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「はあ・・・いい子よねぇ・・・。」
リーザが感心したように言った。
「へえ、いろいろと話をしたみたいだね。」
「ええ、私とリーザとセーラと3人で、すっかり話に花が咲いちゃったわ。楽しかったわよ。ねえリーザ?」
妻が言った。
「ええ、フロリア様の部屋で侍女達と話すのとはまた違う感じね。医師を目指してるって聞いて少し驚いたんだけど、看護婦としての仕事には限界を感じているみたいね。」
「そうか・・・。医師会の看護婦の地位の低さを考えるとね。ここにいても勉強になることがないわけではないけど、医師としての勉強にはならないと思うよ。」
「それで、あなたの島で勉強したいって言うわけね。」
「そんなことまで話したの?」
「ええ、言っていたわよ。以前ローランでその話をした時は、自分が冷静ではなかったって言ってたわ。改めてこの話をあなたにすることになれば、多分謝罪の言葉が聞けそうよ。」
妻はそのことで頭を下げられたらしい。
「家族のことで悩んでいて、その悩みから逃げるためにあなた達の島に行きたかったって。でも医師会に来て看護婦達の地位の低さを目の当たりにして、やはり医師という立場からいろいろと変えていかないと、って、そんな風に言っていたわね。」
リーザに対してはさすがに母親のことを詳しくは言わなかったようだ。
「まあでも・・・その家族の悩みが何なのか、多分私は知っているのよね。」
セーラはアスランの妹だ。アスランが入団する時に、彼の家庭の事情は把握しているだろう。そして新入団員の情報は、常にフロリア様のそば近くに仕えるリーザには必ず廻ってくる。今は昔のように『何も聞かない』というわけには行かないのだろう。カインも入団の時に両親の名前を言ったという話だ。
「でも、そのご家族がまだ生きて元気でいるなら、和解の道もあるかも知れないわよって言ったら、そうかも知れませんね、って曖昧に笑っていたわ。まだ複雑な想いはあるみたいだけど、こっちに来てから大分落ち着いたんでしょうね。」
リーザは母親とついに和解出来ないまま、永の別れとなってしまった。心残りはあるのだと思う。
「それはいい傾向だな・・・。セーラのことは、また改めて話をしようってことになっているんだ。その間にどうなるかはわからないんだけどね。」
「やっぱり島で勉強したいって言われたら、受け入れる気はあるのね。」
「あるよ。ただあの器量だし、島の人達がお節介して誰かと縁づかせようとしたりしないといいんだけどね。」
「島の女性ってみんな専業主婦なの?」
「働いている人もたくさんいるけどね。ほとんどが親と同居ってことになるから、いきなり嫁扱いされて家のこと全部やらせられたりしたら、やりたいことも出来なくなっちゃう可能性もあるわけさ。」
そう言うトラブルで離婚騒ぎになった夫婦は、実はけっこういたりする。グレイの手に負えなくなるとライザーさんや私のところに話を持ち込むので、なかなか大変なのだ。
「まあセーラのことはまだ先の話だよ。それより、今剣士団長室と医師会を廻ってきたんだよね。それで、君にも話しておかないとならないことがあるんだ。」
私はまず、明日リーザの処分についてオシニスさんがここに来るという話をした。
「覚悟は出来てるわ。どんな処分が下されても、きちんと受け止める。」
「君の王国剣士としての身分は保持されるそうだから、そこは心配いらないそうだよ。」
「そう・・・。これからもこの仕事を続けていけるなら、どんな処分も受け入れて、前を向いていきたいわ。」
その言葉からは固い決意がうかがえる。
「そうだね、それともう一つ、ちょっと厄介な話があるんだけど・・・。」
剣士団長室でこの部屋の利用料について、オシニスさんとランドさんが頭を抱えていたことを話した。そして医師会でもドゥルーガー会長が頭を痛めていたことも。
「今君にどうしろって話にはならないと思うけど、ラッセル卿と話し合いはしておいてほしいんだ。」
明日の午前中、ラッセル卿とリンガー夫人が医師会に来た時に、投薬が終わったら剣士団長室に来てくれるようにベルウッド先生に頼んであるので、オシニスさんからラッセル卿に、この部屋の利用料についての話があると思うと言うことも伝えた。
「無料でって・・・はぁ・・・フロリア様のお気持ち自体は嬉しいけど、フロリア様にとって誰かに好意を示すと言うことは、自分の言うとおりにしてほしいと相手に強要するようなものなのよね。それがわかってないというか・・・。」
「まあ・・・国王陛下だからね。今の時代はともかく、昔はフロリア様の一言ですべてが決まる、みたいな時期があったよね。フロリア様だって理解していないってわけではないと思うけど、今は周りが見えなくなっている状態なのかな。」
