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第72章 サクリフィア昔語り

 
「な、何なんだよいったい!?」
 
 すんでのところで飛び退いたカインが叫んだ。たった今カインがいた場所の土は焼け焦げて、焦げ臭い煙が上がっている。
 
「おや残念ですね。ではこれならどうです?」
 
 自信満々に風水術を繰り出す語り部を見ていると、ハース鉱山にいたイシュトラを思い出す。命など何とも思わない、廃液の毒で亡くなった人達の遺体を、ゴミのように捨てた人でなしの男・・・。あの高慢なイシュトラの笑い顔が語り部に重なる。この男は、私達をいたぶってから殺すつもりらしい。
 
 だが何のために?
 
 ファルシオンの使い手は、サクリフィアの人々を殺すという言い伝えでもあるのだろうか。シャーリーから渡されたあの手紙といい、どうも私の剣とサクリフィアの人々の間には何かしらの因縁があるようだ。だがこの状況では落ち着いて話を聞くことも出来やしない。
 
「ふん・・・ファルシオンの使い手と言うからどれほどの力を持つ者なのかと思っていましたが、どうやら私1人でも何とかなりそうですね。」
 
 次々に繰り出される風水術から、私達は逃げるので精一杯だった。もちろん、本気で反撃しようと思ったらすぐにでも勝負はつく。だが、私達は王国剣士だ。非合法となってもその誇りは失うわけにはいかない。何があっても、一般人を傷つけることは出来ないのだ。だから私達に出来ることはとにかく攻撃を避けることだけだったのだが・・・。
 
「おいクロービス、こいつは俺達の息の根を止めるまでやめそうにないぞ?」
 
「疲れるのを待とうかなと思ってたんだけど、厳しいかな。」
 
「こいつが呪文で消耗するのが早いか、俺達が逃げ続けて疲れるのが早いか、体力勝負なら自信はあるが、暗くなればそれだけ危険度が増す。何とかするしかないんじゃないか?」
 
「そうか・・・。」
 
「なかなかしぶといですね・・・。ではこれなら・・・」
 
 語り部が片手をあげたところに、カインが剣技『地疾り剣』を仕掛けた。思った通り、突然の反撃で語り部はバランスを崩してしりもちをついた。
 
「く・・・・これまでか・・・。」
 
 語り部が悔しげに呟いたとき、広場の四方から飛び出してきた人影がある。それも複数。
 
「クラト!加勢するぞ!」
 
「もう黙って見ちゃいられねぇ!」
 
 それは先ほどまで、畑で農作業をしていた農夫達だった。手にはそれぞれ鍬などを構えている。土を耕すためのものでも、使い方一つで立派な武器となる。
 
「くそ!これじゃこっちの動きが取れないじゃないか!」
 
 カインが舌打ちをした。さっきの『地疾り剣』も、語り部を傷つけないようにギリギリのところで仕掛けていたのだ。これほど大勢の一般人を、傷つけずに無力化するのはさすがに難しい。相手が『敵』ならば多少痛い目を見てもらうことに迷いはないのだが、語り部といい、農夫達といい、みんなごく普通の人々だ。私達王国剣士が『守らなければならない』人々だ。
 
「ねえ、眠らせてみる?」
 
 ウィローが後ろから小さな声で言った。
 
「君の鉄扇か・・・。でもこれほどたくさんの人を一度にってのは・・・。」
 
「そうね・・・。確かに難しいとは思うけど・・・。このままじゃ埒があかないわ。」
 
「おいクラト、こいつらを始末すりゃいいんだな?」
 
 農夫の1人が言った。持っている鍬を構えている。
 
「ま、待ってください!これは私達の仕事です!こんなことをあなた達にさせるわけには・・・。」
 
 語り部が慌てて農夫達を止めようとしている。ということは、この島の農夫達はサクリフィアとは関係ないのか・・・。このクラトと言うらしい語り部のために、手を汚すことを決意しているらしいが、この語り部も、それを何とか避けようとしている。とにかくやめさせなければならない。話はそれからだ。
 
「私達はあなた達を傷つける気はないんです。もちろんその語り部も。だから落ち着いてください!」
 
「うるせぇ!俺達はこいつとカフィールには世話になってんだ!あんたらがこいつらを傷つけにきたんじゃないなら、なんでこんな騒ぎになってんだ!?」
 
「カフィール?」
 
「あ、ばか!余計なこと言いやがって!」
 
 別な農夫が叫んだ。
 
 このクラトという語り部の他に、カフィールという誰かがいるらしい。
 
「くそ!おいみんな、数では俺達が勝ってんだ!こいつらをふん縛っちまえ!」
 
 農夫達がわっと私達に襲いかかろうとしたその時・・・・!
 
「おお!なんだあれは!?」
 
 私の腰に下げられた剣から放たれていた光が、まるで膨らむように大きくなって私達を包んだ。そしてその光だけがふわりと宙に浮き、空高く上がったのだ。あまりにも奇妙な光景に、その場にいた誰もがぽかんとして空中を見上げた。その光はますます大きく光り出し、目も眩むような閃光を放ったかと思うと
 
 ピシャーン!
 
