小説TOPへ 第11章〜第20章のページへ


第12章 苦い思い出−1−

 
「・・・その後私達は、城下町の城壁のすぐ外の辺りを重点的に警備してまわって、旅人を助けたり、商人の護衛をしたりしながら毎日を過ごしていったんだ・・・。」
 
 話し終えた時、思わず私はあくびをした。もう夜も遅い。
 
「あら、もうこんな時間・・・。ごめんなさい。長々と話をさせてしまって。」
 
「・・・いいよ。私も久しぶりだよ。こんな風にいろいろと思い出したの・・・。この島に戻ってきてから、もう20年も過ぎるって言うのに、ずっと忙しくてなかなか想い出に浸るなんて出来なかったから・・・。いや・・・思い出すのが・・・怖かったのかな・・・。」
 
「そう・・・。でも嬉しい。あなたのことこんなにいろいろ聞けて。」
 
「どうしたの?何だか知り合ったばかりの頃みたいなこと言うね。」
 
「あら、知り合ったばかりの頃の新鮮な気持ちに戻ってるのよ。」
 
 妻はそう言って笑って見せたが、私の心の中には、漠然とした不安が広がっていた。確かに、今回のことで思いがけずいろいろと昔話をすることになった。私も妻に若いころのことを全て語って聞かせたことがあるわけではなかったので、妻にとって今回初めて聞く話もたくさんあるとは思う。だが・・・何となく妻の様子がいつもと違う・・・。気のせいだろうか・・・。
 
 次の日、カインは朝食の時から意気込んでいる。
 
「父さん!!今日は稽古してくれるんだったよね!」
 
「わかってるよ。でも朝のうちだけだからね。」
 
「よーし、食べたら行くぞぉ!!!」
 
 そう叫ぶと、さっさと外に出ていってしまった。
 
「おいおい、カインはすごい勢いだが・・・大丈夫なのか?」
 
 ブロムおじさんもあきれ顔だ。食事を済ませたあと部屋に戻り、私は久しぶりに父の形見の剣を取りだした。ファルシオン・・・。その刀身は、今も竜の瞳と同じ金色に光り輝いている。
 
 以前カインとの稽古の時に身につけていたレザーアーマーを持って出ようとしたが、ふと思い立ってナイト輝石の装備のほうに手を伸ばした。カインの剣がどの程度になっているのか。もしも著しく成長しているのなら、こちらもフル装備で向かい合わなければならない。私はナイト輝石製の鎧と小手を持って外に出た。
 初夏の日差しが庭に降り注いでいた。そして勇ましいかけ声のするほうに歩いていくと、カインはもう汗をびっしょりかいて素振りをしている。
 
「意気込みだけはすごいな。」
 
 カインは、からかう私をじろりと睨むと、私に向かって剣先をつきだして見せた。
 
「さあ、父さん、お願いします。」
 
 息子は真剣らしい。
 
(からかって悪かったかな・・・。)
 
 そんなことを思いながら向かい合った。カインは私と違って、両手持ちのアイアンソードを携えている。細身の剣よりも相性がいいらしい。剣を両手に持ち、構えたところを見ると、一応それなりには見えるのだが、やはりまだあちこちに隙がある。意気込みに腕がついていかないらしい。もっともまだ18だ。これからなのだろう。
 
「あれ?父さん、その鎧・・・。そんなの持ってたんだ・・・。」
 
 カインは、私がいつも着ていたレザーアーマーではなく、ナイト輝石製の鎧を身につけていることに目をとめた。
 
「持ってたんだって・・・昔見せたことがあるじゃないか。」
 
「・・・そうだっけ?それってさ・・・ナイト輝石製の鎧だよね?」
 
「・・・そうだよ。お前の腕が上がっているなら、レザーアーマーでは受け止めきれないかと思ったんだけど・・・今のその言葉で、何となくレザーアーマーでも充分なような気がしてきた・・・。」
 
「そ、そんな・・・僕だって上達したんだから!!」
 
 カインはムキになっている。
 
「それなら、一度見た鎧くらいは憶えておきなさい。さてと、準備はいいのか?」
 
「大丈夫!!いつでも始められるよ!!」
 
 私は鎧の胸当てだけを身につけた。とりあえず軽く打ち合ってみよう。
 
「よし。カイン、行くぞ!!」
 
「はいっ!」
 
 そのまま斬り込むと、以前よりもしっかりと受け止めている。このあたりは成長したと言うことか。だが、受け方が甘い。思い切り体重をかけてやると上半身がぐらつく。この程度でぐらつくとは・・・体力がまだたりないのかも知れない。最も体の方も成長途上なのだから仕方がないのかも知れないが・・・。
 だが攻撃になると、体重を乗せた剣の威力は以前よりもはるかに重みがある。攻めのほうにばかり重点を置いているのだろう。だが防御があの程度では心許ない。一度下がるとすかさず斬り込んでくる。しばらく打ち合ってみたが、以前よりも攻守のバランスが悪い。このまま同じことを繰り返すだけなら意味がない。とりあえず終わらせようと、攻撃をひょいとよけて小手を叩くと、簡単に剣を取り落とした。このあたりにも不安がある。
 
