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第17章 聖戦竜襲来

 
「ただいま。カイン、具合はどう?」
 
 部屋の扉を開けて声をかけると、
 
「お帰り。」
 
聞こえてきたのは三重唱。そこにいたのは、カインが薬を飲むところを睨むようにして見つめている、オシニスさんとライザーさんだった。
 
「カイン、熱は下がった?」
 
「下がった!もう寝てなんていないぞ!!」
 
 カインは起き出したくて、うずうずしているらしい。
 
「ばぁか!まだ夜になると出るくせに。」
 
 オシニスさんがカインの頭をぽかりと叩く。
 
「病人の頭を叩くなよ、まったく。お帰り、クロービス。僕達がいない間に薬を飲むのをさぼったらしくてね。まだちゃんとよくなっていないんだよ。」
 
 ライザーさんはあきれたようにオシニスさんを睨むと、私を振り返った。
 
「あんなにちゃんと飲むように言ったのに・・・いつまで休むつもり!?」
 
「ご、ごめん!!薬はどうにも苦手で・・・。」
 
 カインは頭をかいて申し訳なさそうに私のほうを見たが、その時ふと私の腕についている盾に目をとめた。
 
「あれ?何だよそれ。盾・・・みたいだな。お前そんなの持っていたっけ?」
 
 その言葉にオシニスさん達もこちらを見た。
 
「これは・・・もらったんだ。」
 
「もらったって・・・誰にだよ?出かける時はそんなの持っていなかったじゃないか。だいたいお前、剣士団長とどこに行ってきたんだ?」
 
「・・・・・。」
 
 思わず私は言葉に詰まってしまった。
 
「何だよ、深刻な顔して。何かあったのか?」
 
 カインの心配そうな声に、オシニスさん達も少し不安な面持ちで私を見つめている。行き先を隠したいわけではなかったが、うまい言葉が見つからない。説明しようとすれば長くかかるだろう。まずは剣士団長に言われた通りに、ライザーさんと団長の部屋へ行かなければならない。
 
「あとで説明するよ。それよりあの・・・ライザーさん、剣士団長がお呼びです。私と一緒に・・・。」
 
「僕に?君と二人で?」
 
「はい・・・。」
 
 カインが何か言いかけたが、オシニスさんが押しとどめた。
 
「俺はここで待ってるから、行って来いよ。今度こそ、こいつをベッドに縛りつけておかないとな。」
 
「わかった。行こう、クロービス。」
 
 私達は部屋を出た。
 
「何の用事なのかは聞いていないのか?」
 
 歩きながらライザーさんが私に尋ねる。
 
「・・・剣士団長と・・・島に行って来たんです。」
 
「島へ?」
 
「はい・・・。私の・・・父のことで・・・。」
 
「君の父上の・・・?どういう事なんだ・・・?」
 
 私は歩きながら、剣士団長の今回の旅の目的を、手短にライザーさんに話して聞かせた。話し終えてライザーさんを見上げると、その表情はこわばり、唇を血が出そうなほど噛みしめていた。
 
「君はどう思っているんだ?本当にサミル先生が何かの罪を犯して追われていると思うのか?」
 
「私は父を信じます。何があっても・・・信じると決めましたから・・・。」
 
 そのことについて迷いはない。剣士団長が何を知っていたとしても、私は父を信じるつもりだ。
 
「そうか・・・。僕も信じるよ。サミル先生がそんなことをされるはずがない。」
 
 その時ちょうど、剣士団長の部屋についた。
 
「ライザー、クロービス、入ります。」
 
 ライザーさんがノックをしてドアを開ける。剣士団長は窓際に立ち、窓の外の闇を見つめていた。
 
「呼びだてしてすまなかったな。」
 
「いえ、ご用件をおっしゃってください。」
 
 いつもと違うライザーさんの切り口上に、剣士団長はふっと微笑むと、
 
「そんな風に言うところを見ると、どうやらクロービスから一通りのことは聞いているようだな。」
 
 ライザーさんは答えない。
 
「ライザー、お前はサミルさんを知っているのだな?」
 
「はい。」
 
 どことなく強い語調に私は思わずライザーさんの顔を見た。挑戦的な・・・どちらかと言えば敵意のこもった光に満ちた瞳で、剣士団長を見据えている。この人のこんな瞳は今まで見たことがない。
 
