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第18章 氷の眼差し

 
 王宮のロビーはいつもと変わりなかったが、パティが青い顔をしてうろうろしている。私達に気づくと駆け寄ってきた。
 
「カイン、クロービス、お帰りなさい!あなた達、南から戻ってきたのよね?」
 
「そうだよ。」
 
「クロンファンラの町が巨大なドラゴンに襲われたって聞いたの。本当なの!?」
 
「本当だよ。」
 
 パティの目から涙が溢れだした。
 
「そんな・・・。ドラゴンなんて、本当にいる生き物なの!?あんなものはおとぎ話の中だけのことだと思っていたわ。親が子供に言うことをきかせるための、ただの作り話だって思ってたのよ・・・。最近町で、語り部達が聖戦が来るかも知れないなんて言っていたのは聞いたことがあるけど・・・まさか・・・本当にそんなものが襲ってくるなんて・・・。」
 
「大丈夫だよ、ちゃんと追い払ったから。」
 
 カインがパティの肩に手をかけ、笑顔を作って言った。パティはぎょっとして顔をあげると、
 
「追い払ったって・・・まさか・・・あなた達が!?」
 
怯えたような瞳で私達を見上げた。
 
「そうだよ。ちょうど俺達がクロンファンラに泊まっていた時に奴が来たんだ。」
 
 パティは顔をこわばらせ、何と言っていいのか判らないと言うように私達の顔を交互に見ている。
 
「そんな顔しないでくれよ。君はドラゴンが怖いのか、それともそいつを追い払った俺達を恐れているのか、どっちなんだ?」
 
 カインは少し怒ったような口調でパティに詰め寄る。
 
「ご・・ごめんなさい・・・。だって・・・。」
 
 パティは赤くなって下を向いた。その瞬間また涙が床に落ちていった。
 
「カイン、仕方ないよ。クロンファンラの人達だって腰を抜かしたり、パニック起こしたりしていたじゃないか。パティは王国剣士じゃないんだよ。ドラゴンなんて聞いただけで、怖いなんてものじゃないと思うよ。」
 
「そうか・・・。そうだよな。パティ、ごめん。ちょっと俺の言い方がきつかったな。それより、ドラゴンの話はオシニスさん達から聞いたのか?」
 
「・・・そうよ。昨日戻ってきた時、二人とも真っ青だったから、何かあったのかと思って聞いたの。クロンファンラがドラゴンに襲われたってしか言わなかったけど、私はてっきりあの二人がそのドラゴンを追い払ったんだと思ってたわ。ねぇカイン、実際にドラゴンを追い払ったのなら、どうしてオシニスさん達と一緒に戻ってこなかったの?」
 
「クロービスがちょっと怪我してたから、俺達は一日遅れて戻ってきたんだ。」
 
「怪我!?大丈夫なの!?あ・・・そうよね、あなた治療術が使えるんだから、大丈夫よね・・・。」
 
「でも実際に回復してくれたのはライザーさんだよ。地面に叩きつけられて、声も出なかったし息も出来なかったんだ。もちろん動けなかったしね。」
 
「そうだったの・・・。でも無事でよかったわ・・・。あなたに何かあったりしたら・・・エミーが悲しむわ・・・。こんなこと言うと、あなたは嫌がるかも知れないけど・・・。」
 
「別に嫌じゃないよ。でも、エミーの気持ちには応えられないと思うよ。」
 
「他に誰か好きな人がいるの?」
 
「そういうわけじゃないよ。でもそれじゃ、特別好きな子がいないからって、そう言う理由で私がエミーの気持ちを受け入れたとして、それでエミーは喜ぶのかな。」
 
「そ・・・それは・・・。」
 
「そう言う人もいるよね。人それぞれだから、他人のことはとやかく言えないけど、私にはそんなことは出来ないよ。」
 
「そう・・・そうね。わかったわ。ごめんなさい・・・。」
 
 パティはまた赤くなって下を向いた。いろんなことが一度に起こって、パティもかなり混乱しているらしい。カインはパティと私のやりとりを黙って聞いていたが、待ちきれないように口を挟んだ。
 
「なぁパティ、オシニスさん達は剣士団長にドラゴンのことを報告したんだろう?」
 
 カインのこの言葉に、パティは飛び上がらんばかりに驚いた。
 
「ご・・ごめんなさい・・・!!今、緊急で御前会議が開かれているわ。さっき、オシニスさんとライザーさんが呼ばれていったの。ここを通る時に、あなた達が戻ったら御前会議に出るように言ってくれって頼まれていたのよ!」
 
 パティは大失態だとでも言いたげに片足で床をダンと踏みならすと、
 
「とにかく、会議室に案内するわ。ついてきて。」
 
私達の返事も待たずに執政館の入口に向かって早足で歩き出した。
 
 
 私達は執政館の奥にある、会議室の前に来ていた。扉の前の剣士に事情を話すと、扉を開けて中に入れてくれた。
 
「カイン・クロービス組、ただいまクロンファンラから戻りました。」
 
 そこには、フロリア様を始め、私達は滅多に見かけることのない大臣達が並んで座っていた。フロリア様の隣には、他の大臣達よりも少し高いところに置かれている椅子があって、そこに私の父よりは少し若いかと思われる年配の男性が座っていた。この人は誰だろう。他の大臣達よりも偉い人なのだろうか。そしてその大臣達の座るテーブルの外側に、椅子がいくつか並んでいて、そこにオシニスさん達が座っていた。
 
「カイン、クロービス、よく戻ったな。オシニス達から話は聞いている。ご苦労だった。」
 
 剣士団長は笑顔で迎えてくれた。
 
「お前達がクロンファンラを救ってくれたのだな・・・。うむ、とにかく、席について会議に加わるがよい。」
 
 テーブルの上座近くに座っていたレイナック殿が、オシニスさん達の隣の椅子へと促してくれた。
 
「しかし、入って一年足らずのお前達がドラゴンを撃退するとは大したものだ。だが、もし本当にセントハースだったとすると大変なことになる。」
 
 剣士団長は感心したように私達を見つめていたが、やがて考え込むように腕を組んだ。だが動揺はしていない。本当に落ち着いているのか、それともただ単にそう見せかけているだけなのかまではわからなかったが、もしも今ここで剣士団長が取り乱していたら、きっとみんな不安で仕方なかっただろう。
 
