ハース鉱山にて ガウディ団長代行という牽引役を得た王国剣士団は、少しずつ団員を増やしながらそれぞれが日々の業務に奮闘していた。副団長は今のところいない。団長が代行なのに、正式な副団長を任命するわけにも行かないからだ。そこで、ガウディが見知っている何人かの剣士達に、ガウディの補佐を頼むと言うことにして、なんとかなっている。いずれレイナックが考えている人物が団長となった時、副団長は改めて決めればいいのではないかとガウディが言ったのだ。
南大陸や様々な離島まで定期船の運航の準備が進み、ローランの港と東の港も大幅な改修工事が始まっていた。陸路のほうでも、南地方との境界に『駅』を作り、宿泊施設も作る予定でいる。それらの工事のためには大量の資材が必要になる。その資材の確保に、王宮はハース鉱山の再開を決定した。だがそのために避けて通れないのが、鉱山の地下にうち捨てられた死体の山の確認と埋葬、そしてハース城内部の清掃と改修だ。ハース城と鉱山内部は、モンスターの襲来以降閉鎖されていたが、剣士団が安全確認のために派遣されることになった。
セルーネ・ベルスタインはその派遣部隊に志願したが、団長代行ガウディからの許可が下りなかった。
「どうしてです?」
あきらめきれずに詰め寄るセルーネに、ガウディはこう告げた。
「お前が確実に帰ってくるなら行かせてもいいが、そうとは限らんだろう?」
「そんなことは・・・!」
「しないと言い切れるのか?お前がパーシバルさんのことをあきらめきれないのはわかる。正直なところ、俺だってあきらめきれずにいるんだ。」
「だったらなぜ!?」
「たとえば坑道で、或いはハース城でパーシバルさんに関わる何かを発見したとしたら、お前はそのまま帰って来れるか?」
「それは・・・。」
必ず帰ってくると、言うはずだった言葉が喉元で止まる。
「お前の腕は信用している、だから王国剣士としては当てにしているが、こちらからの指示を無視する可能性のある奴を派遣することは出来ない。」
言い返せなかった・・・。セルーネがハース鉱山に行けば、パーシバルを探すだろう。自分でもそう思う。そして・・・万一彼の持ち物や服の切れ端でも見つけたりしたら・・・もうそこに留まってしまうかもしれない。誰に何と言われようと、二度とそこから離れられないかもしれない・・・。
黙ったまま剣士団長室を出て行くセルーネを、ガウディは複雑な思いで見送った。カインとクロービスという2人の剣士がカナに来たことで、ガウディはポーラに自分の無事を伝えてもらうことが出来た。そのおかげで2人は再会することが出来たのだ。だが当時の剣士団長パーシバルは、ハース鉱山の現状を王宮へと伝えに行ったが国王フロリアに取り合ってもらえず単身南大陸に戻る覚悟だったカインと一緒に、ハース城に乗り込んだ。無事に鉱夫達を助け出し、ハース城と鉱山内部にいた衛兵達全員の武装解除に成功したが、その直後、ハース城にモンスターが押し寄せた。パーシバルは鉱夫達が安全な場所に全員逃げられると判断した時、自分だけがモンスターの群れに飛び込んでいった。唯一の逃げ道だった吊り橋を落として・・・。
クロービスとウィローがその後ポーラと一緒にカナに戻ってきた時、セルーネにパーシバルの死を伝えた時の話を少し聞いた。
『あなたが生きていると聞いて、私はうれしかったわ。でも・・・セルーネさんのことを思うと、あまりそのことを口に出す気にはなれなかったわね・・・。』
あの時から、セルーネはずっと苦しい思いをしているのだ。せめて2人が結婚していれば、いや、せめて一緒に暮らしていたら・・・セルーネももう少し落ち着いていられただろうと思うが・・・。
(確かに・・・パーシバルさんとしてはなかなか踏み切れないものがあったんだろうが・・・。)
セルーネが剣士団に入団してしばらくした頃から、パーシバルとの仲が親密になっていったのは気づいていた。セルーネは公爵家の娘だが家督相続には関わらない末の姫なので、パーシバルとの結婚には何の問題もない。だが2人の仲は恋人同士から先に進まず、その原因はパーシバルが抱えていた問題に関係しているらしいと聞いた。グラディスが何と直接パーシバルに聞いたのだ。
『団長、セルーネとは結婚しないんですか?』
『おい!そんな個人的なことをずけずけと聞く奴があるか!?』
ガウディが慌てて言ったが、グラディスはどこ吹く風だった。
『しかし以前は公爵家から呼び出しが来たし、この先だってまた公爵閣下から何か言われるかもしれないじゃないか。それならこの際結婚して団長の家に一緒に住めばその方がいいんじゃないかと思ったのさ。』
『全くもう・・・。』
そんな2人の会話を、パーシバルは笑って聞いていた。
『正直に言えば、考えてはいるがなかなか実現は難しいと言うところだな・・・。ま、俺のほうでもいろいろと事情があってな・・・。』
