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第45章 旅支度

 
 その日の夜・・・ブロムおじさんが帰ったあとは、いつも妻と二人でお茶を飲みながら他愛のないおしゃべりをするのが日課なのだが、今夜はちょっと違っていた。妻がロイからの手紙を睨むように見つめたまま、黙り込んでいるからだ。せっかくのお茶が冷めてしまいそうなので、私は妻に声をかけた。
 
「ずいぶんと難しい顔してるね。お茶が冷めちゃうよ。」
 
 妻は顔をあげて、小さくため息をついた。
 
「だって・・・あなたこれを呼んで疑問に思ったことはなかったの?」
 
「あるよ。」
 
 あるというならたくさんある。でも妻が今ため息をついているのは、セルーネさんの結婚相手が誰かと言うことなんじゃないだろうか。そう尋ねると、妻は『何よ、わかってるのに何で黙っているの』とでも言いたげな顔をした。
 
「だって気にしても仕方ないじゃないか。向こうに行ったときに、オシニスさんに聞けば教えてくれるよ。本人にも会えるかもしれないし。」
 
「・・・やっぱりあの人だと思う・・・?」
 
「たぶんね。」
 
「そうよね・・・。」
 
 『あの人』とは、御前会議の大臣の一人であるトーマス・カルディナ卿の嫡子、ローランド卿の事だ。私もたぶん彼ではないかと思っている。権力欲の強い俗物と陰口をたたかれるようなトーマス卿の子息とは思えないほど、公明正大、とても思いやりのある好人物で、セルーネさんの相方だったティールさんの親友でもある。セルーネさんが剣士団に入るずっと前、一度縁談が持ち上がっていたらしいのだが、セルーネさんが結婚を嫌がって剣士団に入りたいと言い出したそうだ。これはセルーネさん本人から聞いたことだから間違いないと思う。
 
『好きでもない相手と結婚したくないと駄々をこねて、剣の道に進みたいと父に頼み込んだんだ。父は許してくれたが、剣士団に入るつもりなら、公爵家の娘であることは忘れろと言われたよ。身分なんぞに甘えていてはとてもやっていけない厳しい世界だとね。それで私は、鎧を着込み、最低限の身の回りのものだけを背負い袋に入れて、伴もつけずに出かけたんだ。私の顔なんて剣士団では知られていないだろうと思っていたんだが、まさかそこで団長に会うとは思っていなかったよ。』
 
 当時の剣士団長パーシバルさんは、当然ながらセルーネさんの『公爵家の姫君』としての顔を知っていた。だが、入団したいというセルーネさんの申し出に快くうなずいて、なんと自ら相手をしてくれたのだそうだ。当時セルーネさんは、女だと言うだけできれいなドレスを着て男の顔色を伺うような生活は絶対にしたくないと言う考えにこだわっていたので、剣士団長に対してもかなり攻撃的だったらしい。実際試験では散々に打ち負かされ、なぜ自分が合格できたのか納得いかず、もしや『女だから』なのか、『公爵家の娘』だからなのかと相当食ってかかったということだ。そんな相手を好きになってしまうのだから、人生なんてわからないものだ。
 
 こうしてセルーネさんは剣士団で生きていくことを決めたが、コンビを組んだ相手はなんと自分が蹴った縁談相手の親友だった。かなり複雑な気分だったなと笑っていたっけ。だが、蹴られたローランド卿はあきらめなかった。もともとこの縁談は、ローランド卿が王宮でセルーネさんを見かけて、一目ぼれしたところから始まっていたらしい。『セルーネ姫を妻に迎えたい』と言う息子の申し出に、喜んだのは父親のトーマス卿だ。さすがに自分から公爵家と縁を結びたいと言うのはいささか身の程知らずではないかと二の足を踏んでいたのだが、『息子がどうしてもと言うので』という理由をつけて、公爵家に足しげく通い始めたそうだ。このときは、セルーネさんの剣士団入団で破談と言う形になってしまったが、ローランド卿はその後も何度か求婚を繰り返していたらしい。確かに、剣士団にいるからって結婚できないわけじゃない。もっともその求婚も、パーシバルさんとセルーネさんのことを知ってからは何も言ってこなくなったそうだ。それが再燃したのは、パーシバルさんの死後、剣士団が王宮に戻ってからのことになる。ところがその父親のトーマス卿は、さすがに一度断られた相手にもう一度頭を下げに行こうとはしなかった。そして彼が次に考え出したのは、なんとエルバール中興の祖と謳われ、ハース鉱山の英雄として名を馳せることになったデール卿の、その娘を、息子の嫁にしようと言うことだったのだ・・・。
 
