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「ド・・・ドラゴンとはまた・・・。」
 
 ランスおじいさんは口をあんぐりと開けた。
 
 村長やグィドー老人達もぽかんとしている。もっともグィドー老人達の場合、その話を信じて驚いていると言うより、この男は何をバカなことを言ってるんだと言わんばかりの表情をしていたが。
 
「まあその・・・信じていただけないとしても仕方ありません。ただ、飛竜エル・バールの存在を信じていらっしゃるなら、竜族が彼らだけではないこともご存じではないかと思いますが。」
 
「ま・・・まあそうだ。確かに、神竜達が未だ健在ならば、それぞれ飛竜族、地竜族、海竜族の竜達がいたとしてもおかしくはない。うむ・・・私は信じるぞ、剣士殿。」
 
 村長が言った。
 
「ま、さっきまでの話を聞く限り、お仲間を亡くしたのも、その後ムーンシェイの長老や精霊達に会ったのも、ほんの数日前のことのようじゃ。そんな短い期間でここまで戻ること自体、普通の方法では出来まいよ。わしも剣士殿の言うことは信じるぞ。」
 
 ランスおじいさんもそう言ってくれた。
 
 
「さて、剣士殿よ、どうやらあんた方はいい移動手段を手に入れたようだ。ではその竜に乗ってこれから行くべき場所に向かうと言うことか。それがどこなのかは聞いてもいいかね。」
 
 村長が尋ねた。
 
「答えるのは構いませんが、それを誰にも悟られないようにしていただけるなら。」
 
 部屋の中にいた、私とウィロー以外の全員が驚いたように私達を見つめた。実は精霊の長達と別れる時、アクアさんから念を押されたのだ。
 
 
 
『なあ、ファルミアに会いに行くって話、サクリフィアの連中から聞かれるかも知れないよなあ。』
 
『そうですね。これからどこへ行くんだ、くらいのことは聞かれると思います。』
 
『だよな。ま、教えるのは構わないよ。だが、何があっても外に漏らさないと約束させろよ。あの娘が生きてるのは、おそらくエルバール王国に取っちゃ特級の機密事項だろう。へたに外に漏れると、ファルミアまで狙われるかも知れないからな。』
 
『でも私はともかくウィローのほうを探られると・・・。』
 
 今では自分の『防壁』はほとんど瞬時に作れるくらいだが、誰かの心に対して同じように『防壁』が作れるものかわからない。精神の問題なので、いくら波長が合うと言われても、迂闊に試せないことだ。
 
『その心配はいらないわ。あなたと離れなければ、思念を探られる心配はないと思うわよ。』
 
 そう言ってくれたのはヴェントゥスさんだ。何かしらの策を講じてくれたのだろうか。
 
 
 
「・・・それは、行くべき場所がかね、それとも会うべき人物とか、そのあたりが秘密の事項なのかね。」
 
 村長が『努めて冷静さを装っている』とはっきりわかる表情で尋ねた。
 
「両方です。その行くべき場所と人物について教えてくれたのは、エル・バールと精霊の長達です。教えてもらった時に約束したんです。教えるなら、何があっても外に漏らさないよう約束してもらうようにと。」
 
「うむむむむ、それほど重要な人物と言うことか・・・。」
 
「ふーむ、それじゃ我らは知らんほうがいいじゃろうな。グィドーよ、剣士殿達の肚を探るのはやめておけよ。無駄なことじゃからな。」
 
 ランスおじいさんがさらりと言った。が、その言葉にグィドー老人達の周りの空気がピシッと音をたてたような気がした。そしてさっきから私の『防壁』の周りを漂っていた思念が消えた。それがグィドー老人達のものなのだと気づいてはいたが、へたに何か言えばこの場の雰囲気が悪くなることは間違いない。素知らぬふりをしておこう。別れ際のヴェントゥスさんの話では、ウィローのほうも読まれる心配はなさそうだ。騒ぎ立てるほどのことじゃない。
 
「でも気になるわ。」
 
 メイアラは納得いかなそうだ。
 
「気にしたところでどうにも出来んよ。精霊の長達がそこまでいうと言うことは、それほどその人物や場所が重要なのだと言うことになるからな。」
 
 ランスおじいさんは納得してくれたらしい。いや、納得と言うより、『これは知らないほうがいいことだ』と判断して、この話題を躱そうとしているのかも知れない。
 
「私達としても、ここまでお世話になった皆さんにきちんと話したいと思っています。ただ、サクリフィアの人々が思念に敏感なのは皆さんと話をしていてもわかりますし・・・。どこから知られるかわからないと思うと・・・。」
 
「うーむ、それを言われるとなあ・・・。」
 
 村長は残念そうに頷いた。
 
「すみません・・・。」
 
「いやいや、あんたが謝ることじゃない。確かにここで話を聞いた者が、どこかでそのことについて考えを巡らせていたら、誰かに思念を感知される危険性が絶対ないとは言えんのだ。精霊の長達がそこまで言うほどだ。確かに我らにも話さぬほうがいいのだと思うよ。」
 
