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「思うよ。正直に言わせてもらうけど・・・私の歓迎会の時と、謹慎最終日の時では、君の力は全然違ってたよ。最初の時は君は前しか見ていなかった。だからあんな手に簡単にかかったんじゃない?まさかあんなにうまくいくとは思わなかったんだ。君の気をそらせて、チャンスを見つけられればとは思ったけど。」
 
「ははは。まったく今思うと情けなかったよ。」
 
 ハディの声は少しだけ自嘲気味に聞こえた。
 
「謹慎最終日の時は・・・負けるかも知れないと思ったよ。それほど君は強くなっていたんだ。君は私よりもはるかに立派な体格をしているんだから、あのまま振り回されたら私のほうがばてて負けていただろうな。でも君はそうはしなかったよね。」
 
「俺は正々堂々と戦いたかっただけだ。そんな姑息な手が使えるか。」
 
「君らしいね。私が勝てたのは、あの時剣士団長が言ったように、身の軽さの分だけ私に分があったってことだよ。君と私の実力に差なんてほとんどないだろうな。」
 
「そうか・・・。俺はお前と試合をして、歓迎会の時よりお前が遙かに強くなっていると思ったよ。そのお前が自分と互角だと言ってくれるってことは、俺は自分が思っているよりも力をつけることが出来たってことか・・・。」
 
「そうだよ。だからもっと自信を持ってよ。あ、でも・・・私と同じくらいでは自信なんて持てないか・・・。」
 
 話しているうちに、いつの間にか自分がすごい実力の持主のような言い方をしてしまったような気がして、私は思わず顔を赤らめた。これではただの自惚れ屋になってしまう。そんな私の顔を見て、ハディは笑い出した。
 
「その辺がお前らしいな。お前こそ自信を持てよ。わかった。しばらくの間は、考えるよりもまず行動してみるよ。頑張っているうちに納得出来るかも知れないしな。」
 
「そうだね。」
 
 ハディが気を悪くしていないらしかったので、私はほっとした。
 
「話は決まったみたいだな。」
 
 カインも微笑んでいる。
 
「それじゃ一安心ね。」
 
 リーザも笑顔をハディに向けた。
 
「考えるよりもまずは動かないと、何事も始まらないよ。頑張ろうぜ。」
 
 カインがハディの肩を叩いた。
 
「そう言えば、剣士団長がロコの橋には近づくなって言ってたけど、どういう事なのかしら?」
 
 リーザが首を傾げた。そう言えば確かに団長はそんなことを言っていた。
 
「あっちの方は一番南大陸に近いところだ。南大陸から渡ってくるモンスターも多いのさ。当然このあたりよりも凶暴な奴ばかりだ。今の俺達では勝ち目がないと思ったんだろう。」
 
 ハディが少し顔を曇らせて答えた。
 
「いやに詳しいな。」
 
 カインが感心したようにハディに振り向いた。
 
「俺の住んでいた村は、あのあたりの海辺近くにあったんだ。村を捨ててクロンファンラまで行く途中にも、たくさんの村人がモンスター達に殺された。普通の農民に撃退出来るような生やさしい奴らじゃなかった・・・。俺はまだほんの子供だった。うまく逃げおおせたのが奇跡みたいなもんだ・・・。」
 
