闇の中の声・・・・。
カインを呼びすすり泣く・・・声・・・。
ここしばらく見なかった夢を、やはりまた見た。そして自分の名前を呼ばれたところで目が覚めた。おととい王国へ行くことを決意して以来、血まみれの友の顔の印象は薄らいでいたが、夢だけは相変わらず鮮明だ。この夢を見なくなる時が・・・来るのだろうか・・・。
この日、私は一日カインの稽古につきあった。診療所に患者が来た時だけ呼んでもらうことにして、ずっと庭で稽古を続けた。こんな風に朝から晩まで訓練をするなど、本当に久しぶりのことだ。息があがったところで一休みしようかと思っていたが、思ったより自分の体力が続くことに自分で驚いていた。考えてみれば、私はこの島に戻ってきてから、以前のように毎年山の中を歩いている。薬草摘みのためだ。それが知らず知らずのうちに体力維持に繋がっていたのかも知れない。
そう言えば、昨日ライザーさんと剣を交えた時、彼もまたしっかりと体を鍛えていたことに気づいた。薬草摘みの時、最初の頃はよくライザーさんについて来てもらった。彼と一緒なら、大型動物が多く生息する山の最深部に入っても、何の危険もなかった。森の中の少し広い場所を見つけて剣を交えたりもした。その後一緒に歩くことは少しずつ少なくなっていったが、ライザーさんはいつもダンさんの仕事を手伝ったりしていたし、多分、特別仕事などない時でも、あの人はちゃんと体力づくりをして、剣の稽古を続けていたはずだ・・・。昨日の立合いの時・・・振り下ろされた剣の重みがそれを証明している・・・。だがそれは何のために・・・。
「ちょっと待ってよぉ。」
昼近くなって、カインが情けない声と共に動きを止めた。
「なんだ?父さんより若いのにもうバテたのか?」
「お腹ぺこぺこ・・・。」
そう言うとカインはその場に座り込んだ。
「そう言えば昼近いか・・・。それじゃ一休みだ。また午後から始めよう。」
「はぁい。父さん元気だなぁ。ほんとに40過ぎてるの?」
「成長途上のお前よりも体力はあるよ。普段から鍛えてあるからね。」
「成長途上かぁ・・・。それを言われるとなぁ・・・。まぁ仕方ないか。そういや、昨日のライザーおじさんもすごかったもんなぁ。おじさんて父さんよりも年上だよね?」
「確か・・・5歳上だったかな。」
「あ、そっか。剣士団長と歳も一緒なんだね。それじゃ納得だな。剣士団長の体力もすごいもんなぁ。いつも僕達のこと『俺より若いくせに』って言うんだけどさぁ、絶対団長のほうが体力は上だよ。体格だって全然違うし。」
そう言いながらカインは大きくため息をついている。カインの体格は私に似て少し細身だ。だが私が若かったころとは食生活なども変わってきているせいなのか、私が18の頃よりも肩幅も広いし背も少し高い。
そこにフローラがやってきた。
「あの・・・お昼の用意が出来ました。」
「やった!!ゴハンだゴハンだ!!」
カインは嬉しそうに家の中に飛んで行ってしまった。その後ろ姿を見送ってフローラが遠慮がちに話し出す。
「あの・・・カインは・・・どうですか?私・・・出来るだけ黙って見ていようと思って・・・でも心配で・・・。」
昨日の朝、私がカインをほっといてやってくれと言ったことを、この娘はずっと健気に守っているらしい。
「昨日の夜私のところに来たよ。大分反省していたようだから、大丈夫だとは思うけどね。でもあいつのことだから・・・すぐに忘れてまた調子づいたりしないかと、それだけが心配だけど。そうだね・・・。甘やかさない程度に手を貸してやってくれないか。」
「わかりました・・・。」
ほっとしたように笑みを浮かべて、フローラは家の中に戻っていった。その後ろ姿を見て、フローラが着ている服が妻の服であることに気づいた。この島に来てからよく来ていた服だった。一緒に旅していた間中、ずっとズボンに長袖のシャツといういでたちだったので、スカートをはいているところを見てちょっと驚いたっけ・・・。そんなことを考えながら、私も家の中に入った。
やがて食事を終えたころ、サンドラさんがやってきた。昨日ブロムおじさんが言っていたとおり、指先が痺れて感覚がないらしい。骨折なら治療術で直すことは出来る。だが、骨の歪みとなると、直せるかどうか微妙なところだ。とりあえず話を聞いてみようとカインを待たせて、私はサンドラさんと向かい合っていた。
「そんなにひどいの・・・?動かせないほど?」
サンドラさんは指先をさすりながら頷いて見せた。
「そうだねぇ・・・。まるっきり動かないわけじゃないけど・・・どうにかならないものかねぇ・・・。昨日ブロムさんに治療してもらったから今日は少しいいんだけどねぇ・・・。ずっとこのくらいなら何とかなりそうだけど、また悪くなったりしたら・・・。」