「それではそろそろ解散ではどうじゃ?もう夜も遅い。年寄りはこんな時間まで起きていることなんぞなかなかないんじゃよ。眠くて叶わんわい。」
 
 ランスおじいさんが大きなあくびをしながら言った。
 
「うむ、そうするか。剣士殿達も疲れているだろうに長々と話をしてもらってすまんな。それでは我らはそろそろ帰ろう。リーネ、ランスじい、剣士殿達のことは頼んだぞ。明日の朝は、うまいものをたっぷり食べてもらって、送り出そうではないか。」
 
「はい、もちろん明日はもっと腕によりをかけて作るわよ。」
 
 リーネが笑った。でもどこか寂しげなのは・・・カインのことが引っかかっているからだと思う・・・。
 
 
 村長達がぞろぞろと引き上げていった。メイアラは残りたそうだったが、村長に促され帰っていった。
 
「さてと、リーネよ、風呂は沸いとるか。まずは客人に旅の疲れを癒してもらわんとな。」
 
「さっき沸かしたところだからまだ大丈夫だと思うわ。クロービスさん、ウィローさん、お先にどうぞ。」
 
「ありがとうございます。でもその前に、少しお話があるんです。」
 
「ん?わしらにかね?」
 
「はい。お2人に聞いていただきたいんです。」
 
「ほぉ、今になって話したいということは、さっきの連中には聞かれたくない話ということかね?」
 
「はい。リーネもちょっと座って。」
 
 不思議そうに椅子に座ったリーネとランスおじいさんに、私はあの魔法の本のことを話した。遠い昔、この大地にファルシオンという国がまだあった頃、神々からの贈り物としての魔法を伝えていくために、人間達が作った本なのだと・・・。
 
「そ・・・そんなに・・・古いものだったの、あの本・・・。」
 
 リーネはすっかり驚いている。
 
「しかしにわかには信じがたい話じゃのぉ。だいたい紙の本がそんなに長いこと持つものなのかのぉ。」
 
 ランスおじいさんも目をぱちくりさせている。
 
「私も同じことを考えて聞きました。シルバ長老達の話では、当時で一番丈夫な紙を使って作ったそうですよ。神々からの贈り物を、確実に後世に伝えるために、ずっと記録として残るようにと。」
 
「ファルシオンの人々は、神々の教えをきちんと守っていたんじゃなあ。当時のサクリフィアの族長が、欲に駆られて国を乗っ取ろうなどと考えなければ・・・。」
 
「その頃の話も少し伺いました。でも、当時のことについて、今のサクリフィアの人達が気に病むことは何もないと、シルバ長老も、イグニスさんも言ってましたよ。」
 
「お2人とも、サクリフィアの人達がそんな風に思っていることがとてもつらそうだったわよね。」
 
「シルバ長老は今でも村の人達と直接関わっているからね。人間達の身近にいる分、特にそう感じるのかも知れないよ。」
 
「そうよね・・・。」
 
 
「ふむ・・・そんな話を聞くと、一昨日見た夢も信じる気になるかも知れんな・・・。」
 
「不思議な夢を見られたんですか?」
 
「そうなのよ。夢の中におじいさんが出て来てね。サクリフィアの人々が、いつまでも過去に囚われていることはない。誰もが充実した人生を送って欲しいって。」
 
 シルバ長老は、あの時の言葉通り、夢で語りかけてくれたようだ。
 
「それはサクリフィアに住む皆さんが見たんですか?」
 
「うーん、どうかのぉ・・・。確実に見たと言う話をしていたのは、村長、メイアラ、わしらとグィドー達じゃな。もしかしたら酒場辺りに行けば、噂話は広まっているかもしれんぞ。思念を受け取る力はバラバラじゃが、他にもそれなりに力が強い者はおるからな。」
 
 私はムーンシェイの長老が、サクリフィアの人々がせめて過去に縛られずにこの先生きていけるよう、何かしらの策を講じたいという話をしていたことを話した。ただ、そんな夢を見ても、今のサクリフィアの人達が信じてくれるかどうか、そこを心配していたことも。
 
「なるほどなあ・・・。わしは信じるぞ。しかし精霊とはそんな事が出来るのか・・・。なるほど、彼らが人間達の前から姿を隠したわけがわかるような気がするな・・・。」
 
「あらどうして?精霊の皆さんは本当は人間達の前から姿を隠したくなかったんじゃないの?今のクロービスさんの話を聞くと、そんな風に思えたんだけど。」
 
 リーネが言った。
 
「ま、そりゃそうじゃろう。じゃがなリーネ、人間の寿命は短く、それ故に欲に流されやすいのは太古の昔からのことなんじゃよ。人間が増えれば、いずれ精霊達の力に目をつけて利用しようと考えるものがでてくる可能性がある。剣を人間に授けた時が、ちょうどいい機会だったのかもしれんぞ。」
 
