ナシュケルに着いた。ベレゴストを見たあとでは何ともこじんまりした町だという印象を受ける。町の入口を小さな川が流れていて、のどかな農村地帯といった趣だ。川に架かった橋をわたりきったところで兵士が近づいてきた。アムン軍の兵士だ。ベレゴストからここに来るまでの道中、ジャヘイラは常に私の隣を歩き、これから向かう町がどんなところかをずっと教えてくれていた。ナシュケルは、ソードコーストの南に位置するアムンという国に属している。バルダーズゲートとは今のところ一触即発の状態だ。その理由は最近ソードコースト全体で起きている鉄不足だ。バルダーズゲートの大公達も、アムンの為政者達も、それがお互い相手のせいだと思いこんでいる。この事態を打開するために、ナシュケルの市長はジャヘイラに「とあるつてを頼って」ナシュケルに来てくれるように頼んだというのだ。この話を小耳に挟んだモンタロンが、自分達だってナシュケルの市長に頼まれているのだと主張し始めて、ここに来るまでも大変だった。近づいてきたアムン兵はバードランと名乗り、ここでもめ事は起こさないでくれと何度も念を押した。私はバードランに協力を申し出た。また後ろで「よけいなやっかいごとを抱え込んで」とぶつぶつ言う声が聞こえたが、地元の兵士に協力しておいて損はない。実際協力を申し出たあとは他の兵士達の態度も和らぎ、ナシュケルの東でカーニバルが行われていることや、司令官だったブレージと言う人物がある日突然狂って家族を皆殺しにし行方をくらましたという、多分軍にとってはかなりスキャンダラスな話まで聞き出すことが出来た。この町に宿屋は一軒しかないというので、とにかくそこに腰を落ち着け、それから市長に会う算段をしよう。

　まったく、いい加減にしてほしいものだ。こんなところまで私を狙う刺客がいるとは。しかも今度は女だ。プリースト呪文を唱えていたところを見ると、どこかの寺院に属しているはずだが、どこの神様が人殺しを推奨するというのだ。私のぼやきをツァーが聞きつけて、「シリックやバールならあり得るかもしれんぞ。おお、タロスもいたか。」とおかしそうにつぶやいた。その言葉にジャヘイラがあからさまに不快そうな顔をしていたのが、なぜか気になった。シリックもバールもタロスも邪悪な神だと聞いている。そんな寺院のプリーストなら、なるほどそのくらいのことをやりかねないかも知れない。しかも今度は襲われた宿屋に泊まるしか道はない。空き地に野宿でもしたい気分だったが、そんなことをすればアムン兵に追い立てられてしまうだろう。宿屋の主人が親切に、もう外に出ないほうがいいと言ってくれたがなんの慰めにもならない。私は「中」で襲われたのだから。

　

　翌日、市長に会った。なかなか感じのいい人だったが、心なしかやつれているように見えた。ジャヘイラ夫婦とモンタロン達が一緒なのが意外そうだったが、私達がナシュケルに来たことを、心から喜んでくれたようだ。市長から話を聞いて、この町に来るまでの道すがらジャヘイラが話してくれた鉄不足の問題が、どれほど深刻な問題だったかやっとわかったような気がした。捨てておけることじゃない。ぜひ協力させてくれと申し出た。市長に会うまでは、少しのんびりしてカーニバルでも見に行こうかと思っていたが、今は一刻も早く鉱山に向かおう。

　ナシュケル鉱山が近づいてきたころ、一人のアムン兵に出会った。彼はダンダルと言って、鉱山の入口近辺を守るのが仕事らしい。危険だから近づくなという彼に協力を申し出たところ、ナシュケル鉱山の中を調べてくれと頼まれた。鉱山責任者のエマーソンに会って許可を取らないと中に入れないそうだ。早速エマーソンに会いに行くと、彼は私達をじろじろと無遠慮に眺めて、『一日だけなら許可してやる』と言った。困っていると聞いたのにかなり尊大な態度だったので、モンタロンがぶつぶつ言い出した。でも仕方ない。持ち主の言うことには従うしかない。中はそれほど広いわけではなさそうなので、一日もあれば一通り見回れるだろう。それで騒動の原因がわかればいいのだが・・・・。

　中の鉱員達は一様に青白い顔をして怯えている。何人かつかまえて話を聞いたが、はっきりしたことを知っている鉱員は一人もいないらしい。中には『地下にはドラゴンがいるんだ』と言い出す鉱員までいるほどだ。途中、下の階にいる鉱員にダガーを渡してくれと頼まれた。下に行くほど物騒なので自分で行きたくはないと言うことだった。手遅れにならないうちに届けてあげよう。

