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第98章 ファルミアの元へ

 
「やはりご存命でしたか・・・。」
 
 飛竜エル・バールの攻撃を何とか凌ぎ、人間を滅ぼすことを思いとどまってもらったが、彼の口から出た、『手を引くための条件』は予想外のものだった。そして、このあと私達が行くべき場所にいる人物についても・・・。
 
『その奥方の名前はファルミアという。そなた達が説得したいと願っている女王の母親だ。』
 
「母さんが聞いたのは、やっぱり空耳なんかじゃなかったんだわ。」
 
 ウィローの母さんが聞いた、デール卿の言葉はやはり真実だった。ファルミア様は生きている。ハスクロード伯爵家と言えばファルミア様のご実家だから、表向きは亡くなったと言うことになってしまったファルミア様を、伯爵家ではずっと『匿っていた』と言うことになる・・・。
 
「あら知ってたのね。それなら話が早いわ。」
 
 ルセナさんは事も無げに言った。
 
「フロリア様もそのことはご存じなのでしょうか。」
 
「知っとるじゃろう。じゃが、王国ではすでにあの娘は・・・いやいや、人間としてはもういい年の母親じゃな。ファルミアは死んだことになっておるからな。知っていたとしても表立って王宮に呼び寄せるなどのことは出来んかったじゃろう。」
 
 シルバ長老が言った。
 
「そうですね・・・。」
 
「でもなあ・・・今自分の娘が何やってるか、たぶんファルミアは知ってるぜ。昔から優しい娘だったからな。随分心配しているみたいだぞ。」
 
 アクアさんが言った。
 
『神殿の巫女姫にも匹敵するほどの力を持つ』
 
 フロリア様の呪文の腕は、母親譲りなのだろう。以前聞いたサクリフィアの巫女姫を選ぶ基準の話からして、その力はどうやらある程度は遺伝するらしい。もちろん必ず遺伝というわけではないから、歴代の巫女姫の力にはばらつきがあるらしいが・・・。
 
「しかし・・・私達がファルミア様のところに相談に行ったとして、かえってファルミア様を悲しませることになるのではないでしょうか。」
 
 自分の娘がしていることを把握していても、『死んだ人間』には何も出来ない。それでなくても歯がゆい思いをしているだろうに・・・。しかも私達の相談は、もしかしたらファルミア様にとって我が子であるフロリア様を、殺さねばならないかも知れないような話だ。話を聞いてはくれるだろうが、怒って叩き出されるか、捕らえられて地下牢に放り込まれる可能性も否定出来ないかもしれない。
 
「まあそんな心配はいらんだろうが、念のために我らからも話をしておこう。ファルミアには我らの声が聞こえるからな。」
 
「精霊の声を聞くことが出来るとは・・・。すごい力をお持ちなのですね。」
 
「そういうことね。だからこそ、ファルミアが生きていたのでは都合の悪い人達がいたの。だけどあれだけの力の持ち主を、その者達は惜しんだのよ。そしてファルミアは王宮から遠ざけられた。」
 
 ルセナさんが言った。
 
「ルセナ、正確には、1人は惜しみ、1人は恐れた、というところね。」
 
 妖しい微笑みをたたえながらそう言ったのはヴェントゥスさんだ。
 
(2人・・・か・・・。)
 
 彼らには、まるで『その者達』の正体がわかるようだ。いや、実際知っているのだろう。だがそれを聞くべきかどうか、私は迷っていた。聞くべきことなのか、剣に選ばれているからと言って何でもかんでも知らなくてもいいのではないか。私は統治者じゃない。そしてそんなものになるつもりはない。だから何としてもフロリア様を説得するために、今情報を集めているのだ。その2人が何者であれ、過去のことだ。この場は黙っていよう。おそらく・・・私が本当に知るべきことならば、自然に耳に入るのではないか、そんな気がする。
 
「まあそうね。それでファルミアを死んだことにしてしまったということですものねね。」
 
「すると皆さんは、以前からファルミア様と親交が深かったと言うことですか。」
 
「ふむ、まあ我らがいつもみんなでファルミアと接触を図っていたわけではないがな。我らの声を聞き、それを受け止めることが出来るものは数少ない。それがうれしくて、つい話をしに行ったり・・・まあそんなところだな。」
 
 シルバ長老はうれしそうだ。剣を人間達に授けて以来、人間の前から姿を隠した彼らだが、元々は人間の友だった。以前のように親しく言葉を交わすことが出来なくなったのは、とても悲しい出来事だったのだろう。それでも、力のある人間は時折生まれ、精霊達と親しく交流することが出来たらしい。それは精霊達にとって、きっと楽しい時間だったのに違いない。そして現代においても、思いがけず自分達と言葉を交わすことが出来る人間を見つけた。みんな『娘』と言っているから、小さな頃から親しくしていたのだろうと思う。
 
「クロービス、ウィロー、あんた達が次に行くのはファルミアのところだけど、女王のことを解決するなら、あんたが頼ったって言う心理学者もあてに出来るんじゃないかい?」
 
 テラさんが言った。
 
「シェルノさんですか・・・。」
 
 確かに彼女ならいろいろと相談にのってくれるだろうが、果たして私達の話をどこまで信じてくれるものか・・・。
 
「まあこんな話をただの人間がどこまで信じてくれるかってのは疑問なんだけどねぇ・・・剣のことなんて何も知らないのに、あんたの力を適切に制御出来るようにしてくれたその手並みはなかなかのもんだからね。あの女王の腹の中を探るのには、いい相談相手じゃないかと思ったのさ。」
 
