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31章 奇妙な噂

 
 結局ウィローと私が昼食をとったのは、もう午後になってからだった。プリンの話は翌日の午後に持ち越そうと言うことになってカインにその話をすると、カインは明日の楽しみが増えたととても喜んでくれた。次の日一日は帰る準備に充てることにして、カインと私は北へ帰る鉱夫達に出発の知らせをして歩くために村の中へと出た。ウィローは母さんと話したいことがあるからと家に残っている。
 
「・・・カイン・・・。」
 
「ん?」
 
「何も聞かないんだね。」
 
「何を?」
 
「いや・・・さっきウィローと私が何話してたかとか・・・。」
 
「バカ言うな。俺はそんな野暮じゃないよ。階段を下りてきた時のお前のにやけた顔を見れば、うまく話がまとまったんだなってことはわかったからな。」
 
「・・・に、にやけてたかな・・・。」
 
 自分でも気づかないうちに顔がゆるんでいたのかも知れない・・・。
 
「ああ、もうほんと情けないくらいにな。」
 
 言いながらカインはくすくすと笑った。私は何とも答えようがなく、ただ頭をかいていた。
 
「でもこれで俺の言ったことが正しかったことは証明されたよな。」
 
「君、何か言ったっけ?」
 
「お前が死にそうな顔してふられたって言ったときさ、俺がおかしいって言ったろ?」
 
「ああ、そう言えば・・・。って、それじゃ君は、ウィローが私のことを好きかも知れないって思ってたの?」
 
「思ってたよ。」
 
「・・・いつから・・・?」
 
「いつってこともないけど・・・いつかなあ・・・。お前がシェルノさんのところに行った頃かなぁ・・・。」
 
「そんなに前から・・・?まさか・・・。」
 
 あのころのウィローは、どう見たってカインのことが好きだとしか思えなかった。それとも、それはただ単に私が気づかなかっただけなんだろうか・・・。本当のところを知りたいけど、まさか本人に聞くわけにもいかないし・・・。
 
「いや、俺だって直接聞いたわけじゃないから確信があるわけじゃないよ。でもなんて言うかな、ウィローがお前を見る目が・・・その・・・ステラが俺を見ていた時の目と同じだったんだよ・・・。」
 
「ステラが・・・。」
 
「もっとも、ステラのことに気づいたのはこっちに来る前のあの時だけどな。」
 
 カインがばつが悪そうに頭をかく。ステラにいきなりキスされた時か・・・。
 
 その時ちょうど一人目の鉱夫の家に着いた。出発日を知らせて、明日のうちに準備をしてくれるよう頼んだ。そのあと私達は他の鉱夫の家にも回り、北大陸へと帰る鉱夫達に一通り伝え終わったのは午後も大分遅くなった頃だった。
 
「・・・クロービス、ちょっと展望台に行かないか?」
 
 ウィローの家に戻ろうと言った私に、カインが言った。少し神妙な顔をしている。
 
「なんで?」
 
「いいからつきあえよ。」
 
 二人で来た道を少し引き返し、展望台へと向かう。陽は西に傾いてはいるものの、夕刻というほど暗くなっているわけではないので、墓地の中を通るのはそれほど気味悪いとは思わなかった。
 
「どうしたの・・・?」
 
「ん・・・何となく、ここからもう一度ハース鉱山を眺めたかったのかもな・・・。」
 
「・・・明日だって出来るじゃないか。」
 
「それはそうだけど・・・。」
 
 カインは何か話そうとしてここに誘ったのだろうが、それを途中でやめたように見えた。少しだけ思い当たることがあったが、私は黙っていた。カインが言いたくなるまで待とう、別に急ぎの用事があるわけじゃない。
 
「・・・・・・。」
 
「・・・・・・・・。」
 
「・・・なあ、クロービス・・・。」
 
「・・・ん?」
 
「向こうに帰れば帰ったで、お前にも俺にも決着をつけなくちゃならないことがあるんだよな・・・。」
 
「そうだね・・・。」
 
「フロリア様のことはもちろんだけどさ・・・。俺にとってはステラのこととか・・・。」
 
「・・・私にとっては・・・ライザーさんのこともあるし・・・。」
 
「エミーのこともそうだよな・・・。」
 
「うん・・・。」
 
 南大陸へ発つ前、必ず無事に帰ってくるよと、私はエミーと約束した。あの時はエミーの気持ちを痛いほどに感じて、それでも彼女の望む答えを返せないことが申し訳なくて、彼女が最後に叫んだ頼みだけは聞こうと決めたのだ。でも本当にそれでよかったのか、ずっと心の隅に引っかかっていた。あんな・・・何気ないような約束でも、エミーにとってはとても重要な意味を持っていたんじゃないんだろうか・・・。
 
「帰ってくるって言うことなら、果たせると思ったから約束はしたけど・・・結局エミーにまた期待を持たせるようなことになっちゃったのかも知れないって・・・ずっと思っていたんだ・・・。傷つけることになってもきっぱりとした態度をとらなくちゃって思っていたはずだったのに・・・。」
 
