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 父親が磨いていた剣と鎧は、陽の光を受けてきらきらと輝いていた。
 
「とうさん、これなあに?すごくきれいだね。」
 
「あら、これはけんとよろいじゃないの。ライラってばそんなこともわからないの?」
 
 隣にいた双子の妹イルサが、からかうように応えた。ライラはむっとして口を尖らせた。
 
「そんなのしってるよ!なにでできているのかなっておもったんだよ。だってすごくきれいじゃないか。」
 
 二人のやり取りを聞いていた父親は笑いながら
 
「これはね、ナイト輝石と言う石を使って作られているんだよ。その上に鉄鉱石を使ってコーティング・・・ってのは難しいかなぁ・・・薄い膜を貼って傷がついたりしないようにしてあるんだ。きらきら光るのは、その鉄鉱石の膜に陽の光が反射するからだよ。」
 
 子供達が興味津々でのぞき込んでいるのを見て、ライラの父親は剣を鞘にもどした。鎧はともかく剣は今でも研ぎ澄まされている。うっかり触ったりしたら怪我をさせてしまう。
 
「ないときせき?」
 
 今度はライラとイルサが同時に首をかしげながら、父親に尋ねた。
 
「そうだよ。ナイト輝石って言うのは、ここからずっとずっと南のほうで昔とれた鉱石なんだ。」
 
「ふぅん・・・・。ぼくもこんなきらきらしたのほしいなぁ。」
 
 無邪気に鎧を眺める息子に、父親は少しだけ困ったような顔になった。
 
「ライラ、今はもうナイト輝石は採掘されていないんだよ。だからお前がこれとおなじ鎧を手に入れるのは、無理だろうなぁ。」
 
「どうしてさい・・・さい・・・くつ・・・?」
 
 初めて聞く言葉らしく、ライラは言いにくそうだ。
 
「さいくつ、だよ。その石を土の中から掘り出すことをそう言うんだよ。」
 
 父親は笑顔を崩さず言って聞かせる。ライラは笑顔でうんうんとうなずき
 
「どうしてさいくつされてないの?」
 
不思議そうに尋ねた。
 
「今はね、こんな強い武器も防具も必要ないからさ。だからナイト輝石はもういらないんだよ。」
 
「ふぅ〜ん・・・。ねぇとうさん、それじゃこのよろいぼくにちょうだい。」
 
 ライラはニコニコしながら両手を差し出した。
 
「それは出来ないなあ。鎧や剣と言うのはね、今じゃ王国剣士にでもならない限り必要のないものだよ。第一、お前にはこの鎧は大きすぎるよ。」
 
「それじゃぼくはおうこくけんしになるよ。とうさんみたいにおおきくなったら、そのよろいとけんをぼくにちょうだい。」
 
 けろりと言うライラに、父親は笑い出した。
 
「ライラ、今の王国剣士だってこんなに強い武器も防具も持ってないよ。それにこの鎧は、父さんにとってはとても大事なものなんだ。だから時々出して、手入れをしているのさ。これからドリスさんのところに行くけど、お前達も来るかい?」
 
 ライラにもイルサにも、父親の言葉の意味はよくわからなかったが、ドリスのところでこう言った武器や防具を見たことは何度かある。そしてドリスはとても優しいおじさんで、遊びに行くと必ず何かしらのお菓子をくれた。二人は大喜びで、父親についてドリスの家に向かった。
 
 
 ドリスとライラの父親は、先ほどのライラの話をして笑いあっている。
 
「王国剣士か。いい仕事じゃねぇか。今はお前がいた頃よりは治安もいいようだから、危険は少ないだろう。」
 
「子供の言うことだからね。まだ先のことなんだからわからないよ。」
 
「しかし・・・正直なところ、俺はナイト輝石がもう採掘されないってのは納得がいかねぇんだよな・・・。」
 
「ドリスさん・・・。」
 
 ライラの父親の顔から笑みが消え、困った顔になった。
 
「だってそうだろう?ナイト輝石は昔からあったんだぜ?誰もそこにあることに気づかなかっただけだ。たまたまそれが見つかって掘り出されるようになったのは、ナイト輝石のせいじゃないじゃないか。そいつを悪用して国を滅ぼそうなんて考える奴が悪いのさ。」
 