「そうなのよ。そして、こう言う時にこそフロリア様を諫めてほしいレイナック様は、フロリア様のお気持ちを考えて、とか言って、あとは黙っちゃうのよね・・・。」
今までにもこう言うことはあったようだ。だがそれではいけないと思う。
「わかった。明日団長から話を聞いたら、フロリア様の様子を教えてもらうわ。多分いろいろ考えすぎてるんだと思う。いろんな人に迷惑をかけてしまったわ。退院したら改めて挨拶に行かないとね。」
20年一緒にいたのだから、きっとリーザはフロリア様が今どんな状態かもわかるだろう。そこについては私が口を出すことじゃない。
「それから、ハディのことなんだけどね。」
ハディの名前が出た途端、リーザの顔に不安が広がった。
「君のことを心配していたよ。目が覚めてよかったって。それでね・・・。」
私はハディが言っていたことを、出来る限り本人の言葉で再現しながらすべて話した。冷静になったら話をしに来たいと言っていたことも。
「脚色していないし、君に気を使って黙っていることも何もないよ。ちゃんと考えて、答えが出てから君に会いに来たいって。もちろん口ではいいことを言ってるけど肚の中では・・・なんてこともないからね。」
「そっか・・・。あなたにはわかるのよね。」
「そう。ちゃんと言っておくけど、私は望んでこんな力を使ったりしない。誰かが心に強く思ったことが聞こえることがある、その程度だ。言い換えれば、そこまで強く思っていることがなければ私には何も聞こえない。そしてハディからは何も聞こえなかったけど、君に対する純粋な思いだけは感じたよ。」
「そう・・・。」
リーザの瞳から涙があふれ出す。
「うれしい・・・。あんなにひどいことを言ったのに・・・。」
「だから今日はゆっくり眠って、明日に備えたらいいよ。」
「それとリーザ、不安になったり、何か罪悪感を感じたり、そういうことがあったらすぐに言ってね。私も、クロービスもいるわ。夜の間何かあれば、夜勤の先生か看護婦さんに話して。詳しいことは必要ないから、時々不安になる、程度のことで大丈夫よ。」
妻の言葉にリーザがうなずいた。
「ええ、1人で抱え込まないようにするわ。」
ちょうどそこに夜勤の医師と看護婦が来たので、簡単に引継をした。
「よかったですね、目覚められて。私達は近くにいますから、夜中に目が覚めて不安になったりすることがあれば、声をかけてください。落ち着くまでお茶でも飲みましょう。」
「そうですね。お茶用に熱々のお湯も持って来ています。」
夜勤の医師と看護婦は笑顔でそう言ってくれた。彼らはいい人物だと思う。さっき、言ってることと肚の中が全然違う2人の人物に会ったばかりなせいか、普通の人達である彼らがとても好ましく思えてしまう。
(これが普通なんだけどな・・・。)
いちいち初対面の相手の肚の中を探るようなことを考えてしまうのはいやだが、リーザのことはそろそろ貴族達の間の噂話として広まり始めているらしい。ここに来た医師や看護婦が、自分の知り合いに見ても聞いてもいないようなことを言いふらすような、そんな人物では困る。ドゥルーガー会長の人選なのでそこは信頼したいが、やはり自分でも確かめなければならない。
「ではよろしくお願いします。」
夜勤の医師達に後を任せ、私達はリーザの病室を出た。
「今日も宿で食事ね。」
「うん、そのほうが良さそうだね。」
そんな話をしながらロビーまで降りて来た時・・・。
「失礼ですがクロービス先生ご夫妻ではありませんかな?」
突然声をかけられた。口調は丁寧だが、何となくこちらを見下しているような、そんな響きを感じる。そして顔には見覚えがない。もっとも私が知らなくても向こうは私の顔を知っていると言うことはよくあるので、そこは気にしないことにした。気にするべきはこの人物の目的だ。
−−≪さぁて、少し探らせてもらいますよっと。≫−−
(・・・・・・・・・・・。)
こんな時にこんなところで声をかけてくると言うことは、狙いはガーランド男爵家についての噂の確認か・・・。
「どちら様ですか?」
一番無難な質問をしてみた。いきなり声をかけられたのだから、相手の名前を聞くのが一番自然だ。例えば相手が嘘をつくだろうなと思っていてもだ。
「あー・・・えーと、私はこう言う者です。」
名前を聞かれたその男性は、少し慌てたように考えを巡らせたらしい。
−−≪・・・この間作った名刺を渡すか。どうせわからないだろうしな。≫−−
ここまで心の声が筒抜けだと逆に相手が気の毒になるが、渡された名刺を見て首を傾げてしまった。そこには「R&Tリサーチ」と書いてある。
(ティールさんとローランド卿の会社はT&Rだけど、それをもじったニセモノの名刺なのか、単に間違えて名前を覚えているだけなのか、判断がつかないなあ・・・。)
さてどうしたものか。
「我が社の社長はですね、あのベルスタイン公爵様の相方であられた方なんですよ。少しだけお話を聞かせていただくことは出来ませんかねぇ。」