それ以上は聞いてほしくないとでも言いたげに、パーシバルは少し影のある微笑みをグラディスとガウディに向けた・・・。
パーシバルは当時からレイナックやケルナーと親交があったが、パーシバル自身は彼らとの交流を疎ましがっているように見えた。ガウディが入団して3年近くが過ぎた頃のこと、当時の剣士団長ドレイファスの勇退と、パーシバルの団長就任の噂が流れ始めた。その噂の出所が、どうやらケルナーらしい。パーシバルの異様に早い団長就任の陰にも、ケルナー達の暗躍があったようだ。
(しかしライネス様がご病気ではなく、暗殺されていたとは・・・しかもパーシバルさんがその件に関わっていたなんて・・・。)
フロリアの父親であるライネス王は、公には病死と言うことになっているが、実は暗殺だった。ケルナーが調達してきた『一切の痕跡を残さず人を殺せる薬』を使って、レイナックとケルナーはライネス王を殺した・・・。パーシバルはその時、乙夜の塔の警備の当番だった。相方のヒューイに別な場所の警備を頼み、自分はライネス王の部屋の前の警備にあたった。だが普段の警備の時とひとつだけ違っていたのは、この時パーシバルは、何事か起きたときにすぐに中に入れるようにではなく、何が起きても誰も部屋に入れぬように立っていたのだ。
(パーシバルさんがどう思っていたかはともかく、団長就任は、ケルナー殿達にとってパーシバルさんへの報酬ってわけだったんだな・・・。)
パーシバルがそんな報酬を要求したとも思えない。ドレイファスはパーシバルが団長になることを納得しているようだったが、団長室でそんな話が出るたびに、パーシバルは顔をこわばらせていた。おそらくはケルナーが気を回したのと、パーシバルを団長の座に据えることで、自分達の要求を飲ませやすくなると考えたのだろうと思う。
その話はレイナックがポーラに託した手紙で知った。そしてガウディが王宮に戻ってきた時、レイナックから事の顛末を詳細に聞かされた。剣士団の中でも、真実を知っているのは海鳴りの祠に潜伏し、王宮奪還に動いた剣士達だけだ。ガウディに団長就任を打診するのに、一部とは言え一般の剣士が知っていることを、団長に隠したままというわけにはいかないとレイナックが判断したらしい。
『ケルナーもデールも、パーシバルももういない。すべての責はわしにある。わしのことはどう罵ってくれてもかまわん。それだけのことをしたのだからな。だが団長就任の件は、頼む!どうかこの話を受けてくれ!』
レイナックは土下座せんばかりの勢いで頭を下げた。ガウディは思いきってレイナックに問いかけた。
『パーシバルさんはライネス様の部屋の中で何が行われたか、知っていたのですね?』
レイナックがうなずいた。
『あの時・・・御前会議でライネス様がハース鉱山を閉鎖するという話を出された時、パーシバルは相方のヒューイと共に会議場の警備をしていた。鉱山の閉鎖が何を意味するか、奴はすぐにわかっただろう。パーシバルは小さな頃、両親をモンスターに殺されている。南大陸へと向かう大規模なキャラバンがモンスターに襲われ、キャラバンはほぼ壊滅状態になった。そのキャラバンの一員だった両親は無残に殺され、遺体も半分ほどしか残らなかったそうだ。それからパーシバルは剣を習い始めたのだという。17歳と言う若さで王国剣士団の試験に合格し、それ以来モンスターから人々を守るのを自らの使命のように考えていた。我らはそこに目をつけ、ヒューイには内密で、我らの話に一口乗らぬかと声をかけたのだ。乙夜の塔で何をするにも王国剣士達の警備の目をかいくぐらなければならぬ。ならばその王国剣士をこちら側に引き入れてしまえばよい。パーシバルは事の重大さに最初こそ躊躇したが、鉱山が閉鎖されてしまったら救える命も救えなくなると考え、我らの計画に賛同した。』
『御前会議でそんなことが・・・。しかしなぜライネス様はそんなことを・・・。』
『ナイト輝石だ。』
『ナイト輝石?』
『わしらも当時はライネス様のお考えがさっぱりわからなかった。しかもライネス様というお方は、大事なこととなると独断で話を進めてしまう。我らには相談もなければ異を唱えることも許さぬと言うお方だった。ライネス様が亡くなったあと、我らはライネス様がどうしてそのようなことを言い出されたのか知った。ライネス様は文書館で、サクリフィア聖戦の原因が、当時死彩と呼ばれていたナイト輝石によって大地が汚染されたことに起因している事を知ったらしい。』
ナイト輝石の廃液で汚染され、怪物と成り果てた海竜ロコとの戦いで、ガウディは瀕死の重傷を負った。しかも傷口にくっついてとれないナイト輝石の細かい粒のせいで傷口が塞がらず、じわじわと毒に侵され死を待つばかりだった。そこに現れたカインとクロービスという若い王国剣士達のおかげで、ガウディの傷は全快し、元気になることが出来た。
