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外伝7

 
 パーシバルとドゥルーガー医師は呆然としていた。死体は死後何日か経過しているらしく、すでに腐敗が始まっている。しかしまだ顔の造作がわからなくなるほどひどくはない。あおむけに寝かされた死体は、明らかにパーシバルの知っている医師の顔だった。そして・・・ドゥルーガー医師にとっては長年一緒に仕事をしてきた同僚だ。
 
「・・・仕事を続けねばな・・・。」
 
 自分に言い聞かせるようにそう言って、ドゥルーガー医師は検死の続きを始めた。
 
「・・・パーシバルさん、医師会に知らせたほうがいいですよね・・・?」
 
 さっきドゥルーガー医師を案内してきた剣士が言った。
 
「ああ・・・知らせてきてくれるか。何度も走らせてすまないが・・・。」
 
「気にしないでください・・・。行ってきます・・・。」
 
 剣士が袖で顔をごしごしとこすりながら走り出した。ドゥルーガー医師は検死を続けている。見た目には冷静だが、眼が真っ赤だ。その横顔からは、どんな些細なことも漏らさず記録し、必ずや犯人を捕まえてやるという強い意思が伝わってくる。
 
 
 しばらくしてドゥルーガー医師がノートを閉じた。そして、千切れた右手をそっとモーガン医師の体の上に乗せた。
 
「せめて・・・縫い合わせてやらねばな・・・。丁寧な仕事をする男だったのだ・・・。この手でどれだけの人々の命を救ったか・・・。」
 
 あとは声にならず、ドゥルーガー医師はポケットから出したハンカチで顔を覆ってしまった。
 
「・・・・・・・・・。」
 
 かける言葉が見つからず、パーシバルはただ黙っているしかなかった。
 
『仲間が死ぬ』
 
 それがどれほどの悲しみか苦しみか、パーシバルはよく知っている。危険な南地方、それよりもっと危険な南大陸での警備では、何度か仲間を失った。その辛さや悲しみは何度経験しても慣れることがない。こんな時は、ただ落ち着くのを待つのが一番いいと思う。
 
(だが・・・なぜだ・・・。モーガン先生は医者であって王国剣士じゃないんだ・・・。)
 
 人を助ける仕事という点では同じだが、パーシバル達のように危険に向かって飛び込むことなんてない。それがなぜ、背中からダガーで一突きにされ、この廃材の間に隠されねばならなかったのか・・・。モーガン医師は主任医師としてかなり優秀だったと聞く。いずれは主席医師の座に座り、やがて医師会の会長となるのではないか、そんな噂もあった。医師会の医師達がよく笑いながら言っていたものだ。
 
『モーガン先生は優秀だよ。とてもそうは見えないんだがな。』
 
 ドゥルーガー医師あたりと比べるといささか柔らかすぎて、あまり医師らしくない人物だが、腕の良さだけでなく人望も厚かったのだ。なのになぜ・・・。
 
(それを調べるのが俺達の仕事だ。落ち着いて考えよう・・・。死体を隠した犯人は、モーガン先生の手が廃材に挟まれていても気にせず、上からどんどん廃材を積み重ねたのだろうか。その重みで、手が千切れた・・・?いや・・・しかし・・・。)
 
 ここに手がはみ出していれば、それだけ死体が見つかるリスクは高くなる。死体の上には廃材が幾重にも積みあがっていた。犯人は、死体を完璧に隠そうとしていたはずだ。
 
(もしかしたら・・・『手がはみ出していることに気づいていなかった』・・・?)
 
 廃材置き場は昼間でもほとんど人がいないが、だからと言って白昼堂々死体を運び込んで隠すなどということが出来るはずがない。この場所が無人でも、すぐ近くには人夫頭や監督官がいる。先ほど不運にも死体を発見する羽目になった人夫のように、突然誰かがやってくる可能性だってあるのだ。となるとここに死体が運び込まれたのは、建設現場が無人になり、さらに陽が落ちて真っ暗になってから・・・おそらくは夜中から夜明け前までの時間帯だろう。
 
(暗闇の中で死体を運び込んで隠すとなれば、犯人はドゥルーガー先生が言っていたように急いでいただろう・・・。夜中とは言え絶対に人が来ないとは限らない・・・。もしも、手が引っかかっていたことに気づかず、廃材を積み上げたのだとしたら・・・。)
 
 手の上に載っていた廃材はかなり重いものだった。一気に千切れたものではないようだったから、腐敗に伴って廃材の重みで千切れたのだろう。これは・・・一人の犯行なのだろうか。ここにある廃材は確かに一人でも持ち上げられないことはない。だが、死体をここに運んできて、まずは積みあがっている廃材を降ろして、それから死体をここに押し込んで・・・。
 
(犯人がいつまでもここにいたとは思えない。もしかしたら複数で来て、急いで死体を隠して立ち去ったのかもしれない・・・。とにかく、出来る限り詳細に調査するしかないな・・・。)
 
 パーシバルは死体が押し込められていた周囲をもう一度よく確認し始めた。どんな小さなことでもしっかりメモしておこう。今回死体発見現場に居合わせたのはパーシバル一人だが、事件の捜査となれば王国剣士は本来のコンビで調査にあたることになる。ヒューイならきっと何か気づくだろう。
 
「・・・失礼した。ここでの検死は終わりだ。モーガンを医師会の解剖室まで運ぼう。」
 
 しばらくして、ドゥルーガー医師が顔をごしごしと拭った。
 
「お供します。」
 
 そのころには死体を運ぶための担架と上にかける毛布が用意されていた。モーガン医師は担架に乗せられ、医師会から応援に来た助手の手で、王宮へと運ばれていった。いつもは冷静に死体に対処する助手達も、よく見知った医師の亡骸に、今日ばかりは涙を流している。パーシバルはドゥルーガー医師の隣を黙って歩いていた。
 
「なぜこんなことに・・・。」
 
 ドゥルーガー医師が呟くように言った。
 
「最近モーガン先生におかしな様子などはなかったのですか。」
 
「いや・・・先週検死医の当番が終わったら旅行に行くのだと、楽しそうに話していたのは覚えているが・・・。」
 
「そう言えばモーガン先生は旅行がお好きでしたね。今回はどちらに行かれる予定だったんですか?」
 
「西の方だと聞いていた。ベルスタイン家の所領の島々を巡るつもりだと。あのあたりは気候も穏やかだし食べ物もうまい。それに、特産品の織物などもあるからな。何度も行っているという話はしていたよ。歳をとって引退したら、移り住むことも考えていると・・・。」
 
 となると、モーガン医師が殺害された時期がある程度絞られてくる。先週・・・つまり今日から遡って4日ほど前までは、確かに生きていた。次の日から旅行に行くと言っていたと言うことは、殺されたのはいくら早くても3日前と言うことになる。
 
「モーガン先生にご家族は・・・。」
 
「奥方は大分前に亡くなったよ。子供もいなかったから、家族と言えば兄弟姉妹くらいだろうな。親が健在かどうかまでは聞いたことがない。」
 
「そうでしたか・・・。」
 
 では今頃はもう、その家族に連絡が行っている頃合いだろうか。もっとも家族が城下町に住んでいるとは限らないから、場合によっては何日か、モーガン医師の遺体を医師会で預かることになる可能性もある。
 
