小説TOPへ 次ページへ→


第101章 ガーランド男爵家の秘密

 
 思わずため息が出た。ずいぶんと長いこと話していたような気がする。
 
「すみません、アスランの母親と出会ったところまで話せませんでしたね。」
 
「いや、いいよ。俺がファルミア様の話を聞きたいと言ったんだからな。」
 
 話を始める時、オシニスさんがこんなことを言ったのだ。
 
『出来ればハスクロード家でのことを詳しく教えてくれないか。フロリア様がファルミア様に会いに行かれた時は、俺は同行していないからな。あとでじいさんやセルーネさんからだいたいのことは聞いたんだが、お前達が会ったファルミア様のことについても聞いておきたい。』
 
『フロリア様がファルミア様に会いに行かれたのですか。』
 
『ああ、お前達がここを出て、少し過ぎた頃かな。俺はハース鉱山のほうに行っていたんだ。ファルミア様の件は表沙汰に出来ないから、お忍びで出掛けたんだよ。フロリア様の護衛はセルーネさんとティールさんが行ってくれたよ。セルーネさんの身分なら随身としても問題ないし、あの2人がいれば、他の護衛5人分くらいの働きは期待出来るからな。』
 
『ははは、確かにそうですね。でも会いに行かれたならよかったです。気にはなっていましたが、私達が口出し出来ることではないので。』
 
『そうだよな。そんなわけで、俺としては出来るだけ詳しくファルミア様のことを聞きたい。だからあとの話まで出来なくてもかまわないよ。急ぐようなことでもないしな。』
 
 そこで、ハスクロード家で起きたことを中心に詳しく話したのだ。
 
「ところで、ハスクロード家が今どうしてるのかって言うのは・・・詳しくわかるんですか?」
 
 思い切って尋ねてみた。
 
「うーん・・・まあ今も存続していることくらいはわかる程度だな。ハスクロード家はエルバール王家の治世の中では一領主に過ぎない。今ではもうお前が会ったというリアン卿も引退して、その子息が家督を継いでいるよ。その騒動の後始末のことや何かは、多分王宮に報告も来ていないだろうな。あくまでも伯爵家内部の話だし、ファルミア様が絡んでいるとあっては迂闊に表に出せない話なんじゃないかと思うよ。」
 
「そうですか・・・。」
 
 こうして思い出してしまうと気になるものだが、私が気にしても仕方ないことなのかもしれない。あの家に伝わっていた剣の所持者とは言え、私はあの家の人々にとって通りすがりのようなものだ。
 
「もしかしたらセルーネさんは知っているかもな。」
 
「セルーネさんが?どうしてですか?」
 
 この話に妻が身を乗り出した。
 
「フロリア様がお忍びでファルミア様に会いに行かれた時、セルーネさんとティールさんが護衛を務めたと言ったろう?それ以来、ベルスタイン公爵家とハスクロード伯爵家は、時折手紙を交わす間柄になったそうだ。セルーネさん個人もそうだし、先代の公爵閣下もたまに手紙を書いていたそうだからな。」
 
「そうなんですか・・・。セルーネさんはそんなこと何も言ってくれなかったわ・・・。」
 
「でもそれは、そう簡単に誰にでも話せることじゃなかったからなんじゃないかな。」
 
 妻は何だか悔しそうだ。話をしなかったのにはそれなりの理由があるはずだし、教えてもらえなかったなんて文句を言う筋合いのものじゃないと思うが・・・。
 
「それはそうだが、ウィロー、せめてセルーネさんにだけでも君が手紙を書いていれば、そう言う話も教えてもらえたんじゃないのか?ローランド卿とのことだって、別に隠すようなことじゃない。だが便り1つないまま20年過ぎて、久しぶりに会った相手にその20年分の出来事を全て話してくれって言うのもどうかと思うけどな。」
 
「・・・・・・・。」
 
 妻がぐっと言葉に詰まった。
 
「別に責めているわけじゃないよ。君がここでどんな目に遭ったか考えれば、仕方のないことだとみんな思ってたんだからな。」
 
「オシニスさん、ウィローは私のせいで・・・。」
 
 この20年、私が王国と距離を置きたがったせいで、妻はこの町にいる友人達に手紙1つ書けなかったんじゃないだろうか。
 
「あなたのせいじゃないわよ。」
 
 私の言葉を遮って妻が言った。
 
「ウィロー・・・。」
 
「私は・・・あなたの故郷に、逃げ込んだのよ。私達を引き離そうとする何もかもから逃げて、島に・・・。」
 
 妻が苦しげに眉根を寄せる。
 
「誰かに手紙を書けば、居場所が知られて追いかけてこられるのじゃないか、そんなことばかり考えて怖くて仕方なかった・・・。だからそう言う心配のないカナにばかり手紙を書いていたわ。だけど、別に追われて逃げて来たわけじゃないんだから、もっと堂々としていれば良かったのよね。」
 
 妻は大きくため息をついて、オシニスさんに向き直った。
 
「オシニスさんの仰る通りです・・・。20年も音信不通でいたのに、久しぶりに会えたからって何もかも全て教えてくれなんて虫が良すぎるし、相手が誰であっても、その人の個人的なことを全て知る権利なんてないですよね・・・。」
 
