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29章 それぞれの想い 前編

 
 私達は険しい山の中に分け入っていった。山道は足場が悪く、道らしい道もほとんどない。よくよく見て、やっと見つけたけもの道を歩き続け、途中広い場所に出て何度か休息を取った。みんな疲れ切っている。それでも思ったほどやけを起こす者はいなかった。驚いたのはあの黒騎士達だ。鉱夫達の話では、坑道の中では先頭に立ってモンスター達を追い払い、外に出てからも疲れて足が遅くなった鉱夫達を励まし、支えながら、ずっと歩いてきたという。
 
「操るやつがいなければ、あいつらだって普通の人間だってことか・・・。」
 
 カインがつぶやいた。
 
「そうだね・・・。」
 
 その『操っていたやつ』がフロリア様から遣わされたのだという事実を、カインはハース城を出て以来一度も口にしようとしない。私も黙っていた。ウィローは山に入ってからはほとんど私とは口をきいていない。でも私はウィローの手を離さなかった。地下への扉の前で、ウィローの手がするりと抜けていったときの、あのぞっとするような怒りと恐怖は、もう二度と味わいたくなかったからだ。
 
 休憩が終わって立ち上がると、当然のように私はウィローと手をつないだ。ウィローもあえてふりほどこうとはしなかったので、私達はずっとそのまま歩き続けた。そしてハース城を出てから一日と半分ほど過ぎただろうか、どうにか山を越えて、私達はやっとの事で北部地方と東部地方を結ぶ街道に出た。この道は一本道で、ここからカナに向かうためにはハース渓谷の入り口だけは通らざるを得ない。
 
「ここまでくれば・・・何とか一息つけるかな・・・。」
 
 カインはほっと一息ついている。気がつくと他のみんなも安堵の涙を流していた。
 
「そろそろ一休みした方がいいね。このあとハース渓谷の入り口だよ。何もいなければいいけど・・・。」
 
「そうだな・・・えーと・・・。」
 
 カインは私の言葉を上の空で聞いているかのようにきょろきょろしている。どうしたのかと聞こうとした時、前方から誰かが走ってくるのが見えた。一人ではない。しかもみんな武装している。思わず剣の柄に手をかけた時、人影の一人が叫んだ。
 
「おーい!皆無事か!」
 
 それはディレンさんだった。
 
「大丈夫です!」
 
 そう答えたのはなんとカインだった。
 
「ディレンさん・・・どうしてここに・・?」
 
 私の問いにディレンさんは微笑むと、
 
「君の相方がこの間ロコの橋前の休憩所に顔を出してな。ハース城で何か起こるかも知れないから、出来れば見回りをしていてほしいと言われたのさ。そこで私は、あのあたりを歩いていた冒険家や戦士に声をかけて、ハース城に向かったんだ。ところが渓谷の入り口まで来てみたら、ハース城の方向からは地響きみたいな音が何度もするし、もしかしたら城に異変が起きているのじゃないかと思ってな、でも渓谷を進んでいくのは危険だから、山の中を抜ける道から鉱山に向かおうと、こっちに向かってきたところだったんだ。会えてよかったよ。無事で何よりだ。」
 
「カイン・・・。」
 
 カインは照れくさそうに頭をかいていたが、
 
「いや・・・ちょうどディレンさんがいたから、お前達だけでハース城に入り込んだりした時のために、頼んでおいたんだ。」
 
「そうか・・・。」
 
 意外ではあったが・・でもカインがわだかまりを捨て、いや、捨てられないまでもそれに流されることなくディレンさんに協力を要請したことが、私はうれしかった。
 
「君は・・・。」
 
 ディレンさんが私の隣にいるウィローに目をとめた。
 
「確かカナの村の・・・そうだ、ハースの統括者デール殿の娘さんではなかったか?」
 
「はい・・・。ご無沙汰しています・・・。」
 
 ウィローがお辞儀をする。
 
「君も行ったのか?ハース城へ。」
 
「はい・・・。」
 
「では・・・デールさんには会えたのか・・・?」
 
「いえ・・・父は・・・亡くなっていました・・・。」
 
「亡くなっていた・・・?どうしてそんな・・・!?あ、いや・・・そうか・・・。残念なことだ・・・。」
 
 ディレンさんは気まずそうに言葉をのみ込み、私達に視線を移した。
 
「生き残りはここにいる鉱夫達だけか?」
 
「・・・はい・・・。私達がハース城に入ったときにいた鉱夫達は全員助け出しました。それから・・・あの城を守っていた黒騎士達も・・・。」
 
「・・・あの地響きはモンスターなのか?」
 
「ハース城を3周くらい出来そうなほど、大量のモンスターがいましたよ。」
 
 カインが答える。
 
「そんなに・・・しかし妙だな・・・。今までハース城がモンスターに襲われたという話は聞いたことがない。いつだって襲う機会はあったと思うのだが、どうして今になって・・・。」
 
 ディレンさんは首をかしげた。
 
「今までは・・・結界がありましたから、それで大丈夫だったのだと思います。」
 
「結界?」
 
「はい。」
 
「話が合わんじゃないか。結界があるのなら、なおさらどうして・・・。」
 
「・・・今はないんです。」
 
「私は呪文に関してはさっぱりだが、それでも結界というものがそう簡単に破られるものではないというのは聞いたことがある。たとえばかけた術者よりも力が上の術者でなければ解除は出来ないとか・・・。まさか君が解除したというのか?」
 