(西の離島群にしょっちゅう旅行に行っていたということは、家はそっち方面ではないんだろうな・・・。)
 
 西の離島群と呼ばれるベルスタイン家の領地は、観光地としても人気の場所だが、もしもそちら方面に家があるのなら、旅行とは言わず『帰省』というのが一般的なのではないか・・・。
 
(あとでそのあたりも調べてみるか・・・。あちら方面に向かうなら、ローランの西の港から出る船に乗るばすだったのだろう。だとすれば、切符の購入記録が調べられるかも知れないが・・・。)
 
 もちろんそれは、切符の購入先がきちんとした船会社ならの話だ。だが医師としてそれなりの収入があったはずのモーガン医師が、怪しげな格安切符を購入するとも考えにくい。おそらくは調べることが出来るだろう。それに、事件性があればモーガン医師の自宅を捜索することも出来るはずだ。
 
(いや・・・しかし・・・。)
 
 ふと、パーシバルはモーガン医師の服装を思い出した。背中にダガーらしき刃物が刺されたあとがある以外、モーガン医師の服に乱れはなかった。シャツの上に上着を着て、今の時期に着るのにちょうどよさそうな、旅行用のコートも着ていた。だが・・・。
 
(もしも旅行に行くために家を出たあと殺されたのだとしたら、荷物はどうしたんだろう?それがないと言うことは、物取りの犯行ということも考えられる・・・。)
 
 ドゥルーガー医師の見解では、背中の傷は『ためらいなく一気に刺したのだろう』ということだった。物取りの中にももちろん凶悪な者はいて、最初から殺して荷物を奪うこともある。だがパーシバルの頭の中のどこかで、『それは違う』という声がする。
 
(ためらいなく・・・一気に・・・)
 
 つい先日、同じ言葉を聞いた。人混みの中で背中を刺され、危うく死ぬところだった男の話を・・・。
 
(モーガン先生はガルガスさんの検死をした、それは確かだが・・・しかし、結びつけて考えるべきなのか・・・。)
 
 パーシバルは、モーガン医師が作ったはずのガルガスの検死資料がなくなっていることをまだ知らない。
 
(いや、今は不確かな話を考察している時じゃない!)
 
 パーシバルは突然思い浮かんだローディのことを、頭から追い出した。関係があるかないか、それはこれから調べていかなければならないが、そこに着手するのはまだもっと先だ。今しなければならないのは、モーガン医師が発見された現場の状況、自分で見た範囲のモーガン医師の状況、今手元にある情報を整理することだ。モーガン医師は旅行用のコートを着ていたが、この季節ならだれでも普段着として着ているものだ。それが『モーガン医師が旅行に出掛けたあとに殺された』と考える根拠にはならない。つまり、旅行に行く前に殺された可能性もあるということではないか・・・。だとすれば荷物を持っているはずがない。もっとも検死医の仕事のためのかばんは持っていたかも知れない。もしもそう言ったものを持って牢獄から出たのなら、まずはそのかばんを探し出す必要がある。パーシバルは歩きながら、手に持ったメモに思いついたことを書いていった。
 
(となると・・・殺された時期はかなり絞られてくるか・・・。4日前までは検死医として牢獄に勤務していた。その日家に帰って翌朝か、あるいは家に帰る前かもしれない。その場合・・・今度は死体をあそこに隠したのがいつかってことになるが・・・。)
 
 しかし、もしもモーガン医師が殺されたのが牢獄の勤務を終えた直後のことであれば、すぐに説明がつくだろう。モーガン医師の帰り道を襲い、背中を一突きして殺す、そしてすぐにあの工事現場に運んだとしたら・・・。
 
(腐敗の状況を見ても、おそらく死んでから一度も雨風に晒されてはいない。でなければ顔があんなにきれいに残ってるはずがない・・・。)
 
 詳しいことは解剖の結果待ちだが、パーシバルは何度も殺人事件には遭遇している。死体を見ればある程度のことはわかるものだ。
 
(医師会で解剖に立ち会ったら、剣士団長に報告しなければならない。団長は何と言うだろう・・・。あのローディという男の事件とガルガスさんのことが繋がっている可能性について、団長はグラディス達から聞いているはずだが、もしもそれがモーガン先生の死についてまで繋がっているとなると・・・さすがにこのまま俺達だけで調査するのは無理があるのではないか・・・。)
 
 パーシバルはヒューイと一緒にこの事件の調査をしたいと考えている。だが・・・
 
(それはつまり、俺一人ではこの事件が手に負えないと言うことと同じだ・・・。)
 
 何でもヒューイに頼って、彼の意見を当てにして、それで自分はいいかもしれないが、もしも自分が団長になった後、何かを決断しようとするたびにヒューイの意見を当てにするわけにはいかない・・・。当てにされるヒューイだって困るだろう。団長が関わる事案は、城下町で起きる事件ばかりではない。政治的な案件がかなり多いはずだ・・・。
 
(なんで俺は・・・こんなことを考えているんだろう。今までヒューイと一緒に仕事をするのが当たり前だったはずなのに・・・。)
 
『お前だけの力を見たい』
 
 剣士団長の言葉がなぜか今日は重くのしかかる。奇妙な『意地』が頭をもたげ、なんとか自分だけの力で解決できないものかと考えている自分に、パーシバル自身が驚いていた。身近な人の死という事態に直面して、頭が混乱しているのかもしれない。冷静に・・・そうだ、こんな時こそ冷静に考えよう・・・。
 
 
 
                          
 
 
 
「ご苦労さん。お前ら今日はここに縁があるんだな。」
 
 牢番の剣士が笑った。グラディスとガウディは再び地下牢に来ていた。今度は調べ物の為ではなく、スリを連行してきたのだ。浮浪者のダスティンに話を聞いた飲み屋街から、二人はガルガスの足取りを辿って橋まで向かっていたのだが、途中偶然に、スリに出くわした。二人一組で動き、一人がスリ役、一人がスッた財布を受け取る係だ。スリ役の犯行を見たわけではなかったが、二人が通りがかった時、近くにいた男性が『財布がない』と大声を出した。ここでスリ達が知らぬふりをしていれば、グラディス達だって気づかなかっただろう。だがどうやらこのスリ達は半人前だったようで、あわてて走り出したのだ。
 
「間抜けな奴らだったなあ。あれじゃ自分達が犯人ですと言ってるようなもんだ。」
 
「おかげで捕まえることが出来たんだからいいじゃないか。」
 
「まあそうだな。さて、そろそろ昼か。今日は王宮に戻るか?」
 
「そうだなあ・・・。落ち着いて食べられるほうがいいかもな。」
 
 正直なところ、今日は朝からずっとガルガスの足取りを追い、路上でけんかをし、何ともいいところがない。警備の成果にしても、今のスリを掴まえたくらいだ。もちろんダスティンから聞いた話は大きな収穫ではあったが、ガルガスの件を調べているのは表向きは『お互いの仲直りのため』なので、おおっぴらに成果として言えるような話ではない。
 
