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第15章 最初の任務

 
 部屋に戻ると、私達はすぐに鎧を外して制服を脱いだ。そしてそれぞれのベッドに腰掛けた。
 
「お前ほんとに大丈夫か?・・・いや、大丈夫なんだろうな。あれだけの立合いしてきたんだからな。」
 
「大丈夫だよ。心配かけてほんとごめん。」
 
 カインはなおも心配そうに私を見ていたが、やがてベッドにごろんと横になった。
 
「お前、謹慎初日にステラに言われたこと覚えてるか?」
 
 天井を見たままカインが尋ねる。
 
「憶えてるよ。」
 
「あれはこたえたんだよな、実際・・・。俺がお前を一人前と認めていないってのがな。でもステラの言う通りなんだなって、今日改めて思ったよ。俺よりもずっと細くて、すごいひ弱そうに見えるのに、お前は強いな。俺なんかよりよっぽど強いかも知れない。あんなに真っ青な顔で声も立てずに倒れたのに、シャキッとして訓練場に現れるし、ハディは倒しちまうし・・・。それにあのフットワーク・・・。お前よっぽど頑張って訓練したんだな。」
 
「ライザーさんが丁寧に教えてくれたからだよ。」
 
「それだけじゃないよ・・・。俺もそんな風に強くなりたいよ・・・。」
 
「強くって、カインは私よりもずっと強いじゃないか。体格も立派だし持久力もあるし、私は君がうらやましいくらいだよ。」
 
「そうかな・・・。」
 
 カインの力無い返事。
 そうか・・・。強くと言うのはもしかしたら心のこと・・・。報われないことを承知でフロリア様を想い続けるつらさ・・・。それに耐えていけるだけの強靱な心が欲しいと言うことなのだろうか・・・。ただ憧れているだけなら、それでよかったのかも知れない。でも今はフロリア様は同じ王宮の中にいて、行こうと思えば行けないことはない。誰が会いに行っても、フロリア様は快く迎え入れて話を聞いてくれる。だからこそ行けない。もう一度そばに行ってしまったら・・・もっとつらくなる・・・。カインの心中を思いやると胸が痛んだ。
 
「それに君の気功も効いたよ。ほんとにあの時、体が軽くなるような気がした。」
 
 フロリア様のことに触れる気にもなれず、私は話題を変えた。
 
「そうか・・・。そう言ってくれると嬉しいよ。俺も頑張るか・・・。早いとこ大きな仕事を成し遂げたいしな。」
 
「そうだね。お風呂に行ってきてもう寝よう。さすがに疲れたよ。」
 
「だろうな。よし、行くか。明日はいよいよ初任務だ。疲れが残らないようにしなくちゃな。」
 
 私達は、宿舎の風呂に入ってすぐに寝床に潜り込んだ。最近あの夢を見ない。不思議な気がしたが、うなされないで済むのはありがたい。
 
 そして次の日、カインと私は、ハディとリーザと共に剣士団長の部屋にいた。
 
「揃ったようだな。」
 
 剣士団長は、私達4人の顔を順番に見渡した。
 
「では新たな任務を申し渡す。これから一ヶ月の間、二週間ずつ南地方の警備をするように。」
 
「南地方の?」
 
 4人が同時に声を上げた。
 
「そうだ。ただし、ロコの橋まで足を伸ばすことは許さん。まずは南との境界付近から西の方だ。二週間かけてあのあたりを一回りして、一度王宮に戻り報告をしろ。それからもう一度二週間だ。それによって、お前達を今後南地方警備のローテーションに加えるかどうか検討する。リーダーはカイン、お前だ。他の者は異存ないな?」
 
「はい。」
 
 ハディが文句を言うかと思ったが、思いかげず素直だった。彼はどうやらリーダーなどの肩書きは苦手らしい。最もそれはカインも同じだろう。何となく居心地悪そうにしている。剣士団長は抽斗を開けて地図を取り出した。
 
「これが南地方全体の地図だ。このあたりが西部だな。」
 
 そう言って指さしながら丁寧に場所を教えてくれた。
 
「テントなどの必需品は、ランドのところへ行ってもらってこい。用意しておくように話してある。その他食料などの準備は、4人で相談しろ。それからタルシスのところにも寄ってこい。クロービスとハディはタルシスに約束していたんだろう?すべての準備ができ次第もう一度ここに来るように。」
 
