第6章 採用試験
「とうさん、今ちょっといい?」
夕食のあとカインに言われ、私は今日の昼間にカインとした約束を思い出した。
「ああ、いいよ。何だい?」
カインはフローラを隣に座らせ、私と向かい合った。
「カイン、ライザーさんのところには顔を出してくれた?」
妻がお茶を配りながらカインに尋ねる。
「行ってきたよ。フローラを紹介して、いろいろごちそうになっちゃった。」
「そう、よかったわね。ちゃんとお礼は言ってきたの?」
「当然だよ。僕はもうそんなに子供じゃないよ。あ、ライザーおじさんがね、父さんにそのうち顔をだしてって言ってたよ。」
「ん?何か用事だったのかな?」
「どうなのかな・・・。最近あんまり話する機会がないからっては言ってたけどね。」
「そうか。じゃあ明日にでも出かけてみるかな。」
「うん。よろしくね。」
「わかった。ところで、昼間のお前の用事は何だったんだい?」
「それはね・・・。」
言いながらカインはポケットをごそごそと探し始めて、やがて白い封筒を取り出した。
「はい、これだよ。剣士団長から手紙を預かってきたんだ。」
「剣士団長から?・・・父さんにか?」
「うん。はい、確かに渡したよ。」
「あ、ああ。でもどうして剣士団長から父さんに手紙なんて来るんだ?まさか・・・お前もう何かやらかしたのか!?」
「やだなぁ、人聞きの悪いこと言わないでよ。剣士団長はね、オシニスさんていうんだよ。父さんのこと知ってるって言ってたよ。憶えてない?」
「オシニスさんが・・・剣士団長!?」
思いがけず懐かしい名前を聞いたことと、その人が現在の剣士団長であると言うことの二重の驚きに、私は思わず大きな声を出した。
「へぇ・・・そうなの。あら?でもそんなに驚くことかしら。オシニスさんなら、確かに剣士団長としては適任だと思うけど。」
妻が横から口を挟む。
「あれ?母さんも知ってるの!?」
妻の言葉に今度はカインが大きな声を出した。
「知ってるわよ。昔少しの間だけ、剣士団の人達と一緒にいたことがあったから・・・。」
「へぇ、いつ?」
カインは目を輝かせて身を乗り出してきた。
「ずいぶん昔よ。この島に戻ってくるずっと前のことだもの。」
「それじゃ、父さんと母さんが結婚する前?」
「そうよ。」
「へぇ、そっかぁ。ねぇねぇ、父さんてさ、母さんになんて言ってプロポーズしたの?」
カインはいたずらっ子のような瞳で私達の顔を交互に見ている。
「そんなこと聞いてどうするんだ?今はオシニスさんの話をしているんだろ?」
「え?だって知りたいじゃない。父さんてあんまり喋らないしさ、そんな人が何て言って母さんを口説き落としたのかなと思って。」
「まったく・・・。親をからかうなんて10年早いよ。そんなことに興味を持つ暇があるなら、もう少し違うことを考えてほしいんだけどね。」
今さら20年も前のプロポーズの言葉など、我が子に言って聞かせるのは照れくさい。そんな気持ちを悟られまいと、私は息子を軽く睨んで見せた。
「からかうなんて・・・そんなこと考えていないよ・・・。」
カインは突然真顔になり、ソファに座り直した。そんな息子を優しい瞳で見つめながら、横にいる妻が突然口を開いた。
「教えてあげてもいいわよ。」
「え・・・?」
この言葉に私は驚いたが、カインも驚いている。まさか母親がすんなりとこんなことを言うとは思わなかったのだろう。妻は私の顔色を窺うように横目で見ながら、言葉を続ける。
「ふふ・・・驚いた?」
「う・・・うん・・・。でもどうして急に!?」
「今なら・・・教えてあげてもいいかなって思ったのよ・・・。カインのほうに私達をからかうつもりがないのなら、だけどね。」
「だからそんな気はないってば!ただ・・・。」
「ただ・・・何・・・?」
「ただ・・・知りたかったんだ・・・。父さんと母さんが結婚しなければ、僕は生まれてこなかったんだから・・・。そしたら王国剣士になれなかったし、フローラとも知り合えなかった。だから・・・父さんが母さんに言ったプロポーズの言葉は、僕にとっても大きな意味があるような気がしたんだ。それに・・・僕だっていずれ胸を張ってフローラにプロポーズしたいもの・・・。その時に参考にさせてもらおうと思ってさ。」
妻が流産したのは、カインが生まれる一年ほど前だ。もしもあの時の子供が無事に生まれていたとしたら、それはきっとカインではなかった。この子が私達の子供として生まれてきてくれたのも、やはり様々な巡り合わせが絡まりあってのことなのだろう。
「参考にって・・・やぁねぇ。今からどんな言葉でプロポーズされるのかなんて、わかってたらつまらないじゃないの。初めて聞くから感動するのよ。」
妻が笑い出した。
「あ・・・そうか・・・。でもその時になってから考えてたりしたら、緊張しすぎてうまく言えないかも知れないじゃないか。」
