小説TOPへ 次ページへ→


第100章 隠された真実

 
 
『王妃の実家』
 
 どれほど格式が高くても家柄が古くても、エルバール王国の貴族達の間では、ハスクロード家は単なる北方の小貴族、しかも『曰く付き』と言う扱いだった。ところがファルミア様が王妃として嫁がれたことで、突然注目を浴びることになったのだ。そしてその威光に預かろうと、たくさんの商人や、王家とは縁の薄い小貴族達が訪ねてくるようになった。ファルミア様の父君は、ライネス様や娘に迷惑をかけぬよう、話を聞き、推薦出来そうな商人や、優秀でありながら王家と関わりが薄いと言うだけでなかなか出世に恵まれなかったような小貴族の子息に対して、王室への紹介状を書いた。最初のうちはよかったのだが、『ハスクロード家に頼めば口利きをしてもらえる』などの噂が立ち、ますます人が押し寄せるようになったのだという。だがファルミア様の父上は出来る限り見込みのある人物だけを選ぼうとした。しかしそうなると、断られた人達はおもしろくない。ハスクロード家で口利きを断られた貴族が別な貴族にその話を持ち込み、それが巡りめぐって御前会議の大臣の1人の知るところとなった。しかもその大臣はライネス様をあまりよく思っていない。そこで『いかにお美しい王妃陛下のご実家とは言え、あまり特別扱いをなさらないほうがよろしいのではないか』と、嫌みたっぷりに言われたのだそうだ。ライネス様は意に介さなかったそうだが、ケルナー卿が気を回して、ハスクロード家に『あまり口利きをなさらないほうがいいのではないか』という手紙を送ったらしい。
 
「わたくしは驚いてしまいました。父は、せっかく王家と繋がりが出来たのだから、せめて優秀なのにチャンスに恵まれない人達に手を差しのべようとしただけだったのです。ライネス様の苦しいお立場も、お側近くにいればこそよくわかりますが、せめて父の気持ちだけはわかってほしくて、わたくしはライネス様に事の次第を確かめるため、手紙を送りました。」
 
 ライネス様からは『そんな事は気にしなくていい。あなたの父上のおかげで優秀な人材を取りこぼさず登用することが出来てとても感謝している。』と返事が来たそうだ。そしてファルミア様には、これが社交辞令ではなく、ライネス様が本当にそう思っていてくださるのだということがわかったと言う。それはどうやら、ファルミア様の『力』によるものらしい。手紙や持ち物などがあれば、その持ち主、手紙を書いた人物、その人がどんなことを考えているのか、そう言うことが少しだけわかるのだということだ。だが・・・事はそう簡単ではなかった。ライネス様が気にしなくても、ケルナー卿とレイナック殿は大いに気にしていたようだ。そしてデール卿も。
 
「あの3人にとって、ライネス様が掲げる理想が何より大事だったのでしょう。身の丈に合ったお金の使い方、即ち後宮のような贅沢な場所を廃止してそのお金を国民のために使うこと、そして家柄や爵位ではなく、実力で人材が登用される政府・・・。その理想を実現することがライネス様の夢だったのです。わたくしはその考えに賛同していましたし、元々わたくしの父も同じ考えでした。だからこそ、優秀な人材や信頼出来る商人などを紹介していたのですが・・・。ケルナー達にとっては、余計なお世話だったのかも知れませんね。」
 
「しかしお祖父様は・・・善意で紹介状を書いておられたのでしょう。それに紹介した人材は王家にとって役に立っていたのではないのですか?」
 
 リアン卿が悔しそうに言った。
 
「もちろん、大いに役立ってくれました。わたくしが嫁いだばかりの頃は、ケルナー達も喜んでいたのです。ハスクロード伯爵は本当によい人材を紹介してくださると。でも・・・。」
 
 何がきっかけとなったのかファルミア様もご存じないらしいが、ライネス様とケルナー卿達3人の間に大きな溝が出来、巷でも『ライネス様と側近の不仲』がささやかれ始めると、ケルナー卿達3人のファルミア様に対する態度も少しずつ変わっていった。何かにつけてファルミア様の『力』について探るような動きを感じたり、側近の3人と同席していると、ずっと視線を感じることもしばしばあったそうだ。
 
「これはまあ・・・わたくしの推測でしかないのだけど、彼らにとってあの頃のライネス様は、自分達側近を顧みず、王妃と王妃の実家の意のままになっているように見えたのかも知れませんね。」
 
「ライネス様との間に溝が出来てしまったことで、王妃陛下であるファルミア様の存在も、その・・・王妃陛下のご実家の存在も、邪魔に思えてきてしまったと・・・言うことなのでしょうか・・・。」
 
 言いにくいことではあったが思いきって聞いてみた。
 
「クロービス、気にしなくていいのですよ。実際、そう言うことなんだと思います。ケルナーからの手紙がどんな文面だったのか、読んだわけではないのでわかりませんが、父はその手紙から、彼らの我が家に対する不信感を感じ取ったのでしょう。それで気落ちしていた父は、紹介を断った貴族達からの誹謗中傷まで受けて、精神的に参ってしまったのだと思います。」
 
 ふと・・・その誹謗中傷の黒幕もケルナー卿なのではないかと言う考えが頭をかすめた。
 
『あの方が得意だったのは、『外堀から埋める』というやり方だな。』
 
 以前剣士団の先輩に聞いた話だ。
 
『こちらの主張を相手に認めさせるために、相手の回りの人達を引き込んだり、噂を流したり、ま、やり方としては今ひとつ気分のよくないやり方だが、情報操作はお手の物だったなあ。』
 
『おかげでその情報にはだいぶ振り回されたがな。』
 
 古株の王国剣士達は、ケルナー卿の情報操作で無駄足を踏まされたことが何度もあったらしい。
 
 レイナック殿とケルナー卿にとって、志を同じくする先々代の伯爵は共にエルバール王国の未来を切り開く同志のように思えたのではないだろうか。だから人材を紹介してくれることについても、『この方の紹介ならば間違いない』と信じていたのではないか。ところが少しずつライネス様との間に溝が出来ていくにつれ、その原因が王妃陛下とそのご実家にあるのではないかと考え始めた・・・。『ハスクロード家の息のかかった人材』をこれ以上王宮に送り込まれたくはない、そう思っても、相手は王妃陛下の実の父上だ、迂闊なことを言うわけには行かない。『あまり紹介なさらない方が』なんてやんわりとした手紙を送ったところでうまく行くかどうかわからない。手紙を出す一方で、王室への紹介を断られた人物を探し出し、その本人ではなく周囲の人間に対して噂を流す・・・。それも酷い誹謗中傷の噂だ。そしてわざとその噂がハスクロード家に届くよう仕向ける・・・。
 
(そんな事があったのかも知れないな・・・。)
 
 もちろんすべて私の推測だ。それこそ迂闊なことを言うわけには行かない。
 
「そんなことがあっても、父は自分のしたことは間違ってないと胸を張っていました。わたくしもそう思ってます。実際父から紹介された人材はとても信頼出来て、仕事も間違いのない者達ばかりでしたから。ただ、兄はね・・・。」
 
