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第14章 苦い思い出−3−

 
 カインは、ステラに頭ごなしに怒鳴られたことが余程こたえたのか、さっきからため息をついて黙ったままだ。
 
「あぁら!!しょぼくれちゃってどうしたのよぉ。謹慎コンビ!!」
 
 すっとんきょうだがたっぷりと皮肉の効いた声はカーナだった。
 
「うるさいな!!いちいち謹慎謹慎言うな!」
 
 カインはすっかり腹を立てている。
 
「ホントのことなんだから仕方ないでしょ。半人前コンビと言われるよりはましよね。」
 
「まだ言うか!!」
 
「カイン、やめなよ。こんなところで怒ったってしょうがないよ。仕方ないじゃないか。ほんとのことなんだから。」
 
「お前まで認めてどうすんだよ!!」
 
「クロービスのほうが冷静ね。ねぇ、ステラ知らない?」
 
「知るか!!あんな奴!!」
 
「あら、その調子だとステラに何か言われたみたいね。残念ねぇ。私も一緒に言いたかったのに。」
 
 カーナはにやにやしている。
 
「君まで俺達をバカにしに来たのか!!」
 
「カインてば!!そんなことでエネルギーを使うんなら訓練しよう。私が君と同じくらいの腕になれば問題ないんだから。私だっていつまでも君にかばわれているわけにはいかないよ。」
 
「だってそれは・・・お前は風水も治療術も使うから・・・俺は剣しかないから・・・だからお前の負担を軽くしたくて・・・。」
 
「その気持ちは嬉しいよ。ありがたいと思ってるよ。でも考えてみてよ。ライザーさんだって治療術使うよ。でも戦闘の時オシニスさんの陰に隠れていたりはしないじゃないか。」
 
「そぉよぉぉぉ。あたしのライザーさんは治療術の使い手・・・。いつか私が危機に陥ったらあの人が助けに来てくれるの・・・。」
 
 突然カーナの瞳が輝き、またあらぬほうを見つめてうっとりとしている。
 
「・・・やばい・・・『ライザーさん』はこいつの前では禁句だな・・・。」
 
「・・・みたいだね・・・。」
 
「こうなったら止まらないぞ、こいつ。」
 
 カインは頭をかいている。
 
「そして私はあの人のキスで目覚めるの・・・。」
 
「治療術にキスはないよ。」
 
「んもう!!クロービスったらデリカシーゼロね!いいのよ!浸ってんだから!!」
 
「・・・ほっとこう・・・。さてと、始めるか。」
 
「そうしよう。どうせ一ヶ月は出られないし。」
 
「あら。やっとその気になったのね。」
 
 カーナがけろりとして私達を見た。
 
「私が相手するわよ。」
 
「君一人でか?」
 
 カインはばかにするなと言わんばかりだ。
 
「忘れてもらっちゃ困るわね。カーナ・ステラ組は入団二年で南地方警備のローテーションに組み込まれた優秀なコンビだってことを。少なくとも、オシニスさん達に助けられて、ひいひい言いながらやっとこさ南から戻ってきた連中なんて敵じゃないわ。」
 
「え!?カイン、それほんとなの!?」
 
 私は驚いてカインに尋ねた。カインは黙って頷いた。
 
「さあ、始めるわよ。二人とも準備なさいよ。」
 
 カーナからは、ライザーさんの話をしながらうっとりとしている夢見がちな娘の印象は消え失せ、代わって厳しい『王国剣士』の気迫が伝わってくる。
 
「行くわよ!!あなた達もどっからでもかかってきてよ!!」
 
「言われるまでもないさ!!」
 
 カインが一気に斬り込む。だが相手が一人だと、どうも二人で叩くというのは卑怯なような気がして、つい私の出足が一歩遅れた。すると、たった今カインが斬り込んでいった場所にはカーナは既になく、いつの間にか私のすぐ前に来ている。
 
「あまい!!」
 
 カーナはそう叫ぶと、手痛い一撃を私の右肩にくらわせた。
 
「うわ!!」
 
 あやうく剣を取り落としそうになるほどの重い一撃。私と同じような細身の剣を使いながら、一体どんな訓練を積んできたのだろう。
 甘い・・・。そうかも知れない。ここは王国剣士団だ。腕の立つ剣士ばかりが集まる場所だ。ただ強いと言うだけではなく、精神的にも鍛錬された優秀な剣士ばかりだ。もしこれがカーナ相手ではなくモンスターなら、私は相手が一匹だろうとためらったりはしない。私は腹を決めてカーナに斬りかかった。だがカーナの素早さは、並みではない。二人同時の攻撃も難なくかわす。カーナは入団3年だと言っていた。と言うことは、南地方の警備を始めてから既に一年が経過している。彼女にとっては、カインと私の攻撃など物の数ではないのかも知れない。
 