「うむ、200年前、繁栄を誇ったサクリフィアを滅ぼしたといわれる聖戦・・・。そして、サクリフィアを滅ぼしたモンスターの中心となっていたと言われる忌まわしき三匹の竜・・・。その中の一匹が姿を現し、モンスター達が人間に対して、より攻撃的になりつつある。今まさに事態は、言い伝えられる200年前の滅亡直前と酷似している。」
 
 レイナック殿は暗い表情で言葉を続ける。オシニスさんをちらりと見ると、レイナック殿を心配そうに見つめている。反対隣にいるカインのほうはと言えば、その目はもうフロリア様に釘付けだ。多分、私の不殺の誓いのために謁見室に行った時以来だろう。フロリア様の隣にはユノが立っている。顔を合わせるのは何ヶ月ぶりだろう。ユノはちらりとこちらを見たが、相変わらず冷たい瞳で油断なくあたりに気を配っていた。だが実のところ、私はこの会議室に入った時から、奇妙な感覚に囚われていた。何か得体の知れない冷たさが、先ほどからこの部屋に漂っている。私は最初、それがユノの瞳のせいかと思った。だが違う。彼女の瞳など暖かく思えるほど、ぞっとするほどの冷気が辺りを支配しているように思えて、何となく落ち着かなかった。その時、フロリア様の隣にいた男性が口を開いた。
 
「ふん・・・。聖戦竜など・・・!何を浮き足立っているのだ?レイナック。こんな時こそ、お前のご自慢の剣士団を使えばよいではないか。どうせどこの馬の骨とも知れぬ者どもばかりだ。そのような下賤の者どもに、王宮の中を我が物顔で歩かせてやっているのだぞ!?こんな時にこそ役に立ってもらわなければ、剣士団などその存在自体が無用なものになるではないか。」
 
 その言葉には皮肉がたっぷりとこもっている。
 
「エリスティ公!言葉が過ぎますぞ!その王国剣士に守られているからこそ、このエルバール王国は今まで平和に過ごして来れたのです。」
 
 剣士団長が鋭く男性を制する。エリスティ公・・・?確か前国王陛下の弟君の名前だ・・・。この人がそうなのか・・・。前王は慈悲深く思いやりのある人物だったと聞いているが、それは弟まではまわらなかったと言うことか・・・。ここまで剣士団を侮辱する人がいると言うことを、私は初めて知った。そして、以前漁り火の岬での一件で、ライザーさんが言っていた言葉を思いだした。
 
『剣士団の不始末は、そのまま剣士団長の政治的影響力に響くんだよ・・・。』
 
 剣士団の政治的地位は、必ずしも盤石ではない。こんな風にその存在自体に異を唱える人もいる。私は自分を短気だと思ったことはない。だがエリスティ公のこの言葉には、その私でさえ腹が立った。
 
「お、おのれ!パーシバル!貴様、王族たるこのわしに意見をするつもりか!?」
 
「おやめなさい!!エリスティ公!」
 
 鋭い声でエリスティ公を制したのはフロリア様だった。
 
「王国剣士団はこのエルバール王国の盾となって働いてくれているのです。その存在と人材の採用基準は、歴代の王達からも認められています。今さらそのような侮辱をすることは許しません!」
 
 毅然とした声。だが・・・どこか冷たさを感じる・・・なぜ・・・。
 
「フ、フロリア!!わしはお前の叔父だ!その口の利き方は何だ!?」
 
 エリスティ公は顔を真っ赤にして拳を振り上げ、フロリア様に向かって怒鳴りつけた。でもその姿は、この会議室の中ではとても場違いで滑稽なもののように思えた。国の命運を決するかも知れない会議の最中に、血縁を持ち出してフロリア様に文句を言うなど、とても『王弟殿下』のすることとは思えない。結局この方はその程度の人物なのだ、私はそう思うことにした。そうでもしなければ、彼の顔を見ただけでまた怒りがこみあげてきそうだった。
 
「叔父上、わたくしはもちろん肉親としてのあなたを尊敬しております。でも今、わたくしはこの国の王です。そしてここは御前会議の場です。わたくしの意見に従っていただくことが出来ないのであれば、ここを出て行かれませ!」
 
 あまりに厳しい言葉に、エリスティ公は黙り込んだ。
 
「あ、いや・・・私達エルバール王国には、確かに鍛えられた剣士団と優れた武器がある。ハース鉱山にて生産されるナイト輝石の力は、きっと聖戦竜達の力をも防げよう。案ずるほどのことはないのではないかな。」
 
 気まずい雰囲気を取り繕うかのように、一人の大臣が口を開いた。その言葉を聞いたレイナック殿がますます暗い表情で言葉を続ける。
 
「卿は知らぬようだが・・・、実は、そのハース鉱山およびハース城は・・まったく連絡が取れていないのだ・・・。何度か使者を送っても見たが、誰一人として戻ってこない・・・。南大陸のモンスターの強さ、攻撃の熾烈さは北大陸をはるかに凌ぐという。ハース鉱山は我々のまさに生命線。ハース城が既に落ちているとすると・・・。そう安穏としてばかりはいられないのだ・・・。」
 
