的地はハース城とハース鉱山ではありませんか。東の港から船を出せば、2日ほどでハース城近くの湖にたどり着けます。そこからハース城までは歩いてすぐです。一方陸路を進めば、砂漠の旅に慣れた者でも4日ほどはかかります。事態が一刻を争うのなら、わざわざ時間がかかりなおかつ危険を伴う陸路を行かせるのはおかしいのではありませんか?」
 
 副団長は難しい顔で話を聞いていた。
 
「俺もそう思う。」
 
「ではなぜ!?」
 
「そこまではわからない。一応フロリア様の言い分としては、向こうからの連絡がないのにいきなりハース城に訪ねていくのは危険だから、まずはカナの村で情報を集めてから向かうのがよいだろうとのことだったそうだ。」
 
「それは・・・確かにそうですが・・・。」
 
「ハース城の近くまで行って、その前を素通りしてカナに向かうとなったら、遠回りだしそれだけ危険は増すからな。筋は通っているが・・・。」
 
 そう言いながら、副団長もフロリア様の言葉に納得していないようだった。
 
「だがとにかく、それがフロリア様の下した決定であり、それを剣士団長が承諾したのだ。団長は、陸路を行かせるのなら準備期間が必要だからと、出発まで3日間の猶予をもらった。一時も無駄には出来ん。お前の気持ちはわかるが、俺達に出来ることは、とにかくこの二人が無事に陸路をハース城まで辿り着けるようにすることだ。まずはお前から道を説明してやれ。」
 
「わかりました。」
 
 ティールさんはまだ納得いかなそうだったが、それでも持ってきた地図を広げて説明を始めた。
 
「・・・ここがクロンファンラだ。ここまではお前達もわかると思うが・・・ここから街道を南下して、さらに東への道を取る・・・・ここがロコの橋だ。この辺りには、南大陸から海を泳いで渡ってきたモンスター達がうようよいるんだ。泳いできたばかりの奴らなら体力を消耗してるから何と言うことはないが、こっちでえさを見つけたりして元気になった奴は始末が悪い。あの辺りは北大陸では一番危険なところなのさ。モンスター達のせいで壊滅した村もいくつかあるからな。」
 
「俺のいた村もそうでしたよ。」
 
 不意にハディが口を開いた。
 
「・・・そう言えばお前は、ロコの橋から東に行ったところの海辺の村に住んでいたと言ってたな。」
 
 ランドさんが顔をあげてハディを見た。
 
「そうです・・・。だから今回の任務も出来るなら俺が行きたいくらいだ。何でカインとクロービスだけなんだ!何でこの二人に行かせるようになんて、フロリア様は念を押したんだ・・・!俺達だって一緒に入団したんだから・・・行かせてくれてもいいはずじゃないか・・・。」
 
「それはフロリア様の決定だ。お前が口を差し挟めるような問題じゃないんだ。」
 
 オシニスさんがハディを制する。フロリア様の前でカインが南大陸行きを志願したことは、あの場にいた人達しか知らない。副団長やセルーネさん達は、もしかしたら剣士団長から聞いて知っているかも知れなかったが、何も言わなかった。へたをすれば、カインが非難される可能性もある。ハディは悔しそうに唇を噛むと、黙り込んだ。ティールさんはしばらく説明を中断していたが、静かになったところで再び話し始めた。
 
「そしてロコの橋を渡りきれば、もう南大陸だ。橋を抜けたところに休憩所がある。ここはまだ北大陸の延長みたいな場所だ。最も今はどうなっているのか皆目わからんのだが・・・。南大陸にはハース城とハース鉱山の他には、カナという村がある。ま、昨日あれだけ話が出たんだからみんなもうわかっているだろうがな。その他にもあちこちに小さな集落が点在しているが、ハース鉱山に向かうのに通るのは、カナだけだろう。そのカナがここだ。・・・そして・・・ここがハース鉱山。その鉱山の入口の南側にハース城。ハース城というのは、鉱山から出た鉄鉱石やナイト輝石を精錬するための施設だ。鉱夫の宿舎や鉱山統括者の住居もある。この鉱山とハース城は地下で繋がっていてな、鉱山から採掘された鉱石を直接精錬施設に送ることが出来るようになっているんだ。そして・・・このハース城に行くには、2つのルートがある。まずは北回りのルート。南大陸北部を通って北部山脈を迂回する方法。それから、南回りのルート。一度南下して東への道を辿り、そこから北上する。どちらを通っても結局ハース渓谷に辿り着く。その渓谷を抜けるとハース城だ。北を通るほうが早く着ける。だがここはかなり厳しいな。モンスターも手強いし、山脈のまわりはかなり険しい地形になっていて、余程腕に自信がなければ近寄らないほうがいい。焦って近道をしようとしてやられたりしたらそれこそ無駄足だからな。南大陸まで死体探しには行けないぞ。その前に食われてしまうのがオチだ。」
 