「いえ・・・。城の結界はかなり強力でした・・・。多分イシュトラの生体エネルギーを媒体にしてかけられていたのじゃないかと・・・。」
 
「イシュトラとは・・・?」
 
 顔を見合わせた私達にディレンさんは顔をこわばらせた。
 
「・・・すべてとは言わないが・・・出来れば城の中で起きた出来事を教えてもらうわけにはいかないか・・・。」
 
「・・・カイン、いいよね?」
 
 カインは苦しげに唇をかんだが、黙ってうなずいた。
 
「では・・・他の者には聞こえない方がいいだろうから・・・。さてと・・・まずはみんなに休んでもらおう。見回りを頼んでくる。」
 
 ディレンさんは一緒に来たらしい冒険者達が集まっているところに歩いていった。
 
「なあクロービス。」
 
「なに?」
 
「ほんと言うと迷ってるよ。ディレンさんに話していいものかどうか・・・。」
 
「君の気持ちはわかるけど・・・私は全部話しても大丈夫だと思う。だからあとは君の判断に任せるよ。多分ディレンさんは、私達があちこち省いて話しているのに気づいても黙って聞いてくれると思うよ。」
 
「そうだよな・・・。」
 
 すべて話すとなれば、デールさんのこともイシュトラのことも全部と言うことになる。当然フロリア様のことについてわかっていることだけは話さなくてはならない。ディレンさんはこの話をどう受け止めるのだろうか・・・。
 
「待たせたな。」
 
 戻ってきたディレンさんに、もう一人剣士がついてきた。その顔に見覚えがある。どこかで会ったことがあるのだろうか。その剣士も私をじっと見つめて、ふっと目をそらして考え込んでいる。そしてまた私の顔をじっと見つめると、ぐいと顔を近づけて
 
「う〜ん・・・。」
 
うなりながら腕組みをした。
 
「あの・・・どこかでお会いしませんでしたか?」
 
 思い切って私は尋ねた。剣士はやっぱりというようにうなずいてみせた。
 
「あんたもしかして・・・『我が故郷亭』にいた兄ちゃんじゃないか・・・?」
 
「あ!」
 
 やっと思い出した。それは私が城下町に出てきたばかりの頃、宿酒場で一緒に飲んだ冒険家だった。
 
「あなたはあの時の・・・。やっぱり南大陸に来られたんですね。」
 
「やっぱりそうか・・・。ああ・・・その・・・ちと非合法にな・・・。大きな声では言えないが、ハース鉱山に向かう商人の船に密航してきたのさ。なかなかスリルがあっておもしろかったよ。」
 
 冒険家はくすくすと笑っている。
 
「しかしあんた・・・まさか王国剣士になっていたとはねぇ・・・。最初見た時はわからなかったよ。別人かと思うくらい雰囲気が変わっていたから、声をかけるのをちょっとためらったくらいだ。」
 
「そんなに変わりましたか・・・?」
 
 自分としてはさっぱり変わってなくて時々いやになるくらいなのだが・・・。
 
「ああ。何て言うかな、最初見た時はお坊ちゃんて感じだったんだよな。おとなしそうだし、王国に出てきたばかりだって言ってたから、これからこの町で苦労するだろうなぁ、なんて心配してたんだ。城下町は活気があるけど、スピードが違うからな。ぼんやりしていると波に呑み込まれて、ハッと気づけば場末の怪しげな店にのめり込んでいたりする奴も多いんだよ。ところが今は全然違うよ。こんな言い方は、その・・・失礼だと思うけど、一言で言うなら大人になったってことかな。あれからまだ半年・・・いや、それ以上は過ぎたかな。でもまだ一年にはなっていないよな?」
 
「そうですね・・・。南大陸に来た時でまだ一年にもなっていなかったですから、それからこっちで一ヶ月とちょっとは過ぎたから・・・。でもまだ一年にはならないです。」
 
「な、なんだと!?」
 
 ディレンさんが大声を上げた。
 
「二人とも入団してそのくらいなのか!?」
 
「はい。俺はこいつより一ヶ月早いだけですから・・・たいして変わらないですね。ははは・・・。」
 
 カインが答える。
 
「笑いごとではないぞ!若いとは思っていたが・・・しかしそんな若くて経験の浅い剣士を、よく団長は黙ってこっちに派遣したものだ・・・。」
 
 この言葉にカインも私も胸が痛んで黙り込んだ。
 
「・・・どうした?」
 
 ディレンさんが怪訝そうに私達を見る。
 
「剣士団長は・・・亡くなられたんです・・・。」
 
「な・・・・!!」
 
 ディレンさんは顔色を変えた。
 
「そ、そんな・・・。それはいつの話だ!?」
 
「2日前のことです・・・。」
 
「・・・2日前だと!?教えてくれ、どういうことなんだ!?」
 
 私達はディレンさんに、ハース城で起きた出来事を話した。冒険家は顔色を変えたディレンさんを見て、「見回りをしてくるよ」と私達から離れていった。ディレンさんと一緒にいるのなら、この人は信用してもいいような気もしていたが、本人が進んで席を外してくれたことでやはりほっとした。
 
「なんてことだ・・・。」
 
 ディレンさんは話を聞き終えて、ため息をついた。顔を覆った手の間から、涙が流れている。
 
「いつか・・・私の気持ちの整理がついたら、一度会いに行こうと思っていたんだ・・・。剣士団に戻る気はなくても、団長に世話になったことに変わりはない・・・。いつか・・・きちんと礼を言おうと思っていた・・・。なのに・・・もう会えないのか・・・。」
 
「俺が・・・一人で戻ってくればよかったのか・・・でも俺一人ではハース城の剣士達を相手に出来たかどうか判らない・・・。俺はどうすればよかったのか判らないんです・・・。」
 
 カインの目からも涙がこぼれた。
 
「どうすればいいのかなんて・・・誰にもわからんさ・・・。そういう時は、自分の心に聞いてみることだ・・・。自分が今どうしたいのかとな。それしかないんだ・・・。」
 
 ディレンさんは鼻をすすって、涙を拭きながらカインを見た。
 
「自分の心に・・・。」
 
「そうだ。そうしているうちに道が見えてくることがある。私だってそうだ。カナから戻ったあと、何度願い出ても南大陸に戻らせてもらえず、考えに考えて出した結論が剣士団からの退団だった・・・。キリーを傷つけることはわかっていた・・・。でもあのときの私には、それ以外の方法がどうしても見つからなかったんだ・・・。」
 