「でもお前にとっては精一杯の優しさだったんじゃないか。」
 
「中途半端に期待を持たせるだけなら優しさなんて言わないよ。君が王宮に戻る前の晩言ったじゃないか。私には、必要な時には鬼にもなれる心の強さがないって。」
 
「・・・・・・。」
 
「私がもっと早くそのことに気づいていれば、こんな中途半端な状態で北大陸を離れるようなことにならなくてすんだのかも知れないって思うよ。今さら言っても仕方ないんだけどね・・・。」
 
「まあ・・・そうだけど・・・。」
 
 私の話に相づちを打ちながら、カインはずっと考え込んでいる。多分・・・帰ったらステラにどう言おうかと考えを巡らせているのかも知れない。
 
「だから、向こうに帰って、顔を合わせることがあったら、きちんと話すつもりだよ。どうしようもないことなんだから。」
 
「そうだな・・・。どうしようもないよな・・・。」
 
 カインは口の中でつぶやくように言い、頭を振った。
 
「でもなんて言えばいいのかな・・・。」
 
「正直に話すしかないじゃないか。」
 
「正直に・・・か・・・。でもフロリア様を好きだからなんて言ったところで、そんな連中は剣士団にはいくらでもいるんだからさ、かえってステラに変な希望を持たせることになりそうな気がしないか?」
 
「・・・それもそうか・・・。」
 
「・・・お前もそう思うよな・・・。」
 
「でもステラはまっすぐな人だし、変に嘘ついたりしたらよけい話がこじれると思うよ。」
 
「そうなんだよな・・・。」
 
 それきりカインは黙り込んだ。私も黙っていた。やがて陽が大きく西に傾き、私達の顔をオレンジ色に染めていく。そしてその光がすっかり消え失せ、あたりが蒼い夕闇に包まれる頃、私達は無言のまま展望台をあとにした。
 
 
 翌日、私達は朝から鍛冶屋に向かった。ガウディさんの様子が気になったこともあるし、カインと私の武器と防具を点検してもらうと言う目的もあった。そして私は矢などの消耗品も買いそろえるつもりで、カイン、ウィロー、私の3人でグレートフォージテロスの扉を開けた。
 
「おはようございます。」
 
 今日のこの店は静かだ。テロスさんとイアンの喧嘩は治まったらしい。店の奥からは槌音が響いてくる。多分テロスさんだろう。規則正しく響き続ける槌音が、王宮の鍛冶場を思い出させた。タルシスさんはどうしているだろう。
 
「おお、おはよう。今日は早いな。」
 
 先に顔を出したのはイアンだった。
 
「明日は帰るからね。今日一日で全部準備しておかないとね。」
 
「そうか・・・帰るのか・・・。寂しくなるけど仕方ないよな・・・。」
 
 イアンは肩を落としている。初対面の時はかなり険悪な雰囲気だったが、今はすっかり打ち解けて、ずっと昔からの友達のようになっていた。
 
「ガウディさんは?」
 
「寝てるんじゃないのかな。今までずっと、眠ったと思ったら痛みで目が覚めて、の繰り返しだったから、ぐっすり眠れるのなんて久しぶりなんだと思うよ。」
 
「そうか・・・。まずはしっかり睡眠をとって疲れを取り除いてもらわなくちゃね。体力作りはそれからだからね。」
 
「そうだな・・・。」
 
「おはよおぉぉっす!!」
 
 突然大きな声が店中に響き渡り、振り返るとロイとオルガさんが入って来た。
 
「相変わらずすっとんきょうな奴だな。もう少し静かに挨拶できないのか全く。」
 
 イアンがあきれてロイに視線を移す。
 
「悪かったな。元気が俺の信条でね。久しぶりに会ったんだから『よく帰ってきたな』の一言くらいあってもいいじゃないか。」
 
「お前がそう簡単にくたばるわけがないじゃないか。」
 
「ほめてんのか?それ。」
 
「そのつもりだがな。お前のしぶとさと悪運の強さは天下一品だ。」
 
「どうもすっきりしないな・・・。」
 
 そして二人とも笑い出した。ロイとイアンは仲がいいらしい。
 
「心を入れ替えて親孝行しているらしいって親父から聞いたが、どうなんだ?」
 
 イアンの問いにオルガさんが答えた。
 
「あんたの言うとおりだよ。鉱山から帰ってきてから、いろいろと家のことをやってくれるようになって・・・あたしはうれしいよ。」
 
 オルガさんは本当にうれしそうに話す。最愛の息子が無事で帰ってきて、これ以上の望みはないといった感じだ。
 
「おはよう、ロイ。」
 
「おお、おはよう。ウィローの家に行ったらここだって聞いてな。あんたら明日は北に帰るんだってな。」
 
「帰るよ。任務は・・・終わったからね・・・。」
 
「そうか・・・。昨日お袋に聞いたんだけど、あんたらがここに来た時、お袋がとんでもないことしたみたいだな・・。すまん!このとおりだ!!」
 
 ロイが頭を下げる。オルガさんがその後ろで申し訳なさそうに口を開いた。
 
「あのさ・・・ウィロー、ごめんよ・・・。あんなこと言っちまって・・・。ロイから聞いたよ。いろいろとお世話になったんだね。ありがとう。息子は無事に戻って来れた。本当にありがとう。あたしのこと、許せないとは思うけど・・・ごめんよ。本当に・・・すまなかったよ。許しておくれ・・・。」
 
