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第82章 深まる謎

 
 声のしたほうに駆けだした。今の声、どちらにも聞き覚えがあったからだ。言い争う声の主達は、川に架かる橋の上にいる。あれは!?
 
「離して!わたくしが何をしようと勝手でしょう!だいたいあなたはどなたですの!?」
 
「あたしが誰かなんてどうでもいいでしょ!見るからに有り余るほど健康そうなのに、簡単に死のうだなんて冗談じゃないわよ!」
 
 恐れていたことが現実になりかけた。そしてそれを助けてくれたのは・・・。
 
 私は2人がお互いに気を取られている隙にスサーナに駆け寄り、すぐさま腕をつかんだ。
 
「この人の言うことが正しいよ、スサーナ。どうして君はこんな所にいるんだ。」
 
「クロービス先生!」
 
 スサーナは驚いて私を見て、そして目を逸らした。
 
「・・・クロービス?」
 
 スサーナのもう片方の腕を掴んでいた相手の女性が私を見てぎょっとした。
 
「久しぶりだね、ステラ。こんなところで会うとは思わなかったけど、この子を助けてくれてありがとう。」
 
「・・・あんたの知り合いなの?」
 
「まあね。今は家にいると思ってたんだけど。」
 
「そう・・・。それなら任せるわ。」
 
 ステラがスサーナの腕を離した。
 
「君が今どこにいるかわからないって、カーナが心配してたよ。」
 
「・・・カーナに会ったのね・・・。」
 
「うん。ティールさんにもね。」
 
 ティールさんやカーナの名前には聞き覚えがあるのだろう、スサーナは驚いた顔のまま、ステラと私を交互に見つめている。
 
「あんたのことは聞いてるわよ。随分と成功してるようじゃない。よかったわ。」
 
「私1人の力じゃないよ。みんなが助けてくれたんだ。」
 
「・・・ウィローは元気なの?」
 
「元気だよ。ウィローも君のことを心配してる。これから島の友達と一緒に食事しようって出掛けてるよ。わたしもそこにいこうと思ったんだけど、祭りの人混みを避けようと裏通りに入ったら迷っちゃってね。でも、お陰でこうして君に会えてよかったよ。」
 
「そうね・・・。クロービス、この女の子はね、今この橋から飛び降りようとしてたのよ。何があったか知らないけど、あたしは自分で自分の命を縮めようなんて考える人は許せないの。よーく言い聞かせておいて。」
 
 言いながら、ステラはスサーナを横目でギロリと睨んだ。スサーナは顔を背けたままだ。
 
「わかった、ありがとう。今はどこにいるんだい。」
 
「・・・カーナ達に会ったのなら、あたしが今どうしているかは知ってると思ったけど?」
 
「知ってるから聞いてるんだよ。今度はウィローとも一緒に会いたいからね。」
 
 ステラは小さくため息をついた。
 
「あんたってやっぱりお人好しよねぇ・・・。」
 
「性格なんてね、何年過ぎようとそうそう変わるもんじゃないよ。」
 
「そうね・・・確かにあんたは変わらないわ。見た目も雰囲気もね。」
 
「君だって変わってないと思うけどな。今こうしてこの子を助けてくれたじゃないか。」
 
「・・・・・・・・・。」
 
 ステラはハッとしたように顔をしかめ、またため息をついた。
 
「それはあんたのお人好しに感化されちゃったからよ・・・。そうね・・・昔のよしみで一つだけ教えてあげるわ。ライザーさんがこっちに来てるでしょう?」
 
「うん、まだ会えてないんだけどね。」
 
 いきなりライザーさんの話が出てきて実はどきりとしていたが、出来るだけ平静を装って答えた。
 
「狙われてるわよ。」
 
「・・・なんで?」
 
「なんでかは言えない。あたしもまだ命を縮めたくはないから。でも気をつけて。黒幕はとても残忍な奴よ。それじゃ。」
 
 ステラはさっと身を翻し、走り去った。
 
「・・・・・・・・・・。」
 
 ライザーさんが狙われてる・・・?だからイノージェンだけ私達の所へ来させたのだろうか。2人でいればどうしてもイノージェンを危険にさらすことになるから・・・。でもどうして?確かにライラのことでライザーさんやイノージェンまでも危険に巻き込まれる可能性は考えていたけれど・・・。それはライザーさんだって認識しているだろうし、だからこそ今まで王宮に顔を出していないと考えていたのだが・・・。
 
