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外伝8

 
「そうだなあ。まあいい話ではない。」
 
 剣士団長はのんきそうにうんうんとうなずいた。
 
「そうはっきり言われると何とも言いようがないですが・・・とにかく、まずは聞かせてください。この仕事をしている限りは、どんなことでもやるしかないですからね。」
 
 あまりにもあっさりと団長が言ったので、ヒューイは拍子抜けしていた。しかし、あれは嫌だこれは嫌だなどと、仕事を選べるような立場でないのは確かなのだ。それならばさっさと始まればさっさと終わる・・・かもしれない。
 
「まあいやだと言われると私も困るからな。では説明しよう。お前達、最近になって工事現場の人夫を斡旋する周旋屋達が、手数料を吊り上げているという話を聞いたことがあるか?」
 
 剣士団長のこの言葉に全員が顔をあげた。
 
「ほお、どうやら全員が聞き及んでいるようだな。」
 
 団長が驚いた顔をした。
 
(何を言い出すつもりなんだろう・・・。)
 
 グラディスは剣士団長の意図が読めなかった。ローディの一件には周旋屋達が絡んでいるらしい、それは彼の証言で明らかになった。本当に殺されるところだったことを考えると、住宅地区建設現場の資材置き場でローディが盗み聞きした会合の内容は、彼の妄想でも夢でもなく、周旋屋達の間で何かしらの陰謀が進行していると思って間違いない。そしてその件には、彼が言うところの『マント野郎』を手先として使う『E』という黒幕が存在するらしい。その件を含めて、グラディス達はローディの事件について調査をしている。その手がかりとも言うべきガルガスの死について、今日の午前中歩き回っていろいろと調べていたのだが・・・。
 
(もしかして、それは俺達の手に負えないからヒューイさんに調べさせるってことか?俺達にはパーシバルさんを手伝ってモーガン先生の事件の調査をさせることにして・・・。)
 
 それにしては、団長が自分達に『今初めてその話をした』ように驚いて見せていることがおかしい。
 
「それを俺が調査するってことですか?」
 
 ヒューイが尋ねた。
 
「まあそういうことだ。」
 
(団長は何を考えているんだろう・・・。)
 
 パーシバルにもさっぱり読めなかった。その調査をヒューイがする、それ自体は別におかしいことではない。しかしその件はガルガスの死とも繋がっているかも知れないと、剣士団長は知っているはずだ。そう言うことなら、何もわざわざパーシバルとヒューイが別行動を取る必要はないのではないか・・・。
 
「うーん・・・。しかし人夫を斡旋する代わりに手数料を得るってのは元々の周旋屋達の仕事ですよね。確かに以前よりかなり高くなっているとか、そのせいで人夫の給料がちっとも上がらないとかいう話は聞いてますが・・・まさかと思いますけど、俺が周旋屋達を締め上げて手数料を引き下げさせるとか?」
 
 冗談とも本気ともつかない口調で、ヒューイは両手で首を絞める真似をしてみせた。
 
「はっはっは、締め上げるほどの根拠はないなあ。」
 
 剣士団長はのんきそうに笑い出した。
 
「・・・まあそうですよね・・・。ということは、その値上がりに絡んで何か不審な点があるんですか?」
 
「うむ、周旋屋達は組合を作ってそれぞれ協定を結んでいるので、通常斡旋料として取る手数料の額は同じだ。ところが、最近になってそこに差異が出てきている。」
 
 これはグラディス達にとっても初めて聞く話だ。やはり周旋屋達には何か秘密があるらしい。となると、ますます団長の考えがわからない。ここでローディの話を出し、ここにいる4人で調査をしろと言うほうが遥かに分かりやすい話だし、また筋も通っているのではないか・・・。
 
「それはまた興味深い話ですね。しかし一口に差異と言ってもいろいろだ。一人だけ抜け駆けをして手数料を上げた、もしくは下げた、でなければ一律同じ手数料であることに不満を持った何人かが手を組んで、値崩しにかかっている、そんなところでしょうか。」
 
「実のところ、まだそこまで詳しくわかっておらんのだ。ただ、差異が出ているということは、彼らの間に何かあったとみるのが自然だろう。お前の言うようなことがあったのかもしれないし、そのほかに、何者かが裏で動いて彼らの足並みを崩しにかかっているということも考えられる。」
 