 凄まじい稲妻となって、農夫達と私達の間の地面に炸裂した。
 
「うぎゃあ!」
 
「ひぃぃぃ!!」
 
 農夫達はあまりの驚きに腰を抜かし、あたふたと逃げだそうとしている。地面は大きくえぐれ、はっきりと土が焦げているのがわかった。その威力はさっきの語り部の風水術の比ではない。
 
「お、お助けぇぇぇぇ!」
 
 だが驚いたのは農夫達だけではない。一番驚いているのは剣の持ち主である私だ。この剣の力は今までにも何度か見ていたが、こんな飛んでもない力を秘めていたとは・・・。
 
 気づくと私の腕にウィローがしがみついて震えている。
 
「な、なんなのあれ・・・。あれも、あなたの剣の力なの・・・?」
 
「・・・そうなんだろうね・・・。」
 
 どんな力があるかよりも、それを持ち主である私自身が制御できないことの方が苛立たしい。幸い稲妻は誰1人傷つけることなく済んだ。農夫達は驚いて腰を抜かしただけで、ショックで倒れたり、気を失ったりしているものは誰もいない。
 
「く、くそ・・・。我らはやはり言い伝えの通りに、滅ぼされるのか・・・。」
 
 クラトという語り部が悔しそうに涙を拭った。
 
「だから私達はあなた達を傷つけたりしないって・・・・」
 
「お待ちくださいませ!」
 
 突然聞こえた女性の声に、みんな一斉に声のしたほうに振り向いた。吟遊詩人の衣装を身につけた美しい黒髪の女性が走ってくる。
 
「カフィール!来るな!」
 
 農夫の1人が叫んだが、カフィールと呼ばれた吟遊詩人は語り部の前まで走ってきて、いきなりその頬を叩いた。
 
「いて!な、何をするんだ姉さん!」
 
「何と愚かなことをするのです!ファルシオンの使い手に、あなたごときが叶うはずなどないでしょう!」
 
 たおやかな美しい女性だが、その風貌に似合わぬ一喝を語り部にくれると、くるりと私の方を向き、突然地面に身を投げ出した。
 
「お許しくださいませ!」
 
 吟遊詩人は額を地面にこすりつけるようにしている。土下座と言うより『ひれ伏している』と言ったほうがいいような姿だ。さっきまでは攻撃されていたのに、今度はいきなり頭を下げられ、いったい何をどうしたらいいものか、すっかり面食らってしまった。
 
「ファルシオンの使い手よ!どうか、どうかこの愚かな我が弟をお許しくださいませ。すべての責めはわたくしにあります!お怒りはどうかわたくしに・・・!」
 
「い、いや、わたくしにって言われても・・・。」
 
 何か飛んでもない勘違いがあるのはわかったのだが、どうすればわかってもらえるのだろう・・・。吟遊詩人は顔を上げて私を見、絶望的な表情をした。私が黙っているのを『怒りがとけていない』と勘違いしたらしい。
 
「では・・では、わたくしをあなた様に差し出します。どうか、弟と、島の人々の命だけは・・・・。」
 
 何から問いかけたらいいのか、自分達のことをどう説明したらいいのか、それは後回しにすることにした。私達の目的を伝えて、話し合いが出来る状態までもって行くのが先決だ。この吟遊詩人と語り部はどうやら姉弟らしい。弟の不始末を自分がかぶろうと言うのは理解できるが、いきなり『自分を差し出す』とは・・・
 
「姉さん!バカなことを言うな!姉さんをこんな奴らの好きにさせるわけにいくか!くそっ!こうなったら俺が・・・!」
 
 懐から小さなダガーを抜いて語り部が私達に襲いかかろうとしたが、それはカインが難なく腕を掴んで押さえつけてしまった。さっきまでただ逃げるだけだった私達にあっさりと動きを封じられ、語り部の顔には初めて恐怖の色が浮かんだ。
 
「お、お待ちくださいませ!どうか、どうか弟だけは・・・代わりにわたくしは如何様にも・・・。」
 
 吟遊詩人は涙を流して、何度も地面に額をこすりつけている。
 
「だから!!俺達は誰も傷つける気なんかないんだよ!まったく・・・少しは落ち着いて話を聞いてくれよ。えーと、カフィールさんて言ったのかな。とにかく顔を上げて、立ってくれ。俺達はここに喧嘩をしに来たわけじゃないんだ。だいたいあんたを差し出されたところで、俺達が困るだけだよ。」
 
「畜生!だったら手を離せ!」
 
 語り部が叫んだ。
 
「あんたが俺達に危害を加えないって言うなら離すよ。俺だっていつまでも押さえているわけにいかないしな。」
 
「そのようなことはわたくしがさせません!どうか弟の手をお離しくださいませ!」
 
 カインは語り部の手を離し、駆け寄った吟遊詩人のほうに押しやった。語り部は掴まれていた手をさすり、悔しげに顔をゆがめている。その語り部を、吟遊詩人はかばうように自分の背後に押しやり、私達の前に立った。心の中の恐怖を悟られまいと、必死に唇を噛み締めている。
 