「叔母上、父上に何があったのですか?」
 
 リアン卿が身を乗り出した。この場で話されていることは、リアン卿にとっても初めて聞く話だと言うことだ。子供の頃には優しかったはずの父君があのように変貌してしまった原因を、ずっと知りたいと思っていたのだと思う。
 
「あなたのお父様はおそらく・・・自分の父親は現王妃の父親でもあるというのに、ケルナーからの手紙や紹介を断られた腹いせで誹謗中傷されていることが我慢ならないことだったのだと思います。しかもね、わたくしが嫁いでから父の看病で戻ってくるまでの間、作物の出来具合が長いことよくなくて、税収も大分落ち込んでいたのよ。代々の当主が領民と協力して寒い場所でも育つ作物を育ててきたけれど、あの頃はとても気候が不安定でね、随分と長いこと苦労していたようなの。自分が家督を継いだ途端に不作が続いて、頑張っても頑張っても結果が出ないことに疲れてしまったのかも知れない。しかも・・・それすらも誹謗中傷の種にされてしまっていた・・・。ハスクロード家の新しい当主は能無しだ、先代が先代なら子も子だ、と・・・。」
 
「そ・・・そんな・・・なんてひどい・・・。」
 
 リアン卿が悔しげに顔をゆがめた。真摯に領民と向き合い、手を取り合って領地を繁栄させていこうとしていた先代伯爵が、そんなひどい言葉で貶められていたなんて・・・。
 
「そして・・・いつの頃からか、お兄様から笑顔も笑い声も消えて、剣のことをブツブツと口にするようになっていったと、戻ってきてからあなたのお母様に聞いたわ。わたくしは何も知らなかった・・・。」
 
「叔母上がご存じなかったのは仕方ありません。叔母上にはもっと大事な使命があったではありませんか。」
 
「あなたのお母様もそう言ってくださったわ。でも・・・わたくしはこの家の一員として、もっと果たすべき使命があるような気がしたの。だからまずは父の看病をして、お元気になっていただこうと思ったのだけど・・・わたくしが戻ってきてから2ヶ月ほど過ぎたあの日・・・。」
 
 ファルミア様が眉根を寄せ、苦しそうに目を閉じ、そして決心したように目をあけて顔をあげた。
 
「王宮からの急使がやって来たわ・・・。この屋敷と城下町はそれほど離れていないのだけど、東の港から船を出して、一度東に向かってから北上しないと辿り着けない。使いの者は明け方船を出して、全速力でやって来たと、ふらふらになるほど疲れていたの。わたくしは手紙を受け取り、使いの者に休息をとらせて・・・そして手紙を開けたの・・・。」
 
 そこに書かれていたのは・・・
 
『国王陛下ライネス様が崩御されました。』
 
 ファルミア様は何度も何度も手紙を読み返した。何度読んでもその言葉の意味が頭に入ってこなかったという。何が起きたのか、使いの者が回復するのを待って尋ねたところ・・・
 
『私も詳しいことは伺っていないのです。ただ・・・侍女が朝、お食事のお声をかけに扉をノックしても返事がなかったので、王国剣士を呼んできたそうなのですが、それでも返事がなく、ケルナー様とレイナック様に急ぎおいでいただいて、お二人がお持ちの合い鍵を使ってお部屋を開けたところ・・・ベッドの上に眠っておられたようだと言うことだったのですが・・・すでに冷たくなっておられたようでございます・・・。』
 
『な・・・ぜ・・・。』
 
 ファルミア様は何が何だかわからなかった。こちらに戻ってきてからも手紙のやりとりは続いていた。そう言えば・・・最後に出した手紙の返事が来ていない。あれは・・・いつのことだっただろう・・・。
 
 それすら思い出せず、ファルミア様は呆然としていた。だが、王妃として王宮に戻らなければ!そう思い、使いの者が帰る時に一緒に王宮に戻ると言ったところ・・・
 
『あ、あの・・・その件に関しまして、ケルナー卿から御伝言がございます。』
 
『ケルナーから?』
 
『はい、今は王宮内も混乱しているので、ファルミア様にはもうしばらくご実家にお留まりいただきますようにと・・・。』
 
『なぜそれをあなたに?なぜケルナーは文書一つ寄こさずあなたに口頭で伝えるようになどと・・・。』
 
『わ・・・わかりません。しかし、それだけは手紙ではなく必ず口頭で伝えよと、念をおされましてございます。』
 
 使者も困っていたようだ。本当にそれしか聞かされてないのだろう。しかし、そう言われたからと言って実家に籠もってはいられない。帰り支度をするために自分の部屋に戻った時・・・
 
『ファルミア、行くなよ』
 
 突然聞こえた声は、なんと水の精霊の長、アクアさんだったそうだ。
 
『その声はアクアね。どういうこと?あなたは何を知っているの!?』
 
 姿を見せず、声だけ届けるなんて、普段なら彼らはしない。何かが起きている。城下町で、王宮の中で。
 
『ケルナーとか言う奴の性格を考えたのさ。お前だってその男が油断のならない奴だと言うことくらい知っているんだろう?行けば殺されるかも知れないぞ。』
 
『わたくしはエルバール王国の王妃です。国王陛下が、夫が亡くなったというのに、帰らないわけにはいかないわ!第一、誰がわたくしを殺すの!?』
 
『そりゃそのケルナーという奴だろうね。あんたが王宮に帰っては困ることでもあるんだろうよ。』
 
 また違う声。これはテラさんの声だったそうだ。
 
『テラ、あなたまで!どう言うことなの!?あなた達がそんなことを言うと言うことは、イグニスもヴェントゥスも、シルバもその理由を知っているのね!?教えて!ライネス様に何があったの!?』
 
『言うことは出来ないわね。それはあなたが知らないはずのことよ。あなたは自分の家にいて、留守の間に王宮であなたの夫が亡くなった。何が起きたか、あなたは知るはずがないの。』
 
『ヴェントゥス・・・。』
 
『来るなと言うんだから行くな。おいら達も黙ってようかと思ったんだがな。お前には長生きしてほしいのさ。今後のこともあるしな。』
 
『今後・・・?今後って何よ?』
 
『あんたは王妃だろう?王妃が留守の間に国王が死んだのに、あんたに戻って来いと言わない理由があるはずだ。いずれまた連絡があるだろうさ。しばらく待ってみたほうがいいんだよ。それと、あんたが戻って万一殺されたりしてご覧よ。あんたの娘は1人になってしまうんだよ。』
 
 聞こえた声は3人のものだったが、近くにイグニスさんとシルバ長老の気配も感じたという。彼らは間違いなく知っている。自分の留守中に王宮で起きた出来事を。でも確かにそれは自分が知るはずのないこと。ファルミア様はたまたま精霊達と言葉を交わせたり、誰かの考えを何となく感じる程度の力があるが、普通はそんなものがないのが当たり前なのだ・・・。
 