「まあそういうことだな。剣士団に宛てなくとも、セルーネさんだったら公爵家に届けてもらえば確実にセルーネさんの手に渡っただろうし、セルーネさんが君の居場所を誰かに話すことがあるとしたら、あの当時ならガウディさんとティールさんくらいのものだと思うよ。どちらも信頼出来る相手だ。」
 
「そうですよね・・・。信じられる人はたくさんいたのに、何もかもから逃げて、目を背けて耳を塞いでいたのは私自身だった・・・。」
 
「それなら私だって同じだよ。ここにいる間世話になった人達はたくさんいたけど、誰か1人って言うなら、ガウディさんにはこちらの近況を知らせるくらいの事はしても良かったはずなのにね。私も何もかもから目を背けて耳を塞いで、逃げていたんだな・・・。」
 
 その情けなさが身に染みる。島に戻った頃ならいざ知らず、20年もの間、私達は自分達の過去から目を背けて逃げ続けていたのだなあと、改めて思う。
 
「お前を主席医師にと言う話が御前会議で出た時に、ガウディさんが言ってたことがあるよ。多分彼は来ないだろうなって。あの時はお前が城下町を出てから7年過ぎていたが、主席医師にお前の名前が挙がったのを聞きつけて、城下町に来たら早速晩餐会に招待しようだの贈り物を用意しようだの言ってた連中がいたからな。」
 
 主席医師の誘いを断った私の判断は正しかったようだが、あの時、私は何よりもフロリア様の私に対する執着めいたものに恐怖を覚えていた。先日のお茶会で、それはフロリア様が以前の結婚話についての謝罪をしたいという一心で何とか私達を城下町に呼び寄せたかったのだとわかったが、あの時の私は目を背け、耳を塞いで真実を確かめようとすらしなかった。
 
「ガウディさんはあのあと、剣士団長として就任されたんですよね。」
 
 私とウィローが城下町を出て、ウィローとの結婚の許可をもらうためにカナに向かった時、実は私達2人だけではなかった。別れの挨拶をするためにレイナック殿の部屋に行った時、レイナック殿からガウディさんが城下町に戻ってきてくれるよう説得してくれないかと頼まれたのだ。もちろん協力したいが、私達2人の説得で彼が心を動かすかどうかはなんとも言えないと、私達は正直にレイナック殿に告げた。
 
『そう言うだろうと思うてな、助っ人を呼んでおいた。』
 
 その助っ人とは、ポーラさんだった。ガウディさんがいきなりいなくなったあとも彼を思い続け、帰ってくるのを待ち続けていた彼の最愛の女性だ。
 
『レイナック様、今回のこと、精一杯協力させていただきますわ。』
 
『そうか・・・。ありがたい。お前にも苦労をかけたな。ガウディを迎えに行ってやってくれんか。』
 
『ええ、喜んで。』
 
 そして私達は3人で城下町を出た。ロコの橋を越えたところでディレンさんと出会い、フリッツさんも一緒に5人のパーティでカナに向かった。カナに着いて、ポーラさんはガウディさんと3年ぶりの再会を果たし、ディレンさんは初赴任のカナから泣く泣く王宮に帰る羽目になってからやはり3年ぶりに、カナの人達との再会を果たした。そして、当時の副団長グラディスさんの死と、カインとユノの死をガウディさんに告げ、これからの剣士団を率いてくれるように頼んだ・・・。
 
 
 
「団長ではなく、団長代行という形でな。」
 
「代行?」
 
「ああ、おそらくガウディさんは最初からそのつもりだったんだろう。ガウディさんが入団した頃の剣士団長ドレイファスさんやパーシバルさんには、自分はとうてい及ばない、次の人材が育つまでの間、代行としてなら剣士団を率いることを承諾しますってな。」
 
「つまり、次の人材というのがオシニスさんだったというわけですね。」
 
「そうなんだろうな。まさか自分に声がかかるとは思っていなかったけどな。」
 
「ははは、でも納得の人選だと思いましたよ。それじゃそろそろ失礼します。今日は少し遅くなってしまいましたね。明日はクリフの手術前の最後の打ち合わせです。オシニスさんも出席されますよね?」
 
「ああ、もちろんだ。それじゃ明日だな。今日は遅くまでありがとう。ゆっくり休んでくれよ。」
 
「はい。あ、あと続きの話はもう少し後にしましょう。明日は手術の準備がありますし、手術のあとはしばらく経過観察が必要ですから、時間が出来るまで待っていただけますか。」
 
「わかった。急ぐ理由もないからな。お前の都合でいいよ。それと、明日の夜はこっちに泊まるって話だったよな。」
 
「はい。手術は早朝からですしね。宿屋からだと遅刻してしまう可能性もありますから。」
 
「仕事で来る職員のための宿泊所は西翼別館だが、あっちは個室しかないんだ。だから東翼別館の2人部屋を取ってあるそうだ。受付に聞いてくれれば、案内してくれるはずだ。」
 