「あの方は・・・どういう方ですの?」
 
 たった今自殺しようとしていたらしいスサーナだが、今のところそのことは忘れているらしい。もうそんなことは思い出さないでもらいたいものだ。それでもまだ、スサーナの腕を掴んだ手は離せない。
 
「私の昔の知り合いだよ。カーナやティールさんの名前は君も知っているようだから言ってしまうけど、元は王国剣士だ。カーナの相方だった人さ。」
 
「でも今の会話は、どう考えても元王国剣士にはそぐわない内容でしたわ。」
 
「それを君が気にすると言うことは、君はまだ王国剣士としての心を持ち続けているということだ。それなのにどうしてあんなことを言ったんだい。」
 
「・・・・・・・・・・。」
 
 スサーナはうつむいた。
 
(まだ言うべきじゃなかったかな・・・。)
 
 ついさっきここから飛び降りようとしていたのだ。今その話をしたところで、追い詰めるだけか・・・。この娘のつらい気持ちが理解出来ないわけじゃない。今は話題を変えよう。
 
「ステラはね・・・ずっと昔、好きだった人を失っているんだよ。」
 
「・・・え・・・・?」
 
 スサーナが驚いて私を見た。
 
「もっとも相手の男は彼女を好きだった訳じゃない。彼は彼で報われない恋を追い続けて・・・そして、死んでしまった・・・。」
 
「そんな・・・。」
 
 あの時、もしもカインが生きていたら、あるいはステラに目を向けただろうか・・・。
 
(いや、その可能性はないだろうな・・・。)
 
 あるくらいなら、カインは死んだりしなかっただろう。そんな気がする。
 
「その男が亡くなった時、ステラがどれほど悲しんだか、悔しかったかはわかるつもりだよ。だからきっとステラは、せっかくの命を無駄にしようとすることを許せないんだと思う。生きてるってのはいいことだと、私も思うよ。生きてさえいれば、この先楽しいこともうれしいこともたくさんある。」
 
「でもないかも知れませんわ。」
 
「先のことなんてわからないさ。人生は長いんだ。決めつけるのは早計というものだよ。」
 
「わたくしなんて・・・もう死んでしまったっていいんです。わたくしにはもう・・・何もないんです・・・。」
 
 スサーナの目から涙がこぼれた。衝動的にここに来たのは間違いないようだが、それはオシニスさんの気を引こうとしてではなく、本当に死ぬつもりでいたらしい。
 
「でも君が元気になれるように心を砕いてくれる、家族や友人はいるじゃないか。君がここにいると言うことは、シェリンにもご両親にも黙って出てきたんだね。みんなきっと心配しているよ。」
 
 スサーナの肩がびくっと震えた。
 
「一つのことに囚われていると他のことが見えなくなる、それは誰にでもあることだ。少し落ち着いて、ゆっくり自分の周りを見渡してごらん。きっと道は拓けるよ。」
 
 そう、生きてさえいれば道は拓ける。あの時も今も、私はそう信じている。でもカインはそうは考えなかった。だから死を選んだ・・・?自分から?
 
 では、あの時カインは、私に勝つ気は最初からなかったのだろうか。いや、そんなはずはない。あの時、カインは本気で向かってきた。普段の本気の訓練よりも、もっと『本気』で・・・。
 
「わたくし・・・。」
 
 スサーナが何か言いかけたとき
 
「スサーナ!」
 
 声に振り向くと、誰かが走ってくる。あれは・・・。
 
「シェリンとセルーネさんだ。君を心配して来てくれたんだよ。」
 
「・・・・・・・・。」
 
「スサーナ!どうしていなくなっちゃったのよ!心配したじゃないの!」
 
 シェリンはそう叫ぶなりスサーナにしがみついて泣き出した。いつもは冷静なシェリンが、人目もはばからず大声で泣いている。その姿を見て、スサーナもシェリンの肩に手を回して泣き出した。もう大丈夫だろう。私はスサーナの腕を掴んでいた手を離した。
 