「・・・精霊の長達がみんなでわたくしのところにあんな話をしに来るなんて、王宮でどんなことが起きているにせよ、おそらくアクア達の言ったことは本当なんだと思いました。彼らは言ってはいけないことや言いたくないことを黙っていることはあるけど、嘘はつかないから。そして・・・何が起きたかわからないうちに、テラが言ったとおり、ケルナーから手紙が届いたのです。フロリアを次期国王として推したい。でもわたくしが王宮にいれば、フロリアが成長するまでの中継ぎとしてわたくしに即位しろという声が大きくなるだろう。そうなった場合、エリスティ公が動く危険性があると・・・。だから・・・ご実家にお留まりくださいと・・・。」
 
 ファルミア様は悔しかった。わざわざケルナー卿が手紙を寄こした本当の目的は、もしも強引にファルミア様が王宮に戻れば、あなたの命は保証出来ないと言うことなのだ。
 
「フロリアはあのときまだ6歳・・・。エリスティ公が王位継承に名乗りを上げることは目に見えていました。そうなればケルナー達は全力で彼の即位を阻止するために動くでしょう。そうなったらフロリアの命も危うくなる危険性がありました。エリスティ公の望みはただ一つ、エルバール王国の玉座のみです。それが手に入るなら、何でもするでしょうから。わたくしは・・・だからこそわたくしは一刻も早く王宮に戻り、フロリアの即位のために動くつもりでいたのですが、どうやら彼らは、わたくしが戻ることで、フロリアよりも先にわたくしに中継ぎの王となられることを警戒したようなのです。」
 
 確かにそれが自然だろう。歴代国王陛下の中でも、国王が急死し、世継ぎが幼かったために王妃が一時的に即位して政務を執り行ったという例はある。
 
「・・・わたくしは・・・即位するつもりなど毛頭ありませんでした。なぜ彼らがそこまでしてわたくしを王宮から遠ざけたいのか、それを知るために諜報員が戻るのを待って事情を聞いたのですが・・・。」
 
 ファルミア様は小さく溜息をついた。
 
「・・・わたくしが父の看病のために実家に戻っていることは、ケルナーとレイナックはもちろん、エリスティ公も、モルダナと乙夜の塔の警備を担う王国剣士達も知っていました。ライネス様崩御の後、この一大事になぜ王妃が戻ってこないのかという疑問が起きたのは当然でしょう。でもケルナー達はわたくしに戻ってきてほしくなかった・・・。とは言え、戻らない理由が父の看病と言うだけでは、わたくしが王妃としての責務を蔑ろにしていると言われる可能性があります。そんなことになれば、そのような母親を持つフロリアが即位していいものかと、エリスティ公はここぞとばかりに騒ぎ立てるでしょう。そこでケルナー達は、わたくしがライネス様の死を聞いて、悲しみのあまり衰弱してしまったと御前会議で報告したようなのです。」
 
 ところがその話を聞いて、大臣の一人がなぜ迎えを出さないのかとケルナー卿達に詰め寄ったらしい。
 
『国王陛下に万一のことあれば、葬儀や次期国王の即位については王妃陛下がお世継ぎと共に陣頭指揮を執られることと、王室典範に定められておる。ファルミア様のご心中は察するにあまりあるが、王妃としてのお務めを果たしていただけるよう、王宮にお戻りいただき医師会でご療養されるようお願いしたいと申し上げれば、ファルミア様ならすぐにでも戻ってこられよう。なのにそなたらは迎えも出さずに自分達が取り仕切ろうとしておる。何か別な思惑があるのではないか。』
 
 元々ライネス様の側近として取り立てられていたケルナー卿とレイナック殿は、ほかの大臣達からあまりよく思われていなかったらしいから、こんな話が出るのもうなずける。しかも、まったく筋は通っているのだ。
 
(つまり・・・ケルナー卿達はファルミア様をある意味警戒していたようだけど、ほかの大臣達から信頼は得ておられたわけか・・。)
 
 ハスクロード家がどういう歴史を持つ家か、大臣達は当然知っていただろう。だがどうやら警戒していたのはレイナック殿達だけで、ほかの大臣達はファルミア様を信頼していたようだ。それはおそらく、家がどうのと言うことよりも、ファルミア様ご自身のお人柄ではないかと思う。ご結婚までの経緯といい、美しく慈愛に満ちたご容貌ながら、芯の通った強さも持ち合わせている。となれば、ファルミア様が王宮に戻られたら、おそらくすぐにでも中継ぎとしての即位を求められたことだろう。そしてファルミア様ならば、ライネス様のご遺志を継いで立派な女王陛下になられたはずだ。フロリア様が成長なされる頃には王国の基盤は盤石となり、その譲位は何の問題もなくなされていたことだろう・・・。
 
 だがそれで困るのは、本来エリスティ公ではないのか。ファルミア様が戻られれば、『エリスティ国王陛下』の目はなくなってしまう可能性が高い。いや、ほとんどなくなると言ってもいいくらいだろう。なのに、ケルナー卿もレイナック殿もデール卿も、何年かかかるとは言え『フロリア様の即位』が一番問題なくかなうその道を、選ぼうとはしなかった・・・。
 
「し・・・しかし、叔母上が悲しみのあまり衰弱してしまったと言っても、亡くなったことにしてしまうためには、もう少し何かしらの理由が必要でしょう。確かに、あまりにも悲しみが深いとそれだけで生きる気力を失ってしまうという話も聞いたことはありますが・・・。」
 
 リアン卿は納得行かないようだった。そう考える方が自然だと思う。生きることを望まない・・・死んだ方が幸せだと思うほどの『何か』・・・。父のような・・・剣士団長のような・・・。そして・・・
 
(カインの・・・ような・・・。)
 
 ファルミア様は今こうして向かい合っていても、あふれる生命力を感じられるほどのお方だ。王妃陛下になられてからの交流とは言え、ファルミア様を知っている人達なら、いくらライネス様を失ったことが大きな衝撃だったとしても、必ず立ち直ってくださると、信じていたのではないだろうか。
 
「レイナックもケルナーも、焦っていたのではないかと思います。王室典範には、国王崩御から次期国王の即位まで、できる限り政治の空白を作らずにすむよう、期限が定められているのです。でも歴史上、世継ぎ候補が何人もいたり、逆に王の子供が病弱な子供ばかりだったりして候補がいないなどということもありました。そういった場合を想定して、国王崩御のあと一月を過ぎても新国王が決まらない場合は、世継ぎの選定を御前会議に一任する決まりとなっています。御前会議の大臣達の中にはエリスティ公の一派もいます。それに、御前会議の大臣達が取り仕切ることになれば、フロリアが世継ぎとして即位することになったとしても、ケルナーもレイナックもデールも、みんな蚊帳の外に置かれるでしょう。ほかの大臣達にとって、ことあるごとに重用される若い大臣3人は邪魔者のように思われていたようですから。フロリアを世継ぎとして即位させ、なおかつその後見として国の舵取りの実権を握るには、彼らはできる限り素早く動かなければならなかったのです。」
 