 私はそんなことはすっかり忘れていた。
 
「わかりました。」
 
 剣士団長の部屋を出るなり、カインが感慨深げにつぶやいた。
 
「いよいよ南か・・・。今度こそ俺達の力であの場所へ行けるんだな・・・。」
 
「そうだね。でも逆に言うと、今度はオシニスさん達の力は借りられないんだから、気を引き締めていかないと。」
 
「私達がいるって事、忘れてもらっちゃ困るわねぇ。」
 
 リーザが横目で私を睨む。
 
「あ、いや、君達をあてにしてないって言うんじゃなくてさ・・・。」
 
 私は慌てて取り繕ったが、
 
「いやねぇ、本気にしないでよ。わかってるわよ。一ヶ月前みたいにならないようにって事なんでしょ?」
 
 リーザはくすくすと笑っている。笑うと本当にかわいい顔立ちをしているなあ、と私は改めてこの同僚の女性剣士を見た。きれいな赤毛の長い髪は、ひとつに編んでまとめられている。初めて会った時になぜかイノージェンの面影が重なって見えた。でも瞳の色以外では、特別どこかが似ているわけではない。家にいた時にはきっときれいなドレスを着て、パーティーなどに出たりしていたのだろう。いい家のお嬢様ならそれなりに大事にされるものだが、彼女は本当に『ちやほやされるのが嫌』だと言うだけで、家を出てきてしまったのだろうか。今ではリーザは、剣士団の槍使い達の中でも、かなりの使い手だと思う。おそらく入団前からかなりの訓練を積んでいることは確かだ。たったそれだけの理由で、家を捨てて剣の道に進み、これだけの努力をはらうことができるものなのだろうか・・・。
 
「私の顔に何かついてるの?」
 
リーザが不思議そうに私を見る。
 
「あ、いや、なんでもないよ。」
 
 へたなことを言えばまた槍の柄で小突かれかねない。私は慌てて首を横に振った。私達はまずランドさんのところに向かった。ランドさんは相変わらず採用カウンターの奥で、何かの書類に目を走らせていた。
 
「おお、お前達か。異例の大抜擢だな。ほら、寝袋にテント。あと念のため仕切布は持っていけ。それから、調理用具は揃ってるのか?」
 
「仕切布?」
 
 カインが首を傾げる。
 
「リーザがお前達と寝袋を並べて、いっしょに寝てくれるって言うんなら、いらないがな。」
 
 ランドさんはからかうように私達を順番に見た。
 
「じょ、冗談じゃないわ!誰がこんな連中と!!仕切布いただきます。それとももう一つテント背負っていこうかしら!」
 
 リーザは本気でむっとしている。
 
「はっはっは。そう怒るなよ。冗談だよ。あっち方面を歩き回るなら、余分な荷物は厳禁だ。仕切布一枚でちゃんとテントの中を区切れるから心配するな。それをめくって覗くような奴はこの中にはいないだろう。みんな命は惜しいだろうからな。」
 
 ランドさんはもう一度大声で笑った。
 
「もう!ランドさん、今回の任務は私達の記念すべき初任務なんですよ!そんなにちゃかさなくたっていいじゃないですか!!」
 
 リーザはふくれっ面でランドさんを睨んでいる。カインもハディも私も、こみあげる笑いを抑えきれず吹き出してしまった。
 
「調理用具は私が持っていますから、あとは食堂で食料をもらってくれば大丈夫です。」
 
 先ほどランドさんが調理用具のことを言っていたことを思いだし、私は笑いを押し殺して話を戻した。
 
「そうか。カイン・クロービス組はクロービスが料理担当として、ハディ・リーザ組はどっちだ?リーザか?」
 
「・・・俺です。」
 
 返事をしたのはハディだった。
 
「へぇ、お前がねぇ。まあこれからは男だって料理くらい出来なくちゃ、嫁の来手もいないそうだがな。リーザはどうなんだ?そう言うのは苦手なのか?」
 
 ランドさんが感心したようにハディを見ながら、ちらりとリーザに視線を走らせる。
 
「こいつに料理させたりしたら、食えるものなんて出来ないですからね。」
 
 ハディはにやりとしながらリーザを横目で見た。
 
「まあ!失礼ね。そんなにひどくないわよ!」
 
「だといいんだがな。」
 
 ハディはまだにやにやしている。まるでピクニックにでも行くような騒ぎでランドさんのところから引き上げた私達は、それぞれの旅支度を終えて、食堂に寄って二週間分の食材をもらった。おばさんはそのほかに、これから出掛けるなら昼用の弁当も欲しいだろうと、4人分の弁当も持たせてくれた。そのあと私達は4人でタルシスさんのところへ向かった。
 