「うまく言うことよりも、自分の気持ちを正直に相手に伝えるのが一番だよ。誰だって緊張するんだから。」
「父さんも緊張したの?」
「当たり前じゃないか。一大決心して言うんだから。」
「そうか・・・。そうだよね。でもちょっとくらいしゃれた台詞なんかも入れたいよなぁ・・・。」
「それならなおのこと、父さんのプロポーズの台詞なんて参考にならないよ。多分、お前が期待するようなしゃれた台詞なんて全然ないからね。」
「ふうん・・・。そうなの?」
カインは今度は妻に視線を移した。
「そうね・・・。特別しゃれた台詞なんて何にもなかったわ。」
自覚していたことではあるが、あまりにもはっきり言われて、私は思わず苦笑いした。妻はそんな私に気づきくすっと笑う。
「でもね・・・。父さんは一生懸命、自分の言葉でプロポーズしてくれたのよ。その必死の思いが伝わってきて・・・とても嬉しかったの・・・。」
「そっか・・・。それじゃ教えてよ。父さんはさ、母さんに何て言ったの?」
妻はちらりと私を横目で見た。
「・・・あなたが教える?」
ニッと笑っている。
「・・・どうしても教えるの・・・?」
「あら・・・だめ・・・?」
「いや、だめってことはないけど・・・何だかちょっと照れくさいかな・・・なんて思ってさ・・・。」
「ふふふ・・・あなたにしてみればそうよね・・・。どうしようかな・・・。やっぱり教えるのよそうかしら・・・。」
そう言う割には、妻の表情を見る限り、教えるのをやめそうには見えない。
「あ、ずるいよ、父さん!せっかく母さんが教えてくれるって言うのに!」
カインが慌てて立ち上がる。
「だって恥ずかしいじゃないか・・・。」
「だって一度は母さんに言ったんじゃないか。だったらもう一度ここで聞かせてくれたって・・・。」
「初めて言った時は必死だったんだよ。母さんと結婚出来るかどうかの瀬戸際だったんだから。そんな時に恥ずかしいからなんて言うようでは、どうしようもないじゃないか。」
「そ・・・それはそうだけど・・・。」
妻はカインと私のそんなやりとりをくすくすと笑いながら見つめている。
「でも君は教えるつもりでいるんだよね?」
私は妻を横目で見ながら問いかけた。
「まあ・・・ね・・・。」
妻はまたニッと笑ってみせる。引き留めたところで聞いてはくれないような表情だ。
「やっぱりね・・・。教えてもいいよ・・・。ここまで話してからごまかしても、どうせここにいる間中しつこく聞かれまくりそうだし・・・。でも・・・君から教えてよ・・・。自分で言うのは・・・やっぱり照れくさいし・・・。」
「判ったわ。私はあなたの言葉全部憶えているけど、一応間違えたら訂正してよね。」
くすっと笑いながら妻はカインに向き直った。
「父さんはね、まっすぐに母さんの眼を見つめて、『結婚しよう』って言ってくれたの。それから・・・『この先何があってもずっと君と一緒に生きていきたい』って・・・。」
言い終わる頃には妻の頬も少しだけ赤くなっていた。
「・・・あらやだ・・・。何だか私まで赤くなっちゃったわ・・・。」
妻はしきりに手のひらで自分の頬を擦っている。妻の言葉を真面目な顔で聞いていたカインが口を開いた。
「それだけ・・・?」
「それだけじゃないけど・・・あとは秘密。」
「あ、ずるい!」
「いいじゃないの!特別に教えてあげたんだから!二つとも、プロポーズの一番大事な台詞なのよ。」
「そりゃそうだけど・・・まあいいか・・・。それってさ、いつ頃の話なの?」
「そうねぇ・・・。この島に帰ってくる少し前よ・・・。剣士団の人達と一緒にいた頃よりは・・・ずっと後ね・・・。ねぇカイン、あなた剣士団が昔一度解散されたのは知っているの?」
「知ってるよ。剣士団に入ってから、王宮の図書室で剣士団に関する本は一通り読んだからね。聖戦が起きる寸前までいったって言うころの話だよね?」
「そう・・・。一度解散された剣士団が、再結成される少し前よ。」
「そっかぁ・・・。『結婚しよう』か・・・。父さんらしいじゃない、ストレートでさ。それじゃ母さんは、その時父さんのことどう思ってたの?プロポーズされるの待ってた?それともそんなこと言われて驚いた?」
「そうねぇ・・・。何て言ったらいいのかしら・・・。母さんは一緒に旅に出た時から・・・この人の行くところどこにでも、絶対ついて行くって決めてて・・・。でも父さんがちゃんと言ってくれるまではとても不安だったの・・・。だって母さんがついて行きたくても、父さんのほうはついて来てほしくなんてないかも知れないとか、もしかしたら、この人には他にもっといい人が現れるかも知れないのにとか、そんなことばかり考えてしまって・・・。だからはっきりと言ってくれた時はとても嬉しかったわ・・・。さっきあなたが言ったように、父さんはあんまり喋らないから・・・だから一緒に旅している間中、何度そのことで喧嘩したか・・・。いえ・・・喧嘩にすらならなかったわね・・・。いつも話の途中で黙っちゃって、だから母さんはわけが判らなくて一人で怒ったり泣いたり・・・。そしていつも誰かが、父さんの気持ちを代わりに母さんに伝えてくれてたのよ・・・。」