「なるほど、そういうことも考えられますね・・・。」
 
「だが残念ながら、これと言って事件性を疑えるような確実な情報がまだない。剣士団が表だって動くほどの根拠はないとも言える。」
 
「根拠がないのに俺が調査に乗り出していいんですか?どっちかって言うと、大臣方の密偵が動くような案件ですよね。」
 
「実を言うと、私の密偵も動いてはいるのだ。だが、今一つ思ったように情報が得られていない。」
 
「剣士団長の密偵は優秀だとお聞きしていますよ。なのに情報が手に入らないというのは妙ですね。」
 
「そう、『妙な話』だ。それをお前に調べてもらいたいんだよ。」
 
「俺が団長の密偵より優秀だとは思えませんね。それに、俺の本職は密偵じゃなくて王国剣士です。」
 
「もちろんお前に密偵の真似事をしてくれなどという気はない。正々堂々、王国剣士として聞き込みをして情報を集めてくれればいいんだ。」
 
 ヒューイは少し考えていたが・・・
 
「なるほど、確かに密偵が素晴らしく優秀だとしても、万能ではない・・・。そちらの調査が行き詰まっているので、視点を変えて何とかならないか、そういうことですか。」
 
「そうだ。言うなれば、『裏でだめなら表から』と言うことだな。」
 
 こんな調査を頼まれるのは、ヒューイに限らずパーシバルも初めてではない。王国剣士団はこの国の治安維持全般を担っているので、時には通常警備以外のこんな仕事が舞い込むこともある。だが・・・ローディの件をさっきから団長が一切口にしていないのが、パーシバルの目には奇妙に映った。
 
「まあそのほうがいい時ってのもありますからね。しかし団長、密偵が動いていたってことは、出来るなら秘密裏に調べたかったってことではないんですか?」
 
「出来るならな。しかし、蛇の道は蛇とも言う。相手によっては、こちらの密偵が動いていることに気づく可能性もあるわけだ。もしかしたら、それで情報を得るのが難しくなっているのかも知れん。」
 
「ということは、多少なりとも派手にやっていいってことですか?」
 
「さてそこだ。」
 
 ヒューイとの会話の最中、ずっと剣士団長は穏やかな顔を崩さなかったが、ここで少し顔をこわばらせた。
 
「派手にやればもしかしたら何か得られるのかも知れん。だが、やり過ぎてはこちらに危険が及ぶ可能性もある。だからこそ、お前とパーシバルを一緒に調査にあたらせるわけにはいかんのだ。」
 
「・・・どういうことです?」
 
 パーシバルが尋ねた。
 
「パーシバル・ヒューイ組は今ではちょっとした有名人だからな。」
 
「は?」
 
 ヒューイとパーシバルがほぼ同時に聞き返した。
 
「次期団長と目される剣士のコンビ、これだけでも町の噂になっているんだ。この間私に正面切って聞いてきた貴族がいたぞ。『団長の座を若い者に奪われそうだというのに、のんきにしていていいんですか』とな。」
 
 団長本人はそう言って大声で笑ったが、その場にいた4人の剣士は揃って顔をひきつらせてしまった。
 
「そ、そんな・・・俺はそんな事は!」
 
 パーシバルが青ざめて叫んだ。団長の座に座りたいなど、一度も思ったことがないというのに。まさかそれもまたケルナーの仕業なのだろうか。
 
(い・・・いや、落ち着け!俺のような若造が次期団長だなどと言われるだけでも反発を呼びやすいというのに、どうしても俺に団長になって欲しいはずのケルナー殿がそんなばからしい噂を流すはずがない・・・。)
 
 焦る剣士達とは対照的に、剣士団長は落ち着き払っている。
 
「ま、無責任な噂だ。それ自体を気にする必要はない。もちろん私はお前が団長の座を奪おうとしているなど、考えたこともないからな。だがそういうことで、お前達は有名人なのさ。」
 
「はぁ・・・ばかばかしいとは言っても、無視出来ませんね・・・。」
 
 ヒューイは呆れ顔だ。しかしもしもこの先パーシバルが団長になれば、その相方であるヒューイの担う責務も大きくなるが、それだけでなく、何かにつけて『剣士団長の相方』は注目されることになる。剣士団長に近づくために、相方の剣士を利用しようとする者達が押し寄せることだろう。言い換えれば、パーシバルの団長就任でヒューイも大きな権力を手に入れることになるのだ。当人がどんなにそんなものは要らないと思っていても・・・。
 
「ま、だからと言ってお前に『行動に注意しろ』などと言う気はないよ。行動力こそがお前の強みだ。お前の行動力のおかげで解決出来た事件は数限りない。今まで通りにしてくれればいい。だがこの件に関してだけは残念ながらそうも行かないんだよ。お前達2人が調査に乗り出せば、それが噂として流れるだろう。その手数料の件に関わっている何者かがいたとして、そう言った連中がお前達の調査の噂を聞けば、派手に妨害してくることは十分考えられる。そうなればあぶり出しやすくなるのは確かだが、さっきも言った通り、それではお前達の身に危険が及ぶ可能性が高くなる。私はお前達を囮にしてまで情報を得ようなどとは思わんからな。」
 
