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 夜半
 
 部屋のドアの外でカチャカチャと音がして目が覚めた。隣のベッドで妻も起き出している。
 
(来たわね・・・。)
 
(そのようだね・・・。)
 
 扉の外の人物は、部屋の鍵を開けようとしているのだろう。この宿泊所では、廊下は真っ暗にはならない。ランプの明かりを絞るだけで、夜中でも普通に歩ける程度には明るくなっている。夜遅く帰ってくる宿泊客のためのものだが、賊にとっては好都合かもしれない。
 
 カチャッ!
 
 扉が開いた。部屋の中は暗くしてあるので、その人物は足音を立てないようにそっとベッドに忍び寄った。そして次の瞬間大きく振りかぶり、ベッドにダガーを突き立てた!
 
 その瞬間妻がランプの明かりを最大にしてあたりを明るく照らし出し、同時に私が麻痺の気功を思い切り叩き込んだ。耐性がある相手だったりすると逃げられてしまうので、ありったけの『気』を集めてみたのだが、それがよかったらしい。相手はベッドにダガーを突き立てた格好のまま、動けなくなっている。振り向いた人物の目が恐怖にゆがんでいた。
 
「あなたはどちらの方ですか?」
 
 その人物は黙ったままだ。まあ聞かれてすぐに答えるくらいなら、こんな行動に出たりはしないだろう。
 
(もしかしてしゃべれないくらいきつく麻痺をかけてしまったかな・・・。)
 
 だとすればいささか気の毒だが、舌を噛まれる心配はなさそうだ。そこに宿泊所の管理人が駆け込んできた。後ろに王国剣士が2人いる。
 
「先生、大丈夫ですか!?」
 
 賊がダガーを突き立てたのは、イノージェンが寝ているはずのベッドだ。
 
「大丈夫です。この人を牢獄まで連行してください。麻痺は解かないで、牢獄に行ってから審問官の判断でお願いします。」
 
 その人物、男だったのだが、彼は忍び装束とでも言うのだろうか、山賊の衣装のような黒い服に、足下は音を立てずに歩けるようなブーツを履いている。顔には覆面をつけていたが、それは王国剣士によってはぎ取られた。
 
「あれ、あなたは・・・。」
 
 剣士の1人がその男を知っていたらしい。
 
「この人は誰なんですか?」
 
 その剣士は少しの間どうしたものかと思案しているようだったが・・・。
 
「・・・ガーランド家の私兵ですよ・・・。何でこんなところに・・・。」
 
 そう言って複雑な顔でその男を見つめた。その剣士はすっかり戸惑っている。普段は顔見知りとして挨拶をする仲だったのかもしれない。
 
 それにしても・・・まさか本当に私兵にこんなことをさせるとは・・・。
 
「あなただってやりたくてやったわけじゃないでしょう?自害したりしないと約束してくれるなら麻痺を解きますけど、どうします?」
 
 思い切って尋ねたみた。私はこの私兵が何を思ってこんなことをしたのか、主人の命ではあろうけれども、何故従ったのか。それを聞いてみたかった。私兵はその家の所有物ではない。きちんとした雇用契約の元に雇われているはずだ。麻痺を解いたことで万一舌を噛んだり毒をあおったりと言うことがあっても、妻と私がいればどちらも阻止、或いは治療が出来る。
 
 私兵は唯一自由になる目を私に向けて、涙を流した。
 
「麻痺を解きます。君達は彼の腕を押さえて、動けないようにしていてくれるかい?」
 
「わかりました。」
 
 2人の王国剣士が男の両腕をそれぞれ押さえ、私は麻痺を解いた。その途端、男はがっくりと膝をつき、泣き出した。
 
「申し訳ありません・・・。申し訳ありません・・・。」
 
「この部屋に泊まっている人物が誰なのか、わかっていて来たんですか?」
 
 男はうなずいた。
 
「ダカンさん・・・どうしてこんなことを・・・。」
 
 彼を見知っている王国剣士が尋ねた。この男はダカンと言うらしい。いつもなら挨拶を交わす知り合い同士だったのに、今は捕縛する側とされる側になってしまったことに戸惑っているようだ。
 
「私は長いことガーランド家に仕えている。男爵閣下が隠居してラッセル様が家督を継いだら、ラッセル様に忠誠を誓っていくつもりでいたのだが・・・最近ラッセル様はおかしいんだ。昨日、私のところに来て、この部屋に眠っている人物を殺せと・・・。出来なければお前はクビだと・・・。」
 
 いきなりクビになどなれば、家族共々路頭に迷うことになる。ダカンさんは泣く泣く命令を聞いてここまでやってきたのだが、こんなバカな話はない、なぜいきなり人を殺せと命じられ、出来なければクビだなどと言われなければならないのか・・・。
 
