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「やれやれ・・・。」
 
 ティールさんはため息をつくと腰を上げ、
 
「ほら、行くぞ。」
 
私達を促した。訓練場に着くと、先ほどにもまして凄まじい形相のセルーネさんが待ちかまえていた。
 
「さっさと来い!!始めるぞ!!」
 
 私達は慌てて中に入った。セルーネさんは剣を抜いて素振りを始めている。剣が振り下ろされるたびに風切り音が聞こえる。とてもウォーミングアップとは思えない。
 
(おい・・・。セルーネさんめちゃくちゃ怖いぞ・・・。オシニスさんの言ってたのはこれのことだったのかな・・・。)
 
 カインが私に耳打ちする。ティールさんが私達の脇を通り過ぎざま、
 
「悪く思うな。セルーネは昨日から一睡もせずにお前達を待っていたんだからな。今日だけは奴のフォローをする気はないぞ。俺も参加させてもらう。」
 
そう言って私達と向かい合った。
 
「行くぞ!!」
 
 セルーネさんとティールさんが同時に突進してくる。私達はかわすのがやっとで攻撃などとてもできない。必死で動き回ってもどんどん打ち身や切り傷が増えて、動き回りすぎたせいか足許もふらついてくる。とうとう私は足を滑らせて転んでしまった。私につまづいてカインまでがひっくり返る。
 
「・・・このくらいにしておけ。」
 
 ティールさんがセルーネさんの肩を叩いた。
 セルーネさんは私達の前に仁王立ちになると、黙ったまましばらく睨みつけていたが、いきなりゲンコツが飛んできた。この時目の前を飛んでいった星の数は、オシニスさんに殴られた時の比ではなかった。とても女性の力とは思えない。
 
「今度こんなことをして見ろ!!この程度ではすまさんぞ!!」
 
 震える声でそう怒鳴ると、さっと訓練場から出て行ってしまった。
 
「昨夜お前達が戻らないと知った時のあいつの顔、見せてやりたかったよ。真っ青になって震えていたんだからな。あんまり心配かけるなよ。大した傷はなさそうだから治療はするな。少し痛みを我慢して考えろ。仲間の死体探しなんて誰だって行きたくないんだからな。」
 
 ティールさんはそう言うと、セルーネさんのあとを追って訓練場を出ていった。言葉もない。私達は無言で立ち上がった。と、その時カインの腹の虫が鳴る。
 
「みんなに心配かけちゃったな・・・。でも、こんな時でも腹は減るなあ・・・。クロービス、食堂に行こうぜ。」
 
「傷は・・・どうする?」
 
「そんなにひどい傷はないみたいだな。あの二人もすごいよ。たいした傷もつけずにこれだけ痛めつけることが出来るんだからな。ティールさんの言う通り、少し反省しよう・・・。」
 
 ため息をつくカインに私も頷き、治療術は施さないまま訓練場をあとにして、食堂に向かった。扉を開けた途端、わっと取り囲まれた。
 
「心配したんだぞ!!」
 
「まったくもう!!」
 
「でもよかった。」
 
 皆口々に私達の無事を喜んでくれた。
 父を失い、頼る人もなく出てきたエルバール王国。大した目標もないままに受けた剣士団の試験。それから一ヶ月・・・。いつの間にか私のまわりにはこんなにたくさんの仲間が出来て、私を心配してくれている。自分が一人ではない。この時ほどそれを強く感じたことはなかった。
 
「ありがとう・・・。」
 
 そこまで言った途端涙がこぼれ、私はしばらく顔をあげることが出来なかった。
 
「でもどこまで行ってたの?」
 
 リーザの言葉に、私達はさっき剣士団長に報告したことと同じことを話して聞かせた。
 
「すごぉい。やっぱり私のライザーさんだわぁ・・・。すてきよねぇ・・・。あーん、見たかったなあ。ライザーさんの立ち回り。」
 
 カーナは悔しそうだ。
 
「ライザーさんのって、オシニスさんだっていたぞ。」
 
 カインが口を挟む。
 
「オシニスさんはいいの。ライザーさんは私の心の恋人なの・・・。」
 
 カーナは既に自分の世界に浸っている。
 
「ま、心の恋人に止めておくのが一番でしょうね。ライザーさんのほうは、あんたなんて鼻も引っかけてやしないんだから。」
 
 ステラがあきれてカーナの肩を突っつく。
 
「あーら、そんなことはないわよ。いつも笑顔で挨拶してくれるわ。」
 
 カーナも負けてはいない。
 
「えぇ、ひきつった笑顔でね。まったく、あんたみたいなのに見込まれるなんて、ライザーさんも不運よねぇ・・・。」
 
 ステラがため息をついた。
 
「なーによ!!言いたい放題して!!いいの。たとえ実らなくても私はライザーさんを想い続けるのよ・・・。」
 
 そう言うとカーナはうっとりとしてあらぬ方向を眺めている。
 実らなくても想い続ける・・・。私は昨夜見たライザーさんの夢を思いだしていた。ライザーさんもイノージェンも、また会えるかどうかもわからないような状況でもお互いを想い続けている・・・。
 私はと言えば、この一ヶ月の間にイノージェンへの想いが少しずつ形を変えていくのを感じていた。懐かしく思い出すことは幾度もあったが、もう胸が痛むことはなかった。吹っ切れたと言うことなのだろうか・・・。
 