 ファルミア様にしてみれば、ライネス様の死だけでも打ちのめされているというのに、さらにケルナー卿達と駆け引きをしなければならないことに、相当疲れていたようだ。
 
「で・・・でも叔母上、それでは、お元気な叔母上を亡くなったことにして葬儀まで出すなどと言う愚行に対して、おじい様は何もおっしゃらなかったのですか?当時、すでに父上が家督を相続していたとはいえ、おじい様はまだまだお元気だったはずでは・・・。」
 
 リアン卿がため息とともに言った。
 
「そうね・・・。葬儀を出す前にそのことを知っていたなら、おじい様は当然激怒したでしょうし、わたくしも何が何でも王宮に戻ったでしょうね・・・。」
 
「・・・つまり・・・聞いたのはすべてが終わった後だったと・・・。」
 
 思わず尋ねた。
 
「だ、だけどハスクロード家の諜報員の方は・・・。」
 
 ウィローも驚いて尋ねた。
 
「・・・我が家の諜報員は何人かいるのだけど、先に戻ってきて王宮の様子を教えてくれた者の後に戻ってくる予定だった者がいました。でも彼は、すべてが終わるまで拘束されていました。・・・身に覚えのない罪を疑われ、王宮の"貴賓室"に軟禁されたのです。」
 
 ハスクロード家に限らず、情報収集部門というのはどこの貴族の家でもたいていの場合持っているらしい。その担当者達は『諜報員』と呼ばれるのが一般的で、御前会議の大臣達が雇うような『密偵』ではなく、表の世界で聞き込みや交渉をしながら情報を集めるのが任務であり、場合によっては屋根に上ったり壁の裏側の隙間に隠れたりなどという密偵達の仕事とは一線を画しているという話は、聞いたことがある。ハスクロード家の諜報員も、当然ながらある程度は身分を明かして行動していた。情報収集の過程では、さすがに『王妃を死んだことにして葬儀を出す』などという愚行の計画そのものまでは掴めなかったようだが、ファルミア様が戻らないのにフロリア様を世継ぎとして即位の準備をし、さらにそのための根回しにケルナー卿とレイナック殿、そしてデール卿が動いていることに疑問を持った。それは本来ファルミア様とフロリア様の役目だ。とは言え、世継ぎとしてのフロリア様はそのとき6歳・・・。ならばファルミア様が王宮に戻り、その指示で彼らが動くというのが筋ではないのか。しかもエリスティ公が彼らの動きについて『王妃不在を狙っての独断専行であり、なし崩し的に王国の実権を握ろうとしている証拠だ』と、御前会議でケルナー卿たち3人を糾弾したと言う情報を得た。
 
『この国で何かが起きている。3人の大臣達はファルミア様のご不在をいいことに国の実権を握り、思いのままに動かそうとしているのではないか・・・。』
 
 その情報をハスクロード家にもたらすべく帰ろうとした諜報員は、突然拘束された。しかも王国剣士ではなく、どう見てもケルナー卿達が個人的に雇っている護衛らしき衛兵達に。
 
『国王崩御と次期国王即位までの隙を突いて、ハスクロード家に不穏な動きありという情報がある。ご同道願おう。』
 
 
「そんな・・・王妃様のご実家にそんな嫌疑をかけるからには、きちんとした証拠がなくてはならないでしょうに・・。」
 
 ウィローが呆れたように言った。
 
「ええ、その通りです。諜報員は我が家の私兵です。証拠もなしに嫌疑をかけて拘束するなど、およそ『ライネス様の側近』たるケルナー達の所業としてはあまりにもお粗末なものです。」
 
 ファルミア様がうなずいた。
 
「そんなお粗末なことをしてでも、フロリア様の即位を急いだという事ですか・・・。」
 
「失意のうちに戻ってきた諜報員の話を聞いて、わたくしはそう思いました。ケルナー達はなんと、私の棺まで用意したそうですから。」
 
「ファルミア様の・・・棺!?」
 
「ま、まさか!そんなことまで・・・!?」
 
 ウィローとリアン卿が同時に叫んだ。
 
「ええ、わたくしを死んだことにして葬儀を出すには、私の遺体が入った棺がなくてはなりませんからね。」
 
「・・・聞いたことがあります。葬儀の時は、ライネス様の棺に続いてファルミア様の棺が運ばれていき、最後にフロリア様の乗られた馬車が進んでいったと。」
 
 以前オシニスさんに聞いた話を思い出した。
 
「城下町ではそんな話になってるの!?」
 
 驚いたウィローに、以前オシニスさんから、当時のことを教えてもらったことがあると言う話をした。カインは小さかったのでうろ覚えではあったが、何となく記憶に残っていたらしい。ライネス様とファルミア様は国民に好かれていたから、小さな子供達は父親が肩車をして、葬儀の列を一緒に見送ったのだと。
 
「そう言ってもらえるのは嬉しいけど・・・複雑ですね・・・。」
 
 ファルミア様は困ったように微笑んだ。
 
「今クロービスが言ったように、わたくしの棺はちゃんと用意されていたそうですよ。御前会議で他の大臣からわたくしを迎えに行かないのはおかしいと糾弾されたあと、必ず責任を持って迎えに行くとケルナーとレイナックは約束しました。そしてしばらく過ぎたあと、2人がその棺をライネス様の棺の隣に安置したそうなのです。そして、迎えに行ったところ、わたくしがすでに亡くなっていたので、せめて葬儀を一緒に出したいとお父様にお願いしてわたくしの身の回りの品を預かってきたから、それを棺に入れて一緒に葬儀をすると言ったそうですよ。」
 
「でも本当に迎えに来たわけではなかったんですよね?」
 
 ウィローの質問にファルミア様が笑って答えた。
 
「まさか。我が家には何一つ知らせが来ませんでしたよ。それに、わたくしが死んだことになったあとも、おそらくケルナー達が貴族達から出された我が家への手紙を全て握りつぶしたのでしょう、問い合わせも届きませんでした。」
 
 なるほどうまいやり方だ。ファルミア様の本物のご遺体はすでに埋葬されているから、せめて身の回りの品を入れましたと言えば、本当に死んだかどうかなんて誰も確かめられない。そもそもその『身の回りの品』だって、本物かどうかなんて確かめようもない。
 
「・・・父はせっかく元気になったところだったのに、その話を聞いて怒りのあまりまた倒れてしまったのです。こんなことになるなら、あの日舞踏会になど行かせなければよかったと、母も嘆き悲しんでいました。王太子妃として嫁ぎ、世継ぎを産んだわたくしを、彼らは表向きとは言え亡き者にして、政治の実権を自分達の手に握ったのです。それはどう考えても彼らにとっての利益のためとしか考えようがありません。わたくしは愛する夫の死にもそばにいられず、かわいい娘にも会えず、この屋敷にとどまる以外の道がなくなりました。こんな仕打ちを受けるいわれはないと、わたくしも怒りと悔しさでいっぱいでした。それはもう・・・死んでしまいたいほどに・・・。」
 
