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外伝10

 
『モーガン先生が書いたメモの束だ』
 
 パーシバルの言葉が、グラディスの心臓をドンと叩いたような気がした。
 
「そ・・・それじゃガルガスさんの・・・。」
 
 気持ちが逸ってうまく言葉にならない。グラディスは何度も深呼吸したが、心臓は早鐘のようで、静まる気配がない。
 
「いや、まだわからん。だが・・・この筆跡はモーガン先生のものだと思う。しかし焼け残っている部分だけでは・・・何が書いてあるのかはわからんな。グラディス、落ち着くんだ。先入観を持つなよ。もしかしたら検死用のメモではなく、単にモーガン先生が生前の仕事の中でメモを取ったものを処分したと言うことも考えられる。とにかく調べてみるよ。もしもガルガスさんの報告書だとしたら、中身をよく見ればわかるはずだからな。」
 
「は・・・はい・・・。」
 
「とにかく、ごみを片付けてしまおう。調べるのはそれからだ。」
 
 そうは言われたものの、グラディスはもう上の空だ。それでも今集めて箱に入れたごみをごみ捨て場に捨てて、パーシバルと一緒に部屋に戻ることにした。まずはガウディに事の次第を話しておかなければならない。
 
「あれ?パーシバルさん、どうしたんですか?」
 
 パーシバルの顔を見て、ガウディはきょとんとしている。
 
「ああ、ちょっと打ち合わせをしようと思ってな。」
 
 パーシバルの口調はさりげない様子だったが、隣にいるグラディスの顔がこわばっている。しかも部屋に入ったあと、グラディスは廊下を伺い、扉をぴたりと閉めた。
 
「さて、ガウディ、これを見てくれ。」
 
 パーシバルはさっき拾った紙の束の燃え残りを差し出した。
 
「これは・・・。」
 
「さっき焼却炉の奥から掻きだしたごみの燃え残りだ。」
 
 グラディスが答えたが、やはり顔はこわばったままだ。
 
「誰かが本でも燃やしたんですか?・・・いや、これは・・・。」
 
 紙の束は製本されているわけではなく、紐を通して束ねてあるのがわかる。どちらかというと『メモの束』だ。まさか・・・
 
「パーシバルさん、まさかこれが・・・。」
 
 ガウディの声が震えている。彼も気がついたらしい。
 
「・・・今のところわかっているのは、モーガン先生が書いたものであると言うことだけだ。中身についてはよくわからない。おそらくドゥルーガー先生に聞けばわかるだろう。」
 
「・・・・・・・・・・・。」
 
 そのあと、グラディスがこれを見つけた経緯を教えてくれた。王宮に住む者、あるいは働いている者しか使えないはずの場所に置かれている、焼却炉の中にそれはあった。これは何を意味するのか・・・。
 
「この中身が何であれ、おそらくごみの中に押し込んであったんじゃないかな。確実に燃やすつもりだったのかも知れないが、この手の紙の束は、そうなるとかえって燃えにくくなるんだよな。」
 
「そうだよな・・・。こういう紙の束を全部燃やしたいなら、一枚ずつばらして燃やすのが確実だが・・・。」
 
「でもそうはしたくなかったんじゃないか?まあこれが・・・本当に例のメモならだが・・・。」
 
 これがもしも本当にモーガン医師が書いたガルガスの検死資料なら・・・。確実に燃やすつもりでばらしてしまうと、風に飛ばされて1枚くらい飛んで行ってしまう可能性は高い。それを防ぐためには燃え尽きるまで焼却炉の前につきっきりでいるのが確実だが、そんなことをすればかえって不審に思われる。
 
(いや、まだ決めつけるわけには・・・。)
 
 グラディスは必死でそう思おうとした。だが、決めつけまい、囚われまいとしても、どうしてもそうなのではないかという考えが大きくなってくる。
 
「まあ本当にそうなら、そう言うことになるな。だが、まだわからん。そこで今日の予定だが、俺はまずドゥルーガー先生に会ってくるよ。お前達は予定通り動いてくれ。」
 
「はい・・・。」
 
 2人ともいかにも上の空な返事だ。
 
「これが気になるのはわかるが、いいか、お前達はお前達の仕事をしろ。動揺して調査がおろそかになれば、その分だけ犯人との距離は遠くなるんだからな。」
 
「ドゥルーガー先生はまだ地下牢勤務なんですよね。」
 
「ああ・・・モーガン先生と交代で検死医の当番になったからな。まだしばらくはそこだろう。」
 
 地下牢は王宮からそう離れていない、というよりほとんど敷地内にある。国王陛下の住む王宮の近くに牢獄があるなんてあまりいいことではないと思っていたが、こんな時は役に立ちそうだ。
 
 
                          
 
 
 パーシバルは1人、牢獄へと足を向けた。扉を開けるとまだ早い時間だったせいか、中の空気は穏やかだ。つまり、今日はまだ何事も起きていないと言うことだ。受付の男性に声をかけると、すぐに検死医の部屋に案内してもらえた。
 
「ドゥルーガー先生、お忙しいところ申し訳ありません。」
 
「いや、構わんがどうかしたのかね。」
 
「実は・・・。」
 
 パーシバルは事情を話し、メモの燃え残りを見せた。
 
「うーん・・・。」
 
 ドゥルーガー医師はしばらくの間メモをめくって、中を確認していたが・・・。
 
「ちょっと待ってくれ。ガルガス殿の検死報告書の写しはこの部屋にもあったはずだが・・・。」
 
 立ち上がって部屋の奥にある書架から、一冊のファイルを持ってきてページをめくり始めた。
 
「うーん・・・あ、これだ。」
 
 開いたページにはガルガスの名前が書いてある。普段王国剣士達が閲覧するものと同じものが、検死医の部屋にも置かれている。特に調査の終わらない案件については、時折検死医に意見を聞きに来ることがあるので、ここに置いておかないと不便なのだという話は以前パーシバルも聞いたことがあった。
 
「うむ・・・君の考えは正しいようだ。このメモの燃え残りは、間違いなくモーガンの書いたものだ。そして中身も君の推測通り、ガルガス殿の検死報告書につけられていたはずの資料だ・・・。」
 
