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第57章 新たな災厄

 
「・・・さてと、そこいら辺に座ってくれ。」
 
 剣士団長室について、私達は来客用と思われるテーブルを囲んで座った。昨日来たときは奥の部屋におかれたオシニスさんの執務用机の前で話したので、団長室のこの場所に来るのは本当に20年ぶり以上かも知れなかった。昨夜と同じ場所にポットと茶器がある。妻が「お茶を入れましょうね」と言ってイルサと一緒に用意をし始めた。昨夜よりは熱いお湯で淹れられたお茶が全員の前に並んだ頃、オシニスさんが私を見て話し出した。
 
「クロービス。」
 
「はい?」
 
「アスランの治療だが、順調に行って一ヶ月もあれば、あいつは普通の生活が出来るようになると考えていいんだな?」
 
「普通の生活なら出来るようになると思いますよ。でも王国剣士の仕事が出来るようになるかどうかは、正直言って確約は出来ません。」
 
「それは仕方ないさ。・・・もしもお前達がいなければ、今頃はあいつの葬式の算段だったろう。それがいつから仕事に戻れるかなんて話を、出来るだけでもありがたいと思わなけりゃな。」
 
「本人には一応、一ヶ月で仕事復帰できるようになるかも知れないとは言ってあります。出来るだけ希望と意欲を持って治療に取り組んでほしいですからね。」
 
「この先は本当にあいつの体力と気力次第なんだな。」
 
「そう言うことです。薬も呪文も、本人が治ろうとする意欲があってこそ、その効果を最大限に発揮できるんですよ。でも無理をしたら逆効果ですから、オシニスさんからもよく言って聞かせてくださいね。」
 
「ああ、気をつけておくよ。それに、医師会の精鋭があいつの治療にあたってくれているんだ。きっとすぐに回復する、俺達も希望を持っていないとな。」
 
「そうですね。」
 
「それじゃ先生は、あと一ヶ月こっちにいるの?」
 
 イルサが尋ねた。
 
「まあしばらくはいると思うけど・・・。」
 
 思わず言葉を濁した私を、オシニスさんが見てニッと笑った。
 
「まあそんなに長くはいないだろうな。」
 
「オシニスさん・・・。」
 
「お前のことだ、アスランの治療をいつから医師会に任せるか、考えているだろう?」
 
 やはり気づかれていたか・・・。まあ仕方ない。気づかれなかったとしてもいずれは話すつもりでいたことだ。
 
「ははは、わかってしまいましたか。」
 
「そのくらいのことはお見通しさ。この先一ヶ月もお前がつきあわなくても、医師会の連中だけで充分治療は出来そうだからな。」
 
「あれだけはっきりと話が出来ているわけですから、今後の治療はリハビリと食事が中心になるでしょう。医師会にはその道の専門家がいらっしゃるんだし、お任せするのが筋だと思います。ただ、記憶障害だけは少し心配なんですけどね。」
 
「それでカインに頼んだのか。」
 
「ええ。一番一緒にいる時間が長いわけですから、記憶が消えたりしていないか、多少時間をかけて調べてもらうように言いました。」
 
「なるほど。だがそれも、そんなに長い時間ではないな。」
 
「まあそうですね。少なくとも襲われた前後の記憶ははっきりしているし、カインの声もすぐにわかったようだし、どうやら前の日に目を開けたとき、イルサがそこにいたことも認識していたようです。ほとんど心配ないと考えていいとは思うんですが、推測だけで治療を進めるわけにはいきませんから、確認のようなものです。」
 
 オシニスさんは黙ったままうなずいた。私がアスランの治療から手を引くことを、この人は反対するかと思ったのだがそうではないらしい。今のアスランの状況を聞くだけなら、病室でも充分ではないかと思えるのだが、何で私達までここに呼んだのだろう。
 
「私達は元々ただの旅行者ですから、アスランの治療を全面的に医師会に引き継いだら、改めて祭りを楽しませていただきますよ。」
 
「そうだな・・・。楽しむまもなく騒ぎになっちまったからな・・・。」
 
 オシニスさんは小さなため息を一つつき、今度はライラに視線を向けた。
 
「ライラ、フロリア様への定時報告はまだだな?」
 
「はい・・・。すみません。」
 
「いや、別に怒ってるわけじゃない。こっちに来るなりこの騒ぎだったから仕方ないさ。資料はそろってるのか?」
 
「はい。ここに・・・。」
 
 ライラはそう言って、肩にかけた鞄の中から紙の束をとりだした。
 
「いつも持ち歩いているのか?」
 
「はい。あんなことがあったあとじゃ、うっかり部屋にも置けないと思って・・・。」
 
 『あんなこと』とは脅迫状のことだろう。敵の正体が見えない以上、どこにも安全な場所などないようなものだ。
 
「よし、それじゃ今日の午後から行くか。」
 
「団長さんのご都合は大丈夫なんですか?」
 
「俺の仕事なんてあってないようなものさ。今のところ、お前のこととアスランのことが最優先事項だ。鉱山の準備はどうなんだ?」
 
「そっちは順調です。ロイさんと鉱夫頭のシドさんが、中心になって進めてくれていますから。祭りが終わる頃には機材の設置も一通り終わってるはずですから、そのころまでには向こうに戻る予定なんです。」
 