 ファルミア様が涙を落とした。
 
「でも・・・それは出来ないこと・・・。もしもわたくしが本当に死を選んだりしたら、フロリアはひとりぼっちになってしまいます。だからわたくしは、見守る道を選びました。どんなにつらくても悔しくても、この先エルバール王国がどうなるのか、ケルナー達はこの国をどこへ導こうとしているのか、せめてそれを見届けようと考えたのです・・・。ですが、そのケルナーは数年前に亡くなり、フロリアはどこから集めてきたのか自分の『配下の者』を動かしてハース鉱山を牛耳り、実質的に王宮から切り離しました。そして廃液を流し続けて大地を汚し、その一方で悪政をしいて人々の不安と恐怖を煽り続けています・・・。フロリアに何が起きているのか、やはりあの時わたくしはたとえ命の危険があっても・・・王宮に戻るべきだったのかと、あれからずっと考え続けています・・・。」
 
 ケルナー卿達はファルミア様を王宮から遠ざけ、フロリア様を即位させた。その時のごたごたについては聞いたことがある。エリスティ公がフロリア様成人までの中継ぎとして即位すると主張し、様々な駆け引きがあったと・・・。
 
(そこまでしても自分達の手でフロリア様を即位させ、後見として実質的に政治を動かそうとしていた。それは・・・どうしてなんだろう・・・。)
 
「叔母上、おじい様は調査に乗り出そうとはなさらなかったのですか?いくら何でも我が家に対する冒涜としか思えないような手ひどい仕打ちに対して、おじい様が何もなさらなかったとは思えないのですが・・・。」
 
 リアン卿が尋ねた。
 
「あなたの疑問ももっともです。実際、拘束されていた諜報員は今にも自決しそうなほどうちひしがれていたし、他の諜報員達も怒り、ぜひ真実を突き止めたい、調査させてくれとあなたのおじい様に頼んだのですが、おじい様は首を横に振るばかりでした。」
 
「そんな!なぜです!?」
 
「今回の陰謀がケルナー達の共謀だとしたら、下手に調べようとすれば危険な目に遭うのは諜報員達のほうです。ここまで無謀なことをしてでもわたくしをここに留まらせ、権力を掌握しようとしているならば相手も本気でしょう。ひとつ間違えば、王宮対ハスクロード家の内戦になってしまいます。そうなればフロリアも無事では済まないでしょう。あなたのおじい様もおばあ様も、そしてわたくしも、フロリアを血で染まった玉座に座らせたくはありませんでした。それであの時はあきらめたのです。ですが、真実を知りたいとは思ってます。あの子の小さな手を離してしまった時からずっと・・・。」
 
 ファルミア様が声を詰まらせた。真実を知るためには、当時者である大臣達に話を聞くしかない。もしかしたら、それがフロリア様の行動の理由に繋がっているかもしれない。だが話を聞こうにも、ケルナー卿とデール卿はすでに亡くなっている。となれば後は・・・
 
「その辺りの真相を知るためには、レイナック殿にでも話を聞くしかなさそうですね・・・。」
 
「そうですね・・・。ケルナーもデールもいない今、残っているのはレイナック一人・・・。彼に話を聞くことが出来れば、もしかしたらフロリアが変わってしまった原因に近づくことが出来るかもしれない・・・。もっとも、簡単に話してくれそうにはないでしょうけど・・・。」
 
 ファルミア様はあきらめ顔だ。
 
「・・・レイナック殿が見た目通りではないとしても、あの方が権力ほしさにそんな無理を押し通すとは思えません。しかも明らかに"不当である"と思われるようなやり方で。そこまでするからにはよほど重大な決意があってのことなのでしょうし、簡単に話してはくれないでしょう。でも、あの方は王宮の中で誰よりもフロリア様を案じておられたはずです。フロリア様の異変の原因を知るためならば話してくれるかもしれません。」
 
「まさかあなた達は、レイナックに会いに行くつもりなのですか?」
 
「なんとかしてお会いできればと思っています。ただ、方法についてはまだなんとも・・・。」
 
「そうですか・・・。彼から直接話が聞ければいろいろとわかることはあるのでしょうけど、それは危険すぎますね・・・。」
 
「ええ、王宮に正面から入るわけにはいきませんから。でもなんとか手立てを考えてみるつもりです。」
 
「こちらでも王宮の様子はずっと探らせているのです。そろそろ今回の報告が届く頃なの。もう少し状況がはっきりすれば、あなた達に助言することも出来るのだけど・・・。」
 
 その時扉をノックする音がした。
 
「ファルミア、いるかしら?」
 
「あらお義姉様だわ。サーラ、お通しして。」
 
「はい。」
 
 サーラさんがさっと扉を開けた。
 
「大奥様、どうぞお入りくださいませ。」
 
 入ってきた女性はファルミア様よりは年上のようだ。大奥様と言うことはリアン卿の母君、そして・・・
 
(ユジン卿の奥さんか・・・。)
 
 美しい人なのだと思うが、何というか疲れているように見える。最も御夫君があの状態では気苦労も多いことだろう。
 
「お義姉様、どうなさいましたの?」
 
ファルミア様が尋ねた。
 
「あなたに書簡が来ていたのよ。オレルからの定時報告でしょう。」
 
「まあ、わざわざお義姉様が届けてくださったのですか?申し訳ありません。使いをよこしてくだされば取りに伺いましたのに。」
 
 先代の伯爵夫人は微笑んで
 
「ふふふ・・・いいのよ。私もここに来たかったというのもあるしね。でもお客様のようね。私はこれで失礼するわ。」
 
「そうだわ。お義姉様もお茶をいかが?彼らを紹介しますから。」
 
 ファルミア様はそう言って、帰りかけた先代の伯爵夫人を引き留め、私達を紹介してくれた。
 
「あなた達が・・・。そうでしたの・・・。」
 
 先代の伯爵夫人は驚き、でも心なしかほっとしたように見えた。
 
「私は先代伯爵ユジン・ハスクロードの妻でリュミスと申します。実家の母の具合がよくなくて、昨日から里帰りをしていたの。さっき家に戻ってきたら、ドラロスはいないしナディラは食事の支度もせずに外で掃除しているし、何があったのかと思って先ほどオーゼに聞いたの。あなた方、お二人とも夫がご迷惑をおかけしてしまったようね。ごめんなさいね・・・。以前はあんな人ではなかったのだけど・・・。」
 