「カフィールさん、でしたね。私達は別にあなた達を殺しにきたわけではありません。ただ、話を聞かせてほしいだけなんです。」
 
「いいかげんなことを言うな!」
 
 吟遊詩人の背後で語り部が叫んだ。
 
「黙りなさい!あなたはまだわからないのですか!」
 
 吟遊詩人が私に顔を向けたまま、目だけ動かして背後の弟を怒鳴った。この吟遊詩人の心から、彼女が口に出している言葉とまったく同じ言葉が、渦を巻いて伝わってくる。この事態を収めて、弟と島の人々が傷つけられないように、責めをすべて1人で背負うために、彼女は必死で私に『許しを請うている』のだ。だが語り部のほうはというと、彼からは、私に対する凄まじい憎悪しか感じられない。この男にとって、私達を葬り去ることだけが、自分達の生き残る道だと信じ込んでいるようだ。その語り部だが、先ほどカインの『地疾り剣』でしりもちをついたときに、帽子が飛んで顔があらわになった。その顔を見ると、何と彼はまだ30になったかならないかくらいの若者だった。初めて会ったときのあの奇妙な違和感は、彼が自分を老けてみせるために、自分の顔のまわりに何か不思議な気の流れを組み上げていたせいらしい。やはりこの語り部達はエルバール王国の人間ではなさそうだ。気の流れをこんな風に操ることが出来る者は、王国にはいやしないだろう。原理としては、私がいつも作っている『防壁』に近いものがある。
 
「クラト・・・さんと言ったほうがいいのかな。私よりは年上そうだし。あなたがどう思っても仕方ないけど、私達にはあなた達を殺そうとか、そういう意図はないんだ。本当に、あなた達に話を聞きにきたんだよ。それとカフィールさん、この通り私達は誰も傷つけられていない。いきなり襲われて驚きはしたけどね。だから、別に許すも許さないもないよ。それにこの剣は確かに私の剣だけど、私にはこの剣の本当の力も、この剣が何を意味しているのかも、まったくわからないんだ。そういうことも合わせて、あなた達に話を聞けたらいいなと思ってきたんだけどな。まあ全部口から出任せだと思われてるみたいだけどね。もっとも、心の中で考えていることまでわかるはずはないからなあ・・・。」
 
 思わずため息をついた。そう、わかるはずがない。心の中のことなど・・・。
 
「なんと・・・その剣の力をそこまで引き出せるほどのお方でございますのに、剣について何もご存じないのでございますか・・・?」
 
 カフィールが不思議そうに言った。先ほどまでの恐怖の色は薄くなり、少しは警戒を解いてくれたらしいことがわかった。
 
「この剣は私の父から受け継いだものだけど、こんな力があるなんてわかったのは、私が持つようになってしばらくしてからだよ。それより、この島の人達を家に帰らせて私達の話を聞いてほしいんだけど、あなた達の住んでる家か、そこが嫌ならこの島の集会所みたいな場所か何かないかな。私達を信じてくれと言っても無理だろうけど、せめてもう少し警戒を解いてくれないと、こちらの事情も説明できないよ。」
 
 カフィールは黙ってしばらく私達を1人ずつ見ていたが・・・・
 
「大変申し訳ございませんでした・・・。弟にもう少し落ち着きがあったなら、皆様方に敵意のないことはわかったでしょうに・・・。」
 
 そう言って、カフィールは悲しげに弟のクラトを見た。クラトはまだ手をさすりながら、ふてくされたように目を逸らしている。カフィールは『敵意のないことがわかる』と、さらりと言ってのけたが、私のほうは心臓が飛び出しそうなほど驚いた。この2人は、もしかしたらサクリフィアから来たかも知れない人達だ。彼らがもしも『人の心を感じ取ることが出来る』のだとしたら、彼らと私の先祖はまさか同じなのだろうか・・・。でも父がサクリフィアから来たなんて、それはあまりにも突飛すぎる考えだと思うのだが・・・。
 
「島の皆さんをこんなことに呼びだてしたのもあなたですね。さあ、皆さんに謝って、家に帰っていただきなさい。みなさん、お騒がせしてしまって、申し訳ありませんでした。」
 
 カフィールは島の人々に向かって深々と頭を下げた。
 
「あ、いや、その・・・あんたらが無事ならそれでいいんだが・・・カフィール、こいつらは本当に信用出来るのか?」
 
 農夫の1人が恐る恐る尋ねた。
 
「はい。わたくしにはわかりますから。」
 
 カフィールがたおやかな笑みを返した。やはりカフィールにも私と同じような力があると言うことか。つまりクラトにも・・・。
 
「そ、それじゃ、その・・・おい、そっちの黒髪のあんた、本当にこいつらに何かする気はないんだよな?」
 
「ありませんよ。」
 
 何度聞かれても、何度でも同じ答を返す以外に、私達に出来ることはない。農夫は上目遣いに私を見、
 
「じゃ、じゃあその・・・さっきカフィールが自分を差し出すとか言ったのは・・・む、無効ってことで、いいんだよな・・・?」
 
「あ!」
 
 カフィールが小さく叫んで真っ赤になった。『自分を差し出す』事がどう言うことなのか、もちろん本人は充分理解して言ったことだろうが、事態が変わって、本人も焦っているようだ。
 
「もちろん無効です。私達はここで話を聞かせてもらえれば充分です。」
 
「そうか・・・ならいいんだ。おいみんな、帰るぞ。クラト、また何かあったら声をかけてくれよ。」
 
 みんなそれぞれクラトの肩をぽんと叩いて帰って行った。カフィールはまだ少し赤い顔をしていたが、深呼吸して背筋を伸ばし、スカートの端をつまんで優雅にお辞儀をして見せた。
 