「ということは、しばらくはこっちにいるんだな?」
 
「はい。両親もこっちに来てるはずなんで、祭りの後半あたりには会えるかなと思ってるんですけど。」
 
「え?」
 
 なぜかイルサが驚いてライラを見た。
 
「父さんと母さんがこっちに来てるの?」
 
「・・・手紙が来たじゃないか。何で君が知らないんだ?」
 
「手紙って・・・。」
 
「僕が鉱山を出るちょっと前かなあ。祭り見物に行くついでに職場見学したいからって・・・君のところに行ってないはずはないんだけど・・・。」
 
「もしかしたら入れ違いなんじゃないのかい?イルサのほうがライラより早くこっちに来てたじゃないか。」
 
 私の記憶が正しければ、アスランが襲われた次の日、昨夜遅くに着いたと言ってライラが現れたはずだ。
 
「あ、そうかぁ・・・。僕は今回の実験の準備でぎりぎりまで向こうにいたから、手紙を受け取れたけど・・・。」
 
「それじゃ今頃、私の部屋の手紙受けに入りっぱなしね・・・。あ〜あ、父さんと母さんに悪いことしちゃったなあ。」
 
「なんだか急に決めたみたいでね、手紙が着く頃にはもう自分達は城下町にいるだろうって書いてあった。」
 
「君達の父さんと母さんが島を出たのは、私達よりだいぶ早かったからね。島にいるうちに手紙を出したのなら、たしかに届く頃にはもうこっちに来ていたはずだろうな。」
 
「へぇ・・・。でも不思議だな。今まで祭りなんてあんまり興味なさそうだったのにな・・・。」
 
 ライラが首をかしげる。
 
「君の実験の話も聞いただろうから、心配になったんじゃないのかな。それに君達の母さんは、だいぶ祭りを楽しみにしていたみたいだよ。フロリア様が主催されるんだから格調高い祭りなのかなって。」
 
 この言葉にライラとイルサは笑い出した。
 
「母さんらしいなあ。それじゃこっちで実際の祭りを見てびっくりしたかもね。」
 
「でも案外、格調高いよりこの大騒ぎのほうが気に入るかも知れないわよ。母さんて賑やかなの大好きだしね。」
 
「ははは。そうだな。きっと大はしゃぎで、今頃父さんがあきれてるかもね。」
 
「きっと父さんは母さんに引っ張り回されてるわよ。父さんて、母さんの言うことは何でも聞いてくれるしね。」
 
 二人の会話を、オシニスさんは優しい目で見ている。
 
「ライザーが女房に振り回されてる図ってのも、ぜひ見てみたいもんだな。」
 
「僕らが先に会えたら、絶対団長さんのところに引っ張ってきますよ。20年ぶりなんですよね。」
 
 ライラはもう、父親がオシニスさんに会いに来ると思い込んでいる。もっともそう考えるのが当たり前だろう。普通なら、20年ぶりに友人に会うとなれば何をおいても真っ先に来るものだ。
 
「ところでライラ、君の父さん達はこっちでどこに宿を取るんだい?」
 
 私は一番気になっていたことを尋ねてみた。オシニスさんに聞くより、この子供達に聞いた方が確実だ。
 
「父の叔父にあたる人がこっちに住んでるから、そこにいるかも知れないって書いてあったよ。」
 
 かも知れないと言うことは、ライザーさんがそこにいるとは限らないと言うことだ。私がライラ達に場所を聞いて訪ねることを見越してなのか、それとも本当にそこにずっといるわけではないからなのか・・・。
 
「なんだよその『かも知れない』ってのは。ライザーの奴、まさか外でテントでも張ってるんじゃないだろうな。」
 
 オシニスさんがあきれたように口をはさんだ。
 
「ライザーさん一人ならなんとでもなるでしょうけどね、イノージェンが一緒ならそんなことしませんよ。」
 
「なるほどな・・・。つまり祭りの後半になれば、ライザーがあてに出来るかも知れないってことか・・・。」
 
「あてに?」
 
「ああ・・・。なあクロービス、お前もアスランの治療が一段落したら自由に動けるようになるわけだ。」
 
「それはそうですけど、それが何か?」
 
「自由に動けるってことは、つまりどこにでも行けるわけだな。」
 
「・・・そりゃそうですが、なんなんです?おかしなことばかり言って。」
 
「いや、ちょっとお前達に頼みがあってな。それでここに来てもらったわけなんだが、その前に確認しとこうと思ったのさ。」
 
「頼み・・・?」
 
「ああ、実は・・・。」
 
 
 
                          
 
 
 
「昼間も賑やかだけど、夜のほうがすごいわよねぇ。」
 
 ここは商業地区の奥、広場で開かれているバザーの喧噪もここまでは届いてこない。妻は大きく伸びをして、深呼吸した。
 
「このあたりには店も出ないし、催し物もないからね。普段でも人の流れはそんなにない場所だから、よほどいい評判がないとこのあたりで店をやっていくのは難しいんだって。」
 
 ライラが答える。
 
「その店の人が言っていたのかい?」
 
「そうだよ。ザハムさんて言う、その店のマスターなんだ。むすっとしてるとすごく怖い顔になるんだけど、笑うと優しいよ。『あなたは顔が怖いんだからいつも笑っていなさいよ』って、いつもセーラママに言われてるらしいよ。」
 
「へぇ、その二人は夫婦なのかい?」
 
「そうだよ。・・・マスター達のこと、カインから聞いた?」
 
 少しだけ不安げな目をして、ライラが尋ねた。
 
「前の仕事のことかい?」
 
「うん・・・。」
 
「聞いたよ。でも別に、気にするようなことじゃないと思うけどな。」
 
「そうよ。おいしいコーヒーとおいしい食事のほうが遙かに魅力的だわ。」
 
 妻と私の言葉にライラがほっとしたように笑った。昔は歓楽街の娼婦と用心棒だったという経歴を持つその店のマスター夫婦に、私達がよくない感情を持っているのではないかと心配していたようだ。
 
「先生達ならそう言ってくれると思った。もうすぐだよ。行こう。」
 
「ああ。しかしこのくらいの人通りなら、君達の護衛も務まりそうだな。」
 
「はぁ・・・団長さんがあんなことを言い出すとは思っても見なかったよ。」
 
 ライラが大きなため息をついた。そう、オシニスさんの『頼み』とは、妻と私にライラとイルサの護衛をしてほしいと言うことだったのだ。





「護衛!?」
 
「ああ、そうだ。そんなに驚くほどのことでもないだろう。この二人と行動を共にして、敵の手から守る、ごく普通の簡単なことさ。」
 
 オシニスさんはさらりと言う。ライラとイルサに対してのオシニスさんの話が、この間頭を痛めていた護衛の件であろうと言うことはある程度推測がついていた。どんな剣士が来るのかなと思ったりもしたが・・・まさか私達にそんな話が転がり込んでくるとは思わなかった。
 
