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  オシニスの誤算

 
『きっと何か手がかりが見つかるよ。』
 
 クロービスが笑顔でカインの肩を叩いた。
 
(これでいいのか・・・。クロービスを、ウィローを巻き込んで、本当にこれで・・・。でも・・・。)
 
 ふいに涙がにじんだ。これから先のことを思うと、不安でたまらない。なのに同じ不安を抱えているはずのクロービスは、笑顔で自分を励ましてくれる。そして一緒に行くよと言ってくれている。それでいいのかと思う反面、うれしくて仕方ない。一度出た涙は止まらず、カインの頬を濡らし続けた。
 
「お前を巻き込みたくなかったんだ・・・。せっかくウィローと仲直りできて、これからいくらでも幸せになれるってのに・・・。なのに・・・お前が一緒に来てくれるって聞いて・・・すごくうれしいんだよ・・・。俺と一緒に逃げていたらお前はいつまでたってもウィローと結婚も出来やしない、幸せになんてなれないってわかってるのに・・・。俺は一人じゃないんだって思ったらうれしくて・・・。俺は・・・なんて勝手な奴なんだろうな・・・。」
 
 俺は1人じゃないんだ・・・。カインはうれしかった。そのカインの肩を叩いて、クロービスが言った。
 
「はっきり言っておくけど、君は勝手なんかじゃないし、だいたい巻き込まれるもなにもないじゃないか。お尋ね者は私達二人なんだからね。君の気持ちはうれしいと思ってる。でも別々に逃げるより一緒にいたほうが、追っ手をまくにしても戦うにしても有利だと思うよ。」
 
 クロービスの言うことは、理にかなっている。確かにそうなのだ。3人でばらばらに逃げたとしても、個別にたくさんの追っ手をかけられたら全滅の危険性が高いが、一緒にいれば撃退するのにも有利になると思う。
 
「一緒に行こうよ。ウィローも言ってたよ。3人でならきっとどんなことだって乗り越えられるって。」
 
「・・・3人でか・・・。」
 
 3人で・・・。ウィローは今では立派に自分の戦闘を展開できるまでに成長している。ここに来てオシニス達の訓練を受けるようになってから格段に成長した。訓練の時、何度ウィローが泣きそうになったか、カインは知っている。そしてそれを必死で、歯を食いしばって耐えていたことも。クロービスとウィローと、そして自分と3人でならば、きっと乗り越えていけるだろう。
 
「そうだよ。3人でここを出て、3人でフロリア様を元に戻す方法を探そうよ。きっと見つかるよ。」
 
「クロービス・・・。」
 
 カインはクロービスに向かって、微笑んだ。いつの間にか涙は止まっていた。
 
「つきあってくれるのか・・・?魔法なんてばかげた話を・・・。」
 
「私は魔法を信じてないけど、ばかげてるとは思わないよ。あの神話の本は今のところ唯一の手がかりなんだから、先入観は持たないで調べよう。」
 
 素晴らしい呪文の腕を持っているのに、クロービスはかなりの現実主義者だ。得体の知れないものを信じるという考えがほとんど無い。クロービスにとってはばかばかしい考えなんじゃないかと思えるが、それでも彼は一緒に調べようと言ってくれる。
 
(俺は・・・1人じゃないんだよな・・・。)
 
「ありがとう・・・。ごめんな、べそかいたりして。」
 
 落ち着いてみると、さっき泣いていた自分がどうにも情けなく見えた。
 
「いいよ。実を言うとね、夕べ私も大泣きしたんだよ。これからのことが不安でさ・・・。」
 
(え・・・?)
 
 何だろう、この気持ち・・・。たった今まで身近だったクロービスとの間に、ふいに距離が出来たような・・・。
 
(何で俺はそんな事を・・・。)
 
 自分の中に突然生まれた奇妙な感情にカインは戸惑った。
 
「・・・なに・・・・?」
 
 クロービスはきょとんとしている。カインは慌てて笑顔を作った。
 
「いや・・・お前が大泣きしたところを見てみたかったなと思ってさ。」
 
 からかうような言い方をしてみる。
 
「変なこと言わないでよ。そんなみっともないとこ見せたくないよ。」
 
「・・・そうか・・・。まあ・・・そうだよな・・・。」
 
 なぜかちくりと胸が痛んだ。まさかまだウィローに未練があるのか?そんなはずはない。夕べしっかりと抱きあっているクロービスとウィローを見ていて、心からほっとした。やっと仲直り出来てよかったなと、自分のことのようにうれしかった。
 
