「あの・・・カインです。」
「入れ。」
カインはそっと扉を開けて中に入った。剣士団長は机で仕事をしていたが、『よお、お帰り。』と笑顔で迎えてくれた。相変わらず机の上には書類が山になっている。普段の剣士団長はいつもこの調子だ。年中怒鳴っているわけでもないし、怖い顔をしているわけでもない。冗談を言ったりして若い剣士たちを笑わせてくれることもある、気さくでいい人だ。普段ならカインも笑顔で話が出来るのだが、今日はちょっと勝手が違っていた。団長はもう手元の書類に視線を戻して、何か書き物をしている。
「あの、ただいま戻りました。父に手紙を渡してきたので報告をと思いまして・・・。」
「ああ・・そうだな。お前の親父は何か言っていたか?」
オシニスは視線を手元から離さずにカインに尋ねた。
「はい、祭りの見物に、こちらに来るそうです。」
「ほぉ、ウィローも一緒か?」
「は、はい。あの、僕が島を出てから2〜3日中に向こうを出るそうです。そう伝えてくれと言われました。」
「わかった。ご苦労だったな。明日からはあの人ごみの中の警備だ。寝坊しないよう、今日は早く寝ろよ。」
「はい。あ、あの、団長。」
「ん?何だ?」
「あの・・・父の・・・友達の、ライザー・・・さんとコンビを組んでいたって、本当なんですか?」
ここで団長が顔を上げた。やっぱりそうなんだ・・・。カインは心の中でつぶやいた。
「・・・ライザーから聞いたのか?」
「いえ、その話は父から・・・。」
「・・・そうか・・・。」
「あの、僕、向こうでライザーおじさんに手合わせをしてもらったんです。」
「お前が?」
剣士団長は驚いたように、ぽかんとした顔でカインを見つめた。
「はい、その・・・父に稽古をつけてもらっているときに、おじさん達が船着場に行くのに通りかかって、それで、僕が船の時間までって頼んだんですけど・・・。」
またため息が出る。あのすばやさ、力強さ、迷いのない剣さばき、どれをとっても自分が勝てそうなものなど何もない。そのライザーと互角に戦える父の強さは、自分の想像より遥か高みにあるのだと、あの時思い知らされた。
「その表情だと、いいように振り回されて剣を落とされて終わりってところか?」
「は、はい・・・・!?」
カインはうつむきがちだった顔を思わず上げた。
「ふふん・・・なんでそんなことがわかるんだって顔してるな。今のお前がライザーにかなうはずがないことくらい、俺だってわかるさ。」
「そうですよね・・・。そのあと、父とおじさんの立合を見て、僕もそう思いました・・・。」
「へぇ・・クロービスとライザーの立合か・・・。なんだか懐かしいな・・・。」
オシニスはふふっと笑った。俺も見てみたかったな、ふとそんなことを考えた。
「すごい迫力だったんです。僕はあのときまで、自分がここですごく強くなれたような気がしていて、だからそろそろ父にも勝てるかな、なんて思ってたんですけど・・・」
「お前が思っているより、お前の親父は遙かに強かったってことか?」
「はい・・・。」
団長にはわかるんだ・・・。父さんが僕なんかよりずっとずっと強いことを知っている。僕は今まで、父さんの何を見ていたんだろうな・・・。またため息が出た。そんなカインを、剣士団長はちらりとみてくすりと笑った。でもその視線が、カインを通り越して遙か遠くを見ているように見えた。
「昔・・・俺とライザーが立合をすると、いつも時間切れで引き分けだったもんだ。お互い相手に勝ったことがないのさ。お前の親父と相方のカインとは、俺達もよく手合わせしたものだが、あいつらは驚異的な速さで俺達に追いついてきたよ。特に南大陸から戻ってきてからは、ほとんど互角に戦えるようになっていた。あとあいつらに足りなかったのは、よりいっそうの経験と、成長途上が故の持久力のなさだけだったな・・・。」
「・・・・・・・。」
カインは神妙な面持ちで聞いている。成長途上であることが問題になるのは、ほかの剣士達と同程度の実力を身につけてからのことだ。今の状態で力のなさを体格や年齢のせいになんて出来ないということを、若手達にうまく伝えるにはどうしたものか、オシニスはいつも頭を悩ませていたのだが、今の話で、少なくともこの若者だけはわかってくれただろうか。
「なあカイン。」
「は、はい。」
「お前の親父とライザーの立合を見て、お前は何かつかめたと思うか?」
「あ、あの・・・つかめたかどうかは・・・でも、その・・・。」
うまい言葉が見つからない。圧倒されて、自分の力のなさをいやというほど思い知らされて、あの時わかったことといえば、自分の今までの考えがいかに甘かったかと、基本を忘れるとどういうことになるかということだけだ。
「・・・僕が・・・まだまだ半人前なんだってことはいやって言うほど思い知らされました・・。」
(なるほど、ちょっとは自分のおかれている状況がつかめたようだな・・・。)
