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30章 それぞれの想い 後編

 
「ああ・・・帰ってきたんだわ・・・。」
 
 村の入り口に立ち、ウィローは深呼吸した。
 
「ねえ、二人とも疲れたでしょう?まずは私の家に来て。荷物を降ろして一休みしなきゃ。」
 
 もういつものウィローに戻っている。でも少しだけ違うのは・・・私と目を合わせようとしないこと・・・。
 
「ちょっと待ってくれよ。まずはハース鉱山から帰ってきた人達の落ち着き先を確認しなくちゃな。」
 
 先に立って歩き出そうとしたウィローの背中にカインが声をかけた。
 
「それなら心配いらないよ。」
 
 ロイが言いながらカインの肩をぽんと叩いた。
 
「北大陸から来ていた連中は、この村に知り合いって言えば同じ鉱夫くらいだからな。みんな分担して世話してくれるってさ。」
 
「そうか。それなら安心だな。」
 
「帰って来たぞ!」
 
「半年ぶりだ!」
 
「俺なんか一年だよ!」
 
 カナの村出身の鉱夫達は、皆笑顔で無事に帰り着けたことを喜び合っている。帰る時には声をかけるからと約束して、鉱夫達はそれぞれの家に戻っていった。
 
「・・・やれやれだな・・・。」
 
 カインがため息をついた。
 
「これで俺達の任務も終わりか・・・。」
 
「任務か・・・。」
 
 命令もないのに南大陸へ戻ってきたカインと、一緒に来てくれた剣士団長・・・。途中で任務をカインに任せ、南大陸に残ってしまった私・・・。剣士団長は亡くなり、私達はここにいる・・・。私達は任務を遂行したと言えるのだろうか。ハース城はモンスター達の手に陥ちてしまった・・・。
 
「あの・・・二人とも・・・そろそろ行かない?」
 
 ウィローが遠慮がちに声をかけてくる。
 
「先に行っててくれないか。これからのことでちょっとクロービスと話したいから。」
 
 カインの言葉にウィローはうなずくと、
 
「わかった。先に行って待ってるね!」
 
笑顔で駆けだした。でもすぐに広場にいた村人達に取り囲まれた。『お帰り』『心配してたんだよ』などの声が私達のところまで聞こえてくる。
 
「・・・なんか今日のウィローはおかしいな・・・。昨夜なんかあったのか?」
 
「・・・・・・・。」
 
 今朝オアシスを発つ時、いつものように私はウィローと手をつなごうとした。でもいつも隣にいるはずのウィローは、ロイとテロスさんと話をしていた。カインが大きな声で『おーい出かけるぞ!』と声をかけたが、ウィローはそのままロイ達の隣を歩きながら、ずっと私から距離をおいて歩き続けてきた。
 
「今朝からお前を避けてるみたいな気がするなあ・・・。目も合わせないし・・・。まさか昨夜お前何かしたとか・・・?」
 
「何もしてないよ。するわけないじゃないか。」
 
「ま、聞くまでもなかったな・・・。それじゃ何で・・・。」
 
「君が寝てから起きてきたんだ。君がテントを開ける音で目が覚めたって言ってたけど、その前から起きていたのかも知れない。」
 
「何か話したのか?」
 
 私は昨夜のウィローとの会話をカインに話した。カインは聞き終えて首をかしげ、考え込んでいる。
 
「・・・別に避けられるようなことなんて何もないじゃないか。」
 
「私もそう思うけど・・・でもお休みって言った時ぼんやりしていたみたいだから、心配事でもあったのかな・・・。」
 
「でもそれがお前を避ける理由にはならないと思うけどな・・・。」
 
「いいじゃないか、行こう。ほら、もうウィローは家に帰ったみたいだよ。」
 
 先ほどまでウィローを取り囲んでいた人達はもう元の場所に戻っている。ウィローのことはともかく、私にはまずしなければならないことがある。
 
「・・・まずは武器屋か?」
 
「そのつもりだよ。ウィローの家には顔だけ出して、デールさんのことは・・・ウィローに話してもらうか、あとで戻ってから言うか・・・。」
 
 二人してそろってため息をつきながら、ウィローの家に向かう坂の下まで来た時、ウィローが向こう側から歩いてくるのが見えた。まだ荷物も抱えたままだ。ウィローは私達を見つけるとそこに立ち止まり、私達が追いつくのを待っていた。
 
