戻ってきた・・・・。私達は今、バルダーズゲートへと向かう橋の前に立っている。辺りは暗い。まだ真夜中だ。エルタン大公の命を受け、懐かしい故郷キャンドルキープへと旅立ったあの日から、まだいくらも過ぎていないというのに、何だかずっと長い間留守にしていたような気がする。コランの元気がない。この町に戻ってきても、お尋ね者の濡れ衣を晴らすまでは、かわいい娘のナマラに会えないからだ。ブリエルバラに対しては『あの女は自分の身くらい充分自分で守れるだろう』と素っ気ないが、娘を危険にさらすことだけは避けなければならないと考えている。私達も賛成だ。ただし、私達はブリエルバラを巻き込むわけにはいかない、とも思っているけれど。
「夜中にコソコソ戻ってこなければならないというのも、悲しいわねぇ。」
イモエンがため息をついた。仕方ない。何としても疑いを晴らして、もう一度明るい道を歩けるようになるために、今は出来るだけ目立たないことを心掛けなければならない。不意に、闇の中から人影が現れた。一目見てシーフとわかる。
「あんたがアデルか?」
「人に名前を聞くときは、まずは自分から名乗るのが礼儀じゃないの?」
私は男を睨みつけ、手元の剣の切っ先を男の喉にあてた。
「おおっと!そのおっかねぇ武器をしまってくれよ。」
シーフは大げさに震え上がって見せてから、口元をゆがめ、クックッと笑い出した。
「あんたらの顔なら誰でも知ってるさ。町中にポスターが貼られているぜ。お尋ね者のな。」
やはりそうか・・・。サレヴォクは周到だ。私達がキャンドルキープから、おとなしく護送されることなどないと、わかっていただろう。ウルラーントはきっと顔を真っ赤にして怒り、自身の保身のために、バルダーズゲートの大公達にあることないこと私の悪口を吹き込んだだろう。テストリルは当然疑われるだろうが、疑いだけで彼を投獄出来るほど、ウルラーントの力は大きくない。サレヴォクがテストリルに手を出していないことを祈ろう・・・。
「で、何の用?」
シーフはまた笑い、
「なに、俺は別にあんたらの素性には興味がない。ただ、町に入る手助けをしてやろうかと言ってるのさ。俺についてくれば、その辺のフレイミングフィストなんぞ気づきもしないうちに町の中に入れるぜ?」
「あんたがそのまま私達を売らない保証は?」
「おいおい、後ろ暗さという点では、俺だってあんたらとそう変わりゃしない。あんたを売っていくらかの金をもらってみたところで、次に飛ぶのは自分の首だ。そんな危ない橋を渡るほど、俺は落ちぶれちゃいないぜ。」
「なるほどね・・・。でも、あんたに手助けしてもらったところで、私達がお尋ね者だってことには変わりないわ。悪いけど、この話はなかったことにして。」
「ふん、なるほど、なかなかの用心深さだな。」
「こっちは濡れ衣を着せられているのよ。用心深くなければやっていけないわ。」
「ほお、濡れ衣ねぇ・・・。はっはっは!じゃ、取引はなしだな。まあうまくやんなよ。」
シーフはあっという間に闇に紛れて消えた。
「さてと、せめてマントでも着込んで、闇に紛れて町の中に入るか。」
コランの提案で、私達はそれぞれマントを着込み、出来るだけ顔が見えないようにした。ゆっくりと、さりげなく橋を渡る。夜中だからなのかフレイミングフィストの兵士は一人しかいない。あくびをして、退屈で仕方ないといった顔だ。私達はそっと彼の脇をすり抜けて町に入った。あっけないほどに簡単だったが、町の中は暗く、異様な気配が漂っている。サレヴォクはもしかしたら、この町にもドッペルゲンガーを招き入れているのかも知れない。
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いったい何が起きているんだろう・・・。スカールとエンタール・シルバーシールド公が暗殺された!?そしてエルタン大公は瀕死の床にある・・・。そして、東地区で出会ったあの女戦士・・・。あの顔を忘れはしない!あの女戦士は間違いなくサレヴォクの仲間だ。なのになぜ、私に協力するなどと言ってきたのか・・・。
「しかし、はっきりしていることもあるじゃろう?サレヴォクがこの町でも、着々と足場を固め始めていることと、奴がこの町の実権を握れば、我々は今度こそ間違いなく葬り去られると言うことだ。もちろん、エルタン大公も、残った2人の大公もな。」