 言いながらハディの声が震えてくる。
 
「そうか・・・。つらいこと思い出させちゃったな。悪かったな。」
 
 カインがハディに向かって頭を下げた。
 
「気にするなよ。お前にそんな素直に謝られると気味が悪い。もう夜も遅いぞ。そろそろ不寝番を決めて寝たほうがいいんじゃないのか?」
 
「そうだな・・・。どうする?いつも組んでる奴とするか、たまには交替するか、どっちがいい?」
 
 カインが言いながら私達を見回した。
 
「はーい!私クロービスと組みたぁい!!」
 
 リーザが元気に手を挙げる。
 
「へぇ、よし、それで行くか。俺とハディで幻のコンビ復活だな。」
 
 カインは楽しそうに笑っている。研修の時にハディと組んだことを言っているのだろう。
 
「よし、俺もたまにはリーザのお守りから離れたいからな。クロービス、任せたぞ!」
 
 ハディもにやにやしている。
 
「失礼ね!!あなたにお守りしてもらったことなんてないわよ!」
 
 リーザのふくれっ面に、私までおかしくなって笑い出してしまった。
 
「まずは俺達がやるよ。それまで寝とけ。」
 
 カインに促され、リーザと私はテントのところに来た。
 
「クロービス、あなたイビキかかないわよね?」
 
「自分が寝てからのことなんてわからないよ。うるさいと言われたことはないけどね。」
 
「そう。ならいいわよ。」
 
「でもたまにへんな夢見てうなされるけど・・・。」
 
 最近夢を見なかったので、別に言わなくてもいいかも知れないとも思ったが、こんな日に限って見たりするものだ。南地方に迷い込んだ日の夜も、うなされる私にオシニスさん達が青ざめていた。とりあえずの伏線を張るつもりで私は言っておくことにした。
 
「へんな夢って?」
 
 リーザは怪訝そうに私の顔を覗き込んだ。
 
「いろいろだよ。よくは憶えてないんだけど・・・。」
 
 さすがに内容まで言うわけにはいかない。
 
「そうよね。夢なんて克明に憶えていられるわけないものね。・・・エッチな夢じゃないわよね?」
 
「ち、違うよ!そんなんじゃないけど・・・。」
 
 探るように私を見つめるリーザの言葉に、私は思わず赤くなった。
 
「まあいいわ。クロービスってあんまり『男の人』って感じしないのよね。それじゃお休みなさい。」
 
「お休み。」
 
 どうやら私はリーザに男として見られてないらしい。別に彼女に好意を持っているわけではなかったが、それでも何となく複雑な気持ちだった。
 やがて私は眠りの中に落ちていき、やはり夢を見た・・・。
 
 いつもと違う夢・・・。
 きれいな部屋。美しい家具調度品。ここはどこなんだろう・・・。
 部屋の中に誰かいる・・・。
 
「父さまは母さまを愛してないの?」
 
 一目見ただけで上等とわかる美しいドレスを着た女性が、椅子に座る男性に詰め寄っている。
 
「そんなことはない・・・。絶対に・・・。」
 
「でも母さまはそう言ってるわ。他に誰か女の人がいるって。本当なの?」
 
「違う。神に誓ってそんなことはない。だが彼女は信じてくれないんだ・・・。」
 
 眉間にしわを寄せて悲しそうに首を振る男性は、詰め寄っている女性の父親か・・・。
 でも何でこんな夢を見るんだろう・・・。
 
「信じられないのは、それが本当のことだからではないの?父さまには他に好きな人がいて、その人のことばかり考えているからじゃないの?」
 
 青ざめたまま父親が唇を噛む・・・。
 
「どうして返事しないの?どうして否定しないの?」
 
 詰め寄られてなお黙り込む父親・・・。
 父親の苦悩、詰め寄る娘らしい女性の悲しみ、そんな心がみんな私の中に流れ込んでくる。
 やがて女性は諦めたのか、くるりと振り向いて部屋を出ていく。
 その顔は・・・・。
 
 そこで私は目を覚ました。涙が出ている。仕切布の向こうは静かだ。リーザはまだ寝息をたてているらしい。ちょうどそこにカインが顔を出した。
 
「起きてたのか。交替だぞ。・・・またなんか見たな?泣いてるぞ。」
 
 今ではカインは、私の顔を見ただけで夢を見たかどうか判るようになっていた。毎日寝食を共にしているのだから当然かも知れない。
 
「・・・大丈夫だよ。リーザを起こさなくちゃ。」
 
 涙を擦りながら仕切布の向こうに向かって声をかけると、リーザが起きあがった気配がした。
 
「交替だよ。」
 
「・・・今行くわ・・・。」
 
 何となく元気のなさそうな声。やはりさっきのはリーザの夢か・・・。
 テントから出て焚き火のそばに座っていた私のところに、少し遅れてリーザがやってきた。お互いただ黙っている。あたりには秋の気配が漂い始めていた。少し肌寒い。
 
