「なあクロービス。」
「はい?」
「俺がカインと話をしに行く前、お前、カインと何を話してたか覚えているか?」
「あの前ですか・・・。」
あの時は確か・・・前の晩にウィローとやっと仲直りできて・・・でも私達がずっとここにいたら迷惑がかかるからと、海鳴りの祠を出る決心をした。そしてその話を副団長にしたあと、カインが・・・
『バカだと思うか・・・?フロリア様が魔法をかけられているかも知れないなんて、俺は本気で考えてるんだ。』
あまりにも突飛なカインの考えだったが、あの時はフロリア様が変わってしまったことの原因を探すための唯一の手がかりだった。突飛だというだけで、その可能性が絶対ないとは言い切れない、3人で調べればきっと何とかなると励まして・・・そして・・・
『ありがとう・・・。ごめんな、べそかいたりして。』
『いいよ。実を言うとね、夕べ私も大泣きしたんだよ。これからのことが不安でさ・・・。』
そう言った時、不意にカインが複雑な顔をした。
『・・・なに・・・・?』
『いや・・・お前が大泣きしたところを見てみたかったなと思ってさ。』
『変なこと言わないでよ。そんなみっともないとこ見せたくないよ。』
『・・・そうか・・・。まあ・・・そうだよな・・・。』
あの時、カインは微笑んでみせたが、何となく寂しそうに見えた。なんでそんなふうに見えたのかは今でもわからない。
「・・・なるほどな・・・。」
オシニスさんが大きなため息をついた。
「なるほどって・・・オシニスさん、何をご存知なんですか?」
「・・・人間て言うのは、嫉妬する生き物だって言うことさ。」
「・・・嫉妬・・・?」
「あの時・・・お前達が海鳴りの祠を出て行くつもりでいるというのは想像がついた。あの襲撃のあと、おそらくここにとどまることはしないだろうと、ライザーも俺も、そしておそらくほとんどの連中が同じことを考えていたと思う。出来るなら引き止めたかった。だが引き止めたところで、お前達が考えを変えることはないだろうとも思った。それならば出来る限りの訓練をして、お前達を送り出してやるしかないと話し合って、午前中は鎧と剣の修理にあてたんだ。そしてローランから戻って訓練場に顔を出したらお前達がいたから、声をかけようとしたんだが、あの時のカインの顔を見て、思わず言葉を飲み込んじまった・・・・」
「・・・なんて顔してだよ、カインの奴・・・。」
「何かあったのかな・・・。」
ライザーの奴も心配そうに見ていた。
「見たところ、クロービスとウィローはもうデレデレって感じだが・・・。」
あの時、お前達が仲良くしているのを見たのは初めてだったからな。だが、お前達を見ているカインの顔が・・・なんていうか、実に妙な雰囲気だったんだ。お前達のことを、一番心配していたのはおそらくカインだろう。だから喜んでいるのかと思っていたんだが・・・。
「・・・そういやこの間ステラの奴が、カインはウィローのことを好きなんじゃないかって言ってたよな。」
「・・・そういえば言ってたね。せっかく誰もいないところでしゃべっているのに、あんな大声を出したりしたら周りに筒抜けなんだけど・・・。」
カーナとステラが話していたのは訓練場の隅っこの岩陰だ。隣の訓練の音が大きいので、話している内容を聞かれる心配の少ない場所なんだが、ステラはあの時かなり取り乱していたし、カーナもなだめるために必死だった。おそらく最初は小声で話していたんだろうな。それがしゃべっているうちにでかくなっちまったんだと思うよ。剣士団の宿舎にいれば、ステラももう少し落ち着いて話が出来たんだろうが、じっくり話し合える場所なんて、あの時はなかったからな。
「筒抜けだから小さい声でしゃべれと、言いに行くわけにも行かなかったしなあ。」
「偶然とは言え、聞いてしまったことをわざわざ言いに行ったりしたら、ステラがかわいそうだよ。今のところ僕らが聞いていたことは知られていないみたいだから、とぼけ通すしかないんじゃないかな。」
「そうだな・・・。しかし・・・うーん、確かにカインが見ていたのはウィローみたいだが・・・あれが好きな女を見る目か?」
「まあ・・・そういう雰囲気ではないみたいだね。」
ライザーは肩をすくめて、どうしたものかと言いたげに首をかしげた。カインがそんな顔をしていることに、あいつも驚いていたみたいだった。
「少し話をしてみるか。この先どこに行くにも3人で行動するってのに、あんな顔をしていたらクロービス達にも変に思われるぞ。」
「2人ともまだ気づいていないみたいだし、話すなら今のほうがいいかもしれないけど・・・。」
「けど、なんだよ?」
「・・・僕が行こうか?」
「いや・・・俺が行くよ。」
ライザーが何を心配しているのか、なんとなくわかったが・・・俺としてはカインの肩を叩いて励ましてやれると思っていたわけさ。
「あ〜ぁ・・・すっかり鼻の下伸ばして、昨日までのよそよそしさが嘘のようだな。」
俺はカインに近づいて、意識して明るく言った。
「早かったですね。」
俺に振り向いた時、カインは随分驚いたようだった。そして顔はいつもの表情に戻っていたが・・・。
「今日は修理と、ちょっとした買い物をしてきただけだからな。珍しくモンスターもおとなしかったから、思ったより早く戻ってこれたよ。しかし・・・あのクロービスの顔、でれ〜〜っとしちゃってまあ・・・。」
俺は笑ってみせたんだが、カインの顔はまたさっきと同じ顔に戻っていた。俺に相槌を打って一緒に笑うくらいなら心配ないかとも思ったんだが、これはどうやらもう少し深刻らしい。