≪ほぉ、テラ様、それは名案でございますな。本来人間の世界のことは人間同士で解決するのが筋というもの。しかもその者はどうやら、当代の選ばれし者の力についてある程度は知っているようだ。選ばれし者達よ、私は今一度、そなた達に賭けてみたい。西の大地の現統治者がどうなろうとも、人間はまだ滅びない、それは約束しよう。だが今のままでは人間達の世界に未来はない。その未来をつかむためにどうすべきか、そなた達の答を見せてほしい。≫
 
「決まりだな。まずはファルミアのところに行って話を聞く、次に行くのはその心理学者とか言う女のところ。その先はあんたらが行く場所を考えて進んでいくんだ。おいエル・バール、この2人の移動はなんとかしてくれるんだろう?おいら達が何とかしてもいいのはいいが、いきなりその辺に現れてたまたま通りがかった人間の腰を抜かさせるわけにもいかないしなあ。」
 
 アクアさんが何となく楽しそうに言った。エル・バールを説得出来て、人間達を滅ぼすことはないと言う言葉を引き出せたことは、精霊の長達にとっても喜ばしいことなのだろう。
 
≪無論、準備は出来ておりまする。ファイアストームよ!これへ!≫
 
≪承知仕りましてございます!≫
 
 エル・バールの呼びかけに応え、雲の間から声がした。もちろん『私達にしか聞こえない声』でだが。そして声のした方向からざぁっと言う一陣の風と共に現れたのは・・・赤い鱗の竜・・・。おそらくはファイアストームというのが名前だと思われるが、その名のとおり燃えるような赤い鱗の竜が、エル・バールの前に降り立った。
 
≪此度のお役目をわたくしに下されたこと、ありがたき幸せにございます。≫
 
 竜族の礼儀がどうなのかはわからないが、私達が見ても『礼をした』と思える仕草でエル・バールと向き合っていたファイアストームは、私達にゆっくりと向き直った。
 
≪選ばれし者達よ。私はファイアストーム。あなた達の移動をお手伝いするよう、エル・バール様から仰せつかりました。どこへでもお連れしますゆえ、何なりと申しつけくださいませ。≫
 
「い、いや、こちらこそよろしくお願いします。あなたのことは何と呼べばいいのでしょうか。」
 
≪ファイアストームと、そのままお呼びください。姿形は違っても、我らもまた、この大地に住む者として長い時を過ごして参りました。此度の異変とロコ様のことは、私達にとっても悲しくつらい出来事でございます。この異変を食い止め、大地に平和をもたらすためのお手伝いが出来ますこと、光栄の至りでございます。≫
 
 話し方から察するに、ファイアストームはまだ若い竜らしい。それが一族の長たるエル・バールに選ばれ、私達の移動の手伝いを命ぜられたことがうれしくてたまらない、そんな風に見える。
 
「しかしエル・バールよ、ファイアストームならあっという間にファルミアの住む島へ着けるだろうが、この時間からだと話の内容によっては夜になってしまうのではないか?さすがに初対面の相手に一夜の宿をと言うのは、人間の習慣としては失礼に当たる。今日だけでもどこかに泊まって、明日の朝早く出掛けるのがいいような気がするが。」
 
 イグニスさんが言った。
 
「うーむ、それもそうじゃ。どうするかのぉ。来た道を戻ることになるが、昨夜泊まった木のうろにもう一晩泊まるかね。わしの家まで来てもらってもいいのじゃが、明日は村の者が今年10歳になる子供達を連れてくることになっておるからなあ・・・。ま、お前さん方を見れば子供達は喜ぶだろうが、寝る場所もないしのぉ・・・。」
 
 シルバ長老がどうしたものかと考え込んだ。
 
「・・・それなら、行きたいところがあります。」
 
「おお、何か当てがあるのかね?」
 
「当てと言うことではありませんが・・・今日のうちに行くのなら、サクリフィアの村に行きたいと思います。エル・バール、道を示していただいてありがとうございます。しかし私達には、ファルミア様の元に行く前に出来れば解決しておきたい問題があるんです。」
 
≪ふむ、それは何なのだ?≫
 
「まず一つは、私達が持っている『サクリフィアの錫杖』のことです。私達はこれを必ず返すという約束の下にサクリフィアの村長から借り受けてきました。これを約束通り返したいのです。それともう一つは、ムーンシェイの船着場につながれたままの私達の船のことです。あの船も剣士団から借りているものです。今は非合法になってしまった剣士団にとって、あの船は重要な財産なんです。何があっても無事に返さなくてはなりません。」
 
「おお、確かにお前さん方の船は今も船着場にある。村の若い者達が交代で様子を見に行ってくれているはずじゃ。大事な預かり物じゃからな。しかしあれに乗って西の大地まで戻っていたのでは時間がかかりすぎるじゃろう。もしもお前さん方がよければ、今村に来ている交易船の商人達に頼んで、曳航して行ってもらうことも出来るがどうだね。確か西の大地には町の近くに船着場があったはずじゃな。こっちから行けばまっすぐじゃから、そこに戻しておけばいいかの。」
 
「もしも出来るのであればお願いします。ただ・・・あの船をその、町の近くの船着場には戻さないで欲しいんです。」
 
「ほお、何でまた?」
 
 私はあの船を町の近くの船着場、つまり東の港から出すために大変な思いをしたこと、それを考えると、もしもあの船を東の港に戻せばすぐにでも壊される危険性があること、そして曳航していくところを王国軍に見つかった場合、何の関係もない商人達に迷惑をかけることになりかねないことを話した。それを防ぐために、あの船をクロンファンラの入り江に係留させ、あの辺りを見回っているはずの灯台守達に後を頼んでくれないかということまで。
 