「はぁ、はぁ・・・父さんにはやっぱりまだかなわないな・・・。」
 
 肩で息をしながらカインがつぶやいた時、道のほうから拍手が起こった。
 
「相変わらず見事だね、クロービス。」
 
 ライザーさんだ。イノージェンもいる。
 
「おはようございます。これからですか?」
 
 私の問いにイノージェンが嬉しそうに答える。
 
「そうよ。いよいよエルバール王国へ行くのよ。楽しみだわぁ。」
 
「おじさん、おばさん、おはようございます。」
 
 カインも立ち上がって挨拶をした。
 
「おはようカイン。」
 
「ねえ、おじさんの目から見て僕の剣はどうだった?」
 
 カインは目を輝かせてライザーさんに尋ねた。
 
「僕の?僕は見ていただけだし、実際に手合せした君の父さんに聞いた方がいいんじゃないのかい?」
 
「そんなことないよ。僕ね、父さんからおじさんのこと聞いたんだ。剣士団長とコンビを組んでいたんだよね。そんなに強い人なら僕の腕だって見ただけでわかるでしょ?」
 
「おい、カイン、そんな言い方は失礼じゃないか。」
 
「え?そう?何か悪いこと言ったかな?」
 
 カインはきょとんとしている。
 
(礼儀作法ももう少し教えた方がいいかな・・・。)
 
 そんなに甘やかしたつもりはないのだが、やはり一人息子と言うことで多少は甘くなってしまっただろうか・・・。ライザーさんは私をちらりと見て微笑むと、そのまま視線をカインに移し、口を開いた。
 
「それじゃ、今の立合を見た感想と言うことでね。そうだね・・・カイン、君は防御が甘いかな。もう少し体力づくりをした方がいいよ。攻撃の方はなかなかだと思うけど、両手持ちのアイアンソードは、見た目よりも扱いが難しいんだ。体力も余分に使うしね。もう少し攻守のバランスを考えたほうがいいよ。」
 
 私が考えたことと同じだ。やはり見ただけでわかるのだろう。カインは思いがけないライザーさんの言葉にぽかんとしている。
 
「剣士団長に言われたことと同じだ・・・。ねぇ!おじさん、僕と一回だけ手合わせして!」
 
「え!?」
 
 さすがにこれにはライザーさんも驚いている。カインは昨日の私の昔話を、いかにも信じていないと言った顔で聞いていた。もしかしたら、ライザーさんの腕を試すつもりかも知れない。『にこにこした近所のおじさん』が本当にそれほどの腕を持つ人なのか、自分で確かめようとしているのかも知れない。私に言わせれば無謀としか言いようのない試みではあるが、私が百万言費やすよりも、実際に自分で確かめるのが一番手っ取り早い方法ではある。だが、ライザーさんのほうは迷惑かも知れない・・・。
 
「わあ、ライザーの剣さばき見るの久しぶりだわぁ!!」
 
 どうしたものかと見ている私をよそに、大声ではしゃいだのはイノージェンだ。
 
「船が出てしまうよ。」
 
「あら、だいじょうぶよ。早めに出たんだから。」
 
 困ったようなライザーさんに、イノージェンは期待のこもった視線を返す。
 
「ライザーさん、すみません。ご迷惑でなければ・・・お願いします。昨日ライザーさんとオシニスさんの話を聞かせたりしたせいか、手合わせしたくて仕方ないみたいだから・・・。」
 
 私は仕方なく頼み込んだ。オシニスさんの名前に、ふとライザーさんの表情が翳る。だがすぐに元の穏やかな表情に戻ると、
 
「仕方ないな・・・。それじゃ少しだけだけどいいかな。」
 
「はい!!お願いします!」
 
 カインは元気いっぱいだ。ライザーさんは、担いでいた荷物の中からナイトブレードを取り出した。あの日とかわらない、青い光・・・。
 
「クロービス、君の胸当てを貸してくれるか?」
 
 私は胸当てをはずし、ライザーさんに渡した。ライザーさんはそれを付けると、剣を持ち、
 
「さて、カイン、どこからでもどうぞ。」
 
にっこりと微笑む。フル装備でやる気満々のカインに対し、胸当てだけを付けて、大剣を片手に持ち、構えらしい構えもしていない状態のライザーさんが向かい合った。
 
「え、いいの?」
 
 カインはさすがに相手がこの体勢では、斬り込む気になれないらしい。
 
「来てくれないと立合いにならないよ。」
 
「よーし、それじゃ行きます!!」
 
 カインがライザーさんに突進する。体の真ん前めがけて。カインの剣が振り下ろされる瞬間、鋭い音と共に剣先がはじき返された。それと同時にライザーさんの顔からは笑みは消えている。あの瞳。眼光鋭く相手を見据える、立合いの時のライザーさんの瞳・・・。
 