 不安なままここまで来て、しばらくどうすべきか迷っていたらしい。宿泊所の管理人は不審な男が廊下をうろついていたので、王国剣士を呼びに行ってくれたということだった。
 
「あなたがクロービス先生ですよね。どうして私がここに来ることを・・・。」
 
 ダカンさんは不思議そうに私を見上げた。
 
「ラッセル卿の様子がおかしいのは私も気づいていましたからね。特に明日はこの部屋に寝ているはずだった女性が、異議申し立てをする日です。それはご存じですよね。」
 
「はい・・・。その女性に家屋敷を乗っ取られる前に、何としても殺せと・・・。以前はそんな冷酷なことを仰る方ではなかったのですが・・・。」
 
「彼女は乗っ取る気などありませんよ。全ての権利を放棄したくて明日の申し立てを申請したんです。ところがラッセル卿はどうしてもそれを認めようとしないんです。彼女は何が何でも自分の家を乗っ取る気だという考えに取り憑かれてしまっています。だから、今のラッセル卿なら何をしでかすかわからないので、念のため私達がここにいたんですよ。」
 
 私がイノージェン達にした『提案』とは、今夜一晩、泊まっている部屋を入れ替えるというものだったのだ。
 
「そうですか・・・。よかった・・・。よかった、人殺しにならなくて・・・。先生、ありがとうございます・・・。」
 
「ダカンさん、もしもご存じでしたら教えてください。私はラッセル卿には若い頃にお会いしたことがあります。当時彼は学生で、私は王国剣士でした。ラッセル卿の姉上であるリーザは私と同期でしたので、街の中でリーザとハディのコンビにばったり会った時のことですよ。ちょうどラッセル卿が一緒にいて、話をしていたんです。彼はとても穏やかで思慮深い、好青年だったと記憶しています。そして今回も、少し前にお会いした時は家のことで悩んでおられるようでしたが、昔と変わらず、穏やかな方だったはずなんです。でもその後何度か会うたびに、おかしくなっていった気がするんです。何か今までと変わったことはなかったんですか?」
 
 リーザに紹介されて、恥ずかしそうに頭を下げていた好青年が、何故あんな風になってしまったのか・・・。
 
「変わったこと・・・。ドーンズ先生がいらっしゃらなくなったことは、先生はご存じですよね?」
 
「ええ、それは知っています。」
 
「あとは・・・ラッセル様がいつも飲まれているハーブティの濃さが最近とみに濃くなってきているという話を、メイドから聞きました。本当なら1日1回だけ飲むようにと言われているのに、最近は濃く出したハーブティを1日に何度も飲んでいるので、飲み過ぎではないかと心配しているようです。でもそれは・・・たいして関係のあることではありませんね・・・。」
 
「ハーブですか。それは以前から飲まれているものなんですか?」
 
「多分半年くらい前からだと思います。おそらくそのハーブをラッセル様に渡したのはドーンズ先生だと思うのですが、私は屋敷の外を警護するのが主な仕事ですので、そんなに詳しくは・・・。」
 
「わかりました。それでは君達、よろしく頼むよ。多分申し立てが終わってからのことになると思うけど、私達はいつでも事情聴取に応じるし、ダカンさんが罪に問われることになったら、いつでも減刑の嘆願はするからと、審問官に言っておいてくれるかい?」
 
 まだ泣いているダカンさんをなだめて、王国剣士に改めて引き渡した。彼は逃げる気など毛頭なく、審問官に全てお話ししますと言って、部屋を出て行った。
 
「驚きました・・・。そんなことが起きていたとは・・・。」
 
 宿泊所の管理人も驚いている。
 
「明日の午後には申し立てが行われて、全てがきちんと終わるはずです。申し訳ありませんが、王国剣士が改めて事情を聞きに来るまで、このことは口外しないでいただけませんか。」
 
「もちろんです。何事もなく済んだのですから、剣士団から知らせが来るまで黙っていますよ。」
 
 宿泊所の管理人は口外しないことを約束してくれたが、王国剣士にはそうはいかない。夜勤の時に起きた出来事は調書を作って朝一番で団長に届け出ることが決まっているはずなので、明日の朝にはオシニスさんもこの騒動を知るだろう。だが申し立てが終わるまではこの件についても公に出来ない。
 
 この騒ぎにイノージェン達が起きてこないところを見ると、眠っているのだろう。ライラはもしかしたら何か気づいたかもしれないが、イノージェンとイルサが眠っているのでは、1人で起き出してくるわけにも行かないと考え、そのまま部屋にいるのかもしれない。どの部屋にいるのかまではラッセル卿だって知らないはずだ。とは言え、今私達がいるこの部屋にイノージェン達が泊まっていることは突き止めたのだから、安心は出来ない。
 
「それじゃもう少し寝ようか。あとはもう何も起きないでほしいよ。」
 
「まったくね。それじゃお休みなさい。」
 
「お休み。」
 
 私達は再びベッドに潜り込んだ。そのあとは朝まで、何事もなく眠ることが出来た。
 
 
 翌朝、私達は起き出してイノージェン達が泊まっている部屋に行った。急遽部屋を変わったので、着替えは全部この部屋にあるのだ。部屋の中では、イノージェンもイルサもライラも起きていた。
 