 そこまで言うと、レイナック殿は苦しげに唇を噛みしめた。その時剣士団長が立ち上がり、さっとフロリア様の前に進み出た。
 
「フロリア様、私が剣士団を率いてハース城に向かいます。そして城内の者と合流して、内からハースを守ります。私に剣士団遠征のご命令をくださいませ!」
 
 とうとう剣士団が南大陸に行く時が来たのだろうか・・・。だが、剣士団長の申し出を受けてフロリア様の口から出た言葉に、その場にいた誰もが愕然とした。
 
「それは、なりません。」
 
 毅然とした・・・でも冷たい声。心の奥まで凍りつきそうな、冷たく抑揚のない声・・・。私は少しずつ背筋が寒くなってくるのを感じていた。この部屋を先ほどからずっと支配している冷たい空気。それは、他ならぬフロリア様自身から発せられていたものだった・・・。だがなぜ?隣にいるカインは気づいていないのだろうか・・・。
 
「なぜです!?一刻を争う事態なのですよ!?」
 
 剣士団長は信じられないと言った表情でフロリア様を見つめている。
 
「剣士団を南大陸に送り込めば、北大陸の警備が手薄になります。」
 
 フロリア様の言うことにも一理ある。だが、剣士団には鍛えぬかれた精鋭が多くいるのだ。今の時点ではそれほど心配するにはあたらないはずなのに・・・。
 
「では、ハース鉱山はどうなるのです!?このまま放置しておけとでもおっしゃるのですか!?」
 
 剣士団長は必死で食い下がる。
 
「パーシバル、異論は認めません。このような時こそ、王宮を中心として北大陸の警備を強化し、人々の安全を守らなければなりません。剣士団はその中心となって働かなければならないのです。」
 
 相変わらず抑揚のない冷たい声で、フロリア様は剣士団長の言葉を遮った。フロリア様の今の言葉は、南大陸に住む人々を切り捨てると言ったも同然の発言だ。気まずい沈黙が流れる。が、その沈黙を破ってフロリア様の前に進み出た人影があった。
 
「あ、あの・・・。」
 
 それは何とカインだった。
 
「何だ?下がっていろ、カイン!」
 
 剣士団長が驚いたようにカインに振り向く。だがカインはそれに構わずフロリア様の前にひざまずいた。
 
「私が・・・私が一人で行くことは出来ないでしょうか?」
 
「な、何を言い出すのだ、カイン!お前が一人で行くだと!?そんなことをしても何にもならん!!」
 
 あまりにも思いがけないカインの言葉に、剣士団長は驚愕した。その時、私の隣に座っていたオシニスさんが立ち上がり、あっという間にカインの隣に駆けていってひざまずいた。
 
「バ、バカ!!お前ではまだ無理だ!!フロリア様、俺、いや、私が行きます!私に行かせてください!!」
 
 その言葉を聞いて今度はライザーさんとレイナック殿が同時に立ち上がった。
 
「バ、バカ者!!オシニス、お前は今自分で何を言っているのかわかっているのか!?カイン、お前もだ!!冷静になれ!!冷静に!!」
 
 レイナック殿の怒鳴り声にオシニスさんは振り向いて何か言いかけたが、それをライザーさんが駆け寄り押しとどめた。
 
「オシニス、ちょっと待て!」
 
「ライザー、お前はこいつに行かせるつもりなのか!?南大陸だぞ!!北大陸の南地方とはわけが違う!!そんなところにこいつを、しかも一人で・・・!!」
 
 オシニスさんは顔色を変えてライザーさんに詰め寄る。
 
「違う!!だがレイナック殿の言われる通りだ!!少し頭を冷やせ!!ここはフロリア様の御前だぞ!!」
 
 青ざめたまま悔しそうに唇を噛んで黙り込んだオシニスさんと、オシニスさんの腕を掴んだままやはり唇を噛みしめているライザーさんを横目ですまなそうに見ながら、カインは言葉を続けた。
 
「もし、私を信頼していただけるのでしたら、私が単身ハース城に赴き、事態を見極めてまいります。剣士団投入の判断は、私が報告を持ち帰った後でも、遅くはないと思います。」
 
「う、うむ・・。だが危険すぎる!まだ経験の浅いお前一人では無理だ!」
 
 私はカインの突然の行動に呆然としていた。カインはなぜこんな行動に出たのだろう。確かにクロンファンラではセントハースを撃退することが出来たが、それはおそらく、シャーリーの言うとおりセントハースが手を抜いていたからだろうと思う。私達は東部巡回に入ったばかりだ。しかもしょっぱなからオシニスさん達に助けられてしまった。なのにどうしてカインは、南地方より遙かに危険な場所に、一人で行くなどと言いだしたのだろう・・・。そこまで考えてやがてはっとした。
 
『・・・いつかここで大きな仕事を成し遂げた時、初めてフロリア様に、あの時のお礼を言おうと思っている。俺がここまで来れたのはフロリア様のおかげだ。俺の人生はフロリア様のためにあるんだ。』
 
 歓迎会の日の夜、漁り火の岬から戻ったあとカインが言っていた言葉・・・。今、そのチャンスがやってきたと言うことなのだろうか・・・。
 では・・・私は彼のために何が出来るのだろう。カインのために、かけがえのない親友のために、一体何が・・・。
 
 私はもう一度前方の光景に視線を戻した。
 剣士団長は決めかねて腕を組み、考え込んでいる。カインは『経験が浅い』と言われ返す言葉もなく下を向いている。オシニスさん達は剣士団長の次の言葉を待って、凍りついたように動かなかった。今・・・私に出来ること・・・。カインのために出来ること・・・。それは・・・。
 
 私は覚悟を決めてフロリア様の前に進み出、カインの隣で膝を折った。そして私の姿を見てぎょっとしている剣士団長、レイナック殿、オシニスさん、ライザーさんの顔を順番に見渡し、改めてフロリア様の前で礼をすると、深呼吸をして口を開いた。
 
