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外伝9

 
「はぁ・・・二度とあんなところに行くもんかと思っていたが、ま、やっぱりそういうわけにもいかねぇか・・・。」
 
 ぶつぶつ言いながら通りを歩いているのはローディだ。実に重そうな、大きな荷車を曳いている。彼の職場は町の中でも工房が軒を連ねる通りにあり、大工道具や荷物を運ぶ車などを製造販売している。ローディはこの工房では中堅というところか。手先が器用で修理をうまくこなすので、工房の親方から重宝がられている。先日の一件は誰にも話してはいない。今日、ローディは『あの』資材置き場に向かっているところだった。住宅地区建設現場はローディの工房のお得意さんだ。大工道具の販売は言うに及ばず、修理も毎日大量に持ち込まれている。ローディはついさっき修理が完了したばかりの大工道具を、資材置き場に納めに行くところなのだ。あの日からローディは、建設現場は言うに及ばず、出来るだけ外に出ず工房の中にいるようにしていた。工房の中なら万一何かあっても仲間に助けを求めることも出来るし、そもそもあんなにたくさん人のいる場所に武器を持って躍り込んでくるような馬鹿者がいるとも思えない。だから用事を頼まれるたびに他の仕事があるからと、出来るだけ出歩かないようにしていたのだが・・・。
 
「もう二度と足を踏み入れたくない場所だが・・・ま、あのマント野郎がこんな白昼にいるはずがないし、大丈夫だろう。それに・・・これも俺の仕事のうちだ。行きたくないから行きませんですむ話じゃねぇしなあ・・・。」
 
 人ごみの中で背中を刺され、危うく死ぬところだったのはつい先日のことなのに、何だかとても遠い日の出来事に思えるくらい、ローディの周囲は静かなものだ。自分を刺したのが、これから行こうとしている資材置き場であの日ローディが目撃した黒マントの男だと信じて疑わないが、残念ながらその男の存在そのものを証明する手立てがない。刺された後、家まで送ってくれた剣士団の副団長は、自分の家族と自分を、常に見守っているとは言ってくれた。そのおかげで今日も無事でいられるのか、それとももうローディは狙われていないのか、それも判然としないほどだ。
 
「ま、何事もないのはいいことだがな・・・しかし重いなあ。」
 
 いつもなら道具の修理は前日に終わらせ、翌日の朝いちばんで届けることになっている。ところが昨日、最近入った見習いがうっかり道具を二つほどダメにしてしまったのだ。工房の親方は慌てて資材置き場の事務所に駆け込み、王宮から派遣されている監督官に平身低頭謝った。そして新たな修理を今回は無料でやりますと、また大量の道具を預かってきたのだ。おかげで昨日まではとても終わらず、今朝から職人たちが総出でかかってやっと仕上げた。ほぼ2日分の道具が積んである荷車は、いつもよりずっと重い。
 
「ま、あいつも悪気があったわけじゃねぇし、見習いのころに失敗なんて誰でもやるこったしなあ・・・。」
 
 道具を壊してしまった見習いの若者は、気の毒なほど肩を落としていた。誰だって失敗はあるから気にするなと、みんなで慰めていたところだ。こんな日もあるさとため息をついて、ローディは資材置き場に向かって歩き続けた。その時・・・
 
「おい、ローディじゃないか。」
 
 声をかけてきたのは近所に住む男だ。この男は住宅地区の建設現場で働いている。建設現場の人夫は、全員が日雇いというわけではなく、ある程度の数は専任として確保してあるのだ。彼らは日雇いで働きに来る人夫達の、技術指導にあたる。そんな専任の人夫の一人がこの男だ。
 
「なんだ、今日は休みなのか?」
 
「いや、早く帰ってきたんだ。あんなことがあっちゃどうにも気分がよくないからな。」
 
「あんなこと?」
 
 きょとんとして聞き返したローディに、男が「おや?」という顔をした。
 
「なんだ知らないのか?資材置き場で死体が見つかったっていう話。」
 
「へ・・・・・。」
 
 一瞬、男の言っている言葉の意味が理解できなかった。
 
「しかも医師会の先生だって話だぜ。俺も名前は聞いたことがある程度だが、なかなかいい先生だったっらしいよ。それがなんであんな・・・。」
 
「し・・・死体?」
 
「そうだよ。大丈夫か?」
 
 死体・・・まさかあの時・・・
 
(い、いや、そんなはずは・・・。あの時は言うことを聞かないと死体になるっていう・・・。)
 