 ドゥルーガー医師はそう言ってため息をついた。
 
「なぜこれがこの場所から持ち出され、なぜ王宮の中庭にある焼却炉に押し込まれていたものか・・・。」
 
 パーシバルは黙っていた。ここでモーガン医師がガルガスの検死をしたことについてどう思うか、聞いてみたい気もするのだが、万一ドゥルーガー医師が敵の手に落ちていた場合、こちらの調査情報が筒抜けになってしまう危険性と、逆にドゥルーガー医師が潔白だった場合、迂闊にこの話をすることでドゥルーガー医師が危険に晒される可能性と、それを考えるとどうしても口に出すことが出来ない。
 
「まあそれは君達に解明してもらう以外に、方法はなさそうだな・・・。」
 
「はい。どういう意図で持ち出されたのかはともかく、結果として危うく資料が灰になるところだったのですから、なんとしても持ち出したのが誰かを特定しなければなりません。それはお任せください。ところでドゥルーガー先生、モーガン先生の遺品については、いつ頃家族の方に引き渡す予定ですか?」
 
「ああ、それがしばらくかかりそうなのだ。モーガンの故郷は北東にある離島群の島の一つなのだが、家族がこちらに出てくるまでに時間がかかるらしい。」
 
「そうですか・・・。」
 
「遺品の管理は医師会でしておるが、仕事の資料などは私が整理することになっている。君が気になるのはそちらのほうだと思うのだが、どうだね?」
 
「は、はあ・・・出来れば整理の際に立ち会わせていただけたらと思いまして・・・。」
 
 ドゥルーガー医師は洞察力があり、主任医師の中でもモーガン医師と共に将来を嘱望されている医師だ。さすがにこちらの考えなどお見通しだったらしい。
 
「構わんよ。モーガンの調査は君達のコンビが担当するのだろう?今日は君1人のようだが、ヒューイはどうしたんだね。」
 
「実は、ちょっと担当している案件が多すぎて、2人でこちらの調査に動く事が出来ないんです。」
 
 とっさに口から出た出任せだが、パーシバルとヒューイのコンビが抱えきれないほどの仕事に追われていることは、剣士団のみならず王宮内で働く人々にとっては周知の事実だ。
 
「そこで、若手のコンビに私の補佐をさせることになりました。ドゥルーガー先生が会われたことがあるかどうかわかりませんが・・・。」
 
 パーシバルはグラディスとガウディのコンビについて簡単に紹介した。そろそろ入団して3年になり、もう少しすれば執政官などの勤務にも入ることになると。
 
「おお、その2人なら先だってモーガンを訪ねてきたから、顔は知っているよ。あの時はまさかモーガンが亡くなっていたなどと、露ほども思わなかったものだが・・・。」
 
 ドゥルーガー医師はそう言って眉根を寄せた。
 
「しかし君達も大変だな。せっかくコンビを組んでいても、思ったように2人で行動できないというのは。私としては、モーガンを殺した犯人が捕まればそれが何よりだ。その若い剣士達のことも気にかけておこう。」
 
 殺人事件だというのにパーシバルとヒューイが2人で動かないということを、ドゥルーガー医師はそれほど不審に思うそぶりを見せなかった。パーシバルは内心ほっとしていた。
 
「そう言えば何日か前、町の広場、ああ、今はもう商業地区というのだったな。あのバザーが出ている広場で見かけたなあ。君の姿が見当たらなかったから、二手に分かれて行動していたのかと思ったんだがね。」
 
「そうですね・・・。最近はいつも別々に動いてますよ。先生が見かけられたのはいつのことですか?」
 
「うーむ・・・」
 
 ドゥルーガー医師はしばらく考えていたが・・・。
 
「あ、そうそう、一週間ほど前のことだな。頼んでおいた新しい医学書が入荷したと連絡をもらって、広場の近くにある本屋に行く途中だったんだ。ちょうど広場で泥棒騒ぎがあってね。」
 
「泥棒騒ぎとはまた、穏やかじゃありませんね。」
 
「まったくだ。『泥棒だ、誰か捕まえてくれ!』と誰かが叫んでね、王国剣士が走っていったのを見たんだが、その近くにいたのを見かけたんだよ。」
 
「・・・一週間前・・・ですか。」
 
 どこかで聞いた話のような・・・。
 
「そうだな、その時に・・・。」
 
 ドゥルーガー医師は机の上に置かれている分厚い本を持ってきた。
 
「これは最近発売されたばかりの医学書なのだが、医師会でも編纂に関わっていてね、これを買うために出向いた時のことだから、一週間前で間違いないな。私も急いでいたのでね、声はかけずに通り過ぎただけだったのでその後のことはわからんよ。」
 
「そうですか。その日だと多分私達が非番の日だったと思います。非番の日でも制服を着て歩いたりしますからね。」
 
「おお、なるほど。それで一人でいたのか。」
 
 その後、パーシバルは燃え残りの調書について、検死報告書と突き合わせながらドゥルーガー医師に出来るだけ詳しく解説してもらった。
 
「うーむ・・・私がわかるのはここまでだなあ。」
 
 ドゥルーガー医師は悔しげに言って、焼け残った紙の束を手に取った。
 
「モーガンは紙の端から端まで余すところなくメモを取るほうだったが、それにしても妙な燃え方だな。こんな紙の束をそのまま焼却炉に放り込めば普通は周りから燃えていくはずだが、これは紙束の真ん中のほうの燃え方がひどい。かえって紙の端のほうに書かれているメモのほうが読みやすかったほどだ。」
 
「おそらくですが、この束の真ん中のほうにあらかじめ火をつけて、それを焚き付けにして焼却炉に放り込んだのだと思います。それもこれひとつを入れたわけではなく、燃え残りが飛ばされたりしないよう、他のゴミの中に押し込んで入れたのでしょう。逆にそれが幸いして、こんな妙な形ではありますが、燃え残ってしまったのだと思います。」
 
「なるほど、隠すつもりが逆の結果を招いたわけか。だが一番重要なことはおそらく紙の真ん中に書かれていただろうからなあ、この燃え残りに書かれていることが果たしてどこまで役に立つかは何とも言えん。あまり役には立てないかもしれぬな。」
 
「いいえ、充分です。ありがとうございました。では先生、モーガン先生の仕事の資料整理の時は、改めて伺います。」
 
 今日の午後、ドゥルーガー医師が医師会に戻ってその作業をするのだという。その時だけは、別な医師が検死医としてやってくるとのことだった。
 
 
                          
 
 
 
「・・・グラディスにおかしなことを言ってるなんて言えないな。まったく・・・あの日は俺達も非番だったじゃないか。」
 
 牢獄を出て、パーシバルは商業地区と呼ばれるようになった町の東側に向かっていた。今ドゥルーガー医師から聞いた話を裏付けるためのガルガスの発見現場の確認と、グラディス達から聞いたダスティンという浮浪者に会うためだ。自分達も『その日の非番の剣士』であることなどすっかり忘れていた。あの日は朝から団長就任の噂のせいでいやなことばかり言われ、夜は夜でケルナーからダメ出しのように、『剣士団長就任』の話があった。
 
「・・・もしかしたら、あのエイベックさんやローディさんが出会った王国剣士を見ているか・・・或いはヒューイ自身がその王国剣士なのか・・・。」
 
 だがヒューイに聞けば万事解決とは行きそうにない。『13番通りの近くにいた王国剣士』が彼であったとしても、そのことについて何と尋ねればいい?
 