「あの船を失うわけにはいきません。ただ、そのためにはたくさんの方に迷惑をかけることになりますから、どうしたものかとは思っていたんですが・・・。」
 
「なるほどなあ。そういう事情なら、その港には戻さんほうがいいじゃろう。迷惑とか、そんな事は気にせんでいいぞ。お前さん方はならず者の手から森を守ってくれた恩人じゃからな。船についてはわしが確かに請け合おう。グランに連絡して、商人達に頼んでくれるように言っておこう。なあに、商人達に類が及ぶようなことにはならん。それは約束しよう。」
 
 シルバ長老が言ってくれた。
 
「ありがとうございます。それでは船のことはお願いします。あとは『サクリフィアの錫杖』なんですが、ファイアストーム、サクリフィアの船着場近くに私達を運んでくれませんか。」
 
「ねえクロービス、ファイアストームがあの場所に現れた時に人がいたらびっくりするんじゃないの?」
 
 ウィローが心配そうに尋ねた。
 
≪ウィロー殿でしたな。ご心配には及びませぬ。今の人間が我らを見たら驚くのは当たり前ですから、姿を見られぬよう魔法をかけております。≫
 
≪選ばれし者達よ。竜の姿を見られる心配は無用だ。ファイアストームの翼は力強く、その速さは飛竜族の中でも群を抜いておる。それに体力もあるから長時間飛び続けることも可能だ。どんな場所にもすぐに連れて行けるだろう。≫
 
≪身に余るお言葉、光栄の至りでございます。さてクロービス殿、ウィロー殿、サクリフィアの村までお送りいたしましょう。もしも何か準備が必要でしたらお待ちいたします。あなた方のご都合に合わせて動きますので、何なりとお申し付けください。≫
 
「そろそろ出立したほうがいいじゃろうな。行けば村の者達に質問攻めじゃろうし。うまいものを食べてしっかりと体を休めていきなされ。この先は我らがこうして手を貸すことの出来ぬ、お前さん方2人の戦いじゃ。西の大地にいるというお仲間にも声をかけて、味方を出来る限りたくさん作って戦うのじゃぞ。決して2人だけでなんとかしようなどと思うてはいかん。」
 
「まあ、今まで教えた魔法をしっかり身につけていれば、命は守れるはずだぜ。あとは自分と仲間を信じて頑張るしかないんだけどな。」
 
 アクアさんが言った。
 
「手を貸すことは出来ないけど、私達の眷属はどこにでもいるわ。つらくなった時は、私達を思い出してね。」
 
 ヴェントゥスさんが笑顔を向けてくれた。
 
「人間の力は強いと私も信じている。あの地下で私に向かってきた、あの時の気持ちをずっと持ち続けて欲しい。」
 
 イグニスさんが言った。
 
「昨日会った時とは比べものにならないくらいいい顔してるよ、あんた達。アクアの言ったとおり、自分を信じてやることだね。」
 
 そう言ったテラさんの顔は『昨日会った時とは比べものにならないくらい』優しい笑顔だった。
 
「もう少し早く会っていれば良かったかなあ。もうお別れだなんてつまらないわ。」
 
 拗ねたように言ったのはルセナさん。
 
「今後はもう少し人間に関わる気になったのか?ルセナ。」
 
 テネブラエさんが笑って言った。
 
「あなたに言われたくないわ。中立にこだわってすべての種族と距離を置いていたのはあなたも同じでしょ。」
 
「それもそうだ。」
 
 テネブラエさんが肩をすくめた。
 
≪選ばれし者達よ。人間を滅ぼさぬという約束は守る。しかし統治者の問題が解決せぬ限り、我らが手を下さずとも人間はいずれ滅びよう。そうならないためのそなた達の答え、期待して待っているぞ。≫
 
「皆さん、本当にありがとうございました。エル・バール、必ず答を出します。待っていてください。」
 
 精霊の長達と飛竜エル・バールに別れを告げ、私達はファイアストームの背中に上がった。不思議なことに、何もないと思える場所なのに座った場所が安定している。
 
≪どんなに早く飛んでもあなた達が振り落とされる心配はございませぬ。楽にして寛いでください。≫
 
 そう言われたところで、空を飛ぶなんてほとんど初めてのことだ。以前サクリフィアの神殿の屋上から、セントハースの背中に乗って下まで降りた、あの時はほんの短い間だったが、今回はしばらく空を飛んでいかなければならないと思うと、不安が募ってくる。
 
≪ファイアストームよ、いつもの調子で飛び出してはいかんぞ。選ばれし者達が慣れるまではゆっくりと飛んでいくのだぞ。≫
 
≪はい、承知仕りましてございます!≫
 
 私達を乗せたファイアストームは、ゆっくりと翼を広げ、上昇していった。
 
≪さあ、参りまするぞ!≫
 
 ファイアストームは空を滑るように飛んでいく。だが私達はまだまだ空の旅などほとんど初めても同然だ。落ちないと言われても恐ろしくてファイアストームの背中にしがみつきながら、景色を楽しむ余裕もないまま、サクリフィアの船着場に着いた。
 
≪到着しましてございます。出立の際は、ここで私の名前をお呼びください。≫
 
「わかりました。ありがとうございます。」
 
 ファイアストームはあっという間に上昇し、雲間に隠れた。
 
「本当ならあのくらい早く動けるのねぇ・・・。」
 
 ウィローがため息とともに言った。私達のためにゆっくりと上昇し、ゆっくりと飛んでくれたのだろう。陽射しはすでに夕方に近くなっていた。クリスタルミアの奥地では太陽が見えなかったが、精霊の長達の話を聞きながら食事をしたのが、おそらくお昼過ぎ、いや、午後になってから少し過ぎたくらいの時間だったのではないかと思う。
 