「まったく・・・。ほっときましょ。カーナの奴、ああなったらもう自分の世界だから何言っても通じないわよ。」
 
 ステラがそう言って肩をすくめて見せた。
 
「ははは、カーナのライザーびいきは今に始まったことじゃないからな。」
 
 セスタンさんが笑いながらステラの肩を叩く。そして私達のほうを振り向くと、
 
「それで、お前達はどうなったんだ?何か団長から言われたのか?」
 
少し心配そうに尋ねた。
 
「あの・・・一ヶ月間謹慎を言い渡されました・・・。」
 
 カインが頭をかきながら答える。
 
「そうか・・・。その程度ですんでよかった。とにかくあんまり心配はかけないでくれよ。みんな任務をほっぽり出して探しに行こうとしたくらい心配してたんだからな。」
 
 セスタンさんはほっとしたようにそう言うと、大きく一つため息をついた。
 
「団長から聞きました。王宮が空っぽになるところだったって・・・。元はと言えば俺が悪いんです。いい気になってクロービスに南のほうに行こうなんて誘ったから・・・。」
 
 カインはうなだれている。
 
「そんなことないよ。別に引きずられていったわけじゃなし。私だって承諾して一緒に行ったんだから同じだよ。みなさん、ほんとにご迷惑かけてすみませんでした。」
 
 私達は改めてその場にいたみんなに頭を下げた。
 その時、セスタンさんの隣に槍を携えた長身の剣士が立っていることに気づいた。いや、実際にはそれほど背が高いわけではなかったのだが、そう見えるような威圧感がある。
 
「この子達が期待の新人コンビってわけね・・・。」
 
 女性の声?
 
「ああ、お前は初めて会うんだったな。クロービス、こいつは俺の相方さ。ポーラと言うんだ。」
 
「初めまして。あなたが入ったころからずっと南地方に行っていたから、会うのは初めてね。帰ってきてみたら驚いたわ。組んで一ヶ月のド新人コンビが行方不明だって言うんだもの。」
 
 『ド新人コンビ』と言われて普通ならむっとしたかも知れない。だがこの時、私達はとんでもない迷惑をみんなにかけたばかりだ。反論の余地はなかった。
 口は悪いが嫌みな感じがしない。圧倒的に金髪と栗色の髪が多いこのエルバールではめずらしいかも知れない、真っ黒い長い髪と黒い瞳の槍使い。私は、自分と同じ色の髪と目を持つこの女性剣士に何となく親近感を持った。もっともポーラさんにとっては、カインと私は『ド新人の問題児コンビ』でしかなかっただろうが。
 
「あれ?でも南にいたなら何で俺達と会わなかったんですか?」
 
 カインが不思議そうに尋ねた。
 
「当たり前だ。お前達がいたところにはオシニス達がいたんだから。みんなして同じところに固まっていたって何にもならないだろう?俺とポーラは、東側の山脈地帯をぬけて南のロコの橋付近まで足をのばしたんだ。そしてまた同じルートで戻って来たのさ。あっち方面まで行くと大抵一ヶ月コースになるんだ。」
 
 南地方は広い。今さらながら自分達の幸運を認めないわけには行かなかった。もしおかしなルートに迷い込んでいたら、本当にみんなに死体を探してもらう羽目になっていただろう。
 そこに食堂のおばさんが食事を持ってきたくれた。
 
「はい。あんた達お腹空いただろ。大盛りだよ。・・・ほんとによかったよ、無事で・・・。」
 
 おばさんも私達を見て涙ぐむ。
 
「すみませんでした・・・。ご心配かけて・・・。」
 
 小さな声で謝る私の肩をおばさんは思いっきり叩き、
 
「いいんだよ。無事に帰ってきてくれたんだから。さあ、また明日からがんばっておくれ。」
 
そう言うとまた厨房の中に戻っていった。叩かれた肩がずきずきと痛む。さっきの立合で、ティールさんの剣が思いっきり私の肩当てに命中した。多分その時に打ち身が出来ているのだろう。だが、この痛みはみんなが私達を心配してくれていることの証だ。我慢して反省しよう。私は自分にそう言い聞かせ、痛みをこらえながら、空っぽになった胃袋に食事を詰め込んだ。
 
 腹ごしらえをすませ、やっと一息ついた。やがてみんなそれぞれの持ち場に戻っていき、食堂には静けさが訪れた。残ったのはリーザとハディだ。
 
「無茶するわよねぇ・・・。ほんと、無事でよかったわよ・・・。」
 
 リーザが改めて私達を見てため息をつく。ハディはむすっとしたままそっぽを向いている。一ヶ月前、歓迎会の日に立合した時以来、ハディとはほとんど口をきくことはなかった。だからさっき、あれほど心配してくれていたとは正直なところ意外だった。
 
