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武器屋にて

 
 パタンと武器屋の扉が閉まった。村長はまだその扉から目を離そうとしない。その村長の背中に向かってテロスが声をかける。
 
「村長よ、不安そうだな・・・。」
 
「うむ・・・。」
 
「わしもだ・・・。あの男は大きすぎる・・・。ウィローが苦労しなければいいのだがな・・・。」
 
「大きすぎる?何が?」
 
 イアンがのんきに聞き返した。
 
「考えても見ろ。聖戦竜と心を通わせ、風水術と治療術の両方に長け、しかもルーンブレードを自在に操る。見かけはただのおとなしそうな若者だが、クロービスと言う男はただ者ではないぞ。」
 
「そんなもんかねぇ・・・。」
 
 イアンは不思議そうに首を傾げた。彼には見かけどおりのおとなしそうな若者と言う印象しかない。確かに一緒にいたカインよりは冷静だし、剣の腕もたつのだろうが、それほど『すごい』と思ったことは一度もなかった。
 
「ただ者じゃないだろうな・・・。」
 
 イアンの背後で口を開いたのはロイだった。
 
「なんだよ、お前まで。そりゃ・・・剣の腕は相当なものらしいし、それで風水術と治療術の両方をあれだけ自在に操れるやつってのは珍しいだろうけど、そんなに言うほどのことは・・・。」
 
「そうだな・・・。お前はあいつの目を見たことがないからな・・・。」
 
「目?」
 
「そうだよ。ハース城で俺達は何もかもあきらめきって、ただ廃液を流しつづけるためだけに生きていたようなもんだ。あいつがウィローを連れて現れたときには、こいつ余計なことしやがってと思ったよ。何もかも、どうせ無駄なんだからってな。でもあいつは俺の目をまっすぐに見て、イシュトラのことは何とかすると言い切ったんだ。勝ち目なんてなくても、殺されるかもしれないとしても、戻る気はない、あの目はそう言っていた・・・。だから俺はあいつに手を貸す気になったんだ。あんなおとなしそうな、どこをどう取っても普通のやつにしか見えないようなやつがそんな無謀な戦いに挑もうってのに、それすら助けてやれないのなら俺の存在価値なんてもうどこにもないような気がしたのさ・・・。」
 
 この言葉に、イアンは少なからず驚いた。小さな頃はともかく、成長するに連れてわがままにいい加減になっていったロイがこんな風に真剣なまなざしで何かを話すなんてことは、本当に久しぶりのことだったのだ・・・。
 
「あの若者は・・・一介の王国剣士で終わるような男ではないだろう・・・。今はまだいいが、ウィローがあの男について行けなくなる時が来たら・・・一緒に歩んでいくのではなく、引きずられるようなかたちで進まざるを得ないようなことになったら・・・。」
 
 村長は言いかけて口をつぐんだ。
 
「ふふ・・・年寄りはいかんな。どうも物事を悪いほうに悪いほうに考えてしまう・・・。」
 
「ウィローだってただ者ではないかも知れんぞ。なんせあのデールの娘なんだからな。」
 
 テロスが村長の肩を励ますように叩きながら言った。
 
「そうだな・・・。」
 
「信じるしかないんだよ。わしもお前さんもな。信じて・・・祝福してやろうじゃないか。」
 
「そうだな・・・。」
 
 村長は目を伏せ、自分を納得させるかのように何度かうなずいた。
 
「幸せになれるといいね・・・。」
 
 小さな声にみんなが振り向いた。その声はオルガだった。
 
「ロイのことばかりで、もうずっとあたしはウィロー親子を避けてきたけど・・・昔はリアナと仲良くお菓子作りをしたこともあったし、ウィローもあたしになついてくれていた頃があったんだよ・・・。せっかくいい人を見つけたんだから、あの子が幸せになるといいね・・・。」
 
 オルガがにじみ出た涙をぬぐった。
 
「そうだな・・・。彼らのために、わしらは素直に幸せを祈ろう。」
 
 村長も涙をぬぐいながらつぶやくように言った。
 
「あのころに戻れるといいな・・・。デールとリアナが幼いウィローを連れてこの村に来て、みんなが彼らを受け入れて楽しく暮らしていたあのころに・・・。」
 
 テロスが遠い目をしながら言う。
 
「戻れるさ。デールさんはいないけど、ウィローのお袋さんはまだ元気だぜ。」
 
 答えたのはイアンだった。
 
「ふん・・・きいた風な口を叩きおって。そのころのことなんぞ憶えてもおらんくせに。」
 
「憶えてるよ。村にいきなりしゃれた服を着たかわいい女の子が現れたんだから、憶えてないはずがないじゃないか、なあ、ロイ。」
 
「そうだな。でもあんなに気が強くておてんばだとは思わなかったがな。」
 
「全くだ。」
 
 イアンが笑い出した。
 
「お前らは悔しくないのか?そのかわいい女の子を、ついこの間村に顔を出したよそ者にとられて。」
 
 村長のからかうような言葉にこんどは二人とも笑い出した。
 
「たった今、村長が言ったじゃないか。クロービスのやつはただ者じゃないって。そんな奴と張り合えるわけないだろう。」
 
「それじゃ普通の奴だったら?」
 
 今日の村長は少し意地が悪いな、ロイはふと思った。村長にとってウィローは孫娘のようなものだ。外から来た男にあっさりさらわれてしまって、一番悔しいのは実は村長かも知れない。
 