ティールさんの会社だと、この男性は口にしてしまった。だがまあ、それも嘘だろう。あの会社にこんな胡散臭い社員がいるとは思えない。
「ほぉ、R&Tリサーチですか。」
確認をしてみる。
「ええ、そうなんですよ。」
男性は私をうまくだませていると確信したのか、ニコニコと愛想笑いをし始めた。私の顔を知っているわりには、下調べは不十分らしい。
「しかし私に何をお聞きになりたいんです?リサーチ会社で調査しているようなことに、自分が関わっているとは思えないのですが。」
「いーやいやいや、そんな深刻な話ではないのですよ。お時間は取らせませんから、いかがですかねぇ。なんならこちらの東翼にある喫茶室でコーヒーをごちそうしますよ。」
ティールさんの会社の名前を騙り、しかも間違えている。いや、もしかしたらだが、意図的に間違えて、あとになって『いや、あの会社の名前を騙ったりはしていない』と言い逃れをするつもりなのかも知れない。何にせよ碌でもない話になりそうなのは明らかだ。私に聞きたいことが何なのかはともかく、このままここで相手をしない方が良さそうだ。幸いこの時間はロビーの見学の客も一段落したのか、それほど混んでいない。ロビーの隅の方にいくつかある椅子とテーブルのところにいかがですかと妻に案内を頼んだ。
「私は少しだけ用事がありますので、そちらで待っていていただけますか。」
「ええ、ええ、お待ちしますとも!」
−−≪よし!ガーランド男爵家のスキャンダルネタ、いただきだぜ!≫−−
(なるほどねぇ・・・。やっぱりそうか・・・。)
私がリーザを診ていると知っているのは、御前会議の大臣達くらいだ。あとはもしかしたら行政局の人達も何か知っているかも知れない。家督相続の場でリーザに怒鳴りつけられたりした人達は、当然ながらリーザにもガーランド男爵家にもいい感情は持っていないだろうが、だからって行政局の職員が腹いせに情報を漏らしたとも考えにくい。
(やっぱり一番怪しいのは、大臣達かな。あとは彼らの後ろ盾となっている貴族か。)
その辺りの人達がこの男を雇ったのだろう。あの医師会の病室に探りを入れることが出来ないので、リサーチ社を装って話を聞き出そうとしているというわけか。ティールさんの会社の名前を出して信用させ、口が軽くなったところで情報を引き出すという手はずか。だがその人物は人選を誤ったようだ。おそらくは後腐れないように捨て駒としてこの男を使ったのだろうが、この男はおそらく、ここで得た情報を依頼主に渡す気なんてない。そのネタでガーランド男爵家を強請るつもりでいるのではないだろうか。
(そもそも強請のネタになるような話ではないんだけどな。)
とは言え、ガーランド男爵家の一連の騒動が、貴族の家の家督相続に絡んだ醜聞として噂が広まっている今、フロリア様があの部屋の利用料を無料にしようとしていることまで知られるとまずいことになる。
(この男がどこまで知っているのか、まずは探らないとな・・・。)
妻は私がこの男の言うことをすんなり聞いたことで、何かを察したらしい。『わかったわ。』とだけ言って、その男をロビーの隅に連れていく。私はその間に受付嬢に近寄り、小声でこう告げた。
『採用カウンターのランドさんを呼んできてくれ。ロビーにいるが緊急事態だから』
受付嬢だってガーランド男爵家の件については何も知らないはずだ。迂闊に名前を出すことは出来ない。受付嬢は緊張した面持ちで
(あの男性が危険人物なのですか。)
そう尋ねたので
『ティールさんとローランド卿の会社の社員を騙る人物だ。何かを探ろうとしているスパイかも知れない。』
と付け加えておいた。これは嘘ではない。あの男はガーランド男爵家について探ろうとしている。受付嬢は頷き、さりげない様子で執政館の入り口に向かった。そこにいる王国剣士に伝言を頼んでいるらしい。受付嬢は本来勤務中は持ち場を離れられないから、これは緊急時のマニュアルとしてあるのかも取れない。執政館の入り口を守る王国剣士が1人、さっと採用カウンターへの階段に向かった。あとはランドさんが来るまで時間稼ぎをするだけだ。
(こっちはこっちで探らせてもらうか。)
こんなやり方で情報を得ようとする何者かも、それをうまく利用してひと儲けを企むあの男も、ろくなもんじゃないのは確かだ。
「お待たせしてすみません。」
男は妻に何か聞いていたらしいが、たいした情報を得られなかったようだ。
−−≪・・・やっぱりカミさんはダメだな。何も知らないらしい。どれ、先生様の口を滑らせるにはどうしようかね・・・。≫−−
まあつまり、妻にうまく言いくるめられたと言うことか・・・。
(本当に調査員だったとしても、それだけの技量もなさそうだな・・・。)
少なくともティールさんの会社では、こんな人物を雇ったりはしない。男はあれこれと考えを巡らせているらしい。私の口を"滑らせる"にはどうすればいいか、頭の中でシミュレーションしているようだが、私が黙っているのでハッとした顔をした。話を聞きたいと言っておいてだんまりでは、そりゃ不審に思うのが普通だ。それには気づいたらしい。