「失礼します!検死医の先生はいらっしゃいますか!?」
 
 そこに駆け込んできたのはグラディス達の何年か先輩の剣士だった。受付の男性が出てきて、「どうしましたか!」と尋ねる。牢獄の受付ではよくこんなことがある。誰かが飛び込んでくる場合、必ず外で何かが起きているのだ。
 
「西側の工事現場で死体が発見されました。私が案内しますので検死医の先生に同行を願います。」
 
「わかりました。お待ちください。」
 
 受付の男性はすぐに奥に入っていった。検死医の部屋は建物1階の奥にある。しばらくして黒い鞄を下げたドゥルーガー医師が出てきた。
 
「待たせたな。案内してくれるかね。」
 
「はい!」
 
 
 先輩剣士とドゥルーガー医師は足早に牢獄の建物を出て行った。
 
「死体か・・・。しかも『西側の工事現場』と来た。『あの場所』の近くなのかな。」
 
 グラディスが小さくつぶやいた。
 
「・・・行ってみるか?」
 
「うーん・・・いや、やめておこう。あの辺りは今日も何組かまわっているはずだし、外で発見された死体なら医師会に運ばれるだろう。解剖が必要だしな。」
 
「そうだな・・・。あとで誰かに話を聞けるだろうから、とにかく今はメシにするか。それじゃ王宮に戻ろう。誰か現場近くを歩いていた組がいるかもしれないぞ。」
 
 2人は王宮へと戻ることにした。牢獄からだと王宮はすぐそこだ。
 
「しかしなんだってフロリア様のおわす王宮のすぐ近くに地下牢なんぞあるのかね。」
 
 歩きながらグラディスがあきれたように言った。
 
「この立地は建国のころの名残らしいぞ。当時はそんなに人がいなかったから、元々の王宮とここは離れていたって話を聞いたことがあるな。」
 
「へー、ところが王宮がでかくなっていって、でも牢獄の位置を変えないままここまで来たってことか。」
 
「地下の牢獄が広いからな。またあの規模の穴を掘るのが大変だったんじゃないか。」
 
「なるほどね。しかしあんなでかい穴をよく掘ったなと思うよ。」
 
「なんといっても当時のエルバール国民と言えば、みんなサクリフィアから来た人達ばかりだからな。」
 
「高い文明を誇ったそうだから、でかい穴を掘る技術もあったってことか。」
 
 
 そんな他愛のない話をしながら、二人は剣士団宿舎の食堂に来ていた。時間的に早かったせいか、それほど混んではいない。しっかりと食事をし、午後に備える。もっとも、午後もまたガルガスの足取りを追う以外にない。浮浪者ダスティンの話を裏付ける何かが見つかれば、この件は『事件』として再調査されることになるだろう。だが警備の仕事をおろそかにも出来ない。さて午後はどのあたりを回ろうか・・・。そんなことを考えながら食後のコーヒーを飲み始めたころに、その知らせはもたらされた。
 
「いやー、大変だったよ。」
 
 疲れた顔で入ってきたのは、さっき地下牢で検死医を呼びに来た先輩だった。
 
「死体が見つかったそうですが、どこだったんですか?」
 
 近くの席に座った彼らに、グラディスが尋ねた。
 
「西側の工事現場だよ。あの憩いの広場とか何とかになる予定の広い場所があるだろう?」
 
「ああ、あの建設資材置き場ですね。」
 
 それはまさしく、ローディが見た怪しい男達の会合の場所だ。さりげなくうなずいたつもりだが、グラディスの心臓の鼓動は少しずつ早くなっていった。
 
「そうだ。あそこはやたらと広いんだが、隅のほうに廃材置き場があるんだよ。その廃材の下のほうに隠されていたんだ。」
 
「隠されて・・・?それじゃ・・・。」
 
「間違いなく殺しだろうな。しかもまさかモーガン先生だったとはなあ・・・。」
 
「え!?」
 
 グラディスとガウディが同時に聞き返した。
 
「医師会のモーガン先生だよ。お前ら会ったことがあるか?」
 
「いえ、名前だけは聞いたことがありますけど・・・。」
 
「そうか・・・。俺達はモーガン先生が検死医の当番の時に何度か世話になったんだ。検死をしたドゥルーガー先生が泣いてたもんなあ・・・。」
 
「先輩達が見つけたんですか?」
 
 心臓の音が回りに聞こえてしまうのではないかと思えるほどドキドキしながら、グラディスが尋ねた。
 
「いや、なんでも人夫が見つけたらしいぜ。たまたまパーシバルさんが広場にいる工事の監督官と話をしている時だったから、多分調査を担当するのはパーシバルさん達じゃないかな。」
 
「・・・パーシバルさんが?」
 
「ああ、一人だったから、ヒューイさんとは別行動なんだろうな。」
 
 そのヒューイには、さっき地下牢への入り口で出会ったばかりだ。
 
(パーシバルさんはガルガスさんの検死を扱ったのがモーガン先生だと知ってるはずだが・・・何か繋がりはありそうなのかな・・・。あとで聞いてみるか・・・。)
 
「パーシバルさんは検死医の先生に付き添ってるよ。死体を医師会の解剖室まで運ばなきゃならないからな。」
 
 
「おい!死体が見つかったんだって!?」
 
 背後に聞こえた声に振り向くと、ヒューイが息を切らして立っていた。
 
「そうなんですよ。パーシバルさんが今、検死医のドゥルーガー先生と一緒に調査をしています。」
 
 先輩剣士が答えた。
 
「本当に・・・モーガン先生だったのか?」
 
 ヒューイは青ざめている。ある程度年数を重ねた先輩達の間では、モーガン医師は知られた存在らしい。先輩剣士は黙ってうなずいた。
 
「そうか・・・。いい先生だったんだが・・・。それじゃ午後からはパーシバルと合流だな・・・。あいつのことだからメシも食わないで仕事しているんだろう。うーん・・・。何か食い物を持って行ってもいいが、ドゥルーガー先生が一緒じゃなあ。」
 
「おそらくそろそろ戻ると思いますよ。」
 
「そうか・・・。ま、とりあえずメシを食うか。腹が減っては頭の回転も鈍るしな。」
 
 ヒューイはそう言って食事をとりに行った。
 
(おいガウディ・・・こうなると今回の件、ヒューイさんに黙ってるってわけにいかなくなると思わないか・・・?)
 
