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 オシニスがライザーに文句をつけている間に、クロービスはさっさと洞窟を出て行った。ライザーは彼が出て行った洞窟の出入り口に視線を移し『うまく行くといいね』とポツリとつぶやいた。
 
「うまくいってもらわなきゃ困る。もしもウィローが泣いて帰ってきたりするようなことがあったら、俺がクロービスの奴をぶん殴ってやるさ。」
 
 オシニスもため息とともにそうつぶやいた。
 
「オシニス、それには及ばん。もしもそんなことになったりしたら俺がクロービスを叩きのめすからな。」
 
 怒ったような声に少し驚いて振り向くと、エリオンが立ち上がり、マントを身につけているところだった。
 
「エリオンさん、どこに行くつもりです?」
 
 ぽかんとして尋ねたオシニスに、エリオンはなぜかオシニスをギロリと睨むように見た。怒っているように見えるのだがオシニスには心当たりがない。
 
「決まってるだろう。クロービスの奴がちゃんとウィローと仲直りするのか確かめに行くのさ。」
 
「おいエリオン、ほんとに行くつもりなのか?」
 
 隣でガレスが心配そうに声をかけるが、そういうガレスもマントを肩にかけているところだ。
 
「当たり前だ。この期に及んでクロービスの奴があいまいな態度を取るつもりなら・・・こうだ!」
 
 エリオンは左手の手のひらに右手で思い切りパンチを当てた。パン!と大きな、そしてかなり痛そうな音がした。エリオンが怒ったような顔をしているわけが、オシニスにもやっとわかった。なるほど彼はウィローのことが心配なのだ。カナに赴任していた頃は、ウィローとその友達の女の子をとてもかわいがっていたと、このあいだ聞いたばかりだ。
 
「お前がウィローを心配している気持ちがわからないわけじゃないんだが・・・今行けばただの覗きになっちまうと思うんだがな・・・。」
 
 ガレスがため息をつく。
 
「覗きとはなんだ。俺にとっちゃウィローはかわいい妹みたいなもんなんだ。その妹を傷つけられるかもしれないとしたら・・・」
 
「でも妹にとってはそんなの余計なお世話なんだよな。せっかくのデートを兄貴が物陰からこっそり見てたなんて知ったら、その妹はどう思うかね・・・。」
 
 ガレスが肩をすくめた。一瞬エリオンはばつの悪そうな顔をしたが、すぐに元の表情に戻った。口をへの字に曲げ、人の意見など聞く耳持たんといった顔だ。
 
「ふん!何とでも言ってろ!とにかく俺は行く。物陰からちょっと見てるだけだ。ウィローが泣き出したりしない限りは飛び出していったりする気はないから安心しろ。」
 
 エリオンはさっさと洞窟の出口に向かって歩き出した。
 
「つまりウィローが泣き出したら飛び出していくというわけか。・・・ぜんぜん安心できんぞ・・・。」
 
 ガレスはあきらめたようにエリオンのあとに続いた。
 
「何でお前がついて来るんだよ?やっぱりお前だって気になるんだろう?」
 
「気にはなるが、それだけなら俺は見に行ったりしないよ。俺がついていくのは、お前が飛び出しそうになったら襟首を引っつかんで止めるためだ。北大陸に来てから初めてのデートらしいデートだって言うのに、お前みたいな無粋な奴に邪魔されたんじゃウィローがかわいそうだからな。」
 
 エリオンは面白くなさそうではあったが、黙ってまた歩き出した。
 
「俺も行くか・・・。」
 
 二人のやり取りを見ていたオシニスが腰を上げた。
 
「何のために行くんだ?興味本位で覗くつもりじゃないだろうな?」
 
 そういうライザーの目が怒っている。彼がこんな目をしているときは逆らわないのが一番だが、今回ばかりは引き下がる気になれない。それにどうしても確かめたいことがある。
 
「お前は行かないのか。」
 
「当たり前だ。せっかく二人きりで会うってのに、それを物陰から覗こうなんて悪趣味としか言いようがないじゃないか。」
 
「別に俺はあいつらが浜辺で何をするか気にしてるわけじゃない。何を話すかについてはかなり興味があるがな。」
 
「・・・今朝のことか・・・。」
 
 ライザーが大きなため息をついた。カインがここに戻ってきてからずっとなにか考え込んでいたのは気づいていたが、今朝の出来事があってから、カインだけでなくクロービスもずっとなにか考え込んでいる。カインが今まで何を考えていたのかは見当がつかない・・・もしかしたら団長のことかもしれないが・・・でもクロービスが考えているのは、おそらくここをいつ出て行こうかということだ・・・。そしてクロービスがそう考えているということは・・・。
 
「クロービスが今朝のことでここを出て行こうと考えているとすれば、あいつは最初にウィローにその話をするだろう。それにあいつのことだ、俺達が物陰に潜んでいるなんてことはお見通しだろう。今朝ハディ達に一番先に気づいたのはあいつだぞ?なぁカイン、俺の推測はかなり当たりに近いと思うがどうだ?」
 
 突然話の矛先を向けられ、カインはぎょっとして顔を上げた。出来るだけ彼らの会話には入らないでおこうと思っていた。クロービスがウィローと仲直りをして、一緒にここを出るという相談がまとまったら、明日にでも副団長に話をするつもりでいたのだ。だから今日一日、いろんな人達に今朝のことを聞かれても、適当にごまかしていたのだが・・・。
 
「・・・・・・・・・・。」
 
 うまい言葉が見つからず思わず顔をこわばらせたカインに、オシニスはニッと笑った。
 
「大正解ってわけか。さて、さっさと行こう。」
 
 オシニスが立ち上がり、マントを肩に引っ掛ける。その姿を見てライザーも立ち上がった。
 
「何だ、結局お前も行くのか。」
 
「・・・君がしゃしゃり出ていかないようにね。それに、きっとクロービスはウィローを『海鳴りの祠』に連れて行くよ。あの大きなハース聖石を見せてあげたいんじゃないかな。少なくとも、覗きはしなくてすむと思うよ。」
 
「はっはっは!それはそれで残念だな。」
 
 オシニスが大声で笑った。
 
「ばか言うな。ほら、行くならさっさと行くぞ!」
 
 怒ったように歩き出したライザーのあとを、オシニスはおかしそうに笑いながらついていく。
 
(俺も行ったほうがいいかな・・。)
 
 まさか本当にクロービス達の前に飛び出していく人はいないだろうが・・・そう思いたいが・・・洞窟の出口で騒いでいるのが聞こえたりしたら、うまくいくものもいかなくなってしまう気がする。それにどうしても『覗き』みたいで気が引けることも確かだ・・・。
 