「この島へようこそ。挨拶が大変遅れて申し訳ございません。わたくしは、この島に住む吟遊詩人のカフィールと申します。先ほど皆様方に狼藉を働いたこの者は、我が弟でクラトと申します。わたくし達の家にご案内いたしましょう。小さな家ではございますが、多少なりともおもてなしは出来ると思います・・・。さあクラト、あなたも来なさい。」
 
 クラトはまだぶすっとした顔のまま、私達のあとからついてきた。私達に対して、彼が心から信用していないのは明らかだったが、先ほど感じたような憎悪の念はもう感じ取れず、ただ悔しさと情けなさでいっぱいらしいことだけはわかった。
 
 
「はぁ・・・冷や汗をかいたぜまったく・・・。」
 
 カインが椅子に座って、ほっとしたように呟いた。私達はカフィールとクラトの住む家に案内され、テーブルに座ったところだ。
 
「本当に申し訳ございません・・・。」
 
 カフィールがまた頭を下げた。
 
「あ、いや、誤解が解けたんだからいいよ。一般人を傷つけたり出来ないから、あのまま襲ってこられたらどうしようかと思ってたんだ。」
 
「・・・一般人を・・・?あの、皆様方はいったいどういうお方なのでございましょう・・?」
 
「そう言えばちゃんとした自己紹介がまだだったな。俺達は、王国剣士なんだ。ま、今では非合法の反逆者集団みたいに言われているが、この国を守るという誇りは失っちゃいないつもりだぜ?」
 
「王国剣士様でございましたか・・・。」
 
「その王国剣士が俺達にいったい何の用なんだよ?」
 
 クラトがぶっきらぼうに聞いた。
 
「最初からちゃんと説明するよ。だから、あんたも説明してくれよ。いきなり俺達を黒こげにしようとした、その理由をな。」
 
 クラトは忌々しそうに舌打ちしてそっぽを向いた。
 
「クラト、あなたは少し黙っていなさい。剣士様、クラトの狼藉に対して、まずはわたくしが皆様方に釈明をさせていただくのが筋ではございますが、その前に、皆様方がわたくし達に話を聴きに来られた、その理由をお聞かせいただくことは出来ますでしょうか。おそらく皆様方のお話と、クラトが皆様方を襲おうとしたこととは、繋がっていると思われるのでございますが・・・。」
 
「もちろん、俺達はあんた達の話を聞きに来たんだから、ちゃんと話をするよ。でもそのために、まず先に聞かせてほしいことがあるんだ。もしも俺達の見込み違いだとしたら、わざわざあんた達の手を煩わせるまでもないさ。すぐにでもこの島を出ていくよ。」
 
 カインが言った。
 
「はい・・・何なりとお聞きくださいませ・・・。」
 
 カフィールの声は観念したように小さい。
 
「それじゃ聞くよ。あんた達はどうやら姉弟らしいけど、そっちの語り部はさっきエルバール王国の人間じゃないって言ってたよな?ということは、二人ともここの人間じゃないってことだと思うんだが、あんた達がもともと住んでいたのは、サクリフィアじゃないのか?」
 
 カフィールが顔をこわばらせた。クラトはますますぶすっとした顔で黙り込んだ。
 
「たぶん、あんまり人に言いたくないことなんだろうなって言うのは、そっちの語り部が俺達を攻撃してきたことからもわかるつもりだよ。でもな、俺達にはあんた達に危害を加えようなんて意図は全くないのに問答無用で攻撃されたんだから、このくらいの質問に答えてくれてもいいと思うけどな。」
 
 カインもあまり気乗りはしないといった感じで話している。他人が隠したいと思っていることをほじくり出すなんてことは、誰だってしたくない。でもまずはこの話が真実かを見極めないことには話が先に進まない。彼らがサクリフィアとはまったく縁のない人々であれば、ここで聞くことの出来る話もそう多くはないと言うことになる。
 
「・・・今さら隠し立てすることは出来ませんね・・・。仰せの通り、わたくし達はサクリフィアの村を出て、この島に流れ着きました。そうですね・・・もう6年ほど前のことでございます・・・。」
 
「サクリフィアという国は、消えてなくなったというわけではないと言うことですね?」
 
 カフィールはうなずいた。
 
「はい。サクリフィアとは、ここエルバールの遠く東にある大陸の名前でございますが、遠い昔、その大陸に確かに存在した国の名前でもございます。サクリフィアという国は聖戦で滅びたと言い伝えられておりますが、本当は聖戦のあとも国としての機能を失うことはありませんでした。ただ、聖戦で打ちのめされた人々の多くがエルバール王国の初代国王陛下ベルロッド様と共に国を出、さらに当時国民の心の拠所であった巫女姫までもがベルロッド様に付き従ったことで、以前の活気はすっかり失われてしまったと言うことでございます。でも、今でもサクリフィアの大地には、サクリフィアの国の末裔達が、小さな村でひっそりと、暮らしているのでございます。」
 
「では今は、国と言うよりは村と言ったほうがいい状態なんでしょうか。」
 
「100年ほど前までは、確かに国でございました。ですが・・・とある事件の後、当時の国王陛下が国民からの信頼を得られなくなり、掟を破って国の外へと逃亡する国民が相次いだのでございます。それ以来国民は減り続け、ついに国としての機能を果たせるだけの国民はいなくなってしまいました。今では、村と呼ぶのにふさわしい程度の人数しかおりません。それでも、王家の末裔たる者が村長として村を束ねていることで、何とか消えずに残っている・・・そんなところでございます。」
 