 確かにそうかも知れない。シルバ長老が普段村にいたとすれば、老人とは言えいつまでも変わらない長老に不審を抱く者もいるだろう。昔は交易船などもそれほど来ていたわけではなかったようだが、人間が暮らしていくために必要なものが、すべてあの村の中だけで自給自足出来るわけではない。ある程度は他の村や町とも交流する必要はある。そして人の行き来が出来ればいろんな人が村にやってくることになる。何も知らない村の外の人達は、まず長老に目を留め、そこに何かの力が存在していると気づくこともあるかも知れない。おそらくは今までにも、そんな事はあったのではないだろうか。
 
「まあそうじゃろうな。相手が精霊だなどと知ったら、捕まえて利用しようなんて考えるバカ者がいたとしてもおかしくない。それこそ、ファルシオンを乗っ取ったサクリフィアの族長のような愚か者がな。さて、もう遅い。あんた方風呂に入ってもう寝てはどうかね。明日はリーネのうまいメシを食って、力をつけて出発してくれよ。」
 
「ありがとうございます。」
 
「ちょうどいい頃合いだと思うわ。でもぬるかったら言ってね。かまどのそばにいるから。」
 
 リーネが笑顔で言った。
 
「リーネ、急に来たのにありがとう。カインと一緒に戻ってくることが出来なくて・・・ごめん・・・。」
 
 リーネは優しく微笑んだ。
 
「驚いたし悲しかったけど・・・起きてしまったことは仕方ないわ・・・。それよりも、お二人が無事で戻ってこられたことを、神々と精霊に感謝しないとね。あ、それと飛竜エル・バールにもね。」
 
「そうだね・・・。ありがとう、リーネ・・・。」
 
「神々と精霊か・・・。交流してみたいものじゃが・・・今となっては難しいのじゃろうなあ。せめて夢じゃなくてこの村にひとっ飛びでもしてくれればなあ・・・。」
 
 ランスおじいさんが独り言のように言った。
 
「いやあねぇ。いきなりここに出て来られたらびっくりしちゃうわ。」
 
 リーネの笑い声を背中に聞きながら、私達は以前も泊めてもらった部屋に来て、荷物を置いた。風呂はウィローが先に入ってくることになった。ウィローはリーネも誘って一緒に入りたいと言ったので、2人で行ってきなよと送り出した。
 
 
「・・・・・・・・・。」
 
 1人になると、現実が重くのしかかる。カインの喉を切り裂いた感触は、私の手の中に未だ鮮明に残っている。起きたことをいつまでも悔やんだところでどうしようもないのだと頭ではわかっていても、そう簡単に割り切れるものじゃない。
 
 『なぜ』
 
 その言葉がいつまでも頭に響く。
 
 なぜカインは私達を攻撃した?
 
 なぜカインには治療術が効かなかった?
 
 なぜカインは最後に・・・
 
(なぜ・・・最後に笑っていたのか・・・。)
 
 とても・・・満足そうに・・・。
 
 
「クロービス。」
 
 肩を叩かれて我に返った。
 
「あ、もう上がったの?」
 
「ええ、けっこうゆっくり入ってたわよ。ランスおじいさんがね、よければ一緒に入らないかって。待ってる間に寝てしまうとリーネさんに叱られるからって。」
 
「ははは・・・。それじゃ行ってくるよ。」
 
 1人になれば考え込んでしまう。そうならないよう、話し相手としてランスおじいさんはそばにいてくれるつもりなのだと思う。その好意を、ありがたく受け取ろう・・・。
 
 
「たまには裸のつきあいもいいもんじゃのぉ。」
 
 この家の風呂場は、そこそこ広い。少なくとも大人2人なら悠々と入れる広さだ。元々この家には、リーネの両親とランスおじいさんの奥さんもいたはずだから、その人数でゆったりと入れるようにと作った風呂場なのだろう。その風呂に入って、ランスおじいさんは上機嫌だ。
 
「風呂はいいですね。私達も数日ぶりですから、ほっとします。」
 
「そう言えばムーンシェイの長老の家には風呂があったそうじゃな。」
 
「ええ、まさか風呂に入れるとは思いませんでしたから、ウィローが大喜びでしたよ。」
 
「ほっほっほ。そうじゃろうなあ。クリスタルミアの寒さは想像を絶するそうじゃから、その前に風呂に入ってゆっくりと出来たのは、何よりじゃったな。」
 
「そうですね。」
 
「しかし・・・精霊の長達か・・・。姿は見せずとも、いつでも我ら人間のことを気にかけてくれていたのじゃなあ・・・。」
 
「はい・・・。」
 
「過去に囚われずに・・・か・・・。今ではサクリフィアの村の者達の中でも、遠い昔のファルシオンとの一件など知らぬ者も多い。だがわしらのように知ってしまうとなあ・・・。ずっとそのことを気にしていなければならんような、そうでなければ当時の族長のせいで不幸になった人達に申し訳が立たぬような、そんな気がしてしもうてなあ・・・。」
 