「クロービス・・・。あなた好きな人いる?」
 
 不意に思いがけない質問をされて、私はぽかんとしてリーザを見つめた。
 
「い、いや・・・特別いないけど・・・。」
 
「そうなの・・・?あの子は?いつも図書室で一緒にいるじゃない。パティの妹さんよね?」
 
「エミーはそんなんじゃないよ。たまたま本が好きだから話が合うだけで・・・どっちかって言うと、妹みたいなものかな・・・。」
 
「ふぅん・・・。」
 
 リーザは口をつぐみ、少しの間沈黙が流れた。
 
「君はどうなの?好きな人なんているの?」
 
 別に知りたいわけではなかったが、何となく私も同じ質問をした。
 
「そうね・・・。どうかしら・・・。」
 
 リーザは言葉を濁し、空を見上げた。
 
「ねぇ、クロービス、好きな人がいたら、そばにいたいわよね。そしてずっと、その人と一緒に生きていきたいわよね・・・。」
 
「そうだね・・・。」
 
 さっきの夢が思い浮かんだ。リーザの父親には好きな人がいるらしい。でももう結婚しているから一緒になれないということか・・・。ではリーザの両親は、愛し合って結婚したわけではないのだろうか。いわゆる『上流階級』の人達だって、私達のような一般庶民と何ら変わるところはないはずだ。それとも愛情云々よりも、家同士の駆け引きによる『政略結婚』のようなものだったのだろうか。でもいずれにせよ、自分の両親が心から愛し合っているのではないと言う事実は、娘にとってはつらいことだろう。
 私は母の顔を知らないが、父は一生懸命私を育ててくれた。父が出掛けている時はブロムおじさんがしょっちゅう様子を見に来てくれたし、イノージェンの母さんや他の集落の人達もいつも気にかけてくれていた。寂しいと思ったことはなかった。両親が揃っているからといって、必ずしも幸せではないのかも知れない。
 
「でも・・・一人の人をずっと想い続けるって難しいのかな・・・。いずれは心変わりしてしまうものなのかしら・・・。」
 
 私はふと、ライザーさんのことを考えた。イノージェンがずっとライザーさんのことを想い続けていたことはわかる。でもライザーさんのほうはどうなのだろう。島を出てからずっと、他の女性を好きになったりしたことはなかったのだろうか・・・。15年は長い。そんなに長い間、子供の頃に別れた女の子を想い続けるなんてことが、本当に出来るのだろうか。仮入団の日にライザーさんと話をして、彼が今、イノージェンを想っていることはわかった。だから今までもずっとそうだったのだろうと、あの時は単純に考えていた。でもよく考えてみると少し不自然かも知れない。私がイノージェンを幸せにしてくれと頼んだ時にも、一応承諾はしてくれたが、何となく歯切れの悪い返事だった。こんなことを考える自分がいやだったが、一度心の中に芽生えた疑問は、少しずつ膨らんでいく・・・。
 
「どうなのかな・・・。人によると思うよ・・・。心変わりする人もしない人も・・・。でもみんなきっと一生懸命なんだよ。」
 
 何だかあんまり答になっていないような気がした。でも今の私にはこの程度のことしか言えない。そもそも、これまでの私の人生の中で、すべてを投げ出すことになっても一生愛し続けたいと思えるほど、強く惹かれた女性はいなかったような気がする。イノージェンのことだって結局は自分から諦めてしまった。今思えば、たとえ報われなくても彼女への想いを貫けるほどの強い決意が、私になかったのだろうと思う。
 
「人による・・・か・・・。それはそうね。心変わりなんてしないほど、相手を強く想い続ける人もいるのだろうし、すぐにあちこちに心を移す人もいるのだろうし・・・。一生懸命か・・・。でも、愛する人に愛されてないって・・・やっぱりつらいわよね・・・。」
 
「それは確かにそうだけどね。でも何でそんなこと聞くの?」
 
 話の流れで尋ねただけなのに、リーザは少し顔をこわばらせ、黙り込んだ。さっき私が見た夢のように、リーザは自分の両親のことで悩んでいるのだろうか。だが、だからといってそこまで立ち入ったことを聞くわけにはいかないし、ましてや『さっきこんな夢を見たけど』なんて言えるはずもない。
 