 ヒューイは大げさに肩をすくめてため息をついてみせた。
 
「なるほど・・・団長のおっしゃる『厄介』の意味がやっとわかりましたよ。俺の仕事はその手数料の件についての調査、ただしもしかしたらいるかも知れない、あるいはいないかも知れない陰の黒幕みたいな奴らに知られないように、秘密裏に調査するってことですね・・・。」
 
「そういうことになる。秘密裏とは言ってもこそこそと動き回る必要はない。通常業務の一環として聞き込みをして、情報を集めてほしいんだ。ただし絶対に無理はしないでくれ。危険を感じたら迷わず引くことだ。深追いしてはいかん。」
 
「となれば、確かにパーシバルと一緒に表立って動くわけにはいかないか・・・。それじゃ今まで通り警備のローテーションに入って、その中で時間をやりくりするしかないってことですね・・・。」
 
「・・・そう言うことになるな。ただし休みはちゃんと取れよ。忙しい時こそ休息は必要だからな。」
 
 次の休みには、絶対にジーナと仲直りするのだとヒューイは決めている。前回の休みの別れ際、ジーナの笑顔を見られなかったことでヒューイはずっと調子が出ないのだ。それはパーシバルも気づいている。ヒューイの休みが飛んでしまうようなことにだけは、絶対にしないようにしなければならない。
 
「ま、当分南大陸はないからな。南地方ももう少し先だし・・・その間にある程度の情報を掴むようにしないと・・・。」
 
「城下町なら二手に分かれて歩くのがいつものことだから、誰も気にしないだろうがなあ・・・。」
 
 パーシバルとヒューイはさっそく『どうしたらさりげなく動けるか』考え始めた。
 
「方法については任せる。お前達の実績を鑑みれば任せて不安なことは何もないからな。さてパーシバル、お前はモーガン先生の事件について、この2人を使って調査してくれ。あとグラディス、ガウディ、お前達はアルスとセラードから頼まれた件も頑張って調べてくれよ。ただ、この件はあくまでも『お前達の仲を少しでも良くするための共同作業』と言うことになっている。そこだけは誰に聞かれてもそう言ってくれ。でないとアルスとセラードの名誉を傷つけることになりかねないからな。それと・・・そうだなあ・・・。剣士団の中ではそれでいいとしても、対外的には・・・例えばアルス達が調査した場所に行って、もう一度調査するなんてことになった場合だが・・・。」
 
「・・・それなら、再発防止のための再調査とでもしておくのがいいかと思います。ガルガスさんの死に何一つ不審な点がないとしても、あんな形で命を落とす人がたくさんいるというのは問題ですからね。」
 
 パーシバルが答えた。さっきアルスとセラードから話を聞いた時から、そう言う言い訳を考えておけよとグラディス達に言うつもりでいたのだ。
 
「おお、なるほどそれはいいな。グラディス、ガウディ、そう言うことで調査に当たってくれ。」
 
「わかりました。」
 
 今朝ダスティンにでっち上げた話が、図らずも真実となった。グラディスもガウディも、心の中でほっとしていた。
 
「うーん、周旋屋達の内輪揉めか・・・陰に黒幕が・・・。」
 
 ヒューイが少し思案するように目を閉じた後、顔を上げてドレイファスを見つめた。
 
「やっぱり聞いておきます。団長、ガルガスさんの死がその手数料の件に絡んでる可能性はあるんですか。」
 
 剣士団長が少し間をおいてうなずいた。
 
「ないとは言い切れない、もしかしたら何か関係があるかもしれない、というところだ。さっきも言ったように、ガルガス殿の件は単なる事故で、アルスとセラードが納得出来ないというだけのことかもしれん。だがわずかでも何かがあるかもしれないと思えるなら、調査に乗り出すべきかもしれない。そんなわけで、アルス達がグラディス達に依頼したのはいい機会だと思っている。だがお前がこれから調査する件については、まずは先入観を持たずに調査を始めてほしい。そう思って言わなかったのさ。」
 
「なるほど・・・。しかし今では団長も、『ガルガスさんの件にはもしかしたら何かあるかもしれない』とお考えなわけですね。その話はアルスさん達には・・・。」
 
「言ってない。そんなことを言ってみろ、何が何でも自分達に再調査をさせろと言い出すのは目に見えている。だがあの2人は今ではほかの案件を大量に抱えている。それを総べて放り出してしまわれてはこちらが困るのだ。」
 