 オルガさんは涙を流しながらウィローの手を取り、『ごめんよ』『許しておくれよ』と繰り返す。そんなオルガさんの肩を空いた手で優しくなでながら、ウィローがささやいた。
 
「いいのよ・・・。オルガおばさん。こちらこそ、ロイにはお世話になったわ。だからもういいの。」
 
「ウィロー、それにあんたらも・・・ほんとにごめんね。」
 
 オルガさんはまだ申し訳なさそうに何度も頭を下げている。
 
「いいんですよ。もう気にしないでください。」
 
 笑顔で答える私達を見て、ロイがほっと胸をなで下ろした。
 
「そう言ってもらえると気が軽くなるよ。・・・ところで・・・この間ハース城であんたらが言っていたフロリア様のことだけどな・・・。」
 
「・・・・・・・。」
 
 多分厳しい顔になったであろう私達を見て、ロイは辺りを窺うように声を落として話し出した。
 
「大丈夫だよ。ここにいるのはイアンと俺と、お袋はエルドの母ちゃんみたいにおしゃべりじゃないし、聞こえたってテロスおっちゃんとガウディさんだろ?」
 
「まあ・・・それはそうだけど・・・。」
 
「俺もあれからいろいろ考えたんだよ。で、思ったんだけど、フロリア様には偽者がいるんじゃないのかな。」
 
「偽者!?」
 
 大胆な発想にカインと私は思わず揃って声をあげた。
 
「そうだよ。だってそれだったら辻褄が合うじゃないか。あんたらの知っている優しくて慈悲深いお姫様が、ウィローの親父さんを殺したり国を滅亡させようとたくらんだりなんてするはずないよな?きっと誰かがフロリア様になりすまして、悪いことをしてるんだよ。」
 
「偽者か・・・。」
 
 カインは考え込んでいる。確かに辻褄は合うだろうが・・・。だが、だとしたら、誰が、一体、何のために・・・いや、それ以前に、あれほど同じ顔の人間がそう都合よく身近にいるものだろうか・・・。
 
 そこにガウディさんが顔を出した。顔色はすっかりよくなっていた。
 
「おはようございます。調子はいかがですか?」
 
「ああ、おはよう。もうすっかりいいよ。あとは訓練をして、元の勘を取り戻すだけだ。もっとも、これが一番大変なのだがな。」
 
 ガウディさんはそう言って笑ってみせた。
 
「でも無理はしないでくださいね。ポーラさんは・・・ずっとガウディさんのことを待っているんですから・・・。」
 
「そうだな・・・。正直なところすぐにでも帰ってやりたいくらいだが・・・私はまだ北には戻れない。ナイト輝石の廃液が止まったにもかかわらず、モンスター達はおとなしくなるどころかますます狂暴になりつつある・・・。今回のことで、南大陸への剣士団派遣は絶望的だろう。この村を守らなければならない・・・。」
 
「・・・ガウディさん、私達は明日こちらを発ちます。カナの村を・・・よろしくお願いします。」
 
「わかった。確かに請け負ったぞ。それと・・・クロービス、君に伝言を頼んでいいか?」
 
「はい。何でも言ってください。」
 
「ポーラに・・・伝えてくれ・・・。もしも・・・もしも生きて再び会えたら、その時お互いにまだ独りだったら・・・たとえそれが何年、いや、何十年先でも、必ず一緒になろうと・・・。私にはこの程度のことしか言えない。もっといい男が現れてあいつを幸せにしてくれるのなら・・・私は潔く身を引くよ・・・。」
 
「わかりました・・・。必ず・・・伝えます。」
 
「あんたら、明日には帰るそうだな。今のうちに武器や防具の修理をしてやるぞ。」
 
 いつの間にかテロスさんが奥から出てきていた。私達は自分達の剣と鎧を外して、テロスさんに渡した。テロスさんは手際よく修理をしてくれ、カインのナイトブレードは最初の頃の輝きを取り戻し、二人の鎧はぴかぴかに磨き上げられた。そして、テロスさんは私の剣をしげしげと見つめていたが、
 
「この歳になってこの剣に出会うことが出来るとは・・・。」
 
心なしか厳粛な面持ちでそうつぶやいた。
 
「この剣のことをご存じなんですか?」
 
 テロスさんはうなずいた。
 
「お前さんがイシュトラの部屋に向かう時、衛兵の一人を剣でなぎ払っただろう。あの時この剣を初めて見て、わしは雷にでもうたれたような気分だったよ。」
 
「この剣は・・・いったい・・・。」
 
「これは・・・ルーンブレードだ・・・。今となっては伝説の剣・・・古代の秘宝と言ってもいいくらいだ・・・。」
 
「ルーンブレード?」
 
 初めて聞く名前だった。
 
「そうだ・・・。古代サクリフィアの武具師に代々伝えられる製法によって作られる。だがその技術はエルバール王国には受け継がれておらん。一説にはサクリフィアの武具師達も技術を受け継いだだけで、製法自体はもっと以前からあったとさえ言われている。・・・たいしたものだな・・・。これほどの剣がこんな身近にあったとはのぉ。」
 