「わかりました、ありがとうございます。」
 
 
 剣士団長室を出た頃には、宿舎のロビーにも人はまばらだった。この時間帯になると、食堂で酒を飲んだり、出掛けたりする剣士達が多い。それは今も昔も変わらずといったところだ。王宮を出て宿に戻る途中の賑わいはここに来た頃と全く変わらず、祭りが本当にあと少しで終わるのか疑いたくなるほどだ。
 
「ふわぁ・・・相変わらずの人出だなあ。」
 
「すごいわねぇ。ねえ、クリフの手術がうまくいったら、もう一度くらいお祭りを見に出掛けたいわね。」
 
「そうだね。今度こそ何も考えずに祭りを楽しめるかな。」
 
「そうだといいわねぇ。」
 
 宿に着いて、妻は風呂に行くための着替えを出していたのだが、ふと手を止めた。
 
「クロービス、ちょっといい?」
 
「ん?何?」
 
「この間ドゥルーガー会長から話を聞いた整体専門の医師免許の話、私ね、受けてみようかなと思うの。」
 
「いいじゃないか。でもこの間はまだ決心がつかないような話だったけど、どうして?」
 
「今回オシニスさんに話をしながら昔のことを思い出しているうちにね・・・、自分に出来ることがあるならそれをするべきじゃないかなって。」
 
 言いながら、妻はため息ばかりついている。
 
「さっきのこと気にしてる?」
 
「そうね・・・。気にしてるというか、自分のことがバカだなあって思ったわよ。」
 
「私は君が誰にも手紙を書こうとしなかったのは、私が城下町との関わりを絶ちたいのを知っていたからだと思っていたよ。」
 
「それもあったけど、私はそれより自分達の居場所が誰かに知られたら、島まで追いかけてこられるのじゃないかって、そんなことばかり気にしていたのよ。信頼出来る人はたくさんいたのに、何もかもから目を逸らして・・・。そのくせカナに来ていた剣士団の人達は今でも自分に何でも話してくれるのが当たり前だと思い込んでいたわ。私はもう、カナの子供じゃないのにね。」
 
 妻はもう一度大きなため息をついて立ち上がった。
 
「私ももう少しちゃんと大人にならなくちゃ。整体の専門医師の話も、先送りにしないでちゃんと向き合いたいわ。今誰がどうしているかなんて事を気にしてばかりいるより、もっと自分がすべきことをしていかないとね。」
 
「そうか・・・。応援するよ。それじゃクリフの手術が終わってから、会長に話してみようか。」
 
「ええ、そうね。それに、あの時見せてもらった提案書、実はあの中身についても言いたいことはあるのよね。」
 
「まだ叩き台だみたいな話もしていたけど、確かに細かいところは全然決まってなかったみたいだしね。」
 
「ええ、もしその内容についても意見を出していいなら、腹案はあるのよ。でもそういうのは、手術を成功させてからよね。」
 
「そうだね。まずはクリフの手術を成功させないとね。」
 
 妻は大分落ち着いた表情で部屋を出て行った。
 
「20年も音信不通だったら、それはもう知り合いとすら言わないような気がするな・・・。」
 
 それでもローランで訪ねたドーソンさんや潮騒亭の人達、城下町で再会したたくさんの人達は私達を暖かく迎え入れてくれた。だから妻は・・・いや、私も勘違いしていたのかもしれない。彼らとの間に確実に広がってしまった距離を、数日の滞在でなかったことに出来たと思ってしまったのかもしれない。好意はありがたく受け取ろう。でも当然のように他人の個人的なことにまで土足で踏み込むようなことを、うっかりしてしまわないようにしなければ・・・。
 