『あの廃液は、ハース城の中から周辺の川に流され、ハース城の船着き場周辺までも水の色が濁っていたと聞きました。サクリフィアでナイト輝石が掘り出された頃は、廃液の毒性についてそれほど大きな事だと考えていなかったのかもしれませんね。』
『ふん、サクリフィアのお偉方は、今目の前にある危機よりも、来るか来ないかわからない選ばれし者の復讐のほうを恐れていたそうだからな。』
サクリフィアの民が実は王位の簒奪者だったと、その話もクロービスとウィローによってもたらされた。だがそれも、知るのは王宮の中でも一握りの者だけだ。
『だがなぜそのようなことを聞く?』
レイナックが訝しげにガウディを見た。
『パーシバルさんがセルーネ・ベルスタインと恋人同士だったのはレイナック殿もご存じでしょう。ですがあの2人の関係はとうとう結婚まで至らずに終わってしまった・・・。パーシバルさんの死という形で。セルーネがそのことでどれほど苦しんでいるか、私はセルーネとパーシバルさんの出会いから知ってますからね。セルーネが不憫でならないんですよ。』
レイナックはしばらくガウディを見ていたが・・・
『そうだな・・・。2人が結婚するというならいつでも後押しする用意はあったのだが・・・パーシバルは踏み切れずにいた・・・。』
国王の暗殺・・・。
そんなことに関わってしまったのでは、パーシバルがセルーネとの結婚に二の足を踏んでいたのも合点がいく。秘密が漏れればたとえ直接の実行犯でなくても極刑は免れない。
そしてパーシバルにはもう一つ、結婚に踏み切れない理由があった。それが、パーシバルと親交があったというローランに住む研究者の存在だ。何とその人物はライネス王暗殺のためにケルナーが手に入れた薬の開発者だという。一切の痕跡を残さず飲んだ人間を死に至らしめる・・・。そんな恐ろしい薬をなぜその人物が開発していたのか、当時はわからなかったそうだが、間接的とは言え彼もこの陰謀の関係者だ。そんな人物を、ケルナーが野放しにして置くはずがない。
『必ず探し出せ。監視はこちらで行う。無論あの当時のことを黙っている限りは命までは取らぬ。』
元々はケルナーが密偵に命じて居場所を把握しておく予定だったのだが、暗殺には最後まで反対していたというデール卿が突然大臣を辞任してハース鉱山へと向かってしまったことで、そちらにも監視をつけなければならなくなった。それでケルナーの密偵の手が足りなくなってしまったらしい。
(そして探し出してみればその人物は既に亡くなっていて、しかもクロービスの父親だった・・・。本人は当時のことは何も知らないそうだが・・・。)
クロービスは赤ん坊の頃から重い病気を患っていて、いつまで生きられるかわからないほどだったという。それがローランに住むデンゼル医師の手術で助かったというのだが、そんな小さな子供の手術に治療術師は欠かせない・・・。
ここまで来れば、サミルというその研究者がなぜそんな物騒な薬をケルナーに売り渡したのかは想像がつく。
(パーシバルさんはその研究者とも顔見知りで、ローランに行った時にはよく話をしていたそうだからな・・・。)
親しかった研究者を間接的にとは言え陰謀に巻き込んだ。パーシバルの苦しみはいかばかりだったか・・・。
(海鳴りの祠に潜伏していた王国剣士にはレイナック殿の判断でクロービスとウィローが真実を話したそうだが・・・。)
その話を聞いた時、セルーネもパーシバルの抱えていた秘密がなんなのか理解しただろう。そしてもっと早くそのことを知っていたならと、悔しかっただろう。でもパーシバルはもういない。何もかも、もう取り戻すことは出来ないのだ。
「・・・今更こんなことを考えても仕方ないか・・・。とにかく今は剣士団の再建、ハース鉱山の再開、やることが山積みだ。」
ハース鉱山の調査はかなり大規模に行われた。何十人もの王国剣士が船でハース鉱山に向かった。指揮を執ったのはオシニスという剣士だった。調査に合わせてカナなど比較的ハース鉱山に近い場所に住む元鉱夫達にも招集がかけられた。ハース鉱山が再開した時のために試掘も行いたい、手を貸してくれないかという内容のものだったのだが、そんな依頼を送る必要もなかったくらい、ハース鉱山にはたくさんの元鉱夫達が集まってきていた。
「ナイト輝石は無理でも、鉄鉱石はまた掘りたいよな。」
「価値のある宝石も出る。眠らせておくのはもったいない。」
「廃液が毒なのはナイト輝石だけだろう?他の鉱石を掘るなら問題はないじゃないか。」
「モンスターももういないみたいだしな。」
元鉱夫達は掘る気満々だ。だがまずは死体の調査から始めなければならない。誰も望んで腐乱死体や白骨死体にお目にかかりたいなどと思わないものだと思うが、元鉱夫達はそちらも積極的に手伝ってくれた。仲間が次々とナイト輝石の毒に侵されて地下に捨てられていくのを、彼らはずっと黙って見ているしかなかった。そこに現れたのが王国剣士クロービスと、カナの村娘ウィローだった。彼らは当時デール卿の名を騙って鉱山を牛耳っていたイシュトラを倒してくれたし、鉱夫達が起こした反乱の加勢をしてくれたのも王国剣士のカインと団長のパーシバルだった。