「でも廃液の問題は見過ごせないことだよ。」
 
「ふん・・・!あれは実にいい鉱石だ。まったく・・・廃液の問題さえなけりゃなぁ・・・。」
 
 ドリスは忌々しそうに舌打ちをしてみせ、それでもなお納得いかないというように首を振った。
 
「だが廃液だって、あの時本気で何とかしようと考えていたら、もうちょっと何とかなったかも知れねぇぞ。結局は人の問題さ。」
 
「何とかってどんな風に?」
 
「そりゃ、その・・・何とかだよ!」
 
 クチをへの字に曲げたドリスを見て、ライラの父はクスリと笑った。そして
 
「人の問題・・・か・・・。」
 
 少し悲しげにつぶやいた。
 
「そう、どんないいものでも、それを生かすも殺すも使う人間次第なんだよ。・・・俺がこんな偉そうなことを言えた義理じゃねぇが、くさい物には蓋をして、あとは見ないふりってのは、やっぱりずるいんじゃないのかねぇ。」
 
「・・・・・・・・・。」
 
 聞くとはなしに話を聞きながら、ライラはずっと父の顔を見ていた。困ったような、悲しそうな、そんな顔をしていた。ぽかんとして父を見つめ続けるライラと、理解できない大人の話に少しつまらなそうなイルサに、ドリスが振り向いた。
 
「おっと、お前達にはこんなつまらない話より、うまいおやつだよな。」
 
 ドリスは笑顔で立ちあがり、奥の部屋からお菓子のたくさん入った器を持ってきてくれた。色とりどりのキャンディやチョコレート、クッキーなどが盛りだくさんに入っている。二人はすっかりそちらに心を奪われてしまい、たった今父親とドリスがなにを話していたのかも忘れてしまった。
 
「よし、それじゃ、二人とも両手でつかめるだけとっていいぞ。」
 
「ド、ドリスさん、それは・・・。」
 
 ライラの父親があわてて口を挟んだ。
 
「なあに、こんな小さい手でつかめる量なんてたかが知れてるぜ。ほら二人とも、持てるだけ持っていいぞ。ただし、食べる時はちゃんと父さんと母さんに聞いてからだ。」
 
「はぁい!」
 
 両手いっぱいのお菓子をもらえるとなったら、そんな些細な約束事には二人ともこだわらなかった。二人はこぼれそうなほどいっぱいのお菓子を手にして上機嫌だ。それをドリスが小さな袋に入れてくれて、それぞれに持たせてくれた。
 
「ねぇ、おじさん、カインにももっていってあげていい?」
 
 イルサがお菓子の器を指さしながらドリスに尋ねた。器の中にはまだまだお菓子が山盛りで、イルサにもライラにも、まるでとってもとってもお菓子がなくならない、魔法の器のように見えたものだ。
 
「おお、これからカインの家に行くのか?」
 
「こ、こら!カインにはお前達のもらったお菓子を分けてあげればいいじゃないか!」
 
 ライラの父親が慌ててたしなめたが、イルサはふくれっ面で
 
「だって、カインだってりょうてにいっぱいのおかしがほしいとおもうわ。」
 
 そう言って父親を睨みつけた。
 
「よしよし、そりゃそうだよな。お前らがこんなにたくさん持っていたら、自分だってほしいと思うだろうな。それじゃイルサ、お前がカインの分をとってやれ。そしたらおじさんがまた袋に入れてやるから、それを持って行けばいいさ。」
 