「家に帰らなかったのか?」
 
 カインが尋ねた。ウィローはうつむき、小さくうなずいた。
 
「父さんのこと・・・なんて言えばいいのかわからなくて・・・。」
 
「そうだな・・・。俺達も一緒に行ってやりたいけど・・・その前に片づけなくちゃならないことがあるんだ。」
 
「片づけなくちゃならないこと?」
 
 ウィローが顔をあげた。でもやっぱり私のほうを見ようとしない。
 
「ガウディさんのことだよ。あの怪我を何とかしなくちゃ。」
 
「何とかって・・・どうするの・・・?まさか本当にあのファイアエレメントの力で何とかするつもりなの・・・?」
 
「それしか方法はなさそうだからね。」
 
「そう・・・それじゃイアンのところに行くのね?」
 
「うん・・・。ウィロー、悪いけど村長を呼んできてくれる?イアンの家に。」
 
「村長を?」
 
「そう。村長がいてくれないと、ガウディさんの治療が出来ないんだ。」
 
「・・・わかった・・・。それじゃ私は村長を捜してくるわ。あなた達は先に行ってて。」
 
 ウィローは目をそらしたまま、私の脇をすり抜けて村の中へと駆けていった。
 
「・・・どうしちゃったのかな・・・。」
 
 カインがウィローの後ろ姿を見つめてため息をついた。
 
「・・・そのことは後で考えよう。とにかく今はイアンの家に行かなくちゃ。」
 
「そうだな・・・。」
 
 イアンの家について店の扉を開けたとたん、怒鳴り声が聞こえてきた。
 
「帰ってくるなりそんな言いぐさないじゃないか!」
 
「ええい、うるさい!グレートフォージテロスの名において、この程度の腕で修理代などもらうわけにはいかんと言っておるんじゃ!」
 
「俺だってがんばってるんだぞ!」
 
「がんばってこの程度か!」
 
「勝手なこと言うなよ!いきなりいなくなったくせに!」
 
「わしのせいじゃないわい!文句はハース城の衛兵どもに言え!」
 
「そいつらはもういないんじゃないか!」
 
 カインも私もあっけにとられて二人のやりとりを聞いていた。
 
「・・・こっちは喧嘩か・・・。」
 
 カインがため息をついた時、背後で扉が開く音がした。
 
「まったく・・・帰ってきたと思ったら今度は喧嘩か・・・。」
 
 カナの村長がウィローと一緒に立っていた。
 
「お忙しいのにすみません。どうしてもお願いしたいことがあって・・・。」
 
「ごくろうじゃったの・・・。ウィローからだいたいのことは聞いたが・・・ガウディを治せるかもしれんというのだな・・・?」
 
「はい・・・。でもこれでは・・・。」
 
 私は喧嘩を続けるイアンとテロスさんに視線を向けて、ため息をついた。
 
「とりあえず黙らせるか・・・。」
 
 村長は二人の間に割って入り怒鳴りつけた。
 
「やめい!」
 
「おお、村長ではないか!ちょっと聞いてくれ!イアンの奴わしのいない間に・・・」
 
 村長は持っていた杖でいきなりテロスさんの頭をぽかりと叩いた。
 
「いて!何するんじゃい!」
 
「黙れと言っておるのだ!ガウディはおるか!」
 
「・・・やれやれ・・・やっと静かになったか・・・。」
 
 奥の部屋からガウディさんが顔を出した。
 
「ガウディさん・・・具合はどうですか・・・。」
 
「よくなるものも悪くなりそうな怒鳴り声を聞いていたからな・・・。さっきから傷がうずき出してかなわん・・・。」
 
 ガウディさんは傷を押さえてみせたが、それはポーズではなく、本当にひどくなっているようだった。私達がここを立つ前より、いっそう顔色が悪くなっている。
 
「だがな、ガウディよ、イアンの奴が・・・」
 
「黙れと言うておるに!」
 
 村長の杖がまたテロスさんをぽかりと叩く。
 
「おい村長!人の頭を太鼓みたいにぽかぽか叩かんでくれ!」
 
「太鼓ならいい音がするだけまだましじゃ!叩かれたくなかったら静かにせい!ガウディはけが人なのだぞ!」
 
「あ・・・そ、そうだったな・・・。わしらを助けるためにそんなひどい怪我をしていたとは・・・知らなかったんじゃ・・・。」
 
 テロスさんは申し訳ないように肩を落とし、やっと店の中が静かになった。
 
「ふぅ・・・。さてと、クロービス、詳しい話を聞かせてくれぬか。」
 
 私は、ロコを倒した時からずっと考えていたその計画を話した。
 
「な・・・何と・・・そんなことが出来るのか・・・?」
 
 村長は不安げに尋ねる。
 
「この力なら・・・可能なはずです。かなり練習しましたから、最小限に力を絞れば・・・。」
 
「そうか・・・。だが・・・。」
 
 村長は決めかねている。
 
「村長・・・私はクロービスの案に賛成だ。このままここでこうしていても、この傷は治らない。やがて私は衰えて死んでしまうだろう。それなら、イチかバチかにかけてみるのも悪くないと思うが。それに・・・失敗したところで、どうせ長くない命だったと思えばいいさ。私は彼に命を預けるよ。だからクロービス、気楽にやってくれ。」
 
 ガウディさんは微笑んでみせた。
 
「う・・・うむ・・・そうか・・・。おぬしがそう言うのなら・・・わかった。クロービス、わしのすべき事を教えてくれ。何としてもわしはガウディを救いたい。」
 
「わかりました。それでは・・・。」
 
 私は村長に治療術の呪文をかけてもらうように頼んだ。傷を塞がず、痛みのみを取り除く・・・。そう簡単にコントロール出来ることではないが、村長ほどの腕があればそれは不可能ではない。
 
「では始めてもらおうか。」
 
 ガウディさんは決心したように服の前を開くと、包帯を解いた。ざっくりとえぐれた傷口が現れる。その傷口に無数にこびりついている小さな黒い固まり・・・。やはりこれはナイト輝石の細かい結晶だ・・・。これをすべて取り除かなければならない。たった一粒でも見逃せばまた同じことの繰り返しになる。
 
 長老が呪文を唱えだした。それにあわせて、私はファイアエレメンタルから託された呪文を、最小限に絞って唱えた。私の指先から細い火花が散り、まるで生き物のようにガウディさんの傷口に向かって伸びていく。思った通り、この火によって傷口のまわりにくっついていた黒い結晶はぼろぼろと落ちていった。失敗は許されない。慎重に、少しずつ、傷口のまわりに火花を散らせていく。火花が当たる瞬間は、いくら治療術を唱えてもまったく痛まないという保証はない。ガウディさんは脂汗を浮かべながら歯を食いしばっている。
 