「私達が慣れれば早く飛んでくれるのかも知れないけど、慣れられるかなあ・・・。」
 
 灯台守達に馬の後ろに乗せてもらった時と同じように、竜の背中に乗るというのは普段とは違う筋肉を使う。体がすっかり固まっていた。
 
「すこしだけ体をほぐしていこうか。」
 
「そうね。もう肩から背中からガチガチよ。」
 
 私達は船着場からあの洞窟へと入る道の手前まで来て、少し体を動かした。肩を回したり、背中を伸ばしたりするだけでもかなり体が軽くなる。
 
「それじゃ行こうか。」
 
「ええ・・・ねえクロービス、村長さん達に、カインのこと・・・話すのよね。」
 
「話さないわけにはいかないからね・・・。」
 
「そうよね・・・。それじゃ落ち着いて、ちゃんと話しましょう。」
 
「そのことなんだけどね・・・。」
 
 私は、本当のことを話すべきかどうか迷っていることを正直に打ち明けた。カインの喉元を切り裂いたのは私だ。それは事実として動かすことは出来ないが、それをきちんと話せる自信がない・・・と・・・。
 
「話を聞いてくれるのは、多分村長さん、メイアラさん、あとはランスおじいさんとリーネさんと・・・グィドーさん達もよね・・・。」
 
「私達が戻ってきたって聞けば呼ばないわけにはいかないだろうしね。」
 
「私は・・・本当のことを話せればいいとは思う。でも、本当のことを話せる自信がないのは私も同じよ。どうすればいいのかしら・・・。」
 
 ウィローが大きくため息をついた。
 
「ごめんなさい。私もわからないわ・・・。」
 
「そうだよね・・・。」
 
 カインの喉から噴き出す血を止めることすら出来なかった。私達の呪文が何一つ効かなかったのも事実だ。ウィローだってそのことで傷ついたままなんだ・・・。
 
「本当のことを話す、そう考えておこう。私だって嘘はつきたくないけど、黙り込んでしまうかも知れないな・・・。」
 
「本当のことを話したいわね。でも今は、とにかく村に入りましょう。そろそろ日が暮れるわ。」
 
 私達は洞窟を抜け、サクリフィアの村へと入った。村の様子はいつもと変わりなく、誰もが自由に往来を行き来し、店の軒先には明かりが灯っている。と・・・道の向こうからやって来たのは・・・・。
 
「おかえりなさいと言うべきかしらね・・・。交渉はうまく行ったの・・・?」
 
 メイアラは穏やかな微笑みを浮かべて話しかけてきた。私達が戻ってくることが、おそらくわかっていたのだろう。
 
「はい。なんとか・・・。」
 
「そう・・・。2度目の聖戦は回避出来たということね。詳しい話を聞かせてくれる?疲れているなら無理にとは言わないわ。ランスじいさんの家に案内するから、一晩休んで、明日でもいいのだけど。」
 
「いえ、出来ればこれから村長の家に案内していただけませんか。聖戦の危機は去りましたが、解決しなくてはならないことが残っています。」
 
「そう。では行きましょうか。」
 
 私達は村長の家に向かった。
 
「こんばんは、村長。お客様がお帰りになったわよ。」
 
「客?」
 
 村長は椅子に座っていたが、メイアラのあとから部屋に入った私達を見て驚き、そしてぱっと笑顔になった。
 
「おお!無事戻られたか!さあまずは座ってくれ!ん・・・?あんた方、確かもう1人いたはずだが、先にエル・バール王国に戻った彼とはまだ合流出来ていないのかね。」
 
「あらそういえばそうよね。『サクリフィアの錫杖』を借りていった彼はどうしたの?うまく女王の魔法を解くことが出来たのかしら。」
 
 私は荷物の中から、『サクリフィアの錫杖』を取り出して、部屋の中央にある立派な応接用テーブルの上に置いた。
 
「『サクリフィアの錫杖』はここにあります。これをお返しするために伺ったんです。ありがとうございました。」
 
「あ、ああ・・・確かに返してもらったぞ。しかしこれをなぜあんた方が持っている?あのカインという剣士殿は・・・。」
 
 村長が怪訝そうに尋ねた。
 
「まさか・・・。」
 
 メイアラが小さい声で言った。
 
「メイアラ?どうした?」
 
 村長はきょとんとして私達の後ろに立っているメイアラを見たが・・・その表情がみるみるこわばっていった。
 
「まさか・・・あの赤毛の剣士殿は・・・。」
 
「もう・・・いません・・・。」
 
 それだけ言うのがやっとだった。
 
「そんな・・・。まさかこの杖のせいで・・・。」
 
 村長は呆然としている。
 
「違います。カインのことは、『サクリフィアの錫杖』のせいではありません。ただ、結果として、フロリア様は魔法にかかってはいなかったんです。だからこの杖はもう使わないので、ここでお返しします。」
 
「そ・・うか・・・。」
 
 村長は真っ赤な目で頷き、『サクリフィアの錫杖』を手にとった。その瞬間、シルバ長老達がかけたあの『覆い』のようなものがふわりと解かれて、フッと消えた。
 
「む!?」
 
「今のはなに!?」
 
 村長とメイアラが同時に声をあげた。
 
「そのことについても説明します。早いほうがいいかと思ってメイアラさんにお願いしてここに連れてきていただいたんです。」
 
「詳しい話を聞かせて欲しいのは山々だが、あんた方疲れてはおらんかね。それにもう食事時だ。宿酒場に行って腹ごしらえをしてからにしたほうがいいのではないか。メイアラ、2人に付き添っていってあげなさい。」
 