「ねぇリーザ、さっき不寝番の組み合わせの時、どうして私と組みたいなんて言ったの?いつも組んでいるハディとのほうがよかったんじゃない?」
 
 沈黙が何となく気まずくて、何でもいいからリーザに声をかけたかった。
 
「・・・迷惑だった?」
 
 リーザは上目遣いに私を見た。
 
「いや、そんなことはないけど・・・。どうしてなのかなって思っただけだよ。」
 
「そうね・・・。何となく、たまにはハディから離れたかったの・・・。」
 
「ハディが嫌いなの・・・?って、そんなわけないか。そしたらコンビなんて組めないよね。」
 
「嫌いじゃないわよ。嫌いなはずないわ・・・。でも・・・今日は一緒にいたくなかったの。すくなくとも、ここでこうして向かい合ったまま朝までいるのは・・・。」
 
 あとの言葉を呑み込むように口をつぐむと、リーザはまた黙り込んだ。私も黙っていた。なぜリーザがこんなことを言いだしたのか、今ひとつよく判らなかったが、自分の両親のことで苦しんでいるのは確からしい。そして自分自身のことでも何か悩んでいるらしい。それを私にどうしてほしかったのだろう。ただ話を聞いてくれと言うなら、いくらでも聞いてやることは出来るが、もし解決のために相談に乗ってくれなどと言われても、私では多分役に立たない。結局私はずっと黙ったまま、東の空が白みはじめるまでそんなことばかり考えていた。
 やがて朝の風が吹き始め、カインもハディも起き出してきた。私達は朝の食事を終えると、南地方への境界を越え、西に向かって歩き出した。
 
 さすがにモンスターは凶暴なのが多い。盗賊も結構出てくる。このあたりは街道からは外れているので、逆にここを根城にしている連中もいるらしい。カインも私も以前のようにモンスター一匹で四苦八苦したり、大勢に囲まれて動けなくなるなどと言うことはなかった。私はちょうどいい風水の実験相手が出来たようで、『炎樹』『慈雨』『百雷』を完全に自分のものにするべく、ちょこちょこと使いながら一巡りした。カインはオシニスさんに教わった剣技を披露しながら、どんどん敵をなぎ倒していく。ハディもリーザも余裕で立ち回る。カインとハディの鎧をチェインメイルに替えたのはどうやらよかったらしい。二人とも、敵陣に斬り込んでも傷らしい傷もなく、きれいに追い払うことが出来た。わずか1ヶ月の間に、みんながいかに一生懸命私達に訓練をしてくれたか、改めて先輩達のありがたさが身にしみた。
 2週間後一度王宮に戻り、3日ほど休んで再び南への道を辿った。南地方の西部は、大陸の端のほうまでかなり広い。一通り歩き回って、盗賊の根城を二つ壊滅に追い込み、数え切れないモンスターを追い払って、私達の『初任務』は終わりを告げた。
 
 その後、私達4人は異例の速さで南地方警備のローテーションに組み込まれ、最初のころは4人で、やがて本来のコンビに戻って何度か南地方に出掛けていった。その間に私の風水術もかなり上達し、『炎樹』の上位呪文である『日輪照覧』、『慈雨』の上位呪文で水の効果に風の効果が加わった『飛花落葉』を唱えることが出来るようになっていた。治療術のほうは、相手の体に触れて唱える『自然の恩恵』『大地の恩恵』のほかに、近くにいる仲間をまとめて回復させることのできる『光の癒し手』を唱えることが出来るようになった。この呪文を素早く唱えられるようになれば、かなり戦闘が楽になることは間違いない。
 
 そして数ヶ月が瞬く間に過ぎていった。その頃、南大陸の事態が深刻であるという噂は、剣士団内部のみならず、町の中でも聞かれるようになっていった。聖戦が起きる。ドラゴンがやってくる。町の人々はみな一様に怯え、活気が少しずつ失われていくようだった・・・。









 自分の失敗談を克明に話すというのは、思ったよりもばつの悪いものだった。盗賊達の前で足がすくんでしまったり、ゲンコツをくらったことまで隠さずに話した。もっとも、この期に及んで都合の悪いことを隠したまま話をしようなどと考えるのなら、最初から話さない方が余程いい。20年以上過ぎた今でも、やはりあの時のことは苦い思い出として私の記憶に残っている。この話から、カインは何か学び取ってくれるだろうか。私は息子の顔を窺った。話し始めた時からいままで、カインはよけいな口も差し挟まず、ずっと真剣な瞳で聞き続けていた。
 
「初任務が南地方かぁ・・・。聞いた時はすごい羨ましいなって思ったけど・・・南地方って言うのは・・・大変なところだったんだね・・・。」
 
 しばしの沈黙のあと、カインがやっと口を開いた。
 
「そうだね。その点は今だって変わらないんじゃないのかな。確かにそれほど狂暴なモンスターはもういないだろうけど、今はロコの橋から北大陸に来る旅人はたくさんいるだろうから、それにつれて盗賊も増えているんじゃないのかと思うよ。あのあたりの盗賊をなめてかかると大変な目に遭うのは、今も昔も同じだろうな。自由警備がなくなったのは、もしかしたら、父さん達みたいな馬鹿者がこれ以上出ないようにってことで、オシニスさんが決めたのかも知れないよ。」
 