　なるほど下の階は上よりひどい。コボルドに襲われている鉱員を助けたが、彼は黙って去ってしまった。まあ仕方ない。それほど怯えていたのだろう。カイリーという鉱員に、頼まれてきたダガーを返した。彼は感謝してくれて、鉱山のことをいろいろ教えてくれた。それによると、鉱山内を荒らしているのはコボルドらしい。上の階で戦ったコボルド達は、たまたまここに入り込んだわけではなかったのだ。だが一連の騒動を見る限り、組織的な犯行のような気がする。でもコボルドが組織的に動いているとは考えにくい。もしかしたら、まだ裏があるのかも知れない。

　

もう１階下に行く階段を見つけた時、脇道から飛び出してきたコボルド二匹が襲ってきた。二匹が二匹とも奇妙なビンを持っていた。ふたを開けて臭いをかぐと、上の階で見たぼろぼろの鉄のかたまりとおなじ匂いがする。まさかこの液体が鉄を腐らせていたんだろうか・・・・。

　ここは最初から数えると三層目にあたる階だろうか。もうアムン兵はいない。誰もここまで警備しようなんて考えないのだろう。それをいいことにコボルド達はやりたい放題だ。脇道を調べようとした時、イモエンが大声で叫んだ。

　

『罠があるわ！気をつけて！』

　

　あちこちに罠がはってある。イモエンの技術は今回大いに役立っている。モンタロンが罠を解除しようとしたが、危うく発動させてしまうところだった。それをイモエンが鮮やかに解除してみせたのだ。いつの間にこんな技術を身につけていたものか。慎重に進んで、やがて一つの扉の前に着いた。その手前にもかなり強力な罠がはってあったが、これもまたイモエンが解除してくれた。モンタロンはおもしろくなさそうだったが、黙っているところを見ると彼では手に負えないらしい。

　

『こんな強力な罠をはるなんてバカね。これではこの先に何かありますと言っているようなものだわ。まあ、コボルドの知恵なんてそんなものでしょうね。』

　

　ジャヘイラが忌々しそうにつぶやく。扉の前で休息を取り、武器や呪文の点検をして、下の階へと降りていった。

　ここは大分様子が違う。細い一本道が続いているばかりで、不気味なほどに静かだ。遠くに水の音がする。どこかから地下水が流れ込んでいるのだろうか。罠などはないようだが、慎重に行かねばならない。

　

『洞窟があるわ・・・。あの中に誰かいるのかしら・・・・。』

　

　イモエンがつぶやいた言葉を証明するかのように、洞窟の入口付近にコボルドが飛び出してきて一斉に攻撃をしかけてきた。なんと火矢を持っている。コボルドに弓の才能がなくて良かった。危うく丸焼けにされるところだった。こんな物騒な武器を持たせて警備させていると言うことは、どうやらこの洞窟の中にいるのが、騒動の張本人らしい。ついに決戦だ。

　鉄を腐らせていた張本人、ムラヘイを倒した。部屋の奥にあった衣装箱の中に入っていた手紙には、彼が『タゾク』という人物の命令で動いていること、ベレゴストにトランジックという連絡員がいることが記されていた。しかもフェルデポスト・インに！手紙をのぞき込んだツァーが大声で笑った。

　

『ほら見ろ！やはりあのドワーフの刺客が襲ってきた宿屋のほうが安全だっただろう！』

　

　確かにそうだ。一度倒した刺客のいた宿屋のほうが安全だったかもしれない。ともあれ重要な手がかりを見つけた。このことは継続して調べるべきだろう。まずは鉱山が安全になったことをナシュケルの市長に知らせなければ。エマーソンにも伝えておこう。態度は良くなかったが、彼が許可してくれなければこれらの証拠は見つけることが出来なかった。脱出路を探すために外に出ようとした時、洞窟の奥で何かが動いた。念のため全員武器をかまえながら近づいていくと、そこにいたのは人間・・・いや、エルフだ。ローブを身につけているところから見ると、どうやら魔法使いらしい。何をしているのかと尋ねたところ、エベレスカからこの地域の鉄不足を調べるためにやってきたのだという。だがうまく鉱山に入り込んだところで捕らえられ、なんと８５日間もここにぶち込まれていたそうだ。気の毒になって連れて行こうと思ったが、ジャヘイラが頑強に反対した。信用できないというのだ。確かに敵の罠という可能性は捨てきれないが、罠としてしかけるには今ひとつパッとしない男に見えるのだが・・・。でもしかたない。出口を探し出せたら、必ずわかるようにしておくからと励まして、私達は洞窟を出た。でも後味が悪い。ハンというそのエルフを信用できないと言ったのはジャヘイラだけではなく、カリードもツアーもモンタロンも、みんな口をそろえて『これは罠だ』と言うが、私にはどうしてもそうは思えない・・・。