「そうか・・・。クロービスの話によると昔病気を治してもらったそうだが・・・。」
 
「私の病気を不治の病だと信じ込んでいた母を説き伏せて、治療を施してくださいました。剣術も治療術も教えていただきました。今の私があるのはサミル先生のおかげです。私はあの方を信じています。」
 
 迷いなく言い切るその横顔に、父に対する揺るぎない信頼と尊敬が窺える。剣士団長はライザーさんの言葉を聞くと、ふと悲しげな表情を見せ、
 
「・・・わかった・・・。もう戻っていいぞ。」
 
 そう言うと、また窓の外の闇を見つめ始めた。剣士団長の部屋を出たあと、ライザーさんはしばらく黙っていたが、
 
「クロービス、少し外に出ないか・・・。」
 
 小さな声でそう言うと、まだ開いている玄関から王宮の庭に出た。今日は新月だ。引き絞った弓のような鋭利な月が空にかかっている。私達は黙って歩き続け、やがて中庭へと来ていた。庭の隅に腰を下ろす。見慣れたはずのこの庭も、夜の闇の中ではまた違った印象を受ける。ライザーさんは相変わらず黙ったままだ。だがよく見ると、肩が震えている。泣いていたのか・・・。
 
「ありがとうございました。あんな風に父のこと言ってくれて、嬉しかったです。」
 
「僕は・・・僕はサミル先生がお元気なうちになにも出来なかった・・・。サミル先生が犯罪者だなんて・・・王国にとっての危険人物だなんて・・・そんなことがあるものか・・・!それなのに・・・僕にはあのくらいのことしか言えない・・・!」
 
 その声は悔しさに震えている。
 
「そんなことないです。信じてくれて、父も喜んでいると思います。」
 
「礼を言うのは僕のほうだ・・・。そう言ってくれて嬉しいよ。ありがとう、クロービス。」
 
 ライザーさんはそう言うと涙を拭って、ほぅっとため息をついた。
 
「・・・グレイとラスティに会ってきました。それから・・・イノージェンにも・・・。」
 
「そうか・・・。」
 
 私は、島でのグレイ達との会話を全部ライザーさんに話して聞かせた。グレイ達の心配もイノージェンの不安も。
 
「そんなに心配してくれているのか・・・。」
 
「はい・・・。」
 
「・・・会いたいな・・・。みんなに。」
 
 みんなに・・・?本当はイノージェンに・・・会いたいのだろうな・・・。
 
「今度来る時はライザーさんの首に縄つけて引っ張ってこいって、ラスティに言われましたよ。」
 
「ははは・・・。あいつらしいな・・・。」
 
 既に雪の季節に入った島と違って、王宮のあるあたりはまだ暖かい。私達はしばらくそこで黙ったまま座っていたが、やがてライザーさんが腰を上げた。
 
「戻ろう・・・。オシニス達が心配しているかも知れない。」
 
 部屋に戻ると、やっとカインがおとなしくなったらしく、オシニスさんがテーブルに座って、私が外して置いていった盾を興味深そうに眺めている。
 
「遅かったな。」
 
「いろいろとね・・・。」
 
 ライザーさんの目のあたりはまだ少し赤く腫れている。オシニスさんがそれに気づかなかったはずはないだろうが、それでも何も言わなかった。
 
「クロービス、この盾はお前が行った先でもらったのか?」
 
「はい。」
 
「へえ。これはなかなかの優れものだぞ。腕につけて邪魔にならないし、軽いのにかなり丈夫に出来ている。お前みたいに弓を使ったりしても邪魔にならないだろう?」
 
 その『行った先』を聞こうとはせずに、オシニスさんは盾のことだけを聞いてくる。私が言わなければ、この人は多分何も聞かないのだろう。さっき私がカインに行き先を訊かれて言葉に詰まってしまったことで、気遣ってくれているのかも知れない。
 