「それなら先にリーネの家に連れて行くわ。話をするのはここでなくてもいいのではない?」
 
「それもそうか・・・。では食事が終わった頃にグィドー老達を連れて行こう。大勢の前でつらい話をさせるのは申し訳ないが、みんなの前で話を聞かせてはくれんかね。」
 
「お話しします。そのつもりでこちらに伺ったんです。」
 
 この村の人達は、『ある日村にやって来た』何者かもわからない私達にとても親切にしてくれた。いろいろと腹の立つこともあるにはあったが、古代サクリフィアの末裔として、彼らなりに精一杯の誠意を見せてくれたと、私は信じている。どんなにつらくても、私はこの人達の前で今までのことを話さなければならない。
 
「それじゃまずはリーネの家に行きましょう。そろそろ帰ってくるかな、なんて言ってたから、きっとあなた達の顔を見れば喜ぶわ。」
 
 3人揃って戻ってくることが出来たなら、リーネやランスおじいさんとの再会は私達にとっても喜ばしいことだったのに・・・。
 
 
 もう少しでリーネの家と言うところで、メイアラが立ち止まった。
 
「メイアラさん?」
 
 メイアラはくるりと私達に向き直った。
 
「今のうちに言っておくわ。言いたくないことやつらいことは、無理に言わなくていいのよ。」
 
「・・・え?」
 
「どんな理由があれ、あなた達を試す目的で、うまく行けば村の宝を取り戻せるという勝手な考えで、何がいるかもわからないような場所にろくな情報も提供せずあなた達を送り込んだのは私達よ。そんな連中に何でもかんでも話す必要なんてないと思わない?」
 
「い、いや、でも・・・あの魔法の本を持たせてくれたじゃないですか。」
 
「あんな古びた本一冊よ?そりゃあの本の中にはいろんな魔法が書かれていて、強い呪文もたくさんあるわ。あなた達はたまたまその中からうまく結界の呪文を見つけることが出来た、そして唱えられるだけの力があった。でもね、堂々と自分達の目的を言えないなんて、卑怯だわ。今では巫女姫なんて言ってもね、そんな人達の意見を抑えることすら出来ないの。だからあなた達は私達に気を使う必要はないわ。言いたくないことは言わなくてもいいのよ。」
 
 あの本が、ファルシオンというサクリフィア以前の国で作られた本だということは、どうやらサクリフィアの人達は知らないらしい。
 
「わかりました。ありがとうございます。」
 
 メイアラがとても複雑な気持ちでいることはわかった。私達がここを出たあと、バルディスさんとはうまく行ったのだろうか。それこそ余計なことなのだろうが、やはり気になる。
 
「こんばんは。ランスじいさん、リーネ、お客様よ。」
 
 メイアラは相変わらず家に入ってどんどん奥へと進んでいく。
 
「おお、無事に戻られたかね!?」
 
「わあ!お帰りなさい!」
 
 ランスおじいさんとリーネは私達の顔を見て驚き、次に笑顔になって出迎えてくれた。
 
「カインさんは一緒じゃないの?でもここに戻ってこられたと言うことは、エル・バールの説得はうまく行ったのよね。」
 
 リーネはとてもうれしそうだ。
 
「うん、なんとかね。詳しい話を・・・」
 
「リーネ、食事は終わった?申し訳ないんだけど、この2人に軽い食事を用意してあげてくれない?さっき村長の家に寄ってきたんだけど、詳しい話を聞きたいからって、ここにグィドーじいさん達を連れてくるって話なのよ。」
 
 私の言葉を遮るように、メイアラが言った。
 
「なんとまあせっかちじゃのぉ・・・。いや、まあ仕方ないか。リーネ、用意してあげなさい。メイアラよ、悪いがこの2人が泊まる部屋の用意をしてきてくれんかね。」
 
 ランスおじいさんは何か言いかけてやめ、私達の食事の用意と宿泊の用意を頼んだように見えた。自分達が今どんな顔をしているか、何となくわかる。エル・バールを説得出来たにしては私達がうれしそうな顔もしていないこと、そして合流して一緒に戻ってくるはずのカインがいないことで、何かあったことを察してくれたのだと思う。
 
「ええ、それじゃ2人ともここで座っていて。疲れたでしょう?ゆっくりしてくれていいのよ。」
 
「こりゃメイアラ、そりゃわしの台詞じゃわい。客人よ、座ってのんびりしてくれていいぞ。どれお茶を淹れようかの。」
 
「あ、私が・・・。」
 
 ウィローが腰を浮かしたが、ランスおじいさんは『まあまあ』というように手で制した。
 
「いやいや、気にせんでくれ。大分疲れておるようじゃ。もっと元気な時にやってもらうからの。」
 
「はい、ありがとうございます・・・。」
 
 程なくしてリーネが食事を持ってきてくれた。温かいシチューとパン、それにサラダだ。
 
「大したものがなくてごめんなさい。明日からはもう少しいろいろ用意出来ると思うわ。」
 
「いや、こちらこそありがとう。急に訪ねてきてごめんね。」
 
「そうよ。リーネさん、本当にありがとう。」
 
「気にしないで。召し上がれ。」
 
「おいしそうな匂いねぇ。リーネ、私の分はある?」
 
 メイアラが戻ってきた。
 
「あるわよ。ちょっと待ってね。」
 
 もう1人分の食事が運ばれてきて、私達は3人で食事をした。黙って食事をする私達を、リーネもランスおじいさんも黙ったままにこにこと見ている。
 
「こんばんは、ランスじい、いるかね。」
 
 村長の声が聞こえたのは、食事を終えてお茶をごちそうになっているころだった。
 
「案内してくるわ。」
 
 リーネが玄関に出て行き、私達のいる部屋に村長とグィドー老人達を案内してきた。グィドー老人達は相変わらずムスッとして眉間に皺を寄せている。でも以前のように私達に対してよくない感情が感じられない。それよりも、村長達を包んでいるのは不安と怯えの感情だ。私達の話がいいことばかりでないことは、もうわかっているのだろう。
 