「でも今ではファルシオンの人々も古代サクリフィアの人々も、あちこちに散らばっていると言う話でしたから、今のサクリフィアの村に住んでいる人達の中にも、ファルシオンの末裔はいるのかもしれませんよ。そう考えれば、もう気にしなくていいんじゃないかって思います。村の人間ではない私が言うのも何ですけど・・・。」
 
「ふむ・・・そうなのかも知れんな。ファルシオンだサクリフィアだという括りも、今の世ではもはや意味をなさない・・・。我らも新しい時代を生きることを考えるべきなのかもしれん。ま、こんな年寄りが新しい時代というのも変な話じゃが。」
 
「ランスおじいさんはまだまだお若いですよ。この先もずっと、おいしいものを食べて、きれいな女性を眺めて過ごすんじゃないんですか?」
 
 わざとからかうような言い方をしてみた。ランスおじいさんは驚いたように私を見、そして大声で笑い出した。
 
「ぶわっはっはっは!そうじゃそうじゃ!その楽しみがまだまだあるのぉ!こりゃ長生きせんとな!」
 
 いろいろあったとは言え、この村の人達は本当にいい人達だ。遠い昔のご先祖の罪など考えず、今の人生を楽しく生きていってほしいと思う。
 
(でもそのためには、フロリア様を何とかして説得しないと・・・。)
 
 何があっても大地の統治者になるなんてごめんだ。
 
 
「お帰りなさい。随分ゆっくりだったわね。」
 
 部屋に戻るとウィローが笑顔で迎えてくれた。
 
「ランスおじいさんと話が弾んでしまってね。」
 
「ふふふ、楽しかったみたいね。よかったわ。あなたが笑顔で。」
 
「・・・・・・・・。」
 
 笑顔でいていいのかと言いかけて・・・。さっきのランスおじいさんとの会話を思い出した。私はカインを殺したから・・・もうこの先一生そのことを反芻し続けていくべきではないのかと、自分で思い始めていた。でもさっき私がランスおじいさんに言った言葉は、それとは全く逆の言葉だ。
 
(どうすればいいのかな・・・。)
 
 答は見えない。でも今は・・・今だけは笑顔でいたい。ウィローと、久しぶりに笑って話をしたい・・・。
 
「楽しかったよ。明日からはまたファイアストームの背中だから、今のうちに笑って筋肉をほぐしておこうか。」
 
「そうね。今日みたいに体がガチガチにならないようにね。」
 
 2人で寝る前に、少しだけ体を動かした。ゆっくりと筋肉を伸ばすと、頭の中まですっきりする。脳裏にこびりついたカインの顔はおそらくこの先消えることはないが、今私達がしなければならないことは、フロリア様の説得だ。カインが最後まで気にかけていたフロリア様を、何としても『元に戻す』こと。カインのために泣くのは・・・それからだ・・・。
 
 
 翌朝
 
 私達は夜明け前に目を覚まし、荷物を確認し合った。そして、『これから行くべき場所』に行った時に、何と切り出すか、お互い考えておこうと言うことになった。サクリフィアの人達に言わずにすませてしまった以上、その場所と名前を、口に出すことは出来ない。誰にも気取られてはならないのだ。その話は、ファイアストームと落ち合ってからにしよう。
 
「おはようございま〜す。」
 
 リーネがやって来た。
 
「食事が出来たんだけど、どう?食べられそう?あんまり早いとお腹がまだ寝ていたりするから、それならもう少し後にするわよ。」
 
「おはようございます。大丈夫、もう起きていたから、お腹も活動し始めてるよ。」
 
「あらよかった。それじゃ用意してるから、顔を洗ったら来てね。」
 
 笑いながらリーネが部屋を出ていった。
 
「ふふふ、元気づけてくれてるのね。」
 
「いろいろと気を使ってくれてるよね。」
 
「この村の人達のためにも、フロリア様を絶対に説得しないとね。」
 
「うん。」
 
 
 いつも食事をとる部屋には、ランスおじいさんも来ていた。
 
「おはようございます。」
 
「おお、おはよう。2人ともすっきりした顔をしとるな。しっかり食べて、今日の交渉事がうまくいくといいのぉ。」
 
「はい、ありがとうございます。」
 
 食卓には豪華な朝食が並べられている。
 
「いやはや、張り切ったのぉ、リーネ。こんな豪華な朝メシ、いつ食べたものやら。」
 
 ランスおじいさんがテーブルを見渡して大げさに肩をすくめてみせた。
 
「あら心外ね。うちの朝食はいつも豪華よ!」
 
 リーネが笑った。
 
 
 和やかで豪華な朝食をごちそうになり、私達は荷物を確認して旅の準備を調えた。
 
「お世話になりました。ランスおじいさん、リーネ、またいつか会えるといいね。」
 
「お前さん方の住む王国からではかなり遠いが、またいつか、今度はのんびりと来てくれたらうれしいのぉ。」
 
「そうですね。あと、あの魔法の本なんですが、いずれお返ししたいと思います。でもまだしばらくはお借りしておきたいんですが。」
 
「いや、あれはあんたに進呈しよう。」
 
「え?でも貴重なものですから・・・。」
 
「あの本のことはグィドー達は知らん。おそらくそれに気づいて、あの連中のいる場所でその本の話をしなかったんじゃろう。あの本がファルシオンの遺物だなどと奴らが知ったら、恐怖に駆られてその本を燃やしてしまうかもしれんからな。確実に後世に伝えていくためというなら、あんたが持っているのが一番じゃ。」
 
