ふと気づくと朝だった。あんな悪夢のような出来事があったあとでも眠れるとは驚きだ。あれが本当に悪夢であってくれたなら・・・。目が覚めたらそこはいつもの自分のベッドで、ゴライオンが早く起きて仕事に行けとせかしてくる・・・。でも、そんないつもの朝は、もう二度と訪れないのだ・・・。私達を襲ったあの武装集団は、いったい何者だったのだろう。あたりはもうすっかり暗くなっていたが、彼らの人相風体ははっきりと覚えている。どう猛なオーガが2匹と、美しい女戦士、そしてまるで魔王のような鎧をつけた大男・・・。あの男は間違いなく私を指さして『そいつを渡せ』と言っていた。でもどうして?キャンドルキープで襲ってきた男達といい、私には狙われる理由がまったく思い当たらない。でもきっとゴライオンは知っていたのだ。だから私を守ろうとした。守ろうとして・・・そして・・・。
脳裏に焼きついた恐ろしい光景から目をそらすように、あたりを見渡した。あの時夢中で逃げてしまったけれど、ここはどこなのだろう。木立の向こうに道が見える。おそるおそる出てみたが誰もいない。ゴライオンを失って、これからどうすればいいのだろうか。途方に暮れて涙がにじみそうになった時、聞き慣れた明るい声を聞いた。振り向いた瞳に見覚えのある顔が映る。これは幻だろうか。でも確かに「イモエンよ、忘れちゃったの?」と言っている。ではここにいるのは間違いなく幼なじみのイモエン・・・。
「こっそりついて来ちゃったのよ」とイモエンは屈託なく笑った。ゲートキーパーはゴライオンが外に出ると言うことで緊張したらしい。彼女がこっそり私達のあとをつけていることに気づいていなかったのだから。図書館の前でイモエンが言いかけたことを問いつめてみた。どうやらゴライオンあての手紙を盗み読みしたらしい。自分とおなじ頃にキャンドルキープに来たらしいイモエンは、いつもウィンスロップのところにいた。宿屋の手伝いをしながら食べさせてもらっていたようだが、ゴライオンは自分に勉強をさせる時はいつもイモエンも一緒にさせていた。同じようにゴライオンの教えを受けて同じように育ったはずなのに、なぜかイモエンは錠前やら罠やらに興味を持ち、同時にゴライオンが操る高度な魔術にも興味を持っているようだった。そして私はと言えば、力自慢の戦士達にあこがれている。女だてらにと言う人もいるようだが気にしない。戦士として訓練をしていたおかげで、二度にわたる暗殺者の襲撃から身を守れたのだ。これでゴライオンをも守ることが出来たなら言うことはなかったのに・・・。結局最後の最後まで、ゴライオンに助けられるだけで、自分からは何もしてあげることが出来なかった。それがどうしようもなく悔しい。
これからどうしようとイモエンに言うと、彼女は夕べの惨劇があった場所に行ってみようと言う。ゴライオンは大事なものは肌身離さず持っている質だから、きっと手紙も懐にあるのではないかというのだ。二度と足を踏み入れたくない場所だが、それがいいのかも知れない。20年もの間自分を育ててくれた養父に、最期の別れをしてくるべきなのだろう。夕べ自分達を襲った連中がまだ見張っていて、自分を捕まえに来るのじゃないかと不安だが、でもせめて、ゴライオンの持ち物が何か残ってないかだけでも調べたい。見つかればそれが形見となる。それからフレンドリーアームインに行こう。ゴライオンがはぐれた時のために言い残してくれた二人の友人の名前は「ジャヘイラとカリード」。その二人は信用できると言った。今はどんなつてでも頼りたい。イモエンはずっとそばにいると言ってくれたけれど、それにしても二人では心許ないし、ゴライオンがかき集めてくれたわずかなお金だけでは、ろくな装備も買うことが出来なかったのだ。この状態であてもなく彷徨うのは死を意味する。今は決断の時だ。
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フレンドリーアームインは賑やかな町だ。要塞のような高い城壁がキャンドルキープを思い出させる。城壁の入口にも中にも衛兵がいて、治安はいいようだ。この要塞は元々バール神のプリーストが所有していたという。バール神と言えば邪悪な神だとしか聞いていない。でも今はベントリー・ミラーシェイド率いる冒険者の一団によって住みよい町として作り替えられている。そのベントリーが経営する宿酒場でジャヘイラとカリードに出会った。ジャヘイラは品定めするようにじろじろ見ていたのであまり感じかよくなかったが、ゴライオンの死を悲しみ、私が落ち着くまで一緒にいてくれると言ってくれた。驚いたことに二人ともナシュケルに行くつもりだと言う。どうやらモンタロンとツァーが会う予定のナシュケルの市長に、ジャヘイラ達も会うつもりでいるらしい。目的地がおなじならばと一緒に行動することにしたのだが、モンタロンとツァーはジャヘイラ達が気に入らないらしく、何やら不満げにぶつぶつ言っている。そのくせ何が不満なのかと聞くと、『なんでもない、あんたの決めたことに口出しはしない』と言うのだ。だが背後でいつも火花が散っているような気がして落ち着かない。オベのところで訓練のために組んだパーティーの人達はみんないい人達ばかりだったけれど、現実に初めて組んだパーティーは何やら怪しい雲行きだ。6人の大所帯になって宿に一晩泊まり、翌朝私達はあらためてライオンズウェイに出た。