「うわっ!!」
 
 思いがけない反撃にカインはバランスを崩したが、やっとの事で体勢を立てなおした。そのころには、ライザーさんは既に下がって間合いをとっている。この時に斬り込めば簡単に勝てたはずだが、ライザーさんも単なる試合ではなく、カインの稽古をつけるつもりで相手をしてくれていると言うことなのだろう。自分が体勢を立てなおす間に、既に下がって構えているライザーさんに、カインはぎょっとしてまた突進する。今度は軽くよけられてしまった。あまりにもレベルが違いすぎる。だが、これでもライザーさんはかなり手を抜いているはずだ。ほとんど勝負になっていないような気がした。
 
「ライザーさんの剣は変わらないわね。」
 
 振り返ると、いつの間にか妻が立っていた。
 
「賑やかだから来てみたんだけど・・・。稽古が終わるまで私もここで見ていようっと。でも・・・カインが何となく進歩していないような気がするんだけど・・・。気のせい?」
 
「いや、気のせいじゃないよ。剣士団に入る前よりも攻守のバランスが崩れてるんだ。何かあったのかな。」
 
「そう・・・。ていうことは、当分あなたを負かすことは無理みたいね。」
 
 妻はそう言ってクスリと笑う。
 
「そうだね。わざわざナイトメイル持ってきたけど、必要なかったみたいだよ。」
 
 そんな会話の間にもカインは果敢に攻め続けている。
 
「とぉぉぉぉぉ!!」
 
 かけ声だけは一人前だが、前しか見ていない。隙だらけだ。というより、だんだん隙が大きくなってくる。カインはどうやら、ライザーさんがおそらくカインの前では初めて見せるあの瞳に、呑まれてしまっているらしい。やがてライザーさんは受け止めた剣に体重をかけ始めた。カインはこらえながら少しずつ後ずさる。カインの顔に脂汗が浮かび、腕が耐えきれないように震えだした頃、ライザーさんはひらりと後ろに下がった。体にかかる圧力がいきなり消えて、カインが前のめりにバランスを崩したところに、すかさずライザーさんの剣が振り下ろされる。その剣先は正確にカインの小手に命中した。
 
 ギ・・ン!!
 
 カインの剣が足下に落ちた。
 
「それまで!」
 
「あ、あれ!?」
 
 私の声にぽかんとしたままのカインを見て、私は思わず吹き出した。
 
「お前・・・それでよく合格できたものだな。よっぽど・・・手を抜いてもらったんだな・・・。」
 
「え、そ、そんな・・・。」
 
 カインは半べそになっている。いつも穏やかな微笑みを浮かべて、多分カインにとってはとても強そうには見えない『にこにこした近所のおじさん』にあっという間に負けてしまって、驚いているというより戸惑っているように見えた。
 
「先に剣から手を離したお前の負けだよ。どんなことがあっても剣だけは手放すな。自分の命綱のようなものなんだからね。」
 
 昔、私自身も言われた言葉だ・・・。私はオシニスさんの手紙の追伸にあった言葉を思い出した。
 
『攻めるばかりで引くことをしらん』
 
 さてどうやってそれを教え込むか・・・。
 
「はい・・・。あ、おじさん、ありがとうございました。」
 
 頭を下げるカインに
 
「どういたしまして。カイン、ランドは手を抜いたりしないよ。自信を持っていいんだよ。それに、使う剣のタイプは違うけど、やっぱり君の剣はクロービスの太刀筋に似ているね。」
 
ライザーさんが笑顔で応える。もうその瞳からはあの鋭さは消え失せ、いつもの優しい瞳に戻っていた。
 
「え?ほんと!?」
 
 カインが目を輝かせた。
 
「ライザーすてき!!かっこよかったわよぉ!!」
 
 イノージェンの拍手喝采にライザーさんは苦笑いしている。確かにライザーさんの剣は変わらない。鋭く、動きは素早い。見事なものだ。
 
「ねえ、次はライザーとクロービスね。」
 
「え!?」
 
 思いがけないイノージェンの言葉に、ライザーさんと私は同時に声を上げた。
 
「でも船の時間が・・・。」
 
「大丈夫大丈夫。まだ少しあるわ。」
 
 イノージェンは引き下がりそうにない。
 
「僕も見たい!おじさんと父さんの立合い!!」
 
 カインまでが騒ぎ始めた。
 
「イノージェン、大丈夫なのかい?以前は青くなって震えていたじゃないか?」
 
 この島に戻ってきた頃、ライザーさんと私が最初に立合いをした時のことだ。初めて見る私達の立合いに、最初はにこにこしていたイノージェンだが、やがてその凄まじさに青くなって震えながら妻にしがみついていた。
 
「大丈夫よ。もう慣れたわ。あのあと何度もあなた達の訓練を見ていたもの。」
 
「父さんとおじさんて、そんなにしょっちゅう訓練してたんだね。」
 
「昔はしてたわよぉ。すっごくかっこよかったんだから。えーと・・・二人ともね。」
 
「無理しなくていいよ。君がかっこいいと思ってたのはライザーさんだけだろ?」
 
「あ、あら、そんなことないわよ。クロービスだってちゃんとかっこよく見えたわよ。」
 
 そんなイノージェンを優しい瞳で見つめながら、ライザーさんは一つため息をつき、私に向き直った。
 
「仕方ないね、クロービス、久しぶりの一本勝負と行こうか。しかし・・・君とやり合うとなると、胸当てだけってわけには行かないね・・・。フル装備だな・・・。」
 
 そう言うと、ライザーさんは胸当てをはずして私に返した。そして自分の荷物の中からナイトメイルと小手を取り出す。
 
(祭りに行くのに・・・ナイトメイルとナイトブレード・・・?)
 