「指先の痺れはね・・・首の後ろの骨が歪んで起こることが多いんだよ。あとは肩こりをずっとほっといたりとかね・・・。だから姿勢を正しくしたり、生活の中でいろいろと改善していかないとね。呪文で治る時もあるけど、それにばかり頼ってはいられないからね。」
「そうだねぇ・・・。でもまだまだ忙しくなるから・・・。」
「おい婆さん、いいかげん若い者に道を譲って、隠居でもしたらどうだ?この間も言っただろう?」
ブロムおじさんが口を挟んだ。
「うるさいね!いいじゃないか。あたしはこの仕事が気に入ってるんだよ!イノージェンやウィローがもう一人前以上だってことくらいわかってるさ!だいたいあんたに婆さん扱いされるいわれはないよ!あんただって爺さんじゃないか!」
私は思わず笑い出した。
「まったく・・・いい勝負だね。サンドラさん、足のほうはどう?歩くのは別に気にならない?」
「歩くのは別に・・・。まさかこのままほっといたら、足まで悪くなっちまうのかい!?」
サンドラさんは不安げな視線を私に向けた。
「可能性としてはね・・・。ただ、その辺のことに関しては私よりもおじさんのほうが詳しいんだ。おじさん、サンドラさんに説明してくれないかな?」
「あ・・・う、うむ・・・。おい、婆・・・サンドラさん、ちょっとこっちに来てくれ。」
ブロムおじさんは、ばつの悪そうな顔でサンドラさんに声をかけた。
おじさんがいろいろと説明してくれたあと、とりあえず治療術を施し、しばらくの間はあまり無理な姿勢で仕事をしたりしないようにと念を押した。サンドラさんが帰ったあと、ブロムおじさんはやっぱりぶつぶつ言い続けている。
「そんなに心配なら、もっと優しく話を聞いてあげればいいのに・・・。」
「心配?べつに心配などしとらんぞ!ただこっちの仕事が忙しくなるのが困ると言うだけだ!」
「判ったよ・・・。それじゃ、私はまたカインの相手をしてくるから、あとはよろしくね。」
「あ・・・?ああ・・・。判った・・・。」
複雑な表情のブロムおじさんに後を任せ、私は庭に戻った。カインは腰を下ろしていたが、私の姿に気づき立ち上がって剣を抜いた。
「もう大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。続きを始めようか。」
カインと私はまた庭で向かい合った。食事をして一休みをしたことで、すっかりカインは元気を回復している。
「それじゃ父さん、またお願いします。」
「明日は帰るのか?」
「うん。来た時と同じ調子で帰り着けるかどうかわからないからね。」
「そうか。それじゃ訓練出来るのはこれで最後だな。用意はいいのか?」
「うん。何となく勘が戻ってきた感じがする。」
「よし。始めるぞ!!」
そしてまた、午後の間中二人で訓練を続けた。カインの稽古と言うだけでなく、私自身もしっかりと勘を取り戻しておかなくてはならない。カインが帰れば、今度は自分達が王国へと向かわなければならないのだ。王国行きを決めた時には、オシニスさんと会うことしか考えていなかった。そして多分、フロリア様にもお会いしなくてはならないかも知れない・・・。だが・・・昨日のライザーさんの言葉で、それだけではすまないような、そんな不安が私の胸に広がっていた。
昨日ライザーさんと剣を交えていて、何となく彼の心が流れ込んできたような気がした。不安と・・・苦しみと・・・悲しみと・・・そして何か大きな決意・・・。私の持つ不思議な力が衰えていないのならば、ライザーさんはオシニスさんに会うつもりなのかも知れないということか・・・。だがそれがどんな結果を生むのか、それはわからない。単純に旧交を温めあうというわけにいかないことだけは確かなように思える。
そのうちに、陽が西に傾いてきた。夕方になる前に切り上げなければならない。太陽が沈んでしまうと、やがて冷気が漂い始める。あっという間に汗が冷えて、風邪をひいてしまいそうだ。
「そろそろ終わろうか。帰る用意もあるだろうからね。」
「うん。父さん、どうもありがとう。何だか・・・今度こそちゃんと力がついたような気がする。」
「そうだね・・・。昨日の稽古より格段に進歩しているよ。とにかく焦らないことだ。強くなるための早道なんてないんだからね。」
「うん。判ったよ。ねぇ、父さん・・・。」
「ん?」
息子の声に、何となく思いつめたようなニュアンスを感じ取り、思わず私は顔をあげた。
「昨日の話の続きなんだけど・・・。」
「昨日の・・・?ああ、そうだね、もう今日しかないから、ちゃんと話してやるよ。夕食のあとにね。」
「あ、う、うん・・・。それは嬉しいけど、そうじゃなくてさ、あの・・・。」
カインの言葉は今ひとつ要領を得ない。
「それ以外の続きって何だっけ・・・?」
「昨日さ、父さんに聞いたよね?ユノさんて言う人のこと好きだったのって・・・。」