「おい・・・お前なんて顔してんだ?」
「顔?」
カインは自分がどんな表情をしているかなんて気づいてもいないみたいだった。
「ふん・・・。情けない顔だな。顔には精神状態が出るもんだ。そんなんで訓練を受けるつもりか。」
「・・・・・・・・・・・。」
思ったとおり、カインは言葉を詰まらせた。こんな状態の奴と訓練なんて出来やしない。やはり少し話をしてみたほうがよさそうだ。
「どうせもうすぐメシの時間だ。ちょっと向こうの浜辺に付き合え。」
「・・・はい・・・。」
カインは思いのほか素直に返事をした。俺はライザーに声をかけて、2人で奥の浜辺に行くことにした。
「メシの前に、こいつとちょっと話をしてくるよ。こんな時間がとれるのも今日くらいだろうからな。」
「わかった。クロービス達と一緒に食事の用意をしておくよ。」
「ああ、頼むよ。ほらカイン、行くぞ。」
ライザーが心配そうに見ていたが、奴が心配していたのはカインより俺のほうだっただろうな。俺としては冷静なつもりだったんだが、ライザーから見れば、俺もカインも同じくらい危なっかしかったんじゃないかと思う。でも奴の心配が的中するなんて、この時の俺は考えてもいなかったんだ。カインは黙って俺のあとをついてきた。洞窟を抜けて、本物の海鳴りの祠へと続く小さな浜辺に出て、さてどう話を切り出そうか、俺は海を眺めて少し考えた。後ろではカインがずっとそわそわしている。俺と一緒にここまで来たのに、奴の意識はさっきから反対側の浜辺に向けられたまま動かない。頭の半分でお前とウィローを気にして、残りの半分で俺を気にしている、俺にはそう見えた。
「あの・・・。」
程なくしてカインのほうから話しかけてきた。俺が黙っていたのはそんなに長い時間じゃない。だが、あの時の奴にとって、そんな短い時間でさえ落ち着いていられないような状態だったんだろうと思う。
「何か・・・用事があったんですか・・・?」
聞かれて振り向いた時・・・つい今しがたまで頭の中に浮かんでいた言葉とはまったく別の言葉が俺の口から出て行った。
「副団長が前に言ってたんだが、お前戻ってきてから何を考えてるんだ?」
『先は長いんだ。そんな暗い顔しててどうするんだよ。』明るく言ってカインの肩を叩くはずだったのに・・・。
「いや・・・俺は別に・・・。」
カインは口ごもり、顔をそむけた。以前ならこんな質問、難なくかわしてごまかしていただろう。今カインの心がそれほど弱っているというのに、俺はこの時、どうしてもこの話の続きをしたくなった。ここに戻ってきてから、カインがいったい何を考えているのかはずっと気になっていたから、それがさっきお前らを見ていた時の顔と関係があるのか、それとも・・・フロリア様のことなのか、それを確かめたくなったんだ。
「何も考えていないなんて言う嘘が通じると思われたとしたら、俺も相当見くびられたもんだ。ごまかそうったってそうはいくか。答えろよ。何を考えてる?」
俺はもう一度訊いた。そしてカインを正面から睨みすえた。これでもとぼけ通せるなら、奴が考えていることが何であれ、もう肚を括っているってことだ。多分俺が何か言ったところで動じないだろう。だが、カインはうつむいて唇をかみ締めた。そして決心したように顔を上げて正面から俺の目を見たが・・・何だか今にも泣き出しそうだった。
「オシニスさんは・・・考えたことありませんか?フロリア様が何であんなに変わってしまったのか・・・。」
・・・やっぱりフロリア様のことだったのか。
「考えたこともあるが、もうやめた。考えてもどうにもならん。事実は事実だからな。」
このことについて、俺の肚はもう決まっている。答えに迷う必要などなかった。だが・・・カインにとっては、フロリア様の変わりようは未だに受け入れることの出来ないことなんだと、改めて思った。
「でも!もしも・・・・もしも元に戻す方法があれば・・・!」
カインが必死なのは痛いほどにわかった。フロリア様が『元に』戻る・・・?以前の優しく美しい、暖かいフロリア様の笑顔を一瞬だけ思い出した。もう二度と見ることは出来ないかもしれない・・・。あの笑顔をどれほど取り戻したいと願っても、おそらくそれはもう叶わない。俺がここでこいつと話したかったことはフロリア様のことじゃない。そうだ、俺がこいつをここまで連れて来た本来の目的は、そんな話じゃないんだ。俺はもう一度カインに尋ねた。そして今度こそ奴の肩を叩いて励ますはずだった。
「そりゃあれば、どんなにいいかわからんさ。だが、今お前が考えているのはそのことじゃなさそうだな。俺の聞き方が悪かったか。聞きなおすぞ。お前は今何を考えていたんだ?うらめしそうにクロービスを見て・・・いや・・・お前が今見てたのはウィローだな・・・?」
『聞き方が悪かった』
ふん、うまくごまかしたもんだと、自分で自分にあきれてたよ。フロリア様のことが気になって仕方ないのは、俺だって同じなのにな。
「ウィローを?」
カインが驚いて顔を上げた。言われて初めて気づいたみたいだったな。あれはおそらく演技ではないだろう。本当に、誰を見ているかなんてまったく考えていなかったようだ。
「自分で気づいてなかったのか?」
「誰を見てるかなんてぜんぜん・・・。でも何でウィローを見てたんだろう・・・。」