 奇妙な違和感・・・。
 
「そうですね・・・。やりますか。」
 
 私も鎧を装備仕直し、小手をつけて向かい合った。こんな風にして向かい合うのは何年ぶり、いや十年ぶりくらいかも知れない。今の私の剣はライザーさんに通用するのだろうか。
 
「僕が合図をするよ。」
 
 カインの言葉に妻が進み出てきた。
 
「私が審判をするわ。多分勝負はつかないから合図を出すだけでしょうけどね。」
 
「え?母さん立合いの審判なんて出来るの?」
 
 カインが驚いたように妻を見ている。
 
「あら失礼ね。ライザーさんと父さんの立合いの審判はいつも母さんだったのよ。」
 
「へぇ。ルール知ってるの?」
 
 カインはからかうような口調で妻を横目で見ている。
 
「降伏するか逃げ出すか、武器を先に取り落とした方が負け。それだけでしょ?」
 
「・・・あ、うん・・・。へぇ、ちゃんと知ってるんだね。」
 
「母さんの審判歴は・・・長いのよ。もっと昔からね・・・。」
 
 少しだけ表情を曇らせて、妻はライザーさんと私の間に立った。
 
「時間制限ありね。船の時間は大丈夫なんですか?」
 
 妻がライザーさんに振り向く。
 
「少しならね。」
 
 ライザーさんの微笑みを受けて妻は頷くと、後ろに下がった。
 
「わかりました。では行きます。始め!!」
 
 その声で私達は一気に相手に向かって斬り込んだ。私の剣とライザーさんの剣がぶつかって凄まじい音をたてる。右へ左へ、相手の動きを追いながら先へ先へと剣を繰り出す。実際に剣を交えてみると、彼の剣が確かに昔よりも鋭さを増していることにはっきりと気づいた。以前よりも重みもある。きっとこの人は今でも訓練を続けている。あれから20年過ぎていても、あの頃のように・・・いや、鋭さとスピードは今のほうが勝っているかも知れない。だが、だからといって単なる祭りの見物と子供達の仕事場を見に行くというだけで、どうしてナイト輝石の装備など必要なのだろうか・・・。
 昨日のことで、私がずっと心の奥底に抱き続けてきたライザーさんへのわだかまりは消えた。だがまた新たな不安が広がる。何かが起るのだろうか。オシニスさんの手紙にあった言葉を思い出す。
 
『エルバール王国は見た目ほど盤石ではない』・・・。
 
 その時ライザーさんが真正面へ斬り込んで来た。顔の前で剣を受け止める。お互いの顔が近づいた。何か聞かなければ。でも何と聞けば・・・。うまい質問の言葉が見つからず、私は思わずライザーさんの瞳を見つめた。だが彼は目を逸らさない。昨日と同じ、一点の曇りもない瞳でまっすぐに私を見つめ返す。
 
「クロービス・・・。一つだけ忠告しておこう。王国に出向くのなら、装備は今君が着ているフル装備で向かうことだ。」
 
 思いがけない言葉に私は驚いた。
 
「どういうことです?何が起こるんですか?」
 
 それには答えず、ライザーさんは思いきり私の剣をはじき返した。思わず後ろに下がって構え直そうとしたその時、
 
「そろそろ船の時間かしらねぇ。」
 
 落ち着かなげなイノージェンの声で、私達は構えをといた。ライザーさんは微笑むと、
 
「クロービス、君の剣は変わらないね。久しぶりに楽しかったよ。」
 
何事もなかったかのように剣と鎧を荷物にしまい、イノージェンと共に船着き場へと歩いていった。
 
 行くのならフル装備で・・・。どうして・・・。何が起こるというのか・・・。
 そしてライザーさんは王国へ出向いて何をしようと言うのか・・・。彼が悪しきことに手を染めているとは思えない。さっき私をまっすぐに見つめた瞳は澄みきっていた。なのに漠然とした不安が広がる。その時、ふとカインがつぶやいた。
 
「あれ・・・?何で知ってたのかな・・・。」
 
「何を?」
 
「だってさ、おじさんさっき、『ランドは手を抜いたりしない』って言ってたよね・・・?僕ランドさんのことなんて話してないよ。さっき父さんだって『よっぽど手を抜いてもらってたのか』ってしか言わなかったじゃないか。」
 