「私も頭を切り換えないとな。明日は最後の打ち合わせなんだから。」
 
 明日開かれる最後の打ち合わせで、最終的な手術の方針を決める。出来る限りのことをしたい。クリフの命が少しでも長くなるように・・・。
 
 
 翌日、宿を出る前に今日は戻らないからと言っておいた。術後の経過によっては王宮にしばらく泊まり込むことになるかもしれないことも。
 
「わかったわ。どうかクリフのこと、よろしくね。」
 
 クリフとラエルは町中での警備はよくしていたようだから、この宿酒場の人達も顔見知りだ。みんな心配している。
 
 王宮に着いて打ち合わせに間に合うように医師会へと向かった妻と私は、まっすぐ会議室に入った。中ではライロフとオーリスが打ち合わせの準備をしていた。
 
「あ、おはようございます。先生方が来られたら会長室に来てくれるようにと、ドゥルーガー会長からの伝言です。」
 
 オーリスが言った。
 
「会長室に?」
 
「はい、今日の打ち合わせの前に少し話がしたいとのことでしたよ。」
 
「わかった。それじゃそちらに向かうよ。ところで2人とも、薬のほうの準備は大丈夫かい?」
 
「この間のリストを元にもう少し工夫したものを用意してあります。打ち合わせの時にまた皆さんのご意見を伺いたいと思ってます。」
 
「そうか。それじゃ行ってくるよ。」
 
 
「・・・急にどうしたんだろうな・・・。」
 
「この間は何も言ってなかったし、昨日も何もなかったんだから、急な用事ってことよね。」
 
「そうなんだよね・・・。」
 
 よくない知らせでなければいいのだが・・・。
 
 
「失礼します。」
 
 会長室の扉をノックした。すぐに扉が開いたが、開けてくれたのはハインツ先生だった。
 
「おお、おはようございます。さあどうぞ。」
 
 心なしかハインツ先生は嬉しそうに見える。
 
「ドゥルーガー会長、何かあったんですか?」
 
 入ってそう尋ねたところ・・・
 
「おお!久しいのぉ!元気でおったか!?」
 
「お、来たな。待っていたぞ。」
 
 ほぼ同時に聞こえた声に振り向くと、何とそこにはローランにいたはずのデンゼル先生と、隣にはセルーネさんが座っていた。
 
「え?あれ?えっとその・・・何がどうなって・・・。」
 
 頭の理解が追いつかない。デンゼル先生がマレック先生の手紙のことで直接来てくれたのだとしても、セルーネさんはどうして・・・。
 
「まあまあクロービス殿、ウィロー殿、こちらに座ってくれぬか。説明しよう。」
 
 ドゥルーガー会長も何となく嬉しそうだ。
 
「デンゼル先生がここにいらっしゃることについては、マレックの手紙を読まれてここに来てくださったということだ。まあ昨日の今日でおいでいただけるとは思っておらなんだが、これは嬉しい誤算だ。デンゼル先生には、このあとの打ち合わせに参加していただくことになっておる。そしてベルスタイン公爵閣下だが、今回のクリフの件で薬草の在庫が心許ないという話を剣士団長殿がしてくださってな、その薬草の寄贈を申し出てくださったのだ。」
 
「そうだったんですか・・・。」
 
 どうやらマレック先生は、最短で手紙が届くように手配してくれたらしい。それにしてもオシニスさんまで動いてくれていたとは・・・。
 
「オシニスから話を聞いて、『あのお方』がまた妙なことを言い出してると聞いたからな。裏があるかないかは別にして、いやまあ、ないわけがないんだろうけども、1つの公爵家からだけ寄贈を受けるとなると、医師会の立場上問題が出るかもしれないから、うちからも同量程度の薬草を寄贈することにしたのさ。ただ急な話だったからなあ。ちゃんと必要な分だけ揃うかどうかぎりぎりまでわからなかったんだ。それで昨日、なんとか揃えることが出来たから、失礼かとは思ったが今朝いきなりドゥルーガー会長を訪ねたわけさ。」
 
「それはありがたいです。でも急に寄贈なんて、エリスティ公から文句が出ませんか?公爵家の立場が悪くなるようなことは・・・。」
 
「そう言う話が出る可能性はある。だが私は元王国剣士だ。後輩の手術があると聞いて、そういうことなら領地の薬草を役立ててくれと言ったとしてもおかしくはないだろう。」
 
「私もその辺りが心配で、つい先ほどクロービス殿と同じ事を伺ったばかりだ。だが公爵閣下が言われた理由ならば、皆納得するしかあるまい。実は以前にもベルスタイン公爵家からは薬草の寄贈を受けておる。急なことだったとは言え、実績のある公爵家からの寄贈なら、こちらとしても安心して受け取れるというものだ。公爵閣下、失礼などとんでもない。ありがたく思っておりまするぞ。」
 
 ドゥルーガー会長が言った。
 
「エリスティ公が何か言ってくる事はないと思いますよ。それに医師会に文句を言ったりすれば、フロリア様に窘められますからね。事は1人の若者の命が助かるかどうかなのですから、下手なことを言えば自分の首を絞めることになるとわかっているはずです。ドゥルーガー会長、こちらのことはお気になさらないでください。私達はただ、手術の成功を祈っています。」
 
「うむ、了解いたしましたぞ。残念ながら今回の手術については非常に難しく、任せてくれと胸を叩いて請け合えませぬが、最善を尽くすことはお約束いたしましょう。」
 
 セルーネさんとドゥルーガー会長の会話を聞きながら、悔しくて仕方なかった。
 
『大丈夫、任せてください。』
 
 そう言えたらどんなにいいか・・・。
 
 
 その後、手術前最後の打ち合わせのために、会議室へと移動することになった。
 
「セルーネよ、久しぶりに会えて嬉しかったぞ。たまにはローランも訪ねてくれんか。」
 
「そうですね。私も向こうの方は最近ほとんど行ってないので、祭りが終わってもう少し静かになったら伺わせていただきますよ。」
 
「そうじゃなあ。今は騒がしくて叶わん。ここまでたどり着くのも大変だったからな。」
 
 セルーネさんとデンゼル先生が別れの挨拶を交わし、私も改めて礼を言った。
 
「いやあ、公爵閣下には大感謝ですよ。これで手術用の薬草については心配いらなくなりましたし、『あのお方』からの寄贈も受け取れます。医師会の薬草の在庫も潤沢になりました。あとは・・・まあ、そちらの方はこれから調査しなければならないので、今は置いておきましょう。まずはクリフの手術ですね。」
 
 ハインツ先生が一番嬉しそうだ。薬草庫から薬草を無断で持ち出した何者かはまだ特定出来ていないが、オシニスさんがハインツ先生にそれとなく聞いていたので、すぐにわかるかもしれない。王宮内部の調査とは言え、剣士団が動けば敵に察知される危険性が高い。今回もティールさんの会社に調査依頼を出すのだという。
 