「簡単なことって・・・。そんな簡単なことでは・・・。」
 
「ほぉ?自信がないか?」
 
 オシニスさんは挑発するようににやにやと笑っている。
 
「ははは、その手には乗りませんよ。別に自信がないわけじゃありません。この間襲ってきた連中程度なら追い払うくらいは出来ますし、ライラとイルサだってまるっきり剣が使えないわけじゃないですからね。」
 
「ならいいじゃないか。」
 
「私が知りたいのは、何でそう言う話になったのかって事ですよ。どういうことなんです?誰か腕の立つ王国剣士をつけるという話をしてたんじゃなかったんですか?」
 
 ライラとイルサの剣の腕前は、入って2〜3年の王国剣士より遙かに上だと思っていい。まるっきり戦闘能力のない人物を守るのでなければ、妻と私だけでも何とかなるとは思う。少なくともこの間襲ってきた連中程度なら、4人でかかれば撃退することは難しくない。それにしても・・・。
 
「そう考えて、いろいろ人選をしてみた結果さ。ある程度経験年数のある連中はみんな休暇中だし、仕事している連中の中で腕の立つ奴らはみんな夜勤についてるし、昼間の警備をしているような奴らでは、かえってこいつらに守ってもらう羽目になりかねないし・・・。どこかに腕が立って、昼間の自由がきいて、今城下町にいて仕事のない奴と考えたとき、それらのすべてにお前が当てはまると気づいたのさ。」
 
「しかしそれにしても・・・私達が朝から晩まで張り付いていたのでは、この二人も気が休まらないでしょうに・・・。」
 
「王宮の中にいる分にはいいさ。問題は外に出たときさ。その時だけ一緒にいてくれりゃいい。なあライラ、イルサ、俺だって君達が自由に好きなところに行くのを邪魔したいわけじゃないんだ。だが、この間のようなことがまた起きないとは限らない。あの一件が噂として広まって、仮にナイト輝石の試験採掘に影響を及ぼしたとしても、それで敵の目的がすべて達せられたわけじゃない。採掘中止に追い込むまで、奴らがさらなる手を打ってくることは充分に考えられるんだ。俺達もなんとか敵の正体を突き止めるよう努力するが、祭りにおおかたの人員をとられている状況では、なかなか思うに任せなくてな。」
 
「敵のねらいの中に、それも入っているのでしょうね。だから今行動を起こしたんだと思いますよ。」
 
「おそらくはな・・・。で、どうだ?引き受けてくれるか?」
 
「私はかまいませんが・・・ライラ、イルサ、君達はどうだ?」
 
「つまり、外に出るときはいつも先生とおばさんがついてきてくれるって言うこと?」
 
「そう言うことになるね。うっとうしいとは思うけど。」
 
「僕はいいよ。いや、いいよなんて言う言い方は失礼だな。先生、おばさん、僕のほうこそよろしくお願いします。今ここで試験採掘の邪魔をされたら、みんなで今までがんばってきたことが全部だめになるんだ。ナイト輝石のことは、もう僕だけの問題じゃないし、何が何でも成功させなけりゃ父さんと母さんとイルサを泣かせてまでハース鉱山に行った意味がなくなっちゃうよ。」
 
「ライラ・・・。」
 
 イルサがライラを心配そうに見つめている。
 
「君はいやかい?先生とおばさんなら、かえっていろいろと町の中を案内してあげられるからいいかなと思うんだけど・・・。」
 
「いやじゃないわ。先生、おばさん、私もよろしくお願いします。私、ライラの足を引っ張りたくないし、それに・・・アスランみたいに私のせいで怪我をする人を二度と出したくないわ・・・。その点、先生とおばさんなら絶対大丈夫よね。」
 
「絶対と言われると緊張するなぁ。先生はもう王国剣士じゃないんだからね。」
 
「つまり、受けてもらえるということでいいんだな?」
 
「2人が納得してくれるなら喜んで受けますよ。この2人のことをほっとけるわけがないですからね。」
 
 本当なら、オシニスさんが自分で買って出たいところだろうが、剣士団長が一個人の護衛として動くというわけにはいかない。よほどのことがない限りは。
 
「助かるよ。すまんがよろしく頼む。もしもライザーに会えるようなら、相談して交代してもらってもかまわないが、親父にぴったり貼りつかれるよりは、クロービス達のほうがいいかもな。」
 
「うーん・・・父さんだとなぁ・・・。」
 
「ちょっと・・・いやかも・・・。」
 
 二人とも考え込んでしまった。こういうことは、案外親子よりも他人のほうが気を使わなかったりするものだ。
 
「ま、腕のほうはどうやら互角のようだしな。ライザーの奴もクロービスなら納得するだろう。」
 
「互角と言えるんでしょうか・・・。私は今まで、一度もライザーさんに勝ったことがないんですよ。引き分けと言っても、それは単に時間切れでやめたからと言うだけのことだし・・・。」
 
「はぁっはっはっは!お前は相変わらずだなぁ。ライザー達が島から出る日、お前と立合したそうじゃないか。」
 
「カインに聞いたんですか?」
 
「ああ、そうだ。すごい迫力だったと言ってたぞ。」
 
「オシニスさんが見れば、きっといつもと同じだと思うだけですよ。」
 
「へえ、先生と父さんの立合なんて、懐かしいな。」
 
「君は覚えているのかい?私達が立合なんてしてた頃は、君達はまだまだ小さかったと思ったけど。」
 
「おぼろげだけど覚えてるよ。もっとも、最初に見たときのことまでは覚えてないな。大きな音にびっくりして泣き出したそうだけど。」
 
「ああ、そう言えばそんなことがあったなあ。たぶん君達の家の庭で稽古をしていたときだったと思うよ。君達はカインと君達の母さんと一緒に奥の部屋にいたと思ったのに、いつの間にか庭に出てきていてね、先生達が気づかずに稽古を始めてしまったんだ。急に大きな音がしたからだろうねぇ、大泣きされて参ったよ。」
 