 泥棒騒ぎというのはガウディが扱ったエイベックという人物の件だろう。13番通りはバザーのすぐ近くだ。そこにヒューイがいたと言うことは、おそらくジーナへのプレゼントを買うために行ったのだと思う。『バザーに行ったのか』程度なら聞いてもおかしくないだろうが、聞かなければならないのは、本当はローディのことだ。だが彼のことは伏せておかなければならない。となると、ヒューイがその時バザーにいたのかどうか、ローディ以外の人物から聞いた証言について聞くしかない。非番の日にドゥルーガー医師を見かけたかだの、13番通りの近くで誰かにぶつからなかったかだのと、どう聞いてもどうでもよさそうなことを聞くことになる。それこそ不審に思われるだろう。
 
「・・・剣士団長に相談すべきか・・・。」
 
 グラディス達にはまだ言えない。もちろん本当ならすぐにでも『新しい情報』として知らせなければならないことなのだが、『13番通りの近くにいた王国剣士』がヒューイだったかもしれないなどと聞いたら、あの二人のことだ、ヒューイの前でそ知らぬふりなどまず出来ないだろう。だが・・・。
 
「団長に相談したとして、もしも団長が・・・。」
 
 グラディス達が疑っているように、団長に何か後ろ暗いことがあるのなら、それを言うのはヒューイを危険にさらすことと同じだ・・・。
 
「はぁ・・・今は考えないでおくか。まずはグラディス達が言っていたダスティンという人を見つけよう。橋の現場検証はそれからだな。」
 
 
 歩き出したパーシバルの後方を、ついてくる人影がある。普通ならパーシバルはすぐに気付くような距離だが、道には人が溢れている。その人影は、パーシバルとつかず離れず、絶妙な距離をとって歩いていた。
 
 
 
                          
 
 
「うーん・・・あ、あの人かな。」
 
 グラディス達から聞いたのと同じ場所に、寝転がっている浮浪者の姿がある。
 
「おはようございます。ちょっと話を聞かせてくれるかい?」
 
「はあ?」
 
 浮浪者が寝たまま振り向いた。
 
「なんだお前は?」
 
「見ての通り、王国剣士だよ。」
 
「そんなこたぁ見りゃわかるさ。その王国剣士様が俺に何の用だ?俺は何もやっちゃいねぇぞ。」
 
「ははは、それは知っているよ。あんたがダスティンさんかい?」
 
「・・・何もんだおめぇ・・・?」
 
 浮浪者の瞳に警戒の色がよぎった。
 
「そんなに警戒しないでくれよ。昨日はうちの若い奴らが世話になったそうじゃないか。」
 
「若い奴・・・ああ、お前はあの二人の先輩ってわけか。」
 
「そうだよ。それで俺にもちょっと教えてほしいことがあってきたんだが、いいかい?あ、もちろん、情報にはちゃんと情報料を払うよ。」
 
「なるほどな。それで、何を聞きてぇんだ?」
 
 ダスティンは起き上がってパーシバルのほうを向いた。先ほどの警戒の色はまだ消えてはいないが、グラディス達の名前を出してからは大分薄れている。
 
(グラディスがこの人の警戒を解いたんだろうな。あいつは誰とでもすぐ打ち解ける。それは間違いなく奴の長所だ。)
 
 そして聞いた話を情に流されず冷静に分析できるのは、ガウディの長所だ。いささかカタい雰囲気なのが欠点と言えば欠点だが、2人とも柔らかすぎるというのも、逆に信用されない要因になってしまうこともあるものだ。
 
(絶妙なコンビだと思うんだが、2人ともそれに気づいていないのがなあ・・・。)
 
 今回のガルガスに関する調査で、2人を仲良くさせるためというのがいくら『表向きの理由』とは言え、本当に仲よくなってくれさえすれば、あの2人はすぐにでも若手の中では実力派コンビとして名を知られることになるだろう。
 
「そうだな、まずは・・・。」
 
 パーシバルはガルガスの名は出さず、最近このあたりでもめ事が起きてないか、酔っ払い同士の喧嘩を見たりしてはいないかと、当たり障りのない話から聞き始めた。
 
 
 パーシバルをつけてきた人影は、2人のやり取りを遠くから眺めている。何と言っているのかまでは聞こえない。だが聞こえるほど近づけば不審に思われるだろう。人影はしばらくそこに立っていたが、忌々しそうに舌打ちをしてそっとその場を離れた。
 
 
 
                          
 
 
 グラディスとガウディは、今日の警備場所の届け出を『城壁の外』で出した。採用担当の当番剣士にアルスとセラードの警備場所を教えてもらい、『きちんと仕事をするなら』という条件で、彼らに話を聞いてもいいぞと言われた。ガルガスの件を調べていることが公になったおかげで、コソコソと嘘をついたりする必要はなくなった。
 
「よし、アルスさん達もそんなにいつまでも話していられるほど暇じゃないだろうから、今日のうちに聞きたいことは出来るだけ聞いちまおうぜ。」
 
「そうだな。あのダスティンさんという人の話もしておこう。」
 
「それはダメだ。今朝言われたばかりだろうが。」
 
 今朝部屋で打ち合わせをした時、パーシバルに言われたのだ。こいつは人の話を聞いてなかったのか?
 
「なんでだよ?あ、そうか・・・。」
 
 ガウディはハッとした。今朝言われたばかりじゃないか。ダスティンの話をすれば、ガルガスの死にもしかしたら不審な点があるかもしれないと、あの二人ならばすぐに気付くだろうと。こんな間抜けなことを聞いて、まったく大失態だ。
 
(しっかりしろ!ガウディ!)
 
