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32章 王宮の変貌

 
「・・・この近くにジェドさんて人の家があるはずなんだけど・・・どこなのかな・・・。」
 
「あれ・・・?その人ってさっきウィローの家に来ていた、あの親子連れの親父さんじゃないのか?」
 
「そうだよ。」
 
「なんでその人の家なんて探すんだよ?」
 
「さっき道具屋でちょっと聞いたんだけど・・・。」
 
 私はドーラさんの旦那さんの話をカインに話した。
 
「ふぅん・・・。ま、デールさんに関しての情報は多い方がいいから、聞けるなら聞いておきたいけど・・・。でもどこの家かわからないんじゃ・・・。」
 
 カインは辺りをきょろきょろと見回したが、みんな似たような家ばかりだ。
 
「あ・・・。」
 
「ん?どうした?」
 
「多分・・・こっちの道の・・・あの家だよ。」
 
 私はウィローの家の前から延びる坂を下りる途中で、細い道に入った。そこにある家・・・。ウィローの見た夢に出てきたあの家・・・。夢の中であの家から出てきたのは、確かにジョスリンだった。
 
「間違いないんだろうな。全然知らない家に入り込んだりしたら、大恥かくぞ?」
 
 カインが不安そうに私を見る。
 
「大丈夫だよ。夢と同じだから。」
 
「夢って・・・ああ・・・お前が前に見たって言う・・・。」
 
「そう。あの時の親子連れはきっとジェドさんとジョスリンだよ。」
 
「あの女の子はジョスリンて言うのか。すっかりカナの事情通だな。」
 
 カインが笑い出した。
 
 ジェドさんの家を訪ねると、幸い家族みんなが家にいた。私達はジェドさんにわけを話して、事故のことを教えてくれるように頼み込んだ。
 
「あのことか・・・。」
 
 ドーラさんの言ったように、ジェドさんは眉根を寄せ、つらそうに唇をかんだ。
 
「無理にとは言いません・・・。つらい話でしょうから・・・。」
 
「つらいにはつらいが・・・ドーラがあんたにその話をしたってことは・・・あいつはあんたらを信用したんだろうな。まあ入れよ。話してやるよ。」
 
「ありがとうございます・・・。」
 
 私達は家の中に入れてもらった。ジェドさんの奥さんらしい人が笑顔でお茶を運んできてくれた。
 
「いらっしゃい。ごゆっくりね。」
 
「すみません・・・突然おじゃまして・・・。」
 
「いいのよ。私も一度あなたを間近で見てみたかったから。」
 
「・・・・・・。」
 
 どう反応すればいいのか戸惑うような言い方だ。ジェドさんの奥さんは、はっきりと『あなたを』と言った。『あなた達を』じゃない。
 
(やっぱり噂のせいなんだろうな・・・。)
 
「こら、剣士さん達をからかうなよ。さてと、どこから話せばいいかな・・・。」
 
 ジェドさんはしばらく考え込んでいたが、小さく口の中で何かつぶやいて、姿勢を正した。
 
「どこからって言うほどのことじゃないな。あの事故はいきなりだったよ。坑道をかなり深くまで掘っていたある日、今まで固くてなかなか掘れなかった場所がいきなり簡単に掘れるようになってなぁ・・・。こりゃはかどるからいいやなんて言いながら、俺達は・・・俺とドーラの亭主ヘイドンは、冗談を言ったりして笑っていたんだ・・・。そしたらいきなり目の前が土壁になった・・・。いや、本当はその時、落盤の最初の土砂が俺とヘイドンの間に落ちてきて・・・でも俺にはまるで、土壁があいつを飲み込んだように見えたんだ・・・。」
 
 ジェドさんはぞくっと身震いをした。顔が青ざめている。たった今まで元気だった仲間が、いきなり土砂の中に埋まってしまう・・・考えただけで私達も背中を冷たいものが流れていった。
 
「そして気がついた時には、俺は医務室のベッドの上だった。体中が痛かったけど、おかげで自分が生きていることだけはわかった。でも・・・そのほかの連中は・・・ヘイドンも、やつの隣で仕事をしていた他の鉱夫も・・・みんな・・・。」
 
 ジェドさんはそこまで話して鼻をすすりながら涙をこすった。
 
「死んだ奴らのところに連れて行ってもらった時・・・奴らの遺体の前で死人みたいに青くなったデールさんがいたんだ・・・。涙で顔がてかてか光るほどになっていて・・・。だから俺はあの時、デールさんも悲しんでくれたんだって思ってた。なのに・・・デールさんは死んだ奴らの家族に手紙を書いて、それと一緒にものすごい大金を渡すように指示したんだ。だから俺は・・・何だ、デールさんてのは所詮こんな奴かと・・・金ですべてカタをつけるような奴なのかと・・・。そう思っちまったんだ・・・。ホントバカだよな、俺ってやつは。金しかないじゃないか。どんなに頭を下げたって泣いたってあいつらは帰ってこないんだから、それなら遺された家族に精一杯何かしてやらなくちゃならない。それは何かって言ったら、まずは生活の面倒を見ることなんだよ。それなのに俺は・・・善人ぶってデールさんを批判していたんだ・・・。そしてその後しばらくして・・・落盤事故の起こった場所のすぐ近くで、ナイト輝石が発見された・・・。俺は・・・ナイト輝石にあいつらの命が踏みにじられたような気がして・・・それでつい廃液もいい加減に扱っていたんだ・・・。全くとんだ偽善者だよ、俺は。」
 