「はいちょっとストーップ!!」
 
 カーナが手を挙げ、それを合図にカインと私は後ろに下がった。いくら攻撃を仕掛けてもするりと逃げられてしまう。体力ばかり消耗して、これがモンスター相手なら、今頃は食われているかも知れない。
 
「ちっくしょう!!」
 
 カインはくやしそうだ。と、その時、カーナはツカツカと私の前に歩み寄り、いきなり私の頬を叩いた。
 
「痛っ!!」
 
「最初の攻撃がもたつきすぎ!!あなた何考えてんのよ!!」
 
「ご・・・ごめん・・・。一人対二人って思ったら・・・。」
 
 カーナは大げさに肩をすくめ、ため息をついて見せた。
 
「騎士道精神はご立派だけど・・・私がモンスターなら、今頃あなたの首はその辺に転がっているわよ。」
 
「・・・・・・・。」
 
 返す言葉がない。カーナの言うとおりだ・・・。
 
「もう少し緊張感もちなさい。こっちが『不殺』のつもりでも、向こうはこっちを殺しにかかってんのよ!」
 
 私は黙って頷いた。訓練だからと言う甘えもあったかも知れない。
 
「カーナ、今日は非番じゃないのか?」
 
 カインの問いにカーナは、
 
「今日は執政館の夜勤だから、もう少ししたらあがるわ。仮眠取らないとね。」
 
「そうか。それじゃそれまで俺達の相手をしてくれるか。」
 
 見るとカインの目つきが変わっている。『王国剣士カイン』の顔だ。
 
「お安い御用よ。」
 
 カーナはにっこりと笑った。最初に出会った時にはライザーさんに突進してきていきなり抱きついたり、すっとんきょうな声で大騒ぎしたりしていたカーナの『王国剣士』としての実力をまざまざと見せつけられて、今さらながら剣士団の層の厚さを思い知らされたような気がした。
 
 そしてこの日からカインと私は毎日訓練場に通い、カーナとステラに相手をしてもらうようになった。二人とも私と同じような剣を使う。私はこの二人から、細身の剣での攻撃法など、父から教わった基本よりも一段上の戦法を学んでいった。
 
 そして一週間後、一日の訓練を終えて夕食を取っていると、いきなり後ろからドスンと背中を叩かれた。
 
「よぉ!!無事帰れたようだな!!」
 
 オシニスさんだった。後ろにライザーさんもいる。
 
「おかえりなさい。お疲れさまでした。」
 
「で、中にいる間少しは上達したか?」
 
 オシニスさんは、私達の謹慎のことも、毎日訓練をしていることも知っているような口振りだ。
 
「知ってるんですか?俺達の謹慎のこととか訓練してること・・・。」
 
 カインが驚いてオシニスさんを見た。
 
「それは今剣士団長に報告しに行って聞いたんだ。それにそのくらいわかるさ。中にいて毎日ぼんやりしているような奴が、そもそも剣士団に合格出来るはずがないだろう。ランドの目は節穴じゃないぞ。」
 
「毎日、カーナとステラに相手してもらってます。いつも私がカインの足を引っ張るから・・・。少しでも上達したくて。」
 
「君が足を引っ張るというより、カインが先走って一人で前に出ているといった感じだったからね。」
 
 ライザーさんの言葉に、カインがしょんぼりする。やはりこの人達は私達コンビの欠点に気づいていた。
 
「今の君達にはカーナ・ステラ組ならちょうどいいかも知れないけど、僕達は明日からしばらく休みだから、相手をしようか?」
 
「お、いいねぇ。休みだからってグテーッとしてると一気になまるからな。お前達相手なら腕ならしにはちょうどいい。」
 
 オシニスさんも乗り気だ。
 
「え・・・その・・・。」
 
 思わずカインが情けない声を出した。
 
「何だよ。俺達じゃ不足か?」
 
 オシニスさんがにやりと笑う。
 
「あ、あの・・・不足なんてそんなとんでもないです。・・・でも・・・。」
 
 先日の南地方での一件で、彼らの実力を目の当たりにしていた私達は、すっかり尻込みしてしまった。
 
「あ、忘れてた。この間のお前達のことは剣士団長に報告しておいたぞ。クロービスの風水もカインの剣技もな。謹慎くらいですんでよかったよ。それだけが心配だったからな。」
 
「すみませんでした。ご心配お掛けして。」
 
 私はまた頭を下げた。いつもいつも迷惑をかけて心配してもらって、私は一体いつになったら一人前になれるのか・・・。我ながら情けない。
 長旅から戻ったばかりのオシニスさん達は、次の日の午前中は体を休めたいからと、その日の午後に訓練場で会うことを約束して、それぞれの部屋に戻っていった。
 