 
 会議室に向かおうとした私を、セルーネさんが呼び止めた。
 
「クロービス、執刀医はお前だそうだな。」
 
「はい。」
 
 セルーネさんは会議室と反対方向の、人気のない通路に私を手招きした。
 
「どうしたんですか?」
 
「いや、お前が見るからに自信のなさそうな顔をしているから、そんな顔を患者に見せるなよと言いたかったのさ。」
 
 心の内をずばり言い当てられたようで、一瞬何も言えなかった。
 
「今回の手術が難しいというのは聞いたし、どんなに周到に準備しても手術には常に万一がついて回る。だから任せてくれと言えないという気持ちは理解出来るが、お前だってもう一人前以上の医者じゃないか。相変わらず悪い癖が直っていないのか?」
 
「・・・・・・・・・・・。」
 
「まったく・・・自分を低く見て自分の力を評価しようとせず、やってみれば楽に出来ることにまで自信を持てないのは昔からお前の悪い癖だぞ。」
 
「そうですね・・・。」
 
「そう簡単に認めるなよ。お前の力なら、充分成功に導ける手術なんじゃないのか。お前には今までに培った技術、知識、そして経験があるんだ。それに見合うだけの自信は持っていいんだぞ。謙遜なんぞ美徳でも何でもない、そんなものはくそ食らえだ。」
 
 セルーネさんはそう言うと、私の肩をぽんと叩いた。
 
「昔よく言っていたよな。どんなに訓練しても世界一強くなれるわけじゃないって。お前にどんな優れた技術があっても、全ての患者を救うというのは難しい、それは理解出来る。だが、自分の持てる技術を全て使って、何が何でも目の前の患者を救うんだっていう気持ちがあれば、なんとかなる可能性は上がるんじゃないのか?しかもここにはドゥルーガー会長とデンゼル先生がいらっしゃるし、他の先生方だって経験に裏打ちされた技術に自信を持っておられる方達ばかりじゃないか。お前が孤軍奮闘する必要はないんだ。」
 
「そうじゃそうじゃ!クロービスよ、なんなら自信が持てるように尻でも叩いてやるかのぉ。」
 
 いつの間にか近くで話を聞いていたらしいデンゼル先生が笑った。
 
「お、デンゼル先生、聞いてらしたなら、ぜひお願いしますよ。」
 
「いやあ、さすがに尻は叩かれたくないですが、デンゼル先生にはぜひお力を借りたいと思ってます。」
 
「少しは元気が出たみたいだな。それじゃ私は行くよ。がんばれよ。」
 
「セルーネさん、ありがとうございました。」
 
「セルーネさん、手術が終わったら、また会いたいわ。」
 
 デンゼル先生の後ろにいた妻が言った。
 
「そうだな。ずっと同じ町の中にいるのに、なかなかのんびり話が出来る機会がないよな。祭りももうすぐ終わりだし、その前に一度会えるといいな。」
 
「ええ、また連絡するわ。」
 
「わかった。またな。」
 
 セルーネさんが出て行きかけたところに、オシニスさんが顔を出した。
 
「あ、セルーネさん、間に合ったんですか?」
 
「ああ、なんとかなったからな。このあとお前に話しに行こうかと思ってたんだ。まずは医師会に報告と思ってこっちに来たら、デンゼル先生と会ったりして話に花が咲いてしまったのさ。」
 
「ありがとうございます。急な話ですみませんでした。」
 
「気にするな。こちらとしても黙って見ているわけには行かない事態だったようだしな。」
 
「で、クロービスがこんな顔をしていると言うことは、もしかしてセルーネさんがこいつの尻を叩いてくれましたか?」
 
「ああ、足りないようならあとはお前が引き継いで叩いてやってくれ。」
 
「わかりました。」
 
「オシニスさん・・・そう簡単にわからないでくださいよ・・・。」
 
「オシニスよ、足りなければわしも手伝うぞ。」
 
 デンゼル先生が言った。
 
「そりゃ心強い。さっき会議室に顔を出したんですが、打ち合わせの準備をしていた若い医師と見習いが、皆さん来ないんですって困ってましたよ。そろそろ行きませんか。」
 
「おお、そうだな。ついつい話に聞き入ってしまった。では会議室に移動しよう。少し時間が遅くなってしまった。オーリスとライロフには謝らねばな。」
 
 ドゥルーガー会長が言い、みんなで歩き始めた。
 
「セルーネさんは打ち合わせは聞いていきますか?」
 
 オシニスさんが尋ねた。
 
「いや、私は帰るよ。ローランドが待ってるんだ。」
 
「お、これからデートですね?」
 
「そういうことだ。それでは皆さん、私はこれで失礼します。」
 
 セルーネさんは笑顔で挨拶し、ロビーへと続く通路に向かっていった。
 
「いやはや、公爵ご夫妻は相変わらず仲がよろしいですねぇ。」
 
 ハインツ先生が言った。
 
「うむ、もう少ししたらお子様達にも結婚の話が出るだろう。そうなれば、あと数年で家督相続の話になるのだろうな。隠居したら世界中を旅して回ろうかなどと言う話をしておられたことがあるぞ。」
 