「ドリスさん、すみません・・・。」
 
 ライラの父親は子供達を見ながら困ったようにため息をつき、ドリスに向かって頭を下げていた。
 
 
 カインの家に行く途中、ライラはカインの父であるクロービス先生も昔王国剣士であったことを思い出した。カインはそれが自慢らしく『ぼくのとうさんはすごくつよかったんだぞ』といつも言っていた。ということは・・・。
 
「ねえとうさん。」
 
「ん?」
 
「クロービスせんせいもよろいとけんもってる?」
 
「ああ・・・持っているけど、見せてもらいたいのか?」
 
「うん!」
 
 笑顔のライラに、父親も『仕方ないな』というような顔をして、
 
「それじゃ、これから見せてもらえるかどうか訊いてあげようか。」
 
「ほんと!?」
 
 ライラは目を輝かせた。
 
 
 診療所について、ライラとイルサは玄関で大声でカインの名を呼んだ。これが合図のようなもので、この家では一声かけてからなら勝手にあがってもいいことになっている。いつもなら、奥から聞こえてきたカインの返事を待ちきれないかのように、二人は中へと飛び込んでいくのだが、今日だけは少し様子が違っていた。飛び込んだのはイルサだけで、ライラは父親のそばを離れなかった。ライラの父親は、ここに来ると必ず最初に診療室を訪れる。そこに父の友人でもあるクロービス先生がいるからだ。ライラはクロービス先生の鎧と剣を見せてもらいたくてうずうずしていた。
 
「クロービス、いるかい?」
 
 ライラの父親が診療室の扉をノックした。返事と共に中から扉が開いた。
 
「いらっしゃい、どうしたんです?具合でも・・・」
 
 クロービス先生は言いかけてライラに気づいた。
 
「おや、ライラいらっしゃい。カインは奥だよ。今日はイルサは一緒じゃないのかい?」
 
 クロービス先生は、ライラやイルサと話す時、必ずしゃがみ込んで目線を合わせて話してくれる。いつも笑顔で優しくて、ライラもイルサもこの診療所の先生が大好きだ。
 
「イルサはね、おくにいったよ。カインにおかしをもってきたんだ。」
 
「お菓子?」
 
 きょとんとしたクロービス先生に、ライラの父親がドリスの家での出来事を話してくれた。
 
「それでうちのカインの分まで・・・なるほどね、カインのことまで考えてくれてありがとう。」
 
 大好きな先生に頭を撫でられ、それを言い出したのがイルサだと、ライラは言いにくくなってしまった。
 
(まあいいや・・・。)
 
 診療室では、患者が誰もいないのでお茶の時間になっていたようだ。いつもムスッとした顔のブロム先生も(本人は先生と言われるのをいやがるが)相変わらずムスッとした顔のままお茶を飲んでいる。
 
「クロービス、ちょっと頼みがあるんだけど・・・・。」
 
 ライラの父親が、さっきのライラの頼みをクロービス先生に話してくれた。
 
「へぇ・・・ライラもですか。私も時々出して磨いているんですけど、カインが寄ってきて困ってるんです。せっかく磨いた鎧をいきなりわしづかみにするんですよ。あっという間に手あかだらけです。」
 
 ライラの父親は笑いだし、クロービス先生がライラに向かって微笑んだ。
 
「ライラ、先生の鎧と剣を見せてあげるよ。こっちにおいで。」
 
「クロービス、すまないね、忙しいのに。」
 
「そんなことないですよ。今日は幸い、患者さんがあまり来ないんです。うちの仕事なんて、ヒマなくらいでちょうどですからね。」
 
 ライラは父親のあとについて家の奥へと入っていった。いつも行くリビングではなく、廊下の奥に並んでいる扉の一つを開けると、そこには本がびっしりと並んでいた。
 
「すごい!クロービスせんせいのいえって、としょかんがあるんだね!」
 
 目を輝かせるライラにクロービス先生は笑って、
 
「図書館て言うほどじゃないよ。ここにはね、先生のお父さんが昔集めた本を置いてあるんだ。そのほかにも先生が買って集めた本もあるけどね。興味があるならここで本を読ませてあげるよ。ただし、ここの本はどれも先生にとっては大事なものだから、ここで騒いだり、本を汚したりしなければだけどね。」
 