「お気になさらないでください。何事もなくすんだことですし。」
 
 リュミス夫人は小さな声で『ありがとう』と言って疲れたように溜息をつき、サーラさんが入れたお茶を一口飲んだ。
 
「ああ、おいしい・・・。サーラのお茶はおいしいわね。」
 
「恐れ入ります。」
 
 サーラさんがお辞儀をした。
 
「お義姉様、お兄様のところには行かれたのですか?」
 
「ええ・・・行ったのだけど、ドラロスに追い返されてしまったわ。私の顔など見たくもないと仰せです、と言われて・・・。」
 
「ではまだお兄様とは話が出来ていないのですね・・・。」
 
「ええ・・・剣についての幻想がひどくなってからは、全然・・・。」
 
「でもおかしな話ですね・・・。剣のことと、母上のことは全くの別物。剣のことで取り憑かれたような言動をされるようになってからも、父上は母上のことをとても頼りにしておられたはずなのに・・・。」
 
 リアン卿が言った。この方にとっては両親の不仲の問題だ。なんとかならないかと思っているのが私にも伝わってくる。それにしても、どうも身内の話になってしまったようだ。私達がここにいてもいいのだろうか・・・。
 
「そうね・・・。いつの頃だったかも忘れてしまったわ。剣のことばかりに囚われて、あなたの父上は私とも、息子であるあなたとも、ほとんど話をしなくなってしまった・・・。直接話もしてくれず、ドラロスを前に立てて伝言ばかり。どうしてこんなことになってしまったのか・・・。」
 
(・・・・・・・・・・・・・。)
 
 あのドラロスさんという人がそこまでユジン卿に信頼されているのか・・・。それにしても家族との会話まで中継ぎするとは・・・。
 
(執事の職にあったとは言え、ちょっと職権を逸脱しているような・・・。)
 
 執事の仕事が主人と共に家を盛り立てていくと言うことなら、ドラロスさんは真逆のことをやっているような気がする。
 
「母上、少し私から提案があります。叔母上も、剣士殿達も聞いていただけますか?」
 
 少し考え込んでいたリアン卿が言った。
 
「提案?リアン、どうしたのいきなり。」
 
「提案て、何をするつもりなの?」
 
 リュミス夫人とファルミア様は首をかしげている。
 
「私達は完全な部外者ですが、伺ってもいいんでしょうか。」
 
「もちろんです。実を言いますと、剣士殿達にはご協力いただきたいのです。少し私の話を聞いていただけますか。」
 
「わかりました。」
 
 その後リアン卿が話し出したことを聞いて驚いた。
 
「剣士殿、私と立合をしていただきたいのです。」
 
「え・・・!?」
 
 リアン卿は、実はずっと両親の不仲について悩んでいたと言うことだ。だが、不仲になるような要素と言えば、ユジン卿が剣に執着していることくらいしか思いつかない。なのにどうして、『口も聞きたくない』とまでリュミス夫人を遠ざけるのか、どうしてもわからないということだった。
 
「剣にまつわることで、母が父に何かひどいことを言ったりしたことはないはずです。母は剣のことについても理解しようといろいろ調べ物をされていたくらいですから。」
 
「そうね・・・。わたくしもお義姉様に、わかることを教えて差し上げたことがあったわ。」
 
「ええ・・・。私は夫がそこまで執着する剣とはどういうものなのか、ずいぶん頑張って調べたのよ。でもその話をしようと会いに行っても、ドラロスに追い返されるばかりで・・・。奥様とはお会いしたくないとのことですとか、お顔も見たくないと仰せでございますとか、そんなことばかり言われて・・・。私・・・どうしてそこまで嫌われてしまったのか・・・。」
 
「母上、そこですよ。父上は本当に母上と話したくないのか、顔も見たくないのか、父上から直接聞いたことはありませんね。みんなドラロスの伝言ではありませんか。」
 
「それはそうだけど・・・。リアン、あなたはまさか、それがドラロスの一人芝居だと・・・?」
 
「ドラロスは父上に対する忠誠心が強すぎます。父上のためになると思えば何でもするでしょう。今回の件がいい例です。まさか剣士殿達を殺せなどと言い出すとは思っていなかったかもしれませんが、父上に気に入られたくて、父上に褒めてもらいたくて、ドラロスが何をしでかすか、私はずっと不安に思っていたのです。」
 
「でも・・・お兄様とお義姉様の仲を悪くすることが、お兄様のためになると考えているとしたら、それはおかしいわ。」
 
 ファルミア様が首をかしげた。確かにそうだ。ドラロスさんが本当に夫婦仲が悪くなるよう仕向けているのだとしても、それは全くこの家のためにも、もちろんユジン卿のためにもならないと思うのだが・・・。
 
「私もそこがどうにもわからないのです。ですから、なんとか父上を母上と会わせて、その上で父上の真意を、父上の口から直接聞きたいと思っています。剣士殿、大変失礼な言い方ですが、あなたとの立合を口実に私達家族が直接顔を合わせて話すことが出来るよう、ご協力いただきたいのです。」
 
 これは大事だ。だが断ることは出来ないと思った。『ファルシオン』がこの家に『帰ってきた』ことで、やっとこの家族の問題に解決の糸口が見えたのかもしれないのだから。
 
「わかりました。ぜひ協力させてください。ウィローも、いいよね?」
 
「もちろんよ。リアン卿、出来ることは何でもお手伝いさせていただきます。」
 
「ありがとうございます。父があれほどほしがっていた伝説の剣で立合をするとなれば、ドラロスのことです、断ることは出来ないでしょう。ドラロスを介さず、父と母が話をする機会を設けたい、そして剣のことを、今度こそきっぱりとあきらめてほしいとも思っています。そのためにも、立合はもちろん手加減無用です。私が負けたほうが、かえって剣のことをあきらめきれるかもしれません。」
 
「リアン卿、僭越ながら申し上げます。結果はやってみないことにはわかりませんよ。お互い持てるすべてをぶつけ合うことにしませんか。そうでなければ、お父上のお心には響かないでしょう。」
 
 リアン卿ははっとしたように私の顔を見て、少し寂しげに笑った。
 
「はい・・・そうですね。」
 
 リアン卿が自信なさげなのはなんとなく感じた。『選ばれし者にかなうはずがない』そんなあきらめのようなものも。父君が執着する剣との立合で、当代のハスクロード伯爵が負ければ、この剣はもはやこの家にあるべきものではないと父君も納得してくれるのではないか、そんな風に考えているようだ。
 
「では場所は中庭にしましょう。リアン、あなたのお父様には、あなたが直接足を運んでね。おそらくドラロスは会わせるのを渋るでしょうけど、剣の話を持ち出せば、きっと中庭に来てくれるはずよ。」
 
 ファルミア様が言った。
 
「はい。今回は私も引くつもりはありません。何としても父上を中庭まで連れてきてもらい・・・いえ、私が連れてきます。」
 
「本当はご自分の足で歩いてきてくださるといいのだけど・・・。だいたいあの人は足なんて悪くないはずなのに・・・。」
 
 ため息とともにリュミス夫人が言った。
 
「母上、もしかしたら、それもドラロスの策略かもしれません。父上は走るのが速かったくらい足が丈夫なはずなのに、車椅子を用意してくれとドラロスが言ってきた時には妙だと思ったものです。」
 