「ほらカイン、さっさと立て。」
 
 迷っていたカインの肩をぽんとたたいたのはティールだった。
 
「ま、まさかティールさんまで・・・。」
 
「セルーネは絶対に見に行きそうだからな。万一あいつが飛び出しそうになったとき、あいつの襟首を引っつかんで止められるのは俺しかいないだろう。副団長がいれば任せてもいいんだが、副団長のことだから、いくら心配でも様子を見に行ったりは出来ないだろうしな・・・。」
 
 そう言われればそのとおりだ。ウィローがセルーネに風呂のことでなにか聞いていたとハリーとキャラハンが言っていた。ウィローもセルーネには本当のことを言っただろう。クロービスに会いに行くと。だとすればセルーネだって心配で仕方ないはずだ。
 
「・・・・そうですね。行きますか・・・。」 
 
カインはため息とともに立ち上がり、マントをつかんで、ティールのあとから出口へと向かった。
 
 
 その頃ウィローは、あせりにあせりながら身支度を整えていた。久しぶりの風呂に、思いがけず時間をかけてしまった。クロービスはもうずっと前にあの浜辺についているだろう。この時間になれば結構冷える。管理棟から戻ってくるとき、ウィローは少し肌寒さを感じていた。風呂上りでそうなのだから、水浴びをしたあとではこの寒さはこたえるのではないだろうか。いくら彼が寒い地方の出身だからって、別に寒さに耐性があるわけではないはずだ。
 
「ウィロー、そんなにあせらないで。汗かいてるわよ。そのまま外に出て行ったりしたらまた風邪ひいちゃうわよ。」
 
 隣でカーナがあきれたようにウィローの顔を覗き込んだ。
 
「まあ焦りたくなる気持ちはわかるけどねえ。クロービス達が水浴びから戻ってきたのは結構前みたいだから、きっととっくに浜辺で待ってるわよ。」
 
「ちょっとステラ、どうしてそう煽るようなこと言うのよ。」
 
「煽ってるわけじゃないわよ。あたしはただ、今のウィローの気持ちを代弁しただけよ。」
 
 洞窟の中には他にも何人かの女性剣士がいたが、みんなカーナとステラのやり取りを聞いて笑っている。
 
「ウィロー、カーナの言うとおりだぞ。汗はちゃんと拭いて、着替えていったほうがいい。また風邪をひいたりしたら、クロービスが青くなるからな。」
 
 セルーネがからかうように口を挟んだ。
 
「は、はい・・・。」
 
 確かに管理棟から戻ってくる間少し寒かったが、洞窟の中に入ってしまうと結構暖かい。それに急いで支度をしたので、セルーネの言うとおり下着の背中は汗でしっとりとぬれていた。ウィローは急いでぬれた下着を脱ぎ、着替えを済ませた。これ以上クロービスを待たせるわけにいかない。もう自分が来ないと思って寝床に戻ってしまうかもしれない。そんなことはないと思いたいが、自分がクロービスに何を言ったか、それがどういう意味を持っていたかを考えると、とても楽観的にはなれなかった。
 
「それじゃ、行ってくるね。」
 
 ウィローは立ち上がり、走り出そうとして靴を履いてないことに気づいた。着替えをするためにたった今脱いだことさえすっかり忘れていたのだ。
 
「こんなんで大丈夫かしらねぇ・・・。」
 
 カーナがあきれてため息をつく。
 
「とりあえずクロービスのところにたどり着けさえすれば、あとは何とでもなるでしょ。」
 
 ステラが肩をすくめた。
 
「ウィロー、落ち着け!ほら、ちゃんと靴を履いて、そんな薄着で大丈夫なのか?外は寒いぞ?」
 
「あらセルーネさん、寒かったらクロービスがあっためてくれますって。」
 
 カーナがセルーネにニーっと笑ってみせ、セルーネが『なるほど。』と言いながら笑い出した。
 
「そ、それじゃ行ってきます。」
 
 ウィローは真っ赤になりながら、今度こそちゃんと靴を履いて洞窟の外の通路に飛び出した。
 
 
 
「・・・いいなあ・・・。ウィロー、うれしそう・・・。」
 
 カーナがため息とともにつぶやいた。
 
「そうねぇ・・・。あたしもあんなにうれしそうな顔してみたいもんだわ。」
 
「それなら誰か見つけなきゃね。」
 
「そう簡単に見つかるなら苦労しないわよ。」
 
(せっかく見つけた人は・・・あたしじゃだめだって言うんだもの・・・。相手もこっちを見つけてくれなきゃ、話にならないわよね・・・。)
 
 ステラがため息をついたとき、ウィローのあとに風呂に行っていたリーザが戻ってきた。
 
「ただいまぁ。」
 
「カーナ、うれしそうな人がまた一人来たわよ。」
 
「え?なにそれ?」
 
 リーザはきょとんとしてステラを見ている。
 
(相方の剣士が恋人か・・・。仕事とプライベートの区別をつけるのは大変だろうけど・・・でもうらやましいな・・・。)
 
 リーザはいつも屈託なく明るい。リーザの家は、王宮に隣接する貴族達の立派なお屋敷群の一角にある。そんなに高くはないが爵位もあると聞いたことがある。でもリーザ自身はそんなことを鼻にかけることもなく、本当に素直なやさしい普通の女の子だ。だからステラもカーナも、今回の騒動がなければリーザが何で家を出たのか、どうして剣士団になど入ったのか、その本当の理由など知らずにいたと思う。
 
「あれ?ウィローは?」
 
 リーザはきょろきょろと辺りを見回した。
 
「デート。」
 
「ああ・・・なるほどね。」
 
「リーザ、あなたはデートじゃないの?」
 
 リーザはくすりと笑った。
 
「しないわよ。わざわざこんな時間に会わなくたってしょっちゅう顔は見てるし、それに向こうの浜辺に先客がいるなら、他にデートが出来そうな場所がないものね。」
 
 そう言ってはみたものの、リーザだって夜更けにデートくらいしてみたいと思ってはいる。
 
(それでも会いたいって・・・言ってくれるような人ならいいんだけど・・・。)
 
 ハディは元々自分の感情をあまり表に出すと言うことがない。『好き』という言葉もなかなか言ってくれない。
 
(クロービスみたいに・・・不器用でも一生懸命気持ちを伝えてくれるような人ならよかったのにね・・・。)
 
 思わずため息をつきそうになるのを、リーザは何とかこらえた。
 
「それに、今はとにかく王宮を取り戻すことが先決。だから私達のデートは当分先ね。」
 
 リーザは微笑んでカーナに背を向け、荷物の整理を始めた。
 
「なるほどね・・・。」
 
 今度はカーナがため息をついた。今日何回目のため息かわからない。本当にウィローやリーザがうらやましい。それにポーラはガウディが生きていたとわかってとても喜んでいるし、セルーネにしても、剣士団長は亡くなってしまったが、二人の間にはゆるぎない絆とたくさんの思い出がある。でも自分には何もない・・・。いくらライザーを好きでも,彼の心が自分にないことくらいわかりきっている。いっそ誰かと結婚してくれたら、あきらめもつくかもしれないのに・・・。
 