イェスリックが厳しい顔で呟いた。今私達は、エルフソング亭に来ている。私達の顔は街の人達にも知れ渡っているはずなのに、マスターは何事もなかったかのように私達を迎え入れてくれた。
「ポスター?知らねぇな。今のフレイミング・フィスト共は腐っていやがる。そんな奴らの作ったポスターなんぞ見たこともないね。」
「町ではサレヴォクのうわさ話で持ちきりよ。あなた達は興味ないの?」
「貴族様には人気があるようだが、俺は知らんね。あれほど胡散臭い奴もいない。」
マスターは大げさに肩をすくめてみせた。おもしろいものだ。町の中で身なりのいい紳士達は挙ってサレヴォクを賞賛していたというのに、一般庶民にはひどく受けが悪い。
「まあ、奴のことだから、民衆からの支持などどうでもいいのでしょうね。貴族達の機嫌さえとっておけば、いくらでもお金を落としてくれるものね。」
ブランウェンが忌々しそうに言った。どうやら私には、あまり時間が残されていないようだ。一刻も早く動き出さなければならない。
「アイアンスロウンに行くわ。何かわかるかも知れない。」
「町の中を歩くのなら、相当用心してかからねばならないようだ。町の中を警備しているフレイミング・フィスト達の中には、どうやら見知った顔もあるが、お尋ね者と馴れ合う姿など見られるわけには行かないだろうから、おそらく見つかれば捕まってしまうだろう。」
コランが町を一巡りしてきて教えてくれた。
「捕まえてくれるなら望むところよ。そのアンジェロとやらの顔でも拝んでこようじゃないの。」
「わざと捕まるつもり?」
イモエンが尋ねた。驚いたような口調のわりに、顔が笑っている。まるでこの状況さえも楽しんでいるようだ。
「ええ、そのつもり。でもそれは今じゃない。まずはアイアンスロウンに乗り込んで、情報収集と行きましょう。あの組織は、幹部達がほとんど死んでいるのよ。今運営に携わっているのはサレヴォクだけかも知れないわ。だとしたら、あの男のことだもの、自分のやりたいようにかき回しているはずだわ。」
今度こそ、何としてもサレヴォクを追い詰めてやる。私達をさんざんな目に遭わせた、その落とし前はきっちりとつけてもらおう。
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「よかったの?見逃して?」
少し不安げに、ブランウェンが尋ねた。
「いいわ。もう戦う意思はなかったようだし、愛人なんて言っても、おそらくあの男に体よく利用されているだけよ。」
アイアンスロウンにやってきた私達を待ち受けていたのは、シサンドリアと名乗る魔法使いの女だった。サレヴォクをわざとらしく『私の主人』などと呼び、タモコへの敵意を剥き出しにしながら、攻撃してきた。が・・・私のハンマー攻撃で全ての呪文詠唱を邪魔され、体のあちこちから骨の折れる音がしたときに、彼女は膝をついた。
『お願い!殺さないで!』
さっきまでの傲慢な態度はどこへやら、シサンドリアは惨めな姿で床に座り込み、命乞いを始めたのだ。本気で降参するなら殺さないことを約束して、私はシサンドリアの持ち物を全部床に並べさせた。思った通り、サレヴォクの悪事の証拠になりそうなものを、この女はたくさん持っていた。全て置いてさっさと立ち去れと言ったが、シサンドリアは立ち上がることさえ出来ない。仕方なく、私は持っていたポーションを1本、シサンドリアの前に置き、覚えたての『キュアライトウーンズ』を使った。
『どうして・・・?私は負けたのよ!施しを与えて哀れもうって言うの!?』
『そのままじゃあなた死ぬわよ?死にたくないから降伏したんでしょう?私の呪文はまだ覚えたてで、たいして効きゃしないの。ほら、早くポーションを飲んで。もう少し怪我を治さないと、ここから逃げることも出来ないでしょ?」
シサンドリアは呆然としたまま、でも素早くポーションの口をあけて飲み干していた。私の気が変わる前にと思ったのだろう。そしてよろよろと立ち上がり、『あなたは・・・あの人とは違うのね・・・』小さな声でそう呟いて、階段を下りていった。が、私を始末することが出来なかったあの女には、もうどこへも行くあてがないだろう。だからといって同情する気はないけれど。