「そのことか・・・。それは昨日も言ったじゃないか。」
「あ、うん、それは判ったんだけどさ、それじゃその・・・父さんて、本当に母さんの他に好きな人なんていなかったの?」
カインがどうしてこんなことにこだわるのか、よく判らない。でも昨日と同じように、真剣な気持ちで聞いていることだけはわかった。笑ってごまかしていいことではなさそうだ。
「いや・・・いなかったわけじゃないよ。人並みに好きな女の子はいたよ。実らなかったけどね・・・。」
「そう・・・。それじゃさ、母さんと知り合ってそのまま結婚しちゃったの?」
「そう言うことになるね。もっとも、結婚しようってはっきり決めたのは・・・知り合ってしばらく過ぎてからかな。」
「それじゃそれまでは?」
「父さんと母さんはね、知り合ってからずっと一緒に旅してたんだ。それはお前にも話したことがあるよな?」
「うん、それはわかるけどさ。」
「・・・父さんは・・・王国でたくさんのものを得て、たくさんのものを失ったんだ。そしてどんな時でも母さんがそばにいてくれて・・・もうずっと離したくないと思ったのさ。でもいろいろ悩んだんだよ。母さんの故郷は南大陸だ。こんな辺鄙な北の果てに連れてきてしまっていいんだろうかとか、故郷の家で待ってる母さんの母さん・・・つまりお前のおばあちゃんだけど・・・その人を一人にしてしまっていいのか、とかね。」
「そうか・・・。でも連れて来ちゃったんだね。」
「そうだね・・・。どうしても・・・離したくなくてね・・・。」
「それじゃさ、父さんはそのことで後悔してないの?」
「後悔って・・・何の?」
「だって・・・もしかしたらもっと他にいい人がいたかも知れなかったし、もっと大恋愛する機会だってあったかも知れないし。」
息子の質問の意味がやっとわかったような気がした。
「・・・たくさん恋愛すればいいってものでもないと思うけどな。それに父さんは全然後悔なんてしてないよ。母さんと一緒にこの島に戻ってきて、ここでずっと一緒に生きてきたんだ。そしてこれからもそれは変わらない。それ以外の人生なんてあり得なかったと思ってるよ。・・・お前はそうじゃなかったのか?あれほどの勢いでフローラと結婚したいって言ってたくせに、また他にもっといい人が現れるかも知れないなんて、そんなこと考えてたのか?」
カインは慌てて首を横に振った。
「そうじゃないよ・・・!僕さ・・・フローラと一緒にここに帰ってきたときは、もう絶対彼女と結婚するんだーって思い込んでたから、そんなこと気にならなかったんだよ。でも、帰ってきた早々あの騒ぎでさ、何だか自分のことを見つめ直す機会なんて出来ちゃったから・・・。それでいろいろ考えていたら、フローラだって僕と出会ってこのまま結婚しちゃったら、もしかしたら他にもっといい出会いがあったかも知れないのに、って思ったら急に自信がなくなってさ・・・。僕はすぐに先走るし、おっちょこちょいだって言われるし、こんな男じゃフローラに釣り合わないような気がしてきて・・・。」
「なるほど。お前のほうがすっかり自信をなくしてしまったというわけか・・・。」
「うん・・・。だからさ・・・その・・・もう一歩関係が深まれば・・・そんなことで悩んだりしなくなるのかな、なんて思ったりもしたけど・・・。」
カインは真っ赤になっている。
「・・・お前達・・・もうそこまで・・・?」
さすがにドキリとして尋ね返した私に、カインはゆっくりと首を横に振った。
「僕は・・・軽々しくそんなことは出来ないって思ってたから・・・。」
「なるほどね。それで母さんに夜中に忍んで行ったりするなって言われて、あんなに焦って赤くなっていたんだな。」
「うん・・・。でもさ・・・正直言うと行きたいくらいだったんだ。だから母さんに考えていること見透かされたみたいで、あの時は恥ずかしかったな・・・。」
「そうか・・・。でもそれでいいと思うけどな・・・。何も無理して関係を進める必要もないと思うし。お互いの気持ちの問題もあるんだから、それが固まってからでいいじゃないか。相手に対する愛情が揺るぎないものなら、どんなことがあったって乗り越えていけるさ・・・。もしもお前がどうしても気になるなら、思い切ってフローラと話し合ってみる方がいいとは思うけどね。心の中を全て相手にさらけ出すってのは勇気がいるけど、それでより深く解りあえるなら、頑張るだけの価値はあるだろ?」
「そうか・・・そうだよね。明日からの帰り道ででも少し話してみようかな。」
「それがいいよ。まだ知り合って3ヶ月なんだから、焦ることはないよ。」
「そうだよね・・・。ありがとう、父さん。何だか少し気が軽くなった。」
「そうか。それはよかったな。それじゃ中に入ろう。」
「あ、ちょっと待って。もう一つだけ・・・。」
