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 商業地区の詰所を出たオシニスとライザーは、住宅地区への道を歩いていった。
 
「おい、ライザー、お前どう思う?」
 
 しばらく歩いたところで、詰所を出てから少し考え込んでいる風だったオシニスが口を開いた。
 
「どうって、何が?」
 
「クロービスとウィローのことさ。」
 
「あの二人ならお似合いじゃないか。」
 
 まさかあのクロービスが女の子をつれて帰ってくるとは思わなかったが。
 
「そんなことじゃないよ。俺が聞いているのは本当のところどこまで行ってるのかってことさ。」
 
(やっぱりそっちの話が気になるか・・・・まあ仕方ないけど・・・)
 
 ライザーだって気にはなる。オシニスにしても別に興味本位で聞いてるわけじゃない。どう見ても女には奥手にしか見えないクロービスが、この先ウィローとうまくやっていけるのかどうか心配しているのだろう。しかも今詰所を出てくるとき、2人はすでに喧嘩して険悪な状態だった。でもそれは彼らの問題だ。頼まれもしないのに世話を焼くというわけにも行かない。ここは少しとぼけておこう。
 
「どこまでって・・・南大陸まで行ってこっちに帰ってきたんだろう?」
 
 何食わぬ顔でさらりと言うライザーに、オシニスは呆れたようにため息をついた。
 
「・・・あのなあライザー、お前、俺をおちょくってるか?」
 
「僕はいたってまじめなつもりだけど。」
 
「ふん・・・まったく・・・。ま、あの調子じゃほんとにキス止まりだろうなぁ・・・。」
 
(ちぇ・・・自分だって気になるくせにすっとぼけやがって・・・。)
 
 ライザーがクロービスのことを心配していないはずがない。
 
「まあ着替えを見た程度であれだけうろたえてるんだからそうなんだろうね。でも別にいいじゃないか。君が気にしても仕方ないよ。」
 
「いやそれはそうなんだけどな、あいつ奥手だからな・・・。」
 
「気になるなら直接聞いてみればいいじゃないか。君ならいろいろとアドバイスも出来そうだしね。ま、よけいなことまでアドバイスしそうだけど・・・。」
 
「バカ言うな。いくら何でもそこまで聞けるか。変な先輩だと思われるじゃないか。」
 
「もうとっくの昔に思われてるよ。今さら変なところがひとつくらい増えたって何も変わりゃしないさ。」
 
「・・・まったく・・・こういう毒舌を平気で吐く奴が優しい先輩だなんて言われてるんだからな・・・。俺はいつだってこわい先輩だ。猫かぶりが下手な奴は損するなぁ・・・。」
 
「よく言うよ。君が短気を起こして怒鳴ったり殴ったりするのをやめれば、もしかしたら優しい先輩と呼ばれるかも知れないよ。」
 
「それはつまり、お前がもし怒った時、口より先に手を出してみろと言うようなもんだぞ?」
 
「つまりそれほど無理だってことか。」
 
「そういうことさ。」
 
「それなら優しい先輩と呼ばれることもあきらめるんだね。」
 
「ちぇっ・・・ま、仕方ないか。これは俺の性分だからな。」
 
 オシニスは口をへの字に曲げながら大げさに肩をすくめてみせた。
 
 町の中はいつもと変わりないようにも見えるが、道行く人々の顔は一様に暗い。だがハース鉱山が閉鎖され、良質の鉄鉱石やナイト輝石の供給源が絶たれたというのに、これからの暮らし向きを心配する声よりも、聖戦の噂ばかりが蔓延っている。
 