 ガウディは自分の心に喝を入れた。
 
「まずはどんな調査をしたかと、どういう経路でガルガスさんの足取りを追ったか、聞くならその辺りだろう。この間俺達が聞いた話も、モーガン先生のメモがなくなっている話も、まだするなと言われているじゃないか。」
 
 思った通り、グラディスは呆れたようにガウディを見ている。
 
『新しい事実としてアルスさん達に話したい気持ちはあると思うが、まだそれは言わないでくれ。今日話を聞きに行くなら、アルスさん達の調査の内容をできるだけ細かく聞いてくるだけに留めておくんだ。特にこのメモが焼却炉に放り込まれていたなんて話は、絶対にするなよ。このメモについてはまだまだこれから調査する必要がある話だからな。』
 
 メモの件は、パーシバルが調べているモーガン医師の件とも繋がっている可能性がある。そちらはパーシバルが調べてくるのを待つしかない。
 
「確かにメモの話だけでなく、あのダスティンさんの話を聞いたりしたら、アルスさん達の事だから『やっぱり自分達で再調査を』なんてことになる可能性があるしなあ。しかしアルスさん達が抱えている案件を俺達が担当するってほうが無理だし・・・。」
 
「そういうことさ。俺達はまだまだそれほど役に立っていない。ま、今回の場合に限って言うなら、そのほうが自由に動けるってことでもあるわけだがな。」
 
 つまりは剣士団の中で、自分達が当てにされていない、言い換えれば当てにしてもらえるほどの力がないということだ。だが腐ってばかりいられない。2人は出来て間もない南門から城壁の外に出た。
 
「前の南門は商業地区の壁になっちまったんだよなあ。」
 
 グラディスが立派になった新しい南門を見上げて言った。元々城下町の南門という門は存在していたのだが、今回の大規模な街の拡張のために、場所をずらして建て替えたのだ。王宮と新しい南門を結ぶ太い道路もつくり、その道路を中心にして東側を商業地区、西側を住宅地区にする、これが今進められている王宮の区画整理計画の基幹だ。王国建国当初から城下町は王宮の直轄地として扱われていたので、土地はすべて王宮の持ち物だが、今までは住民が勝手に好きな場所に家を建てていた。おかげで道は曲がりに曲がって今ではすっかり迷路のようだ。今回の区画整理では道を整備しなおして家も建て替える。その費用は王宮持ちなので、今度からは建物も王宮の持ち物になる。だが住居は全国民に無料貸与されることになっているので、お金をかけずに新しい家に住めて、歩きやすい道路になるとなれば国民としても反対はしにくいが、以前のごちゃごちゃした街並みに慣れ親しんだ身としては、いささか寂しい思いがある。
 
「前の小さな門もなかなか味があったんだけどな。」
 
 ガウディも新しい南門を見上げて言った。
 
「味があったってのもそうだが、前の門近くに店を構えていた連中は、かなり残念がっているらしいぞ。」
 
 以前の南門のそばには土産物屋があり、旅人相手になかなかいい商売をしていたらしいのだが、今回新しくなった門の近くには店を出すことが出来なくなった。『美観を損ねる』というのが理由らしい。以前の南門の周囲に店を出していた土産物屋の店主達は今、新しい店の場所をどこにするか、どこに店を出せば一番儲かるかについて頭を悩ませている、そんな噂も流れていた。住宅地区の建物と違って商業地区の場合は土地のみ無料貸与となる。建物は自前で建てなければならないのだ。
 
「まあ土地代がかからないだけまだいいんじゃないのか?貴族の所領だと、土地も建物もすべて自前ってところもあるらしいからな。」
 
 同じ国に住んではいても、王宮の直轄地と各貴族の所領では決まり事も違う。
 
「だが、実際に全ての国民に等しく新しい家が割り当てられるってわけにもいかないみたいだしなあ。」
 
 貧民街に住む人々は、廃材をかき集めて作った家に住んでいる。王宮の計画としては「全ての国民に等しく新しい住み心地のいい家を」と謳ってはいるが、王宮が貧民街の人々の数をどこまで把握しているものか、グラディスもガウディも疑わしいと思っている。
 
「ところがフロリア様の一声で、詳しい調査が始まったらしいぜ。」
 
 後ろから聞こえた声に振り向くと、アルスとセラードが立っていた。
 
「お前らもこっちか。この間の話を聞きに来たって言うところなのか?」
 
「はい。ちゃんと届け出をして、仕事もきちんとするならという条件でアルスさん達に話を聞いてもいいと言われました。お忙しいと思いますが、出来るだけ詳しいお話を聞かせてください。」
 
 ガウディが頭を下げた。
 
「なるほどな。それじゃ、聞きたい事を言ってくれよ。それに対して俺達が答える。お前らもこの間俺達が頼んでから、それなりに調査をしたんだろう?」
 
「は、はい。あの、その前に今の話なんですけど・・・。」
 
「あ?貧民街の調査か?」
 
「はい。そんな話があるんですか?」
 
「ああ、何でも少し前にフロリア様が貧民街を視察されたらしいんだよ。もちろんお忍びでな。」
 
「大方レイナック殿あたりがお連れしたんだろう。あの方は『フロリア様にはもっと見聞を広めていただきたい』といつも言っておられるからな。」
 
 セラードが言った。
 
「その視察のあと、フロリア様が貧民街の救済についてかなり具体的で継続的な政策案を出されたんだ。その中に、貧民街の世帯調査が入っていたのさ。誰もが等しく暖かい家に住み、教育を受け、そして住む場所によって就きたい仕事に就けなかったりという差別を受けることのないようにってな。」
 
 それはおそらく、先日剣士団長室で聞いた話だろう。団長はフロリア様がその政策を出されたのを聞き、フロリア様の成長を感じてそろそろ自分の役目も終わりだと考えたらしい。グラディス達はその話を聞いた時、正直なところ『王女様の出された政策』として大臣達が持ち上げただけなのかと思っていたのだが、どうやらかなり本格的な政策らしい。世帯調査で正確な住民の数を把握し、全国民に間違いなく新しい家が行き渡るよう、国王フロリア自身が心を砕いているようだ。
 
(まあ・・・果たしてそううまく行くかどうかはなんとも言えんがなあ・・・。)
 
 世帯調査をしたところで、終わった頃にはまたいつの間にか家が増えているなどと言うこともある。特にあの町ではしょっちゅうだ。国王の考えがどれほどいいものだとしても、果たしてその政策が実を結ぶかどうかはなんとも言えない。だが、だからって何もしないでいるより、何かしたほうがずっといいに決まっている。
 