 ・・・・どれほどの時が経ったのだろう。やっとの事で傷口のまわりについていた黒い固まりを全て落とすことが出来た。傷を塞ぐ前に、慎重に調べる。結晶がたとえほんのわずかでも残っているうちは、何度やっても同じ事だ。私は丹念に傷口を覗き込み、砂粒ほどの結晶も見逃すまいと何度も呪文を唱え続けた。その間ガウディさんは、とうとう一度も声を上げなかった。
 
「・・・これで大丈夫です。」
 
 私の声で、村長はあらためて治療術の呪文を唱えた。ガウディさんの傷口はみるみる塞がっていった。その場にいたみんなから安堵のため息が漏れる。村長も私も、呪文を唱え続けてすっかり疲れ果て、その場に座り込んでしまった。
 
「・・・塞がったか・・・。」
 
 座り込んだ村長はイアンに支えられながら、ガウディさんの傷があったところを、顔を近づけて念入りに見つめている。傷口はきれいになった。もう広がることはない。それを確認して村長は大きく安堵のため息をついた。もうまぶたが今にも閉じそうだ。私は念のため、毒の中和の呪文を唱えようとしたが、疲れがもう限界に達していた。村長にも頼めない。
 
「クロービス、大丈夫か・・・?」
 
 座り込んだまま床に倒れそうになった私を、カインが支えてくれた。
 
「大丈夫だよ・・・。ウィロー・・・ちょっと来て・・・。」
 
「あ・・・な、なに・・・?」
 
 ウィローはびくっとして顔をあげ、その場から動かずに答えた。
 
「毒の中和・・・ガウディさんにかけてあげて・・・。」
 
「で、でも・・・私の呪文じゃ・・・。」
 
「大丈夫・・・君の力なら・・・。」
 
「ウィロー、クロービスの言うとおりにしてくれ!迷ってる場合じゃないんだ!」
 
 カインの怒鳴り声でウィローはあわてて立ち上がった。
 
「ご、ごめんなさい。それじゃ・・・。」
 
 ぼんやりとかすむ視界の中で、ウィローがガウディさんに歩み寄り、呪文を唱え始めるのが見えた。これでもう大丈夫だ・・・。
 
「少し寝た方がいいんじゃないか?」
 
 カインが私の顔を心配そうにのぞき込みながら言った。
 
「そんなわけにはいかないよ。これからやらなくちゃならないことがいっぱいあるじゃないか。今日の夜はゆっくり眠れるんだらか大丈夫だよ。カイン、君の気功で回復してくれる?」
 
「・・・わかったよ。」
 
 カインは渋々といった表情で、私に向かって手をかざした。ふわりと体が軽くなる。それを見ていた村長がカインに声をかけた。
 
「カインよ、わしにもその気功を使ってくれぬか。」
 
「村長・・・少し休んだ方がいいよ。年なんだからそんなにがんばらなくても・・・。」
 
 イアンがあきれたように言った言葉が、村長にはしゃくにさわったらしい。
 
「うるさい!年とはなんじゃ年とは!お前らのような若造とは鍛え方が違うのだ!すぐに回復できるわい!うぅ・・・。」
 
 村長はまたぜいぜいと息をしている。
 
「こら村長!無理するでない!イアンの言うとおりだ。クロービスと同じくらい呪文を唱え続けたんじゃ。若い者より回復には時間がかかるんだぞ!?」
 
 テロスさんが声をあげる。
 
「ふん!おぬしに年寄り扱いされるいわれはない!・・・おっとっとっと・・・。」
 
 村長の上体がぐらりと揺れた。
 
「ほら言わんこっちゃない!」
 
「ええいうるさい!カイン早くやってくれ!」
 
「・・・それじゃいきますよ。」
 
 カインが村長に向かって手をかざし、村長はゆっくりと起きあがった。
 
「ふむ・・・お前さん、気功の腕は確かじゃの。すっかり疲れが取れたぞ。」
 
「でも顔色がよくないですよ。今日はゆっくり寝た方が・・・。」
 
「クロービスよ、それよりハース鉱山のことを聞かせてくれ。さっき広場でデールが死んでいたと聞いたのだが・・・いったいどういうことなのだ・・・?」
 
「デールさんが・・・?」
 
 ガウディさんが身を乗り出した。
 
「ガウディ、お前はまだ寝ていなくてはいかんぞ。ずっと寝たきりだったのにいきなり動き回ったりしたら、また倒れかねんからな。」
 
「大丈夫ですよ。あの痛みがまるで嘘のように引いてしまいました。クロービス、ありがとう。君は私の命の恩人だよ・・・。」
 
 ガウディさんは私の肩に手をかけ、涙をためた目で微笑んだ。
 
「いえ・・・。これは・・・ファイアエレメンタルから託された力ですから・・・。この力を得るために、カインとウィローも私を助けてくれました。だから、私だけの力ではないんです。」
 
「・・・クリムゾン・フレアか・・・。」
 
 村長が厳しい表情でつぶやいた。
 
「クリムゾン・フレア・・・?ご存じなのですか?この力のことを。」
 
「うむ・・・。なるほどな、『泉の底の要素の力』とは・・・この力のことだったのか・・・。」
 
「何のことだ?」
 
 テロスさんが尋ねた。
 
「お前さんが鍛冶道具一式抱えて飛び込んだ温泉の地下のことさ。昔からの言い伝えだが・・・この大陸のどこかにファイアエレメンタルがいて、これぞと認めた者にはその力を貸し与えてくれるのだそうじゃ。そして、その力を借りることが出来るのは・・・人間だけなのだ・・・。」
 