そう言ってくれた。
 
「クロービス、それじゃ君に迷惑になるよ。まだライラは小さいからね、もう少し大きくなってからにしよう。」
 
 この時、せっかくのクロービス先生の申し出を、父親が勝手に断ってしまったことがライラには少し悔しかった。でも今は、本より早く鎧が見たかった。クロービス先生は、本がびっしりと詰め込まれた(ライラにはそう見えた)書架の間を縫って、部屋の奥へと向かった。そこにもう一つ扉がある。
 
「あそこにあるの?」
 
 ライラが父親を見上げて尋ねた。
 
「そうだよ。今持ってきてくれるから、ここで待っていようね。」
 
 ライラの父親は、黙ってそこに立っていた。程なくして、クロービス先生が箱を抱えて戻ってきた。
 
「ほら、これだよ。」
 
 箱の中から現れたのは、父親の鎧とおなじ色の、でも少しだけ形がちがう鎧だった。やはり青みがかった色をしてきらきらと光り輝いているが、よく見ると違うのは形だけではない。鎧の表面にほんのわずか文字が浮き上がって見える。
 
「これなあに?とうさんのよろいにはこんなのなかったよね?」
 
「ああ、それは・・・・。」
 
 クロービス先生が一瞬だけ言いよどんだ。が、すぐに笑顔になって言葉を続けた。
 
「それはね、ルーン文字と言うんだ。この鎧を身につけた人を守ってくれますようにって書いてあるんだよ。鎧はね、一人一人ちゃんと合ったものを選ぶから、たまたま先生の鎧にはこういう文字があって、君の父さんの鎧にはなかった、それだけのことだよ。」
 
「ふぅ〜ん・・・。」
 
 ライラにとって、その奇妙なルーン文字は大して重要ではなかった。父親の鎧と同じようにきらきらと輝く美しい鎧に、ライラはすっかり魅せられていた。そしてふと気づいた。父はナイト輝石の鎧と剣を持っている。クロービス先生はどうなんだろう・・・。
 
「ねえせんせい、せんせいのけんは?」
 
「剣?ああ、先生の剣はね、ナイト輝石で作られたものではないんだ。だから持ってこなかったんだよ。」
 
「ふぅん・・・。」
 
 ライラは少しがっかりした。それに気づいたのかクロービス先生は
 
「普通の剣だけど、見たいなら持ってきてあげようか。」
 
 そう言ってくれたが、この時のライラにとって、ナイト輝石以外のもので作られた剣には、何の興味もわかなかった。
 
「ううん・・・いらない・・・。このよろいみてるほうがいいや。」
 
「いつまでも見ているわけにはいかないよ。先生も仕事があるし、お前をここに一人で置くわけにはいかないからね。クロービス、ありがとう。もうしまってくれていいよ。ライラ、見たい時にはまた先生の時間がある時にしよう。」
 
「はぁい・・・。」
 
 残念だったが、ここで父親の言うことを聞いておかないとここに連れてきてもらえなくなってしまう。これはライラとイルサが、ずっと前から両親としている約束なのだ。
 
『先生の家で言うことを聞かなかったりしたら、もう絶対に先生の家には連れて行かないからね。』
 
 大好きな先生とおばさんの顔を見られなくなるのも、友達のカインと遊べなくなるのも実に困る。ライラもイルサも、渋々ながらこの言いつけを守っているのだ。その時、廊下をバタバタと駆ける足音が聞こえ、部屋の扉が大きな音をたてて開いた。
 