 そして次の日、謹慎二週間目に突入。午後からはオシニスさん達との訓練が待っている。カインはもう訓練場に行っている。カインと一緒に体を慣らそうかとも思ったが、昨日すませた洗濯物をたたんだり荷物の整理をしたりと、結構雑用がある。一つの部屋の中で、構わないタイプのカインの領域は雑然としていたが、私は自分の場所だけはいつもきれいにしておくことにしていた。そう言えばライザーさん達の部屋もこんな感じだったっけ、などと何となく思い出しながら、一通り整理をすませ、私は訓練場へ向かった。
 
 訓練場に着くと、カインはもう汗びっしょりになって素振りをしている。私が入っていくとこちらに気づき手を挙げて見せた。
 
「やっと来たのか。遅いぞ、クロービス。」
 
「ごめん。カーナ達はまだ来てないんだね。」
 
「ああ、あいつらなら今日は来ないぞ。」
 
「来ないの?どうして?」
 
「城下町にお買い物だってさ。新しい服が出るとか、かわいい靴がほしいだとか言いながら二人で出掛けていったよ。仕方ないよ。この一週間空いてる時間全部、俺達につきあわせちゃったからな。」
 
「そうか。そうだよね。自分の時間使って私達の相手してくれてたんだものね。」
 
「また俺とお前でやるか。」
 
「そうだね。」
 
 そんな話をしているところに、ハリーさんとキャラハンさんが近づいてきた。
 
「それなら俺達が相手するよ。」
 
「あれ?ハリーさん達は今日非番ですか?」
 
「いや、今日から執政館の夜勤だよ。とりあえず昼間は空いてる。午後は遅くまで相手できないけどな。」
 
 カインの問いにハリーさんが答える。
 
「あ、いや、午後からは、オシニスさん達が相手してくれることになってるんで。」
 
「へぇ。あの二人がか。それじゃ、僕達で腕ならししてくれよ。」
 
 キャラハンさんはにこにこしている。
 
「と、とんでもない。腕ならしだなんて。よろしくお願いします。」
 
 私達は慌ててハリーさん達に頭を下げた。
 
「それじゃ準備が出来たら始めよう。」
 
 ハリーさんの声を合図に私達は向かい合った。
 
「行くぞ!」
 
「はい!!」
 
 カインと私は迷わず突進した。刃と刃のぶつかる音。ハリーさん達にはそれほど素早さはない。なのになぜかダメージを与えることは出来なかった。攻撃をのらりくらりとかわして逃げて、こちらのほんの少しの隙を絶妙なタイミングでついてくる。カーナ・ステラ組とはまったく違うタイプだ。カーナ達と一週間剣を交え、そのスピードにも慣れてきたところだった。一方的に振り回されるだけではなく、それなりに互角に戦えるようになった矢先だったので、カインと私はかえって戸惑ってしまった。
 そして二人の顔。私達を迎え撃つ瞳。彼らもまた『王国剣士』としての自信と誇りに満ちている。私もこんな風に自信を持ちたい。カインにかばわれるのではなく、カインと肩を並べて戦いたい。私は必死でハリーさん達の隙を見つけようと目を凝らした。やがて少しずつ相手の動きが見えてくる。だが、動きを読んだつもりで私が繰り出した剣先は、
 
「残念!」
 
明るいキャラハンさんの声と共に、難なくはじき返されてしまった。
 
「おーい、お前らちょっと休め。」
 
 その声に構えを解いて後ろに下がる。いつのまにかオシニスさん達が来ていた。
 
「あれ?午前中は休んでるんじゃなかったんですか?」
 
 意外そうに見つめるカインにオシニスさんは、
 
「いや、夕べは早く寝たからな。もう充分に休んだよ。あんまり休みすぎると力が入らなくなっちまう。」
 
そう言いながらあくびをひとつしてみせた。
 
「ハリー・キャラハン組を相手にして、なかなかの善戦だね。」
 
 ライザーさんが微笑んでいる。
 
「いやあ、たった一週間でこんなに変わるとはなあ。すごいですよ、この二人。」
 
 ハリーさんが感心したようにオシニスさん達に声をかけた。
 
「一週間て・・・それじゃその前は・・・。」
 
 カインがハリーさんを見つめながらガッカリしたようにつぶやく。
 
「俺の言いたいことは判るようだね。そう、君たちの腕はまだまだ半人前にもならなかったってことさ。どんな素晴らしい素質も、伸ばすための努力を重ねてこそ実を結ぶものだからね。」
 