「でしょうね・・・。しかも、下手に動くのもまずいってことですし・・・。」
 
 ヒューイはまたしばらく考えていたが・・・。
 
「よし、おいパーシバル、ガルガスさんの件はお前もこの2人と一緒に担当するわけだな。」
 
「まあそういうことになるな。」
 
「うーん、しばらくの間、この件に関して情報交換はしないでおかないか。ゼロから始めようと思っても、どうしてもガルガスさんのことが頭にちらつくと思うんだ。下手に情報を得てしまうと、何でもかんでもそっちの件と結びつけて考えちまうかもしれない。」
 
「それもそうだな・・・。」
 
「ふむ、ではパーシバル、ヒューイ、こうしようじゃないか。お前達はそれぞれ自分の任務に専念してくれ。そしてある程度調査がまとまったら、ここで打ち合わせといこう。お前達、南地方はいつからだ?」
 
「あと一週間はあります。その間に休みも入りますから、城下町周辺で動けるのは多くてもあと4〜5日というところですね。」
 
「なるほど、グラディス、ガウディ、お前達が執政館勤務になるのはあと10日ほど先だったな。」
 
「はい。」
 
「よし、では調査については毎日個別に私のところに報告しにきてくれ。その状況を見て、打ち合わせの日をきめよう。」
 
「わかりました。」
 
「それじゃさっそく出掛けるか・・・。うーん・・・。」
 
 ヒューイはまだ何か考え込んでいる。
 
「団長、俺がその手数料の件を調べてるってのは当然ながら剣士団の中でも話すわけには行きませんよね。」
 
「まあそういうことだ。そういう理由もあって、この件はお前のほうが適任だと思ってな。」
 
 まさしくヒューイのほうが適任だと、パーシバルは思った。大胆な行動力と緻密な計算、そして必要とあらば密偵にも匹敵するほど気配を消してひっそりと動くことも出来る。自分にはとても真似の出来ない力を、ヒューイは持っているのだ・・・。
 
「では、それぞれ仕事に戻ってくれ。パーシバル、お前は少し残れ。ヒューイ、モーガン先生の件はお前が直接携わるわけではないが、今日はパーシバルと一緒に工事現場周辺の聞き込みをしてくれ。殺人事件の調査だというのにお前が別なところを歩いていたのでは変に思われるからな。」
 
「それじゃロビーでパーシバルの話が終わるのを待ちますよ。パーシバル、もしロビーにいなかったら小便でもしてるかもしれないから待っていてくれよ。では団長、副団長、失礼します。」
 
 ヒューイは団長室を出て行った。グラディスとガウディも腰を上げようとしたが、団長に止められた。副団長デリルは扉を開けてヒューイが出ていくのを見届けて、また扉を閉めた後鍵をかけた。
 
「グラディス、ガウディ、モーガン先生の件については、今日の夜でもパーシバルから話を聞いてくれ。昼間はガルガス殿の件について、調査を続けてくれよ。」
 
「わかりました。」
 
 2人とも妙な歯がゆさを感じながら、団長室を出た。2人が出た後も、やはり背後で扉の鍵をかける音がした。
 
「・・・何なんだよ一体・・・。」
 
 グラディスが呟いた。
 
「まあ話の内容自体は理解出来なくはないが・・・。」
 
「でも変じゃないか。殺人が起きてるってのに、なんで団長はあのおっさんの話をしないんだよ。」
 
「・・・わからんが・・・まあ団長なりの考えがあるんだろう。」
 
「・・・・・・・・・・・。」
 
 団長なりの考え、それは・・・本当に『事件解決のための』考えなのか・・・。
 
 
 ロビーの前を通ると、ヒューイが採用カウンターの当番剣士と何か話しているところだった。
 
「・・・へー、それでパーシバルが足止め喰らってるってことか。まあ仕方ないな。」
 
「すみません。あいつが戻るまで俺はロビーにいますから。」
 
「ふーん・・・しかしお前らも大変だなあ。まあこんなことを言うとお前は複雑かもしれんが、今じゃパーシバル・ヒューイ組はちょっとした有名コンビだからな。」
 
「・・・まあ、次期団長候補と目される剣士のコンビですからね。」
 
 ヒューイがおどけたように大げさに肩をすくめてみせた。
 
「苦労はするだろうな。随分昔の話だが、ドレイファス団長の相方も、かなり苦労したって話だからな。団長の相方だと言うだけで、利権に群がる奴らが押し寄せるんだそうだ。」
 