 セントハースは確かにそう言っていた。『火の精霊の力を借りうるのは人間だけ・・。』と・・・。
 
「なぜ人間だけなんですか?」
 
 ウィローが首をかしげる。
 
「ん?わからんか?人間以外の動物はみんな火を怖がるじゃないか。」
 
「あ、そっか・・・。そうよね、火を使うことが出来るのは、人間が神様から与えられた特権だって・・・そうよ、そう言うおとぎ話をよくしてくれたのは村長よね。」
 
 ウィローが笑顔になった。
 
「そういうことじゃ・・・。しかしあんたがのぉ・・・。最初に会った時は、細っこくてナヨッとした印象を受けたのじゃが・・・人は見かけに寄らぬのぉ・・・。」
 
 隣でカインがくすくすと笑っている。私は何と答えていいか判らず、赤くなってしまった。
 
「と、とにかく、ガウディさん、村長のおっしゃるとおりです。まずはちゃんと休んでください。もうずっと寝たきりのような状態だったんですから。あとは少しずつ体力を回復していけば、すぐに元通りになれます。でもくれぐれも無理しないでくださいね。」
 
「わかった。ありがとう。クロービス、それにカインとウィローもだな。君達のおかげで、生きる希望が湧いてきたよ。」
 
 ガウディさんが微笑んだ。
 
「ところで・・・あらためて聞きたいのだが、ハース城のことを聞かせてくれぬか。デールは本当に死んでいたのか?」
 
 村長の問いに、私達はハース城での出来事を話して聞かせた。
 
「何と・・・。そうか、そう言うことだったのか・・・。ウィロー、つらかっただろう。よく頑張ったな。」
 
 村長が涙ぐむ。テロスさんが村長に歩み寄り、肩を叩いた。
 
「あんただけでなく、わしだってデールさんのことは好きだったよ。鉱夫達にはろくな言われ方をしなかったが・・・あの人はいい人だったよな・・・。」
 
「うむ・・・そうだな・・・。」
 
「村長・・・テロスおじさん・・・ありがとう。」
 
 ウィローが涙をためた瞳で二人に頭を下げた。
 
「しかし・・・ウィローがそのハース城を乗っ取っていた男に向かっていったとはのぉ。気の強い娘だとは思っとったが、すごい度胸じゃ。怖くはなかったのか?」
 
「私一人じゃなかったわ。カインとクロービスがいてくれたから・・・。私を鍛えてくれて、ハース城まで連れて行ってくれて、一緒に戦ってくれたから・・・だから怖くなかったわ・・・。」
 
「なるほどな・・・。おぬしらには礼を言わねばならんな。ウィローは成長したよ。かわいいだけの娘ではない。一本芯が通ったようじゃ。」
 
「俺は何もしてませんよ。俺は王宮に事の次第を報告するために一度向こうに戻りましたからね。その間クロービスがずっとウィローのそばにいてくれたんですから、礼ならこいつに言ってください。」
 
「カイン、そんなこと言わないで。あなただって私に色々と教えてくれたじゃないの。そして団長さんと一緒に戻ってきてくれて・・・。あなた達が下でロイ達と一緒に戦ってくれたから、私達はイシュトラと存分に戦えたんだわ。」
 
「しかし・・・団長が亡くなられたとは・・・。」
 
 ガウディさんが唇を噛みしめる。その瞳には、今は悲しみの涙が滲んでいた。
 
「団長と一緒に戻ってきたことが本当によかったのか・・・わからないんです。」
 
 カインが肩を落とす。
 
「君達が気を落とすのは無理ないが・・・将来ある若い剣士を守って死ぬことが出来たのなら、団長だって本望だろう。君達のすべき事は気を落とすことではなく、その死を無駄にしないように剣士団を引っ張っていくことではないのか?」
 
「そうだ。団長さんはきっと、あんたらを守りたかったんじゃろう。たとえ自分が死ぬことになってもな・・・。彼はきっと・・・あれで幸せだったんだろうな・・・。」
 
 テロスさんがつぶやく。
 
 幸せ・・・。あそこで死ぬことが・・・。死ぬことこそが幸せだとしか思えないほどの、一体どんなことがあったのだろう・・・19年前に・・・。父の死顔も安らかだった。やはり死に安らぎを見いだしたのだろうか・・・。父も剣士団長も死んでしまった。19年前の出来事を知っているであろう人が・・・。その他にそのことを知っていそうな人物・・・。ブロムおじさんは今どこにいるのかわからない。あとは・・・レイナック殿か・・・。だが、聞いたところで簡単に教えてくれそうにはない。
 
「そうですね・・・。」
 
 カインは力無く答える。
 
「そろそろ失礼します・・・。まだウィローの家に行ってないので・・・。」
 
「リアナはまだ知らぬのだな・・・。」
 
「はい・・・。」
 
「ふむ・・・ウィロー一人で伝えるには重い話じゃ・・・。カイン、クロービス、ウィローの助けになってやってくれ・・・。」
 
「わかりました・・・。」
 
 私達は武器屋を後にして、ウィローの家に向かった。ウィローはずっと私達の先に立って歩いていたが、どんな顔をしているのかはわかる。青い顔をして、唇を噛みしめて、うつむいたまま歩いている。
 