(でもそれはそれできっとすごくつらいのよね・・・。)
 
 ライザーが振り向いてくれるか、自分が他の誰かを見つけることが出来ない限り、この思いは行き場がない・・・。
 
(どっちも可能性低そうね・・・。)
 
 またため息が出た。
 
「カーナ、ステラ、ちょっと見に行かないか?」
 
「え?」
 
「何をですか?」
 
 セルーネの声にふたりともきょとんとして顔を上げた。
 
「そりゃ奥の浜辺さ。」
 
「え?まさか覗き!?」
 
「人聞きの悪いことを言うな!お前達はウィローのことが心配じゃないのか?」
 
 カーナとステラは顔を見合わせた。
 
「そ、そりゃ・・・心配ですけど・・。」
 
「でもまさかウィローが泣かされるなんてことはないと思うし・・・。」
 
「そうよね。昼間の訓練を見る限りクロービスはウィローと仲直りするつもりだろうし・・・。」
 
「そりゃそうだろうな。この期に及んで優柔不断な態度をとるようなら、私がクロービスを叩きのめしてやる。」
 
「・・・でもそれじゃ何のために・・・?」
 
「万一クロービスの態度が悪くて、ウィローが泣かされた場合に備えるということもあるし・・・。」
 
「う〜ん・・・クロービスって口下手ですものねえ・・・。言葉足らずで余計な誤解を招くってのは十分ありそう・・・。」
 
「でも物陰からこっそり見てるってのは・・・。」
 
 ステラはいささか及び腰だ。
 
「それだけじゃないぞ。クロービスが浜辺に行こうとすれば、向こうの洞窟にいる連中はみんな奴がどこに行くのか、誰と会うのかくらい察するだろう。特にエリオンのような奴が、黙ってあいつを送り出すと思うか?多分今ごろ、ぞろぞろと洞窟の出口に向かって歩いてるんじゃないか。」
 
「みんなして覗きにですか・・・?」
 
「覗きってことじゃなくて、そうだな・・・私と同じように、ウィローが泣かされたりするようなら飛び出していってクロービスをぶん殴ってやるとか・・。」
 
「・・・セルーネさん、そんなつもりだったんですか・・・?」
 
 セルーネははっとして口をつぐんだが、少しだけばつの悪そうな顔でまた話し始めた。
 
「それは・・その・・・万一そんなことになったりしたらの話だ。とにかく、行くのか行かないのか?」
 
「行ってみようかな・・・。」
 
 最初に立ち上がったのはカーナだった。
 
「本気なの?」
 
 ステラは不安そうだ。
 
「別に無理にとは言わないわよ。それならあなたはここにいたら?」
 
「あ、あら、行くわよ。」
 
 ステラも立ち上がった。
 
「それじゃ私も行こうかな。」
 
「え?」
 
 三人がほぼ同時に声を上げた。いつの間にかリーザはすっかり身支度を整え、寒くないように厚手のマントを羽織っている。
 
「へへ・・・。みんなの話聞いてたら行きたくなっちゃった・・・。」
 
「みんな気になるのは同じか・・・。」
 
 結局4人で洞窟を出た。
 
 
 
 エリオンは洞窟群を横に走る通路の手前まで来ていた。そのときパタパタと足音が聞こえ、エリオンと後ろにいたガレスは思わず身を隠した。
 
(おい・・・なんで隠れるんだよ・・・。)
 
(お前が隠れるからだ・・・。)
 
 声を殺して話す二人が隠れているすぐ脇を、走り抜けていったのはウィローだった。ハーブの香りが鼻をくすぐる。
 
(ウィローは今行ったのか・・・。するとクロービスはずっと待ってるわけだな・・・。)
 
(だろうな・・・。)
 
 ウィローの足音が遠のいても、念のためエリオン達はしばらく動かずにいた。忘れ物に気づいて突然引き返してくるなどと言うことも考えられる。そしてもうそろそろいいかと通路から出ようとした時、
 
「それにしてもウィロー、うれしそうだったわよねえ・・・。」
 
「そりゃそうよ。待ちに待ったお誘いだもの。はぁ〜・・・うらやましいわ。」
 
反対側の通路の奥から、声が聞こえてきた。カーナとステラの声だ。
 
「他人をうらやましがっていないで、お前達も誰か探せばいいじゃないか。」
 
 これは間違いなくセルーネの声だ。
 
(お、おい・・・。セルーネさんまで出てきたぞ・・・。)
 
(ま、まずい・・・。怒鳴られんじゃないだろうな・・・。)
 
「あら、エリオンさん、どちらへいかれるんですか?」
 
 中途半端に通路に出ていたエリオンはあっさり見つけられてしまった。
 
「いや、ちょっと散歩に・・・。」
 
「ふぅん・・・。ガレスさんと、オシニスさんと、ライザーさんと、カインと一緒に?あら、ハディもいるじゃないの。」
 
「え!?」
 
 エリオンが驚いて振り向くと、自分の後ろに本当にその面々がそろっている。カインはもっと驚いて振り向いていた。まさか自分のあとからハディまでついてくるとは思わなかったらしい。
 
「お、おい、何でお前までついて来るんだよ。」
 
「だって気になるじゃないか。」
 
「いくら気になるからって・・。」
 
「まあそう言うな。それよりほら、俺の勘は大当たりだぞ。」
 
 ティールが笑いながらカーナ達の後ろを指差した。そこにはセルーネが立っている。
 
「おいティール、何が大当たりなんだ?」
 
 セルーネがむっとした顔で尋ねた。
 
「お前がウィロー達のことを覗きに行こうとしてるってことさ。」
 
「覗きとは失礼な。私はただウィローが心配なだけだ。」
 
「心配だから覗きに行くんだろう。」
 
「ふん・・・!何とでも言ってろ!私はそんなにいつまでもいる気はないんだ。あの二人がうまくいくならそれでいい。」
 
「それはここにいる連中みんなそうさ。エリオンあたりは、もしもウィローが泣かされたりしたら飛び出していってクロービスをぶん殴るつもりらしいが・・・。」
 
 聞いていたエリオンはさすがにばつの悪そうな顔をしている。さっきまでは、もしもウィローが泣かされるようなことがあれば、たとえガレスに襟首をつかまれようが、飛び出していくつもりだった。だがここに来てみんなの顔を見ているうちにさすがに頭が冷えてきたのだ。ガレスの言うとおり、本当にそんなことをしたらウィローは二度と口をきいてくれないかもしれない。そんなエリオンに、セルーネはなぜかニーッと笑いかけた。
 
「なるほどな。なあエリオン、もしもそんなことになったら、最初にクロービスを叩きのめす役は私に譲れ。そのあとならいくらぶん殴ってもかまわんぞ。」
 
「ははは・・・・そ、そうですね・・・。もしもそんなことになるようだったら存分に・・・。」
 
 セルーネは本気だ。
 
(クロービス・・・頼むからうまくウィローと仲直りしてくれよ・・・。)
 