「はい。帰りにずっと試してみましたけど、攻撃は防ぎやすいし、動きの妨げにならないので助かっています。」
 
「僕にも見せてくれ。」
 
 ライザーさんが手にとって盾を見ていたが、
 
「これは・・・多分ドリスさんが作ったんだね。あの人は昔武器職人で、ハース鉱山にいたこともあるって聞いたことがある。サミル先生が薬草取りに行く時のレザーアーマーも修理したりしていたからね。」
 
「そうですか・・・。ドリスさんが・・・。」
 
 そういえば、父は薬草取りに出かける前に、必ずドリスさんのところに行ってレザーアーマーや靴の修理を頼んだりしていた。だがドリスさんが武器職人だったとか、ハース鉱山にいたという話は初めて聞いた。彼もまた、私を思ってこの盾を作ってくれたのだろうか。
 
「クロービス、お前まさか今回行った場所ってのは・・・。」
 
 ベッドに横になったまま私達の会話を聞いていたカインが、思わず起きあがった。
 
「お前は寝てろ!」
 
 オシニスさんがカインを強引にベッドに押しつける。
 
「そうだよ。剣士団長の旅の目的は・・・私の父を捜すことだったんだ。」
 
 そして私は、今回の剣士団長の旅の目的や、思いかげない帰郷、懐かしい友達との再会などについて話して聞かせた。だが、何となくイノージェンのことは話せなかった。別に私がここで話さなくても、きっとライザーさんはオシニスさんに話すだろう。
 
「なるほどな・・・。そうすると結局お前の親父さんについては、何もわからなかったようなものか・・・。」
 
 カインが今度は寝たままつぶやく。
 
「そうだね・・・。仕方ないよ。あれ以上団長に詰め寄る気にはなれなかったし・・・。」
 
「それでライザーまで呼ばれたって訳か・・・。もしかして剣士団長は、お前がクロービスの親父さんから、何か団長にとって都合の悪いことでも聞いていないかどうか聞きたかったのかな・・・。」
 
 オシニスさんが首を傾げながら、テーブルの上で頬杖をついた。
 
「それはどうかな・・・。僕が島を出てからもう15年以上が過ぎてるんだよ。それに、サミル先生はそんなことをむやみに話すような人ではなかったよ・・・。さっきの団長の話も、僕が小さいころサミル先生に病気を治してもらったことについて聞かれただけだったし・・・。確かに変だな。団長は何のために僕をわざわざ呼んだんだろう。」
 
 確かにおかしい。団長の旅の目的が私の父のことだけなら、いくら同じ島に住んでいたとか、関わりがあったとか言うことはあるにせよ、ライザーさんは何の関係もない。それをわざわざ呼び出し、口止め一つしたわけではない。ライザーさんを呼べばオシニスさんにその話が伝わることも、承知であったとしか思えない。
 
 不可思議なことばかりの旅だった。結局父の死については謎が深まっただけだ。だがいつまでも考え込んでばかりいられない。私は荷物を解体すると、昨日余った食材を出すのを忘れないようにとテーブルの上に置いた。その中にはイノージェンの母さんが作ってくれた弁当のあまりもある。これは食べてしまわなくてはならない。
 