「いい人じゃないか。心配するようなことはないと思うけど?」
 
 不快な思い出を頭の中から追い出して、私は妻に笑顔を向けた。妻にとってはもっと思い出したくない悔しい出来事だろう。
 
「それはそうなんだけど・・・。でも・・・なんだか変な感じね。セルーネさんが他の人と結婚したなんて。」
 
 妻は言いながら手紙を眺めたまま首をかしげている。
 
「そのほうがいいんだよ。いつまでもパーシバルさんのことを思い続けて、一生独身なんて悲しすぎるじゃないか。」
 
「そうよね・・・。そのほうがいいわよね・・・。相手があの人なら、きっとセルーネさんは幸せよ。でもあのお父さんに利用されたりしないかしら。」
 
「あの方は野心家だけど、セルーネさんを利用できるほど器が大きいとは思えないな。それに、息子さんはあの通り、堅実で公正な人だしね。」
 
「そうね・・・。」
 
 妻がほんの少し顔をゆがめた。妻の頭の中にも、あの時の不快な出来事がよみがえっていたのかも知れない。
 
 
『ご息女とデール卿の思い出を共に語り合いたい』
 
 トーマス卿が自分の執事に伝えさせた伝言は、いかにも妻の注意を惹きそうなものだった。19年も待ち続け、結局会えずじまいだった父親のことを少しでも知りたくて、妻はトーマス卿の食事会の誘いを受けることにした。何を考えているかわからないタヌキオヤジのことだからと、セルーネさんは大分引き留めたが、昼間ならそんなに危険なこともないだろうと、妻は『昼食なら』という条件で受けたのだ。私はと言えば、招待されているのは妻だけだし、当人が行くというのに反対するわけにもいかなかったのだが、あとからそれをどれほど悔やんだかわからない。トーマス卿は、あろうことか妻の食事に一服盛って眠らせ、そのまま自分の館に閉じこめようとしたのだ。しかも息子の部屋に妻を運び込み、『息子へのプレゼント』にしようと考えたらしいのだから、国の運営に携わる大臣閣下のすることとはとても思えない。その後私が妻を迎えにカルディナ家の屋敷に乗り込み、仕事から帰ってきたローランド卿と鉢合わせした。彼はこの件に関して何も知らされておらず、父親の非常識さを嘆きながら、妻の居場所に案内してくれ、土下座せんばかりに私に謝ってくれた。こうしてなんとか妻を無傷で取り戻すことが出来たのだが、この出来事は私達が城下町を出ようと思ったきっかけとなった。
 
「納得した?」
 
 私は出来るだけ笑顔で、妻の顔をのぞき込んだ。妻は私をちらりと横目で見て、
 
「このことはね。」
 
渋い顔でうなずいた。
 
「まだあるの?」
 
「でもいいわ。向こうに行ったら、オシニスさんを質問攻めにしてやるから。」
 
 妻は何かを振り切るように頭を振った。それはついさっき浮かんだであろうあの時の不快な出来事なのか、それとも別な何かなのか・・・。
 
「オシニスさんに?」
 
「そうよ。セルーネさんが幸せなんだなってわかって、私すごくうれしいの。でもね、この間のカインの話を聞く限り、リーザはハディと結婚してないみたいだし、ランドさんとパティもどうなっているのかわからないし、それに・・・。」
 
 妻が言葉を詰まらせた。何かを言いかけてやめた、そんな風に見えた。
 
「ハディとリーザか・・・私達が帰ってくる前は少しギクシャクしていたみたいだからな・・・。でもランドさんとパティは結婚したんじゃないのかなあ。何が何でも一緒になるって言ってたし・・・。カインに聞いておけばよかったかな。万一別な人と結婚していたりしたら、余計な話を聞かせることになっちゃうから黙ってたんだけどね。」
 
「そうなのよねぇ・・・。」
 
 妻はまた考え込んでしまった。それにしても、ハディとリーザのことやランドさん達のことでオシニスさんを質問攻めにしてもどうにもならない気がする。妻が気にしているのは多分別のことだ。
 
「あのねウィロー・・・」
 
「まあいいわ。今ここでなんだかんだと考えてみても始まらないし。明日は訓練するんでしよう?朝からにするの?」
 
「そうだね。明日一日体を動かしてみて、いけそうならあと一日かな。体さえ動けば、勘を取り戻すのはすぐだと思うよ。いままでまったく動いてなかったわけでもないしね。」
 
「そうね。それじゃお風呂を沸かすから、今日は早く寝ましょうね。」
 
 妻はさっさと立ち上がり、部屋を出て行ってしまった。さっき妻はなにを言いかけたのか。もしかしたら王国行きを渋っていた原因について話ができるかと思ったのだが、どうやらうまくはぐらかされたらしい。
 