 グラディスが小さな声で言った。
 
(だがまだ繋がりがあると決まったわけではないだろう。)
 
(まあそれはそうなんだが・・・。)
 
 そして2人とも黙り込んだ。だが2人の頭の中には、またしても同じ疑問がわき始めている。剣士団長がもし悪に手を染めているとしたら、おそらくヒューイに黙っているようにと念を押すのではないか、と・・・。
 
 
 
                          
 
 
 
 
 モーガン医師を乗せた担架が医師会に着いた。医師会全体が沈痛な空気に包まれていた。入り口には車輪のついた移動式ベッドが置かれ、ここからはこのベッドに乗せて解剖室へ運ぶことになる。廊下には、医師や看護婦達が並んでモーガン医師を見送った。誰もが泣いていた。モーガン医師がどれほど慕われていたかがわかる。細かいことにはこだわらない人物で『人間て言うのは、誰も考え付かないような状況で死んじまうこともあるんだぞ』が口癖だった。そして『だから王国剣士の仕事ってのは重要なのさ。俺達がどう頑張ったところで、出来ることは死因の特定くらいのものだ。だが、王国剣士なら犯罪を未然に防ぐことが出来るんだぜ』そう言って王国剣士達の肩をポンと叩いてくれる。大雑把なようでいて、細かいところにも気配りができる医師だった。普通なら見落とすような死体の状況を、事細かに調べ上げる。モーガン医師の書く検死報告書の添付資料は、かなり分厚いことでも有名だ。
 
「モーガン先生・・・。」
 
 解剖室の前にも医師と看護婦が何人かいる。ハンカチを握りしめて涙を流し続ける看護婦達が、モーガン医師にかけられた毛布をめくって、声を上げて泣き出した。
 
「・・・さあ、モーガンを中に入れてやろう。犯人を捕まえるためにも、詳しく解剖しなければならない。」
 
 なかなか離れようとしない看護婦達を、医師達がなだめて仕事へと戻っていった。
 
『必ず犯人を捕まえてくれ』
 
 医師達は去り際に、目を真っ赤にして、口をそろえてそう言った。彼らの悔しさが伝わってくる。残ったのは解剖をするドゥルーガー医師と、助手の若い医師だ。通常は担当した王国剣士が立会人となるので、パーシバルがその任にあたる。が・・・
 
「失礼する。」
 
 扉がノックされ、入ってきたのは何と剣士団長ドレイファスだった。
 
「これは剣士団長殿。」
 
 ドゥルーガー医師があわてて挨拶をした。
 
「ああ、仕事を続けてくれ、ドゥルーガー先生。このたびはモーガン先生のこと、お悔やみ申し上げる。何としても犯人は捕まえてみせよう。私もモーガン先生には大分世話になった。解剖の立ち会いに伺ったのだが、よろしいか?」
 
「もちろんです。どうぞそちらで、立ち会いをお願いします。」
 
「団長、それでは俺はこれで・・・。」
 
 剣士団長が立ち会うというのなら、パーシバルの出番はない。
 
「いやパーシバル、お前も一緒に立ち会いをしてくれ。この件の調査にあたるのはお前だ。私に遠慮などしてはいかんぞ。」
 
「は・・・はい・・・。」
 
 なぜ剣士団長は突然立ち会いに来たのだろう。モーガン医師は確かに一般人とは違い、医師会の人間だ。しかもドゥルーガー医師とともに医師会の主任医師の一人に名を連ねている。その点では重要人物であることは確かだが、だからと言ってわざわざ剣士団長が解剖に立ち会うほどのこととも思えない。
 
(もしもモーガン先生の死がガルガスさんの死と繋がっているとしたら・・・。)
 
 それはつまり、先日殺されるところだったローディの件とも繋がっているということになる。まさか・・・やはり団長はこの件に一枚かんでいるのか・・・。
 
「では解剖を始めます。」
 
 静かな解剖室に、ドゥルーガー医師の声が響き渡った。
 
 
 
                          
 
 
 グラディスとガウディは、食事を終えたものの出かける気になれず、剣士団宿舎の食堂でぼんやりしていた。昼の混雑はそろそろ終わり、食堂内には時間差で食事に来る剣士達が何組かいるだけだ。いつまでもここにはいられないが、どうしてもモーガン医師のことが気になる。パーシバルがいまだに食堂に顔を見せないということは、解剖の立ち会いをしているのだろう。ため息をつく二人の近くで、やはりため息をついていたのはヒューイだ。さっき食事を終えて、パーシバルが戻ってくるのを待つと言っていたが、なかなか戻ってこないので心配しているのかもしれない。そのヒューイが立ち上がり、グラディス達の近くのテーブルに座った。
 
「お前らはいつまでここにいるつもりだ?」
 
「す、すみません・・・。モーガン先生のことが気になって・・・。」
 
「・・・そうだな・・・。町の中で殺しなんぞあったら、気になってしょうがない。さっさと仕事に行けと言いたいところだが、今回ばかりは俺も外に出る気になれないからなあ・・・。」
 
「ヒューイさんもモーガン先生はご存じなんですよね?」
 
 ガウディが尋ねた。
 
「ああ・・・医者らしくない人でなあ、ドゥルーガー先生とは同期で同じ主任医師なんだが、性格は正反対だ。それに見た目もな。モーガン先生は割と若く見えるが、ドゥルーガー先生は逆に老けて見られる。」
 
「ドゥルーガー先生って40代くらいですよね。」
 
「そう見えるよな。だが、あれでまだ30代だぞ。本人の前でそんなことを言うなよ。別に怒りはしないだろうが、年より老けて見られて喜ぶ奴もいないからな。」
 
「そうなんですか・・・。落ち着いているからてっきり・・・。」
 
「こんなことになるなら、ガルガスさんのことをもっと聞いておけばよかったなあ・・・。」
 
「ガルガスさん?」
 
「ああ、この間、橋から落ちて死んだ周旋屋の代表だ。」
 
「ああ、はい・・・。」
 
 ヒューイの口からガルガスの名が出て、グラディスもガウディも実は心臓が飛び出しそうなほどどきどきしている。自分達がガルガスの死について調べているのを知っているのだろうか。
 
(アルスさん達は・・・ヒューイさんにその話をしたのかな・・・。)
 
「ガルガスさんの検死をしたのが、そのモーガン先生さ。ガルガスさんの件は事故死ってことで片が付いてるが、最初に調べたアルスさん達が、なんだか納得していないみたいだったんだ。だからそのうち機会があれば聞いてみようかなんて思っていたら、こんなことになっちまったというわけさ。」
 
 ヒューイがため息をついた。グラディスとガウディもため息をついた。食堂にはもう人もまばらで、トレイを持って並んでいる剣士は誰もいない。
 
「・・・なんで3人ともこんなところにいるんだ?」
 
 声に顔をあげると、何とそこにいたのはパーシバルだった。
 
「解剖は終わったのか?」
 
「ああ・・・さっきな・・・。」
 
 パーシバルの声は暗い。心なしか顔色もあまりよくないようだ。もっとも、変死体の解剖を見た後で元気な顔をしていられるほど神経が太い者などそうはいない。
 
「俺はお前を待っていたのさ。メシも食わないで仕事してるんだろうからここに来ると思ってな。で、こいつらは廃材置き場で死体が見つかったって話を聞いて、気になってしょうがなかったそうだ。」
 
「そういうことか・・・。今急いで食べるから少し待っていてくれ。グラディス、ガウディ、お前らもだ。」
 
「俺達も・・・?」
 
「俺が食べ終わったら、剣士団長室に来るようにと言われてるんだ。ヒューイと俺と、お前ら2人にな。」
 
 パーシバルはそう言うとトレイを持ってカウンターに行った。この時間になるとある程度の食事がカウンターに置かれている。食堂の職員たちはここから休憩になるからだ。いくつかの皿を取り、パーシバルはヒューイの隣に戻ってきて食べ始めた。
 