「そんなすごい剣だったなんて・・・全然知りませんでした。」
 
「ああっ!そうだ!ルーンブレードだ。いやぁ、俺もすっかり忘れていたよ。」
 
 テロスさんの後ろで大きな声を上げたのはイアンだった。
 
「まったく・・・!そんなことだからいつまでたっても半人前なんじゃい!!」
 
 テロスさんがイアンを振り返りギロリと睨んだ。
 
「自覚してるよ。もっと頑張らなくちゃってね。」
 
「ふん・・・!それならそのがんばりを見せてほしいものだ・・・。この剣はな・・・持つ者が誰でも自在に操れるという代物ではない。使うべき人物の手によってこそ、本来の輝きを取り戻すことが出来るのだ・・・。それまではごく普通の剣にしか見えんのさ。」
 
「ということは、クロービスがセントハースと戦った時からこんな色になったんだから、この剣はクロービスによって使われるべき剣だったってことですか?」
 
 カインの言葉にテロスさんがぎょっとして顔をあげた。
 
「セントハース!?」
 
「え、ええ・・・。」
 
「あんたらが会った聖戦竜というのは、ロコのことじゃなかったのか!?その・・・夢の中でクロービスに話しかけていたとか何とか・・・。」
 
「それはこっちに来てからですから・・・。私達がこっちに来るきっかけになったのは、北大陸のクロンファンラを襲ったセントハースを追い払ったことなんです。」
 
「ロコのみならず・・・セントハースまで・・・!?しかも・・・戦ったとは・・・。」
 
「2度も戦いましたよ。向こうが本気を出していたとは思えなかったけど。」
 
 カインの言葉にテロスさんは大きく見開いた目を、私とカインの顔の間で何度も往復させた。
 
「・・・ふむ・・・あんたらがそう言うんだからそうなんだろう。とにかく、この剣はそういう剣なんだ。クロービス、お前さんが使ってこうなったのなら、お前さんはこの剣の主人だと言うことだ。これは一生ものだぞ。きれいにしてやるから大事に使えよ。」
 
「はい。ありがとうございます・・・。」
 
 テロスさんは私の剣についたちょっとした傷などをすべてきれいに治してくれた。南大陸に来てイアンに修理してもらったあとで、この剣がどれほどのモンスターと戦ったのか数え切れない。それなのに剣には本当に『ちょっとした傷』程度しかついていないのだった。『伝説の秘宝』とも言うべきこの剣を、父はどこでどうやって手に入れたのだろう。また謎が増えたような気がする・・・。
 
「へぇ・・・おっちゃんもそうしていると、けっこう鍛冶屋らしく見えるな。」
 
 ロイがからかうようにテロスさんに言う。
 
「らしくだと!?相手を見てものを言え!わしは一流の鍛冶屋じゃい!」
 
「その一流の鍛冶屋が、鉱山では毎日毎日文句言いまくりながら仕事してたもんなあ。しかも衛兵が来るとぴたりとやめて。おかげで俺は何度怒鳴られたりぶん殴られたか。おっちゃんの隣で仕事するのいやだったもんなぁ。」
 
 ロイはおかしそうに笑っているが、ハース鉱山での日々がどれほど過酷だったかと思うと、心から同調して笑う気にはとてもなれなかった。
 
「ふん・・・!勝手なことを言いおって!」
 
 テロスさんはあきれたようにため息をついて、『どっこいしょ』と言いながら作業場の椅子に腰を下ろした。
 
「ウィロー。」
 
「なに?」
 
 ウィローが笑顔をテロスさんに向ける。
 
「お前は・・・この二人と一緒に北大陸へ行くんだろう?」
 
 ウィローの顔から笑みが消え、驚いたように瞳を見開いた。昨日鉱夫達の家を回った時にウィローのことは聞かれたから、もうすっかり噂になっているのだろうか。
 
「耳が早いのね。そうよ。私もクロービス達と一緒にこの村を出るわ。」
 
「おいウィロー、お前まで行っちまうのか!?」
 
 イアンが大声を上げたところに、村長が入ってきた。
 
「ウィロー、お前までこの村を出ていくのか・・・?デールはもう帰ってこない。お前が母さんのそばにいてやらなくてどうするんだ?」
 
「親不孝な娘だって・・・わかってるわ。でもね、村長、私は・・・父さんの遺志を継ぎたいの。」
 
「遺志を継ぐだと?それはもう終わったのではないか。ナイト輝石の廃液は止まった。もうこれ以上自然が汚されることはないのだぞ。」
 
「そうね・・・確かにナイト輝石の廃液は止めることが出来たけれど・・・。でもまだ終わりじゃない。南大陸のモンスターは相変わらず狂暴だわ。状況は何一つ変わっていないのよ。だから私は行くわ・・・。カインとクロービスについて行く。このまま黙って滅びるのを待っているわけにはいかないわ。」
 
「なるほどな・・・。で、どっちだ?」
 
「え?」
 
 質問の意味が飲み込めず、ウィローはきょとんとして村長を見た。
 
「お前がデールの遺志を継ぎたい、それはわかった。確かにこの間の話を聞く限り、一連の出来事の元凶はどうやら北大陸にあるらしい。だからお前が自分の目で事の次第を見極めたいという気持ちもわかる。だがウィロー、わしの目をごまかそうったってそうはいかぬぞ。お前は、この二人のうちのどちらかについて行きたいのではないのか?」
 
