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オシニスの手紙(全文)

クロービス、元気でいるか。
本当に久しぶりだな。あれからもう20年、
いや、もうすぐ21年が過ぎるのか。
あの頃から比べると、王国はずいぶん変わったよ。もちろん良い方向にだ。
あの事件の後、まずモンスター達がおとなしくなった。
南大陸のほうに出没していた狂暴なモンスター達も、
人を襲うということがほとんどなくなった。
 
だが、一番の大きな変化は、ハース鉱山でナイト輝石の採掘が
再開されることになったと言うことだろう。
この話を聞いてお前は驚いていると思う。
20年前のあの日、ナイト輝石の採掘は今後二度と
行わないという決定がなされたはずだからな。
ところが2年ほど前、王宮に一人の若者が現れ
フロリア様に謁見を願い出た。
その若者はなんと、ナイト輝石のあの危険極まりない廃液を
浄化する方法を見つけたという。
本当なら大変なことだが、ただのペテン師の可能性もある。
フロリア様の命を受けていろいろな方面から調査がなされた。
そしてその若者を王宮に迎え入れ、研究を続けさせることが決定された。
その技術がやっと実用化出来る見通しがたったという訳だ。
なんでもでかい濾過装置を通してきれいな水に変えるらしいが、
詳しい理屈は俺にはよくわからん。
採掘が開始されたとしても、まだまだ試験運用の段階だ。
しばらくの間データを集めて、問題がなければ
本格的に再開されることになるだろう。
その技術者の名前はライラ。ライザーの息子だそうだな。
若いのにまったくたいしたものだよ。
ナイト輝石は、いわば禁断の鉱石だ。
あの日から今まで、誰一人として手を触れることを許されなかったものだ。
だが、ライラは自分で南大陸まで出向いて、
ハース城でかなり詳しく調べたらしい。
 
確かに不安は残る。ひとつ間違えば20年前の二の舞だ。
いや、今度こそ本当に聖戦が起きる可能性も皆無ではなくなる。
極めて危険な賭けだ。
だが、それでも俺は賭けてみたい。
時代は変わる。人間だって少しずつではあるが進歩してきているはずだ。
これからの若い世代が、いつまでも過去の記憶に縛り付けられたまま
身動きがとれないのでは気の毒だ。
ライラや、お前の息子のような若者達が、これからのエルバール王国を
きっと正しい方向に導いてくれると俺は信じている。
 
だが、昔のように狂暴なモンスター達が人を襲うということはそんなにない。
全くなくなったわけではないがな。
もうナイト輝石で武具を作ることはほとんどないかも知れない。
今の時代に、あれほど強い剣と丈夫な防具が果たして必要なのかどうか。
武器と防具の力を自分の力と勘違いし、
むやみにモンスターを殺したりする輩が出てこないとも限らない。
とはいえ、ナイト輝石の利用価値がなくなると言うことではもちろんない。
これからは産業振興の一環としての鉱山経営と、
ナイト輝石の平和利用が重要課題だということだ。
 
20年前お前達がいなくなったすぐ後、
フロリア様はハース鉱山に王国剣士団を派遣した。
その時の指揮は俺がとった。
今まで垂れ流しになっていた廃液の状況、
周辺の自然への影響などを詳しく調べて、
どうすれば自然を元通りに出来るか、
破壊された生態系を修復することが出来るかを
調べるためだったが、ハース城に入った俺達がまずしたことは、
ハース鉱山や城の地下に打ち捨てられていたすべての遺体の埋葬だった。
今思い出しても、あれほどつらい仕事はなかった。
 
そして遠くサクリフィアの末裔達が住む村や、
自然の中に人々が生きていると言われるムーンシェイの森など、
今まで伝説の中にしか存在しないと思われていた場所にまで、
様々な情報を集めるために剣士団が派遣された。
あの頃お前達が辿った道を、俺もまた歩いた。
そして、あの頃お前達がどれほどつらい旅をしていたか、改めて思い知った。
あの頃、俺には何も出来なかった。いまさら何を言ってもどうにもならん。
だが、それでもこれだけは言わせてくれ。本当にすまなかった。
あの頃のことを思うと、今の平和がどれほどすばらしいものかよくわかる。
この平和が永遠に続いてほしいものだ。
だが、最近それが怪しくなりつつあるんだ。
 