 冗談半分だったが、あとの半分は本当にそうかも知れないと思っていた。あの時オシニスさんは確かに言っていた。『こうなると自由警備ってのも考えものだな・・・』と・・・。
 
「うーん・・・。そうかぁ・・・。あとで団長に聞いてみようかな・・・。」
 
「それはやめてくれ。恥ずかしいじゃないか。」
 
「へへへ、冗談だよ。ありがとう、父さん。あんまり話したくないことだったんだよね?でも聞けてよかったよ。誰だって最初からうまく行くわけないんだよね。少し気が楽になったな・・・。帰ったらまた一からやり直すつもりで頑張らなくちゃ。今度こそ、自分なりのやり方でしっかりと力をつけていかないとね。」
 
「そうだね・・・。でも、あんまり自分のやり方にばかりこだわるのも問題だよ。こだわりすぎて人の意見を聞かなくなったら、やっぱり進歩はしないからね。」
 
「そうかぁ・・・。確かにそうだよね。とりあえず、先輩達に今の僕のありのままを見てもらおうかな・・・。それからアドバイスしてもらうことを考えよう。頑張れば僕だって、そのうち重要箇所の警備にもつけるようになるよね、きっと。」
 
 カインはにこにこしている。希望が出てきたらしい。
 
「その意気だよ。どうやら父さんの話は役に立ったみたいだね。」
 
「うん、すごく。父さんのおかげで目標が出来たよ。」
 
「どんな?」
 
「まずは初任務を与えられることかな。今までみたいに城下町近辺ばかりじゃなくて、こいつならどこに出してもちゃんと仕事をこなせるって、団長に認めさせたい。」
 
「そうか。では頑張ってくれ。でも前みたいに、先走って失敗しないようにね。」
 
「う・・・そ、それは・・・気をつけます・・・。ところでさ、僕はこんなにいろいろ話してもらえて嬉しかったけど、父さんにはこの話つらかったのかな・・・。昔話するのって大変だったんじゃないの?」
 
 思いがけない息子の言葉に、私は少し驚いて顔をあげた。
 
「どうして・・・?」
 
「だって、この間僕が昔のことをいろいろ聞かせてって言った時、すごくつらそうに見えたんだ。顔色もよくなかったし、だから無理に話させて悪かったかなって思ったんだよ。今は・・・大丈夫なの?」
 
「大丈夫だよ。」
 
「そうか・・・。それならいいけど。でも無理しないでよね。」
 
「心配するな・・・。本当に大丈夫だよ。」
 
 子供だと思っていたカインに気遣われ、嬉しいような照れくさいような、複雑な気持ちだった。
 
「でも驚いたな・・・。ハディさんとリーザさんてコンビ組んでいたのか・・・。」
 
 カインは腕を組み、考え込むように首を傾げている。
 
「そうだよ。二人ともまだ剣士団にいるのか。」
 
「いるよ。リーザさんはフロリア様の専任護衛剣士だよ。ハディさんは今はあんまり外に出ないよ。訓練場で僕達みたいな若手剣士の訓練してることが多いかな。」
 
「へぇ・・・。リーザがフロリア様の・・・。」
 
「うん。ねぇ父さん、あのさ・・・。」
 
「ん?」
 
「さっき父さんの話に出てきたユノさんて言う人は、リーザさんの前にフロリア様の護衛剣士だった人なんだよね?」
 
「多分ね・・・でもどうなのかな・・・。父さんが向こうにいた頃はリーザはハディと組んでいたから、父さんがこっちに戻ってきてからすぐ護衛剣士になったのか・・・それともユノとリーザの間に誰かがいたのか・・・そこまでは判らないな。」
 