 カインは黙ったまま寂しそうに頷くと、そのあとはもう喋らなかった。
 
「ディレンさん・・・。」
 
「ん?」
 
「今はどうなんですか?今も・・・剣士団を辞める以外の方法がなかったと思いますか?」
 
 ディレンさんはしばらく私を見つめていた。
 
「・・・未だにわからん・・・。あったかも知れないし、なかったかも知れない。」
 
「まだ結論は出ていないんですね。」
 
「そうだな・・・。だが今、これだけはわかる。ハース鉱山を失ったことで、エルバール王国が未曾有の危機に瀕していることと、私がそれに対して出来ることがあるとすれば、今までのように南大陸で人々を守っていくことだけだ・・・。」
 
「・・・・・・・・・・・・。」
 
「さあ、そろそろ出かけよう。ハース渓谷の入り口は、我々が通ったときはモンスターの気配がなかったが、今はどうかわからない。ひとかたまりになって、慎重に進まなければならないだろうな。鉱夫達はみんなカナに向かうのか?」
 
「いえ・・・。多分南のほうの小さな集落に住んでいる人達もかなりいるみたいですし・・・あの元衛兵達はどこから来たのかわからないですけど・・・。」
 
「北大陸まで連行していくか?」
 
 ディレンさんが尋ねた。
 
「でもハース鉱山から逃げるとき、あの人達は先頭に立って鉱夫達を誘導してくれたんです。操っていた人間も、もういないことだし、そこまでするべきかどうか・・・。」
 
「・・・そうか。それじゃその件は、カナと南方面への分岐点まで行ってからもう一度考えよう。」
 
「そうですね。」
 
 みんな立ち上がり、また歩く準備を始めた。強そうな戦士や冒険家達が来てくれたことで、鉱夫達はみんな精神的にも落ち着いたらしい。すっかり元気を取り戻し、おかげで早く進むことが出来た。ハース渓谷の入り口にさしかかったときはみんな緊張したが、渓谷内は静まりかえっており、今はもうあの地響きも聞こえてこなかった。
 
「あのモンスター達はどうしたのかな・・・。」
 
 カインが渓谷の奥をのぞき込みながらつぶやいた。
 
「まだあそこにいるのかも知れないよ。」
 
「静かだな。廃液が止まったのを確認でもしたのかな。」
 
「結構賢いモンスターもいるから、そうなのかも知れないね。」
 
「・・・これを機にモンスター達がおとなしくなってくれるといいんだけどな・・・。ハース鉱山は当分入れないだろう。ナイト輝石はともかく、鉄鉱石などの武器防具の材料の供給もしばらくは止まるってことだ・・・。」
 
「そうだね・・・。」
 
「そのあたりの情報をうまく操作しないと、風評ばかりが先に立って武器や防具の値版が跳ね上がるって事も考えられるぞ。」
 
 私達の後ろをディレンさんと並んで歩いてくる冒険家の声がした。
 
「すでに南大陸を歩く商人達の耳には届いているかも知れないぞ。あの連中はそう言う情報に耳ざといからな。」
 
 ディレンさんが答える。
 
「そういやディレン、お前と一緒にあの商人達を助けたってのはこの二人だよな?」
 
「ああ、そうだ。」
 
「商人・・・?休憩所の近くで襲われていたバンドスさん達のことですか?」
 
 そう言えば、バンドスさん達は休憩所の近くまで冒険家と一緒に来たと言っていた。それがこの人だったのか・・・。
 
「そうだよ。しかしあの連中がそんなひどい目に遭っていたとは申し訳ないことしたな。あの休憩所の手前から南に延びる道の通りに前人未踏の洞窟があるとか聞いたもんだから、どんなところなのかとわざわざ行ってみたんだよ。これがとんでもないガセネタでなぁ・・・。奥行きなんて全然ない、ただの洞穴なんだから、そりゃ誰も入らんわなぁ。」
 
 冒険家は笑い出した。
 
「そんなガセに踊らされるほうが悪いのさ。」
 
「ふん!俺は冒険家なんだ。冒険を求めて何が悪い。」
 
「君にもう少し情報の真贋を見極める目があったら、あの商人達はあんな危ない目に遭わずにすんだだろうな。」
 
「それはどうかな。俺一人じゃぼこぼこにされていたかも知れないぞ。」
 
「私は君の腕がどの程度かくらいわかるぞ。それに、襲われたのが同じ場所なら我々も応援に駆けつける事が出来たわけだから、もっと早く片をつけることが出来ただろうな。」
 
(この二人結構息が合ってるみたいだな・・・。)
 
(知り合ったのは多分バンドスさん達を助けたあとだろうから、きっとウマが合うんだね・・・。)
 
 南大陸という場所に、ディレンさんが居場所を見つけているのは確かだった。帰ったらキリーさんに教えてあげよう・・・。
 
 やがて私達は、カナ方面と南大陸南部へと向かう道の分岐点に来ていた。ちょうど暗くなり始めている。
 
「今夜はここで野営か・・・。大所帯だからいくつかに分けよう。」
 
 砂漠の中では雨に降られる心配はない。私達はいくつかのグループに分かれ、それぞれ野営の準備を始めた。
 
「カイン、クロービス。」
 
 ディレンさんと冒険家がやってきた。
 
「あの衛兵達を集めたほうがいいのじゃないか。あまり暗くなる前に少し話を聞いておいた方がいいと思うんだが。」
 
 私達と一緒に逃げてきた黒騎士達の数は10人ほどだった。抵抗する様子もなく、みんな素直に呼びかけに答えて集まってきた。
 
「カイン。」
 
「ん?」
 
「尋問は君に任せるよ。」
 
「俺よりディレンさんのほうが・・・。」
 
 カインの答えは歯切れが悪い。
 
「私が彼らに尋問をする権限はないよ。私は今ただの剣士でしかない。君達は正式な王国剣士なのだから、彼らの話をきちんと聞いて、報告を王宮に持ち帰る義務があるだろう。」
 