 ドゥルーガー会長が言った。
 
「・・・隠居という言葉と、これほどそぐわない方もいませんね・・・。」
 
 セルーネさんが『隠居』するなんてとても考えられないが、家督相続が終わって子供に地位を譲った貴族の前当主は『隠居した』という表現をされる。
 
「ははは、まったくですね。公爵閣下ご夫妻には、元気で長生きしていただきたいですよ。」
 
 ハインツ先生が言った。私がこちらにいた頃、当時の公爵閣下ご夫妻も人々に慕われていたが、現在の公爵ご夫妻もやはり慕われているようだ。
 
 
 会議室の扉を開けると、ライロフとオーリスがほっとした顔を見せた。
 
「ああ、皆さん来られましたか。なかなかいらっしゃらないのでどうしようかと思ってたんですよ。」
 
「すまなかったな。デンゼル先生と、先ほどベルスタイン公爵閣下がおいでだったのでな。話に花が咲いてしまったのだ。」
 
「公爵様が?」
 
 きょとんとするライロフ達に、『あとで説明するよ』と言ってみんなが席に着いた。
 
「それでは最終打ち合わせを始めます。」
 
 静かになった会議室に、ハインツ先生の声が響いた。
 
 
 打ち合わせはまず今回の手術の最終的な手順の確認から行われた。ドゥルーガー会長としてはデンゼル先生に挨拶をしてほしかったようなのだが、
 
『この打ち合わせは患者のためのもんだろう。わしの挨拶などどうでもいいわい。わしは息子の手紙にあった件について話しに来たのだからな。』
 
 そう言われてしまい、いつもと同じ順番で打ち合わせをすることにしたのだ。
 
「ではまず、クリフの容態についてです。ここ数日は安定しており、以前決めた手順を変更する理由は見当たらないと思います。」
 
 私はそう言って今まで決めた手順の再確認や、患者の容態などをもう一度この場にいる全員に説明した。
 
「いかがでしょう。ご意見のある方は仰ってください。」
 
 みんなの言葉を待ったが誰も異を唱えなかったので、次にデンゼル先生に話を聞くことになった。
 
「デンゼル先生、わざわざおいでいただけるとは思いませんでした。ありがとうございます。今回の件について、マレック先生の手紙に書かれたことに対するお考えを教えてください。」
 
「うむ、まずはその患者の痛みだがの、おそらくはマッサージの副作用と見て間違いないじゃろう。患部に刺激を与えるわけだから、痛んで当たり前じゃ。」
 
 デンゼル先生はさらりと言い切った。
 
(患部を刺激する・・・確かにそうなんだよな・・・。)
 
「し、しかし、患者の痛みが取れて睡眠が取れるようになったことは紛れもない事実です。」
 
 ゴード先生が立ち上がって言った。
 
「まあそうじゃろうな。」
 
 デンゼル先生はまたさらりと言った。
 
「それは・・・どういうことですか!?」
 
「ゴード、少し落ち着いてくれ。いきなりそんなけんか腰なのは失礼じゃないか。」
 
 ハインツ先生が窘めてゴード先生はぐっと言葉に詰まったが、デンゼル先生はどこ吹く風だ。
 
「いやいや、このくらい活きのいい医師がいるとは心強い限りじゃわい。ゴードと言うたな。お前さん、何か勘違いしとりゃせんか?」
 
「勘違い?何をです?」
 
 ゴード先生は声を荒げたくなるのをやっとの事でこらえている。
 
「まず大前提として、病気の進行による痛みと、患部への刺激で起こる痛みと、それは全くの別もんじゃ。」
 
「そ・・・それはそうですが・・・。」
 
「今回の場合、患者は若い。そして手術が出来るなら、病巣に刺激を与えることになっても痛みを取り除いて睡眠と食事をとれるようにしたという今回の治療法は正しい。体力がつけば手術の成功率は格段に上がる。明日の手術で病巣を取ってしまえば、患部への刺激で起こる痛みについてはそれほど気にしなくてもよくなるわけじゃ。違うかね?」
 
「それは・・・仰るとおりです・・・。」
 
 ゴード先生は、デンゼル先生の言っていることが正しいと言うことにさえ、反発する材料を探しているように見える。整体やマッサージについてはあれほど辛抱強く真摯に取り組んでいるというのに、どうしてこれほど頭に血が上りやすいのか・・・。
 
「この『患部への刺激による痛み』を看過すべきでないのは、患者が高齢の場合じゃな。年齢的に手術は無理だから薬で症状を抑え、痛みをマッサージで和らげる、こういう場合はマッサージをする部位をもう少し考えなければならん。病巣が痛むからと言ってそのあたりを直接揉んだりしたらそりゃ痛む。多少遠回りであっても、病巣以外の部位をマッサージすることで、痛みは和らぐもんじゃ。それにある程度は病気の進行も抑えられる。」
 
「なるほど・・・。」
 
 マッサージでの治療法なんて、医師会ではまだまだ始まったばかりだというのに、デンゼル先生はここまではっきり言い切れるだけの治療法として確立していると言うことか・・・。
 
(島に帰ったら、私もブロムおじさんともう少し話し合わなければならないな。)
 