「そうですか。それはいいですね。」
 
「早く実現してほしいもんだな。」
 
 珍しく顔を見合わせて笑顔で頷き合うグラディス達を見て、少し不思議そうな顔をしていたアルス達だが、ふと思い当たることがあった。
 
「そうか。この間お前達が喧嘩したのは、確か貧民街に住む男を捕まえたとか言う話が発端だったな。まったく、お前らも人がいいなあ。捕まえた奴のことをそんなに気にしてばかりいたら、仕事にならんじゃないか。」
 
 セラードが呆れ気味に言った。
 
「それはそうなんですけど、でもやっぱり気になりますよ・・・。」
 
 悪いことをしたのだから仕方ないのだし、捕まえたことを後悔しているわけではない。いつもならそれで自分の心にけりをつけられるのだが、エイベックのことだけはどうしても心に引っかかっている。あの時捕まえたために、彼の小さな子供が3日も帰ってこない父親を待ち続けなければならなかったのだ。そう思うと、ガウディはどうしても割り切れない。そしてグラディスも、口先ばかりで中身のなかったあの父親を見て、彼の子供があまりにも不憫に思えていた。
 
「まあまあ、それもこいつらの持ち味かもしれんぞ?パーシバルとヒューイも、あれでなかなか情に厚いところがあるからな。」
 
 今セラードが言ったようなことを、先日地下牢の入口の前でヒューイにも言われた。でも実は、ヒューイもパーシバルもいつも自分が捕まえた犯罪者たちのことを気にかけていることを、グラディス達も知っている。もちろん今目の前にいるアルスとセラードだって、自分達が捕まえた罪人についていつも気にかけているのだ。
 
「この2人があいつらに追いつくには、まず仲良くならないとな。」
 
「ははは、まったくだ。よし、仕事に戻るか。お前ら、このあたりを歩きながら、聞きたいことを聞いてくれていいぞ。」
 
「はい、お願いします。」
 
 グラディスとガウディは、アルス達と一緒に歩き出した。フロリアの政策が実現したら、エイベック親子も隣のレイラの家族も、もうあんなあばら家に住む必要はなくなる。新しい暖かい家で毎日を過ごせるならそれに越したことはない。ただ、なんとなくだが、その政策は本当に実現するのか、計画倒れとまでは行かなくても、大した効果も出ないままになってしまうのではないか、そんな不安はグラディスの頭の中から消えなかった。
 
 
 
                          
 
 
「・・・そうか・・・。やっぱりこのあたりもかなり物騒になってきてるんだな・・・。」
 
 パーシバルが言った。ダスティンはこのあたりで起きたことについて、覚えている限り聞かせてくれた。それによると、このあたりでの喧嘩は日常茶飯事となっているそうだ。夜も王国剣士が巡回しているとは言え、そうそううまく喧嘩の現場に居合わせるとは限らない。派手な殴り合いにでもなれば多少遠くにいても音や声で気づくことが出来るが、問題になるのは、ちょっとした口論が酒の勢いで次第にエスカレートし、結果として刺したの刺されたのと言う刃傷沙汰になってしまうことだ。そう言った事件の多くは、起きてからでないと気づけないと言うのが実情なのだ。
 
(これはこれで何とかしなくちゃならないことだな・・・。)
 
 こう言った話なら、ヒューイに話しても問題ないだろう。今抱えている案件とは全く別の問題だ。
 
「ま、ただの喧嘩なら王国剣士を呼んで来ればすむ話なんだが、このあたりを歩いている連中は、お前らと出来る限り関わりあいたくない連中ばかりだからな。」
 
 ダスティンが大げさに肩をすくめてみせた。夜の酒場を歩いている人々は、もちろん大半が普通の人なのだが、中には後ろ暗いことが一つや二つではないと言う連中もいる。
 
「それで聞きたいんだが、あんたは夜だと人通りが多いうちはほとんどここにはいないんだな?」
 
「まあそうだな。お前の後輩達から聞いたと思うが、このあたりの店はなかなかいい食い物を出していてな。うまく行けばほぼ手つかずのごちそうにもありつけるってわけさ。」
 
「なるほど、それはいいな。最近はどうなんだい?この辺りの酒場では豪華な食べ物が出てるのかな?」
 
「なんだなんだ、お前は見るからに立派な王国剣士だってのに、俺達の暮らしに興味があるんじゃないだろうな?やめておけよ。お上に仕えて給料をもらう、それが一番真っ当な仕事だぜ?」
 
 随分と打ち解けた様子でダスティンが笑った。パーシバルに対する警戒は解いてくれたらしい。
 
「ははは、俺が興味があるのはその食べ物のほうさ。俺達の安月給じゃ手が出ないような豪華なものも、食べてるのかと思ってね。」
 
 パーシバルの言葉にダスティンが吹き出した。
 
「お前おもしろい奴だなあ。豪華な食い物も確かに手に入るが、俺がここに来たころよりは大分少なくなったな、そう言う店は。」
 
「へぇ、不景気なのかな。」
 
「そりゃ不景気だろうなあ。」
 
「うーん・・・そう言う噂はよく聞くんだけど、本当にそうなのかい?」
 
「なんだよ、王宮の中では笑いが止まらねぇくらい景気がいいなんて話か?」
 
「ははは、そんなんじゃないよ。だって町の中は大賑わいだ。王宮主導で始まった区画整理の工事はまだまだ続くんだから、金は回っていてもおかしくないと思うんだけどな。あんただって元は人夫だったって聞いたんだけど、そう言う実感はないのかい?」
 
『あんただって元は人夫だった』
 
 この言葉にダスティンは少しだけ暗い表情を見せたが、すぐに元の顔に戻った。「人夫だった頃」の話は、この男にとってあまりいい思い出がないらしい。
 
「ま・・・俺がここにいるのは俺のせいであって、別に町の景気が悪いからじゃねぇ。だがなあ・・・人夫をやっていた頃だって、ちっとも景気の良さは感じなかったもんだ。もっとも、王宮辺りでは違うのかも知れねぇな。俺の仲間が夜中にこっそりでかい荷物を運んでいた連中を見かけたそうだが、ありゃ人目を忍んで金銀財宝を運んでるんじゃねぇかって、この間話していたからな。」
 
(え・・・?)
 
 ドキンと心臓が波打つ。
 
「夜中に荷物?なんだそりゃ?」
 
 出来るだけさりげなく聞いたつもりだ。だが・・・パーシバルの心臓は早鐘のように打っている。『夜中にでかい荷物を運ぶ』もしやそれは・・・!?
 