「おお、ちょうど食事が終わったところじゃ。見ていたようなタイミングの良さじゃのぉ。」
 
 ランスおじいさんがわざとらしく肩をすくめて、呆れたような顔をして見せた。
 
「ほう、そうか。ではゆっくり来て正解じゃったな。さてと、この辺りに座らせてもらうぞ。」
 
 村長は笑いながら、部屋の中央に置かれている応接用の椅子に座った。
 
「うむ。ほれ、剣士殿よ、お前さん方にはここに座ってもらって、グィドー、ほら後ろの2人も座ってくれ。わしはここで、リーネ、お前はこっちじゃな。」
 
 ランスおじいさんがてきぱきとみんなの座る場所を決めていった。私達は村長達と向かい合うような形になったが、両隣にランスおじいさんとメイアラ、そして後ろにリーネが座った。
 
「ええ、それじゃ私はお茶の用意をしてくるわ。」
 
 リーネが奥に消えたが、ウィローは手伝いますと言わずに黙って座っていた。こんな時は手を出さずにいたほうがいい。なんと言ってもここで話をしなければならないのは私達2人だ。
 
「さてと、話を進めさせてもらうぞ。ランスじい、グィドー老、私が進行役でいいかね?」
 
「それは任せる。我らは話を聞きに来ただけだからな。」
 
「そりゃいいじゃろう。村長はお前さんだぞ。」
 
 グィドー老人が表情を変えないまま言い、ランスおじいさんが早く話せとでも言うように、村長に向かって手を振ってみせた。ちょうどリーネがお茶を運んできて配り、私達の後ろに座った
 
「では、まずお2人には大役を引き受けてくれたこと、改めて礼を言わせてくれ。そして・・・この場に一緒に戻ってくることが出来なかったお仲間は・・・残念だった。冥福を祈らせてもらう。」
 
「・・・え?」
 
 リーネの小さい声が聞こえた。ランスおじいさんは黙ったままだ。私達の態度や表情を見れば『そうかも知れない』くらいの推測はついたのだと思う。グィドー老人達は顔をこわばらせたまま動かないが、彼らの心から感じられる恐怖が大きくなった。カインが命を落とした、それがどこで誰によってであれ、それほどの容易ならざることが起きていたことを聞いて、事態の深刻さを感じ取ったのかも知れない。
 
「それは・・・気の毒なことだったな・・・。」
 
 グィドー老人が小さな声で言った。この人が私達に対してよくない感情を持っていたとしても、死を願っていたわけでないことはわかる。この人達は本当にカインの死を悼んでくれている。そのことがわかるのはありがたいと思うが『わかってしまうこと』については、やはり煩わしさを感じてしまう・・・。
 
「みなさん、ありがとうございます。私の力不足で、カインと一緒にここに戻ってくることが出来ませんでした・・・。」
 
 泣くまいと思っていても涙は出てくる。私達はしばらく、涙が止まるまで下を向いていた。その間、誰も何も言わずに待っていてくれた。
 
「すみません。」
 
 涙がやっと止まった。ウィローはまだ顔を覆ったままだが、さっきよりは落ち着いたらしい。
 
「いや、大事な仲間を失ったのだ。悲しくて当たり前だろう。こんな時に申し訳ないが、今までのことを話してくれるかね。もちろんつらいことは言わなくていい。だが、あんた方がムーンシェイに出掛けてから、ここに戻ってくるまでの間に何があったのか、そして先ほど『サクリフィアの錫杖』を覆っていた何かが解けた。あれについても教えてくれるとありがたい。」
 
「はい、少し長くなりますが・・・。」
 
「私は構わんぞ。他の者はもしも疲れるようなら、途中で帰ってもらってあとで私から話すということにしてもいいかな。」
 
 村長がぐるっと周りを見回して言った。
 
「それは構わんが、我らは話が終わるまで帰るつもりはないぞ。」
 
 グィドー老人が言った。
 
「そうか。だが無理はしないでくれ。あんた方に何かあったら、この村の損失なんだからな。では剣士殿、話してくれるかね。」
 
「はい・・・。」
 
 私達はまず、村の船着場から船を出したあと、ムーンシェイの村に着くまでの間のことを話した。少し航路を外れてしまったこと、『導師』がしてくれた助言の通り、海のモンスターには出会うことなく、多少時間がかかったがムーンシェイの船着場に無事ついたこと、森で遊ぶ子供2人、アンナとノアに出会い、村まで案内してもらったこと、村の入口をくぐる時の奇妙な感覚、それを子供達に指摘されたこと・・・。
 
「ふぅむ・・・『導師』が接触してきたとはのぉ。まあ、何事もなく辿り着けたのなら何よりだ。その時はまだ、あんた方2人だったのかね。」
 
 村長の問いに、『導師』が話してくれたように、どうやらその時点ではカインはまだ冒険者達の船で旅を続けていると思っていたのだが、その後ムーンシェイの村の宿屋で出会った商人船の船乗りに聞いた話によると、冒険者達の選んだ航路なら、私達がムーンシェイに着いたころには、彼らももう南大陸には着いていたかもしれないと言われたことを話した。
 
「なるほどなあ。ムーンシェイから大陸の南側を通ればそんなに早く進めるのか。しかし向こうから来る時に時間がかかるとなると、確かに現実的に使える航路ではないのだろうな。」
 