「あんたらにはずいぶんと世話になったんだ。今度は恩返しさせてくれよ。それにここの死体はみんな元々は仲間だったんだ。せめて俺達の手で埋葬してやりたいからな。」
夥しい数の死体は、まずスケッチで状態がわかるように記録し、その後番号をつけて外に運び出した。運んでいる途中で元鉱夫達がその身元に気づき、泣き出す場面もあった。
この惨状を見て、オシニスは改めて『フロリアの別人格』がしでかしたことの大きさに身震いした。だがそれでもフロリアには王位に留まってもらわなければならない。自分達の役目は、出来る限り遺恨を残さない方向で後始末をすることだけだ。
地下の死体の山を他の剣士達に任せ、オシニスは坑道の様子を見に行った。元鉱夫達が坑道にたまった砂利や散らばった道具類などを片付けている。その坑道の奥、地上からは一番深いところにナイト輝石の坑道がある。その入り口は大きな岩でふさがれ、太い鎖が3重に張り巡らされている。この鎖はオシニス達がここに着いた最初の日に取り付けたものだ。近くでは何人かの元鉱夫達が、道具を地上に運び出す作業をしていた。
「ナイト輝石の坑道を塞いじまうのはもったいないが、ちゃんとした廃水処理の技術が確立されるまではうっかり掘り出せないなあ。」
「ま、道具は上で使えるからな。ここに出ている奴は全部運んじまおうぜ。」
オシニスは彼らを手伝って坑道の上部に戻った。その途中には横穴がいくつも掘られている。かなり遠くまで繋がっているらしく、1人で迷い込んだりしたら出られなくなってしまいそうだ。
(これがハース鉱山なのか・・・。)
あともう少しで南大陸への任務に就ける、そんな時にこの鉱山は『フロリアの手の者』に牛耳られ、王宮から切り離された。それからずっと話に聞くだけだったハース鉱山の坑道に、今自分が立っていることが不思議だ。
そんな感慨にふけりながら道具類を運んでいたオシニスの視界に、何か光るものが入り込んだ。
(・・・なんだ?)
坑道の中はたいまつがかけられているので明るいのだが、そのたいまつの明かりになにかが反射したらしい。近づいてみると、そこはいくつもある横穴の1つで、他の横穴よりも入り口が広い場所だった。一緒に歩いていた元鉱夫に、その横穴の先がどこに繋がっているのか尋ねた。
「ここの先は古い坑道だよ。もう掘っても何も出ない枯れた鉱脈なんだが、坑道はきちんと手入れしておかないとね、落盤が起きたりすると危ないんだがなあ・・・。」
その元鉱夫はそう言って少し中に入ったが・・・
「あー、だめだな。完全に塞がっちまってるよ。これはもうこの入り口も埋めてしまうしかないなあ。」
元鉱夫が坑道を塞いでいる瓦礫を調べている間に、オシニスはさっき見かけた光るものを見つけて拾い上げた。
(金・・・いや、金色の・・・金属片か・・・。)
金色の・・・金属片・・・?
(・・・これは・・・まさか!?)
オシニスの頭に真っ先に浮かんだのは、剣士団長パーシバルの鎧だ。ナイト輝石で出来ているが、金色のコーティングが施されている。ナイト輝石が発見された当時、王宮の鍛冶場にはどこよりも早く新鉱石が入ってきた。その鉱石を使って王宮鍛冶師のタルシスが手がけたのが、剣士団長パーシバルの鎧だった。だが、その金色のコーティングに、当時パーシバルは絶句していた。
『タ・・・タルシスさん・・・こ、こ、これは・・・なんですか!?』
『何って、鎧だよ。お前さんの新しい鎧だ。俺の渾身の作だぞ?』
『いやその・・・それはわかりますが・・・。』
『この金色は伊達じゃないぞ。新鉱石の強度を一番上げられるのがこのコーティングだ。』
その後恐る恐るパーシバルはその鎧を身につけたのだが・・・。
『剣士団長、似合うじゃないですか。』
『おお、素晴らしいですね。』
『剣士団長の新しい鎧が出来たらしい』と聞きつけて手の空いている剣士達がみんなして鍛冶場に見物に来ていたのだが、その中にいた副団長グラディスと彼の相方ガウディが言った。オシニスとライザーもその中にいて、金色の鎧は確かに派手だがパーシバルには実によく似合うなと思いながら見ていたものだ。それはおそらく、その時鍛冶場に来ていた剣士達の誰もがそう思ったことだろう。だが当のパーシバルは実に複雑な顔をしていた。そこに剣の修理を頼みに来たセルーネがパーシバルの鎧姿を一目見て
『うわあ、ずいぶんと派手ですねぇ。』
などと言ったものだから、パーシバルはますます複雑な顔をしてしまった。
『お、おいセルーネ、もう少し褒めてくれよ!』
慌ててガウディがセルーネに耳打ちしたのだが、セルーネは涼しい顔で
『もちろん褒めたんですよ。素敵じゃないですか。髪の色とも合いますしね。』