 ハリーさんはからかうような口調で、かなりきついことをさらりと言ってのける。
 
「君たちの目が完全に外に向いているのは判ってたからね。もう少し中でじっくりと訓練する時間を取っても良さそうだなぁと思ってたけど、僕達がそんなこと言っても、先輩に逆らえないからなんて思われて渋々する訓練なら意味がないからね。」
 
 キャラハンさんもにこにこしながら、ズバリと指摘する。
 入団後一ヶ月を中途半端な状態で過ごし、一日も早くフロリア様のために大きな仕事を成し遂げたいというカインの焦り。『王国剣士』のなんたるかもよく判らないまま入団してしまった私。自分達としてはがんばって修行をしていたつもりだったが、それがどうやら見当はずれだったのかも知れない。正式入団の日のセルーネさんの言葉が甦った。
 
『今の自分に一番適した訓練を積んでいかないと、後々に差が出てくるぞ。』
 
 まさしくこのことだ。
 
「そうだな。もしかしたら、剣士団長はここまで考えてお前達を謹慎にしたのかも知れないな。」
 
 オシニスさんの言葉は真実かも知れない。うわついている私達に喝をいれるために・・・。自分自身をもっと鍛えさせるために・・・。
 
 午後になり、カインと私が訓練場でオシニスさん達と向かい合っていたところに、ハディとリーザが入ってきた。
 
「あら、オシニスさん達に相手してもらうの?いいわねぇ。ねぇ、私達にも稽古つけてくださらない?」
 
 リーザの申し出にオシニスさんは、
 
「ああ、いいぞ。それじゃお前達はそこで見てろ。こいつらの次に相手してやるから。」
 
そう言って剣を鞘から抜こうとした。
 
「こいつらとやり合って疲れてるあなた達とはやる気はないんだ。俺達を先にしてくれ。」
 
 ハディがおもしろくないと言わんばかりの口調でオシニスさんに向かって叫ぶ。
 
「やめなさいよ!あなたの悪い癖よねぇ。どうしてそうカイン達に突っかかるの?この二人がいなくなった時には青くなって探し回ってたくせに。」
 
「それとこれとは別だ!俺は早く強くなりたいんだ!そのためにはベストの状態のオシニスさん達に相手してもらわなくちゃ意味がないんだ!!」
 
「では私が相手してやろう。」
 
 いつの間にかティールさんとセルーネさんが来ていて、カインの隣で私達の会話を聞いていた。
 
「私達は今日から乙夜の塔の夜勤でな。今は体力もあるし疲れてもいないぞ。私が相手では不足か?」
 
 声のトーンが低い。どうも怒っているらしい。
 
「構いませんよ。」
 
 ハディはセルーネさんに鋭い視線を返しながら答えた。
 
「では、1対1で行こう。ティール、リーザ、お前達はそこにいろ。」
 
 セルーネさんの形相は、私達が南から戻ってきた時のように恐ろしい。
 
「さあ!!どこからでもかかって来い!!」
 
 突進するハディ。セルーネさんは難なくかわすと、容赦なくハディに斬り込んでいく。どうもいつもとは様子が違う。あっという間にハディは傷だらけになり、来ているレザーアーマーもあちこち切り裂かれ破れてきた。立合いを始めてからそれほどの時間が経ったわけでもないのに、ハディの足許がふらついてくる。それを待っていたように、セルーネさんの剣がハディの剣を絡め取るように跳ね上げる。舞い上がった剣はまっすぐに落ちてきて、今の一撃でバランスを崩したハディの肩口をかすめて床に突き刺さった。セルーネさんはハディの元に歩み寄ると、剣先をぴたりと喉元に据えた。
 
「身の程を知れ・・・。今のお前は穴の空いたバケツと同じだ。だがお前は自分の体に空いた穴に気づかない。いや、見ようとしないんだ。そしてそのままどんどん水を汲み続けている・・・。今のままでは、永遠に一杯になることはないぞ。」
 
 セルーネさんはそう言うと、訓練場のまわりに置いてあるベンチに腰掛けた。腕を組んだまま黙っている。ほとんど息が乱れていない。
 
「さあ、ハディ、順番を待ちましょう。カイン達の稽古が終わったあとに相手をしてもらえばいいでしょ。そんなにムキにならないでよ。」
 
 リーザに促され、ハディは自分の剣を床から引き抜くと、黙ったまま元いた場所に戻った。リーザがハディに向かって手をかざしている。気功で回復しているらしい。
 
「それじゃ始めるか。」
 
 オシニスさん達が改めて剣を抜き、私達は向かい合った。南地方で見た時のように、ライザーさんが少し後ろに下がっている。二人とも剣を片手に持ち、構えらしい構えもしていない。
 