「そうよ。その本は魔法を後世に伝えていくためのものなんでしょう?それなら精霊達が守ってくれているあなた達が持つのが一番なのよ。」
 
 ランスおじいさんもリーネもそう言ってたくれたので、私はありがたくその本を受け取ることにした。今返してしまうのは正直心許ない。かといって、ではいつ返せるのかと言っても、当ては何もないのだ。
 
「ありがとうございます。大事にします。」
 
 私達が持っていて、果たして『魔法が後世に残る』かどうかは何とも言えないが、この本は大事にしよう。いつか故郷の家に帰ることがあったら、あの家の本棚に置いておくのがいいのかもしれない。父は本をたくさん集めて、本棚にずらりと並べていた。それほど広くない家の中で、本のぎっしり詰め込まれた本棚は、存在感抜群だった。
 
 
「おはようございます。ランスじい、いるかね!?」
 
 玄関から大きな声が聞こえた。これは村長の声だ。
 
「おお、いるぞ!入って来たらどうだ!?」
 
 ランスおじいさんが大声で返事をし、ぞろぞろと入って来たのは、村長を始めとした、昨夜ここで話を聞いた人達だった。
 
「また大人数で来たもんじゃ。派手な見送りは出来んぞ。ぞろぞろと出掛けていく様子を見られたら、他の村人の注意を引いてしまう。」
 
「船着場までは行かん。ここで見送らせてもらおうと思ってな。」
 
「ならいいがな。さて、剣士殿、あんた方はこの連中を気にすることはないぞ。自分達のペースで出立しなされ。」
 
「まあまあそう言わずに。朝から大勢で押しかけたのはすまんかったが、我らも複雑なのだ。剣士殿達がこの先進む道が平坦とは言い難いのは、その行くべき場所と人物について精霊達が硬く口止めしたことからもうなずける。だが、彼らは村の宝を取り戻してくれた恩人だ。本来ならば村を挙げて送り出したいくらいなのだよ。私はな。」
 
 村長が取りなすように言った。
 
「みなさん、ありがとうございます。そろそろ出立します。陽が高くなると人通りも増えてくるでしょうし、外から来た旅人が目を引くのはどこの町でも同じだと思いますから。」
 
 村長は残念そうだった。若い頃はウィローのお父さんと『やり合った』事もある村長としては、もう少し村に滞在してほしいのだと思うが・・・。
 
(先延ばしには出来ないからなあ・・・。)
 
 すべてが終わったあとなら、隠しごとなしに報告が出来るかも知れないが、ではいつ『すべてが終わる』のかも見当がつかない。
 
(グィドーさん達にとっては、厄介者がやっといなくなるってところなんだろうけどな・・・。)
 
 私がこの村に対してよくない感情を持っていないことがわかったとしても、ファルシオンの使い手など出来る限り関わり合いたくないというのが本音じゃないかと思う。でもそのことを責める気はない。彼らは彼らなりに、先祖の犯した罪についてずっと悩み苦しんでいたのだろうから。
 
 
「本当にお世話になりました。そのうちのんびりここに来れるようになれればと思います。」
 
「おお、ぜひ来てくれ。その時は一杯やろうじゃないか。」
 
「はい、その時はぜひ。」
 
 私達は出来る限り丁寧に礼を言い、おそらく叶うことはないであろう『近い将来の再会』を約束してランスおじいさんの家を出た。外はもう大分明るくなっている。そろそろ朝日が昇り、道を照らし出す頃合いだろう。人通りはまだまばらだ。今のうちに村を出てしまおう。
 
「みんな複雑な顔をしてたわねぇ。」
 
「そうだね・・・。まあ、仕方ないよ。私達がこれから行く場所について、何も言えなかったし。」
 
 お互い悪い感情がないとしても、すっきりとした別れにならなかったのは仕方ない。
 
「そうね。それじゃ急ぎましょう。陽が昇る前に船着場まで行きたいわ。」
 
「うん、急ごう。」
 
 私達は出来るだけさりげなく会話していたが、ずっと背後に感じる気配には気づいていた。これはメイアラの気配だ。昨日は『言いたくないことは言わなくてもいい』と言ってはいたが、それはあくまでも私達が体験した今までのことの話であって、この後行くべき場所について聞き出せなかったのは、あんまり気分がよくないのだと思う。思うがコソコソとあとをつけるようなことを、村長が指示したとは思えない。おそらくメイアラの独断だろう。うまく行けば本当にドラゴンに乗って来たのかどうかもわかるかも知れない。そんなところか・・・。
 
(後ろからついてくるの、メイアラさんよね。)
 