「明日のメシの心配よりも、来るか来ないか分からないような聖戦のほうが心配か・・・。」
 
 環になってしきりに聖戦への不安を口にしているおかみさん達の脇をすり抜けた後、オシニスがぽつりと言った。
 
「そんなに心配になるほど、誰かが不安を煽っているのかも知れないな・・・。」
 
「そうだな・・・。俺もそう思うが、ではそれは何のためなんだろうな。」
 
「・・・・・・・・。」
 
ほとんどの店が閉まっている商業地区を抜けて、二人は住宅地区の詰所の前にやってきた。
 
「へえ・・・とりあえず鍵はかかってるな。」
 
 住宅地区の詰所の入口は以前と変わりない。意外にもしっかりと締まっていた鍵を開けて中に入り、ぐるっと見渡したが王国軍の兵士達に荒らされた形跡もなかった。
 
「さてと・・・使えそうなものは全部持って行くか。来週あたりから正式に王国軍の詰所として使うって言ってたな。・・・あの連中、ここでいったい何する気なんだ・・・。」
 
「あんな連中に城下町の見回りをされたら、一般市民が危険にさらされそうだけどな・・・。」
 
 詰所の奥から、カップやお茶、それに救急用の薬類などを運び出しながら、ライザーがつぶやいた。
 
「それが狙いかもな・・・。」
 
「でも市民を恐怖に陥れると言うだけじゃなく、王宮に非難が集まるよ。それではかえってフロリア様には都合が悪いと思うんだけどな。」
 
 聖戦の噂にしても、不安を煽るだけ煽ってそれでおしまいでは、何の対策も講じようとしない王宮に非難が集まるだけだ。
 
「今のフロリア様は、俺達が知っているフロリア様とは違う・・・。頭の中身だけそっくりどこかの誰かと入れかわっちまったような・・・別人だよ・・・。何を考えているもんだか・・・。」
 
「頭の中身だけ入れ替わるなんてことがあるかどうかはともかく、確かに別人のようだよ。偽者がいるとでも考えたくなるけど、さすがにそれはないだろうな。あんなにそっくりな人をそう簡単にもう一人見つけられるとは思えない。」
 
「偽者なんかであるもんか。あれは間違いなく、俺達が知っているフロリア様のもう一つの顔さ。」
 
「・・・本気でそう思っているのか?」
 
「俺は事実を言っているだけだ。」
 
「事実かどうかなんて確かめたわけじゃないじゃないか。」
 
「事実だよ・・・あの時と同じだ・・・。あの目・・・あの声・・・。なにもかも・・・。」
 
 オシニスの顔が悲しげにゆがんだ。あれは何年前のことだろう。あの日まで、オシニスだってフロリアのことをそんなふうに思ったことなどなかった。顔も声も、何から何まで姿形は同じなのに、冷たい瞳、邪悪な微笑み・・・それは今まで、オシニスが見たこともないようなフロリアの姿だった。
 
「・・・・・・・・・・・・。」
 
 ライザーはそんなオシニスを黙って見ていた。オシニスが言っているのは、まだ2人が入団して一年ほどしか過ぎない頃のことだ。王族専用の庭に迷い込んできた子猫を巡って、当時のフロリア付きの護衛剣士キャスリーンが、フロリアと、フロリアの元教育係でその日たまたま遊びに来ていたモルダナと揉めたことがあった。キャスリーンが、子猫が何者かによって送り込まれた暗殺者の手先ではないかと主張し、その猫を殺すと言い出したことが事の発端らしい。危険を察知して逃げ出した子猫は、王宮の中庭にいたオシニスによってつかまえられた。子猫を渡せと迫るキャスリーンと、絶対渡さないでくれと言うフロリアの間に挟まれ、オシニスはまず子猫の体を調べてからにしたらどうかと提案した。そしてオシニスは子猫の体を全部調べて危険のないことを証明して見せ、おかげで猫は殺されずにすんだ。フロリアとモルダナは、猫を助けてくれたオシニスに感謝し、これを機会に時々ここに来て、一緒に猫の面倒を見てくれないかと頼まれたのだ。それ以来、オシニスとライザーは時々中庭に出掛けて、猫を間にフロリアと話すようになった。オシニスはフロリアと話しているときとても楽しそうで、いつもこんなふうにしていればいいのに、などとライザーは思ったものだ。
 
 だが・・・。
 
 その猫がしばらくして死んだ。悲しむフロリアを慰めて、オシニスとライザーが猫を中庭に埋めて墓を作ろうとしていたときのこと・・・突然オシニスの顔がこわばった。その理由がなんなのかライザーには分からなかったが、オシニスに寄れば、その時フロリアが笑っていたというのだ。まるで厄介払いでもしたかのように、子猫の墓を見て、笑っていたと・・・。
 
 ライザー自身はその顔を見たわけじゃない。だがオシニスがそんなタチの悪い冗談を言うような男でないことだけはわかる。だからそれはきっと真実なのだろう。そしてクロービスとカインの南大陸行きが決定したあの御前会議の日、ライザーもその氷のようなフロリアの瞳を見た。厄介払いができて笑いたいのを堪えているかのような、ぞっとする瞳・・・。
 