「誰かに聞いたんだろ。手紙でもなんでも、剣士団のことなんて教えてくれる人は幾らでもいるかも知れないじゃないか。」
 
「そうかなぁ。昨日おじさんちに行った時にもそう言う話にならなかったし。フローラの話が中心だったし、ライラとイルサのこととかね。・・・それにどうして王国剣士を辞めたのか聞いた時も黙って笑ってただけだし・・・。変だよね。どうして剣士団の話が全然出なかったんだろ・・・?」
 
「気にするようなことかな。ライザーさんが剣士団にいたのはずいぶん昔だから。昔のことなんて話しても仕方ないとでも思ったんだろう。」
 
 私は慌てて取り繕った。カインに不信感を抱かせるわけにはいかない。
 
「そんなことより、どうだった?ライザーさんは弱かったか?」
 
「・・・びっくりしたよぉ。あんなに強い人だと思わなかった・・・。それにあの眼・・・。怖かったなぁ。剣士団長と同じだったんだ。訓練の時のすごく怖い眼と。でも父さんもだよ。あんなにすごい勢いで僕の相手してくれたことなんてないじゃないか。剣先が見えないくらい速いんだもの。はぁ〜・・・もっと稽古しなくちゃ・・・。それにおじさんが持ってたあの剣・・・あれって確か『ナイトブレード』だよね。剣士団長も持ってるよ。あの大剣をあんなに軽々と片手で振り回すなんて・・・。一体どんな訓練積んでたんだろ・・・。」
 
 カインはため息をついてがっくりしている。余程ショックだったのだろう。それに、私が自分に合わせて手を抜いていたことに、今の今まで気づかなかったらしい。それにしても、剣士団の試験を受けに行く前よりも妙に攻守がアンバランスなのが気になる。いくら攻撃重視に訓練したとしても、防御がほとんど進歩していない。一体どんな訓練を積んできたのか・・・。
 
「お前がライザーさんに勝とうと思うなら、今の何十倍も訓練しなくちゃならないよ。あの人はオシニスさんと同レベルなんだから。あの二人だって最初からあんなに強かった訳じゃないだろう。必死に訓練を積んであれだけになったんだ。それに父さんだってそうだよ。人に教えるには、こちらも相手に合わせたレベルで相手をするのが当たり前だよ。それよりもお前は、まず防御だ。それから攻めるばかりではなくて、少しは引くことも覚えなさい。」
 
「でも攻撃は最大の防御だって言うじゃないか。」
 
「そういうのは、ちゃんと訓練して攻撃力も防御力もしっかりと身につけた人が言う台詞だよ。お前の防御力ははっきり言って剣士団の水準以下だ。攻撃力があれだけ進歩しているのに、どうしてそんなにバランスが悪いんだ?」
 
 カインは私の言葉に『納得行かない』といった表情でいる。
 
「だってさぁ・・・そう言うのって地味じゃないか。性にあわないんだよねぇ。攻撃力が強ければ一気に勝負を決められるよ。防御なんてしている間に、ガンガン攻撃をかけていけばいいじゃないか。先輩達の立合い見てると、かっこよく攻撃してるんだよねぇ。僕は早くあんな風になりたいんだ。」
 
 カインはそう言いながら剣の素振りをしてみせる。斬り込む角度や構えなど、攻撃のほうにばかり気をとられているのがわかる。
 
「つまり、お前はその理論に基づいて今まで訓練をしてきたわけか。」
 
「そうだよ。」
 
「それで少しでも強くなったと思うのか?」
 
「父さんにかかればまだまだだって思うよ。でも僕としてはかなり頑張ったと思うし、それなりに進歩していると思ってるよ。」
 
 あまりにも自信に満ちた答えに、何だか情けなくなって私は思わずため息をついた。
 
「・・・それじゃどうしてさっきライザーさんに勝てなかった?」
 
「そんなの無理に決まってるじゃないか!ライザーおじさんが剣士団長と同レベルだって言ったのは父さんだよ!?」
 
「なるほど。では言い方を変えよう。どうしてライザーさんに一太刀も浴びせられなかったんだ?お前がこの島を出る前より強くなっているなら、一度くらいは攻撃があたってもよかったはずなんだけどね。」
 
「そ、それは・・・えーと・・・。」
 
「・・・剣術は駆け引きだよ。相手の動きを見て、見切って、先を読んで、攻めて、逃げて、隙をつく。地味な訓練を積み重ねて、攻撃力を高めて、それに見合った防御力、そしてそれを自在に操れるだけの精神力、それらを身につけて初めて『強くなった』と胸を張って言えるんだよ。性に合うの合わないのって本気で言っているのか?それなら、その時点でお前は王国剣士として失格だ。お前の先輩達だって一朝一夕でそんなに腕を上げたわけじゃないんだ。お前は、この3ヶ月間一体何をやっていたんだ?この間の決心はどうしたんだ?お前の一大決心というのはその程度のものだったのか!?」
 