 それにその時死体になるはずだった男は、間違いなく死んで川に浮いていた。
 
「ま、今はもう医師会に運ばれて、現場は王国剣士が調べてるよ。今なら行っても何もないから安心しろよ。」
 
「そ・・・そうだよな。ははは、うん、大丈夫だよ。」
 
 そう言ってはみたものの、心臓の鼓動がどんどん速くなっていく。
 
「余計なことを言っちまって悪かったな。気を付けて行けよ。」
 
 男はすまなそうに言った。ちょっとした世間話のつもりだったのだが、ローディを怯えさせてしまったらしい。
 
「いや、教えてもらってよかったよ。向こうに行ってから聞いたらびっくりして、仕事どころじゃなくなっちまったかもしれないからな。」
 
 男と別れ、ローディはまた荷車を曳いて歩き出した。
 
「・・・人殺しの相談の次は死体かよ・・・。まったく、この国はどうなっちまったんだ・・・。」
 
 あの場所で人殺しの相談がなされ、自分も死ぬところだった。そして今度はあの場所に死体があった・・・。
 
「まさか・・・あのマント野郎の仕業とか・・・。」
 
 まさかそんなことはないよなと思う一方で、犯人が違うとしら、それはつまりこの町に人殺しが複数いるということになる・・・。それはそれで恐ろしい。
 
「いや、とにかく納品に行くぞ。そしてさっさと帰るんだ。」
 
 そう心に決めて、ローディは歩き続け、やっと資材置き場についた。まずは事務所に顔を出すと、監督官のホルムが書類に埋もれて仕事をしている。
 
「ホルムさん、こんにちは。修理した道具をお届けに上がりました。」
 
「おやご苦労さん。昨日は変な時間に修理品を預けてしまってすまなかったね。」
 
「いやいや、これもサービスですよ。かえって道具をダメにしてしまって、すみませんでした。」
 
「とんでもない。道具はいずれ壊れるものなんだから、親方に気にしないでくれと伝えてくれるかい。」
 
「はい、ありがとうございます。」
 
 ホルムは監督官の中でも穏やかでいい人物だ。
 
「はい、それじゃこれが今回の伝票だよ。」
 
 渡された伝票を見てローディは驚いた。親方が『無料で』引き受けたはずの修理品についても、金額が明記されていたのだ。
 
「ホ、ホルムさん、これは・・・。うちでは無料でお受けしたわけですし・・・。」
 
「そうはいかないよ。王宮はね、ただでやってもらって得したなですませるわけにはいかないんだよ。お宅の工房ではいつもきちんと仕事をしてくれている。それに対して支払うものは支払わないとね。」
 
「ですが・・・道具を壊してしまったのはこちらの不注意ですし・・・。」
 
「そりゃ仕方ないよ。道具なんてものは消耗品だからね。どんなに気をつけていても、こういうことは起きる可能性があるだろう。昨日親方も丁寧に説明してくれたし、明日になるはずの修理分まで一日早く上がってきたわけだから、こちらとしてはかえってありがたいくらいなんだ。だからもうこの話はおしまいにしよう。請求書もこの金額で出してくれるよう、伝えてくれるかい。」
 
「・・・わかりました。ありがとうございます。」
 
 実のところ、今回の『無料修理』のおかげで、工房の職人たちがへとへとになっていた。これだけの作業が金にならないというのは、実に張り合いのないものなのだ。ローディは心からホルムに感謝した。
 
「それじゃその道具はいつもの場所においてくれるかい。」
 
「はい、あの・・・。ホルムさん・・・。」
 
「ん?なんだい?」
 
「今日ここで、死体が見つかったって・・・聞いたんですけど・・・。」
 
 ローディは恐る恐る尋ねた。
 
「ああ、まあ・・・うん、そうなんだ。医師会のモーガン先生と言ってね、とてもいい先生だったんだが・・・。」
 
 ホルムは困ったような顔をしたが、怒ったりはしなかった。
 
「そ、その・・・場所は・・・その・・・」
 
「ああ、場所は廃材置き場だけど、もうないよ。今は王国剣士達が現場検証しているはずだ。だから、安心してくれていいよ。」
 
「そ、そうですか・・・。はい、すみません、変なこと聞いて。」
 
「いいよ。もう町の噂になっているだろうし、そんな話を聞けば気になるものだからね。」
 
 外に出て、いつも道具を納品する場所に向かった。そこは広場の中でも隅のほうで、隣には塀がめぐらされている。その塀の向こう側が廃材置き場だ。住宅地区を建設するために、周囲の古い家を壊したりした時に出る廃材を保管するための場所となっている。死体が発見されたのがまさにそこらしい。
 
(い・・・今は何もないんだよな・・・。王国剣士もいるっていうし。)
 
 誰かの声が聞こえてくるのは、その廃材置き場からだろうか。柵のせいか音が反響して、どこから聞こえてくるのかよくわからないし、背後では人夫達が大声で何か話している。実は廃材置き場では、ちょうどパーシバルがグラディス達とヒューイに現場検証についての話を始めたところだが、むろんローディはそんなことは知らない。そしてそこに自分を助けてくれた2人の王国剣士がいることも。
 
「さてと・・・端から順に箱に入れて・・・。」
 
 道具置き場には種類ごとに専用の箱が置かれている。朝、人夫達はここからそれぞれ使用する道具を持っていくので、箱の中にきれいに並べて置いておかなければならないのだ。ローディが作業を始めてしばらくした時・・・
 
≪・・・・・・≫
 
 不意に聞こえたくぐもった声に、ローディは飛び上がりそうなほど驚いた。
 
(ま・・・まさか!?)
 
 その声こそ、忘れもしないあの日の夜、ローディがこの資材置き場で聞いた『黒マントの男』の声だったのだ。
 
(い・・・いや、落ち着け、ただの空耳ということも・・・。)
 
 ローディは耳を澄ませたが、自分の心臓の音のほうが大きくてうまく聞き取れず、何と言っているのかまではわからない。でもこの声は・・・間違いなくあの男の声だ!どこだ、どこから聞こえてくる!?
 
(じょ、冗談じゃねぇ!こんなところで襲われたら!)
 
 声は聞こえてくるのだがどの方向から聞こえてくるのかまではわからない。背後では相変わらず人夫達が遠くの仲間と怒鳴るような大声で話している。その怒鳴り声が、まるで『黒マントの男』の声をかき消すために、わざと怒鳴っているのではないかとさえ思えてくる。
 
(まさか・・・ここにいる人夫も仲間なのか!?)
 
 周囲のすべてが自分を見つめているような気がした。そしてその中から誰かがダガーを振り上げて、今にも自分を襲ってくるかもしれない!
 