 100年ほど前の事件とは、もしかしたらシャーリーのご先祖のことかも知れない。だが、私達が何か知っていると思わせないよう、慎重に質問を続けたほうが良さそうだ。私達が知っていることを話すのは、後でもいい。
 
「掟とは、勝手に国の外に出てはいけないとか、そういうことなんですか?」
 
「はい。でも今はそんな掟はありません。現にわたくしも弟も、村長の許しを得てこうして村の外で暮らしております。ただ、村の外に出るときには、行き先と目的は必ず聞かれますが・・・。」
 
 なるほど、それも時代の流れだろうか。ということは、サクリフィアに入ること自体はそれほど大変なことではなさそうだ。
 
「そうですか・・・。でもそうやってわざわざ出てきたのにどうしてこの島に隠れるようにして暮らしているんです?」
 
「ずいぶん無遠慮な奴だなあんた。ファルシオンの使い手だからって、サクリフィアの者には何を言ってもいいなんて思ってんじゃないだろうな!?」
 
 クラトがおもしろくなさそうに口を挟んだ。今の彼は帽子を取って黒いローブも脱いでいるので、語り部には見えない。年齢としては、エリオンさん達と同じくらいか、もう少し若いくらいか、そんなところだろう。でも、話し方が何となく子供っぽく感じて、あんまり年上という感じがしない。確かにこのままでは語り部としての威厳はなさそうに見える。老けてみせるための工夫をしようと考えても、無理はないかも知れない。
 
「そんなことは思ってないよ。でも、あなた達が大手を振って村を出たって言うなら、大手を振って城下町に住んでいたっていいじゃないか。吟遊詩人と語り部ならば、どこに行っても歓迎されるはずだよ。宿屋だって安く泊まらせてくれるだろうし。家を借りるにしてもそれほど詮索はされないと思うけどな。」
 
「クラト、およしなさい。剣士様の疑問ももっともです。それに、わたくし達がこの島に隠れ住んでいるのは事実ですもの。」
 
「姉さん・・・。」
 
 クラトは悔しそうに唇をかんだ。この姉弟には、何かしらの事情があるらしい。
 
「弟のご無礼、どうかお許しくださいませ。わたくし達が村を出たのは、エルバール王国での興行のためでございます。王国内に流れている間違った噂を、少しでも正すことはできないかと、そう思ってのことでございました。」
 
「間違った・・・噂・・・?それはどう言う・・・」
 
「皆様方は、聖戦竜をご存じでございますね?」
 
「はい。」
 
 まさかその聖戦竜と戦ったなどと言ったら、2人はどんな顔をするだろう。それもこれも『ファルシオンの使い手ならさもありなん』のように言われても困るので、もうしばらくはその話はしないでおいたほうが良さそうだが・・・。カインもそれを察したのか、口を挟もうとはしなかった。
 
「聖戦竜と言えば、遠い昔、サクリフィアという千年王国を聖戦の名の下に滅ぼした邪竜であるという考え方が一般的ではないかと思います。エルバール王国で見かける語り部も、吟遊詩人も、みんなそう言った内容の歌を歌い、昔語りをしています。ですが、わたくし達の故郷サクリフィアには、また違った言い伝えがあるのです。」
 
「違うってことは、聖戦竜達が邪悪でないとか?」
 
 カフィールがうなずいた。
 
「本来、サクリフィア聖戦のドラゴン達は邪悪ではないと、わたくし達は聞いております。もちろんそれも口伝えで語り継がれてきたことでございますから、果たしてすべてが真実なのかと問われれば、わたくしにはわからないと答える以外にございません。ですが、その話には多少なりとも根拠がございます。聖戦で滅ぼされたにもかかわらず、生き残った人々は、竜達を守り神として崇めたと言われております。確かに、エルバール王国は飛竜エル・バールの名前をそのまま用いておりますし、北大陸と南大陸を結ぶ橋の名前はロコ、そして鉱山にはセントハースの名前から取ったと思われるハースという名前がついております。もしも本当にドラゴン達が悪者で、人々が自分達を滅ぼしたドラゴン達を憎んでいたとしたら、わざわざ新しく興した王国や大陸に、ドラゴン達の名前をつけたりしなかったのではないかと、そう思うのでございます。」
 
 そう言えば、キャラハンさんがそんな話をしていたっけ。本当に邪悪なドラゴンの名前など、わざわざ自分達の国の名前につけるはずがないと・・・。
 
「でも・・・いきなり『聖戦竜は邪悪じゃない』なんて歌を歌ったりして、お客さんが怒ったんじゃないの?」
 
 ウィローが尋ねた。
 
「そうですね・・・。怒る方もいらっしゃいましたが、興味深く聴いてくださる方達もたくさんいらっしゃったのでございます。でも・・・わたくし達は、3年ほど前フロリア様によってエルバール城下町から追放されてしまいました。」
 