この先にベレゴストという大きな町があることは、昔ゴライオンに聞いて知っている。そう言うことはよく聞いていたのねとイモエンに笑われた。そこに少し腰を落ち着けて、旅支度を調えたりうわさ話を聞き込んでみたいと提案してみた。かなり賑やかな町らしいので、ただ通り過ぎてしまうのはもったいないと思ったし、何より懐具合が寂しい。仕事を見つけることが出来れば多少は資金の足しになるだろう。
思った通り、ジャヘイラが文句を言い始めた。カリードがなだめようとするが聞く耳を持たず、早くナシュケルに行くべきだとの一点張りだ。モンタロンとツァーもおなじ事を言うのだが、ジャヘイラと同じ意見というのは気に入らないらしく、ますます険悪な雰囲気になってしまった。でも私は考えを変えなかった。ナシュケルの市長に会う前に、もう少しまともな装備がほしかったのだ。結局私がみんなを押し切って、ベレゴストにしばらく滞在することに決めた。『わがままなお嬢さん』にみんな渋々従ったと言うことらしい。イモエンだけが『あなたの思う通りにやってみるのがいいわよ』と言ってくれた。いかにも子供っぽいわがままでみんなを振り回しているように思われたのは悔しいが、とにかく今はお金がほしい。ベレゴストにいい仕事があることを祈りながら、私達は南を目指して歩き始めた。
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とりあえずの宿を決めるつもりで入った宿屋「レッドシーフ・イン」で、いきなりカルラットというドワーフに襲われた。まただ・・・。キャンドルキープで二回、フレンドリーアームインで一回、そしてここでもまた・・・。私を狙うのは何者なのだろう。こんなところまで来ても平安を得られないなんて・・・。でもうれしいこともあった。仕事を探して訪ねた、とある民家で思いがけない出会いがあったのだ。キャンドルキープによく来ていたファイアービード・エルフェンヘアーが、この町にいた。私達がキャンドルキープを出たあと、彼もベレゴストに向かうためにキープを出ようと旅支度をしていた時にゴライオンの死の知らせを聞いたらしい。昔通りにいろいろと心配してくれる彼の優しさに触れて胸が熱くなった。本を買ってきてくれと頼まれて買いに行ったが、本を渡した途端に彼は本の世界に埋没してしまい、私にくれるはずだったお金のことは忘れてしまったらしい。でもいいことにしよう。何よりも懐かしい顔に出会えて、いまはとてもうれしいのだから。イモエンからは「お人好しね」と笑われたけれど、いまだけは、もう二度と取り戻すことの出来ない思い出に浸りたい。結局宿屋は「フェルデポストイン」に決めた。自分を狙った男がいた宿屋なんて恐ろしくて泊まれない。もっともモンタロンやツァーに言わせれば、「そいつを倒したんだからここは安全だ。他の宿屋にも似たような奴らがいるかもしれんぞ」ということらしいが・・・。その言葉を裏付けるかのように、フェルデポストインに入るなり因縁をつけられた。また賞金稼ぎかと思ったが様子が違う。どうやら最近、冒険者のまねごとをしていた息子を亡くしたらしい男性だった。何とか落ち着かせることが出来たが、父親の深い愛情に胸が締めつけられるようだった。子供はいつか親の手を離れていくものだけど、親にとってはきっと子供はいつまでもかわいい子供なんだろう。だからゴライオンは私を守ってくれたのだろうか。20歳にもなって自分の身を守る術も知らない我が子を、命がけで守ってくれたのだろうか・・・・。
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思った通り、この町には様々な仕事があった。出来る限り歩き回ってこなせる仕事はこなしたが、足を伸ばさなければならない失せもの探しや人捜しは、受けたままもう少し待ってもらうよう頼むしかなかった。いよいよジャヘイラが怒り出したのだ。しかも彼女は早くナシュケルに行くことももちろんだが、モンタロンとツァーが気に入らないらしく、ことあるごとに言い争いをしている。やれやれ・・・もう腰を上げるしかない。本当はベレゴストの西にあるハイヘッジと言うところにも行ってみたかった。高名なメイジが住むという屋敷に、一番興味を示したのはツァーよりイモエンだ。メイジ同士だとライバル意識があるのか、ツァーはハイヘッジのメイジの噂にあまり興味を示さなかった。もっとも心の中では何を考えていたのかわからないけれど・・・。
イモエンは残念そうだったが文句は言わなかった。この上イモエンにまで文句を言われたら、私の立場がないとわかってくれたのだろうか。女の友情ははかないなんて言うけれど、私とイモエンの間にその言葉は当てはまらない。ベレゴストでの仕事で、少しはお金も貯まった。これならナシュケルの市長に会って笑われない程度の装備が買えるだろう。さあ、出発だ。
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