「あれはどのくらい前だったかなあ・・・。そいつはいつも単独行動なんだよ。で、その日はちょいと足を伸ばして今建設中の、うーんと住宅地区だったか、そのあたりまで行ったらしいんだよな。」
 
「住宅地区の?でもあのあたりに店なんてあったかい?」
 
「ああ、そいつはどうやら道を間違えたみてぇでな。あの辺は今まであった道をつぶしたりまた作ったり、よくわからねぇことをやってるじゃねぇか。それで変なところに出ちまったから慌てて戻ろうとしたんだが、どっかから荷馬車を引く音が聞こえてきて、肝を冷やしたそうだぜ。」
 
「まっ暗いところからかい?そりゃ怖いな。まさかお化けってわけでもないんだろうけど。」
 
 ダスティンが笑い出した。
 
「ぶぁっはっはっは!お前王国剣士のくせにお化けが怖いのか?・・・最もそいつも最初は同じ事を考えたそうだがな。しかし人間てのは、怖いもの見たさって言うのかねぇ、ついつい道ばたに息を潜めて、音のする方向を窺っていたそうだぜ。すると真っ暗なところから、小さなたいまつ一本で足下を照らしながら、荷馬車らしきものを引いた連中が数人現れたそうだ。」
 
 荷馬車を引いているのに、小さなたいまつ一本しか明かりがない。荷馬車に積まれているものが何であれ、真っ当なものではなさそうだ。やはりそれは・・・。
 
(い、いや、落ちつけ!決めつけちゃ行けない。もう少し話を聞かなければ・・・。)
 
 パーシバルの心は逸っていた。だがそれをこの男に悟られてはならない。それにその「積み荷」が人間、つまり死体であると断定できるだけの証拠は何もないのだ。
 
「うーん・・・お化けじゃないとなると、泥棒かなあ。」
 
 さりげなく、さりげなく・・・パーシバルは自分の心に必死にそう言い聞かせながら、できるだけさりげなさを装って言葉を続けた。
 
「そんな事件の話があったら、まずは王宮に被害が出たと届けるんじゃないのか?」
 
 ダスティンが首をかしげる。
 
「そりゃ届け出てくれればいいけどね。盗まれたものが真っ当な手段で手に入れたものじゃなかったとしたら、誰も届け出たりしないさ。」
 
「それもそうか。だが泣き寝入りってのも、それはそれで気の毒な話だよな。」
 
 話の流れで何気なく言ったのだろうが、こんな言葉を聞く限り、このダスティンという人物は悪い人間ではないらしい。こちらが誠意を持って話せば、正直に答えてくれるだろう。
 
「もしくは、自分の手で犯人を捕まえるか、かな。ある程度力のある貴族だったりしたら、その家で独自に調査するかもしれないしね。その荷馬車を引いている連中は何かしゃべってはいなかったのかい。いくら夜遅くとは言っても、今の工事現場のあたりは人気もないし、王国剣士もあんまり歩かない場所だからなあ。話し声が誰かに聞かれるなんて考えてもいないと思うんだけどな。」
 
「何かぼそぼそしゃべっていたみてぇだってのは言ってたな。だが、さすがに聞こえるほど近づくわけにも行かねぇし、何を言っていたのかまではわからなかったそうだ。」
 
「なるほどね・・・。」
 
 さすがにこれ以上この話題にこだわるのはまずいかもしれない。ダスティンが不審に思い始めたら、これ以上情報が引き出せなくなる可能性もある。とりあえず、それが『いつの話』なのかだけ聞いておこう。
 
「しかしここまで聞いてしまうと、その荷馬車が何だったのか聞き込みくらいはしておく必要がありそうだな。なあ、あんたのお仲間がその荷馬車を見たって言うのはいつの頃だったのかわかるかい?だいたいでいいよ。何月何日、なんて正確な日じゃなくても。」
 
「そいつや俺が話してたなんて言わないなら、聞いてやってもいいぜ。」
 
「もちろんだよ。たまたま話を聞きに来ただけなんだから、誰から聞いたなんて話はしなくても問題ないさ。それにこれは誰かに報告するとか言う話じゃないんだ。聞いた俺が調査しなくちゃならないってだけさ。」
 
「はっはっは、真面目だな。・・・話してるうちに思い出したんだが、お前、最近噂の次期団長じゃないのか?」
 
「そんな話が噂になってるのかい・・・?」
 
 いささか不意打ちを食らった気分で、パーシバルは思わず溜息をついた。
 
「ふふん・・・そんな大層な荷物は背負いたくないって、顔に書いてあるぜ。ま、人間やらなきゃならない時ってのはあるもんさ。どんなに気が進まなくてもな。」
 
 ダスティンはそう言って立ち上がった。
 
「さてと、そろそろ夕めしの当てを探しに行かなくちゃならねぇな。さっきの話は聞いといてやるよ。お代はいいぜ。お前にそんな顔をさせちまったわびとでも思ってくれればいいさ。」
 
 そう言って、ダスティンはにやりと笑ったのだが、何となく、すまなそうな顔をしているようにも見えた。
 
「ははは・・・気を使ってくれたのかい。」
 
 もう少し気の利いたことを言えればよかったのだろうが、今の不意打ちは思った以上にパーシバルを打ちのめしていた。
 
「あんまり気にすんなよ。明日にでもこの辺りに来てくれれば、さっきの答えは聞かせてやれると思うぜ。」
 
「わかったよ。ありがとう。」
 
 それだけ言うのがやっとだった。
 
 
 ダスティンの背中を見送って、パーシバルは大きな溜息をついた。
 
『次期団長』
 
 考えただけでいやになる。そしてそれを情報を仕入れるために話をしている最中に相手に気づかれてしまうとは・・・。
 
「まったく・・・俺もまだまだだな。」
 
 こんな時、ヒューイならもっとうまくやるだろう。どんなに動揺していても、相手に全く気取られず、何事もなかったかのように接することがあいつなら出来るはずだ。
 
(・・・・・・。)
 
 いつからだろう。何かにつけて自分とヒューイを比べてしまうようになったのは。いつもいつも、ヒューイの実力を見せつけられ、自分のふがいなさに落ち込んでばかりだ。ヒューイは親友だ。彼の実力は誰もが認めるところであり、自分にとっても誇らしいはずなのに、どうしていつもいつも彼と自分を比べて卑屈になってしまうのか。
 