 私は意識して少し厳しく言い放った。カインは黙ってうなだれている。
 
「とにかく今日はもう終わろう。診療所を開ける時間だ。お前はもう少し頭を冷やしなさい。それとフローラ、少しカインをほっといてやってくれないか。君に甘えてばかりいるようでは、この先君を支えていけるはずなどないからね。」
 
 困ったようにカインと私を見比べるフローラと、半泣きの顔で唇を噛みしめるカインを庭に残して、私は部屋に戻った。鎧と剣を元の場所に置いて、診療所へと出ていこうとしたが、先ほどのライザーさんの言葉がどうしても引っかかって、ため息をつくと椅子に座り込んだ。
 
「何かあったの?」
 
 あとを追ってきた妻が心配そうに私の顔を覗き込む。私はさっきの立合いの時のライザーさんの言葉を妻に話して聞かせた。
 
「昨日の朝ライザーさんと話していた時には、おかしな様子はなかったの?」
 
「うん・・・。なかったと思う。私が八つ当たりで責めてしまったから、すごくつらそうにはしてたけど・・・。」
 
「でも・・・ライザーさんが王国に弓引くとは思えないわ。」
 
「私だってそんなことは思ってないよ。もしそんなことを考えているんだったら、さっきみたいなことを私に言うはずがないからね。だからよけいにわけがわからないんだ。」
 
「20年前・・・何があったのかしらね・・・。みんな何も教えてくれなかったわ・・・。ライザーさんのことを尋ねた時の、みんなのあのつらそうな顔・・・。オシニスさんの涙に滲んだ瞳・・・。みんなはっきり憶えているのよ、私・・・。」
 
「みんなつらかったんだろうけど、オシニスさんにとっては・・・多分片腕をもぎ取られたくらいの衝撃だったんだと思うよ・・・。あの二人は・・・親友同士だったんだ。ただの仕事上のパートナーと言うだけではなくて・・・。お互いを・・・かけがえのない親友だって・・・認め合っていたんだ。」
 
 言いながら、カインの死に直面した時の、あの引き裂かれるような心の痛みが甦ってきたような気がした。
 
「私達が王国に行くことで・・・答えは見つかるのかしら。」
 
 妻は小さくため息をつき、私の隣の椅子に座った。
 
「あなたの見た夢、オシニスさんの手紙、ライザーさんの言葉・・・そして・・・フロリア様のこと。みんな・・・わかるのかしら・・・。それに・・・シャロンのこともね・・・。」
 
「そう願いたいね・・・。みんな・・・今度こそみんな・・・。」
 
「そうね・・・。」
 
「カインはどうしてた?」
 
 ふと、半泣きの息子の顔が思い浮かんだ。
 
「べそかきそうだったけど必死でこらえてたわよ。フローラは健気にあなたの言いつけ守って、カインのそばで黙って見ていたわ。二人とも何だかかわいそうだったけど・・・仕方ないわよ。あんなうわついた調子では、そのうち剣士団の中でだって浮いてしまうわ。ここで少し、気を引き締め直してもらわないとね。」
 
「そうか・・・。それじゃ、少し診療所に顔を出してくるよ。」
 
 私は少し重い気持ちのまま診療所に出ていった。
 
「なんだ?やけにむすっとしているな?」
 
 ブロムおじさんが不思議そうに私の顔を覗き込む。
 
「あ、ごめん。今ちょっとカインに怒ってきたところだから・・・。」
 
「ははは。何をやらかしたんだ?」
 
 私は先ほどの一連の出来事を、ブロムおじさんに話して聞かせた。ライザーさんへの疑惑を除いて・・・。
 
「・・なるほどな・・・。カインは惑わされているのだろうな。」
 
「惑わされている?」
 
「そうだ。王国剣士団の剣士達の層はかなり厚いと聞く。鍛え抜かれた剣士達がガンガン攻撃して立合しているのを見ているうちに、自分のスタイルを忘れてしまったんだろう。入団試験の時点でそんなだったら合格しているはずはないからな。」
 
 なるほど、そう言われればそうかも知れない。それならばなおさら、今回の休みのうちにそれを気づかせなければ、カインは二流剣士で終わってしまう。だが、ここで私が先走って手をさしのべれば、結局は同じことかも知れない。自分で考えて自分で行動させなければ・・・。
 ここまで考えてふと気づいた。私だって・・・結局ライザーさんに頼ってやっと決心がついた・・・。子供のように八つ当たりをしてしまったが、彼がそれを黙って受け止めてくれたからこそ、決心をすることが出来たんだ・・・。過去と向き合うこと・・・。それがどれほど辛いことでも・・・。
 もう少し、カインの頭が冷えたころに少し手助けをしてやろう・・・。その日は夕方まで、息子の勇ましいかけ声は聞こえてこなかった。
 