(・・・・・・・・・・・・・・・・・。)
 
 では・・・この胸の痛みは何なのだろう。
 
『そんなみっともないとこ見せたくないよ』
 
 カインの複雑な表情の意味を、クロービスは気づいてないようだった。ついこの間まで、クロービスは自分の前で大泣きしていたのに・・・。ウィローのことで落ち込んでいる時、何度慰めたかわからない。でも今クロービスは、ウィローの前で見せた泣き顔を自分には見せてくれないのだ。
 
(何でこんなこと考えるんだろう・・。クロービスとウィローの間の溝が埋まって、2人の絆が以前より強くなったことは喜ぶべきことじゃないか・・・。)
 
 それならどうして・・・。
 
 考え込みながら訓練場まで来た時、ウィローはちょうど休んでいたところで、カインとクロービスに気づいて笑顔を向けた。クロービスはウィローの傍らにしゃがみこみ、何か話している。ウィローがちらりとカインを見ながら微笑み、クロービスに向かってうなずいた。でも何を話しているのかはカインのいるところまでは聞こえない。二人とも顔を寄せて、つい昨日までのあのよそよそしさがうそのような親密さだ。
 
 また胸が痛む。
 
(まったく・・・どうしちまったんだよ、俺は・・・。)
 
 自分の中で渦巻いている得体の知れない感情を、カインはもてあましていた。どうすればいいのだろう。こんなもやもやした気持ちを抱えたままで訓練なんて出来やしない。ましてやここを出てからはおそらく戦闘に次ぐ戦闘だと思って間違いないはずなのに、今からこんなことでは先が思いやられる。
 
「あ〜ぁ・・・すっかり鼻の下伸ばして、昨日までのよそよそしさが嘘のようだな。」
 
 声に振り向くとオシニスが立っていた。
 
「早かったですね。」
 
 たった今自分が考えていたことを知られてしまったような気がして、カインはひどく驚いた。そんな事があるはずはないのに。
 
「今日は修理と、ちょっとした買い物をしてきただけだからな。珍しくモンスターもおとなしかったから、思ったより早く戻ってこれたよ。しかし・・・あのクロービスの顔、でれ〜〜っとしちゃってまあ・・・。」
 
 オシニスはくすくすと笑ったが、カインに振り向いた時その笑みは消えた。
 
「おい・・・。お前なんて顔してんだ?」
 
「顔?」
 
 今自分がどんな顔をしているかなんて、言われるまでカインは考えてもいなかった。
 
「ふん・・・。情けない顔だな。顔には精神状態が出るもんだ。そんなんで訓練を受けるつもりか。」
 
「・・・・・・・・・・・。」
 
 今の自分の気持ちを言い当てられたようで、カインは言葉につまった。そんなカインを見つめるオシニスの瞳に、ほんの一瞬だけいたわるような光がよぎったことに、カインは気づかない。
 
「どうせもうすぐメシの時間だ。ちょっと向こうの浜辺に付き合え。」
 
「・・・はい・・・。」
 
 有無を言わさぬオシニスの口調に、カインは思わず返事をしてしまった。オシニスは後ろにいた相方のライザーに
 
「メシの前に、こいつとちょっと話をしてくるよ。こんな時間がとれるのも今日くらいだろうからな。」
 
 そう声をかけた。
 
「わかった。クロービス達と一緒に食事の用意をしておくよ。」
 
 ライザーは特に不思議そうな顔もしない。
 
(この2人なら・・・お互いのことなんて何でもわかるんだろうな・・・。)
 
 少なくとも、さっきカインが感じたような奇妙な感情を、相手に対して持つ事なんてないんじゃないんだろうか。
 
「ああ、頼むよ。ほらカイン、行くぞ。」
 
 カインは返事をせず、黙ってあとをついて行った。2人の後ろ姿を見送るライザーも複雑だ。同じ相手を想う者同士なのに、2人の選んだ道のなんと違うことか。そして2人の思いなど知っているのかいないのか、当のフロリアは王宮にこもってこの国に混乱をまき散らし続けている。
 
(オシニスの奴・・・ちゃんとカインを励ませるのかな・・・。)
 