と笑顔で言った。
『やっぱり私の鎧もタルシスさんに頼めばよかったかな。』
『お、公爵家でも新鉱石を手に入れたのか。』
セルーネの言葉にタルシスが興味を示した。
『ええ、父が張り切って私達の鎧を作ってくれると言うんですが、私はともかく姉2人の分まで作ると言い張っているので困っているんですよ。使う予定もないのに。』
セルーネは呆れたように肩をすくめている。
『うーむ、今のところ新鉱石は記念品的扱いなんだなあ。この鉱石は素晴らしいものだぞ。記念品にしてしまうのは惜しい気がするがなあ。』
タルシスが唸った。
『その分私が新しい鎧を使い倒すしかなさそうです。普通の青いコーティングをしてもらうつもりだったんですが、剣士団長の金色もいいですねぇ。』
セルーネは興味深げにパーシバルの鎧を見ている。そのパーシバルは顔をこわばらせて、何だか『見ないでくれ』と言いたそうだ。
『お、それじゃ団長とお揃いで金色の鎧を作ってもらったらどうだ?』
タルシスの言葉にセルーネが笑い出した。
『子供じゃないんですから、お揃いってのは・・・。あ、でも目立つ色という点では赤はいいかもしれませんね。』
『あ、赤ぁ!?』
『なんだそりゃ!?』
タルシスのみならず、鍛冶場にいた他の剣士達がびっくりしてセルーネに注目した。
『極北の地の雪原用に目立つ鎧がほしいなと思っていたんですよ。あそこは吹雪がひどくなると人の姿を視認するのも難しくなりますからね。』
『なるほどなあ。歩く標識か。』
『そのくらい派手なのがいいんですよ。剣士団長、その鎧、本当に似合ってますよ。自信を持ってくださいね。』
セルーネは修理が終わった剣を受け取り、にっこり笑ってパーシバルにそう言うと、鍛冶場を出て行った。
恋人セルーネにそう言われ、気をよくしたと言うわけでもなさそうだったが、パーシバルはタルシスからのこの贈り物を受け取る気になったらしい。パーシバルが弱々しい声で『タルシスさん、ありがとうございます』と言っていたのを、オシニスは覚えていたのだ。
本人は多分、目立ちすぎるあの色に抵抗を示したと言うことなんだろうが、オシニスから見ても、美しい金髪と端整な顔立ちによく映えて、とても似合っていると思ったものだ。
(これは・・・ナイト輝石なのか?)
とても小さな欠片だ。これがナイト輝石なのかどうか、たいまつの明かりだけでは判断がつかない。一緒にいた元鉱夫に聞こうとして、やめた。これがもしもパーシバルの鎧の欠片だとしたら、彼の遺体がこの先にある可能性は高いが、この瓦礫を取り除いて先に進むのは危険だ。
(死んだ人間を探すために、生きた人間を危険に晒せない・・・。)
オシニスは金属片をポケットに入れた。これは団長代行ガウディに渡すべきものだ。ここでは判別出来ないし、外の明るいところで出して見ている時に誰かの目に触れる可能性もある。念のため辺りを見回してみたが、金色の金属片は他には落ちていなかった。
(パーシバルさんの鎧の一部かもしれないなんて、俺が今そう思っただけでなんの確証もない・・・。)
そもそも本当はなんの欠片なのかすらわからないものだ。自分にそう言い聞かせ、誰にも話さず、オシニスは道具の片付けの手伝いに戻った。
その後しばらくの間剣士団はハース城にいた。地下の死体の運び出しと埋葬が終わったあと、鉱夫達が試掘を行うことになり、護衛を兼ねて手伝うことになったのだ。その時、鉄鉱石に限らず宝石の種類や真贋の見分け方など、元鉱夫達は丁寧に教えてくれた。
「まだまだけっこう採れるんだなあ。閉鎖なんてことにならなくてよかったよ。」
大きな声で言いながら辺りを見回している若い元鉱夫に会ったのはその時だ。
「俺はカナの村から来たロイだ。あんたは?」
名乗ったオシニスにロイは興味を示した。
「てことは、あんたがクロービスとカインの先輩か。疾風迅雷とか言われてるすごい先輩だって言ってたぜ。」
「あいつらそんなことまで言ったのか。」
オシニスは呆れたように言った。
「まあいいじゃないか。あんたらをすごく頼りにしてたみたいだぜ。そういやあんたは何で一人なんだ?王国剣士ってのは二人一組が標準じゃないのか。」
「あいつは剣士団が解散したあと故郷に戻って結婚したよ。そのうち親父になるんだろうな。クロービスとは同郷なんだ。今ごろウィローも一緒になって俺達の噂でもしてるかもしれないぜ。」
オシニスはそう言って笑ってみせたが、ライザーが隣にいないことに未だに慣れられずにいる。
「あんたは結婚してないのか?」
さらにロイが尋ねる。
「女にはトンと縁がなくてね。それに、今のところこの国を何とかするほうが先決さ。」
結婚などこの先する気はなかった。フロリアの治世をより盤石なものにする、それが自分の使命だと、オシニスは考えている。
「へぇ、あんたならよりどりみどりだと思うがなあ。でもまあ、確かにまずはこの国をなんとかしなくちゃな。」