 ウィローも気づいたようだ。
 
(そのようだね。知らない振りして船着場まで行くしかなさそうだよ。)
 
 このまま村を出ればあの洞窟を通ることになる。あの道は隠れる場所がないから、そんなに近くまでは近づけないだろう。
 
(巫女姫としての力はそれなりみたいだけど、神殿があの状態じゃあそこで修業も積めないだろうから、やっぱり普通の人と変わらないんだろうな。)
 
 神々や精霊達との関係が断絶した今では、巫女姫として大きな力を得たいと思ってもそれは叶わない。自分でもそのことでは悩んでいるみたいだけど・・・。
 
(どうせなら巫女姫なんてやめてバルディスさんと結婚するとか・・・。)
 
 メイアラにとっては余計なお世話もいいところだろうが、巫女姫であり続けることに限界を感じているのなら、それも選択肢の一つになるんじゃないだろうか。
 
 
 さりげなく話をしながら、私達は村を出て洞窟に入った。メイアラの気配が遠くなる。近づきすぎて見つからないようにしているつもりらしい。
 
(しょうがないなあ・・・。このまま行くか・・・。)
 
 声をかけるか素知らぬふりをするか、迷ったまま私達は洞窟を抜けて、船着場に向かって歩き出した。
 
(どうする?このままファイアストームを呼ぶ?)
 
(うーん・・・最後に話をしてみようか。なんかいろいろと複雑な感じがするし。)
 
 船着場まで行く前に、私達は立ち止まり、振り返った。
 
「出て来たらどうですか?コソコソあとをつけるなんて、巫女姫のすることとは思えませんよ。」
 
 気配がびくっと震えたような気がした。そして・・・
 
「・・・いつから気づいていたの?」
 
 実にばつの悪そうな顔で、メイアラが茂みの陰から姿を現した。
 
「村の中でもう気づいていましたよ。何もコソコソしないで大手を振って声をかけてくれればと思いましたけどね。」
 
「気を使ったんだけどな・・・。」
 
 メイアラは何となく拗ねたような顔をしている。
 
「ここまで着いてきたのは村長やグィドーさん達の指示ですか?」
 
「あら、そんな事はないわよ。村長のことは尊敬してるけど、言われたとおりに動くなんてこと、巫女姫がするわけないでしょう?」
 
 メイアラは尊大な態度で私達を見下すような目をしている。冷静さを装っているが、そわそわと落ち着かない。この人はこんな時いつもこうだ。バルディスさんのところで揉めたあと、私達に近づいてきた時と同じように、巫女姫としての威厳を見せつけ、私達からもっと何か聞き出せないものかと考えているのだ。そう、私達がこれから行こうとしている場所、そしてそこにいる人物が誰なのかを・・・。
 
「あなたご自身の考えだと言うことですか。それで?何か話があるんですか?」
 
 出来るだけ素っ気なく尋ねた。サクリフィアの巫女姫として、私達はメイアラに敬意をはらっている。だが、だからといって見下される筋合いはない。
 
(まあ気持ちがわからなくはないかな・・・。私だけでなくウィローもカインも『剣に選ばれし者』だったことに気づけなかったことも、私達がこれから行こうとしている場所について、見当すらつけられずにいることも、悔しくて仕方ないんだろうけど・・・。)
 
 メイアラが納得出来ようが出来まいが、このことだけは知られるわけにいかない。村長達に話さなかったのに、こっそりメイアラにだけ教えるなんてこと、するべきではないと思うからだ。
 
「まあ・・・見送りをね・・・。」
 
「見送りはさっき皆さんにしていただきました。私達はこれから行くべき場所に行かなければならないので。」
 
 私の精神を囲む『防壁』の周りで、何かがゆらゆらと漂っている。メイアラは私の腹の中を探ろうと試みているらしい。グィドー老人達が何度も同じことをしていたおかげで、『誰かに腹を探られる』というのがどういう状態なのか、よくわかるようになった。この力を得たあと、ウィローの気持ちを知りたくて、心を探ってしまいそうでずっと怖かったことがあった。やはりそんな事はするべきではないのだ。例え巫女姫だろうが選ばれし者だろうが、他人の心に土足で踏み込むようなことをしていいはずがない。でもこの村の人達、特に村の運営に関わる人達にとっては、それが必要なことと考えられているのかも知れない。私には間違った考えとしか思えないが、少なくともよそ者が口を出すことじゃない。
 
「これからどこに行くの?」
 
「それは話せませんと先ほど言いましたよね。」
 
「納得いかないのよ。」
 
 メイアラがイライラしてくるのがわかる。
 
「あなたが納得出来ようが出来まいが、私は話せないと言って、皆さんが納得してくれました。そこまでで話は終わりです。ウィロー、行こう。」
 
 私はウィローと一緒に歩き出した。後ろでメイアラが悔しげに私達の背中を見ているのがわかる。そして、また私達のあとをついてくる。仕方ない。このまま船着場近くまで行ってファイアストームを呼ぼう。
 