「あ、あの、いや申し訳ありません。いろいろ他の案件も抱えておりましてですね・・・。」
男は慌てて言い訳をし始めた。
「お忙しいんでしょう?お気になさらず。それより、私に聞きたいことと言うのはなんです?」
「えーとですね、ちょいと小耳に挟んだんですが・・・。」
−−≪・・・ふん、聞いたとおりのお人好しだな・・・。俺の話術の見せ所だ。≫−−
この男を雇った何者かは、私をお人好しだという。つまり私のことをよく知らない誰かが、又聞きでそんな情報を男に伝えたらしい。
(まあそう言われることもあるからな・・・。)
全くの的外れでもないところが、ちょっと悔しい。
「先生はガーランド男爵家のお嬢様の主治医だとか。」
「主治医・・・?」
ここはぽかんとした顔をして見せておこう。
「ええ。先生がご高名なお医者様だという話は伺ってますよ。それで、ガーランド男爵家のお嬢様が体調を崩されて、その主治医となっていらっしゃるとか。」
「妙な話ですねぇ。確かに私は医者ですし、ガーランド家のご令嬢とは友人ですが、私は妻と一緒に祭り見物に来ただけで、主治医とか言う話は・・・。」
ここで戸惑った顔を見せると、男は首を傾げた。
−−≪おいおい、どうなってんだよ。頭がおかしくなったって言うガーランド男爵家の行き遅れが医師会に入院するふりをして雲隠れしたって、そう言ってたよなあ。あのホルテックのタヌキじじい、俺にガセ掴ませやがったのかよ・・・。≫−−
大臣のホルテック卿が黒幕か・・・。ひどい言いようだが、この男が持っているリーザの情報は、そのホルテック卿から提供されたものだろう。つまり頭がおかしくなったの行き遅れのと言う話は、ホルテック卿がそう言ったと言うことではないだろうか。
(でもホルテック卿は確か中立だってオシニスさんが言ってたけどなあ・・・。)
肚の中ではなかなか飛んでもないことを考えていたらしい。もっとも中立と言えば聞こえはいいが、日和見主義と言うことも出来る。リーザの情報を集めてるって事は、御前会議の状況によってレイナック殿とエリスティ公のどちらにすり寄るか、計算しているのかも知れない。
「先生、情報料ならちゃんと支払いますからご心配なく。そうもったいぶらずに教えてくださいよ。本当のところはどうなんです?」
「本当のところと言われてもねぇ・・・。」
私は考え込む仕草をして見せた。男はにやりと笑っている。おそらく、金の話を聞いて私が心を動かされていると思っているのだろう。そろそろランドさんが来る頃合いだろう。もう少し時間を稼いだほうがいいだろうか。
「よぉ!クロービス。」
声に振り向くとランドさんが近づいてきた。
(あれ、何で?)
その後ろから、何とオシニスさんと王国剣士が2人ついてくる。
−−≪げっ!≫−−
男は相当驚いたらしい。ランドさんはともかく、さすがに剣士団長の顔は知っているのだろう。
「ティールさんのとこの調査員が来てるって聞いてな、挨拶をさせてもらおうかと思ってきたんだが、そちらの調査員殿は新人なのかな。」
ランドさんはとぼけたように言った。男の顔色が悪くなってきた。
「え、ええ、その、入ったばかりでしてね。」
「クロービス、お前、名刺をもらったか?」
ランドさんが私に話しかけてきた。オシニスさんは黙っている。後ろに控える王国剣士達も黙っていたが、さりげなく男の退路を断てる位置に移動している。
「もらいましたよ。これです。」
「あ、それは!」
私がもらった名刺をランドさんに渡すと、男が慌てたように叫んだ。ランドさんはかまわずに名刺を受け取り、大げさに首を傾げて見せた。
「クロービス、そちらの調査員殿は、間違いなくティールさんのところの社員なんだよな。」
「ええ、そう聞いてますよ。」
「私もそう聞いてます。」
妻も言った。
「い、い、い、いや、あのですね、その・・・。」
男は真っ青になっている。
「おかしいなあ。ティールさんとこの会社名は「T&Rリサーチ社」なんだが、この名刺にはR&Tと書かれているなあ。どういうことなんだろう。」
非常にわざとらしい、何かを棒読みしているようなランドさんの言葉に、男はさっと立ち上がった。
「あ、あ、あの・・・えーと、間違えました!」
叫ぶなり男は逃げようと入り口に向かって走り出した。いや、正確には走り出そうとした。この顔ぶれに囲まれて逃げられると思うとは、状況判断が甘すぎる。案の定、男はオシニスさんと一緒に来た2人の王国剣士に取り押さえられた。彼らが自分の背後に回っていたことも、気づいていなかったらしい。
「おとなしくしてくれよ。でないと縛り上げて俺達が担いでいかなくちゃならないんだからな。」
「ちゃんと歩いてくれるなら、縛るのは手だけにしてやってもいいぜ?」