なんだかクロービスが気の毒になってきて、エリオンはいつの間にか心の中で必死に祈っていた。
 
「さてと・・・いつまでここにいるつもりだ?ウィローはもう浜辺に着いているだろう。未だに泣きながら走ってこないのなら、今ごろはしっかりし抱きあっていたりするんじゃないか?」
 
 ティールの言葉にみんなはっとした。
 
「そ、それもそうだな・・・。さっさといくか・・・。確か洞窟の出口の手前に細い通路が何本かあったよな・・・。あそこに隠れて、少し様子を伺うか・・・。」
 
 セルーネがあせって歩き出し、みんな彼女のあとに続いた。
 
「わざわざ見に行くほどのこともないと思うんだがな・・・。」
 
 大またで歩いていくセルーネの背中にティールがつぶやいた。セルーネにとってはどちらも心配なのだ。クロービスは入団する前からずっと目をかけていたし、ウィローはカナに赴任していた頃妹のようにかわいがっていた。あの頃カナに赴任していた剣士達は、おそらくみんなウィローを本当の妹みたいにかわいがっていたんじゃないだろうか。ウィローが仲良しのジョスリンと一緒にパッチワークで肌がけを作りたいと言ったとき、セルーネが自分の家に戻り、メイド達を総動員して大量のハギレを調達して持って行ったことがあった。剣ばかり振り回している娘がハギレをほしいなどと言い出したので、公爵夫人はついに娘も女らしさに目覚めたかと喜んだらしい。それがカナの村娘のためだったと知って、娘の優しい心を喜ぶべきか、娘が相変わらずであったことをがっかりするべきか、判断に迷ったんじゃないだろうかと、その話を聞いたときティールは思ったものだ。
 
 セルーネの持って行ったハギレは、みんな絹などの上等なものばかりだ。ウィローとジョスリンだけでなく、村中の女達が出てきてそのハギレをほしがったおかげで、ベルスタイン公爵家からは一時期ハギレと言うハギレがすべて消えたほどらしい。その後出来上がった肌がけを見せてもらったことがある。何枚か作っていたらしいが、最後に持って行ったハギレが肌がけになるところは見ることが出来なかった。
 
 ぼんやりとそんなことを思い出しながら、洞窟の出口にティールが着いたのは一番最後だった。みんなそれぞれ岩陰に身を潜めているが、さっきオシニスが言ったとおり、クロービスにはここに自分達がいることなどお見通しだろう。思念感知の能力とは、進化するものらしい。以前よりクロービスの勘が格段によくなったように思えるのは、半分はこの力のせいではないかと思う。彼にとってこの能力はまったく望まざるものだ。そんなものを手に入れてしまったために、彼はいったい何を差し出さなければならないのだろう。そう考えるとクロービスが気の毒になってくる。
 
(せめて・・・好きな女くらいは手に入れられなきゃ、張り合いがないよなぁ・・・。)
 
 ティールのいる場所からは、クロービスの背中しか見えない。他に人影が見えないということは、ウィローはクロービスの体の向こう側に隠れていると言うことだ。多分抱き合っているのだろう。
 
(この調子なら大丈夫そうだな・・・・。)
 
 そう考えてティールはエリオンのいるあたりをちらりと見た。暗がりで顔はよく見えないが、ほっとしているような雰囲気は伝わってこない。
 
(・・・こいつは・・・クロービスがプロポーズでもしない限りほっとしそうにないな。・・・いや逆か。妹をとられるようで気に入らないとか・・・。)
 
 まったく面倒くさい奴だ。ティールだってウィローをかわいいとは思うが、そこまで考えたことはない。
 
「・・・ねぇクロービス・・・。」
 
 不意にウィローの声が聞こえた。ウィローの声はよく通るので、風に乗って声がはっきりと聞こえてくる。見ると今は、クロービスの向こう側にウィローが立っているのが見えた。
 
「・・・ここを出るつもりなの・・・?」
 
 ウィローの声は聞こえるのだが、クロービスがなんと答えているのかが聞こえてこない。彼の声は元々あまり高いほうじゃない。加えてしゃべる時もぼそぼそと話す。
 
「・・・・・・・・・・。」
 
 ウィローが黙り込んだ。クロービスの答を待っているのだろう。みんなウィローの声に耳を澄ませている。
 
「やっぱりそうなのね・・・。」
 
(なにがやっぱりなんだよ・・・。)
 
 エリオンが忌々しそうにつぶやいているのが聞こえた。
 
(エリオン、静かにしろ・・・。向こうに聞こえちまうぞ・・・。)
 
 ガレスが小声で制する。
 
(くそっ・・・!クロービスの奴もっと大きな声でしゃべれよ・・・!聞こえないじゃないか・・・。)
 
(別にお前に聞かせるためにしゃべってるんじゃないんだから・・・。)
 
(エリオン!ガレス!うるさいぞ!あいつらの話が聞こえないから黙れ!)
 
 小さい声でもセルーネの一喝は効き目があったようだ。二人ともぴたりと黙り込んだ。
 
「みんな言っていたわ。あなただけじゃなくて、カインも一緒に出て行くつもりでいるんじゃないかって。」
 
 洞窟の中の空気がピンと張りつめた。やはりクロービスはここを出て行くつもりだったのか・・・。
 
(おいカイン、お前もそんなこと考えてたのか・・・。)
 
 後ろのほうでハディの声がする。カインは黙ったままだ。
 
「・・・やっぱり・・・今朝のことで・・・?」
 
(あんなことがあったあとじゃね・・・。クロービス達は全然悪くないのに・・・。)
 
 悲しげにつぶやいた声はカーナだ。
 
「そう・・・。」
 
 ウィローがうなずいているところを見ると、どうやらクロービスはウィローの言葉を否定しなかったらしい。それにしても彼の声がまったく聞こえてこないので、話の流れがよくわからない。
 
「なぁに?」
 
「・・・・・・・・。」
 
「どうって・・・私は・・・あなたと一緒にいたいわ。もう離れたくない・・・。」
 
(あの野郎・・・ウィローにどうするんだなんて聞きやがったか・・・!)
 
 忌々しそうなエリオンの声が聞こえる。
 
(いちいちうるさい奴だな・・・。黙って聞けよ。クロービスの声がよけいに聞こえん!)
 
 そう言うセルーネも、少し苛立っているようだ。クロービスの声が聞こえる程度まで近づいたりすれば洞窟から出てしまう。でも今の状態では話がいい方向に流れているのかそうでないのかの判断もつかないので、立ち去るタイミングもつかめない。このままでは本当にただの覗きになってしまう。
 
「あなたも同じよね?これ以上距離を置くのはつらいって、言ってくれたわよね?連れて行って・・・くれるわよ・・・ね・・・?」
 
 ウィローの声が少しずつか細くなる。今にも泣き出しそうだ。
 
(あ、ばか!おい待て!行くな・・・!まだ話は終わってないんだぞ・・・!)
 