 村長が、うーんと唸りながら言った。
 
「しかし村長よ、こちらから向こうに行くのが早いなら、物資を積んで行く時はいいんじゃないか?戻る時に別の航路を使えばすむ話じゃ。他の航路は村の船乗り達も慣れているだろうし、南下する時間がかかるが、使いようはあるかもしれんぞ。」
 
 ランスおじいさんが言った。
 
「ふむ・・・考えてみるべきかも知れんな・・・。おお、話の腰を折ってすまんな剣士殿、続けてくれんか。長老にはすぐ会えたのかね。」
 
「はい、あ、いえ、それがですね・・・。」
 
 私は村に入ってすぐに子供達の案内でグランおじいさんと話をすることが出来たこと、その時の話で長老の住む場所にすぐに行くことが出来ないことを知ったこと、長老が『道を開いてくれる』ためには私達が某かの試練に立ち向かわなければならないこと、それでもひたすら長老を探すことに疲れ果てて、見えない壁に阻まれているような時間を過ごしたことを話した。そして、その後エルバール王国からやって来た王国軍達を撃退し、無事に森の道は開かれたが・・・
 
「・・・どうしたね?」
 
 そのあとのカインとのことを話そうとして、私は言葉につまってしまった。なんと言えばいい。カインが帰ってきたのは私達を殺すためだったと?死闘の末に私がカインの喉を切り裂いたのだと?そして私達はカインの体から流れる血を止めることすら出来ずに、ただ彼が死に逝くのを見ているしかなかったと・・・。
 
「すみません・・・。」
 
 また涙が流れた。
 
「ねえ、もしかしてあの赤毛の剣士さんが亡くなったのはその時なのね?」
 
 メイアラが尋ねた。
 
 私達は黙ったまま頷いた。
 
「お、おお・・・そうだったのか・・・。では剣士殿、その辺りのことは端折ってくれていい。正直に言うなら気にはなる。だが、聞けばそのことがあってからまだ数日らしいではないか。そんなにつらい出来事を、そうそう冷静に話せというのは酷というものだ。」
 
 村長はいたわるように私達に言った。
 
「ふむ・・・なればその赤毛の剣士が亡くなったあと、そこから話してもらえばいいのではないか?」
 
 そう言ったのは、何とグィドー老人だった。
 
「そうだのぉ。長老にはそのあと会えたのじゃろう?それならそこからでいいのではないかのぉ。」
 
 ランスおじいさんもそう言ってくれた。
 
「わかりました。すみませんが・・・そのあとから話をさせていただきます。」
 
 ほっとしている・・・。自分の罪を話さずにすんだことが・・・。
 
 そんな事を考えてしまう自分が情けない。ただ、今はとにかくその先を話そう。カインとのことを正直に言いたくとも、今の私にあの時のことを冷静に話すなんて確かに出来そうもない。
 
「そのあと、長老の家に向かいました・・・。」
 
 長老の家は道の奥にあり、とても暖かな家だったこと。そして一緒にいた男性共々、『人ではない』ことも話した。
 
「なるほど、『神々と精霊は盟友であり、神竜達は彼らによく従った』と言うことじゃな・・・。」
 
 呟くように言ったのはランスおじいさんだ。
 
「そう言う言い伝えがあるのですか?」
 
 私は話を止めて尋ねた。
 
「あるにはあるのだが、ぜーんぶ口伝えなんじゃよ。記録に残してはならぬということで、口伝えで代々の村長と巫女姫にのみ伝わっておる伝説の中の一節じゃ。じゃがまあ・・・口伝えで聞いたことを書きとめておいたりはしたもんじゃよ。だいたい村長になる奴がみんなして抜群の記憶力でも持っとれば別だが、そんなに都合よく行くもんじゃない。もっとも、その書きとめたものも、村長を辞めた時に焼いてしもうたがな。」
 
「そうですか・・・。では続きを話します。」
 
 そのあとの下りで村長達が驚いたのは、剣による試練を課されていたのは私だけではなく、カインもウィローもだったというところだった。サクリフィアの神殿に向かう前、メイアラはウィローに『あなたはファルシオンの使い手の恋人のようだけど、あなた自身は彼とは違うわよね。』と言っていた。ところがそうではなかった。メイアラはとても複雑な顔をしている。剣の意思は精霊の長達でさえ推し量ることが出来ないものだと言うことは話したが、それにしても巫女姫に選ばれたはずの自分がそこに気づけなかったことで、メイアラが何となく・・・自分に自信をなくしているような気がした。
 
「なるほどな・・・。現代の選ばれし者には導師がいない。そこで導師に代わる協力者を選び出したわけか・・・。」
 
「ふん、剣がしゃべれるなら文句の1つも言ってやりたいところじゃのぉ。そう言う大事なことは事前にきちんと言うもんじゃとな。」
 
 村長は神妙な面持ちで頷いていたが、ランスおじいさんはおもしろくなさそうだった。確かに、そんな大事なことは先に言って欲しいとは思う。この剣に言葉が話せるものなら・・・。
 
(話が出来たなら・・・もっとわかることがいろいろあるだろうにな・・・。)
 
 だけど・・・私が一番聞きたいことはきっと答えてくれない、そんな気がする。カインがあの時何を考えていたか、わかるならこれほどありがたいことはないのに・・・。
 
 
 私は話を続け、シルバ長老の家を出る時、カインが持っていた『サクリフィアの錫杖』に、見えない『覆い』をかけてくれたことを話した。
 
「なるほど・・・。あんた方が精霊に教わった魔法を使えるよう、この杖の力を封じたと言うことか・・・。確かに、そんな事が出来るのは、今では精霊や神々しかおらんだろう。」
 