「よし。まずはかかってきて見ろ。」
 
 言われるままに私達は二人に向かって斬り込んだ。
 あっという間にはじき返される。それだけでもバランスを崩しそうなほどに、その剣は重く圧迫感がある。私達二人が必死に攻撃しているのに、二人とも息ひとつ乱さずに軽くかわし続ける。私達は攻撃も必死ならかわすのも必死だ。それでもカインは果敢に前に出て、オシニスさんに攻撃をかける。その瞬間振り下ろされた剣がカインの胴に命中した。
 
「ぐぅっ!」
 
 うめき声を上げるが、とっさに体をうまくよじったらしく、何とかバランスを崩さずに済んだらしい。その間にオシニスさんは、今度は私に向かってくる。振り下ろされようとした剣を何とかかわして、私は後ろに下がろうとした。
 
「下がるな!!」
 
 ライザーさんの叫びながらの一撃が、私の胸当てに命中する。あまりの衝撃に、私は声を立てる間もなく、その場に倒れ込んでしまった。息が出来ない。ライザーさんが駆け寄って来た。
 
「大丈夫か?」
 
 必死で首を縦に振るが、息が出来ないために声も出せない。ライザーさんは治療術を唱えると、
 
「どうしてそこで下がるんだ!?今カインは攻撃されてバランスを崩していたんだよ!?君が下がってしまったら、カインの脇ががら空きになってしまうじゃないか。これが狡猾な盗賊なら、その隙を見逃しはしないよ。下がるよりもまず、カインを回復することを考えるべきじゃないのか!?」
 
そう言ってじっと私を見据えている。
 
「す・・・すみません・・・。」
 
 私は真っ赤になってしまった。カインに攻撃が命中したのを目の前で見ていたのに、私は自分に振り下ろされた剣をかわすのに精一杯で、呪文を唱える余裕など全くなかった。
 
「おい、クロービス。敵は治療術を唱えてはくれないからな。それは憶えておけ。」
 
 オシニスさんがニッと笑いながら私を見ている。
 
「はい・・・。」
 
 私は深呼吸して、何とか立ち上がった。
 
「ライザーの本気の一撃なら、多分お前の骨は間違いなく折れてただろうな。これでも手加減してたんだぞ。まったく・・・お前はどうも変な癖がついているみたいだな・・・。しかも下がる時に隙が出来る。そこをうまくつかれたんだぞ。」
 
 私はほとんど何も考えずに後ろへ後ろへと下がろうとしていた。カインの後ろにつくのが当たり前のようになっている・・・。一番悪い癖が出たということか。しかしこれでも手を抜いているとは・・・。
 
「カイン、お前は気功は使えるのか?」
 
 不意にオシニスさんがカインに尋ねた。
 
「いえ・・。使えません。」
 
「憶えておいた方がいいぞ。必ず必要になる時が来るからな。」
 
「クロービスの呪文だけでは間に合わなくなるって言うことですか?」
 
「いや、そうじゃない。お前、クロービスがやられたら、そこでぼけっと突っ立って見ているつもりなのか?」
 
「そ、そんな、そんなことはしないです!」
 
 カインは慌てて否定した。
 
「お前達二人が並べば、どう見たってクロービスのほうが弱そうに見えるんだよな。まあそれは元々の体格の違いがあるから、なんともしようがないとは思う。だがクロービスに攻撃を集中されれば、それだけ傷つく可能性は高くなる。今みたいに呪文を唱えられないような状態になった時に、お前がクロービスを回復してやることができれば、もっと有利に戦闘を進めることが出来るんじゃないか?」
 
「そうか・・・。でも俺は呪文関係は適性がないって言われて・・・。」
 
 カインが悔しそうに唇を噛んだ。
 
「俺だってそうだ。だが俺は気功は使えるぞ。これは呪文とはまた別のものだ。これでライザーを回復してやったことだって一度や二度じゃないんだぞ。俺達だって、二人並べばライザーのほうが弱そうに見えるらしいからな。お前らもこの間の盗賊どもの台詞聞いただろ?」
 