「昨夜何かあったみたいね。」
 
 イノージェンが言った。
 
「気がついた?」
 
「夜中に目が覚めたのよ。出ていこうかと思ったけど、私達がこの部屋にいることを知られないように、静かにしていたほうがいいってライラに言われて、そのままここにいたわ。」
 
「その判断は正しいよ。何があったかについては、今日の午後申し立てが終われば教えてあげられると思う。もっともオシニスさんの方から何か言ってくる可能性もあるけどね。でもそれまでは何も聞かないでほしいんだ。今日の午前中は、出来るだけここにいたほうがいいかもしれないね。」
 
 ただし着替えはしなければならないので、ライラとイルサに母さんを守ってくれと頼み、それぞれが元々泊まっていた部屋に戻って着替えをした。身だしなみを整えたら私達が本来泊まっている部屋に集合することにした。
 
「申し立てが始まるまでここにいた方がいいのかしらねぇ。でもお食事くらいはしたいわ。」
 
 イノージェンが残念そうにつぶやいた。
 
「外には出ないほうがいいから、ここの喫茶室で食べよう。ここのモーニングはなかなかおいしいと評判だよ。」
 
「あらそう言えば、モーニングはいつも外に食べに行っていたから、ここのは食べたことがなかったわね。」
 
「あらそうだっけ?町中のカフェにばかり出掛けてたから、ここのは前に母さんと食べたことがあるつもりでいたわ。ここのモーニングはおいしいのよ。それじゃ行きましょうよ。お昼までここに籠もっていたりしたら頭痛がしそうだわ。」
 
 イルサが言った。まったくだ。籠もっていればイノージェンを守ることは出来るだろうが、精神衛生上よくない。
 
 そこで昨日と同じように、5人で東翼の喫茶室に向かい、出来るだけ壁際の席を見つけて私達が護衛するようにして食事を済ませた。あたりにずっと気を配っていたが、妙な殺気や視線は感じない。ただし、こちらに注意を向けている何者かの気配は感じた。
 
(さすがに今朝は何も仕掛けてこないか・・・。)
 
 仕掛けてはこないが、監視はされていると思っておいたほうがよさそうだ。その監視の目が隙あらばイノージェンを襲ってくる可能性は否定出来ない。だが、まさかラッセル卿はまだイノージェンを亡き者にしようと狙っているのだろうか。
 
 私兵をイノージェン暗殺に差し向けたなどと言うことがリーザに知れたら、リーザのことだ、烈火のごとく怒るだろう。だが気になるのは、ラッセル卿が戻らない私兵に対してどんな決断を下したのかだ。
 
(忠義に篤い私兵に無理難題、しかも殺人を無理矢理請け負わせたあげくにクビにするなんてことが公になったら、それこそガーランド男爵家の爵位剥奪だってあり得るだろうに・・・。)
 
 何とか思いとどまってほしいものだが・・・。
 
 
 部屋に戻ったあと、私は何者かが自分達を監視していることを全員に伝えた。
 
「やっぱり僕の気のせいじゃなかったんだね。」
 
 ライラはその気配に気づいていたらしい。
 
「ガーランド家にも密偵がいるのだろうけど、そう言う人達は朝からその辺を歩いてはいないからね。おそらく私兵の誰かが私達を監視していろという命を受けているのだろうけど、ここで騒ぎを起こして不利になるのはあちらの方なんだけどな・・・。」
 
「そんな当たり前の計算も、今のラッセル卿には出来なくなってるのかもね。」
 
 妻が言った。
 
「そうなんだろうな・・・。ウィロー、ライラ、少しの間ここを頼めるかい?」
 
「クリフの病室に行くの?」
 
「うん。どんな状況か見てこないとね。いくら主治医がハインツ先生でも、執刀医として関わった以上は手術が終わったからあとはよろしくってわけに行かないよ。」
 
「わかった。ここは大丈夫よ。まあ・・・たとえばガーランド家の密偵が大勢で突撃したりしてこられるとちょっと危ないかもだけど。」
 
 妻が言いながら肩をすくめた。
 
「想像したくないなあ。そもそもあの家で密偵と呼ばれる人達が何人いるのかもわからないけどね。」
 
「以前そんなにいないって話を聞いたことがあるわよ。」
 
 意外なことに、そう言ったのはイルサだ。
 
「何で君がそんなことを知ってるのさ。」
 
 ライラが疑わしげにイルサを見た。
 
「あ、その目は信用してないわね?もっとも私が聞いたのも司書の人達の噂話だけどね。あの家の財政状態がよくないって話を誰かがしてたのよ。年頃のご子息がいらっしゃる貴族の家の、番付表みたいなのが出回っているの。この国で今一番好条件の男性は誰かって。目指せ玉の輿!ってわけ。」
 