 ティールさんは地図を指さしながら一つ一つ丁寧に教えてくれた。
 
「・・・そうだな・・・。まずはカナの村に向かって、情報収集の傍ら一休み・・・出来ればいいんだがな・・・。キリーの話を聞くかぎりちょっとヤバイかもな・・・。」
 
 副団長が腕を組んで考え込む。
 
「そこに・・・ガウディさんがいるかも知れないんですね・・・。」
 
「うむ・・・。いてくれるならありがたい。それならカナの村は何とか守られているはずだ。あいつの腕なら・・・一人だって向こうのモンスター達に引けを取ることはないからな・・・。」
 
「だが・・・北大陸のモンスター達だって以前より狂暴になりつつある。向こうはどうなっているのか・・・。」
 
 セルーネさんが厳しい顔でつぶやいた。その時部屋がノックされた。カーナが立ち上がり扉を開ける。
 
「ここにいたのか・・・。」
 
 入ってきたのはレイナック殿だった。
 
「何の用だよじいさん?気が変わって俺達を南に行かせてくれる気になったか?」
 
 オシニスさんが冗談とも本気ともつかない言い方をした。
 
「・・・そんな知らせを持ってきたのなら、どれほど気が楽か知れんわい・・・。南大陸についての講義でもしてたのか・・・?」
 
「はい。この二人は向こうについての知識がありませんから、私達で知っていることならと思いまして。」
 
 ティールさんが立ち上がり、レイナック殿に説明をする。
 
「そうか・・・。記録によると、200年前の聖戦の際も、今のようにモンスター達が狂暴化したという。最近はこの辺りでもたまに恐ろしいモンスターが現れる・・・。あるいは・・・世界は滅びに向かっているのかもしれぬ・・・。」
 
「そんな世迷い言を言うためにわざわざここに来たのか?」
 
「世迷い言ですめばいいのだがな・・・。」
 
 レイナック殿は元気がない。オシニスさんに返す言葉にもキレがなく、暗く沈んでいるのは明らかだった。
 
「・・・まったく・・・おい、じいさん!あんたが老け込んでどうするんだよ!?しっかりしてくれよ!カインとクロービスはこれから南大陸に行くんだ。ちゃんと任務をこなして戻ってくるんだ!そんな不吉なことを言いに来たなら出てってくれ!!」
 
「オシニス!!言葉が過ぎるぞ!!」
 
 副団長が制するが、オシニスさんは黙って顔を背けたまま返事をしようとしない。
 
「いや・・・いいのだグラディス・・・。今回のことは・・・わしの力が及ばなかった・・・。カイン、クロービス、無事で戻ってこい。必ずだ・・・。」
 
 レイナック殿はそう言うと、カインと私の肩に手をかけた。
 
「必ず戻ります。大丈夫です。」
 
 カインが返事をする。
 
「・・・フロリア様にとっても苦渋の選択だったはずだ・・・。会議が終わったあと、執務室に戻られてから、ずっと頭を抱えておられた・・・。」
 
「フロリア様が・・・。」
 
 カインの顔に笑みが広がる。
 
「それならその時すぐに命令を撤回すればよかったのよ。」
 
 突然悔しそうにつぶやいたのはステラだった。
 
「ステラ、そう言うわけにはいかんのだ。フロリア様のお言葉は絶対だ。なのにそれが二転三転したのでは、この国が道を失ってしまう・・・。フロリア様もおつらいのだ。わかってやってくれ・・・。」
 