「ごめんなさい・・・。心配かけて・・・ごめんね・・・。」
 
「はぁ・・・無事だったか・・・。」
 
 セルーネさんはスサーナの無事な姿を見て、安堵のため息を漏らし、私に振り向いた。
 
「・・・しかしよくよくお前とは縁があるようだな・・・。スサーナを助けてくれたのか。」
 
 橋の上で座り込むスサーナと、その腕をつかんで離さなかった私の姿を見れば、何があったかはすぐに気づくはずだ。
 
「ここで会えてよかったですよ。でも助けたのは私ではありません。」
 
 私はセルーネさんに、近道をしようとして道に迷い、ここまで来た時にスサーナと『古い知り合い』に出会ったのだと話した。
 
「・・・古い知り合い?」
 
 思ったとおり、セルーネさんは怪訝そうに聞き返した。
 
「ええ、古い知り合いです。その人が助けてくれなかったら、私がここでスサーナに出会うこともありませんでした。とにかく今は、スサーナから絶対に目を離さないでくださいね。」
 
 『絶対に』のところを強調して言った。今はもう大丈夫だとは思うが、後になってまた飛び出さないとは限らない。もう二度と、こんなことをさせないようにしなければならない。
 
「・・・わかった。世話になったな。しかしよかった・・・。いつの間にかいなくなってしまったと義兄が青くなって家に駆け込んできた時には、こっちも血の気が引いたよ。」
 
「伯爵ご夫妻は家にいらっしゃるんですか?」
 
「ああ、入れ違いでスサーナが戻ってくるかも知れないからと姉夫婦には家にいてもらって、私とローランドが探しに出たんだ。シェリンとはさっき出会ったばかりだよ。それで、スサーナを助けたのは誰なんだ?」
 
「詳しいことはあとでお話ししますよ。これからセーラズカフェまでたどり着かなければならないんですが、どっちに向かっていけばいいですか?」
 
「・・・なんだここまで来て迷ったのか?ここからすぐ近くなんだぞ?」
 
「ええ、この辺もすっかり変わってしまいましたからね。どこを歩いているのかよくわからなくなってしまって。」
 
 セルーネさんが笑い出した。もっとも、いつものように大きな声ではなかったが。
 
「お前らしいな。しっかりしているようで抜けているところは相変わらずだ。いいか、よーく聞けよ。まずこの道を戻って、工房が建ち並ぶ通りから・・・。」
 
 セルーネさんの説明を聞きながら、少し顔を近づけて小さな声で話しかけた。
 
(セルーネさん、伯爵から何か聞きましたか?)
 
(ああ・・・お前に話を聞きに行ったことはさっき聞いた・・・。私も後で話を聞きに行くよ・・・)
 
(わかりました。午後からオシニスさんに用事があるので団長室にいますから・・・。)
 
(わかった・・・。)
 
 私は立ち去る前にスサーナとシェリンの傍らにしゃがんで、2人の肩に手をかけた。
 
「スサーナ、君のためにこんなに泣いてくれる人がいるじゃないか。君が今感じているつらい気持ちは、生きていれば誰でも一度や二度は経験することだと思うよ。でも、君はまだ若いんだ。こうして泣いてくれる友達がいるなら、また前を向いて歩いて行けるんじゃないかな。焦らなくていいから、ゆっくり考えてごらん。」
 
「そうだな・・・。まずは家に帰ろう。シェリン、悪いがもう少し付き合ってやってくれ。スサーナ、とにかくお前はもう少し落ち着きなさい。一度頭を冷やして、ゆっくりと考えることだ。そんな風に感情に任せて場当たり的に行動してばかりいたら、誰にも相手にされなくなってしまうぞ。」
 
「スサーナが元気になるまで、私ずっといます。・・・先生、スサーナのこと、ありがとうございました。」
 
 シェリンが深く頭を下げた。スサーナはうつむいて、まだ泣いている。泣きたいだけ泣いて、進むべき道が見えてくれることを祈ろう。スサーナには、こうして心配してくれる家族がいる。そして誰よりも心配してくれるシェリンという友人がいる。
 
 
「あれ・・・?」
 
 気づくと涙が一筋、頬を流れていた。スサーナとシェリンの後ろ姿に、いつの間にか自分とカインの姿が重なっていく・・・。あの時・・・カインは何を考えていたのだろう。
 
『俺はフロリア様を守る』
 
 カインはそう言って私に剣を向けた。なぜそうしなければならなかったのか、聞いても答えは返ってこず、かわりにナイトブレードが振り下ろされた・・・。
 
「剣を交える以外で、解決出来る道はなかったのかな・・・。」
 
 私にとってカインは親友だった。カインもそう思ってくれていると信じていた。もしも何か問題を抱えていて、これしかないと思い詰めていたのなら、なぜそう言ってくれなかったのか・・・。そしたら、それを解決するためにどんなことでもしただろうに・・・。でもカインは私に助けを求めるのではなく、本気の勝負を挑み、そして・・・死んでしまった。
 