「あ、『ナヨナヨしたやさおとこ』・・・!」
 
 カインが思いかげず大きな声で言ったので、訓練場にいた剣士達が一斉にこちらを向いた。
 
「お、おい、カイン、そんな大きな声で言わないでくれよ。」
 
 ライザーさんが赤くなりながら、慌ててカインを制する。
 
「ライザーが『ナヨナヨしたやさおとこ』か。それじゃオシニスはさしずめ『やんちゃ坊主』ってところか。」
 
 セルーネさんが笑いながら、からかうように二人を見た。
 
「え?セルーネさん何でそれを・・・・!?」
 
 今度はオシニスさんが赤くなっている。
 
「はぁっはっは!図星だな。レイナック殿がいつもお前をそう言っているからな。誰が見てもそんな風に見えると言うことだ。」
 
 セルーネさんはおかしくてたまらないと言うように、笑い転げている。それにつられてまわりにいた剣士達が一斉に笑い出した。
 
「まったくもう・・・。」
 
 オシニスさんは赤くなったまま頭をかきながら、笑い転げるセルーネさんを見ている。
 
「いいじゃないか。それだけ若く見えるってことなんだから。あいたたた・・・腹が痛い・・・。」
 
 セルーネさんの笑いは止まりそうにない。オシニスさんは、諦めたように小さくため息をつくと、私達に向き直った。
 
「まあいいか・・・ほっとこう・・・セルーネさんは笑い出すと止まらないからな・・・。話の続きだ。そう言うわけだからカイン、お前は気功を憶えろ。俺が教えてやるよ。それからクロービス、お前はカインと同じ程度よりも上を目指して訓練する必要があるぞ。攻撃が集中した時に、ある程度は一人でさばけるようにならないとな。二人で協力し合うのは当たり前だが、それはお互いをあてにすると言うことではないからな。」
 
「判りました。」
 
「どうする?まだ出来そうか?」
 
 私は改めて剣を構えようとしたが、思わず足許がふらついた。カインも先ほどのオシニスさんの一撃がこたえているらしい。二人ともすっかり疲れて、思わず揃ってため息をついた。
 
「ははは。どうやら限界らしいな。さてと、それじゃ約束どおり、ハディ・リーザ組、相手をするぞ。」
 
 ハディは意気込んでいる。私も彼の剣さばきは歓迎会の時以来そんなに熱心に見たことはない。かなり上達しているだろう。心して見ておかなければならない。
 立合いが始まると、リーザは槍の射程を生かして実にうまく立ち回る。ハディも以前より格段に強くなっている。だが、やはりオシニスさん達の敵ではないらしい。しばらく同じような打ち合いが続いたあと、突然オシニスさんが手を挙げた。
 
「ちょっと待て。」
 
「へぇ、降参ですか。」
 
 ハディが冗談とも本気ともとれるような言い方でオシニスさんを見た。その瞬間ヒュンとオシニスさんの剣先がハディの手元をかすめ、ハディの剣は床に落ちた。そしてきょとんとしたハディを横目で見て、
 
「つまらない冗談を言う暇があるなら、もう少し真面目に訓練した方がいいようだな。」
 
そう言ってにやりと笑った。
 
「俺は真面目ですよ!一生懸命やってるんだ!」
 
 あっという間に剣を落とされたことと今の言葉で、ハディは真っ赤になって怒っている。
 
「お前・・・さっきのセルーネさんの言葉が全然判ってないな・・・。さてと、どうするかな・・・。」
 
 オシニスさんは腕を組みながら、しばらくライザーさんと小声で何か話していた。話が終わると、ライザーさんは剣を鞘に戻してオシニスさんの後ろに下がり、ベンチに座った。そしてオシニスさんは私のほうを向き、
 
「おい、クロービス、ちょっと来い。」
 
「はい。」
 
 わけがわからずオシニスさんのとなりに行くと、
 
「動けるようになったか?」
 
「はい、大丈夫です。」
 
「そうか。それじゃお前、ちょっとこいつら二人の相手して見ろ。」
 
「ふ、二人のですか!?」
 
 驚く私にオシニスさんは
 
「そうだ。勝負はつけなくていいから、しばらく剣を交えて見ろと言うことだ。」
 
「どういうことですか?」
 
 ハディは明らかにおもしろくないといった顔でオシニスさんを睨んでいる。
 
「そうカリカリするな。とりあえずやって見ろよ。それからクロービス、あとで感想を聞かせてくれ。」
 
 私達はさっぱりわけがわからないまま、それでも向かい合った。二人対一人、勝敗はつけなくていいと言われたが、すぐにでも決まってしまいそうな気がした。オシニスさんはライザーさんのいる位置とは反対側のベンチに腰掛けた。
 