「なるほどねぇ。つまり年頃の未婚男性がいる家は、勝手に財政状態を調べられて、勝手に番付として載せられるというわけね。」
 
 イノージェンが呆れたように言った。
 
「ラッセル卿のご子息も未婚というわけか・・・。」
 
「ええそうよ。何でも昔は相当羽振りがよかったのにって、注釈までついていたわよ。」
 
「それで、この国で一番の好条件の男性ってのは誰なんだい?」
 
「やっぱりユーリクね。ベルスタイン公爵家の歴史の古さと格式の高さはどこからも文句のつけようがないし、220年近くの間、常に堅実な運営で家を繁栄に導いてこられた代々のご当主様も評判がいいし、当代のご当主ご夫妻も美男美女、優しさも厳しさも兼ね備えた当代の賢者とかなんとか、とにかくすごい賞賛されているの。」
 
「それは単に、その番付表を作った人が公爵家のファンだったんじゃないのかい?」
 
 私の言葉にイルサが笑い出した。
 
「そうかも知れないわね。それにユーリク自身も控えめで次期公爵候補なんて言葉を全然気にしていないみたいだし、そういうところも人気のあるポイントかもね。」
 
 いつの間にか話がユーリク・ベルスタインの話になってしまった。
 
「ま、ガーランド家の密偵が何人いたとしても、昼日中に襲ってきたりしたら言い逃れは出来ないから大丈夫だと思うけどね。」
 
 私は宿泊所の部屋を出て、管理人に後を頼んでおいた。確かこの管理人もかなり腕が立つ人だったような気がする。宿泊所を出てから医師会に着くまでの間、ずっと辺りを窺っていたが、妙な人物はいなかったと思う。
 
 
「失礼します。」
 
 クリフの病室の扉をノックした。中から開けてくれたのはゴード先生だ。
 
「おはようございます。クリフの調子はどうですか?」
 
「どうぞお入りください。順調ですよ。」
 
 病室の中では、ハインツ先生がクリフに何か尋ねている。どうやらクリフは起きたばかりらしい。
 
「おはようございます。クリフは今日も順調に回復していますよ。ただ食事なんですけどね、先ほどマレック先生がいらっしゃって今日一日だけ様子を見たいと言うことでしたので、残念ながら今日一日は薬だけとなりました。」
 
「わかりました。回復が早すぎるという気もしますし、もう少し様子を見た方が良さそうですね。おはようクリフ、申し訳ないけど今日は薬だけと言うことになってしまったね。」
 
「おはようございます。とんでもないです。昨日ガスが出たとは言われましたが、僕としてははっきりと『出た』という感じがしないんです。それに、食欲がまだ戻らないと言いますか・・・薬を飲んでいるのでそれでお腹がいっぱいになってしまうのかも知れませんが・・・。」
 
 昨日のガスは看護婦達が聞いて『ガスが出た』と判断したようだが、もう少しはっきりと出たことがわからないと、本当に内臓の動きが戻ってきているのかの判断がつかない。薬でお腹がいっぱいになってしまうという感覚は内臓の手術をした患者全般に言われることなので、特におかしいと言うことはなさそうだ。
 
「薬はしばらく頑張って飲んでもらうしかないね。今のうちに体内に残った病巣を出来る限り小さくするための薬だから、きちんと飲んでいればいずれ気にしなくてもいいくらいよくなれるよ。」
 
 クリフがふと真顔になった。
 
「今更言っても仕方ないんですが、最初に痛み始めた時、すぐに診療所に来てきちんと薬を飲んでいればと何度思ったかわかりません。でもやってしまったことを後悔しても仕方ないと、僕は一度自分の人生を諦めましたけど・・・。先生方のおかげでここまでよくなることが出来て嬉しいんです。ありがとうございます。薬はどんなに苦くても頑張って飲みます。」
 
「それでは無理せず今は休むことですね。眠くなったら寝て大丈夫ですよ。」
 
 ハインツ先生が言った。クリフがここまで回復したことを、ハインツ先生も喜んでいると思う。私は午後からの申し立てのことを伝え、ガーランド男爵のこともハインツ先生によく頼み、クリフの病室をあとにした。
 
 
「このままよくなってくれるといいんだけどな・・・。」
 
 せっかく助かった命だ。出来る限り長らえてほしい・・・。
 
 
 
 東翼の宿泊所に向かうと、何と王国剣士が警備をしている。
 
「あ、クロービス先生、お疲れさまです。」
 
「ここも警備場所になったのかい?」
 
「ええ、今日一日だけと言うことでしたけど。」
 
 昨夜の夜中の騒動で、オシニスさんが手配したのだろう。イノージェンにしても、もしかしたらライラとイルサにしても、今日が無事終わればラッセル卿が付け狙う理由はなくなる。
 