 実はライザーの心配は、カインよりもオシニスにある。オシニスとライザーにとって、カインとクロービスは弟分のようなものだ。ライザー達が昔、副団長のグラディスと当時グラディスの相方だったガウディにいろいろと面倒をみてもらっていたように、ライザーもオシニスもクロービスとカインのことをいつも気にかけていた。だが、そのこととは別に、オシニスがカインに対して抱いている複雑な思いも、ライザーはよく知っている。カインのさっきの表情の正体はライザーにも見当がついた。あれは嫉妬だ。おそらくは、だが、カインはウィローに嫉妬しているのではないか。もちろん、カインがクロービスに対してそんな感情を持っているということではなく、すっかり仲良くなったクロービス達を見て、疎外感を味わっているのではないだろうか。カインとクロービスは、コンビを組んでいるという以外にも、親友としてお互いを認め合っている。友人関係と男女の仲を同じレベルで論じるのはおかしな話だが、今のカインにそこまで冷静な考えが出来るとは思えない。これから先のことを思って、不安でたまらないだろうこの時に。だが、黙っていればおそらく、カインは自分の中に生まれた感情の正体もわからないまま忘れてしまうかもしれない。ここを出れば、いつも背後を気にしながらの旅になるだろう。そんな事を考えていられる時間はないと思っていい。だから、そこまでわかった上でオシニスがカインの気持ちを別な方向に向けてくれるなら、それが一番いいのだが・・・。
 
(オシニスだって、今は自分で言うほどには冷静じゃない。カインと向き合っているうちに妙なことを言い出さないといいんだけど・・・。)
 
 そんな自分の推測が大当たりしてしまうことなど、この時のライザーには想像もつかなかった。
 
 
 
 洞窟を抜けて、本物の海鳴りの祠へと続く小さな浜辺に出た。オシニスはカインに振り向かず、静かに打ち寄せる波をただ見つめている。
 
「あの・・・。」
 
 こんな時は沈黙に耐えられない。カインはオシニスの背中に声をかけた。
 
「何か・・・用事があったんですか・・・?」
 
 そんなことではないと百も承知で、それでもカインはそう尋ねた。オシニスはゆっくりと振り向き、一瞬だけカインを鋭く見つめて、すぐに元の表情に戻った。
 
「副団長が前に言ってたんだが、お前戻ってきてから何考えてるんだ?」
 
「いや・・・俺は別に・・・。」
 
 予想外にはっきりとした問いかけに、思わず口ごもる。どうも今日はおかしい。この程度の質問など、いつだってうまくはぐらかしてきたのに・・・。なんだか自分が自分じゃないみたいだ。
 
「何も考えていないなんて言う嘘が通じると思われたとしたら、俺も相当見くびられたもんだ。ごまかそうったってそうはいくか。答えろよ。何を考えてる?」
 
 オシニスは今度は体ごとカインに向いて、正面から睨みすえた。この目で睨まれて、なおもとぼけ通すことが出来るほど、今のカインは肝が据わっていない。それに、自分が今までずっと考え続けてきたことを、オシニスに聞いてみたくもある。
 
「オシニスさんは・・・考えたことありませんか?フロリア様が何であんなに変わってしまったのか・・・。」
 
「考えたこともあるが、もうやめた。考えてもどうにもならん。事実は事実だからな。」
 
 オシニスの返事は早かった。迷いのない、力強い口調だ。
 
(この人は・・・・今のフロリア様を受け入れているのか・・・。)
 
 もう元には戻らない。あの優しい笑顔はもう見られない。あの慈愛に満ちた声はもう聞けない・・・。
 
(・・・そんな・・・・そんなことが・・・・あってたまるか!)
 
 折れそうになる心を必死で奮い立たせ、カインはオシニスの視線を正面で受け止めた。
 
「でも!もしも・・・・もしも元に戻す方法があれば・・・!」
 
 叫ぶようなカインの言葉に、オシニスの瞳がほんの一瞬揺らめいたような気がした。それはカインの気のせいだったのだろうか・・・。
 
「そりゃあれば、どんなにいいかわからんさ。だが、今お前が考えているのはそのことじゃなさそうだな。俺の聞き方が悪かったか。聞きなおすぞ。お前は今何を考えていたんだ?うらめしそうにクロービスを見て・・・いや・・・お前が今見てたのはウィローだな・・・?」
 
「ウィローを?」
 
 カインは驚いて顔を上げた。誰を見ているかなんてまったく考えていなかったのに・・・。
 
「自分で気づいてなかったのか?」
 
「誰を見てるかなんてぜんぜん・・・。でも何でウィローを見てたんだろう・・・。」
 
「ステラの奴が、お前はウィローを好きなんじゃないかってカーナと話しているのをこの間偶然聞いちまったんだが、さっきのお前の目はどう見ても好きな女を見る目じゃなかったな。どっちかって言うと、自分の女を取った男に向けるような・・・そうだな・・・嫉妬の目だ。」
 