「あ!いたいた!ライラ!はやくあそぼうよ。まってるのにちっともこないんだもの!」
 
 診療所の息子であり、ライラとイルサの幼なじみであるカインが飛び込んできた。
 
「こらカイン!扉は静かに開けなさい!」
 
「はぁい!ライラ!はやくあっちであそぼうよ!かあさんがオレンジジュースをつくってくれるって!」
 
 カインは父親の叱責などどこ吹く風、ライラの腕を引っ張って部屋を飛び出していった。そのあとはいつものように三人で遊んで、ドリスからもらったお菓子を食べて、カインの母親が用意してくれたオレンジジュースをごちそうになって、ライラもイルサもすっかり満足して家に帰っていったが、ライラの脳裏には、あのきらきらと光り輝くナイト輝石の美しさがいつまでも残っていた。
 
 
 その後ライラは、父親が時々鎧と剣を出して丁寧に磨いているところを、いつも見ているようになった。そのたびになぜかライラの脳裏には、あの時のドリスと父親の会話がよみがえった。あの時はきれいさっぱり忘れてしまったと思っていたのに、どうしていつまでも覚えているのか、自分でも不思議だった。その何年かあと、学校に入って勉強するようになってから、ライラはナイト輝石と言うものがどんなものなのかなんとなくわかるようになった。昔はさっぱり意味がわからなかった大人達の会話の内容も、多少は理解することが出来るようになった。でもライラの頭の中では、ナイト輝石はきらきら光ってとてもきれいなものだと言う印象しかない。なぜ学校では恐ろしいものだと教えるのか、どうしても理解できないのだった。ある日ライラはそれを確かめたくて、父親が手入れしている鎧をいきなりなめた。父親はぎょっとしたが、あわてている様子はなかった。
 
「何をしてるんだ?」
 
「ナイト輝石って毒なんだよね?」
 
「・・・もしかして毒かどうか確かめるつもりだったのか?」
 
「うん。」
 
「それじゃ毒だったら今ごろお前は死んでるよ。そうしたらどうする?」
 
 心臓がドキンとなった。そうだ。もう毒は体に回っているかもしれない。どうしよう・・・。急にライラは恐ろしくなって泣き出した。だが父親は相変わらず落ち着いていて、『やれやれ』というように微笑んでライラの頭を撫でてくれた。
 
「そう言うことは、確かめてみる前に父さんに聞いてくれ。言っておくけど、この鎧にも剣にも毒なんてないよ。ナイト輝石はね、こういった武器や鎧に加工出来るようにするためには『精錬』しなくちゃならないんだよ。不純物を取り除いて、加工しやすい形にするんだ。その過程で水を大量に使うんだけど、精錬のあとの水の中には、猛毒が含まれているんだ。だからナイト輝石の毒と言うのは、言うなれば不純物のようなものかもしれないな。」
 
「とった毒はどうするの?いらないものなんだから捨てるんだよね?」
 
「毒なんだから簡単に捨てられないよ。だからナイト輝石はもう採掘されていないんだよ。」
 
「もういらないからじゃなかったの?」
 
「もういらないよ。なくても今の生活に何も困ることはないんだからね。毒があって、しかもいらないものなら、わざわざ時間と手間をかけて掘り出す必要はないだろう?」
 
「でも父さんはこの鎧と剣を大事にしてるじゃないか。」
 
「父さんがこの鎧と剣を大事にしているのは、これがナイト輝石だからじゃないよ。この鎧も剣も、父さんにとってはたくさんの思い出が詰まったものなんだ。だから大事にしてるんだよ。」
 
「クロービス先生もこういうの持ってるよね。」
 
「持ってるよ。」
 
「でもクロービス先生の剣はナイト輝石じゃないんだよね。」
 
「そうだよ。あれは先生が先生のお父さんからもらったかなり古い剣らしいんだけど、ナイト輝石で作られているわけじゃないんだ。でもきらきらしているというなら、先生の剣のほうがはるかにきれいだよ。見せてもらったことはないのか?」
 