「・・・・・・・・・・。」
 
「なんだかあんまりいい予感はしないな・・・。」
 
 ヒューイが言った。
 
「ま、人が殺されたんだ。いい予感なんてしようがないさ。」
 
「まあそれもそうか・・・。おいパーシバル、何もそんなに急いで食わなくてもいいじゃないか。喉につまるぞ。それに、団長だって今頃はメシを食ってるんだろう。こっちが行くのが早過ぎると、団長のほうがメシを喉につまらせちまうぜ。」
 
 パーシバルが笑い出した。
 
「それもそうだな・・・。少しゆっくりするか・・・。」
 
「それが一番だ。急いでいる時こそゆっくりと歩く方が、失敗も少なくなるもんだぜ。」
 
「そうだな・・・。」
 
 これはヒューイの口癖だ。気持ちが逸る時、そのままの勢いで飛び出せば思わぬところで足元をすくわれる、だから急いでいる時こそ、落ち着いてゆっくりと、ことを進めるべきだと。この言葉に何度救われたかわからない。もっともこんな話をする時は大抵『女だって同じだぞ。一気に押し倒そうとすると抵抗されるが、話をしながらゆっくりと口説けば大抵の女は落ちる』などという話になってしまうのだが・・・。
 
「ところでお前は俺達を探していたのか?」
 
「ああ。とりあえず食事をしてから外に探しに行くつもりでいたんだが、採用カウンターの前を通ったら、お前もグラディスとガウディもここを通ってないから、まだ食堂にいるんじゃないかと言われたのさ。お前はたぶん俺のことを待っているだろうし、グラディス達は殺人事件が起きたなんて聞いたら気になって仕事どころじゃないかもしれないから、食堂でため息でもついてるかもな、なんて言われて、ここに来たら本当にいたというわけだ。」
 
「なるほど、大当たりだな。」
 
「見られていたみたいですね・・・。」
 
「お前ら殺人事件は担当したことがあったか?」
 
「いえ・・・まだです・・・。」
 
 入団してそろそろ3年になるが、幸運なことにと言うべきなのだろう、グラディス・ガウディ組は今まで一度も殺人事件に遭遇したことはない。それは二人が、夜勤のローテーションに入って間もないせいもあるのかもしれない。物騒な殺人事件が起きるのは、夜がほとんどだ。もっとも酔っ払い同士のけんかで死人が出たとか、馬車にひかれて死んだ人夫の件は扱ったことがある。だがそんな事件に遭遇するのも数か月に一回程度だ。そんな時にはもちろん牢獄の検死医と話す必要が出てくるが、二人は今まで、モーガン医師にもドゥルーガー医師にも会ったことはなかった。
 
「そうか・・・。ま、おそらくはこれからいやっていうほど遭遇することになるだろうがな。」
 
 ヒューイは笑ったが、すぐに真顔に戻ってため息をついた。
 
「だからって知り合いの死体なんぞ、頼まれたって見たくもないもんだが・・・。」
 
「まったくだ。いつもは検死をしてくれる先生が、冷たくなって横たわっていたんだ。俺がどれほどびっくりしたか・・・。」
 
 パーシバルは食事を終えて、コーヒーを持ってきて飲んでいる。ため息をつきつき、カップの中身はなかなか減らないらしい。
 
「だろうな・・・。犯人は見つけなきゃならん。何がなんでもな。」
 
 ヒューイがきっぱりと言った。
 
「そうだな。絶対に見つけないと。」
 
「そういや剣士団長の用事ってのはなんなんだよ。お前やこいつらは例の件で呼ばれることがあるとしても、そのことで俺が顔を出したらまずいんじゃないのか。」
 
 ヒューイの言う『例の件』とは、パーシバルの『団長としての力』を見るために剣士団長が出した課題のことだ。ヒューイには『グラディスとガウディを仲良くさせる』ことだと言ってある。
 
「そこまではわからん。実はさっき、解剖の立ち会いには剣士団長もいたんだ。それが終わって戻る途中で、食事の後来てくれと言われたのさ。」
 
「団長が・・・?めずらしいな。モーガン先生は確かに主任医師だが、団長が立ち会いで出張るほどの重要人物とも思えないが・・・。」
 
「それは俺も考えたが、わからんな。団長が来たから俺は退席しようとしたんだが、この件を担当するのは俺だから一緒に立ち会えって言われてそのままいたんだ。」
 
「なるほどな。だが、どうやら団長はずいぶんとお前を買っているようじゃないか。そこについては安心だな。」
 
「・・・・・・・・。」
 
 パーシバルは困ったような顔で黙り込んだ。
 
 
「よお、お前ら今頃メシか。」
 
 食堂に入ってきたのはアルスとセラードだ。
 
「アルスさん達もこれからですか?」
 
 ヒューイが尋ねた。
 
「ああ、さっき先にメシを食った奴らが戻ってきたから、交代で食いに来たというわけさ。」
 
 王国剣士の食事の時間は特に決まっているわけではないが、朝は大体同じ時間に食事をするので、昼に空腹になるのも大体同じ時間ということになる。だが、みんなで一斉に食事をとりに行ってしまうと、その間だけ警備が誰もいないということになってしまうので、近くを警備中の剣士に会ったら、昼食をあとにとるか先にとるか、決めておく場合が多い。今日アルスとセラードは城壁の外の警備だったらしく、ちょうど近くを歩いていた組と話し合い、『昼をあとでとる』ことにしていたのだそうだ。
 
「あれ、お前らもいたのか。」
 
 セラードがグラディス達に気が付いた。
 
「はい、その・・・。工事現場で死体が見つかったって聞いて・・・。」
 
「それが気になって、その・・・。」
 
 グラディスもガウディも歯切れが悪い。どんな理由があれ『さぼっていた』と思われても仕方ない状況だ。ヒューイとパーシバルは理解を示してくれたが、この2人は何と言うだろう・・・。
 
「ああ・・・まあな・・・。」
 
 アルスとセラードの顔が暗くなった。この2人にとっては、パーシバルとヒューイにとってよりもモーガン医師は親しい存在だっただろう。しかもついこの間、ガルガスの検死でモーガン医師とは話したばかりのはずだ。
 
「今団長のところに行って、話を聞いてきたところだ。俺達も悔しくてしょうがないよ。この間まで元気だったのに・・・。」
 
「・・・なあアルス、パーシバル達もいることだし、今朝の話、言っておいたほうがいいんじゃないか。モーガン先生がこんなことになっちまって、果たしてどこまで調べられるかなんとも言えなくなっちまったがな。」
 
「そうだな・・・。ちょうどいい、言っておくか。パーシバル、ヒューイ、お前らがいつも心配しているこいつらにな、俺達がちょっとした頼みごとをしたんだ。」
 
「頼みごと?なんのです?」
 
 ヒューイがきょとんとして尋ねた。パーシバルも驚いてアルス達を見た。入団して12〜3年にもなるベテラン剣士が、入ってまだ3年になるかならないかの新人剣士にいったい何を『頼むこと』があるものか。2人ともさっぱり思いつかないといった顔をしている。
 