「はぁ・・・パーシバルが本当に団長になったら、それなりに覚悟しておかないとまずいんでしょうねぇ・・・。」
 
「ははは、まあそうなったらな。しかしどうなんだろうなあ。トップが若返るってのはいいことだが、パーシバルとお前がどれほど苦労するかと考えるとなあ。」
 
「お気遣い感謝しますよ。そうなったらなったで肚を括るしかないですから。俺としては、奴の出世は喜ばしいことですからね。」
 
「それもそうだな。俺も、もしもそう言うことになったら歓迎するよ。あいつならきっといい団長になるさ。」
 
「そりゃそうですよ。俺の相方ですからね。」
 
「はっはっは!なるほどな。お前らは仲がいいなあ。」
 
 当番の剣士とヒューイが笑い出した。
 
 
                          
 
 
「さてパーシバル、モーガン先生の件だが、現場検証も終わっていることだし、お前の考えを聞かせてくれないか。もちろんわかっているところまででいい。」
 
 グラディスとガウディが部屋を出ていき、デリルが扉に鍵をかけたのを確認してから、ドレイファスが口を開いた。
 
「はい、まずは死体の状況からですが・・・。」
 
 パーシバルは、モーガン医師の死体の様子から考えたことを話した。おそらくは牢獄からの帰り道に殺されたのではないかと。そして死体は複数の人物の手によって真夜中に運ばれ、あの場所に隠されたのではないかということも・・・。
 
「ふむ、確かに着ていた服はごく普通の服だった。旅行に出掛けてからではなく、牢獄勤務の最後の仕事が終わって帰る途中に襲われたということか。」
 
「はい、モーガン先生はだいぶ旅慣れていたようですから、もしかしたら普段着で旅行に出かけたかもしれないと思ったのですが・・・現場での検死の際も、ドゥルーガー先生が普段着のままだとおっしゃってましたから、それで間違いないと思います。そして殺されてすぐにあの現場に運び込み、死体を隠したのではないでしょうか。」
 
 解剖室では、まず死体の着衣を全て脱がせるところから始まるのだが、それは立ち会いの王国剣士が医師と一緒に行うことになっている。着衣に乱れがないといっても、実は被害者が激しく抵抗したことを隠すために、犯人が一度着衣を脱がせて、改めて着せなおしたりする可能性もなくはない。そして死体から脱がせたすべての着衣は、解剖室の一角に置かれたテーブルの上に並べられ、これもまた王国剣士が詳しく調べることになっている。その隣では医師が助手とともに死体を詳しく検分する。まずは体についた傷などを見るために全身をくまなく調べ、体にメスを入れて内臓を見たりするのは本当に最後だ。通常なら立ち会いの王国剣士は二人一組でこの任にあたるが、今回はパーシバルが剣士団長とともにモーガン医師の服を脱がせ、隅から隅まで調べた。
 
 
 
『生前ついたと思われる傷は、背中の傷以外何もありませんね。』
 
 解剖が終わったあと、ドゥルーガー医師が言った。
 
『何も、ということは、抵抗した際にできるような傷も一切かね?』
 
 剣士団長が尋ねた。
 
『はい、まったく。顔や手に出来ている傷は、全て死後についたものです。死体を廃材の間に隠す際についたのでしょう。それとこの右手ですが、死後ある程度の時間をかけて千切れたものです。原因は人夫達が3人がかりで持ち上げたという、一番大きな廃材の角ですね。皮膚と血がほんのわずか付着していましたから。うつぶせに寝かされたせいか顔は驚くほどきれいですよ。』
 
 ドゥルーガー医師は冷静に説明してくれた。
 
『なるほど。ということは、廃材置き場に死体が隠されてから、ある程度の時間経過があったということかね。』
 
『そうなると思います。』
 
『そうか・・・。それで、死因はどうだろう?』
 
『死因は凶器を一気に差し込まれた衝撃によるものでしょうね。この傷は背中から心臓のすぐわきを通ってまっすぐに肺まで達しています。かなりの力でためらいなく一気に刺したのでしょう。あともう少し深く刺されていたら、胸から凶器の先が飛び出していたかも知れません。おそらく即死に近い状態だったと思います。』
 
『それほど深く刺されていたのか・・・。』
 
『はい、左側の肺はほぼ貫通状態でした。』
 
『ふむ・・・しかし背中を刺すためには後ろから羽交い絞めにでもしないとなかなか難しいものだが・・・。』
 
『背後から忍び寄って布で口を押え、一気に刺してすぐに離れれば他に傷は残らないかも知れません。もちろんそれなりの腕が必要ですが。』
 
 パーシバルが答えた。
 
『それなりの腕か・・・。』
 
 剣士団長が考え込んだ・・・。
 
 
 