「私が聞いてもいいけど、多分君のことだからまた『丁寧すぎる』だの『敬語を使うな』だの言いそうだしね、だから君に任せるよ。聞きたいことがあれば私からも質問するから。」
 
 私はカインを元気づけるために意識して明るく言った。カインが自信なさそうにではあるがうなずいてくれてほっとした。だが、私が仕切る役を買って出なかったのはガラじゃないと言うことはもちろんだが、何よりもまずウィローのためだった。彼らの話を聞いて、またイシュトラに対する憎しみが燃え上がらないとも限らない。気をつけていなければ何をするかわからないような、そんな不安が未だにあった。
 
「それじゃ・・・。」
 
 カインは立ち上がり、元ハース城の衛兵達を見渡して口を開いた。
 
「さてと、今まで一緒に行動してきたんだ、今さら逃げたり暴れたりすることはないと信じることにして、お前達があの城に来た経緯から聞かせてくれないか。」
 
「ここにいる連中はみんな似たようなもんだ。」
 
 中の一人が話し始めた。
 
「まず名前を教えてくれ。」
 
「俺はゲイルだ。今ここにいる連中の中では一番古い方だ、と言ってもまだ3年ほどだがな。」
 
「あのイシュトラってやつに雇われたのか?」
 
「そうだ。だが直接じゃねぇよ。あのキザ野郎は俺達のことなんて消耗品程度にしか考えていなかったろうな。いつもキンキラキンの長ったらしい服を着て、ゴミでも見るような目で俺達を見やがる。全く虫の好かねぇ野郎だったぜ。くたばってくれてせいせいしたよ。」
 
「あの男の手下がいたってことか・・・。そいつは今どこにいるのか知らないか。」
 
「リーデンのことか。」
 
「手下はリーデンというのか。」
 
「俺が知ってるのはそいつだけだ。他にもいたようだが、何人いたかもどんなやつがいたかもわからん。リーデンなら、とっくにハース城を出て北大陸に向かったよ。」
 
「北大陸に!?いつのことだ!?」
 
「王国剣士がデール様の娘とか言うやつをつれて来たあとのことさ。」
 
「デール様?」
 
「ああそうだ。イシュトラのやつは俺達には自分を『デール様』と呼ばせていたんだ。何でそんなことをしていたのかは知らなかったがな。外では絶対に『イシュトラ』と言ってはならん、一言でも口に出せば風水の呪文の実験台にしてやるって脅されたんだ。」
 
 ランディさん達の休憩所で聞いたあの耳障りなだみ声もそう言っていた。『鉱石の採掘量が少ないのでデール様がお怒りだ』と・・・。ハース城にいる鉱夫達は騙しようがないとしても、そのほかの坑道で作業をしていた鉱夫の一人一人がすべて、ハース場内でデールさんが専横の限りを尽くしていると思いこむようにし向けていたのだ・・・。
 
「それで、そのリーデンてやつは何で北大陸になんぞ行ったんだ!?」
 
「俺達のような下っ端がそんなこと知るわけねぇじゃねぇか。だがあのとき、その連中が現れてからはリーデンの機嫌が最悪だったからな、多分あのキザ野郎も相当いらついていたんだろうな。思うに、あのとき城に来たのはあんたらだったんだろう?」
 
「そうだ。そこにいるのが「本物」のデールさんの娘さんだよ。」
 
 カインがウィローを目線で示した。ゲイルはちらりとウィローを見たが、すぐに視線をそらした。
 
「デールって名前の人間があの城にいたなんて、俺達は知らなかったんだ。俺は元々このあたりを縄張りにしている盗賊団の一員だったんだが、南大陸から剣士団が撤収してからは旅人も用心するようになったから実入りが悪くてな。どうしたものかと考えていたところにいいもうけ話があると言われてハース城に来たんだ。制服みたいな黒い鎧兜一式に武器も与えられて、威張り散らしていられるし、三度の飯にもありつけるし、最初はこんなにいい仕事はないと思っていたよ。」
 
「今はそう思っていないのか?」
 
「今よりもっと前からだ。俺があの城に雇われたときに一緒にいた衛兵は、今これだけの人数が残っている中に一人もいないんだぜ?何でだと思う?」
 
「・・・死んだってことか・・・。」
 
「そうだ。あの城の中はナイト輝石の廃液の匂いがいつだって充満していた。どんなに分厚いマスクをしてみたところで、完璧に防ぎきれるわけじゃないんだ。そして仲間の死体をあの地下室に捨てに行くのも俺達だった。その間あのイシュトラは・・・二階にこもってただ偉そうに命令をしていただけだ。俺達は・・・自分が倒れるのが先か、隣のやつが倒れるのが先か、そんなことばかり考えるようになっていったんだ・・・。」
 
「それなら何で鉱夫達に乱暴に接していたんだ?同じ立場なら協力して逃げ出すとか言う考えは浮かばなかったのか?」
 
「そしてむざむざ殺されろって言うのか?へっ!ばかばかしい!そんな算段をしようとしただけで、リーデンの野郎が黙っちゃいねぇよ。あいつは腕利きだ。そして何より残忍なことこの上ない。死んだ鉱夫の体を使って自分の剣の試し切りをするようなやつだぞ!?しかもへらへら笑いながらな。あんなやつに逆らってみろ、盗賊稼業のほうがまだましな死に方が出来るかも知れないと思うような目に遭わせられるのが落ちだ。」
 
「・・・なるほどな・・・。それじゃさっきの質問に戻るが、そのリーデンてやつが何しに北へ向かったかは本当に知らないんだな?」
 
「くどいな!知らねぇよ!」
 
 ゲイルはふてくされたようにそっぽを向いた。本当に知らないらしい。ゲイルの言うとおり、イシュトラにとっては、彼らも鉱夫達と同じ『消耗品』でしかなかったのだろう。
 
「それじゃどこへ行ったのかはどうだ?それも知らないのか?」
 
 ゲイルはうるさそうにカインを見たが、黙ったまま少し考えていた。
 
「・・・やつが俺達に自分達の事なんて話したりすることは絶対にないが・・・ただ、一度だけ王宮がどうのとか言っていたのを聞いたことがある。いつの話だったかも忘れちまったがな。」
 