「ガルガスさんのことだよ。」
 
 ヒューイの眉間に少ししわが寄った。ついさっき、そのガルガスの死についてもっとモーガン医師から聞いておけばよかったと言っていたばかりだ。
 
「さっきこいつらがあの橋の上にいたから声をかけたんだ。誰かが死んだ場所だって聞いて、来てみたらしいな。それで、俺達がいろいろと事件について教えたのさ。俺達が自分で調べて得た結果に納得していないのは、お前らだって気づいていただろう。だが限られた時間の中で納得のいく結果を得られなかったのは俺達の力不足のせいだ。仕方ないとは言いたくないが、今ではもうほかの案件を大量に抱えていて、独自に調査をする時間も取れないというのが実情だ。そこで、ガルガスさんの死について、こいつらに調べてもらうことにしたんだよ。」
 
「この2人にですか!?」
 
 パーシバルとヒューイが同時に声を上げた。グラディスもガウディも冷や汗が出る思いだ。ヒューイはおそらく、ガルガスの死についていずれ再調査をするつもりでいたのではないか。だがまさかその調査を最初に担当したベテラン剣士が、大した実績もなく、喧嘩ばかりしてコンビとしても今一つの自分達に再調査を依頼するなんて、気を悪くするんじゃないだろうか・・・。一方パーシバルは、驚いてはいたがほっとしてもいた。これでこの2人がガルガスの件を調べていることをヒューイに隠す必要はなくなった。もちろん実は剣士団長からの指示だということは隠さなければならないが、それでも何も話せないよりずっといい。
 
「ま、調査と言っても、何も出てこなくても仕方ない、どっちかというと、協力して一つの仕事をすることで、この2人がもう少し仲良くならないかってのが、主目的なんだがな。」
 
「なるほど・・・グラディス、ガウディ、お前達はどうだ?いくら仲良くさせるためだと言われても、いい加減な仕事をする気でいるならアルスさん達に考え直してもらわなくちゃならないぞ。」
 
 パーシバルが言った。その声が、心なしかほっとしているように聞こえたのは、グラディスの気のせいだろうか。
 
(いや・・・多分ほっとしてるよな・・・。)
 
 少なくとも、これで自分達がガルガスの件を調べていることを、ヒューイに隠す必要はなくなる。
 
「もちろん頑張ります。実をいうと、今朝アルスさん達に指示をいただいてから、ガルガスさんのことを調べてみようと・・・あちこち歩いてたんですよ。まあ・・・結果はお察しくださいとしか言いようがないですけどね・・・。」
 
 『あちこち歩いて』ということろで、グラディスは牢獄に検死医を訪ねたことを危うく言いそうになった。だが牢獄の前でヒューイに会ったことを直前で思い出したのだ。以前捕まえた泥棒の様子を見に来たと、つい言ってしまった手前、今になって実は検死医に会いに行っていたとは言いにくくてごまかしたつもりだが・・・ヒューイが気付かないことを祈るしかない。それに、ダスティンから聞いた『新しい事実かもしれないこと』については、まずはパーシバルに話すのが筋だと考えたのだ。
 
「でも何日か時間をいただけるなら、出来る限り頑張ります。期待されていないとはいえ、いい加減な仕事をしてお茶を濁すようなことは絶対しません。」
 
 ガウディもきっぱりと言った。
 
「そうだな・・・。さっき団長にもこの話はしてきたんだが、お前らが再調査するということについては了承してくれた。団長もお前らの仲の悪さはだいぶ気になっていると言ってたから、何か指示があるかもしれん。その場合は団長の指示に従ってくれ。あと、何か疑問に思うことがあれば、いつでも聞いてくれよ。」
 
「よし、話が決まったところでメシだメシだ!腹が減りすぎて頭が回らん!」
 
 セラードが叫んだ。
 
「まったくだ。とにかくゆっくりメシを食って、午後からに備えるか。」
 
 アルスとセラードはトレイを持って今日の献立が置かれているカウンターに行ったが、2人ともグラディス達がいる近くの席まで戻ってきて座った。
 
「なあパーシバル、まあメシを食う場所で聞くのもなんだが・・・モーガン先生が殺されたらしいってのは本当なのか?いや、お前やドゥルーガー先生の見立てを疑ってるわけじゃないんだ。ただ、あの人が殺される理由ってのが・・・どう考えても見つからないんだよな・・・。」
 
「そうですね・・・。俺もそう思います。発見された時はうつぶせになっていたのでまさかモーガン先生だとは思わず・・・でも、あれは殺しでしょうね。」
 
「建設現場の廃材置き場だって話だが、どうやって見つかったんだ?」
 
 パーシバルは現場の状況を簡単に話して聞かせた。
 
「手が・・・。」
 
 アルスとセラードが青ざめたが、それはヒューイもグラディスとガウディも同様だった。
 
「す、すみません、食事の最中に・・・。」
 
「いや、気にするな。しかし・・・なんで・・・。」
 
 アルスの声がそこで途切れた。
 
『なぜモーガン医師は殺されたのか』
 
 誰もがその理由に思い当たらない。そのくらい慕われている医師だった。
 
「・・・医師会で何かあったってことじゃないんですか?」
 
 ヒューイが言った。
 
「医師会か・・・。そうなると俺達ではわからないよな・・・。」
 
「ま、俺だってわかりませんけど、モーガン先生となじみのないグラディス達はともかく、俺達もアルスさん達も、モーガン先生が殺されなくちゃならない理由なんて思い当たらないじゃないですか。」
 
「そうだなあ・・・。だが医師会となると話は変わってくるな。」
 
 セラードが呟くように言った。
 
「ああ・・・医師会ってのはこの国最高の医療技術を誇るが、その反面権力や欲得がらみの騒動の噂にも事欠かない、伏魔殿みたいな一面もあるからな・・・。」
 
 アルスにも思い当たることはあるらしい。実際そういう話はグラディスも聞いたことがある。
 
「そういや何年か前にもあったなあ。医療ミスとか、あとは何か新薬の開発に絡んで、治療術師の組合の親玉が乗り込んできたとかなんとか・・・。」
 
「あー、あったあった。」
 
 パーシバルは内心どきりとしていた。医療ミスの責任をとらされて医師会から追放された医師と、新薬の開発に絡んで追放された研究員こそ、パーシバルが団長として就任した暁には必ず探し出せとケルナーから厳命されている人物なのだ。特にその研究員は、パーシバルやケルナー達にとって実に都合の悪い秘密を知っている。その研究員サミルと一緒にいるはずの医師ブロムも、そのことは知っているだろう。
 
「そうだなあ・・・。確かに医師会絡みなら何があってもおかしくないか・・・。どんなに腕のいい先生だってすべての患者を助けられるわけじゃない。逆恨みってこともあるかもしれないしな・・・。」
 