 ガレスが慌ててエリオンを押さえつける気配がした。
 
(エリオンさん・・・!待ってください!落ち着いてください!)
 
 これはライザーの声だ。多分ガレスと一緒にエリオンを抑えているのだろう。
 
(・・・わかったよ、くそっ・・・!)
 
 苛立たしげなエリオンの声。クロービスの声がもう少し大きかったらみんなこんなにイライラしないですむのに・・・。
 
(もう少しでかい声でしゃべってくれと言いに行くわけにもいかんしなぁ・・・。)
 
 ティールはなぜか妙に落ち着いて、そんなことを考えていた。
 
「どうして迷ってるの・・・?」
 
「わかってるわ。」
 
「わかってるわよ。」
 
 少しずつ間をおいて、ウィローの声が聞こえる。クロービスが迷っているのなら、きっとここを出て行けばどんな危険が待っているかを説明でもしているのだろう。
 
(わかってないなぁ・・・。ウィローがそんなことで引き下がるもんか。)
 
 目の前にどんな危険があろうと、決めたことは実行するのがウィローだ。あのガンコさは父親譲りなのか母親譲りなのか、どっちなのだろう。
 
(もしかしたら・・・両方かも知れないな・・・。)
 
 最愛の妻子と別れても王国を守ろうとしたデール卿と、そんな夫を19年も待ち続けた母親・・・。どちらの血をひいても筋金入りの頑固者になるはずだ。
 
「もう飛び込んだも同じよ。もしもあなた達と一緒に行かなければ、王宮は私を捕まえてあなた達をおびき寄せるえさにしようとするかも知れないわ。でなければ殺して見せしめにするか・・・。」
 
(そ、そんな・・・フロリア様がそこまでするなんて・・・まさか・・・。)
 
 不安げなリーザの声が聞こえた。
 
(・・・今のフロリア様ならやりかねん。甘く見ないほうがいいぞ・・・。)
 
 苦しげな声で答えたのはオシニスだ。
 
(で、でもまさかそこまではしないでしょう・・・。あのフロリア様が・・・。)
 
 震える声でカインが反論する。
 
(そうとは言い切れないわよ。最悪の事態も想定しておくべきだわ。そうですよね、オシニスさん?)
 
 冷たい声でステラが答える。ステラはフロリアをよく思っていない。オシニスの返事はなかった。
 
(まあ・・・それも仕方ないかも知れないな・・・。)
 
 ステラがカインを好きなのは前から気づいていた。気づかなかったのは多分カイン本人だけ・・・クロービスもか・・・。南大陸への派遣問題で、ステラはかなりフロリアに恨みを抱いていたようだ。さらに今回のお尋ね者騒ぎで、ステラはもうフロリアを国王とは認めていない。以前フロリアに不信感を抱いて剣士団から去ってしまったディレンのように、ステラも剣士団を辞めてしまうかも知れない。ティールはそこが心配だった。
 
「だから、あなたのそばよりも安全な場所なんて、この世界中どこを探したってないのよ、きっと。」
 
 月明かりに照らされて、ウィローが微笑んでいるのが何となくわかる。ウィローの覚悟は決まっているのに、クロービスがグズグズしているのだろう。
 
(・・・くそ!じれったいな・・・!)
 
 エリオンは心の中で叫んでいた。口に出しそうなのをやっとの事でこらえたが、もう今にも飛び出していって
 
「おい、さっさと決めろ!いつまでグズグズしているんだ!」
 
 そう怒鳴ってやりたい気分だった。するとなんとクロービスがこちらを振り向きそうになったのだ。いつの間にか声を出してしまっていたのかとエリオンは慌てて口を押さえたが、そう言うわけではなさそうだ。多分偶然だろう。クロービスは南大陸へ出かける前より格段に勘がよくなっている。何かこちらの気配を感じ取ったのかも知れない。いつまでもここにいるわけにはいかない。でもせめてもう少し・・・あの二人がしっかりと仲直りしたとはっきりわかればいいのに・・・。
 
 エリオンが少し落ち着いたようなのを見て、ライザーは彼を押さえていた手を離した。今クロービスはこちらを振り向こうとしたように見えた。そしてエリオンは慌てたように口を押さえた。もしかしたら、エリオンが心の中で叫んだ言葉がクロービスに聞こえてしまったのかも知れない。人の心の声が聞こえる力だなんて、そんなやっかいなものをなぜクロービスが背負わなければならないのだろう。彼はごく普通の若者だ。ちょっと人より好奇心が強い程度の・・・。
 
(そりゃまあ・・・剣の腕は驚異的な速さで僕達に追いついてきたし、治療術と風水術をほぼ自在に操るし、持ち主を自ら選ぶという不思議な剣の主人として認められているし・・・その辺はもしかしたら『普通』にはいらないかも知れないけど・・・。いや、僕までこんなことを考えちゃいけないな・・・。)
 
 剣士団の中で、驚異的に実力を伸ばしたというならカインだって同じだ。そのほかにもたくさんいる。あの剣のことは確かに不思議だが、それもまた偶然のことだと考えられないこともない。なのにどうしてクロービスばかりがこんな目に遭わなければならないのか・・・。
 
 
「クロービス・・・?」
 
 ウィローの不安げな声で、洞窟の中に潜んでいる誰もがハッと我に返った。まだ二人の話し合いは続いている。
 
「いいけど・・・でも私はもう決めてるわ。」
 
 ウィローの声に少しだけすねたような響きがこもった。クロービスがまた結論を先送りするようなことを言ったのだろうか。
 
「聞いたけど・・・誰も連れて行ってくれなかったわ。あなたに連れて行ってもらいなさいって。一人で行ける時間もなかったし・・・。」
 
(・・・やっと海鳴りの祠の話が出たようだな・・・。)
 
 ガレスがほっとしたようにつぶやいた。これでエリオンもあきらめて戻るだろう。向こうの海鳴りの祠までの道は一本道だし、入り口付近に人が潜める場所もない。クロービスが何か言ったらしく、ウィローが笑顔でうなずいているようだった。みんなほっとして気を緩めた瞬間、クロービスがこちらを振り返った。
 
(ま、まずい・・・気づかれたかな・・・。)
 
 エリオンが本気で慌てている。
 
(向こうからはこっちは真っ暗に見えるはずですよ。大丈夫でしょう・・・。)
 
 オシニスはエリオンに囁きながら、
 
(別に今気づいたわけじゃないだろうし・・。)
 