 家の前についた。ウィローは何度も深呼吸してから、元気よく扉を開けた。
 
「母さん、ただいま。」
 
「ただいま帰りました。」
 
「おかえりなさい。疲れたでしょう。今お茶を入れるから、どうぞ休んで。」
 
 ウィローの母さんはにっこりと微笑んで私達を迎えてくれた。私達は部屋のテーブルを囲んで座り、お茶をご馳走になって一息ついた。
 
「カイン、クロービス、私の娘は役に立ったのかしら。かえって足手まといになったりしなかった・・・?」
 
「いえ・・・たくさん、助けてもらいました。ありがとうございました・・・。」
 
「・・・そう・・。では何よりね。」
 
 私は荷物の中からデールさんの手紙を取り出し、ウィローに渡した。
 
「ウィロー、これは君から渡して。」
 
「うん・・・。」
 
 暗い顔で手紙を受け取る娘の顔を見つめ、ウィローの母さんが不安そうにその手の中を覗き込む。
 
「これは・・・?」
 
「・・・父さんの・・・手紙なの・・・。」
 
「あの人からの・・・?」
 
 ウィローは涙をこらえながら、ハース城地下で『再会』した父親のことを母さんに話して聞かせた。ウィローの母さんは涙ぐみ、肩を震わせながら、それでも最後まで娘の話を聞いていた。
 
「だから・・・この最後のほうの文が読めなくて、母さんならわかるかと思って持ってきたの。それから・・・これ・・・。」
 
 ウィローは自分の指にはまっていた指輪を外すと、テーブルの上に置いた。
 
「・・・これはハース聖石の指輪ね。」
 
「知っているのね・・・。そうよ。これは父さんの手紙の中に入っていたの。この世で最も愛する人に贈る石だって言うのなら、これは母さんが持っているべきだと思うわ。」
 
 ウィローの母さんはしばらくの間手紙を見つめていたが、
 
「昔・・・あなたの父さんが大臣の地位を捨ててハース鉱山へ行くと言った時、彼はどうしてもその理由を話してくれなかったわ・・・。あの時私は、それでいいと思っていた・・・。だってあの人が決めたことですもの。あの人はいつも私達家族のことを考えてくれていた・・。そういう人だったから・・・。」
 
独り言のように小さくつぶやいた。そしてテーブルの上の指輪を手に取ってみつめながら、
 
「でも・・・寂しいものね・・・。もういないなんて・・・。展望台からハースの山を眺めても・・・そこにはあの人はいないのね・・・。」
 
「母さん・・・。」
 
 ウィローが涙声で呼びかける。
 
「・・・どうしても鉱山に行くのなら、私も連れて行ってほしいって頼んだのよ・・・。でもそれは出来なかった・・・。」
 
「・・・どうして・・・?どうして父さんは・・・。」
 
「あなたを一人にすることは出来なかったからよ・・・。」
 
「母さん・・・それじゃ・・・私がいなければ・・・。」
 
 ウィローの母さんは指輪から視線をはずし、娘の顔を見つめて微笑んだ。
 
「何を言ってるの・・・。父さんにとっても母さんにとっても、あなたがこの世で一番大事だったの。だから二人で決めたのよ。」
 
 ウィローの母さんは持っていた指輪をウィローの手に握らせた。
 
「これはあなたが持っていなさい。」
 
「でも・・・これは母さんが持っているべきよ。父さんが一番愛していたのは・・・母さんのはずだわ。」
 
「ふふふ・・・。そうね。でも父さんはね、あなたのことも一番に愛していたのよ。」
 
「でも・・・。」
 
「愛情にはね、順番なんてないの。父さんはね・・・あなたも母さんも、きっとこの世で一番愛していたと思うわ・・・。」
 
「それなら・・・。」
 
「いいのよ。あなたが持っていなさい。母さんはね、父さんと愛し合って、結婚して、そしてあなたが生まれたの。あなたこそが・・・父さんから母さんへの、最高の贈り物だったのよ・・・。」
 
「母さん・・・。」
 
 ウィローは母さんの肩に顔を埋めて泣きだした。
 
「あなたと一緒にこの村に残って、19年の間父さんを待ち続けたことを・・・母さんは後悔なんてしていないわ。」
 
 ウィローの母さんは、ウィローの耳元でそうささやきながら、泣きやむまでしばらくの間、娘の肩をなでてやっていた。
 
 
「それじゃ食事にしましょう。ウィロー、手伝ってちょうだい。」
 
 やっとウィローが顔をあげると、ウィローの母さんはそう言ってウィローと二人台所に消えていった。やがてたくさんのご馳走がテーブルに並んだ。私達は食事をして、何日ぶりかすら忘れてしまったくらい久しぶりに風呂にも入り、乾いたベッドに潜り込んだ。この日・・・夜空にかかっていた月が満月だったのか・・・それはわからない。だが、私は久しぶりにフロリア様の夢を見た・・・。
 そして翌日、ぼんやりとした頭を抱えて目を覚ました時、隣のベッドにカインの姿はなかった。外へでも出掛けたのだろうか・・・。着替えをすませて、カインを捜しに出掛けようと立ち上がった時、部屋の扉がノックされた。
 
「クロービス・・・。ちょっといい・・・?」
 
 ウィローの声だ。
 
「いいよ。どうぞ。」
 
 ウィローはそっと扉を開けると、何となく遠慮がちに部屋に入ってきた。
 
「おはよう・・・って時間でもないね・・・。」
 
「もう、お昼近いわよ・・・。あんまり顔色がよくないわね・・・。何か夢でも見たの?」
 
「大丈夫、何でもないよ。カインは・・・?」
 
「カインなら食事のあと出かけたわ。起きてきた時からずっとつらそうな顔してて・・・なんて声をかけていいのか判らなかったわ・・・。もうお昼だし、捜しに行きましょうか。・・・励ましてあげなくちゃね・・・。」
 