「汗が冷えてしまうよ。中に入ってから話せばいいじゃないか。」
「あ、あの、でもさ、母さんとフローラのいる前ではちょっと・・・話しにくいかな・・・なんてさ・・・。」
「今の話よりも?」
「う、うん・・・。」
「そうか。何だい?」
「あ、あのさ・・・。父さんて・・その・・・城下町の歓楽街になんて行ったことあるの?」
先ほどの話よりも、さらに思いがけない話だった。
「歓楽街って・・・。いや、警備で昼間通ったことがあるくらいだな。夜は・・・他の剣士がよく歩いていたけど、父さんは行ったことがないよ。先輩達に引きずっていかれそうになったことはあったけど、通りのこちら側から覗いただけで逃げてきたんだ。だから、どんなところかくらいのことはわかるけどね。・・・お前行ったのか?」
「ま、まさか!!僕だって行ったことはないよ。遊びに行く人もいるみたいだけどね。あのあたりは酒場だってすごく高いから、うっかり飲みにも行けないよ。」
この言葉に私はほっとした。『歓楽街』と聞いて、まさかあのあたりに立っている女性と遊んだりしたことがあるのだろうかと、一瞬だけカインを疑ってしまった。息子に申し訳ない気持ちで一杯になったが、口に出して謝るわけにもいかない。私は心の中でカインに頭を下げた。
「へぇ・・・。飲みになんて行くんだな・・・。どこに行くんだ?」
私は平静を装って尋ねた。
「我が故郷亭だよ。あそこのビールおいしいんだよね。」
城下町に出ていった最初の夜、我が故郷亭で飲んだビールの味が甦った。確かにおいしいビールだった。
「あのビールか・・・。今も変わらず自家製なのかな・・・。」
「父さんも飲んだんだね。」
「飲んだよ。食事を頼んだら、サービスだって言ってマスターがご馳走してくれたんだ。」
「へぇ・・・。そういえば僕も、フローラを連れて行った時にサービスしてもらったっけ。」
「フローラと一緒に飲みに行くのか?」
「飲むって言うより食事にね。デートコースにしては色気ないって、よくからかわれるけど、あの店の雰囲気が好きなんだ。」
「そうだね。あの店は誠実な商売で頑張っているからな。だからお前が剣士団の試験を受けに行く時に、あの宿に泊まるように言ったんだよ。」
「いい店だよね。僕があの店に一緒に行くのは、いつも相方のアスランて言う奴さ。あとは同期入団の人達とかね。」
「へぇ、そう言えばお前の相方の話はまだ聞いたことがなかったな。男か?」
「そう。僕と同じ歳なんだ。」
「研修の時組んだ先輩とは別なんだね。」
「ああ、あの先輩は、どうやら研修の内容知らされていたみたいだよ。だからモルダナさんのこと送っていったんだ。僕が雑貨屋に行くようにって言うことでね。でもそのおかげでフローラと知り合えたんだから、研修に感謝だな・・・。」
カインは言いながら照れくさそうに微笑んだ。
「そうだね・・・。でもそのことと歓楽街が何の関係があるんだ?」
「えっと・・・たとえば父さんならね、ああいうところに立っているような女の人と結婚しようなんて思うのかなって・・・。」
カインが何を言いたいのか、ますますわからない。何だか戸惑っているような気がするのだが、一体どういうことなのだろう。
「いきなり言われてもなぁ・・・。でも人それぞれだからね。どんな仕事をしていようと、愛し合って結婚するなら何の問題もないんじゃないのか?」
「う、うん・・・。理屈ではそうなんだけど・・・。」
「誰かそう言う人がいるって言うことか・・・?」
「・・・うん。あの・・・アスランの母さんがさ・・・。昔・・・歓楽街にいたらしいってちょっと小耳に挟んでさ・・・。」
「いたって・・・あのあたりに立っている女の人のような仕事をしてたってことか?」
「・・・そうみたい。」
「そんな噂話が王宮の中で囁かれていると言うことなのか?」
「噂じゃないんだ・・。僕がずっと前、剣士団長の部屋に呼ばれていった時、中で話しているのが聞こえてきちゃって・・・。」
「立ち聞きとはあんまりいい趣味じゃないね・・・。」
「聞くつもりなんてなかったよ!でも・・・。」
「結果的に聞いたんじゃないか。それで?お前は一体どうしたいんだ?」
「何て言ったらいいのかな・・・。多分アスランの奴は・・・そんなこと誰にも聞かれたくなかっただろうし。でも剣士団長が知ってるってことは、入団試験の時にちゃんとランドさんに言ったんだなと思って。」
「そうなんだろうね・・・。少なくともオシニスさんは、そんなことを興味本位で話題にしたりはしないだろうから、何かアスランのことで話でもしてたのかも知れないしね。」
「そうだよね・・・。アスランとはけっこう気が合って、非番の時でも一緒に歩いたりすること多いんだ。でもいくら仲がよくてもそこまでは話してくれなかったのかな、なんて思ったり・・・。」