「まあそんなところだろう。さっきのタモコという女も多分似たようなものなんだろうな。しかし、どちらもなかなかいい女だった。サレヴォクという男は、ずいぶんとモテるようだな。」
コランは何となく「羨ましい」と言いたげだ。
「ふぉっふぉっふぉっ、しかしどっちも嫉妬深そうだぞ?お前さんの娘を産んだあの人間の女以上にのぉ。」
イェスリックが笑いながら言った。
「おいおいドワーフ殿、冗談はやめてくれ。あれ以上嫉妬深い女になんて会いたくもない。」
コランも笑った。こんな時でも、みんな笑顔だ。自分達の潔白を信じ、未来は開けると信じている。
「ねえアデル、さっきの女が持っていた本、何が書いてあるのか少し見てみない?」
イモエンが言った。好奇心いっぱいだ。私はシサンドリアから奪った荷物を見た。手紙が2通と少し厚めの本だ。これは、どうやらサレヴォクの日記のようだ。まずは中身を読んでみよう。
「・・・・・・・・・・・。」
そういうことだったのか・・・。サレヴォクが私をつけ狙う理由。ゴライオンを殺し、リエルタール達を殺し、執拗に私を追い詰めようとした理由・・・。
「冗談じゃないわ!」
こんなことのためにゴライオンは殺されたのだ。神の血ですって?ばかばかしい!絶対に許すものか!
「これは重要な証拠よ。これを持って他の大公達に見せれば、サレヴォクを大公にすることを阻止することが出来るかも知れないわ。」
イモエンが目を輝かせた。手紙のほうは、サレヴォクの部下らしい男から、暗殺の成功を知らせる手紙。エンタール・シルバーシールド公と、スカールの・・・。
「そうね。でもまだ行くところがあるわ。エルタン大公を助けないと。」
「捕まりに行くの?」
「捕まるのはそのあと。何とかエルタン大公のヒーラーを倒して、大公を救い出しましょう。」
この手紙の暗殺者達が残りの大公の命も狙っている。だがまずはエルタン大公を救い出したい。私はイモエンに、姿を消す呪文を使ってもらうことにした。出来る限り無用な殺しは避けたい。これから行く場所がフレイミング・フィストならばなおさらだ。スカールが元気だった頃は、町で会えば声を掛け合うくらいに仲良くなった人達もいたのだ。
(大公、せめてあなたは無事でいてください・・・)
スカールは救えなかった。エンタール・シルバーシールド公も。確かクロークウッドで出会ったあのエルドスという男の恋人が、シルバーシールド公の娘だったはずだ。こんなことになっては、娘も意気消沈しているだろうが、あの男はこんな時に恋人の助けになっているのだろうか。
(何の役にも立ってない気がするわね・・・。)
私達はフレイミング・フィストに向かうべく、まずはアイアンスロウンの地下から下水道へと入り込んだ。
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これで心残りはなくなった。エルタン大公を無事救出した私達は、大公の頼みでハーバーマスターのところに連れて行った。ハーバーマスターはエルタン大公の状態をひどく心配して、よくなるまでここで面倒をみると胸を叩いてくれた。
「さてと・・・出来るだけフレイミング・フィスト達がうじゃうじゃいるところにでも行ってみましょうか。」
姿を消す呪文が解けるのを待って、私達は外へ出た。堂々と歩く私達に、思った通りフレイミング・フィストが声をかけてきた。今の彼らを責めても仕方ない。誰1人、アンジェロの支配に納得している者などいないが、組織に属している以上は従うしかないのだ。
『私達は潔白よ。出るところへ出て証明してやるわ』そういった私に、フレイミング・フィストはほっとしたような笑みを浮かべた。だが、どうせそのアンジェロとやらは、私達の潔白を証明する気などさらさらないに違いない。あとはコランとイモエンが、うまく脱獄のための出口を見つけてくれることを祈るだけだ。