 どれほど手を尽くしても助けられなかった患者の家族が逆恨みする、そんなことはあるかもしれない。
 
「それじゃ俺達はそろそろ行こう。団長が待ってるだろうからな。」
 
 パーシバルが立ち上がった。
 
「あ、そういえばさっき団長がなんか言ってたな。この件はパーシバルに調べてもらおうと思ってるとか。」
 
 セラードが言った。
 
「まあ・・・死体が見つかった時にいたのは俺ですからそうなると思いますけど・・・。」
 
「そうだよな・・・。変なことを言うもんだと思って聞いていたが・・・ま、これから団長のところに行くなら直接聞いてこいよ。」
 
 
 
                          
 
 
 4人で食堂を出た。パーシバルは首をかしげている。
 
「妙なことを言うもんだな。」
 
「お前にってことは、俺と一緒じゃなくてお前にってことかもな。」
 
「そんなわけにいかないだろう。殺人事件だぞ?俺一人でどうしろっていうんだ?」
 
 パーシバルは意識して強く言った。モーガン医師を運んでくる途中、自分だけの力で解決出来ないものかなどとちらりとでも考えた自分が恥ずかしかった。
 
「調査は一人だってできるさ。お前の団長としての資質を見るっていうことなら、こいつらのことよりも遥かにちょうどいい案件だと思うぞ。そりゃまさかこんなことが起きるとは、団長だって考えていなかっただろうがなあ。」
 
 ヒューイの言葉に、言った当人以外の誰もが疑念を募らせた。本当に・・・モーガン医師の死は団長にとって想定外のことだったのか・・・。そしてグラディスとガウディの脳裏には、ドゥルーガー医師の言葉がまたよみがえる。
 
『モーガンは大量の資料をつけることで有名でね、資料管理の担当者からもう少し減らしてくれないかと言われるほどなのだ。それが報告書のみであとは何もないとは解せんなあ。モーガンがそんないい加減なことをするとは考えられん。』
 
 あの時は『うっかり持ち帰ったのでは』と言ってはみたが、それでも団長か副団長が持ち出したのではないかという疑念をぬぐえないでいた。そしてモーガン医師は殺され、たとえば資料の行方が分からないままだとしても、本人から直接ガルガスの検死について聞くことももう出来なくなった・・・。
 
「しかしお前らがガルガスさんの件を調べるのか・・・。」
 
 ため息交じりにヒューイが言った。グラディスもガウディも身の縮む思いだった。
 
「仲良くさせるため、か・・・。なあお前ら、みんながお前らのことをこんなに心配してるって、それはわかってるよな?」
 
「は・・・はい・・・。」
 
「それはもちろん・・・。」
 
「ま、気に入らない奴と組まされてると思い込んでるお前らが、わかったところでさあ仲良くしましょうって気になれないとしても、それは仕方ない。仕方ないが、努力はしろ。ガルガスさんのことは、頼んだぞ。出来るなら何か新しい事実が見つかればいうことはないんだがな・・・。」
 
「それはつまり・・・ガルガスさんの死が単なる事故死じゃないって言う何かってこと・・・ですか?」
 
 グラディスは恐る恐る尋ねた。
 
「アルスさん達が納得出来ていないってのはまさしくそこだからな。かなりの酒豪だったらしいのに、酔っ払って橋から落ちるなんてことがあるのかって、大分首をかしげていたぞ。そして事故でなければ、では何なのかってことになる。だがその先を突き止めることが出来なかったってことだから、悔しかったと思うよ。」
 
 と言うことは、アルス達もそのあたりはかなり調べていたはずだ。あとで話を聞きに行こう。これからは堂々と聞きに行けるのだから。
 
「当てにしていないような言い方はしていたが、やっぱりアルスさん達はお前らに期待しているのかもしれないな。」
 
 パーシバルが言った。
 
「そりゃまあ、おかげさまで仲良くなりました、で終わっちまったら、がっかりするだろうなあ・・・。」
 
 2人が話すたびに、グラディスとガウディにプレッシャーが圧し掛かる。
 
 
「失礼します。パーシバル・ヒューイ組、グラディス・ガウディ組、参りました。」
 
 剣士団長室についた。パーシバルが団長室の扉をノックすると『入れ』と団長の声がして、中から扉を開けてくれたのは副団長のデリルだった。
 
「中に入りなさい。」
 
 いつもにこにこしているデリルだが、今日はさすがに真顔だ。4人が中に入ると、デリルは少し扉の外の様子を伺い、なんと扉を閉めた後鍵をかけた。
 
「これでいいでしょう。あとは聞き耳を立てる者がいないか、私がここに立って外を伺っています。」
 
「うむ、よろしく頼む。」
 
 剣士団長はうなずき、4人を団長室奥の部屋へと促した。
 
「・・・どういうことですか?」
 
 パーシバルが尋ねた。この物々しさはいったいどうしたことだろう。確かに今日起きたのは殺人事件ではあるが・・・。
 
「まあ座りなさい。きちんと説明するから。」
 
 いつも穏やかな笑みを絶やさない剣士団長だが、やはり眉間にしわを寄せて厳しい表情をしている。4人は置かれた椅子にそれぞれ座った。
 
「さっそく説明したいところだが、まずはさっきアルスとセラードから聞いた話をしておこう。たぶん聞き及んでいるだろうが、アルス・セラード組から、先日亡くなった周旋屋組合の代表ガルガス殿の件を、もう一度調べなおしたいという要望が出た。だが2人とも今は様々な案件を抱えていて忙しい。そこで、グラディス・ガウディ組にやらせたいと思うがどうだろうとな。グラディス、ガウディ、それは聞いているな?」
 
「はい、昼間・・・。」
 
「アルス達としても、ガルガス殿の件はだいぶ頑張って調べたつもりだが、結果として納得のいくものではなかったということだ。ガルガス殿のことは2人ともよく知っているが、かなりの酒豪だというのにどうして酔っ払って橋から落ちたりしたのか、そこがどうしても解せないとな。実をいうと、どうしても納得できないから継続して調査させてくれと、以前一度頼まれたのだが・・・事件性がないものをいつまでも調査させるわけにもいかない。この町では毎日何かしらの事件が起きる。あの2人がいつまでも一つの案件に取られてしまうのは実に困るのだ。」
 
「でも、こいつらに調査させたいって言われて団長が了承したってことは、継続調査させるべきだったってことになるんですよね?」
 
 ヒューイが言った。口調がなんとなく刺々しい。一度は却下した調査を今になって了承する、それはつまり、団長の判断が間違っていたからではないのか、ヒューイはそう言いたげだ。
 
「まだわからん。私も当時の調書は見てみたが、どう考えてもおかしいと思うところはなかった。無論アルス達はそう書かざるを得なかった、それは理解しているが、それにしてもあまりに事件性を疑うべき証拠がなさすぎる。」
 
『当時の調書は見てみた』
 
 ということは、剣士団長もモーガン医師の書いた検死報告書も見たはずだ。その時はまだ、モーガン医師が作ったはずの『分厚い添付資料』はあったのだろうか・・・。
 
「では団長、この2人に調査をさせるのは、アルスさん達が言っていたようにこの2人を仲良くさせるためというよりは、何か新しい事実が出てこないか、そう期待してのことだと言うことですか?」
 