「ステラの奴が、お前はウィローを好きなんじゃないかってカーナと話しているのをこの間偶然聞いちまったんだが、さっきのお前の目はどう見ても好きな女を見る目じゃなかったな。どっちかって言うと、自分の女を取った男に向けるような・・・そうだな・・・嫉妬の目だ。」
「・・・は・・?」
カインはぽかんとした顔で俺を見ていたが、一番驚いているのは言った俺自身だった。『何だか複雑な顔してるが、あんまり悩むなよ。』頭の中に浮かんでいたはずの言葉は、喉の奥から外に出る前にどっかに行っちまった。何で俺はこんなことを言ってるんだ。その口を閉じろ。お前はカインを励ますんじゃなかったのかと、もう一人の俺が頭の中で叫んでいる。なのに俺の口はもう、俺の頭からの命令を受け付けてくれず、勝手にしゃべりだしていた。
「まるでお前はウィローに嫉妬しているようだなって言ったのさ。クロービスをウィローに取られて、悔しくて仕方ない、そんな気がしてるんじゃないのか?」
「ば・・・ばかこと言わないでくださいよ!何で俺がウィローに嫉妬するなんて・・・俺はソッチの趣味はないですからね!」
カインは必死で否定した。そりゃそうだろう。もうこんな話はやめよう、俺はこいつを励ましたいんだ!そう思っているはずなのに、俺はなおも言葉を続けた。カインを打ちのめす言葉を・・・。
「俺はお前の趣味に口を出す気はないが、お前がクロービスに対してそんな感情を持ってないことくらいわかるさ。誰に対して持っているのかもな。」
「な・・・・!?」
この時、カインの顔色が変わった。何で俺はこんなにこいつを追い詰めているんだ。『頑張って来いよ』と言うはずなのに・・・。カインは真っ青になって唇を震わせているというのに。
「だから言っておく。今王宮にいるフロリア様は、フロリア様であってフロリア様じゃない。迂闊に近づけば痛い目に遭うのはお前のほうだ。それは覚えておけ。」
カインを包む『気』が、ビリッと震えたような気がした。どこまでバカなんだ俺は・・・。奴がおそらくは誰にも知られたくないと思っている心の奥底を暴きだして、いったい自分がどうしたいのか、それすらもこの時の俺には判断がつかなかった・・・。
「い・・・いきなり何を言い出すのかと思えば・・・」
カインは多分、ごまかして笑い飛ばすつもりだったんだろう。だが顔はひきつって声が震えていた。
「お前が認めようが認めまいが構わん。俺の話はそれだけだ。つきあわせて悪かったな。」
だめだ、これ以上こいつと話していたら、俺はこいつを励ますどころか絶望の淵に叩き落しちまいかねない。真っ青になったカインに背を向けて、俺は立ち去ろうとした。こいつを励ますのは、やっぱりライザーに任せようと考えたんだ。だが・・・
「待ってください!フロリア様であってフロリア様じゃないなんて・・・そんな、なぞなぞじゃあるまいし・・・。」
背中を向けているのに、カインの不安が痛いほどに伝わってくる。
「答えの用意されたなぞなぞなら、どれほどよかったもんだかな!だが現実はそううまく行かないもんさ。」
あの優しい笑顔も声も、もう二度と見ることも聞くことも出来ないんだと思った瞬間・・・俺は立ち止まってしまった。そしてもう、立ち去ることが出来なくなっていた。
「・・・オシニスさんは・・・何か知ってるんですか。」
カインを包む『気』がカッと熱くなった。そしてずっと浜辺に向けられたままだったカインの残り半分の意識が俺に向き、刺すような敵意を背中に感じた。俺はゆっくりと振り返り、正面からカインを見据えた。
(ふん・・・!こいつめ、やっと俺を見やがった。)
カインが必死で立っているのがわかった。全身に敵意を漲らせ、奴の意識は真っ直ぐに俺に向かっている。
「別に特別なことを知ってるわけじゃないさ。ただ、お前よりは王宮に長くいた分だけ、フロリア様の変わりようがどれほどのものかって事はわかってるのかもな。」
「・・・なんですか、その話・・・?」
感情に任せて本当のことをぶちまけてしまわない程度の冷静さは、まだ俺にもあったようだ。だが曖昧な答えに、カインの苛立ちが一気に募ったのがわかった。カインから発せられる『敵意』が強くなる。でもきっとカインはそのことに気づいてもいない。俺には人の心の中がわかるなんて能力はまったくないが、それでもこの時のカインが何を考えていたのか、見当くらいはついた。奴は俺に嫉妬していた。自分の知らないフロリア様のことを俺が知っていることが、悔しくてたまらない。なんと言っても身に覚えのある感情だからな。そのくらいはすぐに気づいた。
「答えになってないじゃないですか!わかっていることがあるのに、どうして教えてくれないんです!?」
「俺の知っていることを教えたところで、お前の気がすむとは思えないからさ。どっちかって言うなら、お前の希望をぶっ壊すだけかもしれん。」
「・・・・・・・・。」
カインはぐっと言葉につまった。奴の顔が悔しそうにゆがんだ。『それでも聞きたい』と言われなかったことに、俺はほっとしていた。俺だって本当のことなんて口にしたくもないからな。
「・・・それに、今さら俺から何か聞いたところで、お前の・・・いや、お前達の肚は決まっているんだろう?」
「・・・・・・・・・。」
カインは黙っていたが、俺達がローランに行っている間に副団長にここを出て行くという話くらいはしたんだろうなと思っていた。実際その通りだったみたいだしな。
「なら同じだ。何も絶望を抱いて旅立つことはないさ。」
「・・・絶望するような・・・・ことなんですか・・・。」