(ちっくしょう!さっさと仕事を終わらせて逃げないと!)
 
 ローディは必死で道具を箱に入れた。手が震える。恐怖で叫びだしそうになる。今すぐにここから逃げ出したかった。だが今は仕事中だ。ここで仕事を放り出したりしたら、ホルムだって今度は怒るかもしれない。ローディは滝のように汗をかきながら、やっとのことで最後の道具を箱に入れた。そのころにはもうそれらしい声は聞こえてこなかった。
 
(いなくなったのか・・・それとも・・・。)
 
 まだ近くにいるのか・・・。ここは資材置き場の隅のほうだ。周りにいる人夫達がもしも敵の仲間なら・・・。
 
(だが・・・さすがにここの人夫全員てのは考えにくい。となるとまさか工房に戻る途中で襲われたりとか・・・。)
 
 可能性がないとは言い切れない。ここから工房に戻るまでの道はそれほど寂しい通りではないが、通行人のふりをしてそっと近づかれたとしても、誰も気に留めないだろう。
 
(い、いや・・・あの副団長さんがちゃんと守ってくれると言ったんだ。たぶん密偵みたいなやつがいるんだろう。とにかく早く帰らないと・・・!)
 
 ローディは空になった荷車を曳いて、すぐに工房への道を走り出した。
 
 
                          
 
 
「・・・解剖の結果はそんなところだ。こんなことになって、ドゥルーガー先生もつらかっただろうが、冷静に分析してくれた。必ず犯人は捕まえなきゃならん。」
 
 ローディがあわてて走り去ったのと同じころ、隣の廃材置き場ではパーシバルの説明が一区切りしたところだった。解剖の結果を聞いて、見張りに立っていた剣士達が目頭を押さえた。2人は最初見張りをしていたのだが、調査の行方が気になるのは同じだ。今だけ話を一緒に聞きたいと言われ、パーシバルが了承したのだ。
 
「悔しいですね・・・。」
 
 見張りの剣士が言った。
 
「なんでモーガン先生が・・・。」
 
 もう一人の剣士も声を詰まらせた。
 
「ああ・・・モーガン先生のようないい人がこんなことになるなんて、悔しくて仕方ない。だが、例えば死体が指名手配中の大悪党だったとしても、街の中でこんなことが起きるのを許しておくわけにはいかないんだ。俺達はこの後周辺の聞き込みをして王宮に戻るから、見張りはしっかりしてくれ。」
 
「はい。」
 
 その後、4人でそのあたりにいる人夫を掴まえて話を聞いたりしながら、王宮に戻った。そろそろ夕方になる。今日一日でわかったことについて、一度打ち合わせしようということになったのだ。グラディスとガウディは、さっきダゴスから聞いた話をヒューイに伝えなければならない。
 
「それじゃお前らの部屋に行くか。」
 
 ヒューイが言った。
 
「はい、あんまり片付いていないですけど・・・。」
 
「ははは、そんなのはどこの部屋も似たようなものだ。気にするなよ。」
 
 4人でグラディス達の部屋に来た。今回も鍵はしっかりかかっていた。部屋のチェストも開いていない。
 
「よし、さっき周旋屋から聞いた話を聞かせてくれ。まずは会話の部分だけ。全部聞いたら、それからお前達の考えも聞かせてもらうぞ。」
 
「え?いいんですか、俺達の考えを言っても。」
 
「会話の内容を全部聞いた後ならな。その前に言われちまうと俺の考えがまとまらなくなる。」
 
「わかりました。」
 
 グラディスは今日会った周旋屋が偶然にもダゴス本人だったことから、彼とはエイベックの件で顔見知りだったこと、自分の顔を見た途端、最初に会った時と同じように顔をこわばらせたことを話した。そして、狙ったわけではなかったが話の流れでポロリと喋った手数料の件についても、異様なまでに動揺を見せたことも。ガウディが何か言うかと、グラディスは話の合間合間に隣を伺ったが、エイベックの話になるといまだにガウディはしかめ面になってしまう。仕方なく、グラディスが一人で最後までしゃべった。
 
「なるほどな・・・。最初に会った時もお前を見た途端異常なほどびっくりしたと・・・で、手数料についても、何かあるってことだよな・・・。」
 
 ヒューイは渋い顔で聞いている。
 
「ホルムさんもそんなことを言ってたということは、誰が見てもおかしいと思うような態度だったということか・・・。」
 
 パーシバルが考え込んだ。
 
「それにお前が周旋屋の事務所に顔を出した時もおかしかったんだろう?」
 
 ヒューイが尋ねた。
 
「ああ・・・。俺としては最近人夫が増えたから、治安について注意を促そうと考えただけなんだが・・・。俺にはそんな態度をとられる理由に何一つ心当たりがないからな。向こうに何か後ろ暗いところがあるのかと思ったが・・・。」
 
 実はパーシバルが周旋屋達に話を聞きに行った理由はガルガスの件で何かわかればと思ってのことだったのだが、それを言うわけにもいかず、ヒューイには『治安についての注意喚起と協力依頼のため』周旋屋の事務所を訪ねたのだと話してある。
 
「ふん、どうやら『実はなにもありませんでした』という報告は出来そうにないな・・・。それじゃグラディス、ガウディ、お前達の考えとしてはどうだ?」
 
「そうですね・・・。」
 
 ダゴスと最初に会った時の、あの怯えたような顔からしても、そしてこちらが何も言わないのにガルガスの話を出してきたことからも、彼らがガルガスの死について何か知っているのではないか、そして、そのガルガスの死には、最近表面化してきた手数料の問題が絡んでいるのではないか、そう考えたことを話した。ここでローディの話をすれば、ヒューイなら何か気づくことがあるのではないかと思う。だが、その話は今ここで出来ない。ガルガスの件はヒューイだけでなく剣士団の中でも公にしていいことだが、ローディの件だけはヒューイに何も言ってないどころか、市場で人が刺されたという事件としても公にされていない。ローディが刺された時、広場では人だかりができた。だから噂としてはすぐに広まるかと思っていたが、どうも『人が刺された』と認識して見ていた人達があまりいないらしかった。
 
