『ああ、もううんざり!』
地べたに座り込んだまま、私は叫んだ。もう息をするのもやっとで、あちこちに出来た傷が痛む。『あなたといると退屈しないわねぇ』そう言うイモエンの声は明るいが、退屈しないことを楽しんでいるようにはとても見えない。私の隣に座り込んだまま肩で息をしている。私達だけじゃない。カリードもジャヘイラも、モンタロンもツァーも、ぜいぜいと息をして座り込んでいる。ここはナシュケルの町のど真ん中だ。でも通り過ぎる人達は私達をよけていくし、アムン兵も見て見ぬふりをしてくれている。
『まったくなんでこんな目に・・・。』
疲れ切った頭で、私は夕べから今までのことをぼんやりと思い出していた。ナシュケル鉱山の問題を解決した私達は、ムラヘイのいた洞窟のすぐ近くに地上への出口を見つけて外に出た。ハンに約束した通り、出来るだけ出口が目立つようにしておいたつもりだ。外は夜だった。ここがどこなのかわからないうちは迂闊に動かないほうがいいということになり、その場でキャンプを張って一晩過ごした。翌朝カリードが、北西の方角にデューラッグの塔が見えるから、おそらくナシュケルよりずっと東に出たはずだと教えてくれた。こんな離れたところからでさえ、デューラッグの塔は不気味に見える。あそこが観光地だなんて、見物に行く人達はどう言う神経をしているんだろうと思ったが、今はそんなことを考えている場合じゃない。一度鉱山の入口に戻り、エマーソンのところによった。彼は驚き、そして私達が生きて無事に地上に出たことを何よりも喜んでくれた。もうちょっと冷たい人かと思っていたので少し意外だった。事の次第をエマーソンに告げると、彼は大喜びで『すぐにナシュケルの市長に会いに行ったほうがいい。報酬をもらうのが当然だぞ。』そう言ってくれた。最初に会った時の尊大な態度はもうみじんもない。
私達はナシュケルで大歓迎を受けた。市長のみならず町の人達みんなに、町の英雄としてむかえられた。そこまでは良かった。問題はそのあとだ。一休みしようと宿屋に向かって歩いている時、道の向こうから奇妙な男が近づいてきたのだ。『こんな奴を殺るのになんで俺様が出向いてこなくちゃならないんだ?』そんなことをぶつぶつ言いながら私の前に立ち、『おお、お前がアデルか。喜べ。このニンブル様が苦しまずにあの世に行けるようにしてやるぞ』そう言うなり襲いかかってきた。冗談じゃない。そう簡単にあの世に送られてたまるものか。だが男の尊大な態度ははったりではなかった。強い。戦闘の音を聞きつけて駆けつけてくれたアムン兵が加勢してくれたので、なんとか倒すことが出来た。私を襲う刺客は、いったいいつになったらいなくなるんだろう。もううんざりだ。やっとの事で立ち上がり、あとはもう何も出てこないことを祈りながら宿屋の扉を開けた。部屋に落ち着いて、男の持っていた荷物をかき回してみると手紙がある。こちらもまた『タゾク』と言う人物からの手紙だ。ニンブルもムラヘイも、こいつに操られていたようだ。ということは、こいつがすべての黒幕か?いや、判断を下すのはまだ早い。とりあえず今は眠ろう。考えるのはそれからだ。
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目覚めが悪い・・・。夕べ奇妙な夢を見た。私はキャンドルキープにいた。ゴライオンがいて、以前となにもかわりがないように見えるのに、不思議な壁に阻まれて自分の家に入ることが出来ない。ゴライオンは言う『戻るでない、我が子よ。進みなさい』と。養父が手招いているのは不気味な暗黒の森だ。私の旅の厳しさを暗示するかのように。そして目の前に現れた二つの道。一つは明るく、とても良い道に見えるが、もう一つは不思議な魅力に満ちた新しい道だ。あえて新しい道に踏み出す。先はまったく見えないが、この道はおもしろそうだ・・・・。
朝起きると、モンタロンとツァーが、すでに旅支度を調えていた。これから南に向かうという。何か別な用事があるのだそうだ。その内容を尋ねたが、二人とも何も言おうとしなかった。一緒に来たいなら来てもいいぞと言われたが(きっと彼らなりに誘っているつもりなのだろうけれど)ソードコーストの鉄騒動を放り出していくわけにはいかない。結局二人とはここで別れることになった。モンタロンは『これでせいせいする』などと悪態をついてはいたが、何となく名残惜しそうだった。ツァーはなんと、持っていたスクロールをイモエンにあげて『魔法はそう簡単に身につくものじゃないぞ』といろいろとアドバイスしていた。イモエンは旅の間、ツァーにまとわりついては魔法の話を聞きたがっていた。『大魔法使い』と持ち上げられ、ツァーもまんざらでもなかったようだ。
二人が抜けたことでジャヘイラとカリードはホッとしている。ジャヘイラなどは喜々として、ベレゴストに戻ろうと旅支度を始めた。言うまでもなくトランジックとか言う連絡員を締めあげるためだ。だが・・・私はジャヘイラ達とも別れるつもりだった。二人はとてもよくしてくれたが、彼らと一緒にいたのではいつまでたっても私は子供扱いで、一人前になどなれやしない。第一これから相手にするのはどうやら野盗の一味だ。そんな連中と互角に渡り合えるようになるには、こちらもそれなりの経験を積まなければならない。もう少し自由に歩いてみたかった。私の提案を、ジャヘイラ達はとりあえず受け入れてくれた。まだこのあたりにいるから、気が変わったらまた会いましょうと、握手を交わして二人は出て行った。