カインが絞り出す様な声で言った。この頃になってやっと俺の頭は冷えてきていた。俺はカインを励ましたかったんだ。感情に任せて奴を絶望させたかったわけじゃない。
「お前はフロリア様を元に戻したいんだろう?」
「もちろんです!」
この時のカインの返事ははっきりしていた。奴が『フロリア様を元に戻す』ことについて、どれほどの気持ちで臨んでいるのか、それは俺にだって理解できる。あの笑顔を、優しい瞳を、取り戻すことが出来るのなら、そしてその方法が『ある』のなら、どれほど嬉しいか・・・。
「それならばその気持ちを信じて進め。お前にはクロービスもウィローもいる。かけがえのない大事な仲間を、絶対に離すなよ。何があってもだ。」
「離すなんてそんな!そんなことが・・・あるはずないです・・・。だけど、そんなに心配してくれるのなら、何でさっきあんなことを・・・。」
『自分の女を取った男に向けるような・・・そうだな・・・嫉妬の目だ。』
カインはどうやら、フロリア様のことよりも俺の言葉にかなりショックを受けていたようだ。それはそうだろう。今さらながら余計なことを言ったものだと、この時の俺は猛烈に後悔していたが、一度口から出て行った言葉をなかったことには出来ない。
「その大事な仲間を、恨めしそうに見てたからさ。」
「恨めしそうになんて・・・・。」
カインが口ごもった。今ここで中途半端にごまかそうとしてもカインは納得しないだろう。そんな話を持ち出したのは俺だ。こうなったら最後までこの話をして、そして奴を励まして送り出さなければならないと、俺は決めた。だがそれでよかったのかどうか、今でも俺には答えが出ない。もしかしたら出すのが怖いのかもしれないな・・・。
「お前にもクロービスにも、それぞれ歩むべき道がある。どれほど信じ合っていようと、死ぬまで同じ道の上を歩けるわけじゃない。だから、仲のいい友達をとられてすねる子供みたいな目で、あの2人を見るのはやめておけって事さ。」
「す・・・すねるって・・・。」
カインが赤くなった。
(くそっ!なんで俺はこんな余計なことを言っちまったんだ・・・しかもこんな時に・・・!)
カインの顔を見ているうちに、俺の中で後悔がどんどん大きくなっていった。こんな話をしたかったわけじゃない。ここを出てからのことで、少しでも助言が出来ればと思ってカインを連れてきたはずだったのに・・・。
(ライザーの心配は・・・大当たりになっちまったみたいだな・・・。)
「そ・・・そんなことはないですよ。それに、俺はあいつの相方ですから、この先もずっと一緒にいることに、なるはずです。」
必死で笑顔を作って、カインが言った。その声が震えている。
「別にいずれはコンビ解消するとか、そう言うことじゃないさ。それに、クロービスがウィローに出会ったように、お前にもいつか守るべき相手が現れるかも知れないじゃないか。」
「守るべき相手なら・・・もういます。」
フロリア様のこととなると、カインはきっぱりと答える。そしてそのたびに不安になる。カインにとって、フロリア様の存在がどれほど大きいか、俺は改めて感じていた。そして恐ろしくなった。カインはフロリア様のためなら何でもしてしまうかもしれないと。たとえそれが、仲間と道を違えることだとしても、奴は迷わないのではないかと・・・。
「今お前がいくらそう思っても、あの方はそんなこと考えてもいやしないかもしれん。それでもいいのか。」
「・・・・・・・・・。」
カインがうつむいて唇を噛み締めた。違う。俺が心配しているのはそんなことじゃない。俺はこいつに嫉妬しているんだ。フロリア様の心の中にいるのはこいつで、俺じゃない。その情けない嫉妬心で、俺は取り返しのつかないほどこいつを傷つけてしまったんだ・・・。
「俺は・・・」
カインは何か言いかけたが、唇を震わせて黙りこんでしまった・・・。
「ま、こんなことは俺が言うことじゃないな。」
そう、俺が言うことじゃない。カインに向けた言葉が全部自分に返ってくる。そもそもあきらめきれずにいるのは誰だ?俺がカインに言えることなんて何もないというのに。
「カイン、もう一度言うぞ。クロービスとウィローから離れるな。何があっても3人で切り抜けて、何があっても3人で戻ってこい。その頃にはお前達が大手を振って王宮に戻れるように、何が何でもあの王国軍どもを叩き出しておいてやる。」
一番言いたかったことを、最後の最後で俺はやっと言うことが出来た。最初に言うはずだったのに、気がつけばカインを追い詰めていた。まったく情けないことこの上ない。なのに・・・俺の心の中ではまだカインへの嫉妬がくすぶっていた。おそらくはフロリア様の心を捉えて離さないカインへの・・・。
「・・・帰ってきます。必ずここに。またみんなと一緒に、この国を守っていきます。」
思ったより迷いのない声で、カインはそう言った。なのにどんどん不安が大きくなる。なぜあんなことを言った?しかもこれほどカインが不安な気持ちでいる時に。俺は嫉妬に目が眩んで、取り返しのつかないことをしたのではないか・・・。胸の奥がずきんと痛んだ。自分の中に、何か得体の知れない闇が生まれ、それが一気に広がっていくような気がしていた・・・。
話し終えたオシニスさんは、ファイルを手に持って私に背中を向けたまま、鼻をすすって顔をごしごしとこすった。
「情けない話だろう?」
震える声でオシニスさんが言った。私は何も答えられなかった。