 さっきのセルーネさんの言葉が胸にしみる。
 
 おじさんはもっとマッサージに寄る治療法について詳しく知っているはずだ。だが私はおじさんが出してくれる指示に従うだけで、自分から積極的にマッサージについての治療法を学ぶと言う考えがなかった。おじさんの知識と腕は素晴らしい。だから任せておけば間違いないと。セーラが島で学びたいと言ってきた時も、おじさんの元で学ぶことはいいことだ。私では役に立たないなどと考えていた。
 
 何でもかんでもおじさんを当てにして、自分はおじさんの陰に隠れていようなんて、そんなことをいつまでも考えているわけには行かない。この年になってやっとそのことに気づくなんて、私は何と愚かなことか・・・。
 
(おじさんは・・・私から積極的に学びたいと言うのを待っているんだろうな・・・。)
 
 島に戻ってから、もう20年も過ぎてしまった。だが今の診療所をこれからも運営していくために、そして後継者を育てるために、私が前に出てもっと知識と技術を磨いていかなければならないのだ。
 
「お前さん、ゴードと言ったな。マッサージによる治療法というものは、そう簡単に結果が出るもんじゃない。ま、医師会では未だに『そんなもの』と言われておるようじゃがな。それを考えれば、お前さんの苦労も察するし出来るだけ早く結果を出して認められたいと思うのも無理はない。だからって思ったような結果が出ないことをそんなにいちいち怒っていたら身が持たんぞ?」
 
 ゴード先生は黙っている。多分ずばり言い当てられて、言い返すことが出来ないのだと思う。ずっと研究を続けていた整体技術が日の目を見つつある。そのことでゴード先生が焦っているのは確かだ。
 
「ゴード、君は私の助手として明日の手術に参加してもらわなければならないんだ。もう少し落ち着いてくれないか。もしもそれが難しいのなら、私の助手は誰かに頼むよ。無理だというなら早めに言ってくれ。」
 
 ハインツ先生の言葉に、ゴード先生はぎょっとして顔を上げた。
 
「い、いや、大丈夫です・・・。すみませんでした・・・。」
 
 ゴード先生の気持ちがわからないわけじゃない。今回の治療で思いもかけずマッサージや整体の効果が証明された。ゴード先生が、すぐにでもマッサージは認められると期待してしまったのだろう。ところが土壇場になって突然雲行きが怪しくなってきた。現実を直視する前に、感情が認めたくないんだろうと思う・・・。
 
 
「・・・それでは次に私から、手術当日、その後について使用する薬草についての話をしたいと思います。まずは薬を用意するオーリスとライロフに、最終的な使用薬草について説明してもらいましょう。」
 
 ハインツ先生の言葉に、オーリスとライロフが立ち上がった。
 
「前回の打ち合わせの時に皆さんに説明させていただいた内容とそれほど大きく変わるわけではありませんが・・・。」
 
 オーリスがそう切り出し、ライロフと一緒に使用する薬草の順番、数、使い方などを説明していった。このチームに参加したばかりの頃はおどおどしたところが抜けなかった2人だが、今日の発表は立派なものだ。そして彼らの説明が終わったあと、薬草の在庫についてハインツ先生が話し出した。エリスティ公からの寄贈の申し出、そして今日、ベルスタイン公爵家からも同程度の薬草について寄贈の申し出があったことだ。もちろん薬草庫から薬草を持ち出した何者かについては伏せられている。
 
 
「・・・というわけで、薬草の在庫は潤沢です。ただし、無駄遣いは出来ません。その点において、オーリスとライロフの説明は申し分ないものと思いますので、使用する薬についてはこれで行きたいと思いますが、どなたかご意見はありませんか?」
 
 ここでも特に意見が出なかった。薬のほうもこれで問題なく使えるようになったことで、やっと憂いなくクリフの手術の準備が整った。
 
「では次に食事ですな。」
 
 マレック先生が立ち上がり、患者に食べさせる食事について、現在は手術の前日なのでパンがゆの上澄みのようなものを出しているという話になり、手術後からは少しずつ栄養のある食事を出していくことになる、そこで今回は患者の母親が作る家庭の味を取り入れて献立を組み立てたという話をした。そこに興味を示したのはデンゼル先生だ。
 
「お前もたまにはいいことを言うのぉ。患者が食べ慣れている味を食事に取り入れる・・・うむ、これはぜひうちの診療所でも取り入れよう。」
 
「食事は患者の一番の楽しみだからね。情報交換出来ることがあるなら、ぜひお願いしたいな。」
 
「うむ、そうだな。後で時間を作れるか?」
 
「いいよ。打ち合わせが終わったら食堂に案内するよ。」
 
 ほんの少しの間の、和やかな親子の会話のあと、ドゥルーガー会長が立ち上がった。
 
「それでは最終打ち合わせはここまでとする。全ては患者のために、我々は全力を尽くそう。明日は早朝から手術を始める。皆遅刻することのないように。」
 
 全員での打ち合わせはここまでとなり、後はそれぞれが個別に話し合いたい相手と話すという形になった。マレック先生はデンゼル先生を食堂に案内すると言って部屋を出て行った。
 