黙りこんでうつむいたカインを見て、オシニスは心の中でつぶやいた。
「なるほど。で、その半人前の状態を打破するために、何かしらの対策は講じたのか?」
「対策って言うか・・・いままで、僕はとにかく攻撃力があれば、相手を倒せると思い込んでいたところがあって、でもそれがぜんぜん見当はずれだってわかったんです。それで、父に稽古をつけてもらって、それで、昔話なんかも少し聞かせてもらいました。」
「昔話?」
「はい、剣士団の採用試験のこととか、あとはその・・・南な大陸で何があったかとか・・・。」
「クロービスがお前に話したのか?」
「はい。」
「お前のお袋さんは?」
「はい、母からも聞きました・・・。」
フローラの話を聞いて、母親が初めて見せた涙をカインは思い出していた。
「そうか・・・。どのあたりまで聞いたんだ?」
「どのあたりって言うのは・・・?」
「南大陸へ行って、戻ってきたあたりも話したのか?」
「はい。」
「それから?」
「そのあとで海鳴りの祠に行って、そこから出たところまでですけど・・・。」
「その後の話は聞かなかったのか?」
「その後の話は・・・まだ、話す勇気がないって・・・。」
「そうか・・・・。」
あのあと彼らに何があったのか、オシニスが知りたいのはそこだ。だが、今になってさえ話す勇気が出ないほど、彼らにとってつらい悲しい話であることは確からしい。
(こっちに来てから、話してくれるのかな・・・。)
いや、話してもらおう。彼らが海鳴りの祠を出てから何があったのか、あのあと再びクロービスが海鳴りの祠に戻ってきたとき、すでにカインはいなかった。実はカインの死に、自分の知らない何かがあるのではないかと、オシニスは考えている。そしてそのことが、最近のフロリアの様子がおかしいこととつながりがあるのではないかと踏んでいるのだ。フロリアのためならば、オシニスはどんなことでもするつもりでいる。
(もっとも・・・もしかしたら奴の死の半分は俺のせいかもしれないんだがな・・・。)
苦い思いがオシニスの胸をよぎった。
「では、昔話を聞いて、稽古もつけてもらって、自分としては多少はましになったと思うか?」
「多少は・・・ですけど。」
カインはまだ自信なさげだ。
「よし、休暇の間、お前のあのへたくそな芝居を見せられていたような大げさな立ち回りが、どの程度ましになったのか試してやる。そうだな、明日の夜、メシの後で訓練場に来い。」
「は、はい!」
ライザーの話から思わぬ方向に話が転がってしまった。剣士団長が訓練の相手をしてくれる。カインの心臓は、もう今から飛び出しそうなほどにどきどきいっている。今からこんなに緊張していては、勝てるものも、いや、まず勝てないだろうが、実力を出し切れなくなってしまう。落ち着かなければ。一礼して部屋を出ようとしたカインを、団長が呼び止めた。
「ちょっと待て。」
「は・・・はい・・・。」
振り向いたカインの顔はなんだか怯えているようだ。いささか脅かしすぎたかもしれない。
「・・・そんな顔をするな。さっきのお前の話をもう一度聞きたかったのさ。ライザーが船着場に行ったとか何とか、さっき言ってたよな?」
「あ、それは・・・おじさんとおばさん、あ、あの、ライザー・・・さんの奥さんのことで・・・。」
カインはすっかり上がってしまって、自分でも何を言っているのかわからない。
「おいおい、ちょっと落ち着けよ。俺は別に尋問しているわけじゃないんだぞ。お前がいつもおじさんと呼んでいるならそのまま話してくれていい。どうせ今じゃ立派なオヤジになっているだろうからな。お前が軽くあしらわれたってことは、今までも訓練は積んでいたんだろうから体型はたぶん昔と変わらんだろう。頭のほうは、どうだ?」
オシニスはにやりと笑って、自分の額から後頭部にかけて手でするりとなでて見せた。
「え、えーと・・・髪は普通・・・です。白髪もないみたいだし、父とかは、その、昔と変わらないですね、ってよく言ってます。」
「ぶわっはっはっは。はげてないか。そりゃ何よりだ。で、あいつが船着場に行ってどうしたって?」
「祭り見物に行くって。それで、僕がこっちに戻る少し前に島を出たので・・・たぶんもう城下町には来ていると思うんですけど・・・。」
「そうか・・・・。来てるのか・・・・。」
少しさびしげに黙りこんだオシニスを見て、カインはライザーとオシニスがもう20年も会ってないのだということを思い出した。
「引き止めてすまなかったな。行っていいぞ。アスランの奴はお前より先に戻ってきたから、たぶん今頃は部屋にいるだろう。明日に備えて、今日はゆっくり休め。」
「はい・・・失礼します・・・。」
カインは今度こそ本当に剣士団長室を出た。20年ぶりに団長とおじさんが出会ったら、きっと積もる話があるんだろうな、と思いながら・・・。
|
本編のどこかに続く