「やっぱり聞きだすのは無理か・・・。」
 
 筋金入りの頑固者がしゃべらないと決めたのなら、私にはどうすることも出来ない。
 
「仕方ないな・・・。向こうに行けばまたチャンスもあるか・・・。」
 
 あきらめて立ち上がり、カップを片付けて寝室へと向かった。
 
 
 
 翌朝、ブロムおじさんに訓練のことを伝えた。おじさんは笑って『動けなくなるほどがんばりすぎるなよ』と言いながら、診療室へと入っていった。
 
「ありそうだから恐いなぁ。」
 
「がんばりすぎて倒れたらばかみたいよね。」
 
「まあ、今日は体慣らしってことで、軽く手合わせしようか。」
 
「ふふふ・・・そうね。」
 
 二人で武装して庭に出た。こうして向かい合うのは本当に久しぶりのことだ。
 
「鎧のサイズ、大丈夫だった?」
 
 にっと笑いながら妻が尋ねる。
 
「じつはちょっときつかったよ。ナイトメイルはほとんど身につけたことがなかったからね。」
 
 薬草摘みの時には武装して出掛けていたが、その時身につけていたのはいつもレザーアーマーだった。この島の中なら、どこに行くのでもレザーアーマーだけで事足りる。妻は鎧といえばナイトメイルしか持っていなかったし、この軽さを知ってからレザーアーマーには戻れないわと、どこに行くにもナイトメイルを身に着けていたので、サイズが合わなくなればその都度ドリスさんに頼んで直してもらっていた。そのたびに不満そうだったが、体型が変わるのはある程度仕方がない。私はと言えば、久々に身に着けたナイトメイルは肩の辺りがきつくて、腕が動かしにくい。とりあえず今だけ合わせることは出来たが、ドリスさんに頼んでちゃんと直してもらったほうがよさそうだ。
 
「それじゃ、本格的な立合はあなたの鎧が直ってからね。」
 
「本格的にやるつもり?」
 
「一度くらいはいいじゃない?」
 
「それもそうだね。それじゃ、最後に一度だけだよ。」
 
「了解。まずは型の練習をしたいわ。手合わせはそれからね。」
 
 妻が鉄扇を構えて、戦用舞踏の型の練習を始めた。私も剣を抜いて素振りを始め、しばらくの間それぞれ一人で体を動かしていた。日差しは今日も暑いほどだったが、だからといっていきなり激しい動きをしたら筋を痛めることもある。そして充分体が温まったころに二人で向かい合った。
 
「軽くだよ。」
 
「ええ、軽くね。」
 
 そう言っているわりに、妻はいたずらっぽい笑みを浮かべている。
 
「いくわよ!」
 
 掛け声とともに妻の体がふわりと宙を舞う。戦用舞踏の基本形だ。華麗なステップを踏んでいるというのに、持った扇の先はすばやい攻撃を私に仕掛けてくる。踊りに見とれていると手痛い一撃を食らってしまう。攻撃をかわす、跳ね返す、仕掛ければ跳ね返される。飛んで、よけて、攻めて、守って、あっという間に周りの音も風景もすべて消え、見えるのは妻の扇と自分の剣、聞こえるのは扇と剣のぶつかり合う音だけだ。『軽く手合わせ』のはずだったのに、二人ともすっかり夢中になってしまっていた。やがて振り下ろした私の剣をよけた妻がバランスを崩し、その隙をついて妻の手から扇を弾き飛ばすまでの間、私は何も考えていなかった。こんなに無心になれたのは久しぶりのことだった。
 
「いったぁ〜ぃ・・・・。」
 
 妻はしりもちをついたまま、自分の手をさすりながら大きなため息をついた。
 
「あ、ご・・・ごめん・・・。」
 
 妻は駆け寄った私を見上げてくすりと笑った。
 
「いいのよ。大丈夫だから。あ〜ぁ・・・やっぱり負けちゃったわ・・・。あなたから一本とってみたいんだけど無理みたいねぇ・・・。」
 
 言いながら妻は自分の手首をさすって治療術の呪文を唱えた。
 
「はい、これで大丈夫。今何時かしら?もしかしてもうお昼?」
 
「あ、そういえば・・・・。」
 
 空を見上げると、太陽はもうすぐ真上にかかるころだ。
 
「いつの間にか時間が過ぎてたのねぇ・・・。今日のお昼は簡単なもので済ませちゃおっと。一度休憩ね。」
 
「そうだね。それじゃ私は、午後から少しドリスさんのところに行ってくるよ。鎧を頼んでこなくちゃ。続きはそれからだね。」
 
「そうね。」
 
 二人で家に戻り、すっかり汗だらけになった服を着替えて診療室へと向かったが、おじさんはもういなかった。もしかしたらもうリビング辺りにいるかもしれない。また気を回して食事の支度を始めていたりしたら申し訳ないので、私達は急いでリビングへと向かった。扉を開けて中をのぞくと、おじさんはソファに座っていた。が、なぜかその隣にダンさんがいる。
 