「しかし・・・意外だな。お前があんなに心配してくれていたとはな。」
 
 カインがハディに声をかける。私と同じことを考えていたらしい。
 
「・・・ふん・・・。俺がお前達を負かすまでにお前達が死んじまったら張り合いがないからな。」
 
 ハディがそっぽを向いたままぼそりと言う。
 
「素直じゃないわよねぇ。『俺たちは同期入団の仲間なんだから何が何でも見つけてみせる』って息巻いていたくせに。」
 
 リーザがにやにやしながらハディの顔を覗き込む。
 
「ありがとう。心配してくれて。あの立合以来ほとんど口もきかなかったから、私は嫌われているのかと思ってたよ。仲間だって認めてくれるんだね。」
 
 ハディは私の言葉には応えず、むすっとしたまま赤くなって照れくさそうにしていたが、やがてぽつりぽつりと話し始めた。
 
「・・・クロービス・・・俺がなんで剣士団に入ったかは・・・聞いたのか・・・?」
 
「聞いたよ・・・。君の故郷が今はもうなくなってしまったこともね・・・。」
 
「そうか・・・。俺の故郷は・・・土地が痩せていたから漁業で生活していたんだ・・・。でも海にモンスターが現れるようになって漁に出られなくなった。そしてやっと実ったわずかばかりの作物も、モンスターに踏み荒らされ続けた・・・。もうここでは暮らしていけないって、みんな村を捨てて逃げ出したんだよ。でもきれいな場所でな、俺はあの村が、自分の故郷が、大好きだったんだ・・・。だから俺は王国剣士になった。一日も早く腕を上げて、故郷の村を取り戻したい。モンスターの脅威をなくして、あの場所で、また昔のようにみんなで仲良く暮らしたいんだ・・・。そのために頑張って訓練しているんだ。」
 
「・・・誰に剣を教わったの・・・?」
 
「親父だよ・・・。俺が小さな頃は、親父は腕利きの剣士だったんだ・・・。」
 
「小さな頃はって・・・今は?」
 
「村から逃げる途中でモンスターに襲われて、片腕を失ったんだ。今はクロンファンラにいるが・・・俺が送る給料とお袋の手間仕事で何とか食いつないでいる。でも俺にとっては、親父は尊敬できる剣士だ。いつも俺に言っていたんだ。『自分のやり方を見つけろ』って・・・。借り物でない自分なりのやり方を見つけて精進すれば、必ず強くなれるって。」
 
「自分のやり方か・・・。」
 
「そうだ・・・。だから俺は探しているんだ。でもどうしても判らない。見つからない・・・。こんなことをしている場合じゃないのに。早く強くなって故郷を取り戻したいのに・・・。」
 
 ハディは唇を噛みしめ、苦しげに眉根を寄せた。
 
「でも焦ってばかりいても仕方ないじゃないか。今は剣士団の中で自分の腕を磨く時だ。自分なりのやり方ってのを見つけるのは、それからでも遅くないと思うぞ。」
 
 カインが口を挟む。ハディはカインに視線を移した。
 
「確かにな・・・。そうなのかも知れない・・・。この間セルーネさんにも言われたしな・・・。冷静にものを見る眼を持てって。つまりそれがないからクロービスに負けたんだってことなんだろうけど・・・。あれからずっと色々考えていたんだ。なあ、俺は一体どうすればいいんだろうな・・・。」
 
 言葉が見つからず、私はただ黙っていた。ハディはそんな私を横目で見て、ため息をつきながら言葉を続ける。
 
「・・・お前に聞いたって・・・わかるはずないよな・・・。俺が自分で見つけなくちゃならない答だ。セルーネさんの言うとおり、俺は何か大事なことを見落としているのかも知れない・・・。でも・・・それがなんなのか判らないんだ。強くなりたいと思うことが悪いことか?そんなはずはない。なのにいくら訓練を積んでもうまくいかない。俺の力はこんなものじゃない。もっともっと強くなれるはずだって・・・気ばかり焦って・・・。」
 
 ハディはそう言うと、悔しそうに唇を噛み、テーブルの上に置いた拳を握りしめた。その肩が小刻みに震え、私は何か言葉をかけずにはいられなかった。
 
「私が言うことじゃないと思うし、よけいなお節介かも知れないけど・・・君が訓練場を出てからセルーネさんが言ってたよ。『もっと広い視野を持ってくれたら』って。」
 
 私はあの日のセルーネさんの言葉をハディに話して聞かせた。
 
「・・・足下の小石に躓く・・・か・・・。だが小石に気をとられていたんじゃ先になんて進めないじゃないか。」
 
 セルーネさんの言わんとしていることが、私にはなんとなく判るような気がした。素直に心を開いてみればきっと理解することはたやすいのかもしれない。が、ハディは自分でこだわりを持っている。今までずっと父親の言葉が支えになっていたに違いない。もしかしたらそのせいで他人の助言を素直に受け入れることが出来ないのかもしれない。だがこれ以上は本当によけいなことだ。そもそも私だって彼に説教できるような立場にない。ついさっきまで規則違反で叱られていたのだから。
 