「カイン・・・私は君にとって頼りにならなかったのかな・・・。」
 
 だとしたら悲しい。でも、それならせめて頼りになれる存在になろうと、努力するための時間くらいはほしかったのに・・・。
 
 
 
「えーと・・・ここを曲がって・・・。」
 
 セルーネさんに教えられたとおりに歩いて行くと、セーラズカフェのある通りにはすぐに着いた。
 
「何だこんなに近かったのか。」
 
 私がいたのはクリフの家のある工房通りからそれほど遠くない場所だったらしいのだが、そこから2本ほど隣の通りがもうセーラズカフェのある通りだったのだ。
 
「ステラのことを一言くらい言ってくればよかったかな・・・。」
 
 何となくあの場所で口に出す気になれずに『古い知り合い』などともって回った言い方をしてしまったが、スサーナが話す気になれば、セルーネさんは知るだろう。この話は午後からオシニスさんに話そうと思ってるが、ライラやイルサにはとても聞かせられない。妻に話すのは今日の夜になりそうだ。
 
「ライラが気づかないでくれればいいんだけどな・・・。」
 
 ライラは勘がいい。嘘をつくのがへただと自分でも自覚しているが、何とか頑張らなければならない。深呼吸してセーラズカフェの扉を開いた。
 
「いらっしゃいませぇ。」
 
 いつもと変わらぬセーラさんの声が響いた。中はもう満員だ。
 
「やっとお連れ様の登場ね。みんな心配してるわよ。一番奥のテーブルにいるわ。」
 
「近道しようと思ったら迷っちゃったんですよ。裏通りはすっかり様変わりしましたね。」
 
「あらまあ、それは大変だったわね。今はねぇ、城壁も広がったし、小規模な区画整理は時々あるの。たまにしか来ない人はよく迷うみたいよ。さあ、奥へどうぞ。」
 
 セーラさんに促され、妻達が座っているテーブルに向かった。やはりみんな心配してくれていたようだったので、道に迷ってうろうろしていて遅れたとだけ話しておいた。
 
「あの辺は入り組んでるんだよね。僕も初めて城下町に出た時にあの辺りで迷ったんだよ。それでうろうろしていたらここを見つけたんだ。」
 
 そう言えば、ライラが初めてこの店に来た時、町の中を探検していたら迷ったと言っていたと、ここのマスターが教えてくれたっけ。
 
「君のほうの用事は済んだのかい?」
 
「うん、大丈夫。ちゃんと話が出来たから。それにしてもあの資料の山はすごいね。僕が話している時に団長さんがほんのちょっと腕をぶつけたんだけど、それだけで机の上に置いてあった分が半分くらいどどーっと崩れて大変だったよ。あの山の中から何か探さなくちゃならないんだよね・・・。」
 
 ライラは『あれは大変だよ』と言いたげに私を見ている。
 
「まあしかたないさ。色々とやらなきゃならないことがあるからね。」
 
 ある程度時間がかかることは覚悟しなければならない。
 
「お待たせしましたぁ。」
 
 そこに料理が運ばれてきた。
 
「うわぁ、すごぉい!」
 
 イノージェンは出てきた料理に『すごい』『おいしい』を連発している。しかも『ここのママさんにもマレック先生のお仕事を手伝っていただいたらいいんじゃない?』とまで言い出した。
 
「副業としてお金になるなら引き受けてもいいわよ。」
 
 セーラさんがにやりと笑った。
 
「それは困るよ。やっぱりセーラママにはここで一番おいしい料理を出してもらわないと。」
 
 ライラが慌てたように言った。
 
「あら、うれしいこと言ってくれるじゃない?」
 
「だってこの店は、こっちに来た時の僕の一番の楽しみなんだから。」
 
「それじゃ、その楽しみを提供してくださるこちらのお店の方に感謝しないとね。」
 
 イノージェンが笑顔で言った。
 
「そんなこと言われると照れるわねえ・・・あ、そうそう、ライラのお母さん、せっかくお会い出来たんだから、ライラの好きな食べ物とか教えてくれない?」
 
「はい。でもどうして?」
 
「ライラは随分前に家を出たみたいだし、ずっとお母さんの作る食事は食べてないわけでしょ?おうちは北の隅っこの方らしいからそうそう帰るわけにもいかないだろうし、ここでたまにはライラの好きなものでも用意出来たらなと思って。」
 