「うん。だってナイト輝石じゃないんだもの。」
 
「なるほどね。」
 
 ライラの父親があきれたように肩をすくめた。
 
 
 診療所のクロービス先生は、ライラの父と同じころに王国剣士として働いていた。父はいつもクロービス先生を『立派な王国剣士だった』と言う。そのクロービス先生が持っている鎧を、ずっと前に見せてもらったことがあるのだ。父の鎧と剣を初めて見たあと、ライラが父にせがんで見せてくれるよう頼んでもらった。鎧は父の鎧と大差なかったが、表面に不思議な文字が刻まれていた。ルーン文字というらしいその文字はまったく読めなかったが、何となく神秘的な印象を受けたものだ。その時に剣も見せてあげようかと言われたが、ナイト輝石製ではないことで、ライラは興味をそそられなかった。
 
「お前は相変わらずナイト輝石にこだわるんだなあ。学校でもそろそろ習う頃だから、先生に聞いてみたほうがいいんじゃないのか。」
 
「うん。この間教わったよ。でも先生はナイト輝石の鎧も剣も持ってないもの。」
 
「まあそりゃそうだろうけど・・・。」
 
 ライラが学校でナイト輝石について教わったのは少し前のことだった。子供達が学校に入って勉強するようになった時、最初に教わるのがこの国の歴史だ。そして一週間ほど前の歴史の時間に、ハース鉱山の成り立ちと、その後の歴史を教わったのだ。この国の歴史を語る時にナイト輝石の話ははずせない。小さな子供達にもわかりやすく真実を教えて行こうと言うのは、国王フロリア自ら言い出したことだった。ナイト輝石がどんなものか、どこで採れてどれほど役に立つものか、そしてそのせいでどんなことが起きたか。小さな子供に教えるので陰惨な事実はさすがに伏せてあるが、それでも子供達にとっては充分に衝撃的な話だ。だがライラの頭の中では、どうしてもナイト輝石が悪いものだとは思えなかった。父親の鎧と剣はきらきらときれいだったし、父はナイト輝石はもういらないと言ったけれど、よくないものだとは言わなかった。そしてあの時のドリスの言葉・・・。ではなぜ、ナイト輝石がよくないものとしてみんなに嫌われているのか、ライラは興味を持っていた。
 
「そうだなぁ・・・。勉強に役立つって言うなら、クロービス先生に頼んで、書斎の本を見せてもらったらいいんじゃないか?お前にその気があるなら父さんが頼んでやるよ。書斎で騒いだり、本を汚したりしなければ、いつでも見せてくれると思うよ。」
 
 昔一度、診療所の先生が本を見せてあげようと言ってくれたことがあったが、ライラの父親はまだライラが小さいことを理由に断ってしまった。でももうライラも学校で勉強する年になったことだしと、父が改めて頼んでくれたので、ライラは診療所の先生の自宅にある書斎に、出入り自由となった。そしてライラが高いところの本も自由に取って読めるようにと、しっかりした踏み台もこしらえてくれた。クロービス先生の一人息子カインもなかなかの本好きだが、ライラほど書斎にこもりきりと言うことはなかった。どちらかと言えば、ライラの双子の妹イルサと一緒に外に出て遊んでいることが多い。時々は誘われて外に遊びに行ったが、ライラにとっては外での遊びよりも本を読む時間のほうが楽しく思えてきていた。
 
 書斎の中には、いくら読んでも読みきれないほどの本があった。まるで図書館みたいだと、小さい頃ライラは思ったものだ。島の学校には図書館が併設されていて、そこにも本はたくさんあるが、やはり島民みんなが利用する図書館には、勉強用の本ばかりではなく恋愛小説や冒険小説などもたくさんおいてある。そういった種類の本は診療所にはそんなになかった。クロービス先生の父親が集めたと言う話だが、今となっては手に入らない貴重な本もあるらしい。その中で、ライラは最初、父が書棚の中から選んでくれた子供向けの本を読み始めた。エルバール王国の歴史を、絵とわかりやすい文章で紹介していく本だ。その後だんだんと自分で本を選ぶようになり、勉強を続けて、ライラはナイト輝石についての知識を増やしていった。
 
 
 