「追放!?」
 
「どうしてそんなことに!?」
 
「わたくし達が人心を惑わす嘘を歌っていると。故意に嘘を広めて王国に混乱を引き起こし、やがては王家に弓引くつもりではないのかと・・・。」
 
「考え方として相容れないとしても、いきなり追放なんて・・・!?」
 
 カインがハッとして言葉につまった。3年前と言えば、フロリア様はロコの橋を封鎖し、奏から剣士団を撤収させた、まさにその頃のことだ・・・。
 
「現在、エルバール王国で活動を許されている語り部達は、実はフロリア様の命令によって聖戦に関する歌の内容をかなり制限されているはずでございます。聖戦竜を邪悪であると断じ、その邪竜達がいつかまた現れるのではないか、いつかまた聖戦が起こるのではないかと、人々の恐怖を煽るような内容の歌ばかりが歌われております。確かに物語としてはそれでもいいのでしょうけれど、元々聖戦や聖戦竜に関しては諸説が存在します。それを一方的な見方の歌だけを許可という形で歌うことを許すなど、情報統制としかとれないようなことを、フロリア様はなさっているのでございます。」
 
 では・・・私が王国に出てきたばかりの時に、無名戦士の墓の前で出会った語り部も・・・。
 
「ではそれからはずっとこの島に?」
 
「はい。ただ、今も城下町には出掛けております。私達は歌うことでしかお金を稼ぐことが出来ませんし、なぜか前と同じ歌さえ歌わなければ、特に咎め立てされることはないのでございます。」
 
「でも変な話だな。俺達が王国剣士になったとき、別に吟遊詩人達の歌の内容によって取り締まれなんて話は聞いた記憶がないぞ?なあクロービス、お前はどうだ?」
 
「入ってからは君とずっと一緒だったんだから、私だって聞いたことがないよ。」
 
「私達が追放を命じられたとき、その知らせを持ってきたのは王国剣士様ではございませんでした。黒い鎧を着た、あまり感じのよくない奇妙な男でございましたが・・・フロリア様からの書状をもっていることにはかわりありませんでしたから、逆らうわけにもいかず・・・。」
 
 その頃はまだ王国軍なんてなかったはずだから、おそらくその男は、フロリア様の密偵のような者なのだろう。まさか、あのリーデンという男なのだろうか・・・。
 
「でも、いくら邪悪ではないって言われたって、聖戦で多くの人が亡くなったのは確かなんでしょう?一方的な見方がよくないというなら、邪悪じゃないと言いきる言い方も、やっぱり一方的な見方だと思うわ。」
 
 ウィローが納得出来ないように呟いた言葉に、カフィールはくすりと笑ってうなずいた。
 
「こちらのお嬢さまのおっしゃるとおりですわ。確かに、聖戦では多くの人が亡くなりました。邪悪だと言われるほうがしっくり来るという方が多いのも、事実でございます。けれど、一方的にどちらが正しいかを論じるよりも、残された事実から、なぜ聖戦は起きたのかを考えるべきではないかと、私達はそう思うのでございます。その一助となればと私達は興行を始めたのでございますが・・・。」
 
「ところがフロリア様は、聖戦竜が邪悪であるという噂を積極的に流すような内容の歌を推奨し始めたってことね・・・。」
 
「はい。聡明なフロリア様らしからぬ一方的な命令に、あの時は本当に戸惑ったものでございますが、突然やって来た使者は、私達を追い立てるようにして門から追い出してしまいました。今思うと、なぜあんなに慌てて追い出すような事をなされたのかも、よくわからないのでございます。」
 
「なるほどなあ・・・。確かに妙な話だよな・・・。」
 
 カインもため息をついて考え込んだ。
 
「おいあんたら、さっきから俺達のことばかり根掘り葉掘り聞いてるが、あんたらはどうなんだ?ファルシオンの使い手のくせに剣のことを何にも知らないとか言うし、俺達に聞きたい話って言うのは、いったい何なんだよ?」
 
 クラトがたまりかねたように叫んだ。さっきから相当イライラしていたのはわかっていたが、姉のカフィールに遠慮して、ずっと黙っていたのだろう。
 
「ああ、そうだな・・・。聞きたいことはいろいろあるんだが・・・」
 
「カイン、君が考えている間、私が聞いてもいいかな?」
 
「あ、ああ。いいよ。俺の頭の中を整理するためにはちょっと時間がかかりそうだからな。」
 
 カインはふうっと溜息をつきながら、自分の頭をコツンと叩いて見せた。なんといっても、サクリフィアから数年前にやって来たという人が目の前にいるのだ。きっとカインの頭の中は、質問だらけで弾けそうになっているだろう。
 
「それじゃクラトさん、あなたに聞きたいんだけど、さっき外で会ったとき、顔立ちが老けて見えるように、何かしていたよね?あれは気功とは言えないんじゃないかと思うんだけど、あの仕組みを教えてくれないか。」
 
「・・・あれか・・・。ふん、あんたファルシオンの使い手のくせに、ほんと、何にも知らないんだな。あんたの言うとおり、俺が顔のまわりに組み上げていた気の流れも、あんたらが俺達によくない気を持たないようにしていたのも、気功なんかじゃないよ。風水術とも違う。俺達は『神術』って呼んでるけど、言い伝えでは、サクリフィアに昔から伝えられている魔法みたいなもんだって話だ。」
 