「約束ったって、俺はお前に負けたんだから、今さら行く必要もなさそうだけどな。」
 
 ハディは首を傾げる。私はなんとも言いようがなく、ただ黙って歩いていた。鍜治場に着き扉を開ける。
 
「失礼します。」
 
「お、来たな。ちょっとこっちに来い。どうやらお前達二人とも俺との賭けに勝ったようだからな。約束どおり何か好きなものをやるよ。」
 
 タルシスさんは相変わらずにやにやしている。
 
「俺はこいつに負けたんだから、もらうわけにはいきませんよ。」
 
 ハディはおもしろくなさそうにタルシスさんを見た。
 
「お前はクロービスと互角に戦ってたそうじゃないか。それが勝ちの条件なんだから別にいいさ。そしてクロービス、お前はちゃんとハディを負かしたしな。」
 
「・・・・・。」
 
 ハディは何となくすっきりしないと言った表情で黙っている。
 
「これから南に行くんだろう?つまらないことで意地をはるのがお前の悪い癖だ。それさえなければ、今頃お前はもっともっと強くなれたはずなんだからな。」
 
「・・・とりあえず鎧と剣の修理をお願いします。」
 
「それは全部やってやる。南に行くのにその装備では不安だが・・・。まあ仕方ないか。それに西部なら、それほどとんでもない強い奴らはいないからな。」
 
 私達は全員レザーアーマーを着ていた。まさかこんなに早く南へ行くことになろうとは夢にも思っていなかったので、とても他の装備など間に合わなかった。
 
「タルシスさん、チェインメイルっていうのは、かなり重いんですか?」
 
 ふと思い立って私は聞いてみた。
 
「いや、それほど重くはないが・・・お前みたいに身の軽さを生かした攻撃をする奴にとってはハンデになるかもしれんな。それがいいのか?」
 
「見せていただいていいですか?」
 
「待ってろ。」
 
 タルシスさんはそう言うと、奥へ行きチェインメイルを持ってきてくれた。ちょっと見たところ、目の粗い布で出来た服といった趣だ。持ち上げてみると確かにレザーアーマーよりも重い。ずしりと感じるほどではないが、私が長時間着て歩けばタルシスさんの言う通り、戦闘ではかなりのハンデになるだろう。
 
「カイン、ちょっとこれ着てみてよ。」
 
 私はカインにチェインメイルを持たせた。
 
「俺が着てどうすんだよ。お前が身につけるものを選ぶんだろ?」
 
「いいから。」
 
 カインはわけがわからないと言った顔で、チェインメイルを着てみた。
 
「もし君がこれを着て戦闘するとしたらハンデになるのかな?気になるほど重い?」
 
「いや、かえってこのくらいの方がいいかもな。装備ってのは確かに重いのは困りものなんだが、俺やハディみたいに両手持ちの剣を振り回すタイプなら、このくらいの鎧でちょうどだと思うよ。」
 
 カインはチェインメイルを着たまま、一番最初に憶えたという『地疾り剣』を披露して見せてくれた。歓迎会の日の夜、漁り火の岬に向かう途中でモンスター達に襲われた時、カインはこの剣技でモンスター達を薙ぎ払った。あの時よりも格段に進歩している。剣を一振りするたびに凄まじい風切り音が耳に突き刺さった。これなら大丈夫だ。
 
「タルシスさん、本当に何でもいただいていいんですね?」
 
 私はタルシスさんに念を押した。
 
「男に二言はないさ。」
 
「じゃ、これがいいです。でも私には重いからカインに着てもらいます。」
 
「おい、クロービス、お前のものを選ばなくてどうするんだ?」
 
 カインが慌てて私を見ながらチェインメイルを脱ぎかけた。
 
「でも別に必要なものはないんだ。私がその鎧を着たら多分一番最初にへばりそうだし。それに風水と弓があるから、ある程度の遠距離攻撃も出来るしね。でも君はいつも直接斬り込んでいくじゃないか。そのくらいの鎧でちょうどいいよ。」
 