 
「・・・なるほど。しかし気の毒なことだ。突然後ろから押さえつけられて一突きとは・・・。まあ・・・おそらく苦しまずに絶命したのだろうから、それだけが救いかもしれんな・・・。」
 
「そう・・・ですね・・・。」
 
 本人は自分が死んだことすら気づいていないんじゃないだろうか。
 
「ふむ・・・そして暗闇の中で死体を隠して立ち去った、その時手が引っかかっていたことに気づかなかったということか・・・。」
 
「俺はそう考えました。死体を隠すのに手だけ出して隠すなんてバカなことをわざわざするのは考えにくいですから。闇の中で急いで死体を隠そうとしていた犯人が、手が引っかかっていたのを気づかずにいたということのほうが自然だと思います。死体の上にはかなり重い廃材がいくつも載っていました。おそらくは急いで積み上げたと思います。その時点で手首が損傷したとすれば、雨風に晒されていた手の部分だけなら数日もあれば腐敗するのではないかと思います。」
 
 
 千切れた右手は、解剖のすべての作業が終わった時、ドゥルーガー医師の手で右腕の手首に縫い合わされた。
 
『右手がなくては何をするにも不自由だろうからな・・・。』
 
 ドゥルーガー医師が呟くように言った。彼の目からはまた涙が流れていた。
 
「確かに手などはみ出していればすぐに見つかる可能性が高い。お前の推理はおそらくあたっていると思う。それに、ドゥルーガー先生も言っていたが、死体が廃材置き場に隠された後、廃材の間に挟まれた手が腐敗で千切れる程度の時間経過があったということだから、おそらく最後の牢獄勤務を終えた直後に殺されたというのも間違いあるまい。」
 
「はい。」
 
「・・・何ともいたましいことだ・・・。ではパーシバル、動機はなんだと思う?」
 
「・・・実は俺もそこが不思議なんです。」
 
「ほぉ、どんなふうにだ?」
 
「俺達のように危険に向かって飛び込むわけではないし、医者らしくはなかったですが人望が厚かったのは、解剖室に運ぶまでの間、医師会のほとんどすべての医師や看護婦、受付から厨房の職員に至るまでの人達がモーガン先生の乗せられたベッドを見送ったことでもわかります。それがなぜ背中から一突きされるという形で死ななければならなかったのか・・・。」
 
「・・・例えば、医師会の業務の中で逆恨みされるとかの可能性はどうだ?」
 
「・・・さっきヒューイも言ってました。医者だといってもすべての患者を助けられるわけじゃない、亡くなった患者の家族の逆恨みなどの可能性もあると・・・。でも、解剖の結果を見ればそれも少し不自然です。掠り傷ひとつつけずに後ろからダガーで刺して確実に息の根を止め、死体を隠すという一連の作業が、一般人の手によってなされたこととはどうしても思えないんです。」
 
「一般人がプロに依頼したという可能性は?」
 
「確かにその可能性は否定しません。しませんが・・・。」
 
 その可能性はゼロではない。しかし、パーシバルの勘は、それはないと告げている。患者の家族が医師を殺したいと考えるほど強い恨みを持つような出来事があれば、多少なりとも王国剣士達の間にも噂として流れてくる。そんな話は少なくともモーガン医師については聞いたことがないし、どんな恨みを持っていたとしても、一般人が裏世界のプロの暗殺者と連絡を取るなんてそう簡単にいかないと思う。もちろんそれはパーシバルの推測でしかない。そんな不確かな理由で一つの可能性を排除すべきでないのは確かだが、気になるのはやはりガルガスのことだ。
 
「・・・ふむ、確かに医師会でそんな騒動があったという話は私も聞いたことがないし、あったとしても、暗殺者などという者達と一般市民がそう簡単に連絡を取り合えるというのは考えにくい。それでお前としては、モーガン先生がガルガス殿の検死をした・・・それが今回の事件に関係していると考えるのだな?」
 
「こちらもまた、可能性としてゼロではないというだけのことですが・・・どちらも排除できるだけの根拠はありませんから、どちらも考えていくべきだと思ってます。モーガン先生の検死報告書には、いつも分厚いメモが添付されることで有名です。それだけ死体の状況を事細かに見ていることは確かですから、モーガン先生が自分に都合の悪いことを知っていると、犯人が考えたのではないかと思います。」
 