2人の王国剣士の顔は見覚えがあるが、名前までは聞いていない。だがベテランの域に入るくらいだと思う。
「俺は何もしていない!みんなホルテックが悪いんだ!チクショウ!あのタヌキじじいめ!」
大声でホルテック卿の名前を叫んだものだから、王宮見学のために入ってきた一団が振り向いた。
「ホルテックって誰?」
「大臣じゃないか?」
「その大臣が何かやらかしたのか?」
みんなひそひそと囁き合っているが、声はここまで聞こえてくる。
「自分からずいぶんとまた貴重な証言をしてくれたもんだな。その言葉、牢獄の取り調べでもう一度ちゃんと言えよ。正直に話せば罪が軽くなるかも知れん。」
オシニスさんがにやりと笑った。
「しゃべります!何でもしゃべりますから!」
男は牢獄に連れて行かれることになり、両手を後ろで縛られ、半泣きで王国剣士達に連れられていった。
「帰るところだったのか?」
王国剣士達と男が玄関を出て行くのを見送って、オシニスさんが私に尋ねた。
「ええ、そのはずだったんですが、ロビーに出たところで呼び止められたんですよ。」
「それじゃ悪いんだが、少し話を聞かせてくれるか?」
「いいですよ。ウィロー、いいよね。」
「ええ、もちろん。今後のこともあるし、きちんと今回のことを話しておかなくちゃ。」
まったくだ。いずれこんなことがあるかも知れないとは思っていたが、こんなに早いとは思わなかった。まだリーザが入院して数日だというのに。
「なるほどな。今の言葉で、お前達が何を聞かれたかはわかった。詳しい話は上で聞こう。」
オシニスさんとランドさん、そして私達は剣士団長室へと向かい、私達はさっきロビーへ出たところからあの男に声をかけられ、咄嗟に受付嬢に伝言を頼んだところまで話した。そしてその後、ランドさんが来てくれるまでの時間稼ぎにのらりくらりと男の質問を交わしていたことまで。
(あの男の『声』が聞こえたことは、言わないでおこう。ホルテック卿の名前が出なければ言うしかないかなと思っていたけど、あそこまで大きな声で叫んでたしなあ・・・。)
やはりホルテック卿は人選を間違えたとしか言いようがない。そもそも自分に対して欠片ほどの忠誠心もない男を雇った時点で、彼の命運は尽きていたと言うことかもしれない。
「そういうことか。それで受付に伝言を頼んでくれたってわけだな。」
「ええ、何を聞かれてもしゃべりたくはなかったですし、あまり強硬な態度を取れば逆上されていたかも知れませんしね。」
ロビーで暴れられたりしたら、一般の見物客まで巻き込みかねない。もっともあの男にそこまでの度胸があったかはわからないが。
「しかしホルテック卿か・・・。」
ランドさんがため息とともに呟いた。
「どういう人物なんですか?以前オシニスさんに中立の立場だって言う話は聞きましたけど。」
こっちに来てしばらくした頃、現在の大臣達の顔ぶれについて教えてもらったことがあった。全員の名前を覚えているわけではないが、ホルテック卿が中立で、その他に何人かの中立の大臣がいるので、御前会議が何とか動いている、みたいな話を聞いたことは憶えている。
「ああ、確かにあの時は中立だった。言動も至ってまともだったしな。まさかこんなことを企んでいたとはね。」
「つまり、心変わりをするような出来事があったって事ですか。」
「そうなんだろうなあ・・・。もしかしたらだが、フロリア様がリーザの件で頑なになっているのを見てからかもな。」
オシニスさんが呟くように言った。
「でもそれはつい最近ですよね。そのくらいのことでいきなりってのは引っかかりますね。」
「それはそうなんだが、あの大臣は元々リーザのことが気に入らなかったみたいだから、そういうのも影響しているんだろうな。それに御前会議の大臣達ってのは、いつだって誰にすり寄るかを考えているような連中が多いんだ。他人の意見に左右されず、きちんと自分の考えをもって会議に臨むなんて大臣は、実に少ないよ。」
「なるほど・・・。しかしホルテック卿がリーザを気に入らないって言うのは、男爵家の出身だからですか?」
今回の件では、リーザ本人よりも男爵家の出身であることが、常々面白くなかったという人達がいろいろと騒ぎ立てているらしい。こう言う話は、たとえレイナック殿がどんなに怒ったところで静まると言うことはないだろう。
「そうらしいな。だが今までは単に『気に入らない』程度だった。こんなことをしでかすってのは、それだけでは説明がつかない。ホルテック卿本人は貴族ではないが、バックに伯爵家がついているから、いいように使われてるって事かもな。こそこそとリーザの身辺を嗅ぎ廻るつもりなら、バレないようにうまくやればいいものを、あんなチンピラみたいな奴を雇うからこう言うことになる。」
「でもわからなければいいってのは・・・。」