「はっはっは。それはまた興味深い話だな。確かに剣戟の音ってのは、訓練場みたいな場所で聞けばそうでもないが、外で聞くとかなり大きく聞こえるからな。」
 
「そうですねぇ。あの時はライラの泣き声ですっかり私達もあわててしまって、結局そのまま稽古は中止になってしまいましたよ。それからは、島の南端にある岬でやろうと言うことになって、それぞれの家の庭で稽古するのはやめました。」
 
 岬で手合わせしていると、たいていはダンさんやドリスさんが見物にやってくる。いつだったか弁当持参で来られたときには、さすがに恥ずかしくなったものだ。
 
「なるほどな・・・。つまりお前もライザーも、ちゃんと今まで訓練を積んでいたんだってことじゃないか。それに、お前の腕前はリックが証明済みだし、今までに何度もうちの若い奴らが助けられている。そのくらいの腕がないと、こいつらの護衛なんぞ務まらないんだ。さっきライラも言っていたように、ナイト輝石の問題はもはやライラの夢だけじゃなく、みんなの夢だ。それをつぶそうとするような奴らを俺は許さない。クロービス、ウィロー、どうかこいつらをよろしく頼む。」
 
 オシニスさんが深く頭を下げた。





「本当なら、自分が君達を守ってやりたいくらいだろう。でも剣士団長という立場上、そう簡単にはいかないからね。」
 
「団長さんの手を煩わせるわけにはいかないよ。だから今回は祭りを楽しむのはあきらめようかって、イルサと話してたんだ。」
 
「そうか・・・。ま、どこに行くにも私達が雁首揃えてついて行くのさえ気にしないでもらえたら、好きなところに行っていいよ。」
 
「気にしないどころかうれしいよ。先生達に会うのは3年ぶり・・・いや、もっとだよね。」
 
「ああ、そうだね。まさかハース鉱山に行っていたとは思わなかったよ。」
 
「本当なら、ずっとお世話になったんだから挨拶していきたかったけど・・・ごめんなさい。」
 
 ライラが頭を下げた。
 
「気にしなくていいよ。君なりにいろいろ悩んだんだろうしね。でも!」
 
 私はわざともったいぶって腕を組み、ライラを軽く睨んでみせた。
 
「一言だけは言っておかなきゃならないな。」
 
「あ、あの・・・やっぱり怒ってる・・・?」
 
 ライラが心配そうに私を見た。
 
「ああ、怒ってるよ。ハース鉱山で雇ってもらおうとしたとき、どうやらかなりの無茶をしたそうじゃないか。君の父さんと母さんはそのことを知っているのかい?」
 
「あ・・・それは・・・。」
 
「無茶って・・・ちょっとライラ、あなた何やったのよ?」
 
 イルサもこの話は初耳だったらしい。
 
「あ、あの・・・それは・・・。」
 
「ロイからちゃんと聞いてるのよ。その件については、説明してもらう権利があるわよね。」
 
 妻にも睨まれ、ライラが焦って赤くなった。
 
「あ、あのね、とにかく、店に入ろうよ。もうすぐだからね。」
 
「ライラ、ごまかそうったってそうはいかないわよ。」
 
 イルサもライラを睨んでいる。
 
「まあまあ、往来で立ち話というのもなんだから、まずはその店に行こう。食事をしながらゆっくりと話を聞こうじゃないか。」
 
「えーとね、こっち、この先の角を曲がるとすぐだから。」
 
 赤くなった顔を片手でぱたぱたと扇ぎながら、ライラが先頭に立って歩き出した。話しながらずっとあたりに気を配っていたが、今のところ不審な人影は見えない。だが店の中だって安心は出来ない。これから行く店のマスター夫婦の経歴については特に気にしてはいないが、彼らが敵でないとも言い切れない。
 
「ここだよ。」
 
 そのあたりは普通の住宅街のように見えた。商業地区でも奥の方には多少住宅があって人が住んでいる。どうやらそのあたりらしい。その一角にあるこぢんまりとした家の扉の前に、看板が置かれていた。
 
『セーラズカフェ』
 
「ここのママさんがセーラさんなのかい?」
 
「うん。あれ・・・?そう言えばアスランの妹さんのこと、先生はセーラって呼んでたよね。知り合いだったの?」
 
「ローランで会ったからね。セーラと呼んでくれと言われたからそう呼んでいるんだ。」
 
 自分の名前をつけてくれた母親が昔娼婦だった、その事実を知ったセーラは自分の名前をきちんと人に言うにも言いよどむほど、母親に対してわだかまりを持っている。そのセーラの愛称と、昔娼婦だったと言うことを隠しもせずに堂々としているというこの店のママが同じ名前というのは、偶然がもたらした皮肉とでも言うべきか、それともそれもまた、巡り合わせと言うことなのか・・・。
 