「私がカインと一緒に行きます。王国剣士は一人で行動することは出来ませんから、私達二人を行かせてください。」
 
「クロービス・・!!」
 
 カインの顔には、驚きと嬉しさとすまなさと・・・そんな感情が一緒になって私を見つめている。
 
「一緒に行こう。二人なら何とかなるよ。」
 
「クロービス・・・ありがとう・・・。」
 
「クロービス・・・!!お前まで行くというか!!」
 
 おそらくはカインの主張をどうやって退けるべきか考えていたであろう剣士団長は、万策尽きたというように頭を横に振り、ため息をついた。
 
「クロービス、お前まで・・・!!剣士団長、俺を行かせてください!この二人よりは俺のほうが・・・!!」
 
「君一人なんてバカを言うな!行くなら僕も行く!剣士団長、私達二人を行かせてください!カイン・クロービス組よりは経験も豊富です。お役に立てると思います!」
 
 オシニスさんとライザーさんは必死で剣士団長に詰め寄る。二人とも私達のことを心配してくれている。だがきっとカインは自分の主張を引っ込めることはない。その時、そのやりとりを黙って聞いていたフロリア様が口を開いた。
 
「オシニス・ライザー組、あなた達が北大陸を離れることは許しません。あなた達二人は剣士団の要。ここに残り、ここを守ってください。」
 
 その声に私達はみな一斉にフロリア様を振り返った。冷たい瞳。暖かさと優しさをたたえていたはずの淡いブルーの瞳は、今は氷のように冷たく、私達を見下ろしている。他の人達は、このフロリア様の瞳に気づいているのだろうか・・・。
 レイナック殿が立ち上がり、私の後ろに来て大きく一つため息をついた。そしてカインと私の肩に手をかけ、
 
「この二人はまだ若い・・・。が、クロンファンラを救ったほどの手練れの剣士だ・・・。まず彼らに行かせてみるのがよかろう。これでしたら、フロリア様もパーシバルも異存ありますまい・・・。」
 
 私はレイナック殿に背中を向けたままだったので、彼の顔は見えなかった。だが、肩にかけられた手は震えている。剣士団長は、もはや言うべき言葉が見つからないと言った表情で、黙って頷いた。
 
「な、・・・そんな・・!!」
 
「剣士団長!!」
 
 オシニスさん達は、絶望的な瞳で剣士団長を見つめている。そんな二人に冷たい一瞥をくれると、フロリア様はなぜか満足そうに頷いた。
 
「よいでしょう。それではまずこの二人をハース城に派遣し、剣士団投入の議論は、二人の持ち帰った報告の内容次第ということにします。」
 
 事務的な、冷たい声。ここにいるのは本当にフロリア様なのだろうか。この冷たさの前では、ユノの瞳さえも暖かく感じられるほどだ。そのユノのほうをちらりと見ると、青ざめてこわばった顔で立っている。滅多に感情を表に出すことなどなかったユノの、こんな表情は初めて見た。そしてカインは、今のフロリア様の様子に気づいているのかいないのか、ほっとしたように笑顔を見せ、お辞儀をすると、
 
「フロリア様の御期待、身に余る光栄であります。このカイン、必ずやご満足のいく結果を携えて戻って参ります。」
 
一生懸命お礼を言っている。フロリア様は頷き、玉座の傍らにある小机に体を向けると、ペンを取り何か書き始めた。書き終わるとその紙をしばらく見つめて、間違いがないか確認するように何度か頷くと、その紙をカインの前に差し出した。
 
「カイン、クロービス、あなた達に、これを渡しておきましょう。」
 
 覗き込むと、『ロコの橋通行許可証』と書かれていた。
 
下記の者にロコの橋の通行許可を与える。
 
        記
 
王国剣士 カイン
王国剣士 クロービス
 
 エルバール王国 国王フロリア
 
 
「確かに受け取りました。」
 
 カインは力強く答えた。その時、先ほどから落ち着かなげにしていたエリスティ公が、おもしろくなさそうに口を開いた。
 
「・・・で?いつ行くのだ?決まったからにはさっさと行って、結果を持ち帰って欲しいものだ。国が滅ぼされた頃戻ってこられても意味がないからな。」
 
「それは・・・すぐにでも・・・。」
 
 カインが言いかけるのを剣士団長が制する。
 
「それはならん!!」
 
「は、はい、しかし事態は一刻を争いますから・・・。」
 
「その通りだ、パーシバル。本人が行くと言っておるのだ。さっさと行かせればよいではないか。こやつらが死んだらまた別な者を行かせればよい。替えなどいくらでもいるのであろう?」
 
 剣士団長はエリスティ公に鋭い一瞥をくれると、カインと私に振り向いた。
 
「とにかく、出発日は追って沙汰する。それまで勝手な行動は許さん。オシニス・ライザー組、カイン・クロービス組、お前達はもう下がれ。」
 
 私達は御前会議の部屋を出た。部屋を出ようとする時、エリスティ公が忌々しそうに『クズどもが!生意気な!』とつぶやくのが聞こえた。
 執政館の廊下を歩いている間中、4人とも口を聞かなかった。やがて王宮のロビーに出たところで、前を歩いていたオシニスさんが私達に振り返った。怒っている・・・。
 
「・・・ちょっと俺達の部屋に来い・・・。」
 
 私達は宿舎の3階にある、オシニスさん達の部屋に来た。私の仮入団の日に来て以来、久しぶりに入る部屋だった。相変わらず部屋の半分が雑然としている。部屋に入って扉をぴたりと閉めると、オシニスさんはカインの胸ぐらをぐいと掴んだ。
 
「カイン・・・どういうつもりだ?」
 
 カインは少しの間うつむいて黙っていたが、やがて顔をあげると、
 
「さっき・・フロリア様の前で言った通りのつもりです・・・。俺は南大陸へ行きます。」
 
きっぱりと言い切った。
 
「ばっかやろう!!」
 
 オシニスさんの拳がカインの頬に飛ぶ。カインはそのまま吹っ飛び壁にぶつかった。口から血が出ている。だがカインは何も言わず、立ち上がってまたオシニスさんを見つめた。
 
「ロコの橋まで行ったこともないお前らが、南大陸へ行くというのか!?本気なのか!?しかも二人だけでなんて、死にに行くようなもんだ!!」
 
「落ち着け、オシニス!」
 
 ライザーさんがオシニスさんの肩を掴む。
 
「これが落ち着いていられるか!!俺だって剣士団が遠征するって言うなら、もっと大人数で出掛けるってんなら、喜んでこいつらを推薦してやるよ!だが二人だぞ!?たった二人で行ってどうなるって言うんだ!!それでもお前は、こいつらを『はいどうぞ』と笑って送り出してやれるってのか!!死んじまってもいいって言うのか!?」
 