「ふぅん・・・。その人は今どこにいるの?」
 
「・・・もう・・・いないよ・・・。」
 
「いない?」
 
「そう・・・。もうどこにも・・・いない・・・。」
 
 一瞬カインの顔がこわばった。
 
「そうか・・・。こんなこと聞いたら父さんは怒るかも知れないけど・・・父さんはさ、そのユノさんて言う人のこと・・・好きだったの・・・?」
 
 カインは探るような目で私を見つめている。
 
「別に怒らないよ。・・・そうだなぁ・・・。好きだったよ。でも誤解のないように言っておくけど、恋愛感情とは違うよ。」
 
「でもきれいな人だったんでしょ?」
 
「美人だったよ。でもそれは関係ないじゃないか。父さんは、ユノを先輩として尊敬していたんだ。それに・・・。」
 
「それに?」
 
「・・・いや、何でもないよ。とにかく、変な気を回さないでくれ。それより、ハディとリーザは二人とも独身なのか?」
 
「そうだね。リーザさんは乙夜の塔常駐だし、ハディさんは剣士団の宿舎にいるし、だから独身だろうなぁ。何で?」
 
「あ、いや・・・。結婚しなかったのかなと思っただけだよ。」
 
「あの二人が?」
 
 カインは意外そうな顔をしている。
 
「いや、二人がか、それぞれ他の誰かとか、そこまでは判らないけど、父さんと同じくらいの歳なんだから、とっくに結婚していたっておかしくないじゃないか。」
 
「そうか・・・。そう言われればそうだよね。でも何となくピンとこないな。リーザさんもハディさんも、そう言う話とは全然縁がなさそうだし。二人とも仕事一筋だよ。いつもは優しいけどね。」
 
 なぜリーザはフロリア様の護衛剣士になったのだろう。というより、なぜハディとのコンビを解消してしまったのだろう。あれほど必死に訓練を重ね、剣士団の中でも精鋭中の精鋭に数えられるほどまでになっていたのに・・・。
 4人で初めて南地方に出かけた日の夜、リーザが話していたのがハディのことだったのだと、私が知ったのはずっと後のことだった。自分の両親の不仲をいつも見ていたリーザが、恋愛に対して臆病になっていたということもその時聞いた。そう言えば、仕事上のパートナーと人生のパートナーが同じ相手だと、なかなか難しいものだと言っていたのは・・・セスタンさんだったか・・・。
 ここで私が気をもむことではないのだが、それでも以前の大事な仲間のことだ。やはり気にかかる。とは言え、カインにこれ以上尋ねるわけにはいかない。
 
「そうか・・・それじゃ今の副団長は誰なんだ?」
 
 カインにあまり不審がられないうちにと、私は話題を変えた。オシニスさんが団長なら、ティールさんかセスタンさんあたりか・・・セルーネさんだったら怖そうだ。
 
「それがねぇ・・・さっき父さんの話に出てきた、おっちょこちょいコンビのハリーさん。」
 
「はぁ!?」
 
 あまりにも意外なカインの言葉に、私は思わず間抜けな声を出してしまった。
 
「おっちょこちょいは・・・変わってないような気がする。でもあの人って不思議と人を引きつけるよね。キャラハンさんとのコンビは健在だよ。二人で喋ってるの聞いてると漫才みたいでさ。」
 
 ハリーさん達の会話でも思い出したのか、カインは言いながら少し笑った。
 
「な、なるほどね・・・。いや、あんまり意外だったもんだから。」
 
 『副団長』という役職と、いつもにこにこと楽しげにしていたハリーさんのイメージがどうにも結びつかない。でも昔、ハリーさんとキャラハンさんが、カインと私の稽古の相手をしてくれたことがあった。その助言は的確で、しっかりと私達のことを見ていてくれたことに内心驚いたものだ。いつもは冗談ばかり言い合って、セルーネさんやオシニスさんに怒鳴られてばかりいたけれど、実力は充分だっただろう。彼ら二人もまた、将来の剣士団の担い手となるべき人物だったのは間違いない。
 
「ははは。父さんのさっきの口振りからするとそうかもね。それじゃ僕はもう寝るよ。お休みなさい。また続き聞かせてね。」
 
「まだ聞きたいのか?」
 
「だって、母さんと知りあった時の話は、まだ聞いてないよ。」
 
「前に話したじゃないか。」
 
「すごく簡単にね。あの時は僕もまだ子供だったし・・・。でもほんとのこと聞きたい。」
 
「別に嘘なんて言ってないよ。」
 
「そういうんじゃないよ。ただ、出来ればもう少し詳しく知りたいなって思ってさ。任務のことは別としても、ちゃんと考えれば矛盾することがあるよ。あちこち話を飛ばしてたんじゃないの?」
 