「俺は・・・自分のものでもない女の心を占めている男に勝手にやきもちを焼いて、奴を打ちのめしたんだ・・・。これからのことで奴がどれほど不安に思っているか、わかりすぎるほどわかっていたはずなのに・・・。お前が昨日話してくれたように、奴が何かにつけてお前とウィローを2人きりにしようとしたりしたのも、1人だけ城下町に戻ると決めたのも・・・俺が言ったことが原因かも知れん・・・。あんなことを言わなければ、カインは自分の気持ちになんて気づきもしなかっただろう。俺は・・・俺は大ばか者だ・・・。クロービス・・・すまなかった・・・。今さら謝ってすむことじゃないが・・・・」
オシニスさんが声を詰まらせた。
「オシニスさんのせいじゃありませんよ。あの時・・・それまではいつもどんなことでもカインの前ではさらけ出せたのに、あの時は・・・ウィローにしがみついて泣いていた自分の姿があまりにも情けなくて、あんなことを言ってしまったんです・・・。多分いつもなら、笑って済ませるような話だったんだと思います。でも・・・カインがあんなに不安な気持ちでいたのを知っていたのに、私が無神経なことを言ってしまったのが一番悪いんです・・・。」
カインは『フロリア様が魔法にかけられているかもしれない』という自分の考えを、信じている一方でばかげているとも思っていた。そのことでカインがどれほど不安な気持ちでいたか・・・いつも一緒にいた私が一番知っていたはずなのに・・・。
「あのあとお前と話をした時も、カインから目を離さないでほしいという頼みの本当の理由を言えなかった。俺があいつを打ちのめしたんだと、奴が誰にも知られずに心の奥に秘めておきたかった思いを暴き出して、奴の心を踏みにじったのだと・・・心の中でそう叫んでいたのに、俺は・・・。いい奴のふりをして、まるであいつのことをとても心配しているかのように振舞った・・・。」
「でも心配してくれていたのは事実じゃないですか。」
「・・・・・・・。」
オシニスさんは黙っていたが、この人が私達のことを『心配するふり』をしていたなんて思えない。カインに対する複雑な思いがあったにしても、心から心配してくれていたからこそ、その後の訓練であれだけ私達を鍛えてくれたんだと、私は信じている。
「・・・オシニスさんがフロリア様と距離を置いていた理由には、そのこともあるんですか?」
「・・・そうだな・・・。俺は・・・もしかしたらずっとカインの影に怯えていたのかもしれない・・・。フロリア様の心の中に、奴がずっといるのではないかと、そして俺のしたことを非難し続けているのではないかと・・・。ははは・・・まったく・・・情けなさ過ぎて笑うしかないな・・・。」
オシニスさんの推測は半分当たっている。フロリア様の心の中に、カインがずっといたことは間違いない。しかもつい最近まで。ただ、だからといってフロリア様がカイン一筋に思いを募らせていたということではなく、遠い日の淡い恋心に、彼を死に追いやってしまったという負い目のせいでけりをつけられずに今まで来てしまったということだと、私は解釈している。でもカインは・・・。カインの心の中にはフロリア様しかなかった・・・。もしかしたら、私との間に距離を感じて、ますますフロリア様のことだけを考えるようになって行ったのだろうか。私がもう少しカインに気を配っていたら・・・。
(いや・・・だとしてももう遅い・・・。今になってああすればよかったとかこうすればよかったなんて考えたって・・・)
どれほど後悔して自分を責めたところで何も変わらない。カインは最期に微笑んでいた。あの微笑の意味が、今なら分かるような気がした。カインは受け入れていたのだ。何もかも、自分の死さえも受け入れて、そして・・・
『フロリア様を・・・頼む・・・。』
そう言い残して息絶えた。カインは誰も恨んだり憎んだりしていないんじゃないだろうか。ただ一つ彼に悔いがあったとするならば、それはフロリア様のそばにずっといることが出来なかったということ・・・それだけなんじゃないだろうか。
「オシニスさん。」
「・・・ん?」
「カインが亡くなった時のことを、以前話したことがありましたよね。」
「・・・お前とウィローが二度目に海鳴りの祠に戻ってきた時のことだな・・・。」
「そうです。」
あの時もう、ライザーさんはいなかった・・・。
「お前とウィローが泣きながら説明してくれたことを覚えてるよ。カインは最期に笑っていた、とな・・・。」
「そうです・・・。あの時、本当は最期に一言だけ、遺した言葉があったんですよ。みんなの前では言えませんでしたけど・・・。」
「・・・何て・・・言っていたんだ・・・・?」
「『フロリア様を頼む』カインは最期に、本当に最後の最後に、そう言い遺したんです。」
「・・・・・・・・・・・。」
「あの時、1人で戻るというカインを何が何でも引き止めればよかった。オシニスさんにあんなに言われていたのに、私はカインを一人で行かせてしまった。そのことをずっと後悔していました。だけど・・・あの時カインは決めていたんだと、昨日話をしていて思ったんです。『サクリフィアの錫杖』が手に入ったら、何があってもフロリア様の元に戻るんだと。」
「そして奴はその望みをかなえて、単身城下町に戻ってきたわけか・・・。だがそのあと、お前達のところに戻ったんだよな?確か・・・お前達を追いかけて船出した、王国軍の船に乗ってきたとか・・・。」