「まあお前はこう言う言い方は気にいらんだろうし、腹を立てるのも無理はないが、じいさんや他の貴族の家で密偵を使ってやっていることと、変わらないじゃないか。じいさんや他の貴族がよくてその伯爵家だけが悪いって事にはならんだろう。」
「それは・・・確かに・・・。」
確かにそうだ・・・。レイナック殿や、例えばセルーネさんが陰で調査をしているのは国のためになることだからよくて、他の貴族の場合はよくないことを企んでいるという考えは、偏見もいいところだ。こういうことは、どれが正解という話ではない。極端な言い方をすれば、陰でこそこそ調査をすること自体が間違っていると言えなくもない。でもそんなきれい事ですまないのが政治というものだ。
(こんな事で苛立てるってのも、今まで私が平和な場所にいたからだよな・・・。)
今までずっと、島で暢気に過ごしてこられたから、こんな事で腹が立つんだ。この場所ではそう言うものは当たり前だと、改めて肝に銘じよう・・・。
「ま、今回の場合に限って言うなら、お前を丸め込んでリーザやガーランド男爵家の弱みを探り出し、リーザ本人だけでなく、もしかしたらガーランド男爵家を陥れようとしていたという可能性もあるから、しっかりと調べさせてもらうさ。」
「それはぜひお願いしたいですね。それこそ明日の夕方にはまた誰か別な大臣の手先に声をかけられるかも知れないわけですし。」
「そう言うバカな奴らを出さないためにも、この件は出来るだけ早く公にしないとな。」
オシニスさんは小さくため息をついた。
「ところでクロービス、あんまり聞きたくはないんだが、何か聞こえなかったか?」
オシニスさんの声に、遠慮がちな響きが籠もった。
「聞こえましたよ。ただ、それをここで言うのは出来れば遠慮したいですね。」
「どういうこと?」
妻が私に尋ねた。
「あの男の、言うなれば心のつぶやきみたいなのはね、最初から聞こえていたんだ。ま、それであの男の狙いがリーザとガーランド男爵家だってわかったんだけどね。そのあたりはまだいいんだ。でも私がのらりくらりと躱しているうちに、いろいろと言いたい放題してたんだよ。それはリーザに対するものすごくひどい侮辱の言葉なんだ。聞こえてしまったのは仕方ないとしても、出来れば口に出したくはないんだ。君が聞いたりしたら、すぐにでも牢獄に乗り込んであの男をひっぱたきかねないからね。」
妻は一瞬ぽかんとしていたが・・・、やがて笑い出した。
「それほどひどい言葉ってわけなのね。でもあの男はリーザのことを知っているわけではなさそうだったわよね。」
「たぶんあの男にそう言うひどい言葉を吹き込んだのは、ホルテック卿だと思うよ。だから牢獄で全部しゃべるんじゃないかな。」
「なるほど。明日辺りはその話が聞けるかも知れないな。その前に口封じをされなければだが。」
オシニスさんの言葉にぞっとした。確かにあんなチンピラを雇ったら、ちゃんと仕事をするかどうかどこかで監視しているだろう。
「ということは、牢獄に向かう途中でも、刺客に襲われる可能性もあるって事ですか。」
「もしくは牢獄のメシに毒を盛るかだな。」
「防ぐ手立てはあるんですよね?」
冗談じゃない。せっかく捕まえたのに、しゃべる前に殺されてしまったら、ホルテック卿を断罪することが出来なくなってしまう。王宮ロビーであの男がホルテック卿の名前を叫んでいたことも、あの場にいた観光客が見つからなければ証明出来ない。私達が証言したとしても、それがオシニスさんの策略だ、くらいのことは言われかねない。それに・・・。
(あの男がただのチンピラだとしても、そんなに簡単に殺されていいって事にはならない・・・。)
ホルテック卿に限らず、大臣や貴族の中には、人の命など何とも思っていない人間がいくらでもいる。どんな人間であれ、そんな形で命を落とすなんてあってはならないことだ。
「まあ、そのためにさっきの2人を連れてきたんだ。あいつらなら、そう簡単にやられはしないし、おそらく牢獄ですぐにでも審問官立ち会いの下、事情聴取をして報告書を作るだろう。現行犯を引っ立てて行った時は、それが基本だ。だからもしもあいつらに『今日は遅いから明日にすれば』だの、『一休みしてからにしたほうがいい』だのと言う奴がいたら、そいつこそがホルテック卿の手先ってことさ。まあ任せておけ。あいつらならしくじるなんてことはないさ。」
「はぁ・・・何だか大変なことになったかも知れないわねぇ。」
王宮を出て、宿に帰ろうと歩き出した。妻がやれやれと言った風に頭を振っている。
「あれだけ大声で大臣の名前を叫ばれたら、大事にもなるよね。」
「早く帰って宿の食事を食べたいわ。お風呂にも入ってさっぱりして、今日は少しお酒も飲みたい気分。」
「そうだね。帰ったらラドに頼んでみよう。」
以前より人が少なくなったとは言え、通りをすいすいと歩けるようになったわけではなく、やはり今夜も人混みをかき分けて何とか宿に着いた。中はもう満席で、私達が座れる席は空きそうにない。部屋に食事を頼み、ビールの他にワインを部屋に届けてもらうことにした。