「また手合せしよう。どうせ向こう一ヶ月は外に出られないから、少し中で訓練しないと。」
 
 私の提案にリーザが頷いた。
 
「いいわねぇ。ねぇ、今度私達とやらない?何もクロービスとハディばかり手合せすることないわよ。カイン・クロービス組対ハディ・リーザ組ってのはどう?」
 
「お、いいな。今度コンビ同士で手合せと行こうぜ。どうせ一人で戦うなんてことはないんだからな。」
 
 カインも賛成してくれた。
 
「よし!今度こそお前達をうち破るぞ!」
 
 ハディの顔にも元気が戻った。そして私達はそれぞれの部屋へと引き上げていった。
 
 この二日間で、カインとの絆は揺るぎないものとなり、本当の意味で剣士団の中に『自分の居場所』ができた・・・。大勢の人達に心配をかけたが、私にとっては忘れられない二日間になった。
 
 次の日、謹慎初日だ。
 カインも私も、これから一ヶ月も外に出られないと思うと、何となく張り合いがない。だがこんな時にこそ訓練しておかなくてはならないのかも知れない。そう思ってみても、今ひとつやる気は起らない。
 
「はぁ・・・。何か張り合いないなあ。訓練場にでも行こうか・・・。」
 
 カインも気が抜けているようだ。
 
「その前に、ちょっとだけ行きたいところがあるんだけど・・・。」
 
「どこだ?」
 
「ほら、この間タルシスさんのところに行った時に中庭があったじゃないか。あそこに・・・。」
 
「あの場所か・・・。そうだなぁ・・・。」
 
 カインはあまり乗り気でないらしい。
 
「それじゃ、私一人で行ってくるよ。カインは訓練場に行っててよ。」
 
「そうだな。俺は一応訓練場に行ってみるよ。あ、でもお前は別にゆっくりして来ていいぞ。たまには息抜きも必要だしな。」
 
「そうだね・・・。でも後からすぐに行くよ。」
 
「判った。」
 
 私は王宮本館の裏手にある中庭に行こうと、一度ロビーに出た。
 
「あらクロービス、どうしたの?一人で。」
 
 パティは相変わらず明るく、早口で声をかけてくれた。
 
「聞いてないの?」
 
「・・・何を?」
 
 パティはきょとんとしている。どうせいずれは知られるのだからここで隠しておくこともない。私は自分達の謹慎の話を、ちいさな声でパティに聞かせた。
 
「なるほどねぇ・・・。まあ仕方ないわね。いいチャンスだと思って、頑張って訓練するのがいいんじゃないの?」
 
 パティはにっこりと微笑んでくれた。
 
「そうだね・・・。でもいい機会だから、少し王宮の中を歩いてみようと思って。初日くらいはね・・・。」
 
「そうね。焦ってもいいことないしね。気を落とさないで、頑張ってね。」
 
 パティはニッと笑ってウィンクしてみせてくれた。その時後ろから声をかけられた。
 
「クロービスさん。」
 
 そこに立っていたのはパティの妹エミーだった。
 
「おはよう。今日も図書室?」
 
「そうよ。クロービスさんは?」
 
「クロービスでいいよ。ちょっとね、王宮の中を歩いてみようかなと・・・。」
 
「へぇ・・・。私これから図書室に行くのよ。よかったら一緒に行かない?本は好き?」
 
「好きだよ。そうだね・・・。少し覗いてみようかな・・・。なかなか行く機会がなかったからなぁ・・・。」
 
「わあ、それじゃ決まりね。」
 
「エミー、クロービスの邪魔しちゃだめよ。」
 
「はぁい。判ってるわよ。」
 
 私はエミーと並んで図書室に向かって歩き出した。謹慎初日だというのに、女の子と一緒に王宮の中を歩いていたりしたら、何を言われるか判らないんじゃないだろうか・・・。私はエミーと出来るだけ距離を置いて、でも不自然なほど離れないように気をつけながら歩いていった。
 図書室の中はしんと静まりかえっている。人がいないわけではない。みんな自分の前にある本の中の世界に没頭しているらしい。私は何度か書架の間を歩き、おもしろそうな本を捜して歩いた。何冊かの本を借りようと司書の女性のするところに持っていくと、後からエミーがついてくる。
 