 その瞬間、今度はライザーさんの右手が拳になって、オシニスさんの頬に飛んだ。その勢いで今度はオシニスさんが吹っ飛び壁にぶつかってしりもちをついた。頬が紫色に腫れあがり、口の端が切れて血が滲んでいる。ライザーさんは大股でオシニスさんに歩み寄ると、その胸ぐらをぐいと掴み、鋭い瞳でにらみすえた。
 
「・・・バカを言うな・・・!僕がそんなことを考えていると、君は本気で思っているのか!!ロコの橋まで行けば、南大陸にどんなモンスターがいるかはわかる。だがあんなのはほんの一部だ。向こうには、もっと凶暴で恐ろしいモンスターが、数え切れないほどいるんだぞ!!そんなところに・・・そんなところに、誰が・・・この二人を行かせたいものか・・・!!」
 
 ライザーさんの手は震え、瞳からは涙が流れた。その涙を拭おうともせず、ライザーさんはオシニスさんを見つめ続けている。あまりにも思いがけない目の前の光景に、カインも私もただ黙って見つめているしかなかった。クロンファンラでセントハースの名を聞いた時には、さすがに二人とも青ざめて動揺していた。だが今、私達のことを思いやるあまり、これほどまでに取り乱して大喧嘩をしている。
 
「待ってください!!」
 
 私は思わず叫んだ。
 
「私達は・・・ハース城の事態を見極めるために行くんです。死にに行くんじゃないんです!だから・・・だから必ず戻ってきます!!お願いですから、私達のために喧嘩しないで下さい!!必ず・・・戻って・・・来ますから・・・。」
 
 そこまで言って私の目から涙がこぼれ落ちた。私は慌てて制服の袖で涙を拭うと、驚いて私を見つめているオシニスさんとライザーさんの瞳をまっすぐに見た。
 
「クロービス・・・!!」
 
 カインが私の肩に震える手をかけた。
 
「ごめん・・・ありがとう・・・。」
 
 ちいさな声でそう言うと、流れ落ちる涙を拭おうともせずにオシニスさん達に向き直った。
 
「オシニスさん、ライザーさん、わがままばかり言ってすみません!でも俺達は必ず戻ってきます。だから、行かせてください!!笑って・・・送りだして下さい!」
 
 カインは一生懸命頭を下げる。そんなカインを見ながら、ライザーさんがオシニスさんから手を離した。二人とも、悲しいと言うより悔しげに顔をゆがめ、しばらく私達の顔を交互に見ていたが、やがて大きくため息をついた。
 
「そう・・だな・・・。お前達は、調査のためにハース城に行くんだな・・・。そうだ・・・別に死にに行くんじゃないんだよな・・・。」
 
 オシニスさんが自分に言い聞かせるかのようにつぶやいた。
 
「もうこの二人は・・・立派な王国剣士だ・・・。いつまでも僕達の手が必要なわけじゃないんだね・・・。君達は二人だけで聖戦竜を追い払うほどの腕の持主なんだ。・・・カイン、クロービス、すまなかった。君達の意志を尊重するよ。」
 
 ライザーさんが涙を拭いながら、少しだけ寂しそうな笑顔で私の肩を叩いた。
 
「・・・私達のことを心配してくれて、嬉しかったです・・・。私達はいつもお二人に迷惑ばかりかけてたから・・・。」
 
「俺達と同じ研修を受けて入ってきたからな。最初から何となく気にかかっていたんだよ、お前達は。俺はカインと二度も研修で立合いをしたし、ライザーにとってはお前は幼馴染みで恩人の息子だ・・・。俺はライザーから聞かされたことがあったんだ。自分の病気を治してくれた先生には息子がいて、すごい引っ込み思案だけど好奇心旺盛な男の子だったってな。まさかあの時剣技試験に合格した新人剣士が、その幼馴染みだとは夢にも思わなかったがな。」
 
「君に出会えて・・・嬉しかったんだ。サミル先生には結局何の恩返しも出来なかったけど、君がここで成長していくなら少しは手助けが出来るかも知れないと思った。迷惑だなんてとんでもないよ。僕は・・・君には救われてばかりだ・・・。」
 
「ライザーさん・・・。少しだなんて・・・私がここまでになれたのは・・・みんなお二人のおかげです。それにセントハースと戦った時だって、ライザーさんが教えてくれたフットワークがあったからだし、あんなに高く飛び上がれたのもみんな・・・みんな、教えていただいたことばかりですから・・・。」
 
 言いながらまた涙が込みあげてくる。
 
「さっき・・・じいさんの肩も震えていた・・・。文句の一つも言ってやりたかったが、あの背中を見たら何も言えなくなっちまったよ・・・。あの場にいた誰だって、お前達を喜んで送り出したくはない・・・。必ず・・・必ず帰ってきてくれ・・・。」
 
 オシニスさんが涙をためた瞳で小さくつぶやいた時、扉をノックする音がした。こちらの返事も待たず扉が開いて、顔を出したのはキャラハンさんだった。
 
「剣士団長がお話があるそうです。食堂に集まってくださいとのことです。・・・あれ?カイン、クロービス、君達もここにいたのか。こりゃいいや。一部屋まわる手間が省けた。それじゃ。」
 