「なるほど。つまり、お前はアスランをただの仕事上のパートナーだけではなく、友達だと思っているのに、どうして自分にはそこまで話してくれなかったのかと、そう言うことか?」
「う・・・うん・・・。」
「でもまだ知り合ってから3ヶ月だろう?」
「それはそうなんだけどね・・・。それに聞いちゃったこと自体悪いような気がして、最近ずっとアスランとうまくしゃべれなくて・・・。あいつの方はそんなこと知らないから、どうしたんだって心配してくれるんだけど・・・。」
「難しいところだなぁ。はっきり言った方がいいのか・・・でも聞き違いってこともあるかも知れないから、その前にオシニスさんにでも聞いてみるとか・・・。」
「そ、そんな!!立ち聞きしてたことばれたりしたら・・・考えただけで怖いよぉ。」
「多分ばれてると思うけどな。」
「そ、そうなのかな・・・。」
「未だにお前がその調子ってことは、多分団長の部屋に入った時に『立ち聞きしてました』って顔に書いてあったような気がするなぁ。」
「う・・・うまく取り繕ったつもりだったんだけど・・・。」
「とにかく、お前が気に病んでも仕方ないじゃないか、人の家庭の事情なんて。それに、いくら仲がよくなっても、言えることと言えないことがあるよ。それは仕方ないんだ。何でもかんでもべらべら喋る人のほうが、信用できないような気がするけどね。」
「そっか・・・。そう言えば、昨日の話でもそんなこと言ってたよね。団長が言ってたんだっけ?」
「そうだよ。オシニスさんだってライザーさんと殴り合いまでしたことがあるくらいだし、父さん達だって、あのことがあったおかげでかえって絆が強くなったけど・・・でもお前達とは状況が違うからな・・・。」
「そうか・・・。でもアスランの父さんてさ・・・すごいよね。僕には無理かも知れないな・・・。そこまで達観できないような気がする。」
歓楽街に立っている女性と言えば、ほとんどが娼婦だ。わずか18のカインにそう言う境遇の女性を受け入れるだけの包容力など、あろうはずもない。
「そんなの当たり前だよ。お前みたいに若くて人生経験も浅い人間が、そこまで達観できるほうが怖いよ。それに、そのアスランだって剣士団に入れたってことは、その剣の腕も人格も保証付きだろう?親御さんがどうであれ何の関係もないと思うし、そんな風に息子を立派に育てたんだから、アスランのご両親も立派な方なんだろうと思うけどね。」
「そうだよ。すごくいい奴なんだ。僕と体格はそんなに違わないんだけどね、剣のほうはすごいよ。かなりの訓練を積んでいるって感じかな。呪文のほうは適性がないみたいでね。今気功を頑張って憶えてるよ。」
「そう言えば、お前のほうは呪文はどうなんだ?治療術はどの辺まで使えるようになったんだい?」
「えーとね、自然の恩恵と、毒の中和と、大地の恩恵かな。光の癒し手はなかなか唱えられないなあ。大地の恩恵までならかなり速く唱えられるようになったんだけど。」
試しに唱えさせてみたが、以前よりなかなか進歩しているようだ。焦らなければすぐにでもレベルアップは出来そうな気がした。剣士団に入ってから、剣のほうは早く上達したいと願うあまりかえって足踏みしてしまった感があるが、呪文のほうはそれほど考えていなかったのか、それが逆にいい方向に働いているらしい。
「このくらいなら上出来だよ。この調子で行けば、光の癒し手なんてすぐに唱えられるよ。風水術のほうは?」
「風水は今のところ進歩なしだなぁ・・・。僕が今行ける場所って言うと、城下町の中か、せいぜい城壁のすぐ外あたりなんだよね。あんなところで風水使ったりしたら、かえって騒ぎを起こしそうだし・・・。」
「そうか・・・。それは仕方ないね。ところでカイン、お前はどうしたい?この先いずれは南地方にも行くことになるだろうし、今は南大陸にも剣士団は派遣されているんだから、そういう場所に行くことになれば風水術はきっと役に立つよ。でも、もしもお前が剣のほうに重点を置いて訓練していきたいと考えるなら、どちらかを選んだほうがいいのかも知れない。」
「両方ってわけにはいかないのかな。」
「人の倍訓練するつもりがあるのなら、それも可能だとは思うけどね。お前の弓は母さんの直伝だし、剣に関しては父さんは今の時点でお前に一番合った訓練をしたつもりだよ。あとはお前次第だけど、欲張りすぎるとただの器用貧乏になってしまう可能性もあるから、早めに結論を出したほうがいいかも知れないね。アスランが呪文に関して適性がないのなら、治療術のほうはお前が頑張るしかないんだからね。」
「そうか・・・。帰ったらアスランとも相談してみるよ。」
「そうだね。オシニスさんやランドさんにも相談してみたほうがいいかもな。ランドさんなら、きっとお前よりもお前のことをよく知っていると思うよ。」