「もう帰るの?」
 
「これから訓練場に行くんだ。入ったばかりの新米が遊んでいられないからね。」
 
「そう・・・。もう少しお話ししたかったんだけどな・・・。」
 
 エミーは残念そうにため息をついている。
 
「私と話したっておもしろくないよ。」
 
「そんなことないわよ。前にあなたにエルバール王国のことを教えてあげた時、私とっても楽しかったわ。私が教えたこと、少しは役に立ったのかしら?」
 
「役に立ったよ。君はまだここにいるんだよね?」
 
「ええ・・・。いる予定よ。訓練場までついていけないものね・・・。」
 
 エミーが冗談を言ったのだと思って、私はクスリと笑った。司書の女性が手渡してくれた本を抱えると、私はもう一度エミーに向き直った。
 
「それじゃ、これで失礼するよ。つきあってくれてありがとう。」
 
「また会えるわよね?」
 
「会えるよ。当分王宮から出る予定はないからね。」
 
 本当は『出る予定がない』のではなく『出られない』のだが、さすがに情けなくてそこまでは言えなかった。どうせパティから本当のことは伝わるのだろうが・・・。
 
 図書室を出て、本を抱えたまま私は中庭に足を向けた。小さな花はまだ咲いている。あれから一ヶ月が過ぎているのだから、そろそろここの花も見納めだろう。こんなところで感傷に浸っている場合ではないことくらい判っていたが、それでも何となく惹かれるものがここにはあった。ほんの少しの間だけ、ここでこの花を眺めていたい。私はその場に腰を下ろした。少し本も読んでみようかと、抱えていた中から一冊を取りだし読み始めたところに、足音が聞こえてきた。顔をあげると、やって来たのは何とフロリア様の護衛剣士、ユノだった。ユノはちらりと私を見ると、ふっと皮肉めいた笑みを浮かべた。
 
「・・・君か・・・。謹慎コンビの片割れがこんなところで休憩とはな・・・。」
 
「あ・・・すみません・・・。えっと・・ユノ・・・殿・・・。」
 
 別に悪いことをしていたわけではないのだから、謝る必要などない。だが、私へ向けられたユノの視線のあまりの冷たさに、後ずさりするのをこらえるのが精一杯で、あまり考えるまもなく言葉が出てしまった。私達の謹慎のことをユノが知っているのなら、当然フロリア様の耳にも届いているはずだ。何と思われただろう・・・。
 
「別に謝る必要はない。最も、君がここで何かやらかしたとでも言うのなら、話は別だ。それとも、よからぬことでも考えていたか・・・。」
 
「あ、い、いえ・・・そんなことはないです・・・。」
 
 私は焦って否定した。ユノはクスリと笑うと、
 
「・・・冗談だ・・・。」
 
 言いながらなおもくすくすと笑っている。ここまで言われてやっと、私は自分がユノにからかわれていたのだと言うことに気づいた。
 
「まっすぐで素直で・・・か・・・。なるほど、君はその通りの人間らしいな・・・。」
 
「誰から・・・聞いたんですか・・・。」
 
「いや・・・誓いの最中にあんなことを言えば、誰でもそう思うさ。ま、ただ単に状況判断も出来ずに自分の考えばかり押しつける、ただのバカという説もあるかも知れないな・・・。」
 
 私が不殺の誓いの最中に黙り込んでしまった時、ユノはずっと私を見ていたのかも知れない。私のほうはそんなことは気づかず、ひたすら下ばかり向いていた。
 
「・・・ところで君はこんなところにいていいのか?」
 
「いえ・・・訓練場にこれから行くところです。」
 
「そうか。ならばさっさと行け。無駄に出来る時間などないはずだ。」
 
「それは判ってます・・・。ただ・・・この間ここを通った時にこの花を見つけて・・・。」
 
 ユノはシオンの花に目を移した。その瞬間、ユノの瞳の中の冷たいきらめきが消えたような気がした。
 
「この花か・・・。知っているのか?」
 
 この質問に私は少し驚いていた。正直に花のことを言ったはいいが、笑われるのがオチだと思っていたからだ。
 
「はい・・・。故郷の家の庭にも咲いていたので・・・懐かしくて・・・。名前は確か、シオンと・・・。」
 
 私の言葉に、ユノの表情がほんの少し翳った気がした。
 
「花言葉も知ってます。『あなたを忘れない』私の幼馴染みが教えてくれました。」
 
「『あなたを忘れない』か・・・。」
 
 遠い目をしたユノの寂しそうな横顔・・・。
 その時私はふと、南地方に迷い込んだ夜、ライザーさんが言っていた言葉を思いだした。
 
『人は・・・誰でも色々なことをその内側に抱え込んでいるものだ・・・。』
 
 彼女も何かしら心の奥に抱え込んでいるものがあるのだろうか。そんな横顔だった。何気なくユノの手元に目をやると、彼女はバケツをもっている。中には水が入っていた。
 
「それ・・・花にあげるんですか?」
 
 私の声にユノは、はっとしたように顔をあげた。
 
「あ、ああ。このところ雨が降らなかったからな。」
 
 そう答えて私を見るユノの瞳には、また冷たいきらめきが戻っている。
 
「ここ全部に?」
 
「そうだ。」
 
「じゃ、手伝います。」
 
「よけいなお世話だ。さっさと訓練場へ行け。」
 
「でもこれ重いから。それに結構重労働だし。」
 
 どうしてそんな気になったのかは判らない。バケツの水の重さなど、きっとユノにとっては何でもないことだと思う。フロリア様の護衛剣士が私よりも非力なはずなどない。だが私はユノの言葉に構わず、水の入ったバケツを取ると、中に入っていた柄杓で花の根元に水をかけていった。そんな私をユノは黙って見ていたが、やがてもう一つバケツと柄杓をもってきて自分も水をかけ始めた。
 