(でも実際に申し立てが無事終了してイノージェンがガーランド家と法的に縁が切れても、男爵が諦めなかったりラッセル卿が執拗にイノージェンを付け狙ったりすることはありそうなんだけど・・・。)
 
 気にはなるがそこまで王国剣士を当てにするわけにも行かない。今はまずイノージェンの身の危険が去ったことと、ライラとイルサをここに残して行くにしても、2人の安全については心配しなくていいことを喜ぼう。
 
 部屋に戻って、昼食を東翼の喫茶室で食べないかと提案した。本当なら気晴らしも兼ねて外に出たいところだが、宿泊所まで王国剣士が警備している状況を考えると、私達は下手にあちこち動かないほうがいいと思うと付け加えた。
 
「そうよね・・・。何だか大事になっちゃったわねぇ・・・。」
 
 イノージェンがため息をついた。
 
「イノージェン、君が悪いわけじゃない。申し立ての相手に対して、命を狙うなんて言うことがばかげてるんだ。今回を逃したら、君はもう2度とガーランド家との縁を切ることが出来なくなるんだから、こんなことで落ち込まないでよ。」
 
「そ・・・そうか・・・。そうよね。今回が最後のチャンスなんだわ。頑張らなくちゃ!」
 
「その意気だよ。食事をしたら執政館に向かおう。ライラ、イルサ、君達は部屋で待っていてくれ。窮屈だと思うけど、母さんがガーランド男爵家と縁を切るまでのことだから、君達も我慢出来るね?」
 
「もちろんよ。ね、ライラ?」
 
「そうだよ。僕達だってこのことはずっと気にしていたんだ。法的に縁が切れたとして、そのあとのことはなんとも言えないけど、それでももう他人ですって胸を張って言えるだけでも違うからね。」
 
 東翼の喫茶室で昼食を食べた。あたりに妙な気配はもうない。ライラとイルサを宿泊所まで送っていき、王国剣士と宿泊所の管理人によく頼んでおいた。
 
「僕らはもう子供じゃないんだから、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。それより母さん、原稿の読み上げの時に間違ったり噛んだりしないでよ。そっちの方が心配だよ。」
 
「あ、あら、それはもう大丈夫よ。」
 
 イノージェンが『まずいことを言われた』ような顔をしたところを見ると、さっき練習している間に何度か間違えたのだろう。でも大分リラックスしているように見える。
 
「それじゃ行ってくるよ。」
 
「先生、おばさん、母さんのこと、よろしくお願いします。」
 
 ライラとイルサが頭を下げた。きっと2人とも、ついてきたかっただろう。だが今日だけはそうはいかない。
 
「あの子達も大人になったわねぇ。」
 
 妻が感慨深げに言った。
 
「そうだね。頭の中ではいつまでも小さい時のままなんだけど。」
 
「ふふふ、ほんと、もうあの子達を私が守らなきゃいけないなんてことはなさそうよね。でもやっぱり、目が届かないってことは心配よ。」
 
 イノージェンが少しだけ寂しそうに言った。
 
 私達は東翼からロビーを抜けて執政館に向かって歩き出した。お昼を過ぎてロビーの見学客も増えている。その人混みに巻き込まれないよう歩き続け、執政館の入り口をくぐろうとした時
 
「クロービス先生!」
 
 呼び止められて振り向くと、スタンリーが走ってくる。何事かあったのだろうか。
 
「どうしたんだい?」
 
 スタンリーはかなり急いで走ってきたらしく、私達の前で立ち止まると少しだけ息を整えるように深呼吸した。
 
「お忙しいところ申し訳ありません。今医師会で先日の件の事情聴取をしていたんですが、ハインツ先生から急ぎでクロービス先生に伝言を頼まれまして・・・。」
 
「ハインツ先生?まさかクリフに何かあったのか!?」
 
 午前中は順調に回復していたようだが、まさか急変したのだろうか!?
 
「クロービス、私達は執政館の中にいるわ。そこで待ってるから。」
 
 妻が言ってくれたので、私はスタンリーと執政館の入り口から少し離れた場所に移動した。
 
「いえ、違います。私はドゥルーガー会長の部屋にいたんですが、話の途中で牢獄から報告書が届きまして、それをご覧になったハインツ先生から、これを先生に渡して、見ていただくようにと。」
 
 スタンリーはそう言って紙を一枚、私に渡した。何かの報告書のようだ。
 
「牢獄から・・・。それではガーランド男爵の薬についての報告書か・・・。」
 
「はい。そう仰ってました。ハインツ先生がこれを読まれたところ、顔色が変わりまして、これをすぐにクロービス先生に届けてくれないかと頼まれました。出来るだけ急いで、申し立てが始まる前にと。」
 
「申し立てが始まる前に・・・?では今読んだ方がいいんだね?」
 
「はい。この報告書はお渡ししない方がいいと言うことでしたので、間違いなくクロービス先生が読まれたあとは私が責任を持ってハインツ先生にお返しするように言いつかっております。まずは読んでいただけませんか?」
 