「確かに・・・今考えてみればおかしな事ばかりね・・・。とにかく、私はあなたのお父様と普通に会話したいわ。そしてドラロスの真意もきちんと聞き出したい・・・。」
 
「お義姉様、リアンと剣士殿にお任せしましょう。わたくし達は中庭でお兄様に会えたら、ちゃんと話をしないとね。」
 
「そうね・・・。リアン、剣士殿、よろしくお願いします。」
 
 リュミス夫人が頭を下げた。
 
「私達も全力を尽くします。皆さんがユジン卿をお連れする間に、私達は中庭で素振りをしておきます。リアン卿、中庭でお会いしましょう。当代のハスクロード伯爵と立合えるのを楽しみにしています。」
 
 私は意識して明るく言った。リアン卿は笑顔でうなずき、父君の部屋がある棟へと歩いて行った。
 
「では皆様を中庭にご案内します。」
 
 私達はサーラさんに中庭に案内された。かなりの広さで、ここで立合をしたらどこまでも吹っ飛んでしまいそうな、そんな気がするほどだった。ハスクロード家は裕福ではないと言うが、私のような一般庶民からすればものすごく豪華な屋敷に住み、裕福な暮らしをしていると思える。何よりこの家の人々は、この土地を治めていることに誇りを持っている。リアン卿からもファルミア様からも、それを感じた。ユジン卿も以前はそうだったのではないかと思うのだが・・・。
 
(リアン卿と私の立合が、何かしらのきっかけになってくれたらいいな・・・。)
 
 そのためにも全力でぶつからねばならない。今私がすべきことは、持てる力をすべて使ってリアン卿と立合することだ。ただ気になるのは、リアン卿の腕がどの程度かと言うことだ。けがをさせるわけにはいかないが、今回の立合は一発勝負、ぶっつけ本番だ。状況を見ながら判断するしかないか・・・。
 
「なんだか思いがけない話になってしまったわね。ここを出発できるのは夕方かもしれないわ。」
 
 ウィローが言った。
 
「そろそろお昼くらいだよね。これから立合して、出来ればその後どうなったかはある程度確認したいから・・・やっぱり出発は夜か・・・。夜の空を飛ぶのは怖そうだなあ・・・。今夜は町に出て宿を取ろうか。」
 
「ああ、それもいいわね。」
 
 ファイアストームの背中からちらりと見ただけだが、町はそれなりに賑やかそうに見えた。帰る前に宿の場所を聞いておこう。明日の朝は雑貨屋なども覗いておいた方がいいかもしれない。
 
「とにかく今は少し素振りをしておくよ。剣の顔に泥を塗るようなことになっては困るからね。」
 
 たとえおとぎ話の域を出ない『伝説の剣』でも、この家の人々にとってはやはり気になるものだろう。ましてやその剣のために人殺しに荷担させられそうになったこの家の使用人達にとっては、全くの厄介者でしかないこの剣で、『見るからにおとなしそうな』持ち主がどんな立合をするのか、興味を持って見に来るような気がする。
 
「剣に顔があるなら、ついでに話もしてくれるといいのにね。」
 
 ウィローが言いながら笑った。
 
「まったくだよ。意思の疎通が図れたらありがたいんだけどな。」
 
 広めの場所で素振りを始めた。最初は軽く、少しずつ早く振っていく。刀身が風を切ってブン!と音を立てる。やがて中庭に人が集まり始めた。この家の私兵、メイドなど、ここで働く人達だ。
 
(みんなが見に来るということは、これもリアン卿の考えなんだろうな・・・。)
 
 使用人が仕事を放り出して見に来られるはずはないから、リアン卿が声をかけたのだろう。大勢の使用人が見ている前で、『元々はこの家のものだった剣』の持ち主と当代のハスクロード伯爵が立合をする。こう聞けば、ユジン卿だけでなく、ドラロスさんだって興味を示すのじゃないだろうか。それに先ほどのあの様子では、ユジン卿は未だ私の剣をあきらめてはいないと思われる。もう一度剣に近づく機会があるなら、何としても出てくるのではないだろうか・・・。
 
「だいぶ集まってきましたね。」
 
 声に振り向くとファルミア様が来ていた。いつの間にか大きなテントが張られ、その中に豪華な椅子がいくつかと、お茶の用意がされている。
 
「ふふふ、観覧席も用意しましたよ。ここには兄に来て座ってもらいましょう。義姉とわたくしと、そして・・・ドラロスにもね。」
 
「立ち入ったことをお伺いしますが、ドラロスさんはユジン卿が命を助けたことが縁でこの屋敷で働くようになったという話でしたよね。」
 
「ええ、その通りです。最初は下働きだったんだけど、当時の執事がドラロスの才能を見出してね、いろいろと手伝ってもらうようになったのよ。それで、前の執事が引退する時に彼を推挙したの。執事としてはとても優秀なの。だから兄へのあの異常なまでの執着さえなければ、ずっと執事として仕事をしてもらいたかったのだけど、なかなかうまくいきませんね・・・。」
 
「でもどうしてそんなに執着を?先ほどの話を伺った限りですが、如何に恩人とは言え、ドラロスさんはまるでユジン卿を閉じ込めて自分だけのものにしたいように見えます。」
 
「そうなのよねぇ・・・。リアンは早くからそのことについておかしいと思っていたらしくて・・・。わたくしはそんなに大事だとは思っていなかったところもあってね・・・。家族のことなのに、情けないですね・・・。」
 
 ファルミア様は溜息をついて、不意に辺りを見回した。そして私達の近くに誰もいないのを確認してから、私の耳に少しだけ顔を寄せた。
 
(リアンの剣の腕はなかなかですよ。アクアが指南したこともあったくらいですから、けがをさせる心配などせずに、全力で受けてあげてくださいね・・・。)
 
(アクアさんが・・・!?)
 
 ファルミア様はうなずいて、いたずらっぽく笑った。私は反対隣にいたウィローにその言葉を伝えた。ウィローも驚いている。
 
「・・・ということは、本当に本気で行かないと、あなたが負けてしまうことになるかもしれないわね。」
 
「そうだね・・・。まあ、負けるにしても負け方って言うのはあるから、無様にならないようにだけ気をつけるよ。」
 
 私達の会話を聞いていたファルミア様が笑い出した。
 
「そんなに気負うことはないのですよ。リアンはたぶん兄より腕は上だと思いますが、果たしてあなたの相手になるかどうか・・・。」
 
「リアン卿は剣はお好きなのですか?」
 
「ええ、小さな頃は王国剣士になりたいと言っていたほどですから。それで、その話を聞きつけたアクアが突然ここに現れたのです。わたくしが王宮にいた頃に知り合った"マーケス"と名乗ってね。」
 
 アクアさんはどうやら私と立合した時の青年の姿で現れたらしい。「ファルミア様が王宮にいた時の、侍女の縁者」ということにして、しばらくリアン卿の剣の指南をしていたというのだ。
 
「ずいぶんと昔の話ですからね。リアンはその後も修練は怠っていないようですが、この屋敷・・・いいえ、この領地内ではなかなか本気で手合わせしてもらえる剣士がいなくて。」
 