「え、でも、そこまで甘えちゃっていいのかなあ・・・。」
 
「ふふふ、ご心配なく。もしもお店に出せそうなら、ちゃんとメニューとして加えて稼がせてもらうから。」
 
「うーん、私の作る料理がお店で出せるようなものかどうかは何とも言えないけど・・・でも協力させてください。こちらこそよろしくお願いします。」
 
 今は忙しそうだからと、後でライラの好物をレシピと一緒に持ってきますということで話が決まった。セーラさんは『これでまたレパートリーが増えるわ』と上機嫌だし、ライラは家で食べていた懐かしい料理がここで食べられるかもしれないと、期待を寄せている。
 
 
 こんなに楽しい時間を過ごしているというのに、先ほどの出来事がどうにも気になる。ステラはライザーさんがなぜ狙われているかを口にすれば、『命を縮めることになる』と言っていた。そして『黒幕は残忍』だとも・・・。残忍な黒幕といえば、やはり『あのお方』しか思いつかない。ろくでもないことはいくらでも思いつくが、それを実行出来るほどの才覚はない人物だが、残忍と言われるだけの『実績』はあるのだ・・・。
 
(・・・・・・・・・。)
 
 ユノの面影が浮かんだ。元を辿れば、ユノだってエリスティ公のせいであんなことになってしまったのだから・・・。そして今、エリスティ公にはクイント書記官といういわば『参謀』がいる。
 
(何でクイント書記官は、エリスティ公の書記官になんてなったんだろう・・・。)
 
 それもさっぱりわからない。レイナック殿が調べた彼の出身地に間違いがないのなら、まずは現在の領主であるベルスタイン家を頼るのが筋なのではないか。もしくはレイナック殿か・・・。それがよりにもよってエリスティ公の下へと行くとは・・・。もっとも今のところ、クイント書記官のしたことは私達に致命的なダメージを与えるには至ってない・・・いや、どちらかというとダメージを与えないように気を使っている感すらあったが、これからもそうだとは限らないのだ。もしかしたら今までのことでいったん安心させておいて、いきなりとんでもない攻撃が飛んでくる可能性もある。これからはいっそう気を抜けないと思っているべきだろう。だが・・・
 
(ライザーさんを殺したとして、それがナイト輝石の採掘再開を中止に追い込むことにはならないと、あの書記官ならわかっていそうだけどなあ・・・。)
 
 ライラが襲われた時にも私はフロリア様、レイナック殿、オシニスさんに確認した。彼らの答えはみな同じだった。『万一ライラに何かあったら、彼の遺志を継いで何が何でも採掘再開にこぎつけてやる』と・・・。それがライラ本人でなくとも、イルサでもイノージェンでもライザーさんでも、彼らの答えは変わらないだろう。あの書記官がそこに気づいてないとは思えない。
 
(もしかして・・・ナイト輝石の話と、ライザーさんの話はまた別なのか・・・?)
 
 そう考えるとまた話は変わってくるが、ではその理由は何なのか・・・。もしかしたら、ライザーさんが調べている話に関わりがある?調べられている側だって、誰かが自分達のことを嗅ぎまわっていると気づいているかもしれない。でもそれがライザーさんだなんて誰も知らないはずだ・・・。
 
(オシニスさんに聞けば何かわかるかもしれないけど・・・。)
 
 妻が言っていたように、剣士団長の仕事に関わる話なんて、出来れば聞かずに済ませたい。聞かれる方だって困るんじゃないだろうか。
 
(あとは・・・やっぱりイノージェンかなあ・・・。)
 
 それもなんとなくだが気が引ける。でも今の状況では私が頭を抱えても答えは出そうにない。せっかく料理が出てくる前にここまでたどり着けたのだ。今はこの食事を楽しむことにしよう。
 
 
 店を出るとき、最後に出ようとした私をマスターが呼び止めた。
 
「ライラのおっかさんてぇのは、ずいぶんと賑やかだなあ。」
 
「昔からあんなふうですよ。いくつになってもまったく変わらないんです。」
 
 マスターが笑い出した。
 
「ふん、ま、つまりあいつはいい出会いをしたってことなのかね。」
 
「そういうことになりますね。」
 
 幼馴染といっても、16年も離れていたのだ。初めて会うのと変わりなかっただろう。ライザーさんがあの時なぜ1人島に帰ってしまったのか、その部分については今でも納得出来る答を得られていないが、それでも2人があのタイミングで再会したのは、どちらにとってもいいことだったんじゃないかと思う。
 