 しばらくして、私は自分の持っていた水をかけ終わってユノの方を振り返った。肩のところで切りそろえられた金の髪が、風に揺られ、陽をはじいてキラキラと光る。その横顔からは再び冷たさは消え失せ、彼女の花を見る瞳は優しい女性そのものだ。普通なら『案外女らしい』程度で終わるようなことなのかも知れないが、私を見る時のあの言いようのない冷たさと、草花を見る時の優しい瞳のギャップが大きすぎて、かえって私は何か薄ら寒いものを感じた。
 
 フロリア様を連れて漁り火の岬へ向かったあの日の夜、フロリア様はユノともっとうち解けたいと言っていた。だがユノのほうはどうなのだろう。単なる仕事としての護衛の対象・・・。あの神々しいばかりの美しさと、気品に満ちた優しい微笑みを前にしても、それだけしか感じないのだろうか・・・。そしてあの冷たい瞳でフロリア様をも見つめるのだろうか・・・。
 
 空のバケツをユノに返そうと歩み寄ったその時、ふと、どんなことでもいいからフロリア様のことをユノに聞いてみたくなった。
 
「あの・・・ユノ・・・殿。フロリア様の護衛はしなくていいんですか?」
 
 我ながらおかしなことを聞いたものだが、さすがにフロリア様と友達にならないんですかとは聞けない。ユノはあきれたような瞳を私に向け、
 
「護衛剣士だからと言って、朝から晩までべったりフロリア様のおそばにいるわけではない。」
 
抑揚のない口調で答える。
 
「あ、そ、そうですよね・・・。」
 
「私の仕事はフロリア様の護衛だが、執政館においでになる昼間は、他にも警備の者達は大勢いる。たまにはこうして席を外す時もある。それだけだ。それからその『殿』付けはやめてくれ。ユノでいい。」
 
「あ、あの・・・でも・・・。」
 
 いいと言われても、彼女は確か私よりも6〜7歳は上のはずだし、入団して4年だと聞いている。はいそうですかと呼び捨てにするのは気が引けた。
 
「剣士団に年功序列などあってないようなものだ。すべては実力で決まる。私がいいと言うのだから気にするな。」
 
「はい・・・。それじゃ、そろそろ訓練場に行くので・・・。」
 
 曖昧に返事をして、私はその場から立ち去ろうとした。
 
「手間を取らせたな。おかげで早く終わった。」
 
 抑揚のない口調は変わらないものの、思いがけない感謝の言葉に私は面食らった。その驚きが顔に出たのだろう。ユノは私の顔を見つめ、
 
「どうした?『アイスドール』が礼を言うとは思わなかったのか?」
 
そう言ってまた先ほどの皮肉めいた笑みを浮かべる。『アイスドール』。女性剣士達が陰でユノをそう呼んでいると、カインから以前聞いた。本人も知っているのか・・・。
 
「いえ・・・。失礼します・・・。」
 
 言いようのない複雑な思いで、私は中庭をあとにした。ユノの瞳、冷たい・・・。見つめられた私の心まで寒々としている。こんなに陽の光が降り注いでいるのに、何となく心が沈んでいく・・・。私は小さなシオンの花を思いだして勇気を奮い起こすと、訓練場に向かって足を速めた。
 
 訓練場につくと、勇ましいかけ声や剣と剣がぶつかり合う音が響いてくる。ここにいるのは、王宮内の警備についている剣士で休憩中の人達や、非番だけれど行くところもなくている人達、それから私達のような謹慎中の剣士・・・。もちろんそんなのは私達だけだ。
 中を見渡したが、カインの姿はない。どこに行っているのかと思っているところにちょうど入ってきた。
 
「どこ行ってたの?」
 
「いや・・・何だか腹が減ったような気がして・・・食堂で食べてきた。」
 
「さっき食べたばかりのような気がするけど・・・。」
 
「そうなんだけどなぁ・・・・。今朝は外に出られないと思うと何だか食が進まなかったんだ。でもここに来てみんなが訓練してるの見たら、何だか元気が出てきてさ、そしたらまた腹が減ってきたよ。さてと、今度はしっかりと食ったから、ガンガン訓練出来るぞ。始めようぜ。」
 