 村長はちらりと私達を見た。
 
「それは・・・。」
 
 ウィローはもじもじしてうつむいた。でも何かうまい助け船は出せないものかと私が口を開く前に、決心したように顔を上げた。
 
「その通りよ。父さんの遺志を継ぎたい気持ちに嘘はないわ、でもそれだけじゃない。私は・・・この人についていきたいの・・・。」
 
 言いながらウィローは私に寄り添い、私の腕に自分の腕を絡めた。少し恥ずかしかったが、ここでとまどいを見せるわけにはいかない。心の中では赤くならないようにと必死で祈りながら、私は顔を上げてまっすぐに村長を見つめていた。村長は小さくため息をつくと
 
「そうか・・・。仕方ないことなのかも知れぬな。お前はもう子供じゃない。自分のことは自分で決められる歳じゃ・・・。」
 
そう言って、私の肩に手をかけた。
 
「クロービス・・・おぬしはどうなのだ?ウィローを連れて行ってくれるのか?」
 
「はい・・・。連れて行きます。」
 
「そうか・・・。ではよろしく頼む。おぬしらの仕事が、この先ますます困難を極めるであろうことは、わしにも予測はつく。だから、ウィローを何としても守ってくれとは言わん。だが・・・せめて悔いのない人生を送らせてやってくれよ。そして・・・もしもこの大地に再び平和が戻った時、おぬし達が生きていたら・・・その時は必ず、無事な姿を見せてくれ・・・。」
 
「はい・・・。」
 
「ウィロー、お前の鉄扇を見せてくれ。もう少し扱いやすくしてやろう。これからますますそれを使うことになるだろうからな。」
 
 話の終わるのを待って、テロスさんがウィローに声をかけた。
 
「お願いします。あのね、開く時にね、たまにもたつくから、もう少し素早く開けるようにして。それから・・・。」
 
 ウィローはテロスさんにいろいろと注文をし、テロスさんはにこにことしながらウィローの話を聞いている。みんなにこれほど愛されているウィローを・・・本当にここから連れ出してしまっていいのだろうか・・・。私の心の中にまた新たな迷いが生じる。でも、もう後戻りは出来ない。いや、たとえ出来たってするつもりはない・・・。なのに胸が痛む・・・。
 
 ウィローが鉄扇の修理を終えるのを待って、私達は武器屋を出ようと腰を上げた。
 
「ちょっと待て。」
 
 テロスさんが呼び止める。
 
「はい?」
 
「クロービスよ、お前さんのその弓を見せてくれんか。なかなかいいもののようだからな。」
 
 私は持っていた弓をテロスさんに手渡した。テロスさんは弓弦をぴんと張ったり、弓をしならせたりしながらしばらく眺めていたが、
 
「かなり使い込まれているが・・・これはずっとお前さんが使っとるのか?」
 
「そうですね・・・。14歳くらいの頃から使ってますけど・・・その前は父が使っていたはずです。」
 
「ほぉ・・・。それほど長い間使われているのに、この弓もすばらしいな。それにこの弓弦の張り具合と言い、手入れの仕方と言い、お前さん、剣ばかりでなく弓にもかなり造詣が深そうだな。」
 
「それほどのものとも思いませんけど・・・私は父から教わったことを実行しているだけですし、この弓だって特別変わったところは何もない普通のロングボウですし・・・。」
 
「ウィローの話だと、ほとんど狙いをはずさんそうじゃないか。」
 
「私よりウィローのほうが狙いは正確ですよ。」
 
「そんなことないわよ。あなたのほうがすごく離れたところからでも当てられるじゃないの。」
 
「それは腕の善し悪しより、弓の種類の問題だよ。君の持っているショートボウでは射程が短いから、あんまり離れたところからは届かないと言うだけのことさ。君の弓の腕は確かだよ。もっと自信を持っていいよ。」
 
「そ、そうかな・・・。」
 
 ウィローが少しだけ頬を染めてうなずいた。
 
「射程か・・・。」
 
 テロスさんは口の中でつぶやくと、腰を上げた。
 
「ちょっと待っていてくれ。」
 
 そのまま奥に行き、しばらくして戻ってきた時には弓を一つ携えていた。
 
「ウィロー、これを持って行け。」
 
「これ・・・初めて見るけど・・・テロスおじさんが作ったの?」
 
 その弓は私の弓よりは小さいが、ウィローの弓よりは大きい。微妙な大きさだが、こんな弓は初めて見る。
 
「いや・・・わしではない。昔のわしの修行仲間が作ったんだ・・・。ハース鉱山が開かれた頃だから、もう25、6年近く前になるか・・・・すばらしい腕の持ち主だったが・・・。今はもう生きているのか死んでいるのかさえわからんようになってしもうた。」
 
「おじさんの大事なお友達だったんじゃないの?」
 
「ふふ・・・大事な・・・か・・・。そうかもしれんが・・・この弓をわしが持っていても宝の持ち腐れじゃ。お前が使ってくれるのなら言うことはない。ドリスの奴もきっと喜ぶさ。」
 