その『誰か』はいつだってカインだった。3人で旅している間中、カインはいつだって私達の仲を取りもってくれた・・・。妻の話を聞きながら、思わず涙が滲みそうになる。
「それじゃ、まさかプロポーズする時にも、その人が代わりに言った・・・なんて事はないよね?」
妻はくすっと笑った。
「まさか・・・。その時にはもうその人はいなかったから・・・。」
妻の表情がほんの少し翳り、声のトーンが落ちる。
「いなかったって・・・どうして・・・。」
「亡くなったのよ・・・。」
カインの顔がこわばった。隣に座るフローラも身を固くして聞いている。
「それってもしかして・・・父さんが組んでいた相方の人のこと・・?僕が名前をもらったって言う・・・。」
「そうよ・・・。」
返事をするたびに妻の声は低く小さくなっていき、つられてカインの表情も少しずつ暗くなっていった。妻はそれに気づいたらしく、ハッとして表情を和らげ、カインにむかって微笑んで見せた。
「そして私達はこの島に帰ってきて、ずっとここで一緒に暮らしてきたのよ。どう?納得してくれた?」
妻の笑顔に安心したようにほっと一息ついて、カインは顔をあげた。
「ふぅん・・・。それじゃ父さんと母さんて、この島で結婚式挙げたの?」
「式はカナの村で挙げたの。この島に帰ってくる前に、一度カナに戻ったから。」
「カナって・・・あっちまで行ったの?どうして?」
「そりゃ・・・結婚するって決めたんだから、母さんの母さん、つまりお前のおばあちゃんに、『娘さんをください』ってお願いしに行ったんだよ。黙って連れてくるわけには行かないじゃないか。」
「でもさあ、ずっと一緒に旅してたんだもの、今さらって気もするけどなぁ。」
「そう言うわけにはいかないよ。・・・大事な娘を、さんざんあちこち連れ回した挙げ句に、こんな北の果てまで連れてきてしまうんだから、一度顔見せに戻らなくちゃって思って・・・。だから遠回りにはなったけど、一度カナに戻ったんだ。その時に『娘の花嫁姿を見せてほしい』って頼まれて・・・それでカナで式を挙げることになったんだよ。でもそれでよかったと思ってるよ。結局そのあとは・・・カナどころか北大陸までも行く機会がなかったからね・・・。」
「そうかぁ・・・。父さんはこっちに来てから医者の勉強始めたんだもの、大変だったんだよね。でもすごいよなぁ。」
カインは素直に感心している。あれから20年以上にもなるというのに、私がこの島を出なかった理由・・・。それはただ単に忙しかったからと言うだけではなかったのだが、それを今ここで言うことは出来なかった。
「素敵なご夫婦なんですね・・・。うらやましいわ・・・。」
フローラが夢見るような瞳で私達を見ながら、小さくつぶやいた。
「ふふふ・・・ありがとう、フローラ。」
妻がフローラに向かって微笑みかける。
「素敵かぁ・・・うーん・・・。」
カインが大げさに腕を組み、考え込むような素振りを見せた。
「そうよ。とっても素敵なご夫婦だわ・・・。私達も・・・。」
言いかけてフローラは口をつぐんだ。『私達もそんな風になりたい・・・』と続けたかったのかも知れない。だが、どうやらこの娘の心には、未だに姉の父親のことが重くのしかかっているらしい。それで言葉を呑み込んでしまったのだろう。カインはそんなフローラの心を知ってか知らずか、とぎれた言葉の後を受けて喋り始めた。
「僕達も素敵な夫婦を目指したいよねぇ。うーん・・・父さんと母さんみたいにって言うのはともかく・・・。」
「・・・それどういう意味?」
妻がじろりとカインを睨む。
「・・・別に深い意味はないよ・・・。」
「・・・でもなんか引っかかるわね・・・。」
素知らぬ顔をしているカインと、そんなカインを睨んでみせる妻の顔を交互に見て、私は思わず笑い出した。
「二人ともいい勝負だね・・・。さてと、話を戻そうか。」
私はほっと一息ついた。冷や汗が流れていたが、これは昔のことを思いだしたからと言うより、カインに妙なことを聞かれたせいのような気がした。オシニスさんの名前が出た時から、少しずつ甦ってくる20年前の記憶・・・。それでも昨日ほどひどい頭痛やめまいがしないのは、もしかしたらカインの明るさのおかげなのだろうか。
「父さん・・・汗かいてるよ。」
カインがくすっと笑う。
「お前が妙なことを聞くからじゃないか。まったく・・・オシニスさんの話が何で私達のプロポーズの話になってしまったんだか。」
「いいじゃないか。母さんがすんなりと教えてくれたのはちょっと驚いたけどね、でもいろんなことが聞けて・・・嬉しかったな・・・。」