 あの日の執務室は異様なほどに寒かった。もちろん気温のせいではない。オシニスは何も気づいていないような顔をしていたが、一番先に気づいていたのは、そして一番そのことで心を痛めていたのは、オシニス自身だっただろう。
 
「・・・荷物がまとまったら掃除をして出よう。またさっきの連中に出くわしたりすると厄介だ。」
 
「そうだな・・・。あいつらにつけいる隙を与えるわけにはいかない。クロービスとカインが戻ってきたならなおさらだ。あいつらは絶対に俺達が守らないと。」
 
「もちろんだ。まずは僕らにできることをしよう。今日の僕らの任務は、使える物資を集めて海鳴りの祠に持ち帰ることだ。そして、さっき新たな任務が加わったじゃないか。」
 
「クロービス達と東の森で待ち合わせと、ウィローの訓練か。か。ははは・・・あいつらとまたいっしょに歩けて、しかも新しい仲間が増えるなんて、夢みたいだ。」
 
「夢を現実にしないとね。」
 
「そうだな・・・。今のところクロービスの奴がちょいと厄介だが・・・。」
 
「仕方ないよ。あの様子じゃ当分説得は無理だね。」
 
「兄貴分としては何とかしてやりたい、とかってのはないのか?」
 
「兄貴分なのは君だって同じだろう?」
 
「まあ・・・それはそうだが・・・。クロービスが頑固なのは知っていたが、ウィローも相当なものだぞありゃ。頑固者同士の喧嘩を仲裁なんて、俺はしたくないなあ。どうせ出来っこないしな。」
 
「そうなんだよね・・・。」
 
 ライザーも少し呆れ気味だ。
 
「僕だって心配だよ。だけど誰かがせっついて無理やり首を縦に振らせたところで、何の解決にもならないじゃないか。」
 
「そうなんだよな・・・。剣士団が何事もなければランドに任せると言う手もあるんだが、今の状態じゃなあ・・・。」
 
「確かに剣士団の組織がきちんとした形で機能していれば、剣士団の中に入ったほうがいろいろと動きやすくなると思うけどね・・・。」
 
 またため息が出る。実のところ、剣士団の解散が決定されたことであると言う事実を受け止めるしかなかった一週間前から、2人ともため息のつき通しだったのだ。
 
「ここで唸っていてもしょうがないか・・・。出来れば早めにキャンプ場所まで着きたいから、荷物がまとまったら行こう。」
 
「そうだね。ランドのほうは・・・どうなってるのかな・・・。」
 
 オシニスとライザーの同期入団である採用担当官ランドは、今日ハリーとキャラハンというコンビと一緒に、王宮へと向かっている。その目的は、王宮ロビーの案内係であるパティを連れ出すこと。
 
『パティの奴が昨日から家に帰ってこないんだ。あの王国軍の兵士どもに何をされてるかわかったもんじゃない。連れてきたいんだが手伝ってくれないか。』
 
 海鳴りの祠から城下町の詰所の整理に出かけてきたオシニス達と、一年後に入ったハリーとキャラハンと言うコンビが、ローランの東の森のキャンプ場所で出会ったランドにそう頼まれた。
 
『まだ仕事に行ってたのか?』
 
 驚いたのはオシニス達のほうだ。
 
『ああ、まったく、少しでも王宮内の情報を集めるから、私は休む気なんてないわよ、だとさ。さすがに今回のことでは親父さんもおふくろさんもずいぶん必死で説得したんだが・・・』
 
 実はランドはもうすぐパティと結婚する予定だったのだ。剣士団は解散させられて王宮から去ることになったが、パティのような案内係や図書室の司書、それに厨房の料理人や行政局の官僚など、王宮で働く人々には特に何の通達もなかった。王宮の守り手が王国剣士から『王国軍の衛兵』に代わっただけだからと、パティはそのまま仕事を続けようと決意した。もっとも、王国軍が王宮に入ってから王宮は閉鎖されてしまったので、一般客を相手にするパティの仕事はなくなってしまった。仕事がないのならもう王宮へは行かず家にいてくれと言うランドだったが、パティは頑として首を手に振らなかった。恋人の危機に、パティは自分が動かなければならないと考えた。剣士団をもう一度王宮に呼び戻せるよう、王宮内の情報を少しでも手に入れてランドに知らせようと考えていたのだ。だから『案内係としての仕事はなくても他にも必要な仕事はある』と、図書室にいるレディ・マリーと呼ばれる年かさの司書の手伝いをしながら、内部の情報収集に動こうとしていたらしい。
 