『二人になっちゃったわね。最初に戻っただけだけどね。』イモエンはけろりとしているが、ずっと二人ではさすがに心許ない。私はナシュケルを一巡りして、あまり賢くはなさそうだけどいい人そうな、ミンスクというレンジャーをパーティーに誘ってみた。なんと彼は連れのメイジがノールにさらわれたので、助けに行くために仲間を捜していると言うことだった。私は二つ返事で引き受けた。だが、そのメイジが囚われているらしいノールの要塞に行く前に、ナシュケル鉱山の地下でハンの安否を確かめたいと申し出た。囚われのメイジと聞いて、それが彼の探すダイナヘールという女性メイジではないとわかっていても、やはりほっとけないと思ったらしい。さあ行こう早く行こうとすっかりその気だ。途中の橋の上にいた年配のメイジを誘おうとしたが、ミンスクに止められた。そのメイジはなんと彼が救い出そうとしているダイナヘールの宿敵だというのだ。もめ事は起こしたくない。私達はそっと橋を離れて、ナシュケル鉱山へと向かった。
鉱山の入口はすっかり活気を取り戻していた。エマーソンが新しく鉱員をたくさん雇ったらしい。今度はまともな鉄が大量に生産されるだろう。鉱山の中も平穏だ。にわかに忙しくなって文句を言いながら鉱員達がすれ違っていく。最深部に降りて、あの部屋に行ってみた。・・・・いた。地べたに座り込んでため息をつきながら『ああ、この呪われた運命はどうしてまだ私を生かしておくのか。』などと言っている。どうにも暗い男だ。だがこんなところにいつまでもいると言うことは、やはり敵ではないと言うことなのだろう。敵なら、私達が彼の言葉を信じなかった時点でさっさと引き上げているだろうからだ。声をかけると彼は大喜びで立ち上がった。ツァーが抜けた今では、彼は貴重な魔法使いだ。イモエンはまたまとわりついて話を聞ける機会をうかがっている。
気がかりが一つなくなったところで、私達はダイナヘール救出に向かうべく、鉱山を出て西に向かって歩き出した。フェルデポストインのトランジックも気になるが、人命を救うのが先だ。少しでも距離を稼ぐには、山を抜けるより平地を行ったほうがいい、これはミンスクの提案だった。確かにそうだが、彼が地図に印をつけてくれたノールの要塞はかなり遠い。どこを通ってもそれほど変わりないように思えたが、でもミンスクは一生懸命だったので、彼の提案を受け入れ、私達はナシュケル鉱山からカーニバルが催されている平野部へと足を向けた。
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広場のテント群の真ん中でひときわ大声で叫んでいる男がいる。ハーフリングらしい。彼の隣には石像が置いてあって、彼はその石像が実は人間の女性で、哀れにも石化されたのだと言った。その石化を解くためのスクロールはいかがというわけだ。聞くと500Gだという。冗談じゃない。寺院に行けばその半分で買える。第一私の荷物には石化解除のスクロールが一枚入っている。スクロールを使う練習をしていた時の残りだと思う。私は手持ちのスクロールで石像に向かって呪文を唱えた。するとなんと石像の顔に赤みが差し、冷たい石だった皮膚は柔らかい肌となり、本当に動き出したのだ。しばらくきょとんとしていた元石像の女性は、私達が石化を解いたことを知ると涙ながらに感謝し、ぜひ共に行動したいと申し出てくれた。聞けばテンパスのウォープリーストだそうだ。ジャヘイラが抜けて、回復魔法の使い手がいなくなったうちのパーティーにはうってつけの人物だ。しかも、彼女を石にしたのはトランジックというメイジだという。おかげでいずれ決着をつけなければならない相手の姿が、おぼろげながら見えてきた。こうして、ブランウェンと名乗ったプリーステスがひとり、新たな仲間として加わった。
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カーニバルを抜けて、私達はクラウドピークスマウンテンズの合間を縫って進んでいった。途中ドライアドを助けたり(私が精霊を助けるなんて!)女の子の猫を滝壺から拾い上げたり、追いはぎのような連中をたたきのめしたこともあった。そのたびにミンスクは咆哮をあげ、俺達は正義の味方だと興奮した。彼はラシェマンと言うところから、大人の男になるための儀式『デジェマ』を達成するためにやってきたそうだ。ダイナヘールと言う女性メイジに仕えているのもそのためだという。いささかうるさいが、やはりいい人のようだ。やがて西の彼方に不気味な赤茶色の壁が見えてきた。『あれがノールどもの巣くう要塞だ』ミンスクが怒りのこもった声で静かに言った。