「そんなことないです・・・。すみません・・・つらいことを思い出させてしまって・・・。」
 
 ジェドさんは静かに首を振った。
 
「いや・・・俺はあんたらに礼を言いたいよ。あんたらがハース城に行ってくれたおかげで、俺は自分のバカさ加減に気づくことが出来たんだからな。」
 
「・・・ありがとうございます・・・。それじゃ失礼します。」
 
 私達は帰ろうと腰を浮かしかけたが、
 
「ちょっと待ってくれよ。」
 
ジェドさんが呼び止めた。
 
「黒髪のあんた、あんただよな、ウィローの彼氏ってのは。」
 
「・・・・・・。」
 
「ちょっと父さん!何言い出すのよ!」
 
 ジョスリンがあわてて父親のところに駆けてきた。
 
「父さんには関係ないでしょう。ごめんなさいね、剣士さん達・・・。」
 
「いや、関係なくないぞ。ウィローはお前の一番の友達じゃないか。そのウィローが不幸になるかどうかの瀬戸際なんだから。」
 
 ・・・何でそういう話になっているんだろう・・・。噂なんて言うものは、口から口に伝えられるうちに、たいていが尾ひれだらけになって元の話がどこかに行ってしまうものだが、それにしても『不幸になるかどうかの瀬戸際』とは・・・。そしてジョスリンのこの慌てぶり。ドーラさんから聞いたうわさ話は確かにいいものではなかったが、ウィローの友達であるジョスリンがここまでうろたえるほどのことだろうか。それとも、ドーラさんは気を使って必要最小限のことしか言わなかったのだろうか・・・。
 
「俺があんたらの頼みを聞いて事故のことを話したんだから、あんたらも・・・いや、あんたも聞かせてくれよ。あんた本当にウィローを力ずくでものにしたのか?」
 
「は・・・?」
 
 一瞬ジェドさんの言葉の意味が飲み込めなかった。
 
「しらばっくれるなよ。俺は村の連中から聞いたんだ。あんたがハース城に連れて行くことを条件に、むりやりウィローをものにしたってな。」
 
「だからそんなの根も葉もない噂だってば!」
 
 ジョスリンがテーブルをバンと叩きながらヒステリックに叫んだ。
 
「お前が何でそんなに言い切れるんだよ!?」
 
 ジェドさんも負けずに言い返す。
 
「だって・・・もしもそんなことでウィローがこの人について行くって言ってるのなら・・・あんなに幸せそうな顔しているはずないもの!」
 
 ジョスリンは目に涙まで浮かべて父親に抗議している。彼女とはカナについた時に村の広場で話を聞いた程度だ。その後私達はすぐにハース城に向かって旅立ってしまったから、顔をあわせるのだってほんの2〜3度目くらいだろう。なのに彼女は、私がウィローの選んだ相手だと言うだけでこんなにも信じてくれる。この信頼を裏切ってはいけない。
 
「ジョスリンだよね。ありがとう、そこまで信じてくれて。」
 
「私は信じるわよ。さっきウィローがあなたに寄り添った時・・・本当に幸せそうで・・・。ウィローがいつもお父さんのことで苦しんでいたの私わかってたから・・・だからさっきすごくうれしかったのよ・・・。ねぇ、剣士さん、噂なんて嘘よね?あなたとウィローは・・・その・・・愛し合って・・・だから・・・。」
 
 それきりジョスリンは赤くなって黙り込んでしまった。
 
「ウィローとはそんな仲じゃないよ。」
 
「え?でもウィローはあなたのことが好きで・・・。」
 
「それは本当だけど・・・それに私がウィローのことを大事に思ってることもね・・・。でも今、村の中で噂になっているような話は、何一つないよ。ウィローは潔白なんだからそれも信じてあげてくれないかな。」
 
「本当に・・・?」
 
「本当だよ。」
 
 ジョスリンがほっとしたのがわかった。誰だって、自分の一番の友達がおかしな噂のタネになるなんて歓迎したくないに違いない。
 
「本当に本当だな?」
 
 ジェドさんが身を乗り出してきて、にらむように私の目をのぞき込む。こちらはまだ信用してくれてはいないらしい。ここで目をそらしては疑いは晴れないような気がして、私もジェドさんを見つめ返した。
 
(にらめっこしてるみたいだな・・・。)
 
 みんながウィローを好きなんだ・・・。だから幸せになってほしくて、こんなふうに心配してくれる・・・。
 
「へぇ〜。今時珍しくカタい人じゃないの。気に入ったわ。」
 
 そういってボンと私の肩を叩いてくれたのは、ジェドさんの奥さんだった。
 
「ほらほらジェド、もうそんな仏頂面やめなさいよ。これだけカタい人と一緒なら、ウィローは間違いなく幸せになれるわよ。」
 
 ジェドさんの奥さんはにこにこしながら、今度はジェドさんの肩を叩いた。
 
「う・・・うん・・・。よし、まあ許してやる。」
 
 ばつが悪そうにうなずくジェドさんに、奥さんが声をあげて笑い出す。
 
「何が許してやる、よ・・・。剣士さん、ごめんなさいね。この人と来たら、ウィローの父親代わりのつもりなんだから全く・・。」
 
「小さい頃はよくうちに遊びに来ていたしな・・・。まあその・・・娘が一人増えたような・・・そんな気がしていたもんだから・・・。」
 
「そうねえ・・・。でもウィローが先にいい人を見つけたとなると、ちょっとジョスリン、ぼやぼやしていないでよ。売れ残っちゃうわ。」
 
「こ、こら、たきつける奴があるか。ジョスリンにはまだそんな話早すぎる!」
 
 身内の会話になったところで、私達は腰を上げた。
 
 ジェドさんの家を出て、細い道からウィローの家へと続く坂まで戻ってきた時、私は後ろを歩くカインに振り向いた。
 
「もう我慢しなくていいよ?」
 
「・・・え?」
 
 カインがぽかんとして立ち止まった。
 
「我慢しなくて笑ってもいいよってことさ。さっきジェドさんからウィローのことを聞かれている間中、ずっと笑いをこらえていたじゃないか。」
 
「ははは・・・気づいてたのか・・・。」
 
「そりゃわかるよ。」
 
「そうか・・・。ずっと我慢していたら、もう笑いたいのがどっかに行っちまったよ。ジェドさんがせっかくつらい話をしてくれたってのに、そのあとバカ笑いしたりしたら失礼だしな。」
 