「うーむ・・・確かにモーガン先生の目は素晴らしい。こちらがどれほど細かく調査しても気づかなかったようなことを、さらりと指摘する。ではもう一つ聞くが、モーガン先生がガルガス殿の検死をした、それを知っているのは牢獄勤務の者達と、医師会、それに王国剣士くらいのものだ。ガルガス殿の発見現場には野次馬が大量にいたが、そこにいた検死医がモーガン先生だなどと知っている一般人はほとんどいまい。モーガン先生を知っていたとしても、まさかそこにいるとは思わんのが普通ではないかと思う。ということは、もしも実際にモーガン先生の死とガルガス殿の件が繋がっているかもしれないとなった場合、犯人が内部の者である可能性も出てくる。内部とはつまり、その事実を知っている者の属する全ての組織だ。それはどう考える?」
 
 『全ての組織』
 
 つまり、牢獄の職員、番人、検死医、医師会の医師達、そして・・・
 
(王国剣士団・・・・。つまり仲間を疑うということだ・・・。)
 
 モーガン医師が発見された時と同じように、事件が起きた場合、そこに居合わせた剣士のほかに、近くを歩いている王国剣士が応援に駆けつける。さっき工事現場周辺を歩いていた二組がパーシバルの応援に入ったことで、工事現場の警備が手薄になった。そんな時には近くの場所を歩いている剣士達にも警備の応援を呼びかけるのだ。事件が起きると王国剣士達は迅速に『いますべきこと』のために動く。調査を担当するのは一組の剣士達でも、間接的に事件に関わる剣士達の数はかなり多い。検死医の名前なんて別に機密事項ではないので、関わった剣士に別な場所を警備していた剣士が尋ねたりして、そう言った情報はすぐに剣士団の中に広まる。つまり、ガルガスの検死をしたのがモーガン医師であると知っている王国剣士など、いくらでもいるということだ。かえって知らない剣士のほうが少ないのではないだろうか。グラディス達のように入団してまだ日が浅く、町中で死体に遭遇することも稀な剣士達なら知らないかもしれない、そのくらいのものだろう。
 
 パーシバルは深呼吸した。
 
「どうしても疑わなければならないのであれば、そうするしかありません。もちろん、そんな可能性がすぐにでもゼロになってほしいとは思いますが・・・。」
 
「そうだな・・・。その件についてはグラディス達が調べていることだし、何かしらの新事実が出てくる可能性もある。慣れたコンビとの仕事でなくてすまないが、しばらくグラディス達に手を貸してやってくれ。それと・・・何としてもモーガン先生を殺した犯人は見つけ出さねばならん。」
 
「はい。」
 
 パーシバルがきっぱりと返事をした。
 
「では、今日は午後からヒューイと一緒に工事現場の現場検証と聞き込みをしてくれ。あとの仕事についてはお前達の裁量で動いてくれていい。グラディス達には、夜にでも話をしてやってくれるか。ガルガス殿の件についてはさっきヒューイも言っていたように、彼の調査に先入観を植え付けてしまう可能性を考えて、ヒューイの思うとおりにしてやってくれ。それと、グラディス達が私からの指示で動いていることは、伏せておいてくれ。」
 
「わかりました・・・。団長、一つだけ教えてください。」
 
「ん?何だ?」
 
「あのローディさんという人の話をヒューイにしないのはなぜです?」
 
「ふむ、確かに納得はいかんだろうな。おそらくガウディとグラディスもな。」
 
「手数料の件については、彼の証言を元にすればもっと効率よく調査することが可能なはずです。なのにヒューイに何も言わないのはおかしいと思いますが。」
 
「確かに効率は上がる。だが、今のところ周旋屋達の動きについては彼の証言以外に何もないんだ。彼が命を狙われたのは事実だが、それが果たして周旋屋達の手先かどうかもはっきりしているわけではない。その意味ではまだまだあれは不確かな情報だ。そもそもあの人はその『黒マントの男』の顔も知らないし、自分を刺したのがその男かどうかも見たわけじゃないんだ。ガルガス殿の件と同じで、そんな不確かな情報でも聞いてしまえばどうしてもそちらに考えが行く。それはかえってヒューイの自由な情報収集の邪魔になるかもしれない。私がヒューイに期待しているのは、ヒューイが独自に考えて調べた情報なんだ。」
 
 パーシバルはハッとした。そうだ、さっきヒューイは言ったばかりじゃないか。
 
『ゼロから始めようと思っても、どうしてもガルガスさんのことが頭にちらつくと思うんだ。下手に情報を得てしまうと、何でもかんでもそっちの件と結びつけて考えちまうかもしれない。』
 
 団長だって同じことを考えていたのだ・・・。
 
「もちろん隠しっぱなしにしたりはしないよ。そんなことをする意味はない。ヒューイの調査結果を聞いて、あのローディさんという人の話と繋がってくるようなら、これはもう確実な情報だと考えていいと思う。そうしたら、私からきちんとヒューイに話すよ。情報を隠していたことについても、もちろんちゃんと謝るつもりだ。」
 