 悲しげなレイナック殿の言葉に、ステラは唇を噛んで黙り込んだ。
 
「レイナック殿、何か御用だったのでしょうか?」
 
 副団長がレイナック殿に声をかけた。
 
「・・・カインとクロービスに一つだけ教えておこうと思ってな。ハース鉱山とハース城は、19年ほど前からデールという男が統括しているはずだ。わしも知っているが、温厚で誠実な男だ。だからハース城についたら、まずはデールと話をするのがよかろう。」
 
「デール殿ですか・・・。レイナック殿、お言葉ですが・・・あの方は確かに誠実ではありましょうが・・・温厚とは・・・。」
 
 副団長は、複雑な表情でレイナック殿を見つめ返した。
 
「以前はあんなではなかった・・・。温厚で、家族思いの・・・とても誠実な人物だったのだ・・・。あの男が統括しているかぎり、ハース鉱山に問題など起こるはずがなかった・・・。」
 
「デール殿に何かあったと言うことなのでしょうか?まさかとは思いますが・・・裏切りなどの可能性は・・・。」
 
 副団長が首を傾げる。
 
「まさか!!あの男に限ってそんなことがあるはずがない!!」
 
 驚くほど強く、レイナック殿は否定した。
 
「だがあらゆる可能性を考えおくべきじゃないのか!?じいさんにとっては知り合いだからそんなはずはないと言うんだろうが、カインもクロービスもデール殿のことなんて知らないんだ。信用して近づいたところを、後ろからばっさりなんて冗談じゃないからな!こいつらには何がなんでも戻ってきてもらわなくちゃならないんだ!!」
 
 オシニスさんがレイナック殿を睨んだ。レイナック殿は何か言いかけたが、小さく一つため息をつくと、
 
「そうだな・・・。確かにそのとおりだ。わしはそんなことはないと信じているが・・・。邪魔したな・・・。」
 
 そう言って部屋を出ようとしたが、不意に振り向き、
 
「クロービス・・・。」
 
私の名を呼んだ。
 
「は、はい?」
 
 振り向いた私を、レイナック殿はじっと見つめている。この瞳・・・どこかで・・・誰かにこんな瞳で見つめられたことがある・・・。
 
「いや・・・何でもない・・・。」
 
 やがてレイナック殿はちいさな声でそう言うと、部屋を出ていった。
 彼の私を見つめる瞳・・・あれは・・・剣士団長と故郷の島に向かった時だ。私がサミルの息子だと知った時の・・・剣士団長の瞳・・・。戸惑いと恐れと悲しみと・・・そんな感情が込められているような・・・。でもなぜレイナック殿が私をあんな瞳で見つめるのだろう。
 
「副団長はデール殿という方をご存じなのですか?」
 
 カインが副団長に尋ねた。
 
「この中で・・・俺と、ティール達はハース鉱山勤務も何度か経験しているからな。その時に挨拶したくらいだが・・・。」
 
「どういう方なんですか?デール殿というのは。」
 
「仕事には厳しい方だとだけ言っておこう。俺もそんなによく知っているわけじゃないからな。その点、レイナック殿は昔からずっと知っているようだから、レイナック殿の言葉のほうが正しいのかもしれんが・・・。」
 
「レイナック殿と昔からの知り合いなんですね。」
 
「そうらしい。何で知り合いなのかまでは俺もよくわからん。とにかく、時間がない。ティール、続きを始めてくれ。」
 
 副団長はやりきれないような面持ちで、ティールさんに声をかけた。私達は席に戻り、南大陸の地理をもう少し詳しく聞いたあと、向こうに生息しているモンスターの特徴などを色々と教えてもらった。そしてセルーネさんが、向こうはほとんどが砂漠だから、そこを横断していくための注意事項などを教えてくれた。やがてお昼になった。昼食のあと、訓練場での稽古が始まる。それに備えてしっかりと食べておこうと、私達は食堂に向かった。カウンターで声をかけると、食堂のおばさんが不安そうに、それでも笑顔で私達を迎えてくれた。
 