 そして夕食後、出掛ける時に備えて少し仕事を前倒しで進めようと診療室に残っていた私の元に、食事の間中しょんぼりしていたカインがやってきた。めずらしく一人だ。
 
「父さん、今いい?」
 
「いいよ。そこに座りなさい。」
 
 私は患者用の椅子に息子を座らせた。
 
「フローラは一緒じゃないのか?」
 
「うん。多分今は母さんの手伝いしてるよ。」
 
「そうか。父さんのところに来たと言うことは、少しは頭が冷えたと言うことか?」
 
「うん・・・。フローラにも叱られちゃった。地に足がついてないって。」
 
「なるほどね。うまい言い方だな。確かにその通りだよ。剣士団の試験を受ける前、確かにお前の攻撃力は今よりも低かったと思う。でも攻守のバランスがとれていた分、あの頃のほうが今よりも強かったような気がするな。」
 
 私はさっきブロムおじさんが言っていた言葉をカインに話して聞かせた。
 
「惑わされてる・・・か・・・。」
 
 カインがぽつりとつぶやく。
 
「一度先輩達の剣さばきは頭の中から追い出した方がいい。今のお前に一番適した訓練を積むことだね。」
 
「父さん、相手してくれるの?」
 
「ああ、協力するよ。父さんももう少し鍛えておかなくちゃならないからね。まだお前に負けるわけにはいかないよ。」
 
「いつかは父さんを負かせるようになれるのかな。」
 
「いずれはそうなってもらわなくちゃ困るなあ。いつまでも父さんの陰に隠れているようでは情けないじゃないか。」
 
「そうだよね・・・。はぁ・・・僕今まで何やってたんだろ。ここでせっかく父さんに色々教えてもらってたのに、剣士団に入って先輩達の剣さばきを見て舞い上がって・・・自分もちょっとがんばればすぐにあんな風になれるような気がしてさ。人のまねばかりして、それで強くなったような気分になってただけだったんだね・・・。」
 
「そこまできちんと自分を分析出来るのなら、まだ見込みはありそうだな。明日はもう少し相手してやるよ。そろそろ寝なさい。寝ぼけて稽古して怪我しても治療してやらんぞ。」
 
「ははは。お医者さんの言葉とは思えないなあ。でも確かにそうだよね・・・。」
 
 カインは肩を落としている。笑顔を見せてはいるが、内心は相当打ちのめされているらしい。息子が少しだけかわいそうになった。
 
「・・・そんな顔するなよ・・・。誰だって失敗はあるんだから・・・。」
 
「・・・父さんも失敗した・・・?」
 
「・・・しないわけないじゃないか・・・。入ったばかりのころには誰だって失敗するよ。」
 
「ふぅん・・・。そうだよね。でもちょっと安心しちゃったな・・・。」
 
「どうして・・・?」
 
「だってさ・・・僕にとって父さんて・・・いつもすごく大きな存在だったんだ。今だってそうだけどね。いつも落ち着いているし、お医者さんとして島のみんなにすごく頼られているし、剣の腕も治療術も風水術も一流で、僕は全然かなわないし・・・。だからもし父さんが偉そうに『早く自分に追いつけ』なんて言ったりしたら、絶対僕はコンプレックス持っちゃったと思うんだよね。父さんに対してさ。」
 
「・・・そんな偉そうなこと言えるはずないじゃないか。」
 
「・・・僕がいくら失敗しても父さん怒ったりしなかったし、いつもにこにこしていてくれたから・・・だから僕はここまでになれたような気がする。だけど今、父さんも昔は失敗したって言う話聞いてさ、父さんも僕と同じ、普通の王国剣士だった時があったんだなぁなんて、そう思ったら何だか嬉しくなっちゃったんだ。ちょっとだけ・・・父さんに近づけたような気がしてさ・・・。」
 
 どんなことでも人に教えようとするなら、ある程度の忍耐力は必要だ。それでも人によっては、わざと怒って相手を奮い立たせるというやり方で教えていく人もいる。でもそれも相手によりけりだ。怒られて奮い立つタイプならいいが、怒られるたびに萎縮するタイプもいる。今くらいに成長してからならともかく、小さな頃のカインにわざと怒鳴りつけたりすることなど、私には到底出来なかった。それでもカインは、失敗するたびに何度も練習を重ねて、ここまでになった。私の教え方は間違っていなかったらしい。そして今では、その私の考えをちゃんとわかってくれている・・・。
 
「そうか・・・。父さんだって・・・いろんな人達に支えられてここまでになったんだよ。」
 
「うん・・・。ねぇ、それじゃさ、その頃のことは教えてくれるの?」
 
「その頃のことって・・・父さんの失敗の話か?」
 
「うん。」
 
「どうしようかな・・・。」
 
 失敗談など、人に聞かせたいものではない。照れくささが半分と、情けないのが半分。なんとなく、複雑な気持ちだった。
 
「どうしてもだめって言うなら・・・諦めるけど・・・でも聞きたいな・・・。ちゃかしたり笑ったりしないよ。父さんの失敗談だって、これからの僕に生かせることがきっとあるよ。・・・だめ?」
 