「なるほど・・・。するとお前がナイト輝石にこだわり始めたそもそもの原因は、親父さんの鎧と剣か・・・。」
 
 ライラの父親とコンビを組んでいたオシニスが着ていたのも、ナイト輝石の鎧だった。剣を抜いたところは見たことがないが、きっと同じようなものなんだろう。ライラの故郷に住む『診療所の先生』クロービスの鎧もナイト輝石製だが、あいつの鎧にそんな奇妙な文字なんて書かれていたかなあと、ロイはぼんやりと考えていた。
 
「そういうことになります。父はとてもその鎧と剣を大事にしていましたし、僕にとってはナイト輝石はとてもきらきらしてきれいなものとしか思えなかったんです。でも・・・その後大人になるにつれて、学校でも昔ハース鉱山でどんなことが起きたのかを、少しずつ詳しく勉強していったし、ナイト輝石のもつ毒性についても教わりました。だから見た目はきれいでも、その裏側に恐ろしい可能性も秘めている石なのだと言うことは理解したつもりです。」
 
「それでもナイト輝石に興味を持つのをやめようとは思わなかったのか?」
 
「やめるどころか、ますます興味がわきましたよ。故郷の島で墓守をしながら鍛冶屋もやっていたドリスおじさんのあの言葉はとても印象的でしたから・・・。」
 
「悪いのはナイト輝石じゃなくて人間だって言うあれか。」
 
「そうです。ナイト輝石は、いつもそこにあったんです。エルバール暦197年まで、誰もそこにあることに気づかなかっただけです。そして最初に見つけた人だって、悪用しようなんて考えていたわけじゃないと思います。すばらしい鉱石が見つかって、最初はみんなが喜んでいたって、先ほどロイさんがおっしゃってましたよね?」
 
「そうだな・・・。みんな最初は喜んでいた。あの石のおかげで、モンスター・・・いや、今はただの『けもの』だったな・・・。そのけもの達に襲われて死ぬ人は激減したんだ。」
 
「つまりは使う人の心次第と言うことですよね。」
 
「・・・ふん・・・まったくうまく話を持って行きやがるな・・・。確かにその通りだよ。だがそれが一番難しいんだ。最初はほんの少しの力に感謝していたものが、次第に大きな力をほしがるようになる。そして実際に大きな力を手にした時、人は限りなく傲慢になるのさ。」
 
「ならないための策もあると思います。」
 
「ほお、お前には腹案があると言うことか。」
 
「はい。」
 
「では言ってみろ。」
 
「昔は南大陸というととても狂暴なモンスターがいて、人々は身を守るために強い武器防具を身につけたんでしたよね。」
 
「そうだな。ナイト輝石の武器防具が大量に生産されて、南大陸に優先的に供給されるようになった。おかげで旅の途中で命を落とす奴はずいぶん減ったし、王国剣士達も南大陸に来るようになった頃には、ナイト輝石製の装備を一式揃えていたもんだ。」
 
「でも今は平和な時代です。そんな強い武器防具はいらないと思うんです。実際、僕が身につけているのはレザーアーマーだし、剣だって普通のアイアンソードです。ここに来るために乗った船の中で出会った人達は、みんな僕と同じような装備でした。一部にチェインメイルの方もいたみたいですけど、プレートアーマーを着ている人さえ見かけませんでしたよ。」
 
「今はそうだなあ・・・。俺だってカナに帰る時にはハース渓谷を抜けて山越えをするが、レザーアーマーとアイアンソードで充分だもんな。カナの自警団もみんなそんなもんだ。で、それがお前の腹案とどう繋がっていくんだ?」
 
「簡単なことです。ナイト輝石で武器や防具をもう作らなければいいんです。」
 
「・・・・・・・・・。」
 
「今では鉄鉱石だって武器防具の製作に優先的に回されるってことはないと、本で読みました。鉄鉱石でさえそうなんだから、ナイト輝石を武器防具の製作のために使う必要はないじゃないですか。もっともっと、有効な活用方法があるはずです。なのに、ナイト輝石はその毒性故に封印され、鉄鉱石のように様々な分野で活躍の場を広げる機会を逃してしまった。これはこの国にとって損失だと思うんです。」
 