「ロイも俺も、ウィローの兄貴分だよ。ウィローの選んだ男が間違いのない奴だとわかれば、それ以上何も言えないじゃないか。」
 
「そうだな・・・。」
 
 村長は少し寂しそうにうなずき、大きなため息をついた。その村長にロイが声をかける。
 
「それより村長、俺は妙な噂を聞いたんだがな。」
 
「・・・その話か・・・。」
 
「知っているのか?」
 
「当たり前じゃ。昨日の夕方から、何人そのことで訪ねてきたと思う?最初は一人ずつに説明しておったが、しまいには面倒になってある程度集まったところで一度に説明してやったわ。」
 
 まったくばかばかしい話だ。村長はいささかうんざりしていた。だが、ウィローがあの若い剣士のうちどちらかに惹かれていることはわかる。それが多分クロービスではないかと、村長は気づいていた。それでもさっきあえて尋ねたのは、ウィローの決心がどれほどのものかを確かめたかったからだ。この店では噂のことを誰も口に出さなかったが、道具屋のドーラあたりは黙ってはいられないだろう。あの二人は自分達を取り囲む現実に否応なしに気づかされる。
 
(それでも・・・あの二人なら乗り越えていくじゃろうて・・・。)
 
 今は信じるしかないのだ・・・。
 
「そんなにいたのか・・・。ばかな話だよ、全く・・・。」
 
 ロイがため息をついた。
 
「だがな、ロイ、俺達はあいつと何度も話してそれなりにあいつを知っているからそう思うけどな、他の連中は知らないんだから仕方ないさ。」
 
 イアンがなだめるようにロイに話しかける。
 
「おい村長、説明って、いったい何を話したんじゃい。」
 
 テロスが村長に尋ねた。
 
「言うまでもないわい。あの二人が清廉潔白であるということじゃ。」
 
「確かめたのか?」
 
「お前は疑っておるのか?」
 
「いや。」
 
「ならいいではないか。」
 
「疑っていようといまいと、確かめもせずにそこまで言い切ってよかったのかと思っただけじゃよ。お前さんはわしらと違って責任ある立場なんじゃからな。」
 
「確かめるまでもないんじゃないか。ありゃどう見ても、キスのひとつもしたかしないかってところだぜ。」
 
「自信ありげだな、ロイ。男と女のことなら任せておけってか?」
 
「くだらん嫌みを言うな。あんなの誰が見たってわかるじゃないか。」
 
「まあそうなんだけどな・・・。」
 
 イアンは悔しかった。クロービスとウィローの妙な噂は、あっという間に村中に広がった。彼らがこの店に出入りしていることを知っている村人達が、わざわざ知らせに来てくれたのだ。他の村人達よりも、クロービスの人柄はよくわかっているつもりだ。剣士としてはかなりの腕前なのだから、きっと見かけに似合わず大胆なところはあるのだろう。でも、だからといって村人達が言うように、相手の弱みにつけ込んで力ずくで言うことをきかせようなんて考えるような卑劣な人間ではないはずだ。
 そしてロイが言うとおり、クロービスとウィローの仲は、どう見てもそれほど深い仲になったとは思えない。イアン自身そんなに女性経験が豊富なわけではなかったが、店を構えてたくさんの人達が出入りするのを見ているうちに、人を見る目は養われたと思う。あの二人がお互い惹かれ合っているのは間違いないとしても、噂のような出来事など何一つないはずだ。誓ってもいい。
 
(俺が誓っても仕方ないんだけどな・・・。)
 
 思わずため息がもれた。
 
「その手の噂というものは、否定すればした分だけかえって疑われるのが常だからな・・・。」
 
 ガウディが不安げにつぶやく。人間とはやっかいな生き物だ。みんな自分が信じたいことを信じるものだ。必ずしも真実を信じてくれるとは限らない。こちらがいくら真実を説明しても、相手がそれを信じたいと思ってくれなければ意味がない。そしてたいていの場合、真実よりも嘘のほうが本当らしく聞こえる。
 
「まあわしのところに来る輩には、何度でも説明してやるつもりだがの。あとは・・・そうだな・・・あの二人が一緒にこの村に帰ってきてくれれば・・・誤解は解けるじゃろうて。」
 