『あのならず者の集団がうろうろしている王宮に毎日通うなんて・・・度胸があるというか・・・。』
 
 オシニス達は半ば呆れ顔でランドの話を聞いていた。
 
『あれはただの無鉄砲だ。俺の言うことなんて端っから聞く気なんぞないんだ。まったく・・・。』
 
 ランドはすっかり困った顔をしている。ロビーの案内係として働くパティは見た目はとてもかわいらしく、いつも笑顔で話す。だが実はなかなか気が強く、こうと決めたらてこでも動かない頑固者だ。2人が結婚すれば、間違いなくランドは尻に敷かれるだろう。だが今ここで動かなければ、『パティの尻に敷かれるランド』を見ることも出来なくなるかもしれない。
 
『昨日からってことは、まだ一日も過ぎてないんだな。よし、明日の朝早くここを出て、すぐに連れ出そう。』
 
 オシニスは今にも立ち上がって出かけていきそうなくらい、やる気満々だったのだが・・・
 
『あ、ちょっと待て。ハリー、キャラハン、お前らが一緒に来てくれ。』
 
 ランドが慌てたようにオシニスを制し、ハリーとキャラハンに向かって声を掛けた。
 
『何だよ、どうせ行くなら全員で突撃したほうが早いぞ?』
 
 明日出掛けようと口では言っているのに、オシニスは剣の柄に手をかけて、今にも飛び出しそうな勢いだ。
 
『俺は全員で突撃する気はないんだ。とにかくパティを連れ出せればいい。お前が一緒に来たりしたら、出てきた王国軍の連中を全員叩きのめすまで帰ろうとしないだろう。それじゃ困る。』
 
 聞いていたライザーが笑い出した。
 
『オシニス、僕もランドの意見に同意するよ。僕らは詰所の整理を担当しよう。ハリー達なら充分役に立つよ。ただし、ハリー、キャラハン、頼むから王宮の中で掛け合いを始めないでくれ。』
 
『やだなあ、そんなことはしませんよ。・・・うん、多分・・・。』
 
『・・・やっぱり俺達が行こうか・・・・?』
 
 微妙に歯切れの悪い返事をするハリー達を見ながら、オシニスが少し心配そうに言った。
 
『い、いや、まあ何とかなるだろう。こいつらの腕は当てに出来るしな。』
 
 そして今朝、早い時間にキャンプ場所を出て、オシニスとライザーは詰所の整理に、ランドはハリーとキャラハンと共に王宮へと向かったのだ。
 
 
 
「うまく連れ出せていれば、多分今日の夜はキャンプ場所で落ち合えるだろう。きっと大丈夫だよ。あの王国軍の連中が、そんなに熱心に王宮の警備をしてるとも思えないしな。」
 
「真面目に仕事をする気がないなら、王宮内の掃除でもしてくれればいいのにね。」
 
「ははは、確かにそうだ。」
 
 商業地区と住宅地区にある詰め所から運び出した荷物は、お茶の道具、救急用の薬箱、それに一週間前までに町の中で起きた事件や事故についての記録などだ。いずれまたここに戻せるよう、何があっても王国軍などに好きにさせるわけには行かないと、できる限りのものを持ち出してきた。ローランにある詰所と違い、城下町の詰所には宿泊機能はないので、布団や毛布を運び出すことにはならずにすんだが、それにしてもなかなかの大荷物だ。二人で手分けして荷物を担ぎ、西の門に向かって歩き出した時、ライザーが立ち止まった。彼の視線の先には、陽の光を受けて輝く教会の尖塔が見える。
 
「・・・顔を出していかなくていいのか?」
 
「今僕が顔を出せば、神父様に迷惑をかけるかもしれない。いずれ、剣士団が元の身分に復帰したら、堂々と会いに行くよ・・・。」
 
 ライザーの横顔に悔しさがにじむ。
 
「そうか・・・。それじゃ行こう。」
 
「うん。」
 
 こみ上げる悔しさと怒りを心の奥に押し隠して、オシニスとライザーは城下町を後にした。
 

続きは本編にあり

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