「うん、わかったよ。でも僕が呪文使えるって言うと、初めて会う人ってみんなびっくりするんだよね。」
「・・・とても使えそうには見えないからだろうな。呪文の使い手って言うのは総じて落ち着いた人が多いからね。」
「どうせ僕は落ち着いていないよ。落ち着いているって言うならアスランの奴だろうな。あいつはいかにも呪文使えそうなのに、使えないんだよなぁ。」
「ははは。でもまあ、適性と見た目は関係ないからね。」
「そけはそうなんだけどね・・・。でも世の中いろんな人がいるよね。アスランの母さんもね、すごいきれいな人なんだよ。優しくてさ。前に会ったことがあるんだ。父さんはすごい逞しい人でね。見た目もほんと包容力あるぞって感じだったなあ。」
「そうか・・・。父さんも一度くらい会ってみたいものだね。お前の相方に。」
「そうだね。今度ここに連れてこようかな。」
「まあ次の休暇はいつになるかわからないだろうから、そのうちにね。とにかく家に入ろう。少し寒くなってきた。今風邪をひいたりしたら、休暇のあとまで寝込むことになるぞ。」
「う、うん・・・。僕も寒くなってきた。」
カインは襟元をかき合わせ、肩をすくめながら家に入っていった。カインには言わなかったが、実は私は城下町の歓楽街に、一度だけ警備以外で足を踏み入れたことがある。無論遊びに行ったわけではなかったし、妻と一緒だった。その時出会った歓楽街の娼婦達は、みんな元気で明るかった。自分の境遇を受け入れ、それでもなお前向きに精一杯人生を生きている、そんな印象を受けた。ああいう仕事をしている女性達はあまり長生きをしないものだと、誰かから聞いたことがある。アスランの母親がいくつなのかはわからないが、幸せをつかんであの街を出たのなら、きっと逞しい女性なのに違いない。
それにしても、カインは多少は成長したようだ。島にいた時は、常に私の息子という目で見られていたし、古くからこの島にいる人達にとっては、私の父サミルの孫という目で見られる。甘やかして育てたつもりはなくても、みんなに特別扱いをされてどうしても世間知らずになってしまっていたと思う。それが単身王国に出ていき、ランドさんに認められ剣士団の試験を突破することが出来た。そして様々な人に出会って確実に大人になってきている。カインが王国剣士となったことで、思いがけずフロリア様の心を乱すことになってしまったようだが、かえってこれでよかったのかも知れない。今回のことがなければ、フロリア様だけでなく私自身も、自分の記憶を封印したままずっとこの島で暮らしていくことになっただろう。たとえそれで何事もなく一生を終えることが出来たとしても、そのあと・・・向こうの世界で再びカインに会った時に、何もいいわけが出来ない・・・。そんなことを考えながら、私も家への扉をくぐった。
そして早めの夕食が終わり、カインはもうすっかり私の話を聞く体勢で、ソファに座っている。
「カイン、明日の用意はいいの?来る時に持ってきた洗濯物もちゃんと持って帰らなくちゃならないのよ。」
妻が落ち着かなげに声をかける。
「もうまとめてあるよ。ちゃんとたたんでしまったら、来る時よりも小さい荷物になったんだ。だから大丈夫だよ。」
カインが帰ってきた日、玄関から移動してきた巨大な荷物を思い出し、私は思わず笑い出した。
「まったくあの荷物にはびっくりしたものなぁ・・・。」
「ほんとにねぇ。カイン、これからはちゃんと自分でこまめに洗濯するのよ。休暇のたびにあんな大荷物を運んできたら、そのうち船に乗せてもらえなくなるわよ。」
妻が笑いながらカインの顔を覗き込む。
「わ、わかったよ。」
「本当にわかったのか?まさか洗濯はアスランに任せきり、なんて言うんじゃないだろうね?」
カインはぎくりとして私を見た。どうやら図星だったらしい。
「そんなことだろうと思ったよ・・・。宿舎に入って3ヶ月にもなるのに、洗濯物の干し方も知らないなんて、おかしいと思ったんだ。」
「え、干し方くらい・・・わかるよ・・・。」
「そりゃ今はわかるだろうな。フローラが一から教えたんだからね。」
「あ、それじゃ父さん、僕が洗濯物を干してるとこ見てたの・・・?」
「見てたわけじゃないよ。あの時は食事が出来たからってお前達を呼びに行ったんじゃないか。声をかける前に話が聞こえてきたのさ。」
「アスランて・・・カインと同室の子なの?」
妻が口を挟んだ。
「カインの相方だそうだよ。私もさっき初めて聞いたんだけどね。」
「へぇ・・・。一度くらい会ってみたいわね。男の子よね?歳はいくつ?家はどこなの?」
突然の質問攻めに、カインは焦って妻の言葉を遮った。
「ちょ、ちょっと待ってよ!そんなに一度に聞かれても・・・。えーとね、男だよ。歳は僕と同じ。家は・・・どこなのかな。城下町でないことは確かだけど・・・。」