 私は渡された報告書を読んだ。
 
「な・・・まさか!?」
 
 紙の上半分はガーランド男爵に投与された薬の種類と量だったのだが、その下半分にはなんと、子息のラッセル卿に渡した「ハーブティ」の原料が書かれていたのだ。
 
「何故・・・こんなことを・・・。」
 
 その原料の下にはこんなことが書かれていた。今回の件がうまく行ってラッセル卿が男爵家を継いだ場合、彼を自分の支配下に置いて今後も多額の契約料をせしめようとしていたという、もう開いた口が塞がらないような内容だ。
 
「スタンリー、この報告書はフロリア様や剣士団長にも届けられるはずのものだね?」
 
「はい、ですが午後からの申し立てがありますから、おそらく目を通されるのはそのあとではないかと。だからハインツ先生はこれを急いでクロービス先生に届けてくれるようにと仰ったのだと思います。」
 
 どうやらスタンリーは、申し立ての相手など簡単な事情を聞いているらしい。
 
「わかった、ありがとう。ではハインツ先生にこれを返してくれるかい。本当に助かったよ。」
 
 私はスタンリーに報告書を返した。ラッセル卿のあの変わり様の原因がやっとわかった。
 
「まったく・・・ドーンズ先生と言う人は・・・。」
 
 しかしそうなると、午後の申し立てはかなり危険なことになる。ドーンズ先生は「ハーブティ」と称して、ラッセル卿にもガーランド男爵とは違う種類の鎮静剤を飲ませていたのだ・・・。
 
 違う種類と言っても、実は同じ植物から取れる薬だ。男爵に飲ませた薬はその植物の根を使う。根を掘り起こして乾燥させ、それを砕いて煮詰めて成分を抽出する。かなり強力な鎮静剤だが、男爵のように大量に摂取すると、鎮静どころか命の危機にさらされる。そしてラッセル卿が「ハーブティ」として飲んでいたのは、その植物の花から取れる薬だ。こちらは花を採取して乾燥させ、細かく砕いて煎じて服用する。少量ならば鎮静剤としては優秀で、おそらくドーンズ先生はラッセル卿に「これだけの量を一日一杯」とよく言い置いたのではないだろうか。医師としてならば当然のことだ。彼が医師として、無責任でないことを祈りたい。だが自分が捕らえられてしまい、ラッセル卿が「ハーブティ」を飲むところを注意していることが出来なくなった。一方ラッセル卿はというと、父親からイノージェンを相続人の1人として迎え入れたいという話を聞いて、不安で仕方なかった。だから一杯でとても気持ちが落ち着く「ハーブティ」を飲んだのだろう。そしてそれは彼の不安が増すにつれて量が増えていった・・・。
 
(あの花から取れる鎮静剤は・・・取り過ぎれば幻覚幻聴、妄想などを引き起こす・・・。ラッセル卿はドーンズ先生から、イノージェンが家を乗っ取るつもりだという話を繰り返し聞かされていた。そこに「ハーブティ」を飲み過ぎて、その妄想が現実であるかのように思い込んでしまったと言うことか・・・。)
 
 ドーンズ先生としては、言い方は悪いが『次の金づる』であるラッセル卿を害するつもりなどなかっただろうが、自分が捕らえられてしまうことまでは考えていなかったのだろう。
 
 
「ごめん、待たせたね。」
 
 執政館の入り口を入ったところで待っていた、妻とイノージェンのところに行った。
 
「何かあったの?」
 
 妻もイノージェンも心配そうだ。
 
「クリフのことは大丈夫だよ。もっと厄介な問題が起きてしまったんだけどね。」
 
 私は通路の隅に2人を連れて行き、簡単に今の話を説明した。
 
「だから、申し立ては何が起きるかわからない。でも中止にしたりしたら次は一週間後だ。そうなると男爵が目を覚ます可能性もある。余計に話がややこしくなる前に、片を付けてしまおう。」
 
「全くバカな話ね・・・。イノージェン、行きましょう。あなたは私達が必ず守るから、思ったことを全部ぶちまけてきましょうよ。」
 
「そうね。とにかく私があの家と縁を切れば、それで終わりに出来るわ。」
 
 
 申し立てが終わったあと、たとえガーランド家からイノージェンや子供達に何か言ってきたとしても、法的に縁が切れていさえすれば、あとは司法に委ねることが出来る。
 
「行こう。」
 
 私達は歩き出し、やがて執務室の前に着いた。
 
「異議申し立てをされる方とその付添人の方ですね。」
 
 入り口を守る王国剣士に名を名乗り、中に入った。中にはフロリア様、レイナック殿、行政局長、確かノイマン局長という名前だったと思う。少し離れたところにオシニスさんが立っている。フロリア様の後ろ、いつもリーザが立っている場所には、今日はハディがいた。ハディは少しだけ私達に向かって笑って見せた。大臣達がいつも座るテーブルと椅子は部屋の隅に移動されて、見届け人の大臣達はそのテーブルの前に立っている。フロリア様の御前に椅子が二つ。これが、イノージェンとラッセル卿が座る椅子だ。その後ろにも椅子が4つ。これはそれぞれの付添人が座る椅子だ。イノージェンとラッセル卿がこんなに近いのは不安だが、「ハーブティ」の件はまだ公に出来ない。
 