「そりゃ何よりだな。もしも奴に会うことがあれば、俺のことは言ってくれてかまわないぜ。ライラの奴は親父をここに連れてきたがってるからな。顔を見るなり険悪な雰囲気にならない程度に、根回しはしておいたほうがいいだろう。」
 
「会えたら言ってみますよ。」
 
「そうだな・・・。ところで、何だかさっきから何か気になることがあるような顔をしてるな。俺の気のせいじゃないと思うが。」
 
「わかりますか。」
 
「さりげなさを装ってるってのはよーくわかるな。何があったか知らないが、ライラの奴は勘がいいぜ。知られたくないのなら、気をつけるこった。」
 
「そうですね・・・。」
 
 やはり私は演技が下手なようだ。だが本当のことはとても言えない。仕方ない、何か聞かれたらクリフのことで頭がいっぱいだとでも言っておくか・・・。
 
 
 王宮に戻り、ロビーでライラとイルサと別れた。ライラは仕事の続きをするために自室に戻り、イルサは友達と出かける予定らしい。イルサの外出はランドさんには話をしてあるとのことだった。2人はあれからずっと『外に出るときにはランドさんに報告する』という約束を守っているらしい。それならこちらも安心していられるが、先ほどの話を聞いた後ではやはり心配になる・・・。
 
「それじゃ私達はマレック先生のお部屋に行くわ。・・・ねえ、何かあったの?」
 
 妻が怪訝そうに私の顔を覗き込んだ。やはり隠しておくのは限界らしい。どうせならはっきり聞くのが一番だ。私は2人に、マレック先生の部屋に行く前に少し剣士団長室に付き合ってくれないかと頼んだ。
 
「私もなの?」
 
 イノージェンが不思議そうに聞き返した。
 
「どちらかというと聞きたいことがあるのは君のほうだからね。」
 
「え?」
 
 妻はきょとんとしていたが、イノージェンははっとしたように黙り込んだ。
 
「その様子だと、私が聞きたいことが何なのかはわかってるみたいだけど?」
 
「・・・そうね・・・。ライザーも言ってたわ。多分長くは隠しておけないよって。」
 
「どういうことなの?あ、もしかして・・・。」
 
 妻の眉間にしわがよった。夕べ話していたことの答えを、今私が見つけようとしていると気づいたのだろう。
 
「ここでは話せないよ。とにかく、剣士団長室に行こう。」
 
 
「お、どうした?みんなして手伝ってくれる気になったのか?」
 
 オシニスさんは笑顔で出迎えてくれたが、資料の山には手をつけ始めた気配もない。
 
(取り掛かるためのやる気を出すだけでも大変だよな・・・。)
 
 そもそもオシニスさんの机の上はいつだって書類が山になっている。その上この資料の山を進んで突き崩そうなんて、そう簡単に腰を上げる気になれないとしても無理はない。元々私が頼んだことだ。『手伝う』ではなく、私が率先して始めなければならないと思う。
 
「そうしてほしいくらいですけど、そうも行きませんよ。ただ、ちょっと気になることがあったのでオシニスさんにも話を聞いていただこうと思って。」
 
「何だ?まあ座ってくれ。そういえばクロービス、さっきの話はしたのか?」
 
「今まで子供達と一緒だったのでまだですよ。」
 
 私はイノージェンに、リーザの返事が明日になることを話した。
 
「そう・・・。仕方ないわね。団長さん、こっちにいる間ならいつでもいいと伝えてください。いくらご両親の結婚前のこととはいえ、すんなり会いましょうとは言えないと思いますから。」
 
「わかりました。でもきっと大丈夫ですよ。リーザにはいいアドバイザーがついてますから。明日返事が来て、いつ会うか決まったらここで話をしても構いませんが、どうしますか?」
 
「でも・・・ご迷惑じゃ・・・。団長さんはお忙しいのに・・・。」
 
「構いませんよ。まあリーザの考えも聞いてからになりますけど、おそらく2人だけでは会わないほうがいいと思うので、俺でよければ立会人になります。」
 
「イノージェン、オシニスさんに頼んだほうがいいと思うよ。あと、よければ私もいられると思う。」
 
「でもあなたはクリフのことがあるんじゃないの?」
 
「今のところ私の仕事はクリフの治療記録の解析だから、そのくらいの時間は取れるよ。もっともあんまり先になってしまうと、今度は本格的に治療に関わることになるから無理かもしれないけどね。」
 