「・・・橋のほうにも行ってみるか。まずは最初に飲んでいた店から歩いてみるのがいいかな。」
 
 パーシバルはため息をつきながら歩き出した。今日の午前の予定はダスティンに会うことと、橋の現場検証。午後からは医師会でモーガン医師の遺品整理を手伝うことになっている。ため息をついたところで仕事が終わるわけではない。ましてや団長就任の話は自分の問題だ。
 
「しかし、町の中でまで俺の顔が知られてるってことは・・・まさかそれもケルナー卿の・・・。いや、推測で物を言ってはよくないな。」
 
 ケルナーならばやりかねないが、一般庶民に次期団長候補の名前や顔を広めたところで意味はなさそうに思える。
 
 パーシバルは今までいた場所から少し戻って、ガルガスが飲んでいたらしい店の前まで行ってみた。まだ明るいせいか、人の流れはほとんどない。
 
「ここからあの橋まで行くのに、まっすぐ向かえるこっちの道ではなくてそちらの道に入っていったということか。だとすると・・・。」
 
 アルス達の調書とグラディス達の話を頭の中でつなぎ合わせながら、パーシバルは歩き始めた。
 
「ここか。歩いてそんなに遠くじゃないが・・・。」
 
 ガルガスが落ちた橋の袂に着いたが、辿ってきた道を思い出し、パーシバルは首をかしげた。
 
「あの店を出てからダスティンさんの言ったように途中で曲がって、それからここに来るまでの道も何通りかあるが・・・。」
 
 パーシバルは考え込んでしまった。今歩いてきた道と、その他通った可能性のある何通りかの道を頭に浮かべてみたが、ガルガスが誰かと待ち合わせ出来そうな場所が見当たらないのだ。人と会うならどこかの店を指定するのが普通だが、最初に飲んでいた店からどのルートを辿ってもそれらしい店はない。となると、もしかしたら全然違う場所で待ち合わせをして、そこで飲んでこっちの道に戻ってきたのか・・・。
 
「しかしそうなると、どこから手をつけたらいいのかわからなくなりそうなほど範囲が広がるぞ。」
 
『どこで誰と会ったのか』
 
 この点がどうしても解明出来ない部分だ。そしてその人物はいつからいつまで一緒だったのか。ガルガスが誰かと会う約束をしていたかもしれないという話は、グラディスとガウディがダスティンから得た情報だ。アルスとセラードはその話を知らないので、調書には載っていない。パーシバルはガルガスが落ちたとされる、橋の袂より少し真ん中寄りの場所に立ち、左右を見渡した。昼間は人通りが多いこの場所だが、夜遅くなってくるとぱたりと人の流れが途絶える。町の中の道には足下が見える程度のかがり火が置かれているので、ここにもあるのはあるのだがあまり橋の近くではない。橋は木で出来ているので、万一の引火に備えたものらしく、橋の上は夜になると本当に真っ暗だ。
 
「ここまで来ると、かがり火の明かりは届かないな。月のある夜でもかなり暗いだろう。まあ、満月ならそれなりに足下は見えるだろうが・・・。」
 
 ローディが資材置き場で物騒な企みを聞いてしまった日、確かあの日が満月だったはずだ。それから3日後にガルガスが殺されたとすると、この辺りでも歩くのに困るほどの暗さではなかったかもしれない。
 
「とは言っても、酔っ払いには関係ない話だと思うけどな。」
 
 橋の下をのぞき込む。そこには今でも誰かが花を供えているらしい。
 
(酔っ払って橋から落ちるなら、確かにここから落ちてもおかしくない。モーガン先生の検死メモにも、かなりの泥酔状態だったと書かれていた・・・。)
 
 だがそこまでの泥酔状態だったというのに、この場所に来るまでの間、酔って吐いたとかいう目撃情報が全くないのが気にかかる。アルスとセラードがまとめた調書にも、飲んでいた店を出て、ここに来るまでの間に何か問題が起きたという話は書かれていなかった。そこまで泥酔していたのなら、もう少しあちこちにぶつかったりして騒ぎになってもおかしくないというのに。
 
(唯一問題が起きたとわかっているのは、グラディス達がダスティンさんから聞いたという話か・・・。)
 
『店を出てすぐに、ゴミ箱にぶつかって中身をぶちまけて、よろめいた拍子にそのゴミ箱に躓いて踏んづけた。』
 
 それなのに
 
『そんなに酔っているようには見えなかった。』
 
 ダスティンはそう言ったのだという。先ほど話をした感触では、ダスティンという人物はいい加減でもなければずるい人間でもない。どちらかと言えば誠実な人間に見える。彼の話は信じていいと思う。その誠実な人物がなぜ浮浪者になってしまったのかは気にかかるが、それを詮索するのは余計なお世話というものだ。
 
「ガルガスさんか・・・。そんなに話したことはないけど、筋を通す人だったよな。」
 
 ガルガスが実直な人物だというのはパーシバルも知っているし、誰に聞いてもそう言うだろう。誰かと会う約束をしていたらしいのに、飲んでから行くというのも、妙ではある。もっとも私的なつきあいの相手ならそういうこともあるのだろうが、ならば最初の店で待ち合わせ、そこで腰を据えて飲んでもよかったのではないか。
 
(それとも私的なつきあいではあるが、あまり友好的な関係ではない人物だったのか・・・。)
 
 だがそんな相手と会うのに酔っ払って行ったのでは、よけいに相手の反感を買うだろう。それも考えにくい。となるとやはり考えられるのは仕事絡みか・・・。
 
 
 ふと、周旋屋の事務所で会ったエリナの言葉を思い出した。
 
『『ちくしょう、あいつら勝手なことしやがって』ってつぶやいているのを聞いちゃったんです。だから誰かと何かもめていて、それで悩んでいたのかなあって。』
 
 そしてもう一つはグラディス達がダスティンから聞いたというガルガスのつぶやき・・・。
 
『今日はガツンと言ってやろうと思ってたのに』
『これじゃ奴に文句を言われちまう。』
 
 少しずつ、パズルのピースが埋まってくるような気がしていた。
 
(ガルガスさんはあの日、誰かと待ち合わせをしていた。ダスティンさんが聞いた言葉を考えれば、それは確かなんだろう。その相手はガルガスさんにとってあまり好ましくない相手で、ガルガスさんはその相手に『ガツンと言ってやる』つもりでいた・・・。)
 