 私を見つめるカインの瞳は真剣だった。
 
「いや・・・構わないよ。それでお前が少しでも成長してくれるのならね・・・。それじゃ父さんの記念すべき初失敗の話を聞いてもらおうかな・・・。」
 
 口を開こうとした時、ふと『カイン』の声が聞こえたような気がした。
 
『なんだよお前、あんな話聞かせるのか・・・?かっこわるいじゃないか・・・。』
 
 そう言って照れくさそうに笑う声が、聞こえたような気がした・・・。また少し、涙が滲みそうになる。私は顔を隠すように下を向いて一息つくと、顔をあげ、カインの眼を見つめた。
 
「あれは・・・父さんが剣士団に入って、初めての給料をもらった日のことだったんだ・・・。」









 一ヶ月後、私は剣士団に入って初めての給料をもらった。それほどたくさんもらえるわけではない。ほとんどの剣士達は宿舎で生活していて、食事も3度とることができる。滅多にいないが、妻帯者や城下町にある自宅から通っている者は、それなりの額をもらえるらしい。
 
「クロービス、ほい、お前の初給料だ。」
 
 ランドさんが手渡してくれた。
 
「採用担当官て言うのは、ここまで仕事するんですね。」
 
 私は感心してランドさんを見た。お金の扱いは誰でも出来るわけではないことくらい、私でも知っていた。そう言うことを任されるというのは、それだけ信頼してもらえていると言うことなのだろう。
 
「事務的な仕事はみんな俺にまわってくるのさ。俺も時々外に出たくなるんだけどな・・。いまいちモンスター達と戦ったりするのって、向いてないんだよなぁ・・・。もちろん追っ払うだけだと言っても、何かかわいそうだなぁって思ってしまうんだ。だから、こういう形で剣士団に貢献することにしたんだけど・・・。やっぱり面倒だよ。事務なんてのはな。ま、仕方ないさ。俺は元々商売人になる予定で、商業地区にある道具屋で下働きをしていたことがあるんだ。こういう形でなら、その経歴も生かせるってことだしな。」
 
 そう言ってランドさんはため息をつく。
 
「それがどうして王国剣士に・・・?」
 
「人生いろいろだよ。そうそう思うとおりになんて行かないものさ。だからおもしろいんだけどな。・・・えーと・・・ライザー、オシニス・・・と、あの二人はいないんだっけ。」
 
「いない?」
 
「ああ、南地方の警備に出ている。一週間前あたりからかな。あっちのほうは広いからな。短くて二週間、長くなると一ヶ月くらいは行きっぱなしだ。あのあたりはモンスターの被害も多いし盗賊も出るから、常時何組かの王国剣士達が巡回しているんだ。」
 
「そんなに長い間・・・。」
 
「そうだ。だからテントやら寝袋やら一式背負って、普通に旅に出るのと同じだよ。食糧などの補給は南のクロンファンラで出来るからな。たまにそこにそのまま泊まって、宿屋で風呂に入ったり、まあいろいろだ。お前達はあっち方面にはまだ近づくなよ。そのうち嫌でも行くようになるんだからな。」
 
「はい。」
 
 私が初めてもらった給料の額は100G。入団一ヶ月の新米剣士には当然と言えば当然の額だ。もっとも私は父から受け継いだお金をほとんど使わずに持っていたし、城下町近隣の警備をしていてもモンスター達はよくゴールドや奇妙な装飾品などを落としていく。そう言うものを売ったりしていれば、それほどお金に困ったことはない。
 
「おいクロービス、お前この金、何に使うんだ?」
 
 カインが興味津々に聞いてくる。
 
「あのさ・・・今日これから行きたいところがあるんだけど・・・いいかな?」
 
「いいけど・・・どこに?」
 
「城下町の雑貨屋さん。」
 
「雑貨屋?何買うんだ?」
 
 カインは首を傾げている。
 
「いいから、つきあってよ。」
 
 カインと一緒にやってきたのはセディンさんの店だった。城下町に出てきたばかりの私に『王国剣士』という選択肢があることを教えてくれたセディンさん。そのあとかなり迷ったものの、結局私は王国剣士としてここにいる。そして今ではそれが最良の選択であったと思っている。なんとかお礼がしたかった。店の前まで来ると、カインは看板を見上げ、
 
「へぇ・・・ここにこんなの出来てたのか。知らなかったな。」
 
「城下町の警備ってあんまりしないからね。」
 
「そうだな。これからは少し町の中にも目を配るか。この町は広いからな。一本裏通りに行くと変な連中も時々いるみたいだし、歓楽街近くの通りなんかだと怪しさいっぱいの店なんかが無許可で出てたりするしな。」
 
「詳しいね。」
 
「そりゃ、俺はずっと町の裏通りで使いっ走りやったりしてたからな。少なくともお前よりはこの町の裏事情には詳しいぜ。」
 
「そっか。今度少しそう言うところもまわってみた方がいいのかも知れないね。あんまり外ばかり見ていてもよくないし。」
 
「そうだな。」
 
 そして私達は店の扉を開け、中に入った。

次ページへ→