あの時カインは間違いなく私達の元に戻るつもりでいた。セントハースは『王国に戻っていたのでは間に合わない』と言った。だからカインは私とウィローを信じて、エル・バールの説得を任せてくれたのだ。私達がエル・バールを説得できた頃には、『フロリア様が元に戻った』という朗報を携えて、私達に追いつくつもりでいたはずだ。でも・・・
「そうですね・・・。」
カインが城下町に戻る時は、冒険者達の船に乗って南大陸周りで戻ったという話はしてある。そして、もう一度私達のところに戻るために、王国軍の船に乗り込み、隠れてサクリフィア大陸まで来たのだと・・・。一つの嘘を隠すためには、もう一つ嘘をつかなくてはならない。そうして私はあの時、仲間の前でいくつ嘘をついたのだろう。
「あの時・・・カインがもしも私達のところに戻ろうとしなかったら・・・カインは今でも生きていたかもしれないと、考えたこともあります。」
「そりゃ結果論だろう。奴が戻っても戻らなくても、そのあとどこで何が起きていたかなんてわからんさ。」
「それは・・・そうなんですけど・・・。」
どこで何が・・・?カインが戻ってこなかったら、私達は戦わなくてすんだ。そうなれば私がカインを殺すと言う事態だけは避けられたかもしれない。では、私と戦う以外でカインが命を落とすことなどあり得ただろうか。もしもカインの命を奪えるほどの手練れがほかにいたとすれば、あのリーデンと言う男ぐらいしか思いつかない。リーザとハディに瀕死の重傷を負わせ、グラディスさんを殺した・・・。オシニスさんでさえ、ティールさんとセルーネさんの助けを借りてやっと倒したと言う・・・。リーデンからすればカインなど邪魔者だっただろうが、それでもあの男がカインの命を奪う根拠はない。少なくとも、『シオン』はそれを承知しなかっただろう。
もしも、なんていくら考えたところで意味はない。カインは戻ってきたのだ。私と戦うために。訓練ではなく、本気の『命のやりとり』をするために。あの時・・・カインは私と戦うことに対して迷わなかったのだろうか。
(もしかしたら・・・あの戦いはカインにとっても賭けだったんだろうか・・・。)
もしもカインが勝ったとしたら、あのあとどうしたのだろうか。フロリア様の元に戻り、フロリア様の、いや、正確にいうならばフロリア様の中にいた『シオン』の命ずるまま、どれほど自分の手を汚そうとも後悔はしなかったのだろうか。たとえその結果として聖戦が起き、自分も死ぬことになったとしても。だとしたら、私が死んだあと、ウィローはどうなったのだろう・・・。
『もう一つの人生ってのも悪くはなかったかな』
南大陸の北部山脈を抜ける途中、カインが呟いた言葉・・・。あの時の気持ちをカインが覚えていたなら、きっとウィローを手にかけようとはしなかっただろうと思うが・・・。
でも今となってはそれも推測でしかない。実際に勝ったのは私だった。私の剣がカインの喉元を切り裂く鈍い感触を、私の手はまだ憶えている。あの時のカインの微笑みは、もしも私が勝てば自分は死ぬ。そうしたら、私にフロリア様のことを頼んで、そして自分は死んでいこうと、そう心に決めていたから?
もちろん真相なんてわかるはずがない。でもどうしても気になるのは、なぜカインはそこまで思い詰めるに至ったのかということだ。私達はお互い親友だと認め合っていたはずなのに。3人で胸を張って王宮に戻ろうと約束していたはずなのに。それもまた、オシニスさんに言われたことが原因なのか・・・。いや、そんなにカインは弱くないと私は信じている。私とウィローを2人きりにしようとしたり、1人で城下町に戻ると決めたことについては、確かにオシニスさんの言葉に影響されていたのかもしれないとは思うが・・・。
「はぁ・・・いやな話を聞かせちまったな。だが、俺のほうは口に出したせいか少しだけ気が軽くなったよ。」
「溜め込むのはよくないですからね。それに、私も聞かせていただいてよかったです。あの時のカインの態度の意味がやっとわかりましたから、少しだけ霧が晴れた気分ですよ。」
わかったところですっきりするわけじゃない。もうどうしようもないんだと思ってはみても、あの時カインにそんなにつらい思いをさせてしまっていたのかと思うと、やはり胸が痛む。でもそれでも、やはり聞いてよかった。
「そうか・・・。それじゃ、これから話すもうひとつの話で、もう少し霧が晴れるといいんだが・・・。」
「ライザーさんのことですね・・・。」
「そうだ。お前達が海鳴りの祠をでた後、すぐにでも王宮からの追っ手がかかるんじゃないかって言ってたよな。」
「そうですね。あのまま引き下がるとは思えませんでしたから。」
少なくとも2〜3日後には新手がやってくると、あの時は思っていた。
「ま、俺達もそう思っていた。だからお前達が海鳴りの祠を出たあと、ドーソンさん達からローランを出て南に向かっていったという知らせを聞いてからは、もういつ追っ手が来てもいいようにと、身構えていたんだがな。全然その気配がなくて、拍子抜けしていたんだ。」
「・・・すぐには来なかったんでしたね・・・。」
カインの死を知らせるために海鳴りの祠に戻った時、その話は聞いた。
「ああ。そこでグラディスさんが情報を集めるために動き出してしばらく過ぎた頃、あの黒い鎧の兵士が3人ほど、白昼堂々やってきた。六尺棒の先に白い布を縛り付けて、『フロリア様からの使者だ』と名乗ってな・・・。」