 ちらりと見届け人である大臣達を見ると、その中にローランド卿がいる。セルーネさんはおそらく来ないだろう。リーザとは遠い昔、共に試練を乗り越えた戦友同士だ。申し立ての一方とよく見知った間柄の大臣が見届け人として参加していたりしたら、裏で通じているのではないかくらいのことを言いかねない人達はいくらでもいる。
 
(あれ?エリスティ公がいないな・・・。)
 
 王族として首を突っ込めるところには必ず現れる方だが、珍しく今日は同席していないらしい。もっともここは今、ガーランド男爵の婚外子であるイノージェンが、男爵家と縁を切るために申請した異議申し立ての場だ。あのお方は本来呼ばれるはずがない人物であることも考えられる。今は気にしないでおこう。横槍を入れられる心配をしなくていいのはありがたい。
 
「申し立て主イノージェン殿、付添人クロービス殿、ウィロー殿。」
 
 ノイマン行政局長によって名前が読み上げられ、私達は指定された席に座った。そこに扉が開き、どうやらガーランド家の人々が入ってきたらしい。
 
「ガーランド家、家督相続予定者ラッセル卿、付添人のリーザ嬢、チルダ・ランサル子爵夫人。」
 
 ラッセル卿が私のわきを通って指定された椅子に座った。
 
(・・・ん・・・?)
 
 奇妙な匂いが鼻をかすめる。
 
(これは・・・。)
 
 ラッセル卿は椅子に座ろうとして一瞬立ち止まり、イノージェンを見てぎょっとした。
 
−−な、なぜ!くっ・・・ダカンの奴、しくじったのか!申し立て主がいないからすぐに終わると思ってきたのに・・・。−−
 
 なるほど、彼は今の今までイノージェンは既に死んでいると思っていたのか。ダカンさんが家に戻ってないことは、気にしていなかったのだろうか。
 
(まあ・・・そんなことは、今の彼にはどうでもいいことなんだろうな・・・。)
 
 彼を包む『気』は弱々しく、そしてどす黒い。だいたい申し立てをする当人が万一亡くなった、しかも明らかに殺されたとわかれば、まず疑われるのはガーランド家だ。ラッセル卿は自分達が何事もなく無事でいられると思っているのだろうか。
 
−−くそっ!私がなんとかしないと!!−−
 
 まだ申し立てが始まってもいないというのに、まさかラッセル卿は自分の手でイノージェンを殺すつもりなのだろうか。衆人環視のこの中で。
 
「それでは定刻となりましたので、これより異議申し立てを始めます。まずは今回の申し立てについて、その経緯をわたくしより説明します。」
 
 ノイマン行政局長は、イノージェンの母親がガーランド男爵家の当代の男爵が結婚前に恋愛関係になったこと、その後男爵は別な女性と結婚し、イノージェンの母親であるエレシアさんが北の島へと渡ったことを説明した。その後男爵は結婚したが家督相続の前から北の島へ手紙とお金を送り続けた。この辺りの話はイノージェンの申請書に書かれていたものらしい。そこでいったん話が終わり、テーブルが運び込まれてその上に手紙とお金が積み上げられた。
 
「これがその時の手紙とお金です。手紙の筆跡は間違いなく当代のガーランド男爵のもの、そして手紙の中に書かれているお金については全てここにあります。」
 
「ど・・・どうしてそれがそこに・・・。」
 
 ラッセル卿は驚いて手紙の束を見ている。
 
「お兄様がお留守の間に王国剣士さんがいらっしゃって、預からせてくれと言うことでしたのでお渡ししましたのよ。」
 
 私達の隣に座っているラッセル卿の妹である、チルダ・ランサル子爵夫人が言った。
 
「なんだとぉ!?」
 
 ラッセル卿は突然立ち上がり、ランサル子爵夫人の肩を掴んで手を振り上げた。
 
「やめなさいラッセル!」
 
 隣に座っていたリーザがラッセル卿の手を振り払い、妹を守った。
 
「あなたは当事者なのよ。座って話を聞きなさい。」
 
「姉上は誰の味方なんです!?」
 
 ここがどこなのか、ラッセル卿は全く気にしていないらしい。その顔は土気色で、目の下にはクマが出来ている。正気には見えないほどだ。
 
「申し立ての最中よ。座りなさい!」
 
「ラッセル卿、今はおとなしく座って話を聞いてくれないか。」
 
 そう言いながらラッセル卿に近づいたのはオシニスさんだ。
 
「ここはフロリア様の御前だ。君がここで大声を出したり誰かを傷つけようとすれば、それはフロリア様の御前を穢したことになる。それでもまだ騒ぎを起こすのか?」
 
 ラッセル卿は渋々椅子に戻った。オシニスさんからは怒りのオーラが感じ取れる。
 
(怒っているだろうな・・・。)
 