 言うだけ言うとキャラハンさんは扉を閉め、
 
「おーい、ハリー、カインとクロービスがここにいたぞぉ。一部屋分手間が省けたぞぉ。」
 
廊下で大声で叫んでいる。
 
「・・・相変わらずお気楽な奴らだな・・・。行くか。多分この件だろう。」
 
 明るく屈託のないキャラハンさんの声に何となく救われた思いで、私達は部屋を出ようとした。と、その時、オシニスさんが立ち止まり、
 
「おい、ライザー。」
 
「ん?」
 
 振り向いたライザーさんの頬に、オシニスさんのパンチが炸裂した。不意をつかれてライザーさんはよろめいたが、とっさにテーブルに手をつき、素早い足さばきで体勢を立てなおした。
 
「な・・!いきなり何だ!?」
 
「はっ!さっきのお返しだ!!」
 
 オシニスさんはそう言うと大声で笑い出した。
 
「まったく・・・仕方ないか。これでおあいこだな。」
 
 ライザーさんはそう言うと、自分の頬に手を当てて治療術を唱え、あっという間に頬の腫れを治してしまった。
 
「厳密には違うがな。あいこということにしておいてやるよ。俺は吹っ飛んで壁にぶつかったが、お前は転ばなかったじゃないか。」
 
「君に殴られたくらいで吹っ飛ぶようでは、南地方の盗賊達など相手に出来ないからね。」
 
「まあな。俺も、お前に俺のパンチ程度で吹っ飛ばれては困る。」
 
 また笑い出したオシニスさんの、口の端が切れていたのもいつの間にか治っていた。カインも自分の気功で頬の腫れを治していた。4人で廊下に出て食堂に向かう途中、ライザーさんがぽつりとつぶやいた。
 
「さっきの会議室・・・妙に寒くなかったか?」
 
「寒い?」
 
 オシニスさんが怪訝そうに聞き返す。
 
「ああ、何となく。僕はずっと背中がぞくぞくしてた。不気味な冷気があの部屋を支配しているような・・・。そんな気がずっとしてたんだ・・・。」
 
「クロービス、お前はどうだ?そんなの感じたのか?」
 
 オシニスさんが私に振り返る。
 
「・・・はい・・・。何となく。」
 
 ライザーさんもあの冷たい空気を感じていたらしい。彼や私のような呪文の使い手は、使えない者よりも『空気の流れ』に対して敏感だ。だがそれがフロリア様から発せられていたかも知れないと、私は口にすることが出来なかった。
 やがて食堂に着くと、大勢の剣士達が既に集まっている。その中には、以前研修で出会ったローランの常駐剣士、ドーソンさんとキリーさんもいた。
 
「よお、久しぶりだな。何か重大発表があるらしいが、一体何なんだろうな。」
 
「ローランのほうはいいんですか?」
 
 カインが尋ねる。
 
「ああ、こっちに定時報告に来たんだ。今向こうには、あっち方面を巡回していた組が泊まってくれているよ。」
 
 そこにハディとリーザも入ってきた。
 
「お前らもう来てたのか。剣士団長の発表ってのはなんなんだろうな。」
 
「クロンファンラがドラゴンに襲われたことは聞いたか?」
 
 カインがハディに尋ねる。
 
「ああ、聞いた。どうやら町のほうに被害はなかったらしいから、一安心していたところだよ。」
 
「お前の家族はどのあたりに住んでいるんだ?」
 
「町の外れさ。住宅街の隅っこだ。」
 
「そうか、なら大丈夫だよ。」
 
「何でそんなことがわかるんだ?」
 
 ハディが怪訝そうにカインを見た。
 
「そのドラゴンと戦ったのが俺達だからさ。」
 
「な、何ですって!?それじゃドラゴンを追い払った王国剣士って・・・。」
 
 リーザが声をあげた。
 
「そうだよ。俺達のことさ。」
 
「ま、まさか・・・本当なのか!?そのドラゴンは、どうもセントハースだったらしいって話だぞ!?」
 
「本当だよ。今回から、クロンファンラ附近の巡回に入ったんだ。それでちょうど私達がクロンファンラに泊まっていたんだよ。」
 
 やがて剣士団長が入ってきた。後ろからユノも歩いてくる。その表情は、先ほど会議室で見た時と同じように青ざめてこわばっていた。剣士団長は食堂にはいると、扉をぴたりと閉めた。そして中を見渡し、
 
「集まったようだな・・・。」
 
小さく言って頷いた。王宮内および城下町近郊にいた剣士達は全員集められたらしい。
 
「では・・・これから重大な発表をする。」
 
 剣士団長の言葉に、皆しんと静まりかえった。
 
「今まで極秘とされていたことだが・・・南大陸のハース城、及びハース鉱山からの連絡が一切途絶えている。それに伴い、剣士団を南大陸に派遣するかどうかと言う論議が持ち上がった。」
 
 剣士達の中からざわめきが起こる。
 
「だが、向こうの様子がわからない。そこで、まずは調査のために王国剣士を一組派遣することになった。」
 
「誰が行くのか決まっているのですか?」
 
 すかさず剣士達の中から質問があがる。
 
「決まっている。カイン・クロービス組こちらへ。」
 
「はい!」
 
 呼ばれた私達が立ち上がって剣士団長の隣に並ぶと、食堂の中にざわめきが起こった。
 
「な、何ですと!?この二人を南大陸に斥候として送り込むというのですか!?」
 
 ティールさんが真っ青になって立ち上がった。
 
「そうだ。知っている者もいると思うが、一昨日クロンファンラを巨大なドラゴンが襲った。そのドラゴンはどうやら聖戦竜の一匹『地竜セントハース』だったと言うことだ。そのセントハースを追い払ったのがこの二人だ。」
 
「セントハース!?聖戦竜が活動を始めたと!?」
 
 叫んだのはセルーネさんだった。
 
「それを・・・カイン、クロービス、お前達が二人で追い払ったというのか・・・!?」
 
「その通りだセルーネ。その腕を買って、フロリア様もこの二人ならと承諾してくださった。」
 
「フロリア様が・・・そんな・・・。」
 
 呆然としたままつぶやいたのはステラだ。
 
「これは決定事項だ。だがこの二人は王国剣士としては経験が浅い。南大陸どころか南地方のロコの橋付近までもまだ行ったことがない。そこでこの中から何組かに、この二人を鍛えてもらいたいと思う。これから名前を呼ばれた組は、本日ただいまから二人が出発するまでの間、一切のローテーションからはずれ、こちらの仕事に専念してもらう。まずは、ティール・セルーネ組!」
 