(まあ確かに・・・刺されているのがわかってから運んでいくまで時間はかかってないから、背中にダガーが刺さっていたのを見た人もそんなにいないってことなのかな・・・。)
 
 そう思う一方で、剣士団長が裏から手を回したのではないかという疑念も拭い去れずにいる。それも騒ぎを大きくしないためにではなく、自分達の都合のいいように隠蔽したのではないかと・・・。
 
 
「なるほどな・・・。」
 
 ヒューイは聞き終えて考え込んだ。
 
「やっぱりガルガスさんとは関係あるのかなあ・・・。うーん・・・。」
 
「なあヒューイ、さっき剣士団長室ではガルガスさんの件についてはお前と情報交換しないと言っていたが、なんならやっぱり情報交換しますと団長に行っておくか?」
 
「うーん・・・・。」
 
 またヒューイは腕を組んで唸っている。そして・・・
 
「いや、まずは情報交換なしで進めよう。それぞれ調査を進めて、どうしても繋がっていそうだとなったら、その時はお前に声をかけるよ。だからお前も、これは絶対関係があると確信できるような情報を手に入れたら、その時は声をかけてくれ。」
 
「そうか・・・。そうだな、それで行こう。グラディス、ガウディ、お前達もそのつもりでいてくれ。俺達で得た情報はまずヒューイが調べている件に関係があるかないかこちらで吟味して、関係があるとなったら改めて打ち合わせということにしよう。」
 
「しかしだいぶきな臭くなってきたのは確かだな・・・。慎重に行動しないと、へたすりゃまた誰かが犠牲になったりすることにもなりかねないってわけか・・・。」
 
「そういうことになるな・・・。あまり考えたくはないがな。」
 
「それじゃそんな事にならないために、早めに行動を起こすか。俺はちょっと出かけてくるよ。」
 
 ヒューイが言った。
 
「聞き込みか?」
 
「ああ、人夫がよく行く安酒場に行ってみる。一杯おごれば人夫達の口も滑らかになるだろう。」
 
 さっき帰り足に人夫達に話を聞いてみたが、あまり大した話は聞けなかった。もっともあの場所には人夫頭もいるし監督官だっていつ来るかわからない。だからそう言った目がないところでならば、もう少し突っ込んだ話が聞けるかもしれないとヒューイは考えたのだ。
 
「その恰好のまま行くなよ。びっくりされるぞ。」
 
「ははは、着替えてから行くさ。」
 
「それと、気をつけろ。裏で操っている誰かがいたとして、そいつに感づかれたらお前の身も危険になるんだからな。」
 
「ああ、うまくやるさ。」
 
 ヒューイは部屋を出ていった。パーシバルとヒューイは仕事のあと一緒に飲むと言うことがあまりない。パーシバルも酒はたしなむほうだが、ヒューイが飲みに行くと言って出掛ける場合、本当の酒飲みは半分で、あとの半分はバザールなどの店巡りになるからだ。その理由は恋人ジーナへの贈り物を探すためである。だから本当にたまに、そう言った『ほかの用事』がない時は二人で飲みに出かけたりもする。そんな理由から、今回ヒューイが1人で出掛けても変には思われないはずだ。
 
「・・・さてと、それじゃ改めてお前らの話を聞かせてもらうか。今日一日で何かわかったか。」
 
「はい、まずはですね・・・。」
 
 2人は朝から調べたことをパーシバルに話した。
 
「・・・調書のメモが・・・ない・・・?」
 
 パーシバルの眉間に皺が寄った。
 
「はい、ドゥルーガー先生も首をかしげていました。モーガン先生の死体が発見される前の話ですから、医師会に持ち帰ったのかという話も出てましたけど・・・。」
 
「そうか・・・。しかしそれも妙ではあるが・・・。」
 
「パーシバルさんはそのメモを見たんですよね?」
 
「ああ、ヒューイと一緒にアルスさん達に話を聞きに行ったときにな。あのときはアルスさん達も城下町の勤務だったんだ。だから牢獄に行って、検死報告書を見せてもらった。モーガン先生はたまたま浮浪者の死体が見つかったということで留守だったがな。そうだなあ・・・このくらいはあったかな。」
 
 パーシバルは右手の人差指と親指で、書類の厚さを示してみせた。それを見ただけでも相当な分厚さだったことがわかる。
 
「・・・書かれていた内容なんて・・・覚えていませんよね・・・。」
 
「うーん・・・まさかなくなるとは思っていなかったし、そもそもあれは報告書を書くためのメモだから、専門用語も多いし第一走り書きばかりで読みにくいんだよな。一応目は通したが、何が書いてあったかとなるとなあ・・・。」
 