 確かにカインはよく食べる。だから体格もがっちりとしているのだろう。私の倍の量は食べるかも知れない。私もそれだけ食べれば・・・カインのように立派な体格になれるのだろうか。
 
「あら、カイン・クロービス組じゃないの。謹慎初日の感想はいかが?」
 
 声をかけてきたのはステラだった。
 
「参ったな。そんな言い方しないでくれよ。いい気分のわけないだろ!?」
 
 カインが頭をかく。
 
「そうでしょうね。少しは反省したの?」
 
 ステラがにやりとしながらカインに尋ねる。
 
「ああしてるさ。俺達が・・・いや、俺が悪いんだからな。」
 
「そんなことないって。カインだけが悪いわけじゃないって言ってるじゃないか。」
 
 私は慌てて否定した。確かに誘ったのはカインだが、同調した私に責任がないはずがない。だがカインは、南から戻ってきてからずっと同じ事を言い続けている。余程責任を感じているのだろう。
 
「まったく・・・。あんた達まだそんなことで譲り合ってんの?そんなだからいつまでもろくな仕事が出来ないのよ。オシニスさん達にも大分迷惑をかけたみたいだしね。」
 
 ステラがあきれたようにため息をつく。その言葉には何となくトゲがあった。
 
「どういう意味だよ?そりゃ、オシニスさん達に迷惑かけたのは悪かったよ。俺が悪いんだからそれは仕方ないけど・・・。何でそんなに突っかかるんだよ!」
 
 カインがステラを睨む。
 
「あんた達を見てるといらいらしてくんのよ!・・・じゃ、はっきり言うわよ。カイン、あんた自分がクロービスよりも一ヶ月早い入団だからって、自分が先輩だからとか優位だからとか思ってんじゃないの!?」
 
「そ、そんな・・・優位だなんて思ってないよ。でも俺が一ヶ月でも早いのは確かだから・・・。」
 
「だから何でも自分がかぶりましょうってわけね。」
 
「当たり前じゃないか。ある程度はかばってやらないと・・・。」
 
「つまり、あんたはクロービスを一人前の王国剣士として認めてないってことなのね。」
 
「な、何だとぉ!?君は確かに俺よりも先輩だけど、だからって言っていいことと悪いことがあるぞ!!だいたい、俺達が仕事してるところなんて見たこともないくせに!!」
 
「あるわよ。あんた達が城下町近辺の警備をしてた時も見かけたし、あんたクロービスが入る前はあたし達とも出かけたりしてたじゃないの。」
 
「俺はちゃんと自分の仕事はしてたつもりだけどな!!」
 
「ええ、確かにね。一人で突っ込んでいって一人で剣振り回して喜んでいたわよね。」
 
「なんだよその言い方!?いいじゃないか!俺一人で倒せる相手なら、君らが出てくるまでもないだろ!」
 
「このあたりのモンスターならそれでも何とかなるでしょう。だから今まで黙ってたのよ。でも南地方では通用しない。ましてや南大陸にでも行ったりしたら、あんた瞬殺されるのがオチよね。」
 
「南大陸って・・・。向こうには剣士団はいないんじゃないか。」
 
「たとえばの話よ。あんただっておかしいと思うでしょ。南大陸だって間違いなくフロリア様の統治下にあるのに、なんで剣士団が派遣されていないのか。」
 
 私は、この間の夜、何気なしにオシニスさん達にぶつけた自分の質問を思い出していた。なぜ南大陸には剣士団がいないのか。そしてそれを聞いた時のオシニスさん達のつらそうな顔。
 
「そ、それはおかしいと思うよ。なんでか知らないけど。そういやその話をした時、オシニスさん達何かすごいつらそうだったな・・・。」
 
 カインも思いだしたらしい。
 
「そんな話したの?」
 
 今度はステラが少し驚いたように私達を見た。
 
「私がしたんだよ。そしたら二人とも黙り込んじゃってさ。すごい悪いこと聞いたような気がしちゃって・・・。」
 
 言いながら二人の顔が思い浮かぶ。
 
「そうねぇ。多分あの二人から上の人達は・・・いえ、ハリー・キャラハン組から上の人達はみんなその理由を知っていると思う。でもあたし達には教えてくれないのよね。」
 
「何で君たちは知らないんだよ。」
 
「あたし達が入団する少し前までは、向こうにも剣士団が派遣されてたみたいなのよね。でもあたし達が入った時にはもう今と同じだったから。」
 
「へえ・・・。それじゃごく最近の話なのか・・・。」
 
「そうよ。そんな昔の話じゃないの。でも誰も口にしないのよね、その話は。」
 
「何なんだろうな。それほど言えない理由があるのかな。」
 
 カインもステラも首を傾げる。
 
「それは判らないけど、でも南のほうはかなり厳しいって聞くわ。万一南大陸遠征なんてことになったりした時のためにも、しっかりと訓練をしておかないとね。」
 
「だから俺達はここに訓練しに来たんだ。」
 
「今までみたいなことなら、いくらやったって何の役にも立たないわよ、あんた達の場合。」
 
「よけいなお世話だ!」
 
「よけいなお世話かも知れないけどね!あたしは言いたいこと言うわよ!あんた何様のつもりよ!そうやってクロービスをかばって自己満足してる間に、他のコンビからどんどん取り残されていくのよ!!いい加減認めなさいよ!クロービスはね、もうちゃんとした王国剣士なのよ!あんたの庇護が必要なんじゃなくて、あんたと対等のパートナーにならなけりゃいけないんじゃないの!!あんた達いつまで城下町近辺でくすぶってるつもりなの!?さっさと実力つけて上に上がってきてもらわないと、こっちだって迷惑するのよ!!」
 