「王宮・・・。」
 
 カインの瞳に絶望の影がよぎった。そのリーデンというのが、たくさんいたらしいイシュトラの配下の一人であることは間違いないのだろう。その人物が王宮について何かを話していたとすると、いよいよ一連の出来事の黒幕がフロリア様であるということが、信憑性を帯びてくる。
 
「言っとくがな、だからってリーデンが王宮に行ったかどうかなんて俺は知らんぞ!あとで嘘言いやがってなんて言われるのはごめんだからな!」
 
 ゲイルが叫んだ。
 
「わかったよ。で、お前達はこれからどうするんだ?」
 
「・・・どうするのかだと・・・?」
 
 ゲイルの瞳に怒りが走った。
 
「ふざけやがって!俺達の行く先なんぞ決まってらぁ!王宮の地下牢か死刑台のどっちかしかねぇじゃねぇか!」
 
「バカ言うな。お前ら全員を北大陸までなんぞ連行していけるか!」
 
「・・・どういうことだ・・・。ま、まさかここで全員・・・!?」
 
 そこにいた元黒騎士達全員が恐怖で顔をこわばらせた。
 
「あのなぁ・・・俺達は王国剣士だぞ?王国剣士は人間は愚かモンスターだって絶対に殺したりしないんだ!」
 
 ゲイルはまだ疑わしそうにカインを見つめ、隣にいた冒険家に視線を移しながら叫んだ。
 
「だ・・・だが・・・こいつらがいるじゃねぇか!この連中は冒険家だの何だのと能書きをたれていやがるが、所詮金目当ての傭兵みたいなもんじゃねぇか!金さえつかませればどんな汚れ仕事だってやるだろうが!」
 
「ばっかやろう!見損なうな!」
 
 突然立ち上がってゲイルを怒鳴りつけたのは冒険家だった。冒険家はゲイルの胸ぐらをぐいとつかむと、止める間もなく殴りつけた。
 
「俺は冒険家だ。そしてこの稼業に誇りを持っているんだ!金を見せられればすぐにしっぽを振るようなバカどもと一緒にするな!」
 
「やめろ!」
 
 ディレンさんが立ち上がり、冒険家を押さえつける。
 
「ゲイルと言ったな。私達は確かに王国剣士ではないが、だからといってむやみに人の命を奪ったりはせん。我々の願いは平和だ。そして今我らがここにいるのは、君達や鉱夫達の安全のためだ。」
 
「この人の言うとおりだ。俺達は別にお前達を殺したりする気はさらさらない。聞かれたことに対しても素直に答えてくれたしな。だからお前達が望むなら、このあとそれぞれ故郷に帰る人達について自分の家に帰ってもかまわないかと思うんだが・・・。クロービス、お前はどうだ?」
 
 カインが私に振り向いた。
 
「そうだね・・・ここまで他の人達を守りながら来てくれたんだし、今の話を聞いた限りではこの人達は誰も殺していないようだから、いいんじゃないかな。だけど一つだけ条件がある。それをのんでくれるなら、北まで連れて行ったりする必要はないかと思うんだけど。」
 
「・・・俺達は・・・誰も殺しちゃいねぇよ・・・。死んだ奴の死体を運んでいただけだ。だが・・・おい、そっちの細っこいだんな!あんたの条件てなぁなんだ!?」
 
 細っこいと言う言葉に、カインが笑いそうになったのがわかった。
 
「・・・だんなって言われるほどの年でもないんだけど・・・まあいいか・・・。」
 
 小さな声で言ったつもりだったのに、後ろでウィローがクスリと笑う声がした。ゲイル達の話を聞いている間中、ウィローの心の中は穏やかとは言えなかったが、それほど激しい変化は感じられなかった。彼らが下っ端の衛兵でほとんど重要なことを知らされていなかったことは、カインと私にとっては残念なことだったが、ウィローにとってはよかったのかも知れない。
 
「簡単なことだよ。この先あんた達はまた仕事を探さなくちゃならないと思うけど、今度は絶対まっとうな仕事についてほしい。また盗賊稼業に戻られては困る。」
 
「まっとうな仕事だと?」
 
「そうだよ。」
 
「俺達はな、あんたらから見ればみんな『ならず者』と呼ばれるような奴らばかりだ。そんな連中を雇うような酔狂な奴はいないし、第一今の南大陸に、ハース鉱山以外の働き口があるとは思えねぇがな。」
 
「それはそうだけど・・・。」
 
「ならあとは古巣に戻るしかねぇじゃねぇか。」
 
 確かにその通りだ。だがこの元衛兵達が心底悪に染まっているというわけでないことは、今までの行動で証明されたと思っている。何かいい方法はないものだろうか・・・。
 
「そうとも限らんぞ。」
 
 口を挟んだのはディレンさんだった。
 
「無理すんなよ。どうせ俺達はもうカタギの世界になんぞ戻れねえのさ。北大陸でもどこでも連れて行けばいいさ。」
 
「お前達は剣の腕はなかなかのようじゃないか。その腕を生かして私達のようにこのあたりの見回りをしないか?」
 
「・・・・な・・・なんだとぉ?俺達が見回り・・・・バカ言うなよ。今さら王国剣士のまねごとなんぞ出来るか!」
 
「なぜ出来ない?剣の腕さえあればそれほど難しくはないと思うが。南大陸を旅して歩き、モンスターに襲われている人々を助けたりする仕事だ。確かに危険な仕事だが、まっとうな仕事であることはもちろんだし、このあたりのモンスターはなかなかいいものを持っている。実入りも悪くないぞ。ゲイル、盗賊団にいたのならお前にはわかるだろう。」
 