「カイン、食事はしたの?」
 
「したよ。でもなんだかまた腹が減ってきたな。」
 
「それだけ元気なら大丈夫だね。これ弁当のあまりだけど、食べる?」
 
「お、うまそうだ。」
 
 カインは目を輝かせている。この分ならすぐによくなるだろう。
 
「へえ、俺にもくれよ。さっきからこいつを押さえつけていたら、また腹が減ってきた。」
 
 オシニスさんも手を伸ばす。
 
「急いで出かけたのに弁当なんて持っていったの?」
 
 ライザーさんも不思議そうに私を見ながら、一つつまんで口に入れる。食べているうちに、顔中に懐かしそうな笑みが広がった。
 
「・・・島で作ってくれた人がいて・・・そのあまりなんです。」
 
「そうか・・・。」
 
 ライザーさんにはわかっただろう、その制作者が誰なのか。食べ物の記憶というのはかなり長く残るらしい。
 
「おお、うまいぞ、これ。」
 
「うん。これならもう明日から動けるようになりそうだ。」
 
 オシニスさんもカインもにこにこして食べている。イノージェンの母さんの料理の腕は、誰もが認めるところのようだ。
 
「オシニスさん、ライザーさん、本当にお世話をかけてすみませんでした。カインはあとは私が見張ってますから。」
 
「お、おい・・・。見張ってるはないだろう。」
 
 カインが慌てて口を挟む。
 
「いや、しっかり見張っておけよ。でないと、こいつはいつ寝床を抜け出すか判らないぞ。」
 
 オシニスさんがにやにやしている。
 
「薬は飲んだ振りして隠しておいたしなあ・・・。」
 
 ライザーさんもカインを横目で見ながら笑っている。カインをみると、『ヤバイ』と言った顔でとぼけたようにきょろきょろしている。ふとベッドの枕元を見ると、洗濯物がきれいに畳まれていた。
 
「あの・・・洗濯物までお二人で・・・?」
 
「いや、それはリーザだよ。僕達が来れない時にはハディとリーザが見てくれてたんだ。カインの洗濯物は全部リーザがやってくれたんだよ。」
 
 ライザーさんの言葉に私は少し驚いていた。カインを頼むと言った時にリーザは本気で嫌そうにしていたので、まさかそこまではやってくれないだろうと思っていたのだ。洗濯物を見てみると、何とカインのパンツまである。
 
「・・・カイン・・・パンツまでリーザに洗わせたの・・・?」
 
「お、俺はいいって言ったんだ!隠しておいたのに見つけられて全部持っていかれたんだよ!俺だっていくらなんでも、女の子に自分のパンツの洗濯を頼んだりしないぞ!!」
 
 カインは真っ赤になっている。
 
「ぶぁっはっはっは。こいつが隠しておいたパンツの山を見つけられて、赤くなったり青くなったりしてたところを見せてやりたかったな。」
 
 オシニスさんが大笑いをした。
 
「それじゃそろそろ僕達も引き上げよう。カイン、クロービス、お休み。」
 
「お休み。カイン、ちゃんと寝てろよ。」
 
「お休みなさい。お世話になりました。」
 
 二人が出ていったあと、待ちかねたようにカインが私に尋ねてきた。
 
「おい、お前故郷に行ったんなら、彼女に会ったんだろ?」
 
 私は、先ほどオシニスさん達がいた時には話せなかったイノージェンのことや、島の友達がライザーさんについていろいろと尋ねていたことなどを話して聞かせた。
 
「そんなことがあったのか・・・。ある意味俺が風邪をひいてちょうどよかったのかも知れないな。でもちょっと残念だけど。」
 
「やっぱり団長と一緒に行きたかった?」
 
「いや、お前の初恋の君に会えるチャンスを逃したなと思ってさ。」
 
 カインの口からまた似つかわしくない言葉が出た。『初恋の君』
 彼女に出会って、懐かしさは感じたが、以前のような愛しさは感じなかった。それよりも、何とかライザーさんとうまくいってほしい。そんなことばかり考えていた。グレイは私を『いい奴』だと言ってくれたが、それは多分『お人好し』と言うような意味が含まれていたのだろう。それでもよかった。だが、ラスティにそんな相手はいないのかと聞かれて、ユノとエミーの顔が浮かんだことを思い出し、何となく気が重くなった。
 
「しかし・・・ハース鉱山がそんな事態になっていたなんて・・・。やはり聖戦が起きるのかな・・・。」
 
 カインは不安そうに考え込んでいる。
 
「それは判らないよ。とにかく寝よう。早くよくなりたいならね。お休み、カイン。」
 
「そうだな。お休み。」
 
 様々な思いを抱きながら、私達は床に就いた。この次の日は一日カインにつきあい、私は部屋から出ないでいた。長旅の疲れを取るためと、カインが寝床を抜け出して訓練場になど行ってしまわないように見張るためだった。そのせいかどうか、カインの風邪はその次の日にはすっかりよくなり、また仕事に出かけられるようになった。
 