「こんにちは。」
 
 ライラが先に立って中に入った。
 
「いらっしゃあい!ライラ!そろそろ来ると思ってたわよ!」
 
 中から明るい声が聞こえてくる。
 
「席は空いてる?」
 
「大丈夫よ。今は祭りのせいで人の流れがいつもと違うのよ。さっきまで団体さんで大にぎわいだったんだけどね。さあ入ってちょうだい。」
 
 ライラは扉の外に顔を出し、
 
「大丈夫だって。入ろうよ。」
 
そう言った。私達もライラの後に続いて、中に入った。落ち着いた内装。明るい店内。テーブルもほどよい間隔が開けられ、隣の席を気にせずに食事が楽しめそうだ。
 
「あら、たくさんお客さん連れてきてくれたのねぇ。いらっしゃいませえ・・・・え・・・・・?」
 
 明るい声の『セーラママ』が、私を見てぽかんとした声を上げた。
 
「・・・・あの、何か・・・・あ・・・・?」
 
 見覚えのある顔・・・・。歳はたぶん私達より上だと思うが、明るい笑顔と張りのある声が年齢を感じさせない。ここのマスターがあの「ザハム」という人物であることはわかっているが、この人は・・・まさか・・・。
 
「・・・・・・・。」
 
 目の前の女性に呼びかけることの出来る名前を、口に出しそうになってあわてて飲み込んだ。私が知っているこの人の名前は、昔いた店での名前だ。今はあの町を出てこの店のオーナーとなっているのに、昔のことを隠していないとは言え、その名で呼ぶべきではないような気がした。その私のとまどいを察したのか、『セーラママ』は私に微笑んでみせた。
 
「やっぱり間違いないわよね。あの時の剣士さんだわ。そこにいるのは・・・あの時の彼女ね。」
 
「あなたは・・・あの時の・・・。」
 
 妻も言葉を飲み込んだ。
 
「そうよ。ふふふ・・・。あたし達があの時言ったこと、覚えてくれていたみたいね。でもそんなに気を使わないで。あたし、あの店にいたことを隠しているわけじゃないから。」
 
「セーラさんと呼んでいいんですね。」
 
「ええそうよ。あたしの本当の名前はセーラ。ここではみんなにセーラママって呼ばれてるわ。この名前でなら、好きなように呼んでくれていいわよ。」
 
「先生とセーラママって知り合いだったの?」
 
 ライラもイルサもきょとんとしている。。
 
「知り合いだよ。言うなれば、先生達の命の恩人とでも言うべきかな。」
 
「ええ!?」
 
 ライラが驚いて声を上げた。昔、カインを失い、失意の中で北大陸に戻ってきた私達は、町の中で王国軍の兵士に追われて逃げ回っていた。その時に彼女達が、娼館の裏口から中に入れてかくまってくれたのだ。あの時捕まっていたら、二人ともどうなっていたかわからない。
 
「大げさねぇ。そんな大層なことじゃないわよ。あたし達はちょっと手を貸しただけ。あたしに言わせれば、あなた達がライラと知り合いだったってことのほうが驚きだわ。さあどうぞ、好きなところに座ってくださいな。」
 