「・・・は・・?」
 
 オシニスの言葉の意味が一瞬飲み込めず、カインはぽかんとして聞き返した。
 
「まるでお前はウィローに嫉妬しているようだなって言ったのさ。クロービスをウィローに取られて、悔しくて仕方ない、そんな気がしてるんじゃないのか?」
 
「ば・・・ばかこと言わないでくださいよ!何で俺がウィローに嫉妬するなんて・・・俺はソッチの趣味はないですからね!」
 
 思わず必死で否定したカインに、オシニスは大声で笑った。
 
「俺はお前の趣味に口を出す気はないが、お前がクロービスに対してそんな感情を持ってないことくらいわかるさ。誰に対して持っているのかもな。」
 
「な・・・・!?」
 
 ドクンと心臓が波打つ。
 
『誰に対して持っているか』
 
 オシニスは『フロリア様』などと一言も言ってないというのに、事実をピシャリと叩きつけられたような気がして、カインの声はうわずっていた。
 
「だから言っておく。今王宮にいるフロリア様は、フロリア様であってフロリア様じゃない。迂闊に近づけば痛い目に遭うのはお前のほうだ。それは覚えておけ。」
 
 カインの耳は、今度は間違いなく『フロリア様』と言う言葉を捉えた。心臓をわしづかみにされたような衝撃が走る。知っているのだ、この人は・・・・。自分が誰を思っているか、そしてもしかしたら・・・今自分が本当に望んでいることがなんなのかも・・・。
 
「い・・・いきなり何を言い出すのかと思えば・・・」
 
 ごまかして笑い飛ばすつもりが、声が震えている。これでは『その通りです』と言っているようなものだ。
 
「お前が認めようが認めまいが構わん。俺の話はそれだけだ。つきあわせて悪かったな。」
 
 動揺を抑えきれないカインに背を向けて、オシニスはさっさと歩き出そうとした。
 
「待ってください!フロリア様であってフロリア様じゃないなんて・・・そんな、なぞなぞじゃあるまいし・・・。」
 
「答えの用意されたなぞなぞなら、どれほどよかったもんだかな!だが現実はそううまく行かないもんさ。」
 
 立ち止まったオシニスは、振り向かないままそう答えた。
 
「・・・オシニスさんは・・・何か知ってるんですか。」
 
 自分の知らないフロリア様の何かを、この人が知っているのかも知れない。そう考えただけでカインの頭の中がカッと熱くなった。そして、まるでそれを待っていたかのように、オシニスがゆっくりと振り返り、正面からカインを見据えた。カインとオシニスの背の高さはそれほど変わらないはずなのに、この時のカインには、オシニスがとても大きく見えて、後ずさりそうになるのをこらえるのがやっとだった。
 