この時のことがきっかけとなって、ロイとオシニスは手紙を交換するようになった。この交流は、やがてオシニスが剣士団長となり、ロイがハース鉱山の統括者になってからも続いていくことになる。
後日・・・
オシニスは王宮に戻り、団長室でハース鉱山での任務について報告していた。そして最後にポケットからあの金属片を取り出した。
「こ・・・これは・・・。」
ガウディはぎょっとした。一目見てそれがパーシバルの鎧の欠片だと気づいたのだ。
「やっぱりそうだと思いますか?」
「かなり小さいが・・・おそらくはそうだろう。」
「てことは、誰にも言わないでここに持ってきたのは正解だったようですね。」
「全く誰にもか?」
「もしかしたらと思った時点で誰にも話すのをやめました。」
誰かに一言でも話せば、それが巡り巡ってセルーネの耳に入る可能性もある。そんな話を聞いたら彼女のことだ、黙って姿を消し、坑道に飛び込んでいくかもしれない。
オシニスは、その金属片が落ちていたのが古い坑道の入り口で、その先は枯れた鉱脈しかなく、しかも落盤で崩れて完全に埋まっているという話もした。
「モンスター達が走り回ったせいで、あちこちで落盤が起きていました。先の坑道に豊富な鉱脈があるならまだしも、枯れた鉱脈しかないのなら、危険を冒してまて掘り進む必要があるのかどうか・・・。」
「そうか・・・。探しに行きたい思いは俺も同じだが・・・。」
あの迷路のような坑道の中で、この一欠片の金属片が見つかっただけでも奇跡のようなものだ。その先にはおそらくパーシバルの遺体がある。だが・・・
(あの鎧はナイト輝石製のものの中でも、かなり丈夫に仕上げてあるとタルシスさんが言っていた。金のコーティングも伊達じゃない。あれが一番鎧の強度を上げることが出来るからだ。それがこんな小さな欠片になってしまうほど、大勢のモンスターがあの坑道を走り回ったのだとしたら・・・。)
パーシバルが生きて逃げ続けていたならともかく、死んだあとの遺体の上を大勢のモンスターが通り過ぎていったのだとしたら、遺体が原形をとどめているとは思えない。鎧だって粉々になって、もっと広範囲に散らばっている可能性もある。それでも探すか・・・。
(フロリア様はパーシバルさんのことでかなり後悔しておられる。許可を願い出ればすぐに出してくださるだろう・・・。)
だがその時、おそらくセルーネはどうしても行くと言うだろう。そうなったらガウディにも止められる自信はない。だがそれでいいのか?
(もしもパーシバルさんの遺体らしきもの、その一部でも見つかったとしたら・・・。)
もしかしたらセルーネは、パーシバルの後を追うかもしれない。愛する人の亡くなった地で・・・。
パーシバルがセルーネを心から愛していることは、端で見ていてもわかった。そのパーシバルが、自分が死んだあとその最愛の女性に、後を追ってほしいなんて思うだろうか。
(パーシバルさんは・・・もしかしたら死に場所を求めてハース鉱山に向かったのではないか・・・。)
ガウディはそう考えている。だとすれば、カインと一緒にハース鉱山に向かう時、セルーネに何も言わなかったのは、セルーネを巻き込みたくなかった、死なせたくなかったからだったんじゃないんだろうか・・・。
考え込んだガウディを見ながら、オシニスは黙って次の指示を待っていた。ガウディは悩んでいるのだ。オシニスは入団してもう6年ほど過ぎる。パーシバルが亡くなるまでの間、本当にいろいろと世話になった。だから出来ることならあの坑道の先まで行ってパーシバルを連れ帰りたい。あの暗く冷たい坑道の奥に、ひっそりと遺体があるのかと思うと居たたまれない気持ちになる。探しに行けるものならとは思うが・・・。
だがガウディとパーシバルとのつきあいは、もっとずっと以前からなのだ。オシニスよりも遙かに悔しいだろうし出来るなら何としてもパーシバルを見つけて連れ帰りたいだろう。でもそれはとても危険なことで、しかも剣士団だけでは坑道の先へは進めない。元鉱夫達の力を借りることは出来るが、それでは彼らをも危険にさらすことになる。どの坑道もモンスター達が暴れ回ったおかげで、かなり崩れやすくなっているのだ。
『鉱山を再開するなら、まずは坑道の補強工事から始めないとな。人の命が掘り出した鉱石よりも軽いなんてことは、あっちゃならないことだからな。』
カナの村のロイが言っていた。それがウィローの父デール卿の考え方であり、彼の遺志を継ぐためにまたハース鉱山で働くつもりなのだという。枯れた鉱脈しかない場所を、パーシバルの遺体捜索のためだけに危険を冒して補強工事をする・・・。しかもその先に確実にパーシバルの遺体があるかどうかもわからない。それは果たして正しい行動なのだろうか。
やがてガウディが顔を上げた。そして何かを決意したような目でオシニスを見た。