「ほら、大丈夫だろう?」
 
 私達が顔を出したのを確認して、おじさんがダンさんにニヤニヤしながら話しかけた。ダンさんはばつの悪そうな顔で私達とおじさんを交互に見ている。
 
「何が?」
 
 わけがわからず尋ねた私を、ダンさんが今度はじっと見つめて、心から安堵したというような大きなため息をついた。隣でおじさんが笑いながら
 
「ダンのやつが、お前達が外で立合しているのを見て、夫婦喧嘩と間違えて診療室に駆け込んできたんだよ。早く仲裁してくれって、さっきからうるさいの何の。」
 
 おじさんが肩をすくめた。となりでダンさんが赤くなって縮こまっている。
 
「夫婦喧嘩ぁ?」
 
 きょとんとした私達にダンさんは、
 
「い、いやその・・・いつもは仲のいいお前達が武器まで持ち出してすごい勢いで戦っていたもんだから・・・何かよほどのことがあったんじゃないかと・・・。」
 
赤くなりながら頭をかいている。思わず笑い出しそうになるのをなんとかこらえた。ダンさんはどうやら本気で心配してくれたらしい。その気持ちを笑ってしまっては申し訳ない。
 
「心配かけてごめん。けんかなんてぜんぜんしてないよ。実は王国の祭り見物に行くのに、ある程度体を動かして勘を取り戻しておかないとなあ、なんて思っただけなんだ。今は昔みたいにモンスターがうようよなんてことはないだろうけど、なんと言っても20年ぶりなものだからね。」
 
「そのわりにはものすごく真剣だったじゃいか。本当にけんかしてないのか・・・?」
 
 ダンさんはまだ疑わしそうに私を横目でにらんだ。
 
「してないよ。久しぶりに向かいあったらつい夢中になっちゃって、ちょっと張り切りすぎたかなって思うけどね。」
 
「そうか・・・。はぁ〜・・・びっくりさせないでくれよ。訓練なら訓練と看板でも出しておいてくれ。」
 
「無茶言わないでよ。それに、今日と明日で終わりだよ。あさってにはこっちを出たいからね。」
 
「ふん・・・王国か・・・。」
 
「・・・・・・・・・。」
 
 ダンさんはいまだに王国に出て行ったことがない。ダンさんの「罪」はもうとっくに許されているはずなのだが、それ以外にも何か王国に出て行きたくないわけがあるらしい。
 
「ま、祭りはかなりの盛況だって聞くからな。訓練もいいが、ほどほどにしておいてくれよ。」
 
 立ち上がって出て行こうとしたダンさんを妻が呼び止めた。
 
「どうせだからお昼食べていってください。」
 
「い、いや、そんなわけには・・・。」
 
「ふふ・・・心配かけたお詫びです。簡単なものしか作れないけど、さ、遠慮しないで。」
 
「いまさらお前が遠慮するようなタマだとは思わないんだがな。」
 
「ちぇっ・・・。言いたい放題だな・・・。まあいいや、それじゃご馳走になるとするか。どうせ家に帰っても一人だからな。」
 
 ばたばたと食事の用意をして、いつもより少しだけにぎやかな食事が始まった。
 
 
 
 午後・・・・。結局食後のお茶まで一緒だったダンさんは、私が鎧の修理のためにドリスさんの家にいくと知ると一緒に行くと言い出した。帰ったらまた『軽く』手合わせしようねと妻に約束し、私はダンさんと肩を並べてドリスさんの家へと向かった。
 