「まあそうだけどね・・・。」
 
「しかしまあ・・・言うに事欠いてお前がウィローを力ずくでだなんて・・・。尾ひれがつくどころか、尾ひれしかないじゃないか。元の話はどこに行っちまったんだよまったく。」
 
 私達が村に戻ってきた日にウィローが私を避け続けていたことや、昨日展望台からウィローが泣きながら降りてきたことなども、すべて『尾ひれ』の元になってしまったらしい。
 
「まあろくな言われ方していないだろうとは思っていたけど・・・さすがにあそこまでとは思わなかったな。ドーラさんは気を遣ってそこまで言わなかったんだな、きっと・・・。」
 
「へえ・・・。道具屋のおかみさんもいいとこあるな。」
 
「いい人だよ。ウィローの幸せをちゃんと考えてくれているよ。」
 
 私はドーラさんとの会話を手短に話した。
 
「ふぅん・・・。しかし妙な約束したもんだな。本気でそんなこと考えてるのか?もしもうまくいかなかったら、なんてさ。」
 
「まさか・・・。でも・・・。」
 
「でも、なんだよ?」
 
「実を言うと、少し自信がないかも知れないな・・・。」
 
「なるほどね・・・。」
 
 こんな話をして、カインが怒るのではないかと思っていた。でもカインは小さくうなずいただけだった。
 
「昨日やっと気持ちが通じたばかりなんだから、これからだよ。今から自信満々だったりするほうが嘘くさいじゃないか。まわりは気にするな。」
 
「それはそうなんだけど・・・でも、私が今どう思っていようと、ドーラさんは真剣だったんだ。約束出来ないなんて言えなかったよ。でもウィローを一人で帰って来させる気なんてないよ。必ず一緒に帰ってくるつもりだよ。」
 
「そうだな・・・。ま、ウィローはこの村の人気者だし、みんな心配してくれてるわけだしな・・・。それに引き替え俺達は、この村の人達にとっちゃ得体の知れない新参者だ。王国剣士に対するわだかまりだってあるだろうし・・・。みんながみんな村長やイアンみたいに暖かく接してくれるわけじゃないのは、仕方ないのかもな・・・。」
 
「そういうこと。だから私のことはいいんだよ。信用してくれって言えるほどお互いよく知らないんだから、なんと言われたって我慢出来るよ。でもウィローがかわいそうだ・・・。ウィローは村の人達みんなのこと好きなのに、あんな言われ方して・・・。」
 
「悪気はないって言っても、嫁入り前の女の子にあの噂は確かにひどいよな・・・。」
 
 カインもため息をついて、頭をかいている。無責任な噂を流した人達の中には、私という人間の存在を貶めようとしてわざと騒ぎ立てている人だっているかも知れない。でもそれが実は、私よりもウィローを傷つけていることに早く気づいてほしい。
 
「でもまぁ・・・ジェドさん一家はわかってくれたみたいだし、武器屋にいた人達は誰も何も言わなかったからきっとわかってくれていたんだと思うし・・・あとは自然に噂が静まるのを待つしかないんだろうな・・・。私達はどうせ明日にはここを出るんだから。」
 
「まあそれはそうだな・・・。」
 
「そろそろ帰ろう。もう陽が暮れるよ。」
 
「そうだな。」
 
 ウィローの家に戻ると、台所からウィローがひょいと顔を出した。
 
「あ、お帰りなさい。ごめんね、まだ準備中なの!」
 
 言うだけ言って、ウィローはまた姿を消した。そして母さんと何か話しながら、台所の中をぱたぱたと忙しく動き回っている。
 
「なんかすごいものができあがりそうだな・・・。」
 
 カインが半分あきれたように台所のほうを見ている。
 
「こっちはおとなしく待つしかなさそうだね。」
 
 
 部屋のベッドに腰掛けて、カインと私は何となくぼんやりとしていた。明日の準備はもう終わっているから、部屋に戻ってもすることがない。台所のほうがそんなに忙しいなら少しは手伝おうかと思ったが、中から聞こえてくる声を聞く限り、声をかけるのもじゃまになりそうで、結局こうして二人で何もせずに座っているしかなかった。
 
「明日は帰るのか・・・。終わってみれば長かったような、短かったような・・・不思議な日々だったな・・・。」
 
「不思議か・・・。たしかにそうだね・・・。」
 
 ロコの橋を越えるまでは、まさかこんなことになるとは夢にも思っていなかった。カナ経由でハース鉱山へ向かい、情報を集めて持ち帰る・・・私達の本来の任務はただそれだけのはずだった。
 