心の中でそうつぶやいた。多分移動する前に誰かが出てくる気配がないか確かめただけだ。すぐにクロービスはウィローに向き直り、肩を抱いて歩き出した。普段なら彼は絶対に人前であんな態度はとらない。きっとここに潜んでいると思われる自分達へのメッセージなのだろう。もう何の心配も要らないと思ってもらえるように、仲直りしたことをアピールしているのだと思う。
 
(そろそろ引き上げるぞ・・・。あれならもう大丈夫だろう・・・。)
 
 ティールが囁いて、みんながそれぞれ洞窟の中に向かって歩き出した時、前方からランドがやって来た。
 
「おやおや、こんな夜中にみなさん勢揃いですねぇ。」
 
 にこにこしている。
 
「やけに余裕だな、ランド。なんでお前がここにいるんだよ。」
 
 オシニスが尋ねる。
 
「副団長からの伝言さ。『ほどほどにしておけ』とな。」
 
「ははは・・・副団長はお見通しだな。」
 
 ティールが笑った。
 
「笑い事じゃないですよ、ティールさんまで・・・。何なんですか、みんなしてぞろぞろと。王国剣士の精鋭達に覗きの趣味があったとは初めて知りましたよ。」
 
 ランドは大げさに肩をすくめてみせた。
 
「俺は違うぞ。クロービスとウィローが会うらしいとわかったから、セルーネがしゃしゃり出ていかないように見張りに来たのさ。」
 
「しゃしゃり出てとはなんだ!?私は本気で心配していたんだ!」
 
「俺だってそうですよ!もしもクロービスがウィローを泣かせたりしたらぶん殴ってやろうかと・・・。」
 
 エリオンも必死で抗弁する。聞いていたランドが笑い出した。
 
「なるほど・・・。ティールさんというストッパーなしでは確かに不安だったでしょうね。で、そのストッパーとしての役目は果たされたんですか?」
 
「ははは・・・。残念ながらと言うべきなのかな、俺の出る幕はなかったよ。今頃は二人して向こうの海鳴りの祠の中だ。浄化の光とあの『ご神体』の話題で盛り上がっているんじゃないのか?」
 
 笑ってはみせたが、本当にエリオンとセルーネが飛び出して行かなくてよかったと、ティールは心の中でほっとしていた。
 
「男と女が二人きりであんなところにいるってのに、何もなしって事はないんじゃないか?」
 
 オシニスがにやにやしながら首をかしげている。
 
「君と一緒にしないでくれ。それに、それは僕達が詮索することじゃないよ。」
 
 ライザーがあきれたようにオシニスを突っついた。
 
「それでは我々は戻ろうか。こんなところでいつまでもグズグズしていると、戻ってきたクロービス達と鉢合わせ、なんてことになりかねないぞ。」
 
 ティールの言葉にみんなうなずき、それぞれの寝床へと戻っていった。
 
 
 
 夜半・・・。女性剣士達の寝床となっている洞窟の中では、半分ほどがまだ起きていた。ウィローはまだ帰ってこない。
 
(・・・まさか本当に海鳴りの祠に泊まってくる気じゃないでしょうね・・・。)
 
 カーナがつぶやいた。
 
(バカ言わないでよ・・・。話が弾んでいるんじゃないの・・・。)
 
 ステラがあきれたように囁いたが、でも何となく不安げだ。セルーネはさっきから寝返りばかり打っている。眠れないらしい。
 
(でももうだいぶ過ぎてるわよ・・・。)
 
 さすがにカーナが心配になって来た時、洞窟の外からカーナを呼ぶ声がした。クロービスの声だ。
 
「どうしたのかしら?」
 
 ステラが不安げな顔で起きあがった。
 
「ちょっと行ってくるわ。」
 
 カーナが出て行くと、洞窟の入口から少し入ったところにクロービスが立っている。抱えているのはどうやらウィローだ。一瞬何かあったのかと思ったが、クロービスが落ち着いているところを見ると、もしかしたらウィローは眠ってしまったのだろうか。
 
「寝てなかったの?」
 
 クロービスはカーナがあまり早く出てきたので少し驚いている。
 
「あなた達が戻ってくるかも知れないと思って、もう少し待ってみようと思ったのよ。みんな寝袋に潜り込んではいるけどまだ起きてると思うわ。ウィローのことが心配なのは私だけじゃないから。・・・もしかして、眠っちゃったの・・・?」
 
 カーナはクロービスに抱きかかえられているウィローの顔をのぞき込んだ。やはり眠っている。
 
「ついさっきね。かなり疲れてたんだと思うよ。」
 
「ふぅん・・・こんなに幸せそうな顔で眠っているってことは、うまく仲直り出来たみたいね。」
 
「おかげさまでね。」
 
 すっきりとした笑顔で応えるクロービスに、カーナは思わず笑い出した。
 
「それならなによりだわ。・・・でもどうしよう。私じゃウィローを抱えられないし・・・。」
 
「そうだね・・・。出来れば寝袋まで連れて行きたいんだけど・・・だめかな・・・?」
 
「そうね・・・。ちょっと待ってて。聞いてくるから。」
 
 カーナは一度洞窟内に戻り、起きあがっていた剣士達にクロービスをここに入れてもいいかどうか尋ねた。
 
「私はかまわんぞ。せっかく幸せな気分で眠ったのに、私達が大勢で担ぎ上げたりして目を覚ましたら、せっかくの余韻がぶちこわしだからな。」
 
 セルーネが笑いながら言った。他の女性剣士達もうなずき、ウィローと仲直りしてにやけきったクロービスの顔を見るのも悪くないだろうと、快く承諾してくれた。カーナはクロービスのところに戻り、今のみんなの会話を伝えた。クロービスは曖昧に微笑んで、なぜか抜き足差し足で奥に入ってきた。みんな寝袋から起きあがってクロービスに注目している。身の置き所のなさそうな表情で、クロービスはカーナに案内されるままウィローの寝袋のところに行った。その隣にはステラが起きあがっていた。
 
「・・・一晩いてくればよかったのに、あんたって変なとこで真面目なのよね。あそこなら風邪ひいたりしないでしょ?」
 
 言ってからステラがしまったというような顔をした。
 
(ばっかねぇ・・・。私達が覗きしてましたって言ってるようなものじゃない・・・。)
 
 まずいと思ったが、クロービスは特に驚いた様子も見せずに答えた。
 
「そんなわけにいかないよ。あそこはね、この時間になれば結構冷えるんだよ。」
 
 クロービスは肩にかけていたクッションを下ろして寝袋の下に敷き、
 
「足許が寒かったみたいだから、風邪ひかないようにね・・・。」
 
ひとりごとのようにそうつぶやきながら、その上にマントにくるまれたままのウィローを寝かせた。寝袋の中の毛布を引き上げて掛け、留め具をとめて風が入らないようにした。ウィローはすっかり気持ちよさそうに眠っている。これなら明日の朝は爽快に目覚めることが出来るだろう。
 