「よぉ、ずいぶんとまた珍しい組み合わせじゃねぇか。おいクロービス、ダンの奴がなんかやらかしたのか?」
 
「ふん!バカ言うんじゃねぇよ。たまたまクロービスの家に行ったんだ。そしたらお前のところに来るって言うから、暇つぶしに覗いてやったのさ。」
 
 この二人の掛け合いは相変わらずだ。
 
「へぇ、たまたまねぇ。ほんとか?」
 
 ドリスさんは笑いながら私を横目で見た。
 
「そうだよ。ウィローと二人で庭で訓練していたら、声をかけてくれたんだ。」
 
 この言葉にダンさんがほっとした顔をした。さすがに私達の立会いを夫婦喧嘩と間違えたなんて、言うわけにもいかない。
 
「ふぅん・・・『爆裂斧のダン』としての血が騒いだってわけか?」
 
「爆裂斧かぁ・・・・。そんな呼び名があったのももう昔のことさ。今の俺はただのきこりだよ。」
 
 ダンさんが少し遠い目をして、椅子に腰を下ろした。昔は熊だろうが猪だろうが、斧一本で立ち向かって必ずしとめていたそうだが、今はさすがにそんな大立ち回りはしない。
 
「ところでクロービス、今日はどうしたんだ?鎧の点検にはまだ早いしな。」
 
「いや実はね・・・久しぶりにナイトメイルを出して着てみたらきつくて・・・サイズ直しをしてもらおうと思ってきたんだよ。すぐに出来るかな?」
 
「ナイトメイル・・・?もしかしてお前も祭り見物に行くのか?」
 
「お前もって・・・なんで?」
 
「ついこの間、ライザーの奴もおなじ事を言ってナイトメイルを持ち込んできたからさ。」
 
「ライザーさんも出かける前にここに来たのか・・・。」
 
「ああ、サイズ直しをして行ったよ。ほんの少しでもサイズが合わないと動きの妨げになるからって、かなり念入りにやってたぜ。ま、あいつの今の体型にぴたりと合わせておいたから、昔みたいにすばやい動きをしても絶対大丈夫だろうな。どれ、お前のも合わせてやるよ。」
 
「昔みたいに・・・。」
 
「ああ。お前とあいつの立会いは昔何度も見せてもらったが、ライザーの奴は今も昔と変わってないぜ。」
 
「変わってないってわかるの?」
 
「おぅ、ここでサイズ合わせをしながら、何度か動いてもらったんだ。もっとも俺は相手になれねぇから、素振りみたいなもんだったけどな。見事なもんだよ。疾風の面目躍如だな。」
 
「・・・疾風って何で・・・。」
 
「知ってるのかってか?まえに尋ねてきた俺の知り合いが、あいつの顔を覚えていたのさ。だいぶ昔だが、クロンファンラの近くで盗賊に襲われているところを助けてもらったそうだ。あいつの相方の剣士と一緒にな。そいつは今じゃ剣士団長だそうじゃねぇか。ライザーの奴もずっと向こうにいたら、今頃は出世していたんだろうなぁ。」
 
「そうか・・・・。」
 
 ドリスさんがそんなことを知っていたなんて私は初めて聞いた。私の戸惑いを見透かしたかのように、ドリスさんが私の顔を覗き込んで言葉を続けた。
 
「何で知ってたのに黙ってたんだって顔してるな。答えは簡単だ。別に言う必要があるとは思えねぇからさ。」
 
「それにしても俺にくらい話してくれりゃよかったじゃねぇか。」
 
 ダンさんが渋い顔で口を挟んだ。今の話はダンさんも初めて聞いた話らしい。つまりドリスさんは、その知り合いから聞いた話を今まで誰にも話していなかったことになる。
 
「ふん、お前に話せば翌日の朝には島中に知れ渡るじゃねぇか。」
 
「俺をそんなおしゃべり野郎だと思ってんのかおい!?」
 
「落ち着けよ。そんなんじゃねぇよ。お前は確かにたった一人にしかしゃべらねぇかも知れねぇが、その相手から誰かに、またその相手から誰かに伝わってみろ。島中に知れ渡るのなんてあっという間だぜ?」
 
 ダンさんは納得いかなそうな顔でふんと鼻を鳴らしたが、う〜んと唸って黙り込んでしまった。
 
「まあそんなわけで、俺は黙ってたのさ。もっともライザーの奴が、ここに来て明るく昔話でもするような奴だったら、別に黙っている必要なんぞなかったと思うがな。」
 
「あいつが帰ってきたときは、今にも死にそうな顔していやがったからな・・・・。」
 
 ダンさんが今度は、しみじみとつぶやいた。
 
「そのライザーが、今までただ出して磨くだけだった鎧を着て何かしようとしていることはわかったが、あいつの眼はどこまでも澄んでいた。悪いことを考えているはずはない。だから俺はどんな激しい動きにも耐えられるよう、あいつの鎧をきっちりと合わせてやったんだ。もちろん、剣も念入りに修理してやったぜ。さてと、おしゃべりが過ぎちまったな。お前の鎧をまず見せてくれ。剣のほうはたぶんほとんど修理の余地はないだろうから、鎧を重点的に見てやるよ。」
 