「いやねぇ。3ヶ月も一緒にいるのに、家の場所くらい聞いてないの?」
「そんなの気にしたことなかったもの。あ、でも・・・僕がこっちに帰ってくる時、途中まで一緒に来たから・・・もしかしたらローランのはずれのほうなのかな・・・。」
「はずれって・・・村の中じゃないのか?」
不思議に思って私も尋ねた。
「うん。前にローランの常駐剣士の人に聞いたんだけど、昔モンスター達がおとなしくなってから、今まであった町や村の他の場所にも、家を建てて住む人が出てきたそうなんだ。特にローランの辺りはけっこう暖かいし、景色もいいし、昔からそんなに狂暴なモンスターもいないから、新しい集落が出来たりしたみたいだよ。たしか・・・ローランの少し南のほうだったかな・・・。」
「それじゃそこにアスランの家があるのかしらね。」
「そうかもね。僕はローランの東の森を抜けたところで別れたから、そのあとアスランがどっちに向かったのかまではわからなかったな。」
「ふぅん・・・。アスランて、一人っ子なの?」
「違うよ。妹がいるって言ってた。ローランのお医者さんのところで看護婦さんの勉強中だってさ。」
「へぇ・・・。あら、ローランのお医者さんて・・・ねぇ、クロービス、もしかしたらあの・・・。」
「ああ・・・あの、村の真ん中にある・・・。でもどうかな。昔と違って今は、医者だって何軒かあるかも知れないよ。」
「父さん知ってるの?そのお医者さん。」
「いや、わからないよ。昔はローランの医者と言えば一軒だけだったから、そこなら知っているけど、今はもっとあるかも知れないしね。お前こそ、ここに来る時にローランに寄ったのなら、会ってこなかったのか?」
「だって、アスランはローランまでは来なかったもの。会ったこともないのにいきなり行って、君の兄さんの仕事仲間だよなんて言ったら、何か怪しまれそうじゃないか。」
「ははは。確かに怪しいかもな。」
「なるほどね。まあいいわ。もしも機会があったら、アスランには一度会わせてね。」
妻は息子の相方であるアスランという若者に、かなり興味を持ったらしい。
「うん。実を言うとね、僕は一度アスランの父さんと母さんに会っているんだよ。いつだったかな・・・。城下町に用事があって出てきたからって、王宮に寄ったことがあったんだ。だからさ、父さんと母さんにも一度はアスランに会ってほしいよ。すごくいい奴なんだ。」
「・・・会えるかも知れないよ。」
「・・・え・・・?」
カインが不思議そうに顔をあげた。
「明日お前達が発つ前に言おうかと思っていたけど・・・久しぶりに王国に出ていってみようかなと思っているんだ。」
「父さんと母さんが!?」
「そうだよ。」
「どうしてさ?」
「お前の仕事ぶりを見にね、それと、オシニスさんにもっとお前を厳しく鍛えてもらおうって頼みに行こうかと思って。」
私はカインに向かってにやりと笑ってみせた。
「い、いいよぉ!これ以上厳しくなったら、大変だよぉ!」
カインは情けない声を出した。
「ははは、それは冗談だけどね。でも、王国に行くのは本当だよ。一度くらい祭り見物をしてみるのも悪くないからね。」
「へぇ・・・なぁんだ。それならそうと、もっと早く言ってくれたら・・・僕の休みに合わせて来てくれれば、いろいろ案内してあげられたのになぁ。僕は向こうに帰れば、もうすぐに仕事が始まっちゃうよ。せっかく父さん達が来てくれても相手が出来ないじゃないか。」
「別に相手をしてくれなくてもいいよ。それに、お前が仕事をしているところを見るつもりなんだから、そのほうが都合がいいよ。」
「仕事ぶりって・・・恥ずかしいじゃないか、そんなの・・・。」
カインは頭をかいている。
「恥ずかしいような仕事ぶりなのか?」
「ち、違うよ!ちゃんと仕事はしてるよ!」
「それじゃいいじゃないか。それに、父さん達が向こうに行くのは21年ぶりだからね。いろいろと行きたいところもあるし、お前をつきあわせるわけにもいかないよ。」
「それじゃ、王宮にも来るんだよね?」
「そうだね。オシニスさんには会っておかないとね。お前の上司なんだし、親子二代で世話になるんだから、ちゃんと挨拶に行くつもりだよ。」
「親子二代か・・・。確かにそうか・・・。でもさ・・・それだけ?」
カインの瞳が、突然探るように私を捉えた。
「それだけって・・・どういう意味だ?」
「だってさ・・・。この間団長が父さんに手紙をよこしたじゃないか。何が書いてあったのかはわからないけど、父さん達が王国に行くなんて言いだしたのは、あの手紙のせいなのかなと思ってさ。」
「まあ、あの手紙の影響が全くないとは言い切れないけどね。」
「それじゃ、手紙の中で、団長が何か言ってたの?」