「でも俺がもらうわけにはいかないじゃないか。タルシスさんはお前にくれるって言ったんだぞ?」
 
「だから私がもらうよ。君に貸してあげる。」
 
 私はカインに向かってニッと笑って見せた。カインはしばらく私を見ていたが、やがてあきれたようにため息をついた。
 
「・・・わかった。お前は言いだしたら絶対に聞かないもんな。ありがたく借りておくよ。」
 
「よし、話は決まったな。ではハディ、お前はどうする?」
 
「もらえるって言うなら、同じ鎧がいいんじゃないの?」
 
 リーザがハディの顔を覗き込む。
 
「だから俺は・・・。」
 
 言いかけたハディの頭にリーザの槍の柄が炸裂した。
 
「つまらない意地張ってんじゃないわよ!それにもう時間がないわ。さっさと決めて剣士団長のとこに行くわよ!!」
 
「あいててて・・・。乱暴な奴だなまったく・・・。わかったよ。それじゃタルシスさん、もらっていいならカインが着ているヤツと同じのをください。」
 
 ハディは恨めしそうにリーザを上目遣いで睨みながら、頭をさすっている。
 
「よし、決まりだな。」
 
(リーザってさ・・・。こういうとこが怖いんだよな・・・。)
 
 カインが私に耳打ちする。
 
「カイン!!何か言った!?」
 
 リーザがギロリとカインを睨んだ。
 
「ずいぶん時間がかかってしまったな。剣士団長が待っているぞ。さっさと行け!」
 
 タルシスさんにせっつかれ、私達は慌てて腰を上げると鍜治場の扉を開けた。開けたはずなのに、先頭にいた私は何か壁のようなものにぶつかってしりもちをついた。
 
「うわ!!」
 
 慌てて立ち上がってみると、それは壁ではなくてライザーさんだった。
 
「あ、す、すみません。よく見ていなくて。」
 
「いや、僕の方こそごめん。急いでいたからね。」
 
「おお、お前か。修理か?」
 
 タルシスさんの声にライザーさんは剣を鞘から出してタルシスさんに手渡した。
 
「はい。お願いします。」
 
 そして私達のほうに向き直り、
 
「ずいぶん重装備だけど・・・どこかに行くの?」
 
 少し驚いたように私達の大荷物を見つめている。
 
「はい。4人で南地方に。」
 
 カインが答える。
 
「南に!?クロービス、君は大丈夫なのか?昨日あれから僕達は夜勤に出てしまったから、顔を合わせなかったけど、真っ青だったんだよ!?」
 
「心配かけてすみません。大丈夫です。」
 
「ライザーさん、こいつあのあと俺と試合したんですから大丈夫ですよ。すごい回復力だ。」
 
 ハディが言いながら肩をすくめて見せた。
 
「そうか・・・。それならいいけど・・・。南のどのあたりまで行くんだい?」
 
 ライザーさんは、なおも心配そうに私を見つめている。
 
「西部地方を回るように言われました。」
 
「あのあたりか。この間カインとクロービスが迷い込んだのが、その西部地方の入口付近だよ。」
 
「あそこがそうだったんですか・・・。」
 
「直ったぞ!」
 
 タルシスさんの声にライザーさんは振り返り、剣を受け取った。
 
「あ、はい。ありがとうございます。それじゃ、頑張ってね。でも絶対に無理はしないように。南をなめてかかると大変なことになるよ。僕は君達の死体探しの旅なんて行きたくないからね。」
 
 そう言ってまた走って去っていった。
 
「ずいぶん急いでたみたいだな。」
 
 ハディが首を傾げる。
 
「立合いの最中だったんだろう。刀身の根っこがほんの少しぐらついていた。それほど、あいつらの立合いは凄まじいって事だな。」
 
「刀身の付け根がですか?」
 
 カインが驚いてタルシスさんに振り向いた。
 
「ああ、そうだ。ほっとけば刀身が吹っ飛んで誰の頭の上に落ちるかわからんが、あの程度ならそれほど心配はいらないし、大抵の者は気づかないままだ。あれだけの速さで剣を交えながら、よく気づいたもんだ。さすがだな・・・。」
 