 私達はフロアの一番奥にある、少し大きめのテーブルに座った。『護衛』として、私は壁を背にしてフロアが全部見渡せる場所に、妻がその隣に座った。
 
「あなた確か、クロービスだったわね。えーとそっちの彼女・・・じゃなかった、今は・・・奥さんでいいのよね?」
 
「はい。ウィローです。」
 
「ああ、そうそう、ウィローだわ。ふふふ・・・こんなところで再会できるとはねぇ。ホント、偶然てあるもんね。」
 
「私も驚きましたよ。この店のことは息子に聞いてはいましたが・・・。」
 
「息子さん・・・?ライラじゃないわよね・・・?」
 
 セーラさんは不思議そうにライラを見た。
 
「ちがうよ。カインだよ。前に僕と一緒に来たことがある王国剣士さ。」
 
 ライラが答える。
 
「あー、あの楽しそうな男の子ね。」
 
「楽しそう・・・ですか・・・。」
 
 複雑な気分だ。
 
「あら、ほめてるつもりだけど?明るくてハンサムで、女の子にもてそうじゃない?」
 
「ははは・・・。いくつになっても落ち着きがなくて困ってるんですよ。」
 
「まあ、お父さんとはかなり違うタイプね。ねえ、あなた今は王国剣士じゃないのよね。」
 
「違いますよ。」
 
「先生って、なんの先生なの?学校の先生とか?」
 
「まさか。私は医者なんです。」
 
「お医者様?あら、もしかしたら、ライラがいつも言ってる島の診療所の先生って・・・。」
 
「島には診療所は一つしかないから私でしょうね。ライラとイルサは私の幼なじみの夫婦の子供達なんですよ。・・・ライラ、何でここで先生の話なんてしてたんだい?」
 
「え?すごくいい先生だってことと・・・カインのお父さんだよって・・・。」
 
「ははは、なるほどね。まあそう言ってもらえるのはありがたいけど・・・。なんだかちょっと照れくさいなあ。」
 
「幼なじみって・・・ライラのご両親と・・・?」
 
 セーラさんは驚いたような顔をしている。
 
「ライラのお父さんが王国剣士だったことは知ってるけど・・・。今・・・あなたと同じところに住んでるの?」
 
「ええ。もっとも今は、それぞれこちらに出てきて祭り見物をしていますけどね。」
 
「・・・一緒じゃないのね・・・。」
 
「出発したのが別々だったんですよ。そのうちこちらで落ち合うことになるかとは思いますけどね。」
 
 本当はそんな約束はしていない。でも普通ならそれが自然だ。
 
「そう・・・。」
 
 セーラさんは少し残念そうだった。なぜなのかは何となくわかったのだけれど・・・。今ここで口に出すのはやめておこう。
 
「あれ?セーラママ、僕らの父さんと母さんに会いたかったの?」
 
「あら、一度くらいは会ってみたいと思うじゃない?どうやらあなたはお父さんにそっくりみたいだし。」
 
「・・・確かにそっくりだって言われるけど・・・そんな話、したことあったっけ・・・?」
 
 ライラが怪訝そうに尋ね返した。
 
「あ、あれ・・・?なかったかしら・・・。あなたからそんな話をずっと前に聞いたような気がするんだけど・・・。」
 
 セーラさんは明らかに動揺している。たぶんその話は、ライラ以外の誰かから聞いたんだろう。ザハムさんか、でなければこの人もライザーさんに会ったことがあるのだろうか。
 
「そうかなあ・・・。僕も覚えてないや。でもそのうちここに連れてくるよ。」
 
「そ、そうね・・・。」
 
「おいセーラ、いつまで話し込んでる?お客さんの邪魔をしないで、さっさと注文をとってくれよ。」
 
 カウンターの奥から聞こえた声に振り向くと、確かに笑っていなければ相当すごみのある顔立ちの男性が立っていた。
 
「いらっしゃい。ライラ、今回は少し早いんじゃないか。祭り見物も兼ねてるのか?」
 
「ザハムさん、御無沙汰してます。祭り見物でもしながら行ってこいってロイさんに言われてね、少し早めに向こうを出たんだ。」
 
「なるほどな。このあたりは、祭りと言ってもそんなに騒がしくないんだ。ゆっくりとメシが食えるぞ。」
 
「そうだね。久しぶりだから、のんびりしたいな。」
 
 マスターはライラに微笑み、私に視線を移した。
 
「いらっしゃい。セーラズカフェにようこそ。意外なところで会うもんだな。」
 
「そうですね。ここのマスターがあなただと言うことは、あの時と同じ味のコーヒーを飲めるってことですね。」
 
「いや、あの時より数倍うまいコーヒーを飲めるってことさ。」
 
「なるほど、これは失礼しました。」
 
 思わず笑い出してしまった。マスターも笑っている。あの時・・・娼館の裏口から厨房の一角にあるテーブルに案内され、私達はしばらくそこにおいてもらった。その時当時その店の用心棒だったこのマスターが、サーバー一杯のコーヒーを入れて持ってきてくれたのだ。『コーヒー好きの用心棒なんて珍しいでしょ』あのころ『ヴィエナ』という名前で呼ばれていたセーラさんが、笑いながらそう言った。明るくたくましい娼婦達の笑い声と、ザハムさんのいかにも照れ隠しなしかめっ面を今でも憶えている。
 
「あらやだわ。ついつい話し込んじゃって。ライラの妹さんが来たときもそれで怒られたんだわ。あの時はごめんなさいね。」
 
「い、いえ・・・。」
 
 イルサの顔色はさえない。
 
「あの時の彼氏は一緒じゃないのねぇ。」
 
「セーラ!」
 
 またマスターの怒鳴り声。
 
「お前は全く・・・お客さんのプライベートを詮索するんじゃないっていつも言ってるだろうが。ほら、さっさと注文をとってくれ。」
 
 セーラさんはぺろりと舌を出すように口を開けてみせ、肩をすくめた。
 
「はあい。それじゃ皆さん、ご注文をどうぞ。」
 
「ライラ、おすすめって言うのはあるのかい?君が食べておいしいと思ったような。」
 
「おすすめって言うなら、ここのおすすめが一番だよ。毎回いろんな料理が出てくるんだよね。」
 
「それじゃそれをお願いしようかな。」
 
 初めて来た店では、店のおすすめか、常連のおすすめを食べるのが一番無難だ。どうやらライラは、間違いなく常連と言っていいほどこの店になじんでいるようだ。この若者はわが息子と違って、あまり積極的に人に話しかけたりはしない方なのだが、単身南大陸に渡ってから変わったのかも知れない。父親似の優しげな顔立ちは変わらないのだが、以前のおとなしい印象は薄れ、かなり活発になったように見える。
 
「大声を出して申し訳ない。うちの奴はちょいとしゃべり好きすぎてね。悪気はないんだ、これに懲りないでいつでも来てくれよ。」
 
「そんなこと思いませんよ。明るくていいじゃないですか。」
 
「僕だって、そんなこと思ってたらもうここには来てないよ。」
 
「そうか。そう言ってくれるとありがたいよ。・・・えーと、それじゃ全員本日のおすすめだな。よし、待っていてくれ。とびきりのうまいメシをごちそうするからな。」
 
「それじゃあたし達は奥で作ってるから、ごゆっくりどうぞ。」
 
 マスター夫婦は奥の厨房に消えた。
 
「いい店だね。適度に賑やかで。」
 
「そうだね。セーラママがお客さんと話し込んじゃってザハムさんが怒るって言うのが、いつものパターンなんだ。」
 
「そうか・・・。さてライラ、さっきの話の続きを聞かせてもらおうかな?」
 
「あ・・・忘れてなかったのかあ・・・。」
 
 ライラが肩をすくめた。
 
「ついさっきのことを忘れるほど、歳はとってないつもりだよ。」
 
「先生が忘れたって私が忘れないわよ。ライラ、あなた何やらかしたの?」
 
 イルサも横目でライラを睨む。
 
「や・・・やらかしたわけじゃないよ、その・・・。」
 
 言いかけて言葉につまり、ライラはため息をついた。
 
「本当は、父さんから剣士団長さんを訪ねるようにって言われてたんだけど・・・まっすぐハース鉱山に行ったんだ・・・。」
 
 ライラは観念したように肩を落とし、ぽつりぽつりと話してくれた。





 
「・・・それじゃどうしても決心は変わらないって言うのか?」
 
「父さんに言われて変わるくらいなら、最初からこんなこと言わないよ。とにかく僕は行く。もう決めたんだ。このためにずっと勉強してきたんだから、今更絶対にやめたりするもんか。」
 
 この会話を父さんと交わすのはもう何度目だったかなんて思い出せないほど、僕達は同じ話を何度も繰り返していたんだ。そして決まってこの言葉で話は終わり、父さんはため息をつく。でもその日は少し違ってた。
 
「・・・どういう経路で行くつもりだ?」
 
「え・・・?」
 
 この質問に僕は驚いたよ。てっきり
 
『もう少し頭を冷やせ!』
 
って怒鳴られて終わりだと思ってたから。
 
「ハース鉱山までの移動手段だ。そのくらいのことも調べずにそんなことを言っていたんじゃないだろうな。」
 
「そのくらい調べてあるよ。まずは島から船で出て、ローランからは馬車で城下町まで向かう。城下町から東の港まではすぐだから、そこから南大陸への定期便に乗れれば、ハース鉱山はすぐだよ。」
 