「・・・この話は俺とお前2人だけの話としよう。死んだ人間のために生きてる人間を危険にさらすのでは本末転倒だ。そんなことをしたらそれこそパーシバルさんに叱られちまう。」
「俺もそう思います。」
だが言葉とは裏腹に、オシニスの表情は暗い。剣士団長パーシバルの遺体を見つけたいという願いは皆同じだ。だが悔しい思いを押し殺して、彼は戻ってきたのだろう。
「お前の判断は正しいよ。自信を持て。」
ガウディはオシニスの肩を叩いた。そしてふと考えた。レイナックの言っていた『次期団長候補』というのは、もしかしたらオシニスかもしれない。この男は、必要な時には鬼にもなれる心の強さを持っている。ガウディが入団した当時の団長ドレイファスも、その後を継いだパーシバルも、そして・・・相方だったグラディスもそうだった。なのに自分はと言えば、非情になりきれず、情だけで動くのもためらわれ、いつも中途半端なことをして後悔ばかりしていた・・・。でももう、あの頃の自分ではない。代行という肩書きをつけてはいても、剣士団のトップの座に座ることを承諾したのは自分なのだ。引き受けた以上は何としても剣士団を立て直し、次の世代に渡していかなければならない。
(パーシバルさんとグラディスがこの男をここまで育てた。ならば俺の役割は、それを引き継いでこの男を団長としてふさわしい人物に育て上げることかもしれないな・・・。)
相方のライザーは海鳴りの祠から故郷に帰ったという。その時起きたことを聞けば、彼にとっては辛い選択だったのだろうと思う。そしてグラディスも、後顧の憂いがある者を連れていきたくなかったのだろう。
(あいつのことだ、本当なら1人で殴り込みたいくらいだったんだろうな・・・。)
もう二度と会えない、懐かしい笑顔が浮かんだ。
「オシニス、この欠片は俺のところで預かろう。お前はもうこのことで気に病むな。それより、ハース鉱山がなんとかなったことでフロリア様から次の指示が来ている。ムーンシェイという名前を、クロービスとウィローから聞いたことはないか?」
「え、それって確かサクリフィア大陸のもっと向こう側ですよね。」
「そうだ。そこにある小さな村に、クロービスの相方だったカインの墓がある。それも聞いてるんじゃないか?」
「はい・・・。」
ズキンとオシニスの胸が痛む。カインの死の半分は自分のせいかもしれない、オシニスはそのことでずっと悩んでいる。彼らが海鳴りの祠を出て当てのない旅路へと出発する前、自分が言った不用意な言葉が彼を打ちのめしたのではないか・・・。そのことが頭から離れないのだ。
「そこに調査に行ってほしいという話が来ている。詳しいことはレイナック殿から話があるだろう。」
「でも、そこならセルーネさんも一緒に行ってもらえる場所ですよね。」
オシニスはオシニスで、ハース鉱山への派遣部隊に入れずに悔しい思いをしているセルーネのことが気がかりだった。
「その・・・どこか他の場所に行くって言うのも、気分転換になるかと思ったんですけど・・・。」
城下町の中でも仕事はいくらでもあるが、パーシバルとの思い出の残るこの地にいてはなかなか気が休まらないのではないかと、オシニスは考えたのだ。
「ああ・・・セルーネには別な仕事を頼んであるんだ。」
「あ、そうですか。すみません、出過ぎたことを言って。」
「いや、かまわんよ。それにお前は確かファルミア様のことは知っているな? 」
「はい。クロービスから聞いてます。」
「フロリア様がファルミア様に会いに行かれることになったんだ。何と言っても前王妃だったお方だ。本来ならばちゃんとした形で王宮にお迎えするのが筋だが、ご本人が固持されていてな。それでフロリア様がお忍びのような形で会いに行かれることになった。セルーネはティールと一緒にその後衛だ。今回ばかりはセルーネの身分を利用させてもらった。出来るだけ少人数で行かなくちゃならないからな。随身としてもセルーネの身分なら問題ないし、ティール・セルーネ組と言えばそんじょそこらの貴族の私兵より遙かに腕が立つと評判だからな。どこからも文句は出ないだろう。」
『どこからも』とガウディは言ったが、それは主にフロリアの叔父であるエリスティ公を指している。彼は一応王族という扱いなのでファルミアのことは知っているが、そのことを公にすればかえって自分の首を絞めることになるのがわかっているので、黙っているのだ。だが文句をつけられるところにはできる限りの文句をつけてくる。もしもフロリアの護衛や随身が一般庶民出身の王国剣士だったりしたら、何を言い出すかわからない。
「ファルミア様に・・・。」
オシニスは驚いていた。前王妃ファルミアが生きていることは、クロービスから聞いて知っている。今回の騒動をとても心配していたことも。ではやっと親子の再会がかなうのか。それはフロリアにとってどれほどうれしいことか。