「・・・ドリス?」
 
 故郷からこんなに遠く離れた場所で聞く懐かしい名前を、私は思わず聞き返した。
 
「ああ・・・その弓を作った奴の名前だ・・・。腕のほうは申し分ない奴だった・・・。どこでどうしているのか・・・。」
 
「元気ですよ。」
 
 テロスさんがぎょっとして私を見る。
 
「何でお前さんにそんなことがわかる?」
 
「ドリスさんにはずっとお世話になりましたから。北の果てにある私の故郷の島で、墓守をして暮らしています。」
 
「は・・・墓守!?」
 
「ええ。だからドリスさんが武器職人だったなんて、ライザーさんに聞くまで私は知りませんでしたけどね。」
 
「誰じゃい、そのライザーさんとか言うのは?」
 
「私の先輩です。同じ島の出身で、私よりはずっと早く島を出ましたけど、あの島の人達がどこから来たのかとかは、少しだけ私よりよく知っているみたいです。」
 
「なるほどの・・・。それで納得したぞ。お前さんが腕につけているその盾は、ドリスの作だな?」
 
「ええ。私が以前里帰りした時に、作ってくれたんです。」
 
「ふむ・・・あやつはいつも言っておった。剣士ならば普通の盾を持てばよい。だが弓使いや両手持ちの剣を操る者にも持てる盾があれば、戦いで命を落とす者はもっと減るだろうとな・・・。その説はわしらの修行仲間の中では一笑に付された。だがあやつは笑われてもバカにされても、自分の説を実現すべくいろいろと試していたものじゃ・・・。もう少しがんばればよかったのじゃろうが・・・。難しいものだの・・・。」
 
 テロスさんはそこまで言うとため息をついた。
 
「その盾を見せてくれんか。」
 
「どうぞ。」
 
 私は腕から盾をはずしてテロスさんに渡した。テロスさんは受け取った盾をじっと見つめながら、
 
「そうか・・・。あやつめ・・・生きておったか・・・。そうか・・・。」
 
感慨深げに何度もうなずいた。以前タルシスさんもドリスさんを知っていると言った。彼があの島に渡る前にどこでどうしていたのか、なぜあの島へと渡ることになったのか、気にならなかったわけではなかったが、私はあえて尋ねなかった。私が知っていいことならば、ドリスさんが直に私に話してくれたはずではないか、それを何も言わなかったのは、やっぱり過去のことなど知られたくなかったからだろう。
 
「お前さんは何も聞かんのだな。」
 
 テロスさんが私を見上げる。
 
「ドリスさんはドリスさんですから。」
 
 私は微笑んで答えた。
 
「そうだな・・・。やつはやつだ。もしも今度会うことがあったら、よろしく言っておいてくれ。・・・たまには遊びに来いとでもな。」
 
「伝えておきます。」
 
 私の隣で、ウィローがテロスさんから渡された弓を眺めている。弓弦をはじいたりしてしばらくあちこち見ていたが、やがてぐいっと弦を引いて矢を射る仕草をしてみせた。
 
「へえ・・・思ったより軽いのね。これなら確かに遠くまで飛びそうだわ。」
 
「どうだ?引きづらいとか、持ちづらいとか、何かあるか?」
 
「何もないわ。すごく使いやすい。」
 
 ウィローは笑顔で答える。
 
「見せてくれる?」
 
「はい。弓自体もすごく軽いわ。」
 
 私はウィローから弓を受け取って、試しにぐいっと引いてみた。ほんのわずかだが、引っかかりがあるような気がする。
 
(・・・もう少し調整出来そうだな・・・。)
 
 弓弦を少しだけ調整して、ウィローに返した。
 
「もう一度引いてみてくれる?思いっきりね。」
 
 ウィローはうなずき、さっきと同じように力を込めて弓弦を引いた。
 
「あ・・・さっきより引きやすい・・・。」
 
「少しだけ、君に合わせて調整したからね。」
 
「ほぉ・・・。さすがだな。本人も気づかないくらいの微調整が出来るとは。」
 
「それだけウィローのことをよくわかってるってことだよな。」
 
 ロイがにやにやしながら口を挟む。
 
「それはそうよ。ハース渓谷にいた時から、ずっと私に弓を教えてくれてたんだから。」
 
 ウィローが照れもせず答えたので、ロイは大声で笑い出した。
 
「はいはいわかったよ。仲のよろしいことで。」
 
「あ、あの、それじゃそろそろ行きます。他にも準備がありますから。」
 
 あわてて言った私を見て、他のみんなまでがくすくすと笑い出した。照れ隠しに話をそらそうとした私の意図はどうやら見え見えだったらしい。
 
「おいおい、そうからかうな。どれ、せっかくいい弓を持たせたんだから、それに合う矢もないといかんな・・・。イアン、奥から矢を全部持ってきてくれんか?」
 
「はいよ。」
 
 イアンは奥に引っ込み、すぐに矢の入った入れ物をいくつか抱えて出てきた。私がいつも使っているのと同じ形の矢の他に、硬い皮膚のモンスターも射ることが出来るように鏃を鋼で強化したものや、矢羽根のつけ方を工夫して飛距離が出るようにしたものなど、一口に矢と言っても驚くほど種類がある。テロスさんはその中から、何種類かの矢を両手で持てる程度に取り出しては紐で束ね、丈夫な袋に入れてくれた。
 