「い・・・いや、それはそうだが・・・・・。」
 
 ゲイルは戸惑っている。カインも私も驚いていた。何とも大胆な発想だ。イシュトラの手下として忌み嫌われ、自分達でも世間の鼻つまみ者であると認めている彼らを・・・。
 
 でも確かにこれはいいことかも知れない。今回のことで、南大陸への剣士団再派遣は絶望的になった。私達だって北大陸に戻れば、もう二度とここに戻ってくることは出来ないかも知れない。でも今だって南大陸にはたくさんの人々が暮らしているのだ。誰かが守ってやらなければ、女子供までが剣の稽古に励まなければ外も歩けない世界になってしまう。昔『我が故郷亭』で冒険家と話したような、考えたくもないと思っていた世界が現実になってしまうのだ。
 
「幸いお前達にはハース城から持ってきた武器と防具がある。一通り見せてもらったが、みんななかなかの出来だ。その装備なら、このあたりの巡回には十分だろう。まっとうに生きていくつもりなら、どこの村に行っても歓迎を受けられるし、商人達だって取引に応じてくれる。別に心を入れ替えろの何のと説教くさいことを言うつもりはないが、あとはお前達が誰かを脅したり、嫌がる相手から金品を奪ったりなどと言うことさえしなければ、うまくいくと思うのだがな。」
 
 元衛兵達は顔を見合わせながらガヤガヤと話し始めた。ディレンさんはカインに向かって声をかけた。
 
「君のほうの話は終わりか?」
 
「あ、はい。そうですね・・・。もうこれ以上何を聞いても知らないみたいだし・・・。」
 
「そうか。ではここからは私が話そう。お前達も今聞いただろう。王国剣士がお前達を放免してくれるための条件は、みんながまっとうな仕事に就くことだ。そこで今私は一つの提案をした。私達としても人手は出来るだけほしいところだ。だが誰でもいいというわけにはいかない。南大陸の情勢は、日を追うごとに厳しくなって来ている。この地で生き延びていけるだけの腕と知恵がなければならんのだ。今すぐに結論を出せとは言わん。明日の朝聞かせてくれ。もちろん、他に当てがあるのなら私の申し出を断ってくれてかまわない。だが、盗賊だの追いはぎだのに戻るつもりで出て行くのなら、次に会った時には容赦はせん。さあ、話は終わりだ。今日はゆっくり休んでくれ。不寝番は王国剣士と私達だけで十分だ。」
 
 元衛兵達はひとかたまりになって、自分達の野営場所に戻った。かなり戸惑っているのはわかったが、彼らがどんな結論を出すかまでは私にもわからない。
 
「大胆な発想ですね・・・。」
 
 カインがディレンさんに声をかけた。
 
「このまま罪人として北に送ってしまうのはもったいないからな。君達だっていつまでもこっちにいられるわけじゃないんだし・・・。あとは明日の朝だ。いい方向に結論を出してくれるといいんだがな・・・。」
 
「でもディレンさん達に負担がかかりませんか。」
 
「しばらくはそうだろうな。だが、それで少しでも南大陸の人々を守ることが出来るのなら、私の負担など気にするほどのことではない。さてと、不寝番を決めよう。それぞれの野営場所ごとに二人はいないと、砂漠での野営は物騒だからな。」
 
 ディレンさんはそう言うと、隣で不機嫌そうに黙っている冒険家の肩を叩いた。
 
「フリッツ、君もそう怒るな。」
 
「・・・わかってるよ。ま、あんな言われ方をするのは初めてじゃないしな・・・。でも何回聞いても腹が立つけど・・・。」
 
 この人の名前はフリッツさんというのか・・・。そう言えば『我が故郷亭』で一緒に飲んだ次の日、ハリーさん達が酔っぱらいを取り押さえようとしているところでもう一度出会ったが、とうとう名乗りあわずに別れてしまった。
 
「では君達はこの場所の不寝番を頼むよ。他は私達が何とかしよう。何かあったら知らせてくれ。」
 
「ディレンさん、フリッツさんも・・・お世話になりました。」
 
「礼を言われるようなことはないさ。私はフロリア様に忠誠を誓う気はないが、別にフロリア様を憎んでいるわけではない。それに・・・この王国は私達の国だ。自分達の国を守るのは当然のことさ。」
 
 ディレンさんとフリッツさんは、他の戦士達と不寝番の取り決めをするからと離れていった。今私達のいる野営地には、カナに向かう人達がほとんどいる。ディレンさん達が離れていったあと、ロイが近づいてきた。
 
「不寝番するならつきあうぞ?」
 
「いや、大丈夫だよ。この近くにモンスターの気配もないし・・・。まだみんなハース城に集結しているのかも知れないしね。」
 
「そうか?ならいいんだけど・・・。」
 
「みんな疲れているだろうから、休んでくれていいよ。不寝番は俺達に任せてくれ。」
 
「そうか・・・。それじゃお言葉に甘えて寝るとするか・・・。」
 
 ロイは立ち去りかけて足を止め、振り向いた。
 
「なあクロービス、ちょっとつきあわないか?」
 
「え・・・・?ああ、いいけど・・・。」
 
 ロイは私の腕を引っ張り、カインとウィローがいる焚き火から少し離れた場所まで来た。
 
「・・・ウィローのことなんだけど・・・。」
 
「ウィローの・・・?」
 
「うん・・・。この間からずっとふさぎ込んでいるからな・・・。ちょっと心配になって・・・。」
 
「19年もずっと会いたかったお父さんがもう亡くなってたってわかったんだからね・・・。立ち直るにはしばらくかかるかも知れないよ。」
 
「でも仇はもう死んじまったわけだしなぁ・・・。」
 
「死んだからってはいそうですかって気持ちを切り替えられるわけじゃないと思うし・・・。落ち着くのを待つしかないんじゃないかな・・・。」
 
「そうだよな・・・。でもウィローのことだから、そのイシュトラって奴を自分の手で殺してやりたかったんじゃなかったかなと思ってな。目の前で自殺されたりしたら、なかなか思い切れないよな・・・。」
 