 パーシバルは自分の考えの浅さを恥じた。団長に対する疑念が完全に払拭されたわけではないが、まずは自分の仕事に専念しよう。
 
「わかりました。では失礼します。」
 
「ああ、ご苦労だったな。」
 
 パーシバルは剣士団長室を出ていった。しばらく背後に注意を向けていたが、扉の鍵が閉まる音はしなかった。
 
 
 
 
「あとはもう大丈夫ですね。」
 
 パーシバルの足音が遠ざかったころ、副団長デリルはほっと一息ついて、扉から離れた。もう鍵をかける必要はない。
 
「・・・デリル、私は不自然ではなかったか?」
 
 ドレイファスが、ひどく疲れたように椅子の背もたれに寄りかかりながら言った。
 
「大丈夫です。いつもの団長でしたよ。」
 
 デリルがいたわるように言った。
 
「そうか・・・。しかし、私が選んだ道は・・・正しいのかな・・・。今でも不安だよ。もしかしたらひどく間違った道に踏み込んでしまったのではないかと・・・。」
 
「私にはこの道しかなかったと思えます。むろん・・・何事もないのが一番ではあるのですが・・・。」
 
「そうだな・・・。」
 
 ドレイファスが大きなため息をついた。
 
 
                          
 
 
 剣士団長室を出る時から、パーシバルは考え込んでいた。ローディの話をヒューイにしなかったことについては一応納得できた。だがまだ晴れない疑念がある。確かに『仲間を疑わねばならない』場合、秘密裏に調査を進めることは必要になってくるが、それは今のパーシバルと団長の間で出た話であってそれまでは一切そんな話は出ていないというのに、剣士団長も副団長も、厳重に部屋の外に注意を払っていた。さっき部屋に入った時には『きちんと説明するから』と言っていたが、実際には団長の口からその話は出なかった。もっともヒューイが指示された仕事の内容は、確かに他の剣士達に知られてはいけないことではあったが・・・。
 
「まあ・・・おいおい聞いていくしかないか・・・。」
 
 ロビーに顔を出すと、ヒューイがあくびをしているところだった。
 
「おお、やっと来たか。それじゃさっそく出かけるか。もう午後もだいぶ過ぎちまったからな。」
 
「ああ、そうだな・・・。」
 
「なんだか納得いかないぞって顔してるな。」
 
 ヒューイがパーシバルの顔をのぞき込んだ。
 
「お前は納得してるのか?」
 
「自分の仕事については納得したが、さっきの団長と副団長の態度には納得出来んな。お前もそうなんだろう?」
 
「ああ・・・確かにあまり外に漏らしたくない話ではあるが・・・。」
 
「ま、その話は今日の夜にでもしよう。誰が聞いてるかわからないぞ。」
 
「それもそうか・・・。」
 
「まずはモーガン先生の現場検証と聞き込みだな。お前が調べたことも教えてくれよ。」
 
「ああ。現場に行って説明するよ。そう言えばグラディス達も待たせておけばよかったな。」
 
「あいつらなら多分工事現場に行ってると思うぞ。さっき俺のあとすぐに出てきたから、今日はモーガン先生の調査につきあえと言っといたからな。」
 
「それじゃもう着いてるな。俺達も急ごう。」
 
 やっぱりこいつにはかなわない・・・。パーシバルは改めてそう思った。
 
 
                          
 
 
 グラディスとガウディは西側の工事現場に向かっていた。剣士団長室を出たあと、ロビーにいたヒューイに挨拶をしておこうと声をかけたのだが、そこでヒューイに言われたのだ。
 
『お前らもモーガン先生の調査はするんだろう?それなら午後から俺達と来いよ。現場に行って、パーシバルから話を聞いておいた方がいいぞ。夜でも話せないことはないが、出来るだけ奴の睡眠時間を削らせたくはないからな。昼のうちにすませられる話は終わらせておこうぜ。』
 
『わかりました。』
 
 2人ともホッとしていた。正直なところ、今日はこれから夕方までどうしようか決めあぐねていたのだ。ガルガスの足取りを追うにしても、一度アルス達に話を聞いておきたい。2人は今日城壁の外を歩いているが、そろそろ南大陸への赴任が入ってくるはずだ。その前に聞いておかなければならないのだが、今日一日は城下町の中と届け出をしてしまっている。それでなくてもここ数日成果らしい成果もあげていない2人としては、出来るだけ持ち場を離れたくはなかったのだ。だがヒューイのおかげで『目的地』が出来た。城下町の見回りをしながら、頼まれた依頼についても調査できる。二人は、さっそく西側の工事現場に足を向けた。
 

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