「デンゼル先生、後で時間があればマッサージについてご教授いただけませんか?」
 
 デンゼル先生が部屋を出る前に、私は思いきって聞いてみた。自分がぜひ教えてほしいという気持ちと、半分はゴード先生に聞かせるためだ。
 
「おお、そうじゃな。ローランではその辺りは話す機会がなかったから、今日の午後からでもどうじゃ?」
 
「あら、それじゃぜひ私もご一緒させてください。」
 
 妻が言った。
 
「では今日の午後、一度病室で患者のマッサージをするところから始めようかの。」
 
「わかりました。よろしくお願いします。」
 
「それじゃ私はクリフの様子を見てくるわ。」
 
 妻はクリフの様子を見に病室に向かった。オーリスとライロフは研究棟に戻って今回使用する予定の薬草について、もう少し調べたいことがあるからということだった。本当はハインツ先生にアドバイスしてもらいたかったらしいが、ハインツ先生はすっかり硬い表情になったままのゴード先生と少し話し合いをするらしい。
 
(私も病室に行くかな・・・。)
 
 ゴード先生はどうも感情に流されやすいようだ。気持ちがわからないわけじゃないのだが、研究なんて成果が出ると思ったら全くだめだったなんてことの繰り返しだ。焦ったところでどうなるものでもない。
 
(うーん・・・手術前日になってこんなことになるとはなあ・・・。)
 
 非礼を詫びてデンゼル先生に教えを乞うなんてことが、ゴード先生に出来るとは思えない。さっき私がデンゼル先生にかけた言葉をゴード先生がどう思ったかはわからないが、とにかく彼の心の中が悔しさで一杯なのはわかる。彼の頭が冷えるのを待つしかなさそうだ。
 
「クロービス、お前はこれから予定があるのか?」
 
 オシニスさんが声をかけてきた。
 
「いや特には・・・。先ほどの打ち合わせで手術の手順などは全て決まりましたから、薬や食事のように事前準備が出来る担当者はともかく、私の仕事は実際の手術の執刀と成功ですからね。あとは患者の様子を見ておくくらいですよ。」
 
「それじゃ少し聞きたいことがあるんだが、団長室に来られないか?」
 
「いいですよ。それじゃハインツ先生に行き先だけ報告しておきますね。」
 
 私はハインツ先生に、剣士団長室に用事があるからと伝えてオシニスさんと一緒に会議室を出た。
 
「オシニスさん、明日はクリフのご両親も来られるんですよね。」
 
「ああ。エリクも来たいと言ってるらしいから、もしかしたら店を休んでみんなで来るのかもな。」
 
「そうですか。家族が近くにいてくれれば、クリフも心強いでしょうしね。」
 
「麻酔の前に会えるか?」
 
「手術の開始が早朝ですからね。その時点で麻酔が効いてないと困るので、薬を飲むのはもっと前なんですよ。だから難しいかもしれませんね。」
 
「そうか・・・。まあそれは仕方ないか。」
 
 手術の前に家族と会話出来るならそれは何より患者の心の支えになるだろうが、実際には難しい。麻酔の効きがもう少し早まれば、薬を飲んだ直後くらいなら、家族と言葉を交わすことは出来ると思うのだが・・・。
 
(今後の麻酔薬の改良にはそれも考えてみるか・・・。)
 
 
 団長室について、オシニスさんは扉をぴたりと閉め、部屋の奥にある椅子に私を促した。
 
「さてお茶を淹れるか。」
 
 久々にお茶の実験台にされるのかなと思ったのだが、何か話があるのは確からしい。もしかして昨夜のことだろうか。
 
「・・・ウィローは何か言っていたか?」
 
「自分がバカだったと言ってましたよ。」
 
 私は昨夜ウィローと交わした会話をそのまま伝えた。そして、整体専門の医師免許についても、前向きに考えたいと言っていたことも。
 
「ただこの話はまだドゥルーガー会長にも話していないので、ここだけの話にしておいてください。クリフの手術が無事終わったら、改めて話す予定なんです。」
 
「わかった。昨日は少し言い過ぎたかなと気になってたんだが、前向きになってくれてありがたいよ。その医師免許の話は、少し前に会長から聞いていたからな。広告塔に利用したいわけではないが、そう思われると困る、あとでもう一度話をした方がいいかもしれない、なんて言ってたぞ。」
 
「そんなことを・・・。会長がお気になさることではないのに。」
 
「さすがに20年も過ぎた今ではウィローを『デール卿の娘』として利用しようなんて考える奴らはいないだろうが、お前が麻酔薬の開発者であることを持ち出して祭り上げようとする奴らは出てくるかもしれないからな。」
 
「よくもまあ、次から次と考えつくものですね・・・」
 
 呆れたように言った私に、オシニスさんが笑った。
 
「ま、王宮に長いこといるとこの手の権謀術数は日常茶飯事だ。慣れてくればそれなりに躱せるようになるもんさ。」
 
「ところで、昨夜のことでオシニスさんはここに私を呼んだのですか?」
 
「さっきのセルーネさんの話が気になったのもあるけどな。まあそれはあとで話そう。お前達ローランでドーソンさんから、セルーネさんのことを聞いただろう?」

次ページへ→

小説TOPへ