「そうだね・・・。」
 
 カインはあれからずっと悩んでいる。この間私がいるよと言ってはみたものの、私にとっても剣士団長の死は衝撃だったし、ウィローのことに気を取られていたりして、カインの支えになれているとは思えない。・・・これでは相方失格だ。親友だなんて言えやしない・・・。
 
「ねぇ、クロービス・・・。行く前に・・・少し話していい?」
 
「いいよ、なに?」
 
 ウィローは私が腰掛けているベッドの隣に座った。そして上半身を私に向けて、深く頭を下げた。
 
「今まで・・・いろいろ、ありがとう。ハース城まで連れていってくれて本当に嬉しかった・・。わがままばっかり言って・・・ごめんなさい。」
 
「・・・そんなことないよ。私は・・・残りたかったから残ったんだ・・。だから君が気にすることなんて何もないんだよ・・・。君の父さんのことは残念だったけど、君が無事でよかった・・・。」
 
「・・・ありがとう・・・。」
 
 ゆっくりと顔をあげたウィローは、まっすぐに私を見つめた。避けられていたのは昨日たった一日なのに、こんな風に見つめられるのはなんだか久しぶりのような気がした。
 
 ウィローの表情は微笑んでいるようにも見えるし、泣き出しそうにも見える。こうして彼女の顔を眺めることが出来るのも、これで最後かもしれない。私は黙ってウィローを見つめ返していた。
 
「ねぇクロービス、お願いがあるの・・・。」
 
「なに?」
 
「あの・・・あのね・・・。その・・・わ・・・私を・・・。」
 
 いつものウィローらしくない、はっきりしない小さな声だ。
 
「・・・君を・・・?」
 
「私を・・・北大陸に連れて行ってほしいの・・・。」
 
「・・・え・・・?」
 
 北大陸へ・・・?いや、私の聞き違いか・・・。まさか・・・。
 
「だめ・・・かな・・・?」
 
 聞き違いではないらしい・・・。北大陸へ・・・私達と一緒に行きたいと、ウィローが言っているのだ・・・。
 
「い、いや・・・その・・・だめとかそう言うことより・・・どうして?」
 
「私は・・・大地のために戦いたいの。父さんは・・・たった一人でこの大地の生き物達の営みを守ろうとしたのよ・・・。たとえ自分が殺されることになっても、その思いを・・・誰が読むかもわからない手紙に託して・・・。」
 
 ウィローの肩が震えてくる。あの地下室での・・悲しすぎる父親との対面・・・。デールさんの遺体を見つけたのがウィローと私だったことは、偶然だったのだろうか・・・。それとも・・・何か意味があるのだろうか・・・。
 
「たくさんの人が助けてくれた・・・。テロスおじさんやロイや、カイン、パーシバル様も・・。・・・そしてあなたのおかげで、私は父さんの遺志を継いで、ナイト輝石の廃液を止めることが出来たわ・・・。でも、廃液が止まった後に、あのモンスター達が現れた・・・。まだ・・・この戦いは終わっていないって・・・私は思うの・・・。」
 
「終わっていない・・・か・・・。そうかも知れないね・・・。」
 
「だから・・・だから私はあなた達と一緒に北大陸に行きたいの。そうすれば、父さんの死の真相もわかるかも知れない・・・。この村にいたのでは私には何も出来ないわ・・・。」
 
「でもウィロー・・・」
 
「お願い、連れていって!私もっと頑張って訓練するわ!ちゃんと一人でも戦えるようになるから!だから・・・お願い・・・。」
 
 ウィローは涙をためた瞳で私の両腕を掴み、揺さぶる。
 
「待って!落ち着いてよ!・・・とにかく、少し話そう。いきなり言われても・・・。」
 
 ウィローはハッとしたように私の腕を離すと、唇を噛みしめてうつむいた。
 
「そうよね・・・ごめんなさい・・・。でもずっと言いたかったの。でも言えなかった。あなたを困らせるかも知れない。あなたに迷惑かも知れない・・・。そう思ったから・・・。」
 
「迷惑なんかじゃないよ・・・。ないけど・・・でもね、ウィロー、私の一存では決められない。とにかくカインを捜して相談するから。・・・それまで返事は待っててくれないか・・・。」
 
「そう・・・ね・・・。わかったわ。それじゃカインを捜しに行きましょう。」
 
「・・・私が行くよ。君はここにいて。」
 
「でも・・・。」
 
 きっとウィローはただ待っているのがつらいのかも知れない。でも出来ればカインと二人で話したい。このことだけに限らず、今後のことも含めてカインと一度話をしなければと思っていた。でもカインはずっと剣士団長のことやフロリア様のことで頭がいっぱいで、私も無理に話をする気になれなかった。でももうそんなことを言っていられる猶予はない。ディレンさんとの約束もある。せめて2〜3日のうちにはこの村を出なければならない。
 
「少しカインと二人で話したいこともあるんだ。だから私が一人で行くよ。」
 
「そう・・・・わかった。ここで待ってるわ・・・。」
 
 扉を開けると、ウィローの母さんがいた。
 
「おはようございます・・・。寝坊しちゃってすみません・・・。」
 
 ウィローの母さんはクスリと笑って、
 
「いいのよ、そんなこと気にしないで。大きな仕事をしてこられたんですものね。疲れるのは当たり前よ。」
 
「カインがどこに行ったか知りませんか?」
 
「・・・だいぶ沈んでいたようだったから・・・もしかしたら展望台にでも向かったのかも知れないわね・・・。あそこにはそんなにたくさん人がいるわけではないし、物思いにふけるにはちょうどいい場所よ。」
 