「よし、始め!」
 
 その声でハディが突進してくる。攻撃は以前の時より格段に重く強くなっている。だがやはり脇や足許ががら空きだ。連続して振り下ろされる剣をはじき返して脇にまわる。と、そこにリーザの槍が待ちかまえていた。あやうく足を払われそうになり、私は慌てて飛び上がった。何度かハディの隙をついてみたが、そのどこを攻めてもリーザの槍が繰り出される。しっかりとハディの弱点をカバーしているらしい。息が合っているというのはこういうことなのかと思ったが、ふと妙な感じがした。
 リーザのカバーは確かにたいしたものだが、カバーされているハディはそんなことは一切お構いなしに見えた。相変わらず剣をぶんぶん振り回して攻撃してくる。私の姿を追い、避けたりかわしたりする方向にどんどん移動してくる。カインと同じようながっちりした体格のハディは、リーザや私よりも遥かに体力はあるだろう。その勢いで動き回るのはいいのだが、ハディにぴったりとついて隙をカバーし続けるリーザのほうに、疲れが見えてきた。これでは、息が合っていると言うより、リーザが一方的にハディに振り回されているようなものだ。立場は違うが、カインが戦闘の度に私をかばっていたのとさして変わりはない。そして私の相手はもっぱらハディのほうで、二人を相手にしているという気がしなかった。もし二人同時に攻撃されれば、あっという間に勝敗は決まっていただろう。
 
「やめ!もういいぞ!」
 
 オシニスさんの声に私は下がって構えを解いた。ハディも立ち止まったが、悔しそうだ。確かにそうだろう。二対一なのに勝負を決めることが出来なかったのだから。
 
「クロービス、気がついたか?」
 
 オシニスさんが私に歩み寄り、にやりと笑った。
 
「・・・はい、多分・・・。」
 
「言ってみろ。」
 
「今・・・ですか?」
 
「そうだ。今言わなくていつ言うんだ?」
 
 私は、さっきハディ達と剣を交えながら考えたことを、全部話した。じっと聞いていたリーザの顔が曇る。
 
「聞いてたな?そう言うことだ。ハディ、リーザ、お前達に理解出来るか?」
 
 二人とも黙っている。
 
「クロービスの言う通り、リーザのカバーの仕方は絶妙だ。ハディの穴の部分を過不足なく埋めている。だが、カバーされるハディのほうがそれをまったくお構いなしだ。ハディがもっと自分の欠点をきちんと克服していけば、お前達は格段に強くなれるはずなんだぞ。今のままではコンビの意味がないじゃないか。今すぐにやり方を変えろったって無理だろうがな。二人とも少し頭を冷やして考えろ。」
 
「お願いします。もう一度相手してください。」
 
 リーザがオシニスさんに頭を下げる。
 
「それは構わないが、ハディ、お前はやる気があるか?」
 
「言われるまでもないです。お願いします。」
 
 ハディも必死だ。
 
「よし、それじゃ一つ条件がある。」
 
「条件?」
 
「そうだ。リーザ、お前ハディのカバーに一切入るな。お前はお前で自分の戦闘をしろ。ハディ、お前はリーザのカバーなしでどこまで通用するか、やって見ろ。」
 
「わかりました。」
 
 ハディの顔には明らかに不満が見える。自分がいかにもリーザなしでは何も出来ないように言われたのが悔しいらしい。
 
「よし、始めるか。」
 
 オシニスさんの声を合図に、ライザーさんが立ち上がり剣を抜いた。リーザのカバーなしでは、おそらくハディはすぐに攻撃されるだろう。歓迎会の日に立ち合った時よりも、心なしかスピードが落ちているような気がした。あれほど攻撃力がついているのに、どうしてなんだろう。
 
 私の予想どおり、ハディは隙をつかれて攻撃よりも防戦一方になっていた。だがリーザのほうは実に善戦している。もしリーザと一対一で立ち合えば、私のほうが簡単に負けるかも知れない。少なくともハディの時のようには行かないだろう。リーザは『いいとこのお嬢様』だと聞いたが、余程がんばって訓練を積んできたのだと言うことがわかる。オシニスさん達をまっすぐに見据え、迷いなく攻撃をかけていく。槍の射程を生かして、何度かオシニスさんにもライザーさんにもダメージを与えている。ナイト輝石製の鎧を着ている二人はそれほどこたえてないようだが、それでも何度か攻撃をヒットさせただけでもたいしたものだ。
 
「よし、この辺にしておこう。」
 
 オシニスさんの声でみんな後ろに下がった。4人の中で、ハディが一番息を切らせている。次にリーザ。オシニスさん達はそれほどでもないらしい。
 
「どうだ?判ったか、ハディ?」
 
 ハディは黙ったままその場に座り込んだ。
 
「ハディ、君は今まで、リーザがここまで君をカバーしてくれていたことなど考えもしなかったんだろう?」
 
 ライザーさんの厳しい言葉。ハディは答えない。
 
「でもリーザにも責任の一端はあると思うよ。リーザ、君は優秀だ。だからすぐにハディの弱点を見抜いた。でもそのことを、どうして本人に言わずに自分で抱え込んで、黙ってフォローにまわってしまったんだ?それは優しさでもなんでもないよ。そしてハディは自分の弱点に気づくことが出来ないまま、ここまで来てしまったんだ。確かに君が言ったところで、ハディが素直に聞いたかどうかは判らない。でもそのくらいのことを言い合えないようでは、コンビを組んだ意味がないじゃないか。これからは、君は君の戦闘をすることを考えた方がいい。ハディは今自分でこの弱点を克服出来なければ、これ以上の進歩はないよ。」
 