 ため息と共に鍜治場を出て、私達4人が再び剣士団長の部屋に着いたのはもう午前中も終わろうとするころだった。
 
「やっと出来たのか。ずいぶんと長い旅支度だな。まあいい。今日は初めてだからな。次回からは改善しろ。わかったな?」
 
「はい、申し訳ありませんでした。」
 
 カインの言葉で全員が頭を下げた。剣士団長は私達を一人ずつ見ると、カインとハディの鎧に目をとめた。
 
「なるほど。タルシスからの戦利品か。だがクロービス、お前はどうしたんだ?」
 
「私のはカインが着ています。特別必要なものはなかったので、カインに貸しました。」
 
 剣士団長はそれを聞いてくすくすと笑いだした。
 
「なるほどな。まあいい、お前のものをどうしようとお前の勝手だからな。だが、タルシスが何でこんなことを言いだしたのかくらいは皆わかっているのだろうから、その気持ちを汲んで、気を引き締めて南に向かってくれ。」
 
「判りました。」
 
 タルシスさんの気持ち・・・。ハディに『地道な訓練』の大事さを教えるため。セルーネさんやオシニスさんの言葉をわからせるため。そして私を巻き込むことで、入って間もない新人剣士達にしっかりと腕を磨くきっかけを作るため・・・。
 誰もがその気持ちを痛いほどわかっていた。でもハディはどうなんだろう。確かに今回彼の腕は飛躍的に上がった。でもそれはハディにとっては『自分のやり方』ではない。とは言え、間違いなく効果はあったのだから、あの訓練の仕方はハディに合っていたことになる。それに納得して素直に考え方の切り替えが出来れば問題はないのだろうが・・・。
 
「それから、全員『王国剣士の証』は持っているか?」
 
「はい。」
 
 私達は全員、自分の『王国剣士の証』を出して団長に見せた。
 
「ではそれは首にかけておけ。」
 
「首に?ポケットに入れたりベルトに着けたりではだめなんですか?」
 
 リーザが不思議そうに剣士団長に尋ねた。
 
「出来れば首にかけておけ・・・。そのメダルの裏側にそれぞれの名前と生年月日、それに性別と出身地が入っているな?」
 
「はい。」
 
「それはお前達のいわば認識票だ。それがあれば、他で死んだ時に身元不明の死体にならずにすむ。」
 
 私も含めて、全員の顔がこわばった。
 
「怖くなったか?お前達がこれから行こうとしている場所は、そう言うものが必要になるかも知れないような場所だ。肝に銘じておけ。」
 
「わかりました。では行ってきます。」
 
 『王国剣士の証』に、そんな意味があるとは知らなかった。もしかしたら、南地方に警備に行く時まではそんなことは知らされないのかも知れない・・・。
 
 私達は城壁の外に出た。カインと私にとっては久しぶりの『外』だった。
 
「はぁ・・・やっぱり外はいいなあ。気持ちいいよ。」
 
 カインが大きく伸びをする。私も久しぶりの外の空気に大きく深呼吸をした。謹慎の間中、剣と治療術の呪文のほうは大分上達したが、問題は風水術だ。これだけはどうしても王宮の中で訓練することは出来ない。外で何度も繰り返し練習するしかない。ちょこちょこと現れるモンスターに、『炎樹』や『百雷』を使いながら、私達は南を目指して歩き始めた。やがて日はとっぷりと暮れ、南地方との境界付近にさしかかった。
 
「今日はこのあたりでキャンプだな。」
 
 ハディがつぶやく。
 
「そうだな。夜は動かない方がいいからな。それじゃリーザ、君は火を熾してくれ。ハディと俺はテントを張るから、クロービスは食事の用意を頼む。」
 
 カインの声で私達は野営の準備を始めた。カインとハディがテントを張り、私は食事の準備を始めた。ふとリーザを見ると、火を熾しているが今ひとつうまくいかないらしい。行ってみると、火を熾す前からいきなり太い薪を積み上げてある。
 
「リーザ、これじゃ駄目だよ。君もしかして、火を熾したりした事ってないの?」
 
「そのくらい・・・あるけど・・・。」
 
 リーザは赤くなって口ごもった。リーザは入団して3ヶ月近くになるはずだが、遠出する機会はなかっただろうから、仕事の途中で火を熾したりする事はなかったかも知れない。もしかしたらハディがやっていたのかも知れないし・・・。それに自分の家では、そんなことは使用人の仕事だっただろう。出来ないならそう言ってくくればよかったのにと言いかけたが、お嬢様だから出来ないと思われたくなかったのだろうと思うと、そんな非難がましいことは言えなかった。
 