 カインはそのまま黙ってしまった。ステラの言うことにも一理ある。いつも私はカインをあてにしていた。カインも私の前に立つのが当たり前のようにして今まで仕事をしてきた。そして、この間南へ行きすぎた時には、私の前にカインが立っても間に合わず、結局オシニスさん達に助けてもらった。私はもしかしたら、自分の前に誰かが立ってくれるのを当たり前のようにして今まで来てしまったのだろうか。
 
「あ、あの、ステラ、私も今までかばってもらってて、何とも思わなかったようなところがあるから・・・あんまりカインを責めないでよ。」
 
「そうね。あんたも反省するべきね。」
 
 ステラは容赦ない。
 
「でも、あんた一人が反省したって、戦闘のたびにカインがあんたの前で独り相撲取ってるうちは、あんた達コンビは半人前よ。」
 
 そう言うと、ステラは訓練場を出ていった。その後ろ姿を見送って、カインがやりきれなさそうに床を蹴る。
 
「ちくしょう!!どうしろってんだよ!!」
 
 二人とも、もう訓練どころではなくなって、壁際でそれぞれ黙り込んでいた。と、後ろから
 
「やれやれ・・・。私の役目を取られてしまったな・・・。」
 
 振り返るとセルーネさんがにやにやしながら立っている。
 
「ステラはあれでお前達のことを心配しているんだ。迷惑だなんて言っていたが、内心は早くお前達が実力をつけて、自分達と一緒に仕事をこなせるようになってほしいのさ。」
 
「でも、俺はそんなつもりじゃなくて・・・!!」
 
 カインはすがるような目でセルーネさんを見た。
 
「どんなつもりだろうと、私もステラの言葉は真実だと思うな。お前達を見ていると、いつもカインばかり前に出るよな。そりゃまあ二人一組なんだから、戦闘上の作戦として前衛と後衛を決めることはよくある。お前達、南に行った時にオシニスとライザーの戦闘を見たんだろう?」
 
「はい。」
 
「あの二人もそうだ。だがお前達と決定的に違うのは、それぞれが自分のポジションをフルに生かして『自分の戦闘』を展開していることだ。」
 
 言われてみれば確かにその通りだ。あの二人の場合、大抵はライザーさんが後ろにいる。だが一度戦闘が始まれば、それぞれが自分の力をフルに発揮して瞬く間に敵を追いつめていく・・・。私達はと言えば、いつもカインが私の前にいて、私は後ろに飛び込んできた敵に斬りつけたり、風水を使ったり・・・。だから、カイン一人でモンスターを追い払ってしまえば・・・。私はそのまま・・・。
 そんなことすら人に言われるまで気づかずにいた。私は何とうかつだったことか・・・。カインは唇を噛みしめたまま黙っている。
 
「あの・・・セルーネさん達だと、どちらが前ですか?」
 
 私の問いにセルーネさんはにやりと笑って、
 
「当然私が前だ。後ろに控えてるってのは性にあわないからな。最も、私が後ろに控えておとなしくしていられるような女だったら、元々こんなところにいないさ。」
 
そう言うと、今度は大きな声で笑い出した。
 
「まあせっかくコンビを組んだんだ。半人前の汚名を返上したければ、お前達がそれぞれ自分の腕を磨いて、対等に戦えるだけの力をつけることだな。」
 
「あの・・・セルーネさん、今の私達の話を聞いてらしたなら、南大陸になぜ剣士団がいないのか、教えてもらうわけにはいかないんですか?」
 
 私は思いきって尋ねてみた。ずっと抱えている疑問。誰も教えてくれない・・・。
 
「・・・その話か・・・。残念ながらその話は、私の一存でお前達に教えることは出来ない。どうしても知りたければ剣士団長の許可をもらえ。それならいくらでも話してやる。最も剣士団長だって『はいどうぞ』とは言わないだろうがな。」
 
 セルーネさんの表情が翳り、声のトーンが落ちる。剣士団長の許可がなければ話せないようなこと・・・。一体何が・・・。
 
「まあ、あまり深く考えるな。どうせ今のお前達では、逆立ちしたって南大陸のモンスター達にはかなわん。」
 
 セルーネさんは私達に向かって微笑むと、訓練場を出ていった。

第14章へ続く

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