 勘の良さは母親譲りか・・・。それにしても、どうしてこんな時には勘がいいのに普段は抜けているのか・・・。
 
「判ったよ。今度ちゃんと話してやるよ。お休み。」
 
 カインが部屋を出たあと、少しの間考えてみた。あのあと・・・聖戦の噂が少しずつ広まっていく中・・・私は剣士団長に同行し、少しの間旅に出た・・・。そのことから話すべきなのだろうか。それともその話を省いて話したほうがいいのだろうか。だがそれでも、あのあとクロンファンラで起こったあの出来事を隠すべきではないかも知れない。いや、それともこの先の話はしないでおいたほうがいいのだろうか。いずれは知られることかも知れない。だが、あのあと起きた出来事の数々は、どれをとっても若いカインに話すには、あまりにも重い話ばかりだ。明るくて屈託のないカインに、そんな重圧を負わせてしまっていいのだろうか。本当は『話さなければならない』というより、私自身が誰かに話して楽になりたいだけなのではないだろうか・・・。
 
 様々な思いが頭の中を駆けめぐっていく。そういえば、ユノと会話らしい会話を交わしたのも、あの頃だったかも知れない。剣士団長と出かける少し前・・・。
 
 ユノの顔が浮かんだ。陽をはじく金髪と、晴れた空のような瞳・・・。もう二度と、会うことは出来ない・・・。









 南地方から帰ったあとは、3日ほど休みが続く。遠出すればそれだけ疲れもたまるし、いろいろと雑用もたまる。そのための休みだ。だが、大抵の剣士は一日程度しか休まず、訓練場に出かけていく。家が近い者は里帰りをしたりもする。
 カインと私は昨日の夕方、南地方から戻ってきた。だがカインは、昨夜のうちに風呂場で自分の下着を洗ったくらいで、あとは荷物を放り出すとそのまま寝てしまった。そして今日は朝から訓練場に出かけている。私は自分の洗濯物と、カインのシャツなどの洗濯を引き受けて、先ほど終えたばかりだった。
 今日は一日訓練を休むつもりだ。以前は何も考えずにいつもカインと行動を共にしていた。カインは私よりも体力もあり、体つきもしっかりしている。そしてよく食べる。そのカインと同じペースで動き回れば、私の体に負担がかかる。謹慎最終日にそのことを思い知らされた。それ以来、仕事に関しては別行動というわけには行かないのだから、その他の時はそれぞれ自分にあったペースですごそうと、カインと話し合って決めた。荷物の整理をして部屋を片づけてから、南地方に出かける前に借りてあった本を返すために図書室へと向かった。中に入るとエミーがいて、私に気づき笑顔で近づいてきた。
 
「クロービス、久しぶりね。」
 
「そうだね。ずっと南地方に行っていたんだ。昨日の夕方帰ってきたばかりだよ。」
 
「ふぅん・・・。それじゃ今日はお休み?」
 
「今日から3日間は休みだよ。もっとも、今日一日で雑用とかを終わらせて、明日からはまた訓練場に行くつもりだけどね。3日間も休んだら、なまっちゃうからね。今日は前に借りていた本を返しに来たんだ。」
 
「そっか・・・。いつも訓練訓練なのね。」
 
 エミーの口調がなぜか不満げに聞こえた。
 
「それが仕事だからね。」
 
「そうね・・・。それじゃ仕方ないわね。ねぇ、何の本借りてたの?」
 
 エミーは私の手許を覗き込んだ。私は持っていた本をエミーに見せ、少しの間その内容について語り合った。エミーはその本が気に入っているらしく、瞳を輝かせて色々なことを話してくれた。話の途切れるのを待って私は立ち上がった。あまりゆっくりしてもいられない。
 
「もう行くの?」
 
「うん。今日は楽しかったよ。またね。」
 
「・・・そう・・・。それじゃまたね・・・。」
 
 エミーが寂しげに私を見つめた。
 
「・・・どうしたの?」
 
 今までエミーは、私にこんな表情を見せたことがない。何か心配事でもあるのだろうか・・・。
 
「なんでもないわ。」
 
 エミーはくるりと私に背を向け、書架の中に消えていった。図書室を出てロビーを横切ろうとする私を、パティが呼び止めた。
 

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