「向こうに着いたらどうするつもりだ?まさかいきなり、ナイト輝石のことを調べさせてくれなんて言うつもりか?」
 
「言いたいくらいだけど、そんなこと言ったら叩き出されるのが落ちだろうってことくらいはわかるよ。まずは鉱夫として雇ってもらえるように頼み込むつもりだよ。」
 
「あそこの鉱夫の仕事がどれほどの重労働か、わかって言ってるんだろうな。奥に行けば行くほど落盤の危険も増す。ナイト輝石のことなんて何も調べられないうちに死ぬかも知れないんだ。」
 
「そうならないように気をつけるよ。落盤だって昔よりはずいぶんと危険性が少なくなったそうじゃないか。」
 
「・・・・・・・・・。」
 
「出来るなら父さんと母さんにちゃんと許しをもらいたかったけど、どうしても許してくれないなら、僕はこの家を出るよ。縁を切ってくれたっていい。」
 
「それでも行くのか。」
 
「それでも行くよ。」
 
「そうか・・・。」
 
 父さんは疲れた顔で、肩を落としていた。僕がハース鉱山に行きたいと言いだしてから、毎日毎日怒鳴り合いだったから、申し訳ないとは思ったよ。でもそれで自分の考えを曲げる気はなかった。
 
「・・・城下町に着いたら、王宮の王国剣士団に行きなさい。」
 
「・・・え・・・・?」
 
「剣士団長はオシニスという。昔父さんとコンビを組んでいた男だ。あいつに父さんの名前を言えば、ハース鉱山の統括者に紹介状くらいは書いてもらえるだろう。」
 
「父さんが・・・・剣士団長さんと・・・?」
 
「ああ、そうだ。度量の広い、いい奴だ。いささかけんかっ早いのが玉に瑕だけどね。お前が自分の目的をきちんと説明できれば、悪いようにはしないと思うよ。」
 
「・・・・行っていいの・・・?」
 
「お前が決めたことだ・・・。いいって言うしかないじゃないか・・・。無茶をしないでがんばりなさい・・・。」
 
「父さん・・・・ありがとう・・・。」
 
 あの時はあんまりうれしくて涙が出たよ。
 
「診療所の先生には言わないでおいてくれないか・・・。理由はこの間からお前に何度も説明したとおりだ。」
 
「わかったよ・・・。仕方ないよ。でも、必ず成果を上げて、胸を張って先生達に報告できるようにする。」
 
「そうだな・・・。その日を楽しみにしているよ・・・。」
 





 
「でも実際には、君はまっすぐ東の港から船に乗ってしまったわけか・・・。」
 
「あの時は・・・意地もあったんだ。父さんに反対されても絶対行くって言ってたのに、紹介状を書いてもらって話を通してもらっていたんじゃ、結局は父さんに頼り切りになっちゃうんじゃないかって。だからまっすぐ鉱山に向かって、鉱夫志望としてロイさんに会わせてもらったんだ・・・。」
 
「それであの寒い廊下で座り込みを決行した・・・。」
 
「す・・・座り込み!?」
 
 イルサが驚いて叫んだ。
 
「だって目的はなんだって聞かれてナイト輝石のことを言っちゃったし、わざわざこんなきつい仕事なんてすることないとかいろいろ言われて、それでも雇ってもらうためにはもう座り込みで強引に認めさせるしか方法がないかと思って・・・。」
 
「そして肺炎を起こしかけて結果的にロイに勝ったと、つまりそう言うわけだね。」
 
「は・・・肺炎て・・・ライラぁ、あなた何やってたのよ全くもう!いつもは私に『もっと慎重に』とか言ってたくせに、すごい無鉄砲なことしてるじゃないの!」
 
「だ、だって、あれは僕にとっては一世一代の大勝負だったんだ。だから何が何でも鉱山に入らなきゃと思って・・・。」
 
「それは違うな、ライラ。」
 
「え・・・・?」
 
「君にとっての一世一代の大勝負というなら、それはナイト輝石の本格採掘に他ならない。そしてそこで掘り出されたナイト輝石が、君の考えているように人々の生活に役立ってこそ、君が大勝負に勝ったと言えるんじゃないのかい?」
 
「それは・・・そうだけど・・・。」
 
「君はまだその入り口に立ったに過ぎないんだ。そこにたどり着く前に命を落としたらなんにもならない。若い君がこんなことを言われたらいやかも知れないが、使えるコネクションはすべて使って、なりふり構わず突き進むくらいの気持ちでないと、君の目標達成は難しいよ。今回の試験採掘が成功したからって、そのあとがすべて順調に進むとは限らないんだからね。」
 
 ライラへの言葉が、いつの間にか自分へと返ってくる。私は医者としての仕事に誇りを持っている。患者の命を救うことが出来たとき、何よりもうれしく思う。そのためには使えるものはすべて使う、それでいいんじゃないのか。今回のことでフロリア様が手助けしてくださったのは、幸運だったのだ。つまらない意地よりも、その幸運を喜ぶべきだ。ちっぽけなプライドにこだわったり、自分の力不足を嘆くなんてのは後回しにしよう。そう思ったとき、心の奥にわだかまっていた鉛のような固まりが、すーっと消えていくのを感じていた。
 
「はい・・・。実を言うとロイさんにも同じことを言われたんだ。最初に王宮に呼び出されたとき、僕らを悪党扱いする大臣達が多かったけど、ちゃんと話を聞いてくれた人もいた。そういう人達を、言い方は悪いけど利用できるだけ利用するくらいの気持ちでかかれって。」
 