「・・・一番母親の手が必要な時に、フロリア様はいつも1人だった。モルダナさんは本当の子供のようにフロリア様を慈しんでいたし、レイナック殿もケルナー殿も、フロリア様が寂しくないよう心を砕いていたと思うが、やはり本物の母親にはかなわなかっただろうな・・・。」
ガウディがしみじみと言った。グラディスとガウディは入団3年を過ぎて初の執政館勤務になったが、警備の際に時折見かけるフロリアは、いつも笑顔だった。でもその笑顔はどこか無理しているようで、わずか10歳の子供が、あんなふうに作った笑顔をしていなければならないということが、何とも切なかったものだ。フロリアはもうすぐ25歳になる。いずれ然るべき男性と結婚して世継ぎをもうけなければならない。母親と話が出来るというのは、きっととても心強いことだろう。
「でも今からでも、会えるのはうれしいですよね。」
オシニスが言った。心なしかほっとしているように見える。
「そうだな・・・。」
ファルミア王妃という人物を、ガウディは直接知っているわけではない。ライネス王とファルミア王妃の葬儀の時は、ガウディもグラディスも剣士団には入っていなかった。美しく慈愛に満ちた女性で、音楽の才能に恵まれていたという話を先輩剣士から聞いたことがあるだけだ。そのファルミア王妃が実は生きていたという話を聞いたのも、カナにガウディを迎えに来たポーラが預かってきたレイナックの手紙でのことだ。そして王宮に戻ってから、詳しい話を聞かされた。クロービスとウィローがフロリアの豹変の原因を掴むため、ファルミアの実家であるハスクロード伯爵家に向かうことになり、その時に本人に会ったのだという。
「それじゃ俺はもう戻ります。じいさんからムーンシェイへの任務について話があったら呼んでください。」
「ああ、わかった。ご苦労だったな。」
オシニスが出て行ったあと、ガウディは思わず笑い出した。
「ふふふ・・・じいさんか・・・。そう言えばグラディスが怒っていたっけなあ。」
あれは確か、食堂でのことだっただろうか・・・。
![]() ![]() ![]() 『最高神官だぞ!?じいさんなんて呼ぶ奴があるか!もう少し礼儀をわきまえろ!』
グラディスのこの言葉を聞いて、隣にいたガウディが笑い出した。
『おいガウディ、なんでそこで笑うんだよ。俺の相方なら、一緒に怒ってくれるのが普通じゃないのか!?』
『いやいや、お前が他の誰かに礼儀を説く日が来ようとはな。今日は嵐でも来るんじゃないのか?』
『あのなあガウディ・・・・。』
グラディスが『台無しだ』と言いたげにため息をつき、その隙にオシニスが逃げ出した・・・。
『副団長、お小言はあとにしましょう!仕事に行ってきます!ライザー、行くぞ!』
『あ、オシニス待てよ!副団長すみません!夕方連れてきますから!』
オシニスの相方ライザーが慌ててオシニスを追いかけていった。グラディスがその後ろ姿を見てため息をつき、周りにいた他の剣士達がこらえきれず笑い出した・・・。
![]() ![]() ![]() 「楽しい思い出って言うのは、いつ思い出しても楽しいものなんだな・・・。」
ガウディは先ほどオシニスから預かった金属片を、団長室の机の一番奥に入れた。そこにはポーラから渡された、グラディスの形見も入っている。それはぼろぼろに破れた布の一部と、彼の遺髪だった。
この形見を渡されたのは、カナでポーラに再会した時のことだ。その後、グラディスの最期についてポーラから聞くことが出来た。グラディスが亡くなった時着ていた制服は、血のついてないところがないくらい、ひどい有様だったらしい。埋葬の時に新しい制服を着せて、血だらけの制服はみんなで切って形見として分けたのだそうだ。遺髪については彼の家族とガウディの分だけを切って取っておくことにしたらしい。
『宿舎の部屋はあなたが出ていった時のままよ。あの部屋はあなたが片付けてほしいの。他にも何か残っているかもしれないわ。』
宿舎に戻ってから実際にその部屋に入ってみたのだが、ほとんど何もなくなっていた。でもグラディスもガウディも荷物なんて着替えと武器防具くらいのものだったから、多分こんなものなんだろう。
『ははは・・・片付けることなんて・・・何も・・・ない・・・。』
視界がぼやけ、ガウディはそのまましばらく泣き続けた。もう二度とグラディスに会えないことが、どうしようもなく悲しかった。
「パーシバルさんとグラディスには、ここで見届けてもらうか。これからの国の行く末を・・・。」
ガウディは引き出しを閉めた。感傷に浸るのはここまでだ。これからは、今自分が為すべきことだけを考えていかなければならない。
「ガウディ、おるか。」
ノックと共にレイナックの声が聞こえた。
「どうぞ、お入りください。」
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続きはそのうち