「はい!」
 
 二人が立ち上がる。
 
「それからセスタン・ポーラ組!この二組は何度かカナの村やハース鉱山に赴任しているので、北と南を何度も往復している。向こうの地理や、砂漠の旅の注意事項などを教えてやってくれ。」
 
「わかりました。」
 
 皆大きな声で返事をするが、その表情は青ざめている。だがポーラさんの顔が、他のみんなより一層青ざめて暗く見えたのは気のせいだろうか。
 
「それから、オシニス・ライザー組!ハリー・キャラハン組!カーナ・ステラ組!ハディ・リーザ組!」
 
「はい!!」
 
「お前達にはこの二人の戦闘指南をしてもらう。南大陸での戦闘を想定して、どんな状況も対応出来るように鍛え上げろ!オシニス、お前が指揮を執れ。ライザーが補佐、それからグラディス、お前は南大陸での戦闘経験が一番豊富だな。オシニス達のやり方を見て、手ぬるいようならハッパをかけろ。期限は3日だ。4日目の朝にはここを出発させなければならない。それからランド!」
 
「はい。」
 
「お前も戦闘指南に入れ。カインとクロービスの才能を、最初に見いだしたのはお前だ。多分本人達よりもこの二人のことをよく判っているだろう。」
 
「わかりました。しかし・・・私の仕事は採用担当です。他の剣士のようにローテーションがあるわけではありませんから、ここを空っぽにするわけにはいきません。」
 
「その通りだ。お前がカイン達の相手をしている間は、現在王宮内勤務の組に手伝ってもらうことにする。エリオン・ガレス組、お前達、今は執政館だな?」
 
「はい。」
 
 突然名前を呼ばれて、エリオンさん達は目をパチクリさせていたが、それでも大きな声で返事をした。
 
「お前達が交替で採用カウンターに座れ。執政館のほうは、今自由警備の組に代わってもらおう。シルフィ・ローラ組、お前達は確か昨日から自由警備に出ていたはずだが、明日から執政館に入れるか?」
 
 団長の言葉に、シルフィさん達は笑顔で頷いた。
 
「了解いたしましたわ。お任せください。でも団長、エリオンさんが複雑な表情をしていましてよ。」
 
 シルフィさんがエリオンさんの顔を見ながらおかしそうに微笑んでいる。エリオンさんを見ると、確かに複雑な表情をしていた。
 
「団長、私は、ランドほど人を見る眼が自分にあるとは思えません。受付は引き受けますが、もしも入団希望者が来た場合は、手合せはランドに任せたいと思うのですが。」
 
「なるほどな。自信がないというわけか。」
 
 剣士団長の言葉には、挑発するような響きがこもっている。普通の人ならここでカッとするのだろうが、エリオンさんは少しも動揺を見せない。
 
「おっしゃるとおりです。これがロコの橋近辺の巡回を専門でやれとか言うお話なら、私は喜んで引き受けますし、私が南大陸へ行けと言われても驚きはしません。任務を遂行出来るだけの自信もあります。ですが、採用担当という仕事は、腕さえたてばいいと言うものではないと思います。実際私は、クロービスが試験に合格した時彼の姿を見て、あまりにもおとなしそうに見えて不安になったくらいです。もしも私がその時の採用担当だったら、彼を合格させはしなかったと思います。でも今のクロービスの力は剣士団の誰もが認めるところです。このことだけを取ってみても、私がたとえ何日かにせよ、採用担当官の代わりとしては相応しくないと言うことがおわかりでしょう。ましてや今は、町の中でも聖戦の危機が叫ばれています。こんな時だからこそ、採用は慎重に行われなければならないのではないでしょうか。」
 
「私もエリオンと同じ気持ちです。採用担当官はランドを置いて他にはいないでしょう。私達では力不足だと思います。」
 
 エリオンさんに続いて、ガレスさんが口を開いた。剣士団長は二人の顔を順番に見て、やがてふっと小さく笑った。
 
「俺としては、お前達に人を見る眼がないとは思わん。だからこそ、この任務を申しつけたいわけなんだが・・・。確かにエリオンの言うことにも一理ある。ランド、お前はどうだ?エリオン達の提案を受け入れるなら、お前は呼ばれたらこちらに戻って、新人剣士候補者と剣を交えることになるが、かなり体力的にはきついかもしれん。」
 
「ここまで言ってくださるのに、出来ないなどと言えません。そういう場合は何とかしましょう。ただ、私を呼ぶかどうかはエリオンさん達にお任せしますよ。私も剣士団長と同じ意見で、エリオンさん達に人を見る眼がないなどとは思ったことがありませんからね。それに、このご時世に入団を希望してくるほど気骨のある若者がいるやらいないやら・・・。」
 
 ランドさんは言いながら肩をすくめてみせた。
 
「よし、決まりだな。ではエリオン、ガレス、お前達は受付として、明日から3日間採用カウンターに座り、必要ならばランドを呼んで試験を行う。頑張ってくれ。」
 
「わかりました。」
 
 この時のエリオンさん達の態度に、私は少なからず驚いていた。エリオンさんもガレスさんも、確かセスタンさん達と同期だと聞いているが、私はこの二人に真面目な人だという印象を受けたことがあまりない。入団して何ヶ月か過ぎた頃、私はこの二人にいささかしつこく誘われて、断り切れずに酒場につきあったことがある。ビールを何杯かおごってもらったが、あまり酒に強くない私は、次の日に差し支えるからと途中から飲むのをやめた。すると彼らはその店から出ると、何と歓楽街に繰り出すという。私は慌てて断ったが、半ば引きずられるようにして歓楽街の手前の通りまで連れて行かれた。いい女を世話してやるからと言ってきかないエリオンさん達に、三拝九拝して何とか断って、半分逃げるようにして王宮に帰ってきたのだが、焦って宿舎の階段を上がったところでハリーさんとぶつかり、事情を説明して謝ったところ、大笑いされた。エリオンさん達に悪気がないのはわかっていたし、次の日頭をかきながら、無理強いして悪かったと謝られたので、そのことで彼らに悪感情を持ったことはなかったが、それでも私にとって彼らは『遊びが好きでちょっと不真面目な先輩』と言う印象が強かった。だからこんなに冷静に自分の力を分析して、団長の挑発にも乗らずにきちんと自分の考えを言える彼を見て、自分がいかに、人をある一面だけで判断していたかと思い知らされた。
 