白い旗をつけて来たのでは、こちらもいきなりばっさりというわけにも行かない。仕方なく何人かの王国剣士が見張りについて、海鳴りの祠の門から中に入れたんだが、やってきた兵士はとても手練には見えなかった。周りをずらりと王国剣士に囲まれて、どっちかというとびくついていたようにさえ見えたもんだ。だが、それが見せかけでないとは限らないから、俺達も用心はしていたよ。そこにいた連中は全員が剣の柄に手をかけ、いつでも抜けるように準備していた。
『代表者に会わせてくれ』
そいつらはびくつきながらそう言った。フロリア様からの書状がある、それは必ず代表者に渡して来いと言われているのだと。だがそいつらをあの管理棟に入れるわけには行かない。あそこには管理人もいる。用心に越したことはないと、俺が副団長を呼びに行くことにした。
「・・・フロリア様からの使い?今さらか?」
副団長が首をかしげた。
「そう言ってます。でもうっかりここに入れて管理人に危険が及んだりすると大変なので、外で会ったほうがいいかと思って。」
「そうだな。油断してここを占拠されたりしたら大変なことになる。よし、俺が行こう。」
副団長を見た兵士達は震え上がった。なんと言ってもあのガタイのよさだ。しかもかなり厳しい表情で武器まで持って出てこられたら、そりゃ恐ろしかったと思うよ。
「こ、こ、こ・・・これがフロリア様からの書状だ。た、確かに渡したからな!」
兵士は最初から逃げ腰だった。副団長が書状を受け取って、中を確認して間違いなくフロリア様のサインが入っているとうなずいた途端、逃げるように出て行っちまった。
「まったく・・・もう少しゆっくりして行ってくれれば、茶の一杯も出してもてなしてやったのにな。」
副団長が言ったので、みんな笑い出してしまったほどだ。だが、そんなに和やかな雰囲気だったのは、この日の昼間までだったよ。その日の夕方、偵察の連中が戻ってきた後、副団長がみんなを集めて話があると言った。そこで俺達はフロリア様の書状の中身を知ることになった・・・。
「みんな知っているように、今日の昼間、王国軍の兵士がフロリア様からの書状を持ってきた。サインは間違いなくフロリア様のものだと、俺が確認した。」
「・・・フロリア様からの書状だというのに副団長がそんな渋い顔をしてるって言うことは、あんまりいい話じゃなさそうですね。」
言ったのはキャラハンだった。
「そうだなあ。笑顔になるような要素は何一つないからな。だがまずはここで読み上げるから、判断はそれぞれがしてくれ。そのあとに俺からの話がある。」
そして副団長が書状を読み上げたんだが・・・その内容に、誰もが失望した。そこには『王国剣士を呼び戻すことは今後ない。海鳴りの祠からすぐに撤収するように。完全撤収のために2ヶ月の猶予を与えるが、その期日を過ぎて、そこに1人でも王国剣士がいた場合、王国軍が制圧に向かう。そうなれば命の保証はない。』と書かれていたからだ。
「命の保証はないとはまた・・・穏やかじゃないな。」
誰かが言った。
「この間来たような連中なら、いくらでも追い払えるが・・・。」
「しかし、何度追い払ったところでまた新手が来たら、いたちごっこだぞ。」
ただ、誰一人『フロリア様がそんなひどいことをなさるなんて』と言い出す奴はいなかった。副団長はしばらくの間俺達の話を聞いていたが・・・
「さて、俺の話を聞いてくれ。」
みんな静かになって副団長に向き直った。
「書状の内容は今読み上げたとおりだ。そこで、みんながどうしたいか、それを考えてくれ。俺達は王国剣士として、この国の守りをずっと担ってきた。そのことに俺は誇りを持っているし、みんなだって同じ気持ちだったから俺の提案に乗ってここまで来てくれたんだと思う。俺としては、いずれ王宮に戻るつもりで、ここで以前と同じように活動してきたつもりだ。だが、フロリア様にとって、どうやら俺達は邪魔者以外の何者でもないらしい。」
誰も何も言わなかった。
「俺は明日、ローランに行って来る。ドーソン、キリー、そしてタルシスさんに事の次第を話してくるつもりだ。猶予は二ヶ月だが、ぎりぎりまでここにいることは難しいだろう。だがここで浮き足立っても始まらん。今日から3日の間、俺はもう少し情報を集めてみようと思う。そしてみんなには、それぞれ、今後どうしたいのか、それをじっくりと考えてもらいたい。3日後、集まった情報と、みんなの意見を聞いて、それから今後のことを決めようじゃないか。」
「副団長はどうなさるおつもりなんですか。」
尋ねたのはセルーネさんだった。
「俺の考えは3日後、みんなの考えを聞く時に話すよ。俺がここで何か言っちまうと、それに引きずられる者もいるかもしれないからな。さあ、話はここまでだ。明日も今までと同じように、ローテーションどおりの警備にあたってくれ。モンスターどもはますます狂暴になりつつある。油断できんからな。」
この日はそれで解散となった。誰もが口をつぐみ、それぞれ思いをめぐらせていた。フロリア様は俺達を完全に見捨てた。もうエルバール王国を守るために働くことが出来なくなる、今こうして仕事をしていることも無意味になる・・・。みんなどれほど悔しかったか。
「ライザー、お前はどうしたいんだ?」
食事のあと、片づけをしながら俺は尋ねた。
「僕?どうしたいも何もないよ。僕は王国剣士だ。これからもこの国を守って行きたいと思ってる。君はどうなんだ?」
「俺だってそうだ。3日後に、俺はもう一度副団長に提案してみようと思ってる。王宮奪還のために攻撃を仕掛けるべきだとな。」
「・・・そうだな・・・。それしかないのかもしれないな・・・。」
不意にライザーの顔が暗くなった。