「以前のあなたになら、絶対にこんな話しなかったと思うわよ。でもあなたも、フローラと知りあったことでいろいろとこれからのことを考えるようになったみたいだし、いまのあなたになら教えてもいいかなって思ったのよ。」
「うん・・・ありがとう、母さん。」
カインはにっこりと母親にむかって微笑むと、私に視線を戻した。
「でも意外だな・・・。父さんはともかく、母さんまで剣士団長のこと知ってたなんてさ・・・。」
「そうだね・・・。確かに父さんも母さんもオシニスさんのことはよく知っている。父さん達だけじゃないよ。ライザーさんもだよ。あの人はオシニスさんとコンビを組んでいたんだ。父さんが剣士団に入団したとき、オシニスさんが二次試験の試験官を務めてくれてね。そのあともあの二人には、父さんはずいぶんと世話になったんだ・・・。そのオシニスさんが今の剣士団長か・・・。」
あの頃・・・オシニスさんのリーダーシップは誰もが認めるところだった。オシニスさんとライザーさん、それにランドさんの3人の中で、誰が団長になるのかと考えれば、その答はみんな同じだっただろう。でもあの人のことだ。きっと型破りな団長なんだろうな、ふとそんなことを思った。
「え・・・!?コンビって・・・それじゃライザーおじさんて・・・剣士団長の・・・相方だったの!?」
カインが突然大きな声で叫んだ。
「そうだよ。すごい強かったんだよ。なんだ、聞いてなかったのか?」
「そんな話聞いたことないよ。ホントにぃ?」
カインはあからさまに疑わしそうな眼を私に向ける。
「こんなことで嘘言っても仕方ないだろ。お前がライザーさんに直接聞けばすぐにわかるんだから。」
最も聞かれても言うかどうかはわからないが・・・。
「うーん・・・信じられないよぉ。だってさぁ、ライザーおじさんてすっごく優しいし、いつもにこにこしてるし・・・。王国剣士だったってことだけでも信じられないくらいだったんだよ。そんなに強かったのぉ!?」
「そんな言い方はないでしょ?母さんもライザーさんと父さんの立合いは何度も見てるわよ。すごかったんだから。」
妻が口を挟む。
「父さんとおじさんの立合い?僕そんなの見たことないよ。いつ頃の話?」
「いつかなぁ・・・。お前が生まれてから・・・剣を教えてくれと言い出す少し前までかな。その頃にはライザーさんのところのライラとイルサも大きくなっていたから、護身用にって子供達に教えるようになって・・・。父さんもお前に教えるようになって・・・それからなかなか二人で稽古ってわけにもいかなくなってね。」
「ふぅん・・・。見たかったなぁ。父さんとおじさんの立合い。」
「もうずいぶんやってないよ。父さんはお前に教えるのに自分でも訓練してたけど、ライザーさんのほうはどうなのかな。ライラは何か別な仕事をするとかで島を出て行ってしまったし、イルサだって女の子だからね。剣士でも志すのでなければ、護身用としてはもう充分すぎるくらいだったし。でもあの人のことだから、全然やめてしまってるってことはないだろうな。あの見事な剣さばきは、ぜひもう一度見てみたいよ・・・。」
「へぇ・・・。何か・・・すごく意外だな。だってさ、僕もおじさんがライラ達に剣を教えているところは見たことあるけど、いつも木刀持って基本的な長剣のさばき方とか、そんなの教えてるところばかりでさ。」
「そりゃそうだろう。子供に剣を教えるのに、真剣を使って本気で立合いなんて出来るわけがないじゃないか。」
「それもそうか・・・。ねぇ父さん、ライザーおじさんはどうして剣士団をやめたりしたのかな?僕はてっきり向いてないからやめたのかなーなんて思ってたんだけど・・・。でも剣士団長とコンビ組んでたほどの人だったなら、そんなはずはないよね?どうしてかな?」
「さてねえ。それは本人に聞いてみないとわからないな。」
「ほんとに?今日行った時に僕も聞いたんだけど、おじさんは黙って笑っているし、イノージェンおばさんは『私のことが好きだったからよ』なんて言ってるし。」
(・・・イノージェンらしいな・・・。)
それに、確かにそれも理由の一つであるのかも知れない。幼い日の約束を果たすために・・・彼はこの島に戻ってきたのだから・・・。
ライザーさんは王国剣士時代の私の目標だった。オシニスさんとの息の合ったコンビネーション。大剣を片手で軽々と操る力強さ。すべてが私達コンビの憧れだった。カインと二人、いつかあの二人に追いつこうと必死だった。剣士団長も副団長も他のみんなも、オシニスさんとライザーさん、それにランドさんの3人が剣士団の明日を担うと信じて疑わなかったはずだ。
なのに、彼はこの島に戻ってきた。しかも『エルバール存亡の危機』と言われていたあの騒動のさなかに。彼がいずれはイノージェンの元に戻ると、それはわかっていた。彼女を幸せにしてくれると、私と約束してくれてもいた。だが、なぜそれがあの時だったのか・・・。私にもそれはわからない。