「こんなもんじゃろう。グレートフォージテロス特製の矢だ。持って行ってくれ。」
 
「あ、はい、ありがとうございます。あの・・・修理代と矢の代金はいくらですか?」
 
「そんなもんいらん。」
 
「い、いや、いらんと言われても・・・ただというわけにはいきませんから・・・。」
 
「いらんと言ったらいらん。あんたらからは、たとえ1Gだって受け取る気はないぞ。」
 
「でも・・・。」
 
「でももくそもないわい!わしがいらんと言ったら何が何でもいらんのじゃ!」
 
 カインも私もすっかり困ってしまった。さっきの武器防具の修理といい、目の前に置かれた矢と言い、かなりの代金を積むだけの価値はあるものだ。
 
「カイン、クロービス、もらっておけよ。おっちゃんがこうなったら、てこでも動かないぞ。」
 
 ロイが肩をすくめながら私に向かって笑った。
 
「まったくだ。俺だってこうなった親父を説得する気なんてないからな。もらってやってくれよ。」
 
 イアンも肩をすくめながら苦笑している。
 
「もらっておけばいいのではないか?おぬしらはいわばテロス達の命の恩人だ。そのお礼と言うことでいいと思うがの。」
 
 村長が笑顔でそう言ってくれたことで、さすがにこれ以上何が何でも払うとは言えなくなってしまった。
 
「・・・わかりました・・・。ありがとうございます・・・。」
 
「それじゃ、行きます。明日は早い時間にここを出るから、もう寄れないと思うので。」
 
「達者でな。ウィロー、自分の決めた道だ。何があっても弱音を吐くな。だが・・・この村はお前の故郷だ。いつでも帰って来いよ。」
 
「ありがとう・・・。村長、みんな、元気でね。」
 
「近くを通る時は必ず寄れよ。武器と防具の点検はこまめにしないと、とんでもないことになるからな。」
 
「ウィロー、頑張れよ。応援してるよ。」
 
 みんなの激励の言葉に見送られ、私達は武器屋をあとにした。
 
 
「さてと、次は道具屋か。」
 
「そうだね。薬草とか・・・いろいろ見せてもらって必要なものを買わないとね。」
 
 私達はドーラさんの道具屋へと向かった。
 
「こんにちは。」
 
「はいよ、いらっしゃい。」
 
 先に立って扉を開けたウィローに向かって、ドーラさんは微笑んだ。その後ろに続く私達を見ても、今日は眉をひそめることはない。
 
「おやあんた達もかい。何をお探しだい?このドーラの道具屋を田舎の雑貨屋だと見くびってもらっちゃ困るよ。エルバール城下町の雑貨屋にも負けないくらいの品揃えなんだからね。」
 
 ドーラさんはにこにこと愛想がいい。商売人としてのドーラさんはきっといつもこんな感じなんだろう。
 
「それじゃ、薬草と・・・携帯食料と・・・あと水入れ用の皮袋がいくつか傷んでいたからそれと・・・。」
 
 カインが店先に並べられた数々の品物を眺め渡しながら、思いついたものの名前を挙げていく。
 
「薬草かい?そうだねぇ・・・。」
 
 ドーラさんはざっと店の中を見渡して、その視線を私に移した。
 
「あんた確か・・・薬草についてはけっこう知ってるんだよね?」
 
「けっこうって言うほどではないですけど・・・まあ多少は・・・。」
 
 ドーラさんは何か考え込むように首をかしげ、
 
「ちょっと待っておくれ。」
 
 そう言い残して奥へと入っていった。
 
「どうしたのかしら。」
 
 ウィローが首をかしげる。
 
「はいお待たせ。えーと、黒髪のあんた、クロービスだっけ?薬草庫に案内するからちょいと見ておくれよ。全部見てもらって、その中から必要なものを選んでいけばいいだろう?」
 
「はい、それじゃ・・・。」
 
 3人で奥に入ろうとしたが、ドーラさんがカインとウィローを入り口で制した。
 
「あ、あんた達は他の品物を選んでいておくれよ。エルドに相手させるからさ。」
 
「エルドがお店を手伝っているの?」
 
 ウィローが少し驚いた声をあげた。カインも私も声にこそ出さなかったものの、少なからず驚いていた。前に会った時は、狩り装束のまま展望台でぼんやりしていた。狩りに行きたいのに魔界生物が怖いと、愚痴をこぼしながら何もせずぶらぶらしていたっけ・・・。
 
「そうなんだよ。あんたらがハース鉱山の鉱夫達を助け出して村に戻ってからね、人が変わったようにうちのことを手伝ってくれるようになったんだよ。」
 
 ドーラさんは笑顔で答え、奥に向かってエルドを呼んだ。
 
「なんだい、お袋。」
 
「ウィローとこの赤毛の剣士さんに、必要なものを出してやっておくれ。あたしはこっちの剣士さんと薬草庫に行ってくるから。」
 
「わかった。ウィロー、それとそっちのあんた、何がほしいんだ?」
 
 素直にドーラさんの言うことを聞いているエルドに、何となくほほえましさを感じながら私はドーラさんのあとについて外の薬草庫に向かった。
 
 中はひんやりとしている。カナの村の中は外の砂漠と違ってさわやかな気候だが、それでも気温は高い。なのにこの倉庫の中はどうしてこんなに涼しいんだろう・・・。
 
「この倉庫はね、この壁に秘密があるんだよ。」
 
 ドーラさんが得意げに壁を指さす。壁をよく見ると、少しずつ隙間が空いている。というより、壁を形作る板材が、平らではなく、どうも三角形の角材を重ね合わせて作ってあるらしい。
 