「無理に俺に付き合う必要はないんだぞ?お前には待ってくれている女もいるし、これを機会に危険な仕事なんてやめたっていいじゃないか。」
「バカを言うな。君に付き合って言ってるわけじゃないよ。こんなことで引き下がりたくはないからだ。君だってそう思ってるんじゃないのか?」
「当たり前だ。ここで尻尾を巻いて退散するくらいなら、最初からここに来たりするもんか。」
「ただ、王宮に攻撃をかけると言うことは、モンスター相手のようなわけには行かないよ。それは考えないとね。」
「・・・・・・・。」
王宮を攻撃するというのは危険な賭けだ。なんと言ってもこの時の俺達は逆賊だったからな。うまく王宮を制圧できたとしても、フロリア様が俺達の元に戻ってきてくれるとは、とても思えなかった。となれば、それこそ本気でフロリア様に剣を向けることだって考えなければならないかもしれないが、それは誰にも出来ないだろう。そうなったら俺がやるしかない。この時の俺はそこまで考えたが・・・ライザーがどう思っていたかはわからない。だが、奴が王国剣士という仕事に誇りを持っていることは誰よりもよく知っている。だからこの時、俺はライザーが一緒に王宮奪還に動くと、信じて疑わなかった。
それから3日の間、何事もなく過ぎた。本当に、静か過ぎるほど静かだったよ。そして約束の日の夜、副団長がみんなを集めた。
「さて、みんな揃ったな。3日間、みんないろいろ考えたと思う。俺のほうもいろいろと情報を仕入れてきた。ま、あんまりいい話はなかったがな・・・。まずは聞いてくれ。」
当時副団長は城下町の中に何人もの情報屋を抱えていた。密偵なんぞ雇えるのは大臣以外は剣士団長くらいのものだが、副団長も密偵とは行かなくても、かなり信頼できる情報網を持っていた。そのおかげで俺達は、海鳴りの祠にいても城下町の様子をかなり詳細に把握することが出来ていたんだ。今回は主に城下町の中の様子、王宮周辺の動きに絞って調べたという話だった。
「まず、クロービス達がここを出たのと同じ頃からだが、城下町の東西と南の門に門番が立つようになった。まあこれは偵察の連中の報告にもあった話だな。それと、あの黒い鎧を着た王国軍の兵士が、町の中を歩くようになった。奴らは特に何をするわけでもなく、肩をいからせて歩き、通行人にぶつかっては悪態をつき、道路につばを吐いたりと、やりたい放題らしい。開店前の酒場を無理やり開けさせて酒を飲み散らかし、些細なことで因縁をつけては椅子やテーブルを壊す。王宮に苦情を言いに行こうにも王宮の玄関は閉ざされていて、そこにも門番がいる。下手に近づこうものなら剣や槍で脅されるということだ。」
「なんでそんなことを・・・。」
「くそ・・・俺達がいれば・・・そんな奴ら・・・。」
みんな悔しそうだった。こんなひどい話を聞いても、俺達は町の人々を助けることも出来ない。副団長は『そうだな・・・。』と小さな声で言いながら、持っていたメモのページをめくり、うーんと唸った。
「みんな気持ちはわかるが、まずは俺の話を聞いてくれ。奇妙なのはここからだ。その門番に限らず、王国軍の兵士達は金を握らせると簡単に王宮内の情報を漏らすようだ。そいつらから聞き出したところによると、なんでも王宮内の警備は手薄で、ほとんど兵士なんていないそうだ。そもそも俺達が王宮を出た後にやってきた王国軍の兵士だって、そんなに数がいたわけじゃないらしい。城下町で好き勝手している連中は、どうやら今まで中にいた奴ららしいな。今では王宮内の職員もほとんど退去させられたそうだが、だからって城内の警備を手薄にしていいことにはならないはずだ。そう考えると、フロリア様にとって王国軍の兵士達はそれほど信頼出来る相手ではないということなのかもしれないな。」
「我々を排除してまで導入した組織なのにですか?」
誰かが尋ねた。
「ああ、まったく奇妙なことだ。執政館も礼拝堂もがらがらだそうだから、そんなに警備を手薄にしておいたのでは、そこに何者かが潜んでいてもわからないくらいだろうなあ。」
「礼拝堂には神官達がいるでしょう。レイナックじいさんがいれば・・・。」
俺は不安になって尋ねた。じいさんがいれば、他の神官達が逃げ出すというのは考えにくい。だが、副団長はメモに顔を向けたまま上目遣いに俺を見、ため息をついた。
「そのレイナック殿だが・・・。フロリア様を諌められるのは、もはやあの方をおいて外にいない。ところが、レイナック殿も今では行方がわからないそうだ・・・。」
「じいさんが!?」
さすがにこの話には俺も驚いた。じいさんがフロリア様を説得しようと試みているという話は、以前から副団長の情報網で把握していたことだ。だがそのじいさんが行方不明になったと言うことは、最悪の事態も考えなければならないということだからな。
「そんな・・・ !レイナック殿がいなくなったら、もうフロリア様を止められる人がいなくなってしまう・・・。」
「いや、しかし今までの一連の行動が、本当にフロリア様ご自身のお考えによるものなのか?もしも脅されていたりしたら、説得しようにも出来ないだろう。」
みんな口々に不安に思っていることをしゃべりだしたが・・・。
「ではレイナック殿はどこに行ったんだ。ご自分で姿を隠したならいいんだが・・・。」
誰かが言ったその言葉に、一瞬しんと静まり返った・・・。
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