 だがラッセル卿のこの奇行の大元は、ドーンズ先生の「ハーブティ」と彼の讒言だ。何とか申し立てが無事に終われば事の次第を説明することも出来るのだが・・・。
 
 
 ノイマン行政局長の話は続いている。男爵と恋愛関係にあったエレシアさんは既に亡くなり、その娘であるイノージェンが今回城下町にやってきたのは、夫と2人で祭り見物をするためだ。それに合わせて男爵と会ってくれと言う話は、元々ガーランド男爵家の方から出た話だ。なのに実際に王宮に訪ねてきたイノージェンに、ラッセル卿は男爵と会わずに帰ってくれと頼み、イノージェンが持って来た「男爵から母親に送られてきていたお金」を迷惑料として受け取ってくれと言い出した。その理由については、男爵がイノージェンをガーランド家に迎え入れ、相続人の1人に加えるという話を聞いたからだとイノージェンは聞いている、イノージェンにとって男爵は他人でしかないので、当然ながらガーランド家に入るつもりはない、お金と手紙を全て、ガーランド家の次期男爵となるはずのラッセル卿に返却して、この話はそれで終わったものだと考えていた。
 
「・・・しかし今回、ガーランド男爵の病はどうやら本当の病ではないと言う話がかかりつけ医のドーンズ医師から語られました。仮病を使って家督相続を先延ばしにすることは、重大な義務違反です。今後男爵が隠居してラッセル卿が家督を継いだ場合、イノージェン殿が強制的に相続人の1人として数えられてしまう前に、申し立てをしたいとの申請がありました。イノージェン殿、わたくしが読み上げたのはあなたから提出されていた異議申し立ての申請書です。内容に間違いはありませんか?」
 
「はい、全て事実と相違ありません。」
 
 イノージェンが答えた。ノイマン行政局長は頷き、
 
「ではイノージェン殿、ここからはあなたが実際に、フロリア様の御前で申し立てを行うことになります。こちらへどうぞ。」
 
「は、はい・・・。」
 
 さすがにイノージェンも緊張しているらしい。
 
「申し立ての原稿はお持ちですね?」
 
 ノイマン行政局長はイノージェンに笑顔を向けた。
 
「はい、持って来ています。」
 
 イノージェンはずっと握りしめていた原稿を掲げて見せた。
 
「はい、まずはその席から立ち上がり、こちらへ。ここで跪いて、フロリア様に直接、申し立てをしてください。ゆっくりでかまいません。あなたが原稿を読み上げ終わるまで、或いは思いの丈を全て口に出してしまうまで、わたくし達は待っていますよ。」
 
 イノージェンが立ち上がり、フロリア様の遙か手前で跪いて一礼した。そして原稿を読み上げ始めた。話の内容は先ほどノイマン行政局長から話されたこととだいたい同じだが、ところどころで、イノージェンの母さんが手紙を読むたびに悲しみ、或いは怒っていたこと、そして最後に男爵に手紙を書かなければと、病床から必死で手紙を書いたが、それを出す前に亡くなってしまったこと、そしてその手紙を、母親の遺志を継いで出すべきだったと、とても後悔していることなどが語られた。
 
 
「・・・このようなことはもうここで終わらせなければなりません。私には、ガーランド家の相続人に・・・。」
 
 イノージェンが最後の一文を言いかけた時!
 
「ダメだ!ダメだダメだ!男爵家をお前なんかに乗っ取られてたまるか!」
 
 突然ラッセル卿が立ち上がり、イノージェンめがけて突進した。私は咄嗟に立ち上がり、イノージェンを抱えて横に逃れたが、ラッセル卿はイノージェンの首に手をかけようと両手を伸ばしてくる。そこに妻の鉄扇が思い切りラッセル卿の手首を叩いた。
 
「ちくしょう!みんなグルなんだな!私をバカにしてるんだ!ちくしょう!」
 
 と、突然ラッセル卿が動かなくなった。
 
「この大バカ!」
 
 リーザが駆け寄り、動けなくなったままのラッセル卿を思い切り殴りつけた。ラッセル卿は動かなくなった時の格好のまま、ドサリと倒れた。顔が恐怖で引きつっている。
 
「麻痺の気功か・・・。」
 
 リーザがかけたのだろう。イノージェンは驚いて私にしがみついていたが、やっと落ち着いたらしく、『もう大丈夫よ』と言って私の腕をほどいた。

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