「今日はずいぶん混んでいるのね。フロアで食べられないのは残念だけど、今日は部屋でゆっくりしましょ。」
「そうしよう。先に風呂に入ってきたら?食事が届くかも知れないし、今日は交代で行こう。」
「あら、それなら先に行ってくるわ。」
「ゆっくり入ってきていいよ。飲んだ後は入らないほうがいいからね。」
「ふふふ、そうよね。」
妻が部屋を出て行った。1人になると考えてしまうのはハディのこと、リーザのこと、そしてさっき会ったホルテック卿の手先と思しき男のことだ。
ホルテック卿としては、リーザが今どんな状態にあるかを把握したかったんだろう。その情報を手土産にエリスティ公にすり寄るつもりだったのだろうか。それにしても『頭のおかしくなったガーランド男爵家の行き遅れ』とは、誹謗中傷もいいところだ。ホルテック卿という人物を、私はよく知っているわけではないが、中立で言動がまともだった時期があるなら、誰かをそこまで口汚く罵るほどバカな人物ではないと思うのだが・・・。
『何か聞こえなかったか?』
オシニスさんはあまり聞きたくはなさそうだった。それでもそこに重要な情報がないとは言いきれない。私が『聞こえた』声の話を気軽に口に出すことはないと知っているから、あんな風に尋ねたのだろう。
(でもあの男のさっきの調子なら・・・聞かれていないことまでしゃべりそうだよな・・・。)
さっきの王国剣士達はすぐにあの男の取り調べを始めるだろう。今なら、何でも話すんじゃないだろうか。下手に一晩過ぎてしまうと頭が冷えて、例えば暗殺される心配がないとしても、保身に走って黙り込んでしまう可能性が高い。
「メシを持ってきたぜ!入ってもいいか!?」
大きな声で思考が吹っ飛んだ。老マスターの声だ。
「開いてるよ。どうぞ。」
老マスターは笑顔で部屋に入ってきて、テーブルに食事を並べてくれた。
「もう少しかかるかと思ってたんだけど、早かったね。忙しいんじゃないの?」
「はっはっは!今日の客はおとなしいから、それほど手がかからないんだ。ジョッキを叩き割る奴もいないし、服を脱ぎ出す奴もいないしな。」
「え、ジョッキを叩き割る!?それに服を脱ぐって・・・?」
「ああ。なんでも昔サクリフィアでは、戦に出掛ける前に小さい盃に強い酒を注いで、ぐいっと飲み干したあとその盃を地面に叩き付けて割るって言う儀式があったらしいんだ。この間酔っ払った客が「出陣式だぁ」とか叫んだと思ったら、空になったジョッキを床に叩きつけやがってなあ。すごい音はするわ破片はそこいら中に飛び散るわ、誰も怪我しなかったのが不思議なくらいだよ。」
「うわぁ・・・それは大変だったね。」
「そしてまた別の日には酔っ払って裸踊りをするとか言い出した客がいてなあ。本当に服を脱ぎだしてパンツまで下ろしそうになったもんだから焦ったぜ。」
どちらの客も、翌日酒が抜けてから謝罪に来たらしい。家族に怒られてすっかりおとなしくなっていたそうだ。
「ガラスのジョッキってのは高いんだよ。注いだビールがきれいに見えるから試しに入れてみたんだが、参ったぜ。もちろん弁償はしてもらったがな。」
そう言えばジョッキというのは普通は木や金属で出来ているものだ。今回ここでガラスのジョッキを出された時、変わってるなあと思ったのは憶えている。
「しかしお前さんがここにいるって事は、かみさんは風呂か?」
「うん。そろそろ戻る頃だと思うよ。」
「まあ食事は出来立てだし、すぐには冷めないだろうから、かみさんが戻ってきたらすぐに風呂に行った方がいいぜ。」
「そうするよ。ありがとう。」
老マスターは笑顔で部屋を出て行った。そして入れ違いで妻が戻ってきた。私は妻に先に食べていてもいいよと言い置いて風呂に行き、急いで部屋に戻った。せっかくの出来立ての食事が冷めてしまったらもったいない。
「ずいぶん早いわねぇ。」
妻がおどけたように言った。食べずに待っていてくれたらしい。
「そりゃおいしい食事が冷めちゃったらもったいないからね。」
「ふふふ、そうよね。あとワインとおつまみも置いて行ってくれたわ。」
テーブルの隣には、さっきはなかったワゴンが置いてあり、ふきんで覆われた大きめの皿と、よく冷やされたワインが置かれていた。老マスターがあのあともう一度来て置いて行ってくれたらしい。
「それじゃまずは食べよう。いただきます。」
「そうね、いただきます。」
おいしい食事に深刻な話は似合わない。お互い、昼間聞いてきた話を相手にしたいと思いながらも、他愛のない話をしながらゆっくり時間をかけて食べ終えた。そしてワインを開けて飲みながら、用意されたつまみを食べつつ、まずは妻から、リーザの話をしてくれることになった。
「はぁ・・・やっと人心地がついたわ。気持ちのいいお風呂、おいしい食事、おいしいお酒、最高よね。」