「とにかく、帰ることだけ考えよう。それしかないもんな・・・。」
 
「そうだね・・・。」
 
「俺が乗ってきた船はハース城側の湖にあるはずなんだけど・・・モンスターに壊されていなければいいんだがなぁ・・・。」
 
 カインが少し不安そうに眉根を寄せる。
 
「あそこに行くまでが大変かも知れないよ・・・。」
 
「でもあれからずいぶん過ぎているから・・・どうかな。今もハース渓谷にはモンスターはいるのかな・・・。」
 
「撤収してくれているならありがたいけどね・・・。どうなのかな・・・。」
 
「とにかく行ってみないとな。あそこを通る以外に湖にたどり着く手だてはないんだから。」
 
「この間鉱山の出口から外に出る時に通った道は?」
 
「あそこか・・・。遠回りだけど、もしかしたら安全かな。」
 
「それじゃ、二通りの可能性を考えておこうよ。まずはハース渓谷に行ってみる。通れそうならあそこから行ったほうが近いからね。でも私達だけならともかく、今回は他の鉱夫達も一緒なんだから無理は出来ないよね。様子を見てあの山越えの方がいいようなら、そっちに行こう。いっそ北部山脈を突っ切るって言う手もあるけど、それは船が壊されていた場合の最後の手段だね。船のほうが絶対速いんだから。」
 
「そうだなあ・・・。その辺はディレンさん達にも相談してみようか・・・。」
 
「ディレンさんのことは気にしていないの?」
 
「うーん・・・正直なところ気にならないわけじゃないよ。でもあの人は・・・この南大陸では数少ない信頼できる人だって思ったんだ。前にディレンさんが言っていたじゃないか。この砂漠の中では、差しのべられた手を振り払っていたら生き延びられないって。」
 
「そうだね。それを聞いて安心したよ。」
 
「北に帰ったら、キリーさんに教えてやらないとな、ディレンさんのこと。」
 
「うん。ところでカイン、操船のほうは大丈夫なの?」
 
「う〜ん・・・・。」
 
 カインは腕を組んで考え込んだ。
 
「そんなふうに唸られると、なんかすごく不安なんだけど・・・。」
 
「ま・・・大丈夫だろう・・・。一度しか教わってないけど、手順は忘れてないから何とかなるさ。」
 
「ぜひ何とかなってほしいな・・・。」
 
「何とかするさ・・・。もしかしたら・・・剣士団長はこんなことになるのを予測して・・・俺に操船の仕方を教えてくれたのかな・・・。」
 
「どうかな・・・。とにかく、私にも操船の仕方教えてよ。二人で交替で動かせるようになっておいた方がいいからね。」
 
「そうだな・・・。」
 
 ふと会話がとぎれ、そのまましばらく沈黙が続いたが、カインの言葉がそれを破った。
 
「なあクロービス・・・デールさんを殺し、故意に廃液を流させたなんて・・・フロリア様は本当にそんなことをしたんだろうか・・・。もし本当だとすると・・一体なぜ、何のために・・・。この国を滅ぼしたって・・・フロリア様には何一つ得になるようなことはないはずなのに・・・。」
 
「先走らずに考えよう。とにかく王宮に戻ってからだよ。」
 
「そうだな・・・。」
 
 カインが大きくため息をついたところにウィローが呼びに来た。行ってみると、テーブルの上にはおいしそうな料理がたくさん並べられている。
 
「母さんと私の力作なのよ。ちゃんと味わって食べてね。」
 
 ウィローが自慢げに胸を反らして見せた。
 
「ほとんどウィローが一人で作ったのよ。私は作り方を教えて、少し手伝っただけ。」
 
 なるほど、それならばさっきのウィローがあんなにあわただしく動き回っていたのもわかる。
 
「はい、それじゃよーく味わって食べさせていただきます。」
 
 本当においしい食事だった。そしてとても楽しい時間だった。ウィローの母さんは、今までずっと胸の奥に秘めていたことを話してしまったことで、晴れやかな顔をしているように見えた。ウィローもデールさんの自分に対する深い愛情を知って、とてもうれしそうだった。
 
 そして夜が更けて・・・翌日に備えて寝ようとしていたところに扉をノックする音が聞こえた。
 
「あの・・・ちょっといい?」
 
 ウィローの声だ。
 
「え!?あ、ちょ、ちょっと待った!」
 
 暑いからとパンツ一丁になっていたカインは、あわてて肌がけを体に巻き付けた。
 
「そんな格好しているからだよ。」
 
 でもウィローは入ってこようとしない。私は立ち上がってカインの情けない姿が見えないよう、扉を少しだけ開けた。
 
「どうしたの?」
 
「あの・・・少しだけ・・・話したいことがあるんだけど・・・私の部屋に来てもらっていい・・・?」
 
「・・・いいよ。それじゃ、先に行ってて。」
 
「うん・・・。待ってるね。」
 
 ほっとしたように笑顔を見せて、ウィローは二階へ上がっていった。扉を閉めてカインを見ると、いも虫のように肌がけを体にぐるぐると巻きつけた状態のまま、にーっと笑っている。
 
「・・・なんか言いたそうだね・・・。」
 
「別に・・・。ま、ちゃんと話してこい。どうせすぐ戻ってくるんだろうけど。」
 
「当たり前じゃないか。すぐ戻るよ。こんな時間に女の子の部屋にいつまでもいるわけにはいかないんだから。」
 
「はいはい。早く行ってやれよ。」
 
 私は部屋を出て階段を上がった。家の中はもう静まりかえっていて明かりも消されている。なんだか自分の足音がやたらと響くような気がした。
 
 ウィローの部屋の前に立ち、扉を叩く。『どうぞ』という声があって私は中に入った。ウィローは部屋の真ん中にある小さな椅子に座って、ぼんやりと宙を見つめている。
 
「どうしたの?」
 
「ごめんなさいね、もう寝るところなのに・・・。」
 
「別にいいよ。朝までぐっすり眠れるんだから、少しくらい。」
 
「昨日から聞きたかったんだけど・・・村のみんなが言っていた噂って・・・何のこと?」
 
(そのことか・・・・。)
 