 だがパーシバルがどうしても奇妙に思うのは、『なぜガルガスは誰かに会う前に飲んでいたのか』という点だ。ガツンと言ってやるつもりなら、飲んでから行くより素面のほうがちゃんとした話し合いが出来るだろう。相手によっては馬鹿にされていると考える可能性もあるのではないか。
 
(それでもあえて飲んでから会いに行ったとしたら、たとえば・・・ガツンと言ってやるための景気づけとか、それとも面と向かうと緊張するから、飲んで気持ちをほぐしておこうとしたとか・・・。)
 
「うーん、ここで俺が1人で考えてもさっぱりわからん。」
 
 思わずため息が出た。ガルガスが会う予定だった人物は、周旋屋達の手数料に絡んで、いや、手数料を引き上げろと周旋屋達を脅している相手である可能性が高い。組合を作って周旋屋達の手数料を決め、争いをなくして共存出来るようにしたのはガルガスだ。エリナが聞いた『勝手なこと』と言うのは、この間剣士団長が言っていた『手数料の金額が周旋屋によって違う』ということかもしれない。組合に所属している周旋屋達の何人かが手数料を少しずつ上げ始めたとして、それに反発して手数料を下げ、その分たくさんの人夫を工事現場に送り込んで利益を確保する周旋屋もいるのではないか。だがそれでは組合を作った意味がない。
 
 手数料を上げろと脅している人物は、周旋屋達が全員で手数料を上げることを望んでいるのだろう。だが周旋屋達は全員が手数料を上げることに賛成しているわけではなく、ガルガスも、賛成はしていない周旋屋の1人なのだろう。しかも彼は組合長だ。彼を説得出来れば他の周旋屋達も追随する可能性が高い。それでローディが言うところの『マント野郎』が、夜中に周旋屋達を恫喝していたのだ。ガルガスを説得しろと。そしてその『マント野郎』の背後には『E』なる人物がいる。
 
 剣士団長が、グラディスが預かったという真っ黒な封筒に入った手紙を見せてくれた。とても短い文面だったので、今でもその内容を覚えている。
 
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足並みが揃わねば切り捨てよ。
猶予は3日。
結果を確認ののち2日後に
13番通りの路地裏にて報酬を渡す。
 
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 そろそろ昼になる。午後からはドゥルーガー医師のところに顔を出さなければならない。その前に橋の下も確認してみた方がいいかもしれない。
 
「ここで考え込んでいても始まらない。ちょっと降りてみるか。まだ時間はあるだろうしな。」
 
 パーシバルは空を見上げて太陽の位置を確かめ、橋の下まで降りることにした。ガルガスが落ちた場所まで来て橋の上を見上げる。上から見た時も思ったが、下から見てもけっこうな高さだ。いくら泥酔していても、あの高さから体を乗り出す前に防衛本能が働くのではないか。あの場所でゲエゲエ吐いていたとしよう。そしていつの間にか体が前のめりになっている、吐いているなら意識はあるはずだ。はっとして自分の体を支えようとするのではないか・・・。
 
「とは言ってもなあ・・・真夜中の話なら下なんて見えやしないし、とにかく吐くことだけに気を取られている間に、いつの間にか下に落ちたか、或いはハッと気づいて体を支えようとはしたが、時すでに遅く、落ちてしまったのか・・・うーん・・・・。」
 
 ガルガスは酒豪だったと、アルス達が言っていた。どの程度なのかは詳しく聞いたわけではないが、アルスもセラードも酒はかなり飲む方だ。その彼らが酒豪だというのなら、それはもうちょっとやそっとの酒では酔いもしないくらいではないんだろうか。
 
「だとするとますますわからん。最初の店でそれほど酔ったようにも見えなかったというのに、ここに来た時には泥酔していた・・・。いや・・・待てよ?もしかして、その時待ち合わせの相手と一緒だったのだとしたら・・・。」
 
 
『足並みが揃わねば切り捨てよ。』
『猶予は3日。』
 
 
 ガルガスさえいなくなれば『足並みを揃える』ことが出来ると、あの手紙の主である『E』は考えた。その命を受けて、『黒マントの男』は手紙にあったとおり、3日後にガルガスを殺し、死体を川に浮かべた・・・。
 
「となると・・・グラディス達の推理が正しかったってことになるのかな。もう一度状況を整理してみるか。」
 
 アルスとセラードの調書にも書いてあったのだが、今までガルガスは1人でここまで来たと思われていた。だが最初に飲んでいた店を出たあとつぶやいていた言葉を聞いても、そのあと誰かとどこかで待ち合わせしていたのは確かだ。グラディス達は、その誰かがガルガスと一緒に橋まで行って、行く間に酒を飲ませて前後不覚にし、突き落としたかもしれない、そんなことを言っていた。ではその人物とはどこで会ったのか。ガルガスを殺すつもりでいるなら、顔を見られる可能性のある店を指定したりはしないだろう。店の中でまでマントを着てフードを被っていたりしたらそれだけで不審に思われる。だとすると、外で待ち合わせをしたのではないか。
 
「いや、もしかしたら・・・。」
 
 ふと思いついた。元々あの店で待ち合わせたと言う可能性もあるのではないか。先に着いたら飲んでいてくれとでも言われていれば、1人で飲んでいるだろう。程なく待ち合わせの相手が現れると思っているから、あまり酔ってしまってはまずい。ところがある程度飲んだところで、待ち合わせ相手から連絡が届く。そこまで行けないなどの言い訳をして、別な場所を待ち合わせの場所として指定したとしたら・・・。
 
「相手はわざと時間を遅らせ、別な場所を待ち合わせの場所に指定した。それを知らせるために、誰かを使って手紙を届けさせる・・・。うーん・・・考えすぎかな・・・。でも可能性はあるような気がするが・・・。」
 
 この考えに可能性を持たせたいなら、ガルガスに待ち合わせ相手からの手紙かメモを届けた人物が必要になる。
 
(今日の夜、行って話を聞いてみるか。)
 
 これ以上は推測を重ねても意味がない。ガルガスがその店で飲んでいた時のことを、もっともよく知っているのはその時その店にいたマスターやウェイトレスだ。
 
(アルスさん達も当然聞き込みはしているんだろうけど、アプローチの仕方が違えばまた別な情報を聞き出せるかもしれない。)
 
 その時昼の鐘が鳴った。
 
「あ、まずい。食堂に戻ってめしを食ってから行かないと。」
 
 パーシバルは慌てて橋の上に戻り、王宮へと向かって早足で歩き出した。
 

外伝11へ続く

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