 サイズを合わせながら何度か動いてみた。合わせ直すたびに鎧は私の体にぴたりとはまっていくのだが、ドリスさんは『あ、ここがまだもう少し』『お、こっちが緩んだな』などと言いながら、本当に体の一部としか思えないほど、きっちりと合わせてくれた。
 
「ほお、お前の動きも昔とかわらねぇなぁ。」
 
 見ていたダンさんが感心したようにつぶやいた。
 
「だといいんだけどね、体力が昔どおりに持つかどうかは何とも言えないよ。」
 
「ぶわっはっはっは!そりゃそうだ。仕方ないさ。誰だって年をとるんだからな。だが、今見る限りでは、そんなに体力が落ちているとも思えないぜ。おいドリス、ライザーの奴もこんな感じだったのか?」
 
「そうだなぁ・・・。あいつの場合はなんていうか・・・・」
 
 ドリスさんがう〜んと唸った。
 
「何だよ?なんかよくないことでもあるのか?」
 
「そんなんじゃねぇよ。今のクロービスより、なんていうかなぁ、気迫がすごかったって言うか・・・。まるでこれからすぐにでもモンスター退治に出かけそうな雰囲気だったぜ。あいつがこれから何をしようとしているのかは知らねぇが、それはよっぽど大事なことなんだろうな。」
 
「大事なことか・・・。」
 
 何をしようとしているのだろう・・・・。また不安が胸をよぎる。
 
「ま、お前も向こうに行くって言うなら安心だな。奴に会ったら、あんまり無茶するなって伝えておいてくれよ。」
 
「わかったよ。」
 
 その後剣を見てもらったが、やはり修理が必要なところはほとんどなかった。ドリスさんの家でダンさんとも別れ、その帰り道・・・。
 
 
「はぁ〜・・・何であんなこと言っちゃったんだろ・・・。」
 
「ばっかだなぁ。言うにことかいて学校の先生だなんて・・・。」
 
 家に向かう途中の道でため息をつきながらしゃべっているのはシンスだ。一緒にいるのは東の村のエディのようだ。最近見かけなかったが、なんとなく大人びた気がする。成長期なんだなあとしみじみ思う。思わず立ち止まってしまったが、二人は私に気づいていない。でもこのまま立っていては盗み聞きになってしまう。私は二人に声をかけた。シンスはぎょっとして私を見たが、なんとなく観念したような顔でぺこりと頭を下げた。
 