 いずれ聞かれるだろうとは思っていたが、それがまさか今だとは思わなかったので、私は少し狼狽した。
 
「どうしても聞きたい・・・?」
 
「あなたがそんな言い方をするってことは、あんまりいい噂じゃないみたいね。」
 
「・・・いい噂じゃない、か・・・。まあ確かにそれはそうなんだけど・・・。」
 
「やっぱりね・・・。いい噂なら、別に誰もこそこそしたりしないと思うし・・・。それもあなたには言うのに私には言わないなんて、なんだか以前村のみんなが父さんのことを悪く言っていたときみたいで・・・。」
 
「そう言うことじゃないよ。うーん・・・よくないのは確かだけどそれは君のことじゃ・・・あ、いや、やっぱり君のことでもあるんだよな・・・。」
 
「なんだかはっきりしないのね。どういうことなの?」
 
 出来ればあまり言いたくなかった話ではあったが、みんなしてあからさまにウィローの前で口をつぐんでいるのだから、気にするなと言うほうが無理な話だ。私はドーラさんやジェドさんから聞いた話をウィローに聞かせた。話の流れでドーラさんと私の約束まで話すことになってしまったが、それもまた黙っているほうがかえって誤解の元かもしれない。
 
「そう・・・そういうことだったの・・・。」
 
 ウィローは複雑な表情で小さくうなずいた。
 
「みんなが君に聞かせたくなかったわけはわかるよね?」
 
「そうね・・・。確かにそれはわかるけど・・・。」
 
「けど・・・なに・・・?」
 
「どうせ黙っているつもりなら、あなたにだって聞かせなくてよかったのにね。いやな思いしたんじゃない?」
 
「私のことは気にしなくていいよ。やましいことがあるわけじゃないし。」
 
「でも噂が本当だとしたって、別にやましくはないじゃないの。」
 
「い、いや、それはそうなんだけど・・・。あ、いや、でも君を脅してとか力ずくとか、それは本当じゃないじゃないか。」
 
「それはそうだけど・・・。ふふふ・・・でも安心しちゃった。」
 
「噂の内容がわかったから?」
 
「それもちょっとだけあるけど・・・一番は、あなたがその噂を聞いても堂々と胸を張っていてくれたことよ。あなたのその態度を見れば、あなたのことを好き勝手に言っている人達だって、そのうち何も言えなくなるわ。」
 
 ドーラさんが気を遣って控えめに言ってくれただけで、おおかたの村人達はジェドさんのような見方をしていたのかも知れない。ウィローは噂の内容を聞いて、まず私のことを心配してくれた。それがうれしかった。
 
「私のことは心配しなくても大丈夫だよ。それより、こんな噂をたてられて傷つくのは君のほうじゃないか。」
 
 ウィローは顔を上げて私を見つめ、クスリと笑った。
 
「そうね・・・。でも噂の相手があなたなら、それがどんな内容だって私は気にしないわ。」
 
「本当に?」
 
「本当よ。」
 
「ありがとう・・・。」
 
 椅子に座ったままのウィローを、そっと抱きしめた。優しいぬくもりを腕の中に感じて、とても幸せな気持ちになった。
 
「それに、きっとそのうち噂も消えるわよ。ジェドおじさんがあなたを信じてくれたんだし、村長のところにだって村の人達が押しかけているはずだけど、誰も何も言わなかったんだから。」
 
 言いながらウィローが私の背中に手を回す。
 
「そうなるといいね・・・。そろそろ寝なくちゃならないから、私はもう部屋に戻るよ。」
 
 ウィローから離れて、私は扉に向かって歩き出そうとした。
 
「クロービス。」
 
「ん?」
 
 名前を呼ばれ振り向いた。ウィローは椅子から立ち上がって私を見つめている。
 
「私、必ずこの村に帰ってくるわ。」
 
「・・・・・・・・・・。」
 
「でも、あなたと一緒によ。一人でなんて絶対に帰ってこないんだから。」
 
「ウィロー・・・。」
 
「ついこの間まで、自分の使命とあなたと、どちらかを選ばなくちゃならないんだって思ってた・・・。でも今は違う。私、どっちもあきらめない。欲張りだって言われたってかまわないわ。父さんの使命は必ず私が果たしてみせる。そして、あなたともずっと一緒にいたい。」
 
 ウィローはもう腹を決めている。決められないのは私だけだ。決心するそばから迷いが出てきて、どうしていいかわからなくなる。私は扉から離れて、もう一度ウィローに近づいた。
 
「私だって・・・同じ気持ちだよ・・・。」
 
「それじゃどうしてドーラおばさんとそんな約束したの?」
 
 ウィローの目尻に涙がにじんだ。
 
「うまくいかなくなったらだなんて・・・そんな約束・・・しなくたって・・・。」
 
 こらえきれずにウィローが泣き出した。明日からの旅を、ウィローがどれほど不安に思っているかが痛いほどに伝わってくる。北大陸はカインと私にとって『帰るべき場所』だが、ウィローにとっては『未知の場所』だ。それなのに頼りの私がそんな妙な約束をしたと聞いては、平静でいられるはずがない。
 
(約束のことまで言わなきゃよかったかな・・・。)
 