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正直言って気は進まなかった。平気で人を殺した挙げ句に牢獄にぶち込まれた奴ならなおさらだ。だが選択の余地はなかった。あのネブというノームは、厄介なことにシーフでありながらイリュージョニストでもあったのだ。脱獄出来る『隙間』は彼のイリュージョンの魔法によって巧妙に隠されており、イモエンの魔法をもってしても見つけ出すことが出来なかったのだから。ばかばかしいなぞなぞにつきあわされた私達だったが、ネブは約束を守った。思ったよりも早く、私達は牢獄から出ることが出来たのだ。ネブは闇に紛れてどこかに行ってしまったが、私は別れ際にこう言った。『脱獄のお礼は今見逃すことだけ』と。次に会うことがあれば、おそらくあの男の息の根を止めなければならないだろう。それ以外で、あの男から子供達を救う手立てはきっとない。
「ともあれ、行動の自由は確保出来たわけだ。アデルよ、これからどうする?」
イェスリックの質問に、今まで私達に情報提供してくれた人達に会いに行きたいと言った。デルサイール、フサム、とにかくもう少し詳しく話を聞いておきたい。エルタン大公は助け出した。あと2人の大公を救うために、もう少し情報が欲しい。大公が3人生きていれば、サレヴォクを追い落とせる可能性がそれだけ高くなる。
「では、今後フレイミング・フィストに出会ったら、そっと逃げ出すしかないな。」
「あちらにとっては完全に敵だものね。」
もう引き返せない。まずは北地区、スリーオールドケッグへと、私達は向かった。
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「よぉ!首尾はどうだ?」
フサムが待ちかねたように立ち上がった。私達はスライスとクリスティンという夫婦の暗殺者を2人とも殺したことを告げ、大公宮殿で行われる新しい大公の即位式への招待状を拾ったことを伝えた。サレヴォクが残った2人の大公を殺すとすれば、場所はそこしかないだろう。もしかしたら、私達そっくりのシェイプシフターでも用意しているかも知れない。もはや一刻の猶予もないことは明らかだ。なんとか大公宮殿に潜り込んで大公2人の命を守らなければならない。
「私達はこのままいくわ。」
「俺達は正面攻撃ってのに慣れてねぇからな。下水道を伝って背後からお前らの支援をしてやるよ。」
「あてに出来るの?」
「へっへっへ、多分な。」
あてにならない連中だ。もっとも、私達もあてにするつもりはない。
「行きましょう、みんな。」
何があろうと、絶対にサレヴォクの企みを阻止してやる。
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やった!!ついにやった!!私達は2人の大公を守り抜き、サレヴォクが飛んでもない悪人であるということを2人の大公に納得させることが出来たのだ!これで私達の濡れ衣を無事晴らすことが出来た。もう町の中でフレイミング・フィストに追われることもない。下水道の中なんて通らなくても、堂々と表通りを歩ける。だが、私達の仕事がこれで終わったわけではもちろんない。大公達にサレヴォクが逃げた先を魔法で探知してもらい、私達はその場所にやってきた。そこはシーフギルドだ。
「うわぁぁ!な、なんなんだお前ら!?」
シーフギルドのメンバーであるデンコッドは、突然現れた私達を見て目を丸くした。無理もない。一刻も早くサレヴォクを追い詰めてくれという大公達の願いで、私達は大公宮殿からシーフギルドまでテレポートしてもらったのだから。デンコッドに、私達の他に誰か来なかったか尋ねたところ、鎧を着た大男とその手下らしい者達がやって来たという。やはりサレヴォクとその手下達はここに来たのだ。彼らは地下への階段を駆け下りていったという。その地下に何があるのか、シーフギルドの中でも知る者はほとんどいないらしい。ただ、デンコッドの話に寄れば、そこに行くつもりなら、相応の覚悟と装備が必要だとのことだった。シーフギルドの中で、今ではそれなりに名を知られるようになった私達は、ギルドの物流を仕切るブラックリリーから買物が出来るようになっていた。『金さえあれば何でも手に入る』そう彼女が豪語するだけあって、なかなかの品揃えだ。敵の魔法を解く効果のあるアローや、ポーションなどを買い込んで、いよいよ地下に降りるときが来た。この先に何があろうと、サレヴォク、あなたの運命はここまで。もう誰もあなたを信用していない。
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