「もしもウィローがそんなことをしようとしていたら、私が必ず止めていたよ。あのとき私達がしたかったのは廃液を止めることだ。あの男を殺す事じゃないんだ。それに・・・どんな理由があったって、ウィローにイシュトラを裁く権利なんてないよ。もちろん私にもカインにもない。あれほどの大罪を犯した人間を裁くことが出来るのは、フロリア様と牢獄の審問官達だ。あとは御前会議のメンバーくらいのものだろうな。エルバール王国の法律でそう決まっているんだ。」
 
「あんたはそう言うだろうな。確かに俺も、どんな理由があれウィローに人殺しになんてなってほしくない。でもな、理屈はどうあれ、あの男はウィローの親父さんを殺した奴じゃないか。それに、そいつが仮にあの時死ななかったとして、王宮に連れ帰ってどうなる?裏で糸を引いていたのはフロリア様だって話なんだろう?」
 
「・・・・・・・。」
 
 ウィローの憎しみの心は、未だに私の心の中をゆらゆらと漂っている。強く入り込んでくることはないが、消える気配もない。それはロイの言うように、自分の手でイシュトラを葬れなかったことに対する後悔なのだろうか。それにとらわれているために憎しみを消し去ることが出来ず、自分でもどうしていいかわからずに戸惑っているのだろうか。だとしたら・・・あのとき止めた私を・・・ウィローは恨んでいるのかも知れない・・・。
 
「・・・ごめん、あんたを責めても仕方ないんだけどな・・・。」
 
 ロイは私の沈黙を、責められたことで言葉を詰まらせているのだと思ったらしい。私はあえて否定しなかった。
 
「仕方ないよ・・・。でもロイ、そのフロリア様の話は、はっきりと確認できた話じゃないから、出来ればあんまり他の人には話さないでおいてくれないか。」
 
「そうだな・・・。カナには商人達も来るし、おかしな噂が広がるのはよくないからな・・・。」
 
「ありがとう・・・。」
 
「いや、俺のほうこそ手間取らせたな。お休み。」
 
 ロイと別れて焚き火のところに戻ると、ウィローが心配そうな顔で待っていた。
 
「ロイの話は何だったの?」
 
「たいしたことじゃないよ。あの衛兵達のことが心配だったみたいだ。」
 
 とっさに嘘をついた。カインにはあとで本当のことを話せばいい。でもウィローには今の話の内容は知られたくない。
 
「さっきの話を聞いていたからな・・・。何か言っていたか?」
 
「いや、ここまで無事に来たんだから大丈夫だろうって言ったら、納得してくれたみたいだよ。」
 
「そうか・・・。あいつらを放免するなんて、他の鉱夫達はどう思うかな・・・。」
 
 カインは不安そうだった。
 
「きっと大丈夫だよ。わかってくれるよ。」
 
「そう願うしかないだろうな。」
 
「そうだね。」
 
「それじゃ、クロービス、ウィローももう寝ろよ。疲れただろう?」
 
「そうだね。それじゃ、交代までよろしく。」
 
「ああ、まかせとけ。」
 
 
 夜が更けて、私はカインと交代しようとテントを出た。野営地は静まりかえっている。今日は他にも腕の立つ冒険者達が一緒なので、野営地の結界は張らなかった。それに自分達のところだけ張るわけにはいかないし、他のところも全部私一人で呪文を唱えていたら、不寝番どころか2〜3日眠り込んでしまいそうなほど疲れてしまう。でも今のところモンスターらしきものが襲ってきた気配はない。
 
「カイン、交代の時間だよ。」
 
 カインは振り向き、そして空を仰いだ。
 
「もうそんな時間か・・・。」
 
「モンスターは?」
 
「全然。」
 
「盗賊も?」
 
「一人もいない。静かなもんだよ。」
 
「いつもこうだといいんだけどな。」
 
「ははは、そうだな・・・。クロービス。」
 
「ん?」
 
「本当のところを聞かせろよ。ロイの話は何だったんだ?」
 
「あ、ばれてた?」
 
「あれほど見え透いた嘘じゃばれて当たり前だ。ロイは俺があの衛兵達を尋問しているのを聞いていたはずだからな。あとからお前だけ呼び出して文句を言うなんて不自然じゃないか。」
 
「まあ君をだませるとは思ってなかったからね。・・・ウィローに聞かれたくなかっただけだよ。」
 
 『ウィローに・・・』のところだけ私は声を落とした。
 
「やっぱりな。で?ロイは何だって?」
 
 私はさっきのロイの話をカインに聞かせた。そしてハース城の中で、どうして私が『防壁』作りにカインの手を借りたのか、そしてそれをなぜウィローに知られたくなかったのかも。
 
「なるほどな・・・。確かにウィローの立場なら、俺だってあの男を自分の手で殺してやりたいと思うだろうな・・・。」
 
「感情だけなら私だってそう思うよ。でもそれだけはどうしてもさせられない。ウィローに人殺しをさせるくらいなら、私が恨まれていた方がいいよ・・・。」
 
「俺にはウィローがお前を恨んでいるとは思えないけどな。」
 
「そうならうれしいけどね・・・。」
 
「だいたい、恨んでいる相手の横っ面を思わずひっぱたくほど心配したり出来るはずないじゃないか。ハース城の地下でウィローが俺の上に落っこちてきた時、俺の腕をつかんで泣きながら『クロービスが死んじゃう、クロービスを助けて!』って、半狂乱だったんだぞ。」
 
「・・・・・・・・。」
 
「・・・剣士団長がお前を助けに行くって言ってくれたけど・・・でも俺はどうしても自分でお前を助けに行きたかったんだ。ウィローは団長と一緒なら安全だからな。」
 
「モンスター達が飛びかかってきた時・・・もうだめかと思ったんだ。でも君が来てくれたとたんに、なんだか切り抜けられるような気がしてきたよ。私が今ここにこうしていられるのは君のおかげだよ。カイン・・・ありがとう・・・。」
 