 そんなことも考える。でもそうとわかっていながら、言ってしまって後悔するのが愚か者の常だ。私はウィローの肩に手をかけ、そっと抱き寄せた。
 
「ドーラさんは君の幸せを考えてくれたんだよ。今どれほど思い合っていても、この先何が起きるかわからないわけだから、どんなことがあっても君が幸せになれるように、がんばって考えてくれたんだよ。そう思ったら、そんな約束は出来ないなんて言えなかったんだ。」
 
 ・・・本当にそうなんだろうか・・・。私が・・・もしもウィローに愛想を尽かされた時のために、気持ちがさめてしまった時のために、罪悪感を感じなくていいように逃げ道を作りたかっただけじゃないんだろうか・・・。そう思うとまた心が揺れる。
 
「ドーラおばさんはいい人だわ・・・。私の幸せを考えてくれているのは本当だと思う。でもね、クロービス、それじゃあなたはどうなの?」
 
「私は・・・。」
 
「あなたは、いつか私のことを嫌いになるかもしれないって・・・そう思ってるの?」
 
「思わないよ。もしもそんなことを思っていたら、最初から一緒に村を出ようなんて考えないよ。でも・・・。」
 
「でも、なに?」
 
「私の気持ちが変わらなくても、君が私に愛想をつかすことはあるかもしれない。」
 
「それってつまり、私の気持ちを疑ってるってこと・・・?」
 
 また話が妙な方向にずれる・・・。何で私は、思ったことをうまく口に出せないのだろう・・・。
 
「違うって。だって今だって・・・君を泣かせてるじゃないか。こんなことがまたあるかもしれないて・・・そう思ったら・・・。」
 
「・・・自信がなくなった?」
 
「うん・・・。」
 
 私の腕の中でウィローの肩が小さく揺れだした。笑っている・・・。
 
「あなたらしいと言えばそうなんだけど・・・。それじゃ、どうしたら自信を持ってもらえるの?」
 
「どうしたらって言われても・・・困ったな・・・。」
 
 すぐに考えついたのは、これからしばらく一緒にいれば、いずれお互いの思いが揺るぎないものになって・・・と言うことだが、そんな気の長い話で今のウィローが納得するとは思えない。
 
「それじゃ、はい、これ。」
 
 ウィローか私から体を離して、ポケットから何かを取り出して差し出した。思わず手を出した私の手のひらにのせられたのは、ハース聖石の指輪だった。
 
「これ・・・?」
 
「この間、一度はずして母さんに返そうとしたから、持ってたの。」
 
「どうして指にはめなかったの?」
 
「だってせっかくあなたにはめてもらったのを自分で抜いちゃったから・・・だから、はい。」
 
 今度はウィローは左手を差し出して見せた。
 
「はいって・・・。」
 
 戸惑う私を、ウィローは笑顔で見つめている。優しい微笑み・・・。ハース渓谷で、私の不思議な力を受け入れてくれた時と同じ笑顔だった。
 
「先のことはわからないって・・・私だってそう思うわ。自信がないのも同じよ。でもね、たとえわからなくても私は信じたいの。自分の気持ちも、あなたの気持ちも・・・。だからもう一度この指輪をはめて。どんなにつらいことがあっても、自信をなくしても、せめてお互いのことを信じることが出来るように。」
 
 信じること・・・。一番大事なそのことを、なんで私は忘れていたんだろう・・・。
 
 私は差し出されたままのウィローの手を取った。そして持っていた指輪を、ハース城の地下室でしたように薬指にはめた。
 
「ありがとう。」
 
 ウィローは笑顔で自分の指を眺めている。
 
「ごめん・・・。君のためだなんて言ってたけど、結局は自分の自信のなさをごまかしたかっただけだね・・・。信じるって・・・一番大事なことを忘れてたよ・・・。」
 
「そんな言い方しないで。これでもうこの話はおしまい。・・・ね・・・?」
 
「・・・わかった・・・ありがとう。それじゃ、おやすみ。」
 
 ウィローの前髪をあげて、額に軽くキスをした。ウィローが少し背伸びをして私の頬にキスを返してくれた。それだけでなんだかとても暖かな気持ちになって、私は夢見心地でウィローの部屋をあとにした。
 
 部屋に戻って、そっと扉を開けて中を窺うと、カインはいも虫状態のまま眠っている。
 
(暑いって言ってたくせに・・・よくこんな格好で寝られるなぁ・・・。)
 
 自分のベッドに潜り込みランプを消した時、突然声が聞こえた。
 
「吹っ切れたか?」
 
「起きてたの?」
 
「いや、うとうとしてて、今目が覚めた。」
 
「あ、ごめん。」
 
「いいよ。」
 
「吹っ切れた・・・のかな・・・。今そう思うだけかも知れないけどね・・・。」
 
「そうか・・・。それじゃ、お休み。」
 
「お休み。」
 
 カインはまた寝息をたてはじめた。
 
「・・・心配してくれてたんだね・・・。」
 
 カインのことだ。『どうせなら朝までいてくればいいのに』なんてことを考えていたんじゃないだろうか。でもきっと私がそんなことをするとは思ってなくて、『まったく押しが弱い』とか何とか言っていたような気がする。
 
「・・・考え過ぎかな・・・。」
 
 肌がけを巻き付けたまま寝ころんで、一人でぶつぶつ言っているカインを想像して、何となくおかしくなった。
 
「でももっと自分のことを考えてもいいのにな・・・。カインだっていろいろ考えなくちゃならないことがあって大変なのに・・・。」
 
 いつだってカインは私のことを一番に考えてくれる。ウィローとのことだって、直接的にも間接的にも、何度カインが後押ししてくれたかわからない。今こそ私がカインの支えにならなくちゃならないのに・・・。
 
 でも、カインが今思い悩んでいることを、私はどれだけ理解出来ているんだろう。剣士団長のことならわかる。カインがどれほど責任を感じているか、どれほど後悔しているか・・・。ではフロリア様のことは・・・?
 