「二人ともどうしたんだい、こんなところで。」
 
「おいシンス、チャンスじゃないか、先生に話してみろよ。お前の親父さんほど頭ごなしに怒ったりしないと思うぜ。」
 
 エディがシンスを突っついた。
 
「何かあったのかい。」
 
 シンスがこわごわと顔を上げた。
 
「先生・・・・僕どうしたらいいのかなぁ・・・。」
 
「どうしたらと言われても、何がどうなっているのかわからなければ相談に乗りようがないよ。」
 
 さっきの会話で大体の察しはついたが、先走るわけにはいかない。本人の口からちゃんと聞くべきだろう。
 
「そうだよね・・・。はぁ〜・・・・・。」
 
 シンスはまたため息をついた。
 
「うちに来るかい?今日先生は診療を休んでいるけど、話くらいなら聞けると思うよ。」
 
「あ、先生、僕も行っていいかなあ。」
 
 エディが尋ねた。
 
「いいよ。ライラが島を出てからうちに来る回数もめっきり減ったね。また本を読みにおいで。」
 
「はい。なあシンス、行こうぜ。」
 
「う・・・・うん・・・・。」
 
 エディが半ば引っ張るような格好で、シンスは家にやってきた。
 
「お帰りなさいクロービス、あら・・・シンスとエディじゃないの。どうしたの?」
 
 ちょうど玄関にいた妻が不思議そうに二人に声をかけた。
 
「二人で道の途中でため息をついていたからね、連れてきたんだよ。」
 
「そう。それじゃ話を聞いてあげるのね。今日はもう訓練はなしね。明日にしましょうか。」
 
 シンスがため息、これだけで妻にも事情が飲み込めたのだろう。
 
「そうだなぁ・・・。」
 
「訓練て?」
 
 首を傾げるシンスとエディに、私はもうすぐ祭りに行くことと、そのために武器防具の点検もかねて二人で手合わせをしていることを話した。
 
「あ、僕先生が戦っているところ見たい!」
 
 エディが叫んだ。
 
「僕も見たいな。ねえ先生、話はあとでいいよ。先生とおばさんの立合見せて。僕達見たことないんだ。」
 
「そうか・・・。見たとしても小さなころだから覚えていないだろうしね・・・。」
 
「でもいいの?何かクロービス先生に話したいことがあったんじゃないの?」
 
 妻の問いかけにシンスは小さくうなずいた。
 
「うん。でもいまは先生とおばさんの立合を見たいな。それから話すよ。」
 
「そう・・・。ねえクロービス、それじゃ予定通りはじめましょうか。鎧は大丈夫なの?」
 
「大丈夫だよ。今の体型にぴったり合わせてもらったからね。まるで体の一部みたいに、快適になったよ。」
 
「へぇ、さすがドリスさんね。それじゃ、午後の一番をはじめましょうか。」
 
 二人で庭に出た。シンスとエディが後についてくる。座る場所を決めて、勝手に動くと危険だからと何度も念を押した。妻も私もそう簡単に相手に吹っ飛ばされたりはしないが、真剣を使っての立合は、見るほうにもある程度の覚悟がいる。
 
「それじゃ始めましょうか。お互いナイトメイルをつけているから、午前中よりは遠慮なく叩けるわね。」
 
「そう簡単に叩かれたりしないよ。」
 
「ふふ、私もよ。シンス、エディ、そこで見ていてね。怖くなったら中に入っていてもいいわよ。」
 
「大丈夫だよ。」
 
「怖くなったりしないよ。」
 
 二人ともちょっと不満そうに答えた。
 
「それじゃ、今度は私から斬りこむよ。」
 
「了解。」
 
「え?」
 
 シンスが怪訝そうな声を上げた。
 
「どうしたの?」
 
 妻が尋ねた。
 
「だ、だって・・・先生がおばさんに斬りこむの?真剣を持っているのに?」
 
「どちらかが斬りこまなきゃ立合は始まらないよ。さっきはおばさんから斬りこんできたから、今度は先生からにしようかと思ってね。」
 
「ふぅ〜ん・・・。」
 
 シンスは妙に感慨深げに唸った。
 
「どうして?」
 
「だってさ・・・先生とおばさんてすごく仲いいのに、そんな相手に剣を向けられるのかなって・・・。」
 
 シンスの疑問はもっともだ。
 
「別に傷つけるために剣を向けるわけじゃないんだよ。今はそれほどでもないかも知れないけど、王国で旅をしようと思えば、モンスターに遭遇することも考えなくちゃならない。そんなときに慌てず対処できるように訓練するんだから、剣を向けたり向けられたりするのが恐いと言っていたら、いざというときに命を落とすかも知れないんだよ。」
 
「・・・つまり、剣を向けるのは相手のためってこと・・・なのかな・・・。」
 
 シンスが首をかしげた。
 
「そうだね。もっとも、今の時代生き残れるかどうかわからないような厳しい状況になることは考えにくいし、そんな状況になることも遠慮したいとは思うよ。でも何が起きるかわからないことも確かだからね。備えだけはしておかなくちゃならないんだよ。」
 
「そうか・・・。そうだよね・・・。」
 
「納得したのか?」
 
 隣でエディがシンスの顔をのぞき込む。
 
「うん・・・。先生、ごめんね、変なこと聞いて。」
 
「そんなことないよ。」
 
 若いシンスにとって、たとえば好きな相手に剣を向けるなどと言うことはとうてい考えられないことなんだろう。その気持ちはわかる。実際、私も一時は妻に剣を向けるのがいやで、海鳴りの祠での訓練にも参加しなかった。それが間違った考えだと気づかせてくれたのは、他ならぬ妻本人だった。
 
「見てる人がいると緊張するわね。」
 
「昔はみんなが見ていたものだけどね。」
 
「そうね・・・。ねぇ、今度は王宮の訓練場で訓練しているところが見られるわよね。」
 
「入っていいと許可が出ればの話だよ。私はもう王国剣士じゃないし、あそこには一般人は本来入れないからね。」
 
「ふふ、そうね。それじゃ、さあどうぞ。」
 
 妻が鉄扇を構えた。
 
「行くよ!」
 
 まずは鉄扇めがけて斬りこむ。ふわりとよけられる。朝よりも妻の動きが滑らかになってきているようだ。勘を取り戻しつつあるらしい。もう一度斬りこむ。今度ははじき返される。下がって構えなおす間に妻の鉄扇が耳元を掠めていく。今度は胴をめがけて剣を振り下ろす。ひらりとよけながら妻の鉄扇が私の左肩に命中した。が、盾に当たっただけなので痛みはない。
 
「あら残念。」
 
 妻がにっと笑って下がる。そこに踏み込んで一撃。妻は腰を落として避けようとしたが間に合わず、私の剣先は妻の鎧の胸当てを掠めた。掠めたといってもくっきりと筋がつくほどだ。まともに当たればかなりの衝撃になる。
 