 
 船着場に着いた。
 
「ファイアストーム!」
 
≪ここにおりまする!≫
 
 声が聞こえ、私達の前にファイアストームの翼が見えた。が・・・本体が見えない。
 
≪あなた方の後ろをついてくる娘に見えないようにしております。すぐにお乗りなされませ。≫
 
 私達は翼からファィアストームの背中に乗った。
 
「ちょっと!どこに行ったのよ!」
 
 メイアラが叫んでいるのが聞こえた。
 
≪あれが当代の巫女姫でございますか。この程度の魔法も見破れぬとは、情けないことでございますなあ。まあ・・・神々の助けなしでそれなりの力を持つのは大変なことですから、仕方ないのでしょうけど・・・。≫
 
 ファィアストームは残念そうだった。竜族と人間とは、遠い昔は交流していたと聞いたが、それもまた神々や精霊達の助けがあってこそだ。欲のために国を私物化し、神々に背を向けた人々の末裔の姿を、悲しんでいるのかも知れない。
 
「彼らに罪はないんですけどね・・・。」
 
≪もちろんでございます。遠い日、神々に背を向けた者達と、今の時代の人々は全く別でございますから。無理に巫女姫だなんだと体裁を繕わなくてもいいのではないかと思いますが・・・。いや、失礼いたしました。人間達には人間達の考えや生活があります。私がとやかく申し上げることではございませんでした。≫
 
「いいんですよ。私だってあなたと同じことを考えましたからね。」
 
≪あなた方がお住まいの国は、エル・バール様に向かって剣を抜いたという若者の末裔が治める国だそうでございますね。その話を聞いた時は、何という不埒者かと思いましたが、素晴らしい気概のある人間だと伺っております。その精神はあなた方にも息づいているのでございますね。≫
 
「ありがとうファイアストーム。私達もベルロッド様のことは尊敬しているんですよ。」
 
 話しながら、いつの間にか『竜の背中に乗る』ことに慣れつつある自分に驚いた。ウィローも昨日ほど震えながらしがみついていない。ファイアストームとの会話は、私達の緊張をほぐしてくれる。とは言え、地上を見下ろせばやはり恐ろしくなる。魔法の力で私達の周りには見えない囲いのようなものがあるらしいので、落ちる心配はないのだが、だからといってなかなか平気ではいられない・・・。
 
≪見えて参りましたぞ。≫
 
 いつの間にか、遙か下だった地上が大分近づいてきた。
 
≪精霊の長達の話では、この辺りにあなた方を降ろせば、伯爵家のお屋敷はすぐだとのことでございます。≫
 
「ありがとうファイアストーム。次に移動する時にはまたここであなたを呼べばいいですか?」
 
≪はい。もしも伯爵家での話が長引くようでございましたら、心の中で私に呼びかけてください。もしかしたら剣士殿は慣れておられぬかも知れませぬが、念話と申しまして、言葉に出さずとも我らと会話が出来るのでございます。それと、奥方様というお方に私のことを話していただいて大丈夫です。私は奥方様とお会いしたことはございませんが、精霊の長達のみならず、竜や動物達とも心を通わせることがお出来になるそうでございますよ。≫
 
 ファルミア様とはすごい力をお持ちらしい・・・。
 
 
 
 ファイアストームと別れて、私達は歩き出した。ハスクロード家のお屋敷は遠目に見てもすぐにわかる。ライネス様とファルミア様が結婚された時、『北方の小貴族』だったハスクロード家は一躍脚光を浴び、新王太子妃の家に取り入ろうとたくさんの人がここに押し寄せたそうだが、それも一時だったようだ。
 
「畑が多いのね。それに、北の方だという話だけどそんなに寒くないわね。」
 
 あたりには畑があり、農作業をする人達の姿が見える。のどかな光景だ。私達が歩いていても誰も気に留めない。それなりに人の行き来はあるらしい。
 
「ここか・・・。」
 
 ハスクロード家の門の前に着いた。小貴族と言えどもそれなりの権威はあるらしく、立派な門と、おそらくは奥のお屋敷に続くのであろう道が見える。遠目には見えていたお屋敷も、近づくにつれて木々の中に隠れていた。
 
「こんにちは。」
 
 門の前にいる門番に声をかけた。
 
「こんにちは。当家に御用でしょうか。」
 
 鎧を身につけて立っている門番の男性は、その姿の厳めしさとは裏腹に、にこやかな笑顔で話しかけてくれた。
 
「はい、奥方様にお会いしたいのですが、お取り次ぎいただけますか?」
 
 門番は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑顔に戻った。
 
「はい、伺っております。ただいま人を呼びにやりますのでここでお待ちください。」
 
 門の隣にある柱に鐘が下がっている。その鐘を門番が鳴らすと奥から人が出て来た。
 
「奥方様に御用のある方々でございます。案内をお願いいたします。」
 
「かしこまりました。どうぞこちらへ。」
 
 出て来た使用人の男性は丁寧に礼をして、私達についてくるように促した。私達の背後で門は閉じられ、門番の2人はまた自分の仕事に戻ったらしい。
 
 
−−伯爵様は本気なのかねぇ−−
 
(・・・え?)
 