 あの方のお側近くに仕えることで一生を終えられたらそれで本望だと、確かにカインはそう言っていた。でもそのすぐあとで、王国剣士となって再会したあと、どうしようもないくらいつらくなったとも言っていた。カインのフロリア様に対する気持ちは、私がウィローに対して持っている気持ちと同じものなんじゃないかと思う。ただ、手が届かないとわかっているから、何が何でも自分のものにしたいと思わないだけのことだ。だとすれば、そばにいられればいいというのは理性が、でもそれだけじゃつらいというのは感情が、強く望んでいることなのだろう。
 
 カインは私よりもずっと大人だ。20歳になるまで父や島の人達から守られて生きてきた私と違い、10歳の頃から世間の荒波をたった一人で泳いできたのだから。でもだからって、自分の中の理性と感情をうまく御せるかどうかは別なんじゃないか。もしもカインがどうしていいかわからなくなるようなことがあったら・・・。
 
「ちゃんと気づいて、助けてあげられないとな・・・。」
 
 暗闇に慣れてきた目で、カインのベッドを窺う。いつの間にかカインは肌がけを蹴飛ばし、大の字になって寝ていた。
 
「とりあえず今は、体が冷えないように布団を直してやろうか・・・。」
 
 私はベッドから起きてカインのベッドの脇に立ち、蹴飛ばされた肌がけを引き寄せてカインにかけた。
 
 
 翌日の朝、まだ夜が明けきらないうちに発とうと、私達は村の入り口に来ていた。ウィローの母さんは家の戸口に立って見送ってくれたが、『別れがつらくなるから』とここまでは来ようとしなかった。
 
「今度こそしばらく帰って来れないのね・・・。」
 
 ウィローは感慨深げに、夜明け前の蒼い空気に包まれた村を眺め渡している。その時広場の向こうから誰かが走ってくるのが見えた。
 
「ウィロー!」
 
 駆けてきたのはジョスリンだった。
 
「ジョスリン!見送りに来てくれたの!?」
 
「当たり前よ。私はあなたの一番の友達だって思ってるんだから。あなたの新しい人生の旅立ちくらい見送らせて。」
 
「ありがとう・・・。」
 
 ジョスリンは涙ぐむウィローの手を取り、何かを握らせた。
 
「はい、これお守りよ。私だと思って持っていて。」
 
「うん・・・。大事にするわ。」
 
「いつか帰ってきてね、クロービスさんと一緒に。私待ってるから。」
 
「帰ってくるわ。必ず一緒に帰ってくるから。」
 
 その時朝日が昇り始め、金色の光が村の中を照らし出した。
 
「さぁ、出発するか。」
 
 カインのかけ声でみんなが腰を上げた。ウィローは何度も振り返り、ジョスリンは何度振り返ってもそこに立っていて、私達を見送っていてくれた。
 
 
 
 再びハース渓谷への道をたどり、温泉のオアシスと渓谷への分岐点直前のオアシスで、私達はディレンさんと落ち合った。
 
「おお、予定通りだな。私達も今ついたところだ。」
 
 ディレンさんと、あと何人か武装した剣士が一緒だった。よく見るとそのうちの二人は、ハース城の元衛兵だ。一人は確か・・・ウィンガーだ。あとの一人は名前をよく覚えていない。
 
「フリッツさんは一緒じゃないんですか?」
 
「ああ、あいつなら、南の集落に宝だか洞窟だか、何かがあるとか聞いて出かけていったよ。」
 
「また奥行きのない洞窟ですか?」
 
 カインが笑いながら尋ねる。
 
「さてなぁ・・・。あいつの冒険好きは筋金入りだから、珍しいとか、人が入ったことがないとか聞くと、とにかく自分の目で見に行かなければ気がすまないらしいんだよな・・・。」
 
 そういうディレンさんも笑っていた。
 
「ま、縁があればまた会えるさ。」
 
「常に一緒に行動しているわけじゃないんですね。」
 
「君らのようにコンビを組んでいるってわけではないからな。だいたい私は冒険家じゃないんだ。あいつの冒険好きにつきあっていては、砂漠の警護に手が回らなくなってしまうよ。」
 
「ははは・・・そうですね・・・。砂漠は相変わらずですか?」
 
「ああ・・・。状況はあまり芳しくない。でも人手は増えたからな。ハース城の元衛兵達は思ったよりがんばっているよ。」
 
 言いながらディレンさんはウィンガー達を目で示した。
 
「あの人達はまじめにやっているんですね。」
 
「そうだな・・・。二人ほどいなくなったが・・・。」
 
「いなくなった?」
 
「うむ・・・ゲイルともう一人、ジェラルディンと言う若い奴が一緒に姿を消した。君達と別れて一緒に南へ帰る鉱夫達を護衛している間は、別に変わった様子はなかったのだが・・・。せっかく君達が彼らを放免して再起の道を選ばせてくれたのに、申し訳ない。私の努力が足りなかったのだ。」
 