 パーシバルがうーんと唸って考え込んでしまった。
 
「まあ、思い出してみるよ。でもさすがに今すぐってわけにもいかないし、・・・ヒューイに聞ければいいんだがなあ・・・。」
 
 パーシバルは小さくため息をついた。こればかりは仕方ない。いずれ全部の調査が終わり、隠し事なんてしなくてもよくなるまでの辛抱だ。
 
「そうだな・・・可能性としては低いが、モーガン先生の遺品の中に紛れ込んでいたり、あとは医師会の部屋に置かれていたりしないか聞いてみるか。」
 
「できるんですか?」
 
「ああ、モーガン先生が亡くなったことがはっきりした今、遺品の整理などもやることになるだろうから、ドゥルーガー先生あたりにさりげなく見ておいてもらうくらいは出来るだろう。私物は家族に任せることになるだろうが、仕事関係については医師会の誰かが立ち会う必要があるはずだからな。あるかないかだけでもわかれば、持ち去った者が誰なのか、ある程度の絞り込みが出来る。それじゃ、それは明日俺から頼んでおくよ。俺はこの件を担当することが決まっているから、ドゥルーガー先生と話をしていても変に思われないだろう。」
 
「お願いします。」
 
「わかった。他には何かないか?」
 
「はい、あの・・・。」
 
 グラディスはエイベックから聞いた話をしてみた。案の定ガウディはエイベックの名前が出た途端、むすっとして一言もしゃべらない。
 
「王国剣士か・・・。」
 
「はい、誰なのかはわかりませんけど・・・。」
 
「あのローディさんが話したという王国剣士と同じ人物とも考えられるな。」
 
「俺はそう思いました。ただそれが・・・俺がそう思いたいだけなのかもしれないと思うと・・・。」
 
「なるほど、自分の推理に自信が持てないということか。」
 
「はい・・・。」
 
 町の中を歩く王国剣士なんて珍しくもない。たまたま別な方向から来た王国剣士とそれぞれ別々に出会ったということも、ありえないことじゃない。
 
「調べられなくもないが、表だって動くわけにもいかないしなあ。」
 
 パーシバルがうーんと唸った。
 
「それにあの辺りにはかなり見回ってる組もありますしね・・・。」
 
「え?」
 
 パーシバルが驚いたように聞き返した。
 
「え?俺何かおかしなこと言いましたか?」
 
 グラディスもきょとんとしている。
 
「かなりおかしなことを言ってるぞ。いいか?お前達はあの人夫頭が言っていた王国剣士と、そのローディさんという人から聞いた王国剣士が同じ人物なんじゃないかと考えているわけだよな?」
 
「は・・・はい・・・。」
 
 グラディスはきょとんとしている。パーシバルの言っている言葉の意味が理解できていないらしい。
 
「そのローディさんという人の話は俺も団長から教えてもらった。その人はこう言ってたんじゃないのか。『そのだんなは今日は非番だけど、最近は治安が悪いからこのかっこで動くことにしていると言っていた』と。」
 
「・・・はい・・・あ!?」
 
 そうだ!あの日詰所で聞いたじゃないか。『そのだんなはね、なんでも非番だったそうですよ。ところが最近は治安が悪い。だから休みの日でも制服を着て武装して歩くんだそうな。確かに王国剣士が近くにいるのがわかれば、おかしな連中も動きを潜めますしね。』
 
「・・・そ・・・そうだ・・・。すっかり忘れていた・・・。」
 
 不自然なほど親身になってくれる団長と副団長への疑念で、あの人の話を半分うわの空で聞いていたかもしれない・・・。そしてグラディスの隣で、ガウディも自分に呆れていた。
 
(くそっ!一緒に聞いていたのに、俺も全然気づかなかった・・・。俺は・・・何を聞いていたんだ・・・)
 
 エイベックのことになると、どうしてもガウディは苦い思いに囚われてしまう。いつの間にか耳を塞いでいたのではなかったか・・・。
 
 そんな2人を見つめ、パーシバルはため息をついた。2人とも鈍いわけではないし、そそっかしくもない。何より今まで、さまざまな事件を解決している。殺人事件には遭遇したことがないというだけで、町中の警備ではそれなりにあてに出来るコンビだとパーシバルもヒューイも考えているのだ。だからこそこの2人の仲の悪さが気になっている。これでチームワークが良くなれば、将来の剣士団を背負って立つことも出来るのではないかと思えるのに。だが今回の場合、この2人には気になることがあるようだ。そう、自分達が仕事として調査しなければならない案件よりも。
 
「・・・どうやら、お前達には事件の内容以上に気になることがあるようだな・・・。」
 
 パーシバルの言葉に、2人ともそろって唇をかみしめた。
 
「団長たちのことが気になるのは理解できる。だが今のところ、お前達が団長に提供した情報の中で、俺に対して隠されていることは何もない。グラディスが預けた酒瓶も金もちゃんと保管されているぞ。もちろん団長が密偵を動かしているとしたら、それで得た情報については何とも言えないんだがな。」
 
「それは・・・それは俺もそう思います。ただ、検死報告書からメモだけ抜き取るなんて、普通の人にはそんなことをする理由がないですし・・・。」
 
「・・・確かに、団長かどうかはともかく、俺の考えが裏付けられてしまったという気はするけどな・・・。」
 
 思わずため息が出る。団長室で話していたうちは、まだまだ不確かな情報だった。だが、なければならないはずのガルガスの検死報告書のメモが消えてしまったというのは事実なのだ。
 
「パーシバルさんの?」
 
 グラディスとガウディが顔を上げた。
 
「ああ、お前達の話を聞いてから俺のほうでわかったことを話そうと思ってたんだが・・・。」
 
 パーシバルはさっき団長室で団長に報告した話を2人に聞かせた。
 
「・・・剣士団・・・ですか・・・。」
 
 モーガン医師の死がもしもガルガスの件と繋がっているのだとしたら・・・仲間をも疑わなければならなくなるかもしれない。それはグラディスとガウディにとって、衝撃的なことだった。2人とも団長と副団長のことは疑っていたが、それが仲間をも疑う必要が出てくるかもしれないなんて考えたこともなかったのだ。
 