「いつのことだかなんてわからないじゃないか。」
 
「それはそうだが・・・。祈るしかあるまい。」
 
「あいつらはハース城から俺達を助け出してくれたってのにな・・・。」
 
 ロイが悔しげにつぶやく。
 
「王国剣士に対して、わだかまりを持っておる者も未だにいるからのぉ・・・。ガウディのようにずっとこの村にいる者はともかく、あの二人は村人達にとっては新参者じゃから・・・。」
 
「時が解決してくれるのを待つしかないってことか・・・。」
 
「そういうことになるな。」
 
 村長の言葉にロイはため息をついた。
 
「仕方ない・・・か・・・。なあ、イアン。」
 
 ロイがイアンに向けて声をかけた。何となく真剣な声だ。
 
「ん?」
 
「俺も自警団に入れてくれないか。」
 
「・・・どういう風の吹き回しだ?」
 
「こういう風の吹き回しさ。だめか?」
 
「だめじゃないさ。歓迎するよ。でも本気なんだろうな?前みたいにいい加減な気持ちで言ってるならごめんだぞ。」
 
 ロイは以前にもイアンに同じことを頼んでいる。オルガがロイの性根をたたき直そうと考えた時、最初からハース鉱山になど行かせようと思っていたわけではない。自警団に入れて、イアン達のような幼なじみと一緒に訓練すれば、少しは変わるかも知れないと期待していたのだ。だが嫌々ながら入ってみたところで、訓練はさぼるし見回りも行きたがらない。結局イアンや他の自警団の若者達が怒り出し、ロイはやめさせられてしまった。
 
「そんなんじゃないよ。俺もこの村のために何かしたいんだよ。前みたいに甘やかされることに慣れていい気になって、そんな意味のない人生は送りたくないからな。それに・・・。」
 
「それに?」
 
「新参者の王国剣士に助けられた俺が前みたいにふらふらしていたら、村の連中があいつらを見る目がいつまでたっても変わらないような気がしてさ・・・・。」
 
「なるほどね。」
 
「お前、そんな危ないこと・・・。」
 
 オルガが不安そうにロイを見上げる。オルガにしてみれば、せっかく立ち直ったのだからもう危ないことなんてしてほしくなかった。
 
「母さん、そんな顔するなよ。母さんが父さんの分までがんばって俺を育ててくれたのはわかってるよ。でもさ、俺ももういい年なんだからさ、そろそろ俺が母さんの面倒を見ることを考えなくちゃならないじゃないか。自警団に入るのはその第一歩さ。鉱山の仕事もなくなっちまったことだし、この村の中で自分に出来ることを見つけてがんばって行かなくちゃな。」
 
「オルガよ、せっかくロイがここまで言ってくれるのだから、お前さんも少し自分の息子を信じてみたらどうだ?こんな言い方は悪いが、親なんてものはな、どうがんばったって子供より先に死ぬんだ。自分がいなくなったあとも子供が立派にやっていけるように導いてやるのが、親のつとめだとわしは思うがの。」
 
 村長が口を挟んだ。うれしそうに微笑んでいる。
 
「・・・・・・。」
 
 オルガはしばらく考え込んでいた。結婚して、ロイが生まれて、幸せの絶頂だった時に、夫は突然病気になってあっけなく逝ってしまった。それからはずっとロイだけが生き甲斐だった。この子のためなら何でもしよう、命だって差しだそう、そう心に決めていた。そうして必死にがんばってきたはずなのに、愛するわが子は村の中で浮いた存在となり、『怠け者』『わがまま息子』と陰口をたたかれるようになってしまった。それが悲しくて、泣く泣く息子を鉱山に行かせて性根をたたき直そうとしたのに、実際に息子が変わったのはあのクロービスという王国剣士の影響らしい。
 
(結局・・・あたしはこの子になにもしてやれなかったのかねぇ・・・。)
 
 それならばこれからしてやりたい。でも村長の言うとおり、年齢的にはロイは立派な大人だ。いつまでも母親が、あれこれと世話ばかり焼いていてはいけないのかも知れない。
 
 オルガは決心した。
 
「・・・そうだね・・・。村長の言うとおりだね・・・。」
 
「それじゃ、ガウディさん、イアン、よろしくお願いします。剣のほうはあんまり自信がないから、びしびし鍛えてくれよ。」
 
「そうだな。私も体力回復をかねて練習相手がほしいと思っていたところだ。自警団の連中は常に訓練しているから、正直なところ今の私に勝てるかどうか自信がないが、君と一緒に訓練すればすぐに勘は取り戻せるだろう。」
 
「ま、まさか・・・いくらガウディさんがずっと寝たきりみたいな状態だったからって、俺達より腕が落ちるなんてことはあり得ないよ。」
 
 イアンが驚いて叫ぶ。
 
「君達の腕はたいしたものだ。もっと自信を持っていい。ではロイ、改めてよろしく頼むぞ。」
 
 ガウディが笑顔で右手を差し出した。
 
「はい。」
 
 同じように笑顔で、ロイはその手を握り返した。
 

続くかなあ・・・

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