 ディレンさんが頭を下げた。
 
「でもいなくなったからって盗賊や追いはぎに戻ったとは限らないじゃないですか。」
 
「それはそうなんだが・・・。最悪の事態は想定しておくべきだろう。万一そのような姿の彼らを見つけた時には、こちらも容赦せん。」
 
「それは仕方ないですね。でも・・・私は彼らがそんな道を選んでないことを祈ります。」
 
「そうだな・・・。」
 
 キャンプ場所を決めて一息ついた時、ディレンさんがウィローに話しかけた。
 
「・・・君は彼らと一緒に行くのか・・・。」
 
「はい。」
 
 ウィローはきっぱりと答える。
 
「証人としてか?それとも・・・。」
 
「それもありますけど・・・私は父の遺志を継ぐつもりです。今、この大地で何かが起ころうとしている・・・そう思えてならないんです。それに、父の死の真相を知りたいと思う気持ちもあります。」
 
「なるほど・・・。しかし、君の母上はともかく村長がよく許したな。あの方は君を自分の孫娘のようにかわいがっていたんじゃなかったか?」
 
「・・・そうですね・・・。でも許してくれました・・・。」
 
「まあ・・・相手が彼なら、許さんと言い張ることも出来んだろうな。」
 
 ディレンさんは私に視線を移し、にっと笑った。
 
「・・・どうしてそれを・・・。」
 
「なんだ、気づかないと思ったのか?私は君達が手を繋いでないところを一度も見ていないのだが、それだけでは説明にはならないか?」
 
「あ・・・。」
 
「あの時は他にもいろいろ聞かなければならないことがあったし、わざわざ聞くようなことでもないと思ったから黙っていたのさ。」
 
「で、でも、私はそれだけでここにいるわけじゃ・・・。」
 
 ウィローがあわてて口を挟む。
 
「そんなに焦って弁明しなくてもいいさ。君が父上の遺志を継ぎたいという気持ちはよくわかる。いいじゃないか、愛も使命も、どちらかを選ばなければならないと決まっているわけじゃない。デールさんだって喜んでくれるよ、きっと。」
 
「・・・ディレンさんもそんな選択を迫られたことがあるんですか・・・?」
 
 この質問に、ディレンさんは不意をつかれたらしく、きょとんとしてウィローを見つめ返した。
 
「はは・・・はっはっは!いや、私は幸いそんな状況に直面したことはないよ。女性にはとんと縁がなくてね。とは言え、一生独り者というのは悲しすぎるからなぁ。ま、この大地が平和になったら考えるさ。」
 
 ディレンさんが肩をすくめる。
 
「す・・・すみません・・・。ぶしつけな質問をしてしまって・・・。」
 
「いや、別にいいよ。私がこんなことを言ったのは・・・団長のことをずっと考えていたからなのかも知れないな・・・。」
 
「セルーネさんのことですか・・・。」
 
「あの人は気が強そうだが、繊細な心の持ち主だと、昔レディ・マリーから聞いたことがある。・・・図書室の司書だ。もちろん知っているだろう?」
 
「はい、でもどうしてレディ・マリーがセルーネさんのことを?」
 
「ああ・・・君達はそこまでは知らないか・・・。レディ・マリーはセルーネさんの相談相手らしいよ。」
 
「そうだったんですか・・・。」
 
 そういわれれば思い当たるフシはある。剣士団の中では女性剣士のまとめ役として、またティールさんと共に一般の剣士のまとめ役としても、常にみんなを思いやり、気遣いながら仕事をこなしている。いつもみんなから相談を持ちかけられたり、剣の稽古をつけたりしているけれど、セルーネさん自身だって悩むことも苦しむこともあるはずだ。そんなときに相談相手になってくれそうなのは、なるほどレディ・マリーしかいないだろう。
 
「もっとも、そのころ私達にとってセルーネさんはひたすら怖い先輩だったからな。繊細だなどと言われても首をかしげるばかりだったが・・・。」
 
「でも何となくわかります・・・。」
 
「私も今ならわかるよ・・・。剣士団長の訃報は・・・君達が伝えるわけか・・・。重い役目だが、せめて最期の様子はしっかりと正確に伝えてくれ。」
 
「・・・はい・・・。」
 
「明暗か・・・。」
 
 カインが小さな声でぽつりとつぶやいた。
 
「・・・明暗・・・?」
 
 ディレンさんが怪訝そうにカインを見る。
 
「私達がこっちに来る時、ポーラさんから伝言を頼まれてきたんです。ガウディさんに・・・。」
 
「そうか・・・。」
 
「私は伝言を伝えて、そしてガウディさんの怪我は治りました。元気になったんです。」
 
「君が・・・この間言っていた考えというもので何とかしてくれたのか?」
 
「私だけの力ではありませんが・・・。」
 
 私は、ロコとの戦闘がガウディさんの怪我を治すきっかけになった経緯を簡単に説明した。
 
「そう言うことだったのか・・・。カイン、クロービス、そしてウィローもだな、ありがとう・・・。ガウディさんのことはずっと気になっていたんだ・・・。君達のおかげで、私は偉大な先輩を失わずにすんだ・・・。本当にありがとう・・・。」
 
 ディレンさんは涙を浮かべて私達に頭を下げた。
 
「そんな・・・私達にとってもガウディさんは偉大な先輩です。それより、いつかカナに顔を出してください。」
 
「そうだな・・・。私の気持ちの整理がついたら、きっと会いに行くよ。」
 
「はい。きっと・・・。」
 
「・・・確かに明暗だな・・・。セルーネさんには団長の死を、ポーラさんにはガウディさんの生存を、君らはそれぞれ伝えなければならないんだな・・・。」
 
「・・・・・・・・・・・。」
 

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