「もっと細くて燃えやすいの持ってきてよ。」
 
 焚きつけ用の細い枝を積んで火をつける。めらめらと炎が上がり、そこに少しずつ太い薪をくべていく。
 
「はい、これで大丈夫。今度は憶えたよね?」
 
「うん、ごめんね、クロービス。」
 
「いいよ。これから今みたいにして火を熾してよ。」
 
 私は食事の用意に戻った。テントを張り終えたハディが来て手伝い始める。ハディはカインと似たような体格をしている。傍目にはとても料理が出来そうには見えない。でも器用にナイフを使っている。やがて出来上がった食事を食べながらリーザがつぶやいた。
 
「野菜の切り方が全然違うわね。どっちがクロービスでどっちがハディかすぐ判るわ。」
 
「黙って食えよ。どうせお前は何にもしないんだから。」
 
 ハディがうるさそうに返事をした。
 
「つまらないことで言い合うのはやめろよ。明日からはいよいよ南地方に入るんだからな。」
 
 カインがあきれたようにハディとリーザの顔を交互に見ている。食事を終えて後かたづけをすませると、私達は4人で火を囲み、明日からのことについて話し合った。カインは地図を広げて、
 
「今いるのがここだから、・・・明日はこのあたりまで行ってみるか。」
 
そう言いながら西部地方の中程を指さしてみせた。
 
「広さがつかめないからな。あんまり遠くまで行くのは控えた方がいいと思う。」
 
「そうだな。お前がリーダーなんだから、俺はお前に従うよ。」
 
 ハディはそう言うと、その場にごろんと横になって空を見上げた。
 
「俺だってリーダーなんてやりたくてやってる訳じゃないさ。指名されたから仕方なくだよ。俺はお前のほうが適任だと思っていたんだがな。」
 
「まさか!俺だってリーダーなんてごめんだ。性にあわないよ。俺よりはお前のほうがはるかに適任だと思うがな。」
 
「そう言ってもらえるのはありがたいがな・・・どうも落ちつかん。」
 
 カインは本当に居心地が悪そうに首を傾げている。
 
「ははは。もっと自信を持てよ・・・。」
 
 ハディの声が小さくなった。
 
「どうしたんだよ?疲れたとも思えないけど、元気がないぞ。」
 
「いや、ちょっと考えてたのさ。」
 
「何を?」
 
「訓練のことだよ。この一ヶ月、みんなが俺達の相手をしてくれた・・・。自分の技術を惜しげもなく伝授してくれて・・・先輩達のありがたさが身にしみたのさ。」
 
「いやに素直だな。」
 
「ああ、そういつまでもつっぱっていられないさ・・・。あの訓練のおかげで自分にどれほど力がついたか、よーくわかったよ。」
 
「つまりあの訓練の仕方はお前に合っていたんだろうな。」
 
「そう言うことなんだろうな。」
 
「それならもっと喜べばいいじゃないか。お前の顔を見てると、あんまり嬉しそうにも見えないぞ?」
 
「ハディは悩んでいるのよ。」
 
 ふいにリーザが口を挟んだ。
 
「よけいなこと言うなよ。」
 
「あら、よけいなことだった?あなた、カインとクロービスに相談に乗ってほしかったんじゃないの?」
 
「相談て言うより・・・まあ話を聞いてほしかっただけだよ。相談したところで、結局答を出すのは俺自身だからな。」
 
「それならいいじゃないの。」
 
「悩んでいるって・・・何を?」
 
 私はハディに尋ねた。ハディは私に視線を移すと、ゆっくりと起きあがった。
 
「お前らが南から戻ってきた時、話したよな?俺の親父のこと。」
 
「それは聞いたけど・・・。」
 
「俺はずっと『自分のやり方』を探し続けてきた。今回の訓練の仕方が俺に合っていたのはわかったけど、俺自身がそのやり方を『自分のもの』として受け入れることが出来るのかどうかって事だよ。」
 
「つまりお前自身が納得出来るかどうかの問題か。確かに俺達に相談されても答えられない話だな。」
 
 カインが考え込むように腕組みをした。
 
「そう言うことさ。」
 
「でも確かに私達には答えられないけど、とりあえずあのやり方で頑張ってみるのも一つの方法だと思うけどなあ。」
 
「そう思うか?」
 
 ハディは探るような視線を私に向けた。
 

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