「魔法?」
 
 どきんと波打った心臓の音を聞かれないよう注意を払って、私はさりげない風で聞き返した。カインがぎょっとして顔を上げていたが、かろうじて叫び出すのをこらえてくれたようだ。
 
「ああそうだ。でも、果たして魔法なんてものがあったのかどうか、俺にはわからないがな。昔、サクリフィアが国だった頃は代々の巫女姫に受け継がれていた強力な術があったって話だが、それだって本当にあったんだかなんだか。姉さんは巫女候補だったけど、巫女になる前に村を出ちまったから、姉さんも知らないよな。」
 
「わからないわ・・・。それに、そんな強力な術なんてわたくしは要らないと思っていたもの。本当は、あなたがわざわざ老けてみせるのも、この島に私達のことでやってくる観光客の人達の感情を動かすようなことも、やめてほしいと思っているのよ。」
 
(・・・あれ?)
 
 今の2人の言葉の中に嘘が含まれていると、私の頭の中で何かが警告したような気がした。悪意は感じないが、彼らはやはり何かを隠している。嘘が含まれているとしたら、どの言葉だろう。やはり、魔法についてだろうか。魔法のことなど知らないといっているが、実は魔法は・・・やはりあるのだろうか。私はいっそう集中して、彼らの言葉を聞くようにした。
 
「でも語り部ってのはある程度歳を取っていないと、ありがたがられないって話じゃないか。この術のおかげで、俺でもけっこう客を集められるんだ。金が入って来なきゃ食っていけないんだから、仕方ないじゃないか。」
 
「それはそうだけど・・・。」
 
「巫女候補だったんですか。」
 
「巫女と言っても、一番強力な力を持つと言われる巫女姫のことではありません。神殿に仕える巫女姫と一緒に、神に祈りを捧げる巫女は何人もいたのでございます。わたくしは、その巫女の候補に挙がったことがあると言うだけでございますわ。それに、わたくしが村にいた頃、すでに神殿は立ち入り禁止になっておりましたから、昔のように何日も神殿にこもって祈りを捧げたり、神のお告げを聞くということはありません。単に村の中で毎日の吉凶を占う、占い師のようなものでございます。ただ、それでも伝統を途絶えさせるべきではないという意見が村の中で多数を占めているので、多少なりとも呪文に適性のある者を選び出しては、巫女という役職に就けている、そんなところでございます。」
 
「神殿が立ち入り禁止?」
 
「ええ、100年ほど前から神殿には誰も入っていないと言うことでございます。」
 
「それじゃもう一つ、あなた達がさっきから気にしているこの剣についてなんだけど、サクリフィアの人々とこの剣の持ち主の間には、何かしら因縁のようなものがあるってことなのかな。」
 
 私は腰の剣をぽんと叩いた。剣はもう光を放っていない。普通の剣のようにしか見えなくなっていた。
 
「なああんた、本当に何にも知らないのか?あんたがこの剣を受け継いだときに、何かしら聞いてるはずだぜ?」
 
 クラトはまだ私を疑っているらしい。
 
「クラト、おやめなさい。この剣はもう千年ものあいだ歴史の表舞台から姿を消していたのです。その間に剣の由来が忘れ去られてしまっていることだって考えられるでしょう。」
 
「・・・せ、千年?」
 
 あんまりびっくりして、そう聞き返すのがやっとだった。
 
「はい・・・。わたくしも、その剣について知っていることはそう多くないのでございますが、少しならば教えて差し上げられると思います。」
 
「姉さん、いいのか?」
 
 クラトが心配そうに姉に聞いた。
 
「クラト、この方は本当にまったく何もご存じないようよ。少しならば、話してもかまわないでしょう。」
 
「ふん・・・まあ姉さんがいいって言うならいいけどな。」
 
 つまり、本当なら話すのはまずいと言うことか・・・。
 
「ファルシオンとは、とある特別な目的のもとに作られた剣でございます。ですがその製法は謎に包まれていて、古代のサクリフィアにも伝わっていないということでございます。何とかこの剣と同じものが作れないかと武器職人の間で試行錯誤がなされましたが・・・出来上がったのは、ファルシオンとは似て非なるただの『ルーン・ブレード』・・・。持つ者を祝福し、守ってくれたとは伝えられておりますが、果たして本当なのかどうかもわかりません。『ファルシオン』という銘を持つ本物のルーン・ブレードは、この世に1本しか存在しないものでございます。」
 
「あれ?でもテロスおじさんは『古代サクリフィアの武具師に伝えられる』って言ってたわ。エルバール王国には伝わっていないって言ってたけど、聞き違いだったかしら・・・。」
 
「そう言えばそうだね・・・。」
 
 テロスさんは確かにそんな話をしていた。あの時は単純に「古代サクリフィア」を聖戦で滅びたと言い伝えられているサクリフィアのことだと考えていたのだが、そのサクリフィアは今も存在し、そこに住んでいたという人が目の前にいる。
 
「そうでございますね・・・。エルバール王国の人達にとって、サクリフィアとはすでに滅びた国のことでしかないのだと思います・・・。王国の鍛冶師達の間でも、ルーンブレードをご存じの方はそう多くはありません。不思議な剣だからきっと古のサクリフィアで作られたものだと、思いこまれているのかも知れませんね・・・。」
 