「そうか・・・。ロイもだいぶ君にはハラハラさせられたようだからね。とにかく、もう無茶をしてはいけないよ。」
 
「もうしないよ。約束する。」
 
 
「はーい、サラダとスープでございますぅ。」
 
 私達の話が終わるのを待っていたように、いや、たぶん待っていてくれたのだろう、セーラさんが料理を運んできてくれた。
 
「ライラっておとなしそうに見えるけど、、案外無鉄砲を絵に描いたようなところがあるのよね。誰に似たのかしら。」
 
 料理を配りながら、セーラさんがからかうような笑みをライラに向けていた。
 
「あ、ママまでそんな言い方ないじゃないか。」
 
 ライラが少しふくれっ面になった。
 
「あら、ママさんの言うことももっともだわ。顔は父さんそっくりだけど、父さんも母さんも無鉄砲なところなんてなかったし、不思議よねぇ。ねえ先生、先生は父さんと母さんの小さい頃も知ってるんだからわからない?」
 
 イルサが口をとがらせる。なんだか懐かしい光景だ。ライラが島を出るまでは、二人でうちに遊びに来ては、こんな会話をいつもしていたものだ。
 
「君達の母さんのことは憶えているけど、父さんのことは剣士団に入ってからのことしか憶えてないよ。君達の父さんが島を出たとき、先生はまだ5歳だったんだ。あとから話をしていて断片的に思い出すことはあるけど、小さい頃の性格がわかるほど、詳しくは思い出せないな。」
 
 本当は二人ともそれぞれ両親にそっくりだ。言い出したらきかないところ、こうと決めたらどんな危険にでも飛び込んでいってしまうところ。その両親は今頃どこにいるのだろう。こんなところで噂になっているとは知らず、大きなくしゃみでもしているかも知れない。
 
「ふふふ・・・みんな仲がいいのねぇ。こんな風に和気あいあいと話しながら食べてもらえると、料理の腕も奮い甲斐があるってものだわ。」
 
 セーラさんはそう言いながらまた奥へと消えた。スープはうまいしサラダも新鮮だ。妻はまた、かけられているドレッシングの成分を割り出そうと、うんうん唸りながら食べている。またレシピを教えてくれと頼んだりするのじゃなかろうかという私の心配は、そのあとの料理をセーラさんが運んできたとき、見事に的中した。
 
「そうねぇ・・・。実は企業秘密なのよねぇ。」
 
「全部とは言わないけど・・・一部だけでもだめかしら・・・。」
 
 料理のこととなると、妻はなかなか頑固だ。やめておきなよと言ってはみたが、聞いてくれそうな気配はない。セーラさんは楽しそうに笑っている。気分を害しているわけではなさそうだが・・・。
 
「ふふふ・・・秘密ってのは冗談よ。教えるのはかまわないわ。だって絶対に同じ味にはならないと思うもの。」
 
「ほんとに!?」
 
 セーラさんは自信満々だ。さすがプロの風格がある。
 
「でも、そうねぇ・・・代わりと言ってはなんだけど、あなた確か南大陸の出身だって言ってたわよね?」
 
「・・・は、はい・・・。」
 
 まさかそんな話まで憶えているとは思わなかった。
 
「それじゃ向こうの伝統料理みたいなのって知らない?」
 
「伝統料理って言うのは大げさだけど、向こうの家庭料理ならたくさん知ってます。」
 
「それよ!なかなか向こうに行く機会なんてないから、誰か知ってる人がいたら教わりたかったの。それを教えてくれるなら、私もドレッシングだけと言わず、いくつか料理のレシピを教えてもいいわよ。」
 
「ほんと!?うれしい!」
 
 契約は成立したらしい。セーラさんは『これで交通費をかけずに向こうの料理が勉強できるわ』と笑っているし、妻は妻でまたレパートリーが増えると上機嫌だ。
 
「さぁてと、それじゃ張り切って残りも作るわね〜。」
 
 セーラさんが張り切ったおかげか、そのあと出てきた料理も実にうまかったし、本当に楽しい昼食だった。食事を終えて、やっと『20年前より数倍うまいコーヒー』が出てきた。フロア中に香りが漂い、あとから入ってきた客が『あれと同じの』と注文したほどだ。
 
「先生は午後からまた診療所?」
 
 久しぶりに飲むらしいコーヒーを飲んで、満足そうなライラが尋ねた。
 
「そうだね。君達は?あ、そういえば君は仕事か。」
 
「うん。そんなに時間はかからないと思うけど、もし時間が出来たら僕も病室に行くよ。イルサ、君は?」
 
「私は・・・やめておくわ・・・。」
 
 食事の間は楽しそうだったイルサだが、食後のデザートを食べ終えてコーヒーを飲み始めた頃から、また沈んだ顔に戻ってしまった。ライラが心配そうにイルサを見ている。
 
「いいの?心配なんじゃないのかい?」
 
「私が行けば、妹さんがいやな思いをするわ。それに・・・私はもうアスランに会わないほうがいいんじゃないかと思ってるのよ。もう二度とこんな思いさせたくないし、自分でもしたくないもの。ライラだったら呪文も使えるし、力もあるからいろいろと手助けできることはあるでしょうけど、私じゃ役に立たないものね。だから行かないわ。」
 
「君の怪力なら充分手助けできると思うな・・・。」
 
「失礼ね。そんなに力があるわけじゃないわよ。」
 
「司書の仕事は体力勝負だって言ってたじゃないか。あの重い本を何冊もまとめて軽々と持ち上げる君の力がないなんて、言っても誰も信じないと思うよ。」
 
「もう!人が落ち込んでるのにからかってばかりで!」
 
 イルサがふくれっ面になった。でもさっきよりは元気になったように見える。
 
「無理にとは言わないよ。でも妹さんはともかく、アスラン本人にとっては君がいたほうが早くよくなりそうだけどな。」
 
「・・・・・・・・・。」
 
 イルサが黙り込んだ。
 

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