率直に言おう。フロリア様の様子がおかしい。3ヶ月ほど前からだ。
そしてその頃一人の若者が剣士団に入団を希望してきた。
その若者は無事に二次試験までを通過し、
晴れて王国剣士団に正式入団となった。
新採用の王国剣士は必ず一度はフロリア様にお会いすることになる。
言うまでもなく不殺の誓いを立てるためだ。
俺はその若者を含めた新入団の剣士達を連れて、
執政館にある謁見の間に出向いた。
フロリア様はいつものようににっこりと新米剣士達に微笑みかけられ、
一人一人の自己紹介をこにやかに聞かれていた。
だが、その若者の名前を聞いた瞬間、ほんの一瞬だけだが、
フロリア様の笑顔が引きつったような気がした。
だがすぐにいつもの笑顔を取り戻された。
俺の気のせいだと思いたかった。
 
そしてその後からだ。
フロリア様がぼんやりとしていられることが多くなったのは。
そうかと思うと会議を欠席されて一日中部屋に引きこもってしまったり。
そして久々に出てこられたときはまぶたが腫れあがっていたりしたこともあった。
多分泣いておられたのだろう。
ここまで書けばお前にもわかるだろう。
そのときの新米剣士がお前の息子、カインだ。
これは俺の推測だが、フロリア様はカインという名前を聞いて
動揺されたのだろうと思う。
お前の息子とフロリア様の間に以前何かあったとは考えられないからな。
 
だがわからないのは、なぜカインという名前で
あれほどフロリア様が動揺するのか、と言うことだ。
確かに20年前のあの時、お前の相方だったカインは命を落とした。
だが俺には、フロリア様がカインの死に直接かかわっていたとは思えない。
お前達はずっと遙かな地を旅していたはずだし、
フロリア様はずっと城に閉じこもっておられたはずだからだ。
そしてお前は、王国を出る最後の日までなにも言わなかった。
 
教えてくれ、クロービス。
フロリア様とカインの間に一体何があった?
なぜフロリア様はカインと言う名にあれほど怯える?
あの時、再結成された王国剣士団には、
フロリア様の身に何が起こっていたか知らされた。
それでもわからないことはたくさんある。
あのころ、フロリア様が何を考えていたのか、
閉じこもった城の奥でいったい何をしていたのか、
俺たちは何一つ知らされていない。
 
もしかしたら知るべきことではないのかも知れない。
だから俺は、あの時王国を去るお前に何も聞かなかった。
たとえ何があろうと、俺は一生かけてフロリア様を守ろうと思ったからだ。
だがそう言うわけにはいかないらしい。
俺は真実を知りたい。いや、知らなければならない。そんな気がする。
フロリア様は、この国にとっても、
俺達剣士団にとっても、かけがえのないお方だ。
今あの方の身に万一のことがあれば、
この王国の存続自体が危うくなるかもしれん。
 
今、エルバール王国は見た目ほど盤石ではない。
20年前の出来事は、未だ過去の出来事にはなっていないのだ。
もし時間が許すなら、ぜひ一度俺を訪ねてくれないか。
そして俺の話を聞いてほしい。頼む。良い返事を待っている。

                             オシニス
 
追伸  お前の息子だが、剣の腕はかなりのものだ。
だが若さゆえか、攻めにばかり気を取られて、引くということを知らん。
王国剣士団は『不殺』を信条とする。このフロリア様の方針は今も変わらない。
そして今の王国剣士の相手はモンスター達ばかりではない。
盗賊などの犯罪者、つまり人間同士の戦いが主流になっている。
剣術においても駆引きがますます重要になってくるだろう。
でないとただの殺し合いになってしまうからな。
そのあたりをもう少し教えてやってくれ。

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