「それじゃ、お願いするわ。団長さんもお願いします。リーザさんもよければですけど・・・。」
 
 リーザも多分オシニスさんに立ち会ってほしいんじゃないかと思う。
 
「わかりました。さてこの話はそれでいいとして、クロービス、お前の気になることってのは何なんだ。」
 
「ライザーさんのことですよ。」
 
「ライザーの・・・?」
 
 ライザーさんがなぜ宿を引き払ったのか、そしてなぜイノージェンを一人で来させたか、そのことを疑問に思わなかったのかどうか尋ねた。
 
「そのことか・・・。」
 
 思ったよりも歯切れの悪い返事が返ってきた。
 
(オシニスさんが動揺している・・・?)
 
 なんとなく、まずいことを聞かれたと、オシニスさんが思ったような気がした。
 
「オシニスさんは疑問に思いませんでしたか?」
 
「・・・まあそれは確かにおかしいと思ったよ。今まではずっと2人で泊まっていたわけだし、もしも何かあってそこを引き払うってことなら、別な宿に移ればよかったんじゃないかなとは・・・。」
 
 オシニスさんを包む『気』が・・・おそらくは私にしか感じ取れないくらい小さいが、話をしながら不安げにゆらゆらと揺らめいている。オシニスさんは、その理由が自分がライザーさんに送った手紙の内容に関係しているのではないかと、考えていたのじゃないだろうか。
 
「私もウィローもそう思ったんですよ。ライラの両親ということでライザーさん達が狙われることも考えられる、だから宿を引き払ったこと自体は何かあったのか、それともあってからでは遅いから先回りして、ということも考えられますが、どうして別な宿に移らず、しかもイノージェンだけここに来させたのか。・・・イノージェン、それを今聞かせてほしいんだけどな。」
 
 イノージェンは小さくため息をついた。いたずらが見つかって観念した時のような顔をしている。
 
「やっぱりね・・・。ライザーが言ってたのよ、あなたと団長さんにかかれば、1日か2日程度しか隠せないだろうなって。」
 
「つまり、何かあったんだね。」
 
「そうよ。あーあ・・・何とか2〜3日がんばりたいって言ったのになあ・・・。」
 
 隠したかったことをずばり聞かれて、イノージェンは残念そうに肩をすくめながら笑って見せた。が・・・その向こう側に、不安が渦巻いている。
 
「のんきねぇ。ねえイノージェン、何があったの?教えてよ。」
 
 妻が少しだけ口を尖らせながら尋ねた。
 
「宿の近くでね、ライザーが襲われたのよ・・・。」
 
「宿の?あの金のたまご亭の?」
 
「そう。クロービスは一度来てるからわかるだろうけど、あの宿は昔連れ込み宿だったから、宿の入口と酒場の入口が別になっているわ。私達はいつも宿の入口から出入りしていたの。出来るだけあそこに泊まっていることを知られないよう、あの宿の酒場で食事したこともなかったわ。」
 
「それも大変ねぇ・・・。」
 
 妻がいたわるように言った。
 
「そうなのよ。だってあのお店の食事はおいしいって評判らしいのよ!?それなのに食べられないなんて、もったいないわよねぇ。」
 
「そういう問題じゃないでしょ?狙われているかもしれないって言うのに。」
 
 妻が今度はあきれたように言ったが、イノージェンはいつものようにけろりとしている。いや、正確に言うなら、そう見えるようにしている、というところだろうか。
 
「だって狙われていてもいなくても、宿にこもってばかりいるわけに行かないもの。こそこそしていたらよけいに怪しまれるわ。だから宿の出入りは普通にしていたし、お祭りも見に行ったわよ。ライザーの知り合いの家がいろんな場所にあるからって、城下町の端から端まで歩いたかもしれないわ。ライザーは調べ物をするからって時々出かけていたけど、何も心配するようなことは起きなかったのよ。あの時までは・・・。」
 
 ふいにイノージェンの顔が暗くなった。
 
「あの時・・・。私は部屋に1人でいたの。もう夕方だからそろそろライザーが帰って来るころかな、なんて考えていたら、突然部屋の扉が開いて、ライザーが入ってきたの。腕に怪我をしていたわ。『1人で追っ手をまきながら治療術を使うってのは、結構骨が折れたよ』なんて笑っていたけど・・・ちゃんと傷を治せたのは部屋に戻ってからよ。きれいになった腕を見ながら、ライザーがつぶやくみたいに言ったの。『そろそろここも限界かもしれないな』って・・・。」
 