妻の機嫌は直ったらしい。医師会への協力として仕事をすると言うことなら、どんなに疲れても患者がよくなってくれば嬉しいものだが、今回はそういったこととは何の関係もないところで危うく利用されそうになったのだから、妻としては腹立たしいことこの上ないだろう。
「ねえ、さっきの人の声は、やっぱり教えてもらえないのよね。」
「言いたくはないね。ま、明日辺り話は聞かせてもらえると思うよ。多分実際にあの男の口から出た言葉としてね。」
「それじゃ、明日まで待ったほうがいいのね。」
妻は少し残念そうだ。だが妻の機嫌がせっかく直っているのに、またわざわざ怒らせたくはない。
「そうしてくれるとありがたいかな。」
「ホルテック卿の名前は出なかったの?」
「それは出てたよ。でもその名前は、あの男が大声で叫んでくれたからね。」
妻はうーんと唸りながら、考え込んでいる。
「仕方ないわね。あなたがそこまで言いたくないほど、ひどい言葉なのよね。」
妻が首を捻りながら言った。
「まあそうだね。口にしたくもないくらいひどいものだったよ。」
妻は仕方ないかと言いたげに肩をすくめ、ため息をついた。
「わかった。気にはなるけど聞かないでおくことにするわ。せっかくお風呂に入ってさっぱりしたし、おいしい食事とワインで気分がよくなったところだもの。そんな話は聞かない方がいいわよね。」
「そう言ってくれて嬉しいよ。どうせ明日になればいやでも聞かされることになりそうだしね。」
「そうなるでしょうね・・・。何も今無理に聞いてわざわざ腹を立てることはないわね。」
「そういうこと。それじゃ君がリーザから聞いた話、聞かせてくれる?」
「ええ。あなたが病室から出て行ったあと、リーザがね・・・。」
『話、聞いてもらっていい?』
そう切り出したのだそうだ。妻は私がいない時に話を聞いていいのもか少し躊躇したそうだが、リーザとしても私がいては話しづらいこともあったのかも知れないと思い直し、いつでも聞くと言ってくれたようだ。
「君の判断は正しいよ。私としても、医者ですよとは言ってもよく見知った相手で、しかも男だからね、話しづらいことはあるかも知れないなと思っていたんだ。」
「そうなのよね。リーザも言ってたわ。『いくらクロービスがお医者様でも、男性相手にはちょっと話しづらいこともあるの。』って。それでまあ、そういうことならいくらでも聞くけど、治療に必要だと判断したらクロービスに言わないわけには行かないって言ったのよ。そしたら、その判断は私に任せるって。それに、もしかしたらハディがあなたに同じ話をするかも知れないって言ってたわ。」
「・・・同じ言葉をハディからも聞いたなあ。今頃リーザが君に同じ話をしているかも知れないって。」
「あら、もしかしたら同じ話かも知れないわね。」
「可能性は高そうだけど、まずは君の話を聞くよ。こう言うときこそ冷静に考えないとね。」
「ええ、それじゃ話すわ。」
リーザが話してくれたのは、やはり私達がこの町を出たあと、2人が別れてしまったところの話からだった。ハディはリーザから別れ話を切り出されたが、リーザが本当のところどう思っていたのかはわからないようだったので、リーザ側の話を聞けるのはありがたい。
「グラディスさんのことがね・・・やっぱりかなりのショックでなかなか立ち直れなかったみたい・・・。」
私達がこの町を出る時、笑顔で気丈に振る舞ってみせるハディとリーザが痛々しかった。でも私達には何も出来ない。無理はしないでねと、言うのが精一杯だった・・・。
『立ち直らなければならない。』
リーザはそう強く思い、日常の生活に戻ろうとした。剣士団は復活の目処が立っていたし、今後も王国剣士として働くことを父親は認めてくれた。だから一日も早く立ち直って、これからも王国剣士としてこの国の人々を守っていきたいと考えていた。だがハディのことは、何もなかったかのように結婚するなんてとても出来ないと、でも彼のことが好きで離れたくないと、ずいぶん悩んだらしい。
「それで、別れを切り出したってわけか・・・。」
「最初は2人でこの先も生きていきたいと思っていたから、自分が立ち直れれば何とかなるって、1人で抱え込んでしまったみたいね。」
それで結局別れることを選んでしまった・・・。リーザの悪い癖だ。何もかも1人で抱え込み、1人で解決しようとする・・・。
「でもそれも、常にガーランド男爵家の跡取りとして振る舞うように育てられた結果なのかも知れないよ。リーザに期待していたのはお母さんだけじゃない、リロイ卿も父親として、利発なリーザに期待をかけていたんじゃないかな。」
「私もそんな気がしたのよね。みんなに期待されて、本人は嬉しかったんだと思うけど、自分でも気づかないところで常にしっかりしなければならない、自分がちゃんとしなければって思っていたんだと思うわ。」
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