「・・・なんで黙ってんの?」
 
 そのまま立ち上がって帰ろうとするクロービスに、ステラが怪訝そうに尋ねた。
 
「なにを?」
 
「さっきあたしが言ったこと・・・その・・・なんであんた達があそこにいたの知ってるのかとか・・・。」
 
「だってみんなして洞窟の出口にいたんじゃないか。」
 
「あ、あたし達がいたってわかったとか・・・?」
 
「誰がいたかなんてわかるもんか。でも何人かいたのはわかったよ。今君がそう言ったから、君がいたのは今わかった。君がいたならカーナもいたんだろうなってこともね。他にも何人かいたんだろうけど、別にいいよ。みんなが心配してくれてるのはわかってたから。」
 
「あなたってホントに勘がよくなったわね。南大陸に行くとみんなそうなるのかしら。」
 
 カーナは驚いて尋ねた。元々クロービスの勘は鋭い方だったが、南大陸から戻ってきてから格段に良くなっている。それにしてもその勘の良さが、どうして自分達のこととなると働かないのか、いつもカーナは不思議だった。
 
(勘の鋭い鈍感男ってのも珍しいわよね・・・・。)
 
「南大陸に行くとじゃなくて、こいつらの訓練のたまものだ。お前達だってそうなれるんだぞ。ちゃんと地道に訓練を積めばな。」
 
 セルーネが口を挟んだ。セルーネはクロービスに不思議な力があることを知っている。でもその話は、剣士団の中でも重要機密事項のようなもので、クロービスの相方のカインとウィローの他には、副団長とティール、セルーネ、それにクロービス達が南大陸から戻ってきて最初に再会したオシニスとライザーしか知らないことだ。あまりこの件に関してカーナ達に興味を持たれたくない。
 
「う〜ん・・・がんばってるつもりなんですけど・・・。」
 
「ある程度は個人差がある。それは仕方ないだろう。今考えたところでどうにもならん。もう寝たほうがいいぞ。クロービス、お前もだ。明日もウィローの訓練にはつきあってくれるんだろう?」
 
「そのつもりです。」
 
「それじゃもう行け。明日は私もお前達の訓練を見学に行くつもりだからな。」
 
「はい。それじゃみなさん、こんな夜中にすみませんでした。あ、カーナ、明日の朝ウィローに朝食を一緒に作ろうって言っててよ。その話をする前に寝ちゃったんだ。」
 
「了解。ちゃんと言っておくわ。きっと明日の朝のウィローはにこにこね。」
 
「だといいけどね。」
 
 クロービスは笑顔で頭を下げて出て行った。うまく話が逸れてセルーネはホッとしていた。それにクロービスとウィローが無事仲直りできたことにも。
 
(やはり・・・出て行くつもりでいるんだろうな・・・。)
 
 そう考えると寂しい。何とかならないものかと考えて、セルーネは副団長にある提案をしていたのだが、多分それは却下されるのだろう。
 
(考えてみても仕方ないか・・・。)
 
 ウィローが戻ってきたことで、みんな安心して本格的に寝袋に潜り込み始めた。もう眠ろう。明日から彼らが出て行くまでの間、もう少し訓練してやったほうがいいかもしれない・・・。
 
 
 
 さてこちらはカイン達が寝床にしている洞窟。こちらでもみんな落ち着かなかった。静まりかえってはいるものの、本当に眠っているのは半分程度いるかいないかだと思う。そこに足音がした。かなり気を使ってそっと歩いているのがわかる。足音が聞こえた途端、わざとらしいいびきがあちこちから聞こえてきた。入口は暗かったが、それでも人影が動くのがわかった。人影はゆっくりとカインに近づき、隣の寝袋のところで止まった。
 
(・・・遅かったな・・・。)
 
 カインは小声で尋ねた。
 
(つい話し込んじゃってね・・・。)
 
 小声でも弾んでいるのがわかる。
 
(・・・てことはうまくいったってことか・・・。)
 
(うん・・・。今までいろいろと気を使わせてごめん・・・。もう大丈夫だよ・・・。)
 
「本当だな!?」
 
「うわぁ!」
 
 いきなり後ろから怒鳴られ、クロービスは思わず大声を上げた。カインもぎょっとして飛び起きた。
 
「おお!?なんだなんだ!?敵襲か!?」
 
 びっくりして飛び起きたのはカインだけではなく、誰かが寝ぼけていきなり走り出して転んだ。怒鳴ったのはエリオンだった。カインがクロービスに気を取られている間に、いつの間にかすぐ隣に来ていたらしい。
 
「び・・・びっくりさせないでください!ああ・・・心臓が止まるかと思った。」
 
 これはカインも全くの同感だ。こんな夜の夜中に、いきなりこんな大声を出されたら誰だって驚く。
 
「な、なんだよ、脅かすなよまったくもう・・・。」
 
 転んだ誰かがぶつぶつ言いながら戻ってきて、また寝袋に潜り込んだらしい。静かにはなったが、今の大声でタヌキ寝入りのわざとらしいいびきは聞こえなくなった。みんな起きあがっている。ほとんどがさっき洞窟の入口にいた顔ぶれだった。もっとも全員がタヌキ寝入りをしていたわけではない。ガレスなどは今のエリオンの怒鳴り声で起きたらしく大きな口をあけてあくびをしている。
 
「なんだよエリオン・・・。まったくうるさい奴だなぁ・・・。あ〜〜ぁ・・・せっかく気持ちよく寝ていたのに・・・。」
 
 エリオンはガレスにかまわず、クロービスの腕を掴んで、ギロリと睨んだ。
 
「本当にもう大丈夫なんだろうな。二度とウィローを泣かせたりしないか?」
 
「しませんよ。今回のことは反省してます。ちゃんと謝って許してもらいました。」
 
 クロービスはきっぱりと言い切った。話し合いは実にうまく進んだらしい。
 
「心配事がなくなったんだからいいじゃないか。もう寝ないと明日起きられないぞ。」
 
 ティールも今の怒鳴り声で起きた一人だった。目を擦りながらあきれたようにエリオンに言った。
 
「わかってますよ・・・。クロービス・・・それならよかったよ・・・。俺はもうウィローのあんな悲しそうな顔を見たくないんだ。よろしく頼むぞ。」
 
 エリオンは少し寂しげに微笑んで、クロービスの肩をバンバンと叩くとさっと寝袋に潜り込んだ。少しだけ鼻をすする音が聞こえた。
 
(兄貴ってのは損な役割だな・・・・。)
 
 顔まで寝袋ですっぽりと覆ったエリオンを見つめ、ティールは心の中でそうつぶやいた。
 
「おやすみ。」
 
「おやすみなさい。みなさんも・・・ご心配かけてすみませんでした。」
 
 クロービスはすまなそうにみんなに向かって頭を下げ、寝袋に潜り込んだ。それを確認して、カインもやっと落ち着いて眠れそうだった。明日の朝は、クロービスと笑顔で挨拶を交わすウィローの姿が見られるだろう。
 