「襲った奴が誰だったのかまではわからなかったんですか?」
 
 オシニスさんがイノージェンに尋ねた。今は相当怒っている。そしてその怒りを何とか押し隠そうと努力しているのがわかった。
 
「わからないって言ってました。ただ、『あんたに生きていられては困るお人がいる』って言ってたって。」
 
 ライザーさんに生きていられては困る・・・。となるとやはりステラの話は、ライラのこととはまた別なのだろうか。ナイト輝石の採掘再開を邪魔したいなら、別にライザーさんでなくたって、イルサだっていいし、それこそ私やウィローだって敵の目的には適うだろう。では、ステラが身を投じているのは『あのお方』に関係する組織とはまた別なのか?いや、それはいささか考えにくいが・・・。
 
「・・・なるほど・・・。で、クロービス、お前が急に今、こんな話を始めたその理由は何なんだ?昨日はお前も俺もライザーからの手紙をもらったが、今朝は何も言っていなかった。ということは、今朝から今までの間に何かあったってことだよな。」
 
「その通りです。実はさっき、ステラに会ったんですよ。」
 
「ステラに・・・?クロービス、ステラはどこにいたの?」
 
 妻が身を乗り出した。私は先ほどスサーナとステラに出会ったことを話した。オシニスさんはまた大きなため息をついて椅子にもたれた。
 
「またどっちも頭の痛い・・・。」
 
「とりあえず、スサーナのことはセルーネさんとシェリンに任せましょう。帰る時の様子からして、もう同じことをしようとはしないと思いますよ。私としては任せられそうな相手がいないステラのことが気になります。」
 
「そうだな・・・。しかしステラの奴・・・一体どこに・・・。」
 
「カーナが自分を見かけたことにも、気づいていたみたいでしたね。」
 
「・・・・・・・・・・・・。」
 
 オシニスさんが黙り込んだ。もしかしたら、ステラの言っていたことについて何かしらの心当たりがあるんじゃないだろうか。だがまずはイノージェンに、宿を引き払ったあとのことを聞いてみなければならない。
 
「実を言うとね、あの宿に泊まった時から、長くいることが出来るかどうかわからないからって、他の宿もあたりをつけてはあったの。私達の存在が知れれば、ライラを快く思わない人達が狙ってくる危険性はあるからって。だから別なところに移ろうと思っていた矢先に、ライザーが団長さんに会ってしまって・・・。」
 
「・・・俺に・・・?」
 
「あ、あの、勘違いしないでくださいね。会ってまずかったなんてことじゃないんです。団長さんがライザーに会った時、盗賊に囲まれていたって言うことでしたよね。ライザーからはそう聞いたんですけど・・・。」
 
「あ、ええ、盗賊共に囲まれているところを助けてもらったんですが・・・。え、まさかあの連中が何か・・・?」
 
 イノージェンがうなずいた。
 
「その時、ライザーはその盗賊達の後をつけていたんです。そしたらその盗賊達が暗がりに潜んで誰かを襲おうとしていたから、止めようとしたら声で団長さんだってわかったって・・。」
 
「え、それじゃ、ライザーはあの時ガールクを追っかけてたんですか!?」
 
「はい・・・。」
 
 そのあとイノージェンは、ライザーさんから聞いたという話をしてくれたのだが・・・なんとライザーさんは調査のためにローランの東の森に入って、奇妙な集団が演習しているところに出くわしたらしい。完璧に気配を消して様子を窺ってみたが、その集団はしばらく演習したあと、どこへともなく姿を消した。そう、森の中から出たはずもないのに・・・。そして一昨日、その集団と同じ気配を感じてライザーさんは後を追った。その盗賊達の正体がわかったのは、オシニスさん達が襲われた時だった。
 
「そのガールクという盗賊には手下がたくさんついていたそうですから、もしかしたらその頭本人じゃなく、手下が関わっているのかもしれないとは言ってました。でも、そのガールクが何も知らないとは思えないって。」
 
 
『ガールクって言うのはそんなに悪どい奴じゃないと思ってたんだけどな。最もそれはもう20年も前の話だからね、今どうなのかはわからないからな・・・』
 
 ライザーさんはそう言っていたそうだ。
 

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