「はい。預かってもらうとなると、また来た道を戻らなければなりませんから、そうしなくていいようにと、シルバ長老のご配慮でした。」
 
「会ってみたいもんじゃのぉ。」
 
 ランスおじいさんが感慨深げに言った。
 
「見た目は皆さんと変わりませんよ。もう少しお年を召されているかな、と言う程度です。ここで皆さんと話をしたら、きっと楽しい話が出来ると思います。」
 
「遠い昔は、人間と精霊は友人として親しく交流していたようだ。そう言った繋がりをすべて絶ってしまったのは、残念なことだったと思うよ。剣士殿、するとその杖を持ったまま、あんた方はクリスタルミアの森に入ったのかね。」
 
 村長が言った。
 
 私は長老の家を出たあと精霊の長達と出会い、魔法を教えてもらったことを話した。だが、私達が持っているあの魔法の本のことは話さなかった。グィドー老人達には多分内緒の話だ。あとでランスおじいさんとリーネに話せばいいだろう。
 
「その後・・・私達は二つ目の木のうろに泊まって、朝早く出発しました。飛竜エル・バールは目覚めたばかりのようでしたが、この大地で起きたことは何もかもわかっていたみたいです・・・。」
 
 エル・バールとの戦い、その後、光の精霊の長が現れ、今まで出会った精霊の長達も揃い、この先のことについて話し合ったことを話した。そして、あまり言いたくはなかったが、ナイト輝石の廃液を使って大地を汚し、神竜達の怒りを誘発しようとしたのが誰なのかも話した。話の流れでここだけ伏せるわけにも行かない。
 
「なんと・・・ではこれらの騒動の背後にはエルバール王国の女王陛下がいるということかね。」
 
 村長が叫んだ。この場にいた誰もが驚いていた。
 
「はい・・・。私は元々、フロリア様の豹変によって王宮を追われたエルバール王国剣士団の者です。何とか王宮に戻って以前のように王国を守っていくためにどうすればいいのか、その答を探すために仲間と離れて旅を続けてきました。しかし・・・事態は私達が考えていたより遥かに深刻でした。エル・バールは私達を認めてくれて、今回は約束を破った人間を滅ぼすことはないと言ってくれましたが、もしもフロリア様を説得することが出来なければ、エル・バールが動かずともいずれこの世界は滅びるでしょう。大地の汚染は今でこそエルバール王国の中でおさまっていますが、人々は長く続く悪政とエルバール王国軍の暴挙で疲弊しています。暴動が起きるか、それとも王国の人々が国を捨てて難民となるか、そんな危険もないとは言えません。そうなったらもう、王国だけの問題ではなくなるのです。そして、そんな事になる前に、私が剣に選ばれし者として統治者とならなければならないでしょう。でも、正直に言って私はそんな事態になってほしくありません。そして何より、1000年も前に姿を消した剣が再び世に出たからと言っても、その存在を把握しているのはエルバール王国でもこちらの村でも、ごく一部の方達だけですよね。そんな剣が突然出て来て、持っていた人間が『さあ今日から私が王様ですよ。皆さん従いなさい』なんて、ばかばかしいとしか言いようがないと思うんです。」
 
「うーむ・・・確かに・・・。」
 
 村長は考え込んでしまった。
 
「剣士殿よ、本当にこの世の支配者になるのはいやかね。」
 
 ランスおじいさんが尋ねた。
 
「いやです。考えたくもないというのが本音です。」
 
 私はすかさず答えた。口では嫌だと言いながら実はその地位に色気を示しているなんて思われるのは心外だ。
 
「ま、あんたはいやじゃろうなあ。そちらのお嬢さんも同じ考えかね。」
 
「剣に選ばれた身として私だって無関係ではありません。絶対にいやです。」
 
 ウィローもきっぱりと答えた。
 
「はっはっは。きっぱり言うのぉ。だがまあ・・・お前さん方の言うように、今さら剣に選ばれし者が大地の支配者になるなど、時代錯誤もいいところじゃないかとわしも思う。それを本当に実現しようとしたら、様々な場所でいろいろな軋轢が生まれるじゃろう。場合によっては流血沙汰になる危険性もある。それを考えたら、わしもエル・バールの考えには賛同出来ん。やはりエルバール王国の女王陛下に考えを変えてもらわんとなあ。」
 
「そうだなあ・・・。グィドー老よ、あんた方はどうかね。もちろん、精霊の長達や神竜の考えをここで我らが否定したところで、彼らに取っては痛くもかゆくもない話だろう。剣士殿達がエルバールの女王陛下を説得出来なければ、無理矢理にでも剣士殿が王にされてしまうんだろうがな。」
 
 村長がグィドー老人達に尋ねた。
 
「そこまでわかっているなら、何を言っても無駄ではないのか。まあ、それでもあえて意見を言えと言うなら、わしも賛同出来ん。理由は剣士殿が言ったように、いきなりこの剣を持つ者が今後の王だなどと言われても、誰もが首をかしげるか怒るか、まあ、ランスが言うたような騒動も起きるだろう。それでは争いの種を撒いていると言われるエルバールの女王と同じではないか。」
 
「そうだろうなあ・・・。剣士殿、それではあんた方は、これから女王陛下を説得するために、変貌の原因を探りに行かれるということかね?」
 
「はい。何が何でも説得します。そのために、どこへ行くべきかについてのヒントはエル・バールと精霊の長達から教えてもらいました。」
 
 そしてこの先私達が移動に困らないようにと、飛竜族の若い竜が背に乗せてここまで運んでくれたことも話した。
 

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