 そして何ヶ月か過ぎた頃、ある朝カインと私は、朝食をとろうと食堂に行った。おばさんは私達を見ると、
 
「ふーん、あんた達にも風格が出てきたわねぇ・・。」
 
そう言ってにっこりと笑った。
 
「そ、そうかな・・・自分ではよく判らないけど・・・。」
 
 カインは赤くなって頭をかいている。私も何となく、くすぐったいような気持ちだった。
 
「自信を持ちな。入ったばかりの頃より、はるかに堂々として見えるよ。」
 
 微笑んでくれるおばさんから、少し照れくさい気持ちで食事を受け取り、座る場所を探していると向こうからオシニスさんがやってくる。
 
「おはようございます。」
 
「おはよう。これからか?」
 
「はい。」
 
 挨拶をかわしてすれ違おうとすると、
 
「あれ?」
 
不意にオシニスさんが私達を振り返った。
 
「はい?」
 
「何か?」
 
 ほとんど同時に私達も振り返りオシニスさんを見た。オシニスさんはしばらく私達を眺めていたが、
 
「へぇ・・・。」
 
頷いてにやりと笑うと、
 
「奥のテーブルでライザーが食ってるから、ちょっとそこに行ってろ。どうせお前達もこれから食うんだろ?」
 
「は、はい・・・。」
 
 私達はわけがわからず、ライザーさんのところに行った。
 
「おはようございます。」
 
「おはよう・・・?どうしたんだ二人とも。ぽかんとして。」
 
 ライザーさんは不思議そうに私達を見ている。
 
「いえ・・・。オシニスさんにここで待ってろって言われて・・・。」
 
「オシニスに?何だろう・・・。座ったら?これから食事なんだろ?」
 
「はい・・・。」
 
 私達が座って食事を始めたところにオシニスさんが戻ってきた。
 
「おい、お前らちょっと立って見ろ。」
 
「オシニス、食事中くらい静かに食べさせてあげればいいじゃないか。」
 
「いいからいいから。」
 
 オシニスさんはにこにこしている。
 
「ほら、クロービスはここ、カインはここ、そして俺がここに立ってと・・・。」
 
 オシニスさんはそう言いながら私の隣にカインを立たせ、さらに隣に自分が立った。
 
「おい、ライザー、ほら、これ見てみろよ。」
 
 オシニスさんはそう言って、手のひらを水平にしてカインと私の頭の上を何度か往復させている。ライザーさんはきょとんとして見ていたが、
 
「あ!」
 
ちいさな声を上げた。
 
「そうか・・・。君達背が伸びてるんだよ。」
 
「え?」
 
 カインと私は同時に声を上げ、顔を見合わせた。
 
「ほら見ろよ。入ったばかりのころはお前達のほうが背がずっと低かったのに、今はこの辺まで来てるぞ。」
 
 オシニスさんがそう言いながら、自分の耳のあたりを指さしてみせる。
 
「お前達はまだまだ成長期なんだなあ。これからまた伸びるぞ。腕の方も背に追いつかせろよ。でないと図体がでかいばかりで使えないからな。」
 
 オシニスさんはそう言うと大声で笑った。オシニスさんもライザーさんもかなり背が高い。剣士団長と並べば、多少は低いかなと言う程度だ。そのほかにこれほど背の高い人というとティールさん・・・セスタンさんはティールさんより少しだけ低い。あとの人達はそれほど高い人はいない。私達はいつの間にかその人達の背にかなり近くなっていたらしい。そんなことを気にしたことなどなかったが、やはり体格がしっかりして来るというのは嬉しい。そう言えば、最近制服の裾や袖が短くなってきて、まくってあった部分を出したことを思い出した。カインも制服がきついからと新しいのをもらってきていた。それが自分達の背が伸びたせいだなどとは、思いも寄らなかった。オシニスさんの言うように、腕のほうも背以上に伸ばさなければならない。
 
「なるほどね・・・。それで君達の剣が最近防ぎにくくなってきたわけか。」
 
 ライザーさんがぽつりとつぶやく。
 
「防ぎにくいですか?」
 
 カインが意気込んで尋ねる。
 
「そうだな。前よりはスパッと入るようになってきたなと思ってたんだが、やっぱりある程度上背があると攻撃の重みが違ってくるからな。特にカイン、お前のように剣技を操るタイプはかなり有利になるぞ。」
 