 『なるほど』と、危うく言いそうになって、ロイはやっとのことでその言葉を飲み込んだ。たとえナイト輝石が今ここにあったとしても、武器防具を作ることはもうないだろう。鉄鉱石での武器防具の生産だって、昔からすればずいぶんと量は減った。
 
「で、武器防具を作らない代わりに、何を作る?」
 
「鉄鉱石がいろんなところに使われるようになって、一番の功績は馬車の車軸を強化したことだと聞きました。」
 
「そうだな。鉄鉱石を使って軽く丈夫に作る技術って言うのはすでに確立されていたから、そのおかげで人も物も大量に運ぶのが容易になった。カナの農産物が北大陸まで、いや、お前の故郷までも届けられるようになったのは、そのおかげだ。」
 
 ライラがハッとした顔になった。
 
「そういえば・・・クロービス先生のところから、青い野菜をたくさんいただくことがあったんですけど、そうか、いつも『カナからたくさん送ってきたから』って・・・。」
 
「ああ、あれはウィローのおっかさんが畑で育てている野菜だよ。俺もたまにウィローに手紙を書いたりするから、毎月1回くらいはウィローのところに野菜や手紙をいれて送ってるぞ。」
 
「昔なら考えられないことでしたよね。」
 
「そうだな。確かに鉄鉱石を武器防具以外に使えるようになったことで、いろんな物が進化したし、そのおかげで人々の暮らしはずいぶんと楽になったと思う。」
 
「最近は鉄鉱石の生産が間に合わないくらいだって聞きました。それでこちらではいつも鉱夫を募集してるんですよね。」
 
「そういうことさ。いくらいてもいいくらいだが、やはり雇うにはそれなりの条件がある。」
 
「丈夫で屈強な人ですか?」
 
 ライラが真顔で聞いたので、ロイは吹き出しそうになった。
 
「ま、確かに丈夫で屈強な奴が一番いいことは確かだが、けっこう頭も使うんだぜ?いくら体格が立派でも、頭のほうが追いついていないのでは困るな。お前はどうやら見た目よりも力がありそうだし、ある程度剣も使える。そしてどう見ても頭が悪そうには見えない。あとは、鉱夫としての経験だ。これから半年でお前がどの程度なのか、見極めようじゃないか。半年である程度の実績が出来れば、取りあえずは今ここに保管されているナイト輝石の原石を使っての実験くらいは許可が下りるかも知れないな。」
 
「・・・原石があるんですか?」
 
「あることはある。だが、それも王宮の管理下にあるから、ある場所は知っていてもお前に見せてやることは出来ん。とにかく焦らないことだ。半年後に改めてお前の考えを聞く。今は鉱夫としての仕事を覚えることに専念しろ。ナイト輝石にばかり気を取られて、浮ついた気持で仕事したりすればすぐにわかるぞ。もしもそんなことになったら、俺は今度こそ間違いなく、お前を縛り上げてでも北の島まで送り返すからな。」
 
「わかりました。」
 
 ライラは力強くうなずいた。
 
 
 その後、ライラはシドが用意した鉱夫の宿舎に移っていった。いなくなってみると、なんだか部屋ががらんとして見える。
 
「そういやずっと一緒だったんだものな・・・。」
 
 いや、感傷に浸っている場合ではないのだ。ライラが人としてどんなにいい人間だとしても、ナイト輝石のことは別問題だ。自分の目が曇れば、この国の行く末さえも危うくなるかも知れない。
 
「3度目はない。それを忘れるわけには行かないんだ・・・。」
 
 ひとりつぶやき、背筋を伸ばした。そろそろ見回りの時間になる。
 
「お手並み拝見だ、ライラ。お前の本気を見せてみろ。」
 
 ロイは部屋の扉の取っ手に手をかけた。

これにて完結

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