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私達は無事ダイナヘールを助け出した。礼儀正しい、感じの良い女性だ。彼女は彼女で、姉たちに力を認めてもらうための旅を続けているという。ミンスクと二人でパーティーに加わりたいというダイナヘールの申し出を、私は喜んで受け入れた。
心強い仲間を得て、私達はベレゴストに向かって歩き始めた。ブランウェンはトランジックに一矢報いてやるのだと血気盛んだし、ブランウェンの境遇を聞いたミンスクとダイナヘールはそんな奴は野放しにしておけないと、これまたやる気満々だ。『なんだかわくわくしてきたわ』と楽しそうに笑うイモエン。私自身も、この顔ぶれならトランジックを締めあげるに充分だという気がしてきた。ただ一人、ハンだけが『我々は無へと向かっている』だの『破滅はもうすぐそこかも知れない』だのと、どうにも士気を下げるようなことばかり言って気が滅入る。とは言え、いざ戦闘となれば彼の呪文の腕はすばらしいし、刀身が青い炎で出来ているようなあのムーンブレードで敵をなぎ倒すこともある。まあとりあえずほっておくしかなさそうだが・・・。
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ノールの要塞から北に向かった集落で、ローレルという女性パラディンのギバーリング退治を手伝った。礼儀正しい好感の持てる女性だったが、邪悪なものに対する剣さばきは容赦がない。さわやかに去っていったローレルの背中を見送りながら、『私もパラディンを目指せば良かったかな』とつぶやいたところ、イモエンに笑われた。『しょっちゅう典範やら規則やらに縛られてるのよ、あなたなんて3日で逃げ出すわ』。まあそうかもしれない・・・。規則に縛られるのは苦手だ。ゴライオンの決めた一日の日程さえ、私はきちんと守り切れていなかったのだから。
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ベレゴストへ向かう途中の道で、私達の前に突然見知らぬ女性が立ちはだかった。この先に行かないでくれと言う。わけがわからずにいる私達を見て、彼女は自分をラリッサーと名乗り、私達がナシュケルの元司令官ブレージを退治しに来たと勘違いしたのだと教えてくれた。ブレージの話は当然聞いて知っていたが、ラリッサーのあまりにもせっぱ詰まった様子に、とりあえず素知らぬふりをすることにした。ラリッサーはブレージの従姉妹で、本当は彼は邪悪な人間ではないから、なんとか助ける道を考えてほしいと頼まれた。突然気がふれて家族を皆殺しにしたと聞いていたが、何かわけがあるのかも知れない。ラリッサーと別れて道を進むと、ブレージがいた。見ただけで背筋が寒くなりそうな剣を持ち、目は完全に正気を失っている。彼がおかしくなったのは、もしかしたらあの剣のせいなのだろうか。とにかくラリッサーとの約束があるから、いきなり攻撃するわけにはいかない。しばらくにらみ合っているうち、ほんの一瞬だけ、目に正気の光が宿る時があることに気づいた。何とかなるかも知れない。ブレージはなかなか攻撃をしてこない私達を不思議そうに見て、謎かけを出してきた。慎重に言葉を選んで答を返した途端、ブレージの瞳には生気が宿り、持っていた邪悪な気を放つ剣を取り落とした。私達は彼をナシュケルの司祭、ナーリンの元に連れて行った。ナーリンはブレージが持っていた装備一切の処分を私達に頼み、オーブレックが約束した以上の報酬を渡してくれた。でもこんな大金を手に入れても、ブレージの今後を思うと私達の気は晴れなかった。
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私達はあらためてナシュケルを出発し、途中ビヨーニンに頼まれていたハーフオーガ達と遭遇したりしながらベレゴストに着いた。早速フェルデポストインに向かい、バーテンダーにさりげなく尋ねると、確かにメイジが一人泊まっているという。まずブランウェンが2階に上がって、それが本当にトランジックかどうか確かめることになった。顔全体を覆うヘルメットをかぶっていれば気づかれる心配はないだろう。ブランウェンは部屋を間違えたふりをして、さりげなくそのメイジの顔を見てきたようだ。『間違いないわ。あの男よ。』確信が得られた。あとは問いつめるだけだ。私達は部屋になだれ込み、一気に詰め寄った。最初は偉そうなことを言って戦いを挑んできたトランジックだったが、そのわりに弱かった。もっとも優れた呪文使いほど白兵戦には弱いのだそうだ。ブランウェンがもしもトランジックの呪文を阻止する手だてさえ持っていたら、みすみす石にされることもなかっただろう。でもブランウェンは笑顔で言う。『そうしたらあなた達とは出会えなかったわ。』。トランジックの荷物から見つかった地図には、はっきりと奴らの本拠地らしき場所の印が付けられていた。ここを攻めれば敵に大打撃を与えられるだろう。でもその前に、奴らと互角に戦えるだけの力をつけなければ。
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