「へえ、そうですか・・・。」
 
 カインは嬉しそうにニンマリとしていたが、突然何かを思いだしたように顔をあげた。
 
「あ、そうだ、オシニスさん、クロービスみたいなタイプってのは、剣技って憶えられないんですか?」
 
 カインが突然思いがけないことを聞いたので、私のほうが驚いてしまった。
 
「カイン、どうしたの急に・・・?」
 
「いや、お前も大分腕が上がってきたんだから、一つくらい憶えてもいいのになと思ってさ。」
 
「うーん・・・。クロービスはどうなんだ?憶えたいか?」
 
 オシニスさんは考え込んでいる。
 
「憶えられるならいいですけど、私はそのほかに風水も治療術もあるから、そこまで手が回るかどうか・・・。」
 
「そうだね・・・。僕は以前風水を憶えてみるかって言われたことがあるけど、それよりは剣技のほうと思って剣技を憶えたんだ。あまり手を広げてしまうのも考えものだと思うよ。」
 
 ライザーさんも消極的だ。
 
「そうか・・・。そういうもんなんですね。すみませんでした、変なこと聞いて。クロービス、ごめんな。悩むなよ。お前結構抱え込むからな。」
 
 カインが気遣うように私の顔を覗き込んだ。
 
「まあ、クロービスには『疾風』直伝のフットワークがあるからな。」
 
 オシニスさんがにやりとライザーさんを横目で見る。
 
「ではカインは『迅雷』直伝の剣技だね。」
 
 ライザーさんも負けてはいない。そして二人とも顔を見合わせて笑い出した。食堂をあとにして採用カウンターの前を通ると、ランドさんが何か書類を見ている。私達に気づき、声をかけてきた。
 
「これから出掛けるのか?」
 
「はい。城下町のほうへ。」
 
「ふぅん。カイン、この間持っていった制服はちゃんと着れたか?それにクロービスも、それだけ背が伸びたんだから、そのうち体の幅も変わってくるぞ。ちゃんと合う制服を着ろよ。」
 
「あれ?俺達の背が伸びたって気づいてたんですか?」
 
 カインが意外そうに尋ねる。
 
「当たり前だ。若い団員はみんな体格が変わるからな。制服を取り替えてもらいに来る奴はみんなそうだよ。俺達くらいになると、横に伸びないかぎり制服を替える必要はないがな。最も横に伸びるってことは鍛錬を怠っているということだから、腕が落ちて使いものにならなくなるって事だ。まあ成長期を過ぎても肩幅だけは結構変わってくるんだがな。・・・しかし・・・お前ら自分の背が伸びたことに気づかなかったのか?」
 
「はい・・・。全然。」
 
「のんきな奴らだなまったく・・・。最もそのくらいだから脇目もふらずに腕を磨くことが出来るんだろうな・・・。ま、気をつけて行って来い。」
 
 ランドさんはあきれたような言い方をしながらも、私達を見る目は温かい。私達は宿舎を出て、王宮のロビーを通り抜けようとした。受付のパティが誰かと話している。あまり見ない顔だ。
 
「あら、カイン、クロービス、これから出掛けるの?」
 
「ああ、城下町へね。そっちの彼女は誰だ?あまり見ない顔だけど・・・。」
 
「私はフロリア様付きの侍女です。ロゼと申します。」
 
 ロゼは丁寧に私達に挨拶をする。私達も慌てて頭を下げた。
 
「フロリア様の?そうか、それじゃ滅多に見るはずがないよな。どうかしたのか?なんだか心配事があるようだけど。」
 
 カインはフロリア様のこととなると、実に勘がよくなる。
 
「ええ、フロリア様のことなんだけど・・・最近フロリア様はご自分のお部屋にこもりがちなの・・。だから心配で・・。フロリア様は以前のような明るさをすっかりなくしてしまわれたわ。最近は特に暗い話ばかりで、会議の時もいつも厳しい表情をされておいでなの。だから無理もないとは思うけど・・・。何か楽しいことでもあればと思って、パティに相談してたの。でもごめんなさい。どうかこのことは内密にね。フロリア様のそんな様子が他に知られたりしたら大変なことになるもの。」
 