「考えたくはないが、可能性としてゼロではない以上、排除するべきではないということだ。もちろんそんな疑惑はさっさと払拭してしまいたいが、そのためにも調査を進めなければならないんだ。だから、グラディス、ガウディ、お前達の疑念は心のうちにしまって、まずは調査に専念してはくれないか。もしも・・・もしも調査の結果どうしても団長たちを疑わなければならないのだとしたら、その時は直接団長に談判しよう。だがそれまでは、『かもしれない』ばかりに気をとられず、まずは何が起きたかを、地に足をつけて調査してほしい。」
 
 グラディスもガウディもしばらく考え込んでいたが・・・
 
「すみませんでした。」
 
 そろって頭を下げた。
 
「どうしても団長達のことが気になって・・・いつもそこで止まってしまってたんだと思います。でも、まずは考えないようにします。」
 
「さて、だいぶ話が逸れてしまったな。さっきの話の続きをしよう。あのローディさんという人が言っていたという王国剣士は、どうやら非番の剣士らしい。今町の中は物騒だから、少しでも治安維持に貢献しようと買物程度なら制服を着たまま出かける連中はそこそこいるんだ。その日の勤務表を見て、非番の剣士一人ずつに声をかけていくしかないだろうな。」
 
「そうですね・・・。」
 
 全く迂闊としか言いようがない。あの人ははっきりと『非番だったそうだ』と言っていたのに、頭からすっかり抜け落ちていた。
 
「それが誰かわかれば、話が聞けるだろう。ローディさんは『失礼なことを聞いちまって申し訳なかった』と言っていたし、あの人夫頭も肩がぶつかって謝ったということだから、聞けば思い出すと思うんだよな。ま、必ずしも同一人物とも言いきれないのは確かだが、せめて片方だけでも誰かわかれば、この先の調査も大分楽になると思う。となると、ローディさんが言っていた剣士のほうが、非番だとわかっているわけだから、調べやすいだろうな。」
 
「でも、調査のために勤務表を貸してくれとも言えませんよね・・・。」
 
「なあグラディス、それこそ団長に頼めばその手の資料は手に入るんじゃないか?」
 
 ガウディが言った。ガウディもやっと落ち着きを取り戻しつつあった。団長達のことが気になって、そしてエイベックの名前が出るたびに身の縮む思いをしていたが、いや、それは今後も変わらないかもしれない。でも今しなければならないのは、団長を疑うことでもエイベックのことを苦々しく思い起こすことでもなく、人を殺した非道な犯人を見つけだすことだ。
 
「あ、そうか・・・。」
 
 仲間をも疑わなければならない、そんな話を表だって言うことは出来ないが、団長に頼めば勤務表くらいいつでも見せてくれるだろう。それを拒む理由はないはずだ。
 
「そうだな。とにかく、その王国剣士が誰なのか特定して、話を聞く必要があるだろう。お前らの話はこれで終わりか?」
 
「あ、いえ、その・・・実はもっと前にいろいろと・・・。」
 
「そうか。それじゃ話してくれ。」
 
 グラディスは今朝出会ったダスティンの話をした。実はこの話が、今日一番パーシバルに話したかったことだったのだが、なかなか切り出すことが出来ずにいたのだ。
 
 
「妙な話だな・・・。」
 
 聞き終えたパーシバルが呟いた。
 
「はい・・・。そんなに酔っているように見えなかったというのが・・・。」
 
「しかもそのダスティンという人はガルガスさんの顔は見ていないわけだ。ということは、歩き方やしぐさなどで『それほど酔っていなかった』と判断したってことだ。だが、ガルガスさんが落ちた橋の手すりには吐いたものがこびりついていたし、アルスさん達が川から引き上げる時も相当臭かったと言っていた。実際、解剖の結果では多量のアルコールが体に残っていたという話だから、相当な量飲んだのは間違いないんだが・・・。」
 
「それで、あとからまた飲んだのかもしれないと思いまして。」
 
「そうだな・・・。その待ち合わせしていたかもしれない誰かが、改めて飲ませたということは十分に考えられる。それじゃお前達、明日はガルガスさんの足取りを追ってくれないか。あと、そのダスティンという浮浪者に俺も会ってみよう。」
 
「そうですね。パーシバルさんからも聞いて見ていただければ・・・。」
 
「いや、俺はガルガスさんの聞き込みはしないぞ。モーガン先生のことで、聞き込みをしてみようと思ったのさ。」
 
「え、でもあの飲み屋街は建設現場からは大分離れてますけど・・・。」
 
「まあな。だかモーガン先生の件はまだまだ雲をつかむような話だ。最悪町中の東西南北すべてを走り回らなければならないかもしれない。お前達の話を聞く限り、その人はどうやらいい加減な人物ではなさそうだ。あの辺りで起きたこと、歩いている人達、どんな情報だってありがたいからな。」
 
 翌日は、グラディス達がガルガスの足取りを追い、パーシバルが時間をずらしてダスティンに接触することになった。3人でぞろぞろ歩いていては、目立ってしょうがない。
 
 
 
 パーシバルはグラディス達の部屋を出て、自分の部屋に戻った。部屋の中の、ヒューイのスペースがきれいに片づけられている。
 
「・・・だいぶ気合を入れたようだな・・・。」
 
 大きな事件の調査にあたることになった時、ヒューイはいつも部屋の片づけを始める。きれいになった部屋で自分自身に気合を入れて臨むと、不思議とうまく事が運ぶのだそうだ。もっとも以前ジーナにプロポーズするときもヒューイはきれいに部屋を片付けて行ったのだが、その結果が芳しくなかったことはパーシバルも知っている。
 