この島に戻ってきたばかりの頃、その理由を聞きたくて、でも何も聞けなくて、そのもどかしさを振り払いたくて私は彼に勝負を申し込んだ。それが、ライザーさんと私がこの島で立合いをした最初だった。剣士団にいた時のようにフル装備で向かい合い、お互い手抜きなしで本気でぶつかり合った。そして結局勝負はつかなかった。そう言えばあの時は、イノージェンのお腹の中に子供がいるとわかったばかりの時だった。二人とも疲れてきて、それでも途中でやめる気になれなくて、その時イノージェンがした小さなくしゃみで、二人とも動きを止めてしまった。そしてそのあと、何度勝負しても決着はつかなかった。もしかしたら、どちらも勝負をつけるのをためらっていたのかも知れない。剣を交えている時は無心になれた。ただ時間の許すかぎり、そうしていたかった。それはライザーさんにしても同じだったのかも知れない・・・。
「イノージェンがそう言うならきっとそうなんだよ。」
私はカインに向かってにやりと笑って見せた。
「えーーー!?そんなんでぇ!?そんなのないよぉ!!」
カインは大きな声であきれたように叫ぶ。
「大きな声を出すなよ。そんなんて言い方はないと思うけどなあ・・。人それぞれだし。いいじゃないか、別に。」
とは言ってみたが、憧れの王国剣士になって間もない若いカインには、女性のことで剣士団を辞めるなど、思いもつかないことなのかも知れない。が、カインの隣で、フローラはその言葉を聞き逃さなかった。
「『そんなん』・・・か・・・。あなたにとって好きな女の子のことは『そんなん』なのね・・・。」
視線を落とし、寂しそうに小さくつぶやく。
「あ、違うよ。そうじゃなくてさ、僕はライザーおじさんの話を・・・。」
慌てたカインが必死に弁明をする。
「いいのよ別に・・・。あなたのお父様のおっしゃる通り、人それぞれだものね・・・。そりゃ・・・私は自分のためにあなたに剣士団を辞めてなんて言ったりしないけど・・・。でも・・・そうよね、あなたはまだ剣士団に入ったばかりなんだもの・・・。それが一番大事よね・・・。」
話すうちにフローラの声はますます弱くなり、最後の方は消え入りそうになっていた。それでなくてもシャロンの父親のことでカインに引け目を感じているというのに、あんな言い方をされてしまっては気持ちが沈む一方だろう。すっかりしょんぼりして下を向いてしまった。
「ごめん、ごめんてば。悪かったよ。だからそんな風に言わないでよ。」
下を向いたままのフローラに、冷や汗を流しながら一生懸命謝るカイン。見ていた妻と私がほとんど同時に大きなため息をついた。
「まったくもう・・・。だからあなたは考えなしだっていうのよ!そんな言い方はないわよ。それにその話は、イノージェンがそう言ってるだけで、ほんとのところなんてわからないじゃないの。」
妻がカインをたしなめる。
「そうだけどさあ・・・。それほど腕が立つ人が・・・普通なら考えられないよ。それともよっぽど切羽詰まったことでもあったのかな・・・。でなけりゃ僕なら絶対辞めないけどな。」
カインは一人で頷いている。
「みんなそれぞれ事情があるんだよ。何も知らないんだからそんな風に言うものじゃないよ。」
「はぁい・・・。ねぇ、それじゃさ、父さんが剣士団にいた時の話聞かせてよ。」
「ライザーさんの話から何でそこに飛ぶんだ?どうもお前の頭の中はよくわからないな。」
あまりにも突然話が飛んで、私は面食らった。
「だってさ、父さんの試験の時に団長が試験官だったんだよね?ライザーおじさんもその時いたの?」
「いや、オシニスさん一人だったよ。」
「ふぅん・・・。でもさ、試験官て・・・どこにいたの?」
「父さんが任務のために出向いた先にいた盗賊だよ。」
この言葉にカインが笑い出した。
「盗賊ぅ!?あの団長が・・・盗賊・・・。」
おかしくてたまらないと言うようにカインの笑いは止まらない。つられて私まで笑い出してしまった。
「それが似合ってたんだよなぁ・・・忍び装束がね。すっかりだまされたよ。」
盗賊姿のオシニスさんの姿が脳裏に甦った。
「そっかぁ。見てみたかったなぁ、団長の盗賊姿。父さんが入団した時の試験のことなんて、今までそんなこと聞いたことなかったもの。教えてよ。」
カインは小さなころから王国剣士になることを夢見ていた。大きくなってからもその夢は変わらなかったので、本気で目指すつもりなら試験の内容など教えない方がいいと思い、ずっと黙っていたことだった。
その時また頭の中から声が響く・・・。
−−本当に・・・?−−
本当にそれだけなのだろうか・・。いや・・・これはあの声が私の心を惑わせているだけだ・・・。聞いてはいけない・・・。
「・・・そうだね・・・。お前ももう正式に王国剣士になったことだし、別に教えても構わないだろう・・・。」