「心配いらないよ。私達はそんなこと誰にも言わないから。」
 
「ありがとう。それじゃパティ、もう戻るわ。ごめんね、心配かけて。」
 
「いいのよロゼ。一人で悩んじゃ駄目よ。」
 
「心配だな・・・。」
 
 ロゼの後ろ姿を見送ってカインがつぶやく。
 
「そうだね。」
 
「いつもきれいなドレス着てていいなあなんて思ってたけど、大変よね。国王陛下って言うのも。」
 
 パティもため息をつく。
 
「そうだな・・・。どれ出掛けるか。それじゃパティ、またな。」
 
 この日カインと私は、久しぶりにセディンさんの店に行った。ここでも、出てくる話題はやはり聖戦の噂だった。
 
「まったく・・・子供達には将来ってものがあるんだ。聖戦竜だかなんだか知らないが、たとえどんな奴にだって俺の子供達の未来を潰させはしないぞ!」
 
 セディンさんは怒ったようにつぶやいていた。にこにこしながらお茶を持ってきてくれるシャロン。首が据わって私にも抱くことが出来るようになったフローラ。セディンさんにとって、この二人の子供達はかけがえのない宝なのだろう。以前よりは少し客が増えたらしいこの店は、しかし相変わらず経営は苦しいらしかった。
 でもこの店だけではない、町全体に活気が感じられない。町の中を歩く人達の表情は暗く、あちこちでひそひそと聖戦の噂をしている。噂ばかりが独り歩きして、いつの間にかすぐ明日にでも聖戦がやってきそうな気配だった。
 
 そんなある日のこと、カインと私は、次回の南地方への警備でクロンファンラまで足を伸ばすようにと命じられた。南地方の東部にあるクロンファンラ近辺のモンスターは手強い。今まではずっと西部が中心で、せいぜい長くて2週間くらいで戻ってこれるところばかりだったが、いつまでも同じ場所ばかり歩いていても進歩はない。少しずつ警備範囲を広げていき、やがては南地方全土のどこでも歩けるようになるようにとの配慮らしかった。
 私達は出かける前に武器と防具の点検をしておこうと、鍜治場へと向かった。タルシスさんは私達がクロンファンラへ向かうことを告げると、私達の装備を見て少し顔を曇らせた。
 
「カインのチェインメイルはともかく・・・クロービス、お前の鎧は未だにレザーアーマーか。おなじ南地方でも、西部と東部ではかなり違うぞ。ロコの橋付近に至っては、その装備ではとても歩けん。それにカインも、クロンファンラ附近なら何とかその剣でも間に合うが、いずれはきつくなるぞ。」
 
「それはそうなんですけど・・・ナイト輝石の装備はまだ・・・。」
 
 モンスター達が落としたものは、ゴールドでも宝石でも自分のものにしても構わないと言われてはいるものの、そんなに大量に金目のものを持っているモンスターなどそんなにいない。給料とあわせれば、必要なものを買うのに困らない程度にはなったが、ナイト輝石製の装備など、私達にはまだまだ手が届かないものだった。
 
「まあ仕方ないか・・・。普通なら3年のところを、一年足らずであっち方面に行くようになっちまったんだしな・・・。」
 
 タルシスさんはため息をつき、いつもよりも念入りに修理をしてくれた。その帰り道、中庭を通った。しばらくの間雨が降っていない。咲き始めた春の花々が、少し勢いをなくしている。こんな日には必ずと言っていいほど、ユノは水の入ったバケツを抱えてこの庭に来ていた。なのに今日はいない。何ヶ月か前のあの騒動のあと、私は一度もユノに会っていない。どうしたのだろう・・・。庭の隅に目をやると、そこにはバケツが置いてあった。ユノが水を撒いたあとここにおいたのだろうか。だが近づいてみるとバケツの中は乾いている。クロンファンラに出かけてしまえば、当分ここには来られない。私はバケツを持ち、井戸のところへ水を汲みに行った。

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