「ちがうよ。あの手紙を読んで、懐かしくなったんだよ。父さんが剣士団にいた頃、一緒に頑張っていた仲間や先輩達がまだ現役で頑張っているみたいだし、こっちに帰ってきてからは全然連絡を取っていなかったから、久しぶりに会いたくなったんだ。20年以上も過ぎてからいきなり訪ねていったりしたら、変に思われるかも知れないけど、祭りだからっていうなら、いい口実になるじゃないか。」
否定すればますますカインは疑うかも知れない。それなら、もっともらしい理由をつけて肯定してしまったほうが、怪しまれずにすみそうだ。
「ふぅん・・・。それじゃ、剣士団長は父さんに特別用事があった訳じゃなかったんだね・・・。」
「用事なんて別にないよ。父さんが剣士団にいたのなんて、もうずっと昔だよ。それもせいぜい1年程度しかいなかったんだ。オシニスさんもお前が父さんと母さんの息子だって聞いて、懐かしくなったんじゃないのかな。でもいやにしつこく聞くじゃないか。何かおかしなことでもあるのか?」
「おかしいって言うんじゃないけど・・・僕が手紙を預かった時、団長が苦しそうな顔をしていたのが何となく引っかかっているんだよね。だから何かあったのかなと思っていたんだ。」
「どうなのかなぁ。何か別なことでも考えていたんじゃないのかな。剣士団長ともなれば、心配事なんていくらでもあるんじゃないのか?たとえば、失敗の多い団員をどうしたらいいかとか・・・。」
言いながらカインをちらりと見ると、カインはぎくりとしている。
「それとも、王国に私達が行くとまずいことでもあるのかしらねぇ・・・?」
妻も横目でカインを睨んでみせる。妻と私の両方から見つめられて、カインがため息をついた。
「まずいことなんてないよ。しつこく聞いて悪かったよ。それじゃさ、いつから向こうに行くの?」
「そうだなぁ・・・。あさってあたりと思っていたんだけど、まだわからないな。診療所のこともあるし、しばらくはブロムおじさん一人になってしまうから、グレイのところに後のことを頼んでおかなくちゃならないからね。」
「そっかぁ。父さんと母さんが二人で出かけるとなると、大変なんだね。」
「そう言うことだね。でもお前達が帰ってから、出来るだけ早く出かけるつもりだよ。遅くなると混みそうだからね。泊まる場所もないんじゃ町の外で野営する羽目になりそうだしね。」
「もう遅いかも知れないよ。僕が帰ってくる時だって大変だったんだから。あ〜ぁ・・・あれよりも混んでいる場所に帰って、あの人混みの警備か・・・。」
カインはまたため息をついて頭を抱えた。
「どんな仕事だって大事な仕事だよ。さてと、カイン、昨日の話の続きなんだけど、聞くつもりはあるのかな?」
その途端、カインはがばっと顔をあげた。
「あ、そうだ!聞きたい!そのつもりで訓練を早く切り上げたんじゃないか。時間がなくなっちゃうよ。このあと、もういつ帰ってこれるかわからないんだから、今日を逃すわけにはいかないじゃないか。」
「熱心ねぇ。でもどうしたの?剣士団に入る前は一度も昔話してくれなんて言わなかったじゃないの。父さんと母さんの出会いについてはしつこく聞きたがったけど。」
「だってさ、知らない人のことは聞いてもつまらないけど、知っている人なら全然違うじゃないか。今剣士団を引っ張っている人達が若い時どんなだったのか、どんな風にして今の時代を築き上げたのか、そう言うことを聞くのって好きなんだよね。それにさ、父さんと母さんの出会いについても、今度はちゃんと教えてもらうからね。昨夜父さんにも言ったけどさ、絶対あちこち省いて話してるよね?」
「そりゃそうよ。いくら親子だって話せないこともあるもの。でもカイン、そういうところには勘がいいのに、どうしてそれを仕事にも生かせないのかしらねぇ。そうすれば先走ったり慌てて失敗したりしなくてすみそうな気がするんだけど。」
「え、そ、それは・・・。」
ふいをつかれてカインは言葉が見つからなかったらしく、口をぱくぱくさせて赤くなっていたが、大きく深呼吸すると
「母さんてば!ごまかされないからね!」
そう言って妻を睨んだ。
「あら残念。うまくはぐらかそうと思ったのに。」
妻が肩をすくめながら、カインに向かってニッと笑ってみせた。
「ふぅ・・・危ない危ない。母さんははぐらかすのうまいもんなぁ。でももう、その手には乗らないよ。さあ父さん、話を始めてよ。時間がなくなっちゃうよ。」
「わかってるよ。かなり長い話になるけど、ちゃんと聞けるか?」
「そんなにたくさん話してくれるの?」
「話すよ。初めに言っておくけど、楽しい話ばかりじゃない。いや、楽しい話なんてないかも知れないな・・・。でも昨日の夜お前が言った決意が本物なら、どんな話でもきちんと受け止められるはずだけどね。」
カインは頷いた。
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