そう教えてくれた。
 
「それじゃ、捜しに行ってきます。」
 
 私は外に出た。展望台へ向かうために広場を横切ろうとした時、この間の吟遊詩人と語り部が近づいてきた。
 
「こんにちは。ご無事でしたのね・・・。」
 
 吟遊詩人が微笑んだ。
 
「あなた達が無事に戻られて何よりです・・・。ハース城と温泉のオアシスが、モンスター達に襲われたと聞いたので、心配していたのですよ。」
 
 相変わらず落ち着いた瞳で語り部が話す。
 
「温泉のオアシスまで!?」
 
「ご存じなかったのですか・・・?最も誰もいなかったので、けが人などはありませんでしたが、温泉の施設が壊されたようです。」
 
「そうですか・・・。」
 
 モンスター達はなぜ温泉のオアシスにまで・・・。それほど・・・狂暴化していると言うことなのだろうか・・・。結界のある場所にまで攻撃をかけるとは・・・。ウィローが言っていたように、ナイト輝石の廃液を止めたからと言って、この戦いはまだ終わっていない・・・。
 
「最初から私が言っていたとおり、やはり魔界などは存在しなかったようですね・・。だが異形生物達の原因が人間自身にあったことに気がつかなかったとは・・・・。私もまだまだ修行が足りません・・・。」
 
 ハース鉱山での出来事も、ナイト輝石の廃液のことも、もうカナの村には知れ渡っている・・・。でもこの語り部達がフロリア様のことを口にしないと言うことは、鉱夫達はそのことを口外しないようにしてくれているのだろうか。それがフロリア様を信じているからではなく、王国に楯突きたくはないという理由であったとしても、とにかく噂が広まらないでくれることはありがたい。
 
「あの・・・私の相方の剣士を知りませんか?」
 
「ああ、あの赤毛の方ですね?あの方なら、先ほど村の奥に行かれましたよ。何か考え事をされていたようですから、もしかしたら展望台のほうかも知れませんね。」
 
「ありがとうございます。」
 
(やっぱり展望台か・・・。)
 
 私は展望台に向かった。坂を上がると、墓地の向こう側にカインの後ろ姿がある。
 
「カイン・・・・。」
 
 カインはゆっくりと振り向いた。その顔は青ざめ、頬には涙のあとがある。
 
「クロービスか・・・。」
 
「ここにいたんだね・・・。」
 
「ああ・・・。何となくここに来ちまったよ・・・。ここからだとハース鉱山が一望だからな・・・。」
 
「カイン・・・ごめん・・・。」
 
「何で謝るんだよ?お前は別に何にもしてないじゃないか。」
 
「だって・・・私は・・・君のこと何にも考えてやれる余裕がなかったんだ。偉そうなこと言ったくせに自分のことばかりで・・・。肝心な時に何にもしてやれない・・・。」
 
 思わず涙が流れる。カインはそんな私の横で微笑んで私の肩を叩いてくれた。
 
「気にするなよ・・・。俺自身、どうしていいかわからないんだ・・・。今朝起きてから、俺はここでずっとハースの山々を眺めていた・・・。この景色は変わらないのに、今鉱山やハース城にはモンスターがひしめいて・・・そして剣士団長はあそこで眠っているんだ・・・。きっとモンスター達がうるさいだろうな・・・。せめて安らかに・・・眠れるようにしてやりたい・・・。」
 
 カインの頬にまた涙が流れる。
 
「温泉も襲われたらしいよ・・・。」
 
「温泉が・・・?どうしてあんなところまで・・・。あそこにも結界が張ってあるはずだよな?」
 
「壊されたのは温泉の施設だけみたいだよ。あそこは結界のぎりぎりのところに建っていたんだ。たくさんで押し寄せて体当たりでもかければ壊すのは難しくないよ。でも・・・結界があるとわかってる場所に攻撃をかけるほど、モンスター達が狂暴化しているってことなのかも知れない・・・。」
 
「そうか・・・。なぁ、クロービス・・・。俺達の戦いは・・・まだ終わっちゃいないんだな・・・。」
 
「そうだね・・・。」
 
「ここで泣いていても仕方ない。わかってるんだよ。とにかく行動しないと、何事も始まらないってな・・・。」
 
「うん・・・。」
 
「クロービス・・・王宮に戻ろう・・。」
 
「・・・・・。」
 
「俺は・・フロリア様に会いたいんだ。会って、あの方の口から本当のことを聞きたい。イシュトラの最後の言葉・・・あれが真実なのか・・・真実なのだとしたら・・・一体なぜなのか・・・。俺は知らなくてはならないんだ・・・。」
 
「君の行くところなら、どこにでも行くよ。私達の任務はまだ終わっちゃいないんだ。」
 
「任務か・・・。」
 
「そうだよ。王宮に戻って、起きたことすべてを報告しよう。最後までやり遂げようよ。」
 
「そうだな・・・。そうだよ、まだ終わっちゃいないんだ。」
 
 カインの瞳に生気が戻った。
 
「それじゃ、帰るための準備をしなくちゃならないな。」
 
「そのことでちょっと話があるんだけど・・・。」
 
「なんだ?」
 
「ウィローが・・・。」
 
 私はウィローが一緒に行きたいと言っていたことをカインに話した。
 
「大地のために・・・か・・・。健気だな・・・。親父さんの遺志を継ぐなんて、生半可な覚悟じゃ出来ないことだよ・・・。」
 
「・・・・・・・。」
 
 そうだ・・・。口で言うほど簡単なことじゃない。でもウィローはそれをやり遂げようとしている。そのために北大陸へと向かうのだと・・・。出来ることなら助けてやりたい。でもそれが本当にウィローにとっての幸せなのだろうか・・・。
 