声を振り払うように、私は剣士団に入って最初の任務について、簡単にカインに話して聞かせた。ローランに住む女性に手紙を届けるという、メッセンジャーのような任務。単純明瞭で、難なくこなせるのではないかと思わせるような簡単なもの。ところが思いがけず盗難事件に巻き込まれ、それを解決した・・・。
「へぇ・・・。つまりその盗難事件を解決するまでが本当の試験だったってことなのかな?」
「そうだね。任務が終わって当時の剣士団長に報告した時に、『これはテストだ』ってはっきり言われたからね。」
王国剣士となるための試験は今も昔と変わらないと聞いている。まずは剣の腕。これがおぼつかないようでは話にならない。入団希望者は、まず採用担当官と直接剣を交えることになる。そこで腕を認められれば、仮入団という形になる。王宮内の宿舎に部屋を与えられるのだが、これは二人部屋で、同室になるのは基本的にコンビを組む相手となる。もっとも男性と女性のコンビの場合もあるので、そう言う場合は当然同室というわけには行かない。
そのあと簡単な任務を命ぜられるのだが、実はこの任務こそが二次試験なのだ。言われたことを言われたとおりにこなすだけならば誰にでも出来る。だが、任務遂行のために出向いた先で出会う出来事を、どう捉え、どう対処するか。それを行く先々で出会う先輩剣士達が、厳しくチェックしているのだ。そして任務終了の報告を受けたあと、各地からの報告に基づいて剣士団長が合否を決定する。
ここで合格することが出来れば、正式入団となり、剣士団長から、身分証明書となる「王国剣士の証」を与えられる。こうなれば、その人間の生まれも育ちも一切関係ない。
ただ一つの義務は『王国剣士としてエルバール王国のすべてを守ること』それだけである。これは王国剣士団が出来た頃からの取り決めらしい。生まれや育ちなどよりも、その人間自体がどんな人間か、どういう力を持っているのか、それを人材登用の基本としているのだ。そして私が二次試験に臨んだ時にコンビを組んだ先輩剣士こそ、私よりも1ヶ月ほど早く入団していたカインだったのだ。
「そうかぁ。でも指輪かぁ。何だか聞いたような話だな。」
「聞いたようなって・・・お前の研修はどんなだったんだ?」
「僕のときはね、1年早く入団してた先輩と組んだんだよね。任務自体は、雑貨屋に急ぎで注文してあった備品を取りに行くっていうだけのことだったんだ。だからちょっと拍子抜けしてさ。そんなことならすぐにでもって出かけたんだけど、途中で指輪をなくして泣いているおばあさんに会っちゃって・・・。こっちは研修中の身だし、急ぎの用事を頼まれているし。」
「なるほど・・・。迷っただろうね・・・。」
「そりゃ迷ったよ。でもさ、その指輪が旦那さんの形見だって言うんだ。だから、見過ごせなくてさ。落とした場所がどのあたりかはだいたい判るって言うから、先輩にも協力してもらって、探してあげることにしたんだ。それがなかなか見つからなくてさぁ。必死で捜してあげているうちに夕方になっちゃったんだよ。暗くなる直前くらいにやっと川の中から探し出したんだけど、もう遅いからって先輩がそのおばあさんを家まで送っていくことになったんだ。そしてその間に僕が雑貨屋に行こうってことになってさ、もう閉まってるかと思って必死に走っていったよ。」
「・・・どんな指輪だったんだ・・・?」
「きれいな銀の指輪でね。表面に何か彫ってあるの。」
「その指輪は持ち主に返したのか?」
「僕が持ってるよ。試験のあと『必要なくなるまで持っていてね』って言われて、僕がはめてる。」
「・・・見せてくれ。」
カインがその指輪を指から外してテーブルの上に置いた。それは・・・間違いなくモルダナさんの指輪だった・・・。
「なるほど。さすがに毎回手紙を届ける任務ではワンパターンになるってことか・・・。」
指輪を手に取りつぶやいた私の言葉に、カインが驚いて身を乗り出した。
「父さんの任務に出てきた人って・・・白髪のおばあさんだった?」
「20年前には白くなんてなかったよ。あの人はフロリア様の乳母だった人だから、あの当時でせいぜい50歳前後だったろうな。もっと若かったかも知れない。それで?そのあとお前はどうしたんだ?」
「あ、それでね、雑貨屋に行ったら、僕たちが行くまでずっと開けて待っててくれたんだけどね、中に入るなりガシャーンて音がしてさ。その音が実は、フローラがつまずいて商品を床にぶちまけた音だったんだ。それを拾うのを手伝っているうちにおばあさんを送っていった先輩が戻ってきたから、そこでやっと『急ぎの品』を受け取ることが出来たわけ。結局雑貨屋から王宮に戻ったのはもう夜中だったよ。ああ、もうこれで正式入団は絶望的だぁと思ってたんだ。その日の夜は、家に帰ったら父さんにどう言い訳しようかなあ、なんてことばかり考えてたよ。でも困っている人をほっといて試験に受かっても後味悪いもんね。困っている時はお互い様だっていうし。」