「今度はこっちが残念だね。」
 
「そう簡単に当たらないわよ。」
 
 午前中はあっという間に夢中になってしまったが、今はシンスとエディが見ているのでそれほど熱くなってはいない。程よい緊張感を保ちながら立合を続け、私達は午後のお茶の時間になったと思われるころ剣をおろした。
 
「もうやめちゃうの?」
 
 シンスが残念そうに尋ねる。
 
「今日はもうおしまいだよ。君の話を聞いてあげなくちゃね。」
 
「あ・・・はい・・・・。」
 
 シンスはまた大きなため息をついた。
 
「中でお茶にしましょう。エディ、読みたい本があれば、リビングに持ってきて読んでもいいわよ。」
 
「うん、ありがとう。」
 
 
 シンスとエディが書斎をのぞいている間に、私達は着替えを済ませた。妻がブロムおじさんのお茶を先にいれてくれたので、私が診療室に運んでいき、シンスの話を聞きたいから今日は診療室にこれないかもしれないことを伝えた。
 
「ほお、あの坊主はまだ何か悩んでいるのか。」
 
「たぶん将来のことだと思うよ。先生になりたいなんて言ってたけど、本当は別な仕事をしたいみたいなんだ。」
 
「ふむ・・・ま、あの若さで一生の仕事を決められるやつなんぞ、なかなかいないからな。ライラやカインが特別なんだ。グレイもアメリアも息子に期待をかけすぎているんじゃないのか?」
 
「そうだね・・・。そんな感じはするな。」
 
 前にシンスの話を聞いた時、これからは気をつけると言ってはいたが、なんと言ってもかわいい息子のことなのだから、なんの期待も寄せないというほうが無理というものだ。
 
「グレイよりはお前のほうが穏やかだからな。ちゃんと話を聞いてくれる相手がほしいんだろう。こっちは心配いらんよ。何かあれば呼ぶから、お前はシンスの話を聞いてやれ。」
 
「うん、ありがとう。」
 
 リビングに戻ると、妻がみんなの分のお茶を用意していた。シンスとエディはもう戻ってきていて、シンスがソファに座ったまま緊張した面持ちでいるのに対し、エディは書斎から持ってきた本をうれしそうに眺めている。
 
「待たせたね。」
 
「はい・・・先生・・・・あのね・・・。」
 
 シンスはもじもじしている。話の先鞭ぐらいはつけてやろうか・・・。
 
「さっき君達と会ったとき、ちょっとだけ話が聞こえたんだけど、シンス、君が本当にやりたい仕事は、学校の先生なんかじゃないみたいだね。」
 
 シンスははっとして顔を上げ、それからゆっくりとうなずいた。
 
「そうか・・・。何かやりたいことがほかにあるのかい?」
 
「・・・・・・・・・・。」
 
 シンスは黙っている。
 
「何もなくてもいいんだよ。まだ君は17歳なんだから、これから何かを見つけることだって出来るじゃないか。そのために上の学校に行くもよし、この島で仕事を見つけるもよし。もっとも、グラッツみたいに別に一生の仕事と決めていなくてもがんばっている人もいるんだから、やりたいことが見つからないからって何もしないでいる必要はないと思うけどね。」
 
「・・・やりたいことがないわけじゃないよ・・・。でもそんなことを父さんに言ったりしたら何を言われるか・・・。」
 
「シンス、言う前から逃げ腰では、君は一生その仕事に就けないよ。どんな仕事だって思い切りぶつかっていかなければ、続けていくことなんて出来ないんだよ。」
 
「そ、そりゃそうだけど・・・でもね先生、父さんは何かって言うと『お前はどうせだめだ』とか、『続くわけがない』とか言うんだ。そんな言い方されるとこっちももう何も言いたくなくなるよ。やってみなきゃわからないじゃないか。結局父さんは僕のことをぜんぜん認めてくれていないんだ。」
 
 グレイの頭の中にある『こうあってほしい』というイメージと、実際の息子の姿が食い違っているということなのだろう。だからいくらシンスががんばってもまだまだのような気がして、つい小言を言ってしまうのかもしれないが、シンスにしてみれば、何をしようとしてもまったく認めてもらえないのでは張り合いもなくなろうというものだ。
 
「なるほどね。それについては、先生が君の父さんに話してあげられると思うよ。でもシンス、まずは君が何をやりたいのか、それを聞かせてくれないか。」
 
 シンスはため息をついて、上目遣いに私を見た。隣でエディがシンスを突っついて、
 
「ほら、ちゃんと言えよ。」
 
と耳元でささやいている。
 
「あのね・・・去年ね、島に芝居の一座の人達が来たことあったよね。」
 
「ああ、あったね。」
 

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