 パーシバルが尋ねた。グラディス達を仲良くさせるためにとりあえず難しい仕事を預けるという意味合いと、一度終わったことになっている案件を再調査して新しい事実を見つけ出すのでは、その重要度が天と地ほどにも違う。ここはしっかりと確認しておかなければならない。
 
「無論だ。だがアルス・セラード組の名誉のために言っておくが、彼らがこの2人より劣っているなどと考えているわけではもちろんない。ただ、あの2人はガルガス殿に近すぎるのだ。親しい誰かが亡くなった、しかも変死体として外で見つかったとなれば、誰だって真相を突き止めたいと思うものだ。だが、実は彼らが探しているのが、本当のことという意味での真実ではなく、自分達がこうであって欲しいという、願望のようなものなのではないか、私にはそう思えてならなかったのだよ。だから継続調査を許可しなかった。アルスとセラードはベテランだし、どちらも優秀な王国剣士だが、ガルガス殿の件に限って言うなら、あの調査書が彼らの限界なのかもしれん。」
 
「・・・・・・・・・。」
 
 団長の言うことは当たっているような気がした。ガルガスの件を調査している時、アルスとセラードがどれほど必死だったか、傍から見ていてもすぐに分かった。そして意地のようなものも感じていた。何としても自分達の手で真相を突き止めたい、そう考えるあまり、2人がいつの間にか冷静さを失っていたのではないか・・・。団長はそう考えているのではないだろうかと、パーシバルには思えた。
 
「あの・・・団長はどうお考えなんですか?」
 
 ずっと黙っていたガウディが恐る恐る尋ねた。
 
「私か?そうだなあ・・・。アルス達がモーガン先生に言われたという言葉のほうが、真実味があるかも知れないとも思うし、その一方で、何も出てこないことが、本当に何もないからではなく、何もかもが隠された状態であるかも知れないとも思う。・・・ははは、団長という職に就く者にしては情けない話だが、何とも言えんと言うのが正直なところだなあ・・・。」
 
『人間て言うのは、誰も考え付かないような状況で死んじまうこともあるんだぞ』
 
 モーガン医師の言葉とはおそらくそのことだろう。確かに、人間いつどこでどんな死に方をするかなんてわからない。酔って転んだだけなのに運悪く道端の石に頭をぶつけたとか、友達とふざけているうちに馬車の前に飛び出してしまったとか、『誰も考え付かないような状況』で、命を落とす人は確かにいる。だが・・・確かにあるはずの検死に関する資料が、ガルガスの調書にだけついてなかった、しかもその検死を担当したのは『大量の資料をつける』ことで有名なモーガン医師だったのだというのは事実なのだ。
 
(さっきの話をグラディスがしないということは、あとでパーシバルさんに話すつもりなのかな・・・。)
 
 その話を団長の前でする気になれないのはガウディも同じだが、ヒューイにも言えない。さっき牢獄の入り口で嘘をついてしまったことを、ガウディも覚えているからだ。
 
(ドゥルーガー先生はモーガン先生の資料がないことを知っているはずだが、まさかガルガスさんの死とモーガン先生の死が繋がっているなんて思わないだろうな・・・。)
 
 そもそもドゥルーガー医師は王国剣士じゃない。おかしいと思うことはあるかもしれないが、こちらから質問でもしない限り、調査については何も言わないだろう。
 
「だからお前達もあまり肩ひじ張らず、まあ気楽にというのもなんだから、落ち着いて調査してくれ。何かが出てくるかもしれないし、出てこないかもしれない、こればかりはわからないからな。」
 
「わかりました。あとでアルスさん達に以前の調査について聞きに行くのは問題ないですよね。」
 
 グラディスが尋ねた。
 
「もちろんだ。あの2人がお前達にもう少し仲良くしてもらいたいという考えでこんな話を言ったのだとしても、やるからには結果を出してほしいと思うのは人情だろう。何でも教えてくれるはずだ。ガルガス殿と面識のないお前達のほうが、客観的に物事を見ることが出来るのではないか、さっきそんなことを言っていたよ。」
 
「つまり・・・その・・・俺達を仲良くさせるためってのは表向きで、実はアルスさん達は俺達が何か新しい事実を掴んでくれないかという期待をしてるってこと・・・ですか・・・?」
 
 グラディスもかなり戸惑っている。単にガルガスと面識がないと言うだけで、そこまで期待されても果たしてその期待に答えられるのかどうか、自信が全くない。それはガウディも同じで、思っていたより話が大きくなってきたことに、戸惑いと焦りを感じている。
 
「そう言うことになるな。お前達としては戸惑いのほうが大きいだろうが、経験の浅さや実績の有無がそれほど問題にならないこともあるものさ。」
 
「は・・・はい・・・。」
 
 神妙な顔で頭を下げるグラディスとガウディを優しい目で見て、剣士団長はパーシバルとヒューイに視線を移した。
 
「さてそこでお前達の出番だ。」
 
「俺達の・・・?」
 
 パーシバルとヒューイがほぼ同時に聞き返した。
 
「そうだ。これからしばらくの間、お前達2人にそれぞれ別行動をしてもらいたい。」
 
「・・・・・・・・・・・・。」
 
 2人とも、一瞬次の言葉が出てこなかった。
 
「・・・別行動をして、そして何をしろと?」
 
 少しの沈黙の後、パーシバルが尋ねた。先日の話では、ローディが殺されかけた件について、『団長としての資質を見る』ために、ヒューイの力を借りずに解決してみろということだった。無論たった一人ですべて調べるということではなく、グラディスとガウディに協力するという形だが、わざわざヒューイまでここに呼んでこんな話をするということは、何かまた別な案件があるのだろうか。
 
「まずパーシバル、今日のモーガン先生の事件だが、これはお前が調査にあたってくれ。」
 
「つまり・・・俺1人でってことですか?」
 
「そうだ。ヒューイを当てにせず、お前ひとりでだ。だがもちろんすべてをたった1人でなどという気はない。グラディスとガウディにも手伝わせる。ま・・・この2人を一括りにしたところで、ヒューイの半分ほどの力しかないだろうがな。」
 
 冗談とも本気ともつかない口調で剣士団長が言った。ヒューイの勘はどうやら大当たりだったらしい。
 
「し、しかし・・・殺人ですよ?まさか団長までこの二人の仲をよくさせるためになんておっしゃるんじゃないでしょうね。一度終わった調査をもう一度するのとはわけが違います!」
 
 まさか本当に団長がこんなことを言い出すとは・・・。
 
「まあ俺はそれでもいいが・・・でも団長、それじゃ俺は何をすればいいんです?のんびり休暇でもとれるならありがたいですけど、そういうわけでもなさそうですよね。」
 
 驚くパーシバルとは対照的に、ヒューイは落ち着いている。本当に団長がこんなことを言い出すかも知れないと、もしかしたら予測していたのかも知れない。
 
「休暇でもやれればいいんだがな・・・。お前には少し厄介な仕事を頼みたいんだ。」
 
「厄介なとはまた・・・なんだかものすごく嫌な予感しかしませんね・・・。」
 
 ヒューイの言葉に、剣士団長は大声で笑った。
 

外伝8へ続く

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