「でも合格出来たってことだな。」
「そう。次の日に剣士団長に報告に行ったら、そのおばあさんが団長の部屋にいてさ、この指輪を預かったわけ。指輪が旦那さんの形見じゃないってことも、『急ぎの仕事』にばかり気を取られずにおばあさんの言葉に耳を傾けるかどうか、そしてその指輪を探し出すまでがんばれるかどうかってことが試験だったってことも、その時聞いた。でも新人剣士の試験のためとは言え、自分の大事な指輪を川に投げ込んでまで協力してくれたって思ったら、すごく嬉しくなってさ。思わずおばあさんの手を取って大泣きしちゃったんだよ。『ありがとうございましたぁ』って大声で叫んで。」
息子のカインは、私の願いどおり、まっすぐで純粋で、そして心の優しい人間になってくれたと思う・・・。だが、おだてられるとすぐ調子に乗るお調子者で、おまけにおっちょこちょいなところは・・・一体誰に似たのだろう・・・。私の知る限り、父サミルはとても穏やかで落ち着いた人だった。私は父に怒鳴られたりした記憶がない。最も私の小さい頃を知る人達に言わせれば、私が昔からおとなしかったかららしい。怒鳴られるほどのやんちゃぶりを発揮することはなかったのだろう。妻だっていつも元気で明るいけれど、お調子者でもおっちょこちょいでもない。では私に似ているのか・・・。私はそんなにおっちょこちょいでお調子者だったかな・・・。それとも自覚していないだけで、実はみんな私をそう思っていたのか・・・。
ここまで考えて、私はおかしくなってしまった。誰に似ていようと関係ない。この子は間違いなく妻と私の息子なのだし、第一まだまだ成長途上なのだ・・・。だがそれでも、もう少しシャキッとしてくれると、安心出来るのだが・・・。そんなことを考えながら、息子の顔をまじまじと見つめた。
「時代は変わるってことか・・・。今は昔のようにモンスターがこぞって人間を襲ったりはしないだろうからね。以前のようにどんな相手でもひるまず向かっていく気概よりも、思いやりを持って周囲に接すると言うことや、他人のためにでも辛抱強くがんばれるかどうかとか、そう言うのが採用基準になってるんだろうな。剣の腕のほうは採用担当官が見てわかってるわけだし。」
「そっかぁ・・・。父さんの試験もあのおばあさんの指輪がらみだったのかぁ。そんなにしょっちゅうこういう試験してるのかな。」
「それは違うだろうな。だってお前が今、指輪を持ってるじゃないか。これがなくちゃ試験にならないだろ?」
「あ、そうか。」
「その指輪は不思議な力を持っているんだ。父さんも何度もその指輪の力に助けられた。でもいつまでも指輪に頼ってばかりいてはいけないよ。自分で腕を磨いて、その指輪に頼らなくてもやっていけるようになったと自分が感じた時に、その指輪をモルダナさんに返しに行きなさい。」
「はい。わかったよ。それじゃ大事にしなくちゃね。」
カインはそう言うと、また指輪をはめた。この指輪が私の手を離れた後、一体何人の王国剣士の指にはめられてきたのか、それは判らない。だが、私の前にこの指輪をはめていた人物のことは、私はよく知っている。その人のことについて話そうかとも思ったが、話すべきではないことまでも話すことになるような気がして、私は喉元で言葉を止めた。
「しかし・・・結果も出ないうちから言い訳を考えていたとは・・・まあお前らしいのかもな。でもお前の二次試験がモルダナさんの指輪探しだったとはね・・・。3ヶ月前に来たお前の手紙には『無事、合格。やったぜ!』としか書いてなかったから。せめてどう言う試験があってどう言うふうに行動して、くらいのことは書いてくれてもいいじゃないか。」
「しかも手紙をくれたのなんて、あのあとは今回の休暇の知らせだけよ。それもたった2行だけで、休暇の日付も書いてなかったわ。フローラのことだってそう。3ヶ月も前に知り合っていたのなら、一言くらい手紙に書いてくれてもいいじゃないの。」
妻が口を挟む。
「それは・・・ごめん。なんて書いていいかわからなくて。だって、照れくさいしさあ。」
「何言ってるの。結婚するつもりで盛り上がってたんでしょう?それなら照れてる場合じゃないと思うんだけど。」
「・・・うん。でも今すぐは無理だよ。僕もまだまだ新米だし。」
「まあそうだろうな。そんなに焦ることないよ。とにかく早く一人前になることが先決だ。ところでこの手紙はいつ預かったんだい?それに・・・どうしてお前が私の息子だと知っていたのかな。」
「だって仮入団の手続きの時に、父さんと母さんの名前言ったもの。」
「あ、そうか・・・。それがあったっけ。」
私はそんなことなどすっかり忘れていた。それならばオシニスさんが私達のことを知っていて当たり前だ。そう言えば私も、採用担当官のランドさんに同じことを聞かれたことを思い出した。出身地は『北の島』とだけ言ったが、父親については最近亡くなったと言うことだけで通してしまったっけ・・・。