「まあ・・・事件と女心は別ってことだな・・・。さてと、俺も少し片づけるか。明日の朝焼却炉でごみを燃やして、気分をスッキリさせてから出かけよう。」
 
 
                          
 
 
「・・・ただいま・・・。」
 
 すっかり疲れた顔で、ローディは家に帰った。今日はあれからずっと生きた心地がしないくらい緊張のし通しだったのだ。作業場にいても、誰かが覗いているかもしれない、誰かが背後から忍び寄ってくるかもしれないと、そんなことばかり考えてしまっていた。そしてそれを回りに悟られないよう必死で気を張っていたのだ。帰り道もずっと恐ろしく、速足で帰ってきた。家に入って扉を閉めた途端、ローディはどっと疲れて玄関に座り込んでしまった。
 
「どうしたの?顔が真っ青よ。」
 
 奥から出てきた女房が驚いている。
 
「いや・・・ちょいと忙しくてな・・・。」
 
 ローディはのろのろと立ち上がり、家の中に入った。女房が食事を用意していたらしく、家の中にはいい匂いが漂っている。
 
「そう言えば急ぎの仕事が入ったって言ってたもんね。先にお風呂に入る?」
 
「そうだなあ・・・。」
 
 その時玄関で声がした。誰かが訪ねてきたらしい。ローディは心臓が飛び出すかと思うほど驚いた。
 
(ま・・・まさか!?マント野郎がうちに!?)
 
「あら誰かしら。」
 
 女房が出て行こうとした。
 
「ま、まて!開けるな!」
 
「え!?」
 
 ただならぬ夫の叫びに女房が振り向いたとき
 
「こんばんは。王国剣士団のデリルと申します。」
 
 穏やかな声が聞こえた。
 
「あら、副団長さんじゃないの。あんたどうしたのよ?」
 
 ローディは真っ青になっている。
 
「あ・・・いや・・・確かにこの声はあの副団長さんだな・・・。開けていいよ。」
 
 ほっとした。副団長がここにいれば、万一あの黒マントの男が家に飛び込んできても撃退してくれるだろう。あの隙のなさそうな黒マントの男が、こんな早い時間にわざわざ危険を冒してそんなことをするほどの「間抜け」ではないとローディは思っているが、それでも今日は恐ろしくて仕方ない。あんな間近で再びあの声を聞くことになるとは思ってもいなかった・・・。
 
「こんばんは、こんな時間にすみません。」
 
 入ってきたデリルは丁寧に頭を下げた。
 
「いいんですよ。私達を守ってくださっているんですものね。でも今日はどんな御用で?」
 
 女房が尋ねた。隣でローディはやっと落ち着きを取り戻してきたが、まだ少し震えている。
 
「実はですね・・・。」
 
 デリルの用向きを聞いてローディは驚いた。今日自分があわてて建設現場から立ち去ったことを、すでにデリルは知っていたのだ。
 
「それで・・・何か気が付かれたことがあったのかと思いましてね。」
 
 よかった・・・。ローディは心からそう思った。やはりこの人の言ったことは嘘じゃなく、自分を常に見守ってくれている存在がいるのだ。今のローディはそれがだれでも気にならなかった。自分を守ってくれるその存在がいれば、犯人が捕まるまで無事に生き延びられるはずだ。
 
「あったも何も・・・今日は肝を冷やしましたよ・・・。」
 
 ローディは今日あったことをすべてデリルに話した。急に請け負った仕事の品物を届けるために、午後建設現場に向かったところから、道具を所定の場所に置いている時に、あの『マント野郎』の声が聞こえたのだと・・・。
 
「ふぅむ・・・それは恐ろしかったでしょう。しかし・・・建設現場ですか・・・。となると、それが誰かというところまで絞り込むのは難しそうですね・・。」
 
「そうですね・・・。うしろでは人夫達がでかい声で怒鳴ってるし、あの辺りは壁や柵に声が反響するからそれでなくてもうるさい場所ですからね・・・。」
 
「ではもう少しその時の状況を詳しく教えていただけますか?そうですね・・・。図を書いて、どのあたりにいらっしゃったのかとか・・・。」
 
 その後デリルは、今日ローディが建設現場のどの位置にいたかなど、詳しい話を聞いてはメモに書き留めていった。
 
「わかりました。こちらでも調べてみましょう。この家はきちんと警護されていますから、安心していただいていいですよ。」
 
 最後まで穏やかな笑顔を崩さず、デリルは帰って行った。
 
「ふう・・・よかった・・・。メシにするか・・・。」
 
 やっとローディは一息ついた。
 
「まあ、これに懲りてもう二度と余計な好奇心を起こさないことね。」
 
 女房がローディをにらんだ。
 
「わかってるよ・・・。今度という今度は俺も身に染みたよ・・・。」
 
 でもきっと、この亭主はまた何かしら余計なことに首を突っ込むんだろうと、女房は考えていた。
 
 
                          
 
 
「・・・どんな情報でも、か・・・。やっぱりパーシバルさんは俺達なんかとは格が違うなあ。」
 
 パーシバルが出て行った後、グラディスがため息をついた。
 
「パーシバルさんはああ言ったが、何かしら思うところはあるんだろうからな。」
 
 モーガン医師はどこかで殺されてあの場所に運ばれた、それは確かだろうが、それでももしも自分達なら、あんな離れた場所にいる人物に事情を聞こうなどとは考えなかっただろう。
 