 そこまで言ってファルミア様が少しだけ肩をすくめた。
 
「・・・ここにわたくしがいなければ、外部の指南役を連れてくることも出来るのですが、城下町辺りから来た人達にわたくしの存在を知られるわけにはいきませんからね・・・。」
 
「ファルミア様のことは、こちらの領地の皆さんはご存じなのですか?」
 
「年配の人達だけですね。この屋敷の中でも、わたくしが先代の王妃であったことを知っている者は少ないのですよ。単に、出戻りしてきた先代伯爵の妹、くらいにしか思ってない者もいます。それはそれで都合がいいのですけどね。」
 
 フロリア様がお生まれになった頃にはまだ先々代の国王陛下がお元気だったという話なので、ライネス様の御代はだいたい5年程度か。そしてフロリア様が即位されてから、もう20年ほどになる。最近のなされようはともかく、フロリア様は即位後ずっと善政を布いてこられ、加えてあの美貌だ。国民にも絶大な人気がある。若くして亡くなられた先代の国王陛下やそのお妃様のことを、よく知らない国民がいたとしてもおかしくないか・・・。
 
「あなた達のことも、元々我が家に伝わっていたはずの剣に関わる人達とだけ言ってありますから、あなた達の本当の目的は誰も知らないと思います。あ、兄が来たようですよ。どうやらリアンがドラロスを押し切ったようですね。」
 
 ファルミア様が振り向いた先には、ユジン卿の乗った車椅子を押すリアン卿、その後ろを青ざめた顔で歩くドラロスさんの姿があった。
 
「ドラロスはおそらくここに兄を連れて来るのを渋ったのでしょうけど、剣の話と聞いて兄の方が興味を示したのかもしれませんね。」
 
 リアン卿が車椅子を押していった先はテントの中だ。そこにはリュミス夫人が待っている。
 
「あなた、やっとお会いできましたわね。」
 
 リュミス夫人は笑顔でユジン卿を出迎えた。
 
「ふん、今日はまたどういう風の吹き回しだ?」
 
 ユジン卿は不機嫌そうだ。もっとも今朝の一件でユジン卿は相当私達に腹を立てているだろう。すぐ近くにその私達がいるのだから、不機嫌にもなろうというものかもしれないが・・・。
 
「あら、妻が夫の顔を見たいと思うのは当たり前じゃありませんこと?」
 
 リュミス夫人は冷静だ。こういう返事が返ってくることをわかっていたのだろう。リュミス夫人の後ろで、ドラロスさんがますます青い顔で立ち尽くしている。
 
「いい加減なことを。剣に取り憑かれた、頭のおかしくなったような夫の顔など見たくもないと、ドラロスに言ったのは君ではないのか。」
 
「私はそんなこと言いませんよ。それはともかく、せっかく今日は私達の息子とこの家に関わりのある剣の持ち主が立合をすることになったのです。一緒に見届けましょう。」
 
 リュミス夫人はあくまでも優しく、ユジン卿に接している。そしてドラロスさんに対しても、『私の隣にお座りなさい』と笑顔で促している。しかしドラロスさんは怯えたように震えたまま動こうとしない。見かねたファルミア様が、ドラロスさんの肩を叩き、椅子に座らせた。
 
(やっぱりこの人が・・・夫人やファルミア様とユジン卿それぞれに、いい加減な話を吹き込んでいたみたいだな・・・。)
 
 それがなぜなのかはわからないが、ドラロスさんが執事の職を解かれた時に聞こえた声『やった!これで・・・!』と言う声に関係しているのは間違いないだろう。だがそんな声が聞こえるのは、私とファルミア様、おそらくはリアン卿も。そして、私達がユジン卿と会った時、あの部屋の向こう側の壁の陰に隠れていた人物か・・・。今ここにいる使用人達の中にはいないようだが、果たしてその人物は自分の持つ力をあんな形で利用されたことに、どう考えているのだろう・・・。
 
「あなたの方こそ、私の顔など見たくもないとおっしゃっていたのではありませんか。」
 
「そんなことは言ってない。いい加減なことを言うな。」
 
 ユジン卿の口調は乱暴だが、リュミス夫人の笑顔と優しい口調に、少し戸惑っているように見える。もしかしたら、リュミス夫人もファルミア様も、ユジン卿と自分達が仲違いすることになったのがドラロスさんの讒言のせいではないかと、考えたことはあるのかもしれない。それはリアン卿も同様で、今回私達の来訪をきっかけになんとかしたいと考えたのだと思う。リュミス夫人はそれを承知でドラロスさんに笑顔で接している。私と一緒にテントの中のやりとりを見ていたウィローが、小声で言った。
 
(あちらのことは私達にはどうすることも出来ないわ。私達は私達に出来ることをしましょう。)
 
(そうだね・・・。)
 
 今私がすべきことは、リアン卿との立合だ。持てる全力をぶつけて、勝っても負けても一回きりの勝負だ。
 
「剣士殿、お待たせしました。」
 
 リアン卿が近づいてきた。
 
「少し肩慣らしをしたいのですが、かまいませんか。」
 
「もちろんです。私も少し素振りをしていましたから。」
 
 リアン卿が剣を抜いて素振りをしようとした時、走ってくる門番の姿が目に入った。
 
「旦那様!お客様でございます!」
 
「・・・客!?どなたがいらっしゃったのだ?応接室で待っていていただきなさい。」
 
「それが・・・以前旦那様の剣の師匠を務められていた、マーケス卿でございます。」
 
 リアン卿がぱっと笑顔になった。
 
「マーケス先生が!?それは久しぶりだ!ではこちらに案内して差し上げてくれ。」
 
「かしこまりました!」
 
 門番が走っていった。
 
「叔母上、マーケス先生がお見えだそうですよ。なんともいいタイミングでいらっしゃったものです。」
 
 リアン卿はすっかりにこにこ顔になっている。
 
「まあマーケスが!?それはまたずいぶんとタイミングのいい・・・。」
 
 ファルミア様は少しだけ呆れたような口調で言った。
 
「クロービス、あなたは"知っている"かしら。マーケスというのは以前リアンの剣の師匠を務めてくれた剣士なのだけど、王国剣士団の人達とも面識があるという話だったから、"会ったことがあるかもしれない"わね。」
 
「あ、ああ・・・はい。だいぶ前ですけど、お会いしたことがあるかと思います。」
 
 まさかこのタイミングでアクアさんが現れるとは・・・。
 
(私達の立合の話を、どこかで聞いていたのかもしれないなあ・・・。)
 
 水はどこにでもある。この家の玄関前の広場にも小さいけれど噴水付きの池があったし、普段飲む水にだって精霊はいるのだ。話を聞いて、いても立ってもいられなくなった・・・というところだろうか。とにかく今は口裏を合わせておかなければならない。もちろん私は"マーケス先生"の顔を知っているが、どこで会ったのか、きちんと話を聞いて合わせるしかなさそうだ・・・。
 

小説TOPへ 次ページへ→