「こっちに帰ってくる前の日に、剣士団長から呼び出されてね。まさか休暇取り消しにでもなるんじゃないかと、ヒヤヒヤしながら団長の部屋に行ったんだよ。」
「お前、そうなるかもしれないような心当たりでもあったのか?」
「え?い、いや、そうじゃなくて・・・。」
慌てるところを見ると、心当たりはいくらでもあるらしい。思い込みや早とちりなどでの失敗はたくさんあるのだろう。もう少し落ち着きを持って貰いたいものだが・・・。
「えーと、でもそうじゃなくてさ、部屋に入るなり『お前の両親はクロービスとウィローなのか?』って聞かれてね。『はい、そうです』って答えたら、『なるほどな。・・・確かにお前はクロービスに似ているかもな。』だってさ。僕の顔立ちって父さんに似ているのかな。自分ではあんまり、どっちかにそっくりって言う顔じゃないと思ってたんだけどな・・・。でも何だか拍子抜けしちゃったよ。すっごい緊張してたのにさ。」
「どうなのかなあ・・・。生まれたばかりの時は似てるって言われたけど・・・今はそう思って見たことはないけどなぁ・・・。」
「そうだよねぇ・・・。あ、それでさ、そのあと団長の顔がね、一瞬だけすごい怖い顔になったんだ。団長って普段はハンサムなんだけど訓練の時はすごい怖い顔してるんだよね。でもその時よりももっと怖い顔になって、次に何を言われるのか、もう冷や汗がたらたらだったよ。でも、すぐにいつもの顔に戻って、『明日の朝出かける前にもう一度ここに立ち寄るように』って言われて、それでその日はおしまい。で、次の日の朝、団長の部屋に行った時に、その手紙を預かったんだよ。その時は怖い顔って言うより・・・なんだか苦しそうな顔してたような気がしたな・・・。僕の気のせいかもしれないけど。」
苦しそうな顔・・・。この手紙には一体何が書いてあるのだろう。私は手紙を開けるのが恐ろしいような気さえしていた。何かオシニスさんの身によからぬ事が起こっているのだろうか・・・。
だが、なぜ私なのだろう・・・。私が剣士団に籍を置いていたのは、もう20年以上も前のことだし、在籍していたのもわずか一年ほどだ。それにあの頃、私はいつもオシニスさん達に面倒をかけるばかりだった。とても悩み事を相談する相手として、思い出してもらえるような印象があるとは思えない。私などに相談するよりも、ランドさんあたりのほうが、はるかに頼りになるような気がする。ライザーさんも含めて、あの3人はとても仲がよかった。一度3人と立合いしたことがあったが、そんなにしょっちゅう組んでいるわけでもないはずなのに、あまりにも絶妙なチームワークに驚いたものだ。なのになぜ私のところに今になって手紙など・・・。
そういえば、そのランドさんは今頃どうしているのだろう。オシニスさんが現在の団長なら、同期入団のランドさんも当然幹部の一人にはなっているのだろうが、あの人の後任となる採用担当官は、よほどの腕がなければ務まらないような気がする。
「父さん、剣士団の採用担当官のランドさんは知っているよね?」
「ランドさん?今も採用担当なのか!?」
たった今自分が考えていた人の名前がカインの口から出たことに驚いたが、今でもランドさんが採用担当をしていることにはもっと驚いた。
「そうだよ。だから剣技の試験はすごい厳しいんだよ。あの人強いんだもの。」
試験の時のことを思い出したのか、カインは大きなため息をついた。
「だろうな・・・。それでもお前が合格したって事は・・・ランドさんは相当手を抜いていたのかもしれないな。しかし今でもあの人が採用担当をしているとは・・・すごいな。」
「でね、仮入団の手続きの時に父さんと母さんの名前言ったあと、ランドさんがつぶやくみたいに言ったんだよ。『ふむ、どうりで防ぎにくいわけだ』って。どういう意味だったのかな。」
私は昔、自分の採用試験でランドさんが言った言葉を思い出していた。
『不思議な剣さばきですね・・・。鋭さは感じられないのになぜだか防ぎにくい・・・。』
小さな頃カインは、私が王国剣士であったことを知ってよく言ったものだ。
「父さん、どうしてやめちゃったの?僕、王国剣士の父さんを見たかったな・・・。」
やがてそれが『自分が王国剣士になる』という夢に変わっていった。せがまれて剣を教えていたが、その太刀筋が似ているのは親子だからなのか、私が教えたからなのか・・・。
「父さん・・・?どうしたの、ぼんやりして。」
「え?あ、ああ・・・ちょっと昔を思い出してね・・・。父さんも・・・ランドさんに同じことを言われたよ。父さんと太刀筋が似ていると言うことなのかな。」
「へぇ。じゃ僕も父さんみたいに強くなれるのかな。」
カインは目を輝かせた。
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