「こういう異例の大抜擢を受けた時こそ、足元を見なければ駄目よ・・。愚痴っぽくなってすまないけどね、みんなあんた達のことが心配なんだからね。」
 
「わかりました。でも大丈夫。心配しないで。必ず戻ってくるから。」
 
 私は務めて明るく答えた。
 
 そして午後、訓練場では、最初は通常のコンビ同士の立合いから始まった。だがいつもと違うのは、私達は休みなしで戦い続け、相手が次々と変わると言うことだった。カーナ達から始まり、私達はひたすら剣を振るい続けた。以前よりもはるかに素早く呪文を唱えられるようになっていた私は、自分達の傷や痛みは治療術でなんとかすることが出来たが、疲れはどうしようもない。やがて足許が少しふらついてきた頃に向かい合うのは、オシニスさんとライザーさんだ。しかも今回はランドさんまでいる。
 
「うわ!!3人ですか!!」
 
 カインがさすがにきつそうに声を上げる。
 
「今のお前達に俺が一人では相手にならないからな。今回は同期入団3人が協力することになったのさ。」
 
 ランドさんがにやりと笑った。
 
「南大陸のモンスターや盗賊達が、お前達の疲れが取れるまで攻撃を待ってくれるってんなら、こんな訓練は要らないんだがな。」
 
 オシニスさんもにやにやしている。ライザーさんだけが、黙ったまま剣を構えていた。
 
「行くぞ!!」
 
 その声を合図に3人が一斉に攻撃をかけてくる。今まで5〜6匹のモンスターを相手に戦ったことは何度もあったが、それでもこれほどの腕の持ち主3人を同時に相手にするのは初めてだ。疲れてはいたが、ここで倒れている場合ではない。南へ行けばカインと二人きりだ。誰も手を差し伸べてはくれない。どんなことでも自分達の力で切り抜けていかなければならない。
 ランドさんの攻撃をはじき返せば、間髪を入れずにライザーさんの剣が振り下ろされる。それを凌げばオシニスさんの剣技が炸裂すると言った具合で、この人達は3人になっても絶妙のチームワークで私達を追いつめていく。
 その時、背中に妙な空気を感じた。そして考えるより先に体が反応し、私は振り向きざま、自分の頭をめがけて飛んできた槍をはじき返した。槍は弧を描き、私達の立合いを見ていたハリーさんの頭上に落ちていく。ハリーさんは少しも慌てず、素早く抜いた剣で軽くはじくと槍の柄をつかんだ。
 思いかげない出来事に一瞬気を取られたカインの胴にランドさんの一撃が命中する。
 
「うぅ!!」
 
 苦しそうに顔をゆがめるカインに
 
「予想外のことが起こるたびに戦闘から気を逸らしていたら、命がいくつあっても足りないぞ。」
 
 ランドさんはそう言うと、
 
「今の槍は誰だ?」
 
独り言のようにつぶやいて、動きを止めた。オシニスさんもライザーさんも構えを解いた。
 
「なんだ。ユノの槍じゃないか。」
 
 ハリーさんが手に持った槍をしげしげと見つめている。訓練場の入口に、ユノが立っていた。
 
「ユノ・・・。稽古に来たのか?また団長と立合いでもするのか?」
 
 オシニスさんの問いにユノは、
 
「ここは今、君達の貸し切りみたいなものだ。私はフロリア様の命で来た。君達の手助けをしろと。この二人のことが心配でしょうがないらしい。」
 
「フロリア様が・・・そんなに俺達のことを・・・。」
 
 カインはすっかり感激したように微笑んだ。
 
「でもあの距離から正確に頭に向かって投げられた槍を、よく振り向いてはじき返したね。今の手並みは見事だったなあ。」
 
 ハリーさんが私に向かって感心したように言った。
 
「・・・なんとなく、後ろに何か感じたんです。何がって言えないけど、反射的に振り向いて剣を振ってた感じで・・・。まさか槍が飛んできていたとは・・・。」
 
「それだけ君達の感覚が研ぎ澄まされてきたと言うことだ。これなら、たった3日でも間違いなく南大陸へ行けるだけの力を身につけられるよ。」
 
 ライザーさんの言葉は嬉しかったが、今の私はそれよりも、昨日の御前会議であれほど熱心に南大陸へ行けと言っておいて、今日は心配してユノに訓練の手伝いを申しつける・・・。フロリア様の真意が理解出来なくて、何となく落ち着かない気持ちのほうが強かった。
 