「そうなんだよな・・・。俺達も少し頭の切り替えが必要かもしれないな・・・。」
 
「先入観で見るべきではないということか・・・。」
 
「団長達のこともそうなんだろうけど・・・。」
 
「・・・その話は考えないようにしよう。まずは明日、町の中を警備しながらガルガスさんの足取りだ。」
 
「そうだな。まずは腹ごしらえと行くか。」
 
 2人は食堂に向かい、食事をすることにした。日勤の剣士達はもうあらかた食事を終えたらしく、食堂はそんなに混んでいない。そこにパーシバルが現れた。
 
「これから食事ですか?」
 
「ああ、ちょっと部屋を片付けていたからな。」
 
 カウンターの中にはもう誰もいない。パーシバルはいくつかの料理をとってきて、グラディス達の隣で食べ始めた。
 
「掃除ですか・・・。俺もやらなきゃなあ・・・。」
 
 剣士団の宿舎は2人部屋で、同室はコンビを組む相手だ。ガウディは几帳面な性格でこまめに掃除をしているが、大雑把なグラディスはいつも後回しにしてしまう。おかげで部屋に入れば、どちらが誰の領域か、すぐにわかるほどだった。
 
「まあごみを踏んづけないと歩けないほど汚れているなら、やったほうがいいかもしれないな。」
 
 パーシバルが笑った。さっきグラディス達の部屋に入った時、ヒューイがごみを踏んで、びっくりしていたのだ。
 
「そうですね・・・。ヒューイさんはもう出かけたんですね。」
 
「ああ。今日は遅いだろう。俺は俺で、出来ることをするさ。」
 
 パーシバルとヒューイは心から信頼し合っていると思う。こんな風に信頼し合える相方と出会いたかったな、グラディスはちらりとそう思った。
 
 
                          
 
 
 翌日、パーシバルは昨夜片づけたごみを燃やしに焼却炉の前まで来ていた。朝目が覚めた時にはヒューイはもう起きた後で、さっきごみを燃やしてきたと言っていた。
 
「それがなあ・・・前に使った奴が燃えかすをかきだしておかなかったんで、中にぎっしり詰まってたんだよ。まったく朝から重労働だ。」
 
「それじゃ大変だっただろう。」
 
「ああ、だが、その・・・俺も疲れたもんでな、あんまり奥のほうに詰まってるのはそのままにして自分のを燃やしてきた。だからお前が行くなら後を頼む。」
 
「ははは、それは構わんが・・・他にも誰か来ているかもしれないから、もうきれいになってるかもな。」
 
「だといいがな。」
 
 
 パーシバルが焼却炉の前に行くと、誰かがごみをかきだしている。近づいてみると、なんとそれはグラディスだった。
 
「あ、パーシバルさん、おはようございます。」
 
「おはよう。燃えかすが詰まってるのか。」
 
「はい、なんだかかなり奥のほうにも・・・。」
 
 パーシバルは、さっきヒューイもここを使ったが、奥のほうの燃えかすまではとらなかったと言っていたという話をした。
 
「そうですか・・・。でもこれだとちゃんと燃えないから・・・ちょっと待ってください。もうちょっとで・・・奥のほうの燃えかすも・・・」
 
 グラディスが鉄の棒を焼却炉の奥まで差し込み、グイッと引っ張った。
 
「よし、これで・・・うわ!」
 
 かなりの量が詰まっていたらしく、グラディスのひとかきで燃えかすがどっと出てきた。
 
「うはー、まずはこれを片付けないと。」
 
「よし、手分けしよう。お前のごみもこっちにくれ。とりあえず燃やすところまでは俺が引き受けるから、お前はその燃えかすを片付けてくれ。こっちのごみがちゃんと燃えだしたら、俺もそっちを手伝うよ。」
 
「わかりました。お願いします。」
 
 パーシバルにごみを預け、グラディスは大量に出てきた燃えかすを片付けるために、近くに置かれている車の付いた箱に燃えかすを入れ始めた。ほとんどは紙や布のごみを燃やしたものなので、軽いものばかりだ。かえって力を入れすぎると、すくった拍子にごみが散らかってしまうので、それなりに慎重にすくわなければならない。
 
「・・・あれ?」
 
 そろそろ箱がいっぱいになる。あと1回すくって入れたらいったんごみ捨て場に行ってこなければならないな、そんな事を考えながらすくった燃えかすの中に、妙な固まりが入っていた。
 
「なんだこれ・・・。紙の束みたいだが本でも燃やしたのかな。ひどいなあ、燃え残っているじゃないか。」
 
 グラディスは燃えかすの中から紙の束を取り出した。大体は燃えているのだが、紙を括った紐のあたりがまだ白い紙のままだ。このままでは燃えかすとして捨てることが出来ない。これも一緒に燃やしてもらおうと、グラディスはそのごみをパーシバルのところに持って行った。
 
「すみません。燃え残りがあったみたいなのでこれもお願いします。」
 
「わかった。これは、本か?」
 
「そうじゃないかと思ったんですけどね。」
 
「本を捨てるとはなあ。もったいない話だ・・・。ん?」
 
 パーシバルはその紙の束をめくった。これは・・・本じゃない。中に書かれているのは活字ではなく手書きの文字・・・。
 
「こ・・・これは・・・・ま・・・さか・・・。」
 
「どうしたんですか?」
 
 グラディスがパーシバルの手元を覗き込んだ。
 
「・・・モーガン先生が書いたメモの束だ・・・。」
 
「え!?」
 
 2人は燃え残ったその紙の束を、呆然と見つめていた。
 

外伝10へ続く

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