「で、連れて行くって言ったのか?」
 
「カインと相談するからって言って出てきたんだ。」
 
「お前はどうしたいんだ・・・?」
 
「一緒にいたいとは思うけど・・・でも、正直に言うとウィローを王宮でさらし者にするようなことはしたくない。」
 
「・・・さらし者か・・・。」
 
「北大陸にだってデールさんにクビにされた鉱夫はいると思うし・・・。ウィローが八つ当たりの対象になったり、デールさんの娘だと言うだけで好奇の目で見られたり・・・そんなことがあるかも知れないと思うんだ・・・。だから・・・賛成したくない・・・。」
 
 カインはくすっと笑った。
 
「『反対』なんじゃなくて、『賛成したくない』わけか・・・。」
 
「・・・・・・・・・・。」
 
「それじゃ、俺の考えを言っておくよ。俺は賛成だ。ウィローが王宮に一緒に行ってくれれば、俺達は強力な証言者を得られるわけだからな。さらし者にしたくなければお前が守ればいいじゃないか。」
 
「簡単に言うね・・・。」
 
「複雑に言ったって同じことだからさ。」
 
「でもウィローがデールさんの娘さんだってことと、ウィローの言葉をちゃんと信じてもらえるかどうかってのは別問題じゃないか。」
 
「そこでお前の出番だよ。」
 
「私が口べたなの知ってるじゃないか。」
 
「でもウィローが傷つけられるのを黙って見ていられるお前じゃないだろう?」
 
「それはそうだけど・・・。」
 
「お、噂をすれば・・・かな・・・。」
 
 カインが私の背後に視線を移した。振り向くとウィローが展望台へと歩いてくるところだった。
 
「・・・ごめんなさい・・・。待ってるって言ったけど・・・我慢できなくて来ちゃった・・・。」
 
「いいよ。ウィロー、今クロービスから話は聞いたよ。本当にいいんだな?俺達と一緒に北大陸に行っても。」
 
 ウィローははっきりとうなずいた。
 
「ええ。本気よ。」
 
「・・・それじゃ一つ君に頼みがあるんだ。」
 
「頼み・・・?」
 
 カインは御前会議での証言のことをウィローに話した。
 
「私が・・・御前会議に・・・。」
 
「まあ決まったわけじゃないけど、向こうに行けばそうなる確率はかなり高いと思う。言いたくないことも言わなきゃならないかも知れないし、聞かれたくないことも聞かれるかも知れない。でもそれでもいいって言うのなら、俺は君を北大陸に連れて行くことに賛成するよ。」
 
「・・・・・・。」
 
 ウィローはしばらく考えていた。そしてさっきよりも、もっとはっきりとうなずいた。
 
「わかったわ。私だって父さんの死の真相を知りたい。だから証言でも何でもするわ。何言われても我慢する。」
 
「よし、それじゃ、俺の役目はここまでだ。ウィロー、あとはクロービスの意見だけなんだ。それは君が直接聞いてくれ。俺は一足先に家に戻ってるよ。そろそろ昼飯だから。」
 
 カインは笑顔でそう言うと、意味ありげに私の肩をぽんと叩いて展望台から降りていった。
 
「・・・・・・・・。」
 
「・・・・・・・・。」
 
 ウィローは私を見つめている。私の返事を待っている。でもやっぱり・・・私は『賛成したくない』・・・。
 
「・・・あなたはどうなの・・・?私を北大陸に連れて行ってくれるの・・・?」
 
「・・・行かない方がいいと思うよ・・・。」
 
「・・・どうして・・・?」
 
 ウィローの瞳が悲しげに揺れる。
 
「カインが言ったように、証言するって言うのは大変なことなんだ。一度真実を話すと誓ってしまえば、すべて話さなくてはならない・・・。デールさんの遺体の様子を聞かれるかも知れないし、君の母さんのことも聞かれるかも知れない。本当は言いたくないことは言わなくてもいいんだけど、それじゃ多分大臣達は納得しないよ。なんと言っても今回のことで一番疑われるのはフロリア様なんだからね・・・。」
 
「・・・でも行かなければきっと父さんの死の真相はわからないわ。」
 
「でも好奇の目にさらされるのは君なんだよ。デールさんの娘さんだと言うだけで・・・北大陸にだってデールさんにクビになった鉱夫がいると思うし・・・。そう言う人達が娘の君に仕返しをすることだってあるかも知れないじゃないか。」
 
「・・・・・・・・。」
 
 ウィローは黙って聞いていた。そしてしばらく経って小さくつぶやいた。
 
「・・・・そう・・・よね・・・。仕方ないわ・・・。」
 
「・・・え?」
 
「私・・・あなたに嫌われているから・・・あなたが私を連れて行きたくないって言う気持ちはわかるの。でも、私はどうしても・・・」
 
「ちょっと待って。」
 
「どうしても行きたいの・・・。だから・・・」
 
「待ってってば!」
 
 思わず大きな声が出て、ウィローはびくっとして黙り込んだ。私がウィローを嫌っている・・・?何でそういう話になったんだろう。ウィローが私を嫌っているのじゃないか。だから私を遠ざけたんじゃなかったのか・・・。
 

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