「あの程度の攻撃を切り抜けられないようなら、いっそここで死んでくれた方が死体探しの手間が省けるというものだ。」
 
 冗談とも本気とも判別出来ないユノの辛らつな言葉に、そこにいた誰もが一瞬息を呑んだ。と、その時、ステラがユノにツカツカと歩み寄ると、いきなり平手を食わせた。ユノは黙っている。殴り返すでもなく、文句をいうでもなく、ただそこに立っていた。
 
「・・・ふざけないでよ・・・!そんな嫌みを言いに来たのなら・・・さっさと出ていって!」
 
「ちょ、ちょっとステラ!!落ち着いてよ!!今は訓練の最中だよ!!」
 
 カーナが慌ててステラの腕を引っ張り、元の場所まで引きずるようにして連れていく。
 
「だって・・・カインとクロービスを南大陸になんて・・・行かせたくないのに、みんなそう思ってるのに行かなくちゃならないから、だからこんなに必死で訓練してるのに・・・何でこんなこと言われなくちゃならないのよ!!」
 
 ステラは涙をぽろぽろとこぼしている。
 
「ちょっと待て!!まったく・・・お前達の喧嘩を聞いている時間はないんだ!ステラ、泣くなら外で泣け!訓練の邪魔だ!!それからユノ、俺達は今くだらない冗談を聞く気分じゃないんだ。とにかく中に入れ。続きを始めるぞ!」
 
 オシニスさんの怒鳴り声に、ステラは制服の袖で涙をゴシゴシと拭うと、また元の場所で剣を構えなおした。ユノは無言のままハリーさんから槍を受け取ると私の後ろに立った。
 ユノは夕方まで私達の相手をしてくれた。ユノの槍さばきは凄まじかった。以前カインと私が相手をした時は、なるほど確かに手を抜いていたのだろう。槍を一振りするたびに風が切り裂かれうなりをあげる。この細い体のどこにそんな力が潜んでいるのか・・・。リーザはそんなユノの槍さばきを食い入るように見つめている。そう言えば、リーザはユノに憧れて槍使いになったと以前カインから聞いた。その憧れの人の立合いを一つも見逃すまいとしているのだろう。訓練は夕食を挟んで夜まで続いた。終わった頃にはカインも私もへとへとで、風呂に入る気力もなく、鎧と武器を外すのが精一杯でベッドに倒れ込んだ。
 
 次の日、ユノは朝から訓練場にいた。フロリア様が執政館にいる間は、執政館の剣士達に護衛を任せることになっているらしい。そしてこの日は、また違った方法で訓練が行われた。今までのようにちゃんと準備をして向かい合うのではなく、みんなが私達を取り囲み思い思いに攻撃を仕掛けてくる。いきなり全員に攻撃されることもあるかと思えば、構えていても誰も立とうとしない時もある。気を抜けない。緊張のし通しだった。
 
「クロービス!!後ろ!」
 
 カインの叫び声で振り向くと、ユノの槍が眼前に迫っている。避けることもはじくことも間に合わず、私は正面で受け止めた。顔が近づく。その時、ユノの私を見つめる瞳はやはり穏やかだった。謹慎が解ける前の日の立合いの時見せてくれた、あの瞳だった。そういえば、ここに現れた時から、ユノの瞳にあの冷たさはなかったような気がする。私に対してだけでなく他の誰を見る時にでも、穏やかな瞳をしていたように思えた。その瞳に一瞬気を取られた私は、次の瞬間思いきり剣をはじき返され、転がって壁にぶつかった。後頭部をぶつけ、一瞬めまいがする。だが、今回は誰の助けもあてに出来ない。カインが攻撃を避けながら飛んでくる。素早く気功で回復してもらった私は、今度は回復の呪文で頭の痛みを取ると、また輪の中に戻った。
 
 私達は疲れていたが、相手をしてくれるみんなも相当疲れている。それでも誰も一言も『疲れた』とは言わず、務めて明るく振る舞っていてくれた。昨日のユノの言葉は胸にぐさりと突き刺さったが、それだって、ただの嫌みではない。ここでしっかりと鍛えていかないと、任務を遂行出来ないと言うことを再認識させてくれたのだ。そう自分を納得させて、ひたすらに剣を振るいつづけた。

第19章へ続く

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