 危うく声を出すところだった。今の声は私の頭の中に響いてきてものだ。声の主は前を歩く使用人の男性か。ウィローが何も反応を示さないことからすると、声が聞こえるのは私だけらしい。しかし今のはどう言う意味だろう。私達はファルミア様に会いに来たのだ。もちろん当主である伯爵に挨拶しろというならするが・・・。
 
(それとも、この屋敷の中で何かあって、今の心のつぶやきは私達とは関係のない話なのかな・・・。)
 
−−伝説の剣だかなんだか知らないが、そんなものがあったところでどうにかなるものでもないだろうに・・・。−−
 
 間違いなく私達に関係のある話らしい。しかしどういうことだろう・・・。
 
(あれ?そう言えば・・・。)
 
 思い出した。シルバ長老が教えてくれたじゃないか。この家は、辿っていくと私の母の出身の家だという話だ。何代か前の伯爵の息子が、愛した女性に自分の愛の証として家宝だったこの剣を渡してしまった。それを受け取った女性はその剣を大事に持ち続け、子に孫に受け継がれていったのだ。そしてその女性の末裔である母は、剣を持ったまま父と結婚し、おそらく母は剣について何も言わずに亡くなった。父は母の形見の剣を、私にちょうどいいかもしれないと残してくれたのだろう・・・。
 
(ということは・・・まさかこの男性が案内してくれる先にいるのは、ファルミア様じゃなくて伯爵なのか?)
 
 シルバ長老やエル・バールは、おそらく昨夜のうちに私達の来訪をファルミア様に知らせてあるだろう。ということは、伯爵もそのことを知っているはずだ。この家への訪問者を、伯爵に内緒で中に通すことなど出来るはずがない。そこで伯爵が、私達が来た時にファルミア様に知らせず、自分のところに案内するよう使用人達に命じていたとしたら・・・。
 
(自分のところに案内させて、元々この家にあった私の剣を、取り戻そうと考えているのだろうか・・・。)
 
 もしも本当にその通りだとしたら、このままついていくのは危険だ。伯爵がにこやかに剣を返してくれと頭を下げてくるとでも言うのなら説得の余地はあるかも知れないが、まずそんな事はないだろう。相手は貴族、こちらはただの一般庶民。エルバール王国では身分がそれほど重要視されていないとは言え、貴族が平民に頭を下げるはずがない。顔を合わせるなり剣を取り上げて地下牢にでも放り込まれるか・・・。
 
 ではひとまず逃げるか隠れるか?
 
 その考えを、私は即座に否定した。ここはすでにハスクロード家の屋敷の中だ。逃げる場所などないし、ここで逃げだしてしまったらファルミア様にも会うことが出来ない。
 
(ファルミア様に会うことさえ出来れば、何とかなるんだろうけど・・・。)
 
 
 
≪念話と申しまして、言葉に出さずとも我らと会話が出来るのでございます≫
 
 ふと、さっきのファイアストームとの会話を思い出した。使ったことはないが、ここからファルミア様に私の思念を送れないだろうか。せめて私達がこの屋敷の中にいることだけでも知ってもらえれば、この窮地を脱することが出来るかも知れない。
 
−−ファルミア様・・・。シルバ長老やエル・バールからお聞き及びかと思います。今屋敷の中に来ておりますが、あなた様の元ではなく、伯爵様のところに案内されるようです・・・!−−
 
 出来る限り強い念を込めて、この屋敷の中のどこかにいるはずのファルミア様に思念を飛ばした。
 
−−・・・・・!?−−
 
 声が聞こえたような気がしたが、聞き取れるほど近くはない。私の思念波はあの『夢見る人の塔』の中全体くらいなら飛ばせるはずだとあの塔の中で聞いたが、相手の声を聞き取ることに慣れていないせいか、どこから相手の思念が飛んできているのかわからない。でも確かに、誰かが受け止めて返事を返してくれたという確信はある。
 
(信じて待つしかなさそうだな・・・。)
 
−−腰の剣は確かに立派なものだが、穏やかそうな若者達じゃないか。いくら何でも剣を取り上げて殺すなんて、うちの伯爵様はいつからあんなに残忍になってしまわれたものやら・・・。−−
 
 本気で私達を殺すつもりでいるらしい。
 
「こちらでございます。少々お待ちください。」
 
 前を歩く使用人が立ち止まった。重厚な扉の前だ。この使用人は腹の中のつぶやきを私に聞かれていることなど知らないだろう。だが彼の心の声でわかったことは、伯爵は私の剣を取り上げて私達を殺すつもりでいるらしいが、この家の使用人達が同じ考えでいるわけではなさそうだと言うことだ。もっとも助けを求めたところで、使用人の立場で主人に刃向かうなんて出来ないだろうけど・・・。
 
「お客様がお着きでございます。」
 
「入ってもらいなさい。」
 
 ノックの音に応えたのは、予想通り、年配の男性の声だった。
 

第99章へ続く

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