「へえ・・・珍しい作りですね・・・。」
 
「だろう?この作りのおかげで、湿気がたまったり乾燥しすぎたりってことがないのさ。」
 
 私の故郷の島でこんな作りの倉庫を建てたら、中のものはあっという間に凍ってしまう。この建物は、この地の気候に合わせて造られたものなのだろう。
 
「さてと、待っておくれよ。一通り薬草を出すからね。」
 
 ドーラさんが、倉庫の中にある大きなかごが並ぶ棚に近づいた。
 
「手伝います。」
 
 いくらそれが仕事だからとは言っても、年配の女性が一人でこんな大きなかごをいくつも出そうとしているのに、知らぬふりをして見ているのはやはり気が引ける。
 
「・・・あんたは優しいね・・・。ウィローが惚れるのも無理ないよね・・・。」
 
「え!?」
 
 突然言われて、私は危うく持ち上げかけたかごを取り落とすところだった。昨日私が北へと帰る鉱夫達に話したのは、『ウィローが一緒に行く』というただそれだけだ。どうしてそこまでこの人が知っているのだろう・・・。
 
「驚くようなことかねぇ。ウィローが北大陸に行くって言う話は聞いたよ。年頃の女が、何とも思ってない男について二度と戻れないかも知れない故郷を離れようなんて、普通は思わないじゃないか。」
 
 ドーラさんは私を見て、くすっと笑った。
 
「い、いや、でもウィローは別にそれだけじゃ・・・。」
 
「わかってるよ。おおかた父親のことをもっと知りたいってことなんだろう。でもね、村の連中はそうは見ちゃいないよ。」
 
「・・・・・・・・・。」
 
 私は言葉に詰まった。ドーラさんの言うとおりだ。それでなくてもウィローは私達とずっと一緒に旅をしていて、途中カインが王宮に戻ってからは私と二人きりだったことも、カナの人達なら誰でも知っている。
 
「村の連中がね、あんたとウィローはもう、そういう仲になっちまったんじゃないかって噂してるんだよ。言っておくけど、あたしは別によけいなこと言ったりしていないからね。あたしはそこまで無責任じゃないよ。」
 
「・・・・・。」
 
 何とも答えようがない。当然ウィローと私の間にそんなことは何一つないのだが、この手の話は否定すればした分、疑いが濃くなるだけだ。
 
「で、どうなんだい?」
 
 ドーラさんはこの時だけ手を休めて私を見た。黙ったままではいられない。私はともかく、ウィローの身の潔白だけはなんとしても証明しなくてはならない。
 
「そんなことは何もないですよ。信じていただけるかどうかわかりませんけど・・・。」
 
 言いながら思わずため息が出た。
 
「勘違いしないでおくれよ。あたしは別にあんたを責めたいわけじゃないよ。あんたが立派な王国剣士だってことはあたしも認めるよ。ウィローが惚れるわけもわかる。だからあんた達が深い仲になっていようといまいと、何も言う気はないよ。」
 
「でも本当に何もないんです。」
 
「・・・まさか・・・本当になにもないのかい?」
 
 ドーラさんが探るように私を横目で見る。
 
「何もないですよ。本当の本当にです。」
 
 言えば言うほど信じてもらえないような気がしてきたが、何度聞かれても同じ答えを繰り返す以外に出来ることは何もない。
 
「へぇ〜・・・。」
 
 感心しているのか、それともあきれているのか、判断に迷うようなため息だった。
 
「なるほどね。それなら話は早いね。」
 
「・・・え?」
 
「ウィローがあんたに惚れてるのは間違いないだろうね。そしてあんたがウィローを大事にしてくれていることは今の話でわかったよ。でもね、今している恋が、今の気持ちが、ずっと続くかどうかってことはまた別の話じゃないかと思うんだよ。」
 
「・・・どういう意味ですか・・・?」
 
 ドーラさんの真意をはかりかねて、私は尋ねた。少し声がこわばっていたかも知れない。
 
「誰だって誰かを好きになるし、その時は自分が今持っている気持ちは、きっとずっと永遠に続くと思ってるものじゃないか。でも実際は相手のことを知るに連れて気持ちがさめたりすることもあるし、そんなことがなくても別な誰かが気になりだしてそっちに心を移すことだってある。」
 
「・・・それは・・・そういうこともあるかも知れませんけど・・・。」
 
 ドーラさんの言葉を否定は出来ない。私だってずっと以前はイノージェンを好きだった。でも今はウィローを好きで、ウィローはきっと前はカインのことが好きで、そして今は私を好きでいてくれる・・・。カインのように、本当に自分が想う相手が誰なのか気づかないまま、別な女性と関わることだってあるかも知れない。
 
「どっこいしょ。」
 
 ドーラさんはしゃべりながらも手は休めない。いくつかのかごを倉庫の中央にあるテーブルに運びながら、なおも話し続ける。
 
「ま、若い時にはいろんなことがあるものさ。あたしだってウィローのことはかわいいと思ってる。幸せになってほしいよ。だから、あんたに一つ頼みたいことがあるんだよ。」
 

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