「さて、他の者達だが・・・。」
 
 剣士団長はそこでいったん言葉を切り、他の剣士達を見渡した。
 
「今名前を呼ばれた者達は、我が剣士団の中でも精鋭中の精鋭だ。これから3日の間、その剣士達がすべての警備のローテーションから抜ける。他の者達!お前達も王国剣士ならば、見事その穴を埋めて見せろ!!」
 
 その言葉に、食堂の中の空気が引き締まったような気がした。
 
「以上だ!解散!!」
 
 そして他の剣士達はぞろぞろと食堂を出ていった。だが、ドーソンさんとキリーさんがまだ残っている。
 
「どうした?会議は終わりだ。持ち場に戻れ!」
 
 剣士団長が怪訝そうに二人を見ている。キリーさんは青ざめ、まっすぐに剣士団長に歩み寄った。
 
「私を・・・私を南大陸に行かせてください!」
 
「それはならん。この二人ならと、フロリア様から許可が下りたのだ。」
 
「どうしてですか?どうして・・・私では駄目なんですか?どうしてですか!?」
 
 異様なまでに熱っぽい瞳で、キリーさんは剣士団長に詰め寄る。
 
「・・・他の誰でも許可は出ない・・・。カイン・クロービス組に行かせるようにと、さっき念を押されてきたのだ・・・。」
 
 剣士団長は辛そうにキリーさんの顔を見た。
 なぜ・・・。確かに私達は自分から志願した。だが他の誰でも一切認めないというのは・・・。フロリア様はそうまで言い切って私達二人を南大陸へ行かせたいのか・・・。何か理由があるのだろうか・・・。
 
「どうして・・・どうして駄目なんですか・・・。僕は・・・僕は行かなければならないんだ・・・。僕は・・・あの時戻ってくるべきじゃなかったんだ・・・!!」
 
 そう言うと、キリーさんは顔を覆ってしまった。そのあとからドーソンさんがゆっくりと私達に近づいてくる。
 
「剣士団長・・・差し出口だと言うことは重々承知しておりますが・・・この二人でなければいけないというのなら・・・せめて・・・キリーやガウディさんのことは、この二人に伝えるべきではありませんか・・・?この二人はまだ入団して一年にもならない。何も知らないんだ。そのまま行かせるのはおかしいんじゃありませんか・・・?」
 
 言いながらドーソンさんは暗い表情で剣士団長の顔を見た。剣士団長は、しばらくの間黙ったままだったが、やがて大きくため息をつくと、
 
「・・・そうだな・・・。だがここではまずい。・・・全員俺の部屋に来い。」
 
 私達は剣士団長の部屋へと向かった。ガウディさんと言えば、私の仮入団の日にセスタンさんが口にした名前。そしてライザーさんが慌てたように遮っていた。そういえば以前団長が、昔は南大陸にも剣士団が派遣されていたという話をしてくれたことがあった。ガウディさんとそのこととは、何か関係があるのだろうか。私達のすぐ後ろを、顔を覆ったままふらつく足取りでキリーさんが歩いていく。ドーソンさんがその肩を支えてやって、やっと歩いているようだ。このキリーさんの取り乱しようは一体・・・。それにポーラさんも真っ青だった・・・。南大陸で・・・一体昔何があったのだろうか・・。
 
 剣士団長は、全員が団長の部屋に入ったのを確認して、ドアをぴたりと閉めるようにと指示した。最後に入ったドーソンさんが扉を閉め、しばらく誰も入らないようにと、鍵までかけた。
 
「この中には、先ほどの話を知っている者もいるだろう・・・。」
 
 剣士団長が沈痛な面持ちで口を開いた。
 
「カイン、クロービス、お前達は王国剣士としては実に3年ぶりに南大陸を踏むことになるのだ・・・。」
 
「3年ぶりに?そうか・・・だからカナへの赴任経験者はキリーさん達からなのか・・・。」
 
 カインは私が剣士団長との旅で聞かされたことを覚えていたらしい。
 
「そういうことだ。」
 
「では教えてください。3年前、何があったのです?」
 
 カインが待ちきれないといった風に剣士団長に尋ねた。
 
「3年前・・・ある日の御前会議で、突然フロリア様がこう言われた。『南大陸は最近モンスターが凶暴になってきたので、剣士団を撤収させる』と。その当時、ハース鉱山ではナイト輝石が発見されて、武器防具の材料として鉄鉱石に勝るとも劣らない性能を持つ鉱石であることが確認されたばかりだった。我々は信じられなかった。こんな大事な時期に、なぜ剣士団を撤収させるのか。ナイト輝石の採掘が盛んになってきて、カナの村の役割も以前よりずっと重要になってきた時だった。そしてハース鉱山だって、王国剣士達が見張っていなければナイト輝石目当ての盗賊達に蹂躙される可能性も充分にあったのだ。だが、フロリア様は我々の意見など聞こうとしない。とうとう剣士団に撤収命令を出し、カナの村に赴任していた剣士達を引き上げさせた。そしてロコの橋を許可なくして通れないように封鎖してしまった。」
 
「フ、フロリア様が・・・!?そんなバカな!!フロリア様がそんなことをされるなんて・・・。」

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