 確かに実力ではリーザのほうが上だ。そしてハディにこれ以上の進歩がなければ・・・コンビ解消もあると言うことなのだろうか・・・。そんな非情とも思える言葉がライザーさんの口から出たことに、私はいささか驚いていた。隣を見るとカインも顔をこわばらせている。ライザーさんの顔からはいつもの穏やかさは消え失せ、厳しい瞳がハディを見据えている。確かにこの人はこれからの剣士団を背負って立つ人材だと、私は思いながら聞いていた。いつも見せる優しさ穏やかさ、そしてこの厳しさの両方を兼ね備えている。
 
「・・・わかりました。」
 
 リーザの小さな声。いつも元気なリーザがすっかりうなだれている。ハディも黙ったままその場に座り込んだきりだ。自分が言われたわけでもないのに、私は思わずため息をついていた。入団してからずっと、私は王国剣士団というとてつもなく大きな壁の前で、自分の無力さを思い知らされるばかりだ。
 
(私達はまだまだひよっこなんだ・・・。)
 
 悔しさがこみあげてくる。
 
「くそ・・・!もっと訓練しなくちゃ・・・!」
 
 隣でカインも悔しそうに小さくつぶやいていた。
 
「・・・頑張ろうよ・・・。今のままではいつまでも私達は剣士団のお荷物だ・・・。」
 
「ああ・・・。絶対にこの謹慎の間に力をつけてやるさ!頑張ろうぜ!」
 
 
 次の日、カインと私は、タルシスさんの鍜治場に来ていた。ちょうどハディとリーザも一緒になった。4人揃ってレザーアーマーと武器の修理を依頼するとタルシスさんは少し驚いていたが、前の日のオシニスさん達との立合いなどのことを聞いて、
 
「なるほどな。」
 
そう言ってにやりと笑い、あっという間に全員の武器と鎧を修理してくれた。
 
「なあ、ハディ。お前はセルーネやオシニス達の言ったことに納得していないんだろう?」
 
 タルシスさんはにやにやしながらハディに視線を向ける。
 
「それは・・・。」
 
 口ごもるところを見ると、やはりハディは納得していないらしい。
 
「ははは、正直な奴だ。ではどんなところが納得出来ない?」
 
 ハディは言葉に詰まった。昨日セルーネさんやオシニスさん達が言ったことは、全くの正論だ。自分の欠点を見ようとせずに、ただ闇雲に強くなりたいと願っても、進歩はない。多分ハディは、まだ『自分のやり方』を探し続けているのだろう。
 
「答えられないところを見ると、納得はしていないが、あいつらの言葉が間違っているとは思えないと言うところか。複雑な心境だな。」
 
 からかうような口調とは裏腹に、タルシスさんはいたわるような瞳でハディを見つめている。ハディはタルシスさんを上目遣いに見ながら、ぽつりと言った。
 
「悔しいけど・・・間違っているとは思っていません。でも俺は・・・『自分のやり方』を見つけたいんです・・・。」
 
「自分のやり方?」
 
 不思議そうに聞き返したタルシスさんに、ハディは父親のことを話して聞かせた。カインと私が南地方から戻ってきた日、食堂で聞かせてくれた話と同じものだった。
 
「なるほどなぁ・・・。そうか、それで納得がいったな。」
 
 頷くタルシスさんを、不思議そうにハディが見つめる。
 
「どういう意味ですか?」
 
「いつだったかな・・・。クロービスが入って半月ぐらいした頃かなぁ。ランドがここに来て話をしていったことがあったんだ。その時あいつが言っていたのさ。ハディは素質もあると思うし、向上心も人一倍あるはずなのに、それが実力に結びつかないのは何でだろうなって、俺のところに相談しに来たんだよ。それにな、ランドの奴、ハディだけじゃなくお前達みんなのことを、かなり心配しているぞ。今年は久々に新人豊作の年だって言うのに、4人ともどうも今ひとつ、伸び悩んでいるってな。ハディについては判った。リーザのことも今話を聞いて何となく判った。カインとクロービスは、謹慎に入ってから今までで、自分達が伸び悩んでいた理由は痛いほどわかっただろうけどな。」
 
「は・・・はい・・・。」
 
 カインと私は小さな声でやっと返事をした。
 
「なぁハディ、一つ俺と賭けをしないか?」
 
「賭け?」
 
 思いがけないタルシスさんの言葉に、ハディは驚いて聞き返した。

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