「別に特別なことを知ってるわけじゃないさ。ただ、お前よりは王宮に長くいた分だけ、フロリア様の変わりようがどれほどのものかって事はわかってるのかもな。」
 
「・・・なんですか、その話・・・?」
 
 曖昧な答えにカインの苛立ちが一気に募った。
 
「答えになってないじゃないですか!わかっていることがあるのに、どうして教えてくれないんです?」
 
「俺の知っていることを教えたところで、お前の気がすむとは思えないからさ。どっちかって言うなら、お前の希望をぶっ壊すだけかもしれん。」
 
「・・・・・・・・。」
 
 カインは言葉につまった。即座に言い返すつもりで喉元まで出てきていた『それでも聞きたい』と言う言葉が、口から出ることが出来ずに喉の奥に絡みつく。
 
「・・・それに、今さら俺から何か聞いたところで、お前の・・・いや、お前達の肚は決まっているんだろう?」
 
「・・・・・・・・・。」
 
「なら同じだ。何も絶望を抱いて旅立つことはないさ。」
 
「・・・絶望するような・・・・ことなんですか・・・。」
 
 カインはやっとのことで声を絞り出した。
 
「お前はフロリア様を元に戻したいんだろう?」
 
「もちろんです!」
 
 今度はちゃんと声が出た。この質問に口ごもるわけにはいかない。
 
「それならばその気持ちを信じて進め。お前にはクロービスもウィローもいる。かけがえのない大事な仲間を、絶対に離すなよ。何があってもだ。」
 
「離すなんてそんな!そんなことが・・・あるはずないです・・・。だけど、そんなに心配してくれるのなら、何でさっきあんなことを・・・。」
 
『自分の女を取った男に向けるような・・・そうだな・・・嫉妬の目だ。』
 
 今のカインの心には、フロリアの話よりもこの言葉のほうが突き刺さっていた。
 
「その大事な仲間を、恨めしそうに見てたからさ。」
 
「恨めしそうになんて・・・・。」
 
 『見てるはずがない』と言う言葉がまた喉元でつまる。なぜだ・・・?なぜ言い返せない?なぜきっぱりと否定出来ない?・・・なぜ・・・・。
 
「お前にもクロービスにも、それぞれ歩むべき道がある。どれほど信じ合っていようと、死ぬまで同じ道の上を歩けるわけじゃない。だから、仲のいい友達をとられてすねる子供みたいな目で、あの2人を見るのはやめておけって事さ。」
 
「す・・・すねるって・・・。」
 
 カインは思わず赤くなった。
 
『仲のいい友達をとられて』
 
 その言葉に言い返せない。今まで自分に見せてくれた泣き顔をクロービスは見せてくれない、ウィローには見せるのに、などと、ついさっきまで考えていたのはカイン自身だ。そうだ、俺は嫉妬してるんだ。仲のいいクロービスとウィローに。俺が先に知り合ったのにあとから現れたウィローがクロービスをとってしまったみたいで、俺はやきもちを焼いているんだ・・・。
 
(・・・そんな・・・。)
 
 そんな気持が自分の中に生まれていたことを目の前に突きつけられ、カインはすっかり打ちのめされていた。
 
(くそっ!なんで俺はこんな余計なことを・・・しかもこんな時に・・・!)
 
 自分の口から出た言葉に、オシニスは後悔していた。こんな話をしたかったわけじゃない。ここを出てからのことで、少しでも助言が出来ればと思ってカインを連れてきたはずだったのに・・・。
 
「そ・・・そんなことはないですよ。それに、俺はあいつの相方ですから、この先もずっと一緒にいることに、なるはずです。」
 
 必死で笑顔を作って、カインが言った。その声が震えている。
 
「別にいずれはコンビ解消するとか、そう言うことじゃないさ。それに、クロービスがウィローに出会ったように、お前にもいつか守るべき相手が現れるかも知れないじゃないか。」
 
「守るべき相手なら・・・もういます。」
 
 そう、もうずっとずっと前から決めている。あの方を守って、この人生をすべて捧げるのだと・・・。
 
「今お前がいくらそう思っても、あの方はそんなこと考えてもいやしないかもしれん。それでもいいのか。」
 
「・・・・・・・・・。」
 
 見ているだけでいいと思っていた。あの方の治世を助け、手足となって働き、それで一生を終えられたら、それで本望だと思っていた。なのに・・・その問いにさえ即座に答えられない・・・。俺は一体、どうしてしまったのだろう・・・・。
 
「俺は・・・」
 
 『それでもいい』『そんなのはいやだ』喉の奥に絡みついた言葉は脳の奥まで入り込み、カインを混乱させる。いやだと言ったところでどうなる?いや、どうする?フロリア様を手に入れようとでも言うのか?そんな身の程知らずの大望を、自分は持っていたのか・・・・。
 
「ま、こんなことは俺が言うことじゃないな。」
 
 唇を震わせて悔しげに黙り込むカインを見つめて、オシニスはため息をついた。さりげない風を装ってはいたが、オシニスが自分の言った言葉にどれほど後悔しているか、もう少しカインが冷静だったなら気づいたかもしれない。
 
「カイン、もう一度言うぞ。クロービスとウィローから離れるな。何があっても3人で切り抜けて、何があっても3人で戻ってこい。その頃にはお前達が大手を振って王宮に戻れるように、何が何でもあの王国軍どもを叩き出しておいてやる。」
 
 王宮へ戻る・・・。王国剣士として。クロービスとウィローと一緒に3人で・・・。
 
(そうだ。まずはそれが先だ。) 
 
 カインは小さく深呼吸した。冷静にならなければならない。フロリア様のことは、それからの話だ。
 
「・・・帰ってきます。必ずここに。またみんなと一緒に、この国を守っていきます。」
 
 カインはきっぱりと言った。
 
(ここは・・・俺の居場所なんだ。たくさんの仲間がいるここで、これからも生きていくんだ。あの方を守って・・・。)
 
 それはずっと前からカインの中で決まっていることのはずなのに、言いようのない不安がカインの胸に広がっていった。
 

40章の途中に続く