 
 
「・・・何で・・・ここにいるわけ・・・?」
 
 寝袋の上で起き上がり、ウィローは呆然としていた。夕べ確かにクロービスと話していたはずなのに・・・。
 
「あれ・・・?」
 
 寝袋の中で、毛布以外に体にまとわりつく布に気づき、ウィローはその布を引っ張り出した。
 
「これ・・・クロービスのマントだわ・・・。」
 
 夕べ彼が羽織っていたマントだ。寒いからとそのマントの中に入れてもらって、ずっと彼のひざの上で話をしていたのだ。
 
「あらおはよう、ウィロー。よく眠れた?」
 
 声に顔を上げると、カーナが起き出している。ステラはもう着替えを始めていたし、他の女性剣士達もそろそろ立ち上がって朝の身支度を整え始めていた。
 
「あ、あの・・・私どうやってここに・・・。」
 
「夕べクロービスが連れてきてくれたのよ。話しているうちに眠っちゃったから、このまま寝かせてあげてねって。」
 
 せっかく仲直りしたのに、もっともっと話したいことはたくさんあったのに、眠ってしまうなんて・・・!
 
(やだもう・・・。私ったらどうしようもないばかだわ・・・・。クロービスが怒ってたらどうしよう・・・。)
 
 ウィローの目に涙があふれた。
 
「泣かないでよ。夕べクロービスに頼まれてたの。今日の朝食は一緒に作ろうって言っててねって。」
 
「お・・・怒ってなかった・・・?」
 
 その言葉にカーナは笑い出した。
 
「なに言ってるの。これ以上はないってくらいにやけてたわよ。あなたを抱いてここにきたときからそうだったわ。あんまりニコニコしてるもんだから『仲直りできたみたいね』って言ったら、嬉しそうに『うん、おかげさまでね』だって。すっかりあてられちゃったわよ。」
 
 カーナは笑いながら、あきれたように肩をすくめてみせた。
 
「そうそう、あのときのクロービスの顔!とっておけるものならとっておいて見せてあげたかったわ。でれ〜っとしちゃってねぇ・・!」
 
 カーナの後ろで着替えを終えたステラも笑っている。
 
「そういうこと。だからほらほら早く着替えて。たぶんクロービス達はもう表に出ていると思うわよ。」
 
「あ、そ、そうね。」
 
 ウィローはあわてて寝袋から這い出た。マントをたたもうと肩からはずして寝袋から引っ張り出してみると、寝袋の中にもう一枚なにか敷いてある。これは確か、夕べ敷いていたクッションだ。これを広げて、『海鳴りの祠』の中で二人で並んで座っていたのだ。
 
「これもクロービスがおいていってくれたの?」
 
「あ、そうそう。ここは冷えるからって。また風邪ひかないようにね、なんて一人でぶつぶつ言ってたわよ。」
 
「そう・・・。」
 
 ウィローはクッションを引っ張り出してそれも丁寧にたたんだ。そして寝袋をたたんでいるうちに目の前がまたにじんできた。ローランについてからずっと、クロービスはウィローの体を一番に気遣ってくれていた。タルシスのところであんなに怒ったのもウィローを心配してのことだ。
 
(夕べ一生懸命謝ったつもりだけど・・・クロービスは本当に私を許してくれたのかしら・・・。)
 
 でももしも許してくれなかったとしたら、あんなにしっかりと抱きしめてくれたはずはない。そう自分に言い聞かせて、ウィローは急いで外に出た。
 
 
 外ではもうクロービス達が食事の支度を始めている。
 
「・・・おはよう・・・。」
 
 ウィローはカーナ達に押されるようにしてクロービスの隣に立った。クロービスが怒っていたらどうしよう。そう考えると泣きたい気分だ。
 
「おはよう。ちょうど今始めたところなんだけど、何が食べたい?」
 
 クロービスの態度はいつもと・・・そう、ケンカをする前と変わりない。
 
「ねぇクロービス、私達も一緒でいい?」
 
 カーナとステラがウィローの後ろから顔を出した。ウィローはどうやら夕べ自分だけ先に眠ってしまったことをかなり気にしているらしい。気持ちはわかる。だからウィローをここに残していくのが二人とも心配だったのだ。
 
「いいよ。一緒に支度しよう。」
 
 クロービスの態度はこれまたごく普通のものだ。夕べのことは、多分ウィローが一人で気に病んでいるだけなんだろう。
 
「それじゃねぇ、私達も食べ物持ってるから・・・」
 
 カーナとステラが自分達の食材を荷物から引っ張り出している間、ウィローはクロービスに夕べのことを聞いてみようと思った。でも不安になる。まさか夕べのことはみんな夢で、クロービスと自分の間には未だに溝が出来たままでいるんじゃないだろうか・・・。
 
「どうしたの?夕べよく眠れなかった?」
 
 クロービスが不安げにウィローの顔をのぞき込む。ウィローは勇気を出してクロービスの隣にしゃがみ込み、小さな声で尋ねてみた。
 
(・・・怒ってない・・・?)
 
(なにを・・・?)
 
 クロービスはきょとんとしている。
 
(私・・・途中で眠っちゃって・・・。)
 
(なんだ、そのことか。怒ってるわけないじゃないか。久しぶりに君の寝顔が見られてうれしかったよ・・・。)
 
 ほっとした。夕べのことは夢じゃない。ちゃんと仲直り出来ていたんだ。
 
(そ・・・そうなの・・・?)
 
 ウィローは赤くなった。寝顔が見られてか・・・。いつか、いつでもお互いの寝顔が見られるように、なるといいな・・・。
 
(や、やだ!私ったら今何考えていたのよ!)
 
 ますます顔が熱くなる。
 
「それより風邪ひいてない?」
 
 クロービスはそんなウィローに気づいた様子はない。ホッとした。今考えていたことがクロービスに知られたりしたら、恥ずかしくてまともに顔を見られなくなってしまう。
 
「大丈夫よ。起きたらマントでぐるぐる巻きだったし・・・これ・・・ありがとう。すごくあったかかったわ。」
 
 ウィローは持っていたクッションとマントを差し出した。
 
「それならよかったよ。もしも寒いようなら今日の夜も貸してあげるよ。」
 
 受け取ったクロービスが微笑んだ。こんな笑顔を向けられるのは本当に久しぶりだ。
 
(私達本当に・・・仲直りできたのね・・・。)
 
 うれしくてうれしくて、ウィローは笑顔でうなずき、クロービスの隣で食事の支度を始めた。
 
 いつか、それがいつのことかわからなくても、この大地に平和を取り戻した時、海鳴りの祠で祈った願いが叶えられますように。たとえこの先、つらいことがたくさんあったとしても、そのずっと先には必ず幸せがやってきますように。
 

続きは本編で♪

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