「俺とお前はコンビを組んでいるんだから当たり前さ。俺達二人なら、きっとどんなことだって切り抜けられるさ。」
 
 カインはにっと笑った。
 
「・・・剣士団長のこともね・・・。」
 
 私の言葉にカインの顔から笑みが消えた。カインが団長のことを、ずっと口に出せずに一人で悩み続けていることはわかっていた。でも一人で抱え込むより、吐き出してしまったほうが楽になれるはずだ。
 
「君が団長のことでどれほど悩んでいるのか、私にはわかるよ。でもね、一人で悩まないで、一緒に解決していこうよ。」
 
「・・・解決出来る時なんてくるのかな・・・。」
 
「来るよ、きっと。」
 
「でも団長は死んじまったじゃないか・・・。」
 
 カインの瞳に涙がにじみ、声が震えてきた。
 
「・・・その事実は変えられないけど・・・でも何か、私達に出来ることがあるはずだよ。まずはこれ・・・。」
 
 私はなくさないように自分の指にはめていた団長の指輪をカインに向かって見せた。
 
「これをセルーネさんに渡すって言う約束は果たさないとね。」
 
「・・・団長がセルーネさんにしてた約束って言うのは・・・やっぱり結婚のことなんだろうな・・・。」
 
 カインが言いながら鼻をすすった。
 
「たぶんね・・・。」
 
 私は指輪をはずして荷物の中にしまい込んだ。団長は、私達と一緒に橋を渡ってくることも出来たはずだ。そしてこちら側から橋を落としてもよかったはずだ。当然危険は増す。怒り狂ったモンスター達は、廃液の中に落ちようがどうしようが、私達を追ってきただろう。でも逃げることが不可能だったわけじゃない。なのに団長はそうしようとはしなかった。たった一人で来た道を戻り、モンスター達に立ち向かっていった・・・。
 
「愛より使命か・・・。」
 
 カインがぽつりとつぶやいた。
 
「ガウディさんも剣士団長もね・・・。」
 
「・・・お前ならどうする?」
 
「わからないよ・・・。ただ、どちらかを選ばなければならないなんて言う状況には出会いたくないな・・・。」
 
「そうだよな・・・。」
 
 少しの沈黙のあと、カインがまた話し始めた。
 
「なあ、クロービス、お前の『防壁』のことだけど・・・また前みたいに練習しないか。」
 
「そうだね。がんばらないとね。」
 
「でないと、お前が誰かに手伝ってもらっているうちは、『防壁』の弱点は克服できないってことになるじゃないか。」
 
「うん・・・。私が100%自分の力で作れるようにならないと・・・・。」
 
「ハース渓谷で別れる前はほとんど自分一人で出来ていたはずだし、きっとあともう少しで完璧になれるさ。それに・・・。」
 
 カインの声のトーンが落ちて、顔が少しこわばった。
 
「正直なところ・・・俺の頭の中もぐちゃぐちゃなんだ・・・。俺が手伝って今のところは何とかなっているとしても、もしも俺が自分の感情をもてあまして暴走したら・・・。」
 
「きっとそんなことにはならないよ。そうなる前に私がいるじゃないか。」
 
 カインの顔に少しだけ笑みが戻った。
 
「そうだな・・・。」
 
「もっと頼りにしてくれなくちゃ困るなぁ。」
 
「ははは・・・そうだよな、ごめん・・・。」
 
「わかればいいよ。あとね、その練習のことだけど、今日からカナに戻るまでは、そのことよりも別な練習をしたいんだ。」
 
「別な?」
 
「ガウディさんの傷を治す方法のことだよ。」
 
「あのファイアエレメントの力を使ってっていう話だよな?」
 
「そう。この力を最小限に絞ってあの傷にこびりついている砂粒みたいなものをきれいに落とせれば、きっとあの傷は治るよ。元々そんなに深い傷じゃないんだから。」
 
「あの粒はもしかして・・・。」
 
「ナイト輝石だと思うよ。ロコのかぎ爪にしみこんでいた廃液が、再結晶化したのかも知れない。」
 
「やっぱりそうか・・・。と言うことはガウディさんの傷からは、廃液の毒が直に体の中にしみこんでいっているわけなんだな・・・。」
 
「うん・・・ガウディさんが怪我をしてからもう3ヶ月近くになる。毒素はかなり体の中に入り込んでいるはずだ。毎日薬を飲んでいるみたいだから今は何とかなっているけど、それでもかなり弱っているはずだよ。」
 
「でもその力を操れるように練習するって事は・・・あれもやっぱり呪文なんだろう?」
 
「そうだよ。でも大丈夫。倒れるほどがんばりすぎたりしないから。」
 
「お前ならきっとすぐにうまくいくようになるよ。だから根をつめないってだけは約束してくれ。」
 
「わかったよ、約束する。」
 
「よし、それじゃ、俺は寝るよ。お休み。」
 
「お休み。」
 
 カインがテントに戻ったあと、私は焚き火に向かって『ファイアエレメントの力』をどこまで操れるかの練習を始めた。ガウディさんの傷を治すためには、あの砂粒ほどの黒い固まりをすべて取り去らなくてはならない。そのためには針のように細くこの力を繰り出し、それを正確に狙った部分に当てられなければならない。試しに地面に向かって呪文を唱えてみた。ジュッと音を立てて地面が小石ほどの大きさにえぐれた。これでは使えない。もっと細く、もっと小さく・・・。何度か練習を続け、さっきよりも少しだけ小さい範囲に炎を当てられるようになったところで練習をやめた。あともう少しでもっと力を絞ることは出来そうだったが、これ以上続けたら、不寝番の役に立たないほど疲れてしまいそうだ。
 
「焦らない焦らない・・・。」
 
 空を見上げて深呼吸をし、はやる気持ちを抑え込んだ。

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