「うーん・・・テロスおじさんは、無茶もするけど腕は一流よ。伝説の剣なんて聞けば、鍛冶師なら誰だって一度は手にとってみたいと思うじゃない?そう言うすごい剣の話だって言うのに、よく知りもしないで思いこんでいるって言うのも変な話よねぇ・・・。」
 
 ウィローの疑問ももっともだ。あの時テロスさんは、この剣が持ち主を選ぶという話までしてくれた。
 
「俺もテロスさんがそんな思い込みをしているとは思わないな。どっちかって言うと、エルバール王国に伝わっている話自体が歪んでるってことなんじゃないのかな。」
 
「つまり、エルバール王国にはこの剣のことで詳しい人なんてほとんどいないってこと?」
 
「そんな気がするなあ。そもそもこの剣だってそんな本物じゃないかもしれないよ。どう見たって千年なんて経っているように見えないし・・・。」
 
「そうよねぇ・・・。でも、見た目はともかく、さっきの雷は驚いたわ・・・。」
 
 千年もどこかに忘れ去られていた剣が今自分の手元にあるなんて、今度こそ本当に出来の悪い冒険小説のような気がしてきた。そんな都合のいい話、私の身に起きるはずなんてないじゃないか。きっとこれは何かの間違いだ。そう信じたいのに、カフィールは静かに首を横に振り、いたわるような目で私を見ている。
 
「確かに、剣を手にしている、と言うだけであれば、その可能性もあったでしょう。けれど剣士様は、すでにその剣の力を引き出しておられます。先ほどの雷が何よりの証拠でございましょう。この剣はそういう剣なのです。持ち主が望むと望まざるとに関わらず、剣は自らが見定めた者のために力を尽くします。」
 
「じゃあ・・・その剣を手放したらどうなるの?もう剣との関わり合いは消えてしまうのじゃなくて?」
 
 ウィローが尋ねた。多分一番聞きたかったことを・・・。だが、ウィローの問いにも、カフィールはやはり静かに首を振った。
 
「お嬢さま、あなた様がファルシオンの使い手を案じておられるのはわかりますが、今この状態で剣を手放したとしても、剣は必ずこの方の元に戻ってくることでしょう。そして、一度剣に選ばれし剣士は、何があってもこの剣を手放してはなりません。確かに、この剣には恐ろしいほどの力が眠っているそうでございますが・・・一度剣に見定められた者は、何が何でもその剣を使いこなさなければならないのでございます。」
 
「では、それはいったいなぜなんです?私はどこにでもいる普通の人間です。剣がそこまでしても私を選ぶのは、いったいなぜのか、あなた達は知っているんでしょう?」
 
「・・・・・・・。」
 
 カフィールは黙り込んだ。その後ろで、クラトが大げさにため息をついて見せた。
 
「まったく・・・何でもかんでも人から聞いて済ませようなんて思わないでほしいもんだな。あんたの肩の上に乗ってるその頭は、飾りもんか?自分で考えようって気はないのかね。」
 
 クラトが話を逸らそうとしているのはすぐにわかった。おそらく私の今の質問は、この剣に関する核心を突いたのだ。
 
『なぜ私なのか』
 
 この剣が輝きだして以来、私の頭の中にずっとずっとあった疑問だ。この剣がきまぐれで誰かを選ぶとは思えない。だとすればその決め手となる何かが私にあるはずなのだが、まったく思い当たることがないのだ。両親はエルバール王国で知り合い、結婚して私が産まれた。母は私を産んですぐに亡くなった。父は医師をしながら私を世捨て人の島で育ててくれた。その父は何も言わず亡くなり、この剣だけが私の手元に遺された・・・。島でただ1人の医者の息子だと言うことで、島の人々から多少ちやほやされることはあったが、それだけだ。両親はごく普通の人達だったし、私だってどこにでもいる普通の人間だ。変わっていることと言えば、思念感知の能力・・・。でもそれも、シェルノさんと話をしたことで、自分だけが持つ能力というわけでないことがわかった。ではなんだ?この剣は、私のどこにどんな理由を見いだして選んだのだろう。
 
「・・・・・・・・。」
 
 カフィールもクラトも黙ったままだ。しつこく追求してもこの2人がしゃべるとは思えない。それほど強固な意志をカフィールから感じ取れるからだ。そしてクラトは、おそらく絶対に姉に従うだろう。だがクラトの言うことにも一理ある。確かに私がもっと自分で調べなければならないことなのかも知れない。この剣が選んだのは私であり、他の誰でもないからだ。とは言え、クロンファンラの図書館でかなりの本を読みあさったにもかかわらず、ほとんど何もわからなかった。サクリフィア滅亡からエルバール王国の建国に至るまで、こんな剣の話など出てきたことはなかったし、ルーンブレードについて書かれている本も見つけたが、テロスさんから聞いたように鍛冶師達の間で幻として語り継がれている剣だと言う、そのくらいのことしか書かれていなかった。言い訳としか取られないかも知れないが、私は2人にクロンファンラの図書館で調べたときのことを話した。
 
「ま、この剣が何であんたを選んだのかってことを調べるためには、そりゃクロンファンラの図書館になんぞ通ったって、何の意味もないだろうな。まああの本が見つかれば、多少は助けになるかも知れないが・・・いや、でもだめだな。あれだって大したことは書かれていない。」
 
 クラトは思案するように首をかしげながら、半分独り言のように呟いた。
 

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